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「Sacrifice of maiden」(2007/11/03 (土) 16:44:12) の最新版変更点
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**Sacrifice of maiden ◆Qz0e4gvs0s
痛む傷口を押さえ、静かに放送を確認していた乙女は、目の前の景色が歪むのを感じた。
肉低的な痛みなら堪えられるが、精神的な痛みは抑え切れるものではない。
だが、乙女は必死でそれを飲み込んだ。吐き出すのは容易いが、それは今すべき事ではない。
(レオ……)
仇をとろうとは思わない、自分の良く知る可愛い弟ならば、それは望まないだろう。
彼ならば、這い蹲ってでも自分で借りは返す。
(今考えるのは傷の治療とあゆを護る事だ)
そんな心の揺れに気付かないあゆは、一生懸命に乙女に肩を貸して歩き続けていた。
もちろんあゆとて殺し合いは怖いし、出来る事ならば誰もいない所で隠れていたい。
けれど、今はそんな後ろ向きな考えは捨てて病院を目指している。
あゆには乙女を助ける事と、往人を説得する責務があるのだ。
と、乙女があゆの肩から離れ、目の前の建物からあゆを庇うように立ち塞がる。
「っ、……そこにいる奴、私達は戦うつもりはない。出てきてくれると助かる」
「っくぅ、いや、あだだ、お見事ですね」
建物の陰から出てきたのは、青い顔をした小太りの男。
驚いたのは、右肘から先が無くなっており、血がゆっくりと零れ落ちている事だった。
「お、おじさんどうしたの!?」
「い、いやぁ~、なははッぐゥ、ちょッと、は、められましてね」
駆け寄って心配するあゆに対し、小太りの男は苦笑いを浮かべた。
「そちら、さん、ぉがッ、も、ッゥ~、ひ、酷いご様子……で」
「そちらも、な。私は鉄乙女。彼女は月宮あゆだ」
「こ、これはァ、はぁはぁッ、私、あ~、お、大石蔵人です」
大石と名乗った男は、なぜか名前の前で少し躊躇ったが、二人はそれに気付かない。
「びょ、病院に、と、ぅごっふ、思ってるん、ですが」
咳き込みふらつく大石の言葉に、あゆが乙女の目を見る。あゆが何を言いたいのか乙女には解かった。
「大石さん! ボク達も病院に行くところなんです。良かったら一緒に行きませんか?」
「え?」
あゆの申し入れに困惑する大石。そして、遠慮するように言葉を返した。
「私が、っヅ、言うのもッ……はぁっはぁ、なん、ですが、こんな男、しんよ、う、なさるんで、すか?」
「だって――」
少し前のあゆだったら逃げ出していただろう、だが今はそんな事はしない。
「怪我してる人を放っておけないよ!」
一度乙女のもとに戻り彼女に肩を貸すと、反対側の肩で大石を支えた。
「ね」
その笑顔に、大石の青い顔が少しだけ赤みを取り戻した様に見えた。
「お嬢、さん、んッ」
「だ、大丈夫ですか?」
礼を言おうとした大石だったが、痛みで上手く呂律がまわらない。
ある程度警戒を解いた乙女は、大石の傷を見ながら質問を投げかけた。
「その傷……誰にやられた?」
言葉の中に、戦って出来た傷かそうでないかを探る匂いを漂わせて。
その真意を感じ取った大石は、弁明するでもなくただ事実を述べる事にした。
「いえ、ぐぅ……はめ、られた、ようです」
「なに?」
あまり予想していなかった答えに乙女の眉があがる。
真ん中に挟まれたあゆも、意味が分からず大石に答えを求める。
「島を探索、して、たんですが……はぁ、途中ハクオロって男に、ああ、会いましてね」
その時の状況を思い出して苦虫を潰した様な表情を浮かべる。
「銃を、わた、されたんです。暴発、するよう、しくっ……しくん、だ、銃をね」
「それじゃあ、そのハクオロって人はまさか」
怪我をした大石に同情してか、あゆはやるせない気持ちになる。
乙女も、戦場とは言えそういった卑怯な手口は好きではない。
「この殺し合いに乗っているのだろうな」
もしかしたら、レオを殺したのはその男かもしれない。
当っていても、外れていても嬉しくない可能性だった。
(レオ……お前の意思は私が引き継ごう)
涙は流さず、心の中で強く誓う。それがレオに対する乙女なりの手向けだから。
◇ ◇ ◇ ◇
千影とまた会う約束を交わし、名雪は住宅街を目指していた。
だが、まだ他の人間と出会う事に抵抗のあるのか、病院を経由せず線路を渡って住宅街を目指していた。
確かに早く祐一に会いたいが、出会う人がみんな千影みたいな人だとは思っていなかった。
現に、定時放送で多くの死者の名が挙げられたのがそれを物語っている。
みな手を取り合える人間ならば、死者など出ないはずなのに。
誰にも気付かれないように、けれど住宅街も探索できるように……そんな矛盾を抱えていた。
(祐一~)
まだ眠い目を擦り、音を立てないように獣道を進んでいた。
鳥が囀ったり、木々がざわめくたびにメスを握り締め身構える。
警戒しながら歩き続ける事は、日常に漬かっていた名雪の精神を削り取っていく。
せめて誰か一緒にいればここまで神経質になる必要はない。
けれども、その相手がいつ自分を襲うかも判らないのだ。
そしてそれは、認めたくはないが自分の家族や友人にも全て当てはまる。
昔から好きだった祐一は、乗っていないと信じられる。
祐一を通じて仲良くなったあゆも、きっと大丈夫。
そして祐一の友達である北川も、殺し合いなどには乗らないだろう。
その信じる気持ちは、絶対とは言い切れないという本音が優しく囁く心を押さえ込む。
誰かに会いたいけれど、誰にも会いたくはない。
知り合いに会いたいけれど、知り合いを信じきれない。
そんな気持ちを何時間も抱えながら、過ごしてきた。
近くにあった小屋に気付かないまま、いよいよ住宅街の近くまで来たところで人影に気付く。
(あれは)
知らない男と女の間に挟まれているのは、良く知る少女その人だった。
心のどこかで警報が鳴る。彼女はこの殺し合いに乗っていないだろうかと。
だが、この島に来て初めて知り合えた喜びは、警戒という名の壁を簡単に崩す。
少なくとも遠目から見れば、三人から伺える雰囲気は殺伐とはしていなかった。
意を決し、駆け足で手を振りながら三人のもとへと近付く。
「あゆちゃーーーん!」
「な、名雪さん!」
雑木林のほうから響く名雪の声に気付いたあゆは、嬉しさを前面に出して名雪の名を呼んだ。
嬉しそうに手を振り、こちらに駆け寄ってくる。出来れば今すぐこちらも走って行きたい。
「あゆ……あの少女が水瀬名雪か?」
「うん!」
声を聞いた時は、いつでも戦闘に移れるよう身構えていた乙女だが、取り越し苦労となった。
大石のほうも、あゆの態度を見て問題なしと判断したらしい。
三人の眼前まで来た名雪は、あゆの手を握ろうとしたが両側の二人を支えているのを見てやめた。
再開を祝って手を取りたいが、それは落ち着いてからすればいい。
「無事でよかったよぉ~」
「うぐぅ。名雪さんも~」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、二人は再会を喜ぶ。
ある程度喜びを分かち合ったところで、知らない女性が咳払いをした。
「すまん。再開を喜ぶのはいいが、私達は怪我をしていてな」
改めてみると、男も女も顔色がよくない。男に至っては右腕が半分なくなっている。
「私は鉄乙女。良かったら名前を教えてくれ。ああ、すまんが歩きながら頼む」
凛とした声に、なぜか姿勢を正して一緒に歩き出してしまう。
「あ、はい。わ、私水瀬名雪です」
こうして、四人は情報交換を行う事となった。歩きながらお互いの事情を伝える。
良く知っているあゆに、頼りになりそうな乙女、男という事で頼りになりそうな大石。
名雪は一気に仲間が増えた事を素直に喜んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
商店街から離れた良美は、早く新しい駒を見つけるため移動を開始していた。
あの殺し合いで、飼い慣らせそうな手駒を捨てる事になったのはもったいないが仕方ない。
着実に人が減っているなか、次の駒を探すのは段々厳しくなっていく。
だから、次に目指したのは当初目標としていた学校だった。
(ある程度人数がいれば駒も揃いやすいし、駄目なら集団崩壊させればいいかな)
考えをまとめながら歩いていると、目の前から5人の集団が近付いてくるのが見えた。
向こうが気付かぬうちに物陰に隠れようとしたが、その中の一人に見覚えがあったので近寄る事にした。
「鉄先輩!」
声をかけ走り寄ると、乙女を除く三人が警戒の表情を顔に出す。
だが、乙女は三人に大丈夫だとアピールすると、腹部を抑えて歩み寄ってきた。
「良かった……鉄先輩に会えて」
「佐藤もよく生き残った。しかし、その格好は……」
「こ、これは」
恥じらいを装い返答を濁す。こうすれば、深く聞いては来ないと考えていた。
適当な会話なら良いが、下手に圭一達の情報を与えるつもりはない。
「く、鉄先輩こそ、その怪我はどうしたんですか?」
「これは、油断してな……だから、治療のため彼らと病院に向かうところだったんだ」
この位置からでは、川を挟んだ病院に向かうため商店街を経由する可能性は高い。
線路を下るルートなら問題ないが、住宅街にいる以上可能性は低い。
死体のある場所に、四人を南下させるわけには行かなかった。万が一商店街を経由すれば二人と会ってしまう。
良美個人が会うだけなら問題はないが、乙女を引き合わせて良い事など一つもない。
意を決して、良美は嘘をついて進行を妨げた。
「私、病院から逃げてきたんです」
「なに!?」
岡崎をモデルにして、真実と嘘を織り交ぜつつ良美は病院から逃げてきた事をアピールした。
その事実に驚きを隠せない乙女。後ろの面々も、困ったような表情を浮かべていた。
「ならば、商店街にあるだろう薬局で何とかするしかないか」
「駄目ですよ! あの男がこっちに来ているかもしれません!」
「そ、そうだよ乙女さん!」
後ろの少女が、背中から乙女を押し留める。
振り払うわけにもいかず、乙女は薬局へ向かう勢いを静めた。
「でも、治療しないと乙女さんも大石さんも大変だよ?」
「そ、そうですね、はぁはぁ……そろそろ、私もマズ、いかも知れません」
もう一人の少女と小太りの男が、良美に意見する。
「はい。そこで私に考えがあります」
四人の注目を浴びて、良美は優しく微笑みかける。
「私が薬局まで行って薬を取ってきます」
その言葉に最初に驚いたのは乙女だった。
「いかん佐藤! お前一人では危険だ……ぐぅ」
力んで腹部の痛みが強くなったのか、乙女は顔をしかめる。
「だって、鉄先輩はそんな怪我だし……えっと」
チラッと後ろの面々を見る。
「あ、ああ。お、大石です」
「月宮あゆです!」
「み、水瀬名雪……」
名乗りを挙げた三人に微笑み返すと、考えていた内容を全員に告げる。
「佐藤良美です。鉄先輩と大石さんは怪我しているから除外、二人を見守る人間が必要だから、その人も除外」
「あれ、一人余るね?」
あゆと名乗った少女が首をかしげる。そこに、良美は言葉を続けた。
「もう一人にも怪我した二人を見守って欲しいの。一人だと何があるか分からないし……
それに、襲ってきた男の顔がわかるのは私だけ。だから、危ない時にはすぐ逃げられるよ」
彼女達の手を握って安心である事と証明する。そんな良美に、乙女は頭を下げる。
それにつられて、あゆと名雪も頭を下げた。一人、大石だけは笑いながらこちらを見ていた。
「すまん佐藤……だが、無理はするなよ」
「大丈夫ですよ。それじゃあ、皆さんはあそこの民家で休んでいて下さい」
指差した民家は、ごく一般的な平屋の建物だった。
確かに、路面で帰りを待つより建物で体を休めたほうが良いだろう。
「あと、もしかしたら商店街にみなさんの知り合いがいるかも知れません。良ければ教えていただけますか?」
良美の質問に、あゆと名雪は口を揃えて相沢祐一の名前を挙げる。話を聞く限り利用出来そうな男で喜ばしい。
そして驚いたのは、大石と名乗る中年と前原圭一が繋がっていた点だ。
(今から圭一君を消すのは無意味だけど、下手に合流されたら私の嘘がばれちゃうな)
大石の視線は、良美にとってあまり良いとは思わなかった。
あゆや名雪に向けている視線と違い、良美に向けられている視線はどこか気に入らない。
けれど、聞き出せた情報は中々に面白かった。
彼の話を真に受けるならば、赤坂衛という人物は大いに利用価値のある男となる。
そして最後に、ハクオロなる仮面の男。これだけは警戒しないと危険だ。
あらかた情報交換し終えると、最後に駄目でもともとな願いを投げかける。
「そう言えば、誰か服とか支給されませんでしたか?」
その疑問に名雪がゆっくりと手を挙げる。
「あ、私支給されたよ」
そう言ってデイパックから取り出したのは巫女服だった。
良美は苦笑いを浮かべるが、今の服よりもだいぶマシだ。遠慮がちに名雪にねだってみる。
「良ければ、私に譲って貰えないかな?」
「あ。うん。どうぞ」
疑問も持たず、名雪は良美に服を手渡す。今着替えるわけにもいかないので、それをデイパックに詰め込んだ。
「じゃあ佐藤。くれぐれも気をつけてな」
励ましの言葉を述べた乙女を先頭に、大石と名雪が民家へと向かう。
「あ、あ~佐藤さん、私、苦いお薬、って、嫌いでし、てね……」
「大石さんは怪我人なんだから、好き嫌いは駄目ですよ~」
大石は何か言いたげだったが、隣で支えていた名雪が促したため背を向けて去っていった。
そして、一番最後に残ったあゆを良美は小声で呼び止める。
「月宮さん……で良いかな?」
「あ、うん。あゆで良いよ」
すっかり友好的なあゆに対し、良美は社交的な笑顔で言葉を続けた。
「呼び捨てだと何だから、あゆちゃんって呼ぶね。それであゆちゃん、渡しておきたいものがあるんだ」
「?」
良美はデイパックから透明な500ml非常用飲料水を取り出す。
あらかじめ、赤い警告の文字が入ったラベルをはがしておいた。
「私の支給品でね。怪我に良く効くって書いてあるから、あの二人に飲ませてあげて」
「え、でもどうして?」
不思議そうに、なぜ最初から乙女に渡さなかったのかと言いたげな表情を見せる。
そんなあゆの耳に、こっそりと嘘を打ち明ける。
「乙女先輩って、臭いの強い飲み薬苦手なんだ。大石さんも、苦い薬は嫌だって言ってたでしょ」
「あ、うん」
「だから……ばれない様にこっそり。ね」
あゆの手を握り友達に用事を頼むように綺麗な声で止めを刺す。
このあゆならばともかく、大石という男がこのままコップに出して飲むかは不確定だ。
なら、臭いや違和感を消し去るお膳立てが必要だろう。
「血を失ってるなら、肉とか食べさせてあげると良いよ。その時に、お茶にでも混ぜて出してあげてね」
肉類はどう調理しても臭いが出る。それに、食事と一緒にコップが並んでも不自然ではない。
そんな細かい配慮を知らず、あゆは良美の手を元気一杯振るった。
「ありがとう! 佐藤さんも気をつけてね!」
ペットボトルを自分のデイパックにしまい、3人のもとへと向かう。
最後にこちらを向いて大きく餌を振ってきた。それを、笑いながら手を振り返す。
(ふふ。馬鹿な子)
あゆと結んだ手をハンカチでふき取り、本当の笑みを心に隠す。そして良美は商店街の方向に足を向けた。
だが、ある程度歩いたところで曲がり角を曲がり、来た方向に戻り始めた。
(残念ね。薬は永遠に届かないわよ……)
先程の場所を大きく迂回し、4人の入った民家を監視できる場所で待機する。
失敗するとは思わないが、念には念を込めておく。
◇ ◇ ◇ ◇
民家にあがり、名雪とあゆは初めに寝室らしき所を探し出した。
入ってみるとシングルベットが三つあり、大石も余裕で寝られる。そこに乙女と大石を慎重に運び込む。
一番奥に乙女、真ん中には大石を寝かせる事にした。頭側の壁にはコルクボードが掛かっている。
余った入り口付近のベットに、それぞれのデイパックや荷物を置いておく。
薬が届くまでやれる事はたくさんある。まずあゆは家に備えてあった救急セットを探した。
その間、名雪は洗面所で乾いたタオルと濡れタオルを何本かこしらえる。
持ってきた救急セットに入っていた痛み止めを飲ませ、包帯とガーゼで傷口を清潔にする。
二人とも酷い怪我のため、家に備えてあったガーゼや包帯はすぐにそこをつきてしまう。
そのため、名雪は近くの民家に行って包帯をかき集めてくると言い出した。
あゆは、心配そうな顔で玄関へ向かう名雪を見送る。
「うぐぅ……やっぱり危ないよぉ」
「へっちゃらだよ。あゆちゃんこそ、二人をよろしくね」
玄関の扉を開け、家から出て行く名雪。
先程までのあゆ達に会う前の、怯えた名雪からは想像も付かない状態の変化だった。
彼女を駆り立てるのは、乙女と大石を助けたいという気持ちから来ている。
千影以外に初めて出来た仲間達の存在は、それほど大きかったのだろう。
そんな名雪を送り出し、あゆは二人の休む寝室に戻る。
寝室では乙女と大石が今後の方針を打ち出していた。
その会話を邪魔しないように、乙女の汗を拭いたり大石の背中をさする。
そして、最後の包帯で大石の腕をしっかり巻き終えると、突然立ち上がった。
「乙女さん、大石さん。お腹すいてませんか?」
「……確かに、昨夜から何も食べていないからな」
「わ、わたしも、っぁ、歩きど、どおし、でした」
その言葉にあゆは顔を輝かせる。
「じゃあ、ボク何か用意してくるよ!」
「頼む。あ~……あればで構わんから、優先的に肉類など探してくれないか」
「そ、そう、ですねぇ~。血が、かなり、はぁ……無くなってますから」
乙女の腹部に巻かれた包帯も、大石の腕に巻いた包帯も真っ赤に滲んできている。
どちらも想像以上に出血しているのは、素人のあゆでも解かる。
「うん! 任せてよ!」
力強く頷いて、寝室から駆け出して出て行く。
なぜかデイパックを持って出て行ったが、慌てていたのだろうと乙女は納得した。
そんなあゆを送り出した乙女は、先程中断した話を再開させる。
「つまり、そのハクオロと言う男と一緒に居たのが」
「神尾、観鈴……です、ね」
大石との会話の要点をメモし終えた乙女は、それをテーブルの上に置く。
あゆに教えてやりたいが、そろそろ意識も朦朧としかけている。
だから、万が一の事を考えてメモを残す事にしたのだ。
≪オウムも参加者。念のため注意 ――鉄乙女≫
≪国崎往人の探す神尾観鈴は、ハクオロなる仮面の男と一緒 ――鉄乙女≫
≪赤坂衛は刑事。信頼できる数少ない男 ――大石蔵人≫
≪双葉恋太郎、一之瀬ことみ、時雨亜沙は殺し合いに乗っていない可能性あり ――大石蔵人≫
≪前原圭一と古手梨花は一度死んでいる ――大石蔵人≫
簡潔に書いたメモを、頭の上にあるコルクボードに貼り付けた。
「出来れば、口頭で伝えたいものだ」
「なはは」
お互いの顔色が青くなっているのに苦笑しながら、二人は体を休めるため横になった。
◇ ◇ ◇ ◇
台所の冷蔵庫を開けながら、あゆは素直に感心していた。
(佐藤さんって凄いなぁ~。肉が食べたいって事まで当てちゃうんだもん)
寝室での二人の注文は、直前に良美から聞いていた内容とほぼ同一。
あゆの中で、良美の株はうなぎ登りだった。と、デイパックからペットボトルを取り出し冷蔵庫にしまう。
本当の中身を知らないあゆは、上機嫌に冷蔵庫の中を探った。
練習したものの、料理の腕はまだまだ半人前。それに、なるべく時間が掛かるものは避けたい。
冷蔵庫からハムを取り出すと、今度は冷凍庫を覗き見る。
「ピザに、焼き鳥にハンバーグだ! あ、鯛焼きは~……うぐぅ」
頼まれた肉類は見つかったが、好物の鯛焼きはどこにも無かった。
「お米は無いけれど、これだけあれば十分だよね」
火に掛けて解凍できる物は水を張った鍋に、レンジが必要なものはまとめて放り込んだ。
その合間に、棚から水出し様の麦茶パックを取り出し麦茶を作る。
冷蔵庫から、冷やしておいたペットボトルを取り出す。
(あまり薄くしないほうがいいのかなぁ)
ボトルの蓋を開けるが、特に臭いなどする気配はない。
飲んでみたいが、せっかく良美がくれたものを味見するのも気が引ける。
だから、指示通り薬が乙女達に判からないよう、ボトルに折りたたんだ薄い麦茶のパックを詰め込む。
「これなら、薄めるわけじゃないし臭いとかも平気だよね」
やがて透明から茶色へと変わるのを確認すると、二つのコップに注ぎ込んだ。
同時にレンジも軽快な音を鳴らして、中の焼き鳥とピザが温まったのを告げる。チーズとタレの匂いが食欲をそそる。
また鍋も沸騰して、取り出した中のハンバーグが湯気を立て顔を出す。
それらを二枚の皿にまとめて、お盆に載せる。薬を入れたコップも忘れない。
こぼさないように、ゆっくり運ぶ。危なっかしい場面もあったが、なんとか寝室まで到着する。
「お待たせしました~」
あゆの声に、横になっていた乙女と大石が、体を労わる様に起き上がる。
出血はまだあるようで、滲んだ血がベットにも付着していた。
「あ、二人ともベットにいて良いよ~」
這い出てこようとした乙女をベットに戻し、その手に食べ物を盛った皿を渡す。
コップはサイドテーブルにそれとなく置いてみた。
その後、片腕の使えない大石のもとへ皿を運ぶ。
乙女と同じように渡されるものだと思い込んでいた大石は、あゆが大石のベットに座り込んで不思議に思う。
だが次の行動で、あゆが何をしたいのか即座に理解した。
「あ、あのぉ~つ、月宮さん?」
「駄目だよ大石さん。あーん」
苦笑いを浮かべる大石の口に、スプーンを差し出す。隣で見ていた乙女は、思わず吹き出してしまう。
なんとか自分で食べられるとアピールするが、あゆは断固として譲らなかった。
そして数秒後には、照れながら口を開く大石の姿がそこにあった。
「ふむ。高望みはしていなかったが、これはありがたいな」
「え、ええ。そう、ですね」
「うぐぅ……料理出来なくてごめんなさい」
泣きそうになるあゆに、乙女は笑って弁解する。
「違うぞあゆ。私が言っているのは、この状況下で肉が食べられる事を高望みしていなかったと言う事だ」
「え?」
大石にスプーンを差し出すあゆを見つる乙女は、温かい目をしている。
「お前には感謝している」
大石も、乙女と同じような瞳であゆを見ていた。
なんだか恥ずかしくなったあゆは、誤魔化すように二人にコップの麦茶を促す。
食事もあらかた済んでいたためか、大石は疑問を持たずに動く方の左手でサイドテーブルからコップを手に取る。
シンクロしたように、乙女も喉を潤すためコップを手に取る。
そしてほぼ同時に、二人はコップを一気に傾け……それが合図だった。
喉を押さえだ苦しみだした二人は、口に含んでいた麦茶を赤く染めて吐き出す。
大石から吐き出された麦茶と思えないぬめった液体が、あゆの顔に飛び掛かる。
「え? ぁれ?」
そして、状況が把握できないあゆの背後の扉がゆっくりと開く。
周辺の民家から包帯やガーゼを集めていた名雪は、予想以上に時間が掛かって不安になっていた。
(あゆちゃん、二人の看病出来てるかな)
早く怪我した二人やあゆのもとに戻り、自分も看病してあげたい。
それに、誰かのためとは言え一人で走っているのは正直怖いものである。
だからこの一仕事が終わり次第、名雪はみんなの傍で安心したかった。
そんな事を考え玄関の戸を開けると、中からは芳ばしい匂いがしてきた。
どうやら、食事の用意でもしたらしい。
(そう言えば、私まだご飯食べてないよぉ~)
お腹をさすり、名雪は寝室へと足を急がせる。仲間は扉の向こう側だ。
だが、扉を開けようとした瞬間、部屋の中から二つの呻き声が挙がる。
(え? な、なに?)
ドアノブに手を掛けた体が硬直する。名雪は音を立てないよう、ドアを少し開けた。
隙間から飛び込んできた光景は、一瞬では理解できなかった。
口から血を流す大石と、それを押さえつけるようなあゆの姿。
なにより意味が分からないのは、あゆの顔に掛かった誰かの血。
と、あゆに押さえつけられている大石と目があった。
(タ・ス・ケ・テ?)
名雪には、大石の口がそう動いたように見えた。そして、こちらに手を伸ばしながら事切れた。
手を伸ばした先を確認するため、あゆは静かに後ろを振り返る。
「ひっ!」
ただ一人無傷だった少女を見て、包帯やガーゼを落としてしまう。
「な、ゆき……さん?」
あゆの顔もそうだが、服にも血がべったりと付着していた。
こんな大量の血を浴びる状況がどうやって出来上がるのか、名雪は考えたくなかった。
あゆを視界に捕らえたまま、乙女の方も確認する。
彼女も、大石とほとんど同じような状態で事切れていた。
苦悶の表情で天井を仰ぎ、口から血を吹き出す所まで一緒である。
名雪の心に新しく出来た仲間の面影が、血で覆いつくしたように染まって消えていく。
最後に残ったのは、血まみれでこちらを見つめるあゆだけだった。
「あ、あの、名雪さん」
赤く染まったあゆの両手は、名雪に更なる衝撃を与える事となる。
その不気味な光景に絡め取られたのか、逃げ出そうにも体が動かない。
この二人を殺したのはあゆではないかという、認めたくない結論が足元まで迫ってくる。
そして、恐怖を疑惑に決定付けたのはあゆの表情だった。
(なんであゆちゃん泣いてないの?)
仲間だったはずの二人が死んだのに、あゆは泣き叫ぶ事無く平然としていた。
仮にあゆが悲鳴をあげていたのならば、名雪とて外部犯の可能性を考えた。
だが、彼女は名雪が居ないと思っていたのか悲鳴をあげなかった。
つまり、あゆはこの事態を想定していた事を物語っている。
必死に自分の見解を組み立てる名雪の視界に、近くまで迫っていたあゆが飛び込む。
名雪が考えている間に一歩一歩近付いていただけなのだが、そうとは知らない名雪は怯えて突き飛ばす。
冷静になる事が出来ない緊迫した精神状態では、あゆが襲い掛かってきたとしか見えない。
(にげ、なきゃ……)
気が動転した名雪は、部屋を出るのを忘れ転がるように部屋の奥へと走り出す。
逃げるつもりだったはずが、慌て過ぎて逃げ場のない場所を選んでしまう。
けれど、運は彼女を見放してはいなかった。
名雪の傍で死んでいる乙女の隣に、槍が立てかけてあったから。
ポケットにしまったメスでは頼りない。けれどこれならば牽制できる。
手に持った槍の重さに驚くが、勇気を振り絞ってあゆに向かい合う。矛先を向けたまま。
◇ ◇ ◇ ◇
あゆは、二人の死体と槍を構える名雪を交互に見て混乱していた。
(なんで? 何がどうなってるの?)
涙を流すという思考より、現状を把握しなければと言う気持ちが優先される。
けれど、考えても考えても答えが導き出される事はなかった。
助けを求めるように、部屋の隅で槍を構える名雪に手を伸ばした。
「来ないで!」
その叫びは、あゆを転倒させるほど鋭かった。
「ど、どうしたの名雪さん」
尻餅をつきながら、あゆは名雪を見上げた。彼女は、なぜこちらに槍を構えているのだろうか。
そろそろと立ち上がり、あゆが右に移動すると、槍の先端も右を向く。
元の位置に戻ると、槍もまた元の位置に戻った。
ここに来て、名雪が武器を突きつけていると言う事実を認めた。
「お、落ち着いてよ名雪さん」
恐る恐る、手を伸ばして理解を得ようとする。
だが、差し出された手を目掛けて名雪は無我夢中に槍を突き出した。
「お願い! 来ないで!」
「ぅわあッ」
再び尻餅をついてしまう。それに気付かぬまま、名雪は槍を振り回し続けた。
「どうして!? どうしてそんな事するの!?」
「それは私が聞きたいんだよ! どうして二人を殺したの!?」
「え」
「なんで二人とも同じように死んでるの? なんで二人とも抵抗しなかったの?
なんで誰もいた形跡がないの? なんで……なんであゆちゃんだけは無事なの!?」
「ぁ」
求めていた答えの一つは与えられた。けれど、それは決して望まない答えだった。
「ねえ! 犯人がいるって言ってよ! お願いだから!」
名雪は大粒の涙を零しながら、すがる様な気持ちであゆに訴え掛ける。
けれど、名雪の問いかけに答える事は出来ない……この部屋には「三人以外」誰も居なかった。
「ねえ! あゆちゃん!!」
「ぼ、ボク殺してないよ! 本当だよ!」
「じゃあ、犯人はどこに行ったの!? それとも、二人が自殺したって言うの!?」
「そ、それは」
畳み掛けるように押し寄せる質問に、あゆは何一つ答えられなかった。
ただ、自分は殺していないとアピールするしかないのだ。
何度か続いた怒声のような問答の末、名雪は諦めたように呟いた。
「出てって」
「ぇ」
「出てって! 私の前から居なくなって!!」
「や、やだよ!」
このまま誤解されたまま別れるなんて、あゆには出来なかった。
だから、つい力んでさらに一歩踏み込んでしまう。ただ信じて欲しかっただけだから。
だがその一歩が引き金となり、名雪は槍を振り上げあゆの心臓目掛けて突撃してきた。
まさか突撃してくると思っていなかったあゆは、突然すぎて反応できない。
そのままあゆの心臓を槍が抉るかと思われたが、重心に振られ狙いがずれる。
「痛ぃッ!」
「きゃぁ!」
槍があゆの左肩の肉を削り取るが、名雪はそのまま勢いを殺せずあゆと絡まるように転倒する。
床に寝転ぶあゆと、それに覆いかぶさるようにもたれる名雪。
先に状況に気付いたのは、あゆだった。
「お願い名雪さん! ボクの事信じて!」
「信じてたよ! 信じてたんだよ! それのに……それなのにぃ!」
あゆの首を絞めて、名雪は泣き叫ぶ。
「乙女さんも大石さんもあゆちゃんも、せっかく出来た仲間だったのに! 嬉しかったのに!」
「かはっ……ぉ、お願い、だよぉ!」
「どうして!? どうしてなのあゆちゃん!?」
あゆの叫びは、取り乱した名雪を冷静にする事は出来なかった。
ここに誰かいれば仲裁してくれたかもしれないが、いるのは自分達だけ。
目の前の名雪が霞んでいくなか、あゆは祐一の事を思い出していた。
(祐一君……助けて)
だが、その考えをすぐ振り払う。
(違うんだ。助けられてばかりじゃ駄目なんだ)
乙女を助けるときに誓ったのだ。助けられるばかりでは駄目なのだと。
手足をばたつかせ、名雪を押し返そうと踏ん張る。
しかし、左肩の痛みもあって力が思うように出ない。
(なにかで……怯ませなきゃ)
頭の傍に落ちていた包帯を名雪に投げつけるが、効果はない。
そうしている内に、意識は遠のき視界が暗く沈んでいく。
最後触れた硬いものに願いを込め、名雪に投げつける。
「ぎゃう!」
喉を締め上げる力が急に弱まり、酸素が体内を一気に駆け巡る。
酸素を欲していた体について行けず、あゆは激しく咳き込む。
そんなあゆを放置して、名雪はあゆから離れ右目を抑えて床に転がっている。
「目が! 痛いよ! イタイイタイ! あぁぁッぁああ!!」
あゆが咄嗟に握ったそれは、名雪のポケットから滑り落ちたメスだった。
転倒した際ポケットから飛び出たのを偶然にも掴んだらしい。
そしてそのメスは、名雪の右目に深々と突き刺さっていた。
左目からは透明な涙、右目からは赤い涙を流し、彼女は立ち上がる。
「私も、私も殺すの!? この人殺しぃぃぃぃぃぃいい!!」
「ぁ……ぼ、ボク……」
確かに、名雪の目を潰したのはあゆだ。けれど、殺したのは違う。
それだけを言葉にしたかったのに、あゆの口からは何も出てこない。
槍を手放してしまった名雪は、右目のメスは抜かずもう一本のメスを取り出す。
「……なない。私……から」
「ぇ、ぁ、な、何て言ったの?」
くぐもった呟きを馬鹿正直に聞き返してしまう。
「私は死なない! 私が祐一を守るんだから!」
怒りや悲しみや苦痛でない、燃えるような瞳であゆを睨む。
「だから……だから! 祐一を殺すかもしれない人殺しなら、例えあゆちゃんだって」
喋り終わる前に、名雪はあゆに飛び掛ろうと足を踏み出す。
「私が殺すんだよぉぉぉぉぉぉぉ!」
が、叫びは空しく名雪は転がっていた槍の柄に足をすくわれる。
あゆにあと一歩という所でうつ伏せに倒れこむ。
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
倒れると同時に、名雪は今迄で一番の悲鳴をあげた。
あゆは、一瞬虫の潰れたような音を聞いた気がする。
「な、なゆき……さん?」
警戒しながらも、かがんで名雪の顔を見る。
「ぃゃ」
名雪の右目のメスは、柄が見えないくらい潜り込んでいた。
「いやぁぁぁ! 名雪さぁぁぁぁぁん! やだやだやだやだやだやだァァァァァァァァ!!」
名雪の最期は、偶然の重なりによってもたらされた。事故と言えば事故である。
一人きりになったあゆは、ここで初めて泣き叫ぶ。
部屋で物言わなくなった亡骸が、生前の彼らを思い出させる。
(何も心配はいらないぞ、私がお前を守ってやるからな)
(こんな男、しんよ、う、なさるんで、すか?)
(無事でよかったよぉ~)
三人と交わした言葉が脳裏に浮かぶ。それは一つずつあゆの心を締め上げる。
「あ、ぁぁ、ぅぁ、ぃゃ……」
デイパックを握り締めると、あゆは民家から飛び出した。
頼もしくて優しい乙女は死に、逞しそうな大石も死に、友達である名雪も死んだ。
死亡の理由はとても簡単だ。簡単な答えだからこそ、あゆは理解したくない。
――自分が手に掛けたなどと認めたくないから
【F-4 住宅街北部エリア/1日目 朝】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式、ランダムアイテムの内容は不明】
【状態:疲労大。混乱。恐怖。喉に紫の痣。左肩に抉り傷(左腕に力が入らない)】
【思考・行動】
1:ここから逃げたい
2:早く祐一と会いたい
3:往人を説得したい
【備考】
※名雪は死んだと思っています
※佐藤良美を疑ってはいません
※芙蓉楓を危険人物と判断
※前原圭一・古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
「うまくやってくれみたいだね」
四人と別れてから、良美は着替えつつ身を隠して休んでいた。
こちらを信じきったあゆならば、少なくとも乙女と大石には飲料水を飲ませる事が出来ただろう。
前もってペットボトルの臭いは確認しておいたが、無臭なので問題ない。
あゆと名雪の関係は詳しく知らないが、隣に居た人間が死んだ状況下で二人が疑心暗鬼に陥るのも必然だ。
仮に良美を疑おうとしても、飲んでしまった証拠はどうしようもない。
そのため、毒の効果を確かめるため近くで監視しようとも考えたが、乙女に気取られては危険だ。
だから、離れた場所で悲鳴が聞こえてくるのを待っている事で妥協する。
結果として、四人が入った民家から泣き叫ぶ声と悲鳴が漏れてきた。
「無事ならともかく、怪我した鉄先輩なんてねぇ」
大石という男も、あの怪我では満足な『駒』にはなるまい。
第一、圭一の顔を知っている以上、生かす価値はない。
それでも、接触して有力な情報は手に入れられた。
「相沢祐一と赤坂衛……ね」
名簿を確認すると、良美は森の中へと消えていった。
【F-4 雑木林/1日目 朝】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:S&W M36(2/5)、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)】
【所持品:支給品一式×2、S&W M36の予備弾15、錐】
【状態:やや疲労、手首に軽い痛み、重度の疑心暗鬼】
【思考・行動】
基本方針:エリカ以外を信用するつもりは皆無、確実にゲームに乗っていない者を殺す時は、バレないようにやる
利用できそうな人間は利用し、怪しい者や足手纏い、襲ってくる人間は殺す。最悪の場合は優勝を目指す
1:エリカ、ことみを探して、ゲームの脱出方法を探る
2:『駒』として利用出来る人間を探す。優先順位は赤坂衛と相沢祐一
3:少しでも怪しい部分がある人間は殺す
4:もう少しまともな服が欲しい
【備考】
※メイド服はエンジェルモートは想定。現在は【F-4】に放置されています。
※良美の血濡れのセーラー服は【E-5】に放置されています
※芙蓉楓を危険人物と判断(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
あゆは誤解していた。最後に手に掛けたと思い込んだ名雪は生きていたのだ。
誰もいなくなった室内で一人、嗚咽を漏らし拳を握る。
メスは脳をそれて頭蓋骨に突き刺さっていた。取り出す事はもはや不可能だ。
死ぬことはなかったが、この痛みは一生抱えて生きなくてはならない。
涙を流しながらも、彼女は痛む右目を押さえ何とか立ち上がる。
顔を押さえる手から肘を伝い、赤い涙が途切れる事無く垂れ落ちる。
「あゆちゃん……祐一……」
あんなに信じていた友達は、人殺しと成り果てた。いつの間にか彼女はこの殺し合いに乗っていたのだ。
乙女や大石を引き連れていたのは、一気に殺すつもりだったからだろう。
そこに、名雪も居合わせたから一緒に殺されそうになったのだ。
この真実を、早く祐一に伝えなければならない。そうしないと、祐一があゆに殺されてしまう。
勇気を振り絞る。乙女と大石の治療のため持ってきたはずの包帯を、なんとか顔に巻きつける。
目の前の半分が暗闇となった今……誰よりも早く祐一を探して、優しく包んで欲しかった。
その甘い気持ちを無理矢理押さえ込み、しなければならない事を胸に誓う。
二人の死体を新しい毛布で包み、床に落ちていた槍を拾い頭を下げて部屋を出ようとする。
と、そこで壁に掛けられたコルクボードに目が留まった。
それは乙女と大石の残した何枚かのメモだった。コルクボードから引き剥がす。
(乙女さん、大石さん。短い間でしたけど、ありがとう御座いました)
寝室の扉を閉めて、名雪は民家を飛び出した。短い間だったが彼らは大切な仲間だった。
右目があった部分は歩くたび痛むし、包帯はすぐに赤く染まっていく。それでも、彼女は走り出した。
……早く、祐一を助けたいから。
【F-4 住宅街北部エリア/1日目 朝】
【水瀬名雪@kanon.】
【装備:槍 学校指定制服(若干の汚れと血の雫)】
【所持品:支給品一式 破邪の巫女さんセット(弓矢のみ(10/10本))@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、大石のデイパック、乙女のデイパック】
【状態:疲労大。かなりの出血。右目破裂(頭に包帯を巻いています)。頭蓋骨にひび。軽欝状態。強い決意】
【思考・行動】
1:早く祐一を探す
2:あゆちゃん……
3:祐一を襲いそうな人殺しは殺す。
4:衛と咲耶も探す
5:1~4のために人のいる場所に向かう
【備考】
※芙蓉楓を危険人物と判断
※名雪が持っている槍は、何の変哲もないただの槍で、振り回すのは困難です(長さは約二メートル)
※第三回放送の時に神社に居るようにする(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※前原圭一・古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※乙女と大石のメモは目を通していません。
※【F-4】一面に悲鳴が響きました。隣接するマスに届いたかは不明。
※月宮あゆ、水瀬名雪がどこに向かったかは次の書き手さんにお任せします。
ただ二人の通った後は、注意すれば血痕が残っているのが分かります。
&COLOR(red){【鉄乙女@つよきす -Mighty Heart- 死亡】}
&COLOR(red){【大石蔵人@ひぐらしのなく頃に 死亡】}
|084:[[私にその手を汚せというのか]]|投下順に読む|086:[[禁止区域侵攻――/――解放軍]]|
|084:[[私にその手を汚せというのか]]|時系列順に読む|091:[[シャムロックを散らした男]]|
|081:[[博物館戦争(後編)]]|水瀬名雪|101:[[それぞれの出会い。]]|
|063:[[オンリーワン]]|月宮あゆ|101:[[それぞれの出会い。]]|
|074:[[信じる者、信じない者(前編)]]|佐藤良美|098:[[交錯する意志]]|
|066:[[そこには、もう誰もいない]]|大石蔵人| |
|063:[[オンリーワン]]|鉄乙女| |
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**Sacrifice of maiden ◆Qz0e4gvs0s
痛む傷口を押さえ、静かに放送を確認していた乙女は、目の前の景色が歪むのを感じた。
肉低的な痛みなら堪えられるが、精神的な痛みは抑え切れるものではない。
だが、乙女は必死でそれを飲み込んだ。吐き出すのは容易いが、それは今すべき事ではない。
(レオ……)
仇をとろうとは思わない、自分の良く知る可愛い弟ならば、それは望まないだろう。
彼ならば、這い蹲ってでも自分で借りは返す。
(今考えるのは傷の治療とあゆを護る事だ)
そんな心の揺れに気付かないあゆは、一生懸命に乙女に肩を貸して歩き続けていた。
もちろんあゆとて殺し合いは怖いし、出来る事ならば誰もいない所で隠れていたい。
けれど、今はそんな後ろ向きな考えは捨てて病院を目指している。
あゆには乙女を助ける事と、往人を説得する責務があるのだ。
と、乙女があゆの肩から離れ、目の前の建物からあゆを庇うように立ち塞がる。
「っ、……そこにいる奴、私達は戦うつもりはない。出てきてくれると助かる」
「っくぅ、いや、あだだ、お見事ですね」
建物の陰から出てきたのは、青い顔をした小太りの男。
驚いたのは、右肘から先が無くなっており、血がゆっくりと零れ落ちている事だった。
「お、おじさんどうしたの!?」
「い、いやぁ~、なははッぐゥ、ちょッと、は、められましてね」
駆け寄って心配するあゆに対し、小太りの男は苦笑いを浮かべた。
「そちら、さん、ぉがッ、も、ッゥ~、ひ、酷いご様子……で」
「そちらも、な。私は鉄乙女。彼女は月宮あゆだ」
「こ、これはァ、はぁはぁッ、私、あ~、お、大石蔵人です」
大石と名乗った男は、なぜか名前の前で少し躊躇ったが、二人はそれに気付かない。
「びょ、病院に、と、ぅごっふ、思ってるん、ですが」
咳き込みふらつく大石の言葉に、あゆが乙女の目を見る。あゆが何を言いたいのか乙女には解かった。
「大石さん! ボク達も病院に行くところなんです。良かったら一緒に行きませんか?」
「え?」
あゆの申し入れに困惑する大石。そして、遠慮するように言葉を返した。
「私が、っヅ、言うのもッ……はぁっはぁ、なん、ですが、こんな男、しんよ、う、なさるんで、すか?」
「だって――」
少し前のあゆだったら逃げ出していただろう、だが今はそんな事はしない。
「怪我してる人を放っておけないよ!」
一度乙女のもとに戻り彼女に肩を貸すと、反対側の肩で大石を支えた。
「ね」
その笑顔に、大石の青い顔が少しだけ赤みを取り戻した様に見えた。
「お嬢、さん、んッ」
「だ、大丈夫ですか?」
礼を言おうとした大石だったが、痛みで上手く呂律がまわらない。
ある程度警戒を解いた乙女は、大石の傷を見ながら質問を投げかけた。
「その傷……誰にやられた?」
言葉の中に、戦って出来た傷かそうでないかを探る匂いを漂わせて。
その真意を感じ取った大石は、弁明するでもなくただ事実を述べる事にした。
「いえ、ぐぅ……はめ、られた、ようです」
「なに?」
あまり予想していなかった答えに乙女の眉があがる。
真ん中に挟まれたあゆも、意味が分からず大石に答えを求める。
「島を探索、して、たんですが……はぁ、途中ハクオロって男に、ああ、会いましてね」
その時の状況を思い出して苦虫を潰した様な表情を浮かべる。
「銃を、わた、されたんです。暴発、するよう、しくっ……しくん、だ、銃をね」
「それじゃあ、そのハクオロって人はまさか」
怪我をした大石に同情してか、あゆはやるせない気持ちになる。
乙女も、戦場とは言えそういった卑怯な手口は好きではない。
「この殺し合いに乗っているのだろうな」
もしかしたら、レオを殺したのはその男かもしれない。
当っていても、外れていても嬉しくない可能性だった。
(レオ……お前の意思は私が引き継ごう)
涙は流さず、心の中で強く誓う。それがレオに対する乙女なりの手向けだから。
◇ ◇ ◇ ◇
千影とまた会う約束を交わし、名雪は住宅街を目指していた。
だが、まだ他の人間と出会う事に抵抗のあるのか、病院を経由せず線路を渡って住宅街を目指していた。
確かに早く祐一に会いたいが、出会う人がみんな千影みたいな人だとは思っていなかった。
現に、定時放送で多くの死者の名が挙げられたのがそれを物語っている。
みな手を取り合える人間ならば、死者など出ないはずなのに。
誰にも気付かれないように、けれど住宅街も探索できるように……そんな矛盾を抱えていた。
(祐一~)
まだ眠い目を擦り、音を立てないように獣道を進んでいた。
鳥が囀ったり、木々がざわめくたびにメスを握り締め身構える。
警戒しながら歩き続ける事は、日常に漬かっていた名雪の精神を削り取っていく。
せめて誰か一緒にいればここまで神経質になる必要はない。
けれども、その相手がいつ自分を襲うかも判らないのだ。
そしてそれは、認めたくはないが自分の家族や友人にも全て当てはまる。
昔から好きだった祐一は、乗っていないと信じられる。
祐一を通じて仲良くなったあゆも、きっと大丈夫。
そして祐一の友達である北川も、殺し合いなどには乗らないだろう。
その信じる気持ちは、絶対とは言い切れないという本音が優しく囁く心を押さえ込む。
誰かに会いたいけれど、誰にも会いたくはない。
知り合いに会いたいけれど、知り合いを信じきれない。
そんな気持ちを何時間も抱えながら、過ごしてきた。
近くにあった小屋に気付かないまま、いよいよ住宅街の近くまで来たところで人影に気付く。
(あれは)
知らない男と女の間に挟まれているのは、良く知る少女その人だった。
心のどこかで警報が鳴る。彼女はこの殺し合いに乗っていないだろうかと。
だが、この島に来て初めて知り合えた喜びは、警戒という名の壁を簡単に崩す。
少なくとも遠目から見れば、三人から伺える雰囲気は殺伐とはしていなかった。
意を決し、駆け足で手を振りながら三人のもとへと近付く。
「あゆちゃーーーん!」
「な、名雪さん!」
雑木林のほうから響く名雪の声に気付いたあゆは、嬉しさを前面に出して名雪の名を呼んだ。
嬉しそうに手を振り、こちらに駆け寄ってくる。出来れば今すぐこちらも走って行きたい。
「あゆ……あの少女が水瀬名雪か?」
「うん!」
声を聞いた時は、いつでも戦闘に移れるよう身構えていた乙女だが、取り越し苦労となった。
大石のほうも、あゆの態度を見て問題なしと判断したらしい。
三人の眼前まで来た名雪は、あゆの手を握ろうとしたが両側の二人を支えているのを見てやめた。
再開を祝って手を取りたいが、それは落ち着いてからすればいい。
「無事でよかったよぉ~」
「うぐぅ。名雪さんも~」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、二人は再会を喜ぶ。
ある程度喜びを分かち合ったところで、知らない女性が咳払いをした。
「すまん。再開を喜ぶのはいいが、私達は怪我をしていてな」
改めてみると、男も女も顔色がよくない。男に至っては右腕が半分なくなっている。
「私は鉄乙女。良かったら名前を教えてくれ。ああ、すまんが歩きながら頼む」
凛とした声に、なぜか姿勢を正して一緒に歩き出してしまう。
「あ、はい。わ、私水瀬名雪です」
こうして、四人は情報交換を行う事となった。歩きながらお互いの事情を伝える。
良く知っているあゆに、頼りになりそうな乙女、男という事で頼りになりそうな大石。
名雪は一気に仲間が増えた事を素直に喜んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
商店街から離れた良美は、早く新しい駒を見つけるため移動を開始していた。
あの殺し合いで、飼い慣らせそうな手駒を捨てる事になったのはもったいないが仕方ない。
着実に人が減っているなか、次の駒を探すのは段々厳しくなっていく。
だから、次に目指したのは当初目標としていた学校だった。
(ある程度人数がいれば駒も揃いやすいし、駄目なら集団崩壊させればいいかな)
考えをまとめながら歩いていると、目の前から5人の集団が近付いてくるのが見えた。
向こうが気付かぬうちに物陰に隠れようとしたが、その中の一人に見覚えがあったので近寄る事にした。
「鉄先輩!」
声をかけ走り寄ると、乙女を除く三人が警戒の表情を顔に出す。
だが、乙女は三人に大丈夫だとアピールすると、腹部を抑えて歩み寄ってきた。
「良かった……鉄先輩に会えて」
「佐藤もよく生き残った。しかし、その格好は……」
「こ、これは」
恥じらいを装い返答を濁す。こうすれば、深く聞いては来ないと考えていた。
適当な会話なら良いが、下手に圭一達の情報を与えるつもりはない。
「く、鉄先輩こそ、その怪我はどうしたんですか?」
「これは、油断してな……だから、治療のため彼らと病院に向かうところだったんだ」
この位置からでは、川を挟んだ病院に向かうため商店街を経由する可能性は高い。
線路を下るルートなら問題ないが、住宅街にいる以上可能性は低い。
死体のある場所に、四人を南下させるわけには行かなかった。万が一商店街を経由すれば二人と会ってしまう。
良美個人が会うだけなら問題はないが、乙女を引き合わせて良い事など一つもない。
意を決して、良美は嘘をついて進行を妨げた。
「私、病院から逃げてきたんです」
「なに!?」
岡崎をモデルにして、真実と嘘を織り交ぜつつ良美は病院から逃げてきた事をアピールした。
その事実に驚きを隠せない乙女。後ろの面々も、困ったような表情を浮かべていた。
「ならば、商店街にあるだろう薬局で何とかするしかないか」
「駄目ですよ! あの男がこっちに来ているかもしれません!」
「そ、そうだよ乙女さん!」
後ろの少女が、背中から乙女を押し留める。
振り払うわけにもいかず、乙女は薬局へ向かう勢いを静めた。
「でも、治療しないと乙女さんも大石さんも大変だよ?」
「そ、そうですね、はぁはぁ……そろそろ、私もマズ、いかも知れません」
もう一人の少女と小太りの男が、良美に意見する。
「はい。そこで私に考えがあります」
四人の注目を浴びて、良美は優しく微笑みかける。
「私が薬局まで行って薬を取ってきます」
その言葉に最初に驚いたのは乙女だった。
「いかん佐藤! お前一人では危険だ……ぐぅ」
力んで腹部の痛みが強くなったのか、乙女は顔をしかめる。
「だって、鉄先輩はそんな怪我だし……えっと」
チラッと後ろの面々を見る。
「あ、ああ。お、大石です」
「月宮あゆです!」
「み、水瀬名雪……」
名乗りを挙げた三人に微笑み返すと、考えていた内容を全員に告げる。
「佐藤良美です。鉄先輩と大石さんは怪我しているから除外、二人を見守る人間が必要だから、その人も除外」
「あれ、一人余るね?」
あゆと名乗った少女が首をかしげる。そこに、良美は言葉を続けた。
「もう一人にも怪我した二人を見守って欲しいの。一人だと何があるか分からないし……
それに、襲ってきた男の顔がわかるのは私だけ。だから、危ない時にはすぐ逃げられるよ」
彼女達の手を握って安心である事と証明する。そんな良美に、乙女は頭を下げる。
それにつられて、あゆと名雪も頭を下げた。一人、大石だけは笑いながらこちらを見ていた。
「すまん佐藤……だが、無理はするなよ」
「大丈夫ですよ。それじゃあ、皆さんはあそこの民家で休んでいて下さい」
指差した民家は、ごく一般的な平屋の建物だった。
確かに、路面で帰りを待つより建物で体を休めたほうが良いだろう。
「あと、もしかしたら商店街にみなさんの知り合いがいるかも知れません。良ければ教えていただけますか?」
良美の質問に、あゆと名雪は口を揃えて相沢祐一の名前を挙げる。話を聞く限り利用出来そうな男で喜ばしい。
そして驚いたのは、大石と名乗る中年と前原圭一が繋がっていた点だ。
(今から圭一君を消すのは無意味だけど、下手に合流されたら私の嘘がばれちゃうな)
大石の視線は、良美にとってあまり良いとは思わなかった。
あゆや名雪に向けている視線と違い、良美に向けられている視線はどこか気に入らない。
けれど、聞き出せた情報は中々に面白かった。
彼の話を真に受けるならば、赤坂衛という人物は大いに利用価値のある男となる。
そして最後に、ハクオロなる仮面の男。これだけは警戒しないと危険だ。
あらかた情報交換し終えると、最後に駄目でもともとな願いを投げかける。
「そう言えば、誰か服とか支給されませんでしたか?」
その疑問に名雪がゆっくりと手を挙げる。
「あ、私支給されたよ」
そう言ってデイパックから取り出したのは巫女服だった。
良美は苦笑いを浮かべるが、今の服よりもだいぶマシだ。遠慮がちに名雪にねだってみる。
「良ければ、私に譲って貰えないかな?」
「あ。うん。どうぞ」
疑問も持たず、名雪は良美に服を手渡す。今着替えるわけにもいかないので、それをデイパックに詰め込んだ。
「じゃあ佐藤。くれぐれも気をつけてな」
励ましの言葉を述べた乙女を先頭に、大石と名雪が民家へと向かう。
「あ、あ~佐藤さん、私、苦いお薬、って、嫌いでし、てね……」
「大石さんは怪我人なんだから、好き嫌いは駄目ですよ~」
大石は何か言いたげだったが、隣で支えていた名雪が促したため背を向けて去っていった。
そして、一番最後に残ったあゆを良美は小声で呼び止める。
「月宮さん……で良いかな?」
「あ、うん。あゆで良いよ」
すっかり友好的なあゆに対し、良美は社交的な笑顔で言葉を続けた。
「呼び捨てだと何だから、あゆちゃんって呼ぶね。それであゆちゃん、渡しておきたいものがあるんだ」
「?」
良美はデイパックから透明な500ml非常用飲料水を取り出す。
あらかじめ、赤い警告の文字が入ったラベルをはがしておいた。
「私の支給品でね。怪我に良く効くって書いてあるから、あの二人に飲ませてあげて」
「え、でもどうして?」
不思議そうに、なぜ最初から乙女に渡さなかったのかと言いたげな表情を見せる。
そんなあゆの耳に、こっそりと嘘を打ち明ける。
「乙女先輩って、臭いの強い飲み薬苦手なんだ。大石さんも、苦い薬は嫌だって言ってたでしょ」
「あ、うん」
「だから……ばれない様にこっそり。ね」
あゆの手を握り友達に用事を頼むように綺麗な声で止めを刺す。
このあゆならばともかく、大石という男がこのままコップに出して飲むかは不確定だ。
なら、臭いや違和感を消し去るお膳立てが必要だろう。
「血を失ってるなら、肉とか食べさせてあげると良いよ。その時に、お茶にでも混ぜて出してあげてね」
肉類はどう調理しても臭いが出る。それに、食事と一緒にコップが並んでも不自然ではない。
そんな細かい配慮を知らず、あゆは良美の手を元気一杯振るった。
「ありがとう! 佐藤さんも気をつけてね!」
ペットボトルを自分のデイパックにしまい、3人のもとへと向かう。
最後にこちらを向いて大きく餌を振ってきた。それを、笑いながら手を振り返す。
(ふふ。馬鹿な子)
あゆと結んだ手をハンカチでふき取り、本当の笑みを心に隠す。そして良美は商店街の方向に足を向けた。
だが、ある程度歩いたところで曲がり角を曲がり、来た方向に戻り始めた。
(残念ね。薬は永遠に届かないわよ……)
先程の場所を大きく迂回し、4人の入った民家を監視できる場所で待機する。
失敗するとは思わないが、念には念を込めておく。
◇ ◇ ◇ ◇
民家にあがり、名雪とあゆは初めに寝室らしき所を探し出した。
入ってみるとシングルベットが三つあり、大石も余裕で寝られる。そこに乙女と大石を慎重に運び込む。
一番奥に乙女、真ん中には大石を寝かせる事にした。頭側の壁にはコルクボードが掛かっている。
余った入り口付近のベットに、それぞれのデイパックや荷物を置いておく。
薬が届くまでやれる事はたくさんある。まずあゆは家に備えてあった救急セットを探した。
その間、名雪は洗面所で乾いたタオルと濡れタオルを何本かこしらえる。
持ってきた救急セットに入っていた痛み止めを飲ませ、包帯とガーゼで傷口を清潔にする。
二人とも酷い怪我のため、家に備えてあったガーゼや包帯はすぐにそこをつきてしまう。
そのため、名雪は近くの民家に行って包帯をかき集めてくると言い出した。
あゆは、心配そうな顔で玄関へ向かう名雪を見送る。
「うぐぅ……やっぱり危ないよぉ」
「へっちゃらだよ。あゆちゃんこそ、二人をよろしくね」
玄関の扉を開け、家から出て行く名雪。
先程までのあゆ達に会う前の、怯えた名雪からは想像も付かない状態の変化だった。
彼女を駆り立てるのは、乙女と大石を助けたいという気持ちから来ている。
千影以外に初めて出来た仲間達の存在は、それほど大きかったのだろう。
そんな名雪を送り出し、あゆは二人の休む寝室に戻る。
寝室では乙女と大石が今後の方針を打ち出していた。
その会話を邪魔しないように、乙女の汗を拭いたり大石の背中をさする。
そして、最後の包帯で大石の腕をしっかり巻き終えると、突然立ち上がった。
「乙女さん、大石さん。お腹すいてませんか?」
「……確かに、昨夜から何も食べていないからな」
「わ、わたしも、っぁ、歩きど、どおし、でした」
その言葉にあゆは顔を輝かせる。
「じゃあ、ボク何か用意してくるよ!」
「頼む。あ~……あればで構わんから、優先的に肉類など探してくれないか」
「そ、そう、ですねぇ~。血が、かなり、はぁ……無くなってますから」
乙女の腹部に巻かれた包帯も、大石の腕に巻いた包帯も真っ赤に滲んできている。
どちらも想像以上に出血しているのは、素人のあゆでも解かる。
「うん! 任せてよ!」
力強く頷いて、寝室から駆け出して出て行く。
なぜかデイパックを持って出て行ったが、慌てていたのだろうと乙女は納得した。
そんなあゆを送り出した乙女は、先程中断した話を再開させる。
「つまり、そのハクオロと言う男と一緒に居たのが」
「神尾、観鈴……です、ね」
大石との会話の要点をメモし終えた乙女は、それをテーブルの上に置く。
あゆに教えてやりたいが、そろそろ意識も朦朧としかけている。
だから、万が一の事を考えてメモを残す事にしたのだ。
≪オウムも参加者。念のため注意 ――鉄乙女≫
≪国崎往人の探す神尾観鈴は、ハクオロなる仮面の男と一緒 ――鉄乙女≫
≪赤坂衛は刑事。信頼できる数少ない男 ――大石蔵人≫
≪双葉恋太郎、一之瀬ことみ、時雨亜沙は殺し合いに乗っていない可能性あり ――大石蔵人≫
≪前原圭一と古手梨花は一度死んでいる ――大石蔵人≫
簡潔に書いたメモを、頭の上にあるコルクボードに貼り付けた。
「出来れば、口頭で伝えたいものだ」
「なはは」
お互いの顔色が青くなっているのに苦笑しながら、二人は体を休めるため横になった。
◇ ◇ ◇ ◇
台所の冷蔵庫を開けながら、あゆは素直に感心していた。
(佐藤さんって凄いなぁ~。肉が食べたいって事まで当てちゃうんだもん)
寝室での二人の注文は、直前に良美から聞いていた内容とほぼ同一。
あゆの中で、良美の株はうなぎ登りだった。と、デイパックからペットボトルを取り出し冷蔵庫にしまう。
本当の中身を知らないあゆは、上機嫌に冷蔵庫の中を探った。
練習したものの、料理の腕はまだまだ半人前。それに、なるべく時間が掛かるものは避けたい。
冷蔵庫からハムを取り出すと、今度は冷凍庫を覗き見る。
「ピザに、焼き鳥にハンバーグだ! あ、鯛焼きは~……うぐぅ」
頼まれた肉類は見つかったが、好物の鯛焼きはどこにも無かった。
「お米は無いけれど、これだけあれば十分だよね」
火に掛けて解凍できる物は水を張った鍋に、レンジが必要なものはまとめて放り込んだ。
その合間に、棚から水出し様の麦茶パックを取り出し麦茶を作る。
冷蔵庫から、冷やしておいたペットボトルを取り出す。
(あまり薄くしないほうがいいのかなぁ)
ボトルの蓋を開けるが、特に臭いなどする気配はない。
飲んでみたいが、せっかく良美がくれたものを味見するのも気が引ける。
だから、指示通り薬が乙女達に判からないよう、ボトルに折りたたんだ薄い麦茶のパックを詰め込む。
「これなら、薄めるわけじゃないし臭いとかも平気だよね」
やがて透明から茶色へと変わるのを確認すると、二つのコップに注ぎ込んだ。
同時にレンジも軽快な音を鳴らして、中の焼き鳥とピザが温まったのを告げる。チーズとタレの匂いが食欲をそそる。
また鍋も沸騰して、取り出した中のハンバーグが湯気を立て顔を出す。
それらを二枚の皿にまとめて、お盆に載せる。薬を入れたコップも忘れない。
こぼさないように、ゆっくり運ぶ。危なっかしい場面もあったが、なんとか寝室まで到着する。
「お待たせしました~」
あゆの声に、横になっていた乙女と大石が、体を労わる様に起き上がる。
出血はまだあるようで、滲んだ血がベットにも付着していた。
「あ、二人ともベットにいて良いよ~」
這い出てこようとした乙女をベットに戻し、その手に食べ物を盛った皿を渡す。
コップはサイドテーブルにそれとなく置いてみた。
その後、片腕の使えない大石のもとへ皿を運ぶ。
乙女と同じように渡されるものだと思い込んでいた大石は、あゆが大石のベットに座り込んで不思議に思う。
だが次の行動で、あゆが何をしたいのか即座に理解した。
「あ、あのぉ~つ、月宮さん?」
「駄目だよ大石さん。あーん」
苦笑いを浮かべる大石の口に、スプーンを差し出す。隣で見ていた乙女は、思わず吹き出してしまう。
なんとか自分で食べられるとアピールするが、あゆは断固として譲らなかった。
そして数秒後には、照れながら口を開く大石の姿がそこにあった。
「ふむ。高望みはしていなかったが、これはありがたいな」
「え、ええ。そう、ですね」
「うぐぅ……料理出来なくてごめんなさい」
泣きそうになるあゆに、乙女は笑って弁解する。
「違うぞあゆ。私が言っているのは、この状況下で肉が食べられる事を高望みしていなかったと言う事だ」
「え?」
大石にスプーンを差し出すあゆを見つる乙女は、温かい目をしている。
「お前には感謝している」
大石も、乙女と同じような瞳であゆを見ていた。
なんだか恥ずかしくなったあゆは、誤魔化すように二人にコップの麦茶を促す。
食事もあらかた済んでいたためか、大石は疑問を持たずに動く方の左手でサイドテーブルからコップを手に取る。
シンクロしたように、乙女も喉を潤すためコップを手に取る。
そしてほぼ同時に、二人はコップを一気に傾け……それが合図だった。
喉を押さえだ苦しみだした二人は、口に含んでいた麦茶を赤く染めて吐き出す。
大石から吐き出された麦茶と思えないぬめった液体が、あゆの顔に飛び掛かる。
「え? ぁれ?」
そして、状況が把握できないあゆの背後の扉がゆっくりと開く。
周辺の民家から包帯やガーゼを集めていた名雪は、予想以上に時間が掛かって不安になっていた。
(あゆちゃん、二人の看病出来てるかな)
早く怪我した二人やあゆのもとに戻り、自分も看病してあげたい。
それに、誰かのためとは言え一人で走っているのは正直怖いものである。
だからこの一仕事が終わり次第、名雪はみんなの傍で安心したかった。
そんな事を考え玄関の戸を開けると、中からは芳ばしい匂いがしてきた。
どうやら、食事の用意でもしたらしい。
(そう言えば、私まだご飯食べてないよぉ~)
お腹をさすり、名雪は寝室へと足を急がせる。仲間は扉の向こう側だ。
だが、扉を開けようとした瞬間、部屋の中から二つの呻き声が挙がる。
(え? な、なに?)
ドアノブに手を掛けた体が硬直する。名雪は音を立てないよう、ドアを少し開けた。
隙間から飛び込んできた光景は、一瞬では理解できなかった。
口から血を流す大石と、それを押さえつけるようなあゆの姿。
なにより意味が分からないのは、あゆの顔に掛かった誰かの血。
と、あゆに押さえつけられている大石と目があった。
(タ・ス・ケ・テ?)
名雪には、大石の口がそう動いたように見えた。そして、こちらに手を伸ばしながら事切れた。
手を伸ばした先を確認するため、あゆは静かに後ろを振り返る。
「ひっ!」
ただ一人無傷だった少女を見て、包帯やガーゼを落としてしまう。
「な、ゆき……さん?」
あゆの顔もそうだが、服にも血がべったりと付着していた。
こんな大量の血を浴びる状況がどうやって出来上がるのか、名雪は考えたくなかった。
あゆを視界に捕らえたまま、乙女の方も確認する。
彼女も、大石とほとんど同じような状態で事切れていた。
苦悶の表情で天井を仰ぎ、口から血を吹き出す所まで一緒である。
名雪の心に新しく出来た仲間の面影が、血で覆いつくしたように染まって消えていく。
最後に残ったのは、血まみれでこちらを見つめるあゆだけだった。
「あ、あの、名雪さん」
赤く染まったあゆの両手は、名雪に更なる衝撃を与える事となる。
その不気味な光景に絡め取られたのか、逃げ出そうにも体が動かない。
この二人を殺したのはあゆではないかという、認めたくない結論が足元まで迫ってくる。
そして、恐怖を疑惑に決定付けたのはあゆの表情だった。
(なんであゆちゃん泣いてないの?)
仲間だったはずの二人が死んだのに、あゆは泣き叫ぶ事無く平然としていた。
仮にあゆが悲鳴をあげていたのならば、名雪とて外部犯の可能性を考えた。
だが、彼女は名雪が居ないと思っていたのか悲鳴をあげなかった。
つまり、あゆはこの事態を想定していた事を物語っている。
必死に自分の見解を組み立てる名雪の視界に、近くまで迫っていたあゆが飛び込む。
名雪が考えている間に一歩一歩近付いていただけなのだが、そうとは知らない名雪は怯えて突き飛ばす。
冷静になる事が出来ない緊迫した精神状態では、あゆが襲い掛かってきたとしか見えない。
(にげ、なきゃ……)
気が動転した名雪は、部屋を出るのを忘れ転がるように部屋の奥へと走り出す。
逃げるつもりだったはずが、慌て過ぎて逃げ場のない場所を選んでしまう。
けれど、運は彼女を見放してはいなかった。
名雪の傍で死んでいる乙女の隣に、槍が立てかけてあったから。
ポケットにしまったメスでは頼りない。けれどこれならば牽制できる。
手に持った槍の重さに驚くが、勇気を振り絞ってあゆに向かい合う。矛先を向けたまま。
◇ ◇ ◇ ◇
あゆは、二人の死体と槍を構える名雪を交互に見て混乱していた。
(なんで? 何がどうなってるの?)
涙を流すという思考より、現状を把握しなければと言う気持ちが優先される。
けれど、考えても考えても答えが導き出される事はなかった。
助けを求めるように、部屋の隅で槍を構える名雪に手を伸ばした。
「来ないで!」
その叫びは、あゆを転倒させるほど鋭かった。
「ど、どうしたの名雪さん」
尻餅をつきながら、あゆは名雪を見上げた。彼女は、なぜこちらに槍を構えているのだろうか。
そろそろと立ち上がり、あゆが右に移動すると、槍の先端も右を向く。
元の位置に戻ると、槍もまた元の位置に戻った。
ここに来て、名雪が武器を突きつけていると言う事実を認めた。
「お、落ち着いてよ名雪さん」
恐る恐る、手を伸ばして理解を得ようとする。
だが、差し出された手を目掛けて名雪は無我夢中に槍を突き出した。
「お願い! 来ないで!」
「ぅわあッ」
再び尻餅をついてしまう。それに気付かぬまま、名雪は槍を振り回し続けた。
「どうして!? どうしてそんな事するの!?」
「それは私が聞きたいんだよ! どうして二人を殺したの!?」
「え」
「なんで二人とも同じように死んでるの? なんで二人とも抵抗しなかったの?
なんで誰もいた形跡がないの? なんで……なんであゆちゃんだけは無事なの!?」
「ぁ」
求めていた答えの一つは与えられた。けれど、それは決して望まない答えだった。
「ねえ! 犯人がいるって言ってよ! お願いだから!」
名雪は大粒の涙を零しながら、すがる様な気持ちであゆに訴え掛ける。
けれど、名雪の問いかけに答える事は出来ない……この部屋には「三人以外」誰も居なかった。
「ねえ! あゆちゃん!!」
「ぼ、ボク殺してないよ! 本当だよ!」
「じゃあ、犯人はどこに行ったの!? それとも、二人が自殺したって言うの!?」
「そ、それは」
畳み掛けるように押し寄せる質問に、あゆは何一つ答えられなかった。
ただ、自分は殺していないとアピールするしかないのだ。
何度か続いた怒声のような問答の末、名雪は諦めたように呟いた。
「出てって」
「ぇ」
「出てって! 私の前から居なくなって!!」
「や、やだよ!」
このまま誤解されたまま別れるなんて、あゆには出来なかった。
だから、つい力んでさらに一歩踏み込んでしまう。ただ信じて欲しかっただけだから。
だがその一歩が引き金となり、名雪は槍を振り上げあゆの心臓目掛けて突撃してきた。
まさか突撃してくると思っていなかったあゆは、突然すぎて反応できない。
そのままあゆの心臓を槍が抉るかと思われたが、重心に振られ狙いがずれる。
「痛ぃッ!」
「きゃぁ!」
槍があゆの左肩の肉を削り取るが、名雪はそのまま勢いを殺せずあゆと絡まるように転倒する。
床に寝転ぶあゆと、それに覆いかぶさるようにもたれる名雪。
先に状況に気付いたのは、あゆだった。
「お願い名雪さん! ボクの事信じて!」
「信じてたよ! 信じてたんだよ! それのに……それなのにぃ!」
あゆの首を絞めて、名雪は泣き叫ぶ。
「乙女さんも大石さんもあゆちゃんも、せっかく出来た仲間だったのに! 嬉しかったのに!」
「かはっ……ぉ、お願い、だよぉ!」
「どうして!? どうしてなのあゆちゃん!?」
あゆの叫びは、取り乱した名雪を冷静にする事は出来なかった。
ここに誰かいれば仲裁してくれたかもしれないが、いるのは自分達だけ。
目の前の名雪が霞んでいくなか、あゆは祐一の事を思い出していた。
(祐一君……助けて)
だが、その考えをすぐ振り払う。
(違うんだ。助けられてばかりじゃ駄目なんだ)
乙女を助けるときに誓ったのだ。助けられるばかりでは駄目なのだと。
手足をばたつかせ、名雪を押し返そうと踏ん張る。
しかし、左肩の痛みもあって力が思うように出ない。
(なにかで……怯ませなきゃ)
頭の傍に落ちていた包帯を名雪に投げつけるが、効果はない。
そうしている内に、意識は遠のき視界が暗く沈んでいく。
最後触れた硬いものに願いを込め、名雪に投げつける。
「ぎゃう!」
喉を締め上げる力が急に弱まり、酸素が体内を一気に駆け巡る。
酸素を欲していた体について行けず、あゆは激しく咳き込む。
そんなあゆを放置して、名雪はあゆから離れ右目を抑えて床に転がっている。
「目が! 痛いよ! イタイイタイ! あぁぁッぁああ!!」
あゆが咄嗟に握ったそれは、名雪のポケットから滑り落ちたメスだった。
転倒した際ポケットから飛び出たのを偶然にも掴んだらしい。
そしてそのメスは、名雪の右目に深々と突き刺さっていた。
左目からは透明な涙、右目からは赤い涙を流し、彼女は立ち上がる。
「私も、私も殺すの!? この人殺しぃぃぃぃぃぃいい!!」
「ぁ……ぼ、ボク……」
確かに、名雪の目を潰したのはあゆだ。けれど、殺したのは違う。
それだけを言葉にしたかったのに、あゆの口からは何も出てこない。
槍を手放してしまった名雪は、右目のメスは抜かずもう一本のメスを取り出す。
「……なない。私……から」
「ぇ、ぁ、な、何て言ったの?」
くぐもった呟きを馬鹿正直に聞き返してしまう。
「私は死なない! 私が祐一を守るんだから!」
怒りや悲しみや苦痛でない、燃えるような瞳であゆを睨む。
「だから……だから! 祐一を殺すかもしれない人殺しなら、例えあゆちゃんだって」
喋り終わる前に、名雪はあゆに飛び掛ろうと足を踏み出す。
「私が殺すんだよぉぉぉぉぉぉぉ!」
が、叫びは空しく名雪は転がっていた槍の柄に足をすくわれる。
あゆにあと一歩という所でうつ伏せに倒れこむ。
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
倒れると同時に、名雪は今迄で一番の悲鳴をあげた。
あゆは、一瞬虫の潰れたような音を聞いた気がする。
「な、なゆき……さん?」
警戒しながらも、かがんで名雪の顔を見る。
「ぃゃ」
名雪の右目のメスは、柄が見えないくらい潜り込んでいた。
「いやぁぁぁ! 名雪さぁぁぁぁぁん! やだやだやだやだやだやだァァァァァァァァ!!」
名雪の最期は、偶然の重なりによってもたらされた。事故と言えば事故である。
一人きりになったあゆは、ここで初めて泣き叫ぶ。
部屋で物言わなくなった亡骸が、生前の彼らを思い出させる。
(何も心配はいらないぞ、私がお前を守ってやるからな)
(こんな男、しんよ、う、なさるんで、すか?)
(無事でよかったよぉ~)
三人と交わした言葉が脳裏に浮かぶ。それは一つずつあゆの心を締め上げる。
「あ、ぁぁ、ぅぁ、ぃゃ……」
デイパックを握り締めると、あゆは民家から飛び出した。
頼もしくて優しい乙女は死に、逞しそうな大石も死に、友達である名雪も死んだ。
死亡の理由はとても簡単だ。簡単な答えだからこそ、あゆは理解したくない。
――自分が手に掛けたなどと認めたくないから
【F-4 住宅街北部エリア/1日目 朝】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式、ランダムアイテムの内容は不明】
【状態:疲労大。混乱。恐怖。喉に紫の痣。左肩に抉り傷(左腕に力が入らない)】
【思考・行動】
1:ここから逃げたい
2:早く祐一と会いたい
3:往人を説得したい
【備考】
※名雪は死んだと思っています
※佐藤良美を疑ってはいません
※芙蓉楓を危険人物と判断
※前原圭一・古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
「うまくやってくれみたいだね」
四人と別れてから、良美は着替えつつ身を隠して休んでいた。
こちらを信じきったあゆならば、少なくとも乙女と大石には飲料水を飲ませる事が出来ただろう。
前もってペットボトルの臭いは確認しておいたが、無臭なので問題ない。
あゆと名雪の関係は詳しく知らないが、隣に居た人間が死んだ状況下で二人が疑心暗鬼に陥るのも必然だ。
仮に良美を疑おうとしても、飲んでしまった証拠はどうしようもない。
そのため、毒の効果を確かめるため近くで監視しようとも考えたが、乙女に気取られては危険だ。
だから、離れた場所で悲鳴が聞こえてくるのを待っている事で妥協する。
結果として、四人が入った民家から泣き叫ぶ声と悲鳴が漏れてきた。
「無事ならともかく、怪我した鉄先輩なんてねぇ」
大石という男も、あの怪我では満足な『駒』にはなるまい。
第一、圭一の顔を知っている以上、生かす価値はない。
それでも、接触して有力な情報は手に入れられた。
「相沢祐一と赤坂衛……ね」
名簿を確認すると、良美は森の中へと消えていった。
【F-4 雑木林/1日目 朝】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:S&W M36(2/5)、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)】
【所持品:支給品一式×2、S&W M36の予備弾15、錐】
【状態:やや疲労、手首に軽い痛み、重度の疑心暗鬼】
【思考・行動】
基本方針:エリカ以外を信用するつもりは皆無、確実にゲームに乗っていない者を殺す時は、バレないようにやる
利用できそうな人間は利用し、怪しい者や足手纏い、襲ってくる人間は殺す。最悪の場合は優勝を目指す
1:エリカ、ことみを探して、ゲームの脱出方法を探る
2:『駒』として利用出来る人間を探す。優先順位は赤坂衛と相沢祐一
3:少しでも怪しい部分がある人間は殺す
4:もう少しまともな服が欲しい
【備考】
※メイド服はエンジェルモートは想定。現在は【F-4】に放置されています。
※良美の血濡れのセーラー服は【E-5】に放置されています
※芙蓉楓を危険人物と判断(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
あゆは誤解していた。最後に手に掛けたと思い込んだ名雪は生きていたのだ。
誰もいなくなった室内で一人、嗚咽を漏らし拳を握る。
メスは脳をそれて頭蓋骨に突き刺さっていた。取り出す事はもはや不可能だ。
死ぬことはなかったが、この痛みは一生抱えて生きなくてはならない。
涙を流しながらも、彼女は痛む右目を押さえ何とか立ち上がる。
顔を押さえる手から肘を伝い、赤い涙が途切れる事無く垂れ落ちる。
「あゆちゃん……祐一……」
あんなに信じていた友達は、人殺しと成り果てた。いつの間にか彼女はこの殺し合いに乗っていたのだ。
乙女や大石を引き連れていたのは、一気に殺すつもりだったからだろう。
そこに、名雪も居合わせたから一緒に殺されそうになったのだ。
この真実を、早く祐一に伝えなければならない。そうしないと、祐一があゆに殺されてしまう。
勇気を振り絞る。乙女と大石の治療のため持ってきたはずの包帯を、なんとか顔に巻きつける。
目の前の半分が暗闇となった今……誰よりも早く祐一を探して、優しく包んで欲しかった。
その甘い気持ちを無理矢理押さえ込み、しなければならない事を胸に誓う。
二人の死体を新しい毛布で包み、床に落ちていた槍を拾い頭を下げて部屋を出ようとする。
と、そこで壁に掛けられたコルクボードに目が留まった。
それは乙女と大石の残した何枚かのメモだった。コルクボードから引き剥がす。
(乙女さん、大石さん。短い間でしたけど、ありがとう御座いました)
寝室の扉を閉めて、名雪は民家を飛び出した。短い間だったが彼らは大切な仲間だった。
右目があった部分は歩くたび痛むし、包帯はすぐに赤く染まっていく。それでも、彼女は走り出した。
……早く、祐一を助けたいから。
【F-4 住宅街北部エリア/1日目 朝】
【水瀬名雪@kanon.】
【装備:槍 学校指定制服(若干の汚れと血の雫)】
【所持品:支給品一式 破邪の巫女さんセット(弓矢のみ(10/10本))@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、大石のデイパック、乙女のデイパック】
【状態:疲労大。かなりの出血。右目破裂(頭に包帯を巻いています)。頭蓋骨にひび。軽欝状態。強い決意】
【思考・行動】
1:早く祐一を探す
2:あゆちゃん……
3:祐一を襲いそうな人殺しは殺す。
4:衛と咲耶も探す
5:1~4のために人のいる場所に向かう
【備考】
※芙蓉楓を危険人物と判断
※名雪が持っている槍は、何の変哲もないただの槍で、振り回すのは困難です(長さは約二メートル)
※第三回放送の時に神社に居るようにする(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※前原圭一・古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※乙女と大石のメモは目を通していません。
※【F-4】一面に悲鳴が響きました。隣接するマスに届いたかは不明。
※月宮あゆ、水瀬名雪がどこに向かったかは次の書き手さんにお任せします。
ただ二人の通った後は、注意すれば血痕が残っているのが分かります。
&COLOR(red){【鉄乙女@つよきす -Mighty Heart- 死亡】}
&COLOR(red){【大石蔵人@ひぐらしのなく頃に 死亡】}
|084:[[私にその手を汚せというのか]]|投下順に読む|086:[[禁止区域侵攻――/――解放軍]]|
|084:[[私にその手を汚せというのか]]|時系列順に読む|091:[[シャムロックを散らした男]]|
|081:[[博物館戦争(後編)]]|水瀬名雪|101:[[それぞれの出会い。]]|
|063:[[オンリーワン]]|月宮あゆ|101:[[それぞれの出会い。]]|
|074:[[信じる者、信じない者(前編)]]|佐藤良美|098:[[交錯する意志]]|
|066:[[そこには、もう誰もいない]]|&color(red){大石蔵人}||
|063:[[オンリーワン]]|&color(red){鉄乙女}||
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