ハレグゥエロパロスレSS保管庫@ Wiki

070317_2

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匿名ユーザー

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Jungle'sValentine.2(二:19-27)
<<2>>

「うむ、あの難関キャラ、ラーヤすらも落とすとは。さすが天性のギャルゲー体質ハレよ」

 スタッフロールが終わると、これまた見飽きたタイトル画面に戻って来た。しかしこの場所だけは妙に落ち着く。
ここに居ると何のイベントも起きないからに他ならないのだが、とにかくここだけが今のオレの唯一の安全地帯だ。
…頭に響くこの皮肉めいた声さえなけりゃあもっと良いのだが。
「おいグゥ! これで全員クリアしたろー? さっさとこっから出してくれよ」
「まあそう慌てなさんな。お楽しみはこれからですよ」
「この状況を楽しんでんのは主にお前一人だけどな」
 オレは頭の中に響く声に話しかける。ここに来てから、その声の主の姿は一度も見ていない。本人は今回はナビゲーターに
徹するとか言っていたが……どっちにしろ、その存在の鬱陶しさには変わりが無いのだからどうでもいい。

 オレは中空に浮かぶメニュー画面を操作し、『Memories』と書かれたボタンに手を触れる。
すると目の前に浮かんでいた画面が分裂し、オレを取り囲むように周囲にウィンドウを展開した。
 キャラクター別のイベント回想モード、BGM鑑賞、達成率……。それぞれのウィンドウが個別の情報を表示している。
「しかしこれほど早く完全クリアするとは……グゥもびっくりの恋愛スキルをお持ちのようで」
「そんなスキルは自覚して無いししたくも無いけどね。ってかゲームなんだからそんなの関係無いだろー?」
「なるほど、ならば訂正しよう。……グゥもびっくりのゲーオタスキルをお持ちのようで」
「そっちの方は多少の自覚を認めてしまいそうになる自分が嫌だなあ……」
 ……そう、ここはゲームの世界。
 今オレは恋愛シミュレーションゲームのような世界に迷い込んでしまっている。またグゥの下らない思い付きのせいなのは
言うまでも無いが、今回のコレは「暇つぶし目的」にしてはあまりにも手が込み過ぎている。
 嫌がらせ以上の何かがあるとはあまり考えたくは無いので、とりあえずオレはここを出る条件を満たす事に
集中していたのだが、ここに来て何か不穏な空気が流れはじめている気がする。

 オレは嫌な予感を振り払うようにブンブンと頭を振り、メニュー画面に顔を戻す。
 目を向けた先は、このゲームの達成率を表示するウィンドウだ。現在の達成率は99%。
 ……99%!?
 なんだこれ、1%足りないぞ。ラーヤが最後の一人だったのは絶対に間違いない。「お楽しみはこれから」って、
これ以上まだ何か用意してるってのか。

「おやおや、これまで撃墜した女どもに思いを馳せたりなんかして…また恋しくなっちゃいましたか」
「っさいわ! 確認だよ、確認!!」
 ああもう、この声を閉ざすためならさっさと『Start』を押してゲームの中に入っても良いかと思ってしまいそうになる。
この場にいたらまだその暴言にも抵抗が出来るってのに、これじゃあ対処のしようがない。
 ゲームに入るとグゥの気配も無くなるのだが、そうするとまた誰か一人攻略しないとここに戻ってくることが出来なくなる。
せめてリセットボタンくらい用意してくれ、頼むから。セーブもロードも無い恋シミュなんてあってたまるか。
「電源ボタンならありまっせ」
「だから、そりゃゲームのじゃないだろ」
「強いて言えば…人生の?」
 ここにはじめて来た時に、オレとこの毒舌ナビゲーターさんとで交わしたやりとりをもう一度繰り返す。
……だから、そんな恐ろしいボタン、押してたまるか。
「まぁ、人生にセーブもロードもリセットも無いのと同じですよ」
「だったら、全員攻略しないといけないってのもおかしいとは思って頂けないものかね……」
 これも、ここにはじめて来たときにしたやりとりの一つだ。

 ここに来た時にグゥから聞かされたことは4つ。

 ・ここは恋愛シミュレーションゲームを模した世界である事。
 『Dokibeki Material ~2nd Season~』とか言うタイトルが上に浮かんでいるが、果てしなくどうでも良い。

 ・ここは、グゥの腹の中だという事。
 RPG風や古代日本風の時のように、腹の中の世界を恋シミュ風に構築したらしい。
 かなり苦労したそうだが、その努力をもう少し人の役に立つ事に使うべきだとオレは強く思う。

 ・攻略キャラを全員クリアしないと、ここからは出られないという事。
 攻略キャラは全5人。これはグゥから直接聞いたのだから、間違いないはずだ。
 そしてオレはそれを完全攻略したはずなのだが…。

 ・オレが今プレイしているモードは『中学生編』だと言う事。
 もう一つ上に『高校生編』があるらしい。互いに行き来は出来ないが、そちらとこちらで攻略キャラが違うとか。
 つまり、だ。そちらにも犠牲者が一人いる、ってことだ。というかそっちの人物こそ本来の主役であるはずなのだが、
プレイヤーがプレイヤーだけに正直かなり不安だ。

「向こうは今、どーなんってんの?」
「ふむ、相変わらずのようだな」
「……やっぱり…まだ一人もクリアしてないのか…」
「ま、気長に行こうぜっ」
「これ以上長々こんなとこ留まってられるか!そもそもオレは今回は巻き込まれただけだろー!何でこんな真剣にやらにゃならんのだ!」
「そんな……せっかくハレのためにがんばって舞台を用意してあげたのに……」
 なんか、しくしくと泣き声のようなモノが聞こえるが100%演技だ。下手したらその手の効果音を再生してるだけだって
可能性すらあるな。オレのためを思うならさっさとここから出してくれ。

 ったく、こんな事になったのも、元はと言えばアイツがあんなこと言い出したからなんだよな……。

 …
 ……
 ………

「実は、俺とラヴェンナの事なんだが……」
 ───そう、事の発端はある一人の青年の、このいつもの定型句。

 オレはあの日…と言っても、この世界にいる間は現実世界ではほとんど時間が経過していないらしいので今日、と
言い換えても良いのだが……とにかくあの日、「相談がある」と彼の部屋に招き入れられたんだ。
相談、と言われた時点で何の相談かは解っていたし、どうせ相談に乗ったところでこの青年の悩みは根本的解決を見せまいとも
思っていたが、オレは素直に彼の家に行く事にした。どう言う結果になるにしろ、しっかり決着を付けてくれればありがたい。

「で、グプタ。今度はどうするつもり? 何か作戦あるの?」
「おう、明日は確か、バレ、タ……っと、何つったっけな」
「……バレンタイン?」
「そうそう、それだよ、それ!」
 バレンタイン。確かに、ジャングルに住む人間には聞き慣れない単語だろう。オレだってジャングルの皆と一緒に都会に
行った時にはじめて経験したイベントだ。彼…グプタもきっとその時に覚えたのだろう。
 その単語は、グプタと違いあの日から丸一年経とうとしている今でもオレの頭からは消えてくれそうに無かった。
 リタからその話を聞いたマリィに、熱烈な期待を込めた眼差しに背中を焼かれながら一日中追いかけ回された記憶が
バレンタインという単語と共に軽くトラウマ気味に今でも脳裏にしっかりと刻み込まれてしまっている。

「バレンタインってアレだろ? 確か男が好きなヤツに告白しても良い日、みたいなヤツだろ?」
「オレも良くは知らないけどね。まぁ、そんな感じだったと思うよ」
 いったい誰がそんな日を定めたんだか、全く持って迷惑極まりない。文句の一つでも言ってやりたかったが、
誰を責めればいいのかすら解らないのでは諦めてその強制イベントを受け入れる事しか出来ないじゃないか。
結局その日のオレは、マリィに何度目かの「愛の告白」を無理やりにさせられるまでしつこく迫られ続けるしか無かったのだ。
そんなイベントを毎年毎年続けてるやつらの気が知れない。オレなら2月14日は家から一歩も出なくなるぞ。

「でもさ、この村ってそんな習慣無いよね。ラヴェンナも覚えてるかなあ?」
「何言ってんだ、一人いるだろ? こーゆーこと大好きなヤツがよ。今頃、村中にバレンタインのこと広めまくってると思うぜ」
 そうだ、確かにこの村にバレンタインなんて習慣は無いが、そんな乙女イベントを知ったどころかあそこまで堪能した
あの少女がそのまま放っておくはずが無い。嬉々として村中にその話題を振り撒く姿がありありと、そりゃあもうありありと
目に浮かぶ。……明日のために、どこか隠れる場所を今のうちに探しとくべきではなかろうか。
「それに今回は俺に全面的に協力してくれるらしい。今日も呼んでたんだが……」
 ああ、ついでに人の恋愛沙汰も大好物なあの少女の事だ……こうなる事は予想できたはずなのに。こうなれば彼女が来る前に
さっさとここを退散すべきか。

 ──そう思った矢先、コンコン、と扉をノックする乾いた音が部屋に響いた。
 それはまるで、RPGでパーティが全滅した時のBGMの様な不気味な色を孕み、これから起こる惨劇の前触れを知らせる
鐘の音のように聞こえた。
「お、噂をすれば!」
 いや、電源を入れた時にセーブデータが消えた事を知らせるあの音の様に絶望的な……って、そんな例えしか
思い浮かばんのか、オレは。ってかどうでも良いだろそんな事。
 ……とにかく、もはや手遅れ、と言う事らしい。

 グプタは、行儀悪く背もたれを前に座っていた回転椅子から降りようともせず、その足に付いたキャスターをキィキィと
鳴らせドアに向かう。その音はそこいらに散らばる食べ残しのお菓子の箱や脱ぎっぱなしの服を蹴散らす聞き苦しい音と
見事なまでに不協和音を奏で、この部屋の持ち主の性格をそのまま現している気がした。ってか、モテるモテないを考える前に
この部屋を何とかしろ。ただでさえ、元々からして決して広いとは言えないこの部屋がゴミやら何やらのせいでその許容人口を
激減させていると言うのに、そんな風に無駄にダイナミックな動きをされてはオレの居場所はもはやベッドの上しか無くなって
しまうだろ。

「待たせてしまったかな?」
「おう、待ってたぜ! えれー遅かったなあ、なんかあったのか?」
「抜け出すのに少し手間取ってしまってな」
 ドアから現れた少女は、オレを見つけるとニヤリと口端を歪めた。その少女は、オレの想像していた人物よりも
その肌の色も、髪の色も、表情から伺える感情も人間味もオレに対する情の厚みも何もかも、全てが圧倒的に希薄だった。
 ああ、……こうなる事こそ、オレは予想すべきだった。
「……なんでお前やねん……」
「グプタの恋の悩みと言えばこの恋愛マスター、グゥの腕が鳴るというものよ」
 グゥはふふん、と得意げに鼻を鳴らし、ベッドの上に身軽に飛び乗るとオレの横にストンと正座を崩して座る。
 むしろお前の腕が鳴る限りグプタの恋は成就せんのだろうなとオレは心から思うんだけどなあ……。

「で、どうだグゥ? 首尾の方はよ」
「予定通りだ。目標他女子数名、皆マリィの部屋に集い先ほどまでグゥと共にバレンタインの相談をしていたところだ」
「ああ、なんかオレの知らないところで何かが着々と進行中のようですねぇ……」
 役者が揃い、早速作戦会議が開始したようだ。もうオレの出番も無いだろうから、帰らせては頂けまいか。
「うふふ、どうやらハレも興味深々なようね」
 いや、帰らせてくれつってんだよ。こちとら戦々恐々だっつーの。
「じゃあよ、ラヴェンナもまだ帰ってこないんだよな?」
「うむ、暫くはマリィの家に居るだろう」
「よかったぜ、さすがにラヴェンナが家に居たらこんな話できねーしなあ」
 どうやらグゥは、ラヴェンナたちから情報を聞き出すスパイの役目を受け持っているらしい。
 なんだか手馴れたやり取りだ。こやつら、以前にも似たようなことをやっていたのではと疑いたくなるが
あまり聞かないほうが幸せになれそうな気がするから放っておこう。
 それよりも、なんだかグゥが妙に上機嫌だ。こいつがこんな表情をしている時は決まって何か悪い事を企んでいる。
と言うか、悪い事を企んでいない時の方が少ないのだが。とにかくオレにも被害が及びそうな気がして仕方が無いぞ。

「相談って、向こうじゃどんな話してたんだ?」
「うむ。あちらでもやはりバレンタインの話題で盛り上がってな。どうもグゥの話した日本式のやり方が随分と皆の興味を引いたようだ」
「日本式?」
 一人悶々と苦悩するオレをよそに、会議はちゃくちゃくと進行している。まぁ、この際だ。ちゃんと話を聞いたほうが
オレも対策を立てやすいか。かなり不本意ではあるが、オレもこの話し合いに参加する事にしよう。

「なんだ、日本じゃ俺らが行った都会と違うことすんのか?」
「さよう。都会では主に男から女へプレゼントや告白などのアクションを起し、カップル同士ならば愛を確かめ合う
といったイベントとして定められているが、日本では女が男にチョコレートを渡す日として広く認識されているのだ」
「何でそんなに日本のイベントに詳しいのかね、君は……」
「グゥは日本人の知り合いが多いからな。ハレも良く知っているだろう」
「多いって…ロバート以外に誰か……」
 ロバート以外に……なんて、考えるまでも無い。グゥと出会ったその日からお知り合いになった二人の男女と、
グゥがある日玄界灘とか言う所から拾ってきた危険人物が一人。確かに、よーっく知っている人々だ。
「思い出したか?」
「ああ、そーいやすっごく近くに三人もいらしたんですよね……」
 そりゃあコレだけ傍に居たら、いくらでも日本の事は聞けるだろう。
 二度目の都会行きの途中で、漂流した時に日本に辿り着いたのもそのせいじゃないのか?
「おい、何の話してんだ?」
「い、いやいやこっちの話!」
 っと、今はそんな思い出を振り返ってる場合じゃないな。今のところこの話に不穏な空気は見られないし、
オレも無用なツッコミは控えよう。

「でもさ、なんでチョコレートなの?」
「形式は違えど、趣旨は都会のバレンタインとほぼ変わらぬものだ。チョコレートを渡す事が、告白や愛を確かめ合う儀式となっているのだよ」
「ふーん…儀式ねえ。なんか、解りやすいよーな回りくどいよーな……」
「日本人はシャイな人種だからな。面と向かっては伝えられぬ気持ちをチョコに乗せて届けるのであろう」
「へぇ、それってちょっといいかもしんねーなぁ。ロマンチックっつーかさ」
「うむ。マリィやラヴェンナもそこが気に入ったようだ」
 オレの知る限りシャイな日本人など一人として思い浮かばないが、その話を聞いたマリィが「素敵ー!!」などと叫んでる
姿はありありと思い浮かぶな。

「それにチョコレート、という事にもれっきとした意味があるのだよ」
「へえ、やっぱチョコじゃなきゃ駄目なんだ?」
「無論だ。聞いたことは無いか? チョコレートにはある種の興奮作用を引き起こす成分……即ち媚薬が含まれていると言う事を」
「び、媚薬!?」
「古く中世ヨーロッパではチョコレートは愛の情熱を掻き立てる「禁断の媚薬」として珍重されたこともあるそうだ。
そもそもは古代文明におけるアステカ帝国の皇帝がチョコレートを溶かしたものを恋の媚薬として毎晩妃たちが住む
後宮に向かう前に愛飲していた事が起源であると言われている」
「だから何でお前はそーゆー余計な知識が無駄に豊富なんですかね」
「恐れ入ったか」
「あきれてるんだよ……」
 朗々と、いつにも増してグゥの口がなめらかに滑る。本当にどこからそんな情報を仕入れてくるのやら、真偽の程は
オレには確かめようは無いが、得意満面に講釈を垂れるグゥのその声は妙に楽しげで、やはりかなりの上機嫌って事と
何かを企んでるって事だけは確かなようだった。

「で、でもよ、それってつまり……」
「ふむ……チョコを渡す、と言う行為が即ち、ベッドへの誘い文句と言えるであろう……」
「シ、シャイなんてとんでもねえぜ……なかなかやるじゃねーか、日本人もよ」
 グゥの胡散臭いチョコレート講座にもグプタは真剣に耳を傾けている。
 なんだか、話が怪しい方向に進んできた気がする。このままツッコミを入れずグゥの弁舌に任せて大丈夫だろうか。

「そーいやさっき、ラヴェンナも乗り気だっつってたよな!?」
「うむ。すでにチョコレートの材料はマリィの家に用意しているからな。これから皆で作ろうと言う所だったのだよ」
「そ、そうか、ラヴェンナが……それも手作りか……。で、でもよ?いきなりそんな過激な求愛行動に出られてもさ、
男としても困るっつーか……」
 グプタが勝手に一人で照れ出した。本当にこのままで大丈夫だろうか。
 まぁ、今の所オレに危害が加わりそうな様子は見られない。本人が幸せそうなら、いいか。どうでも。

「ふふふ、その点は大丈夫。返事は一ヵ月後でいいのですよ」
「一ヵ月後?」
「バレンタインの一ヵ月後…3月14日は日本ではホワイトデーと指定されており、その日に男はバレンタインの返事をする
ことになっているのだよ」
「一ヶ月も猶予があるってことか……なんて狡猾な仕組みだ! 日本人め、ますますやるじゃねーか!!」
「ちなみに名前の由来は、媚薬でたっぷりと蓄えたホワイトなアレを女にお返しする日だからだと思われます」
「……意味は解んないけど、聞かなかったことにさせてもらって良いかなあ……」
 そんな慣習がある日本って国は一体どんな所なんだ。グゥの話をさすがに全て真に受けるワケにはいかないにしても、
ロバートや山田さんみたいなのが生産されるような国だってことを考慮に入れると無根拠に否定もし辛い。
 これまで出会った日本人の中で至極マトモだったのなんて、ロバートの友達のクロダさんくらいじゃなかろうか。

「気に入ったぜ、日本式バレンタイン!! なぁハレ、お前も楽しみになってきたろ?」
「あ……そーいや、マリィの部屋に集まってるんだよね……」
 マリィもまず間違いなくオレにチョコ渡すつもりだろう。このグゥの話をマリィも聞かされていたとしたら、明日は本当に
大変な事になりそうだ。やはり結局、オレにも被害が及ぶ仕組みになってるってことか……。

「結局さ、俺たちはただチョコをもらうのを待ってりゃ良いってワケだよな? ラヴェンナから告られるってのも叶うしよ、
 なんだか男にとっちゃ夢みてーなイベントだよなあ」
「うむ……なればこそ、ここは男としての威厳をしっかりと見せるべきであろう……」
 グゥは何事か考えるように顎に手を当て、薄く開いた目でグプタを真っ直ぐに見据えると、先ほどまでとは打って変わった
重く威圧的な声で語り掛ける。
 ……始まった。いよいよ何かが始まったぞ。

「威厳って……何だよ?」
「よもやグプタ、先ほど言った一ヶ月の猶予をフルに使うつもりではあるまいな?」
「そ、そりゃあ……そーゆー日が設けられてんだったらしょーがねえだろ?」
「愚かな……。それはある種の罠なのですよ」
「わ、罠!?」
「女にそこまで迫られておいて、一ヶ月もずるずると何のアクションも起さず返事を引き延ばすなど通常では考えられまい?」
「で、でもよ、そのためのホワイトデーなんだろ? 女の方だって解ってんじゃねーのか?」
「そうだ。しかしだからこそ、あえてその場で返事を出す事に意味がある……そうは思わんかね?」
「た、確かに……! その一ヶ月の猶予で、女は男の度量を計ってやがるワケか……!! 深い……深いぜ、バレンタインってやつぁよ!!」
 なんだか、グプタが悪質な訪問販売にひっかかってしまった人みたいな感じになっている気がするのはオレだけか。
疑うことを知らない純粋なジャングル・キッズがこのまま狡猾な詐欺師の餌食になるのを黙って見ていて良いのだろうか。

「それにもしラヴェンナにチョコを貰ったとして、グプタには断る理由も無かろう?」
「あ、ああ。むしろ願ったりだぜ」
「ならば男らしく、その場でズバリと言うべきであろう。『一ヶ月も先送りになんてしてられっかよ!!』とな」
「おお、そいつは男らしいな!!」
「そして『今すぐ…お前が欲しい…』とでも言えばアンタ……イチコロですぜ?」
「おおおおおおおお!!!!!」
 ああ、グプタが面白いように乗せられていく……イチコロなのはアンタの方だよ…。ここまで来るともう、そのままの君で
いて、とすら思ってしまう。だけどやっぱり友達がグゥの口車に乗せられる姿は見ていて心苦しい。
 その姦計にハマる辛さをオレはよく知っている。ここは何が何でもグゥを止めなければ。

「おい、グフュ………ッ?」

 ──口を開いた瞬間、何かがオレのボディを瞬時に貫いた……ような気がした。何も見えなかった。何が飛んできたのかすら、
解らなかった。解る事と言えば、まだ自分が意識を保っている事が正直不思議なくらいの衝撃だったって事と、その衝撃で
身体も口もピクリとも動かせなくなってしまったって事くらいだ……。
 食らった自分ですらその身に何が起きたか理解出来無かったのだ。グプタから見れば、オレはただあぐらの姿勢を保ったまま、
かくんと頭を垂れて俯いているようにしか見えないだろう。
 ってか、オレはまだ何も言ってなかっただろがよ、何が何でも止まらないつもりかよ、コイツは……。
「さぁ、グプタよ。また告白の練習でもしようではないか?」
 ダメだ…こいつ、ノリノリだ…。今のグゥを止められるヤツは……居ない……。

「でもよー、情けねえけど俺、自信無いぜ…。面と向かって映画にすら誘えない俺なんかにそんな事……」
 ハレグゥ5巻ACT38『恋シミュ』の件で、グプタはすっかり自信を無くしてしまったようだ。しかし今はそれでいい。
さっさとグゥの誘いなんか断ってくれ。悪いこと言わんから。
「グプタよ、何のために我らがここにいると思っているのだ」
「……また、手伝ってくれるのか?」
「おうよ、グプタの気の済むまで、付き合ってやろうではないか」
「グゥ………お前、ホント良い奴だよな……ッ」
 グプタ…良く見ろ、そいつの顔を。そんなニッコニコの凶悪な笑顔を本当に良い奴とやらがすると思うか。
うう…まだ身体が動かん……。ダメだグプタ、そいつの誘惑に乗っちゃ……。

「で、でもよ……この前だって、グゥ相手ならちゃんと俺も告白出来たんだぜ? だけどラヴェンナの前じゃ、どうしても
 緊張しちまってよ……。やっぱ、本人が相手じゃねーと意味ねえと思うんだよ」
「そうは言っても、本人を前に練習など出来んだろう? 幾らでもやり直しの効くゲームのようにはいかないからな」
「ああ、結局、ぶっつけ本番しかねえってことだろ……」
「ふふふ、いやいや諦めちゃいけません。ゲームのように幾らでもやり直しが出来る世界があると言ったらどうしますかね?」
 ……ちょっとグゥさん?また何企んでやがんですかね?ってか、なんだその体中から発散されるゴキゲンオーラは……。
こいつ、この状況を心底面白がってやがる……。
「企んでるだなんて人聞きが悪い……グゥはグプタの恋を成就させてやらんと心を砕いていると言うのに」
 これほど信用ならん言葉も無いわ。ってか、だからモノローグ読むなっつーの。

「な、なんか良く解んねえけど、グゥにはこの前もずいぶん助けられたからな。今回も、悪いけど頼らせてもらうぜ!」
「うむ、そう言ってくれると信じていたぞ」
 オレもきっとそう言うと思ってたよ。ああ、また犠牲者が……。

「さて、それでは皆さんをゲームの世界にご招待しましょう」
 グゥはベッドから降り、オレの隣にグプタを座らせると大仰に両手を広げテレビの司会者みたいな口ぶりでそんな事を言った。
 ってか、皆さんって……オレも含まれてんのかよ!!
「何だ? 催眠術とかすんのか? 面白そうだな」
 オレはちぃともおもろないですよ?グゥ、オレはいいからグプタだゲブフッ!!
「落ち着きなさい……」
 動けないオレの身体に更に襲い掛かる衝撃。…また、見えなかった。
 解った事と言えば、眉間、人中、喉、胸、腹、股間を同時に何か鋭いものに強烈に打ち抜かれたって事だけだ。
 ……オレの意識は今度こそ、真っ暗な闇の中に堕ち込んで行った。ってか、心ン中でくらい抗議させろや……ホンマ……。

「さぁ、グプタもハレのように目を瞑って、心を落ち着けて………」
「お、おう……」
「それでは行きますよ」
 薄れ行く意識の中でオレは確かに見た。グゥがその顔に先ほどよりも更に凶悪な笑みを貼り付けて、恐らくは
ちんちくりんステッキなのであろう周囲が鋭く研磨された巨大なハート型の刃が先端に付いた鎌のような物で俺たちを
薙ぎ払うべくバッターボックスに立つ姿を……。

「古今東西」

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