あなたと部下、もしくはあなたと上司はどんな関係だろうか? 「監督者/作業者」、「指導者(よきリーダー)/賢従者(よきフォロワー)」、それとも「キツネ/タヌキ」? どんな関係が仕事をする上では理想的なのだろうか。
世の中には数え切れないほどの上司と部下がいます。そしてそれらの関係も実にさまざまです。上司と部下の関係は、業務を遂行するためだけの機能的で淡白な状況もあれば、個人レベルで双方が親しくなる状況もあります。あるいは、上司がなかば恐怖政治のような環境を作り、部下を服従させている状況もしばしば見受けられます。そんな上司と部下の関係を、関係の深さと健全性の2軸でタイプ分けしてみると次の図のようになるでしょうか。
おそらく現在のあなたの上司や部下との関係も、これらのうちのいくつかをブレンドした形だと思います。
上司と部下の関係で最も基本的でシンプルなものが「監督者/作業者」型です。これは職務遂行のために「私、監督する人/私、作業する人」という関係で、給料をもらうために各々がきちんと責任をまっとうする―――それ以上でもそれ以下でもありません。
そしてここを中心に右上方向に位置していくのが健全で関係性の深いタイプです。逆に左下に位置していくほど不健全で関係性の浅いタイプになります。
組織内で目指すべき健全な関係は、「指導者(良きリーダー)/賢従者(良きフォロワー)」型です。この関係性においては、上司も部下も無機質な「監督者/作業者」よりも相互に信頼感を持ち、より高いレベルの職務遂行に向かって進んでいく姿勢があります。
上の図で「サポーター/ドリーマー」型や「師匠/弟子」型が最も右上に位置づけされている理由は、上司も部下ももはや組織人という立場を超えて(時に利害を超え)、夢や志を追い、道を究めようとする人間同士の啓発的な関係になっている点です。
他方、健全な関係と言えないのが「王様/家来」、「カリスマ/信奉者」、「キツネ/タヌキ」、「暴君/弱衆・下僕」といったものです。これはいわずもがなです。
さて、ここでひとつトリッキーなタイプが指摘されます。それは「親分/子分」関係です。親分/子分の関係は独自の信頼関係から成り立ち、ある意味団結が強く、実際に多くの会社では組織を動かす原動力にもなっています。個人的にもある上司とウマが合って、その上司から寵愛を受け、引き抜き昇進に授かれば部下にとっても悪い話ではありません。
親分/子分関係の問題点
しかし、この関係には問題も多くあります。親分の言ったことになかなか子分は逆らえません。子分の昇進は、親分の社内での政治力や親分への取り入り方のうまさで左右されるところから、子分はやがて太鼓持ちかイエスマンになってしまう。また、派閥めいた固まりは組織に硬直性を持たせることにつながる。そして何より、「親亀こけたら、みんなこける」状況が生じることです。
上司/部下の目指すべきタイプは「指導者/賢従者」だと言いましたが、そこでは、双方の意識はまず「良い仕事を行う」ことに向けられています。したがって、部下にしても、もし上司が仕事達成のために不適切な指示を出したら、意見を遠慮なく言うことができます。つまり、「仕事」が上位で「上司」が下位だからです。
ところが、親分/子分関係では、これが逆の順位になってしまいます。仕事の達成を互いが最優先と認識して、それを媒介にしながら、上司と部下が能力を出し合う協力関係が健全な姿といえます。
最終的に上司と部下は呼び寄せ合っている!?
「サラリーマンでいる限り、上司は選べない」―――多くの会社員はこう思って(悟って? あきらめて?)います。
……しかし、果たしてそうでしょうか。私がさまざまな組織の上司/部下関係を観察するに、上司と部下は最終的に呼び寄せあっているように思えます。人は3年、5年、10年、20年という時間をかけ、その人の内面的な境涯に応じた環境にみずからはまり込んでいくものです。
志を掲げて高い意識で働いている部下は、優柔不断で明快な意志を持たない上司から次第に離れていき、やがて同じような目的観を強く持った上司をつかまえ、その下に行きます。
保身でなぁなぁにやりたいと思っている部下は、やはり保身で適当にやればいいと思っている上司の下で馴れ合い関係を保とうとします(タヌキとキツネで互いを利し合っている関係性は意外と長続きします)。
何かにおびえるように働く部下には、サディスティック(加虐的)な上司がますますサディスティックになります。意気軒昂な部下なら、さっさとそんな上司の下から抜け出してしまいますが、それができない部下も世の中に多いのは事実です(第三者から見れば不思議ですが)。さらに言えば、上司の存在自体が嫌な部下は、ついには自営業を始めてしまうのです。
いずれにしても部下と上司の人間関係は、仕事上の「大いなる目的」があって、それを実現するための手段でしかありません。手段に振り回されるのも、手段をうまく用いるのも、すべては自分自身の目的観・意志の強さ、勇気ある行動によるでしょう。(村山昇)
ソース:Business Media 誠 http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1101/18/news009.html