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連載 - 喫茶ルーモア・隻腕のカシマ-01

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喫茶ルーモア・隻腕のカシマ


輪廻転生の少年


午前8時

私はいつもの様に店を開け、客を迎え入れる

カラン・コロン……カラン・コロン……

「おはようございます」

眠そうな顔をした男子学生が陰鬱な声で挨拶し、いつものモーニングセットを注文する
深夜番組でも見て夜更かしでもしたのだろうか
少なくとも、勉強で夜遅くまで頑張っていたという風には見えない

早朝は彼の様に眠そうな顔で、味も気にせずに取り合えず咀嚼し飲み下す
───といった体の客ばかりだ

これでは、自慢のコーヒーを淹れる度にこちらまで陰鬱な気分になるというものだ



"喫茶 ルーモア"

"学校町"と呼ばれる街の西区にある小さな店

朝の客は
工場に勤務する独身の労働者
一人暮らしの学生
早起きな老人

の3種に分類できる……が

彼らの話はまた別の機会にでも話すことにして

今は、私と一人の少年についての話をしよう……

あれは……
セミの鳴く声が、やけに耳につく日だった……

*



「すいません、ハンバーグはやってないんです」

「確かに挽肉の焼ける匂いがしたんじゃが……」
「ああ、パスタのソースに使った挽肉ですね」
「むぅ……確かに」
「ほら、爺さん無いって言ってるんだし帰るぞ」

お孫さんらしき学生を連れたお爺さんが残念そうに帰っていった

洗い物をしながら、ふと店内を見回すとテーブル席に

───少年がいた

ついさっき──皿を回収しにテーブルを周った時──には気付かなかった
いや……いなかったはずだ
ドアに付いた来客を知らせるベルも鳴ってはいなかった

うるさかったはずのセミの声がピタリと止む

涼しげな風貌の利発そうな少年、歳は8~10といったところか

「気を付けて、"今度は" 落とさない様にね」

私は少年の声で、我に返り
泡まみれの手中から滑り落ちようとしていたコーヒーカップを掴み直した

瞬間、強烈な既視感に襲われる

そうだ、前にもこんなことがあった
うだる様な暑さの中、ぼんやりとしてしまって……
その時はカップを落として割ってしまったが……

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

「おかげで、カップを割らずに済んだ
 お礼といっては何だけど、アイスハニーミルクをご馳走するよ
 飲んでいってくれ」

少年は警戒しているかの様に眉間にシワを寄せながら
ストローを持ち飲み始めた

「これ、ちょっと甘すぎじゃないかな?」
「そうかい?子供たちには概ね好評なんだが……」
「なるほど……子供向けの味だからか」
「……コーヒーにしようか?」
「……いや、折角だからこれを飲むよ」

少年は姿勢良く背筋を伸ばして座っている
茶道か書道、柔道や剣道といったモノでも習っているのかもしれない
静かな時間が過ぎる
とても静かな時間

「じゃあ帰るよ、ご馳走様」
「ああ、またおいで」

少年が帰る
カラン・コロン……カラン・コロン……
ドアのベルとともにセミの鳴き声も再び強くなっていた



それからというもの
毎日、少年はやってきた

その度に、私の細かいミスを指摘する

私はどうも、シングルタスクな人間の様で
同時にいくつもの仕事をこなすというのは苦手だった
もちろん、ルーチンワークであれば概ね問題なくこなせる……たぶん

発注単位の間違えを指摘された時には
以前に失敗した時の事を思い出し、全身から冷や汗が吹き出したものだ

昔は妻が助けてくれていたが、今はもう……いない
亡くしたわけではない、別れたのだ
息子との思い出がたくさん詰まったこの店にいるのが辛かった
別れる時に、そう妻は言っていた

「アイスハニーミルクでいいかな?」

少年は、少し悩む様にしてから応える

「……うん」

そうして、話という話もせずに2週間程が過ぎていった
名前もあえて聞いてはいなかった
何となく聞くべきではない様に思えたからだ

真夏だというのに日焼けを全くしていない少年を見て、ふと

「プールや海には行かないのかい?」

つい言葉が出てしまってから思う
家庭の事情もあるだろうし、あまり良い質問ではなかった……と
後悔していた
案の定、少年は険しい顔になっている

「水は……好きじゃない」

「……え?」
「……良い思い出が無いんだ、泳げないし」
「そうか……泳げないのか……」
「別にいいだろう?……泳げなくてもさ……」

そういって、ぷいっと顔を背けてしまった

「力が入ってるからじゃないかな?」

「……?」
「泳げないと思って体に力が入ってしまうから……沈む
 力を抜けば自然に浮かぶ、後は静かに手足で水を掻けば良い」

「……そんなに簡単な事じゃないよ」
「そうかもしれない……でも、そうじゃないかもしれない」

「……ご馳走様」



もう来ないかもしれないと考えていたが、少年は次の日も来た
今にも降り出しそうな、天気の悪い日だった

少年は突然、私に質問を投げかける

「……もしボクが昨日聞いたことを真に受けて、海で溺れたらどうするの?」
「海にはご両親も一緒に行くだろう?」
「一緒に行っても付いていてくれるとは限らないよ」

「……じゃあ、私が一緒に付いていよう」

「……そんな事、信用できないね」

「キミが泳げる様になるまで付き添うつもりだ」

「じゃあ、何であなたの息子さんは死んだのさ
 ボクもそうなるんじゃないのかな?」

外ではスコールの様な雨が大きな音を立てて降り始めていた

*



2年前

私は海で息子を亡くしていた

今にして思うと
"ネグレクト"といっても間違いではない様に思える

ネグレクトとは、英語で「無視すること」を意味するが
日本では主に保護者などが子供や高齢者・病人などに対して
必要な世話や配慮を怠ることを指す

あそこは、昔から波の穏やかな海だった
浮き輪があれば溺れないだろう
私が子供の頃は、8歳にもなれば十分泳げた
そんな風にも思っていた

だが私は、息子に泳ぎ方を教えた事すらなかった
そして、後になって判った事だが
湾を人工的に整備した影響で
昔よりも潮の流れが複雑になっていたというのだ

私は、父親としてすべき事をしていなかった
何一つしていなかった
近くに付いていてやらなかった
きっと、それまでにもたくさんの事に気付いてやれなかったのだろう……

しかし……この少年は何故、その事を知っているのか……
───何となく判っていた

ここは、喫茶 "ルーモア──うわさばなし──"

都市伝説や怪談は良く集まる

輪廻転生の都市伝説

醜い容姿の子供を邪魔に感じていた夫婦が
公園のボートから子供を抱き上げて池に突き落として殺す

数年が経ち夫婦にまた子供ができる
今度はとてもかわいい子供だった

ある日言葉のしゃべれるようになった子供が

「ボートに乗りたい」

と言ったので
夫婦は子供をつれてあの公園のボートに乗る
すると……

「今度は落とさないでね」

と言った、という話だ

以前から不思議だった
予知能力まがいの注意・指摘

そして少年は
"2度目以降の失敗"をミスと指摘してくれたが
"初めての失敗"は指摘していなかった

*



「ボクは、あなたを断罪しに来た
 あなたが同じ過ちを繰り返すのを確認し、裁く為に……」

「……やはり、そうなのか」

「判っているなら話は早いね……もう、話すことも無い」

「違う、そうじゃない……違うんだ、キミが私を狙ってきたわけじゃない
 私が望んだんだ、キミが私のところへ来る様にと……
 もし、もう一度私に子供が授けられたなら……二度と失いたくないと」

「……口先だけなら何とでも言えるよ」

「キミだって同じだよ……心の底では愛されたいと思っているはずだ」

「そんな事はない! 愛など無いと確認し殺す!
 ボクはこういう存在なんだ!!」

「じゃあ何で、私をすぐに殺さなかった……」

「それは……確認する為だよ……」

「いつだって確認できたはずじゃないのか?」

話しながらも、私は作っていた──いつものモノを──
そして、いつもの様に……いつものテーブルにコトリと置く

「……?!」

「泳げないと思って体に力が入ってしまうから……沈む
 力を抜けば自然に浮かぶ、後は静かに手足で水を掻けば良い
 ……人生も同じだ」

「話はそれだけかい?……じゃあ……これで、さよならだ……
 ……が…めなく……のは少……け残……けどね」

少年は淡い光に包まれていた
柔らかく暖かい光だった

「さよならだ……」

「……そんな?!……どうして?!」

「ボクの負けだよ、都市伝説として矛盾が生じてしまったからね」

「矛盾?……」

「……信頼してしまった
 同じ過ちを繰り返さない事を確信してしまった
 輪廻転生し、憎悪と猜疑心ばかりを積み重ねてきたはずのボクが……ね」

そう言うと、少年の姿は消えた……後には暖かい光が残されたが
それも徐々に薄れ---消えた

*



そして夏は終わり、秋が来た

いつもの様に女子高生達が店内で噂話を繰り広げる

「それでね、その子供がこう言うの……『今度は落とさないでね』」
「きゃぁぁぁ、こわぁぁぁ!」
「何それ、コワッ!」

きりの良いところで、私は口を挟んだ

「その話の続き、聞いたことあるかい?」
「え?続きあるの?!」
「あるよ」
「「「何それ、聞きたい!!」」」

驚いた親は子供を落としてしまう
だが、溺れている子供を見て我に返り、自ら飛び込んで子供を助ける

そんな様な話をした

他の学生が来た時には、また違う結末を話した
出来るだけ面白くなる様に、ヒトからヒトへ語られる様にと……

だが、いつも変わらない事がある
少年が、最後は幸せになるという……それだけは変えなかった
こういう結末が流行らないのは、経験上良く知っていたが変えなかった



冬が過ぎ、春が訪れ、憂鬱な梅雨が終わりを告げようとしていた
そんなある日……

「……その子供がこう言うの……『今度は落とさないでね』」
「「いやぁぁぁ」」
「それで親は怖くなって、また突き落としちゃうんだ」

やはり、都市伝説を歪めるのは簡単ではない

「子供また死ぬん?」
「それがさぁ、また怖いんだよ」
「死んでないんだ?」

たっぷりと間を取り応える

「……うん、生きてる……らしい」
「え~~! 溺れてないんだ! しぶといね!!」
「いや、溺れて沈んじゃいそうなんだけど……親のボートが見えなくなった頃に
 何とか泳いで岸まで辿り着くんだよ……そして、その後の行方は誰も知らない」
「あぁぁ、やっぱり怖いわ」
「わたしもうボート乗れない! 彼氏とボート乗れない!!」
「いや、その前にアンタ彼氏いないじゃん!」
「だよねぇぇぇ」

それからも何度か輪廻転生の少年の話を聞いた
いずれも、生きて行方知れずになった……
そんな話に落ち着いていた

*



"喫茶 ルーモア"

客が帰り、洗い物をしながら……
ふと、店内を見回すとテーブル席に

少年がいた

眩暈がしそうなほどに、強烈な既視感

ついさっき──皿を回収しにテーブルを周った時──には気付かなかった
いや……いなかったはずだ
ドアに付いた来客を知らせるベルも鳴ってはいなかった

涼しげな風貌の利発そうな少年、歳は8~10といったところか

真夏だというのに日焼けを全くしていない少年を見て

「プールや海には行かないのかい?」

と私は尋ねる

「水は……好きじゃない」

「……え?」
「……良い思い出が無いんだ」
「少しは……泳げる様になったんだろう?」
「…………少しは……ね」

そういって、ぷいっと顔を背けてしまった

怒っているわけじゃない
今なら良く判る---照れ隠し

「力が入ってるからじゃないかな?」

私がそう言うと、少年が返す

「泳げないと思って体に力が入ってしまうから……沈む
 力を抜けば自然に浮かぶ、後は静かに手足で水を掻けば良い……だろ?」

「ああ、人生も……同じだ」

私はそっとテーブルにアイスハニーミルクを置く
少年は、静かに飲み始める

「マスター(契約者)……やっぱりこれ、凄く……甘いや」
「……そうか」

私は何度も頷く

「……お帰り」

「……ただいま」

少年は、そう言って微笑む

私の頬を……熱い雫が滑り落ちていった



セミの鳴き声が、遠いどこかでしている
そんな気がした

今年もまた、暑い夏が……始まる



*


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