また、来世 ◆tu4bghlMI


<<ASPECT④――衛>>


「衛ちゃん、大丈夫なの?」
「うん……平気だよ、ことみさん」
「もう少し、ほら病院までもうすぐなの。頑張るの、そしたら十分な治療が出来るの」


ボクは隣で肩を貸してくれていることみさんに向けて一度、小さく頷いた。
そして笑った。でも心は晴れない。全部放送のせいだ。

――国崎さんが死んだ。

衝撃だった。在り得ないと思った。
国崎さんは確か瑛理子さんと一緒に北側のルートを取った筈。
だけど国崎さんの名前しか呼ばれなかった。
つまり、瑛理子さんを守るために何かが起こったと考えるのが妥当なのだろうか。
だけどあのチームは二人とも拳銃を持っていた筈。
そう易々とやられる訳が無い。一体誰が……。

あとハクオロさんの部下の一人である【トウカ】さんの名前も呼ばれた。
ハクオロさんは悲しんでいるのだろうか。名前が出てこなかったという事はあの場を何とか切り抜けられた筈なんだけど……。
ちなみに他に名前を呼ばれた人のうち【伊吹風子】と【春原陽平】という人はことみさんの知り合いらしい。
直接話した事はほとんど無いらしいがソレでもゲームに乗るような人間ではない、と言っていた。

最後に【ネリネ】さん。ことみさんが言うには彼女は確実にゲームに乗った人間らしい。
そんな彼女が死んだ。ボク達にとってはそれはプラスに働くのだろう。
彼女がどうしてゲームに乗ったのかは分からない。でもそこまで駆り立てる何か理由があったんじゃないかと思った。


病院の正面口はもうすぐそこまで迫って来ている。
その建物は学校と似ていた。
色や雰囲気だけではない。建造物の立ち並び方がそっくりなんだ。
俗に言う鉤括弧型。メインとなる棟にいくつかの補助的な棟が立ち並んでいる。
なるほど、そもそも病院とは治療だけを目的とした施設では無い。
内部には多数の研究者を抱え、大規模な物ともなれば患者が入院するためだけの建物を幾つも建造している場合も多い。

ここの病院もその例に漏れず、全体をカバーするための本棟。
そして各種研究施設を備えた研究棟の二段構成になっているようだった。
両者の間には入院している人達が散歩をしたりするために使う、噴水が綺麗な大きい広場まであった。

目的地である病院。ここを早急に確保し、皆がやって来るのを待つ。
それがボクに与えられた仕事だった。きっとハクオロさんもこっちに向かっている所だ。
――大丈夫、何も心配する事は無い。


「ようやく……着いたの――ッ!?」
「なに……これ」

本棟に足を踏み入れたボク達はその惨状に驚愕せざるを得なかった。
真っ暗なホールはグチャグチャに"壊れて"いたのだから。
正面口から入ってすぐの医務用カウンターは見事に破壊され、診察を待つ問診客用の座席は弾け飛んで中の綿が見えている。
真白だった筈の中身は黒く焦げ、この空間で何が起こったかを指し示しているようだった。

「火災……? ううん、この独特の臭い、破壊の様子……何かしらの爆発物が使用された跡なの」
「ば、爆発物!? それって爆弾とかミサイルとかそういう――」
「……ミサイルは無いと思うの。着弾点は……ほらあそこ。消火自体はされているみたいだけど……」

ことみさんが特に損傷が激しい一部分、カウンターのすぐ下の床を指差す。
完全に表面を覆っている合成樹脂は燃え尽き、微妙に地面が抉れている。そして酷く臭い。
火薬以外の何か、プラスチックを燃やした時に発生するあの独特の悪臭だ。
そしてあたり一面の水溜り。天井に軽く視線をやると御馴染みの円形の丸いポットのような物が見える。
煙に反応して水をばら撒く探知機内臓のスプリンクラーだ。
おそらく何かが爆発し、ある程度火災が広がってからようやくスプリンクラーが起動したという事なのだろう。
ことみさんがボクを側のまだ形を保っていた椅子に座らせ、少し奥の方へと足を進める。


「でも……見た感じ、この病院相当ガタが来ているみたいなの。……ほら、あそこの階段何か崩れ――ッ!!
 きゃあああああぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
「ど、どうしたの、ことみさん!? あっ!! ……し…死体?」

ことみさんの悲鳴に反応して、顔を覗かせる。
正面口から少し進んだところ、奥まで行かないと見えない辺りあったのは……女の人の死体だった。
凄く綺麗な女の人だった。そしてすぐ近くに爆発の中心部と思われる窪み。
……きっと爆風をもろに浴びたのだろう。彼女の左肩から先は"何も"無かった。

「あ、あ、あ、あ…………」
「こ、ことみさん? どうしたの? 気持ち悪いの?」

ボクの目の前にいたことみさんが尻餅を付いた。まるで腰が抜けてしまったみたいにストンと。
未だ濡れている床のせいで服がビショビショになるのも気にせずに。

「く……び……」
「……首? あっ!! 首輪が……無い」

ことみさんがわなわなと震える唇で言葉を紡ぐ。
力なく差し出された指は真っ直ぐ、小刻みに振動しながらも女の人の首元を指していた。
そう、良く見ると"彼女は胴体と頭部を切り離されて"いた。
うっすらと珠のような肌に滲んだ紅。暗闇の中でも眼を凝らせば十分見える。そこに銀色の首輪は存在しなかった。
……一体、誰がこんな事をしたのだろう。

ボクがこんな状態の死体を見るのは二回目だった。
一度博物館で見た女の人の死体も似たような……こちらは逆に"頭部だけ"が持ち去られていたんだけど。
でもそれにしてもことみさんの様子がおかしい。
だってもう一日だ。本人も知り合いの死に際に何度も遭遇したって……あっ!!
もしかして……。

「ことみさん、死体を見るのは……?」
「さ……三人目、なの。……額を射抜かれた死体と、頭を……割られた死体」
「え……じゃあ、どう……して? 初めてじゃないんでしょ?」

ボクは……七回?
遙あねぇとグチャグチャになって死んでいた人達と博物館にいた首の無い女の人、そして佐祐理さんと観鈴さん。
最後に今目の前にいる女の人。だけどもっと酷い死体も沢山見て来た。
でも、この女の人は笑顔だ、笑っているんだ。まるで遙あねぇの最期みたいに。
何があったかは分からない。だけどどこか満足げなんだ。

でも。
ボクの台詞を聞くとことみさんは信じられない、と言うような顔付きでこちらを見た。
深淵。その瞳は濡れていた。
天井から水滴が落ちた。ゆっくりと落下するソレはポチャンという間抜けな音を立てて、床の水溜りと同化した。

「本気で……言ってるの? 衛ちゃん?」
「ことみさん?」
「だって……死んでるの。人が死んでいるの!! 私達と同じ年頃の女の人がこんな死に方をしているのに!!
 何で衛ちゃんはそんな平気な顔が出来るの? おかしい……変なの、どうかしてるの!!」
「ッ!!」


何かが崩れた。
そしてボクは気付いてしまった――自分がこの環境に順応し始めている事に。

人が死ぬ。それは凄く悲しい事だった筈。
一日前のボクだったら真っ直ぐ死体を直視するなんて出来なかった。
でも今は出来てしまう。慣れたんだ。人の命が風船みたいにパンパン撃ち落されて行くやり取りに。
映画の最後に流れるスタッフロールのように全体を見て個を見ない。
誰が死んだか、何人死んだか、ただ淡々と。純粋なデータとして処理される。

咲耶ちゃんや国崎さんが死んだという事実が悲しくなかった訳じゃない。
涙が出て、胸が一杯になるくらい辛かった。
だけど……それ以外の見知らぬ人、そしてゲームに乗った人が死んで行く事へ無関心になっていた。
そう、気付かぬうちに。

呆然としているボクを見て、ことみさんが肩をビクンと震わせた。
そして濡れた瞳を一度拭うと、申し訳なさそうに切り出す。


「あ……その、ゴメンなの。少し……取り乱したみたい、なの」
「……ううん。いいんだ、ことみさんの言った事。何一つ間違ってないよ」

気まずい空気が流れた。
即席のパーティ、出会ったばかりのボク達だ。
命を支えあう仲間としての意識は十分過ぎるほどあるものの、その間には時間が決定的に足りなかった。

言葉のすきまを埋めるのは相手への理解。
共有してきた時間が大きな部分を占めるのだから。


「…………ちょっと……辺りを見てくるの。すぐ、帰るの」


小さく一度だけ頷いた。
ことみさんはデイパックから銃を取り出すと壊れていない階段の方向へ歩いて行った。
コツンコツンとことみさんが遠ざかっていく音だけがホールに木霊する。

ボクは少しの間、ぼおっとしていた。
そして目の前に女の人の死体がある事を思い出す。
出来れば埋葬してあげたい。でも流石にそんな事をしている時間は無い。
悠人さんや千影ちゃんがやって来ればそんな余裕も出来るだろうけど……。

数秒考えた後、ボクは自分のデイパックの中から銀色のレジャーシートを取り出すと彼女の死体に被せておく事にした。
さすがにこのままの姿で晒し者にしているよりはマシだと思ったから。


そして想う。ことみさんの事を。
……ボクと居辛くなってしまったのかもしれない。
気にする事なんて無いのに……悪いのは全部ボクなんだから。

急に心の中が真っ暗になってしまった。
気持ちがマイナスになるとリンクして身体の調子もおかしくなる。
また、痛み出した。特別にここが痛い、という訳じゃない。
全身が燃えるような熱に包まれる。昔軽く足首を捻った時に覚えた感覚と似ている。
骨は……折れていない筈なんだけど。

意志が朦朧とする。掌を当てて熱を測ってみる。
熱い。ボク自身の手もそれなりだけど、風邪を引いてしまった時のような感じだ。

さっきの椅子にもう一度座る。
少し、眠ろうか。
うんそれがいい。すぐことみさんも帰ってくる。
ほんの数分、数秒でも今は休息が欲しい――



リリリリリリリリリリリリッ!!!!



「え……で、電話!?」

ぼやけつつあった意識が一気に覚醒。
視線をその音の発生源に移す。
コール。目覚ましにも似たソレ。カウンターの最奥。

ああ、もしかしてあれはナースステーションという奴なのだろうか。
テレビドラマなどでよく見る壁に設置された各病室からのナースコールを受け取る装置の下辺り。
外来用の電話機がけたたましい受信音を鳴らしていた。

驚いた事が二つ。
まずこれだけの破壊が行われた建物でありながら、電話が未だ生きているという事。
院内は電気がほとんど通じていないように思っていただけに、これは意外だった。
そしてもう一つはここ病院に電話をかけて来る人間がいる、という事だ。
つまり、それは――病院を目的地にしているボク達の知り合いである可能性が高い。

急いで椅子から立ち上がり、受話器の元へ。
ベルが鳴り終わるよりも早く、それに手を伸ばす。
胸がドキドキと高鳴った。


「――はいっ、こちら病院です。どちら様ですか?」
『良かった……衛くんかい!? 私だ、千影だよ』


思わず安堵の溜息がボクの唇から漏れる。
それは今一番聞きたい人の声。大好きなボクの姉妹の声だったんだから。


 ■


「今は……博物館? それで坂上智代って人がゲームに乗ってるの?」
『……ああ、彼女は危険だ。しかも強力な武器を持っている。十分に……気をつける必要がある』

なんと千影ちゃんは今博物館にいるらしい。
博物館といえば、あの首の無い女の人の死体があった場所。
というか神社からホテルへ向かうルートを取った筈の千影ちゃんがどうしてそんな場所にいるのだろう。

「あれ……ねぇ、千影ちゃん。悠人さんは?」
『うん、皆と別れた後すぐにネリネくんに襲われてね。その時……その、離れてしまったんだ』
「え……じゃあ、何で今博物館に?」
『まぁ……何と言うか、実はネリネくんに捕まって連れて来られたんだ、私は』

連れて来られたって……つまりは誘拐、じゃなくて拉致されたって事だろうか。
ただ千影ちゃんが凄く言い難そうなのは確かだ。この話題にあまり触れない方が良いのかもしれない。
だってネリネさんはさっきの放送で――

『……それより衛くんこそ聖上と一緒じゃないのかい?』
「……うん。ハクオロさんは学校で倉成武って人に襲われて……。
 ボクと今一緒にいる一ノ瀬ことみって人を逃がすために一度別れたんだ」
『倉成武か……彼もゲームに乗っている……と言うことなのかな。ああ、病院にいるのは二人だけかい?
 出来ればそのことみくんに変わって貰えると嬉しいのだが』
「ううん、今は……見回りに行ってる。あ、そうだちょっと待ってね。子機に切り替えるから」

千影ちゃんとの通話に熱中する。
ただこの電話は少し話し難い。どうやら若干型が古いようだ。
電話機のすぐ側にある子機に切り替えて、と。


「ゴメン、千影ちゃん。それでね、ハクオロさんが……」



「見ぃーつけたぁ」



「え?」

どこかで聞いたような声――ボクが振り向くとそこには青い髪の女の人が立っていた。
小さな声だったので誰なのか判別は出来ない。
女の人は伏目がちだし、暗いままなので顔はよく見えない。だけど頭に包帯を巻いている事は分かる。
怪我をしているのかもしれない。
距離は五メートルという所か。いつの間にこんなに近くまで接近されたのだろう。


赤と白の特徴的な制服に所々血が滲んでいる。
ボクは訝しげに彼女に問い掛けた。


「……あなたは?」
『……くん……ど……たぃ……まも………』


耳から話した受話器から千影ちゃんの声が漏れる。
何を言っているのかは分からない。
だってボクの視線は目の前の女の人に注がれてしまっているから。
凄く、嫌な予感がする。


「あは」


背筋に、寒気が走った。
ボクは知っている。この人が誰だか知っている。
完全に顔を見た訳じゃ無かった。声も状況が状況で完全に鼓膜に焼き付いていた訳じゃ無かった。

でも覚えている。
この笑い方。この唇の歪み。この皺の寄り方。
破滅、刹那、死、不吉なこの口元。
それは――


「あはははははははははははははッ!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「――あぐっアアアアアアアア!!!」
『まも……!? まも……る……く…………!?』


ボクのお腹に鋭い金属の棒が突き刺さった。
痛い。焼けた鉄ゴテを押し付けられたみたいだ。
勢いよく突き出された右手に握られていたソレ――長い槍。
鋭利に研ぎ澄まされたその刃先が丸々ボクの身体の中に抉りこむ。
そしてグリッと抉られる。
螺旋。コークスクリューパンチのように女の人が持った柄を回転させたのだ。

「あっああぁぁアアアア!!」

口から身体の中に手を突っ込まれるような感覚。
胃カメラ? 違う、内蔵にマイクを放り込まれてソレが大音波で共鳴しているような痛みだ。
ボクはその苦痛に耐え切れず、必死で後ろに跳んだ。

――抜けた。

ボクに苦痛を与える事を目的としていたのだろう。
丁度槍の刃先だけが身体に沈み込んでいたため、いとも容易くその鉄棒はボクの身体からいなくなった。

「ねぇ、痛い? 辛い? 苦しい? いや? 怖い? 逃げたい? 死にたい?」
「あっ、……ぅ……かはっ……」

追撃は、来ない。熱いものが流れ出して来る。
お腹を押さえながら地面に尻餅を付いたボクを、女の人は笑いながら見下ろしている。
――楽しんでいるだ。この人はボクをいたぶって、ボクがどんな反応するのか見たいんだ。
ゾクッとした。怖かった。
だからボクは逃げた。受話器を握り締めたまま、這うように逃げた。


何か考えていたから逃げたんじゃない。
思わず、ただ、必死に、本能で。
どれでもいい。この中のどれかだ、全部かもしれない。
無様な格好。姿勢は低く、地面に手を付く姿は犬みたいで。
スピードは遅く、槍で刺そうと思えば十回も二十回も刺せたと思う。
這い回るアリを足で踏み潰すみたいに容易く、無慈悲に、残酷に。

後ろで女の人が大笑いしている。
"あははははははっ"
本当に楽しそうに。サーカスでピエロでも見ているみたいに。

「そうかぁ……逃げて死にたいんだ。鬼ごっこかぁ、あははははははははははははっ! いいよぉ、付き合ってあげる!!」


 ■


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」


ボクは必死に逃げた。大好きな筈の走る事も今回ばかりは凄く辛く感じた。
女の人は間隔を保ったまま付いて来る。
ポタポタと床に断続的に生まれた赤い斑点を見ながら。
そして血液の量がどんどん増えて行く光景を楽しみながら。

ことみさん、ことみさんにさえ出会えれば。
ことみさんは拳銃を持っていた筈だ。
逆に女の人の武器は槍――おそらく銃は持っていない。
だけど院内を動き回っているボクらが出会うのは難しい。声を聞きつけてこちらに向かって来ている筈なんだ。

時間だ、時間を稼がなくちゃ。
グルグル廊下を走り回ったボクは結局、槍で刺された場所の丁度真上、二階の中央にあった診療室の中に逃げ込んだ。


カチャリ、しっかりと鍵をかける。
バリケード代わりに本棚や小さな机をドアに立てかける。
……これで少しは持つ筈。
あとはことみさんと――ボクの身体がいつまで持つかの勝負だ。

部屋の一番奥、月の光が差し込む窓の側の壁に寄りかかりながら、地面にへたれ込む。
周りを見渡すと部屋の中はボクがインテリアを動かしていない部分も含めてグチャグチャになっていた。
そうだ、この病院崩れかけてるって言ってたっけ……。

「何で何で何でっ!? 隠れるのは反則だよ、これは鬼ごっこなんだからっ!!
 出て来なさいよ、早く早く早くっ!!!」

乱暴に扉をノックする音。もう追いついて来たんだ。
すぐさまソレは人の身体が体当たりする音に変わる。
床を通って伝わってくる振動がボクの身体がピリピリする。

ふと視線をお腹に下げると――そこは真っ赤になっていた。
もう服は血を吸いきれなくてタプタプしている。ズボンにまで染み出した赤がお尻の下に池を作る。
思ったより出血が酷い。それに――頭がクラクラする。
血が足りない。それだけじゃない、保健室が崩れた時に受けた怪我だ。
元々朦朧としていた意識と貧血。それが導き出す答えは昏倒。そして……永遠の眠り。

「あぁ……っ……はぁっ……はぁっ……」

苦しい……嫌だ、死にたくないよ。
駄目だ、耐えなくちゃ。泣いちゃ駄目だ。
押しつぶされちゃいけない。頑張ら、ないと。

『………ま………ん……まも……』
「あ……」

ずっと握り締めていた受話器。通話口からかすかな音が漏れた。
――まだ、繋がっている?

「ち……かげちゃん?」
『衛くん!? どうしたんだい、衛くんっ!?』
「うん、ちょっと……ッ襲われ、ちゃって……ね。青い、髪をした女の人に……」
『どこか、怪我をしているのかい? 青い……髪……ッ!? 待って、衛くん……その女の人は"制服と鎧"どちらかを着ていたかい……?』

……良かった。ちゃんと千影ちゃんの声が聞こえる。
えと……着ていた……もの?
千影ちゃん、相手が誰だか分かるの……かな。

「制……服だよ。赤い生地が基調で白い傘みたいなのが付いてる……」
『……そうかい。よく聞くんだ衛くん。今おそらく君の近くにいるのは水瀬名雪、という女性だ。
 私がこのゲームで一番最初に出会った参加者。……ゲームに乗るようには全く見えなかったんだが』
「水瀬……名雪」

とても綺麗な名前だと思った。
連打されるバスドラムみたく軋みを見せるドアの方を一瞥する。
ガンガンガンガン、止まらない。うるさい。

電話の向こうの千影ちゃんは黙ってしまった。
どうやら何かいいアイディアは無いか考えているようだった。
でも……ボクは。

「……ねぇ、千影……ちゃん。あの台詞、聞かせて欲しいな」

もう、こんなお願いしか出来ないんだ。


『あの……台詞?』
「そう、ほら……千影ちゃんがあにぃと別れる時とかに……良く言ってたアレだよ……」
『……ああ。いや、衛くんそんな事は関係ないんだ。早くそこからッ――!!』


千影ちゃんの悲鳴にも似た絶叫。
ここまでボクの事を思ってくれるなんて。
自分がどれだけ幸せな環境で暮らしていたのか再確認した。

「ううん、駄目……だよ。分かってるもん……ボクが……ボクが一番、自分……の事は」
『衛……くん?』
「だから、お願い、千影ちゃん。ボクたちの絆が続くように。またいつか笑って過ごせる……ように、ね?
 ゴホッ!! ゴホッ!! ゴホッ!! ……千影、ちゃん」

口から血が溢れた。掌が真っ赤になる。
痛い。
痛い。

『分かった……よ。衛…………くん』

千影ちゃんの声、もっと聞きたかった。
だけど駄目なんだ。これ以上このまま縋り付いてなんていられない。
ボクが言葉を話せるうちに、元気だって虚勢を張れるうちに断ち切らないといけない。
ボクにはもう未来は無いけど、千影ちゃんにはまだ可能性がある。
邪魔は出来ない。だから。



『…………また、来……世』


ありがとう、千影ちゃん。
そして……さようなら。

「じゃあねっ!! 千影ちゃん!!」


ボクは電話の一番右上にあるボタンを押した。
無機質な"通話終了"の音。
何処にも繋がっていない受話器がツーツーと一定のリズムを刻む。

ギュッと小刻みに震える両肩を抱きしめる。ブルブル震えて子犬みたいだ。
……でも、間違ってない。だってこれ以上千影ちゃんの声を聞いていたらオカしくなりそうだったから。
今、隣まで来ている死神に何もかも持っていかれそうだったから。
だからボクは振り絞ったんだ。勇気を、ちっぽけな勇気を。

血はドクドク流れる。お腹から流れる血が灰色の地面で赤い池を作る。
扉がドンドン叩かれる。バリケード代わりの机も、もうそろそろ限界みたいだ。
頭が痛い。心臓をノックする音が止まない。
何キロ走ったって大丈夫な筈のボクの身体が悲鳴を上げている。それは紛れも無い死の予感だった。
一歩一歩迫り来る未知の時間。
怖い、痛い、ワンワン泣き叫んで誰かに助けを求めたい。

だけど。

もう……泣かないんだ。
約束したから、千影ちゃんとハクオロさんと――悠人さんと。



凄まじい轟音と共にドアが倒れる音が響いた。
ボクの前に現れたのは青の髪色をした女の人――水瀬名雪。
槍。赤く光るその刃先に付いているのは紛れも無くボクの血だった。

「あははははははははっ!! 終わり終わり終わりっ!! 無駄なのに、抵抗してもどうせ死ぬのにっ!!
 どうして分からないの? 馬鹿なの? どこかおかしいの? ねぇ教えてよ、命乞いしてみせてよ!!」
「……あなたには……絶対、分からないよ」

名雪さんは凄まじい形相のまま大声で笑い声をあげながらこちらに近付いて来る。
そしてボクは意識した――自分の運命を。最期の瞬間を。

受話器を握り締めていた指がだらりと離れた。
コツンという乾いた音、プラスチックと床がぶつかり合う音が響く。
ボクを繋いでいた最後のラインはコロコロと転がってベッドの下に消えて見えなくなった。

終末。
少しだけ早くボクには終わりが来たみたい。
痛い思いをしなくて済むのは幸福なのかな。


ねぇあにぃ。ボク、頑張ったよね。
精一杯、精一杯生きられたよね?
ああ……悠人さん。一個だけ約束守れなかったよ。
頑張ったよ、やれるだけの事はやったと思う。
でも元気な姿で再会する事は出来なかった。

ボク駄目だったかな。物足りなかったかな。
……うん。ありがとう。あにぃ褒めてくれるんだね。
じゃあね。また……来世で会えたらいいなぁ……千影ちゃん、みたいに。
咲耶ちゃん、四葉ちゃん。今から……そっちに行くよ――


「あはははははははっ!! 言うじゃない、舐め――
 …………あれ? ……応えて……よ? ねぇ……何か……言ってよ。
 ねぇ、ちょっと……待ってよ!! ……何で、何で何も言わないのよ!!
 …………嘘。そんなに幸せそうな顔で、満足げな顔でどうしてっ!!
 私、全然物足りない!! 殺し足りないのに!! あなたはまだ死ぬべきじゃない!!
 泣いて喚いて叫んで悶えて全身から血を垂れ流しながら恐怖と絶望の中で殺されるの。
 腕、足、内臓、身体が欠損していく過程の中で逝くの。最後に頭を飛ばされて死ぬまで、全部耐えなきゃ駄目なのに――」


聞こえない。叫び声は闇に溶けた。近付いてくる。恐怖が薄れる。
名雪さんは何を言っているのだろう。凄く怒っている、それぐらいは分かるけど。
槍を投げ捨てて、名雪さんはガクンガクンとボクを無茶苦茶に揺さぶった。
脳味噌がシェイクされる。何度も隣の壁に頭がぶつかった。血が流れた。
でも、ボクには関係無い。何も感じない。
だって――




ボクはもう死んでいるんだから。






【衛@Sister Princess 死亡】




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