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****節分SS(一:>238-243) <<1>> 「あ~~~~暇だな~……」 携帯ゲームの電源を切り、大きくベッドの上で伸びをするとごろんと寝返りを打つ。 ふかふかのマットに手触りの良いシーツ。洗い立てなのか、爽やかな石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。 その質感も、その見た目も、自分の家のベッドのそれに比べずっとずっと高級なものに感じられる。 でもオレにとってそれはあまり居心地の良いものじゃあ無かった。 目を瞑ると、ジャングルの熱気やせせこましい我が家の情景がありありと脳裏に蘇る。 「今度はいつまでここにいるんだろな~…」 誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。 ここはフィアスティン家。これで何度目か、いつもの母さんの突然の思いつきで、オレはまた都会の実家に戻って来ていた。 アメを定期的に祖母に見せる為、との名目だが、母さんにとっては半分バカンス気分といった所だろう。 なにせ、ここじゃあほっといても飯は出るわ家事は勝手にしてくれるわ、炊事も洗濯も掃除も何一つやらなくて済むのだ。 …まぁ、母さんにとっちゃそのへんは家と変わらないのだが…。ああ、そう考えると自分にとってもここはある種の天国、か。 でも、ここまでやることが無いってのも退屈だ。ここじゃテレビもあんまり見られないし、自分好みの漫画や雑誌も ほとんど置いていない。外で遊ぶにも、まだ春も遠い2月の気候はジャングル育ちの自分には苦痛でしかない。 子供は風の子、なんて言われても寒いものは寒いのだ。 ここに定期的に訪れるようになってから、祖母が何かとその手の子供向け用品を揃えてくれてはいるのだが、 如何せんセンスが…何と言おうか、まぁその、オバサンくさいと言うか…あんまりにもそのラインナップが 「はーい、お子様の遊び道具ですよ~」と言わんばかりで、13歳の自分にとっては少し幼稚すぎるものばかりなのだ。 特撮の変身セットやプラレール等はまだしも、消して遊べる塗り絵やら積み木やら…ああ、足で漕ぐ車もあったな…。 あれはサイズが合わなくてアメが大きくなってからってことになったんだ。とにかく、今更その手の『ゴッコ遊び』も無い。 少なくとも、それらを一人で遊ぶには精神的に成熟し過ぎてしまった。かといって付き合ってくれる相手がいるはずも無し…。 「ホント、何か面白い遊びとか無いかな~…」 もう一度、誰に言うでもなく、あくまでも誰に言うでもなく呟く。 せめてそれらを一緒に楽しんでくれる友達さえいれば、オレだって喜んで遊ぶだろうに。そこのソファで几帳面に座って 本ばっか読んでるこの少女さえ、もっと無邪気な気持ちでお子様の遊びってやつを享受してくれたならオレだってここまで 退屈はしてないだろうに。…なぁ、聞こえてんだろ、そこのお嬢さんよ。 「……『誰に言うでも無く』、じゃなかったのか?」 「聞こえてんじゃんか…。都合の良い部分だけモノローグ読むなっつーのっ」 ベッドの足を向ける側に背中向きに備え付けられたソファに背をもたれ、本を読んでいた少女はこちらを向き直りもせず 実に皮肉っぽく、全く持って皮肉っぽく口を開く。ああ、都会でもいつも通りの姿を見せてくれていっそ安心するわ。 「なぁ、グゥは退屈じゃないのかよ~?さっきから本ばっか読んでっけどさー」 オレはベッドの上をヨチヨチと四つんばいで移動し、ソファの背もたれに顎を乗せ肩越しにグゥの読んでいる本を覗く。 ってか、このベッドがまたでかいし。無駄だし。一人で寝るにはちょっと勿体無いだろ、常識的に考えて。 部屋自体もやけにでかいわりにほとんど物が置いていない。まぁこちらにいる期間なんてほとんど無いのだから、当然と言えば 当然なのだが。しかしこの広い空間が時々やけに寒々しく感じられ、オレの居心地をますます悪くしているのだ。 「何の本読んでんだ?」 「ハレにはこの本は少し、早いわね」 「お前も同い年だろー…」 グゥはうふふ、と微笑うとオレに中身を見せないようにころんとソファに寝転がる。グゥの読んでいた本はどうやら 週刊誌のようで、表紙には「芸能人の誰々が浮気」だとか「30代からの云々」だとか、なにやら下世話な文字が並んでいる。 雑誌名からも、母さんあたりの年代の女性が読みそうな大人向けの雑誌のようだった。そんなの読んで何が面白いんだか。 少なくともオレにはその良さは見出せそうに無い。どうせならゲーム雑誌なんかも置いておいてくれたらいいのに…。 自分で買いに行こうにも、当然あの人格破綻ボディガードが着いて来る。ついでにもっと人間的な構造レベルで破綻している 少女も着いて来る。自分一人のわがままで、街を危険に晒すワケにはいかないのだ。…正義の味方って、報われないよな。 「それにしても、グゥってこっち来てからずーっと本ばっか読んでるよな~。良く飽きないな~」 「グゥはハレと違って人生の楽しみ方を知っているからな」 「ふぅ~~ん?じゃあオレにもその楽しみ方ってやつをご教授願えませんでしょうかねぇ」 両手で雑誌を持ち上げ、ペラペラと捲るその姿はこいつにしては珍しく平穏そのものだってのに、その口の減らない物言い だけは相変わらずだ。ったく、ジャングルにいる時はこっちが何も言わなくても勝手に騒動ばっかり引き起こしてくれる クセに、都会じゃ何故か、やけにおとなしくなるんだよな。…まぁあまり暴れてもらっても困るのだが…。 どうせならその口も少しは穏やかになってはくれないものか。 「これはグゥだけの楽しみ方だから、参考にはならないと思うぞ?」 「いーから聞かせろよ、そんな言われ方したら余計気になるじゃんか」 「ふむ…」 そう言うとグゥは少し考えるように目を細めると、雑誌をパタンと閉じ身体を起こし、まっすぐにこちらを見つめて来た。 その態度にちょっと怯む。が、またどうせ変な皮肉を言うつもりだろう。 何を言われても聞き流してやるからほら、さっさと言えよ。 「簡単なことだ…ハレがいつもそばにいる。それだけのことだ」 「………え?」 グゥは、当たり前のようにそんなことを言った。 それはオレの想像していたどんな言葉とも種類が違って、聞き流すことも、すぐに返事を思い浮かぶことも出来なかった。 「…はぁ、って?な、何言ってんだよ、グゥ…?」 やっとのことで、それだけを口に出す。頭の中で何度もグゥの言葉の意味を理解しようとしたが、すればするほど 混乱してしまう。そうこうしているうちに何故か身体中がカーッと熱くなってきて、いよいよ言葉を紡げなくなってしまった。 グゥはそんな気持ちを察してくれたのか、オレの肩にそっと手を置き、穏やかに微笑みながら、 「いやいや、一人の前途ある少年が堕落して行く様を眺めると言うのは最高の娯楽ですよ?」 …などとのたまいやがった。あー。あー。あー…。オレの、馬鹿。 「はっはっは……そーですかぁ。そーですよねーっ!」 急激に体温も心も凍りつかんばかりに冷え切って行くのは気のせいではあるまい。 本当に愉快そうな表情と仕草で、『見てて飽きないよNe☆』などと付け加えるこの少女にオレは何度失望させられたら 飽きる事が出来るのだろうか…。 「もー、オレのことは良いから、なんか退屈しのぎになりそうなことって無いの?」 「ふむ。それじゃまたグゥに乗るか?」 「なんか傍から聞いたらものすごくイカガワシイな、その言い方…。   いいよ、もうアレは懲りたし。…ラジコンもいらないからなー」 はぁ。グゥがオレの希望を素直に叶えてくれるワケ、無いよな。もうグゥに搭乗するだとか、人間を操作するラジコンだとか、 ちんちくりんステッキだとかいった超常現象はコリゴリなんだって。せめて都会にいる間は平和に日々を過ごさせてくれ。 …等と言っても、その手の騒動が無かったら無かったで退屈しているオレ。これって贅沢なことなのか?平和ってそんなに 貴重なものだったのか?なんてオレの苦悩こそがこの少女にとっては退屈しのぎの一つなのか。グゥは「ちぇっ」などと 舌を打ち足をぶらぶらとバタつかせているが、子供っぽいその仕草の裏側にはどれだけ真っ黒な思惑が隠されているのやら。 もっと普通の遊びは思い浮かばんのか。…かと言って、オセロや人生ゲームといったテーブルゲームではオレに勝ち目など 万に一つも望めない。グゥがルールを把握していない最初の数回はなんとかオレの有利が望めるのだが、一度グゥがその ルールをマスターしてしまうと形勢逆転。まるで何十年もそのゲームをやり尽くした熟練者のようにあらゆる戦法でオレを 欺き、思考の裏をかき、考え付く限りの屈辱的な方法でオレを負かしてくる。正直、何回泣かされたか解らない。 「あーあ……この調子じゃ持ってきたゲーム全部、完クリしちゃうよ~」 オレはごろんとベッドに転がり、また携帯ゲームの電源を入れる。結局、家から持ってきたこの携帯ゲーム一つがここでは オレの唯一の娯楽だってことか。もっといろいろ持ってきたらよかった。 「オタクめ……」 「…なんか言ったかー?」 そんなオレに後頭部を見せたまま、グゥは心の底から蔑んだ声を吐き出してくる。 …しょうがないだろ、他にやること無いんだから。だからさっきからグゥに聞いてるんじゃないか。 「だいたいグゥもあんまし好きじゃないだろ?子供らしい健康的な遊びなんてさー」 そうだ、グゥだって家じゃ一人でゲームばっかやってるくせに。 お外で鬼ごっこだの缶ケリだのターザンごっこだのやってる姿なんて、想像も付きやしない。 「…そんなの、ハレがグゥを誘ってくれないからだろう…」 「あ……」 グゥは相変わらず背中を向けたままだったが、その声はどこか暗く、寂しげに聞こえた。 そう言えば、グゥと二人っきりになることはよくあるけど、二人でその手の遊びをすることってほとんど無かった気がする。 ジャングルでも、せいぜいたまの釣りに付き沿ってオレの横で身体を丸めて水面を眺めてるくらいだ。 この屋敷で1度ロバートと一緒に鬼ごっこをやったことはあるけど、あれはグゥの方から誘ってくれたものだし。 …もしかしてグゥは、オレの方から遊びに誘ってくれるのをずっと待ってたのかな…。 そうだよ、グゥはこの都会で、このお屋敷で唯一のオレの友達じゃないか。グゥにとっても、同年代の友達はオレしか いないんだ。なんでこんなことにもっと早く気付けなかったんだろう。グゥだって、ただ毎日だらだら本ばかり読んでて 楽しいワケがない。グゥのためにも、二人で楽しめる遊びをオレが見つけなきゃならなかったんだ。 「…グゥ?ほ、ほら、そんな本なんか置いてさ、一緒に遊ぼうぜ!!」 「……ぎこちない言い回しだな。聞いてる方が恥ずかしいぞ」 「いーだろ、今はそんな突っ込みは無し!」 オレはベッドから降り、グゥの前に立つと大げさに両手を振り上げ元気に声を上げてみせる。…確かに少し、いやかなり ぎこちなかった気がするけど、ここはカラ元気でも良いじゃないか。テンション上げないとこっちだって恥ずかしい。 グゥも最初は呆れ顔で小さくため息を吐いていたが、すぐに読んでいた雑誌を膝の上でぱたんと閉じてこちらに向き直ってくれた。 「…で、何をするんだ?」 「うん…んーそーだなぁ。鬼ごっこ…は二人でやってもイマイチだし、かくれんぼ…もこの広い屋敷でやると大変だし…」 「何だ、自分で誘っといて……レパートリーの少ない奴だ」 「申し訳ございませんわねぇ…何ならグゥさんも考えて頂けるとありがたいんですが?」 オレもグゥの隣に座り、頭を捻る。とりあえずグゥもちゃんと乗り気になってくれたは良いけど、すぐさま詰まってしまった。 …オレもあんまり外で遊ぶのって苦手なんだよな。それにグゥは女の子だ。チャンバラだとか激しい遊びは好むまい。 「ふむ……鬼で思い出したが、今日は『節分』という日らしいぞ」 「セツブン?何それ?」 「ロバに聞いたのだがな。何でも豆を撒いて邪鬼を払うという日本の行事だそうだ」 「ふぅん……珍しいね。でも行事って、それ遊びになるの?」 「まぁ物は試しだ。やってみても面白かろう」 セツブン…聞いたことが無い。今日は確か2月3日だったよな。日本では毎年この時期にやるものなのだろう。 「鬼で思い出した」と言う辺りが微妙に怖いが、他に代替案があるワケでも無い。 ここは黙って、そのセツブンとやらの説明を聞くことにしようか。 …でも…… 「…結局、グゥに遊び方教わることになっちゃったね。せっかくオレから誘ったのになんか、情けないなぁ…」 「気にするな…それでもグゥを誘ってくれたことに変わりは無い。遊ぶ方法なんて、関係無かろう?」 「グゥ…うん、ありがと」 グゥの歯に衣を着せない物言いはオレの苦悩の種でもあるけど、その明け透けな言葉は時に何よりもオレの心に響く。 その言葉にオレは何度も救われたんだ。…基本的には、苦悩でしかない場合がほとんどだけどね…。 「…で、どうやるの?そのセツブンって」 「うむ。基本的には鬼に向かって豆を投げる行事らしい。ここは豆を投げる役と鬼役に分かれるのが自然だろう」 「オレとグゥ、どっちかが鬼役ってことだね」 うう、これは鬼役になったら大変そうだな。グゥに向かって豆をぶつけるってのも気が引けるけど…あとが怖いし…。 「本来は熱した豆をぶつけるらしいのだが、ここではそれも出来まい。残念だが、普通の豆でやるしかないな」 「いやむしろ大賛成で御座いますよ?」 …日本って国はえらく過酷な行事があるもんだ。 ここがジャングルだったら間違いなくその「本来の方法」でやらされてたな。 「そして鬼にぶつけた豆を年の数だけ拾って食べて、無病息災を祈るそうだ」 「年の数だけ、ねえ。オレなら13粒ってことか」 「いやいや、2007粒ですよ」 「そっちの年かよ!!ってか食えるわけないだろそんなのっ!そもそもそんなに豆を用意できないだろー?」 「それは今ロバに調達させているところよ」 「うわあ、準備万端ですね……。まるで最初からこの流れになるの解ってたみたいだねー」 「何を仰いますやら…誘ってくれたのはハレの方じゃないですか」 「ああ…もうオレは何を反省して何を疑って何に喜べばいいのやら…」 こんな流れ、いつものことじゃないか。いい加減気に病むのはやめようぜ…。そう何度心に誓ったことだろう。 ココまで来たらもうそれすらもどうでもよくなってくる。どうせまた明日も明後日も誓いを立て直すことになるんだろうよ…。 <<2>> 「と言うわけで、ロバが来るまで少し予行演習でもするか」 「予行演習って…豆も無いのにどーやるんだよ?」 「そうだな…ここは鬼を追いかけタッチしたら勝利って事で」 「それただの鬼ごっこじゃんか」 「いやいや、ここでもう1つ斬新なルールを追加します」 ソファを降り、今度はグゥの方がオレの前でやたらオーバーに身体をくねくねと動かし強引に話を進めて来る。 どこから取り出したのか、その手にはいつの間にかツノのようなものがついたカチューシャが握られていた。 「この鬼のツノへのタッチ以外は無効なのですよ」 「あの、質問いいですか?…もう豆まきとかまるっきり関係ない気がするんですが本当に予行演習なんですよね?」 「ロバが来るまでにタッチできなかったら鬼の勝利だからな?」 「いやいやだからそれのどのへんが豆まきと関係───」 「敗者には罰ゲームを用意しているので予行演習とは言え気を抜かないように」 「聞けよ!!これのどのへんが予行演習なんだよ!!ってか罰ゲーム!?」 ああ、どこまでがこいつの想定内の展開なんだろうか…。ほくほくとマイペースに自分ルールを押し付けて来るその姿は実に 楽しそうだ。悪いがオレはまったく楽しくないぞ。それでもしっかり突っ込み返してしまう自分がいっそ可愛いわ。 それよりも唐突に出てきた罰ゲームなんて物騒な単語があまりにも恐ろしい。結局このゲームも、グゥにとっちゃオレに何か やらせるための口実にすぎんのか。 「ま、ハレがこのグゥに1度でも触れられるとはとても思えませんがね」 「お、なんだよ、グゥが鬼役やんの?」 てっきりオレが鬼役をやらされて、一瞬で捕まって即座に罰ゲーム…なんて展開かと思ってたのに、変に拍子抜けしてしまう。 このルールで、鬼を追いかける側の敗北なんて難しいだろう。何を企んでいるのやら…。 「うむ。生憎とハレ用のコスチュームは間に合わなかったのでな」 「コスチューム………!?」 またも唐突に出現した謎の単語にますます首を捻るオレを尻目に、グゥは一人で着々とゲームの準備を進めていた。 自らの頭にカチャ、と鬼のツノを付け、次にスカートのホックに手を─────って!? 「ちょ、な、何を………ッ?」 「鬼は鬼に相応しい格好をせねばな」 突然の展開に思考も身体も固まってしまう。何を考えているのか、グゥはいきなりスカートを脱ぎ始めたのだ。 オレがその行為を制止する暇も与えず、ぱさりと落ちたスカートの先には細く真っ白な脚が伸び、思わず凝視してしまった その脚の付け根には、明らかに通常のものよりも面積の少ない布地に申し訳程度に隠された肢体が露になっていた。 さらにグゥはそのまま上半身を包んでいたセーターをも躊躇無く脱ぎ捨て、起伏の無い…良く言えばスレンダーな身体を 見せ付ける。そこには「面積の少ない」なんてもんじゃない、ただの小さな三角形にヒモがついただけのような布きれが、 「控えめ」と言うのもはばかれるほどのまっ平らな胸の、それも普段絶対に見せちゃいけない先端部分のみを頼りなさげに 覆っていた。おそらくは水着のつもりなのだろうが、ビキニなんて名称を使うことすらおこがましい。もし母さんがコレを 着けて海に行く、なんて言い出したら、断固として家から出さないだろうと確信が持てる。ってか、こんなの誰が着ても 許されるもんじゃない。絶対駄目。だってそんな姿見せられたら、健康な男子なら見入ってしまうに決まってる。 オレがそんなあられもない格好をした女の子から目を切ることも手で顔を覆うことも出来ないでいるのも、男の子として 当然の反応だろう。うん、至極まっとうな反応に違いない。 「居候、鬼っ娘、鬼ごっこと言えばやはりこれだろう。何事も形からと言うしな」 「だからってお前、その格好は……」 良く見ると…と改めて言う必要も無いくらいすでにじっくりと良く見てしまっているのだが…そのビキニは黄色地に 黒のシマシマが入った、カミナリ様を彷彿とさせるような虎ジマ模様だった。ったく、デザインも柄も実に趣味が悪い。 「なんだ、オタクのハレにも馴染みのあるコスチュームを選んだつもりだったのだが?」 「いや…オレの世代じゃないし思い入れもなんもねーし。だいたいそこまで、その…凄い格好じゃないだろ」 鬼のツノに虎ジマのビキニ……その姿は確かに往年の某人気アニメに登場するヒロインを思い出させるものだったが、 オレが産まれる前には放送も終了していたし、物語もよく知らない。原作の単行本をグプタの家で読ませてもらったことが あったが、その内容はオレにはちょっといろんな意味で恥ずかしくて、パラパラと流し見しただけですぐに閉じてしまった。 それよりもずっと思い入れのある目の前の少女の方が問題だ。大問題だ。最初からそんな格好で出てこられただけでも十分に 威力のあるものだってのに、さっきまで着ていた服をその場で脱いでその格好になったと言う状況がなおよろしくない。 ただの水着と思えばなんとか思えないことは無いはずなのに、どうしても別のものとして認識しそうになる。 「どーしてもその格好でやんなきゃなんないんですかね?」 「もちろんだ。せっかくベルが作ってくれたのだから、着なければ失礼だろう」 「子供に何てもん繕ってやがんだあのアマ……悪趣味にも程があんだろー」 げんなりとうな垂れるオレをよそに、グゥは上機嫌にまたくねくねと身体を揺すっている。やめろ、その格好で腰を振るな。 あんまり激しく動いたらただそれだけで大事な部分がコンニチワしてしまいそうでこちとら気が気じゃないんだっつーの。 いつの間にかグゥはその露出度の低下に僅かながらも貢献していた靴と靴下までも脱ぎ捨て、まさに鬼っ娘現るといった 状態になっていた。某アニメヒロインよろしく虎ガラブーツまでは用意できなかったようだ。残念なような助かったような。 「いやいや、デザインはそこの雑誌に載っていたのを拝借させてもらったのだ」 言いながら、ソファの上の雑誌を見やる。グゥがさっきまで読んでいたものだ。その本はどうやら、オレが思っていた以上に オトナ向けの雑誌らしかった。…そこにどんなイカガワシイ世界が広がってるのかは知らないし知りたくも無いが、少なくとも お子様の健全な発育の妨げに十分な効果を発揮することだけは間違いあるまい。グゥにはもうあの手の雑誌は与えないように ベルたちにも注意しとかにゃならんな……。あと変なお願いをホイホイ聞かないようにも言っとかんと。 「それじゃ、そろそろはじめるぞ」 「はぁ……解ったよ。オレがグゥの頭のツノに触ったらいいんだろ」 「うむ。ロバートが来るまでにそれが出来なかったら、グゥの勝ちだからな」 最初の提案からずいぶんとゲーム内容が変わってしまったが、まぁもともとグゥと一緒に遊ぶことが第一目的だったんだ。 遊び方なんて、なんでもいい。遊び方以外のことでいろいろと文句を付けたい部分もあるが、グゥ本人が気にしていないん だったらまぁ、良いだろう。オレもあまり直視しなけりゃすむことだし。うんうん、問題ない問題ない。 オレたちはルールの確認もそこそこに、早速ゲームを開始した。 <<3>> 「ところでさ…罰ゲームって何すんのさ」 「ふふふ……気になるか?」 「あんまり酷い罰だったらグゥが可哀相だしな、ちょっとは手加減してやらないといけないだろ」 「ほほう、まさかグゥに勝てるつもりでいるとはな」 グゥと対峙し、慎重に間合いを計りながら言葉を交わす。すでに勝負ははじまっているのだ、悠長な雑談などをする気は 毛頭無い。そう、これは心理戦だ。グゥもそれを解っているのだろう、不敵な表情を崩さず、皮肉めいた言葉を返してくる。 それにしても罰ゲーム…ううん、自分で言っといて嫌な響きだ。負けるつもりはないが、負けてから決められたのでは どんな目に遭うか解らない。それに罰の程度によってはオレのやる気も変わるってもんだ。 とにかく、こーゆー大事なことは先に決めてもらわないと落ち着かない。 「そうだな、もしグゥが勝った場合は……………………」 「ば、場合は…?」 それでもやはり、心理戦はグゥの土壌か。不意に見せたグゥの深刻な表情に思わずゴクリと息を呑んでしまう。 グゥはそんなオレの反応を満足げに眺めると、ニヤリと笑みを浮かべた。…くそ、舌戦はやっぱ不利だ…。 「居候、鬼っ娘、鬼ごっこと来れば、残る一つはやはりコレだっちゃ」 「…だっちゃじゃねーよ!!すいません、それは勘弁してください!!」 グゥの手にいつの間にやら握られた黒く輝く手のひらサイズの物体は、お子様のオレが見ても明らかに物騒なものだと 理解できる代物だった。その物体の先端に取り付けられた2本の金属棒の間には、思わず耳を覆ってしまうほどの大音量で バチバチと恐ろしい金切り声を上げながら青白い火花が飛び散っている。 もう、その様を見てるだけで気の早いオレの脳がゲーム終了後の己の姿を想像してしまい思わず泣きそうになる。 罰ゲームなんて可愛いもんじゃあない。拷問だ、それは。 「これを調達するのも苦労したのだぞ?」 「苦労してまでそんなもん調達しないで頂きたい……」 グゥは大きくため息を吐くと、その物騒な電流機械のスイッチを切りポイと床にほうり投げた。 ……どっかしまっとけよ、虚空から取り出したときみたいによ。視界に入るだけで落ち着かんわ。 「しょうがない…それでは他に鬼のやることといえば……もう、一つしかないな……」 「え……っと、その……食われ…ちゃいますか…?」 オレの言葉にグゥは、その顔に満面の笑みを湛えたまま、コクンと小さく頷くことで答えた。 サァッと、顔から血の気が引いていく。数年前にロバートとやった鬼ごっこ…あの時の恐怖がまざまざと蘇る。 「日本では古来よりこの豆撒き合戦に敗北した者は鬼の供物として捧げられたという謂れがある。   今回もそれに則ろうではないか。」 「いや、こちとらそんな謂れこれっぱかしも知りませんけどね?ってか、だから豆まき関係ないだろ!」 …日本って国にゃ本当に過酷な行事があるもんだ。ロバートもそんな環境で育ったからあんなデンジャラスな人格に なってしまったのだろうか。日本、恐るべし…。 「で、オレが勝ったらグゥはどーすんだよ?」 「む………?」 そうだ、負けた時のことなんて考えるもんじゃない。勝った場合のことを想像したほうがよっぽど身が入るってもんだ。 しかしグゥは「ふむ」と呟くと何やら虚空を見上げ、うんうん唸っている。自分に対する罰ゲームなど考えてもみなかった、 とでも言わんばかりだ。なんだよ、ホントに自分が勝つことしか考えてなかったのかよ、コイツは。 「…ハレは、どうしたい?」 「え…?」 「ハレが勝ったら、ハレはグゥをどうしたい?」 どうしたいって…。とりあえず今すぐその破廉恥な格好をやめて頂きたいが、オレが勝ってからの話ではそれも適うまい。 考えてみたら、グゥにして欲しいこと…なんて、別に思い浮かばない。強いて言えばオレに面倒事を持ち込むな、くらいだが ここ都会じゃあグゥもおとなしくしててくれるし、かといって無理に変な嫌がらせのような罰を与えたいとも思わない。 …いや、1つだけあった。この数日、ずっと願っていたことが、1つ。 「そうだな。オレが勝ったら、明日もオレの遊び相手になってもらおっかな」 「───っ!」 グゥにしたいことや、して欲しいことじゃない。グゥと、二人でしたいこと。 今みたいに一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に時を過ごしたい。勝ったり負けたり、罰ゲームがどうとかなんて、実は どうでもいいんだ。それでも、どうせやるなら真剣に遊ぼう。その方がずっと楽しいと思うから。 いつも一緒にいるのにいつも別々に過ごしているなんて、もったいないじゃないか。 「………カッコツケ」 「ぐはっ……!」 オレの言葉に驚いたのか一瞬動きを止めたグゥだったが、それが隙となるほどグゥも甘くはないか。狙い定めたはずのオレの 攻撃は華麗にかわされ、瞬時にその体勢を立て直したグゥに背後を取られる。慌てて振り向いた矢先、グゥはジト目でこちらを 睨み付けながらぼそりと、こちらの急所を的確に突く冷たい言葉を放って来た。思わずそのままくずおれてしまいそうになる。 …んなこと、こっちだってわかってるよ。その証拠に今オレの顔、やばいくらい熱いっつーの。絶対真っ赤っかだっつーの。 「んだよ、文句あんのかよー!」 「いっぱいある。そんなこと言われたら……グゥが勝ってもつまらないじゃないか」 「じゃあ、グゥも罰ゲーム、変えるか?」 「…いや、一度言ったことを引っ込めるのも潔くない。グゥはそのままでいい」 言葉を交し合いながらも、オレはグゥの頭のツノめがけあらゆる角度から手を伸ばすが、グゥの身体はまるで間接が無いかの ようにしなやかで、オレの手はツノどころか髪の毛にすら触れることが出来ない。しかしそれでも会話を続けているうちに、 グゥの動きには僅かな陰りが見えはじめていた。グゥの中で、自分の勝利を望む気持ちが薄くなって来ているのかもしれない。 「そっか。それじゃグゥのためにも何としてでも勝たなきゃな」 「うん。グゥもハレの勝利を祈っているぞ」 「なんだよ、それ。言っとくけど、本気でやれよ?」 「解っている。わざと負けてもつまらんからな」 二人して意地を張り合いながら、遮二無二手を伸ばす。 グゥが明らかに手加減をしているのがその動きから伝わって来たが、それでも無常に空を切り続ける自分の腕が情けない。 そうこうしているうちにこちらの疲労も溜まり、ますますグゥの動きに翻弄されっぱなしになってしまう。 このまま続けていてもラチがあかない。オレは頭と身体を冷やすため、一旦グゥから距離を置いた。 「言い忘れてたけど、この部屋から出るのはナシだからなー」 「ああ。そうでなくては、永遠にグゥを捕える事など出来ないからな」 「言ってくれるじゃんか……吠え面かくなよー!?」 …とは言ったものの、こんなに大きく肩で息をしながらでは虚勢にもならない。 対照的にグゥは、余裕たっぷりの涼しい顔。グゥだって同じくらい動いてるはずなのに、なんだこの体力差は。 オレはゆっくりと円を描くようにグゥの周りを移動しながら、ドアの前に立ち後ろ手にカギをかける。別にグゥを信用して 無いわけじゃない。体力回復のためのちょっとした時間稼ぎと、この格好のグゥを他の人に見られないようにするためだ。 …そうだ、このグゥの格好が悪いんじゃないのか? こうして一旦離れてみて気づいたが、その身体はどう見てもオレの手が触れて良い場所がほとんど無いじゃないか。 オレは無意識にグゥの身体に触れるのをためらってしまって、どうしても頭のツノのみをめがけて手を伸ばしてしまう。 本来ならグゥの身体を捕まえて、動けなくしてからツノにタッチするのが常套手段なのだろうが、こちらはそれを封じられて しまってる。グゥにとっちゃ相手の狙いが解っているのだから、かわすのなんて簡単なことなのだろう。 …もしかして、それもグゥの狙いだったりするのだろうか。いや、狙ってやってるに違いない。 「どうした?ほれ、グゥはここだぞ?」 ああもうっ、だから腰を振るな!股を開くなあっ!! グゥはこちらの気も知らず…いや、知ってやってるに違い無いのだが…その身体をオレに見せ付けるように柔らかくしならせ 四つんばいで部屋を徘徊している。お尻をつんと突き出し伸びをしたり、しゃがんで大きく片足を上げて頭を掻いたり、 その姿は細く柔軟な身体の線もあいまってまるで猫そのものだ。それは普段でも度々見かける仕草ではあるのだが、服を着た 状態ならともかく今の、身体の線どころか今にも危険区域が顔を覗かせそうなコスチュームでやられると本格的に目のやり場に 困ってしまう。それもその衣装は後ろから見たらさらに過激なようで、時折見えるぷるんと小さくも形の良い真っ白な双丘は 一切れの布にさえ覆われておらず、そこにはただ一本の紐がその谷間に食い込みうずもれているのみだった。そんなほとんど 丸見えの状態のお尻が、グゥの身体の動きにあわせてぷるぷると瑞々しく揺れる様子は前から見ていても良くわかる。 これって背後から見たら、ほとんど全裸と変わらないんじゃないのか?ああ、だから尻を突き出すな!身体をゆするな!! ずれる、ずれるから!揺れる、いろいろ揺れてるから!!絶対わざとやってんだろ、こいつっ!! 「ふむ、ハレもいよいよ本気になったようだな。そのままグゥにタックルでもするつもりかな?」 いや、これはただ個人的な事情で前かがみになってるだけです。 だけどタックルか…良い案かもしれない。この際だ、ちょっと強引にでも短期決戦を挑むべきだろう。 いいかげんあんな姿で居続けられるとこちらの身も持たない。少し触れるくらいグゥだって覚悟の上だろう。 軽く当たってすぐ離れて、頭のツノを掴んでさっさと服を着てもらおう。…よし!!
****節分SS(一:>238-243) <<1>> 「あ~~~~暇だな~……」 携帯ゲームの電源を切り、大きくベッドの上で伸びをするとごろんと寝返りを打つ。 ふかふかのマットに手触りの良いシーツ。洗い立てなのか、爽やかな石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。 その質感も、その見た目も、自分の家のベッドのそれに比べずっとずっと高級なものに感じられる。 でもオレにとってそれはあまり居心地の良いものじゃあ無かった。 目を瞑ると、ジャングルの熱気やせせこましい我が家の情景がありありと脳裏に蘇る。 「今度はいつまでここにいるんだろな~…」 誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。 ここはフィアスティン家。これで何度目か、いつもの母さんの突然の思いつきで、オレはまた都会の実家に戻って来ていた。 アメを定期的に祖母に見せる為、との名目だが、母さんにとっては半分バカンス気分といった所だろう。 なにせ、ここじゃあほっといても飯は出るわ家事は勝手にしてくれるわ、炊事も洗濯も掃除も何一つやらなくて済むのだ。 …まぁ、母さんにとっちゃそのへんは家と変わらないのだが…。ああ、そう考えると自分にとってもここはある種の天国、か。 でも、ここまでやることが無いってのも退屈だ。ここじゃテレビもあんまり見られないし、自分好みの漫画や雑誌も ほとんど置いていない。外で遊ぶにも、まだ春も遠い2月の気候はジャングル育ちの自分には苦痛でしかない。 子供は風の子、なんて言われても寒いものは寒いのだ。 ここに定期的に訪れるようになってから、祖母が何かとその手の子供向け用品を揃えてくれてはいるのだが、 如何せんセンスが…何と言おうか、まぁその、オバサンくさいと言うか…あんまりにもそのラインナップが 「はーい、お子様の遊び道具ですよ~」と言わんばかりで、13歳の自分にとっては少し幼稚すぎるものばかりなのだ。 特撮の変身セットやプラレール等はまだしも、消して遊べる塗り絵やら積み木やら…ああ、足で漕ぐ車もあったな…。 あれはサイズが合わなくてアメが大きくなってからってことになったんだ。とにかく、今更その手の『ゴッコ遊び』も無い。 少なくとも、それらを一人で遊ぶには精神的に成熟し過ぎてしまった。かといって付き合ってくれる相手がいるはずも無し…。 「ホント、何か面白い遊びとか無いかな~…」 もう一度、誰に言うでもなく、あくまでも誰に言うでもなく呟く。 せめてそれらを一緒に楽しんでくれる友達さえいれば、オレだって喜んで遊ぶだろうに。そこのソファで几帳面に座って 本ばっか読んでるこの少女さえ、もっと無邪気な気持ちでお子様の遊びってやつを享受してくれたならオレだってここまで 退屈はしてないだろうに。…なぁ、聞こえてんだろ、そこのお嬢さんよ。 「……『誰に言うでも無く』、じゃなかったのか?」 「聞こえてんじゃんか…。都合の良い部分だけモノローグ読むなっつーのっ」 ベッドの足を向ける側に背中向きに備え付けられたソファに背をもたれ、本を読んでいた少女はこちらを向き直りもせず 実に皮肉っぽく、全く持って皮肉っぽく口を開く。ああ、都会でもいつも通りの姿を見せてくれていっそ安心するわ。 「なぁ、グゥは退屈じゃないのかよ~?さっきから本ばっか読んでっけどさー」 オレはベッドの上をヨチヨチと四つんばいで移動し、ソファの背もたれに顎を乗せ肩越しにグゥの読んでいる本を覗く。 ってか、このベッドがまたでかいし。無駄だし。一人で寝るにはちょっと勿体無いだろ、常識的に考えて。 部屋自体もやけにでかいわりにほとんど物が置いていない。まぁこちらにいる期間なんてほとんど無いのだから、当然と言えば 当然なのだが。しかしこの広い空間が時々やけに寒々しく感じられ、オレの居心地をますます悪くしているのだ。 「何の本読んでんだ?」 「ハレにはこの本は少し、早いわね」 「お前も同い年だろー…」 グゥはうふふ、と微笑うとオレに中身を見せないようにころんとソファに寝転がる。グゥの読んでいた本はどうやら 週刊誌のようで、表紙には「芸能人の誰々が浮気」だとか「30代からの云々」だとか、なにやら下世話な文字が並んでいる。 雑誌名からも、母さんあたりの年代の女性が読みそうな大人向けの雑誌のようだった。そんなの読んで何が面白いんだか。 少なくともオレにはその良さは見出せそうに無い。どうせならゲーム雑誌なんかも置いておいてくれたらいいのに…。 自分で買いに行こうにも、当然あの人格破綻ボディガードが着いて来る。ついでにもっと人間的な構造レベルで破綻している 少女も着いて来る。自分一人のわがままで、街を危険に晒すワケにはいかないのだ。…正義の味方って、報われないよな。 「それにしても、グゥってこっち来てからずーっと本ばっか読んでるよな~。良く飽きないな~」 「グゥはハレと違って人生の楽しみ方を知っているからな」 「ふぅ~~ん?じゃあオレにもその楽しみ方ってやつをご教授願えませんでしょうかねぇ」 両手で雑誌を持ち上げ、ペラペラと捲るその姿はこいつにしては珍しく平穏そのものだってのに、その口の減らない物言い だけは相変わらずだ。ったく、ジャングルにいる時はこっちが何も言わなくても勝手に騒動ばっかり引き起こしてくれる クセに、都会じゃ何故か、やけにおとなしくなるんだよな。…まぁあまり暴れてもらっても困るのだが…。 どうせならその口も少しは穏やかになってはくれないものか。 「これはグゥだけの楽しみ方だから、参考にはならないと思うぞ?」 「いーから聞かせろよ、そんな言われ方したら余計気になるじゃんか」 「ふむ…」 そう言うとグゥは少し考えるように目を細めると、雑誌をパタンと閉じ身体を起こし、まっすぐにこちらを見つめて来た。 その態度にちょっと怯む。が、またどうせ変な皮肉を言うつもりだろう。 何を言われても聞き流してやるからほら、さっさと言えよ。 「簡単なことだ…ハレがいつもそばにいる。それだけのことだ」 「………え?」 グゥは、当たり前のようにそんなことを言った。 それはオレの想像していたどんな言葉とも種類が違って、聞き流すことも、すぐに返事を思い浮かぶことも出来なかった。 「…はぁ、って?な、何言ってんだよ、グゥ…?」 やっとのことで、それだけを口に出す。頭の中で何度もグゥの言葉の意味を理解しようとしたが、すればするほど 混乱してしまう。そうこうしているうちに何故か身体中がカーッと熱くなってきて、いよいよ言葉を紡げなくなってしまった。 グゥはそんな気持ちを察してくれたのか、オレの肩にそっと手を置き、穏やかに微笑みながら、 「いやいや、一人の前途ある少年が堕落して行く様を眺めると言うのは最高の娯楽ですよ?」 …などとのたまいやがった。あー。あー。あー…。オレの、馬鹿。 「はっはっは……そーですかぁ。そーですよねーっ!」 急激に体温も心も凍りつかんばかりに冷え切って行くのは気のせいではあるまい。 本当に愉快そうな表情と仕草で、『見てて飽きないよNe☆』などと付け加えるこの少女にオレは何度失望させられたら 飽きる事が出来るのだろうか…。 「もー、オレのことは良いから、なんか退屈しのぎになりそうなことって無いの?」 「ふむ。それじゃまたグゥに乗るか?」 「なんか傍から聞いたらものすごくイカガワシイな、その言い方…。   いいよ、もうアレは懲りたし。…ラジコンもいらないからなー」 はぁ。グゥがオレの希望を素直に叶えてくれるワケ、無いよな。もうグゥに搭乗するだとか、人間を操作するラジコンだとか、 ちんちくりんステッキだとかいった超常現象はコリゴリなんだって。せめて都会にいる間は平和に日々を過ごさせてくれ。 …等と言っても、その手の騒動が無かったら無かったで退屈しているオレ。これって贅沢なことなのか?平和ってそんなに 貴重なものだったのか?なんてオレの苦悩こそがこの少女にとっては退屈しのぎの一つなのか。グゥは「ちぇっ」などと 舌を打ち足をぶらぶらとバタつかせているが、子供っぽいその仕草の裏側にはどれだけ真っ黒な思惑が隠されているのやら。 もっと普通の遊びは思い浮かばんのか。…かと言って、オセロや人生ゲームといったテーブルゲームではオレに勝ち目など 万に一つも望めない。グゥがルールを把握していない最初の数回はなんとかオレの有利が望めるのだが、一度グゥがその ルールをマスターしてしまうと形勢逆転。まるで何十年もそのゲームをやり尽くした熟練者のようにあらゆる戦法でオレを 欺き、思考の裏をかき、考え付く限りの屈辱的な方法でオレを負かしてくる。正直、何回泣かされたか解らない。 「あーあ……この調子じゃ持ってきたゲーム全部、完クリしちゃうよ~」 オレはごろんとベッドに転がり、また携帯ゲームの電源を入れる。結局、家から持ってきたこの携帯ゲーム一つがここでは オレの唯一の娯楽だってことか。もっといろいろ持ってきたらよかった。 「オタクめ……」 「…なんか言ったかー?」 そんなオレに後頭部を見せたまま、グゥは心の底から蔑んだ声を吐き出してくる。 …しょうがないだろ、他にやること無いんだから。だからさっきからグゥに聞いてるんじゃないか。 「だいたいグゥもあんまし好きじゃないだろ?子供らしい健康的な遊びなんてさー」 そうだ、グゥだって家じゃ一人でゲームばっかやってるくせに。 お外で鬼ごっこだの缶ケリだのターザンごっこだのやってる姿なんて、想像も付きやしない。 「…そんなの、ハレがグゥを誘ってくれないからだろう…」 「あ……」 グゥは相変わらず背中を向けたままだったが、その声はどこか暗く、寂しげに聞こえた。 そう言えば、グゥと二人っきりになることはよくあるけど、二人でその手の遊びをすることってほとんど無かった気がする。 ジャングルでも、せいぜいたまの釣りに付き沿ってオレの横で身体を丸めて水面を眺めてるくらいだ。 この屋敷で1度ロバートと一緒に鬼ごっこをやったことはあるけど、あれはグゥの方から誘ってくれたものだし。 …もしかしてグゥは、オレの方から遊びに誘ってくれるのをずっと待ってたのかな…。 そうだよ、グゥはこの都会で、このお屋敷で唯一のオレの友達じゃないか。グゥにとっても、同年代の友達はオレしか いないんだ。なんでこんなことにもっと早く気付けなかったんだろう。グゥだって、ただ毎日だらだら本ばかり読んでて 楽しいワケがない。グゥのためにも、二人で楽しめる遊びをオレが見つけなきゃならなかったんだ。 「…グゥ?ほ、ほら、そんな本なんか置いてさ、一緒に遊ぼうぜ!!」 「……ぎこちない言い回しだな。聞いてる方が恥ずかしいぞ」 「いーだろ、今はそんな突っ込みは無し!」 オレはベッドから降り、グゥの前に立つと大げさに両手を振り上げ元気に声を上げてみせる。…確かに少し、いやかなり ぎこちなかった気がするけど、ここはカラ元気でも良いじゃないか。テンション上げないとこっちだって恥ずかしい。 グゥも最初は呆れ顔で小さくため息を吐いていたが、すぐに読んでいた雑誌を膝の上でぱたんと閉じてこちらに向き直ってくれた。 「…で、何をするんだ?」 「うん…んーそーだなぁ。鬼ごっこ…は二人でやってもイマイチだし、かくれんぼ…もこの広い屋敷でやると大変だし…」 「何だ、自分で誘っといて……レパートリーの少ない奴だ」 「申し訳ございませんわねぇ…何ならグゥさんも考えて頂けるとありがたいんですが?」 オレもグゥの隣に座り、頭を捻る。とりあえずグゥもちゃんと乗り気になってくれたは良いけど、すぐさま詰まってしまった。 …オレもあんまり外で遊ぶのって苦手なんだよな。それにグゥは女の子だ。チャンバラだとか激しい遊びは好むまい。 「ふむ……鬼で思い出したが、今日は『節分』という日らしいぞ」 「セツブン?何それ?」 「ロバに聞いたのだがな。何でも豆を撒いて邪鬼を払うという日本の行事だそうだ」 「ふぅん……珍しいね。でも行事って、それ遊びになるの?」 「まぁ物は試しだ。やってみても面白かろう」 セツブン…聞いたことが無い。今日は確か2月3日だったよな。日本では毎年この時期にやるものなのだろう。 「鬼で思い出した」と言う辺りが微妙に怖いが、他に代替案があるワケでも無い。 ここは黙って、そのセツブンとやらの説明を聞くことにしようか。 …でも…… 「…結局、グゥに遊び方教わることになっちゃったね。せっかくオレから誘ったのになんか、情けないなぁ…」 「気にするな…それでもグゥを誘ってくれたことに変わりは無い。遊ぶ方法なんて、関係無かろう?」 「グゥ…うん、ありがと」 グゥの歯に衣を着せない物言いはオレの苦悩の種でもあるけど、その明け透けな言葉は時に何よりもオレの心に響く。 その言葉にオレは何度も救われたんだ。…基本的には、苦悩でしかない場合がほとんどだけどね…。 「…で、どうやるの?そのセツブンって」 「うむ。基本的には鬼に向かって豆を投げる行事らしい。ここは豆を投げる役と鬼役に分かれるのが自然だろう」 「オレとグゥ、どっちかが鬼役ってことだね」 うう、これは鬼役になったら大変そうだな。グゥに向かって豆をぶつけるってのも気が引けるけど…あとが怖いし…。 「本来は熱した豆をぶつけるらしいのだが、ここではそれも出来まい。残念だが、普通の豆でやるしかないな」 「いやむしろ大賛成で御座いますよ?」 …日本って国はえらく過酷な行事があるもんだ。 ここがジャングルだったら間違いなくその「本来の方法」でやらされてたな。 「そして鬼にぶつけた豆を年の数だけ拾って食べて、無病息災を祈るそうだ」 「年の数だけ、ねえ。オレなら13粒ってことか」 「いやいや、2007粒ですよ」 「そっちの年かよ!!ってか食えるわけないだろそんなのっ!そもそもそんなに豆を用意できないだろー?」 「それは今ロバに調達させているところよ」 「うわあ、準備万端ですね……。まるで最初からこの流れになるの解ってたみたいだねー」 「何を仰いますやら…誘ってくれたのはハレの方じゃないですか」 「ああ…もうオレは何を反省して何を疑って何に喜べばいいのやら…」 こんな流れ、いつものことじゃないか。いい加減気に病むのはやめようぜ…。そう何度心に誓ったことだろう。 ココまで来たらもうそれすらもどうでもよくなってくる。どうせまた明日も明後日も誓いを立て直すことになるんだろうよ…。 <<2>> 「と言うわけで、ロバが来るまで少し予行演習でもするか」 「予行演習って…豆も無いのにどーやるんだよ?」 「そうだな…ここは鬼を追いかけタッチしたら勝利って事で」 「それただの鬼ごっこじゃんか」 「いやいや、ここでもう1つ斬新なルールを追加します」 ソファを降り、今度はグゥの方がオレの前でやたらオーバーに身体をくねくねと動かし強引に話を進めて来る。 どこから取り出したのか、その手にはいつの間にかツノのようなものがついたカチューシャが握られていた。 「この鬼のツノへのタッチ以外は無効なのですよ」 「あの、質問いいですか?…もう豆まきとかまるっきり関係ない気がするんですが本当に予行演習なんですよね?」 「ロバが来るまでにタッチできなかったら鬼の勝利だからな?」 「いやいやだからそれのどのへんが豆まきと関係───」 「敗者には罰ゲームを用意しているので予行演習とは言え気を抜かないように」 「聞けよ!!これのどのへんが予行演習なんだよ!!ってか罰ゲーム!?」 ああ、どこまでがこいつの想定内の展開なんだろうか…。ほくほくとマイペースに自分ルールを押し付けて来るその姿は実に 楽しそうだ。悪いがオレはまったく楽しくないぞ。それでもしっかり突っ込み返してしまう自分がいっそ可愛いわ。 それよりも唐突に出てきた罰ゲームなんて物騒な単語があまりにも恐ろしい。結局このゲームも、グゥにとっちゃオレに何か やらせるための口実にすぎんのか。 「ま、ハレがこのグゥに1度でも触れられるとはとても思えませんがね」 「お、なんだよ、グゥが鬼役やんの?」 てっきりオレが鬼役をやらされて、一瞬で捕まって即座に罰ゲーム…なんて展開かと思ってたのに、変に拍子抜けしてしまう。 このルールで、鬼を追いかける側の敗北なんて難しいだろう。何を企んでいるのやら…。 「うむ。生憎とハレ用のコスチュームは間に合わなかったのでな」 「コスチューム………!?」 またも唐突に出現した謎の単語にますます首を捻るオレを尻目に、グゥは一人で着々とゲームの準備を進めていた。 自らの頭にカチャ、と鬼のツノを付け、次にスカートのホックに手を─────って!? 「ちょ、な、何を………ッ?」 「鬼は鬼に相応しい格好をせねばな」 突然の展開に思考も身体も固まってしまう。何を考えているのか、グゥはいきなりスカートを脱ぎ始めたのだ。 オレがその行為を制止する暇も与えず、ぱさりと落ちたスカートの先には細く真っ白な脚が伸び、思わず凝視してしまった その脚の付け根には、明らかに通常のものよりも面積の少ない布地に申し訳程度に隠された肢体が露になっていた。 さらにグゥはそのまま上半身を包んでいたセーターをも躊躇無く脱ぎ捨て、起伏の無い…良く言えばスレンダーな身体を 見せ付ける。そこには「面積の少ない」なんてもんじゃない、ただの小さな三角形にヒモがついただけのような布きれが、 「控えめ」と言うのもはばかれるほどのまっ平らな胸の、それも普段絶対に見せちゃいけない先端部分のみを頼りなさげに 覆っていた。おそらくは水着のつもりなのだろうが、ビキニなんて名称を使うことすらおこがましい。もし母さんがコレを 着けて海に行く、なんて言い出したら、断固として家から出さないだろうと確信が持てる。ってか、こんなの誰が着ても 許されるもんじゃない。絶対駄目。だってそんな姿見せられたら、健康な男子なら見入ってしまうに決まってる。 オレがそんなあられもない格好をした女の子から目を切ることも手で顔を覆うことも出来ないでいるのも、男の子として 当然の反応だろう。うん、至極まっとうな反応に違いない。 「居候、鬼っ娘、鬼ごっこと言えばやはりこれだろう。何事も形からと言うしな」 「だからってお前、その格好は……」 良く見ると…と改めて言う必要も無いくらいすでにじっくりと良く見てしまっているのだが…そのビキニは黄色地に 黒のシマシマが入った、カミナリ様を彷彿とさせるような虎ジマ模様だった。ったく、デザインも柄も実に趣味が悪い。 「なんだ、オタクのハレにも馴染みのあるコスチュームを選んだつもりだったのだが?」 「いや…オレの世代じゃないし思い入れもなんもねーし。だいたいそこまで、その…凄い格好じゃないだろ」 鬼のツノに虎ジマのビキニ……その姿は確かに往年の某人気アニメに登場するヒロインを思い出させるものだったが、 オレが産まれる前には放送も終了していたし、物語もよく知らない。原作の単行本をグプタの家で読ませてもらったことが あったが、その内容はオレにはちょっといろんな意味で恥ずかしくて、パラパラと流し見しただけですぐに閉じてしまった。 それよりもずっと思い入れのある目の前の少女の方が問題だ。大問題だ。最初からそんな格好で出てこられただけでも十分に 威力のあるものだってのに、さっきまで着ていた服をその場で脱いでその格好になったと言う状況がなおよろしくない。 ただの水着と思えばなんとか思えないことは無いはずなのに、どうしても別のものとして認識しそうになる。 「どーしてもその格好でやんなきゃなんないんですかね?」 「もちろんだ。せっかくベルが作ってくれたのだから、着なければ失礼だろう」 「子供に何てもん繕ってやがんだあのアマ……悪趣味にも程があんだろー」 げんなりとうな垂れるオレをよそに、グゥは上機嫌にまたくねくねと身体を揺すっている。やめろ、その格好で腰を振るな。 あんまり激しく動いたらただそれだけで大事な部分がコンニチワしてしまいそうでこちとら気が気じゃないんだっつーの。 いつの間にかグゥはその露出度の低下に僅かながらも貢献していた靴と靴下までも脱ぎ捨て、まさに鬼っ娘現るといった 状態になっていた。某アニメヒロインよろしく虎ガラブーツまでは用意できなかったようだ。残念なような助かったような。 「いやいや、デザインはそこの雑誌に載っていたのを拝借させてもらったのだ」 言いながら、ソファの上の雑誌を見やる。グゥがさっきまで読んでいたものだ。その本はどうやら、オレが思っていた以上に オトナ向けの雑誌らしかった。…そこにどんなイカガワシイ世界が広がってるのかは知らないし知りたくも無いが、少なくとも お子様の健全な発育の妨げに十分な効果を発揮することだけは間違いあるまい。グゥにはもうあの手の雑誌は与えないように ベルたちにも注意しとかにゃならんな……。あと変なお願いをホイホイ聞かないようにも言っとかんと。 「それじゃ、そろそろはじめるぞ」 「はぁ……解ったよ。オレがグゥの頭のツノに触ったらいいんだろ」 「うむ。ロバートが来るまでにそれが出来なかったら、グゥの勝ちだからな」 最初の提案からずいぶんとゲーム内容が変わってしまったが、まぁもともとグゥと一緒に遊ぶことが第一目的だったんだ。 遊び方なんて、なんでもいい。遊び方以外のことでいろいろと文句を付けたい部分もあるが、グゥ本人が気にしていないん だったらまぁ、良いだろう。オレもあまり直視しなけりゃすむことだし。うんうん、問題ない問題ない。 オレたちはルールの確認もそこそこに、早速ゲームを開始した。 <<3>> 「ところでさ…罰ゲームって何すんのさ」 「ふふふ……気になるか?」 「あんまり酷い罰だったらグゥが可哀相だしな、ちょっとは手加減してやらないといけないだろ」 「ほほう、まさかグゥに勝てるつもりでいるとはな」 グゥと対峙し、慎重に間合いを計りながら言葉を交わす。すでに勝負ははじまっているのだ、悠長な雑談などをする気は 毛頭無い。そう、これは心理戦だ。グゥもそれを解っているのだろう、不敵な表情を崩さず、皮肉めいた言葉を返してくる。 それにしても罰ゲーム…ううん、自分で言っといて嫌な響きだ。負けるつもりはないが、負けてから決められたのでは どんな目に遭うか解らない。それに罰の程度によってはオレのやる気も変わるってもんだ。 とにかく、こーゆー大事なことは先に決めてもらわないと落ち着かない。 「そうだな、もしグゥが勝った場合は……………………」 「ば、場合は…?」 それでもやはり、心理戦はグゥの土壌か。不意に見せたグゥの深刻な表情に思わずゴクリと息を呑んでしまう。 グゥはそんなオレの反応を満足げに眺めると、ニヤリと笑みを浮かべた。…くそ、舌戦はやっぱ不利だ…。 「居候、鬼っ娘、鬼ごっこと来れば、残る一つはやはりコレだっちゃ」 「…だっちゃじゃねーよ!!すいません、それは勘弁してください!!」 グゥの手にいつの間にやら握られた黒く輝く手のひらサイズの物体は、お子様のオレが見ても明らかに物騒なものだと 理解できる代物だった。その物体の先端に取り付けられた2本の金属棒の間には、思わず耳を覆ってしまうほどの大音量で バチバチと恐ろしい金切り声を上げながら青白い火花が飛び散っている。 もう、その様を見てるだけで気の早いオレの脳がゲーム終了後の己の姿を想像してしまい思わず泣きそうになる。 罰ゲームなんて可愛いもんじゃあない。拷問だ、それは。 「これを調達するのも苦労したのだぞ?」 「苦労してまでそんなもん調達しないで頂きたい……」 グゥは大きくため息を吐くと、その物騒な電流機械のスイッチを切りポイと床にほうり投げた。 ……どっかしまっとけよ、虚空から取り出したときみたいによ。視界に入るだけで落ち着かんわ。 「しょうがない…それでは他に鬼のやることといえば……もう、一つしかないな……」 「え……っと、その……食われ…ちゃいますか…?」 オレの言葉にグゥは、その顔に満面の笑みを湛えたまま、コクンと小さく頷くことで答えた。 サァッと、顔から血の気が引いていく。数年前にロバートとやった鬼ごっこ…あの時の恐怖がまざまざと蘇る。 「日本では古来よりこの豆撒き合戦に敗北した者は鬼の供物として捧げられたという謂れがある。   今回もそれに則ろうではないか。」 「いや、こちとらそんな謂れこれっぱかしも知りませんけどね?ってか、だから豆まき関係ないだろ!」 …日本って国にゃ本当に過酷な行事があるもんだ。ロバートもそんな環境で育ったからあんなデンジャラスな人格に なってしまったのだろうか。日本、恐るべし…。 「で、オレが勝ったらグゥはどーすんだよ?」 「む………?」 そうだ、負けた時のことなんて考えるもんじゃない。勝った場合のことを想像したほうがよっぽど身が入るってもんだ。 しかしグゥは「ふむ」と呟くと何やら虚空を見上げ、うんうん唸っている。自分に対する罰ゲームなど考えてもみなかった、 とでも言わんばかりだ。なんだよ、ホントに自分が勝つことしか考えてなかったのかよ、コイツは。 「…ハレは、どうしたい?」 「え…?」 「ハレが勝ったら、ハレはグゥをどうしたい?」 どうしたいって…。とりあえず今すぐその破廉恥な格好をやめて頂きたいが、オレが勝ってからの話ではそれも適うまい。 考えてみたら、グゥにして欲しいこと…なんて、別に思い浮かばない。強いて言えばオレに面倒事を持ち込むな、くらいだが ここ都会じゃあグゥもおとなしくしててくれるし、かといって無理に変な嫌がらせのような罰を与えたいとも思わない。 …いや、1つだけあった。この数日、ずっと願っていたことが、1つ。 「そうだな。オレが勝ったら、明日もオレの遊び相手になってもらおっかな」 「───っ!」 グゥにしたいことや、して欲しいことじゃない。グゥと、二人でしたいこと。 今みたいに一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に時を過ごしたい。勝ったり負けたり、罰ゲームがどうとかなんて、実は どうでもいいんだ。それでも、どうせやるなら真剣に遊ぼう。その方がずっと楽しいと思うから。 いつも一緒にいるのにいつも別々に過ごしているなんて、もったいないじゃないか。 「………カッコツケ」 「ぐはっ……!」 オレの言葉に驚いたのか一瞬動きを止めたグゥだったが、それが隙となるほどグゥも甘くはないか。狙い定めたはずのオレの 攻撃は華麗にかわされ、瞬時にその体勢を立て直したグゥに背後を取られる。慌てて振り向いた矢先、グゥはジト目でこちらを 睨み付けながらぼそりと、こちらの急所を的確に突く冷たい言葉を放って来た。思わずそのままくずおれてしまいそうになる。 …んなこと、こっちだってわかってるよ。その証拠に今オレの顔、やばいくらい熱いっつーの。絶対真っ赤っかだっつーの。 「んだよ、文句あんのかよー!」 「いっぱいある。そんなこと言われたら……グゥが勝ってもつまらないじゃないか」 「じゃあ、グゥも罰ゲーム、変えるか?」 「…いや、一度言ったことを引っ込めるのも潔くない。グゥはそのままでいい」 言葉を交し合いながらも、オレはグゥの頭のツノめがけあらゆる角度から手を伸ばすが、グゥの身体はまるで間接が無いかの ようにしなやかで、オレの手はツノどころか髪の毛にすら触れることが出来ない。しかしそれでも会話を続けているうちに、 グゥの動きには僅かな陰りが見えはじめていた。グゥの中で、自分の勝利を望む気持ちが薄くなって来ているのかもしれない。 「そっか。それじゃグゥのためにも何としてでも勝たなきゃな」 「うん。グゥもハレの勝利を祈っているぞ」 「なんだよ、それ。言っとくけど、本気でやれよ?」 「解っている。わざと負けてもつまらんからな」 二人して意地を張り合いながら、遮二無二手を伸ばす。 グゥが明らかに手加減をしているのがその動きから伝わって来たが、それでも無常に空を切り続ける自分の腕が情けない。 そうこうしているうちにこちらの疲労も溜まり、ますますグゥの動きに翻弄されっぱなしになってしまう。 このまま続けていてもラチがあかない。オレは頭と身体を冷やすため、一旦グゥから距離を置いた。 「言い忘れてたけど、この部屋から出るのはナシだからなー」 「ああ。そうでなくては、永遠にグゥを捕える事など出来ないからな」 「言ってくれるじゃんか……吠え面かくなよー!?」 …とは言ったものの、こんなに大きく肩で息をしながらでは虚勢にもならない。 対照的にグゥは、余裕たっぷりの涼しい顔。グゥだって同じくらい動いてるはずなのに、なんだこの体力差は。 オレはゆっくりと円を描くようにグゥの周りを移動しながら、ドアの前に立ち後ろ手にカギをかける。別にグゥを信用して 無いわけじゃない。体力回復のためのちょっとした時間稼ぎと、この格好のグゥを他の人に見られないようにするためだ。 …そうだ、このグゥの格好が悪いんじゃないのか? こうして一旦離れてみて気づいたが、その身体はどう見てもオレの手が触れて良い場所がほとんど無いじゃないか。 オレは無意識にグゥの身体に触れるのをためらってしまって、どうしても頭のツノのみをめがけて手を伸ばしてしまう。 本来ならグゥの身体を捕まえて、動けなくしてからツノにタッチするのが常套手段なのだろうが、こちらはそれを封じられて しまってる。グゥにとっちゃ相手の狙いが解っているのだから、かわすのなんて簡単なことなのだろう。 …もしかして、それもグゥの狙いだったりするのだろうか。いや、狙ってやってるに違いない。 「どうした?ほれ、グゥはここだぞ?」 ああもうっ、だから腰を振るな!股を開くなあっ!! グゥはこちらの気も知らず…いや、知ってやってるに違い無いのだが…その身体をオレに見せ付けるように柔らかくしならせ 四つんばいで部屋を徘徊している。お尻をつんと突き出し伸びをしたり、しゃがんで大きく片足を上げて頭を掻いたり、 その姿は細く柔軟な身体の線もあいまってまるで猫そのものだ。それは普段でも度々見かける仕草ではあるのだが、服を着た 状態ならともかく今の、身体の線どころか今にも危険区域が顔を覗かせそうなコスチュームでやられると本格的に目のやり場に 困ってしまう。それもその衣装は後ろから見たらさらに過激なようで、時折見えるぷるんと小さくも形の良い真っ白な双丘は 一切れの布にさえ覆われておらず、そこにはただ一本の紐がその谷間に食い込みうずもれているのみだった。そんなほとんど 丸見えの状態のお尻が、グゥの身体の動きにあわせてぷるぷると瑞々しく揺れる様子は前から見ていても良くわかる。 これって背後から見たら、ほとんど全裸と変わらないんじゃないのか?ああ、だから尻を突き出すな!身体をゆするな!! ずれる、ずれるから!揺れる、いろいろ揺れてるから!!絶対わざとやってんだろ、こいつっ!! 「ふむ、ハレもいよいよ本気になったようだな。そのままグゥにタックルでもするつもりかな?」 いや、これはただ個人的な事情で前かがみになってるだけです。 だけどタックルか…良い案かもしれない。この際だ、ちょっと強引にでも短期決戦を挑むべきだろう。 いいかげんあんな姿で居続けられるとこちらの身も持たない。少し触れるくらいグゥだって覚悟の上だろう。 軽く当たってすぐ離れて、頭のツノを掴んでさっさと服を着てもらおう。…よし!! ****1>[[2>070209_2]]>[[3>070209_3]]

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