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Ever――移ろいゆく心 ◆TFNAWZdzjA



「おらぁぁあああああっ!!」
「はぁあああああっ!!!」

耳を劈く音は鋼と鋼がぶつかり合う轟音。瞳にちらつく火花、そして周りを圧倒する威圧感。
青年と少女が紡ぐ交響曲は、あまりにも歯車の噛み合っていない醜悪な剣の舞いに似る。まるで二人の関係のように。

それは『夫婦喧嘩』と称するには、あまりにも苛烈を極めたものだった。
古今東西、どの世界に銃を、剣を持ち出して殺し合う夫婦喧嘩などあるだろう。そんなものはない、と断言できる。
ましてや、彼らは人間だ。少しばかり死ににくい身体を持っただけの人間なのだ。

互いを制するため、互いを殺すため、互いを認められないため。
これは喧嘩などと生易しいものではない。そんなお遊びでは済まされない。それはまさしく、殺し合いと称するに相応しい激戦。

『大神の祝福あらんことを――――』

この場で放送を聞いている人間はほとんどいない。
そんなとに意識を割く時間はない。結果的に武もつぐみも、放送など全て無視して目の前の相手を叩き潰す。

パァン、パァン、パァン!

つぐみが右手に構えたミニウージーを発砲する。弾は三発、狙いは相手の肩、腰、太もも。
銃弾を避けて通るほど、武の身体能力は高くない。自分にも出来ないことを、武が出来るはずがない。
そんな侮り、そんな怠慢、そんな油断が確かにそこにあった。

「えっ……!?」

つぐみは信じられないものを見た。
肩の銃弾を身を逸らして避けた。それだけでなく、腰に着弾するはずの銃弾は刀によって両断されたのだ。
あり得ない、とつぐみは思う。マンガやアニメではないのだ、銃弾を見切って弾を切るなどという芸当が出来るはずがない。

「らぁぁあああああぁあっ!!!!」
「くっ……!!」

風を切る音と共に刀が……永遠神剣『冥加』が閃く。
刀身がつぐみには見えなかった。ただ無我夢中で鉈を身体の盾にし、かろうじて攻撃を防ぐだけ。
さらに接近してくる武に、牽制としてもう一度ウージーで狙いをつけた。
さすがにこの距離では避けられない、と踏んだ武が距離をとる。

(うつけものっ、受け入れなさい!)

つぐみは自らを叱咤する。今の攻防は自分の傲慢が招いた失態だ。
17年間、追われて戦ってきた自分よりも17年間眠っていただけの武が強いはずがない。そんな、楽観が確かにあった。
むしろ、今の攻防で怪我もなかったのは幸いだ。これを教訓とせよ、これを受け入れろ。

今の武は自分と互角かそれ以上。信じがたいが、認める他はない。

雛見沢症候群による身体能力の向上。
この島でほとんど戦わなかったつぐみと、激戦を繰り返してきた武……その経験の違い。
何よりも戦うごとに経験を生かして強くなっていく武が異常だった。孤独という境遇に甘んじた修羅として。

「どうしたよ、偽者。つぐみは俺なんかよりもずっとずっとずっとずっと強ぇえんだぜ? お前、その程度かよ」
「……ふっ、嬉しいのか悲しいのか判断に困るわね」

泣き笑いのような表情、どうしてこうなってしまったのか、という弱音が飛び出しかけた。
今の武は自分が愛した倉成武とは何もかも違う、と……そう思った。信じたくない、信じられないという本音が胸を切り裂いた。

やっと逢えたのに。
ずっと捜してたのに。
どうして、武がこんなにも遠く感じるんだろう―――――?




「ねえ……武。貴方は今、何処にいるの……?」


投げかけた言葉は武の耳にすら届かない。
彼は今、暴力的な衝動に身を任せているのだ。目の前の贋作などに用はないのだから。
悔しいのに、悲しいのに……心の何処かでは、本当に些細なところでは嬉しく思っている。そんな自分がつぐみには不思議だった。

武は目の前のつぐみ本人は疑っているけど。
彼の頭にある『つぐみ』のことは信じているのだ。つぐみが自分を裏切るはずがない、だから目の前のつぐみは偽者だ、と。
それはあまりにも醜悪に捻じ曲がってしまったけど、全てを信じられない武が『最期まで信じた存在』は自分だった。

もちろん、つぐみは武の病気を知らない。知るはずがない。
それでも心の何処かでそれを感じ取った。当然だ、彼はつぐみが17年間、ずっと信じてきた奇跡そのものなのだから。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「………………」

手を出すことは許されなかった。
私は耳に残る銃声に、思考を停止させられていた。もう、何がなんだか分からなかった。
タケシと黒髪の女――ツグミと言うらしい――の戦いに、最初は介入するつもりだった。切り込み隊長である私はジッとしていられなかった。


だが、そんな私に向けてツグミは銃を撃った。

もちろんそれは私には命中していない。見極めるまでもなく、それは私から外れた軌道にあった。
だけど、ツグミの瞳が訴えていた。
この戦い、どんなことがあろうと……介入するようなら、容赦なく撃ち殺す。紛れもない殺意でそう訴えたのだ。

(私は……どうすればいい……?)

目の前にあるのは二つの光景。
事切れたケイイチを抱え、血に濡れるにも関わらず静かに嘆くミナギの姿。
私にすら介入を許さないタケシとツグミが殺し合う姿。初めてただの傍観者になったとき、私の思考は停止していた。

(ユート……どうすればいいんだ……教えてくれ……)

私はバットを持ったまま、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
ミナギを慰めることもしなかった。タケシを敵と見なして戦うことは出来なかった。分からない、私には何も分からない。
私は今、どうするのが一番正しいんだ? 私は何をすればいいんだ?

ユート……ユート、教えてくれ。
ミズホ、アルルゥ、アカネ……教えてくれ。私は――――何をするのが正しいんだ?



     ◇     ◇     ◇     ◇




「ちいっ……!!」

武が力任せに刀を振るう。私はそれを目測で軌道をはじき出し、そこに鉈を滑り込ませて事なきを得る。
普通、日本刀というものは大鉈と打ち合うことなんて出来ない。すぐに刀身が曲がってしまうだろう。
武には技術も何もない。ただキュレイによる腕力を持って、強引に叩き切ろうと混信の力で振り下ろすだけだ。

だが、この刀は従来のものではない。ここまで戦ってきて私は気づいた。
まったく折れる気配がない。打ち込む一撃は激烈で、大鉈を持つ私の手のほうが痺れてしまうほどだ。
あの刀は――――生半可な武装では折ることすら出来ないのだ、と。私は武器破壊という作戦を放棄した。

「死ねっ……死ね死ね死ね死ね! がっ、ぁぁあぁあぁぁあぁぁああっ!!!!」

見ていて、痛々しい。
喉元からは血が噴出し、まるで蟲が膿んでいるかのような錯覚すら覚える。ガリガリ、と進む自傷行為。
おかしい、明らかにおかしい。どういうことだ、分けが分からない……あれは異常だ、普通じゃない。

(何らかの薬物が……武を汚染している?)

いや、それはあり得ない。武の身体の中にはキュレイウィルスが働いている。
致死率85%というティーフ・ブラウですら駆逐した最強の善玉ウィルスだ。それを抑えてでも武を汚染する薬物なんて存在するはずがない。
確かにこの島に来てキュレイの力は弱まっている。今ならティーフ・ブラウで私の身体を殺し尽くせるかも知れない。
だけど、あの最悪のウィルスと同等の力を持つほど凶悪なウィルスがあるだろうか。少なくとも、私には情報が足りない。

「ねえ、武。ひとつ聞きたいんだけど」

私は一度撃ち尽くしたウージーの弾を装てんしながら、世間話のように問いかける。
もちろん、武が襲い掛からないように。大鉈をデイパックの中にいれ、すぐにもう一丁の銃……ベレッタを撃てるようにしながら。
武は今にも襲い掛からん形相で私を睨む。あまり時間は稼げないな、と心の中で溜息をつく。

「貴方、あの少年以外にも人を殺した? ……主に、炎で焼き殺したりとか、した?」

否定してほしかった。だけど無理な話だと心の何処かでは悟っていた。
ニヤリ、武の顔がおぞましく歪む。あれは歓喜だ……かつて、私を捕らえようとした科学者たちと同じ、最悪の笑顔。
もう、私には彼が武には見えなかった。むしろ偽者はお前だ、と叫びたかった。武がそんなことするはずない、と私こそが否定したかった。

だけど。

「ああ、殺したな。あいつ、俺にダイナマイトを投げつけて来やがったんだ。だから火炙りにしてやった。
 酒をぶっ掛けてな、このライターで火をつけた。確か咲耶とか言ったか……俺を殺そうとしたあいつの心臓に、ナイフを突き立ててやったんだ」

ああ、やっぱり現実は残酷なことばっかりだ。
この武はもう『倉成武』じゃない。理想を謡い、仲間を呼び、全てを受け入れてくれた彼は、とっくに死んでしまったのか。
絶望に視界が歪む。私は……泣いているのか。
分かりやすい例で言えば……まるでそう、サンタクロースの正体を知ってしまったかのような、そんな価値観の崩壊。

一瞬、本当に何もかもがどうでもよくなってしまった。
このまま、彼を殺して私も死のうか――――全てが無気力になりかけ、ふと視界の端に見えた『その人物』を見て。

「っ……ダメっ!!」

私は何もかも考えることなく、疾走した。
鬼のような形相で銃を構えるその人物は……ロングコートを羽織った千影と言う名の少女だった。


     ◇     ◇     ◇     ◇



殺す。
頭の中に過ぎった単語はそれだけだ。

疲労を押し、必死にこの病院までたどり着いた。
既に銃声が聞こえる。誰かが戦っている、もしかしたらつぐみくんかも知れない。
病院の広場へと疾走する。とは言っても、私は今にも崩れ落ちそうで……駆け足すらも出来ないんだが。

「貴方、あの少年以外にも人を殺した? ……主に、炎で焼き殺したりとか、した?」

それは確かにつぐみくんの声。そして、それは詰問であり糾弾だった。
広場にはつぐみくんとアセリアくん、そして知らない三人の人物。一人は既に事切れた一人を抱えて嘆き、もう一人は刀を構えて仁王立ち。
おそらく、あの青年は殺し合いに乗ったのだろう。ならば、トウカくんの意思を継ぐとまでは行かなくても、やらなければならない。
出て行こうと足に力を込めて矢先、私の思考は塗り潰された。

「ああ、殺したな。あいつ、俺にダイナマイトを投げつけて来やがったんだ。だから火炙りにしてやった。
 酒をぶっ掛けてな、このライターで火をつけた。確か咲耶とか言ったか……俺を殺そうとしたあいつの心臓に、ナイフを突き立ててやったんだ」

瞬間、私の頭は殺意で埋まった。
握った銃は脅しでも威嚇でもない。それはただ、青年の命を奪うためだけに存在する。
こいつがいるから、こんな外道がいるから。
四葉くんは、咲耶くんは、衛くんは……私の大切な姉妹たちは殺されたんだ。

放送は聴いた。名雪くんは私が詰問する前に死んでしまった。
この怒りの向ける場所がなかった。それだけに何も考えられなかった。ただ、大切な姉妹の仇を取るために。

「お前が……」

青年は気づかない。ただ、つぐみくんだけが私に気づく。
それすらも遠い出来事のように。私は引き金に力を込めた。ただ、あの青年を抹殺するために。

「お前が咲耶くんを殺したのか……っ!!!」

青年が気づく、がもう遅い。何もかもが遅すぎた。
激情に任せた弾丸は私の銃口から発射する。私の怒りを代弁するかのように、それは轟々と唸り声をあげたように聞こえた。

バァンッ!!

そして、私は目を丸くする。そう光景に呆然としてしまった。
何故か……つぐみくんは殺し合いに乗った青年を庇い、そして庇われたにも関わらず……青年はつぐみくんへと斬り付けた。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「ぜえっ……ぜえっ……っ!!」

内心で舌打ちした。今のは無理をしすぎた。
ギロリ、と殺してしまわんばかりに千影という少女を睨み付ける。びくり、と身体全体で怯えを見せていた。
武とも三度距離をとり、ドクドクと血の流れる腹と腕の痛みに耐えながら、私は警告した。

「千影……次に邪魔したら、貴女であろうと容赦しないわ。この喧嘩に手を出さないで」

パァン!
空気が破裂する音と共に、千影の足元に銃弾を打ち込んだ。ウージーの弾は詰め込み終えた。
これは警告だ。次こそは当てる。アセリアであろうと、千影であろうと、この喧嘩には割り込ませない。何があろうと絶対に。

「ふん……あの女に後ろから撃たせて、その隙に俺を殺そうとしたのか。だが残念だな、そんな手には乗らん」
「はっ……はあっ……どう思おうと勝手よ、武。見る目がないのは相変わらずよね」

ドジを踏んだ。あんな刹那のタイミングが仇になるなんて。
千影の銃弾は私の腹を突き破っている。かなりの激痛だ、これはまずい。これぐらいじゃ死なないけど、動きづらい。
武の剣戟は私の右手からベレッタを叩き落した。銃をひとつ失ったけど、こちらは軽症だ。赤い線が入っているだけ。

私の手にはまだウージーが残ってる。デイパックから大鉈と、そしてスタングレネードを取り出した。
手はまだある。一瞬でも自暴自棄になった自分が莫迦みたい。そんな泣き言は言っていられない。
次の攻防は最後になるかも知れない……私が武を止められるか、それともこのまま殺されるのか。それは次の好機にかかっている。

「……征くぜ?」
「ええ」

これが最後の激突になると祈って。
私たちは同時に地面を蹴った。その一撃に全てをかけるために。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「っ……っ……ううっ……」

何も考えられませんでした。
ただ圭一さんの身体を抱きしめ、すすり泣くことしか出来ませんでした。
私は護れなかった。私は救えなかった。私は助けられなかった。信じる、という気持ちがこんなに弱いものだったなんて。

圭一さんは最後の力を振り絞って、頭を撫でてくれた。
私は笑って返すことが出来たでしょうか。圭一さんに最後まで笑顔を向けていられたでしょうか。
しなければならないことがあるのに。伝えなければいけないことがあるのに。私はただただ、嘆くことしか考えられませんでした。

「ああっ……くっ、ぁぁ……」

放送は全て聴いていた。
圭一さんの名前が呼ばれてしまった。もう、圭一さんは死んでしまったことを機械音が示していた。

圭一さんが殺されてしまった。他ならぬ私の目の前で。
どうしようもない虚無感と絶望。圭一さんはこんなにも私の心を占めていたことに気づいた。でも、それは気づいた瞬間に失われた。
この島をずっと共にしてきて、私の大切な人になった。それを自覚したと同時に私は圭一さんを失った。

「あっ……っ……ぁぁ……」

悲しい、悔しい、憎い。
こんな気持ちは抱きたくなかった。だけど、どうしようもないほどの復讐心が私の中を汚染し始めた。
武さんを許さない。そんな短絡思考が私の中に入ってきた、その瞬間だった。

からん。

そんな軽い音と共に、私の近くに何かが転がってきた。
手にとってみたそれは……銃。人を命を奪う道具。何度も何度も見てきた、嫌悪すべき凶器。
握った。それは妙に重く感じた。この島に来て一日以上が経過したのに、まだ一度も銃を撃ったことがないことに気づく。

「あっ……」

自然、銃口を武さんに向けようとしていた。
武さんも、そして武さんの妻を名乗るつぐみさんという人も、周りを気にしている余裕はない。私には気づかない。

圭一さんの仇が取れる。私のような非力な女が、武さんを倒せる。
許したくない、許せない。ねえ、圭一さん……仇が取れるんです。もう、武さんは助からない。ならせめて、私がこの手で。
狙いはつけられます。お互いがゆっくりと相手の出方を窺っている。真っ直ぐに武さんの胸へと、銃口を向けられます。


だから、圭一さん。

お願いです、手を離してください。

腕の服を掴まれたら、狙いが定まりません。お願いです、手を離してくださいっ……


「私には、圭一さんの仇をとることすら、許されないんですか……?」

最後の力を振り絞っているのか、それとも単なる偶然か。
だけど、無理やり振り払うことなんてとても出来なかった。当たり前だ、そんなことを圭一さんは望んでいない。

「わ、わかりました……そんなこと、しません……手を離してください……離して、ください」

それは嘘だった、すぐにでも分かるような虚言だった。
だが、私がそう言った瞬間……私の服が、軽くなった。驚いて見ると、私の右腕は自由になっていた。
手を離していた。どうして、なんで、と様々な疑問が頭を駆け巡る。もう亡くなっているのに、私のすぐに分かる嘘なのに。

圭一さんは私が仇を討たない、と言っただけで……私の手は解放された。それだけの信頼を得ていた。
もちろん、ただの偶然だ。そうに決まっている。なのに私はどうして、どうして。
その行為が圭一さんからの信頼の証だったように、思えてしまうんだろう……嘘をつくはずがないと、信じているように。


「っ……っ……ずる、い……ですよ……」


圭一さんの信頼がこんなにも重たい。
本当に圭一さんはずるい。もう、引き金を引くことなんて出来なかった。近くに落としたままの無骨な剣なんて目にも入らなかった。


「信じるなんて言われたら……っ……うぁぁ……裏切れないじゃないですかっ……!!」


私はその場で圭一さんを抱きしめた。本当になんて優しい人。
同じようにまた、分けも分からないまま……私は泣き続けることしか出来なかった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「……これでどうっ……!?」

つぐみの偽者から投げられたのはスタングレネード。ちょうど、俺と奴の中間地点に放り投げる。
閃光が俺たちを包む。だけど互いに疾走をやめることはしない。当たり前だ、そんな子供騙しに引っかかる俺じゃない。
デイパックからとあるものを取り出しながら、俺は敵を皆殺しにする決意を改めて語る。

皆殺し宣言だ。どいつもこいつも、俺を嘲り笑いやがる。
そうだ、病院で初めて圭一に出逢っていた頃からそうだった。俺の世界はそのときから一変した。
どいつも、こいつも……なんて恐ろしい形相で俺の前に立つのか。そうだ、そんな顔をする奴はどいつもこいつも殺し合いに乗った連中だ。

信じるなど幻想。
信頼などあり得ない夢幻。

俺はとあるものをつぐみに放り投げる。ぬぼーっとした気合の抜けそうな役に立たない帽子だ。
バァン、と耳を裂く銃声と共に帽子に穴が開く。続いて偽者の息を呑む声……俺はその相手に刀を叩き込む。

ギィンッ!!

「ぬっ……!」
「甘いわよ、武。教えたでしょ、私には赤外線視力があること、忘れたの?」
「そんなもの、偽者のお前が持っているはずがねえだろっ……ちょっと山勘が当たっただけで、俺を騙せるなんて思うなっ!」

大鉈で受け止められていた。穴の開いた帽子はそのまま地に堕ちる。
舌打ちする俺はウージーで俺を殺そうとする偽者の腕を狙う。もうひとつの銃を叩き落とせば、後は地力の差で俺が勝つ。

「喰らえっ!!」

自分ですら視認できないほどの剣戟。
それは狙い外れることなく、つぐみの銃を弾き飛ばした。そのまま返す刀でつぐみの名を語る愚者の首を刎ねる―――!


だが。


「あっ……ぁぁぁあぁぁあぁあぁあぁあっ!!!!!」

莫迦な、と思う暇もなかった。
あの女は下段に構えると、そのまま切り込んでくる。奴が振るう大鉈は俺の刀ごと俺を……中空へと放り投げた。
なんだ、この力は。人間の女が扱える力じゃない……本物のつぐみならともかく、偽者風情が扱えるほど簡単はものじゃないはずなのに。


空中で隙だらけの俺は苦し紛れに刀を振り下ろす。
次の一撃は手が痺れた。大鉈による一撃はまるでホームランを打つ大打者のような素振り、刀は中空に弾き飛ばされた。
これで無手、俺は空中に浮かぶ一秒にも満たない時間……反撃も防御もできないことを思い知らされた。

「しまっ……!?」

そこで意識がぶっつりと途絶える。
あの女の鋭い回し蹴りが鳩尾を直撃し、嘔吐感と共に視界が暗転していく。

最後に感じたのは五感は嗅覚。
そう、懐かしいあの海底で感じた匂い……甘い甘い、ジャコウの香り。



     ◇     ◇     ◇     ◇



武とつぐみの夫婦喧嘩が始まるよりも少し前。
ゆっくりと儀礼用の短剣のような武器を持った青年が、やっくりと南へ歩を進めていた。

ヒュー、ヒュー……風が吹く。それは悲しさを告げる嘆きの音。
それは自然に巻き起こる微風ではなく、青年の口から吐かれる虫の息のような呼吸法。
満身創痍、身体中の至るところが悲鳴を上げる身体の青年は、そんなことも関係なくゆっくりと彷徨っている。

「マナ、を……もっと……もっとマナを……」

苦しい、と青年は言外に訴える。
それはまるで飢餓に餓えて痩せ細った子供のように。もしくは砂漠のど真ん中で水を求める旅人のように。
彼にとってマナを求めることは、人間が睡眠をとることと同義なほどに当たり前のこと。
誰だって喉が渇いたら水を求める。それが命に関わるほど重大な問題なら尚更だ。それが現在の高嶺悠人だった。

意識の中、高嶺悠人の良心は疲弊しきっていた。
何度も神剣から自分の身体を取り戻そうとした。だが、一度こうして乗っ取られては自分だけではどうにもならないことは承知の上。
彼の友達である岬今日子がそんな状態だった。自分の意思ではなく人を殺してしまい、そうして神剣に身体を奪われたように。

「………………」

殺してほしい。誰かこの悪鬼を止めてほしい。
衛や千影たちを手にかけたくない。そんな残酷な物語にだけはなってほしくない。
だと言うのに、現実はどこまでの残酷で、無常で、非常な結末しか用意してはくれなかった。


『衛……白河ことり……水瀬名雪……前原圭一、以上四名』


「あ……」

その瞬間、悠人の意識は砕け散った。
衛の名前が呼ばれた……絶望、抵抗しようとしていた意志が、完全に停止してしまう。がっくりと、力が抜けてしまった。
永遠神剣『時詠』もまた意識を奪われた存在。ただ本能のままにマナを求める異端の武装。

なるほど、心の壊れた持ち主と武器。これほど皮肉の利いた存在はないだろう。

悠人の最後の意識は闇の中へと落ちていく。
永遠神剣の本能が悠人の意識を不要と判断したからこそ。悠人はもはや抗わなかった。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


壊れた玩具はただ笑う。
悠人の意識は深く深く深く、心の奥底へと幽閉された。残ったのはただ本能のままに戦う殺戮兵器。

護れなかった、護れなかった、護れなかった。
そんな後悔だけを心に残し、その間も歩みを止めることはなく。ただ彼は人を探し続けた。
この喉の渇きを癒すために。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「それで、武に何があったの?」

気絶している武から少し離れて、四人の女性が会合していた。
つぐみ、千影、美凪、アセリア……彼らは前原圭一の遺体を埋葬するために、穴を掘っている真っ最中だった。
まさか永遠神剣をスコップ代わりに扱うような人間がいるとは思うまい。エスペリアあたりなら引きつった笑みをしそうだ。

件の武は拘束するものがないため、『冥加』やデイパックを回収して寝かせたままにしている。
彼らの議題は多岐に渡った。武の今までの行動、そして武がどうしておかしくなってしまったか、そんな会話が主に交わされた。

「つまり……咲耶くんはゲームに乗っていた……というわけだね……」
「はい……残念ながら、これは武さんがおかしいわけじゃなくて本当なんです。身を守るために私たちも、そして圭一さんも戦いました……」

千影にとって一番注目すべき情報は咲耶のこと。
殺し合いに乗っていたなんて信じられない、とは言えなかった。千影本人も状況が違えばゲームに乗っていたかも知れないのだから。
きっと、彼女は一人でも多くの姉妹を護るためにゲームに乗ったのだろう。結果的にまだ症候群の被害が微弱だった武によって命を絶たれた。

(咲耶くんも、もっと早くに再会できていれば……そんな結末にはならなかったかも知れないのに、ね……)

怒りのやりどころがまた無くなってしまい、千影は心の中にもどかしさを覚える。
そんなとき、ふと思い出す。衛の仇である水瀬名雪……彼女が死んだとすればあの機関車のときと考えるのが自然だ。
あの規格外を圧倒的な力で葬ったのは、高嶺悠人だ。彼についての情報も提供しなければならない。

希望の光とも言える存在、アセリアがそこにいるのだから。

「アセリアくん、落ち着いて聞いてほしい。悠人くんのことなんだが……」
「……? ユートがどうした? そうだ、ツグミ。ユートに私のことを聞いたんだろう? ユートは何処にいるんだ?」

伝えるのは少し躊躇われた。だが、彼女こそが悠人を止められる唯一の人材だ。
つぐみに一瞬、視線を向けると頷く。アセリアの青い瞳を真っ直ぐに見据え、千影は事の次第を告げた。

「悠人くんは神剣に乗っ取られてしまったんだ。恐らく今の彼は、もうアセリアくんが知っている高嶺悠人じゃない……」
「え……?」
「悠人くんは最後の力で私に教えてくれた。アセリアくんなら、俺を止められると。悪魔と化した『高嶺悠人』をきっと倒してくれる、と」

アセリアの目が呆然と見開かれた。初めて、彼女の瞳に絶望の色が灯るのを見た。
言葉を失っている。それは受け入れられない、とでも言わんばかりの反応。さもありなん、と千影も溜息をつく。
伝え終わるとほぼ同時期に、圭一を埋葬するための穴を掘る作業が一通り終わった。

「……美凪くん、圭一くんをここに。彼を見送るのは君が一番適任だと思う」
「はい……」

瞳にはまだ濡れた跡がくっきりと残っていた。痛々しいその様子につぐみの胸が軋む。
ゆっくりと、圭一の亡骸を美凪は穴の中へと入れる。愛しげに頬を撫でたり、頭を撫でたりしていた。
腕を組ませ、目を閉じさせる。美凪は再び緩んできた涙腺をキッと結び、最期は笑って送り返してあげることにした。


「最期の最後まで、決して諦めなかったで賞……」


そっと別れを告げるように。
すでに冷たくなった圭一の唇に、自分のそれを重ねる。瞳を閉じた美凪の目から、一筋の涙が零れ落ちた。



     ◇     ◇     ◇     ◇



(なるほどね、こういうこと)

圭一の埋葬を終えた美凪は、自分と圭一のデイパックの中から紙切れを取り出し、つぐみと千影に渡していた。
それは図書館で綴った情報をまとめた紙。圭一と美凪が二枚ずつ持っていたので、一枚ずつを譲渡されている。
武を広場に残したまま、紙に書かれた指示に従って病院の影でこの情報を黙読する。

様々な情報につぐみも千影も内心で喜んだ。これはとても便利だ。
特につぐみは武を蝕んでいる薬品に注目した。俄かには信じられないことだが、それはつぐみの考えとも一致する。
ガリガリと首筋を掻き毟る異常な自傷行為。キュレイウィルスの働きが遅いことを鑑みれば、十分にありえる話だ。
何よりも、武が恐怖や発狂による類のものではなく、この薬物のせいで人を信じられなくなった……という説は信じたいという気持ちが強かった。

「皆、一休みしましよう? 私は正直疲れちゃったから、少し眠るわ」

そう嘯きながら、つぐみはメモと筆記用具を取り出す。筆談する気満々だ。
千影もまた頷くながら、紙を取り出す。美凪も同じように……アセリアだけは、少しそっとさせておくことにした。
一応、武の監視ということで近くに待機させている。いくら武とはいえ、武器もなしに永遠神剣を装備させたアセリアを倒せるはずがない。
ただ、殺さないようにと何度も念を押して、つぐみたちは話し合った。

(この特効薬……C120だけど、誰かの支給品に混ざっているのよね?)
(はい、恐らく。ただ、それがどこにあるかまでは……)
(とにかく、私たちの持ち物の中にあるかも知れないわね。それぞれで探してみましょう?)

頷いてデイパックをそれぞれ取り寄せる。つぐみは自分のデイパックを、千影は二つのデイパックを。
美凪は自分のデイパックの中にないことは先刻承知済み。なので、千影のデイパックのひとつを探すことにした。

「千影さん、デイパックが二つです。ひとつは私が調べてみましょう」
「……え? あっ……ダメだ、それはっ!」
「え?」

無造作に千影が避けていた二つ目のデイパックに美凪は手を伸ばしていた。
つぐみたちは知らないが、その中には生首が入っている。さすがにその中に注射器なんてないから探すだけ無駄だ。
何より、生首を持ち歩いているなんて知られたらどうなるか。考えるまでも無い、警戒されるに決まってる。


「そっちは……いいんだ、入ってないことは確実だから」
「は、はあ……?」

不審に思う二人に愛想笑いを投げかけるが、少し顔が引き攣ってしまっている。
こんなときに弁明も何もない。こんなことなら早いうちに埋葬してあげればよかった、と千影は人知れず溜息をついた。
とにかく、デイパックの中を漁る。千影自身あまりネリネのデイパックの中を詳しく見ていない。
ただ、この中にあるような予感がした。あのときの予言――――『何か他に渡さなければならないものはないか』というものが正しいのなら。

「あ……これ」

あった。注射器とアンプルだ。
つぐみに無言で手渡す。ただ、それが本当にC120という名のアンプルであるかどうか、判断がつかなかった。
どうする、と視線で問いかける。試すにはあまりにも危険すぎる。下手を打てば自分たちの手で殺してしまいかねないからだ。

(確証は……ないのね?)
(ああ……もしかしたら、H173のほうかも知れない。試すにはあまりにもリスクが大きすぎる……)
(それに、あのパソコンの情報によりますと……早いうちに打てば症状が緩和される、というものでした)
(つまり、もう手遅れの可能性もあるということ?)

無言のまま、僅かに逡巡しながら美凪は頷く。僅かな希望はとても拙いものだと気づかされる。
このままでは武はどうなるか、それを考えるとつぐみは頭を悩ませるしかない、苦悩するしかない。
人を信じられないまま生きる武……つぐみすら認識できない哀れな存在を、つぐみは肯定できなかった。

なら、試すしか方法はない。
武が死ぬなら自分も後を追う、それほどの覚悟の元にアンプルを注射器に設置する。
これ以上、武を苦しませたくないのだから。逆の立場なら武はどうするだろう……きっと、諦めようとは思わないはずだから。

(私がやるわ。何が起こっても、私と武に近づかないで)

そう、何が起こっても。たとえ武が暴走しても、私が殺されそうになったとしても。
そのときは自分たちで決着をつけるから。武を殺して自分も死ぬ。常日頃なら死ねないこの身体も、今ならきっと消滅する。
純一たちのことが気がかりではある。だが、やはりつぐみにとって生涯の一番は武なのだから。たとえそうでも、悔いはない。

これ以上、武のあんな姿を見たくない。

つぐみは病院に影から再び中央へ。
ここから先はつぐみ生涯の大博打。自分たちの岐路をも決める、重大な出来事になるだろう。


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