ばるしす! ~Native-Imagination-Steel・SisterS~

天羽幻鷹さん 『愛という名の幸せを、君に』

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登場人物

  • アスカ/橘川紗夜(きっかわ さや):siyou
  • ファウスティーナ・キサラギ:天羽幻鷹
  • 大己貴烈(おおしき れつ):天羽幻鷹
  • 及びその教官達


『愛という名の幸せを、君に』


 昼下がりの小学部校舎は、暖かい日差しに包まれていた。

「ふあああ~」

 机にへばりついた大己貴烈(おおしき れつ)の口から、だらしない声が漏れる。

「ねみゅい……たいくつですの……」

 むにゃむにゃと呟き、ぺちゃあ、と広げた教科書に頬をひっつける。

「こんな天気のいい日は、野っ原を駆け回るのが一番ですのに……」

烈がうとうとと瞼を閉じかけたその時、烈の後ろに垂れた髪を引っ張る者がいた。

「みゅにゃ~?」

烈が振り向くとそこには、すぐ後ろの席のファウスティーナ・キサラギの憮然とした顔があった。

「邪魔」

ぼそりとそう言い、再び烈の髪を引っ張るファウスティーナ。

「……何がですの? なにゆえファウちんは私の髪を引っ張りますの~?」

 まだ半ば夢うつつのまま、烈は首をかしげる。

「烈寝たら、センセ見えん。寝るな」

 ぶっきらぼうな関西訛りの返事が降ってくる。どうやらファウスティーナは、「烈が机に突っ伏す事により、高く乙姫様の様に結い上げた後ろ髪が丁度邪魔になって、教壇で説明している先生が見えない」と言いたいらしい。

「ふえ? ……ふえ」

 十秒程掛かって言葉の足りないファウスティーナの意図を理解した烈は、それでも尚眠そうに前に向き直ってから、かくん、と首を後ろに落とした。

「……これでいいですの~?」
「ん」

 ファウスティーナは烈の様子に納得した様に頷き、再び先生の言葉に耳を傾け始める。二人にとっては毎日の様に繰り返しているやりとりを終え、烈は頭を後ろに倒したまま再び瞼を閉じた。朧な意識に、教科書を説明する先生の声と、さらさらとノートを取るファウスティーナの鉛筆の音が聞こえてくる。
 ――平和ですわぁ~……
 だが、そんな烈の無防備な意識を破るけたたましいベルの音が、突然校舎に響き渡った。

「……アラート!」

 ファウスティーナが身を固くするのが気配で解った。烈も眼を開き、わたわたと飛び起きる。

『――アラート発令、アラート発令。スクランブル。
 橘川アスカ(きっかわ アスカ)、ファウスティーナ・キサラギ、大己貴烈、以上三名は至急、ミーティングルームに集合せよ――』

「烈!」

 ファウスティーナの瞳がすうっと細くなった。

「先行く」

 席から立ち上がると、教室の後ろの扉から物凄い勢いで飛び出していく。取り残された烈は、おたおたと後を追う様に扉に向かった。

「頑張ってねー」

 声を掛けてくれたクラスメイトに手を振りながら、おぼつかない足取りで烈は廊下を駆けた。
 廊下の突き当たりにある黄色と黒の縞の扉を抜け、赤字で『EMERGENCY』と書かれた赤いボタンを力一杯押す。パシュッと軽い音がしてドアが上がり、烈はその内部に設置された出動用の緊急移動ポッドに乗り込んだ。強い浮遊感と落下感、そして疾走感。烈は軽いGに身をゆだね、不安と期待と緊張に胸をときめかせていた――。

「遅いぞ」

 ミーティングルームに飛び込んだ烈の顔を見るなり、ファウスティーナの教官である木更津豊(きさらづ ゆたか)が呆れた様に言った。
 烈が息を整えながら左右を見ると、既に息一つ乱れていないファウスティーナが居る。それに中等部のアスカと、それぞれの教官達が既に椅子に座っていた。

「お前も早く座れ。……では作戦概要を説明する」

 手に持った書類の束で空いた椅子をぞんざいに指し示しながら、木更津が足を組み替えた。

「今回の敵はBクラス一体。場所は東南にある公園」

 ファウスティーナが怪訝そうに顔をしかめる。

「B一体に、三人掛かり?」
「それには理由があるんだ」

 アスカのコントロール・チーフである橘川景(きっかわ けい)が、書類から顔を上げてファウスティーナの疑問を引き取る。

「この《ネガティヴ》は拡大・増殖するからだ」

 橘川が立ち上がり、ホワイトボードに図を描きながら説明を続ける。梅干し入りのオニギリがホワイトボードに現れた。

「まず、この《ネガティヴ》には大きな核が一つある。この核を壊せば殲滅出来る筈だ、が……」

 橘川はオニギリに何本もの触手を描く。それぞれの触手にはさしずめ子持ち昆布の様に、各々幾つもの小さな点が付いている。

「……この様に、凄い勢いで触手を伸ばし、しかもそれぞれの触手に何個も核がある。よって、千切れた触手は死なず、その核のお陰で本体から独立して再び動く事が出来る。これが、『拡大・増殖』と言った理由だ」
「厄介ですね~」

 ほわんとした顔でアスカが言う。どこか夢うつつな表情と、レオタードの様な戦闘用のボディスーツを着た体とのギャップが不思議な印象を与える。

「そう、厄介なんだ。今はまだ小さいからBランクに定義付けたが、放っておくとどんどん成長する。しかも」
「……しかも、何ですの?」

 ごくりと唾を飲み、烈が橘川を見詰めた。

「この《ネガティヴ》は捕まえた物を取り込む性質がある。取り込まれると……《ネガティヴ》に侵される」

 アスカが首を傾げた。

「侵されると、どう、なるの?」
「どうなるかは判らない。……取り込まれる、と言った方が正しいかも知れない。この《ネガティヴ》が出現した場所にあった樹木や公園の遊具などが、その場から消滅した事が報告されている……そして成長している。非常に危険なんだ」

 少し困った顔で橘川が答えると、烈が橘川の事をじっと見詰めながら再び問いを口にした。

「なにゆえ、私達が選ばれたんですの?」
「……それは俺から説明する。橘川氏、交代だ」
「あ、はい。お願いします」

 律儀にペンの蓋を締めながら橘川が席に座ると、代わりに立ち上がったのは、烈の教官である大麻日鷲(おおあさ ひわし)だった。大麻は咳払いしてから、三人を見渡した。

「具体的な作戦内容を先に言った方が、理解し易かろう。……ファウスティーナとアスカは触手及び本体への攻撃。烈は近くのビルの屋上に待機だ」
「だから、なにゆえですの!?」

 自分の質問に直ぐ答えてくれない「おもうさま」にかんしゃくを起こしかけた烈が、再び口を挟む。それを片手で制し、「鬼教官」の顔をした大麻は説明を続けた。

「烈、黙って聞け。これは命令だ。
 ……触手は相当動きと回復スピードが速い。よって、それを上回る速さでファウスティーナが切り落とした触手を、アスカが核を狙い的確に仕留めろ。それで徐々に増殖がやまる筈だ。増殖が止まったら本体の肉を削ぎ、出来るだけ核を露出させろ。……二人のスピードならそれが可能な計算だ。
 そして、烈」

 烈が無言で大麻の瞳を見る。大麻の眉間の皺が深くなる。

「お前は、本体の肉が薄くなり核が露出したところに、一気に弾をぶち込め。失敗は許されんぞ。出来るな?」
「はい、教官!」

 烈は立ち上がり、きっぱりとした声で言い放った。顔に決意がみなぎっている。ファウスティーナとアスカも席を立ち、各々の武器を手に取った。

「じゃ、出撃としますか。嬢ちゃんらと楽しいデートだ」
 木更津がうんざりした顔で書類を机に放り投げ、椅子を蹴るとコートをひるがえし扉を開けた。
「地獄の底へ、ご案内、だ」


 バルバルバル、とヘリの音が響く。

 公園の中央の広場に、それは居た。うねうねとドス黒く気持ち悪い触手を何十本も生やし、周囲の樹木や外灯を薙ぎ倒している。ビルの上からその光景を眺めながら、烈が愛用の銃『和魂(にぎみたま)』と『荒魂(あらみたま)』に弾丸を装填していく。
 ヘリが《ネガティヴ》の丁度上空に停止するとするすると梯子が降り、修道服のケープマントをはためかせたファウスティーナと、強化されたボディスーツを纏ったアスカが姿を見せた。二人とも片手で梯子に掴まり、ファウスティーナは十字架型のハルバートを、アスカは煌めくダマスカス・ブレードを、それぞれ手にしていた。

「そちら、準備は良いな?」

 烈の背後で腕組みし仁王立ちになった大麻が、頭に付けたヘッドセットのマイクに呼びかける。

「オーケー。オールグリーンだ」
「敵データ、セットアップ完了しました」

 ヘリで機器類を弄っている筈の木更津と橘川の声がクリアに返ってくる。

「よし。三人、いくぞ」


 大麻が組んでいた腕をほどき、手に持っていた扇子をパチン、と鳴らした。
「ラジャ」
「はい」
「大丈夫ですわ」

 少女達の返事に頷くと、大麻は扇子を開き、そして――

「行け――――っ!!!」

 振り下ろした。
 それが、戦いの合図だった。



 梯子から飛び降りたファウスティーナのマントケープが空に広がり、そして翼の様に黒く羽ばたく。猫の如く瞳孔を細め、握り締めた『フィルス・オヴ・セレスティアル』を振りかざしながら、一直線に《ネガティヴ》目掛け墜ちてゆく。その幾らか後を、アスカが無表情に空を蹴りながら降りていく。
 少女達に気付いているのかどうか、そもそも奴等に知能などあるのか――《ネガティヴ》が無造作に振り回す触手のただ中に、ファウスティーナはハルバートを付き入れた。

「うらあぁあ――っ」

 根本から水平に一気に薙ぐ。数本の触手が弾け飛び、粘液を滴らせながら宙に舞った。左に振り抜いた刃を今度は右に、満身の力を込めて振り回す。

「アスカ、触手の表面に浮き出た瘤があるだろう! それが核だ!」
「――了解しました」

 アスカの眼が無機質に光る。通信機から届く橘川の声に短く答えると、アスカは空に浮いた触手の醜く膨らんだ瘤目掛け、無駄の無い動きで刃を叩き込む。人知を超えたスピードで一本の触手に幾つもある瘤を的確に切り裂き、宙を蹴ってまた別の触手にダマスカスを燦めかせる。全ての核を失い動きを止めた触手は、次々と地面に落ちては跡形もなく消滅していった。

「嬢ちゃんら、やるねぇ。見込み通りだ」
「ユタカ、うるさい! 気ィ散るッ!」

 軽口を叩く木更津に苛立ち、ファウスティーナが力任せに翼の様な刃を本体にめり込ませ、本体の肉ごと触手を幾本かこそげ取った。

「おっと、怖い怖い。……ファウ、短気は良くないぞ。もっと慎重にな」
「誰の所為でッ!」

 刈り取った場所にまた新たに生えてきた触手にハルバートを一閃し、ファウスティーナがマイクに吠えた。

「……木更津さん、順調みたいですよ」
「ん、そうみたいだな。段々触手の本数が減ってきてる」

 二人のやり取りに苦笑しながら、橘川がモニターを眺めて呟く。木更津も別のモニターを見ながら眼鏡を直した。口調はふざけていながらも、その目は真剣そのものだ。

「おっちゃん、そっちの様子はどうだい?」
「誰が親父だ、戯れ言も大概にしろ。それに俺はまだ三十三だ」
「充分オッサンじゃないか」

 大麻は木更津の軽口を無視し、弾丸の装填が終わった烈の様子を眺める。烈は片膝を立てた体育座りの「休め」の様な格好で、両手で持った『和魂』を肩で支え、射抜く様な目で時が来るのを待ち焦がれている。

「こっちも準備万端だ」
「そうか。――弾は何を?」
「『和魂』にエクスプローダー……爆発するタイプの奴だ」
「『天孫降臨(てんそんこうりん)』は?」
「……『改』か。それも一応用意してある。しかし最後の手段だろう」

 木更津はそれを聞いてニヤリと笑った。

「出し渋りは良くないぜ、おっちゃん」

「――そろそろですね」

 触手が殆ど無くなりほぼ丸裸同然となった《ネガティヴ》の本体を、ファウスティーナとアスカが交互に切り刻んでゆく。その様子をモニターと肉眼の両方で確認した橘川が、マイクに緊張した声を向けた。

「いいですか? 大麻さん、烈ちゃん」
「はいですわ」
「おう」

 二人が体を強張らせる。

「核が露出した瞬間を狙って下さい。合図は……」
「要らないですわ。私にははっきり見えていますもの」

 烈が漆黒の目を細め、核があるであろう場所を凝視する。その様子を見て取り、大麻がインカムに向けて怒鳴った。

「こっちは大丈夫だ。合図は俺が出す。そっちは二人のフォローを頼む、爆風が飛ぶかも知れんからな」
「了解しました」

 通信が切れる。
 烈の中に静寂が染み渡る。相変わらずヘリの爆音は耳に届いている筈なのに、烈の心は静かだった。只、《ネガティヴ》の核の鼓動と、「おもうさま」の張り詰めた気配だけが烈の心を支配していた。

 ――時が、来る。

 最後の一撃。ファウスティーナのハルバートが核表面の最後の肉をこそげ、粘液が玉になって肉が弾け飛んだ。アスカが空を蹴る。ファウスティーナがハルバートの遠心力で宙を舞う。

「今だッ!!!」
 木更津、ファウスティーナ、アスカ、橘川。四人の声が重なった。

「撃(て)――――っ!!!」

 大麻の声が怒号の様に響いた。それに重なり、『和魂』の銃口が火を吹いた。
 真っ直ぐ、一直線に翔ける弾丸。回転しながらそれは核を目指し、そして――

 ドガアァァア!!!

 閃光の後、凄まじい爆発音が響いた。
 もうもうと噴き上がる土埃。ヘリは爆風に煽られ軽くバランスを崩し、手近な樹木の影に避難していたアスカとファウスティーナはそれでも吹き飛ばされる。
「やった……のか?」

 体勢を立て直したヘリの中で木更津が目を凝らす。モニターを見詰めていた橘川が驚きの声を上げた。

「反応アリ! 目標、生きていますっ!」
「な……っ!?」

 木更津の声が裏返る。
 晴れてきた視界の中、その中心に、はたしてその姿はあった。――より、大きくなった《ネガティヴ》が。

「……どうやら、爆発のエネルギーを、吸収したようです……。思うに核は、肉体よりも回復が速いのではと、思われます……」
「勘弁してくれよ……」

 橘川の報告を聞いて力無く呟いた木更津の台詞は、皆の心を代弁していたに違い無い。それを証拠に、橘川の顔は蒼褪め、ファウスティーナは呆然とし、アスカは立ち尽くし、大麻は膝を突いていた。

「一旦撤収だ。一度戻り、作戦を練り直す」
「それが良い様だな」

 大麻と木更津の会話に、しかし割り込む者がいた。

「まだよ。まだ戦えますわ」

 烈だった。
 烈は火傷しそうな程砲身が熱くなった『和魂』を置き、代わりに『荒魂』を手に取ろうとしていた。

「烈、何を!」

 慌てて止めようとする大麻に、しかし烈は振り返る事無く作業を進める。

「まだ『天孫降臨・改』がありますわ。おもうさま……いえ、教官」
「烈……」
「やらせて下さい……私、逃げ出すなんてイヤですわ!」

 顔を伏せたままの烈の表情は判らない。しかし、その小さな肩は震えていた。
 耳に木更津の真剣な声が届く。

「わかった。しかし何するつもりだい嬢ちゃん?」
「私に考えがありますの。――ファウ、アスカ姉さま、動けます?」
 二人は弾かれた様に顔を上げた。

「今から私の言う事をよく聞いて下さいな。呆けてる時間はありませんですわ」

 烈が、不敵に笑った。


 ヘリに乗り込む大麻を見ながら、木更津が真剣な目で呟く。

「――しかし、上手くいくかね?」
「一か八かですね。でも、今のところ他に手段はありませんよ」
「俺は三人を信じる。事態は急を要するのだ。あの娘達を信じてみまいか」
「そうだな。でも失敗してもオレは責任取るのヤだぜ」
「ずるいですよ木更津さん、こうなったら一蓮托生ですよ」
「観念しろ木更津! ガハハハ……」

 三人の教官は顔を見合わせ笑った。表情は張り詰めていたが、しかしその笑い声は不思議と乾いてはいなかった。

 蠢いている。おぞましい触手が、醜い肉が。
 ファウスティーナのハルバートを握る手が湿り、アスカの感情が無い筈の顔には汗が一筋流れる。そして烈の顔は、心なしか蒼褪めて見えた。

「みんな、いい?」
「はい」
「オケ。じゃ、……行くッ!」

 ファウスティーナがハルバートを頭上に水平に構える。全身から、黒い闘気の様な陽炎が噴出する。
「はッッ!」

 木の枝を蹴り、ハルバートを旋回させながら空中に身を躍らせた。ケープマントがひるがえり、そこから伸びたオーラが黒い翼となってファウスティーナを包み込む。
 頭上に掲げた『フィルス・オヴ・セレスティアル』はますますその速度を増していく。次第にその周囲には黒い竜巻が起こり、黒銀の刃からは全てを切り裂く真空が発生し始めていた。

「受けろ天罰! 地獄へ堕ちろッッ!」

 今やファウスティーナは台風の目そのものだった。スピードを増し、その身ごと《ネガティヴ》に突進していく。

「『ルキフェルズ・パニッシュメント』ッッ!!」

 全てを断罪する黒い天使が、漆黒の光に包まれた大いなる翼を広げ、今《ネガティヴ》に神罰を下す。かまいたちのストームが触手を薙ぎ払い、肉を吹き飛ばし、醜悪な器を破壊してゆく。
 そしてその嵐の中に、凄まじい勢いで飛び込む者がいた。しなやかな腕を伸ばし、光を放つダマスカス・ブレードを逆手に構え、荒々しい空気の流れを取り込むかの様に美しく舞うアスカ。

「『疾剣嵐舞』!!!」

 人の器を超えた天女の、それは美しくも凄まじい剣舞。神速で飛び散る触手を切り刻み、分子のレベルまで達する程に塵と化してゆく。無機質な故の凄絶な華麗さが、髪を流しなだらかな肩にまとわりついて匂いを放つ。数え切れない刃の応酬が、まるでそれは咲き誇ってゆく大輪の菊の花弁の如く花開く。
 そして、身をボロ切れの様にした《ネガティヴ》の中から、黒く脈打つ巨大な核が姿を現した。

「――今だっ、烈!!!」

 猫の目をした堕天使が叫ぶ。ビルの上から烈が吠えた。

「いきますわよ――っっ!!!!」

 烈の目が見開き、トリガーが引かれる。肩に担いだ『荒魂』から光が放たれた。青白い流星の矢が、幾筋も幾筋も重なり、絡み、混じり合い、そして一本の矢になって炎を撒き散らし、星屑の尾を引いて《ネガティヴ》の核に突き刺さる。

「『天孫降臨・改』ッッッ!!」

 流星の後を追う様に、『荒魂』の銃口からいかずちがほとばしる。八百万の神の力を凝縮した、それは光の奔流、まさに全てを焼き尽くす神の怒りの浄化の矢。稲光が核に直撃した瞬間、凄まじい衝撃波が辺りを包み、追って腹に響く大音量の神鳴りが地震の様に大地を震わせた。
 辺りは白い光に包まれ、そして……全てが、霧散した。



「……ヘリ壊しちまったのはマズかったかなあ」
「まあ、拙(まず)くない訳は無いだろうな」
「あー、何んか言われるかなあ。これだから教官はヤなんだよ」
「現役が嫌で教官職に飛び付いた癖に何をぬかす」

 くわえ煙草でパソコンに向かう仏頂面の木更津の横で、万年筆を滑らせる大麻が苦虫をかみ潰す。今回の件に限らず、報告書を書くという行為はそもそも二人とも苦手な作業だった。

「あ、お疲れ様です」
「ああ橘川氏、どうですか三人の様子は」

 三人分のコーヒーを淹れて入って来た橘川に、大麻が万年筆を投げ出し声を上げる。

「今、医務室で診て貰ってます。アスカは後でチェックが必要ですが、ファウスティーナちゃんと烈ちゃんは目立った怪我も無く、かすり傷程度でしたから大丈夫みたいですよ」

 どうぞ、とコーヒーカップを置きながら橘川が座る。

「それでお二人とも、何をそんなに唸ってるんです?」
「何って……橘川さんはもう報告書書いたの?」

 きょとんとする橘川に、木更津がコーヒーを啜りながら恨みがましい目付きで問う。

「書きましたよ。提出もしてきました。……始末書じゃあるまいし、報告書なんて形式的なもので書くのすぐじゃないですか」

 橘川の、本当にわからない、といった風な態度に、呆れるやら悔しいやら情け無いやらで、木更津はバタンと音を立ててノートパソコンを閉じた。

「ヤメだ、ヤメヤメ! 明日の朝まででいいんだし、ちょっとファウでもからかって気晴らししてくる」

 そう言ってコーヒーを一気に飲み干し立ち上がる木更津の横で、大麻は感慨深げに呟いた。

「しかし本当に何とかなってしまうとはな。……まだまだ子供だと思ってたのに、あれは俺の見くびりだったか」

 その言葉を聞いた橘川が悲しそうに笑う。

「……いえ、まだまだ子供ですよ、彼女らは。大人になるとしがらみが増えて、思い切った事が出来なくなってしまう。だから、良い意味でまだ、子供なんですよ」
「……そうかね」
「そんなものですよ」

 コーヒーを啜りしみじみと溜め息をつく二人を鼻で笑い、木更津がドアを開ける。

「ま、そんなもんだろ。そろそろ部屋に戻った頃だろうから、様子でも見に行ってやったらどうだい、『おもうさま』」

 捨て台詞を残し去って行った木更津を見送り、大麻と橘川は顔を見合わせた。

「木更津さん、ああ見えてファウスティーナちゃんの事、可愛がってるみたいですよ」
「……そうだろうな。本人はそのつもりが無いみたいだがね」
「愛情ってのは、受け取る側の感覚も大きいですからね」

 大麻は遠い目をして、再びコーヒーを啜る。

「そうだな。……俺はきちんと烈に愛情を注げているかな」
「きっと、大丈夫ですよ。だって烈ちゃんは、あんなに素直ないい娘に育ってるじゃないですか」

 橘川が優しい微笑みを向けた。そんな慰めの言葉に、大麻は口元に笑みを浮かべる。

「そうだといいんだがな……」

「あ、ユタカ」

 医務室からの帰り、ファウスティーナは自室の前で壁に凭れている木更津を見付け、不思議そうに見上げる。

「どした、珍しい」

「たまたまだよ」

 首を傾げるファウスティーナから視線を逸らしうそぶく木更津。ふと腰を屈めファウスティーナの顔を覗き込むと、木更津はその琥珀色の瞳をじっと見詰めた。

「今日は、よくやった」
「何、急に。気持ち悪」

 悪態をつく教え子に構わず、木更津は手を伸ばし、その小さな頭をクシャッと不器用に撫でた。

「あ……」

 呆然と見上げるファウスティーナの頭を撫でながら、木更津は小さな体を引き寄せ褐色の頬にキスをする。

「お疲れさん。ちゃんと早寝するんだぞ」

 ファウスティーナの頬が赤く染まる。木更津の手が頭から離れ、そしてくるりと後ろを向いた後も、見上げる視線は固まったままだった。
 木更津がひらひらと手を振りながら歩き出してようやく、我に戻ったファウスティーナは耳まで真っ赤になりながら、教官の後頭部に向かって力一杯叫んだ。

「馬鹿ッ!」

「うん、何処も問題無いみたいだね」
「ほんと? よかった~」

 ふんわりとした笑みを浮かべ、検査の終わったアスカがほころぶ。

「今日はなんだかつかれたの~」

 ベッドから起き上がりながら、アスカは少し顔をしかめて小さく伸びをする。

「早めに休むといい。明日も学校だしね」
「うん、そうする~」

 ドアを締めながら橘川が笑う。

「おやすみ~、チーフ」
「はい、おやすみ」

 手を振ってふわふわと廊下を歩くアスカの後ろ姿を眺めながら、橘川は複雑な表情を浮かべて頭を掻いた。



 烈の自室のドアを大麻が軽くノックすると、直ぐにはーい、と返事があった。

「あー、おもうさまですの~」

 少し眠そうな表情で目をこすりながら、それでも烈は満面の笑みで大麻が来た喜びを表していた。

「今日はどうだ、疲れたろ?」

 胸に飛び込んできた烈を抱き上げながら、大麻は教官らしからぬ笑顔で烈を見る。

「うん、つかれたですの~。でも、とっても嬉しかったですの~」
「嬉しかった? 何故だい?」

 大麻の首に抱きつきながら、烈は、うーん、と少し首を傾げる。

「ファウちゃんと、アスカねえさまと一緒に敵を倒せましたです」
「そうか、嬉しかったか」
「はいな、嬉しかったですの」

 大麻は目を細め、花の様な笑顔の烈を見る。

「じゃあ、明日は御褒美に烈の好きな物を作ってあげよう。何がいいかな?」

 うーん、と首を捻って烈は考える事十秒。

「おもうさまの料理でしたら、何でも好きですの!」

 そう言って、烈は大麻の鼻にキスをした。

 ――願わくば、この幸せが永遠に続きますように。
 八百万の神々よ、少女達の未来に、幸を与え給え――。



後書き

 肩慣らしに書いてみました。
 アスカちゃんの必殺技は剣による乱舞系と解釈。それから、普段の生活は名字が無いと不都合なので「橘川アスカ」(siyouさんどもです)、戦闘モードは「アスカ」という設定で書いています。(当初「紗夜」の名前で書きましたが、創造主siyouさんの要望により「アスカ」で統一、再UPしました。)
 勝手に教官も出張ってます。
 自己キャラの解説をすると、ファウちゃんは文字で見ると訛りは酷くないけれど、イントネーションは基本的に関西弁寄りです。
 烈たんは変な敬語。『天孫降臨・改』は最初の一発は前置きで、後の雷が本体。
 あとファウちゃんと烈たんは8歳と9歳ですが、各々誕生日が3月と4月なので一緒の学年です。ついノリで同じクラスにしてしまったけどいいのだろうか。



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