「信じるという事」(2008/03/28 (金) 10:49:59) の最新版変更点
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**信じるという事 ◆guAWf4RW62
(ったく、一体全体どうなってんのよ……)
深い闇と静寂に包まれた森の中、道なき道を一人往く少女の名は、藤林杏。
杏は必死に頭を働かして、自分が置かれている現状を把握しようとしていた。
目が覚めたと思ったら、全く見覚えの無い――薄暗いホールの中にいた。
そこに見知らぬ人物――タカノという名前らしい女性が現れ、『殺し合いをしろ』などという馬鹿げた事を、突然告げてきたのだ。
本当に……馬鹿げている。しかしあれが、人を驚かせて楽しむといった類のブラフで無いのは明らかだった。
何しろ自分と同じ推理を、眼鏡を掛けた少年が口にして――殺されてしまったのだから。
間違いなく自分は殺し合いに巻き込まれている。それを認めようとしなければ、あの眼鏡少年と同じ末路を辿る事になるだろう。
そこまで考えると、杏はどすんとその場に座り込んで、木の幹に背中を預けた。
思考を纏めないまま歩き回っても、状況は好転しない。これからの行動方針を定める必要がある。
(最後の一人になるまで殺し合えって? 冗談じゃないわよ……。そんなの出来る訳ないじゃない!)
熟考を始めた杏が、最初に思ったのはそれだった。
あのホールにいた時は気付かなかったが、名簿によるとどうやら朋也や陽平もこのタチの悪いゲームに参加させられている様子。
彼らと殺しあう自分の姿など想像出来ないし、したいとも思わない。
となると、必然的にゲームに乗らない方向で考えを進めていく事になる。
ゲームに乗らず、生還を果たすのは――どう考えても、自分一人の力では無理だ。
杏は自分の首筋に、ゆっくりと左手を這わせた。指の先に伝わる、硬く冷たい感触。
タカノの機嫌一つでこの首輪が爆発すると思うと、生きた心地がしない。
心臓を凍りついた手で鷲掴みにされているような、そんな悪寒が全身に奔る。
まずは――この状況をどうにか出来る人間を探す事だ。幸いにも杏には一人、飛び抜けた知識を持った知り合いがいる。
その者の名は一ノ瀬ことみだ。普段の間の抜けた様子からは想像もつかないが、ことみは紛れも無く天才である。
ことみなら、きっと何か良い打開策を編み出してくれるに違いない。
そして可能ならば岡崎朋也や春原陽平とも合流したい。
彼らは特別な技能こそ持っていないが、信頼出来るという点に関しては百点満点だ。
彼らがこんな馬鹿げたゲームに乗る訳が無い。それは絶対の自信を持って断言出来る。
これで、今後の方針はほぼ纏まった。まずは、知り合いと合流する。そしてみんなで協力して、タカノを懲らしめる。
あの女はいけ好かない――二度とこんな事をしないように、ボッコボコにしてやる。
ちゃんと落とし前をつけさせてから、悠々とこの島を脱出するのだ。
だが――運良く知り合いに会えるとは限らない。もし知らない人間と出会ったらどうする?
勿論、こんな馬鹿げたゲームに進んで乗るような人間などいないと思いたい。
しかし全員が全員、自分と同じように考えるとは限らない。
早々に脱出を諦め、殺人への禁忌を捨て去る者もいるかも知れないのだ。
「……ま、考えても仕方ないか。疑いだしたらキリが無いしね」
いつまでもウジウジと悩んでいるより、やるべき事が分かったなら素早く行動に移すべきだ。
それが杏が出した結論だった。
大きな溜息をついた後、杏はすくっと立ち上がる。続いてポケットをごそごそと漁って、銀色の物体を取り出した。
その物体は杏への支給品――S&W M36という名前の、小型の回転式拳銃だった。
この森の中に飛ばされた後、支給品だけはすぐに確認していたので、装弾も既に終わらせている。
こんな物を使うような事態は避けたいが、用心するに越した事は無いだろう。
杏はS&W M36をしっかりと握り締めると、二、三歩、足を進めて――後ろの方で、足音がしたのに気付いた。
「――――ッ!!」
心臓が張り裂けんばかりに鼓動を打っていたが、それでも即座に音のした方へ振り向き、半ば反射的に銃を構える。
それから音を立てた者の正体を確かめるべく、視線を送る。
「えっ、あのっ、そのっ……」
そこには、あたふたしている一人の少女、佐藤良美の姿があった。
一目見る限りでは敵意は感じられない。
それどころか今にも腰を抜かしそうな様子だったが――杏は油断無く銃を構えたまま、鋭い声で告げる。
「ねえ、あんた。こそこそと人の後ろで、何をしようとしていたの?」
「な……何って別に、人を見つけたから声を掛けようとしただけで……」
「じゃあ、その手に持ってるナイフは一体何に使おうとしてたのよっ!」
そう、佐藤良美の手には月の光を反射して微かな輝きを放つ、小さなナイフが握られていたのだ。
相手が武器を持っている以上、こちら側も警戒を解く訳にはいかない。
油断した瞬間に、襲い掛かられるという事だって考えられる。
杏はキッと良美の目を睨みつけて、それから口調を一層強めて言った。
「とにかく、すぐにあたしの前から消えて頂戴。じゃないと――」
「そのっ……ごめんなさいっ!」
杏の台詞が終わるのを待たず、良美が叫んだ。そして、
「――え?」
口を開けたまま、呆然とする杏。このキリングフィールドにおいて、武器は命綱のような役割を果たす。
それにも関わらず、良美はナイフをあっさりと投げ捨てていた。
* * *
数分後。杏と良美は警戒を緩め、地面に座り込んで肩を並べながら話し始めていた。
相手がナイフを投げ捨てた以上、必要以上に警戒するべきでは無いと、杏は判断したのだ。
勿論完全に信頼した訳では無いので、お互いの武器――S&W M36とナイフは、少し離れた地面に置いてある。
「佐藤良美、だっけ?話し掛けるだけのつもりなら、最初から武器なんて持たないでよね。寿命が一年くらい縮まったわよ」
杏が眉間に眉を寄せて、不機嫌そうにぼやく。すると良美は申し訳無さそうに、視線を地面へと落とした。
「ご、ごめんねぇ……。でも私だって、怖かったんだよ。いきなり殺し合いをしろなんて言われて、武器も持たずにいるなんて無理だよぉ……」
「あ……」
それで、杏の怒りは吹き飛んだ。そうだ――自分だって自衛の為に武器を持っていたではないか。
こんな危険な状況下で何も持たずに話し掛けろなど、理不尽極まりない要求だった。
「ごめん、そうだよね……。あたしが悪かった……」
「ううん、分かってくれたら良いよ。それより……情報交換しよ?」
良美は唇の端を上げて、にっこりと笑ってみせた。
そんな良美の笑顔を見て、杏は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(あたし馬鹿だ……。こんなに良い子なのに、疑っちゃうなんて……)
良美はナイフを持っていただけで、それ以上は何もしていない。先に武器を手放してくれたのだって、良美だ。
それなのに、自分は一方的に銃を向けて、相手が武器を手放した後も的外れな批判を浴びせてしまった。
自分への嫌悪感でいたたまれなくなって、杏はがっくりと俯いた。
「――藤林さん、どうしたの?何処か具合が悪いの?」
顔を上げると、良美が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「う、ううん、何でもないわ。それより話、始めよっか」
「――つまり、良美はそのエリカって人を探してるのね?」
「うん。エリーならきっと、タカノさんの裏を衝くような凄い作戦を考えてくれると思うよ」
それに、と付け加えて、良美は言った。
「私、少しでも早くエリーと会いたいもん」
良美はまた笑った。見る者全ての心を和らげるような、そんな暖かい笑顔だった。
今度は杏も素直に微笑み返して、それから言った。
「それじゃ、そろそろ行こっか? ことみやエリカ――それに、他の知り合いも探しにね」
良美が頷くのを確認して、杏はぐっと身を起こし鞄を持ち上げる。
何故か自分の身体が、凄く軽く感じられた。
杏はこの島で生き抜くにあたって、確かな手応えを感じていた。
いきなり、ゲームに乗っていない人間と出会えたのは、間違いなく僥倖だ。
勿論まだ最初の一歩を踏み出したに過ぎないし、不安要素は数え切れない程ある。
全ての参加者に例外無く装着されているであろう首輪をどうにかしない限り、生きて帰る事は叶わない。
地図を見る限り、今自分達がいるのは孤島だ。脱出する為には乗り物も必要になるだろう。
それに得体の知れない現象も気に掛かる。タカノが合図した途端、ホールにいた者達が一人、また一人と消えていったのだ。
気付いたら自分も、暗闇に支配された森の中へ飛ばされていた。
あんな事は現代の科学では到底不可能だ。
それでも――良美や他の皆と力を合わせれば、きっと何とかなる。
杏はそう信じていた。
(待っててね、椋。あたし達、絶対に生きて帰るからね)
決意を胸に秘めて、杏は地面に置いていたS&W M36を拾うべく歩き出す。
「――――ッ!?」
そこで杏は突然、背中に灼けつくような熱い感触を覚えた。
がはっ、と呻き、息と――大量の赤い血を吐き出した。
脳に伝わる痛みという名の、圧倒的なノイズ。それは正常な判断力を全て押し流す、無慈悲な津波であった。
「あああああああっ!!」
杏が悲痛な叫び声を上げて、背中の傷口を押さえようと身をくねらす。
そこに掛けられる、ゾッとするような冷たい声。
「……初めて知ったよ。人間って、一度背中を刺された位じゃ死なないんだね……」
声の主、佐藤良美は隠し持っていた武器――錐を大きく振り上げて、杏の背中に勢い良く突き刺した。
「ひぎぃぃぃぃぃっ!」
杏が絶叫する。良美は杏の肩を掴んで、何度も何度も、彼女の背中を抉ってゆく。
良美がぐいと腕に力を入れて引っ張ると、杏の身体が地面に叩きつけられた。
良美は素早く馬乗りの体勢を取ると、片方の手で杏の顎を強く掴んだ。
杏は目前に迫る死を見据えながら、最後の力を総動員して喉の奥から声を絞り出した。
「よ……し……み…………、どう……して……」
その問い掛けに、良美は目尻をきっと吊り上げて、凍りつくような声で答える。
「私、嫌いなんだ――貴女みたいに、簡単に人を信用する能天気な馬鹿はね。支給品は複数あるかも知れないっていうの、忘れてたの?
大体さ、銃を持ってる相手に正面から戦いを挑む人なんている訳ないじゃない。普通は私みたいに無抵抗を装って、騙まし討ちを考えると思うよ?」
驚愕に杏の目が見開かれる。何の事は無い――自分は、完全に騙されていたのだ。
良美が天高く錐を振り上げる。それは確実に、杏の命を奪い去るだろう。
ようやく杏は痛みを忘れ去って、ただ一つの感情――死への絶対的な恐怖と直面した。
「い、やだ…………たす……け……て……」
良美は一度目を閉じて、それから静かに目を開けて、口元を妖しく吊り上げた。
「だーめ♪」
普段と何も変らぬ穏やかな表情のまま、良美が錐を振り下ろす。
錐が杏の喉を一気に突き破り、良美の手に嫌な感触が伝わった。
杏の身体がびくんびくんと痙攣したが、もう一度錐を突き刺すとそれはあっさりと止まった。
良美はゆっくりと錐を引き抜いて、それについた血を服の袖で拭い、立ち上がった。
それからもう杏の死体には一瞥もせず、少し歩いてS&W M36とナイフを拾い上げる。
その時に初めて、自分の手が返り血に塗れてしまっている事に気付いた。
(私……人を殺しちゃったんだね……)
改めて自分がやってしまった事の重大さを認識させられる。
だが、罪悪感は全く沸かなかった。そもそも、人とは簡単に信頼を裏切ってしまう生き物なのだ。
普段どんなに聖人君子のように振舞っている人間でも、裏では何を考えているか分からない。
良美の両親が、その典型的な例だった。
近所に対しては仲の良い夫婦のように振舞っているのに、家の中では泥臭い抗争を繰り返す。
特に母親は最悪だった。
父親の寵愛を受ける良美に対して烈火の如き嫉妬心を燃やし、あろうことか殺意すらも放つ始末。
そのような環境で生きてきた良美にとって、出会ったばかりの人間など信用出来る筈が無い。
ましてやこんな殺人ゲームの中で他人を信用するなど、絶対に有り得ない話だった。
(銃は手に入ったけど、これからどうしようかな……)
良美は考える。人は信用出来ないが――レオとエリカだけは、極力殺したくない。
一緒に生きて帰って、また笑い合って過ごしたい。このゲームの勝利条件は一つ、一人だけ生き残る事だ。
となると、レオやエリカと共に生還を果たすには選択肢は一つしか無い。
エリカ、レオ――それに杏の言っていた『一ノ瀬ことみ』と協力して、ゲームを破壊するのだ。
他人であることみを信用するのは気が進まないが、生きて帰る為には仕方がない。
まずはレオ、エリカ、ことみ、この三人を探し出して、脱出の手段を模索するべきだ。
当たり前だが、その三人と上手く出会えるとは限らない。
攻撃を仕掛けてくるような相手が現れたならば、容赦するつもりは微塵も無い。
手に入れた銃で応戦して、殺すだけだ。
しかし違ったタイプの人間――藤林杏のような、ゲームに乗っていない者と遭遇する事もあるだろう。
その時の対応は良く考えて行う必要がある。
藤林杏を殺したのは一種の博打だった。殺害現場を見られて、ゲームに乗っていると吹聴などされてしまっては最悪だ。
ゲームに乗っていると周りに認識されてしまった場合、もうレオやエリカすらも殺して、優勝を狙うしか無くなるだろう。
優勝して生き延びるというのも選択肢の一つにはあるが、それはあくまでも最終手段、極力避けたい事態だ。
にも関わらずリスクを犯して杏を殺したのは、最高の自衛手段である銃が欲しかったからだ。
目的を果たした以上、今回のような事はもう避けたい。
以上の事柄を踏まえると対応は自ずと定まってくる。他人は上手く騙して、利用できるだけ利用する。
何時裏切られるか分からないのだから、信頼する気などは毛頭無い。
あくまで捨て駒、自分やレオ達の命を守る為の捨石に過ぎぬ。
裏切りの兆候を見せたり、足手纏いになるようならば、容赦無く切り捨ててゆくつもりだ。
良美は生い茂る木々の間から僅かに見える月を眺めて、ぼそっと呟いた。
「対馬君、エリー……。一緒に帰って、幸せになろうね」
【E-5 森 /1日目 深夜】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:S&W M36(5/5)】
【所持品:支給品一式×1、S&W M36の予備弾15、スペツナズナイフ、錐】
【状態:健康、血塗れ】
【思考・行動】
基本方針:エリカとレオ以外を信用するつもりは皆無、ゲームに乗っていない者を殺す時はバレないようにやる
1:まずは小屋に移動して、返り血のついてない服を入手、着替える
2:エリカ、レオ、ことみを探して、ゲームの脱出方法を探る
3:他人は利用出来そうなら利用する
4:怪しい者や足手纏い、襲ってくる人間は殺す
5:最悪の場合、優勝を目指す
【備考】
杏の死体と支給品一式は現場に放置してあります
&COLOR(red){【藤林杏@CLANNAD 死亡】}
[残り61人]
|012:[[動く者、動かざる者]]|投下順に読む|014:[[親友]]|
|012:[[動く者、動かざる者]]|時系列順に読む|014:[[親友]]|
||佐藤良美|044:[[偽りの贖罪]]|
||&color(red){藤林杏}| |
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**信じるという事 ◆guAWf4RW62
(ったく、一体全体どうなってんのよ……)
深い闇と静寂に包まれた森の中、道なき道を一人往く少女の名は、藤林杏。
杏は必死に頭を働かして、自分が置かれている現状を把握しようとしていた。
目が覚めたと思ったら、全く見覚えの無い――薄暗いホールの中にいた。
そこに見知らぬ人物――タカノという名前らしい女性が現れ、『殺し合いをしろ』などという馬鹿げた事を、突然告げてきたのだ。
本当に……馬鹿げている。しかしあれが、人を驚かせて楽しむといった類のブラフで無いのは明らかだった。
何しろ自分と同じ推理を、眼鏡を掛けた少年が口にして――殺されてしまったのだから。
間違いなく自分は殺し合いに巻き込まれている。それを認めようとしなければ、あの眼鏡少年と同じ末路を辿る事になるだろう。
そこまで考えると、杏はどすんとその場に座り込んで、木の幹に背中を預けた。
思考を纏めないまま歩き回っても、状況は好転しない。これからの行動方針を定める必要がある。
(最後の一人になるまで殺し合えって? 冗談じゃないわよ……。そんなの出来る訳ないじゃない!)
熟考を始めた杏が、最初に思ったのはそれだった。
あのホールにいた時は気付かなかったが、名簿によるとどうやら朋也や陽平もこのタチの悪いゲームに参加させられている様子。
彼らと殺しあう自分の姿など想像出来ないし、したいとも思わない。
となると、必然的にゲームに乗らない方向で考えを進めていく事になる。
ゲームに乗らず、生還を果たすのは――どう考えても、自分一人の力では無理だ。
杏は自分の首筋に、ゆっくりと左手を這わせた。指の先に伝わる、硬く冷たい感触。
タカノの機嫌一つでこの首輪が爆発すると思うと、生きた心地がしない。
心臓を凍りついた手で鷲掴みにされているような、そんな悪寒が全身に奔る。
まずは――この状況をどうにか出来る人間を探す事だ。幸いにも杏には一人、飛び抜けた知識を持った知り合いがいる。
その者の名は一ノ瀬ことみだ。普段の間の抜けた様子からは想像もつかないが、ことみは紛れも無く天才である。
ことみなら、きっと何か良い打開策を編み出してくれるに違いない。
そして可能ならば岡崎朋也や春原陽平とも合流したい。
彼らは特別な技能こそ持っていないが、信頼出来るという点に関しては百点満点だ。
彼らがこんな馬鹿げたゲームに乗る訳が無い。それは絶対の自信を持って断言出来る。
これで、今後の方針はほぼ纏まった。まずは、知り合いと合流する。そしてみんなで協力して、タカノを懲らしめる。
あの女はいけ好かない――二度とこんな事をしないように、ボッコボコにしてやる。
ちゃんと落とし前をつけさせてから、悠々とこの島を脱出するのだ。
だが――運良く知り合いに会えるとは限らない。もし知らない人間と出会ったらどうする?
勿論、こんな馬鹿げたゲームに進んで乗るような人間などいないと思いたい。
しかし全員が全員、自分と同じように考えるとは限らない。
早々に脱出を諦め、殺人への禁忌を捨て去る者もいるかも知れないのだ。
「……ま、考えても仕方ないか。疑いだしたらキリが無いしね」
いつまでもウジウジと悩んでいるより、やるべき事が分かったなら素早く行動に移すべきだ。
それが杏が出した結論だった。
大きな溜息をついた後、杏はすくっと立ち上がる。続いてポケットをごそごそと漁って、銀色の物体を取り出した。
その物体は杏への支給品――S&W M36という名前の、小型の回転式拳銃だった。
この森の中に飛ばされた後、支給品だけはすぐに確認していたので、装弾も既に終わらせている。
こんな物を使うような事態は避けたいが、用心するに越した事は無いだろう。
杏はS&W M36をしっかりと握り締めると、二、三歩、足を進めて――後ろの方で、足音がしたのに気付いた。
「――――ッ!!」
心臓が張り裂けんばかりに鼓動を打っていたが、それでも即座に音のした方へ振り向き、半ば反射的に銃を構える。
それから音を立てた者の正体を確かめるべく、視線を送る。
「えっ、あのっ、そのっ……」
そこには、あたふたしている一人の少女、佐藤良美の姿があった。
一目見る限りでは敵意は感じられない。
それどころか今にも腰を抜かしそうな様子だったが――杏は油断無く銃を構えたまま、鋭い声で告げる。
「ねえ、あんた。こそこそと人の後ろで、何をしようとしていたの?」
「な……何って別に、人を見つけたから声を掛けようとしただけで……」
「じゃあ、その手に持ってるナイフは一体何に使おうとしてたのよっ!」
そう、佐藤良美の手には月の光を反射して微かな輝きを放つ、小さなナイフが握られていたのだ。
相手が武器を持っている以上、こちら側も警戒を解く訳にはいかない。
油断した瞬間に、襲い掛かられるという事だって考えられる。
杏はキッと良美の目を睨みつけて、それから口調を一層強めて言った。
「とにかく、すぐにあたしの前から消えて頂戴。じゃないと――」
「そのっ……ごめんなさいっ!」
杏の台詞が終わるのを待たず、良美が叫んだ。そして、
「――え?」
口を開けたまま、呆然とする杏。このキリングフィールドにおいて、武器は命綱のような役割を果たす。
それにも関わらず、良美はナイフをあっさりと投げ捨てていた。
* * *
数分後。杏と良美は警戒を緩め、地面に座り込んで肩を並べながら話し始めていた。
相手がナイフを投げ捨てた以上、必要以上に警戒するべきでは無いと、杏は判断したのだ。
勿論完全に信頼した訳では無いので、お互いの武器――S&W M36とナイフは、少し離れた地面に置いてある。
「佐藤良美、だっけ?話し掛けるだけのつもりなら、最初から武器なんて持たないでよね。寿命が一年くらい縮まったわよ」
杏が眉間に眉を寄せて、不機嫌そうにぼやく。すると良美は申し訳無さそうに、視線を地面へと落とした。
「ご、ごめんねぇ……。でも私だって、怖かったんだよ。いきなり殺し合いをしろなんて言われて、武器も持たずにいるなんて無理だよぉ……」
「あ……」
それで、杏の怒りは吹き飛んだ。そうだ――自分だって自衛の為に武器を持っていたではないか。
こんな危険な状況下で何も持たずに話し掛けろなど、理不尽極まりない要求だった。
「ごめん、そうだよね……。あたしが悪かった……」
「ううん、分かってくれたら良いよ。それより……情報交換しよ?」
良美は唇の端を上げて、にっこりと笑ってみせた。
そんな良美の笑顔を見て、杏は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(あたし馬鹿だ……。こんなに良い子なのに、疑っちゃうなんて……)
良美はナイフを持っていただけで、それ以上は何もしていない。先に武器を手放してくれたのだって、良美だ。
それなのに、自分は一方的に銃を向けて、相手が武器を手放した後も的外れな批判を浴びせてしまった。
自分への嫌悪感でいたたまれなくなって、杏はがっくりと俯いた。
「――藤林さん、どうしたの?何処か具合が悪いの?」
顔を上げると、良美が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「う、ううん、何でもないわ。それより話、始めよっか」
「――つまり、良美はそのエリカって人を探してるのね?」
「うん。エリーならきっと、タカノさんの裏を衝くような凄い作戦を考えてくれると思うよ」
それに、と付け加えて、良美は言った。
「私、少しでも早くエリーと会いたいもん」
良美はまた笑った。見る者全ての心を和らげるような、そんな暖かい笑顔だった。
今度は杏も素直に微笑み返して、それから言った。
「それじゃ、そろそろ行こっか? ことみやエリカ――それに、他の知り合いも探しにね」
良美が頷くのを確認して、杏はぐっと身を起こし鞄を持ち上げる。
何故か自分の身体が、凄く軽く感じられた。
杏はこの島で生き抜くにあたって、確かな手応えを感じていた。
いきなり、ゲームに乗っていない人間と出会えたのは、間違いなく僥倖だ。
勿論まだ最初の一歩を踏み出したに過ぎないし、不安要素は数え切れない程ある。
全ての参加者に例外無く装着されているであろう首輪をどうにかしない限り、生きて帰る事は叶わない。
地図を見る限り、今自分達がいるのは孤島だ。脱出する為には乗り物も必要になるだろう。
それに得体の知れない現象も気に掛かる。タカノが合図した途端、ホールにいた者達が一人、また一人と消えていったのだ。
気付いたら自分も、暗闇に支配された森の中へ飛ばされていた。
あんな事は現代の科学では到底不可能だ。
それでも――良美や他の皆と力を合わせれば、きっと何とかなる。
杏はそう信じていた。
(待っててね、椋。あたし達、絶対に生きて帰るからね)
決意を胸に秘めて、杏は地面に置いていたS&W M36を拾うべく歩き出す。
「――――ッ!?」
そこで杏は突然、背中に灼けつくような熱い感触を覚えた。
がはっ、と呻き、息と――大量の赤い血を吐き出した。
脳に伝わる痛みという名の、圧倒的なノイズ。それは正常な判断力を全て押し流す、無慈悲な津波であった。
「あああああああっ!!」
杏が悲痛な叫び声を上げて、背中の傷口を押さえようと身をくねらす。
そこに掛けられる、ゾッとするような冷たい声。
「……初めて知ったよ。人間って、一度背中を刺された位じゃ死なないんだね……」
声の主、佐藤良美は隠し持っていた武器――錐を大きく振り上げて、杏の背中に勢い良く突き刺した。
「ひぎぃぃぃぃぃっ!」
杏が絶叫する。良美は杏の肩を掴んで、何度も何度も、彼女の背中を抉ってゆく。
良美がぐいと腕に力を入れて引っ張ると、杏の身体が地面に叩きつけられた。
良美は素早く馬乗りの体勢を取ると、片方の手で杏の顎を強く掴んだ。
杏は目前に迫る死を見据えながら、最後の力を総動員して喉の奥から声を絞り出した。
「よ……し……み…………、どう……して……」
その問い掛けに、良美は目尻をきっと吊り上げて、凍りつくような声で答える。
「私、嫌いなんだ――貴女みたいに、簡単に人を信用する能天気な馬鹿はね。支給品は複数あるかも知れないっていうの、忘れてたの?
大体さ、銃を持ってる相手に正面から戦いを挑む人なんている訳ないじゃない。普通は私みたいに無抵抗を装って、騙まし討ちを考えると思うよ?」
驚愕に杏の目が見開かれる。何の事は無い――自分は、完全に騙されていたのだ。
良美が天高く錐を振り上げる。それは確実に、杏の命を奪い去るだろう。
ようやく杏は痛みを忘れ去って、ただ一つの感情――死への絶対的な恐怖と直面した。
「い、やだ…………たす……け……て……」
良美は一度目を閉じて、それから静かに目を開けて、口元を妖しく吊り上げた。
「だーめ♪」
普段と何も変らぬ穏やかな表情のまま、良美が錐を振り下ろす。
錐が杏の喉を一気に突き破り、良美の手に嫌な感触が伝わった。
杏の身体がびくんびくんと痙攣したが、もう一度錐を突き刺すとそれはあっさりと止まった。
良美はゆっくりと錐を引き抜いて、それについた血を服の袖で拭い、立ち上がった。
それからもう杏の死体には一瞥もせず、少し歩いてS&W M36とナイフを拾い上げる。
その時に初めて、自分の手が返り血に塗れてしまっている事に気付いた。
(私……人を殺しちゃったんだね……)
改めて自分がやってしまった事の重大さを認識させられる。
だが、罪悪感は全く沸かなかった。そもそも、人とは簡単に信頼を裏切ってしまう生き物なのだ。
普段どんなに聖人君子のように振舞っている人間でも、裏では何を考えているか分からない。
良美の両親が、その典型的な例だった。
近所に対しては仲の良い夫婦のように振舞っているのに、家の中では泥臭い抗争を繰り返す。
特に母親は最悪だった。
父親の寵愛を受ける良美に対して烈火の如き嫉妬心を燃やし、あろうことか殺意すらも放つ始末。
そのような環境で生きてきた良美にとって、出会ったばかりの人間など信用出来る筈が無い。
ましてやこんな殺人ゲームの中で他人を信用するなど、絶対に有り得ない話だった。
(銃は手に入ったけど、これからどうしようかな……)
良美は考える。人は信用出来ないが――レオとエリカだけは、極力殺したくない。
一緒に生きて帰って、また笑い合って過ごしたい。このゲームの勝利条件は一つ、一人だけ生き残る事だ。
となると、レオやエリカと共に生還を果たすには選択肢は一つしか無い。
エリカ、レオ――それに杏の言っていた『一ノ瀬ことみ』と協力して、ゲームを破壊するのだ。
他人であることみを信用するのは気が進まないが、生きて帰る為には仕方がない。
まずはレオ、エリカ、ことみ、この三人を探し出して、脱出の手段を模索するべきだ。
当たり前だが、その三人と上手く出会えるとは限らない。
攻撃を仕掛けてくるような相手が現れたならば、容赦するつもりは微塵も無い。
手に入れた銃で応戦して、殺すだけだ。
しかし違ったタイプの人間――藤林杏のような、ゲームに乗っていない者と遭遇する事もあるだろう。
その時の対応は良く考えて行う必要がある。
藤林杏を殺したのは一種の博打だった。殺害現場を見られて、ゲームに乗っていると吹聴などされてしまっては最悪だ。
ゲームに乗っていると周りに認識されてしまった場合、もうレオやエリカすらも殺して、優勝を狙うしか無くなるだろう。
優勝して生き延びるというのも選択肢の一つにはあるが、それはあくまでも最終手段、極力避けたい事態だ。
にも関わらずリスクを犯して杏を殺したのは、最高の自衛手段である銃が欲しかったからだ。
目的を果たした以上、今回のような事はもう避けたい。
以上の事柄を踏まえると対応は自ずと定まってくる。他人は上手く騙して、利用できるだけ利用する。
何時裏切られるか分からないのだから、信頼する気などは毛頭無い。
あくまで捨て駒、自分やレオ達の命を守る為の捨石に過ぎぬ。
裏切りの兆候を見せたり、足手纏いになるようならば、容赦無く切り捨ててゆくつもりだ。
良美は生い茂る木々の間から僅かに見える月を眺めて、ぼそっと呟いた。
「対馬君、エリー……。一緒に帰って、幸せになろうね」
【E-5 森 /1日目 深夜】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:S&W M36(5/5)】
【所持品:支給品一式×1、S&W M36の予備弾15、スペツナズナイフ、錐】
【状態:健康、血塗れ】
【思考・行動】
基本方針:エリカとレオ以外を信用するつもりは皆無、ゲームに乗っていない者を殺す時はバレないようにやる
1:まずは小屋に移動して、返り血のついてない服を入手、着替える
2:エリカ、レオ、ことみを探して、ゲームの脱出方法を探る
3:他人は利用出来そうなら利用する
4:怪しい者や足手纏い、襲ってくる人間は殺す
5:最悪の場合、優勝を目指す
【備考】
杏の死体と支給品一式は現場に放置してあります
&COLOR(red){【藤林杏@CLANNAD 死亡】}
&COLOR(red){[残り61人] }
|012:[[動く者、動かざる者]]|投下順に読む|014:[[親友]]|
|012:[[動く者、動かざる者]]|時系列順に読む|014:[[親友]]|
||佐藤良美|044:[[偽りの贖罪]]|
||&color(red){藤林杏}| |
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