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解放者――ウィツァルネミテア――(中編)◆guAWf4RW62


規格外の巨体に加え、凄まじいまでの魔力を帯びたディー。
人間離れした身体能力を誇る仮面兵達が、瑞穂達を包囲する。

「舞台は整った。さあ、汝等の力を見せてみるが良い――!」

完全なる異形と化したディーが、死闘の開幕を告げた。
狼狽しているような時間も、作戦を練る時間すらも与えられない。
アヴ・カムゥと同等の巨体が、六体もの仮面兵が、一斉に沙羅達へと襲い掛かる。


「くぅ――――」

焦りの表情を隠し切れぬ沙羅に対して、疾風と化した一体の仮面兵が迫る。
沙羅も高度な射撃技能を活かして、ワルサー P99で仮面兵を撃ち抜こうとするが、弾丸は一発たりとも命中しなかった。
仮面兵は銃弾を正確に視認して、獣の如き俊敏さで躱してゆく。
距離が離れた状態で幾ら銃弾を撃っても、当たる可能性は殆ど無いだろう。

「……とんだ化け物ね。でも、動きが単純過ぎるわよ!」

沙羅は武器をH&K MP5に持ち替えつつ、仮面兵を引き付ける。
仮面兵は物々しい鉄爪を右腕に嵌めたまま、縦一文字に突っ込んでくる。
先程見せた凄まじい俊敏性から判断するに、攻撃も人間離れした速度であると考えて間違い無いだろう。
正面から衝突しては、勝ち目は極めて薄いと云わざるを得ない。
故に沙羅は仮面兵が眼前まで迫った瞬間、勢い良く地面へと滑り込んだ。

「いっ……けええええええぇぇぇ!!」

頭上スレスレを切り裂いてゆく敵の凶器など気にも留めず、倒れ込んだ姿勢のままH&K MP5を撃ち放つ。
姿勢が崩れていた為に上手く照準を定められなかったものの、銃弾の何発かは仮面兵の胴体を掠めた。
致命傷には至らないだろうが、通常の人間ならば間違い無く激痛に悶える筈。
しかし既に理性を失っている仮面兵からすれば、痛みなど無意味。

「シャアアアアアアアアアアッ!!」
「あつぅう……!?」

仮面兵はまるで動きを緩めずに、地面に倒れ込んだままの沙羅に向けて鉄爪を振り下ろす。
沙羅も地面を転がる形で回避しようとしたが、完全には躱し切れず、左肩を軽く切り裂かれてしまった。
生暖かい血が漏れ出て、沙羅の服を赤く塗らす。
そして沙羅が立ち上がるのと同時に、仮面兵がダンと大きく踏み込んだ。

「――――しまっ!?」

後退する沙羅に向けて鉄爪が繰り出され、H&K MP5が宙へと弾き飛ばされた。
沙羅は後方へとステップを踏みながら、焦燥に奥歯を噛み締める。
仮面兵が繰り出す連撃の勢いは、雪崩の如き凄まじさだった。
行動こそ直線的で捌きやすいタイプだが、強引に反撃しようとすれば、その瞬間に殺されてしまうだろう。
故に沙羅は一旦反撃を断念して、回避に意識を集中せざるを得なかった。

勿論、危険な目に遭っているのは沙羅だけでは無い。
瑞穂や梨花、きぬも仮面兵達の襲撃を受けて、懸命に抵抗を続けている。
そして残るアセリアと武は、ディーとの死闘を繰り広げていた。


「タケシ――気を付けろ、あの魔力量、あの威圧感…………。
 アレは……アヴ・カムゥとは桁が違う……!」
「ああ、分かってるさ!」

アセリアは『求め』を手に、武は大剣状となった『時詠』を手に、ディー目掛けて縦一文字に疾駆する。
このような怪物に対抗し得るのは、同じく人ならざる力を持つ者達だけ。
故にディーとの戦闘は、自分達二人が請け負うべきだった。
まずは距離を詰めようとした二人だったが、その最中にディーの右手が怪しい光を放ち始めた。
光は急激に収束し、バレーボール大の球体を形作ってゆく。

「――――っ」

即座に危険を察知したアセリアは、素早く横へとステップを踏んだ。
その直後、ディーの手から勢い良く球体が放たれて、それまでアセリアが居た空間を切り裂いてゆく。
球体は後方の地面に衝突して、大きく轟音を鳴り響かせた。
アセリアの背中に叩き付けられる岩の破片が、後方で発生した破壊の凄まじさを物語っている。
そして当然の事ながら、ディーの攻撃が一発で終わる筈も無い。
間髪置かずに、次の光弾がアセリア目掛けて飛来する。

「…………ハアァァッ!」

アセリアは間一髪のタイミングで跳躍して、飛来する黒色の球体を空転させた。
ディーは次々に球体を作り出して、間断無く遠距離攻撃を仕掛けてくる。
その度にアセリアは回避を強要されて、思うように間合いを詰める事が出来なかった。
しかしアセリアが攻撃を引き付けている間も、場の状況は確実に動いている。
異能を秘めたもう一人の戦士――倉成武は、真横からディーに斬り掛かろうとしている所だった。

「おらぁあああああっ!」

武はディーの懐に潜り込むと、その脇腹に向けて思い切り『時詠』を叩き付けた。
大剣の刀身は正確に標的を捉え、大地すらも震わせるような轟音を打ち鳴らす。
その音だけでも、直撃した剣戟の凄まじさを推し量れるだろう。
だが敵は桁外れの怪物であり、キュレイの怪力による一撃ですらも必殺とは成り得ない。
武が放った渾身の剣戟は、ディーに掠り傷一つすらも負わせられなかった。

「この……、まだまだぁっ!」

あの巨体、元より一発程度で貫けるとは思っていない。
武は直ぐ様剣を振り上げて、二発目の攻撃へ移ろうとする。
だがその刹那、武の背筋を決して無視出来ない圧倒的な悪寒が奔った。

「っ――――!」

武は考えるよりも早く、その場を全速力で飛び退いた。
直後、それまで武が居た空間を、ディーの巨大な爪が切り裂いてゆく。
空を切る轟音が、武の鼓膜をビリビリと揺らし、今の一撃がどれ程凄まじいモノなのかを物語っていた。
正しく窮地と呼ぶに相応しい状況だったが、ともかく回避には成功した。
敵がアヴ・カムゥならば、一旦の仕切り直しが許される場面。

しかしディーは――最強を誇る怪物は、それ程甘くない。
武が射程圏外へ逃れるよりも早く、ディーの爪が横薙ぎに繰り出される。
大気を切り裂いてゆく爪撃は、剣術の達人が放つ剣戟に匹敵する速さだった。
避け切れぬと判断した武は、『時詠』の刀身を盾にして受け止めようとしたが、衝撃まではとても殺し切れない。

「ぐあああぁぁっ…………!」

自動車に撥ねられたような衝撃が、武の身体へと襲い掛かる。
武は軽く十メートル以上後方へと吹き飛ばされ、背中から地面に叩き付けられた。
背中をハンマーで殴打されたような衝撃に、凄まじい激痛が武の神経を奔る。
尚もディーは攻める手を緩めようとせず、悪夢のような速度で武へと突進する。
しかしそこでディーの真横から、蒼色の疾風が吹き荒れた。

「ぃやああああああっ!!」

渦巻く突風。
アセリアは純白の翼により加速を付けて、ディー目掛けて一直線に突撃する。
そのまま勢いを活かして、『求め』を渾身の力で振り下ろそうとする。
それに対抗すべく、ディーも左腕をアセリアの方に向けて構えた。
轟く炸裂音。
いかなる守りも打ち砕いてきた『求め』はしかし、巨大な掌によって掴み取られた。

「ッ…………」

アセリアは懸命に『求め』を振り切ろうとするが、膂力も身体の大きさも違い過ぎる。
自身の百倍近い体重を持つディー相手に、力比べで敵う筈が無い。
どれだけ身体能力を強化しても、『求め』の刃先はディーに握り締められたまま微動だにしなかった。

「ハァァ――――!」

先程のダメージから立ち直った武が、ディーの右側から斬り掛かる。
凄まじい旋風を伴ったその剣戟は、アセリアのソレと比べても決して見劣りはしない。
だが済んでの所でディーの右手が伸びて、『時詠』の刀身は正確に掴み取られた。
アセリアと武、『求め』と『時詠』。
二人の戦士、二本の永遠神剣が左右からディーを挟み撃ちにする形となる。
しかし二人掛かりであろうとも、巨体を誇るディー相手に力で勝つのは不可能だった。
ディーは二人を得物ごと持ち上げると、恐るべき怪力で前方へと投擲した。

「ぐがっ…………!!」
「つあああっ……!」

武とアセリアは勢い良く宙を舞い、空中で互いに激しく衝突した。
殆ど縺れ合うような形で、地面へと落下しそうになる。
このまま二人纏めて地に叩き付けられてしまえば、致命的な隙を晒す事になる。
一瞬の判断でアセリアはウイング・ハイロゥを羽ばたかせ、何とか着地に成功した。

(……強い)

狼狽を隠し切れぬ面持ちで、アセリアは眼前の怪物を凝視する。
異形と化したディーの実力は、筆舌に尽くし難いものだった。
全長五メートルを越す巨体に加え、強力な攻撃魔法、圧倒的な格闘能力。
攻撃力も、防御力も、そして敏捷性もアヴ・カムゥとは比べ物にならない。
暴走した時の悠人とは違い、魔力切れもまず起こさないだろう。
今のディーは正に完全無欠の存在であり、近付けば燃え尽きる巨大な恒星だ。

アセリアは気圧されそうな心を必死に抑え込んで、再びディーに挑み掛かろうとする。
だがその時視界の端に、仮面兵と戦っている仲間達の姿が映った。

「ミズホ……サラ……皆ッ……!」

アセリアが悲痛な声を漏らす。
仮面兵と戦っている仲間達の中には、誰一人として優勢に事を進めている者など居なかった。
未だ致命傷は受けていないものの、確実に追い詰められつつある。
常人離れした身体能力を持つ六体もの仮面兵相手に、只の人間四人如きが勝てる筈も無いのだ。
人数でも、個々の力量でも完全に劣っている。
状況は、絶望的だった。

「……行ってこい、アセリア」
「え――?」

アセリアが横に振り向くと、そこには意を決した表情の武が立っていた。
武は何ら躊躇する様子を見せずに、言葉を続けてゆく。

「コイツは俺が一人で何とかする。お前は瑞穂達を助けに行ってこい」
「……駄目だ、それは出来ない。タケシ一人で……勝てる訳が無い」

武の提案を素直に受け入れる事など、アセリアには出来なかった。
今、武は命を捨てると云っているのだ。
二人掛かりでも押されていたと云うのに、武一人であの怪物に勝てる筈が無いだろう。
だが、このままでは瑞穂達が皆殺しにされてしまうのもまた事実。
武は出来る限り力強い声で、諭すように云った。

「――そう簡単にやられるつもりなんか無いさ。それに、他に選択肢が無いんだ。
 瑞穂達を見殺しになんて出来ないだろ? だから、早く行ってやってくれ」
「……ん、分かった。タケシ……どうか死なないで」

アセリアとて、無茶な願いを口にしているのは分かっている。
ディーと武の戦力差は火を見るより明らかだ。
それは武本人が、誰よりも一番強く自覚している事だろう。
だというのに――武は、精一杯の笑みを形作った。


「大丈夫さ――俺は死なない。それがつぐみとの、約束だから」


それでもう、アセリアが掛けるべき言葉など無くなった。
アセリアは窮地に陥っている瑞穂達を救うべく、疾風の如き速度で飛び去ってゆく。
残されたのはキュレイの力を内に宿し男と、悪魔の如き禍々しさの巨人のみ。

「……愚かな。自ら死を選ぶとはな」
「死ぬってそりゃ誰の事だ? 少なくとも俺は、当分死ぬつもりは無いぜ?
 沙羅やホクトが待ってるんでな」

圧倒的と云うのも憚られる程の体格差だが、武の目に怯えの色は見られない。
在るのは、猛々しい闘志と強い意思だけだ。
諦めるつもりも、こんな所で倒れるつもりも毛頭無い。
どれ程劣勢でも諦めずに、最後まで抗い続ける不屈の心こそが、倉成武の最大の武器。

「未だ戯言を吐くか。ならば現実を理解せぬまま、その生を終えるが良い」
「はんっ……死ぬのはお前だ、デカブツ――!」

武が縦一文字に疾駆する。
圧倒的な力量差がある事を理解しつつも、絶対の意思を以って自ら近付こうとする。
しかし遠距離攻撃も可能なディーからすれば、近接戦闘に固執する必要は無い。
ディーは右手に魔力を籠めて、黒く輝く光弾を銃弾のように撃ち放った。

「フ――――」

武とて、これまで数多くの死地を潜り抜けてきた猛者。
いかな相手がディーとは云え、一発の魔弾如きに屈するような無様は晒せない。
済んでの所で上体を屈めて、迫る死をやり過ごす。
武は前方へと疾走を続けながら、僅かに口元を吊り上げた。

「その程度か? ほら、もっと来いよ」
「云われずとも」

ディーは攻める手を休めずに、二度三度と光弾を射出した。
矢継ぎ早に放たれる攻撃は、一発一発が必殺に近い威力を秘めている。
キュレイキャリアの武と云えども、急所への直撃を受けてしまえば致命傷になりかねない。
しかし武は確実に光弾の軌道を見切って、最低限の動きで身を躱し続ける。

「……永遠神剣の助けも無しに、これだけ避けるか。ならば――」
「――――!?」

ディーは手緩い攻撃など無意味と判断し、右手でなく左手も用いて、次々と光弾を生み出し始めた。
生み出した光弾を直ぐ発射したりはせずに、そのまま光弾の備蓄を増やしてゆく。
僅か数秒程度の時間で、十に上る数の光弾が準備された。
先程までの攻撃とは、まるで桁が違う。
直撃すれば一発で死に至る魔弾の群れが、一斉に獲物へと襲い掛かる――!

「…………ッ」

武は神懸かり的なタイミングでサイドステップを踏んで、最初の四発を空転させた。
続く三発は身を捩って強引に逃れ、残りの二発は地面へと滑り込む事でやり過ごす。
武の後方で次々と轟音が鳴り響き、大空洞の地面が深く抉られていった。
そして、未だ全ての弾を避け切った訳では無い。
残る一発の光弾が、地に倒れ込んでいる武の元へと飛来する。
この状況、この態勢から避け切る事は到底不可能だろう。
だが、追い詰められてからが武の真骨頂。

「く…………オオオオオオォォォッ!!」

避け切れないのならば――迎え撃てば良い。
武は上体を起こすと、迫る魔弾に向けて『時詠』を思い切り叩き付けた。
魔弾は武の身体に届かずして、激しい音と共に弾け散った。
衝撃で両腕の筋肉が酷く痛んだが、その程度の事で怯んでなどいられない。
武は直ぐに立ち上がって、再びディー目掛けて疾走し始めた。

「――――ッ!?」

まさか今の連撃が防がれるとは、そして即座に突撃して来るとは予測していなかったのか。
ディーの反応が一瞬遅れ、その隙に武は『時詠』が届く距離まで詰め寄った。
苦し紛れにディーの左爪が振るわれたが、それも上体を低くしてやり過ごす。

「チィ――――!」
「ようやく……っ、近付けた……!」

ディーは強引な反撃を行った所為で、極めて大きな隙を晒している。
しかし武は、素直に『時詠』で斬り付けるような真似はしなかった。
『時詠』による剣戟が通じない事は、先程までの戦いで分かっている。
もっと強力な攻撃で無ければ、この敵には掠り傷一つ付けられない。

「――食らいやがれえええええええええええっ!!」

武は鞄から九十七式自動砲を取り出して、即座にディーの方へと向けた。
これが、武の出し得る最大火力。
戦車の装甲すらも貫ける程の、圧倒的な火力。
銃火器中で最強の威力を誇る一撃が、至近距離から叩き付けられる……!

「ガアアアァァァ――――!!」

どんな攻撃にも動じなかったディーの巨体が、僅かながら後方へと弾かれた。
響き渡る猛獣の如き咆哮は、今の一撃が有効であった証拠に他ならない。
されど一撃で倒せる程甘い敵では無いし、当然武もその事は理解している。
直ぐに九十七式自動砲を構えて、次なる一撃を撃ち込もうとする。

だが武が引き金を絞ろうとした瞬間――ディーの身体が文字通り『消えた』。

「な……に…………?」
「――惜しかったな、抗う者よ。我がこの姿になる前ならば、汝の勝ちであった」

聞こえて来る声は背後から。
これは、孤島に参加者達を送り込んだ時と同じ力。
ディーは自分自身を瞬間移動させて、武の後ろへと回り込んだのだ。
虚を突かれた武の背中に向けて、巨大な右爪が突き出される。

「く……そおおおおおおおぉぉぉっ!!」

武は即座に九十七式自動砲を投げ捨てて、横へ飛び退こうとしたが、とても間に合わない。
後方から振るわれたディーの豪腕は、この状況で避け切れる程甘いモノでは無い。


「――――ガ、ハッ…………」


ディーの繰り出した爪は、寸分違わず武の身体を捉えていた。
交通事故にも酷似した轟音と共に、武の身体が空中へと弾き飛ばされる。
武はそのまま受身を取る事すらも叶わずに、二十メートル程離れた地面へと叩き付けられた。
苦悶の声は、無い。
先の衝撃で意識は消失し、深く切り裂かれた腹からは、止め処も無く血が溢れ出ている。
傷口の奥には、赤黒い内臓が見え隠れしている。
純キュレイ種の小町つぐみならばともかく、不完全なキュレイ種である武にとっては、間違い無く致命傷だった。



「……やはり、争いは種の急激な進化を促すか」

呟く声は、ディーのものだった。
先程受けた砲撃により、巨大な胴体部の一部で僅かながら血が滲んでいた。
この程度、掠り傷と云っても差し支えのない負傷だろう。
それでも倉成武は、神である筈のディーを傷付ける事に成功したのだ。
永遠神剣の力すらも借りずに、だ。

「決着は既に付いた――ならば、暫くは静観するのも一興か」

今攻撃を仕掛ければ、瞬く間に人間達を殲滅する事が出来るが、ディーはその選択肢を良しとしなかった。
敵の中で最も脅威になるのは『求め』の使い手アセリア、次がキュレイキャリアの倉成武。
元より圧倒的に有利な勝負だった。
敵の二番手である武を打倒した今、最早勝敗は決したと云っても良い。
だから、ディーはこう考えた。
極限状態の争いの中でアセリア達が何を見せるか、暫く観察してみようと。
此度の決戦に於いても尚、神は高みより人々を見下ろし続ける。



    ◇     ◇     ◇     ◇



「タケシ……ッ!」

紫の瞳が悲痛な色を灯す。
アセリアは当然の事ながら、武の敗北を察知していた。
しかし察知したからといって、助けに向かうような時間など存在しない。
現に今も、仮面兵三体の集中攻撃を受けている所なのだから。
アセリアは横から迫る槍を払い除け、背後から一閃された斧は屈んで躱した。
上体を起こすと同時に、正面にいる仮面兵目掛けて、『求め』を斜め上の軌道に振り上げる。

「……やああああぁぁっ!」

雄叫びと共に剣戟を放ったが、『求め』は仮面兵の刀によって受け止められた。
いかなアセリアと云えども、三体に張り付かれた状況では、腰の入らぬ軽い一撃しか放てない。
そんな生温い攻撃で倒せる程、この敵兵達は甘くない。
アセリアは確かに強いが、敵も並外れた身体能力を持っている。
どうしても守勢一辺等となり、手数と人数の差で押されてしまう。
そして苦戦を強いられているのは、他の者達も同じだった。

現在、大空洞に居る仮面兵は全部で六体。
異形の集団に対抗するは、アセリア、瑞穂、梨花、きぬ、沙羅の五人。
アセリアが一人で仮面兵三体を引き付けている為、他の者達は人数的に有利な状況で戦う事が出来る。
だが人数で勝っていようとも、梨花達は個々の力量で大きく劣っている。
特に、子供並の身体能力しか持たぬ梨花は厳しい戦いを強いられていた。

「くうっ…………!」

梨花は間一髪のタイミングで身を捩って、迫る槍撃から逃れる。
息を吐く暇すら無い内に仮面兵の第二撃が飛んで来て、再び回避を強要された。
反撃する余裕など無い。
梨花と仮面兵の身体能力差は歴然としている。
下手な行動を取ろうとすれば、その瞬間に殺されてしまうだろう。
故に梨花が出来るのは、先にこちらの体力が尽きると理解しつつも、防御に撤する事だけだった。
ならば、他の仲間達が状況を打開するしかない。
梨花の直ぐ近くでは、瑞穂と仮面兵が一騎打ちの形で戦っていた。

「たあああぁっ!」

瑞穂は大きく一歩踏み込んで、袈裟斬りの形で刀を振り下ろした。
甲高い金属音を伴って、瑞穂の剣戟と仮面兵の剣戟が交差する。
梨花と違い、瑞穂には反撃出来るだけの身体能力と技量がある。
しかし何度瑞穂が攻撃を繰り出そうとも、仮面兵を打倒するには至らないし、相手も防御に徹している訳では無い。
瑞穂の連撃の合間を縫って、仮面兵が横薙ぎに剣を振るった。

「…………っ」

瑞穂は敵の剣撃を受け止めながら、強く唇を噛んだ。
自分で互角。
ならば実力的に劣る梨花やきぬは、そう長く持ち堪えられないだろう。
一秒でも早く眼前の仮面兵を打倒して、救援に駆け付けなければならない。
焦燥に身を任せて、瑞穂は天高く剣を振り上げた。
しかし大振りに過ぎるその攻撃が、仮面兵に通じる筈も無い。

「シャアアアアアアッ!」
「しま――――!?」

仮面兵は体を横に半転させて、瑞穂の刀を回避。
その勢いのまま体を回転させて、横一文字に剣戟を繰り出した。
瑞穂は態勢を崩しており、剣の軌道から逃れる事が出来ない。
このまま瑞穂が斬り裂かれるかに見えたが、刹那のタイミングで銃声が鳴り響き、仮面兵の剣が大きく上に弾かれた。

「落ち着きなさい! バラバラに戦っても勝てないわ!」
「――沙羅さん!」

沙羅はワルサー P99の銃口を直ぐに違う仮面兵へと向け、銃弾を撃ち放った。
次の銃撃はまた別の仮面兵に向けて、その次はまた違う敵を狙い撃つ。
銃弾が仮面兵達の身体を捉える事は無かったが、敵の勢いを押し留める事には成功した。
沙羅は仲間達一人一人に視線を送りながら、簡潔に作戦を伝える。

「皆、一対一じゃなくて集団で戦うのよ! 私達が勝ってるのはチームワークだけなんだから!」

――個々の力量で及ばぬのなら、チームワークで補えば良い。
それがこの窮地に於いて、探偵助手・白鐘沙羅の紡ぎ出した策だった。
一同は直ぐ作戦に従って、連携を重視した戦い方に切り替えた。
眼前の敵にはもう固執せずに、周囲へと注意深く目を光らせる。
攻撃も防御も、出来る限り仲間と協力して行うように試みる。
そうした努力の結果、形勢は徐々に変わっていった。

仮面兵達はその圧倒的な身体能力を活かして、一体一体が猛攻を繰り出して来る。
対する瑞穂達は抜群のチームワークを発揮して、互いの隙を上手く補い合っている。
仮面兵達と瑞穂達の熾烈な戦いは、両者共が一歩も譲らない展開となっていた。
だがその最中とある異常に気付いた瑞穂は、戦いの間隙を縫って、倒れ伏す武の身体を注視した。

「武さんの傷が……治っていく?」

それは、常識では考えられないような光景だった。
武の身体を柔らかい光が包み込み、あれ程深かった傷が急激に塞がりつつあるのだ。
幾ら武がキュレイキャリアであるとは云え、それだけではとても説明が付かない。
瑞穂は懸命に思案を巡らせようとしたが、程無くして仮面兵達の攻撃を受け、思考の中断を余儀無くされた。

だが瑞穂と同様に異変を察知した者が、この場にはもう一人居た。
先程まで高みの見物を決め込んでいたディーである。
そしてディーは瑞穂と違って、武の傷を治療しているモノが何であるかにも気付いている。

「『時詠』の力が……発動しているだと……?」

放たれたディーの声には、僅かながら驚愕の色が混じっていた。
武の身体が回復しつつあるのは、『時詠』から放たれるオーラフォトンによるものだ。
だがディーには、何故『時詠』の力が発動しているかまでは分からなかった。
倉成武は魔力など持ち合わせていない筈だし、『時詠』と契約を交わした様子も無い。
魔力や契約という代償が無ければ、永遠神剣の力は借りられない筈。
なのに、一体何故――そこまで考えて、ディーはある事実に思い至った。

「……そうか。汝も来たか、羽入」

それで、正解の筈だった。
倒れ付すの武の身体から、僅かに羽入の気配が感じられる。
こちらに向けられる、燃え盛るような敵意が感じられる。
武が『時詠』の力を引き出している訳では無かった。
隙を見て武に憑依した羽入こそが、『時詠』の力を引き出しているのだ。

「――ならば、禍の元は早々に断ち切っておくべきか」

捨て置くべき状況で無いと判断したディーは、その重い腰を上げた。
幾らディーと云えども、高位永遠神剣『時詠』が相手となれば、ある程度の損傷を覚悟せねばならない。
故に、武が意識を取り戻す前に倒してしまうのが最良。
ディーは不安要素を叩き潰すべく、仮面兵を更に一体召還した。
呼び出された仮面兵は直ぐ様武に襲い掛かろうとしたが、そこに一人の少女が立ち塞がる。

「おい仮面野朗、おめー人の仲間に何しようとしてんだ?」

現れた少女の名は、蟹沢きぬ。
きぬは武の窮地を見て取って、何とか混戦から抜け出してきたのだ。
他の仲間達は、今も仮面兵達と一進一退の攻防を繰り広げている。
きぬが混戦から抜け出してしまった以上、援護を行うような戦力的余裕はもう無いだろう。
状況的にはきぬと仮面兵、一対一の形。
仮面兵との一騎打ちは、きぬにとって自殺行為にも等しい行為だ。

だが、彼我の戦力差など関係無い。
純一ならば、絶対に仲間を見捨てたりしない筈。
己の命を犠牲にしてでも、仲間を守り抜こうとする筈なのだ。

「おっら、いくぜえええええぇぇぇ!」

きぬはトンプソンM1923を深く構えて、迫る仮面兵に挑み掛かった。
だがディーが召還せし異形の前には、素人が扱う銃火器などまるで意味を成さない。
きぬのトンプソンM1923が火花を吹くのとほぼ同時、仮面兵は大剣片手に疾風と化した。

「当たら、ない……ッ!」

優に秒速250メートルを越える弾丸の群れですらも、仮面兵を打倒するには至らない。
素人に過ぎないきぬの射撃技術では、獣以上の俊敏性を誇る怪物など到底捉え切れない。
仮面兵は縦横無尽に大地を駆け回り、きぬの銃撃を的確に捌いてゆく。
やがてトンプソンM1923がカチッという音と共に、弾切れを訴えた。
きぬは大慌てで武器を『献身』に持ち替えたが、そこに仮面兵が斬り掛かって来る。

「シャアアアアアァァァッ!」
「くあっ……この、馬鹿力が……!!」

只の一合切り結んだだけで、きぬは両腕に電撃が奔ったかのような錯覚を覚えた。
小柄なきぬと仮面兵の間には、それこそ大人と子供以上の腕力差が存在するのだ。
仮面兵の勢いは尚も止まず、二度三度と剣戟を繰り出して来る。
きぬも歯を食い縛って耐えようとしたが、何時までも堪え切れるものでは無い。

「あ――――、く―――――!」

四度目の斬撃を受け止めた瞬間、きぬの『献身』が空中へと弾き飛ばされた。
この状況で武器を失うという事は、致命的な隙を晒すという事に他ならない。
無防備となったきぬの胸に向けて、仮面兵の剣戟が繰り出される。
だが銀の刃先がきぬに食らい付く寸前、ソレは現れた。


「――――え?」


甲高い金属音を鳴り響かせながら、仮面兵の大剣が受け止められる。
驚愕の表情を浮かべるきぬの眼前には、白衣を身に纏った女性が立っていた。
女性は手にした西洋剣を横薙ぎに振るい、仮面兵を大きく後退させた。

「……何とか、間に合ったみたいね」

小さな呟きを漏らした女性は、顔を仮面で覆い隠している。
その姿は、ディーに操られている仮面兵達と酷似していた。
きぬは素早く『献身』を拾い上げて、警戒態勢を取ろうとするが、そこで瑞穂が制止の声を上げる。

「待って下さい、蟹沢さん! その方は――優さんは、私達の味方です」
「……味方?」
「ええ。そうですよね、優さん?」

瑞穂が確認するように問い掛けると、白衣の女性――田中優美清春香菜はコクリと頷いた。
仮面の力に侵食されつつある優だが、未だ理性を失ってはいない。
優は自らの罪を少しでも償うべく、戦場に馳せ参じたのだ。

「お願いします優さん、蟹沢さん。二人で力を合わせて、武さんを守って下さい。
 少しずつですが、武さんの傷は回復しています――時間さえ稼げれば、きっと助かります」
「ええ、任せておいて。私は自分の罪を償う為に、そして貴方達を助ける為に来たのだから」
「おっし、やってやんよ!」

会話を終えるや否や、瑞穂は再び仮面兵達との戦闘に移行した。
きぬと優も各々の得物を手に、眼前の仮面兵に対して攻撃を仕掛けてゆく。

始めにきぬが『献身』の刃先を突き出したが、やはり仮面兵との腕力差は如何ともし難い。
『献身』は仮面兵の一撃で、呆気無く弾き飛ばされてしまった。
しかしきぬとて馬鹿では無い。
正面から斬り合っても勝てぬ事など、先程の戦いで十分に理解している。
ならば当然、次に打つ手くらい考えてある。

「こんのっ……ボクをなめんなよ!」
「ガアアアアアアアアァァッ!?」

得物を失ったきぬは、ヘッドスライディングの要領で仮面兵の右足に組み付いた。
それを好機と取った優が、一直線に仮面兵へと斬り掛かる。
足を掴まれている仮面兵は、碌な回避行動を取る事が出来ない。
咄嗟に剣を掲げて防御するのが限界だった。

「……はあああぁぁぁああああっ!」

優は瀑布の如き連撃を繰り出して、仮面兵を防御の上から打ち砕こうとする。
連続して鳴り響く金属音は台風を連想させる程に凄まじく、優の猛攻がどれだけ苛烈なものであるかを物語っていた。
だが常軌を逸した仮面兵の膂力は、この不利な局面でさえも強引に覆す。
仮面兵は連打の間隙を縫って、反撃の一撃を斜め上方から振り下ろした。
優の剣戟と仮面兵の剣戟が、真正面から衝突する。
互いの吐息を感じ取れる程の距離で、優と仮面兵は鍔迫り合いの形になった。

「く……うっ…………」

優の表情が、苦痛に大きく歪んだ。
瑞穂との戦いで受けた怪我の所為で、左腕一本での力比べを強要される。
そのような状態で競り合いを制す事が出来る筈も無く、徐々に押し込まれてゆく。
しかしほんの数秒保てば、それで十分だろう。
仮面兵の真横では、既にきぬが新たな武器を取り出し終えていたのだから。

「ヒエン! おめーの力を見せてやれえぇぇぇぇっ!」

きぬは刀――ヒエンの形見――を、仮面兵の脇腹に深々と突き刺した。
赤い鮮血が勢い良く噴き出して、仮面兵の動きが大きく鈍る。
優はその隙を見逃さずに、己が剣を横薙ぎに振るった。
奔る銀光。
旋風を伴って繰り出された剣戟は、正確に仮面兵の首を切り落としていた。


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