「070321_0」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

070321_0」(2007/04/16 (月) 14:22:00) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

****虹(一:>351-352) 「アメ、ちゃんとご飯食べてる?」 「大丈夫、大丈夫。濃厚な白濁液にむしゃぶりついてますよ」 「赤子の前であまり不穏当な発言は控えて頂けませんかね……」  掃除機を片手に部屋を忙しなく往復しながら、ハレは心配そうに声を掛けて来る。 勿論、私の心配をしているのでは無い。私の膝の上にいるアメを心配しているのだ。 私はベッドに座り、アメに離乳食を与えている。アメは何の警戒心も無く、私の差し出す スプーンをぱくんと咥え美味しそうに租借していた。  アメが生まれてから、もう一年以上が経過している。しかしまだ声も出せず、歩けもせず 一人では何も出来ない。本当にあと数年すれば、ハレや私のようになるのだろうか。聊か、信じ難い。  赤ん坊とは……人間とは不思議なものだ。皆、このように生まれ育ち、今に至るのだろうか。 誰かの世話を受けながら成長し、またいずれ自らが誰かを世話し育てる。私は、どうなのだろう。  ウェダの腹の中から生まれたアメ。まるでウェダの分身のようだ。ハレもきっとそうなのだろう。 ……私は違う。  この家に生まれ、この家で育つ。産まれながらに、この家に居る資格のある者。 ……私は、違う。  私はいつまでここでこうして、皆に囲まれ温かく平穏な日々を過ごせるのだろうか。  昨日、私は幸せだった。今、私は幸せだ。明日の私は、幸せだろうか。明後日の私は?一年後の私は?十年後は……?  時々、胸の奥に湧き上がるこの感情を私は必死で否定する。どうしようもなく不安で、どこまでも真っ暗で、 気を抜けばその感情に私は押し潰されてしまいそうになる。 「そういやさ、この前何かで見たんだけど、グゥって『虹』って意味があるんだって」 「虹?」  いつの間にか掃除を終えたハレは、私の隣に座りアメを抱いた。そしてアメの世話は私からハレに移る。 アメの口元を拭き、私から離乳食の入った器とスプーンを受け取りハレがアメにご飯を食べさせる。 …手馴れた動作。まるでそうする事が予め決まっていたかのように自然な流れ。 ハレの手があいた今、私は不要になったと言う事だ。 「虹……か」  虹。空が不安定な時にしか現れない、幻のような現象。存在を許された時間はただ短く、そしてそこに虹があったと 言う事も皆すぐに忘れてしまう。まさに私にピッタリの名前ではないか。 「ピッタリだよな」 「えっ……?」  ハレの言葉に、ドクンと身体が揺れた。心臓が飛び出したかと思った。 思わずハレを凝視してしまい、至近距離で視線を合わせてしまう。 澄んだ瞳に映った私の顔はあまりに情けなく、とても自分の顔とは思えなかった。  心を読まれたのか。それとも、ハレも私の事をそんな風に思っていたのか。 どんどん心に暗く重い何かが進入して来る。その重みに耐える気力が、私の中から急速に失われて行く。 今にもその感情に押し潰されるかと思った刹那、ハレの口がまた、小さく開いた。 「いや、ハレとアメの間に架かる虹、なんてさ。オレらみたいじゃんか」 「─────ッ」  一瞬、ハレが何を言っているのか、解らなかった。その言葉を理解した瞬間、私は反射的にハレから顔を背けた。  胸の奥から何か、熱いものが込み上げて来る。身体中が沸騰したように火照る。私はハレにそれを悟られぬように ぎゅっと胸を強く押さえつけた。 「んだよ、笑うなって。オレだって恥ずかしいこと言ったって自覚してんだからさー」  ハレには私が笑っているように見えているらしい。  私の肩が震えているからそう見えるのか。私の小さく呻く声が含み笑いに聞こえるのか。  ……そうか。私は、泣いているのか。 「それよりさ、オレがあげてもアメ、ちゃんとご飯食べてくれないみたいなんだ。グゥにお願いしていいかな」  ハレが呼んでいる。早くハレの方を向き、その言葉に応えねば不審に思われる。 しかしハレの言葉の一つ一つが私の胸を熱くさせる。溢れ出した感情が止め処なく頬を濡らす。  しばらく、私はそのまま身動き一つ、取る事が出来なかった。 「グゥ……?」  グゥ。私を意味する言葉。私の名前。ハレが当たり前のように口にするその言葉を 私が今、どのような思いで受け止めているか、ハレは知らないだろう。  だけど今は、それで良い。ハレが私をグゥと呼んでくれる。私も、ハレの名を呼べる。 それだけで、私はこれからも生きていける。 「ああ、ハレ。グゥに任せておけ」  私は数度、静かに深呼吸し、顔を腕で拭いハレに向き直る。  心はまだ乱れていたが、声も正常、態度にも出てはいないはず。大丈夫、大丈夫だ。ハレには気付かれていない。 「まったく、ハレもアメも、グゥがいなければ何も出来ないんだから」 「はいはい、その通りでございますからこれからも宜しくお願い致しますよっ」  私はハレにアメを抱かせたまま、アメの口にスプーンを運ぶ。  上機嫌にご飯を食べながら、私を見詰めるアメの無垢な瞳に映った私の顔は、まだ少し情けなく見えた。 だけどそれは私。紛れも無い私。  不安な事。悲しい事。心が暗い雲に覆われる時は、これからもあるだろう。 だけどきっと、大丈夫。私の心には、綺麗な虹が架かっているのだから。 「……ああ、これからもずっと、な」  ずっと、ハレとアメの間に。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
記事メニュー
人気記事ランキング
目安箱バナー