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「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(前編) ◆tu4bghlMI


「うおぉぉぉ!! すげー何だこの景色」
「……夜の灯台ってこんな風になるんだな」

純一ときぬは灯台の光源の真下に設置された展望台から見える景色に歓声を上げる。
つぐみはそんな二人を尻目に小さな溜息をついた。

気苦労。
一言で表現するならば、その単語に尽きる。
本来ならば目と鼻の先ぐらいの距離のはずのA-7エリアからここにやってくるまで、丸々一時間も使ってしまった。
しかも"車"という移動手段を確保していながら、だ。その時点で大幅な時間のロスをした事になる。
まぁ、ほとんどそのロスは車をえっちらおっちら押していた時間なのだが。


車を手に入れたのは、まだつぐみがネリネや音夢と一緒にいた頃まで遡る。
それ以来結構な距離を走ってはいたが、燃料切れにはまだまだ遠い。
だが深い森、しかもあそこまで足元のおぼつかない地形を走ったのは初めてだったのだ。
ジープや四輪駆動の車と言うわけでも無く、軽油を燃料にして走るオンボロ車なのだから少し無理をさせ過ぎてしまったのかもしれない。
結局エンスト。しかもエンジンは掛からない。ちなみにMT車だったりする。
セルモーターで動かそうにも平地までは大分距離があるため、どう考えても無理、という判断を下した。

森の中腹辺りで完全に機能停止してしまった車を置いていこうという意見も出たのだが(主にきぬから)、さすがにその判断を下す勇気はつぐみには無かった。
まず第一にこれから先、私達は相当長い距離を移動しなければならないという事。
ルートこそ確定ではないが、少なくとも島の東部に位置する病院辺りまで足を伸ばす予定。
ちなみに時間が掛かり過ぎる為、またきぬが「海の家にはポンコツしかいねーよ」などと言っていた為、海の家はルートから外した。

しかし"足"となる乗り物は絶対必要である。
そしてそう易々とキーが刺さったままの車を入手出来る訳がない事も拍車を掛ける。
これに燃料がしっかりと入っている確立、故障などの問題無く走行できる確立。
これらの要素を掛け合わせれば、あの時点で車が確保できたのは奇跡に近かったとさえ言い切れる。


「おい、ヘタレ! 見てみろよ、あそこ何か跳ねたぜ!」
「……どこだよ。気のせいじゃないか?」

でもまぁ……こんなご褒美があるなら、アレだけ苦労した価値はあったかもしれない。
無邪気にはしゃぐ二人の姿を視界の中に収めながら、つぐみはそんな事を思った。
頭の一部分では「おいおい婆臭いな、小町つぐみ」という突っ込みが聞こえて来そうだが。
ここまで辿り着くのに紆余曲折あったものの、それが報われたような気分になってくる。


――第三回定時放送。
つぐみと純一の知り合いで名前を呼ばれた者は一人のみ。
百貨店で出会った少女、古手梨花の探し人である赤坂衛だけであった。

だけど、あの子。蟹沢きぬが見せた一瞬の深い、悲しみの表情。
出会い頭につぐみ達に問い掛けた『土見稟』という名前。
その二つが導く答えは一つだけ。
――大切な人間の死、その結論に辿り着くために何の障害も無かった。

一言だけ、「やっぱりあいつ……」そう呟いたきぬの口元。震える肩。
伏目がちに地面を見つめる視線。前髪で隠れてよく見えない目元。

つぐみと純一はしばらく何も見ていない振りをするしかなかった。


 ■


島の最南端A-8エリア。太陽が完全に顔を隠し、黒色の壁紙で空が覆われた時間帯。
潮の臭いと絶え間なく鳴り続ける波音の中、この真っ白い塔は立っていた。
地図で何があるのかは分かっていたが、実際に足を運んでみると中々立派な代物で驚かされた。

そもそも灯台と言っても様々な種類がある。
天を貫くような高さを誇るものから、祠か何かと勘違いしてしまいそうになるくらい低いもの。
材質もコンクリートから木造、石造り、レンガと多岐に渡る。
この島の灯台は現代的なコンクリート造りのようだ。高さも意外とあって、30mから40mと言った所だろうか。
塔の内部にある程度の生活空間が作られているのも印象的だった。


「……まったく、二人とも。ここに何しに来たか、ちゃんと考え……!?」


自分達が今どんな空間にいるのかを忘れ、"海側"の風景にエキサイトしている二人を嗜めようと視線を散らした瞬間。
つぐみの眼に"全く今まで見た事の無いもの"が飛び込んで来た。

「……なに……あれ?」

山側。丁度自分達が立っている場所から見ると北東にキラリと光る建物が建っているように見えたのだ。
眼を凝らす。
そこにあったのは――


「……塔?」


山の丁度山頂付近に黒く染まった塔が立っていた。


『塔』
タロットにおける大アルカナの十六番目。モチーフは有名なバベルの塔。
やはり絵柄として言えばマルセイユ版のやけにファンシーな―それだけに不気味な―、塔から人が落下している映像が浮かぶ。
正位置であろうが、逆位置であろうが不吉なカードである事に変わりは無い。
その意味は【崩壊】【災害】【悲劇】など最悪なものばかり。

もっとも『塔』と聞いて、いきなりマイナス方向に話を持っていくのはいくらなんでも有り得ないのだが。
島全体を見渡せる位置にある事、真っ黒いカラーリング。
そんな要素だけで何故か重苦しい支配的なイメージを受けてしまった。

加えて山頂の南西の方角。微妙に光って見えるのはB-6エリアに設置された「鉄塔」だろうか。
どうやら「鉄塔」というのは送電設備を備えた鉄塔、という意味だったらしい。
つまりはアレが電力を供給する為の重要な設備になっている、という事か。

これは山頂にある塔を含めて調べてみる価値がありそうだ。


……ん。

あれ。
ちょっと、待って。
可笑しい。変だ。だって――

つぐみは浮かれているバカップルにしか見えない二人に向けて、ある一つの質問を投げ掛ける。
直線にして数メートル。声を張り上げれば十分に届く距離だ。

「ねぇ二人とも! あの山の上に何か立っているの、見えるわよね?」
「………………はぁ? クラゲ何言ってんだよお前。何もねーじゃんアソコ」
「え……カニ!! あなた視力は――」
「ボケ、両眼とも2.0だい!! ド近眼バカと一緒にするんじゃねぇ!!」

否定。何一つ淀みの無い完全なNO。

嘘。
そんな馬鹿な。

思わずつぐみはカニの隣に立っている純一を、縋るような視線で見つめた。

「純一は……見えるわよね?」
「……いや、俺も同意見だ。…………山の上には"何も"無いぞ?」

頭をハンマーか何かの鈍器で思い切り叩かれたような感覚。とんでもない衝撃をつぐみは受けた。
二人はまるで嘘や冗談を言っているようには見えない。
その返答は自分達の解答に疑問どころか、確信を持つ必要性すら感じていない。
完璧なまでの素の答え。彼らにとって今の行動は、ただありのままの事を喋ったに過ぎないのだ。

確かに今は丁度二十時を回った所。夜の帳が降りて完全に外は暗闇の世界。
"今は"赤外線視力を持つ自分でなければ、アレの存在には気が付かないのかもしれない。


――だけど。


思わずつぐみは左腕の時計を確認する。時刻はそろそろ十九時半になろうとする辺り。
じきにゲーム開始から二十時間が経過する。
そして思い出す。
ゲームが始まって、最初に出会った襲撃者をやり過ごしたその後の自分の行動を。
そう、自分は確かに『山頂とコンパス』を使い、方角を確かめてから新市街地へ向かったのだ。


――あんな塔なんて……記憶に、無い。


「おかしい、有り得ない……二人ともちょっとこっちに来て!!」
「わ、ちょ、おい!! 引っ張るんじゃねーよクラゲ!! 襟を掴むなって!!」
「つぐみ、どうしたんだ、一体……?」

つぐみは未だに状況がまるで理解出来ていない様子の二人を無理やり展望台の最北端に引っ張って行く。
……いや、自分も似たようなものか。
十分に今在る現実と自分の中の記憶が結び付いていない。
記憶の欠落? 馬鹿な、そんなはずは無い。
だって今、塔は確かに目の前に見えるのだから。

「ほら、よく見て二人とも!! あそこにうっすらと光ってる黒い塔があるでしょう!!」
「はぁ~? ……やっぱり何もねぇじゃん。クラゲ、いくらUFOとクラゲの形が似てるからってソレを見間違うってどうなのよ」
「……純一ッ!!」
「変……だぞ、つぐみ。お前らしくも無い……いきなりそんな事を言い出すなんて」
「――っ!!」

なんで、どうして、そんな馬鹿な。
目の錯覚? 少し遅い白昼夢?
違う、自分は正常だ。至ってノーマル。どこもおかしな所なんて無い。
それとも何か、妙な病原菌にでも感染して頭に疾患でも出来てしまったのか。
いやそれもNOだ。だって自分にはどんなウィルスも効かないのだから。

(……おい、ヘタレ。クラゲ、どうしちまったんだよ? 落ちてる菓子でも拾って食ったのか?)
(俺が知るかよ。それにヘタレとか言うなって)

衝撃に打ちひしがれるつぐみの目の前で、堂々と二人が内緒話をしている。
内容もまるで隠せていないのに。
多分、この二人はバカというよりもお人好しなのだろう。
その証拠に奇妙がるよりも心配するニュアンスの方が強い。

(ヘタレはヘタレだろうが。……塔、なんて無いよな)
(ああ……確かにあそこには何も――ッ!?)

「つぐみッ!! 塔!!」
「……え?」
「おい、蟹沢。よく見ろ、じっと眼を凝らして離すんじゃないぞ」
「ちょ、おい、ヘタレ!! こら、顔を掴むな!! レディにはもっと優しく接しろ……って? ありゃ?
 変……だな。確かに……なんか立ってんじゃん」
「良かった……でも何で……」

つぐみは思わず胸を撫で下ろした。
気付いた。やっと二人が塔の存在を認識してくれた。
……アレ。
妙だ。


『どうして、三人ともじっと注視するまで塔の存在に気が付かなかった』のか。

そして『どうして三人ともこんな時間になるまで、あの塔の存在に気付かなかった』のか。

……これは、もしかして。
つぐみは急いで自分のデイパックから筆記用具を取り出すと周りから盗み見されないように体勢を低くする。
そして純一とカニにもしゃがむように合図を送る。

紙にペンで文字を殴り書きすると無言でソレを二人に突き付けた。


【二人とも、今から気付いた事を話すわ――紙とペンを用意して頂戴】


 ■


「……鷹野様、緊急事態です」
「――何。まだ……放送の時間までは大分あるはずよ」


メインモニターに座っている数人いるオペレーターの中で、最も若い男が大声で鷹野の名前を呼んだ。
鷹野は特に何をしていた訳でもない。
眼を閉じ、虚空を眺め、脳内でこれから先の展望図を描いていただけ。
BGMはスピーカーから流れて来る様々な声。

怒り、悲しみ、恐怖、喜び、狂気、不安、欲望、嫌悪、羞恥、絶望、そして憎悪。

島内は複雑な感情の波で満ち溢れている。
そんな"生きた"声に耳を傾け、その空間に浸っていたのだ。
鷹野はそんな至福の時間を邪魔され、怪訝な表情のま部下に視線を送った。


「朝倉純一、小町つぐみ、蟹沢きぬの三名が山頂に設置された電波塔の存在に気付いたようです」
「…………あら、もう?」

笑った。先程までの不愉快な表情は何処吹く風な雰囲気で。
途端に彼女が見せたのは艶美でそして、身の毛も弥立つような怪しげな微笑。
何がそんなに嬉しいのか。顔面にゆっくりと刻まれた喜色の皺は室内の人間を威圧するには十分過ぎるものだった。


電波塔。
C-5エリアの山頂付近に聳え立つソレは参加者の首輪と島内の通信を管理する最重要施設だ。
そもそも衛星を使用した位置探査システムでさえ、"現代の科学力"に秀でた人間の力を借りなければならなかった。
故に首輪を管理するためにそれ専用の施設を建造する事は必須とも言えた訳だ。
管理施設を複数設置するプランも持ち上がりこそしたが、舞台として用意された島に適当な場所が無いという理由で見送られた。
結局、取られた手段は中央の山頂に島内全てをカバーする電波塔を建築する事。
――そして。

「お薬、沢山プレゼントしたはずなのに。――フフフ、桜の力も弱まっているのかしら」

入江機関が製造した薬物と『枯れない桜』の力、そして深層催眠。
これらの力を併用して行われる意識の操作。
つまり『島のど真ん中に怪しげな塔が立っているのに、それをまるで気にしなくなる』という趣旨の暗示を全参加者に施したのだ。

「まぁ……いいわ。ところで、最初に気付いたのは誰?」

気圧されていた部下達が一斉に正気に戻った。
鷹野に報告した男(彼は小町つぐみを中心に彼女が所属するチームを担当している)が若干上擦った声で答える。

「はいッ。盗聴の結果によると小町つぐみ、であります」

『小町つぐみ』という名前を聞いた瞬間の鷹野は、一瞬非常に納得した感のある反応を示した。
つまり緩やかな肯定と受諾。
だがその直後、彼女はとある事を思い出す。
そして自らの記憶が間違いである事を祈るような、絶妙な顔付きで部下に一つの質問をぶつけた。


「……ねぇ、彼女以前も似たような事をしでかして無かったかしら」
「確か……数時間前程前、突然脈絡も無しに『これならゲームを潰せる』という旨の発言をしていたはずです」
「その時は言葉の意味が分からない、って理由で見逃したのよね」
「はい、あの時は鷹野様も『誰にでもうっかりする事はある』と申されていました」
「……百貨店でも似たような事、あったわよね?」
「はい、堂々と我々の――『東京』と『山狗』の話をしていたかと」


カリカリと軽く頭を描きながら目を伏せ、考え込む鷹野。

「……困ったわね。あまり積極的な介入はしたくないのだけれど。
 内容も内容だし……何度もこんな気の抜けた行動を取られるのは、ね。
 とりあえずここは投与した薬物をこんなに早く克服する辺りさすがキュレイ種、と褒めておくべきなのかしら」
「キュレイ種、でありますか」

男は聞き慣れない単語に思わず首を傾げ、その言葉を反復する。
そんな彼の反応が面白かったのだろうか、鷹野は口元を歪め途端に饒舌になる。

「……そうよね、知らないわよねぇ。くすくす……まだサンプルをうちの人間が夢中になって調べてるくらいだもの」
「サンプル……?」
「つまり純粋なキュレイ種たる小町つぐみの血液ね。フフフ……凄いのよ、コレ。
 テロメアの無限回復、不老不死、代謝機能の著しい上昇、DNAの書き換え、あらゆる病気・ウィルスに対する抗生。
 そう、例えばね……彼女何歳ぐらいに見える?」

モニターに映された小町つぐみの映像を横目に鷹野がそんな質問を投げ掛ける。
黒真珠色のしっとりとしたロングヘアー、若干釣り上がった目尻。
若い。どう見ても十代かそこらの少女にしか見えない。
その場にいた誰もが鷹野の質問、そして言葉の意味に少なからぬ疑問を抱いた。

「ええと……倉成武と夫婦なんですよね。でも、二人とも大分若いようですし……少し上澄みして二十歳くらいでしょうか?」
「四十歳」
「え?」
「四十歳よ、彼女。ちなみに二児の母。あなたより大分年上ね……くすくす」
「な……は……えッ!?」


瞬間、聞き耳を立てていた他の部下からも驚きの声が上がる。
それは当然、公式サイトのランキングでギャンブルに講じていた人間も含めての話だ。
所詮、彼らはカタログスペックだけを見て賭け事をしていたに過ぎない。
参加者達の詳しい情報まで十分に把握している人間は、この空間の中に鷹野三四を除けば誰一人として存在しなかった。

騒然となる室内。それもそうだろう。
賭けの対象、もしくは情欲を含んだ視線で見ていた少女が、まさか自分達よりも年上もしくは同年代だと知らされたのだから。
そんな部下達の喧騒を尻目に鷹野は眼を細め、独特の雰囲気のまま言葉を紡ぐ。


「ふふふ、お喋りはコレくらいにしておきましょう。さてと……ここは"盗聴"には気付いているチームなのよね?」
「は、はい。確証はまだ得られていませんが、おそらく間違いないかと。
 加えて"脱出"を念頭に置いていると思われる不可解な行動パターンを取っています」


正気に戻った男が慌しくコンソールを操作すると、モニターに彼らのゲーム開始時から現在までの移動ルートが映し出された。
二つの光源が午前の段階でD-3エリアにおいて接近、そして接触。
島の北部を大回りに移動、その後真っ直ぐに南下。途中で蟹沢きぬと合流。
特に他の人間との交わりを避けている訳では無いようだが、明らかに他とは異なった進路を取っているのは明らかだ。


「どの盗聴器も健在?」
「はい。朝倉純一、小町つぐみ両名は正常に作動中。ですが……蟹沢きぬの盗聴器だけは機能を停止しています」
「……そう、ちゃんと盗聴器が作動しているグループなのよね、ここは。
 とはいえアレだけは桜と例の機械技師が作ったインターフェイスの弊害、ね。
 ゲームに意外性を盛り込む手段としては中々面白かったけど……。
 短距離とはいえ、あの程度の特殊空間跳躍に盗聴器が耐え切れないなんて予想外」


そう憎々しげに呟く彼女の視線はモニター中央の地図、H-7エリアを見つめていた。
事は十二時間ほど前まで遡る。
契約者の戯れで設置された「海の家」の特殊義体、『メカリンリン一号』を介して行使される特殊移動装置を参加者の一人アセリア・ブルースピリットが初めて使用した時に起こった。
それまではどんな些細な独り言でさえ完全に拾い上げていた盗聴器が、彼女の空間転移と同時に機能を停止したのだ。
初めは単なる誤作動かと予測していたが、同様の事態が数刻前、月宮あゆ・蟹沢きぬが海の家を使用した時にも発生したのだ。

詳細は一切不明。首輪の製作者に問い合わせても「えー知らないよ、そんなの」の一点張り。
幸い首輪の根源的な機能である遠隔爆破装置と衛星測位システムに支障こそ無かったものの、予期せぬ失態であった。


「しかし鷹野様……どうなさるおつもりですか? この段階でアレの存在に気付いた以上、野放しと言う訳には……。
 ですがあまりコチラから手を下す展開は望ましくないとも……」


男の表情には迷いがあった。
それもそのはず、ゲーム開始時に鷹野は自らの口で首輪を爆破する条件として"脱出しようとした場合"という条項を挙げている。
だが真相は違う。
ゲームに乗らない参加者が大多数を占める事など初めから予想通りなのだ。
加えて"首輪の解除や主催者側に牙を剥く参加者が現れる事"も分かっている。
なにしろこのゲームは初めから『最低限、脱出の可能性を残す』と言う大原則の元、行われているからだ。

参加者に施された暗示も特別な事をしなくても、ある程度の時間が経てば自然と解けるようになっている。
――もちろんその時点でまだ生存者がいる、という保障は無いが。

その他にも例えば工学や科学に関するトップクラスの知識を持つ人間、首輪の解析を可能にする道具やプログラム。
愛用の武器を手に入れ万が一真っ向勝負になった場合、戦闘訓練を積んだ兵士でさえ瞬殺されかねない実力者。
そして島内に無数に残された複雑怪奇な謎解き。
『最後の一人になるまで殺し合え』という趣旨からは明らかに外れる要素が多過ぎる。


男には鷹野が何を考えているかなど、まるで分からない。
彼が知り得ている事実は自分達、そして鷹野の上に黒幕らしき人物が存在する事。
『桜』という謎の存在の力を借りている事。
そしてその人物の意思が、このゲームにおいて非常に大きなファクターを占めている事。
これはそもそも鷹野が一人単独でこのようなプログラムを開催する意図が分からない、という理由から流れた実しやかな噂ではあるのだが。


それだけ、たったそれだけなのだ。


だが彼が無知な訳ではない。
事実この司令部に所属する人間の大半が彼と同じような情報しか持ち合わせていないのだから。
鷹野三四の真意とは一体何なのか。

それを理解出来ている人間などおそらくこの司令部の中には存在しない。
せいぜい技術部の主任か、鷹野の身近な人間。可能性があるとしてもコレくらいだろう。
最悪彼らでさえ、その事実を把握していない事も十分に考えるられる。

「……そうねぇ、少し腑抜けてる人達に気合を入れ直して欲しいところかもねぇ……」

鷹野は顎に指を這わせ、少しの間モニターを眺めていた。
視線の先には朝倉純一、小町つぐみ、蟹沢きぬの三名。
いや、彼らは物陰に隠れてしまっているので正確には身体の一部分しかこの角度では見る事が出来ないのだが。

室内カメラもそれなりに設置されてはいるが、やはり衛星を使った監視がベース。
あまり多くのカメラを設置してもソレを処理する為の人間が圧倒的に不足しているのだ。



「仕方ないわ、首輪を爆破しなさい」



室内の空気が、凍りついた。
だがそれは『人間が死ぬ』というこれから予想される未来に気を病んだからではない。
そもそもこの部屋にいる人間の大半は既に"死"に関する感覚が麻痺してしまっている。
ほとんどが自分の娘と同じぐらいの子供が泣き喚こうが、血を流して死のうが笑ってソレを受諾出来るような者ばかりだ。
数少ない"まともな"(だがこの空間では極めて異端な)人間も、この殺戮遊戯を止める術を持たない自らの非力を呪う事しか出来ない。

そう、沈黙の理由はただ一つ『ゲーム開始後の管理者介入による参加者の離脱』に対する拒否感であった。
俗に言う"見せしめ"として亡くなった二人の男女。勿論彼らがソレに選ばれたのは紛れも無い偶然だ。
彼らがもしも普通にゲームに参加していれば強いリーダーシップを発揮し、グループの中心になっていたかもしれない。
だがソレは所詮仮定に過ぎない。
未来は極めて不鮮明なもの。あの時点では予測こそ出来ても、確定的な予言を下す事など出来るはずもない。

だが今回のケースは違う。
既にゲームが開始してから二十時間余りが経過。
人数も半分を割り、一部の参加者に戦力や期待が集中する事態が発生している。
そしてこの状況下における反ゲーム派グループの首輪を爆破すると言う行為は、この戦力バランスを一気にゲーム派へ傾けるのに十分な効果を持つ事が容易に推測出来た。


「な……鷹野様、本気ですかッ!?」
「フフフ……私、冗談は嫌いなの。知ってるでしょ?」
「しかし積極的な参加者への関与は極力控えるように忠告されているはずでは……ッ!!」


報告をした男が慌てて鷹野に詰め寄る。
そう、男の発言はある意味的を得ている。
大した情報を持たない一オペレーターである彼でさえ、『極力ゲームへの介入は控える』という原則を理解している。
ならばソレを設定した鷹野が理解していないはずも無い。
それなのに何故? 男の胸中は疑問で一杯だった。


「くすくす……だって仕方ないじゃない。山頂の電波塔はこの殺し合いにおける根幹なんだもの。
 アレは参加者にとって"存在してはいないもの"じゃなきゃならないの……まだね。
 それにね……一応、ミス。"三回目"でもあるし」


鷹野の独特で人を謀るような笑い方。
低い特徴的なモーター音と多くの人間の呼吸音、猥雑で耽美でそれでいて複雑怪奇。
限りなく静寂に近いその空間に彼女の笑い声だけが響く。

確かに、ぼんやりと『脱出出来ればいいなぁ』などと考えているグループが犯す失態。
一方で『計画的に脱出する』と考えているグループが犯す失態。
同じ失言、失敗であったとしてもその意味合いは大きく異なる。

例えばどこか抜けている参加者の暗示が早期に解け、同行者に向けて「おい、あの塔は何だ?」と尋ねたと仮定する。
しかし、この度に首輪を爆破していたのではゲームにならない。
そのグループにアレを脱出と結び付けられる者が居なければそのまま見逃すだろうし、居たとしても警告を与えるなど、時期と状況によって柔軟に対応出来る。

だが何度もミスを繰り返すようだと流石に処分を考えなければならない。
歯の抜けた獣は淘汰されるべき、ソレは自然界の掟とも言える。


「ゲームを壊したいのなら、壊すその瞬間までルールには従っている振りをしてもらなわければ困るのよ。それが原則。
 不思議な事について話す時、相談事をする時は筆談、もしくは音の出ない手段で……そこが線引きでしょ?
 "脱出しようとした場合、首輪を爆破する"って、ちゃんと言ってあるんだから」
「とはいえ三人が山頂の電波塔に気付いたのはあくまで偶然であって――」


男は必死で食い下がる。
ここまでしつこいと周囲で成り行きを見守っている人間もこの彼の態度に疑問を持ち始める。

どうして、彼がここまで鷹野の決定に異を唱えるのか分からないのだ。
確かに彼は『賭け』には乗っていない。
彼がギャンブルに講じている姿を見た人間は誰一人としていないのだ。

彼はそこまで正義感に溢れた人間だったのか。
それとも自分が担当していた参加者に情でも移ってしまったのか。
そしてソレは、自分達の直属の上司である鷹野三四に真っ向から立ち向かえる程力強いものなのだろうか、と。

「――三人? ……ああ、あなた何か勘違いをしてるみたいね」
「か……勘違い、ですか」

目の前の部下を冷めた眼で見つめていた鷹野が彼の発言を聞いて「ああ、なるほど」と言う表情を見せた。
それは自分と相手における意見の相違。
根本的に話している土台が違った事を悟ったものが見せる特徴的な台詞。


「いくら私だって参加者が半分を切った段階でほとんど孤立しているチームを丸ごと爆殺させたりしないわ。
 だってつまらないじゃない、そんな結末。
 ……うん、どちらにしろ電波塔の存在は脱出ロジックとして欠かせない要素だものね。
 今回だけは、対価一つで手を打ってあげましょう。……ね、コレならあなたも納得出来るわ、きっと」



157:決断の代償 投下順に読む 158:「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(後編)
156:破滅の詩。 時系列順に読む 158:「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(後編)
143:カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い 小町つぐみ 158:「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(後編)
143:カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い 朝倉純一 158:「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(後編)
143:カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い 蟹沢きぬ 158:「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(後編)
146:第三回定時放送 鷹野三四 158:「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(後編)






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