「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

単発 - ジューン・ブライド

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kemono

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ジューン・ブライド


 6月に結婚した花嫁は幸せになれるという。
 私が結婚したのは3年前の6月。あのときから私の幸せは始まった。
 夫の受け持った仕事が大当たりして、その功績で同期の誰よりも早い昇進を果たした。
 当時流行っていた主婦特許の番組を見て適当な思い付きを特許にしたら、大手の会社から特許の買取を受け、年収以上の臨時収入を得た。
 そのお金で株に手を出してみたら、直後にその会社が急成長。株価は右肩上がりし、資産はざっと3倍に増えた。
 この辺りで私は自分の幸運さに気付き、それを試してやろうと宝くじをバラで100枚購入した。
 結果は1等が0枚、2等が0枚、3等と特等が合わせて10枚で約一千万円。なぜか5等(100円)は一枚もなかった。
 私は確信した。「6月の花嫁は幸せになれるんだ」と。

 そして今も、幸せは続いている。
 夫には「仕事をやめて悠々自適に暮らしていいのよ?」と何度も言っているが、夫はかたくなに今の仕事を続けている。
 今となっては私の株や宝くじでの収益の方が多いというのに、なんでそこまで拒み続けるのか理解できない。
 ちなみに私が稼いだお金を、夫は一円たりとも使おうとしない。
 食費や光熱費や家のローン等は全て夫の稼いだお金から出ており、私の収入は純粋に私のお小遣いとなっている。
 これは全て夫の意思であり、私が何を言おうともこの方針を変えようとはしない。これも理解できない。
 それどころか、私にお金を稼がないで欲しいと常日頃から言ってくる。
 私は幸せになる努力をしているだけだというのに、なぜそれを咎められなければいけないのか。

「もう、やめにしないか。」

 そして今日もまた、私の幸せに対して言いたいことがあるようだ。

「……一体何が不満だって言うの?」

 料理の手を止めて夫に向き直る。手には包丁を持ったままだ。

「不満なんか無い。君のことは僕が幸せにする。だから君は、幸せを作らなくてもいいんだ。」
「私は「6月の花嫁」なの。だから私には幸せになる権利があるし、幸せになれる力がある。私は幸せよ?コウタさんは幸せじゃないの?」
「いや、僕も幸せだ。だが、この幸せは間違ってる。本当の幸せじゃない。」
「本当の幸せって何よ?ほどほどの収入で、ほどほどの家に住んで、ほどほどの生活を送ること?お金持ちはみんな本当の幸せを知らないっていうの?」

 夫に詰め寄り、夫の腹に包丁を軽く当てる。もちろん本当に刺すわけじゃない。これは小さな抗議。
 いつもこうすると、夫は黙って引いてくれる。
 でも今日は違う。覚悟を決めたような、慈しむような目で、真っ直ぐに私の目を見つめてくる。

「知って欲しいんだ。過ぎた幸せは身を滅ぼす…ってことを。」
「……相変わらず難しいこと言うのね。幸せは多い方がいいじゃない。私は今幸せ――――」

 夫の左手が私の右手に添えられ、夫の右手で体を抱き寄せられ、夫の顔が眼前に迫る。
 感じたものは、軽い驚愕。柔らかくあたたかい感触。肉を突き刺す嫌な感触。

「愛してるよ、サチコ…………」

 唇からもれる声は弱弱しく、でも私の脳に強く響いた。
 目の前で自分の夫が倒れるのが、テレビのスロー再生のように見えた。

 私は「6月の花嫁」。「6月の花嫁」は幸せになれる。目の前のコレは幸せ?
 違う。コウタさんがいない幸せなんてありえない。私は「6月の花嫁」。私は幸せ。
 私の幸せはコウタさんと過ごす日常。コウタさんと共に生きること。私は幸せ。
 だからコウタさんは私と共に生きる。コウタさんは死なない。私は幸せ。
 コウタさんがいなければ私は幸せではない。私は「6月の花嫁」ではない。私は幸せではない。
 違う。私は「6月の花嫁」。私は幸せ。でもコウタさんがいない。私は幸せではない。
 私は「6月の花嫁」ではない。私は幸せではない。コウタさんがいない。
 コウタさんが、私の幸せが、「6月の花嫁」が、ない。

 私の幸せって、何?

   ・
   ・
   ・

 現場には、物陰に隠れて見えない位置からビデオがまわされていた。
 最初に映っていたものは、自殺宣言ともとれる告白と、妻をいかに愛しているかという告白だった。
 そこで一度映像が途切れ、次に映ったのはカメラを物陰に設置する夫の姿だった。
 続いて買い物から帰った妻の姿。料理をする妻の姿。そして、夫の最期が映されていた。

『過ぎた幸せは身を滅ぼす。……どうかサチコに、人並みの幸せを。』

 告白の最後は、こう〆られていた。
 映像を停止してテープを抜き出すと、灰色のスーツの先輩警官と黒いスーツの後輩警官は、どちらからともなくため息を吐いた。

「やっぱり自殺……なんですかね?」
「そう見えるが、一度女に話を聞いて見ないとな。で、女の様子は?」
「まだ精神病院です。寝ても覚めてもあのときの光景がフラッシュバックするとかで、話ができる状態じゃありません。」
「はあ……はたから見りゃ幸せそうな家庭だってのに、何が悪かったのかね……。」
「なんだかやるせなくなる事件ですね……。ところで先輩、ちょっとこれ見て欲しいんですけど。」
「ん?何を見――――」

 パシュン
 先輩の目の前で短い音と小さな閃光が起きるが、ざわつく室内で先輩以外はそれに気付いた様子はない。
 青年は手に持ったペンライトのような物体をスーツの内側にしまい、呆けている先輩の手から資料とテープを抜き取った。

「じゃあこの資料、頂いておきますね。」
「……ん、なんだって?」
「やだなぁ先輩、言ってたじゃないですか。「もうほとんど解決した事件だから、あとはお前一人でやってみろ」って。」
「おお、そうか……うん、そうだったな。じゃあこの件はお前に任せたぞ。」
「了っ解です!ほとんど終わってるからって手は抜きませんので、その点はご心配なく。では僕はこれで。」

 黒いスーツの青年はきびすを返し、部屋を後にした。

    ・
    ・
    ・

 廊下を歩きながら先ほどの資料を鞄にしまい、懐から携帯電話を取り出す。
 慣れた手つきでそれを操作し、数コールの後、電話が繋がった。

「よう相棒。こっちはあらかた片付いたぞ。」

 先ほどとは明らかに違う口調で話す黒いスーツの青年。
 電話の向こうの声に何度か頷き、話を続ける。

「ああ、あの女は「6月の花嫁」の能力を使いすぎていた。暴走状態と言ってもいい。
 あのままじゃ遅かれ早かれ都市伝説に飲まれるか、よくて人格崩壊だったろうな。」

「あの男がそれを知ってたかどうかは知らねえが、あの行動は正解の一つではある。
 花婿がいなければ花嫁ではない。花嫁でなくなれば「6月の花嫁」は強制契約解除って寸法だ。」

「普通に離婚しただけなら、あの女は次の花婿候補を見つけて6月に結婚。無事に「6月の花嫁」と再契約を果たしていただろうさ。
 最愛の夫とああいう別れをしたからこそ、自分自身の幸せについて見つめなおせる……そう考えたんだろう。」

「……何、長話が過ぎる?長話じゃねえよ、報告だ報告。報告書?面倒だからお前書いといて。
 気にするな、いつものことだろ?ああ、だから今言った。確かに言った。おっと仕事を思い出した。じゃ、あとは頼んだ。ああ忙しい忙しい。」

 通話を切り、ついでに電源も切り、黒服の青年はひとりごちる。

「過ぎた幸せは身を滅ぼすが、過ぎた愛は人を殺す、ってね。幸せも愛も、ほどほどが一番いい。……あと仕事も。」

 ため息をつきながら警察署を後にする黒服。
 これでこの事件の顛末を知るものは、警察署内から一人もいなくなった。


【終】





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