憎しみの果てに ◆guAWf4RW62
夕凪近くの微風に、木立がざわざわと葉擦れの音を奏でている。
影法師達は長く伸び、深く重い静寂が辺りを支配していた。
千影と合流すべく神社を目指していたトウカ達だったが、先程の口論で時間を浪費してしまった所為で、第三回放送までに到着出来なかった。
そして第三回放送により告げられた、新たな死者達の名前。
あの屈強な赤坂衛が死んだ事は、トウカや智代にとって驚くべき事実だろう。
だが今の二人には、赤坂の死に気を取られている余裕など無かった。
影法師達は長く伸び、深く重い静寂が辺りを支配していた。
千影と合流すべく神社を目指していたトウカ達だったが、先程の口論で時間を浪費してしまった所為で、第三回放送までに到着出来なかった。
そして第三回放送により告げられた、新たな死者達の名前。
あの屈強な赤坂衛が死んだ事は、トウカや智代にとって驚くべき事実だろう。
だが今の二人には、赤坂の死に気を取られている余裕など無かった。
――神尾観鈴の死。
それが何を意味するかなど、春原陽平も、坂上智代も、そして勿論トウカも、十分過ぎる程に分かっていた。
ハクオロが観鈴を殺した可能性が、非常に高くなってしまったのだ。
それが何を意味するかなど、春原陽平も、坂上智代も、そして勿論トウカも、十分過ぎる程に分かっていた。
ハクオロが観鈴を殺した可能性が、非常に高くなってしまったのだ。
「……やっぱり、僕の言ってた事は正しかったんだ」
ぼそりと、陽平が呟いた。
弱々しく肩を震わせるトウカに構わず、陽平は続ける。
弱々しく肩を震わせるトウカに構わず、陽平は続ける。
「ほら見ろ、僕の言った通りじゃないか! やっぱりハクオロが観鈴を殺したんだよ!
首輪が欲しいっていう、ただそれだけの理由でさあぁぁぁぁッッ!!」
「お、おい春原……未だ決まった訳じゃだろ?」
「……なんだよ智代、お前何時まで寝惚けてるつもりだよ?
僕が起きた時にはもう観鈴はいなかった……。つまり、襲撃があったとしたら僕が気絶してる最中だよな?」
首輪が欲しいっていう、ただそれだけの理由でさあぁぁぁぁッッ!!」
「お、おい春原……未だ決まった訳じゃだろ?」
「……なんだよ智代、お前何時まで寝惚けてるつもりだよ?
僕が起きた時にはもう観鈴はいなかった……。つまり、襲撃があったとしたら僕が気絶してる最中だよな?」
陽平は顔を赤黒く怒張させ、自身の推論が正しかったと声高に主張する。
そんな彼を智代が諌めようとしたものの、極限まで膨らんだ疑念はもう止まらない。
そんな彼を智代が諌めようとしたものの、極限まで膨らんだ疑念はもう止まらない。
「じゃあ何だ? ハクオロは襲撃者を殺して、それで首輪を手に入れたとでも云うつもりかよ?
気絶した僕を運びながら? ふ~ん、凄い強いんだね」
「あ、ああ……そうだ。その可能性もあるかも知れないじゃないか。
トウカさんの話によれば、ハクオロは優れた実力を持った男なんだからな」
「……で、そのお強いハクオロさんと一緒にいたのに、なんで観鈴だけ死んじゃったんだ?」
「う…………」
気絶した僕を運びながら? ふ~ん、凄い強いんだね」
「あ、ああ……そうだ。その可能性もあるかも知れないじゃないか。
トウカさんの話によれば、ハクオロは優れた実力を持った男なんだからな」
「……で、そのお強いハクオロさんと一緒にいたのに、なんで観鈴だけ死んじゃったんだ?」
「う…………」
呆れ顔で言葉を投げ掛けてくる陽平に対し、智代は何も言い返せなかった。
陽平の云う通り、ハクオロと一緒に居た観鈴『だけ』が死んだのは、どう考えても可笑しいのだ。
ハクオロですら仲間を守り切れぬ程の強敵が現れたのなら、確実に激しい戦闘となるだろう。
そしてそんな緊急状態ならば、足手纏いである陽平を叩き起こすか、若しくは見捨てる筈。
だというのに陽平は眠ったままで事無きを得、観鈴だけが死んでしまったと云うのは、明らかに有り得ない話だった。
陽平の云う通り、ハクオロと一緒に居た観鈴『だけ』が死んだのは、どう考えても可笑しいのだ。
ハクオロですら仲間を守り切れぬ程の強敵が現れたのなら、確実に激しい戦闘となるだろう。
そしてそんな緊急状態ならば、足手纏いである陽平を叩き起こすか、若しくは見捨てる筈。
だというのに陽平は眠ったままで事無きを得、観鈴だけが死んでしまったと云うのは、明らかに有り得ない話だった。
「ハクオロ……アイツは本当に酷い奴だ! 観鈴みたいな女の子を、平然と殺してのけるんだからさ!
偽善者の仮面を被った卑怯者なんだよ!!」
偽善者の仮面を被った卑怯者なんだよ!!」
智代からの反論が収まるや否や、陽平は次々と罵倒の言葉を口にしてゆく。
それは最早主張などでは無く、ただドス黒い感情を吐き出しているに過ぎぬ。
大した意味も無い、見苦しい行為。
そしてそんな陽平の行動を、トウカが黙って見過ごす筈も無い。
それは最早主張などでは無く、ただドス黒い感情を吐き出しているに過ぎぬ。
大した意味も無い、見苦しい行為。
そしてそんな陽平の行動を、トウカが黙って見過ごす筈も無い。
「貴様、いい加減にしろ!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
醜悪極まりない悲鳴。
トウカの振るう冷たい白刃が、陽平の目前に突き付けられる。
トウカの振るう冷たい白刃が、陽平の目前に突き付けられる。
「某の前で何度も聖上を侮辱するとは……余程命が惜しくないと見える」
オボロの例もあるし、状況証拠もかなり出揃ってしまったが――それでも、トウカのハクオロに対する信頼は絶大だ。
未だトウカは、ハクオロを殺人者と断じる事は出来ていなかった。
それも仕方の無い事だろう。
嘗て勘違いから大罪を犯してしまったトウカを、ハクオロは救ってくれた。
罪の意識を感じているならば、死ぬよりも生きて償えと、そう云った。
部下を何人も斬り殺されたにも関わらず、過去の遺恨を捨てて、正しい道を示してくれたのだ。
トウカにとって、ハクオロは理想の君主。
そのハクオロを完全に殺人者扱いし、事もあろうに誹謗中傷の数々まで浴びせた陽平は、許し難い存在。
だが怒りに震えるトウカを宥めるように、横から智代が口を挟んだ。
未だトウカは、ハクオロを殺人者と断じる事は出来ていなかった。
それも仕方の無い事だろう。
嘗て勘違いから大罪を犯してしまったトウカを、ハクオロは救ってくれた。
罪の意識を感じているならば、死ぬよりも生きて償えと、そう云った。
部下を何人も斬り殺されたにも関わらず、過去の遺恨を捨てて、正しい道を示してくれたのだ。
トウカにとって、ハクオロは理想の君主。
そのハクオロを完全に殺人者扱いし、事もあろうに誹謗中傷の数々まで浴びせた陽平は、許し難い存在。
だが怒りに震えるトウカを宥めるように、横から智代が口を挟んだ。
「待つんだトウカさん、さっき云っただろう? 放送で観鈴さんの名前が呼ばれたら、ハクオロ達に会いに行くって。
そしてハクオロの居場所に心当たりがあるのは春原だけだ」
「む……」
「トウカさんとしても、早く主人の無実を証明したいだろ? だったら此処は落ち着いてくれ」
そしてハクオロの居場所に心当たりがあるのは春原だけだ」
「む……」
「トウカさんとしても、早く主人の無実を証明したいだろ? だったら此処は落ち着いてくれ」
そう云われては、トウカも怒りの矛を収めるしか無かった。
陽平の暴言は決して見過ごせるものでは無かったが、今はハクオロの無実を確認するのが先だろう。
勿論ハクオロが悪道に走ったとは思わないが、オボロの例もある。
考えたくも無い事だが、万が一の場合には――臣下である自分こそが、ハクオロを討たなければならないのだ。
ならば今は激情を抑えるべきだし、神社で合流するという千影との約束も放棄せざるを得なかった。
トウカが落ち着いたのを確認してから、智代は陽平へと視線を向けた。
陽平の暴言は決して見過ごせるものでは無かったが、今はハクオロの無実を確認するのが先だろう。
勿論ハクオロが悪道に走ったとは思わないが、オボロの例もある。
考えたくも無い事だが、万が一の場合には――臣下である自分こそが、ハクオロを討たなければならないのだ。
ならば今は激情を抑えるべきだし、神社で合流するという千影との約束も放棄せざるを得なかった。
トウカが落ち着いたのを確認してから、智代は陽平へと視線を向けた。
「じゃあ春原、早速ハクオロ達と別れた場所に案内してくれ。
余り時間が経ち過ぎると入れ違いになってしまうかも知れないし、早歩きで頼む」
「お、おい、正気かよ!? あんな危ない奴にまた会えってのか? ふざけんな、行きたいならお前達だけで行けよ!!」
「でもお前、武器も持ってないんだろ? 此処で私達と別れる方が余程危険だと思うぞ?」
「うぐっ…………わ、分かったよ……」
余り時間が経ち過ぎると入れ違いになってしまうかも知れないし、早歩きで頼む」
「お、おい、正気かよ!? あんな危ない奴にまた会えってのか? ふざけんな、行きたいならお前達だけで行けよ!!」
「でもお前、武器も持ってないんだろ? 此処で私達と別れる方が余程危険だと思うぞ?」
「うぐっ…………わ、分かったよ……」
陽平は声を大にして意を唱えたが、最早自分を守ってくれるのは智代だけ。
自分は智代程の身体能力も勇気も持ち合わせていないし、荷物だって無くしてしまったのだ。
そんな自分が此処で智代達と別れるのは、自殺行為と云わざるを得ない。
結局陽平は首を縦に振り、云われた通り早足で移動を開始した。
自分は智代程の身体能力も勇気も持ち合わせていないし、荷物だって無くしてしまったのだ。
そんな自分が此処で智代達と別れるのは、自殺行為と云わざるを得ない。
結局陽平は首を縦に振り、云われた通り早足で移動を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ時の薄闇は、深い漆黒へと変貌を遂げている。
歩く事2時間近く、一行はようやく目的地である公園(D-2西部)に辿り着いた。
公園は予想以上の大きさであり、視界が悪化してしまった事もあり、周囲全てを見通す事は到底叶わない。
ならば歩き回ってハクオロ達を探すべきだ――そう考えて、捜索活動を続けていたのだが。
歩く事2時間近く、一行はようやく目的地である公園(D-2西部)に辿り着いた。
公園は予想以上の大きさであり、視界が悪化してしまった事もあり、周囲全てを見通す事は到底叶わない。
ならば歩き回ってハクオロ達を探すべきだ――そう考えて、捜索活動を続けていたのだが。
「くそっ、見つからないな……」
額に浮かんだ汗を拭い取り、智代は苛立ち気味に呟いた。
先程から必死に探しているにも関わらず、人影一つすらも見当たらない。
重い疲労だけが確実に蓄積してゆく。
先程から必死に探しているにも関わらず、人影一つすらも見当たらない。
重い疲労だけが確実に蓄積してゆく。
「智代殿、これ以上探し回っても無駄でござる」
「トウカさん?」
「辺りから人の気配は感じられぬ。それに――」
「トウカさん?」
「辺りから人の気配は感じられぬ。それに――」
トウカは首を動かし、冷たい目で陽平を一瞥した。
その視線は同行者に向けられた物というよりも寧ろ、罪人を軽蔑するような眼差しだった。
その視線は同行者に向けられた物というよりも寧ろ、罪人を軽蔑するような眼差しだった。
「この男は性根から腐り切った嘘吐き。聖上と会ったという事自体が虚言であろう。
某はこの男に騙された事があるし、芙蓉楓という女子も騙されたと云っていたのだ」
某はこの男に騙された事があるし、芙蓉楓という女子も騙されたと云っていたのだ」
一度は怒りの矛を収めたものの、誘導に従ったにも関わらずハクオロが見つからなかった事で、陽平への疑念が再燃した。
トウカは一度陽平に騙されて、その所為でアルルゥと合流を果たせなくなってしまった――永久に。
陽平の嘘が無ければ、芙蓉楓もあそこまで極端な排他的思考には陥らなかったかも知れない。
これまでトウカが陥った苦難には、少なからず陽平が絡んでいるのだ。
そのような経緯を踏まえれば、トウカが陽平の話全てを作り話だと判断するのも、至極当然だろう。
トウカは一度陽平に騙されて、その所為でアルルゥと合流を果たせなくなってしまった――永久に。
陽平の嘘が無ければ、芙蓉楓もあそこまで極端な排他的思考には陥らなかったかも知れない。
これまでトウカが陥った苦難には、少なからず陽平が絡んでいるのだ。
そのような経緯を踏まえれば、トウカが陽平の話全てを作り話だと判断するのも、至極当然だろう。
だが陽平からすれば、嘘吐き呼ばわりされるのは心外極まりない。
少なくとも、自分が嘘を吐いたのはアルルゥの一件だけだ。
芙蓉楓などという人間とは出会ってすらいないし、ハクオロとの話も実体験に基づいたものだ。
濡れ衣を晴らすべく、陽平は捲くし立てるように口を開く。
少なくとも、自分が嘘を吐いたのはアルルゥの一件だけだ。
芙蓉楓などという人間とは出会ってすらいないし、ハクオロとの話も実体験に基づいたものだ。
濡れ衣を晴らすべく、陽平は捲くし立てるように口を開く。
「おいてめえ、ちょっと待てよ! 僕が嘘を吐いたのはお前に襲われた時だけだ! あの時はああしなきゃ殺されてたんだ、仕方ないだろ!?
芙蓉楓なんて奴とは会ってもないし、ハクオロとの話だって嘘なんかじゃねえよ」
「貴様、まだ嘘を吐くか! ならば聖上がどのようなお顔をしておられるか、答えてみよ!」
「何だよソレ、分かる訳ないじゃんか。変な仮面を被ってんだから、顔は見えねえだろ?」
「む……」
芙蓉楓なんて奴とは会ってもないし、ハクオロとの話だって嘘なんかじゃねえよ」
「貴様、まだ嘘を吐くか! ならば聖上がどのようなお顔をしておられるか、答えてみよ!」
「何だよソレ、分かる訳ないじゃんか。変な仮面を被ってんだから、顔は見えねえだろ?」
「む……」
陽平の嘘を看破しようとしたトウカだったが、予想に反して真っ当な答えが返ってきた為、言葉に詰まる。
常日頃より仮面を被っている人間など滅多に居ないし、人違いだという可能性は殆ど無い。
少なくとも、ハクオロと会ったという事自体は真実なのだろう。
ならばと、トウカは情報を収集すべく問い掛ける。
常日頃より仮面を被っている人間など滅多に居ないし、人違いだという可能性は殆ど無い。
少なくとも、ハクオロと会ったという事自体は真実なのだろう。
ならばと、トウカは情報を収集すべく問い掛ける。
「……それなら聖上と会った時の事を、もっと詳しく話してみるが良い。
聖上の護衛役を務めてきた某なら、本当にあの方が観鈴を殺したのか判断出来るかも知れぬ」
「そうだな、私も賛成だ。終わりの無い水掛論を続けるよりも、その方が効率的だろう」
聖上の護衛役を務めてきた某なら、本当にあの方が観鈴を殺したのか判断出来るかも知れぬ」
「そうだな、私も賛成だ。終わりの無い水掛論を続けるよりも、その方が効率的だろう」
トウカの提案に、智代もあっさりと同調する。
そして早く水掛論を終わらせたいのは、陽平も同じ。
何時までも醜い論争を続けて、智代の心象まで悪くする訳には行かないのだ。
だから陽平は全てを話した。
今度こそ、一切の嘘を交えずに。
公園で目覚めた時の事を、そして――アルルゥ達を見捨てて逃げ出した事も、錯乱してハクオロに襲い掛かった事も。
云われるがままに、全てを話してしまった。
そして早く水掛論を終わらせたいのは、陽平も同じ。
何時までも醜い論争を続けて、智代の心象まで悪くする訳には行かないのだ。
だから陽平は全てを話した。
今度こそ、一切の嘘を交えずに。
公園で目覚めた時の事を、そして――アルルゥ達を見捨てて逃げ出した事も、錯乱してハクオロに襲い掛かった事も。
云われるがままに、全てを話してしまった。
話を聞き終えた智代が、半ば呆れ顔で口を開いた。
「これはあくまで私見だけどな……お前の話を聞く限り、ハクオロが観鈴さんを殺したとは思えないぞ」
「え、何でだよ!?」
「ハクオロが本当に悪人なら、お前を返り討ちにした時点で、そのままトドメを刺す筈だ。
錯乱した襲撃者を仕方無く殺害する――首輪を手に入れるには、最高の口実だと思わないか?」
「え、何でだよ!?」
「ハクオロが本当に悪人なら、お前を返り討ちにした時点で、そのままトドメを刺す筈だ。
錯乱した襲撃者を仕方無く殺害する――首輪を手に入れるには、最高の口実だと思わないか?」
ハクオロは尊敬すべき人格者――それが智代の結論だった。
首輪を手に入れるのが目的ならば、襲撃者と化した陽平をその場で殺してしまえば良かったのだ。
正体を偽ったまま首輪を入手する、絶好の機会。
善意の同行者を騙まし討ちするより、余程リスクが低い。
だがハクオロはそうしなかった。
アルルゥを見捨てられた恨みもあっただろうに、それでも陽平を殺さなかったのだ。
そんな人間が悪道に手を染めるとは、とても思えなかった。
首輪を手に入れるのが目的ならば、襲撃者と化した陽平をその場で殺してしまえば良かったのだ。
正体を偽ったまま首輪を入手する、絶好の機会。
善意の同行者を騙まし討ちするより、余程リスクが低い。
だがハクオロはそうしなかった。
アルルゥを見捨てられた恨みもあっただろうに、それでも陽平を殺さなかったのだ。
そんな人間が悪道に手を染めるとは、とても思えなかった。
「じゃ……じゃあ何で観鈴は死んじゃったんだよ!? さっきの放送、お前だって聞いてただろ!?
それに僕は確かに見たんだッ! ハクオロが恐ろしい笑みを浮かべて……」
「――もう良い。貴様はこれ以上喋るな」
それに僕は確かに見たんだッ! ハクオロが恐ろしい笑みを浮かべて……」
「――もう良い。貴様はこれ以上喋るな」
反論しようとした陽平の言葉は、突然聞こえてきた声によって遮られた。
地獄の底から聞こえてくるような、そんな声だった。
陽平が声のした方へ首を向けると、トウカが――絶対の殺気を以って、鞘から西洋剣を引き抜いていた。
その表情は寒気を催す程に冷たく、まるで般若の仮面を被っているかのようだった。
トウカに剣を向けられるのはこれで三回目だが、今までとは明らかに違う。
今のトウカから感じ取れるのは、怒りなどという生温い感情では無く、明確な殺意のみ。
博物館で襲撃してきた国崎往人すらも凌駕する、溢れ出さんばかりの純然たる殺気。
地獄の底から聞こえてくるような、そんな声だった。
陽平が声のした方へ首を向けると、トウカが――絶対の殺気を以って、鞘から西洋剣を引き抜いていた。
その表情は寒気を催す程に冷たく、まるで般若の仮面を被っているかのようだった。
トウカに剣を向けられるのはこれで三回目だが、今までとは明らかに違う。
今のトウカから感じ取れるのは、怒りなどという生温い感情では無く、明確な殺意のみ。
博物館で襲撃してきた国崎往人すらも凌駕する、溢れ出さんばかりの純然たる殺気。
絶対的な恐怖に、陽平の喉から形を成さない悲鳴が絞り出される。
「ひ……ひぅ……ぁぁ…………」
「聖上が観鈴殿を殺したという話、やはり下らぬ妄言であったようだな。聖上の寛大なお心を、このような形で裏切るとは……。
それに――」
「聖上が観鈴殿を殺したという話、やはり下らぬ妄言であったようだな。聖上の寛大なお心を、このような形で裏切るとは……。
それに――」
トウカから放たれる殺気が膨れ上がる。
公園の至る所に立ち並んだ木々が、落ち着き無く揺れる。
公園の至る所に立ち並んだ木々が、落ち着き無く揺れる。
「貴様はアルルゥ殿を見殺しにした! 聖上に刃を向けた! その罪、死を以って償うが良い!!」
瞬間、トウカの姿が掻き消えた。
鍛えに鍛え抜かれた脚力を駆使して、疾風の如き速度で陽平に斬り掛かる。
鍛えに鍛え抜かれた脚力を駆使して、疾風の如き速度で陽平に斬り掛かる。
「うわ……うわあああああああっ!!」
唸りを上げる白刃が、恐怖に顔を歪ませる陽平の首へと吸い込まれてゆく。
だが陽平の首が切り裂かれる寸前、一際大きな金属音が響き渡った。
智代が永遠神剣第七位『存在』――銃の代償として渡されていた大剣――を使って、トウカの振るう剣を受け止めたのだ。
だが陽平の首が切り裂かれる寸前、一際大きな金属音が響き渡った。
智代が永遠神剣第七位『存在』――銃の代償として渡されていた大剣――を使って、トウカの振るう剣を受け止めたのだ。
「と、智代殿っ!?」
「止めるんだトウカさん! 幾らなんでも殺す事は無いだろう!?」
「ク――――」
「止めるんだトウカさん! 幾らなんでも殺す事は無いだろう!?」
「ク――――」
トウカは苛立たしげに舌打ちした後、一旦後方へと飛び退いた。
西洋剣を深く構え直して、眼前に立ち塞がる智代を睨み付ける。
西洋剣を深く構え直して、眼前に立ち塞がる智代を睨み付ける。
「智代殿、そこを退かれよ! 某は聖上の臣下として、エヴェンクルガの武士として、そこの悪漢を成敗せねばならん。
邪魔立てするつもりならば、いかな智代殿と云えども容赦せぬぞ!」
「――そうか。だが私も退く訳には行かないな。少々悪事を働いたようだが、コイツは本来悪い奴じゃないんだ」
邪魔立てするつもりならば、いかな智代殿と云えども容赦せぬぞ!」
「――そうか。だが私も退く訳には行かないな。少々悪事を働いたようだが、コイツは本来悪い奴じゃないんだ」
歴戦の武人の圧倒的迫力を前にして尚、智代は引き下がろうとしない。
智代からすれば、殺し合いに乗っていない知人を見殺しにするなど、有り得ない話だった。
そしてトウカからすれば、アルルゥを見殺しにし、ハクオロにも様々な害を為す陽平は、自らの手で仕留めなければならない敵。
此処で見逃してしまっては、またハクオロの悪評を吹聴されてしまうかも知れないのだ。
譲れぬ理由を持っている二人――最早、対決は避けれそうに無かった。
智代からすれば、殺し合いに乗っていない知人を見殺しにするなど、有り得ない話だった。
そしてトウカからすれば、アルルゥを見殺しにし、ハクオロにも様々な害を為す陽平は、自らの手で仕留めなければならない敵。
此処で見逃してしまっては、またハクオロの悪評を吹聴されてしまうかも知れないのだ。
譲れぬ理由を持っている二人――最早、対決は避けれそうに無かった。
「……分かり申した。ならばこれ以上の会話など無意味。
エヴェンクルガのトウカ、参る――――!」
エヴェンクルガのトウカ、参る――――!」
トウカが地を蹴る。
制限によって身体能力が低下しているにも関わらず、恐るべき速度で智代に斬り掛かる。
トウカの手にした西洋剣――元は川澄舞の物――が、横一文字に振るわれる。
それとほぼ同時に、智代も永遠神剣『存在』を奔らせる。
数多のスピリット達を斬り伏せし魔剣と、西洋剣が交差する。
本来ならば、『存在』の圧勝で終わる筈の一合。
だが魔力を持たぬ智代では、永遠神剣の力を引き出す事は出来ない。
故に、今この場に限って云えば、剣の性能は互角。
ならば、勝負の優劣を決する要素は何なのか。
制限によって身体能力が低下しているにも関わらず、恐るべき速度で智代に斬り掛かる。
トウカの手にした西洋剣――元は川澄舞の物――が、横一文字に振るわれる。
それとほぼ同時に、智代も永遠神剣『存在』を奔らせる。
数多のスピリット達を斬り伏せし魔剣と、西洋剣が交差する。
本来ならば、『存在』の圧勝で終わる筈の一合。
だが魔力を持たぬ智代では、永遠神剣の力を引き出す事は出来ない。
故に、今この場に限って云えば、剣の性能は互角。
ならば、勝負の優劣を決する要素は何なのか。
「っ…………!」
飛散する火花。
得物越しに伝わる衝撃に、智代は大きく顔を歪める。
トウカの攻撃を防ぐ事には成功したものの、衝撃までは抑え切れなかった。
右肩の傷口に激痛が奔り、脳髄まで痺れてしまったかのような錯覚に襲われる。
そして智代が立ち直るのを待たずして、第二、第三の剣戟が放たれる。
得物越しに伝わる衝撃に、智代は大きく顔を歪める。
トウカの攻撃を防ぐ事には成功したものの、衝撃までは抑え切れなかった。
右肩の傷口に激痛が奔り、脳髄まで痺れてしまったかのような錯覚に襲われる。
そして智代が立ち直るのを待たずして、第二、第三の剣戟が放たれる。
「くっ、そ……この――――」
智代は痛みを無理矢理抑え込んで、脇腹に迫る一撃を払いのけた。
続いて斜め後ろに跳躍する事で、振り下ろされた剣から逃れる。
タタンとテンポ良く地面を蹴り飛ばして、態勢を崩さぬままに後退してゆく。
右肩に深い傷を負っているにも関わらず、その一連の動作には淀みが無い。
常人離れした身体能力を持つ智代ならば、多少負傷していようとも、そう簡単にはやられない。
だがそれも、相手が通常の人間であればの話だ。
今の智代の敵はトウカ――怪物じみた実力を誇る、トゥスクル屈指の名将。
両者の間合いが10メートル程開いた時、トウカの足元が爆ぜた。
続いて斜め後ろに跳躍する事で、振り下ろされた剣から逃れる。
タタンとテンポ良く地面を蹴り飛ばして、態勢を崩さぬままに後退してゆく。
右肩に深い傷を負っているにも関わらず、その一連の動作には淀みが無い。
常人離れした身体能力を持つ智代ならば、多少負傷していようとも、そう簡単にはやられない。
だがそれも、相手が通常の人間であればの話だ。
今の智代の敵はトウカ――怪物じみた実力を誇る、トゥスクル屈指の名将。
両者の間合いが10メートル程開いた時、トウカの足元が爆ぜた。
「……遅い」
「――――な!?」
「――――な!?」
正しく刹那の出来事。
後退を続ける智代の懐に、僅か一秒足らずでトウカが潜り込む。
智代の顔が、瞬く間に狼狽の色に染まる。
智代は咄嗟の判断で足を止めて、思い切り剣を振り下ろした。
だがそれは苦し紛れの一撃であり、何の技巧も工夫も感じさせぬもの。
そんな駄剣が、歴戦の名将に通じる筈も無い。
トウカは横に軽くステップを踏んで、智代の剣戟をいとも容易く躱した。
そして次の瞬間、トウカの握り締めた西洋剣が、綺麗な弧の軌道を描いた。
後退を続ける智代の懐に、僅か一秒足らずでトウカが潜り込む。
智代の顔が、瞬く間に狼狽の色に染まる。
智代は咄嗟の判断で足を止めて、思い切り剣を振り下ろした。
だがそれは苦し紛れの一撃であり、何の技巧も工夫も感じさせぬもの。
そんな駄剣が、歴戦の名将に通じる筈も無い。
トウカは横に軽くステップを踏んで、智代の剣戟をいとも容易く躱した。
そして次の瞬間、トウカの握り締めた西洋剣が、綺麗な弧の軌道を描いた。
「づあっ……ああ、あああ……っ!!」
飛び散る鮮血、響き渡る苦悶の声。
トウカの振るった西洋剣が、智代の左耳朶を根こそぎ斬り落としていた。
かつてない激痛に襲われている智代に対し、トウカは容赦無く追撃を仕掛ける。
トウカの振るった西洋剣が、智代の左耳朶を根こそぎ斬り落としていた。
かつてない激痛に襲われている智代に対し、トウカは容赦無く追撃を仕掛ける。
「――――セッ!!」
大きく息を吐き出しながら、前方へと踏み込む。
そのまま左肩を前に向かって突き出し、所謂ショルダータックルを放った。
渾身の一撃は、的確に智代の胸部へと吸い込まれてゆく。
そのまま左肩を前に向かって突き出し、所謂ショルダータックルを放った。
渾身の一撃は、的確に智代の胸部へと吸い込まれてゆく。
「がああああああっ!!」
強烈な衝撃を受けた智代は、自身の意志とは無関係に後方へ弾き飛ばされた。
碌に受身も取れず、背中から地面に叩き付けられる。
碌に受身も取れず、背中から地面に叩き付けられる。
「う――――は、あ――――」
上手く呼吸が出来ない。
胸部を強打された所為で、肺の機能が一時的に低下してしまっている。
切り裂かれた左耳には、今も想像を絶する激痛が奔っている。
倒れたまま二重苦に悶える智代を、トウカが冷え切った目で見下ろした。
胸部を強打された所為で、肺の機能が一時的に低下してしまっている。
切り裂かれた左耳には、今も想像を絶する激痛が奔っている。
倒れたまま二重苦に悶える智代を、トウカが冷え切った目で見下ろした。
「これで分かったであろう……智代殿では、剣を抜いた某に勝つなど不可能。
潔く退かれるが良い」
潔く退かれるが良い」
そう云って、トウカは視線を陽平へと移した。
見れば陽平は腰を抜かしてしまったのか、力無く地面に座り込んでいた。
恐怖に顔を歪めた陽平が、必死の思いで掠れた声を絞り出す。
見れば陽平は腰を抜かしてしまったのか、力無く地面に座り込んでいた。
恐怖に顔を歪めた陽平が、必死の思いで掠れた声を絞り出す。
「お、お前おかしいよ……。智代とは仲間だったんだろ? なのに何で、そんな平気で傷付けられるんだよ!?」
平和な日常生活を歩んできた陽平からすれば、今のトウカは気が触れているようにしか見えなかった。
それまで同行していた仲間が相手だというのに、トウカの攻撃には全く容赦が感じられない。
――少なくとも陽平の目には、躊躇も情けも無いように映った。
陽平の言葉を受けたトウカが、心底呆れ気味に声を洩らす。
それまで同行していた仲間が相手だというのに、トウカの攻撃には全く容赦が感じられない。
――少なくとも陽平の目には、躊躇も情けも無いように映った。
陽平の言葉を受けたトウカが、心底呆れ気味に声を洩らす。
「――アルルゥ殿を見捨てた貴様に、そんな事を云う資格があるとでも思っているのか?」
それに、と続ける。
「某は聖上の臣下であり、エヴェンクルガの武士だ。聖上に害を為す悪漢は、何としてでも排除せねばならん。
そして悪漢に組する者は、某にとって等しく敵だ」
そして悪漢に組する者は、某にとって等しく敵だ」
トウカが生きてきた世界は、戦乱の世と云っても差し支えない程の厳しい環境。
戦争ともなれば不特定多数と戦う羽目になるのが常なのだから、奇麗事など云ってはいられない。
戦場に於いては、僅かな躊躇も即命取りとなる。
自身の信念を貫く為には、目の前に立ち塞がる敵全てを――悪人であるかどうかなど関係無く、斬り捨てねばならぬのだ。
ならばこの状況下でやるべき事など、一つしか有り得ない。
トウカが一歩前に足を踏み出すと、陽平の喉奥から濁った悲鳴が零れ落ちた。
戦争ともなれば不特定多数と戦う羽目になるのが常なのだから、奇麗事など云ってはいられない。
戦場に於いては、僅かな躊躇も即命取りとなる。
自身の信念を貫く為には、目の前に立ち塞がる敵全てを――悪人であるかどうかなど関係無く、斬り捨てねばならぬのだ。
ならばこの状況下でやるべき事など、一つしか有り得ない。
トウカが一歩前に足を踏み出すと、陽平の喉奥から濁った悲鳴が零れ落ちた。
「ひっ……た、助けてくれ智代……!!」
陽平は座り込んだ態勢のまま、唯只救いを懇願した。
自分自身では決して戦おうとせずに、満身創痍の少女に助けを求めた。
それは自身の保身だけに重点を置いた、最低最悪の行為。
余りにも見苦しい行為。
正視に耐えがたい光景を終わらせるべく、トウカは足を進めてゆく。
だがそこで陽平の前に駆け付ける、一つの影。
自分自身では決して戦おうとせずに、満身創痍の少女に助けを求めた。
それは自身の保身だけに重点を置いた、最低最悪の行為。
余りにも見苦しい行為。
正視に耐えがたい光景を終わらせるべく、トウカは足を進めてゆく。
だがそこで陽平の前に駆け付ける、一つの影。
「……智代殿、未だその悪漢を庇われるおつもりか」
「――――く、ハア――――フ、……私は退かない、と云っただろう」
「――――く、ハア――――フ、……私は退かない、と云っただろう」
明らかにボロボロといった風体を晒しながら、それでも智代は戦意を失っていなかった。
限界を訴える両膝に力を込めて、大地をしっかりと踏み締める。
陽平を庇うような位置取りで、永遠神剣『存在』を構える。
限界を訴える両膝に力を込めて、大地をしっかりと踏み締める。
陽平を庇うような位置取りで、永遠神剣『存在』を構える。
「……何故だ。何故そこまでその男に肩入れする――女子に戦わせようとする、愚劣な外道に」
「私は恐怖に負けて過ちを犯してしまった。それは春原も同じ……ただ怯えているだけなんだ。
それなのに、見捨てられる訳無いじゃないか」
「私は恐怖に負けて過ちを犯してしまった。それは春原も同じ……ただ怯えているだけなんだ。
それなのに、見捨てられる訳無いじゃないか」
智代は一度、決して取り返しの付かぬ過ちを犯してしまっている。
何者かに踊らされていただけの相沢祐一を、殺してしまっている。
そんな彼女だからこそ、理解する事が出来る。
陽平は故意に悪意を振りまいている訳では無い――ただ『生きたい』という、当然の欲求に従っているだけなのだと。
己の生存欲求に従うのは、生物ならば仕方の無い事。
そんな陽平を見捨てるなど、智代には不可能な相談だった。
何者かに踊らされていただけの相沢祐一を、殺してしまっている。
そんな彼女だからこそ、理解する事が出来る。
陽平は故意に悪意を振りまいている訳では無い――ただ『生きたい』という、当然の欲求に従っているだけなのだと。
己の生存欲求に従うのは、生物ならば仕方の無い事。
そんな陽平を見捨てるなど、智代には不可能な相談だった。
「――良かろう。まずはお主から倒れよ、智代殿」
トウカの剣が上がる。
全てを飲み込むかのような重圧が、公園内部に充満する。
僅かに残る甘い感情を噛み殺して、エヴェンクルガの武士は動き出した。
賢しい小細工など不要――超高速で地面を疾駆して、標的へと襲い掛かる。
その速度、その迫力は、大空に君臨する流星を連想させる程。
全てを飲み込むかのような重圧が、公園内部に充満する。
僅かに残る甘い感情を噛み殺して、エヴェンクルガの武士は動き出した。
賢しい小細工など不要――超高速で地面を疾駆して、標的へと襲い掛かる。
その速度、その迫力は、大空に君臨する流星を連想させる程。
「っ…………」
対する智代は足を止めたまま、迫り来る流星を迎え撃つ。
眼前で放たれる神速の一撃は、並の人間では視認する事すら困難だ。
しかし智代は、それをどうにか受け止めた。
攻撃を放棄し、防御に全神経を注ぎ込んで、それでも限界ぎりぎりのタイミングだった。
受け止めた両腕の筋肉が、ぎしぎしと悲鳴を上げる。
ハンマーで叩かれたかのような衝撃に、剣を取り落としそうになる。
眼前で放たれる神速の一撃は、並の人間では視認する事すら困難だ。
しかし智代は、それをどうにか受け止めた。
攻撃を放棄し、防御に全神経を注ぎ込んで、それでも限界ぎりぎりのタイミングだった。
受け止めた両腕の筋肉が、ぎしぎしと悲鳴を上げる。
ハンマーで叩かれたかのような衝撃に、剣を取り落としそうになる。
「う――――あああっ……!」
智代は歯を食い縛って耐え、左肩に向けて繰り出された突きを弾く。
限界を越えた回避動作の所為で、加速度的に疲労が蓄積してゆく。
だが息を吐く暇など無い――間髪置かずに、トウカの次なる連撃が放たれる。
限界を越えた回避動作の所為で、加速度的に疲労が蓄積してゆく。
だが息を吐く暇など無い――間髪置かずに、トウカの次なる連撃が放たれる。
「………………ッ!!」
間断無く金属音が鳴り響く。
懸命に直撃だけは避けたものの、一撃一撃を防ぐ事に体力を削られてゆく。
呼吸は激しく乱れ、視界は白く霞み始めている。
戦いと呼ぶ事すら憚れる、余りにも一方的な展開。
とても攻撃にまで手が回らない。
このまま戦っても、勝ち目など有りはしない。
本気を出したトウカは、昼間戦った時とは比べ物にならぬ強さだった。
腕力も、俊敏性も、剣の腕も、全てに於いて自分は劣っている。
実力差は明白――故に智代はもう、正面からの斬り合いに固執しなかった。
大きく頭を下げて、素早く大地を蹴り飛ばす。
懸命に直撃だけは避けたものの、一撃一撃を防ぐ事に体力を削られてゆく。
呼吸は激しく乱れ、視界は白く霞み始めている。
戦いと呼ぶ事すら憚れる、余りにも一方的な展開。
とても攻撃にまで手が回らない。
このまま戦っても、勝ち目など有りはしない。
本気を出したトウカは、昼間戦った時とは比べ物にならぬ強さだった。
腕力も、俊敏性も、剣の腕も、全てに於いて自分は劣っている。
実力差は明白――故に智代はもう、正面からの斬り合いに固執しなかった。
大きく頭を下げて、素早く大地を蹴り飛ばす。
「ッ――――――!?」
この戦いで初めて、トウカの剣が空転する。
智代はスライディングの要領で地面に滑り込み、トウカの射程範囲から離脱したのだ。
続けて大きく振りかぶり、何の躊躇いも無く永遠神剣『存在』を投げ付ける。
最高に近いタイミングで放たれた、意表を突く投擲攻撃。
だがトウカにとって剣は、最強の武器であると同時に、強力な盾でもある。
智代はスライディングの要領で地面に滑り込み、トウカの射程範囲から離脱したのだ。
続けて大きく振りかぶり、何の躊躇いも無く永遠神剣『存在』を投げ付ける。
最高に近いタイミングで放たれた、意表を突く投擲攻撃。
だがトウカにとって剣は、最強の武器であると同時に、強力な盾でもある。
「――甘い」
一閃。
トウカの振るう西洋剣が、余りにもあっさりと『存在』を叩き落す。
数多の弓矢が飛び交う戦場を、トウカは一握りの剣のみで生き抜いてきた。
少々トリッキーな攻撃をされた所で、防ぐのは容易に過ぎる。
トウカの振るう西洋剣が、余りにもあっさりと『存在』を叩き落す。
数多の弓矢が飛び交う戦場を、トウカは一握りの剣のみで生き抜いてきた。
少々トリッキーな攻撃をされた所で、防ぐのは容易に過ぎる。
だがそれは智代の予想通り――分かり切っていた結果。
一撃で仕留める必要など無い。
第一の矢で貫けぬのなら、第二、第三の矢を放てば良いだけの事……!
一撃で仕留める必要など無い。
第一の矢で貫けぬのなら、第二、第三の矢を放てば良いだけの事……!
「っ――――、このぉおぉぉ!!」
智代はサバイバルナイフを取り出し、先程と同じように投擲。
それと同時に立ち上がって、一直線にトウカ目指して疾駆する。
走る最中、ポケットに隠していた切り札へと手を伸ばす。
それと同時に立ち上がって、一直線にトウカ目指して疾駆する。
走る最中、ポケットに隠していた切り札へと手を伸ばす。
「――――――――!?」
ナイフを弾いていた所為で、トウカは若干ながら反応が遅れてしまっていた。
それでも一瞬の判断で、握り締めた西洋剣を盾のように構える。
打撃でも、剣戟でも、銃撃でも防げるであろう、汎用性の高い防御。
だがその防御を以ってしても、智代の次の一手は防ぎ切れなかった。
トウカの視界を、突如白色の霧が覆い尽くす。
それでも一瞬の判断で、握り締めた西洋剣を盾のように構える。
打撃でも、剣戟でも、銃撃でも防げるであろう、汎用性の高い防御。
だがその防御を以ってしても、智代の次の一手は防ぎ切れなかった。
トウカの視界を、突如白色の霧が覆い尽くす。
「こ、これはっ――――あがぁぁぁぁぁぁ……!?」
智代が放った気体状の物質――催涙スプレーが、トウカの顔面へと襲い掛かる。
霧の大半は刀身に遮られたものの、完全に遮断する事は不可能だ。
トウカは眼球の機能を一時的に奪われて、苦しげに声を洩らした。
何とか直撃は避けられた為、苦悶は一時的なものに過ぎぬだろう。
しかしそれで十分。
こと戦闘に於いて、数秒の硬直は余りにも致命的過ぎる隙。
霧の大半は刀身に遮られたものの、完全に遮断する事は不可能だ。
トウカは眼球の機能を一時的に奪われて、苦しげに声を洩らした。
何とか直撃は避けられた為、苦悶は一時的なものに過ぎぬだろう。
しかしそれで十分。
こと戦闘に於いて、数秒の硬直は余りにも致命的過ぎる隙。
「捕まえ、たぞ……!」
「ぐっ……!? お、おのれ……!」
「ぐっ……!? お、おのれ……!」
智代は形振り構わずトウカに組み付いた。
トウカの両脇に腕を絡めて、所謂羽交い絞めの態勢に移行する。
抵抗するトウカを懸命に押さえ込みながら、叫んだ。
トウカの両脇に腕を絡めて、所謂羽交い絞めの態勢に移行する。
抵抗するトウカを懸命に押さえ込みながら、叫んだ。
「春原、スタンガンだ! そこに落ちてる私の鞄から、スタンガンを取り出すんだっ!」
「え……あ……、わ、分かった!」
「え……あ……、わ、分かった!」
一瞬固まっていた陽平だったが、すぐに火急の事態であると気付き、弾かれたように動き出した。
智代の鞄に駆け寄って、中にあったスタンガンを掴み取る。
智代の鞄に駆け寄って、中にあったスタンガンを掴み取る。
「オッケー、あったぞ! けど、これでどうするんだ?」
「決まってるだろ。それを使って、トウカさんを気絶させてくれ!」
「…………へ?」
「決まってるだろ。それを使って、トウカさんを気絶させてくれ!」
「…………へ?」
智代の言葉を聞くや否や、陽平の動きがピタリと停止した。
陽平は恐る恐る首を動かして、前方のトウカを眺め見た。
トウカは羽交い締めにされたまま、絶対零度の眼差しで、こちらを思い切り睨み付けている。
その迫力は、筆舌に尽くし難いものがある。
陽平は恐る恐る首を動かして、前方のトウカを眺め見た。
トウカは羽交い締めにされたまま、絶対零度の眼差しで、こちらを思い切り睨み付けている。
その迫力は、筆舌に尽くし難いものがある。
「ひっ……そんなの無理に決まってるだろ!? 殺されちまうじゃないか!」
「大丈夫だ、私がトウカさんを押さえている!」
「嫌だ嫌だ嫌だっ! 僕は絶対やらないぞ!」
「大丈夫だ、私がトウカさんを押さえている!」
「嫌だ嫌だ嫌だっ! 僕は絶対やらないぞ!」
ぶんぶんと首を横に振り、全力で拒否の意を伝える陽平。
陽平にとって今のトウカは、近付く事すら憚られる恐怖の象徴。
生物に備えられた本能が、今すぐこの場から逃げ出せと訴え掛けてくる。
だが――
陽平にとって今のトウカは、近付く事すら憚られる恐怖の象徴。
生物に備えられた本能が、今すぐこの場から逃げ出せと訴え掛けてくる。
だが――
「……春原。お前はそうやって何時までも逃げ続けるつもりか? 本当にそれで道が開けると思っているのか?」
「っ…………!」
「っ…………!」
智代の問い掛けに、陽平は答えられなかった。
アルルゥ達を見捨てて逃げ出した所為で、自分は苦境に立たされてしまった。
瑞穂達の信頼を損ねた上に、トウカやハクオロの怒りを買ってしまったのだ。
今此処で逃げ出せば、唯一の味方である智代すらも失ってしまうだろう。
アルルゥ達を見捨てて逃げ出した所為で、自分は苦境に立たされてしまった。
瑞穂達の信頼を損ねた上に、トウカやハクオロの怒りを買ってしまったのだ。
今此処で逃げ出せば、唯一の味方である智代すらも失ってしまうだろう。
「お前の気持ちも分かる……いきなりこんな殺し合いに放り込まれて、怯えるのは当たり前。私だって戦うのは凄く恐いさ。
でも逃げてるだけじゃ何も変わらない……未来を切り開くのは、自分自身の意思!」
「うっ……ううっ……」
でも逃げてるだけじゃ何も変わらない……未来を切り開くのは、自分自身の意思!」
「うっ……ううっ……」
未だ恐怖に震える陽平に、智代が真摯な言葉を投げ掛ける。
自分も陽平も、一度は恐怖に負けて、決して償い切れぬ罪を犯してしまった。
だけど、信じているから。
確かに春原陽平は小心者だが、性根まで腐り切った男という訳では無い。
自分が再び立ち上がれたように、陽平もこの非日常の世界に立ち向かってゆけると、信じているから。
智代は心の奥底から叫んだ。
自分も陽平も、一度は恐怖に負けて、決して償い切れぬ罪を犯してしまった。
だけど、信じているから。
確かに春原陽平は小心者だが、性根まで腐り切った男という訳では無い。
自分が再び立ち上がれたように、陽平もこの非日常の世界に立ち向かってゆけると、信じているから。
智代は心の奥底から叫んだ。
「――戦え春原陽平! 恐怖に打ち勝って、自分の手で未来を掴み取れえぇぇぇっ!!」
「う……ああ……アアアアアァァァァァッ!!」
「う……ああ……アアアアアァァァァァッ!!」
そして、智代の言葉は確かに陽平へと届いた。
陽平は恐怖を吹き飛ばすように絶叫して、スタンガン片手に疾走する。
そうだ――此処は退くべき場面じゃない。
目の前の現実から尻尾を巻いて逃げた所で、状況は悪化していくだけだ。
何よりも、あれ程ボロボロになってまで庇ってくれた智代を、見捨てて良い筈が無い。
今度こそ自分自身の意思で、戦い抜いて見せる――!!
陽平は恐怖を吹き飛ばすように絶叫して、スタンガン片手に疾走する。
そうだ――此処は退くべき場面じゃない。
目の前の現実から尻尾を巻いて逃げた所で、状況は悪化していくだけだ。
何よりも、あれ程ボロボロになってまで庇ってくれた智代を、見捨てて良い筈が無い。
今度こそ自分自身の意思で、戦い抜いて見せる――!!
「…………っ!!!」
智代は残る全ての力を振り絞って、トウカの身体を押さえ込んだ。
大丈夫、思ったよりも抵抗の力が弱い。
もう陽平は目前まで迫っている、このまま羽交い絞めの態勢を維持すれば倒せる筈だ。
スタンガンなら、余計な怪我を負わせてしまう事もあるまい。
大丈夫、思ったよりも抵抗の力が弱い。
もう陽平は目前まで迫っている、このまま羽交い絞めの態勢を維持すれば倒せる筈だ。
スタンガンなら、余計な怪我を負わせてしまう事もあるまい。
そして勝負が決する、その寸前――
「……愚かな。この程度で某を止められると思ったのか」
「え――――」
「え――――」
冷たく告げる声。
今まで大人しく捕まっていたのは、単に敵を引き付ける為。
トウカの力が爆発的に膨れ上がり、あっさりと拘束が外される。
今まで大人しく捕まっていたのは、単に敵を引き付ける為。
トウカの力が爆発的に膨れ上がり、あっさりと拘束が外される。
そして、全てを切り裂く一陣の烈風が吹いた。
「――さらばだ春原陽平。己の身しか省みぬ、醜き罪人よ」
トウカの手にした西洋剣が、真紅に染まる。
どさりと、何かが地面に倒れ込む音。
どさりと、何かが地面に倒れ込む音。
「すの、はら…………?」
瞳に映る光景に、智代が呆けた声を洩らす。
立ち尽くす智代の足元で、血塗れになった陽平が倒れていた。
その腹部は無惨にも切り裂かれており、内部には赤黒いモノが見え隠れしている。
立ち尽くす智代の足元で、血塗れになった陽平が倒れていた。
その腹部は無惨にも切り裂かれており、内部には赤黒いモノが見え隠れしている。
「は……は……。駄目…………だった、ね…………」
陽平は視線を幾分か彷徨わせた後、夜空に広がる漆黒の闇を眺め見た。
口から漏れ出たのは、酷く自嘲的な笑いだった。
ありったけの勇気を振り絞った行動は、最悪の結果に終わった。
しかし焚きつけた智代に対して、恨み言を吐くつもりなど毛頭無い。
全ては自業自得、元はと云えば、己の保身のみを優先してきた自分が悪いのだ。
此処で戦わずに逃げた所で、全ての仲間を失って、人間の尊厳すらも失ったまま、惨めに死ぬだけだっただろう。
死ぬのは怖いが、立ち向かったのが間違いだとは思わない。
ただ一つ、悔やむ事があるとすれば――
口から漏れ出たのは、酷く自嘲的な笑いだった。
ありったけの勇気を振り絞った行動は、最悪の結果に終わった。
しかし焚きつけた智代に対して、恨み言を吐くつもりなど毛頭無い。
全ては自業自得、元はと云えば、己の保身のみを優先してきた自分が悪いのだ。
此処で戦わずに逃げた所で、全ての仲間を失って、人間の尊厳すらも失ったまま、惨めに死ぬだけだっただろう。
死ぬのは怖いが、立ち向かったのが間違いだとは思わない。
ただ一つ、悔やむ事があるとすれば――
「ちくしょ、う……どうせ、死ぬなら……あの時……アルルゥちゃん達を……。守ってあげれば……良かっ、……」
それで終わりだった。
懺悔の時間すらも、陽平には与えられなかった。
引き裂かれた腹部の傷は、いとも簡単に陽平の命を奪い尽くした。
大きく目を剥いたまま、春原陽平の意識は闇に溶けていった。
懺悔の時間すらも、陽平には与えられなかった。
引き裂かれた腹部の傷は、いとも簡単に陽平の命を奪い尽くした。
大きく目を剥いたまま、春原陽平の意識は闇に溶けていった。
「――春原っ!」
遅まきながらに智代が動き出し、陽平の上半身を抱き起こす。
間近に迫った陽平の瞳は、もう何の光も映していなかった。
それでも諦め切れない智代は、意識を呼び起こすべく、ガクガクと乱暴に陽平の身体を揺らした。
反動で、陽平の内臓が地面に零れ落ちてゆく。
間近に迫った陽平の瞳は、もう何の光も映していなかった。
それでも諦め切れない智代は、意識を呼び起こすべく、ガクガクと乱暴に陽平の身体を揺らした。
反動で、陽平の内臓が地面に零れ落ちてゆく。
「春原……すのはらっ……すのはらぁぁぁぁっ!!」
呼び掛ける声は、虚しく夜闇に吸い込まれてゆく。
何をやっても、もう陽平の口から言葉が紡がれる事は無い。
全てはもう、終わってしまったのだ。
何をやっても、もう陽平の口から言葉が紡がれる事は無い。
全てはもう、終わってしまったのだ。
「…………」
陽平の亡骸に縋り付く智代を、トウカは複雑な顔で眺め見ていた。
自分が取った行動は、エヴェンクルガの武士として、正しいもの。
陽平が犯した罪の数々は、決して許せるものでは無い。
それに陽平をこのまま放って置けば、ハクオロの悪評を際限無く吹聴されてしまう可能性があった。
あれだけ醜態を晒した陽平が、この先態度を急変させる保障など無い。
此処で殺しておかねば、更なる厄災を招く恐れが高かったのだ。
自分が取った行動は、エヴェンクルガの武士として、正しいもの。
陽平が犯した罪の数々は、決して許せるものでは無い。
それに陽平をこのまま放って置けば、ハクオロの悪評を際限無く吹聴されてしまう可能性があった。
あれだけ醜態を晒した陽平が、この先態度を急変させる保障など無い。
此処で殺しておかねば、更なる厄災を招く恐れが高かったのだ。
戦場で対峙した敵兵だって、殺してしまえば悲しむ者が居ただろう。
それでも躊躇無く斬り捨ててきた。
自分はいつも通り、己の役目を果たしただけの筈だ。
だというのに、胸を締め付けるようなこの痛みは何なのか。
それでも躊躇無く斬り捨ててきた。
自分はいつも通り、己の役目を果たしただけの筈だ。
だというのに、胸を締め付けるようなこの痛みは何なのか。
「……何故殺した」
呟く智代の声は小さいものだったが、重苦しい憎悪に満ちていた。
「何故殺したッ!! 春原は恐怖に打ち勝った……やり直せた筈なのに……正しい道を歩めた筈なのにッ……!!」
叩き付けられた言葉は、トウカの心に深々と突き刺さった。
トウカの身体を覆っていた脱力感が、急激に膨らんでゆく。
間違った事をしたつもりは無い――それでも自分が、智代の友人を殺めたという事実は変わらない。
自分の手で、智代を深い憎しみの底に突き落としてしまったのだ。
トウカの身体を覆っていた脱力感が、急激に膨らんでゆく。
間違った事をしたつもりは無い――それでも自分が、智代の友人を殺めたという事実は変わらない。
自分の手で、智代を深い憎しみの底に突き落としてしまったのだ。
「……すまぬ」
トウカは何とかそれだけ口にすると、くるりと背中を向けた。
最早関係の修復は絶望的、これ以上智代と共に動くのは不可能だろう。
逃げるように足を進め、静かにその場を離れてゆく。
その最中、一度も後ろを振り返る事は出来なかった。
最早関係の修復は絶望的、これ以上智代と共に動くのは不可能だろう。
逃げるように足を進め、静かにその場を離れてゆく。
その最中、一度も後ろを振り返る事は出来なかった。
「…………」
――トウカが立ち去ってから、十分後。
陽平の死体の傍で座り込んでいた智代だったが、やがて行動を開始した。
痛む右肩を酷使して、冷たくなった陽平の身体を持ち上げる。
碌な道具も無い為に埋める事は出来ないが、せめて風雨に晒され辛い場所で眠らせてあげたかった。
手近な位置にあった茂みを掻き分けて、その奥へと侵入していく。
陽平の死体の傍で座り込んでいた智代だったが、やがて行動を開始した。
痛む右肩を酷使して、冷たくなった陽平の身体を持ち上げる。
碌な道具も無い為に埋める事は出来ないが、せめて風雨に晒され辛い場所で眠らせてあげたかった。
手近な位置にあった茂みを掻き分けて、その奥へと侵入していく。
だがそこで突如、足元に違和感を覚えた。
下を見てみると、地面が不自然に膨らんでいた。
膨らんでいる部分の色だけが、周りの土に比べて明るく、誰かが人為的に何かを埋めたのは明らかだった。
下を見てみると、地面が不自然に膨らんでいた。
膨らんでいる部分の色だけが、周りの土に比べて明るく、誰かが人為的に何かを埋めたのは明らかだった。
「何だ…………?」
智代は陽平の死体を降ろし、地面に埋まっているモノを確かめるべく、『存在』の刃先を動かした。
一箇所に狙いを絞って、積み重ねられた土を無造作に払いのけてゆく。
その動作を続けていると、やがて中に埋まっているモノの一部が露となった。
一箇所に狙いを絞って、積み重ねられた土を無造作に払いのけてゆく。
その動作を続けていると、やがて中に埋まっているモノの一部が露となった。
「な――――これはっ……!?」
智代の手元から『存在』が零れ落ちる。
現われたのは、女性のものと思われる足の先端だった。
血色を失われた肌の色から推測するに、足の主が死亡しているのは明らかだ。
つまり、この場所には死体が埋めてあるのだ。
現われたのは、女性のものと思われる足の先端だった。
血色を失われた肌の色から推測するに、足の主が死亡しているのは明らかだ。
つまり、この場所には死体が埋めてあるのだ。
死体を掘り起こすなど、死者への冒涜にも等しい最悪の行為。
智代はすぐに掘削を中断し、死体へと土を被せ直した。
比較的早くに掘るのを止めたお陰で、作業は数分足らずで完了した。
だが事を終えた智代の頭には、大きな疑問が残っていた。
智代はすぐに掘削を中断し、死体へと土を被せ直した。
比較的早くに掘るのを止めたお陰で、作業は数分足らずで完了した。
だが事を終えた智代の頭には、大きな疑問が残っていた。
「どうして……?」
陽平は、ハクオロ達とこの公園で別れたと云っていた。
ならばこの死体は、神尾観鈴という少女のものだろう。
それが何故、こんな所に埋めてあるのだ?
ならばこの死体は、神尾観鈴という少女のものだろう。
それが何故、こんな所に埋めてあるのだ?
ハクオロ達はこの公園で襲撃を受けて、その際に神尾観鈴が死亡してしまい、仲間を弔うべく埋葬した。
勿論、その可能性も考えられる。
だが人が収まり切る程の巨大な穴を完成させるのは、かなりの重労働である筈だ。
仲間を守り切れぬ程の強敵と戦った後に、そんな余力が残っているものだろうか?
有り得ない話では無いが――もっと分かりやすい説明がある。
勿論、その可能性も考えられる。
だが人が収まり切る程の巨大な穴を完成させるのは、かなりの重労働である筈だ。
仲間を守り切れぬ程の強敵と戦った後に、そんな余力が残っているものだろうか?
有り得ない話では無いが――もっと分かりやすい説明がある。
即ち、証拠の隠滅。
陽平の推測通り、ハクオロは観鈴を殺害し、彼女の首輪を奪い取ったのだ。
そして、恐らくは懐柔して利用するつもりだったのだろう――ハクオロは陽平を拘束しなかった。
仮にも男である陽平の利用価値は、無力な少女如きよりは高い筈。
だがその判断が裏目に出て、陽平を逃がしてしまった。
逃げ延びた陽平がハクオロの悪評を吹聴して回るのは、火を見るより明らかだ。
もし万一、首輪の無い観鈴の死体が見つかってしまえば、言い逃れはほぼ不可能になる。
だからこそハクオロは観鈴の死体を埋めて、証拠を隠滅した。
そう考えるのが、一番自然だった。
陽平の推測通り、ハクオロは観鈴を殺害し、彼女の首輪を奪い取ったのだ。
そして、恐らくは懐柔して利用するつもりだったのだろう――ハクオロは陽平を拘束しなかった。
仮にも男である陽平の利用価値は、無力な少女如きよりは高い筈。
だがその判断が裏目に出て、陽平を逃がしてしまった。
逃げ延びた陽平がハクオロの悪評を吹聴して回るのは、火を見るより明らかだ。
もし万一、首輪の無い観鈴の死体が見つかってしまえば、言い逃れはほぼ不可能になる。
だからこそハクオロは観鈴の死体を埋めて、証拠を隠滅した。
そう考えるのが、一番自然だった。
そうだ――ハクオロは、目的の為ならば手段を選ばぬ冷徹な男だったのだ。
首輪を解除する為に、無力な少女すらも殺してのけたのだ。
……その行動が完全に誤りであると、断じる事は出来ない。
主催者を打倒する為には、首輪の解除は殆ど必須条件だ。
首輪を外さなければ殺し合いは止められないし、主催者の云いなりになるしか無いだろう。
たった一人の犠牲で皆が救われるのならば、非道に走る事も必要――
成る程、国の指導者らしい合理的な行動だ。
トウカ程の実力者を心酔させているハクオロならば、この島でも多くの仲間を集められるだろう。
本当に首輪を解除して、主催者を倒せるかも知れない。
だが、しかし。
首輪を解除する為に、無力な少女すらも殺してのけたのだ。
……その行動が完全に誤りであると、断じる事は出来ない。
主催者を打倒する為には、首輪の解除は殆ど必須条件だ。
首輪を外さなければ殺し合いは止められないし、主催者の云いなりになるしか無いだろう。
たった一人の犠牲で皆が救われるのならば、非道に走る事も必要――
成る程、国の指導者らしい合理的な行動だ。
トウカ程の実力者を心酔させているハクオロならば、この島でも多くの仲間を集められるだろう。
本当に首輪を解除して、主催者を倒せるかも知れない。
だが、しかし。
「……してやる」
怨嗟の声は、驚く程自然に漏れ出た。
自分と朋也と陽平、三人で過ごす時間は本当に楽しかった。
だが自分の恋人である朋也は、もう死んでしまった。
自分と朋也と陽平、三人で過ごす時間は本当に楽しかった。
だが自分の恋人である朋也は、もう死んでしまった。
「殺してやる……っ!!」
朋也の、そして自身の友人である春原陽平も死んでしまった。
あの幸せだった日常は、もう永久に帰って来ない。
そして少なくとも、陽平はハクオロの所為で死んでしまったのだ。
あの幸せだった日常は、もう永久に帰って来ない。
そして少なくとも、陽平はハクオロの所為で死んでしまったのだ。
「殺してやる殺してやる殺してやるっ……!!」
正しい主張をした陽平は死んで、偽善者の仮面を被ったハクオロだけが生き延びる――冗談では無い。
ハクオロは絶対に、何としてでも殺す。
生きてきたのを後悔するぐらい、無惨に殺し尽くしてやる。
そしてそれはトウカも同じだ。
ハクオロの臣下であるトウカは、容赦無く陽平を殺した。
報復として命を奪い返すのは、至極当然の事だろう。
ハクオロもトウカも殺す。
だが、それでもまだ足りない。
ハクオロは人を意のままに操る達人。
出会う人間を悉く懐柔し、自分の味方に付ける筈。
ハクオロは絶対に、何としてでも殺す。
生きてきたのを後悔するぐらい、無惨に殺し尽くしてやる。
そしてそれはトウカも同じだ。
ハクオロの臣下であるトウカは、容赦無く陽平を殺した。
報復として命を奪い返すのは、至極当然の事だろう。
ハクオロもトウカも殺す。
だが、それでもまだ足りない。
ハクオロは人を意のままに操る達人。
出会う人間を悉く懐柔し、自分の味方に付ける筈。
有能な技術者を放置しておけば、ハクオロの首輪を外されてしまうかも知れない。
戦いに秀でた者を放置しておけば、ハクオロを殺す際に障害となるだろう。
故に、全て殺す。
ハクオロに組し得る者を、この島に棲む全ての人間を殺してやる。
それがどれだけの大罪であろうと、構いはしない――どうせもう、自分の大切な人間は残っていないのだから。
戦いに秀でた者を放置しておけば、ハクオロを殺す際に障害となるだろう。
故に、全て殺す。
ハクオロに組し得る者を、この島に棲む全ての人間を殺してやる。
それがどれだけの大罪であろうと、構いはしない――どうせもう、自分の大切な人間は残っていないのだから。
「脱出などさせるものか……殺してやるぞ、皆っ……!!」
吐き出された言葉は、何処までも昏く、重い。
深い憎しみに飲み込まれた智代の顔に、かつての面影はもう無い。
深い憎しみに飲み込まれた智代の顔に、かつての面影はもう無い。
こうしてトウカと智代の道は完全に隔たれた。
致命的な誤解を抱え込み、嘗て正義を志した少女は修羅へと落ちた。
致命的な誤解を抱え込み、嘗て正義を志した少女は修羅へと落ちた。
【春原陽平@CLANNAD 死亡】
【D-2 西部 公園内/1日目 夜中】
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:永遠神剣第七位『存在』@永遠のアセリア-この大地の果てで-】
【所持品:支給品一式×3、サバイバルナイフ、トランシーバー×2、多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)、十徳工具@うたわれるもの、スタンガン、
催涙スプレー(残り2分の1)、ホログラムペンダント@Ever17 -the out of infinity-】
【状態:疲労大、血塗れ、重度の精神的疲労、左胸に軽度の打撲、右肩刺し傷(動かすと激しく痛む・応急処置済み)、両腕共に筋肉痛、
左耳朶損失、全ての参加者に対する強い殺意】
【思考・行動】
基本方針:全ての参加者を殺害する。
1:何としてでもハクオロを殺害する。
2:トウカも殺害する。
3:ハクオロに組し得る者、即ち全ての参加者を殺害する。
【備考】
※ネリネと舞を危険人物として認識しています。
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると考えています。
※トウカからトゥスクルとハクオロの人となりについてを聞いています。
※永遠神剣第七位"存在"
アセリア・ブルースピリットが元の持ち主。両刃の大剣。
魔力を持つ者は水の力を行使できる。
ウォーターシールド…水の壁を作り出し、敵の攻撃を受け止める。
フローズンアーマー…周囲の温度を急激に低下させ、水分を凍結させ鎧とする。
他のスキルの運用については不明。
【装備:永遠神剣第七位『存在』@永遠のアセリア-この大地の果てで-】
【所持品:支給品一式×3、サバイバルナイフ、トランシーバー×2、多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)、十徳工具@うたわれるもの、スタンガン、
催涙スプレー(残り2分の1)、ホログラムペンダント@Ever17 -the out of infinity-】
【状態:疲労大、血塗れ、重度の精神的疲労、左胸に軽度の打撲、右肩刺し傷(動かすと激しく痛む・応急処置済み)、両腕共に筋肉痛、
左耳朶損失、全ての参加者に対する強い殺意】
【思考・行動】
基本方針:全ての参加者を殺害する。
1:何としてでもハクオロを殺害する。
2:トウカも殺害する。
3:ハクオロに組し得る者、即ち全ての参加者を殺害する。
【備考】
※ネリネと舞を危険人物として認識しています。
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると考えています。
※トウカからトゥスクルとハクオロの人となりについてを聞いています。
※永遠神剣第七位"存在"
アセリア・ブルースピリットが元の持ち主。両刃の大剣。
魔力を持つ者は水の力を行使できる。
ウォーターシールド…水の壁を作り出し、敵の攻撃を受け止める。
フローズンアーマー…周囲の温度を急激に低下させ、水分を凍結させ鎧とする。
他のスキルの運用については不明。
【D-2 新市街/1日目 夜中】
【トウカ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄】
【装備:舞の剣@Kanon(少々の刃こぼれ有り)】
【所持品:支給品一式】
【状態:全身に軽い打撲、胸に中度の打撲、右脇腹軽傷(応急処置済み)、精神的疲労大、中度の肉体的疲労、若干視力低下中(催涙スプレーの影響)】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いはしないが、襲ってくる者は容赦せず斬る。
0:今後どうするかは、次の書き手さん任せ。
1:ハクオロと千影、千影の姉妹達を探し出して守る。
2:ネリネを討つ。
3:次に蟹沢きぬと出会ったら真偽を問いただす。
【備考】
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると考えています。
※蟹沢きぬが殺し合いに乗っていると疑っていますが、疑惑は薄れています。
※ハクオロは無実だと判断しました。
【装備:舞の剣@Kanon(少々の刃こぼれ有り)】
【所持品:支給品一式】
【状態:全身に軽い打撲、胸に中度の打撲、右脇腹軽傷(応急処置済み)、精神的疲労大、中度の肉体的疲労、若干視力低下中(催涙スプレーの影響)】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いはしないが、襲ってくる者は容赦せず斬る。
0:今後どうするかは、次の書き手さん任せ。
1:ハクオロと千影、千影の姉妹達を探し出して守る。
2:ネリネを討つ。
3:次に蟹沢きぬと出会ったら真偽を問いただす。
【備考】
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると考えています。
※蟹沢きぬが殺し合いに乗っていると疑っていますが、疑惑は薄れています。
※ハクオロは無実だと判断しました。
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134:心の瑕、見えないもの | トウカ | 156:破滅の詩。 |
134:心の瑕、見えないもの | 坂上智代 | 156:破滅の詩。 |
134:心の瑕、見えないもの | 春原陽平 |