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****時かけ(二:177-182) <<3>> 「……グゥ」  震える声で、やっとそれだけを口に出す。  それに応えるように、グゥの腕の緊張が少しだけ緩んだ。 「大切な家族……」 「え?」  胸元から、くぐもった声。グゥは相変わらず顔を伏せたままだったが、ようやく 会話をする体勢が整ったようだ。出来れば、もう少し心穏やかな状態に身を置かせて 頂けると助かるのだが。 「……グゥは、ハレの大切な家族で、友達なのか?」 「うぐぅ……ッッ」  開口一番から致死のダメージを孕んだ言葉が心臓に突き刺さる。ドクンと、地震でも 起きたかのように全身が揺れた気がした。 「……はぁ……。そうだよ。グゥはオレにとって、大切な家族で、友達ですっ」  もう、既に全部聞かれてしまったってのは解っていた事だ。多少なりとも覚悟は 出来ていた。オレは潔く……ある種、自暴自棄とも言うが……はっきりとグゥの言葉を認める。 「……それだけか?」 「へ?」  しかし、グゥから返って来た声は何故か不満げだった。 「それだけ……って、何が?」 「……いや、いい。……今は、それで」  そう、一人納得したように呟き、グゥは小さく溜息を吐いた。  ううん、よく解らないが、納得してくれたのならそれでいい。追求しても、いたずらに傷口を 広げるだけだ。 「グゥがいない生活なんて、考えられない?」  …………次は、ソレか。もしかしてコヤツ、オレの恥ずかしい心の声一つ一つに確認を取る つもりでは。死ぬぞ、オレ。死因は極度の羞恥により、悶死。……絶対ヤダ。 「ああ、認める。グゥのいない生活なんて、考えられない。いちいち確かめなくても、グゥが 聞いた事は全部本心だよ」  だからもうその話はやめてくれ、と念を押すと、グゥは小さく頷き胸元に擦り付けるように 頬を寄せた。柔らかいぷっくりとした頬が胸に密着し、これまで以上に熱が伝わってくる。 ドクドクと早鐘のように高鳴る鼓動を直接グゥに聞かれていると思うと、なお更体温が上昇していく。 「……あと、これからは勝手に心の声を読むの禁止。次はホントに怒るかんな」  すでに一生ものの弱味を握られてしまっている気はするが、それを受け入れたらそれこそ 身の破滅だ。これだけはきつく窘めておかねば。  グゥはまた無言で、こくんと小さく頷く。やけに素直で逆に怖いが、今は信じるとしよう。 「それと、冗談でも、突然姿を消してオレの反応を見る、なんて事しないでよ?」 「む……」  もう一つ、念を押しておく。  自分で言っておいてなんだが、グゥなら本当にやりそうで怖い。今は普段の姿からは想像も つかないくらいしおらしくしているが、本来のグゥの、とにかくヒネクレた性質を忘れてはいけない。 「……グゥが未来に帰ったら、困る?」 「ああ、すっごい困るね。宇宙でも異世界でも霊界でも魔界でも何でも、ここじゃないどこかに 帰っちゃうのは絶対ダメ。……グゥはここにいなきゃ、ダメ」 「ハレ……」  グゥはオレの言葉に何度も頷き、オレの腰をきゅっと強く抱き締める。……こんなグゥは 金輪際見れないかもしれない。しかしその珍しい姿もここまでだろう。  次の瞬間、オレの最大級の皮肉が炸裂するのだから。 「お前はずっと、オレの傍から離れちゃダメ。でないと、オレの心が休まらないからさ」  そう、オレが何より恐れているのは、グゥがオレの目に届かない所で何かをやらかしてしまう事だ。 はじめて都会に行った時の機内でのストレスは尋常のものではなかった。十数年のオレの人生の 中で、今でもダントツでトップに輝いている。  グゥの傍にいる事でオレが受けた被害は確かに少なくない。でも、傍にいる事で得られる 安らぎだってちゃんとある。しかしグゥが傍に居ないって事は、重大な不安要素以外の何者でもないのだ。  オレのこの反撃が予想外だったのだろう、グゥは一瞬、身体を引きつらせたかと思うと そのまま硬直してしまった。ただふるふると小さく震えているのがオレの身体に直接 伝わって来る。  本来なら返す刀で数十倍の嫌味が飛んで来るはずだが、流石にグゥも堪えたのかもしれない。 まあ、オレだってここまで恥をかかされたのだ。皮肉の一つも言わせて貰わねば割りに合うまい。  しかしグゥはただ小さく「……うん」と呟くと、オレの腰をこれまでにないくらい強く抱き締めて来た。 更にグゥは頬を摺り寄せ足を絡め、出来る限りオレに密着しようとしているようだった。  今度はオレが予想外の展開に焦り出す。これがグゥの反撃なのか、とも思ったが、とてもそうは 見えない。何しろ気持ちい……って、それは置いといて。 「ちょっとあの……グゥさん?」 「んん……なんだ、ハレ……」 「いいいいやその……えっと……?」  胸元から聞こえてきた声は蕩けそうなほど甘く、オレは次の言を失ってしまう。  ……いやいや、なんだ、この妙にイイ雰囲気は。オレ、なんかやっちゃった?  先ほど自分で口にした台詞を頭の中で何度も振り返る。が、まるで見当が付かない。 「グゥ? オレ、なんか変なコト言っちゃった? あの、別に深い意味は無いからね?」  よく解らないが、とにかく何らかの誤解が生じている事は間違い無い。それも早急に事態を 収拾せねば取り返しの付かない事になるとオレの心が警鐘を鳴らしている。 「そうだな……大切な家族、か。確かに、夫婦も家族に違い無い」  すいません、お願いだから会話をしてください。  グゥはオレの気も知らず、一人くすくすと上機嫌に微笑いオレを抱き締める。 腰に回されていた手はするすると背中を這い、股の間をすべすべの柔らかい 足が割り込んで来る。思わずこちらからも抱き締めてしまいそうになる衝動が 湧き上がるがぐっと抑え、オレは再度グゥとコミュニケーションを試みた。 「……グゥ?」 「…………」 「あの、グゥさん?」 「……もう一度、さっきみたいに呼んで」 「は?」 「……”お前”、って……。いや、これはまだ早いかな。……ふふ」  すいません、本当に勘弁してください。  ああもう、どうすればいいのやら。グゥ相手に会話が通じないなんてとっくに 慣れっこだが、この事態は己の理解力を遥か超越している。 「そ、そうだ、心を読めばすぐ解るよ! そうすりゃ一発でオレの本心が……」 「心を読んだら、怒るって言ったじゃないか」 「いやいやいやいや、もー許す! なんぼでも許すからじゃんじゃん読んで!」 「……やめておこう。そんな事をしなくても、ハレの心は十分、伝わったぞ」  あああああああもうどないしろっちゅうねん。  このままじゃあラチが明かない。オレはグゥの肩を掴み、強引に引き剥がした。  久しぶりにグゥの顔と対面する。 「な、なんだ、いきなり……」  この混乱を極めた状況を収めるにはこれしかない。オレはぐっと腹に力を込め、 静かに、しかしはっきりとグゥに告げた。 「……グゥ。落ち着いて、目を瞑って」  そして、そのまま寝てしまおうじゃないか。  そう。とりあえず、寝る。それが一番だ。一晩ぐっすり寝て、起きた時には グゥのこのよく解らない興奮状態もきっと治まっているはずだ。  ……断じて逃げじゃないぞ。これはシンプルかつ効率的な、れっきとした対症療法だ。 「な……ハ、ハレ……」  オレの言葉に、グゥはびっくりしたように目を丸くさせていた。 「い、意外とせっかちだな……。ウェダやアメが起きたらどうするつもりだ……」  今度はそわそわと落ち着き無く目線を移動させる。  どうやらまだグゥは眠くないらしいが、ここは無理にでも寝てもらわねば。 「大丈夫だよ、少なくとも母さんは絶対起きないし、アメだってぐっすり寝てるよ」  アメが夜中にぐずり出す心配をするなんて、オレが思っていたよりグゥは 冷静なのかもしれない。しかし油断は禁物だ。グゥの火照った顔はまだ治まって いない。むしろ会話を重ねるごとに何故かその瞳がらんらんと輝いて行くように 見えるのはオレの気のせいだろうか。 「そ、そうか……」  ふいに、グゥは何かの覚悟を決めたかのようにきゅっと顔を強張らせ、 また真っ直ぐにこちらを見詰め小さく口を開く。 「解った。ハレがそうしたいのならグゥは……い、いいぞ」  そう、小さく呟くとグゥは静かに目を瞑った。  よかった。解ってくれたようだ。  明日の朝にはグゥの症状が回復している事を祈って、オレもグゥに背を向けゆっくりと 目を瞑った。  まだ身体にはグゥの感触が残り、動悸も治まりそうに無い。とても安眠出来るとは思え なかったが、意外にもオレの意識はすぐに夢の中へと落ち込んでいった。それも瞬時に、 まるでプチンとテレビの電源を切ったかのようにあっさりと。 <<4>>  ───目が覚めると、太陽はすでに高く昇っていた。早朝の空気ではない。お昼前頃だろうか。  頭が割れるように痛いのは、寝不足なのか寝すぎたせいか、それとも心労がたたったか。  上体を起こし、ぼやけた目で周囲を見渡す。  母さんとアメはもうベッドの上にはいない。家の中に人の気配は無く、ただ膝の上で丸まっている グゥの寝息だけが聞こえ 「──────ッッ!?!!?」  次の瞬間、オレは自分でも驚く程の勢いでベッドから飛び出していた。 床をゴロゴロと転がり、そのままの勢いで壁に強か後頭部を打ちつける。 ガゴンと、部屋と脳内に響き渡る乾いた音。ただでさえガンガンと鈍痛に 苛まれていた頭に追加ダメージが入り、しばし悶える。 「なんだ、騒々しいな」  頭を押さえ一人ピクピクと小刻みに震えるオレをよそに、グゥはベッドの上で伸びをしながら ふぁぁ、と大きなあくびを一つ。とっても快活なお目覚めを迎えたようだ。 「……朝から元気そうだな、ハレ」  床にしゃがみ込むオレに一瞥もくれず、トコトコとキッチンに向かうその姿は全くいつもの グゥそのものだ。一晩寝て冷静さを取り戻す作戦はどうやら成功したらしい。 「いやあ……こちとら朝から元気あり余っちゃって。グゥさんの調子はどうですかね」 「……どうした、頭打ってイカレたのか? 休みだからっていつまでも寝惚けてたらただでさえ シワの少ない脳がますます退化するぞ」  ……間違いない。いつものグゥだ。いや、いつもより酷い。なんか寒気すら感じる程に酷い。 冷静を通り越して、冷酷さすら感じるぞ。  どうしよう、昨日の事を訊ねてみようか。しかし自ら墓穴を掘る真似はしたくない。 このまま記憶から消え去るまで黙っている方が得策なのかもしれない。  ズキズキと痛む頭をさすりながらふらりと立ち上がる。と、テーブルの上に書き置きのような ものを見つけた。母さんが書いたものだろう。  そこには母さんらしくない、長々とした文章がぴっちりと紙いっぱいにしたためられていた。 まず一行目は、『ごめんなさい』と、何かの謝罪文。どうやら、昨日のオレとグゥの会話を 盗み聞きしていた旨に関するものらしい。へえ、そうか。起きてたんだ、母さん。ははは。  そして母さんは今日帰らない事。アメと一緒にレベッカの家に泊まる事と続き、残りは 『恥をかかせちゃダメ』だの『計画的に』だの、よく解らない事がつらつらと書かれていた。  ふと、書き置きを押さえていた小さな四角い箱に目が留まる。コン……何とかって商品名が 見えるが、用途は不明。放置しておく事にする。 「ウェダは明日まで帰らないらしいな」  丁度、グゥが首にタオルを垂らし、キッチンから出て来た。顔を洗っていたのだろう、 湿り気を帯びた前髪が陽の光に照らされ、どことなく艶っぽい。  グゥは既にこの書き置きを読んでいたようだ。せっかくシュレッダーよりも細かく 引き裂いたと言うのに、無駄骨だったか。 「……今夜は二人っきりだな?」  グゥの瞳が怪しく光る。まるで獲物を見つけた肉食獣のようだ。何か悪い予感を覚え反射的に テーブルの上の小さな箱に手を伸ばしたが、それはいつの間にかオレの背後に回っていたグゥの 手の平の中に収まっていた。さっさと箱ごと燃やしておくべきだった。 「さてと、グゥはちょっと出かけてくるぞ」  独り言のように、そう言い捨てるとグゥはそそくさと玄関へ向かった。 「そろそろ自分の使命を果たさねばならんからな」  そして玄関先でこちらに向き直り、これ見よがしに、手の平サイズの黒い長方形の物体を ひけらかす。どうやら何かの機械のようだが、ここからではその詳細は解らない。 「”ハレの堕落した人生を修正する”という、使命をな。……ああ、グゥは使命を終えても 未来には帰らないから、安心していいぞ」  グゥはニヤリと口端を歪めると、黒い機械の表面についた小さいボタンをカチリと鳴らす。 『───グゥのいない生活なんて、考えられない』  少しくぐもってはいたが、それは間違いなくオレの声だった。 どうやら、あの小さな機械はボイスレコーダー的なアレらしい。 へぇ。そんなの、いつの間に用意してたんスかね、グゥさんってば。 『グゥはここにいなきゃ、ダメ』 『グゥはオレにとって、大切、です』 『お前はずっと、オレの傍から離れちゃダメ。でないと、オレの心が休まらないからさ』 『……グゥ。落ち着いて、目を瞑って』  次々と再生される、オレの声。声。その内容の傾向には明らかに何らかの意図を感じたが、 オレはただ呆然と立ち尽くす事しか出来ない。その様子にグゥは満足げに微笑み、静かに レコーダーの停止ボタンを押した。 「まずは、女関係の整理からはじめるとしよう」  そう言うとグゥは颯爽と背を向け、軽くオレに手を振り玄関の向こうに消える。  ……このまま、放っておいて良いのだろうか。 (───良いワケ無いだろ!!)  考えた時には、飛び出していた。  思考が高速で回転をはじめる。今、やっと目が覚めた気分。 「グゥ!!」  幸いグゥは玄関を出てすぐの所にいた。大声で呼びかけるとグゥはくるんと振り返り、 「ハレ! 帰ったら一緒にゲームで遊ぼう!」  花のような笑顔と、快活な声がオレの身体を吹き抜けて行った。  そして、やっと目覚めたはずのオレの脳は、今度こそ完全に停止した。  気付けば、頭痛は治っていた。しかしオレの頭の中はいまだ靄がかかっているかのように ぼやけ、思考が定まらない。  一体、グゥって、何。  時間渡航だの、ちんちくりんステッキだの、腹の中だの、そんなものが無くったって。 ただ一人の女の子としてのグゥ。それだけでも彼女は、十分に不可思議な存在だったのだ。  女心と秋の空……なんて、そんな次元じゃなく。  ───魔性。そんな言葉が、真実味を帯びてオレの脳内を駆け巡った。  今のオレに解る事と言えば、オレの未来予想図における将来の選択肢は現在、音を立てて急激に 縮小しているのだろうな。……という実感。そして金輪際、オレに”一人ぼっち”なんて 贅沢な時間は味わえないのだろうな。……という確信くらいのものだった。 END ****[[戻る<<>070726]]
****時かけ_2(二:177-182) <<3>> 「……グゥ」  震える声で、やっとそれだけを口に出す。  それに応えるように、グゥの腕の緊張が少しだけ緩んだ。 「大切な家族……」 「え?」  胸元から、くぐもった声。グゥは相変わらず顔を伏せたままだったが、ようやく 会話をする体勢が整ったようだ。出来れば、もう少し心穏やかな状態に身を置かせて 頂けると助かるのだが。 「……グゥは、ハレの大切な家族で、友達なのか?」 「うぐぅ……ッッ」  開口一番から致死のダメージを孕んだ言葉が心臓に突き刺さる。ドクンと、地震でも 起きたかのように全身が揺れた気がした。 「……はぁ……。そうだよ。グゥはオレにとって、大切な家族で、友達ですっ」  もう、既に全部聞かれてしまったってのは解っていた事だ。多少なりとも覚悟は 出来ていた。オレは潔く……ある種、自暴自棄とも言うが……はっきりとグゥの言葉を認める。 「……それだけか?」 「へ?」  しかし、グゥから返って来た声は何故か不満げだった。 「それだけ……って、何が?」 「……いや、いい。……今は、それで」  そう、一人納得したように呟き、グゥは小さく溜息を吐いた。  ううん、よく解らないが、納得してくれたのならそれでいい。追求しても、いたずらに傷口を 広げるだけだ。 「グゥがいない生活なんて、考えられない?」  …………次は、ソレか。もしかしてコヤツ、オレの恥ずかしい心の声一つ一つに確認を取る つもりでは。死ぬぞ、オレ。死因は極度の羞恥により、悶死。……絶対ヤダ。 「ああ、認める。グゥのいない生活なんて、考えられない。いちいち確かめなくても、グゥが 聞いた事は全部本心だよ」  だからもうその話はやめてくれ、と念を押すと、グゥは小さく頷き胸元に擦り付けるように 頬を寄せた。柔らかいぷっくりとした頬が胸に密着し、これまで以上に熱が伝わってくる。 ドクドクと早鐘のように高鳴る鼓動を直接グゥに聞かれていると思うと、なお更体温が上昇していく。 「……あと、これからは勝手に心の声を読むの禁止。次はホントに怒るかんな」  すでに一生ものの弱味を握られてしまっている気はするが、それを受け入れたらそれこそ 身の破滅だ。これだけはきつく窘めておかねば。  グゥはまた無言で、こくんと小さく頷く。やけに素直で逆に怖いが、今は信じるとしよう。 「それと、冗談でも、突然姿を消してオレの反応を見る、なんて事しないでよ?」 「む……」  もう一つ、念を押しておく。  自分で言っておいてなんだが、グゥなら本当にやりそうで怖い。今は普段の姿からは想像も つかないくらいしおらしくしているが、本来のグゥの、とにかくヒネクレた性質を忘れてはいけない。 「……グゥが未来に帰ったら、困る?」 「ああ、すっごい困るね。宇宙でも異世界でも霊界でも魔界でも何でも、ここじゃないどこかに 帰っちゃうのは絶対ダメ。……グゥはここにいなきゃ、ダメ」 「ハレ……」  グゥはオレの言葉に何度も頷き、オレの腰をきゅっと強く抱き締める。……こんなグゥは 金輪際見れないかもしれない。しかしその珍しい姿もここまでだろう。  次の瞬間、オレの最大級の皮肉が炸裂するのだから。 「お前はずっと、オレの傍から離れちゃダメ。でないと、オレの心が休まらないからさ」  そう、オレが何より恐れているのは、グゥがオレの目に届かない所で何かをやらかしてしまう事だ。 はじめて都会に行った時の機内でのストレスは尋常のものではなかった。十数年のオレの人生の 中で、今でもダントツでトップに輝いている。  グゥの傍にいる事でオレが受けた被害は確かに少なくない。でも、傍にいる事で得られる 安らぎだってちゃんとある。しかしグゥが傍に居ないって事は、重大な不安要素以外の何者でもないのだ。  オレのこの反撃が予想外だったのだろう、グゥは一瞬、身体を引きつらせたかと思うと そのまま硬直してしまった。ただふるふると小さく震えているのがオレの身体に直接 伝わって来る。  本来なら返す刀で数十倍の嫌味が飛んで来るはずだが、流石にグゥも堪えたのかもしれない。 まあ、オレだってここまで恥をかかされたのだ。皮肉の一つも言わせて貰わねば割りに合うまい。  しかしグゥはただ小さく「……うん」と呟くと、オレの腰をこれまでにないくらい強く抱き締めて来た。 更にグゥは頬を摺り寄せ足を絡め、出来る限りオレに密着しようとしているようだった。  今度はオレが予想外の展開に焦り出す。これがグゥの反撃なのか、とも思ったが、とてもそうは 見えない。何しろ気持ちい……って、それは置いといて。 「ちょっとあの……グゥさん?」 「んん……なんだ、ハレ……」 「いいいいやその……えっと……?」  胸元から聞こえてきた声は蕩けそうなほど甘く、オレは次の言を失ってしまう。  ……いやいや、なんだ、この妙にイイ雰囲気は。オレ、なんかやっちゃった?  先ほど自分で口にした台詞を頭の中で何度も振り返る。が、まるで見当が付かない。 「グゥ? オレ、なんか変なコト言っちゃった? あの、別に深い意味は無いからね?」  よく解らないが、とにかく何らかの誤解が生じている事は間違い無い。それも早急に事態を 収拾せねば取り返しの付かない事になるとオレの心が警鐘を鳴らしている。 「そうだな……大切な家族、か。確かに、夫婦も家族に違い無い」  すいません、お願いだから会話をしてください。  グゥはオレの気も知らず、一人くすくすと上機嫌に微笑いオレを抱き締める。 腰に回されていた手はするすると背中を這い、股の間をすべすべの柔らかい 足が割り込んで来る。思わずこちらからも抱き締めてしまいそうになる衝動が 湧き上がるがぐっと抑え、オレは再度グゥとコミュニケーションを試みた。 「……グゥ?」 「…………」 「あの、グゥさん?」 「……もう一度、さっきみたいに呼んで」 「は?」 「……”お前”、って……。いや、これはまだ早いかな。……ふふ」  すいません、本当に勘弁してください。  ああもう、どうすればいいのやら。グゥ相手に会話が通じないなんてとっくに 慣れっこだが、この事態は己の理解力を遥か超越している。 「そ、そうだ、心を読めばすぐ解るよ! そうすりゃ一発でオレの本心が……」 「心を読んだら、怒るって言ったじゃないか」 「いやいやいやいや、もー許す! なんぼでも許すからじゃんじゃん読んで!」 「……やめておこう。そんな事をしなくても、ハレの心は十分、伝わったぞ」  あああああああもうどないしろっちゅうねん。  このままじゃあラチが明かない。オレはグゥの肩を掴み、強引に引き剥がした。  久しぶりにグゥの顔と対面する。 「な、なんだ、いきなり……」  この混乱を極めた状況を収めるにはこれしかない。オレはぐっと腹に力を込め、 静かに、しかしはっきりとグゥに告げた。 「……グゥ。落ち着いて、目を瞑って」  そして、そのまま寝てしまおうじゃないか。  そう。とりあえず、寝る。それが一番だ。一晩ぐっすり寝て、起きた時には グゥのこのよく解らない興奮状態もきっと治まっているはずだ。  ……断じて逃げじゃないぞ。これはシンプルかつ効率的な、れっきとした対症療法だ。 「な……ハ、ハレ……」  オレの言葉に、グゥはびっくりしたように目を丸くさせていた。 「い、意外とせっかちだな……。ウェダやアメが起きたらどうするつもりだ……」  今度はそわそわと落ち着き無く目線を移動させる。  どうやらまだグゥは眠くないらしいが、ここは無理にでも寝てもらわねば。 「大丈夫だよ、少なくとも母さんは絶対起きないし、アメだってぐっすり寝てるよ」  アメが夜中にぐずり出す心配をするなんて、オレが思っていたよりグゥは 冷静なのかもしれない。しかし油断は禁物だ。グゥの火照った顔はまだ治まって いない。むしろ会話を重ねるごとに何故かその瞳がらんらんと輝いて行くように 見えるのはオレの気のせいだろうか。 「そ、そうか……」  ふいに、グゥは何かの覚悟を決めたかのようにきゅっと顔を強張らせ、 また真っ直ぐにこちらを見詰め小さく口を開く。 「解った。ハレがそうしたいのならグゥは……い、いいぞ」  そう、小さく呟くとグゥは静かに目を瞑った。  よかった。解ってくれたようだ。  明日の朝にはグゥの症状が回復している事を祈って、オレもグゥに背を向けゆっくりと 目を瞑った。  まだ身体にはグゥの感触が残り、動悸も治まりそうに無い。とても安眠出来るとは思え なかったが、意外にもオレの意識はすぐに夢の中へと落ち込んでいった。それも瞬時に、 まるでプチンとテレビの電源を切ったかのようにあっさりと。 <<4>>  ───目が覚めると、太陽はすでに高く昇っていた。早朝の空気ではない。お昼前頃だろうか。  頭が割れるように痛いのは、寝不足なのか寝すぎたせいか、それとも心労がたたったか。  上体を起こし、ぼやけた目で周囲を見渡す。  母さんとアメはもうベッドの上にはいない。家の中に人の気配は無く、ただ膝の上で丸まっている グゥの寝息だけが聞こえ 「──────ッッ!?!!?」  次の瞬間、オレは自分でも驚く程の勢いでベッドから飛び出していた。 床をゴロゴロと転がり、そのままの勢いで壁に強か後頭部を打ちつける。 ガゴンと、部屋と脳内に響き渡る乾いた音。ただでさえガンガンと鈍痛に 苛まれていた頭に追加ダメージが入り、しばし悶える。 「なんだ、騒々しいな」  頭を押さえ一人ピクピクと小刻みに震えるオレをよそに、グゥはベッドの上で伸びをしながら ふぁぁ、と大きなあくびを一つ。とっても快活なお目覚めを迎えたようだ。 「……朝から元気そうだな、ハレ」  床にしゃがみ込むオレに一瞥もくれず、トコトコとキッチンに向かうその姿は全くいつもの グゥそのものだ。一晩寝て冷静さを取り戻す作戦はどうやら成功したらしい。 「いやあ……こちとら朝から元気あり余っちゃって。グゥさんの調子はどうですかね」 「……どうした、頭打ってイカレたのか? 休みだからっていつまでも寝惚けてたらただでさえ シワの少ない脳がますます退化するぞ」  ……間違いない。いつものグゥだ。いや、いつもより酷い。なんか寒気すら感じる程に酷い。 冷静を通り越して、冷酷さすら感じるぞ。  どうしよう、昨日の事を訊ねてみようか。しかし自ら墓穴を掘る真似はしたくない。 このまま記憶から消え去るまで黙っている方が得策なのかもしれない。  ズキズキと痛む頭をさすりながらふらりと立ち上がる。と、テーブルの上に書き置きのような ものを見つけた。母さんが書いたものだろう。  そこには母さんらしくない、長々とした文章がぴっちりと紙いっぱいにしたためられていた。 まず一行目は、『ごめんなさい』と、何かの謝罪文。どうやら、昨日のオレとグゥの会話を 盗み聞きしていた旨に関するものらしい。へえ、そうか。起きてたんだ、母さん。ははは。  そして母さんは今日帰らない事。アメと一緒にレベッカの家に泊まる事と続き、残りは 『恥をかかせちゃダメ』だの『計画的に』だの、よく解らない事がつらつらと書かれていた。  ふと、書き置きを押さえていた小さな四角い箱に目が留まる。コン……何とかって商品名が 見えるが、用途は不明。放置しておく事にする。 「ウェダは明日まで帰らないらしいな」  丁度、グゥが首にタオルを垂らし、キッチンから出て来た。顔を洗っていたのだろう、 湿り気を帯びた前髪が陽の光に照らされ、どことなく艶っぽい。  グゥは既にこの書き置きを読んでいたようだ。せっかくシュレッダーよりも細かく 引き裂いたと言うのに、無駄骨だったか。 「……今夜は二人っきりだな?」  グゥの瞳が怪しく光る。まるで獲物を見つけた肉食獣のようだ。何か悪い予感を覚え反射的に テーブルの上の小さな箱に手を伸ばしたが、それはいつの間にかオレの背後に回っていたグゥの 手の平の中に収まっていた。さっさと箱ごと燃やしておくべきだった。 「さてと、グゥはちょっと出かけてくるぞ」  独り言のように、そう言い捨てるとグゥはそそくさと玄関へ向かった。 「そろそろ自分の使命を果たさねばならんからな」  そして玄関先でこちらに向き直り、これ見よがしに、手の平サイズの黒い長方形の物体を ひけらかす。どうやら何かの機械のようだが、ここからではその詳細は解らない。 「”ハレの堕落した人生を修正する”という、使命をな。……ああ、グゥは使命を終えても 未来には帰らないから、安心していいぞ」  グゥはニヤリと口端を歪めると、黒い機械の表面についた小さいボタンをカチリと鳴らす。 『───グゥのいない生活なんて、考えられない』  少しくぐもってはいたが、それは間違いなくオレの声だった。 どうやら、あの小さな機械はボイスレコーダー的なアレらしい。 へぇ。そんなの、いつの間に用意してたんスかね、グゥさんってば。 『グゥはここにいなきゃ、ダメ』 『グゥはオレにとって、大切、です』 『お前はずっと、オレの傍から離れちゃダメ。でないと、オレの心が休まらないからさ』 『……グゥ。落ち着いて、目を瞑って』  次々と再生される、オレの声。声。その内容の傾向には明らかに何らかの意図を感じたが、 オレはただ呆然と立ち尽くす事しか出来ない。その様子にグゥは満足げに微笑み、静かに レコーダーの停止ボタンを押した。 「まずは、女関係の整理からはじめるとしよう」  そう言うとグゥは颯爽と背を向け、軽くオレに手を振り玄関の向こうに消える。  ……このまま、放っておいて良いのだろうか。 (───良いワケ無いだろ!!)  考えた時には、飛び出していた。  思考が高速で回転をはじめる。今、やっと目が覚めた気分。 「グゥ!!」  幸いグゥは玄関を出てすぐの所にいた。大声で呼びかけるとグゥはくるんと振り返り、 「ハレ! 帰ったら一緒にゲームで遊ぼう!」  花のような笑顔と、快活な声がオレの身体を吹き抜けて行った。  そして、やっと目覚めたはずのオレの脳は、今度こそ完全に停止した。  気付けば、頭痛は治っていた。しかしオレの頭の中はいまだ靄がかかっているかのように ぼやけ、思考が定まらない。  一体、グゥって、何。  時間渡航だの、ちんちくりんステッキだの、腹の中だの、そんなものが無くったって。 ただ一人の女の子としてのグゥ。それだけでも彼女は、十分に不可思議な存在だったのだ。  女心と秋の空……なんて、そんな次元じゃなく。  ───魔性。そんな言葉が、真実味を帯びてオレの脳内を駆け巡った。  今のオレに解る事と言えば、オレの未来予想図における将来の選択肢は現在、音を立てて急激に 縮小しているのだろうな。……という実感。そして金輪際、オレに”一人ぼっち”なんて 贅沢な時間は味わえないのだろうな。……という確信くらいのものだった。 END ****[[戻る<<>070726]]

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