終幕(前編) ◆/Vb0OgMDJY



気が付けば、目の前には見たことの無い風景があった。

鉄製というわけでもなさそうだけど、鈍い色を放つ壁。
…木でもコンクリートでもなさそう
何個も存在する大きなテレビ……モニター?
…よく解らない映像が映し出されている
壁に直接付けられている机と椅子。
その上の、用途の解らない様々な……多分、機械。
…あのパソコンに似た代物なのかしら

全てが、私にとって不可解な物質で占められた空間。
ここが、
ここに…
「鷹野達が……いるの?」
「そう、なんかね?」
答えた声は、あゆのものだ。
声のした方向を向いて、私は漸く、他のみんなの姿が無い事に気が付いた。

「……どうやら、逸れちまったみたいさね」
辺りを見回しながら、あゆが答える。
ここは…何らかの部屋の中だ。
大体、教室の倍程度の広さ。
見回してみても、他に人影は無い。
他のみんなの姿も、敵の姿さえも無い。

ゴツゴツしていて解りにくいけど、ここは多分四角い部屋だ。
出入り口と思しきものが三つ。
私たちの正面の壁に一つと、後ろの壁に一つ。
二つの扉は、位置的には私たちから少し左手側に、向かい合っている。
そうして、もう一つの扉は左手側の壁に存在している。
大きさは…左の壁の扉が一際大きく、残りの二つは同じ大きさだ。
扉の存在しない右側の壁には、中心に大きなテレビ?が備え付けられている。
その近辺は、多少広く空間が空いていて、その他の場所には、まるで教室のように等間隔で、機械の付属した机と椅子がテレビ?の方向を向いて並んでいる。
配置から考えると、恐らく左側の扉が正面口で、私たちは部屋の中心より少し奥側に居る事になる。

と、そこで、

“ここは、恐らく第三層、ドリットシュトックの何処かなのです”

という羽入の声がした。
見ると、私の少し後方に羽入の姿があった。
「羽入、やはり皆バラバラになってしまったの?」
そこに羽入がいるという事をあゆに示す為、口に出して問いかける。

“はいなのです。ボクのチカラが足りないばかりに……”

「それは、いいわ。 皆も覚悟していたことだから。
 それよりも…ドリット?」
羽入がいつもの通りに弱気になるが、ソレを叱咤しつつ、質問する。

“はい、ここは鷹野達の本拠地『Lemu』の中の、一番下の階層に当たる第三層『ドリットシュトック』なのです。
 因みに『ドリットシュトック』というのはドイツ語なのです。
 ボクにも詳しい構造は知らないのですが、比較的重要な施設が多い筈です”

私の疑問に羽入が答える。
難しい単語はさておき、ここは地下三階で、重要な施設が多いと。

“はい、ボクは皆そろって第一層『エルストボーデン』に移動させようと思っていたのですが、失敗してしまいました。
 梨花は、運よくあゆと一緒に誰も居ない場所に出られたようですが、他の皆が何処に行ってしまったかはわからないのです。
 流石に壁の中にいるなんて事は無いはずですが、もしかしたら敵の真ん中に出てしまった人も居るかもしれないのです。”

成る程、それは確かに反省したくはなるわね……。
羽入の話を纏めると、私たちは三つの階から成り立つこの『Lemu』の何処かに、バラバラに飛ばされた上に、場合によっては敵に囲まれていると。
『Lemu』の構造は、
フロアの殆どが大きな広場になっている、地下一階『えるすとぼーでん』。
幾つかの部屋に分かれていて、様々な施設がある、地下二階『つう゛ぁいとしゅとっく』(鈴凛が居たのもここらしい)
二階と同じような構造だけど、重要な施設が多く存在する、地下三階『どりっとしゅとっく』
の三フロアで、移動には階段かエレベーターを使うしかないと。
そういう事情をあゆに説明しながら、善後策を検討する。
まず、最も優先するべきなのは仲間達との合流。
その後は、施設の破壊や鷹野の発見、鈴凛の救出に『ディー』という黒幕を何とかするなど、することは多い。
まあその辺りは状況によって変わってくるのだろうけど。

となれば…
「じゃあ、羽入。 私たちはこの階の探索をするから、貴女は他の皆を探して。
 貴女の姿は私しか見えないから、発見しだい戻って来て、私たちが合流に向かう事にしましょう」
これが、一番堅実な方法だろう。
実体が無い代わりに、自由に移動出来る羽入は、偵察には最適だ。
羽入は私のいる場所なら感知できるから、合流も容易い。
そう考えたのだが、

“あぅあぅ、ボクが梨花達の少し前を進む事にすれば、梨花達は安全なのですよ?”

羽入が口答えしてきた。
羽入のいう事にも、一理はある。
確かに、羽入に先の部屋とか曲がり角とかを偵察してもらえば、私たちは安全に進めるだろう。
でも、
「皆が危険な目に逢っているかも知れないってのに、そんなのんびりとした行動は出来ないわよ」

“でも、梨花に万一の事があったら、ボクはそれこそ何にも出来なくなってしまうのですよ!”

だが、羽入は食い下がる。
「それは……」
確かにそれはそうだ。
羽入が他の誰かを見つけても、その事を伝えられないのでは意味が無い。
それはそうなんだけど…
「でも……」
何とか羽入を諭そうと考えたその時

突如、点滅する赤い光と、『ヴゥゥゥゥゥ』という高めの音が鳴り響いた。

「何!?」
「こりゃ、多分警報だね……」
あゆが、少し深刻そうな声を出した。
警報、それはつまり、

“あぅあぅ、多分誰かが敵に見つかったのです”

そういう事になる。
されにそれは、私たちがこの『Lemu』に侵入したことが敵に知られたという事だ。
遠からず、他の人も、いや私たちも敵に発見されるかもしれない。
「迷っている時間は無いわ! 早く行って、羽入!」
羽入を促す。
だが、羽入の返答よりも前に。

「あら、余計なオマケまで付いてきてしまったのね」
突如開いた正面側の扉から、記憶にある女性の声がした。

「……鷹野!」


(羽入……ねえ)
こうしてあらぬ方向を向いてブツブツ言っている光景は、ヤバイ奴そのものだけども、実際にそこには『何か』がいるらしい。
こうして有益な情報を齎してくれてるんだから心強い味方なんだけど。
(なんつうか、やっぱり実物を見ときたいねえ)
姿が見えないというのはどうも不安だね。
まあ、そんなことは顔には出さないけど。
(しっかし…水中基地だぁ? 不安だ…凄く不安だ……)
外壁とかに何かあったら、全員お陀仏なんて事もあり得るんじゃないかね?
しかもよりによって一番下の階だとか。
(……沙羅とか瑞穂は大丈夫だろうけど、カニとアセリアは……気が付かないで暴れるんじゃないかい……?)
敵と刺し違えて死ぬなんてのは死んでも御免だけど、見境なく暴れた所為で浸水して死亡なんてのは考えるのも嫌だね。

と、そこで、周りの状況が変わった。
「何!?」
梨花の声。
これは、
「こりゃ、多分警報だね……」
つまり、この基地に何かがあった事を示している。
何かって、…この状況では一つしかない。
私たちの侵入。
誰かが、敵と遭遇したってことだろう。
「迷っている時間は無いわ! 早く行って、羽入!」
梨花も焦った声を出す。

丁度、その時、

「あら、余計なオマケまで付いてきてしまったのね」
という声と共に扉が開き、
一人の女が、部屋の中に入ってきた。
長い黄色の髪、コスプレにしか見えない黒い衣装。
忘れられる筈の無い、一人の女が。
「……鷹野!」
梨花が叫ぶ。
ああ…そうさ。
忘れもしない、この糞ったれな殺し合いの主催者サマだ。
「フフ、お久しぶりね、梨花ちゃま」
梨花の声に、鷹野が答える。
その余裕な声が、またカンにさわる。

そうして、視線は私を素通りして、
「それと…羽入ちゃん…いえ、オヤシロさまとお呼びしましょうか?」
梨花から少し視線を外しながら、言った。
ん?ということは、
「鷹野……羽入の事が見えるの…?」
そういうことになる。
「ええ、聞いてないの?
 条件を満たせば、彼女の姿は見えるのよ?
 最も……」
クスクスと嫌な笑みを浮かべながら、
「村に居た頃は、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだとは思ってもみなかったけど」
楽しそうに言った。

と、そこで、鷹野に続いて人影が見える。
眼鏡を掛けた、体格の良い、見たことの無い男だ。
「富竹…貴方まで」
梨花が、男に言う。
「…………」
男は何も答えない。
その顔には、何の表情も浮かんでない。
まあ、誰だろうと関係ないがね。

「それと、大空寺あゆさん、ね。
 予定にはなかったのだけど、歓迎するわ」
そこで、漸く鷹野は私の方を向いて言った。
……別に、あんな奴のいう事なんざどうでもいいけど、気になった事がある。
つまり、
「おまけ、ってのは私の事かい?」
よりにもよって、あの女、この大空寺あゆ様をおまけ扱いしてやがる。
元から殺すつもりだったけど、罪状が増えた。
だってのに、
「ええ、本来は貴方達を散らすついでに、梨花ちゃまと羽入ちゃんだけをここに呼んでもらう筈だったのだけど、そういえば余分が無い様にとは頼んでいなかったわね。
 まあ、私の道を阻む石ころが一つ増えたところで大差はないわね」
あ、
あ…あの女、よりにもよってこの私を石ころ扱いしやがった……!!
「てめえ、この糞虫ごときが…この大空寺あゆ様を石ころだ!?」
「あら、汚い事を言うわね。
 実際、この『ゲーム』においては石ころみたいにうち捨てられる存在でしょう。
 というか、わかっているの?
 私を『糞虫』と呼ぶなら、貴女は貴女の言う『糞虫』にいい様に踊らされて人を殺した、いうなればゴミ以下になるのよ?」
楽しそうな笑みを浮かべながら、鷹野は言った。

……
…………切れた。
あの女にも、私自身にもだ。
あんな女はそもそも糞虫以下だし、それに踊らされて一ノ瀬を殺した私だって似たようなもんさね。
その事を忘れて、簡単に苛立っていた私自身に腹が立つ。
ああ、そうさね。 
そもそも殺す相手なんだから、何を言ったって気にする必要なんざ無かったね。
(つか、そもそも悠長に喋っているのも嫌なこった)
そう思った所で、

「鷹野……どうしてこんな事をしたの」
梨花の言葉に出鼻を挫かれた。


「鷹野……どうしてこんな事をしたの」
今更、聞く必要なんて無い。
どの道、戦うしか無い相手なのだから。
でも、どうしても気になる。
鷹野は、悪人では無い。
確かに悪趣味なところはあるし、苦手な面も存在するけど、それでもマトモな人間の筈だ。
だから、或いは話をすることで、何か進展が起こるかもしれない…。

けれど、
「小娘にはわからないわ」
鷹野の返事はそっけなかった。
「…答えるつもりは無いという事…?」
「まさか、むしろ貴女達にはイヤでも聞いてもらうつもりよ。
 ただ、貴女には共感出来ない理由という事よ」
そこで、一息つく。
そうして、
「そう、貴女みたいに『選ばれた』人にはね」
鷹野は、初めて笑み以外の感情を私に向けた。
あれは、そう、憎しみに近い。

「……『選ばれた』?」
意味が解らない?
私がオヤシロさまの巫女である事を言っているの?
だが、私の言葉には反応は無く、
「貴女は知らないでしょうけど、この時代にはテレビゲームという物があってね。
 その中では、それこそ気に入らない結果になったらボタン一つでリセットしてしまえばいいの。
 何回でも、何回でも好きなだけやり直して、望む結果がでたら続ければいいの。
 でも、それはあくまで『ゲーム』の世界。
 人生にはやり直しなんてないわ」
関係なさそうな話をした。

「……え?」
思わず、間の抜けた声を出す。
でも、意味がわからなかったからじゃない。
その意味が、ある事柄を連想したからだ。

そこで、鷹野はまた『笑み』を浮かべ、
「聞いたわよ…貴女、『やり直せる』のですってね」
そう、言った。

…何故?
いえ、羽入の事を知っているのだから不思議はないのだけど、
でも、
「ずるいと思わない?
 普通、人生っていうものは一度っきり」
鷹野の言葉は、不思議と私を責め立ててくる。
「やり直したいなんて思っても出来るはずが無いものよ」
そう、それが普通。
でも私は違う
「それを、貴女は自分が望む未来にたどり着くまでやり直せる
 そう、それこそゲームみたいにね」
そう、それが、古手梨花の持つ普通とは異なるチカラ。
そんなことは、今更気にする事では無い。

でも、何故、他人に言われるとここまで気になるのだろうか?

「ねえ」
と、そこで鷹野は…あゆの方を向いた。
「そうよ…そこの小娘は、一人だけやり直せるのよ。
 この島で貴女達が必死になって生き延びようと努力している間、この子は一人だけ『失敗したら次に行こう』なんて考えていたのよ」
「違う……!!」
そんなことは無い。
「私は……そんな事は考えて無い!」
私は、
私も、
「今度は、もうやり直せない、だから、皆と一緒に帰るんだって!」
一生懸命、歯を食いしばって頑張ってきた。
仲間達と、力を合わせて生き抜いてきたんだ……!
それは、紛れも無い事実だ。
―ありったけの力を込めて、鷹野を睨みつける。
けど、そこで鷹野は更に笑みを強めた、
そして、
「そう…『今度は』ね」

「じゃあ、今まで何回やり直してきたの?」

……え?

「ねえ、梨花ちゃま?…一体何回お友達を見捨ててきたの?」

…………何?
……………何て、言っているの?

「そうね……今なら解るわ。
 あの時、私たちに言った予言の意味が…。
 貴女はそうやって、何度も私やジロウさんが死ぬのを見てきたんだ」

…それは、
……それは、

「何度も、沙都子ちゃんや前原君を見殺しにしてきたんでしょう?」

見殺……?

「ち……違……私は、見殺しに……なんか」
そう、見殺しにするつもりなんて無かった。
仲間達と、最高の未来を迎える。
その為だけに頑張ってきた。

………………でも、
でも、それは私の理屈。
その世界の皆には、その世界だけが全て。
私は…出来ることをしないで、数え切れない世界で、皆を見殺しにしてきた……そう…なの?
そんな、でも…

「あら、でも『お父さんとお母さんは見殺しにしたんでしょう?』」

!?
…今…なん、て、言ったの…?
私が…誰を……何したって?

「一年目は工事現場の監督。
 二年目は沙都子ちゃんの両親。
 三年目は貴女の両親。
 四年目は悟史君と叔母さん
 これだけの人を見殺しにしてきたんでしょう?」

やめて

「それだけ見過ごしておいて、自分だけは幸せになりたいだなんて……虫が良すぎると思わない?」

やめて、やめて、

「数にすると七人……いえ、それを何回?何十回??
そんな数え切れないだけ人を見殺しにしておいて、自分一人だけが幸せになりたいだなんて……そんなことが許されるとでも思っているの?」

「やめてっ!!」
見殺し?
そんなことは考えていない。
全ては考えに考え抜いた結果だ。
私だって、皆が生き残ることを目指して最大限に努力してきた。
でも、いつも何も変わらなかった。
だから、私は妥協した。
仲間達との未来を掴む為に、あえて見、殺……し…に……………

え?
「ち、ちが…違う……違うわ!!
 私は、そんなつもりじゃなくて、ただ! た、だ……」

「諦めて何もせずに見殺しにしたのよね。
 貴女の身勝手な考えを元にして」
……あ、
「ねえ、大空寺さん。 解ったでしょう?
 この子は、自分の為なら平気で大事な人達を見殺しにするのよ。
 貴方達も、いつ捨てられる事になるかしらね?
 あれだけ仲の良さそうだった北川君や風子ちゃんまで見捨てたのだから」

……違う!
そんなことはしていない!!
「あれは…貴女が!「知るかい、そんなこと」

私の言葉をさえぎって、あゆの声と共に銃声が響いた。


「知るかい、そんなこと」
言いながら、とりあえず銃口だけ向けて発砲。
私の行動を見て取った男が、咄嗟に鷹野に飛びつく。
相手の動きには構わず、梨花を左手で引き寄せながら再び発砲。
移動しながらなんで狙いが逸れたけど、元々威嚇目的なんでそれはいい。
…チト残念だけどね。
「そんなどうでもいい話なんか知らないさね」
梨花と共に机の陰に隠れる。
…長々と、イラつくんだよ。
「別に梨花が何回の繰り返していたって関係ないね。
 私にとっては、今が全てなんだからさ」
…私には何の関係も無い話だろ?
つーかさ、
「それにさ……そもそもてめーみたいな糞虫の言葉なんざ信じると思ってやがんのか!?」
机の反対側の陰から頭と片手だけ再び発砲。
ムカついたんで三連射。
が、富竹とかいう男に抱きかかえられ、鷹野は机の影に移動される。
…図体の割には機敏に動く奴だね。

……まあ、梨花の反応からすると、やり直せるってのは本当なんかね?
色々不思議な力があったんだから、そんなのがあっても不思議はないか。
けどまあ、多分これが最後だっていうのも本当だろうし。
そもそもだ、
「梨花が見殺した?
 そもそもよ、てめーがこんなモン始めなければ良かっただけの話だろうがよ!!」
ああ、ムカつく。
あんまりムカついたんで、気が付けばS&Wは撃ち尽くしちまった。
なんで、とりあえずベレッタを取り出しながらS&Wに弾を補充。
この作業でアイツが生きている時間が何秒か長くなる事がまたイラつく。
そもそもあの女の顔を見ているだけでイライラするし、長々と話を聞いていた時間がもったいなさすぎる。

ついでにそんな言葉でへこんでる梨花にも多少ムカつく。
「梨花!あんたもあんな糞虫のさえずりなんかほっとけ!
 一ノ瀬は何の為に死んだと思っているのさね!!」
あの時私に見せた態度は何処に行った?
一ノ瀬は、そんなへこみ虫なんぞを庇って死んだのか?
ふざけんなや!
「一回だか何回だか知らねえが、生きてるからには最後まで生き残れや!!」
腹が立ったので、叫びながらベレッタを連射しといた。


「梨花!あんたもあんな糞虫のさえずりなんかほっとけ!
 一ノ瀬は何の為に死んだと思っているのさね!!」
「一回だか何回だか知らねえが、生きてるからには最後まで生き残れや!!」

(……こと、みは?)
そうだ、ことみは私を守って死んだんだ。
私が『仲間』だったから。
ううん、ことみだけじゃない。
潤も、私の事を逃がすために死んだ。
風子も、最後まで仲間の事を思っていた。
皆、仲間の為に命を懸けた。
私も、
私だって、
「……そうね」
クロスボウを放つ。
まあ当たる筈もないんだけど…壁に刺さりもしないというのは微妙に腹が立つわね……壁が硬いのだと考えときましょう。
「私には、皆の分まで生きる『責任』があるわね」
矢を番えながら喋る。
「責任だ? んな大層なもん背負われても迷惑だと思うがね」
撃ったり撃たなかったりを繰り返しながら、あゆが言う。
「いいのよ、私が勝手に背負いたいんだから」
デイパックから取り出したMk.22を腰に挟みながら答える。
威力は兎も角、私の力でも簡単に使える代物だ。

そうして、油断なく相手の方を注意しつつ。
「ありがとね、あゆ」
礼を、言っておいた。
「あんですと? 礼なんか言われる覚えは無いんですがねえ?」
何でか文句で返された。
でも、多分それは照れ隠しの一種なんだと理解している。
だから、
「『親しき仲にも礼儀あり』、仲間に助けられたのだから礼を言うのは当然でしょ」
からかいを含めて返しておいた。
「……まあ、なんだ。…冗談を言っている状況に見えるのかい?」
うん、結構からかいがいはあるわね。
とはいえ、まずはここを何とかしないと。

そして、お喋りを止めたのだけど、
(羽入、そういえば貴女は何も言ってはくれないのね)
先ほどから反応の無い羽入が気になる。
(……鷹野の言っている事も、一面の真実ではあるのです)
私の言葉に、羽入が返事を返す。
(そうね、まあ確かにいつの間にか努力することを忘れていたわ)
『前回』、圭一の起こした奇跡を目にするまで、諦めて次に行くことしかしていなかった。
そんなのだから、先に進めないわけだ。
この島に来るまで、生きる努力すら忘れていた気がする。
……こんな殺し合いで悟るなんて自分でもどうかとは思うけど。
(…だから、だからこそ、今は絶対に諦められない、それだけのことよ)
(……そう、なのです)
…おや?
羽入にしては随分と気合が入っているわね…。
まあこの期に及んでいつも通りなら、ことみの言っていた『謎ジャム&レインボーパン』とやらの刑にするんだけど…。
それにしても鈴凛の時といい、随分と積極的な気がする。

(羽入…何か……)
(梨花!注意してください)
生まれた疑問は、羽入の警告に中断されることになった。


(忌々しい小娘ね…)
単なるオマケ程度にしか考えていなかったけど、思いのほか鬱陶しい。
石ころでも、当たればそれなりに痛いという訳か。

「……このままにらみ合っていても時間の無駄ね。
 ジロウさん、二手に分かれて両側から挟み撃ちにしましょう。
 私が梨花ちゃまを捕まえるから、ジロウさんは大空寺さんをお願い」
「……ああ、わかったよ」
感情を押し殺した声でジロウさんが答える。
ふふ、ジロウさんが何を考えているかなんてお見通しよ。
この期に及んでも、まだ私を説得しよう、梨花ちゃま達を助けよう、なんて考えているんでしょう?
貴方の考えていることは単純で良くわかるわ。
そういう不器用な人だから、私は好きになったんだし。

でも、今は私に従ってもらうわ。
手に銃を構える。
私は、射撃に関しては結構自信がある。
そして、ジロウさんは番犬部隊の元教官。
素人の小娘二人何かに負ける筈なんて無い。
「それじゃあ……行くわよ!」
叫ぶと同時に、机の陰から、左隣の机の陰にむけて飛び出した。


「……来たか。
 なあ梨花、あの二人はどっちのが手強いんだい?」
鷹野達が分かれたのを見て、あゆが問いかけて来る。
その質問の意図はつまり……
「富竹の方ね、詳しくは知らないけど、軍人の端くれだとか」
「そうかい、じゃあ私がその富竹を何とかするから、あんたは鷹野を頼むな」
そう、こちらも二手に別れるという事。
本来それは下策なのだけど、この狭い室内では、片方を迎え撃っている間にもう片方に詰められてしまう。
だから、こっちも分かれて戦うしか無い。
「……気を、付けてね」
「あんたもな…」
言って、あゆは左隣の机に移る。
それと同時に、私も右に移動する。

戦力配分には文句は言わない。
あゆのほうが強いのだから、富竹を抑えて貰うのは仕方の無い事だ。
心配だから変わるといっても、私が富竹を抑えられるかは判らない以上、文句は言えない。
言えないのだけど、
(私は何回、この幼い体を嘆かなくちゃいけないのかしらね……)
不満は抑え切れなかった。

そうして、三つ程机を移動したところで、
「漸く、二人っきりになれたわね」
鷹野が話しかけて来た。
「……そういえば、私をここに呼び寄せたみたいな事を言っていたわね…
 この期に及んで、まだ何か私にすることがあるの?」
鷹野の言動は多少不可思議だ。
そもそも私をどうにかしたいのなら、雛見沢で行えばいい。
わざわざこんな大掛かりな舞台を作る必要は無いはずだ。
「ええ、本来用なんか無かったのだけど、神の誕生には生け贄が必要でしょう?
 折角古臭い神の巫女様が来てくれたのだから、この手で供物として奉げたいと思うのが人情というものではなくて?」
(……神?)
何が言いたいのかよく解らない。
ただ、一つ解ることは、
「何が言いたいのか知らないけど、私がここまで来たから、自分の手で殺そうって事ね…
 お生憎様! こんな所で貴女なんかに殺されてやらないわよ!!」
叫びながら、クロスボウを放つ。
が、またまた外れる。
それどころか、身を乗り出した私目掛けて、正確に二階、弾を放ってきた。
慌てて机の陰に隠れる。
そうして、シャフトを番えようとしたところで、

「いいえ、結局……今回も貴女は私に殺されるのよ」
そう、鷹野は言った。
…今回……『も』?
何だか、妙な表現…………いえ、
それは、つまり、
「……そう、つまり…全ては貴女の仕業だった。 そういうことなのね」
今まで、私の未来を閉ざしてきた正体不明の敵の正体が、あっさりと判明した。
「考えてみれば……簡単な事だったのね。
 『東京』という巨大な組織が暗躍している村で毎年事件が起きて、一向に解決しない。
 なら、それは単純に『東京』の仕業ってことね」
子供のクイズ程度の問題だった訳だ。
私の味方の筈の組織が、実は敵。
そんなものに頼っていたから、何の解決にもならなかった訳ね。

「あら、人聞きが悪い。
 殆どは偶然よ。
 私は、偶然をソレらしく味付けしただけ」
鷹野が答える。
でも、そんなことは、
「どうでもいいわ。
 つまり……貴女さえ居なければ私は未来に進める。
 そういう事でしょ!」
番えたシャフトを放つ。
当然当たらない、けど、
撃ち終わった私を狙って現れた鷹野にタイミングを合わせて、腰からMk.22を引き抜き、続けざまに発砲。
驚いたのか、鷹野は再び身を隠す。
それに合わせて、私も再び身を隠し、シャフトを装填する。

(……膠着状態、かしらね?)
どちらも身を隠しており、決め手に欠ける。
だけど、このままのんびりもしていられない。
皆の事が心配だし、敵の救援が来るかもしれない。
「ていうか、神ってどういう事よ?
 供物っていうのは何となくわかるけど、そもそも何でそんなものが必要なのよ?」
状況の打開の為、何となく気になった事を聞いてみる。
特に興味はないけど、他に話題もないし仕方が無い。
だが、鷹野は、
「あら、神は神よ。
 私は、お爺ちゃんと共に、神として名を残すの」
予想よりも容易く話題に乗ってきた。
けれども
「……は?」
その内容に思わず間抜けな声を出してしまった。
何を言っているの?
まさかあのスクラップブックは本気で書いていたのかしら?
「そうよ、私は、あの方の力で歴史に名を残す。
 偉大な神のように、永遠に語り継がれる存在になる。
 それが、私の望み。
 幼い頃から揺らぐことの無かった私の目的」
……驚いた。
変なところがあるとは思っていたけど……っそうじゃない。
「鷹野…貴女そんな訳のわからない目的の為に、こんな事を仕出かしたの!?
 そんなことの為に私たちを何回も殺したっていうの!?」 
そうだ、そんな馬鹿な妄想の為に、何十人と人を殺したって事?
「訳のわからない?
 ふふっ、そうかもしれないわね」
私の問いに、鷹野は答える。
だが、

「でもね、私にとっては、それが全てなのよ。
 鷹野三四という存在にとっては、何よりも優先されるべき命題。
 だから、貴女に『そんなこと』なんて言われたくはないわ」
その声は、今までに無い程、真剣な色が込められていた。
その声、雰囲気全てに、揺るがぬ強い意志が感じられる。
それで、理解した。
コレこそが、今まで見せなかった鷹野三四の『望み』に他ならないのだと。

「ところで、梨花ちゃま?
 お喋りしていていいのかしら?」
(?)
そこで、いきなり元の雰囲気に戻って、鷹野が問いかけてきた。
「お友達が、ピンチみたいよ?」
(えっ?)
鷹野の言葉を理解した瞬間。

ドサッ

っと重いものが落ちた音がした。


(……鬱陶しいね)
左回りに部屋を移動して5つ机を捨てた、
その甲斐あってか、相手との距離は大分縮まっている。
私なりに、勝算はあった。
軍人というからには、銃の腕は私よりも遥かに上だろう。
もしかしたら、沙羅以上かもしれない。
なら、遠くで撃ち合うのは不利ということになる。
だが、近い距離ならそれほど命中率の差は出ない筈だ。
そして、私には防弾チョッキという武器がある。
だから、近づくのは何とかなると。

そうして、近寄ってはみたんだけども、相手の射撃には隙が殆ど無い。
何ていうのか、『巧い』
撃てば当たるような距離なのに、撃つタイミングが掴めない。
コチラの動きが読めているかのように、顔を出そうとする地点を正確に撃って来る。
その所為で、何とも動きようが無い。
(……あんまり時間が無いってのに)
仲間も心配だし、梨花も心配だ。
だから早めに何とかしたいんだけど……。
そう思い、手持ちの武器を頭の中で確認して……
(そうだっ!)
閃いた。
バックの中を漁り、目的のブツを取り出す。
その時、幾つか別の物も見えた。
(ああ、いい機会だ、適当に使っちまうか)

そうして、まずはソレを放り投げた。
「食らえや!!」
柄しか無いナイフを。
投擲なので、隠れながらでも出来る。
相手は、一瞬反応したみたいだけども、構わずまたコチラを攻撃しだす。
けど、これは囮。
続けて、ライター、懐中電灯、大型レンチと投げ続ける。
相手の反応は、一回事に小さくなっている。
だけど、それが狙い。
ここで本命の、ガラス管を投げる。
中身は硫酸だとか。
誰が入れたか知らないけど、感謝はしといてやるよ。
男はそれには驚いたようで、一瞬だが射撃が止まる。
そりゃあそうさ、得体の知れない液体の入ったビンが飛んでくれば、誰だって危険に思うだろうさ。
……まあ、実際に危険なんだが、そんなこと知ったこっちゃないね。

そうして、隠れている男の姿が見える位置を目指して、左斜めに机を二つ移動しようとして、
そこで、男からの射撃が再会された。
「くあっ!」
当た……っちまったか
左足。
太ももの部分。
これだと、走るのは無理かね…
転がるように机の陰に隠れ。
そこから手と顔だけ出して狙い撃つ。
幸いに、男の姿は少し見えるし、弾はまだ沢山ある。
(ここで足止めしながら、何か考えるか……)
痛みに耐えながらそう考え、再び射撃を開始しようとしたとき。
男がコチラに向かってくるのが見えた。
(ちっ)
こちらの負傷を見過ごすつもりは無いってか。

男は素早い動きで、私が元居た方向に移動する。
先回りしてその方向に撃ってみたけど、掠っただけだった。
と、そこで、男は方向を変えて、私に向かってくる。
(直接、攻撃するつもりかい…!)
男の巨体が迫る。
残り、10メートルも無い。
太っとい両腕で頭を覆いながらコチラに突っ込んでくる。
強大な肉体が勢いよく迫ってくるその勢いは、まるで、そう機関車みたいだね。
でもね、
「無用心、さ!」
胴体は、何の防御も無い。
私は銃なんて殆ど素人だけども、この距離なら、外れるはずも無い。
引き金を、引く。
弾は、狙いを外すこともなく男の胴体に吸い込まれていった。

男が倒れる。

だが、
「なっ!?」
弾が吸い込まれたその後も、男は突っ込んでくる。
倒れたのでは無く。
前傾姿勢をとりながら、頭を覆った両腕を先頭に、巨大な鈍器と化して。
何故?と思う暇もなく、
次の瞬間。

「がっっ!!」
衝、撃
■身に■の感覚しか■い。
少…後に浮遊感。
そし■数秒後、背中に、またも衝撃。

それで、漸く、全身に感覚が、戻って、来た。
痛み……という感覚が。
「……ぁ」
声が、出せない。
全身が痛みと苦しさに支配されて、指も動かせない。

(畜生、そう…か)
「…弾チョ…キ…」
私が着ているんだから、あいつらが着ていたって不思議じゃないってのに…

そうして起き上がろうと考える暇も無く、男は私の傍に立った。
そうして、
「がっ!?」
全身に走る衝撃で、私の体は動かなくなった。


―梨花は気付いていなかったが、鷹野との膠着状態には理由があった。
鷹野も富竹も、室内における装備としては完全に近い状態だ。
信頼性の高いベレッタM92Fを二丁に、予備マガジンも10本用意してある。
そして、防弾チョッキも装備してあった。
わざわざ顔を見て喋りたいという鷹野の趣味によって、ゴーグルや閃光弾といった装備は無く、代わりに拘束用の手錠とスタンガンが用意されたが、
それでも十分な条件だ。
だが、ここで鷹野には思わぬ誤算が生じた。
梨花の装備がクロスボウだったのである。
防刃機能も多少はあるとはいえ、クロスボウ相手では万一の事がありえた為、鷹野は思うように踏み込めなかったのだ。

だが、それはあくまで鷹野の話だ。


「あゆ!!」
あゆが富竹に吹き飛ばされた。
あれでは、しばらく動けないかもしれない。
そのあゆに、富竹が迫る。
(黙ってみている訳にはいかない)
そう考えて移動しようとして、

“梨花! 駄目なのです!!”

羽入の声がした。
えっ? と思った瞬間。
「ふふ、無用心ね」
いつの間にか、鷹野がすぐ傍に居た。
咄嗟に、軽い腰のMk.22を構えて、次の瞬間、腕ごと払われた。
Mk.22は、机の下に転がり、だがソレを見ている暇もなく、クロスボウをもっている右手を掴まれた。
「痛っ!」
そのまま、後ろにねじ上げられる。
そうしてその拍子に残る左手も掴まれて、
“ガチャッ!”
という音と共に、手首に冷たい感触がした。

「はい、捕まえた」
鷹野の楽しそうな声。
多分、手錠。
私は、またこれで戒められてしまった。
(…また?)
何か、変な感覚。
でも、気にしている暇は無かった。
「ジロウさん、その子をこっちに連れてきてくれないかしら?
 銃だけしまってくれればいいわ」
鷹野が、不可解な事を言ったから。
確かに、あゆはすぐには動けないだろうけど、それでも武器を残す理由なんて無い筈。
嫌な予感がして、藻掻く。
だが、
「あら、暴れちゃだめよ」
「っぁ!?」
全身に衝撃。
覚えがある衝撃……スタンガン。
そうして、何にも抵抗できなくなった。

「これから、とってもイイコトが始まるんだから」
「何を…する、つもりなの?」
何とか、口は動く。
なので、少しでも事態を好転させる為に話しかける。
そこで、鷹野はとても、楽しそうな顔を浮かべ、
「だから、とても『イイコト』よ」
そう言って、あゆの方に移動しながら、鷹野は懐から、何かを出した。
あれは…そう、…………ケースだ。
沙都子に定期的に打つ時に使う、携帯用の注射器。
その、ケースだ。

………………注、射器?
この状況で、注射器を出す…理由?
鷹野と、注射器、この二つから思い浮ぶ、物は。

「やめ、なさい」
そんな物、一つしか、無い。
アレしか…あり得ない。
「ふふ、まあ、思いつくわよね。 
 それで、正解よ」
そう言いながら、慣れた手つきでケースから注射器を取り出し、もう片方の手で、あゆの腕を取る。
そして、
「最高だとは思わない?
 貴女を殺すのは私じゃない、この子が殺すの。
 信じて、守るために命を掛けた相手を、最後の最後で信じられずに、その手にかける。
 そうして、自分はその守るはずだった仲間が原因の病気で、自ら喉を掻き破る。
 このゲームの終わりに相応しい、最高の演目だと思わないかしら」

(やっ、ぱり)
足掻く。
どうにかして、鷹野を止めようと、精一杯の力で暴れる。
”H173”
確かそんな名前。
雛見沢症候群L5を誘発する最悪の薬。
よりにもよって、それを使う気…!
「やめ…なさい!」
何故…、
何でよりにもよってソレを使うのか。
私は、私たちは、最後までその病気に阻まれるのか。

「富竹! 止めさせて!
 貴方は、そんなことには手を貸さない人間だったはずよ!!」
藁をも縋る思いで、富竹に声を掛ける。
鷹野とは違い、富竹は実直な性格だ。
鷹野に従っているとはいえ、何らかの反応はあるかもしれない。
けれど、
「あら、ジロウさんを誑かすつもり?
 でも残念ね、ジロウさんは私には逆らえないのよ」
「え?」
どういう意味?
『逆らえない』?
困惑する私をよそに、

“鷹野…貴方は、そんな事をしたのですか”

羽入の声がした。

「あら、そういえば、貴方は『あの人』の眷属だものね。
 この程度でも解っちゃうか」
羽入の方を見て、鷹野は愉快そうに笑った。
「羽入……?」

“多分、ディーとの契約なのです。
 どういう条件かはわからないのですが、代償として、富竹は鷹野に絶対服従しなければならないのです”

な……
「鷹野…貴女はそんな事まで……」
なんて事を、
「仕方がないでしょう?
 私はどうしてもジロウさんに仲間になって欲しいのに、ジロウさんたら強情なんだから。
 まあ、そういうところが気に入っているのだけど」
「それは仲間じゃないわ!!」
そんなものは仲間じゃない。
ただの従者だ。
「ええ、だから具体的には命令はしていないわ。
 ただお願いしただけ、仲間は助け合うものでしょう?」
「…っ!
 富竹! 貴方はそれでいいの!?」
そんな身分に甘んじていていいのか。
それはただ命令に従う人形ではないのか。

“無駄なのです、梨花。
 契約に逆らうことは、死ぬということです”

「羽入ちゃんの言う通りよ。
 ジロウさんは私の命令は聞くしかないのよ」

……
「そう…。
 ……でも鷹野、『貴女』はそれでいいの?
 そんな、恋人まで人形みたいにして、それで嬉しいの!?」

「嬉しいわよ」
あっさりと、
ひどくあっさりと鷹野は言った。
「ええ、とても嬉しいわ。
 私は、どうしてもジロウさんが欲しかった。
 私の味方だったのは、ジロウさんだけだった。
 でも、他にジロウさんが私の考えに共感してくれる事は無かった。
 そして、今ジロウさんは私の味方で居てくれている。
 だから…すごく嬉しいわ」

…理解出来ない。
鷹野は、何を言っているの?


そう、私の味方は、他には居なかった。

“そんなモノ、どうでもいいんです。
 ただ、都合の良い道具があった、それだけの事でしかないのですよ”
哄笑も、嘲りも、何も無い、唯事務的な言葉。
それが、一層悔しさを引きたてる。
馬鹿にされたのなら、まだ少しはマシだったのかもしれない。
少なくとも、否定するだけの価値はあったのだから。
けれど、
『どうでもいいと』
そんなものには興味は無いと。
お爺ちゃんと私の人生が、何の意味すら無い石ころみたいなものだったのだと。
『あの女』はそう言った。

悔しかった。
あの女も、周りで嘲笑う味方だと思っていた男達も。
何よりも、自分自身の決意が悔しかった。
最後まで、私の事を思ってくれた人を捨てて、私はこんな道を選んでしまったのかと。
呪った。
神に届くように。
神すらも呪える程に。
強く、
強く、

“ならば、汝の全てを奉げると誓うか”

そうして、力を得た。
強い力を。
『あの人』の眷属と同じ力で、機会を得た。
ジロウさんとも再会出来た。
そうして、彼は当然否定した。
私には従えないと。
小此木の死すらも知りながら、逆らった。
嬉しくもあり、悲しくもあった。
彼は決して私を利用したりするつもりはないのだと改めて理解できた。
でも、
だからこそ、
私は彼が欲しかった。

そうして、今彼は私の元に居る。
私の目的だって、もう少しで叶う。

「そう、全ては、私の揺るがぬ『意思』が齎した。
 私は揺るがなかったから、ここまで来れた」

そう、だから、

「だから、止めるつもりは無い。
 貴女を幾度と無く殺した事も、この『ゲーム』を始めた事も、
 ジロウさんを従えた事も、
 全ては私の願いの為。
 揺るがぬ強い意志の為なのだから」


少し…驚いた。
僕が、鷹野さんにここまで想われているとは思っていなかった。
そして、
(そう、か)
契約によるものか、鷹野さんの記憶?がなんとなく見えた。
彼女の、『破滅』の物語。
僕は、傍に居ながら、何も出来なかった。
頼りない男だとは自分でも思っているけど、それでも頼って欲しかった。
そうして、自分が情けなくなってきた。

鷹野さんは、また破滅へと向かおうとしている。
でも、僕にはソレを止める事が出来ない。
それどころか、今この場で殺される二人を助けることも出来はしない。

強い、意志。
或いは、僕にはソレが足りていなかったのかもしれない。

鷹野さんが寄って来る、この子にを、殺す為に。
「…鷹野、さん」
「駄目よ、ジロウさん。
 それ以上は言わないで」
何も、言えない。
『言わないで』と言われた以上、それには逆らえない。
せめてもと思い、僅かに体をそらすが、一秒も稼げず鷹野さんが、あゆちゃんの手を取る。

注射器が、差し込まれた。


211:誓いはここに残すから―――俺は、ここにいる 投下順に読む 211:終幕(後編)
211:誓いはここに残すから―――俺は、ここにいる 時系列順に読む 211:終幕(後編)
210:We Survive(後編) 大空寺あゆ 211:終幕(後編)
210:We Survive(後編) 古手梨花 211:終幕(後編)
210:We Survive(後編) 羽入 211:終幕(後編)
209:ワライ 鷹野三四 211:終幕(後編)
209:ワライ 富竹ジロウ 211:終幕(後編)







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