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もう戻れない優しい日々 ◆3Dh54So5os


涼宮遙はご機嫌だった。
見つけることすら出来ないと思っていた『マヤウルのおくりもの』が今この手の中にある。
探し物が見つかったとき、それもどれだけ探しても中々見つけられなかったものを手に入れられたときの喜びは一入だ。
快く譲ってくれたあの子には本当に感謝してもしきれないくらいだ。
その上、孝之もさっきの子がここにつれて来てくれるという。
今日はなんて良い日なのだろう。
『マヤウルのおくりもの』がここにあって、孝之も来てくれる。これ以上幸せな日が今まであっただろうか?
これはきっと神様からのプレゼントに違いない。

遙は背後の大樹に背を預ける。その状態から見上げた空にぽっかり浮かぶ月と輝く星々はとても綺麗で……。
ロマンチックな景色は遙の心をときめかせた。
「孝之くん、早く来ないかなぁ……」
デートの待ち合わせの時のように胸が高鳴る。
孝之がここに来たらまずなんて声をかけようか? そんな考えばかりが頭の中を駆け巡る。
今の遙には自身の身体のことや現在地についてなど全く眼中に無かった。
ただただ孝之がここに来た後のことに思いを馳せていた。
それも仕方のないことなのかもしれない。
この場にいたのは『3年間の昏睡状態から目覚めた』涼宮遙ではなく、『高校3年当時の恋する乙女』の涼宮遙だったのだから……。
(孝之くんが来るまでどうしよう? 『マヤウルのおくりもの』を読む? うぅん、それは孝之くんが来るまで待ってよう。孝之くんが来たらそのときは二人で一緒に……)
そんなことを考えながらやがて遙は深いまどろみの中に落ちていった……。

 ◇  ◆  ◇

「……くっ、詰めであんなミスするなんて……お姉のこと言えた義理ありませんね」
園崎詩音は先刻の闘いにおける自身の行動を省みながらそう呟いた。
ベレッタ2丁と暗視ゴーグルという余りにも恵まれた装備だった上、あの女――つぐみが大した反撃を仕掛けてこなかった事も重なって、
自身に気に緩みが生じたのは否定できない。
その結果、致命的な隙を作り、あんな失態を演じる結果になってしまった。
あの時はつぐみがそのまま逃亡を図ったから良かったものの、更に何かしらの武器を隠し持っていたら確実に返り討ちに遭っていただろう。
頭に血が上ってつぐみへの呪咀の言葉を吐いていた時は深く考えられなかったが、
落ち着いて今思い返してみるとかなりヤバい状況だった事に気が付き、詩音は背筋が冷たくなるのを感じずにはいられなかった。

生きて帰るにはさっきのような失態は二度と許されない。
慎重且つ冷静な判断を下さなければならない。とりあえず当面の問題は……。
「これからはどうしましょうかね……まさかこんなところにずっといるわけにはいかないし……」
呟きながら詩音は次の行く先をシミュレートする。
少なくともあの女の行った方向だけは避けなくてはならない。
あの女が他の参加者と合流したら絶対私の事を洩らすに決まっている。
手の内もばれている上、徒党を組まれたら勝ち目はない。

(じゃああの女が逃げた方向は?)
戦術的転進と称してここまで真直ぐ逃げてきたが、一行に森を抜ける様子はない。
まともな目印もないことから断定は出来ないが、山頂の方角を見るに現在地はこのC-4エリアだろう。
現在地と元来た方角から推測すると、先の戦闘ポイントは隣のB-4エリア内ではないだろうか?

つぐみがスタンドグレネード以外の武器を持っていなかったのは止めをささなかったことからも明白。
普通に考えれば他の武器を求めて新市街方面に向かった公算が高い。つまり、北か西……。
今、新市街に抜けるのは危険と見るべきだろう。
かと言って大半が森に覆われた島の南部に今すぐ行く気は起きてこない。
「ここは様子見に撤しますか……ん?」
と、その時、詩音の視界の片隅に何かきらりと光るものが草影から顔をのぞかせているのが映った。
(誰かがあそこにいる?)
隠れているつもりなら余りにも御粗末だが、用心に越したことはない。
相手から見えないようさり気なくベレッタを構えつつ、詩音はちらと視線を送り、光沢の元を探る。
(あれか……)
見えたのは手押し車か車椅子らしき物体。が、それの持ち主と思われる人の気配はない。
否、よく耳を澄ませてみれば微かに寝息らしき音が聞こえてくる。
今の状況を考えるとこんなところで寝れる奴がいるとは思えない。 むしろ油断させるための罠と考えるのが妥当だが……
(確認してみる価値はありそうですね)
罠なら罠でいい、その時はベレッタで返り討ちにするまでだ。
詩音は足音を立てないように茂みに近付き、僅かな隙間からそっと覗き込んだ。


そこにいたのは一人の少女だった。
膝の上に絵本を載せ、大樹に寄り掛かりながら心地よさそうな寝息をたてて、その少女は眠っていた。
まるで陽なたぼっこをしながらそのまま寝付いてしまった子供のような、あどけない姿。
本来なら微笑ましい光景なのかもしれないが、まずありえないと断定した展開だった為に完全に毒気を抜かれてしまった。

「……いるんですねぇ、こういうの……お姉並み……いえ、それ以上に空気読めてませ…………」
言いかけて詩音は気がついた。その余りにも病的な体格に……。
よく見れば、辺りにはディバッグの他に薬と思われる錠剤の入ったビンなども散乱している。そして、例の車椅子。

(誰だか知りませんが、かなりの重病人のようですね……)
さらに言えば寝顔を見る限り現状を理解しているのかどうかすら危ういように思える。これはもう空気を読めないとか、そういうレベルではない。
普通の人間ならこんな娘まで参加させた主催の鷹野に対する怒りを抱いたり、少女の境遇に同情したりするところなのだろう。
だがしかし、詩音の考えはそれらとは全く異なっていた。
「これなら、手間はかかりませんね」
詩音は口元に笑みを浮べると、ベレッタの銃口をその少女――涼宮遙に向けた。
相手は眠っているのだから反撃も無ければ、悲鳴をあげることもない。
銃弾だって1発もあれば十分だろう。今ここで引き金を引けば、それで終わるのだ。ああ、なんて楽なのだろう。

「……」
でも何か違う気がする。寝込みを襲って一撃というのは極めて有効だと頭では分かっているが、どうもしっくりこない。
ムカつくぐらい安眠している少女を今すぐ叩き起こして、少しずつ痛めつけながらたっぷりと恐怖を味あわせ、
その表情が絶望に染まる様を愉しみながら嬲り殺しにする。そういうのの方が性に合っている気がする。
だが、ここは拷問道具には事欠かない園崎本家ではないし、反撃も出来ない病人に時間を割く余裕はない。
スピーディーに蹴りをつけるならこのまま夢の世界の中にいてもらった方が都合がいい。

「それじゃあお姉さん、おやすみなさい……って、そういえばもう寝てるのか」
嘲笑うような表情を浮べながら詩音が引き金にかけた指に力をこめた、その時だった。その言葉とともに遙のがわずかに身動きしたのは……。
「……ん……たかゆき…くん……だいすき……」
(!?)
次の瞬間、辺りに一発の銃声が響き渡った。

 ◇  ◆  ◇

彼女の不幸は何所にあったのだろうか?
現状をまるで理解できなかったこと? こんなところで寝てしまったばっかりに詩音に見つかったこと?
否、それはたいした不幸ではない。あのまま順調に事が進んだのなら、遙は幸せな夢の中にいたまま、
地獄のような現状について知ることもなく、一撃で天に召されていたはずだ。
だが、その一撃を遙は回避してしまった。脳天を貫くはずだったその一撃を……。
銃声と耳を銃弾が僅かに掠めた事により遙は幸せな夢から引き摺り下ろされ、地獄の前に放り出されてしまったのだ。


「……ん?……あれ?」
銃声により(といっても遙自身その音が銃声だとは知らなかったが)遙は目を覚ました。
どうやら孝之を待っている間に眠ってしまっていたらしい。
寝起きでまだうっすらとしか見えない視界に誰かが立っていることに気がついたのはその直後だった。
「……孝之くん?」
だが、目の前ににいたのは孝之でもさっきの心優しき少女でもなかった。
そこにいたのは少女の皮をかぶった一匹の鬼。
「私にしては珍しく一撃であの世に送ってあげようとおもったのに……病人の分際で見事にコケにしてくれちゃいましたね……」
寝起き直後の上、余りにも突然の展開、遙には訳が分からなかった。
この少女が何者なのかも、なぜここまで憎悪に満ちた顔をこちらに向けているかも、言っている言葉の意味も……。

ただ本能的にこの少女――園崎詩音に対して恐怖を感じ取った遙は後ずさろうとして……出来なかった。
振り返った先にあったのは先程まで寄り掛かっていた大樹。
夜空を見上げる一等席や心地よい眠りを与えてくれた大樹が、障害物となって遙の前に立ちふさがっていた。
「余所見なんかしてる暇、あるんですか?」
「!?」
詩音の声に遙が再び振り返るより早く、右肩に焼けるような熱い感覚が走る。と、同時に衝撃で遙の身体は木の幹に叩きつけられていた。
もろにぶつけた背中の痛みを感じる前に、肩の焼けるような感覚が堪え難い激痛に変わる。
「いやあぁっ……ん!?……むぐぅ!?」
あまりの痛みに悲鳴をあげかけた遙の口に詩音は本来、食糧として支給された菓子パンを押し込んだ。
「んんっ!?……むうっ!?」
遙の決して大きいとは言えない口はビニールの包装に包まれたままのパンで完全に塞がれてしまった。
これでは悲鳴はおろかまともに声を出すことすら出来ない。
パン入り袋を取ろうと遙は無傷の左手を動かす。が、それを見逃す程詩音は甘くなかった。
「おっと、動いちゃダメでしょ、お姉さん!」
詩音は動かしかけた遙の左手を掴むと、遙の上に圧し掛かった。
それと、同時に銃口を押しつけられ、遙は恐怖のあまり震え上がる。
「あらあら、そんなに震えちゃって、別に人食い族じゃあるまいし、とって食いはしませんよ」
そんなことを言われたって銃を突き付けられた状態では到底信じられない。
このまま為すすべもなく殺されてしまうのではないか? 遙がそう思ったその時だった。詩音がその言葉を遙に投げ掛けたのは……。
「死ぬのは嫌ですか? 生き延びたいですか?」
普通なら何を当たり前のことを……と、言いたくなる質問だが、今の遙には生を掴み取るための唯一の光明のように思えた。
光明をチャンスにし、そしてこの地獄からの脱出に繋げるため遙は必死に首を縦に振る。
「ん~、そうですねぇ……私もそんな冷血人間じゃありませんし……分かりました。見逃しましょう」
微笑みながら詩音が言った言葉に遙は心底安堵した。良かった。助かった。
緊張が一気に解け、強ばっていた全身から力が抜けていく……。
その直後だった、詩音の表情が天使の微笑みから悪魔の嘲笑に変わったのは……。
「……なぁんちゃって、やっぱりだめぇぇぇぇぇっっ!!!」
「!!!」
そのおぞましき声に遙が再び身体を強ばらせるより早く、詩音は引き金を立て続けに引いた。

 ◇  ◆  ◇

涼宮遙は生きていた。
純白のパジャマを自らの血で紅く染め、全身傷だらけの血塗れになり、起き上がることすらままならない状態たが、それでもまだ生きていた。
何発の銃弾を撃ち込まれたのかは分からない。
初撃の右肩を手初めに両足と腰の脇を撃たれたのは確実だが、それ以降は痛みが激しすぎてよく覚えていない。
最低5発は撃たれたはずだが、それでもまだ生きているのは運が良いと言えよう。
全身から死んでしまうのではないかと思える程の激痛に耐えず襲われる状況は決して幸運とは言えないが……。

「うわっ、大して使えるものありませんね。こりゃ……」
遙にしこたま銃弾を撃ち込んだ詩音は遙のディバックを漁っている最中だ。
もう遙の事など眼中にもないらしい。
逃げるなら今のうちなのだろうが、もともと足を満足に動かせなかった身である。
しかも足と肩に銃撃を受けた今の状況では這う事すら出来ない。
口に押し込まれていたパンはいつの間にか外れていたが、声をあげる余力も気力も遙には残されていなかった。
と、その時、遙の視界にあるものが映った。
「……『マヤウルのおくりもの』……?」
おそらく、最初に撃たれて倒れた時に膝から落ちたのだろう。草むらに埋もれるようにそれはそこにあった。
まわりの雑草が盾代わりとなったのか土埃が多少付いている以外、泥も血飛沫も付いていなかった。
遙は全身の痛みすら忘れて『マヤウルのおくりもの』に右手を伸ばす。
撃ち抜かれた右肩が悲鳴を上げるが遙は手を伸ばし続けた。

ようやく手に入れた『マヤウルのおくりもの』
孝之が来たら二人で読もうと決めていた『マヤウルのおくりもの』

それだけは手放したくなかった。手元に置いておきたかった。だから遙は必死になって手を伸ばした。
ゆっくりだがじりじりと遙の手が近づいていく……。

あと10センチ……

「ん~やっぱり使えるのはこの果物ナイフ位ですかねぇ……」

あと5センチ……

「あんまりいい収穫とは言えませんがよしとしましょう」

あと3センチ……

「さて、それじゃあ……」

あと1センチ……

「やった……届い……」
「死んでください」

刹那、背後から詩音の声と共に軽い音が聞こえ……遙の意識は消失した。
遙の伸ばした手が再び『マヤウルのおくりもの』に触れることは、無かった。

 ◇  ◆  ◇

「う~ん、やっぱりこういうときは銃ってやり難いですね。ワザと急所を外すのもそうですけど、無駄弾が多すぎで……」
ベレッタのマガジンを交換しながら詩音は誰にとも無く呟くと、遙の屍には目もくれずその場を後にした。



【C-4 森/1日目 黎明】



【園崎詩音@ひぐらしのなく頃に祭】
【装備:ベレッタM92F×2(9mmパラベラム弾15/15+1,10/15+1】
【所持品:支給品一式、予備マガジン×9 果物ナイフ 暗視ゴーグル】
【状態:やや疲労 視力低下中】
【思考・行動】
1:ゲームに乗って元の世界に帰る。特につぐみは絶対に殺してやる。
2:身を休ませる場所を探す。
3:圭一達部活メンバーは殺したくないが邪魔をするのであれば殺す。


【涼宮遙@君が望む永遠  死亡】
[残り58人]

【備考】
薬及び車椅子、『マヤウルのおくりもの』は死体の傍に放置されています。


035:星空の辻 投下順に読む 037:兄と妹
035:星空の辻 時系列順に読む 037:兄と妹
002:STRANGE ENCOUNTER 園崎詩音 055:猟人は鬼と獅子
008:あねぇができました 涼宮遙






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