風の還り着く場所 ◆3Dh54So5os


「旅行?」 
私が鸚鵡返しに聞き返すと名雪は小さく頷いた。
「そう、私と祐一とあゆちゃんに北川君、それと祐一の知り合いの先輩二人と行こうって話になったんだ」
「そうなの……、 でも大丈夫? 今の話だと大人が一人も居ないみたいだけど……」
名雪もだいぶしっかりしてきたし、祐一さんや年上の先輩も居るようなので多分大丈夫だろうとは思ったけど大人が誰一人としていないのはやっぱり親として不安になる。
「私がついて行きましょうか? やっぱり保護者は居た方がいいと思うの」
「!?」
私がそう言うと名雪の表情が一変した。
明らかに不味いと言いたげなその表情に私が疑問の声を洩らすよりも先に名雪がいくぶんか慌てた様子で口を開く。
「だ、大丈夫だよ。付き添いなんてしなくても…、本当に私たちだけで大丈夫だから」
「でも……」
「あっ、荷物の準備しなくちゃ……お母さん、私ちょっと買い物行ってくるね…」
「……」
いつになく頑なな態度を見せる名雪に私は妙な違和感を感じたが、結局それがなんなのか私はついに確かめることが出来なかった。


そして旅行当日、私は玄関先で出掛けて行く名雪達を見送っていた。
あの後祐一さんやあゆちゃんにもそれとなく付き添いの話を打診してみたがやっぱり断られてしまっていた。

「あははー、皆さん準備は大丈夫ですかー?」
「……ばっちり」
「私もオッケーだよ」
「もちろんだぜ」
「あっ、おやつのタイヤキ持つのを……」
「それは現地で買え」
「うぐぅ……」

みんな思い思いと言った感じで談笑を楽しんでいるようだった。
いつもと変わらぬ光景。
どう見てもそのようにしか見えないのに私は違和感を覚えずには居られなかった。そしてそれはだんだん大きくなってきている。
「? どうかしました? 秋子さん……」
私の様子がおかしいことに気が付いたのか、祐一さんが声を掛けてくる。
違和感がなんなのかまだはっきりとしていなかったが私は思い切ってその言葉を言うことにした。
この言葉を言える最後のチャンスのような気がしたからだ。
「……祐一さんやっぱりこの旅こ……」
「おーい相沢! 何やってるんだよ? 置いてくぞー!」
「あっ、悪い……」
言え、なかった。
祐一さんはくるりと踵を反すと荷物を肩にかけ歩き始めていたあゆちゃんたちの後を追いはじめていた。
去り行く祐一さんたちの後ろ姿をぼんやりと見ながら私の中の違和感がある言葉に置き変わる。
そう、足りないのだ。 絶対にあるべき筈の何かが足りないのだ。

「それじゃあ秋子さん行ってくるね~」

聞こえてきたのはあゆちゃんの声。
だけどまだ大して離れてもいないのに、その声はやけに遠くから聞こえるように感じた。

「秋子さん、行ってきます」

そう言えば今日は何日だっけ? そもそも今日は休日だったっけ?
色々な思考が頭の中をぐるぐると巡る。
そうしている間にも名雪達の声はまるで霞みがかかるようにどんどん遠くなっていく。
いや声だけではない、名雪達の姿もいつの間にかぼやけはじめている。
妙に現実感のない感覚だな……そう思った私は次の瞬間はっとなった。
そう、この感覚は夢を見ている時とまったく同じソレ。そして私は今まさに……

「じゃあね、お母さん……………………」

その夢から醒めようとしていた……

   ◇   ◇   ◇

夢から目覚めた時、私は病院の病室にいた。
目覚めた直後に見た医師や看護師さん達の驚きを隠せないと言った表情は今でも覚えている。そして後日聞いた三つの事実についても……。

一つは私が交通事故に遭い三日間もの間、生死の境を彷徨っていた事。
さらにその状態から私が奇跡的に意識を回復したこと。
そして……私が事故に遭ったその日から名雪や祐一さん達が行方不明になっている。ということ……

あの日から半年が経過していた。
私は事故の後遺症もなく無事に退院し、今では普通に生活をおくれるようになったが名雪達の行方は今だに分からないままだった。
当初はニュースやワイドショーで散々騒ぎ立てたマスコミからもすっかり取り上げられなくなり、私の周りはやけに寂しいものになってしまった。
警察の方は未だに捜索を続けてくれているが、規模はだいぶ縮小されてきたという。
そんな中で私の時間はあの日から止まったままだった。
仕事はおろか食事すらまともに喉を通らず、体重は見る見るうちに落ちていった。
鏡に映る姿が入院していた頃よりも顔色が悪くなっているように見えるのはきっと勘違いではないと思う。
以前は電話がかかってくる度に慌てて受話器を取っていたが、今では電話に出る気力すらなくなりかけていた。

「…………」

窓の外には遠くまで透き通るように晴れ渡った夏の空と、ジリジリと輝く太陽の光で白く照らされた見慣れた街の姿。
そんな明るい世界とは対照的に家の中は真っ暗だった。
電気はもちろん、例年なら使わずにはいられない空調すら使わず私はただぼんやりと窓の外を眺め続けていた。
何も考えられなかった。 今眺めているのは本当にいつもの街なのか、そもそも今自分が起きているのかすら分からなかった。
そんな時だった。 何も無かった私の世界に変化をもたらした音が聞こえたのは……

     …ん

最初は気のせいだと思った。 余りにも久しく聞いていない音だったから……

  …ぽーん

今度はやけに遠くから聞こえたような気がした。 まるでいつか見たあの夢の終わりの時のように……

 ぴんぽーん

三度目になってやっとはっきりと聞こえた。 それは玄関の呼び鈴の音だった。
事件が世間やマスコミから注目されていた時はしょっちゅう聞いていた音だが、最近はめっきり聞かなくなっていた。
近所の人はうちに近寄らなくなったし、新聞も3ヶ月前に取るのを止めている。  警察からの連絡は基本電話がほとんどだ。
最初は出なくても良いやと思った。 今は動きたくすらなかった。

 ぴんぽーん

それでも呼び鈴は鳴った。 5回、6回、7回……
決して急かすようにではなく一回一回鳴らすたびに様子を見るように間が空き、それでも私が出ないと呼び鈴がまた鳴った。

 ぴんぽーん

10回目の呼び鈴が聞こえた時、私はようやく身体を起こし立ち上がった。
少しよろよろとしながら玄関まで来ると覗き窓から相手を確認することもせずにまったく無用心に私はドアを開けた。
「…………」
ドアの向こうにいたのは余りにも予想外の相手だった。
予想外すぎて、誰でも良いからとりあえず出よう、ぐらいにしか考えていなかった私は思わず動きを止めた。
そこにいたのは1人の女の子。
短めに切りそろえられた髪と、雪のように白い肌、さらにその身に羽織った季節外れなストール。
私はきっと訝しげな顔をしていたのだろう、女の子は怖ず怖ずとした様子できりだした。

「あの、相沢さん……じゃなくて水瀬さんのお宅はこちらで宜しいでしょうか?」
「そうですけど……貴女は……」
そう言いかけてふと思い出した。
あの事件があった数日前に祐一さんに連れられて家にきた女の子だ。
祐一さんが珍しく家に連れてきた子だったのと、今も羽織っているストールがとても印象的だったので覚えていたのだ。
確か名雪の友達の美坂さんの妹で名前は……
「美坂栞です。以前、一度だけこちらにお邪魔したんですけど……」
「ええ、覚えてるわ。 確か半年前に祐一さんに連れられて……」
「そう、それです。 あの……お久しぶりです」
そう言うと栞ちゃんはぺこりと頭を下げた。
私も軽く会釈をし、それからふと沸いて出た疑問を口にする。
「それで、今日は一体どう言ったご用件かしら? 祐一さん達でしたら今は……」
「いえ、それは分かってます」
私が何を言おうとしていたのか分かったのか栞ちゃんは私の言葉を途中で遮った。
「実は……今日は秋子さんにお話があって来たんです」
「私に……?」
あまりにも予想外の言葉に思わず私が聞き返すと栞ちゃんは無言のまま真剣な表情で頷いた。
「……分かったわ。 ここではなんだし、上がってください」
「すいません、お邪魔します」
その様子に何かを感じた私は少しだけ考えた後、栞ちゃんを招き入れた。

   ◇   ◇   ◇

「はい、どうぞ……」
「あっ、すいません」
私が差し出したお茶を栞ちゃんは小さく頭を下げながら受け取ると一口口に含んだ。
私も栞ちゃんの合い向かいの椅子に腰を下ろし、同じようにお茶を口にする。
そう言えばこんな風にお茶を煎れて飲むのも久しぶりだなと思いつつ、私は栞ちゃんに話し掛けた。
「それで、私に話がある、って言うのは一体……」
私の言葉に栞ちゃんは一瞬びくんとなり、次に視線を泳がせ、最後に小さく深呼吸をしてから私の方に向き直った。
「え、えっと……実はちょっと恥ずかしい、と言うかかなりおかしな話なんですけど……」
それでも良いですか? と言うように言葉を区切った栞ちゃんに対し、私は無言で頷く。
「話したいこと、というのは私が半年前に見た夢の話なんです」
「半年前に見た……夢……?」
その言葉に私は思わず反応していた。
普通なら夢の話などたわいもない話だが、今の私には、さらにそれが半年前のあの時期の夢の話となると別格の意味と重さを持つ。
あの日見た、未だにはっきりと記憶に残るあの不思議な夢。 そしてそれが意味することを深く考えまいと忌避している夢。
栞ちゃんの話は続く。
「実は、半年前のあの頃、私はお医者さんからも余命いくばくもないって言われる位の病気を患っていました」
「えっ?」
あまりにも意外な言葉に私は思わず栞ちゃんを見つめた。
一目見たときからかなりの色白な肌をしているな、と思ったが、それは病的なものではなくむしろ頬の辺りに僅かにさした赤みと相まって健康そうに見える。
とてもそんな事を宣告された人間には見えない。
するとそんな私の視線に気が付いたのか、栞ちゃんが少し慌てながら補足する。
「あっ、今はもう全然何ともないんですよ。 ただあの頃、祐一さんと出会った頃の私がそうだった。 って言うだけの話ですから」
それから栞ちゃんは祐一さんたちとの出会いからその後の顛末を話してくれた。
街路樹の並ぶ雪道での出会い、その病ゆえに出来てしまった姉妹間の溝、その溝の修復に奔走してくれた祐一さん達、そして訪れた別れの日。
そのいずれにも私の知らない祐一さんや名雪の姿があった。
「私、死にたくなんかなかったです。 でももうこれで終わりなんだ、って諦めてました。 諦め切れなかったけど、諦めたことにしようとしたんです」

「そして、あの日を迎えました。 私の容態が急変して、今夜が峠だろうと言われたあの夜が……」

   ◇   ◇   ◇

あの夜、私は夢を見ました。
夢から覚めて半年も経つのに今でもはっきりと思い出せる……いえ、忘れることが出来ない夢。
その夢の中で私は祐一さんやあゆさんや名雪さん、北川さんやその他たくさんの人と遊んでいました。

例えばそれは雪合戦だったり……、

「痛てぇ!? こらっ栞ッ! 雪玉の中に石は反則だぞ!!」
「えっ? 私は入れてませんよぉ……」
「じゃあ、一体誰が……」
「あはは、ごめんね祐一くん」
「あゆ……、お前なぁ…ふごっ!?」
「わ、当たった、当たったよ! 祐一隙あり過ぎだよ」
「……名雪、お前もか……」

雪だるま作りだったり……、

「出来た……」
「あははー、大きいのが出来ましたねぇ」
「佐祐理さんたちのは軽く5メートルはありそうだな……よし、北川! そっち持て! 俺たちは10メートルクラスのヤツ作るぞ!!」
「はいよ! って、んなでかいの作れるかッ!!」
「舞、今度は50メートルクラスの鎌倉作りましょうか」
「……まかせて」
「って、そっちもなんか無茶なこと言ってるしー!!?」

とにかく皆さんが笑顔で遊んでいました。
私も終始笑顔で、子犬のように元気に雪の中を駆け回っていました。
あっという間に一日が過ぎていって、夕方になって……、皆で並木道を通って家路につきました。

「うぐぅ、もう終わり? ボク、もうちょっと遊んで居たかったなぁ……」
「あはは、そうですね。 でも今日はもう遅いですから、今度また遊びましょう、今日みたいに皆で集まって……」

私がそう言ったときでした。 今まで絶えなかった皆さんの笑い声がすっと消えたのは……
「…………」
「えっ? あ、あれ? わ、私、何か変なこと言っちゃいましたか?」
「い、いやスマン、あまりに唐突だったんで驚いただけだ」
「そう……ですか?」
軽く笑いながら祐一さんはそう言ってくれましたが、私は妙な違和感を感じずにはいられませんでした。
まるで、私と祐一さん達との間に決定的な違いがあるような、そんな感じがしたんです。
「うぐぅ、でもやっぱり物足りないなぁ……そうだ! ねぇみんな、これからボクの学校に行かない?」
「あゆちゃんの学校……? そういえば、私達とは違う学校に通ってるんだっけ」
名雪さんの言葉にそう言えば確か前にそんな話を聞いたなぁ……と私が思っていると、他の皆さんもその事について話し始めました。
さっきまで感じていた筈の妙な違和感については何故か忘れていました。
「うちと違う学校? 相沢、どこの学校ことだ?」
「いや、俺に聞くなよ」
「でも今から行って大丈夫かなぁ……」
「ボクの学校、校則ゆるいから大丈夫だよ。 多分……」
「夜の学校ですか……面白そうですねー」
「……コレの出番?」
みんななんだかんだと言いながら最終的にあゆさんの学校に行って見ようか、という話になりました。(何故か舞さんが剣を持ち出してきていましたが……)
それなら、と私も付いて行こうとしたのですが……

「あー、ちょっと待った。 栞はダメだ」

祐一さんが急にそんなことを言いだしたんです。
「ええっ!? 何でですか!?」
「そろそろ帰らないと香里が心配するだろ? って言うか帰さないと俺が香里に殴られる」
「なんですか、その中途半端な理由は……」
祐一さんの言っている事はもっともで正論だったんですが、ちょっぴり悔しくて私は少しだけ意地悪を言いました。
「えぅ~、でも私だけ仲間外れなんてひどいです。 お姉ちゃんに今の言葉、言っちゃいますよ」
「ちょっと待て栞! それは勘弁してくれ」
「そんなこと言っても遅いです。 もう決めました」

私としては軽い悪ふざけのつもりだったんです。
祐一さんをちょっと困らせて、「冗談です」の言葉を残して帰る。 いつものパターンです。
でも今回は何故かそこに名雪さん達も割り込んできたんです。

「ん~、でもやっぱり香里を心配させちゃ悪いと思うな。 デリカシーの無い祐一には私が言っとくから栞ちゃんは帰った方が良いよ」
「そうだぜ、美坂をあんまり待たせちゃマズイって」
「ご家族の方を心配させるのはやっぱりいけないと思います」
「早めに帰ったほうが良い」
「うぐぅ、残念だけど待ってる人が居るんじゃ仕方ないね。 ここでお別れだよ、栞ちゃん」

その時、私は唐突に気が付いたんです。 私が今見ているこの世界がなんなのか、そしてどういう状況におかれているのか……
それと同時に思ったんです。

これ以上私はここに居ちゃいけないんだ。って……

だから私はみんなに言われて仕方なく、という風を装って、 
私が事実に気付いてしまった事を悟られないようにして、
いつもの何の変哲もない日常で終わらせるために……

「分かりました。 それじゃあ一足先に失礼しますね。 あっ、祐一さん、あとであゆさんの学校がどんなだったか、きちんと教えてくださいね」
「ああ、分かった。 それじゃ、行ってくるな」

そう答えた祐一さんはバレバレの作り笑顔で、私も普段通りのつもりで全然不自然な笑顔で、私達は別れました。
私は皆さんが見えなくなるまで見送ろうと思ったんですけど、そこで視界と意識が急に遠くなり始めて……

   ◇   ◇   ◇

「気が付いたらそこは元の病室で、目の前に泣き腫らした顔のお姉ちゃんやお母さんが居ました。
 なんでも三日間くらい生死の境を彷徨っていたらしくて意識が戻っただけでも奇跡的だったそうです」
「…………」
「そのあとからです。 もう治らないって言われていた私の病気が徐々にですけど治りはじめたのは……」
同じだ。 と私は思った。
私は交通事故で、栞ちゃんは難病で……
どちらも多少の差はあれど祐一さん達の夢を見てから奇跡的な回復を遂げている。
そうなるとやはりあの夢は単なる予感や夢想の類ではなく、別の意味を持った、いうなれば名雪達から私達へのメッセージなのではないだろうか?

「…………」
「…………」

沈黙が部屋を支配した。
考えをまとめる必要があった。 この半年の間、考えないようにしていたツケを払うように、私は考えた。
私達が経験した夢と奇跡、それらに込められた真意について……

「秋子さん、秋子さんは、自分は今、誰かの夢の中に居る。 そんな風に思ったことはありませんか?」

どれ位の時間が過ぎたのだろうか、突然栞ちゃんがそんなことを言い出した。
私は軽く首を横に振りつつ、先を促す。
「私も無かったです」
「無かった……ということは今は違うのね?」
「ええ、そうなんでしょうね」
「続けて頂戴」
きっとこれから話す内容は栞ちゃんなりの回答。
それで私も納得できるかどうかは分からないけど、聞いてみる価値は十二分にあると思った。

「私達の夢を見ている誰かは一つだけ……いえ、その夢の内容を自由に出来るんです。 誰かにとっての理想を体現した夢の世界、それが私達の世界なんです」
「どうしてその誰かは夢の中とはいえ理想を実現できるの?」
「最初から出来た、という訳じゃないんです。 理想を、その願いを、ただ一心に求めて、頑張って、抗って……ずっと諦めずに求め続けたそのご褒美なんです」
「そして、その誰かが願ったこと、それは……」

ああ、何故だろう? 栞ちゃんはまだ結論を言っていないのに、私はその答えが分かったような気がした。
夢を見ている誰かが願った夢の中だけでも叶えたかった理想、それは……

「みんなの笑顔で満ち溢れた、平穏な日常。 自分達を温かく迎えてくれる還るべき場所」

「そして、それを実現するには誰一人として欠けてはいけなかったんです。 例えその人の命の灯火が消えかける寸前であったとしても……」
そういいながら栞ちゃんは遠くを見るようにすっとその目を細める。
まるで「これであってますか?」と、夢を見ている誰か――名雪や祐一さん達に尋ねるかのように……
「……なんて、ちょっとかっこつけすぎですよね?」
気恥ずかしくなったのかちょっとおどけながらそう言う栞ちゃんに私は首を横に振ってみせた。
「いいえ、そんなことないわ。 私もそうだと思うもの……きっとそうよ」
今なら分かる。 あの夢で名雪達が伝えたかったことは今生の別れなんかじゃない。
そんな悲しくて後ろ向きなことじゃなくて……

   ◇   ◇   ◇

「実は私、さっきの夢の話で、まだ話してないことがあるんです」

栞ちゃんがそんな言葉を漏らしたのは、もう帰るから、と玄関まで出てきた時のことだった。
「話してないこと? 何かしら?」
「はい、夢の終わる直前、去り行く祐一さん達を見送りながら大声で私、尋ねたんです。 『必ず帰ってきてくれますか?』 って……」
「……それで、祐一さん達はなんて?」
私が尋ねると、栞ちゃんはにっこりと微笑んで、

「『絶対帰ってくるから、待ってろ』って…………、そ、それじゃあ失礼しますね。 お邪魔しました!」

そう言うと栞ちゃんは外へと駆け出して行った。
その時の表情は良く見えなかったけど、目尻に光るものがあるのが一瞬だけ見えた気がした。
「絶対帰ってくるから、待ってろ……か」
また、私一人だけになった玄関で、思わず反芻する。
どこかで似たような言葉を聞いたような気がするのは気のせいだろうか?
どこか……そう、あれは確か、あの夢の終わりのほうで……

「あっ……」

その言葉を思い出した時、私は思わず涙していた。
あの夢の最後、本当に最後の目覚める直前に、名雪が私に向かって言った言葉。

「じゃあね、お母さん……、きっと帰ってくるから、待っててね」

どうしてもっと早く気づかなかったのだろう? どうしてもっと早く思い出さなかったのだろう?
名雪はちゃんと伝えたかったことを、言葉を遺していたではないか……
それなのに私はそれに気づかず、この半年間なにをするわけでもなく無駄に浪費しているだけだった。
「私、母親失格ね」
自嘲するようにそう呟きながら私はリビングに戻ろうとして、直後に鳴り響いたチャイムに呼び止められた。

 ぴんぽーん

「はーい?」
私はさっき帰った栞ちゃんが忘れ物でもしたのだろうと思い、特に何も考えずにドアを開けた。
「……あら?」
ドアを開けた先には誰もいなかった。
栞ちゃんも居なければ、通りを歩いている人も居ない。
あるのは夏の日差しに照らされた見慣れた玄関先の光景だけ。
(気のせい……かしら?)
そう思いつつ、ドアを閉めようとして……、私は足元のそれに気がついた。

「……これは」

玄関先の縁石の上にあったもの――それは六つの綺麗な雪うさぎ――

ジリジリと照らす夏の日差しの下だというのに、まるで降ったばかりの新雪で作ったような真白の雪うさぎ。
それが一体なにを示すのか、私は瞬間的に悟った。
私は雪うさぎの一つを両手ですくい上げると胸元に抱え込んだ。

「おかえりなさい」

私がそう言うと、まるで安心した途端眠りに就く子供のように、六つの雪うさぎは大気に溶け込むようにすっと消えていった。
雪うさぎが完全に姿を消す直前、ひゅうと吹いた風に乗ってあの子たちの声が聞こえたような気がした。


                             『ただいま』


【ギャルゲロワイヤル Kanon's part END】



213:手を取り合って飛び立っていこう 投下順に読む 215:散りゆくものたち
213:手を取り合って飛び立っていこう 時系列順に読む 215:散りゆくものたち





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー