{職場いじめ問題研究所 ゲリー・ナミエ共同所長に聞く
苛烈な競争環境で成功するためには、相手を蹴落としてでも自分の言い分を通す米国の企業社会。その職場いじめのメカニズムは、世界にばら撒かれていると専門家は警鐘を鳴らす。}
職場いじめ(Workplace bullying)は、実はハラスメント(セクハラやパワハラ等)の4倍も多発している深刻な問題だ。
2007年に7740人を対象に行われた全米調査によると、職場いじめを現在体験している人は13%、以前体験したことがある人は24%、そして12%は自分では体験していないが、目撃したことがあると答えている。
いじめが多いのは、ハラスメントには法律による罰則があるのに、いじめにはないためだ。われわれは今、職場でのいじめを規制するための法制化を目指して活動しているところだ。
いじめの対象になった社員は健康をも害するという点で、火急の対応を要している。いじめは、ちょっとした意地悪で起こるものからサディスティックなものまでレベルはいろいろだが、世界の企業がアメリカ化するにしたがって一緒に輸出されている。
四半期ごとの業績を見せつけ、成果主義に重きを置くアメリカでは、超競争的な環境の中で成功するためには、相手を蹴落としてでも言い分を通すのが当たり前だからだ。
また上司は、何事も部下に高圧的に強要すべしという勘違いがまかり通っている。いじめの72%は上司から部下に対するものであるという統計が、それを物語る。
18%は同僚が相手、部下から上司に対しても数少ないがある。男女比で言えば、60%のいじめが男性によるもの、40%が女性によるもので、女性のいじめは女性に向けられることが多いという調査結果は、かなり注目を集めた。
私は、いじめをナルシズムの一種と見ている。
自己中心的になり、相手の存在に対する想像力が働かない。ただ、いじめの恐ろしいところは、最初は1対1から始まっても、すぐにまわりの人間を引き込んで多対1になり、時には組織全体が個人を傷つける方向に動くということだ。
いじめる張本人は、その上司を含めてまわりに自分を売り込むのがうまく、自分なしには組織が成り行かないと印象づけるのに長けている。いじめられる方は、職場への責任感からその事実を公にできずに、泣き寝入りすることがほとんどだ。
残念なのは、組織内のいじめ問題解決に人事部が役に立ったためしがないことである。6000件のケースを見たところ、人事部が事態を収拾したケースは2例しかなかった。人事部は単なる管理職のサポートスタッフなので、上の者にはもの申せないからだ。法律もないから、組織も積極的には動かない。
いじめられる方の神経が過敏すぎるとか、性格が合わないといった言い訳もあるだろう。だが、これはものごとの本質ではない。いじめという行動に訴える人格自体が問題であることを忘れてはならない。
現在のいじめ問題の解決法は、実にお粗末なものだ。
40%のケースでいじめの対象になった社員が辞めた。25%では、その社員がいじめを訴えたことなどが理由で首になった。13%は異動だ。いずれにせよ、いじめられた方は、自分の好きな仕事をあきらめなければならなかったのだ。
いじめを組織から“撃墜”するためには、最高経営責任者ら組織のトップが自ら動かなければならない。いじめる人間の人格を変えるのは無理なので、いじめを温存する組織の文化を変える努力が必要だ。
いじめを温存させるコストは高い。できる人が職場を去り、残っている社員も欠勤が多くなる。たとえ出社しても、仕事に打ち込めない。組織に裏切られた気持ちも募るだろう。またモラル面から見ても、企業の中で人間の尊厳を尊重するという社会的な規範は立て直さねばならない。
すでに、北欧を中心にヨーロッパではいじめを規制する法律があるが、アメリカの動きはのろい。ことに不景気になって以降いじめ問題は悪化しているが、企業を州内に留めておきたい議員がアンチ雇用主的な動きを起こしたくないことも法制化を阻んでいる。
だが、職場のいじめはドメスティック・バイオレンスが給料をもらいながら行われているようなものである。この実態は世に晒されなければならない。(談)
(聞き手・文/ジャーナリスト 瀧口範子)
ソース:ダイヤモンド・オンライン http://diamond.jp/series/analysis/10135/