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私たちに翼はない(Ⅲ) ◆tu4bghlMI


<<七対七>>


「ああああああああああああああああッッッ!!!!!」

舞はただ、叫ぶ。
大地に膝を付き、獣のように声にならない声で唸り続ける少女。
身体を抱え、ただ救いを求める体躯は、絵画の中で翼をもがれた天使のそれに似ていた。

そして少女を守るため現れた<<魔物>>
彼らは見えない体を揺らして、その場にいた人間へと襲い掛かる。
かくして、この島でのあらゆる殺し合いの中でも、最も多くの影が入り乱れる大乱戦と相成った。


それもその筈、とにかくどちらの陣営も数が半端ではない。
<<魔物>>と人間の構図――彼らの創造主たる川澄舞を守るように、見えない<<魔物>>は沙羅達へと迫る。

(なんなのよ……一体っ!!! も、モンスターだって言うの!?
 それこそ、御伽噺かファンタジー小説のキャラクターじゃない!!)

沙羅は分析する。今回ばかりは完全に<<冷静>>になることは出来なかったけれど。
敵の数はおそらく七。川澄舞とソレを守る六体の<<魔物>>
確証はないが、おそらく当たっている筈だ。こちらと同数である。

しかし、数がイーブンであるとは厳密には言い難い。
なぜならこちらの陣営には重傷一人、怪我人一人、非戦闘員一人が含まれるからだ。


「ちっ……何なんだコイツら!!」

文句を言いながら武が"時詠"を振るう。
漆黒の闇に染まったその剣は見えない<<魔物>>の腕を叩き落とす。
<<魔物>>が凄まじい雄たけびと共に大きく身体を悶えさせる。
戦況は明らかに武が有利だった。
二種類のウィルスによって身体機能を大幅に高められた武が遅れを取るような相手ではない。


「糞ッ……!! ハクオロ、ハクオロ!? しっかりしろ!!」
「う……」
「大丈夫ですか、ハクオロさん!?」
「おい、馬鹿しっかりしろ!!」

身体を貫かれ、地面に倒れたハクオロを守るように立っているのがあゆだ。
ハクオロの近くには美凪ときぬの姿も見える。
乱戦となった際、戦闘経験の薄い彼女たちは足手まといになる可能性が高いため、戦線から退いてもらったのだ。

彼女が相手をしている魔物は一匹。
銃弾が命中さえすれば、なんとかなりそうなものだが、とにかく<<見えない>>という一点は大き過ぎる。しかし、


「亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞!!!!!!」
「きゃあああああああああああ!!」
「しまっ――」

あゆの背後、ハクオロの元にしゃがみ込んでいた美凪が絹を裂くような悲鳴を上げた。
続けて漏れるあゆの後悔の声――完全に虚を突かれたのだ。
死角から一匹、<<魔物>>が忍び寄っていたのだろう。
獲物を見つけた虎のように、波打つ<<魔物>>がその体躯を大きく飛翔させ、三人に牙を剥いた。

この時点で沙羅は三人から少し離れた位置から戦況を観察していた。
沙羅が振り向いた時には既に時遅し。撃墜することもままならない。あゆも同様だ。
加えて<<魔物>>の立ち位置はちょうど美凪達の向こう側。
つまり、沙羅が適当に銃をぶっ放した場合、近くにいるハクオロ達に命中してしまう可能性が非常に高かった。

(ダメッ……狙いを付けていたら、間に合わない……でも、撃てないっ!! このままじゃ、皆が……ッ)

判断は一瞬で下されなければならない。
瞬き一つ、喘ぎ声一つ、余分な動作一つでさえ仲間達の生死に影響を与える。
とはいえ沙羅に"撃つ"以外の選択肢は実質存在しなかったと言って良い。

何もしなければ三人は襲われて、死ぬ。
これだけは確定的で明らかなこと。
"間違って三人を撃ってしまうかもしれない"という未来は、それより何倍もマシな結末だったのだ。

しかし沙羅が崩れた体勢のままワルサーP99を発射しようとしたその瞬間、彼女と<<魔物>>の間に何者かが飛び込んで来た。
影の色は――銀。坂上智代、だ。


「―ー油断は、禁物だ」


智代は身体のバネを最大限に生かして突進してくる<<魔物>>を蹴り飛ばした。
当然、一発だけではない。化物じみた乱撃、蹴りの嵐を彼女は繰り出した。

あくまで"蹴り技"に特化した格闘術は、極めて対空性能に優れている。加えて敵の<<魔物>>は非常に大柄であり、重量も人のそれを大きく上回る。
智代にとって最高に相性の良い相手だ。

沙羅はどんどん"浮き上がっていく"<<魔物>>の姿を驚愕の眼差しで見つめていた。
透明な筈の彼の身体がへこみ、ひしゃげ、捻じ曲がっていく様がはっきりと分かる。
いったい何発の蹴りを叩き込んだのだろう。ついに<<魔物>>の身体は智代の頭の位置まで移動していた。

「おおおおおおッッ!!!」

智代は最後の一撃とばかりに、気合を込め相手の身体を天高く蹴り上げた。
<<魔物>>の身体が数メートルの高さまで上昇。
そして智代は懐から悠然とデザートイーグルを取り出すと、グリップを両手でしっかりと握り締め空に向けて構える。

<<魔物>>が最も高度を上げた瞬間、超巨大自動拳銃が鯨の鳴き声のような爆音と共に火を吹いた。
キラキラとした粒子となり、二匹目の<<魔物>>が消滅した。



「すご……」

自然と沙羅の口から感嘆の声が漏れた。
坂上智代の見せた戦術は圧倒的だった。さすがに蹴りだけであの巨大な身体を持つ<<魔物>>を仕留めるのは難しい。
故にその戦いの流れに"銃器"を融合させているのだ。
しかも彼女は先程長距離からの対戦車ライフルによる射撃さえ披露してみせた。

加えて腰に差しているサバイバルナイフ、おそらくナイフ戦闘もそれなりにこなすのだろう。
全てが高い位置にまとまったバリバリの戦闘タイプ。
川澄舞とは違った領域で<<自分の戦い方>>というものを身に着けている。

<<魔物>>を撃滅した智代が口を紡ぎ、ハクオロの前にやって来る。
そして鋭い眼光で睨みつけながら彼に問い掛けた。


「――トウカ。この名前に聞き覚えがあるか」
「元の世界で……私の家臣をやってくれていた者の名だ。だが、君は……?」
「私は、坂上智代――貴様の部下であるトウカに、"元の世界"の友人、春原陽平を殺された者だ」
「!!!!!」


智代は腰のナイフを引き抜き、それをハクオロの眉間へと突き付けた。
その距離、僅か数十センチ。もちろん、彼女から放たれるのは明確なまでの殺意。
決して遊びや戯れではないことは沙羅の眼にも分かる。


「トウカが……だと!? 馬鹿な、彼女は殺し合いに乗るような人間では……」
「そう、だな。彼女自身は殺し合いには乗っていなかったさ。
 己の信念から外れた一人の無力な男を切り殺した――そんな事実があるだけだ。
 彼女が私の友人を何故切ったか、お前に想像がつくか?」
「…………」
「返す言葉もないのか……それでも、いい。
 『ハクオロが神尾観鈴という少女を殺した』という情報を春原が持って来たから――ただ、それだけだ」
「何だと……!?」


その瞬間、沙羅は悟ってしまった。
これは多分悲しみの連鎖なんだ、と。認識の違い、捉え方の違い、視点の違い。
一つの歯車がズレただけで、何もかもが崩れていってしまう。そんな、崩壊反応なんだ。

自分は確かに神尾観鈴を殺したのは国崎往人である、そう聞いている。
その場に居合わせた瑛理子の口から聞いたのだから、間違いはない。
それにその光景を智代の友人が目撃していて、加害者を見間違えてしまった。そういうことではないだろうか。


「いやいや、感服だ。己の<<義>>とやらだけで、微塵の躊躇いもなく他の人間を殺せるほど彼女はお前に心酔していた。
 全く、よく教育が行き届いている。それに最期など、まるで正義の味方のようだった。
 殺し合いに乗った人間を見事に打ち倒して散ったのだからな――ハクオロ、お前はいい部下を持って幸せだっただろう?」
「ッ………………」


言葉と共に智代は右手のナイフを元のホルダーに収めた。
だが智代は確かに、ハクオロをズタズタに切り裂いたのだった。
彼女が胸に秘めていた言葉のナイフに、ハクオロは身体の痛み以上に胸に刺激が走る感覚を覚える。
皮肉、憎悪――語気を荒くし、春原とトウカについて語り出した智代の眼は武と出会う前の彼女のソレとそっくりだった。


「――すまない。少し感情的に、なり過ぎた」
「……私を、殺したい程……憎んでいるのか」
「正直な話、今でも私の腕はお前の身体を死んだ春原のようにしてやりたくて、ウズウズしているよ。
 だが、な。私はもうお前を殺すつもりはない。貴様が死に体だから、という理由だからじゃない。
 武と……約束したからだ。復讐は何も生み出さない、私はそれを理解出来た」
「では、何故……私を助けた」
「今助けに入ったのもお前ではなく、他の二人のためだ。勘違いするな」
「……ああ。恩に……きる」
「――ッ!! この、下衆が……!!」


そして智代は次なる<<魔物>>を探して、その場を立ち去った。
ほんの一、二分の出来事だった筈。
だけどまるで、時間が止まったように沙羅達の中に暗澹とした想いが生まれていた。

ハクオロも、美凪も、沙羅も知っていた。
神尾観鈴を殺したのは、そもそもハクオロではない。ただ春原陽平が勘違いをしただけ。
そう訂正するのは簡単だった。
しかし、ハクオロはそれをしなかった。故に沙羅も美凪も出しゃばろうとはしない。

ハクオロは智代の言葉を受け止めた。
確かにトウカの行いは褒められたものではない。
だが、同時に春原陽平にも明らかな非があったのだ。ソレが悲しい結果を生んだ。
もしも真実を口にすれば、智代はきっと全てを失ってしまう。そんな予兆を感じていたから。

ハクオロは思った。
散りゆく自分が、生きている智代のために何か出来ることがあるとすれば、それはきっと、最後まで悪役を演じることぐらいである、と。


 ■


ハクオロの周囲の警護をあゆに任せて、沙羅は舞の元へ向かっていた。
そして頭の中で数の計算をする。

武が一匹。
智代が二匹。
あゆが一匹。

六-(一+二+一)=X

エックスは二。つまり、


「私が……二匹か」


空気を震わす、見えない<<魔物>>に向けて、沙羅は少しだけ自嘲気味に呟いた。
その二体は川澄舞を守るように立ち塞がっている。
つまり、最後の防衛線という訳だ。

沙羅は思った。
『絶対、私よりも武の方が強いじゃん!』と。
だがこうなってしまったものは仕方がない。
状況が次々と入れ替わる乱戦では珍しいことではない。ただ自分は目の前の敵を滅殺するのみ。

彼女はため息と共にデイパックからS&W 36を取り出すと、自ら邪道と言い切った二丁拳銃を試みる。
しかし、ここで後方の美凪が彼女に話しかけて来た。


「――沙羅ちゃん」
「……どうしたの、美凪?」
「聞いてください。私が……舞さんを説得します」
「え……!」


思わず沙羅は後ろを振り向き、美凪の瞳を見つめた。
そして納得した。彼女がそれを決して冗談やハッタリとして発言した訳ではないことを悟ったからだ。
真摯な眼、真一文字に結ばれた唇、それは決意の表れ。舞に対する親愛の証明でもあった。

もしかしたら美凪は舞と面識があるのかもしれない。この状況で舞が戦列に復帰すれば、確実に自分達は全滅する。
しかし、彼女を本当に説得することが出来れば――?
ソレはとてつもないメリットになる。


「……分かった。で、私はどうすれば?」
「多くは望みません。沙羅ちゃんは私が……舞さんに触れられる位置まで行けるよう……あの敵を排除してくださるだけで結構です」


美凪は舞の眼前に立ちはだかる<<魔物>>を指差しながら、事も無げに言ってのけた。
一方で沙羅は彼女のあまりにも大胆不敵な発言に、頭がクラッと揺れる眩暈のようなものを感じた。
一対二というだけでも十分にハードワークなのに加えて、彼女も守らなければならない。
それがどれだけ大変なことなのか、分かった上で言っているのか。
いや、むしろ焚き付けているのか。


「美凪……簡単に物凄いことを言ってくれるね」
「うふふふふ……大丈夫ですよ。だって、」
「?」
「"私達"には"圭一さん"が付いてますから」
「――ああ、そういうこと」

(その名前を出されちゃ、断れる訳ないじゃない。でも呼び方……いつの間に)

沙羅は小さく笑った美凪を、本当に、本当に美しいと思った。
だから、頷いた。
前原圭一の意志を貫き通すため。そして、<<三人>>で勝利を掴むため。


美凪を信じて私は、やれるだけのことをやる。
白鐘沙羅は絶対に、絶対に負けられないんだから。



 ■

<<三対三>>

(さてと……どうする?)

沙羅にとって実態のない敵と戦うのはさすがに初めての経験だった。
アイツらにぶち込んだ銃弾は貫通するのか、しないのか。
そもそも身体に吸い込まれたら見えなくなるのか、どうなのか。
透明人間との戦術に長けている人間なんて、存在しないだろうとは思うけれど。

じっと沙羅は<<魔物>>を観察する。
よくよく見てみると、敵はどうも……完全に透明ではないようだ。
まるで波打つゼリー体。スライムとまでは行かないが、確かにその場に"居る"ことは分かる。
そしてその形。まるで動物のようにも見えるし、人型のようにも見える。
しかし、知能は低そうだ――舞本人と戦うよりもよっぽどやり易い相手だろう。

「美凪は下がっていて」
「はい……」
「――行くよっ!!」

後ろの美凪に警戒を促し、沙羅が跳んだ。
まずは小手調べ。三本目のマガジンに残った弾は十発。
自分から見て左側に位置する<<魔物>>に向けて右手のワルサーP99を二発撃ち込む。
牽制代わりなので、当然左手も添えてある。
若干、グリップが緩くなったため、肩に少しだけ痛みが走る。


「亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞!!!」
「ちょ……ッ!?」

<<魔物>>は凄まじい声で吼えた。
見えない魔物に吸い込まれた弾丸はやっぱり見えなくなるようだった。
弾だけが浮いているみたいなオカルト現象は起こらなかった。

身体を捩りながら左の奴が沙羅に向けて突進してくる。
バックステップ――駄目だ、美凪達がいる。彼女は一瞬で、判断を下しその場で迎え撃つこととした。
それは、出来れば防衛ラインは出来るだけ前方に引いておきたいという考えが彼女の中に存在したからだ。
武達は遥か後方。だが、ハクオロが倒れている場所はそれなりに近い。

――ひとまず、私がここで引き受ける。

「沙羅ちゃん、左!!」
「分かってるッ!!!」

雄たけびを上げながら突っ込んでくる左の奴、攻撃方法はおそらく"腕のようなもの"を上から叩き付けて来ると見た。
沙羅は回避運動に移る前にちらりと右の奴を一瞥する。
想像通り、左の奴に続いてもう一匹接近しているようだった。

「峨亞亞亞亞亞亞亞亞亞!!」
「遅いわっ!!」

左からの打ち込みをジャンプして沙羅は躱わす。
しかし、宙に浮いたその身体目掛けてもう一匹が波状攻撃を仕掛けてくる。
が――当然、彼女はその攻撃を読みきっている。

右のワルサーP99を上方に構え、防御姿勢へ移行。そして左のS&W 36を虚空の水面に向けてぶっ放す。爆音が木霊する。

「虞峨亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞ッッ――!!!」
「う……!!」

沙羅の一瞬浮いた身体は、すぐさま地面へ叩き戻された。
S&W 36の射撃が見事に命中。そして右の<<魔物>>の身体は崩れた――しかし、まだ足りない。
敵はそれでもなお、腕をこちらへと叩き付けて来た。
限りなく透明に近いその腕を白の少女はワルサーP99のフレームで受け止める。

沙羅は小さな笑みをこぼした。

――なんだ大したことないじゃん。

いかに不可視であろうとも、そもそも"実際に振るった刀身が見えない"川澄舞に比べればソレは児戯に等しい。
完全に一撃をブロック。衝撃を受け流すように後ろへ。
だが、それだけでは終わらない。


「チェックメイト!!」


起き上がり、沙羅を追撃しようとしていた左の奴に向けて、右のワルサーP99を発射。
若干、肩が痛むが振り払う。
地面に倒れこんでいたため、敵は回避運動に移れない。
故に、おそらく奴の頭と思しき場所に弾丸は命中した。そして、

「御御御御御御御御御御御御ッ!!!!!!」

左の魔物が――消滅する。
だが沙羅は表情を崩さない。残ったもう一匹、右の<<魔物>>を見据える。
一瞬の間。
そして、次なる邂逅。

「亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞ッッ!!!」

右の奴が沙羅に再度、突撃を試みる。
だが、一撃弾丸を貰っている<<魔物>>の動きは先程と比べて明らかに鈍い。
そう、彼らは相沢祐一が木刀を持って戦ったとしても、足止めする程度のことは出来た。
硬い外皮も甲殻も持たない彼らにとって、まさに銃は天敵とも言える存在だったのだ。

当然のように沙羅はその攻撃を身体を捩って回避する。
勢いの付きすぎた<<魔物>>の身体は、運動法則に従い彼女が立っていた場所を通過する。


「じゃあね……恨むなら――アンタの生みの親を恨みなさい」


沙羅は左手のS&W 36を数刻前に川澄舞がやったのと同じように、拳銃を真上へ放り投げる。
舞はこの後、飛んできた矢を掴んで投げ返した訳だが、沙羅が考えたことはそれとはまるで違った。
これは彼女があくまで、自らのやり方に拘った故の選択だ。

右のワルサーP99のグリップを確認。
何百何千何万と繰り返してきた反復行動は、彼女の心に安息をもたらしてくれる。
まるで自分専用にあつらえたように手に馴染む。
右掌の支えは完璧。
そして、もちろん彼女は自らの存在を確かめるように、左手を――ワルサーP99にそえた。

(見ていて……圭一、美凪。私は自分の手で"正しい道"を切り開いてみせる)

両手でグリップをしっかりと握り締める。それは射撃における基本中の基本。
自らが信じ、貫いて来た全力全開。沙羅はトリガーを引いた。反動で腕が高く、上がる。

「虞峨亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞ッッ――!!!」

そんな、一切無駄のない完璧な射撃が<<魔物>>を貫いた。


 ■

<<一対一>>


「美凪っ!!!」
「……はい」

後方の美凪を沙羅は呼び寄せる。
美凪は一切の武器を持たず、駆け寄ってきた。

美凪は走った。
守るもののいなくなった舞の元へ。
今も悲痛な叫び声をそのか細い喉から発する悲しみの少女の元へ。
見つめる沙羅の視線を背中に浴び、数時間ぶりの再会を果たす。


「舞……」
「ああぁぁあああっ!!! いや、いやぁぁぁああああああああああ!!!」


舞は虚ろな眼のまま、地面に倒れ込んでしまう寸前だった。
ボロボロになった身体を大地に預け、餌付き、喘ぎ、絶叫する。

このとき、美凪は妙なことに気付いた。
舞の身体のあちこちに見慣れぬ妙な痣が出来ていたのだ。

最初はただの打ち身、青痣かと思った。しかし、よくよく見ると明らかに違う。
ソレは肌の上から紫のペイントを施したかのようなドギツイ色をしており、皮膚下の肉が内出血しているようには到底見えないのだ。
加えてその痣が、少しずつ、舞の身体を浸食していた。

(どういうこと……なのでしょう。いったい、何故こんな……)

美凪にその理由が分かる筈もなかった。
その舞の痛み・苦しみの原因は、外傷でも何でもなくて、もっと精神的なものだったからだ。
彼女が生み出した<<魔物>>の消滅こそが彼女の身体を蝕んでいた。


<<魔物>>とは舞であり、舞とは<<魔物>>である。


両者は繋がっており、同一であり、彼女自身の空蝉なのだ。
つまり舞を説得すために<<魔物>>を消し飛ばすことを沙羅に願った美凪の選択が、結果的に彼女を苦しめる結末を生んだことになる。
本来ならば<<魔物>>は"全て"が始まった時に、ある一定の数創造され、一体が消滅するごとに舞に痛みが還ってくる構造となっていた。
彼らが全て倒される――それはすなわち、舞の死と同調していた訳だ。

しかし、この地は舞の能力を離れた輪廻によって築かれた偽りの大地だ。
彼女は自らの生命力を遣って彼らを生み出している。
舞は疲弊していた。もはや、自分以外の何もかもを消し去ってしまいたい。そんな衝動さえ湧き上がるほどに。


「大丈夫です、舞さん。私です、美凪です。
 約束どおり、いいえ……本当はこんなに早く再会するとは思っていなかったんですが」
「――みな、ぎ? み、なぎ?」
「はい……美凪ですよ。言ったじゃないですか、必ず説得してみせるって」


舞は脅えていた。震えていた。
翡翠のような眼球には翳が差し、闇色に染まる。
開き切った瞳孔、瞬きを忘れた瞳。
震える唇、白を通り越してもはや青白くなってしまった肌。
天から降り注ぐ桜花と彼女の身体とのコントラストは、もはや見ている方が悲しくなってしまうくらい。

何もかもが先程出会った少女とは違った。


「あ、あ、あ、あ、」
「舞さん……そんな悲しそうな顔は……あなたに……似合いません。
 笑いましょう、そしたらきっとへっちゃらへーです」


ほがらかに美凪は笑った。
神尾観鈴を太陽のような笑顔と称し、霧島佳乃を青空のような笑顔と称するならば、おそらく遠野美凪のそれは月に例えられることだろう。
美と月を司る偉大なる母、女神アルテミス。
美凪を表す最も的確な比喩であることは間違いない。
見るものをホッとさせるような闇夜を照らすその笑みは、今の舞にとって最も欠けているものだった。

暖かさ、
平穏、
安静、
秩序
慈愛、

舞が欲しかったのは剣と血で彩られた戦いの道などではなかった。
彼女は本当は、普通の女の子になりたかったのだ。
友達と毎日笑い合って、冗談を言って、一緒にお弁当を食べて、何の事件もなくのんびりと時を謳歌する。
大切な人達とそんな生活がしてみたかった。剣を捨てた自分を受け止めて欲しかった。だからこそ、



「美凪……」
「舞さんっ!! ようやく、心が――」
「ゴメン、なさい」
「え……ッ!!!!! あ――」



一度、修羅道に堕ちたその身にとって、彼女の愛は――重過ぎた。受け止められなかった。


「美凪っ!!!!」


沙羅の叫び声が桃色の空に響き渡る。
智代が、武が、ハクオロが、きぬが、あゆが、戦いの手を止めていた。
宙を舞う薄紅色の花弁だけが制止した世界を動いていた。


既に、出現した魔物は全て駆逐され、舞を残すのみとなっている。
再度構図は一対七に……いや、今一対六へと変わった。


永遠神剣第七位"存在"が美凪の胸に深々と突き刺さった、その瞬間から。


「あららら……私の……負け、なのでしょうか」
「言った……筈、次に会ったら必ず殺すって」
「そう……いう、約束……でしたものね。ええと……私の、敗因は何だったのでしょう」
「それは……多分。私の中に、もう佐祐理しか……なかったこと。
 美凪の友情を受け取る資格なんて…………私にある筈がなかったから」


誰もが思った――助からない、と。
そして誰もが動けなかった。
彼女たちの領域を汚してはならない、本能的にそう感じ取ったのだろうか。真実は分からない。
小さな唇から紅い血液を零す美凪と彼女を抱き締める舞。
そして誰もが思った、
でも、どうして、それがこんなにも美しい光景に見えるのだろうか、と。


「舞……コレ」
「ん。ハンカチは……持っていて……いい?」
「もちろん……です」


その場の人間は皆、呆気に取られていたのだ。
だから美凪と舞がとある<<道具>>を交換したことを、まるでスライドショウを眺めるかのように傍観してしまった。

そして時は動き出す。
この島において、九十七式自動砲と対を成す最強の銃の片翼が、ついにその身に焔を宿したのだから。
神剣魔法を破られ、肉体強化を施した剣術をも無効化された舞に残された最後の武器。

全長百156cm。
総重量38kg。
50口径の弾丸を連続発射する<<対物兵器>>
アメリカの軍隊でさえ、人間に使用することを躊躇う意見が聞こえる鉄の厄災。

ブラウニング M2 "キャリバー.50"がついに発射準備を整え、川澄舞の手に握られた。

「しまっ――!!」
「……動かないで。あなた達はもう……私の射程範囲に入っている」
「糞が……ッ」

舞を取り囲むように位置していた沙羅達は、逆に彼女の攻撃圏内にも同時に侵入していた。
今までは"存在"を持ち踏み込んだ際の間合いだけを考えれば良かったのだが、こうなると完全に形勢は逆転。
加えて彼女の残弾がいくつなのか、断定的出来ない以上無謀な特攻など仕掛けるものもいなかった。


「心配しないで……私に、今は戦うつもりはない」
「……逃げる気か」
「"三人"……仕留めた。……あなた達の"嘘"を確かめたら、また……絶対殺しに来る」
「く…………」


40kg近い鉄塊を構えながら少しずつ、舞が後ずさる。
沙羅達は当然動けない。下手な攻撃が更なる被害を生むと十分に理解していたからだ。

ハクオロを、美凪を、こんな目にあわされて黙っている訳にはいかない。
大地を己の足で踏み締め、舞を睨みつける五人の人間の胸中を暗澹たる闇が渦巻く。
しかし、動くことは出来ない。なにしろ距離が近すぎるのだ。
実際、舞はキャリバーを戦闘開始時の先制手段として使うことが多かった。
戦闘中にこの凶器を取り出すのはリスクが大き過ぎる。故に主にはニューナンブM60や刃物を使い戦う機会が多かった。

だが、今は――八人の人間が十メートルも離れていない位置に密集している。
迂闊な動きは死に繋がる。自分だけではなく、仲間を危険に晒すことになる訳だ。
加えて彼女がこの場から撤退すれば、ひとまずの安全は確保される。この一点も大きかった。

保身と憤怒のジレンマ。
結局彼女達が選んだ選択は、舞を見逃すことだった。



舞の背中がようやく見えなくなった所で、誰ともなしに安堵の嘆息を漏らした。
ひとまず、脅威は去った。
後はハクオロと美凪に一刻も早い応急処置を施さなければ。そんな意識が健全な人間達の脳裏を過ぎった。
が、しかし。


「あぐぅ…………ッ!!!!」


川澄舞は去り際にこう、言い残した。

『"三人"仕留めた』と。

しかし、あの時点で重傷を負っているように見えた人間は二人のみ。
それでは最後の一人は一体誰のことを差していたのか。


「きぬッ!? おい、どうした!!」
「――なんだよ、この血の量は……」


太股に巻かれた包帯を一面紅で染めた少女。蟹沢きぬが地面に倒れ込んだ。
沙羅とあゆは気付かなかった。
舞がボウガンの矢を受け止め、きぬに投擲したあの時点で既に――最初の犠牲者が出ていたことに。






「はぁっ……はぁ……つッ――!!」

舞は走る。
目的地はマップの遥か北、D-2公園。

痛いんだけど痛くない。
矛盾しているようでそれは非常に正しい感覚だった。

<<魔物>>を呼び寄せた代償として、蒼の浸食は進み、麻酔を打った後のような陶酔感を彼女に与える。
フロッピーの爆発を浴びた代償として太股や腕には火傷の跡、撃たれた脇腹は未だに血液を吐き出し続けている。


佐祐理は鷹野三四に捕らわれている。
まだ、生きている。
信じていた。いや、それしか信じることは出来なかった。

そして今でも舞は思う。
鷹野のその言葉を信じていたい、と。一丈の希望に縋っていたい、と。

だからその信念を揺るがす戯言は全て振り払わなければならない。
佐祐理の死体を見た? ソレどころか埋葬した?
全部、全部、つまらない虚言に過ぎない。


悲しき剣士は走る。
舞い散る桜におぼろげな願いを込めて。



【C-5 森/2日目 午後】

【川澄舞@Kanon】
【装備:永遠神剣第七位"存在"@永遠のアセリア-この大地の果てで-、学校指定制服(かなり短くなっています)】
【所持品:支給品一式 ニューナンブM60の予備弾8、ブラウニング M2 “キャリバー.50”(ベルト給弾式、残弾0)、ハンドアックス(長さは40cmほど)、草刈り鎌、 ニューナンブM60(.38スペシャル弾3/5)、美凪のハンカチ】
【状態:決意、疲労極大、精神磨耗、右目喪失(止血済み)、肋骨にひび、腹部に痣、肩に刺し傷(止血済。痛いが普通に動かせる)、太腿に切り傷(止血済。痛いが普通に動かせる)、脇腹に被弾、"痣"の浸食(現在身体の40%)、魔力残量20%】
【思考・行動】
基本方針:佐祐理のためにゲームに乗る
0:D-2公園に向かい、ハクオロの言葉が"嘘"であることを確かめる。
1:積極的な戦いは避けるが、応戦はする
2:佐祐理を救う。


【備考】
※永遠神剣第七位"存在"
 アセリア・ブルースピリットが元の持ち主。両刃の大剣。
 魔力を持つ者は水の力を行使できる。舞は神剣の力を使用可能。
 アイスバニッシャー…氷の牢獄を展開させ、相手を数秒間閉じ込める。人が対象ならさらに短くなる。
 ウォーターシールド…水の壁を作り出し、敵の攻撃を受け止める。
 フローズンアーマー…周囲の温度を急激に低下させ、水分を凍結させ鎧とする。
 他のスキルの運用については不明。
※永遠神剣の反応を探る範囲はネリネより大分狭いです。同じエリアにいればもしかしたら、程度。
※<<魔物>>
 制限によって禁止されていた魔物を生み出す力が、枯れない桜の力の減少によって使用可能になっています。
 呼び出す対価として魔物がやられる度に舞は生命力を失います。



202:私たちに翼はない(Ⅱ) 投下順に読む 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 時系列順に読む 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 川澄舞 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 遠野美凪 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 白鐘沙羅 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 大空寺あゆ 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 蟹沢きぬ 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) ハクオロ 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 倉成武 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 坂上智代 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 鷹野三四 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) ハウエンクア 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) 桑古木涼権 202:私たちに翼はない(Ⅳ)
202:私たちに翼はない(Ⅱ) ディー 202:私たちに翼はない(Ⅳ)






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