たかだか数十分 ◆xnSlhy.Xp2



「っっっどおおおおおおおおっっっっっ!?」

俺は今、全力全開全身全霊で走っていた。
後ろも右も左も、ましてや天井や床なんて見る暇はない。ただただ前だけを向いて走っていた。
今までのたかだか十数年の人生の中では間違いなく一番本気で走っていた。本気と書いてマジだ。
ただの一片もの余力を残さず、走ることだけに全神経を集中させていた。

なのに――――

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

それなのにこの狂気を感じさせる笑い声は一向に遠のく気配を見せてくれない。
まるで自分の影みたいに、走っても走ってもどこまでも追ってくる。
しかもこれだけ走っているというのに息切れ一つしている様子すら見受けられない。
一体全体なんだっていうんだこれは!? まさか本当に幽霊とかそんな類じゃないだろうな……

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

!?
なんだか声が近づいてきているような気がするぞ!?
怖くて振り向けないが、その笑い声はたしかに後方から段々と耳元へやってきている。
何故だ!? こんな近くまで追いついているのなら、もう追いかける必要もなく簡単に殺せるはずなのに!

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……ふう。風子は少し疲れました」
「って、お前かああああっ!?」
「あ、北川さん。急がないと追いつかれますよ。すぐ後ろにいます。なんかすごい顔してます」
「ていうかおぶられてないで自分でしっかり走れえええええっっっ!!!」
「風子はか弱い女の子ですから。ふぁいとですよ北川さん。ふぁいとー、おー」
「ぬがああああああっっっっっっっっ!!!!」

◇ ◇ ◇

……さて時はほんの数十分前に遡る。
百貨店においてチンゲラーメンという非常に卑猥な響きのカップ麺が支給されて打ちひしがれていた俺のところに突如として現れた自称迷える子羊の味方、風子。
その姿はなんというか、ただの同じ年くらいの女子高生にしか見えなかった。
どこの高校かは知らないけれど、なんとなく彼女にはサイズの大きそうな制服。
長くて綺麗な黒髪にそれを結んでいる規格外に大きなリボン。純真無垢という形容が最も似合うくりくりした瞳。
見た目的にはおとなしそうな……それでいて正直まあまあ顔は可愛い部類に入る娘だといえる。
それは認めなくはない。認めなくはない・の・だ・が――――

……中身も見た目どおりだったらどんなによかったことだろうか。
そりゃいきなり現れて「迷える子羊の味方……風子、参上!」なんて初対面の、しかも自分に危害を加えるかもしれない男に向かって言い放ち、かつその後で「じゃきーん」とか言いつつ仮面○イダーの変身シーンをうろ覚えの知識で再現したようなポーズをとってきた時点である程度は普通じゃないなんてことは予想できるけどさ。
どことなくぽやーっとした、彼女と似たような雰囲気のクラスメイトだっているからある程度は慣れてもいるけどさ。

「どうしたんですか? せっかくこうして風子が参上したんですから、何か一言言ってくれてもいいじゃないですか。『らぶりー風子!』とか『まいふぉーちゅな風子!』とか」
「……いや、あの。君はいったい、なんな……」
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのがすじってものです」
「え? いやでもそっち先に名乗ったけど」

そんな俺の至極真っ当な突っ込みに対し、この相当天然……というか電波……だと思われる娘はしばし固まっていた。
最初は痛いところを突かれて黙り込んでいるだけかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。何がおかしいかって、その顔。
普通はこんな場合、苦虫を噛んだような表情をしたり、あるいは無表情だったりするもんじゃないか?
だけどこの風子と名乗った娘はまるでトリップしているかのようにだらしない顔をしてその口元には笑みすら浮かべていたのだ。なんとも幸せそうな表情ではある。

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………………………おい?」
「……………………………………はっ、いけません。風子としたことがうっかり空想の世界に浸っていました。
――ところで、あなた誰ですか?」
「俺は北が……」
「あ、人に名前を聞くときは先に名乗るのがすじってものですね。だからあなたまだ名乗らなくていいです。風子は伊吹風子といいます。風子と呼んでください。
――ところで、あなた誰ですか?」

……会話が成り立たない。
とりあえず危険な人間でないことはたしからしいが、いろんな意味で大丈夫なのかこの娘は。いやこの殺し合いの場でもそうだが、日常生活においても。
だがそんなこちらの思いなんてつゆ知らず、この風子というらしい少女はこちらが名乗ってくるのをじー…っと見つめながら待っているだけだ。
なんだかその言いようの知れないプレッシャーに耐えかねず、俺も自分の名前を告げることにした。

「あ、ああ。俺は北川潤っていうんだ」
「そうですか。では北川さんとお呼びしますね。風子のことは風子と呼んでください」
「さっきもそれ言っ……まあいいや。ああ、わかったよ風子」
「なんですか?」
「へ?」

きょとんとして、俺は彼女を見つめ返す。

「今、風子の名前を呼んだじゃないですか」
「いや、今のは確かに君の名前を呼んだけど、別に呼びかけたってわけじゃ……」
「わけのわからないことを言わないでください。ヘンな人ですね北川さんは」
「お前が言うなあああっ!」

なんだろう。この風子と話しているとすごく疲れる。
会話のキャッチボールのつもりで軽く投げたボールをひょいひょいと軽やかにかわされるような。
たまに受け取ってくれたと思ったら真顔で明後日の方向へぽい、と無情に投げ捨てられたような。
そんなどうしようもない感覚が俺の全身を支配していく。

だがそれでも、コミュニケーションを挑まないわけにはいかない。
俺はそう思い直し、さっきから風子について気になっていたことを聞いてみることにした。

「あ、そういや風子。お前は自分のデイパックの中身は確認したの……」

と。
そこで俺は、風子の目線が俺を向いていないことに気づいた。
いやただ向いていないというだけならこの娘の性質上特に気にしないのだが、その目線は俺を通り越して明らかにその後ろに向けられていた。

「あの、北川さん」
「……なに?」
「今、ものすごい勢いで誰かがこっちに向かってますけど、あの女の人も知り合いですか?」
「はい?」

そう言われて振り返ると、たしかにそこには一人の女の子が……よくわからないが多分俺や風子よりは年下だろう……この狭い百貨店の中、その白い服をたなびかせながらこちらに突進してきていた。
その顔は笑顔。その理由は定かではないが、ようやく人を見つけられて嬉しいのだろうか。
その手には包丁。その理由は定かではないが、これから何かをかっさばくのだろうか。

「…………」

包丁?

◇ ◇ ◇

「なんで俺の周りにはまともな人間が寄ってこないんだあああああ!!」
「類は友を呼ぶといいます。あ、この場合風子は友じゃないので勘違いしないでください。他人です」
「他人なら放っていくぞ!?」
「他人だなんてそんなひどいこと言わないでください最悪です。風子はか弱い女の子ですよ?」
「お・ま・え・はああああ……」

そんなこんなで、俺は風子と一緒に逃げようとしたのだがなにぶん男と女では体力に差がある。
俺一人だけならともかく、この風子を置いていったらきっと逃げようともせずにぼーっと突っ立ったまま一瞬であの追ってくる娘に喉を掻っ切られて終わりだろう。
というわけで仕方ないので風子をおぶって逃げているこの現状だ。
たとえ風子といえどやっぱり性別は女の子に類するだけあって体重は軽いのだが、それでも後方の、荷物は手に持った包丁と背中に背負っているデイパックのみの娘と比べたら相当ハンデといえる。
さらにこの狭い百貨店内。なるべく他人に見つからないようにと奥の方にいたのが間違いだった。
せめて入り口がどこにあったのかくらいは確認しておこうぜ俺よ。
さっきから同じようなところをグルグル回ってるような気がしなくもない。角を曲がるたびに背中の風子が壁やら棚やらに体をぶつけてぶーぶー文句を言ってくるのも、これに関してはこちらが悪いのだがそれはそれとして鬱陶しくて仕方がない。

「あはははは! 見つけた! 見つけた! 宇宙人に洗脳されてる人を見つけた! 今レナが救ってあげるからおとなしくしててええええ!」

うお、怖え。
こんなことを叫びながら包丁を持って追っかけてこられたら、何も知らないヤクザですら裸足で逃げ出すに違いない。ましてや一介の男子高校生にすぎない俺としてはジェットで逃げ出したい気分だ。そうもいかないことは
わかってるけども。

追ってくる女の子は表情こそこの目で確認できないものの、声の調子からして相当ハイテンションで狂喜乱舞しているに違いない。何がそんなに嬉しいのか俺には理解できないが。ていうか宇宙人て。なんだそりゃ。
よくわからないが、とにかく今は逃げるより他ない。くそ、出口はどっちだ出口は!?

「…………」

待て。本当にそれでいいのか北川潤。

「? 北川さん?」

こうして逃げ回るだけで、たとえこの場から逃げおおせたとしてこれからのこの殺し合いを生きていけるというのか。しかも風子という強烈な地雷を抱えたままで。
答えは、否。絶対に否だ。

「ここは逃げる場面じゃない……そう! ここは抗う場面だ!」
「はい? どうしたんですか……きゃあっ!?」

突然急ブレーキをかけて立ち止まり、追ってくる女の子の方に振り返ったことで風子は脳が回転したらしく目を回している。
見ればあれだけ全力疾走しただけあって、俺と包丁を持った女の子の間にはそれなりの差があった。これだけあればきっと大丈夫だ。
俺は、荒い息を無視して渾身の力を込めて叫ぶ。

「待て! 俺はこの殺し合いに乗っていないし、宇宙人とやらに洗脳されてもいない! だからここは落ち着いて話し合おうじゃないか!」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「俺は北川潤っていう名の、華音高校の一高校生だ! 決して君に対する敵意はない! 武器だってない! 丸腰なんだ! わかるか!? 俺は君の敵じゃないんだ!」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「だから、その、つまり……」

「あ は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は 
は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は
は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は」

「………………」


……ごめん、無理。




「逃げるぞ風子おおおお……ってあれ?」

気づくと、さっきまで背中にあった重みが消えていた。脇を見ると、その理由はすぐに知れた。
いつの間にかそこには風子がへたり込んでいて、「う~」などと呻きつつ頭を抱えていたのだ。

「どうしたんだ!?」
「北川さんが急に回転したりするから、風子気持ち悪いですぅ……最悪です」
「そんなこと言ってる場合かああああっ!! 立て、ほらっ! おぶってやるから!!」

などと言い合っている内に、どんどん俺たちと笑顔の女の子の間の距離が縮まっていく。

やばい。このままだと本当死ぬ。本当と書いてマジだ。
もうおぶってやる時間もない。逃げるしかない。だが風子と一緒だと逃げ切れない。
考えてみればさっきも述べたが、俺一人だけなら軽く逃げられるんだ。
そもそもこの風子と出会ってまだ数十分しか経っていない。その間にこの風子が俺に何をしてくれた?
何もしていない。ていうかむしろ甚大な精神的疲労を与えてくれた。はっきり言って、邪魔にしかならない。
そうだ。冷静に考えてみれば、俺がここでこいつを護ってやる義理なんてないんだ。
逃げられる。俺だけなら、逃げられるんだ!
風子の存在なんて、これからの俺の長い人生において塵芥にすぎない! どうせすぐに忘れていくさ!
逃げるんだ俺! 今すぐ逃げるんだ! 一目散にわき目も振らず、駆け出すんだ!

「あはははは! やっとレナの言うこと聞いてくれたのかな!? かな!? 大丈夫、今すぐその首掻っ切ってあげるよおおおおお!」

……な~んて。

「たとえこいつだろうと、出会っちまったもんはしょうがないだろうがあああ!」

半泣きになりながら、俺はデイパックから一瞬で、ある支給品を取り出す。それは当然例のアレだ。黒くてちぢれた、某よく便所なんかに落ちているものに酷似しているアレだ。
右手でそれを持ち、左手を手刀の形にして指を蓋に突っ込むといっぺんにそれをひっぺがす。その勢いで少しだけ中身がこぼれたが気にしない。気にする余裕もない。
これの用途はただ一点。奴に目掛けて、ぶちこむのみ!

「くうううらええええええ大量のチンゲだあああああああああっっっっっ!!!!」
「宇宙人の洗脳からレナがみんなを解き放ってあげるよおおおおおおおお!!!!」

その娘が俺の首に包丁を突きつけるその直前。ほんの一秒遅かったなら間違いなくやられていただろうその瞬間。

バゴッ!!

俺は構えていた右手のチンゲ……っぽいもの……の入ったパックを、カウンターの要領で(偶然だが)思いっきりその顔にぶちまけてやった。

「うぶっ!?」

そのぶちまけられた少女は後頭部から床に落ちて、パックを顔にのせたまま大の字になった。
何をされたのか理解できなかっただろう。そりゃそうだ。
突然視界が見えなくなったと思ったら何やら黒くて嫌な肌触りのものが顔面にまとわりついてきたのだから。
これで数秒は時間が稼げる。正直俺の体力も限界がきているがこの際そんなことは言ってられない。
見ると風子はようやく脳の揺れもおさまったらしく、ぱちぱちとのんきにこちらに向かって拍手をしている。

「行くぞ風子! ほら早くおぶされ!」
「へ?」
「だああもう!」

突然の思考判断を風子に求めたのが間違いだった。
俺はデイパックを腕にかけると、風子を俗に言うお姫様だっこの形で抱きかかえる。

「わ!? 何するんですか北川さん」
「いいから逃げるぞ!」
「あ、でも風子の荷物が……」
「あとでいい!」

とにかく今は、この百貨店から逃げ出すことが先決だ。安全かと思って入り込んだここだが、とんでもなかった。
また新しく建物を探さなければ……できれば風子や包丁少女のような人間のいないような建物を。
全速力で長い通路を走ると、ようやく目前に出口が見えた。
俺は百貨店出口の自動ドアを抜けて、風子を抱えたまま冷たい夜風の吹く外へと脱出していった……

◇ ◇ ◇

しくじった。しくじった。しくじった。
手持ちの武器がこんな包丁一本だけだったとはいえ、宇宙人に洗脳された可哀想な人たちを取り逃がしてしまった。私はそんな人たちを解き放ってあげなければいけないのに。
なんだろうこの黒いもじゃもじゃしたものは。なんていうか、気持ち悪い。
……鷹野さん。
あの時、みんなの前に現れて二人の人間を*した女性。恐らく、宇宙人からもっとも強く洗脳を受けている人。
きっとこの世界に飛ばされた人間は、みんな何かしらの洗脳を受けているんだ。
その洗脳の度合いが強ければ強いほど、人を平気で*せるようになる。一見まともに見える人でも、時間がたてばきっと本性を見せるに違いない。だからそうなる前に、私が*す。
私は洗脳を受けていない。そう自覚しているのだから間違いない。
オヤシロ様からかつて許されたことのある唯一の存在である私には、きっと宇宙人からの洗脳は効かなかったんだ。
その事実に気づいているのは私だけ。他の人はみんな、自分が洗脳されているということにも気づかずにただ操られているだけなんだ。なんて滑稽で、可哀想なことだろう。
大丈夫。みんな、もう少しだけ待ってて。


絶対に、レナがみんなを救ってみせるから。



【A-3 百貨店の中/1日目 時間 深夜】

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
【所持品:支給品一式、出刃包丁】
【状態:雛見沢症候群絶賛発症中、多大な疲労】
【思考・行動】
1:宇宙人に洗脳された人たち全員を救う。
2:友達(前原圭一、古手梨花、園崎詩音)の捜索。洗脳されてるようなら*す。
3:さすがに疲れたので少しだけ休む。
【備考】すぐ側に風子のデイパック(支給品不明)が放置されてますが今のところ気づいてません。


【A-3 百貨店の外/1日目 時間 深夜】

【北川潤@Kanon】
【所持品:支給品一式、チンゲラーメン(約3日分)】
【状態:多大な疲労】
【思考・行動】
1:風子を連れて安全な場所へ移動。そうしたらひとまず休みたい。
2:知り合い(相沢祐一、水瀬名雪)の捜索。
3:あの娘を見てしまった以上、殺し合いに乗る気にはなれない……
【備考】チンゲラーメンの具がアレかどうかは不明
    チンゲラーメンを1個消費しました。

【伊吹風子@CLANNAD】
【装備:なし】
【所持品:なし】
【状態:健康】
【思考・行動】
1:北川さん……きつそう。
【備考】今のところ状況をあまり把握してません。


018:その少女、危険につき 投下順に読む 020:鉄の乙女と人形使い
018:その少女、危険につき 時系列順に読む 020:鉄の乙女と人形使い
竜宮レナ 034:パートナー
009:North wind 北川潤 054:珍道中の始まり
009:North wind 伊吹風子 054:珍道中の始まり







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