「散りゆくものたち」(2008/02/11 (月) 18:18:25) の最新版変更点
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**散りゆくものたち◆/Vb0OgMDJY
和机にうず高く積まれた紙の山。
それは机と言う領域を乗り越え、床の上にまで侵食し、そこに机の上のそれと同等の高さにまで山を築き上げている。
その山の一つが、シャッ、シャッと紙を捲る音と共に、一定の間隔で低くなっていき、その隣に同じ間隔で新しい山が築き上げられる。
その音の発生源は、一人の男。
和机の前に腰を下ろした男が、片方の手で一心不乱に紙の山を減らし、もう片方の手に握った筆で何事かを書きつけ、その横に積み上げる事によって音が奏でられている。
…やがて、一つの山が完全に姿を消し、そこにあった山が隣に同じ大きさの山を築き終わる。
そして、男は間を空けずに、次の山を崩しに掛かる。
男は、その作業を延々と続けていたが、ある時ふと顔を上げた。
ドスドスっという徐々に大きくなる異音が、男の居る部屋へと近づいて来たからである。
その異音、足音の主は部屋の前まで至ると、無遠慮に扉を開いた。
そこに現れたのは、鎧を身に纏った精悍な顔つきの大男。
尖った耳と、顔に刻まれた大きな刀傷が外見を特徴付けている。
「大将、そろそろ時間ですぜ」
大男は、扉を開いた時の無遠慮な態度そのままに、部屋の主に告げる。
「そうですか」
それらの態度には構わず、男は片手に握っていた筆を机に置き、すぐさま立ち上がる。
そうして、僅かにのびをした後、
「行きますよ、クロウ」
とだけ告げて、大男―クロウの返事を待たずに、部屋から出る。
「へいへい」
というクロウの答えが、その後に聞こえた。
◇
謁見の間。
国の皇たる相手と会うために使われる大部屋。
その中心に、一人の女性が居た。
その場所に居る以上、この女性こそ今から皇と謁見する相手なのであろう。
長い金の髪、母性の象徴たる豊かな胸、僅かに憂いを秘めた美しい貌。
どれをとっても特徴的ではあるが、それらを差し置いてまず人目を引くのは、女性の背中の、白く美しい翼の存在であろう。
その翼こそ、この大陸において調停者と称される『オンカミヤムカイ国』のオンカミヤリュー族たる証。
そうして、この女性はそのオンカミヤムカイ国の第一皇女、名をウルトリィといった。
女性の表情は険しい。
その表情からでも、この会合は余り友好的なものでは無いと伺える。
その顔は、玉座…ではなく、その横に立つ一人の男へと向けられている。
見ると、本来謁見を行うべき皇の座る筈の玉座には、誰も居ない。
そうして、ウルトリィも、男も、この場にいる全ての人間も、それを当然の事と受け止めている。
「それでは…これでお別れになりますね、ベナウィ様」
長く、意味の無い儀礼が終わり、女性は最後の挨拶を述べる。
そう、『最後』の挨拶。
オンカミヤムカイより大使としてトゥスクルに滞在していたウルトリィ皇女に、帰国の時が訪れたのだ。
「いえ、長きに渡る助力に感謝しております」
男―ベナウィはそう礼を返す。
本来は、皇たるものが返すべき返礼は、ベナウィの口から発せられる。
玉座の傍らに立つベナウィこそ、現在、主不在なトゥスクルをを事実上統べる位置にあるのだ。
ある日、トゥスクル国にて皇たるハクオロ及び重臣数名が失踪。
その中には、ウルトリィの妹であるカミュも含まれていた。
以前に、ウルトリィも含めて数人でナ・トゥンクへと旅立った出来事もあったが、その時とは違い置手紙も存在しておらず、移動手段すら定かでは無い。
懸命の捜索にもかかわらず、手掛りすら掴めていない。
原因不明の現象ではあり、続発する気配の無いものではあったが、それでもオンカミヤムカイの皇女が行方不明になったのは事実。
そのような危険な国に、跡継ぎたるウルトリィを滞在させておく訳にはいかないという判断により、彼女に帰国の命が下ったのだ。
公的には、オンカミヤムカイはトゥスクルに対して、調停者としての立場を崩してはいない。
だが、元より二人の皇女が滞在していたという時点で、ある程度の厚遇であった事は事実。
その恩恵が無くなるどころか、カミュの行方不明によってむしろ不利に扱われる可能性すら存在する。
皇が不在なところに追い討ちにしかならない。
が、その事を理解していても、ウルトリィには他に選択できる道は無い。
ウルトリィとて、カミュや親しい友人達の安否が気がかりであったが、それでも皇女という立場では、残る事など出来る筈も無い。
むしろ、今日までの数日間、トゥスクルに残り続けていたことが彼女の出来うる限りの抵抗であったのだろう。
「少しでも早く、皆様の無事が確認できることを祈っています」
そう、話を締める。
(……しらじらしいですね)
顔には出さず、心の中で呟く。
そう、この会話は無意味なモノでしかない。
少なくとも、ウルトリィ、ベナウィ、そしてクロウの三人にとっては。
◇
「失礼…します」
挨拶をして、部屋に入る。
痛いほどの静寂、触れただけで割れてしまいそうなほど透明な空気。
その部屋には、静謐な空気が満ちていた。
「ウルトリィ様…」
部屋の中に居た双子の片割れ―ドリィが、訪問者を見て取り、立ち上がる。
それを片手で制して、ウルトリィは部屋の奥、この部屋の主が伏せる寝台へと移動する。
寝台の少し前に座っていたもう一人、グラァがウルトリィの為に場所を空ける。
その動きに、寝台の端で丸くなっていた白い獣が、僅かに顔を挙げ、ヒクヒクと鼻を鳴らし、そうして再び蹲る。
ここ数日、もはやそこが定位置となった獣の動きに、寝台の主が反応する。
「…ウルトリィ…さま」
僅かに、ウルトリィの方に顔を向けたのは、目を瞑ったままの少女。
「お体はどうですか…ユズハさん」
ウルトリィの訪問に対して、体を起こそうとする少女を制しながら、告げた。
…聞く必要など、無い。
誰の目にも明らかな事実。
少女は、もう、長くは無い。
元より、長くは無い身体。
ソレを永らえさせていた薬師は、この国の主達と共に消え、またその身体を蝕む病を抑える方法も、同時に消えた。
最早、彼女の体を長らえる方法は無い。
だが、彼女の体の急激な衰えは、身体的な物だけでは無い。
彼女の心が、急激に生きる力を喪っていった事が、最も大きな要因だろう。
ユズハを包んでいた世界は、壊れた。
彼女を庇護し続けていた兄も、共に過ごした友人達も、密かな想い人も、全ては消えた。
今残っているのは、兄を慕っていた双子と、友人の匂いが残る獣…いや別の友人のみ。
彼らに責は無い。
現に、ユズハの為に、今も傍にあり続けているのだから。
いや、彼らだけでは無く、ベナウィも、クロウも、ウルトリィ本人も、幾度と無く彼女の元に足を運んでは、元気付けようとした。
だが、それはあくまで残滓でしか無い。
彼女に生きる力を与えていたモノは、今はもう無いのだ。
「夢を…見ました」
少しして、ユズハが弱い声で喋りだす。
最早、彼女には声に力を込めることすら困難なのだ。
「……夢…ですか?」
少女の意図がわからず、ウルトリィは疑問を返す。
そもそも、今回ウルトリィがユズハの元を訪れたのは、彼女が話したい事があると告げられたからだ。
だから、少女の意図は未だわからない。
「カミュちゃんの、夢を見ました」
「え……」
ウルトリィは僅かに大きな声を出してしまう。
夢を見る。
それは、別段おかしな事では無い。
だが、ユズハがわざわざウルトリィに告げるほどの事柄では無い筈だ。
「ハクオロ様は、亡くなられたそうです」
少ししてユズハは、更に小さい声で告げた。
「!……」
◇
暖かい間隔に、ふと目を開く。
おかしな事だ。
そもそも、わたしは目を開いた事など無いのに。
けど、何故かその時だけは目を開いた。
見える筈なんて無いのに、何故か見える気がしたから。
そうして、目の前には知らない筈の女の子が立っていた。
そもそも、顔を知っている相手など、一人もいないのだけど、その子の事は知らないと理解できた。
でも、
「カミュ…ちゃん」
見たことも無い、本人とも思えない相手なのに、何故だか自然と声が出た。
それが、正解なんだって、解った。
「ごめん…ユズハちゃん」
カミュちゃんが謝る
表情は変わらないけど、とてもすまなそうな顔だった。
「お兄さん…もう、帰れないんだ」
声の調子も、とても悲しそうだった。
「おじさまも、アルちゃんも、みんな死んじゃったんだ」
カミュちゃんは続ける。
とてもすまなそうに、
「そして、私ももう、帰れない。
姉さまに、御免なさいって言って」
悲しそうに、
悔しそうに、
告げた。
そうして、静寂。
なぜだろう、わたしには、それが本当の事なんだろうって理解できた。
…悲しくは、無かった。
何故か、覚悟は出来ていたから。
そうやって、少しの間静かに向かい合っていて、
「ただ、一つだけ」
また、カミュちゃんが告げる。
「もう、こんな事は起きないから。
お父様が…死んじゃったから」
そうして、カミュちゃんは羽を広げる。
黒い羽が、辺りに舞い散る。
「だから、もう、こんな悲しい出来事はお終い。
何の救いにもならないけど…でも、それだけは確かな事」
そして、飛び立とうとするカミュに
「待って…」
声を掛けた。
◇
「兄様は、亡くなられてしまったのですね…」
言葉を無くすウルトリィに構わず、ユズハは続ける。
「ハクオロ様も、アルルゥちゃんも、エルルゥ様も、カルラ様も、トウカ様も」
傍に控えている双子も、何も言えない。
ただ、少女だけが告げる。
「『御免なさい』と、カミュちゃんは言っていました。
ウルトリィ様に伝えて欲しいと」
そうして、ユズハの話は終わった。
◇
追憶は、ここで終わる。
その数日後、ユズハは亡くなった。
彼女を見取った双子も、既にこの国には居ない。
獣は、既に森へと帰っていった。
ユズハの告げた内容は、何の根拠も無いもの。
だが、それがおそらく事実なのだということが、何故だか理解できてしまった。
その事実は、既にベナウィ達も承知している。
だからこそ、この会話も、現在も続いている捜索も、全ては無意味な行為でしかないのだ。
それでも、国としてはそのような不確かな事実を認めるわけにはいかない。
だからこそ、彼女は自身の欺瞞を強く感じるのだ。
「それでは、ウィツァルネミテアの加護のあらん事を」
そうして、無意味な会話は終わる。
その言葉が、更に自身の心を削る。
加護など、最早望む事は出来ない。
彼女の考えが正しいのならば、ウィツァルネミテアこそがこの国の皇を、彼女の妹を奪ったのだから。
それでも、彼女はオンカミヤムカイの皇女として、責務を履行する。
感情など表に出さず、ただ大使としてこの国での最後の役割を終えた。
◇
和机にうず高く積まれた紙の山。
それは机と言う領域を乗り越え、床の上にまで侵食し、そこに机の上のそれと同等の高さにまで山を築き上げている。
その山の一つが、シャッ、シャッと紙を捲る音と共に、一定の間隔で低くなっていき、その隣に同じ間隔で新しい山が築き上げられる。
その音の発生源は、一人の男。
和机の前に腰を下ろした男が、片方の手で一心不乱に紙の山を減らし、もう片方の手に握った筆で何事かを書きつけ、その横に積み上げる事によって音が奏でられている。
…やがて、一つの山が完全に姿を消し、そこにあった山が隣に同じ大きさの山を築き終わる。
そして、男は間を空けずに、次の山を崩しに掛かる。
男は、その作業を延々と続けていたが、ある時ふと顔を上げた。
ドスドスっという徐々に大きくなる異音が、男の居る部屋へと近づいて来たからである。
(そういえば、ここしばらくクロウの足音でしか、執務を中断することはありませんね)
ベナウィはそう思考しながら、副官を、今となっては唯一の友を迎える
「大将!
西が動いたぜ!!」
開口一番、クロウは告げる。
蹴破らんばかりの勢いで扉を開き、部屋中を満たすほどの大声で叫ぶ。
最も、その勢いとは裏腹に、クロウの態度は平静そのものだ。
「…やはり、ですか」
その声を受けるベナウィも、平静そのものだ。
『エルムイがクンネンカムイへと侵攻』
西方の大国であるクンネンカムイへの、武力侵攻。
小国であるエルムイが、単独でそのような無謀な戦を行うはずが無い。
その背後には間違いなくクンネンカムイに並ぶ大国、ノセシェチカの影がある。
この大陸において、三大強国と呼ばれる内の二つの戦いとなれば、それは当事者だけには留まらない。
間違いなく、最後の一つである、シケリペチムも動くだろう。
そして、その目的は、このトゥスクルである可能性が高い。
シケリペチム皇たるノウェは、ハクオロの失踪により興味を失ったとはいえ、トゥスクルとは戦争状態にあったからである。
「直に、軍儀を開かなければなりませんね」
「おう、もう準備は出来ていますぜ!」
立ち上がり移動するベナウィに、クロウが付き従う。
シケリペチムとの戦となれば、トゥスクルの全戦力を動員しなければならないからだ。
そうして急ぐベナウィの背に、
「……大将……」
クロウらしからぬ、弱い声が掛かる。
「その話は何度もした筈です。
それに、今行っても何の意味もありませんよ」
その目的は解っている。
ベナウィに皇位について欲しいと言う懇願である。
この数ヶ月、何度も繰り返された問答である。
「だけどよ、戦争だぜ!
今度ばかりは旗印が居ないとよ!!」
クロウの言い分は正しい。
このトゥスクルという国の安定を考えれば、ベナウィが皇位につき、当面の安定を図るべきなのだ。
だが、元より新興国であるトゥスクルは様々な問題を内外に抱えている。
そうして、ベナウィは、元は圧制を行っていた旧支配者の側の人間であり、彼が国を継げば不満が噴出するのは、ほぼ確実と見られていた。
「……今は、そんな問答を繰り返している暇はありません。 急ぎますよ」
立ち止まったクロウには構わず、ベナウィは先に進む。
それを見て、クロウはしばし立ち止まる。
彼とて理解している。
「ああ、そうだよ。
……この国の皇は一人しか居ないんだって事ぐらいは解ってるよ」
そう、元よりトゥスクルの皇は一人しか居ないのだ。
ならば
(…皇を失った国は……)
不吉な予感にかぶりを振り、クロウはベナウィの後を追った。
◇
ふと、懐かしい匂いを感じた
彼は、目を開く。
空には、大きな月が輝いている。
本来なら、眠りに就いている時刻。
だが、彼は気まぐれに身を起こし、眠気の残る体で、移動し始める。
夜気に、僅かに体を震えさせながらも、歩みは止まらない。
そうして、徐々に加速しながら、匂いを追う。
森を抜け、平地を駆け、かつて居た場所を通り越し、
やがて、彼が偶に足を運ぶ場所。
丘の上の小さな石の傍に足を運ぶ。
懐かしい匂いは、そこにあった。
「……………」
匂いの主は、何事かを告げる。
だが、元より彼には言葉は通じない。
だから、彼は態度で返す。
懐かしさから、歓喜の感情を込め、彼は吼えた。
高く…
高く……
空に、彼方に届くように、高く…
◇
(約束…守れたのかな)
最後に残った友達の声を聞きながら、彼女は思考する。
あの時、彼女に告げられた最後の願い。
(帰ってきて…)
(私たちの元に…帰って来て。
そして、自分で謝って……。
心配掛けて、御免なさいって)
それだけを頼りに、残された僅かな力だけで、帰ろうとした。
少しずつ、這うように、懸命に、歯を食いしばって。
そうして、漸く、この場所まで帰りついた。
もう、長くは持たない。
元より、あの時に消え去ってしまう程度の力しかなかったのだから。
約束を果しに行く時間なんて無い。
だけど、
だから、これだけは言わないと。
「…ただいま」
&color(blue){【ギャルゲロワイヤル うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄 了】}
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