Next Generation 03
「これは……どういう事ですか」
そう呟いて、ぎりと奥歯を軋ませるA-No.18782
『蟲毒』に関る一件が起こってすぐ、Aナンバーで彼の預かる派閥の所有する封印倉庫に踏み込んでいた
契約をするにも、力として利用するにも危険なもの
時の流れに任せて浄化を促すという名目で保管していた危険物を、外部に漏れ出さないよう強力な結界で封印していたそこには
あるべきはずのものが、何一つ無かった
『蟲毒』に関る一件が起こってすぐ、Aナンバーで彼の預かる派閥の所有する封印倉庫に踏み込んでいた
契約をするにも、力として利用するにも危険なもの
時の流れに任せて浄化を促すという名目で保管していた危険物を、外部に漏れ出さないよう強力な結界で封印していたそこには
あるべきはずのものが、何一つ無かった
「あ、あの、そう言われましても、私は封印の開閉だけが担当でして」
「それは判ってます」
「それは判ってます」
傍らで、怯えた様子で身を竦めている黒服の少女を一言で制し、A-No.18782は携帯電話を取り出す
「私です。人員を集めて下さい、過去に我々の派閥に関っていた過激派の人員の捜索及び拘束を行います。証言が必要になるので殺害、精神破壊は厳禁です」
用件を伝えてぱちんと携帯を閉じると、A-No.18782は少女黒服に告げる
「この倉庫は破棄します。封印指定を回収するまでの間に、次の封印倉庫を構築して下さい」
「あ、あの……」
「あ、あの……」
少女黒服は、遠慮がちに尋ねる
「ここの開閉担当だった私は、その、う、疑われたりはしないんですか?」
「少なくとも、あなたがここの封印を解放して無くなっていたものを持ち出していたとしたら」
「少なくとも、あなたがここの封印を解放して無くなっていたものを持ち出していたとしたら」
A-No.18782は小さく溜息を吐き
「まあ、ここに居るはずがありませんから」
「それって、どういう」
「まず死んでいるでしょうから」
「それって、どういう」
「まず死んでいるでしょうから」
さらりと零れ落ちた言葉に、少女黒服の背筋に冷たいものが走る
「よほどの意思力で押さえ込んでいない無い限り、周囲に無差別の害を撒き散らすような代物ですからね。あなたが誰かに協力して持ち出したとしても……封印の解放のためにその場に居合わせれば、やはり死んでいるでしょう」
「そ、そんな危険物の番人をやらされてたんですか、私」
「少なくとも、私が管理職にいる間は開放するつもりは無かったですからね」
「そ、そんな危険物の番人をやらされてたんですか、私」
「少なくとも、私が管理職にいる間は開放するつもりは無かったですからね」
A-No.18782は手元の資料に視線を落とし、改めて深い溜息を吐く
「私だと与しやすいと踏んでの犯行でしょうね。まあ確かに、あっさりやられたものですが」
やれやれ、と小さく呟いて倉庫から無くなっていたものにペンでチェックをつけていく
『リンフォン』
『リョウメンスクナ』
『ハッカイ』
『リョウメンスクナ』
『ハッカイ』
そして、その下に書かれたものにA-No.18782は首を傾げる
「……『1/2』? これについても調べる必要がありそうですね」
―――
赤、見渡す限りの赤
まるで太陽が赤いフィルムで包まれているかのように、赤く染まる世界
そこにはまるで人間の、いや生命の気配が感じられない静寂が満たされており
そんな静寂の中で、たった二人だけの足音だけが響き渡る
一つは、落ち着き払ったゆったりとしたペースの足音
もう一つは、荒い息遣いと交錯した必死に走る足音
全く違うペースの足音が、距離を離れる事なく
いや、ゆっくりと
距離を詰めていく
まるで太陽が赤いフィルムで包まれているかのように、赤く染まる世界
そこにはまるで人間の、いや生命の気配が感じられない静寂が満たされており
そんな静寂の中で、たった二人だけの足音だけが響き渡る
一つは、落ち着き払ったゆったりとしたペースの足音
もう一つは、荒い息遣いと交錯した必死に走る足音
全く違うペースの足音が、距離を離れる事なく
いや、ゆっくりと
距離を詰めていく
「逃げるのは構いませんがね」
ゆったりとした足取りで歩く壮年の黒服男性が、困ったように苦笑いを浮かべる
「『ここ』じゃあ逃げられませんよ?」
必死に走っているにも関らず、ちっとも前に進む事のない若い黒服の女性は、ちらりと背後を確認して
ゆっくりと距離を詰めてくる黒服の男性に、抱えていた御札の塊のようなものを庇うように握り締め、戦闘態勢を取る
ゆっくりと距離を詰めてくる黒服の男性に、抱えていた御札の塊のようなものを庇うように握り締め、戦闘態勢を取る
「あなたねぇ」
黒服の男性は、溜息を一つ吐き
「『それ』が何なのか、ちゃんと判っていますか?」
「世界に滅びをもたらしかねない代物だという事は判っている! だが、このような危険物を貴様らのような連中に持たせておくわけには!」
「そういう意味じゃないです」
「世界に滅びをもたらしかねない代物だという事は判っている! だが、このような危険物を貴様らのような連中に持たせておくわけには!」
「そういう意味じゃないです」
黒服の女性が取り出した立方体は、無数の御札で何重にも包まれている
一見しただけではそれはただの御札の塊にしか見えない
一見しただけではそれはただの御札の塊にしか見えない
「『それ』が何なのかも理解せずに奪ったのですか? まったく、過激派の黒服はこれだから」
「何であろうと、あの封印倉庫に収められていたものは、元々は我々が管理していたものだ! 管理責任は我々に」
「……起きなさい」
「何であろうと、あの封印倉庫に収められていたものは、元々は我々が管理していたものだ! 管理責任は我々に」
「……起きなさい」
黒服の女性の言葉は、そこで遮られた
黒服の男性の呟きと、己の喉からこみ上げ口から溢れ出した鮮血によって
黒服の男性の呟きと、己の喉からこみ上げ口から溢れ出した鮮血によって
「ごっ……!? ぐぶっ、う!?」
荷物を抱え、御札の塊を握り締めたまま、黒服の女性ががくりと膝を付く
「『それ』はですね、女子供を殺す呪具です。女の貴方が、たかだかその程度の封印越しに触れればどうなるか」
無数の御札の隙間から、糸のように溢れ出す黒い瘴気
その一筋一筋が、よく見れば先端が子供の手のように蠢いており、それが腕に絡み付き突き刺さりその奥へ奥へと潜り込んでいた
その一筋一筋が、よく見れば先端が子供の手のように蠢いており、それが腕に絡み付き突き刺さりその奥へ奥へと潜り込んでいた
「勉強不足でしたねぇ、過激派の黒服さん?」
「これ、は……封印しておか、なければ……いけ、ない……もの……だ……」
「これ、は……封印しておか、なければ……いけ、ない……もの……だ……」
はらわたを挽き潰されながら、血泡と共に呻き声を上げる黒服の女性
「たとえ……組織を追われ……た……身であって、も……この、ような……危険物、を、外部へ持ち出、す、ような輩を……放置する、わけ、には」
「はは、なるほど」
「はは、なるほど」
黒服の女性の目の前まで歩み寄ってきた黒服の男性は、瘴気にまみれた御札の塊をひょいと取り上げると
「では、頑張って対抗してみて下さいね」
うずくまる黒服の女性の頭の上に
とん、と置いた
とん、と置いた
「………………!!!」
声にならない悲鳴と共に
口から
鼻から
耳から
目から
血と脳漿を丁寧に混ぜ合わせた液体を噴出し、黒服の女性は絶命する
地面に倒れ込み、ぐちょりと嫌な音を立てたその頭から、ごとりと重い音を立てて御札の塊が転げ落ちる
口から
鼻から
耳から
目から
血と脳漿を丁寧に混ぜ合わせた液体を噴出し、黒服の女性は絶命する
地面に倒れ込み、ぐちょりと嫌な音を立てたその頭から、ごとりと重い音を立てて御札の塊が転げ落ちる
「やれやれ。折角苦労して盗み出したものを、横取りされてはかないませんよ」
地面を汚す液体をかき集めるように啜る御札の塊を、宥めるように撫でながら
黒服の男性はそれを懐に収める
黒服の男性はそれを懐に収める
「『ハッカイ』……最上級の『コトリバコ』。いつかこれを手に入れるために、私の能力を偽って穏健派に紛れ込んでいたのですから」
彼の契約都市伝説『時空のおっさん』は、表向きは異世界に侵入したものを元の世界に戻すためのものとされている
実際は自分が作り出した平行世界への自由な出入りが可能で、そちらを経由すればどんな場所にでも自由に入り込む事ができる
例えどんな厳重な結界が施されていようと、平行世界にはその制約は及ばない
平行世界の全ての管理権限は彼の手のひらの上であり、そちらに敵を引き込みさえすれば彼は無敵なのだ
実際は自分が作り出した平行世界への自由な出入りが可能で、そちらを経由すればどんな場所にでも自由に入り込む事ができる
例えどんな厳重な結界が施されていようと、平行世界にはその制約は及ばない
平行世界の全ての管理権限は彼の手のひらの上であり、そちらに敵を引き込みさえすれば彼は無敵なのだ
「しかし私が忍び込んだ時には、『リョウメンスクナ』と『リンフォン』が既に無かったというのが問題ですね。誰が何時持ち出してしまったのやら」
穏健派の中でも目立たない、窓際族の一人であった黒服の男性、芦屋昭彦(あしや・あきひこ)は
その日を境に『組織』との連絡を一切絶ったのだった
その日を境に『組織』との連絡を一切絶ったのだった
―――
十也達が出会った黒服の女、愛木未来(いとしぎ・みき)は、手にした『リンフォン』を弄びながら思考を巡らせる
これは本来あの封印倉庫の収められるべき時に、書類を捏造し命令系統を操作し、倉庫へ入れる事なく個人的に隠し持っていたのだ
これは本来あの封印倉庫の収められるべき時に、書類を捏造し命令系統を操作し、倉庫へ入れる事なく個人的に隠し持っていたのだ
「呪詛の塊である『ハッカイ』をエネルギー源として、『リンフォン』で門を開き、『リョウメンスクナ』を寄り代として顕現させる。『ハッカイ』と『リョウメンスクナ』が何者かに奪われた今、やはり代替となるエネルギー源が必要という事になりますね」
他と比べて小さな代償で最大限の呪詛を生み出す『ハッカイ』はどうしても手に入れておきたかったものだった
だが女性であるために呪詛の矛先となる可能性を鑑みて、男性の協力者を秘密裏に探していたのだが、それが出遅れた原因となってしまった
だが女性であるために呪詛の矛先となる可能性を鑑みて、男性の協力者を秘密裏に探していたのだが、それが出遅れた原因となってしまった
「『ハッカイ』を奪い取るのはリスクが高過ぎる……『リョウメンスクナ』の行方を追いつつ、逢瀬百華の身柄を確保する」
熊の形から鷹の形へと、中途半端に姿を変えた『リンフォン』を一撫でして、元の二十面体へと形を変える
「一つの世界を滅ぼすという事は、やはりなんらかの抑止力が働くという事なのでしょうか」
未来はそう呟いて、己の契約能力で虚空に大きな箱を呼び出す
中身が空っぽのそれは、契約都市伝説そのものである『パンドラの箱』
ありとあらゆる災厄を封じ込めるその中に『リンフォン』を収めて、まるで手品のように消してしまう
彼女が今まで『リンフォン』を隠し持っていられたのは、この能力のためである
中身が空っぽのそれは、契約都市伝説そのものである『パンドラの箱』
ありとあらゆる災厄を封じ込めるその中に『リンフォン』を収めて、まるで手品のように消してしまう
彼女が今まで『リンフォン』を隠し持っていられたのは、この能力のためである
「本当にそんな力があるというのなら。何でもっと早く、世界を正してくれないんですかね」
未来は寂しげにそう呟いて、何処へともなく姿を消した
―――
こつこつと軽快な足音を立てて、一人の黒服の男が『組織』の廊下を歩いていく
その容貌はA-No.18782と全く同じ
ただ、皮肉げで自嘲的な疲れた笑みを浮かべているいつもとは違い、どこか気楽で享楽的な楽しげな笑みを浮かべていた
小脇に抱えた布袋は、子供一人は入っていそうな大きさ
廊下で誰かに擦れ違えば、何を持っているかは咎められそうなものなのだが
その容貌はA-No.18782と全く同じ
ただ、皮肉げで自嘲的な疲れた笑みを浮かべているいつもとは違い、どこか気楽で享楽的な楽しげな笑みを浮かべていた
小脇に抱えた布袋は、子供一人は入っていそうな大きさ
廊下で誰かに擦れ違えば、何を持っているかは咎められそうなものなのだが
「惹き付けておけ、『ウィル・オー・ウィスプ』」
人の気配をいち早く察知して、手のひらから放たれた鬼火が彼の歩く道とは反対方向へと飛んでいく
その姿を見た名も無い黒服達は、無意識のうちに視線をそちらに取られて、ついついそちらへと歩みを向けていってしまう
その姿を見た名も無い黒服達は、無意識のうちに視線をそちらに取られて、ついついそちらへと歩みを向けていってしまう
「あーくそ、つまんねぇなぁ……能力のメイン要素を持っていかれてるとなぁ。残ってる分も便利っちゃ便利なんだけどさぁ」
独り言のように呟くが、それは小脇に抱えた荷物に向けられていた
「ようやく封印倉庫から解放されたってのに、『ハッカイ』はいつの間にか盗まれてるし『リンフォン』はそもそも入ってこなかったし。俺の相棒は『リョウメンスクナ』、お前だけになりそうだよ」
倉庫に封じられていた『1/2』である男は大仰に天を仰ぎながら、たははと笑って額を叩く
「とりあえず、半分の俺じゃあどうしようもない。さっさともう半分をぶっ殺して力を取り戻したらさ、『リンフォン』と『ハッカイ』も探して本領発揮しようぜ」
布袋の中の『リョウメンスクナ』に声を掛けて、悠々と『組織』の施設から歩み去る
かつて、『ウィル・オー・ウィスプ』の契約者として、敵も味方も見る者全てを引き寄せ無限の底無し沼へと引き摺り込んでいた、A-No.37564
危険な性格と無害な能力を引き剥がし、半分にして封印されたA-No.18782の片割れは、本来のナンバーが意味する言葉を体現したかのように
かつて、『ウィル・オー・ウィスプ』の契約者として、敵も味方も見る者全てを引き寄せ無限の底無し沼へと引き摺り込んでいた、A-No.37564
危険な性格と無害な能力を引き剥がし、半分にして封印されたA-No.18782の片割れは、本来のナンバーが意味する言葉を体現したかのように
「お前達全部の力を使って滅びの地を作り出し、俺の能力で世界中の人間をそこに集めるんだ」
夕暮れ時の空を見上げながら、彼は声を張り上げる
「生きとし生ける全ての者達、もうすぐ皆殺しの時間だよー!」