狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ ◆dGUiIvN2Nw
あまりにも広い空間。神の奇跡によって作られた塔。
その場所で、刃と刃が交じりあっていた。
一撃を放つ度に空気が震え、風が押し寄せる。鎧で身をまとった男は、それでもその風を感じ取り、嬉々としていた。
敵の想像以上の成長。そして、その剣筋から分かる師の技。
楽しい。本当に楽しい。この一時のために自分は生き、そして死ぬのだ。
そんなことを、何の疑問も持たずに信じられるくらいに満たされていた。
その場所で、刃と刃が交じりあっていた。
一撃を放つ度に空気が震え、風が押し寄せる。鎧で身をまとった男は、それでもその風を感じ取り、嬉々としていた。
敵の想像以上の成長。そして、その剣筋から分かる師の技。
楽しい。本当に楽しい。この一時のために自分は生き、そして死ぬのだ。
そんなことを、何の疑問も持たずに信じられるくらいに満たされていた。
気付いた時、自分は地面に腰をおろしていた。もう立てない。剣を振るう気力もない。
自分の中に高揚感だけが残る。素晴らしい戦いだった。これほどの戦いを終えることができたのなら、もう悔いはない。
「俺は、あんたの剣に親父の剣を見ていた」
敵は言った。
自分の中にある師の剣。それをただひたすらに見つめ、昇りつめたのが敵の剣だった。
「あんたは親父の仇。そして、俺の師だ」
なんと嬉しい言葉だろうか。戦いで殉じる私に、親の仇である私に、騎士としての死を送ろうと言うのだ。
道が違えば、あと少し道が違えば、この男と共に戦場に立ち、背中を預けられる仲になっただろうか。
そんな有り得ない想像は、とても暖かく自分の身を包み、その精神すらも天上させるもので……
自分の中に高揚感だけが残る。素晴らしい戦いだった。これほどの戦いを終えることができたのなら、もう悔いはない。
「俺は、あんたの剣に親父の剣を見ていた」
敵は言った。
自分の中にある師の剣。それをただひたすらに見つめ、昇りつめたのが敵の剣だった。
「あんたは親父の仇。そして、俺の師だ」
なんと嬉しい言葉だろうか。戦いで殉じる私に、親の仇である私に、騎士としての死を送ろうと言うのだ。
道が違えば、あと少し道が違えば、この男と共に戦場に立ち、背中を預けられる仲になっただろうか。
そんな有り得ない想像は、とても暖かく自分の身を包み、その精神すらも天上させるもので……
そこで私は目を覚ました。
目を覚まし、辺りを見回し、そして自嘲した。
自分の人生に、自分の立場に、そして、自分の不甲斐なさに。
「馬鹿な。ガウェインの息子はもう死んだんだ」
死んだ。そう、死んだのだ。もう剣を交えることもない。師であるガウェインの剣は、もはやもう見ることもない。
先程の夢について考える。もしかしたら、私は死にたがっているのかもしれない。
誰か、正真正銘の騎士に殺されたがっているのかもしれない。
だが、そんな考えこそ馬鹿げたことだ。
私には主君がいる。命を投げ出して仕えるべき主君がいる。しかし……
目を覚まし、辺りを見回し、そして自嘲した。
自分の人生に、自分の立場に、そして、自分の不甲斐なさに。
「馬鹿な。ガウェインの息子はもう死んだんだ」
死んだ。そう、死んだのだ。もう剣を交えることもない。師であるガウェインの剣は、もはやもう見ることもない。
先程の夢について考える。もしかしたら、私は死にたがっているのかもしれない。
誰か、正真正銘の騎士に殺されたがっているのかもしれない。
だが、そんな考えこそ馬鹿げたことだ。
私には主君がいる。命を投げ出して仕えるべき主君がいる。しかし……
「しかし、ならば何故貴様はここにいる」
何者かの声。しかし、殺気は感じられない。
横目で確認し、その男がここにいることに疑問を抱くが、すぐにそれは消える。先程の男の問いかけが、自分の頭の中を駆け巡っていたからだ。
「貴様は知っているはずだ。道化の仕業に見せかけようと、この殺し合いの中心にいるのはきっとあの方だと。だが、それならば何故貴様は何も告げられていない?」
一言。ただ一言、死ねと仰るのならば、喜んでこの身を投げ出した。殺し合いに参加しろと言うのなら、幾千もの殺し合いの渦中に入り、優勝してみせた。
しかし、あの方は何も言わなかった。私にただの一言も告げなかった。
気付いた時には、男はいなかった。まるで幻覚か何かのように、姿を消していた。
「……何故なのですか。私は、それほどまでに信用に値しないのですか」
よろりと立ち上がる。体力は回復した。足を進めるのは、先程の声が聞こえた場所。
我が主の思惑も、その上にいる女神の思惑も、私にはわからない。
だが、迷ってはいられない。迷いは死に直結する。私は、この無念を切り捨てて、騎士として殺し合いに乗るのだ。
何者かの声。しかし、殺気は感じられない。
横目で確認し、その男がここにいることに疑問を抱くが、すぐにそれは消える。先程の男の問いかけが、自分の頭の中を駆け巡っていたからだ。
「貴様は知っているはずだ。道化の仕業に見せかけようと、この殺し合いの中心にいるのはきっとあの方だと。だが、それならば何故貴様は何も告げられていない?」
一言。ただ一言、死ねと仰るのならば、喜んでこの身を投げ出した。殺し合いに参加しろと言うのなら、幾千もの殺し合いの渦中に入り、優勝してみせた。
しかし、あの方は何も言わなかった。私にただの一言も告げなかった。
気付いた時には、男はいなかった。まるで幻覚か何かのように、姿を消していた。
「……何故なのですか。私は、それほどまでに信用に値しないのですか」
よろりと立ち上がる。体力は回復した。足を進めるのは、先程の声が聞こえた場所。
我が主の思惑も、その上にいる女神の思惑も、私にはわからない。
だが、迷ってはいられない。迷いは死に直結する。私は、この無念を切り捨てて、騎士として殺し合いに乗るのだ。
◇◇◇
あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんとおばあさんは、それはそれは心の優しい人でした。
ある時、おじいさんが山へ芝刈りに出掛けると、滝のほとりでとても美しい女の子と出会いました。大きなお月さまが水面に浮かぶ滝のほとり。女の子はこの世のものとは思えない着物を着て、水浸しでたおれていました。
まるで、水面の月から現れたお姫様のようでした。
優しいおじいさんはさっそくその子を連れて帰り、看病することにしました。おばあさんに事情を説明すると、快く彼女を介抱することに承諾し、二人で目を覚まさぬ女の子の世話をしました。
数日もした頃、ようやく女の子は目を覚ましました。
おじいさんとおばあさんは、おかゆを作って食べさせてやり、ゆっくりと話を聞くことにしました。
「お父さんとお母さんは?」
「いったいどこから来たの?」
しかし、女の子は首を振るばかりでした。女の子は、記憶を失っていたのです。
おじいさんとおばあさんは相談し、彼女を娘として育てることにしました。おじいさんとおばあさんは、子宝に恵まれずに過ごしてきました。だから、二人はその女の子を大層可愛がってやりました。
ある時、おじいさんが山へ芝刈りに出掛けると、滝のほとりでとても美しい女の子と出会いました。大きなお月さまが水面に浮かぶ滝のほとり。女の子はこの世のものとは思えない着物を着て、水浸しでたおれていました。
まるで、水面の月から現れたお姫様のようでした。
優しいおじいさんはさっそくその子を連れて帰り、看病することにしました。おばあさんに事情を説明すると、快く彼女を介抱することに承諾し、二人で目を覚まさぬ女の子の世話をしました。
数日もした頃、ようやく女の子は目を覚ましました。
おじいさんとおばあさんは、おかゆを作って食べさせてやり、ゆっくりと話を聞くことにしました。
「お父さんとお母さんは?」
「いったいどこから来たの?」
しかし、女の子は首を振るばかりでした。女の子は、記憶を失っていたのです。
おじいさんとおばあさんは相談し、彼女を娘として育てることにしました。おじいさんとおばあさんは、子宝に恵まれずに過ごしてきました。だから、二人はその女の子を大層可愛がってやりました。
女の子は不思議な力をもっていました。芽の出たばかりの花を咲かせたり、作物が腐るのを遅らせたりすることができたのです。
どうしてそんなことができるのか。それは女の子にもわからないことでした。
それを村の子供たちに見せると、途端にいじめられるようになりました。鬼の子と揶揄され、ひどい時は顔に痣をつくって家に帰って来ました。
それでも女の子は幸せでした。おじいさんとおばあさんが女の子を本当に可愛がってくれたからです。
猫舌の女の子のために、いつもふうふうと息を吹きかけておかゆを冷ましてくれたのはおばあさんでした。怪我をした時、傷薬を塗ってくれて、いじめた子供を叱ってくれたのはおじいさんでした。
女の子は幸せでした。この二人がいてくれればなにもいらない。そう思っていました。
どうしてそんなことができるのか。それは女の子にもわからないことでした。
それを村の子供たちに見せると、途端にいじめられるようになりました。鬼の子と揶揄され、ひどい時は顔に痣をつくって家に帰って来ました。
それでも女の子は幸せでした。おじいさんとおばあさんが女の子を本当に可愛がってくれたからです。
猫舌の女の子のために、いつもふうふうと息を吹きかけておかゆを冷ましてくれたのはおばあさんでした。怪我をした時、傷薬を塗ってくれて、いじめた子供を叱ってくれたのはおじいさんでした。
女の子は幸せでした。この二人がいてくれればなにもいらない。そう思っていました。
ある日のことです。
村人たちがおじいさんとおばあさんの家に押し寄せてきました。
彼らのねらいは、女の子が着ていた美しい着物でした。おじいさんとおばあさんは、ずっとそれを棚にしまって、けっして人前に出したりはしませんでしたが、ある日女の子がしゃべってしまったのでした。
山奥の村はとても貧乏でした。だから美しい着物を売ろうと村人たちが押し寄せて来たのです。
おじいさんとおばあさんは抵抗しました。
あの着物は女の子の身分を唯一証明できるものでした。もしかしたら、いつか記憶が戻るかもしれない。本当の両親がやって来るかもしれない。その時に、再びあの着物を着せて帰してやりたかったのです。
しかし、村人たちはそうは思いませんでした。おじいさんたちが着物を一人占めしようとしていると考えたのです。
村人たちは怒りました。老い先短い老人が、自分達よりも長生きしようとしている。そう言って憤慨しました。
村人たちは手に持っていた武器を振り上げました。鉈、鎌、斧、それは振り上げられては振り下ろされ、振り上げられては振り下ろされ、おじいさんとおばあさんを切り刻んでいきました。
村人たちがおじいさんとおばあさんの家に押し寄せてきました。
彼らのねらいは、女の子が着ていた美しい着物でした。おじいさんとおばあさんは、ずっとそれを棚にしまって、けっして人前に出したりはしませんでしたが、ある日女の子がしゃべってしまったのでした。
山奥の村はとても貧乏でした。だから美しい着物を売ろうと村人たちが押し寄せて来たのです。
おじいさんとおばあさんは抵抗しました。
あの着物は女の子の身分を唯一証明できるものでした。もしかしたら、いつか記憶が戻るかもしれない。本当の両親がやって来るかもしれない。その時に、再びあの着物を着せて帰してやりたかったのです。
しかし、村人たちはそうは思いませんでした。おじいさんたちが着物を一人占めしようとしていると考えたのです。
村人たちは怒りました。老い先短い老人が、自分達よりも長生きしようとしている。そう言って憤慨しました。
村人たちは手に持っていた武器を振り上げました。鉈、鎌、斧、それは振り上げられては振り下ろされ、振り上げられては振り下ろされ、おじいさんとおばあさんを切り刻んでいきました。
女の子はその様子を襖の隙間からじっと見つめていました。
傷薬の入った棚に血が飛び散るのを見つめていました。
いつもおかゆが入っていた鍋に肉塊が入るのを見つめていました。自分の過ごしてきた家が赤く染まる様子を、女の子はただじっと見つめていました。
女の子はおぼろげながら理解していました。
自分が着物のことを話したからこんなことになったんだと。自分が鬼の子で、おじいさんたちの子じゃなかったからこうなったんだと。
しかし、女の子は思いました。どうしておじいさんたちは抵抗なんかしたのだろう。どうして、村人たちに着物のことを話さなかったんだろう。
おじいさんもおばあさんも、本当は私なんてどうでもよかったんじゃないか。ただ、私が着ていた服を取っておきたかったんじゃないか。老い先短い老人が、長生きしたいために村人たちを、自分を騙していたんじゃないか。
傷薬の入った棚に血が飛び散るのを見つめていました。
いつもおかゆが入っていた鍋に肉塊が入るのを見つめていました。自分の過ごしてきた家が赤く染まる様子を、女の子はただじっと見つめていました。
女の子はおぼろげながら理解していました。
自分が着物のことを話したからこんなことになったんだと。自分が鬼の子で、おじいさんたちの子じゃなかったからこうなったんだと。
しかし、女の子は思いました。どうしておじいさんたちは抵抗なんかしたのだろう。どうして、村人たちに着物のことを話さなかったんだろう。
おじいさんもおばあさんも、本当は私なんてどうでもよかったんじゃないか。ただ、私が着ていた服を取っておきたかったんじゃないか。老い先短い老人が、長生きしたいために村人たちを、自分を騙していたんじゃないか。
とつぜん、襖が開けられました。村人たちは女の子を鬼のような目で睨んでいました。
しかし女の子は、すでに頭がぐるぐるで、まったく動くことができませんでした。
女の子はけられました。なぐられました。子供たちになぐられるよりもずっとずっと苦しくて痛いものでした。
女の子ははじめて恐怖しました。ぎらりと光る鎌や斧が、本当に怖いと感じました。
数人が家を荒らし、他の村人はみんなで女の子を囲んでいました。
なにかもっとおそろしいことがはじまる。女の子は直感しました。もっともっとおぞましいなにかがはじまる。
にげないと。にげないと。にげないと。
心臓はばくばく音をたてていました。呼吸をするたびに、隠し持っていた銀のナイフが背中に当たりました。
それは、女の子の宝物でした。
自分が拾われたあの日、自分と共に捨てられていたナイフ。おじいさんは、それを女の子のものだと言い、毎日研いだり磨いたりしてくれていたものでした。
女の子の、たったひとつの宝物でした。
きっと、これを使えば村人たちもおじいさんたちみたいになる。女の子はそう思いました。
しかし女の子は、すでに頭がぐるぐるで、まったく動くことができませんでした。
女の子はけられました。なぐられました。子供たちになぐられるよりもずっとずっと苦しくて痛いものでした。
女の子ははじめて恐怖しました。ぎらりと光る鎌や斧が、本当に怖いと感じました。
数人が家を荒らし、他の村人はみんなで女の子を囲んでいました。
なにかもっとおそろしいことがはじまる。女の子は直感しました。もっともっとおぞましいなにかがはじまる。
にげないと。にげないと。にげないと。
心臓はばくばく音をたてていました。呼吸をするたびに、隠し持っていた銀のナイフが背中に当たりました。
それは、女の子の宝物でした。
自分が拾われたあの日、自分と共に捨てられていたナイフ。おじいさんは、それを女の子のものだと言い、毎日研いだり磨いたりしてくれていたものでした。
女の子の、たったひとつの宝物でした。
きっと、これを使えば村人たちもおじいさんたちみたいになる。女の子はそう思いました。
村人たちがいっせいに女の子に襲いかかろうとしたとき、そのナイフを振り回しました。
十秒、二十秒、三十秒。手が痛くなるまで振り続け、ようやくナイフを取り落とした時、異変に気付きました。
だれも動いてない。人だけじゃない。取り落としたナイフが、地面に突き刺さる直前で止まっていました。
ナイフを振り回す時、自分の心で唱えた魔法の呪文を思い出しました。
十秒、二十秒、三十秒。手が痛くなるまで振り続け、ようやくナイフを取り落とした時、異変に気付きました。
だれも動いてない。人だけじゃない。取り落としたナイフが、地面に突き刺さる直前で止まっていました。
ナイフを振り回す時、自分の心で唱えた魔法の呪文を思い出しました。
時よ、止まれ
女の子の願いは実現しました。
とつぜん生温かいものが全身に降りかかりました。
女の子の周りに立っていた村人たちは、みんな真っ赤になってたおれていました。
女の子は立ち上がり、その様子を見下ろしました。
そして、ようやく自分が何をしたのかを悟りました。女の子は、はじめて人を殺しました。
異変に気付いた他の村人が女の子に向かって走って来ました。
今度はさっきよりも簡単に時間が止まりました。
そして、もっと簡単にナイフを振るいました。
女の子は村人を全員殺し、そのまま村を出ました。ふと、女の子は夜空に浮かぶ月を見つめました。飛び散った血が目に入ったのか、その月は真っ赤に染まっているように見えました。
女の子は思いました。
人間なんて──
女の子の周りに立っていた村人たちは、みんな真っ赤になってたおれていました。
女の子は立ち上がり、その様子を見下ろしました。
そして、ようやく自分が何をしたのかを悟りました。女の子は、はじめて人を殺しました。
異変に気付いた他の村人が女の子に向かって走って来ました。
今度はさっきよりも簡単に時間が止まりました。
そして、もっと簡単にナイフを振るいました。
女の子は村人を全員殺し、そのまま村を出ました。ふと、女の子は夜空に浮かぶ月を見つめました。飛び散った血が目に入ったのか、その月は真っ赤に染まっているように見えました。
女の子は思いました。
人間なんて──
「信じない」
そう言葉にした時、ようやく自分が目を覚ましたことに気がついた。
思わず舌打ちし、鬱陶しい日光を遮断するために目を腕で覆った。
そう言葉にした時、ようやく自分が目を覚ましたことに気がついた。
思わず舌打ちし、鬱陶しい日光を遮断するために目を腕で覆った。
「ほんっと、嫌な夢」
まるで子供のように泣きじゃくる千枝を、咲夜は平然と見下ろしていた。
「嘘だよ。こんなの嘘だ……。せっかく。せっかく会えたのに……。せ、せっかく……」
そう言ったかと思うとまたぼろぼろと涙を流す。
鬱陶しくて仕方がない。と、いつもなら思うだろうが、今はそうは思わなかった。先程の夢が影響しているのかもしれない。
(どうしてあの時、私は泣かなかったのかしら……)
自分は冷たい人間なんだろう。涙なんて、初めから枯れてしまっていたのだろう。
きっと自分は、お嬢様が死んだとしても泣いたりはしない。だというのに、里中千枝は外聞も捨てて泣き喚いている。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
咲夜はそのことを羨ましいと思ってしまった。
「嘘だよ。こんなの嘘だ……。せっかく。せっかく会えたのに……。せ、せっかく……」
そう言ったかと思うとまたぼろぼろと涙を流す。
鬱陶しくて仕方がない。と、いつもなら思うだろうが、今はそうは思わなかった。先程の夢が影響しているのかもしれない。
(どうしてあの時、私は泣かなかったのかしら……)
自分は冷たい人間なんだろう。涙なんて、初めから枯れてしまっていたのだろう。
きっと自分は、お嬢様が死んだとしても泣いたりはしない。だというのに、里中千枝は外聞も捨てて泣き喚いている。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
咲夜はそのことを羨ましいと思ってしまった。
「……千枝。そろそろ話、始めるわよ」
全員が疲労困憊ながらも起きていた。
千枝は雪子の亡骸を抱いて泣き止むことはなかったが、それでもその音量は幾分かましになった。
「ピカチュウのおかげで判明した拡声器の声。内容を簡潔に言うと、『瀬多、レミリア、幽香、アドレーヌの四人が殺し合いに乗っている』というものだ。そうだね? ピカチュウ」
ピカチュウはこくこくと頷いた。
「声の主も分かっている。霧雨魔理沙。咲夜の話ではまず殺し合いに乗るような人間じゃないらしい。そしてそれは殺し合いに乗っているはずの他の四人も」
「ええ。私がいる以上、お嬢様が殺し合いに乗るなんて有り得ない。そもそも、何かに乗せられるのが大嫌いな方だし、それは花の妖怪だって同じはずよ」
「アドレーヌが殺し合いなんてするわけない! ぜったい何かの間違いだよ」
「瀬多総司も殺し合いに乗るような人間じゃない。そうだね?」
オタコンの言葉に、千枝は力なく頷いた。
「それは……どういうわけなんでござるか?」
キョウが疑問に思うのも当然だ。全員が殺し合いに乗るような人間じゃない。だというのに、内容は明らかな内部分裂を意味している。
「普通に考えて、大人数で優勝を狙うチームというのは少し現実味に欠ける。優勝者一人を決める殺し合いで、仲間を多く作っても最終的に殺し合う敵が増えるだけだからね。
それに聞いた様子だと、少なくともレミリアや幽香がチームを組んで殺し合いに乗っているとは少し考えられない」
この二人はそれぞれ十分な強者だ。殺し合いに乗る可能性はありそうだが、能力的にも性格的にもチームは組まないだろう。
「だとするなら……魔理沙が乗っている可能性が高い、か」
咲夜の発言は確かに的を得たものだ。しかし、魔理沙が殺し合いに乗っている可能性は低いと言ったのは咲夜だ。なのに咲夜は、自分の主張をいとも簡単に撤回した。
「君は魔理沙を信用してたんじゃないのかい?」
オタコンの言葉に、咲夜は冷笑で返した。
「人間って、そんなに信用できるもの?」
オタコンには、できると即答できなかった。何故なら、咲夜の瞳の奥に、確かな孤独を見たからだ。
「できる!」
「拙者も!」
カービィとキョウが一斉に叫ぶ。しかし咲夜に無視され、二人はしょぼくれた。
「……君達二人、ボロボロなのによくそんな元気がでるね」
オタコンの皮肉に、二人は照れ笑いで返した。
本当に元気なものだ。オタコンはため息をついた。
全員が疲労困憊ながらも起きていた。
千枝は雪子の亡骸を抱いて泣き止むことはなかったが、それでもその音量は幾分かましになった。
「ピカチュウのおかげで判明した拡声器の声。内容を簡潔に言うと、『瀬多、レミリア、幽香、アドレーヌの四人が殺し合いに乗っている』というものだ。そうだね? ピカチュウ」
ピカチュウはこくこくと頷いた。
「声の主も分かっている。霧雨魔理沙。咲夜の話ではまず殺し合いに乗るような人間じゃないらしい。そしてそれは殺し合いに乗っているはずの他の四人も」
「ええ。私がいる以上、お嬢様が殺し合いに乗るなんて有り得ない。そもそも、何かに乗せられるのが大嫌いな方だし、それは花の妖怪だって同じはずよ」
「アドレーヌが殺し合いなんてするわけない! ぜったい何かの間違いだよ」
「瀬多総司も殺し合いに乗るような人間じゃない。そうだね?」
オタコンの言葉に、千枝は力なく頷いた。
「それは……どういうわけなんでござるか?」
キョウが疑問に思うのも当然だ。全員が殺し合いに乗るような人間じゃない。だというのに、内容は明らかな内部分裂を意味している。
「普通に考えて、大人数で優勝を狙うチームというのは少し現実味に欠ける。優勝者一人を決める殺し合いで、仲間を多く作っても最終的に殺し合う敵が増えるだけだからね。
それに聞いた様子だと、少なくともレミリアや幽香がチームを組んで殺し合いに乗っているとは少し考えられない」
この二人はそれぞれ十分な強者だ。殺し合いに乗る可能性はありそうだが、能力的にも性格的にもチームは組まないだろう。
「だとするなら……魔理沙が乗っている可能性が高い、か」
咲夜の発言は確かに的を得たものだ。しかし、魔理沙が殺し合いに乗っている可能性は低いと言ったのは咲夜だ。なのに咲夜は、自分の主張をいとも簡単に撤回した。
「君は魔理沙を信用してたんじゃないのかい?」
オタコンの言葉に、咲夜は冷笑で返した。
「人間って、そんなに信用できるもの?」
オタコンには、できると即答できなかった。何故なら、咲夜の瞳の奥に、確かな孤独を見たからだ。
「できる!」
「拙者も!」
カービィとキョウが一斉に叫ぶ。しかし咲夜に無視され、二人はしょぼくれた。
「……君達二人、ボロボロなのによくそんな元気がでるね」
オタコンの皮肉に、二人は照れ笑いで返した。
本当に元気なものだ。オタコンはため息をついた。
「……行こう」
突然、千枝がすっくと立ち上がった。
「もう嫌だ。もう誰も死んでほしくない。瀬多君には……絶対死んでほしくない。だから行こう」
涙を腕で吹きながら、千枝は言った。
オタコンとしては、その提案に乗るのもありだと考えていた。
可能性は低いながら、魔理沙が単純に四人を誤解したという可能性も捨て切れないからだ。一体どうしてそれほどまでに誤解を広げる結果となったのかは甚だ疑問だが、それでもそういう可能性がある以上、同志と接触するのは悪いことじゃない。
それになにより、レミリアや幽香、瀬多とは早く合流したいという気持ちが強かった。
「……僕達は満身創痍と言ってもいい。そして、これから行くところにはおそらく、さらなる戦いの火種があるだろう。反論があるなら聞くよ」
オタコンが全員に問いかける。が、全員が首を振った。
「やれやれ。君達はほんと疲れ知らずだね」
オタコンが盛大なため息をついて、立ち上がった。
「なら行こう。きっと、僕達にも出来ることがあるはずだ」
突然、千枝がすっくと立ち上がった。
「もう嫌だ。もう誰も死んでほしくない。瀬多君には……絶対死んでほしくない。だから行こう」
涙を腕で吹きながら、千枝は言った。
オタコンとしては、その提案に乗るのもありだと考えていた。
可能性は低いながら、魔理沙が単純に四人を誤解したという可能性も捨て切れないからだ。一体どうしてそれほどまでに誤解を広げる結果となったのかは甚だ疑問だが、それでもそういう可能性がある以上、同志と接触するのは悪いことじゃない。
それになにより、レミリアや幽香、瀬多とは早く合流したいという気持ちが強かった。
「……僕達は満身創痍と言ってもいい。そして、これから行くところにはおそらく、さらなる戦いの火種があるだろう。反論があるなら聞くよ」
オタコンが全員に問いかける。が、全員が首を振った。
「やれやれ。君達はほんと疲れ知らずだね」
オタコンが盛大なため息をついて、立ち上がった。
「なら行こう。きっと、僕達にも出来ることがあるはずだ」
ごめんね、雪子。お墓も作らないで行くことになるけど……。でも、あんたは恨まないよね。誰かを助けるためだって知ったら、きっとあんたはわかってくれる。そう信じられるんだ。
私たち、ずっと一緒だったよね。マヨナカテレビのことがあった後も、ずっと仲良しでいられた。本当の親友だった。
……あんたの爆笑癖がもう見られないのが辛い。あんたのまずい料理が食べられないのが、本当に辛い。
でも、私はもう振り向かないよ。雪子の分も生きる。そう決めた。生きて生きて生き抜いて、きっとあんたの墓を作ってあげる。
天城旅館のすぐ傍で、こんな殺し合いなんて無縁な、平和なあの町に。
私たち、ずっと一緒だったよね。マヨナカテレビのことがあった後も、ずっと仲良しでいられた。本当の親友だった。
……あんたの爆笑癖がもう見られないのが辛い。あんたのまずい料理が食べられないのが、本当に辛い。
でも、私はもう振り向かないよ。雪子の分も生きる。そう決めた。生きて生きて生き抜いて、きっとあんたの墓を作ってあげる。
天城旅館のすぐ傍で、こんな殺し合いなんて無縁な、平和なあの町に。
全員が移動を始めた時、咲夜は一人、黒焦げになった男を見つめていた。
殺し合いが始まり最初に出会った戦闘狂。行くところ行くところ現れて、執拗にこちらを狙ってきた鬱陶しい男。
「本当に、ストーカーかと思うくらいにしつこいオジサマだったわね。まあでも、その凄惨な死に様を見れば、少しは気が晴れたわ」
そう呟き、皆と合流しようとした時だった。
殺し合いが始まり最初に出会った戦闘狂。行くところ行くところ現れて、執拗にこちらを狙ってきた鬱陶しい男。
「本当に、ストーカーかと思うくらいにしつこいオジサマだったわね。まあでも、その凄惨な死に様を見れば、少しは気が晴れたわ」
そう呟き、皆と合流しようとした時だった。
──し……ん……──
声が聞こえた。
聞こえるはずのない場所から。
死んだはずの人間から。
思わず、咲夜振り向いた。
聞こえるはずのない場所から。
死んだはずの人間から。
思わず、咲夜振り向いた。
「でなあああああい!!!」
ぎょろりと見開かれた瞳が咲夜を射抜き、まっ黒になった手が伸びてその足を掴む。
思わず転び、助けを求めて声を出そうとするが、驚きのあまり何も言えない。
(と、時を止めないと! 時を……)
「どしたの?」
言われて、ハッとする。
自分の目の前にあるのは、まっ黒になった男の死体だった。
こちらを睨んだりしていない。
足を掴まれてもいない。
「……幻覚、か」
そう呟くも、何となく嫌な感覚が払拭できず、咲夜は逃げるようにその場を後にした。
思わず転び、助けを求めて声を出そうとするが、驚きのあまり何も言えない。
(と、時を止めないと! 時を……)
「どしたの?」
言われて、ハッとする。
自分の目の前にあるのは、まっ黒になった男の死体だった。
こちらを睨んだりしていない。
足を掴まれてもいない。
「……幻覚、か」
そう呟くも、何となく嫌な感覚が払拭できず、咲夜は逃げるようにその場を後にした。
◇◇◇
『みんな聞いてくれ!! あいつらは殺し合いに乗ってる!! 絶対に言い包められちゃ駄目だ!!』
走りながら、それでも魔理沙は叫び続ける。
少しでも多くの人間に聞いてもらえるように。少しでも自分達と同じ良心のある参加者を突き動かすために。
だがそれも長くは続かなかった。
『瀬多もレミリアも幽香もアドレーヌも! 全員が殺し──
襟首を掴まれる感触。身体が浮遊する感覚。
かと思うと、目の前に地面が広がる。
「ぐえっ!!」
拡声器を思わず手放す。幽香はそれを蹴って、魔理沙から引き離す。
「さて。もう余興は終わりよ。ここには瀬多もアドレーヌもいない。あんたを煮るなり焼くなり、私の好きなようにできる」
ごきりと指を鳴らす。
どれだけ暴れようと魔理沙を押さえつける腕は一切力が衰えることがない。
「あ、足立! 足立、助けてくれ!!」
叫びながら足立の方を見て……愕然とする。
足立は逃げていた。
徹頭徹尾逃げていた。
こっちを振り向きもしない。声をかけもしない。
ただ幽香から逃げていた。
「ちっ。あいつも殴り殺してやろうと思ってたのに」
嘘だ。足立があたしを置いて逃げるなんて嘘だ。
首を振り、現実を否定するかのように嘘だ嘘だと魔理沙は呟く。
「嘘? 何を言っているの。これは現実よ。その証拠に──」
ボキッ
何かが折れる音がした。
「がああああ!!!」
「ほら。痛いでしょ? 目が覚めたかしら」
腕があらぬ方向に曲がっている。
痛い。痛い!
涙を流しながら呻き声をあげる魔理沙を無視して、幽香は胸倉を掴んで持ち上げる。
「お前はやってはいけないことをした。人間の脆弱な精神なんて知ったことじゃないけどね。それに巻き込まれるのだけは我慢ならないの。何の罪もないあの子が巻き込まれるのは特に……ね!!」
木に叩きつけられ、一瞬息ができなくなる。
「ねえ。あなたはどうやったらあの子を傷つけないでいてくれるのかしら。その舌を引っこ抜けばいいの? それとも四肢を切断したら大人しくなる? どうなのよ。何とか言ってみなさい!!」
魔理沙の目に映る幽香は、まさに妖怪だった。
理解不能。
絶対的な力。
言葉一つ一つに圧倒される。蒼く禍々しいオーラが幽香の周りに漂っている気さえしてくる。
死にたくない。殺されたくない。
走りながら、それでも魔理沙は叫び続ける。
少しでも多くの人間に聞いてもらえるように。少しでも自分達と同じ良心のある参加者を突き動かすために。
だがそれも長くは続かなかった。
『瀬多もレミリアも幽香もアドレーヌも! 全員が殺し──
襟首を掴まれる感触。身体が浮遊する感覚。
かと思うと、目の前に地面が広がる。
「ぐえっ!!」
拡声器を思わず手放す。幽香はそれを蹴って、魔理沙から引き離す。
「さて。もう余興は終わりよ。ここには瀬多もアドレーヌもいない。あんたを煮るなり焼くなり、私の好きなようにできる」
ごきりと指を鳴らす。
どれだけ暴れようと魔理沙を押さえつける腕は一切力が衰えることがない。
「あ、足立! 足立、助けてくれ!!」
叫びながら足立の方を見て……愕然とする。
足立は逃げていた。
徹頭徹尾逃げていた。
こっちを振り向きもしない。声をかけもしない。
ただ幽香から逃げていた。
「ちっ。あいつも殴り殺してやろうと思ってたのに」
嘘だ。足立があたしを置いて逃げるなんて嘘だ。
首を振り、現実を否定するかのように嘘だ嘘だと魔理沙は呟く。
「嘘? 何を言っているの。これは現実よ。その証拠に──」
ボキッ
何かが折れる音がした。
「がああああ!!!」
「ほら。痛いでしょ? 目が覚めたかしら」
腕があらぬ方向に曲がっている。
痛い。痛い!
涙を流しながら呻き声をあげる魔理沙を無視して、幽香は胸倉を掴んで持ち上げる。
「お前はやってはいけないことをした。人間の脆弱な精神なんて知ったことじゃないけどね。それに巻き込まれるのだけは我慢ならないの。何の罪もないあの子が巻き込まれるのは特に……ね!!」
木に叩きつけられ、一瞬息ができなくなる。
「ねえ。あなたはどうやったらあの子を傷つけないでいてくれるのかしら。その舌を引っこ抜けばいいの? それとも四肢を切断したら大人しくなる? どうなのよ。何とか言ってみなさい!!」
魔理沙の目に映る幽香は、まさに妖怪だった。
理解不能。
絶対的な力。
言葉一つ一つに圧倒される。蒼く禍々しいオーラが幽香の周りに漂っている気さえしてくる。
死にたくない。殺されたくない。
「待て幽香!!」
突然、声が聞こえた。
足立だ。そんな希望的観測を持ってそちらを見ると、そこには瀬多総司が立っていた。
瀬多は魔理沙の様子を見て、それから幽香を見た。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうもないわ。これ以上馬鹿な真似をしないように少し調教していただけよ」
「いくらなんでもやり過ぎだ。足立が逃げた時点で、魔理沙との誤解は解ける。痛めつける必要なんてない」
「だから? それはあんたの考えであって私の考えじゃない。便宜上あんたがリーダーみたいな役回りだったけど、ここにきて私がそれに従う必要なんてない」
「……確かにそうだ。だから俺は理屈で喋っている。これ以上、誰かを傷つけるのは無意味だ。お前にとっても。アドレーヌにとっても」
幽香がぴくりと反応する。
「今のお前を見て、アドレーヌが喜ぶとでも思ってるのか? 頭を冷やせ幽香。いつものお前らしくない」
「……何よそれ。いつもの私って一体何? あなたは私の何を知ってるっていうの? なんでも見透かしているような言い方は止めてくれないかしら。本当に……うざったい!!」
半歩だけ、瀬多は下がった。
下がらざるを得なかった。
妖怪の本気の殺意をまともに受ければ、誰でも下がる。その中でも半歩で済んだ瀬多は相当意思の強い部類だろう。
その時、ようやく瀬多は、毒々しく輝く蒼いオーラが幽香の周りを蠢いているのを見て取った。
(……なんだ、あれは?)
瀬多は知っている。
このオーラの正体を瀬多は知っている。
(……まさかッ!)
内心の焦燥を押さえ、瀬多は極力冷静さを装って口を開いた。
「……幽香。デイバックを見せてくれないか? 今回の件は全面的に俺が悪かった。だからデイバックを見せ……いや、渡してくれ。それで俺は引き下がる」
「良い心がけね。けど、さっき言った言葉をもう忘れたの? あなたの命令を聞く義理なんて──」
「いいから渡せ!!」
瀬多の焦りさえ感じさせる怒声に、幽香は目を細めた。
「決して開けるな。バックの中を開けずに、俺に渡すんだ。ゆっくりと、慎重に」
いくら頭に血が昇っていても、瀬多の慌てぶりが異常だということはわかる。
幽香は大人しくそれに従うことにする。どうせ支給品など自分にはいらない。
肩からバックを降ろし、それを放り投げる。
その一連の動作の最中、一瞬だけ手が緩んだ。
魔理沙を持ち上げていた手の力が。
「うわああああ!!!」
好機とばかりに魔理沙が弾幕を発射する。手が塞がっていた幽香は、咄嗟にバックでそれをガードした。
「や、止めろ!!」
バックが破れ、中の物が飛散する。
地図、コンパス、食料……そして、蒼白く光る一つのメダルが。
「幽香!! それに触るな!! 一瞬でも触れたら駄目だ!!!」
瀬多は思わず駆け出した。だが、もはやどうにもならないことだった。宙に飛んだメダルは虚空を舞い、そのまま──
足立だ。そんな希望的観測を持ってそちらを見ると、そこには瀬多総司が立っていた。
瀬多は魔理沙の様子を見て、それから幽香を見た。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうもないわ。これ以上馬鹿な真似をしないように少し調教していただけよ」
「いくらなんでもやり過ぎだ。足立が逃げた時点で、魔理沙との誤解は解ける。痛めつける必要なんてない」
「だから? それはあんたの考えであって私の考えじゃない。便宜上あんたがリーダーみたいな役回りだったけど、ここにきて私がそれに従う必要なんてない」
「……確かにそうだ。だから俺は理屈で喋っている。これ以上、誰かを傷つけるのは無意味だ。お前にとっても。アドレーヌにとっても」
幽香がぴくりと反応する。
「今のお前を見て、アドレーヌが喜ぶとでも思ってるのか? 頭を冷やせ幽香。いつものお前らしくない」
「……何よそれ。いつもの私って一体何? あなたは私の何を知ってるっていうの? なんでも見透かしているような言い方は止めてくれないかしら。本当に……うざったい!!」
半歩だけ、瀬多は下がった。
下がらざるを得なかった。
妖怪の本気の殺意をまともに受ければ、誰でも下がる。その中でも半歩で済んだ瀬多は相当意思の強い部類だろう。
その時、ようやく瀬多は、毒々しく輝く蒼いオーラが幽香の周りを蠢いているのを見て取った。
(……なんだ、あれは?)
瀬多は知っている。
このオーラの正体を瀬多は知っている。
(……まさかッ!)
内心の焦燥を押さえ、瀬多は極力冷静さを装って口を開いた。
「……幽香。デイバックを見せてくれないか? 今回の件は全面的に俺が悪かった。だからデイバックを見せ……いや、渡してくれ。それで俺は引き下がる」
「良い心がけね。けど、さっき言った言葉をもう忘れたの? あなたの命令を聞く義理なんて──」
「いいから渡せ!!」
瀬多の焦りさえ感じさせる怒声に、幽香は目を細めた。
「決して開けるな。バックの中を開けずに、俺に渡すんだ。ゆっくりと、慎重に」
いくら頭に血が昇っていても、瀬多の慌てぶりが異常だということはわかる。
幽香は大人しくそれに従うことにする。どうせ支給品など自分にはいらない。
肩からバックを降ろし、それを放り投げる。
その一連の動作の最中、一瞬だけ手が緩んだ。
魔理沙を持ち上げていた手の力が。
「うわああああ!!!」
好機とばかりに魔理沙が弾幕を発射する。手が塞がっていた幽香は、咄嗟にバックでそれをガードした。
「や、止めろ!!」
バックが破れ、中の物が飛散する。
地図、コンパス、食料……そして、蒼白く光る一つのメダルが。
「幽香!! それに触るな!! 一瞬でも触れたら駄目だ!!!」
瀬多は思わず駆け出した。だが、もはやどうにもならないことだった。宙に飛んだメダルは虚空を舞い、そのまま──
幽香の手に触れた。
瀬多に突風が襲いかかり、思わず腕でガードする。それでも吹き飛ばされそうになるほどの風。前を見ていられない。そちらに近づくことさえ出来ない。
途端、眩しいほどの光が辺りを包む。
それらが収まった時、その中心にいたのは、……最強の妖怪だった。
心なしか肌の色が黒ずみ、服もどこかおどろおどろしい碧に変わっている。
これはもはや幽香ではない。本物の化け物だ。
だが、幽香はじっとしていた。
放心状態なのか、今はただ地面を見つめているだけだ。
銅像のようにまったく動かない。
このままずっと立ち尽くしているだけな気さえしてくる。
(だが、あれが俺の知っているメダリオンなら……、事態はそんな簡単なものじゃない)
そう。今瀬多は最大のピンチを迎えていた。
放送前の、四人の襲撃者などよりも遥かに危険な場面を迎えていた。
「あ、……あ……」
幽香の手は既に魔理沙から離れている。今なら逃げ出すことも可能だ。だが、魔理沙は腰が抜けているのか動こうとしない。
「……魔理沙。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから、俺のところへ来るんだ」
できるだけ刺激しないように。瀬多自身もじりじりと魔理沙に近づく。
魔理沙が地面に手をつけたその時。
ぴくりと幽香の指が動いた。
思わず動きを止める。
瀬多の心臓はこれでもかというくらいのスピードで高鳴っている。
「……大丈夫。大丈夫だ。魔理沙。こっちに──」
幽香の腕が動いた。魔理沙のすぐ後ろにある木を片手で掴む。人間の胴体を優に超える太さのそれを片手で持つのは物理的に不可能だ。
しかし幽香は、その指を幹に食い込ませ、まるで大根でも引っこ抜いているかのような気軽さで、ずぶずぶと音をたててその根を日の元へ曝す。
「魔理沙。来い。はやくこっちに来い!!」
もう怯えてなどいられない。瀬多は、魔理沙は、幽香が何をしようとしているのかを直感的に理解した。
瀬多が走る。
魔理沙が地面に膝をつけたままその場から離れようとする。
狂気を感じさせる笑みを幽香は浮かべる。その血走った瞳は、明らかに常軌を逸したものだった。
引き抜かれた大木を大きく掲げる。その先にいるのは魔理沙だ。
「手を伸ばせ!! 魔理沙!!!」
声にならない声をあげ、魔理沙は必死に手を伸ばす。
瀬多も走りながら手を伸ばす。
瀬多の手が、魔理沙の手を掴むその瞬間。
途端、眩しいほどの光が辺りを包む。
それらが収まった時、その中心にいたのは、……最強の妖怪だった。
心なしか肌の色が黒ずみ、服もどこかおどろおどろしい碧に変わっている。
これはもはや幽香ではない。本物の化け物だ。
だが、幽香はじっとしていた。
放心状態なのか、今はただ地面を見つめているだけだ。
銅像のようにまったく動かない。
このままずっと立ち尽くしているだけな気さえしてくる。
(だが、あれが俺の知っているメダリオンなら……、事態はそんな簡単なものじゃない)
そう。今瀬多は最大のピンチを迎えていた。
放送前の、四人の襲撃者などよりも遥かに危険な場面を迎えていた。
「あ、……あ……」
幽香の手は既に魔理沙から離れている。今なら逃げ出すことも可能だ。だが、魔理沙は腰が抜けているのか動こうとしない。
「……魔理沙。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから、俺のところへ来るんだ」
できるだけ刺激しないように。瀬多自身もじりじりと魔理沙に近づく。
魔理沙が地面に手をつけたその時。
ぴくりと幽香の指が動いた。
思わず動きを止める。
瀬多の心臓はこれでもかというくらいのスピードで高鳴っている。
「……大丈夫。大丈夫だ。魔理沙。こっちに──」
幽香の腕が動いた。魔理沙のすぐ後ろにある木を片手で掴む。人間の胴体を優に超える太さのそれを片手で持つのは物理的に不可能だ。
しかし幽香は、その指を幹に食い込ませ、まるで大根でも引っこ抜いているかのような気軽さで、ずぶずぶと音をたててその根を日の元へ曝す。
「魔理沙。来い。はやくこっちに来い!!」
もう怯えてなどいられない。瀬多は、魔理沙は、幽香が何をしようとしているのかを直感的に理解した。
瀬多が走る。
魔理沙が地面に膝をつけたままその場から離れようとする。
狂気を感じさせる笑みを幽香は浮かべる。その血走った瞳は、明らかに常軌を逸したものだった。
引き抜かれた大木を大きく掲げる。その先にいるのは魔理沙だ。
「手を伸ばせ!! 魔理沙!!!」
声にならない声をあげ、魔理沙は必死に手を伸ばす。
瀬多も走りながら手を伸ばす。
瀬多の手が、魔理沙の手を掴むその瞬間。
ぐしゃ
魔理沙の頭は、まるで卵か何かのように大木に押しつぶされた。
魔理沙の血が瀬多の頬に飛び散る。
一瞬の思考停止。
その状態を、幽香は嬉々として見つめていた。
「……ああ、そうか。そういうことか、イザナミ」
込み上げて来るのは、笑い。しかしその胸の内は、張り裂けんばかりの怒りでいっぱいだった。
「これがお前の狙いかあああああああああああああ!!!」
魔理沙の血が瀬多の頬に飛び散る。
一瞬の思考停止。
その状態を、幽香は嬉々として見つめていた。
「……ああ、そうか。そういうことか、イザナミ」
込み上げて来るのは、笑い。しかしその胸の内は、張り裂けんばかりの怒りでいっぱいだった。
「これがお前の狙いかあああああああああああああ!!!」
◇◇◇
「拡声器の声が止んだな」
「……」
「そろそろ戻って来ても良い頃合いなんだがな」
「……」
「……ちっ。こんなことなら、瀬多からあの手品について学んでおけばよかった」
体育座りで蹲るアドレーヌの周りをうろつきながら、レミリアは一人呟いた。
別に気を遣う必要なんてない。いくら落ち込んでいようが知ったことではない。
だが、たった二人でいる時に、こうも見るからにしょぼくれられていてはどうにも気分が悪い。
かといって、下手な慰めをしても効果がないのだ。必然的にやるせない苛立ちが募ってくる。
「シャンハイ!!」
「ん? 何だお前。……外? 馬鹿を言うな。私が外に出たら……駄目だろう。吸血鬼的に」
「シャンハイ!!」
「違う? 何が言いたいんだ、まったく……」
レミリアが腹立たしそうに舌打ちする。
基本的に我儘で堪え性のないレミリアが、上海人形の難解なコミュニケーション方法に付き合える訳がない。
「……瀬多さんの、声」
「ん?」
アドレーヌがか細い声で言った。
「瀬多さんの声が聞こえるって、言いたいんじゃないでしょうか」
「ああ、そういうことか。お前、なかなか理解力があるな」
レミリアなりの元気づけるための言葉も、アドレーヌは無反応だった。
再び舌打ち。
「……で? 瀬多の声が聞こえたからなんなんだ?」
「それは……」
「シャンハイ……」
「…………」
レミリアはつくづく思った。
この三人に、考え事は似合わないと。
「……」
「そろそろ戻って来ても良い頃合いなんだがな」
「……」
「……ちっ。こんなことなら、瀬多からあの手品について学んでおけばよかった」
体育座りで蹲るアドレーヌの周りをうろつきながら、レミリアは一人呟いた。
別に気を遣う必要なんてない。いくら落ち込んでいようが知ったことではない。
だが、たった二人でいる時に、こうも見るからにしょぼくれられていてはどうにも気分が悪い。
かといって、下手な慰めをしても効果がないのだ。必然的にやるせない苛立ちが募ってくる。
「シャンハイ!!」
「ん? 何だお前。……外? 馬鹿を言うな。私が外に出たら……駄目だろう。吸血鬼的に」
「シャンハイ!!」
「違う? 何が言いたいんだ、まったく……」
レミリアが腹立たしそうに舌打ちする。
基本的に我儘で堪え性のないレミリアが、上海人形の難解なコミュニケーション方法に付き合える訳がない。
「……瀬多さんの、声」
「ん?」
アドレーヌがか細い声で言った。
「瀬多さんの声が聞こえるって、言いたいんじゃないでしょうか」
「ああ、そういうことか。お前、なかなか理解力があるな」
レミリアなりの元気づけるための言葉も、アドレーヌは無反応だった。
再び舌打ち。
「……で? 瀬多の声が聞こえたからなんなんだ?」
「それは……」
「シャンハイ……」
「…………」
レミリアはつくづく思った。
この三人に、考え事は似合わないと。
◇◇◇
(俺が幽香に勝てる可能性は万に一つもない)
幽香と対峙した瀬多は、勤めて冷静に考える。
(かといって、手がないわけじゃない)
そう。魔理沙が使っていた拡声器だ。あれを使えば、レミリアに助けを呼べる。
しかし、それは今の瀬多からすればあまりにも遠過ぎる位置にある。
あれを取りに行くのに五秒はかかる。自分が百回くらい殺されてもお釣りがくるほどの時間だ。
それはあまりにも大きな五秒。
(問題はどうやって時間を稼ぐか。そして、どうやってあそこに近づくか)
幽香に理性はない。それは幽香の様子を見ればよくわかる。
幽香はもはや言葉も通じない化け物になっていた。
ゆっくりとポケットを弄り、小型銃を取り出す。
幽香は魔理沙を壊すことに夢中で、こちらに気付いてさえいない。だが、気付かれた時は終わりだ。
魔理沙のように一瞬で死ぬ。
じりじりと目的のそれまで近づく。
銃口を幽香に向けながらも、じりじりじりじりと。
ぴたりと、幽香の動きが止まり、ぎらりとこちらを見る。
躊躇いは一切なかった。瀬多は銃弾を発射させた。
腕を狙ったのだが、図らずもそれは顔に命中した。
(しまった!)
さすがの幽香といえども顔に弾丸を撃ち込まれたら致命傷だろう。なんとか正気を取り戻させたい瀬多は、心の中で悔いた。
が、それはすぐに無用なものだったと知ることになる。
顔を仰け反らせるようにしていた幽香が、こちらを見つめる。
歯と歯の間に、一つの鉛弾を咥えて。
「冗談……だろ」
ばきり、と音をたてて弾をかみ砕く。
瀬多はもはやその姿を見ていなかった。
もう考えてなどいられない。すぐに目標のそれへと急ぐ。
「あった! 拡声器!!」
それを掴んだ瞬間、瀬多の第六感が大音量で警報をあげた。
視認すらしている暇はない。
「ラクカジャ!!」
咄嗟に防御力をあげるスキルを発動させる。その瞬間、瀬多の腹に大木が命中した。
「ごふっ!!」
何メートルと宙を飛び、そのまま地面に叩きつけられる。
「ラクカジャをかけて……この威力……か」
しかも幽香はまるきり遊んでいるような様子。そもそも、本気で殺すつもりなら片手で攻撃したりしない。
瀬多はそっと腹をなぞった。あばらが数本折れている。内臓が無事だったのは奇跡的だった。
(これじゃあ、助けを呼んでる時間もない)
しかし、諦める訳にはいかない。
幽香と対峙した瀬多は、勤めて冷静に考える。
(かといって、手がないわけじゃない)
そう。魔理沙が使っていた拡声器だ。あれを使えば、レミリアに助けを呼べる。
しかし、それは今の瀬多からすればあまりにも遠過ぎる位置にある。
あれを取りに行くのに五秒はかかる。自分が百回くらい殺されてもお釣りがくるほどの時間だ。
それはあまりにも大きな五秒。
(問題はどうやって時間を稼ぐか。そして、どうやってあそこに近づくか)
幽香に理性はない。それは幽香の様子を見ればよくわかる。
幽香はもはや言葉も通じない化け物になっていた。
ゆっくりとポケットを弄り、小型銃を取り出す。
幽香は魔理沙を壊すことに夢中で、こちらに気付いてさえいない。だが、気付かれた時は終わりだ。
魔理沙のように一瞬で死ぬ。
じりじりと目的のそれまで近づく。
銃口を幽香に向けながらも、じりじりじりじりと。
ぴたりと、幽香の動きが止まり、ぎらりとこちらを見る。
躊躇いは一切なかった。瀬多は銃弾を発射させた。
腕を狙ったのだが、図らずもそれは顔に命中した。
(しまった!)
さすがの幽香といえども顔に弾丸を撃ち込まれたら致命傷だろう。なんとか正気を取り戻させたい瀬多は、心の中で悔いた。
が、それはすぐに無用なものだったと知ることになる。
顔を仰け反らせるようにしていた幽香が、こちらを見つめる。
歯と歯の間に、一つの鉛弾を咥えて。
「冗談……だろ」
ばきり、と音をたてて弾をかみ砕く。
瀬多はもはやその姿を見ていなかった。
もう考えてなどいられない。すぐに目標のそれへと急ぐ。
「あった! 拡声器!!」
それを掴んだ瞬間、瀬多の第六感が大音量で警報をあげた。
視認すらしている暇はない。
「ラクカジャ!!」
咄嗟に防御力をあげるスキルを発動させる。その瞬間、瀬多の腹に大木が命中した。
「ごふっ!!」
何メートルと宙を飛び、そのまま地面に叩きつけられる。
「ラクカジャをかけて……この威力……か」
しかも幽香はまるきり遊んでいるような様子。そもそも、本気で殺すつもりなら片手で攻撃したりしない。
瀬多はそっと腹をなぞった。あばらが数本折れている。内臓が無事だったのは奇跡的だった。
(これじゃあ、助けを呼んでる時間もない)
しかし、諦める訳にはいかない。
バックから連射可能なトンプソンを取り出し、瀬多は迷うことなく銃口を引いた。
「うおおおおおっ!!!」
雨あられと飛ぶ弾丸を、しかし幽香は避けようとさえしない。まるで鋼鉄でできているかのように、その身体は傷一つついている様子がなかった。
(正真正銘の化け物だ。こんなの……どう足掻いても倒せない!!)
すぐに弾は切れた。カチカチとトリガーを引いても何も出てこない。
幽香は瀬多の目の前まで近づくと、そのまま銃の先端を掴み、握り潰す。
これで武器はもうなくなった。
万事休すだ。
思わず膝を折る。
目の前に幽香が迫る。
「……幽香、聞け」
無反応。
「俺だ。瀬多総司だ。わかるだろ。番長だなんだって、みんなから散々からかわれてた奴だ」
笑みを絶やさず、その大木を瀬多に向ける。
「お前がどう思ってたのかは知らないけどな。……俺は。俺は三人といて……楽しかった。こんなところに放り込まれたけど、三人に会えて……良かったって……。畜生。何言ってるんだ俺は……」
我慢できなかった。泣いてる場合なんかじゃない。そう分かっていても、止められなかった。
幽香がその手に力を入れるのがわかった。もう何秒もしないうちに、この大木は自分を貫く。そう分かっていても、瀬多は逃げることもなく叫んだ。
「いい加減目を覚ませよ!! イザナミなんかの思い通りになって悔しくないのかよ!! お前は、アドレーヌのことも忘れちまったのか!!!」
止まらない。幽香の狂気は止まらない。
幽香の大木が、真っすぐ瀬多へと走った。
「うおおおおおっ!!!」
雨あられと飛ぶ弾丸を、しかし幽香は避けようとさえしない。まるで鋼鉄でできているかのように、その身体は傷一つついている様子がなかった。
(正真正銘の化け物だ。こんなの……どう足掻いても倒せない!!)
すぐに弾は切れた。カチカチとトリガーを引いても何も出てこない。
幽香は瀬多の目の前まで近づくと、そのまま銃の先端を掴み、握り潰す。
これで武器はもうなくなった。
万事休すだ。
思わず膝を折る。
目の前に幽香が迫る。
「……幽香、聞け」
無反応。
「俺だ。瀬多総司だ。わかるだろ。番長だなんだって、みんなから散々からかわれてた奴だ」
笑みを絶やさず、その大木を瀬多に向ける。
「お前がどう思ってたのかは知らないけどな。……俺は。俺は三人といて……楽しかった。こんなところに放り込まれたけど、三人に会えて……良かったって……。畜生。何言ってるんだ俺は……」
我慢できなかった。泣いてる場合なんかじゃない。そう分かっていても、止められなかった。
幽香がその手に力を入れるのがわかった。もう何秒もしないうちに、この大木は自分を貫く。そう分かっていても、瀬多は逃げることもなく叫んだ。
「いい加減目を覚ませよ!! イザナミなんかの思い通りになって悔しくないのかよ!! お前は、アドレーヌのことも忘れちまったのか!!!」
止まらない。幽香の狂気は止まらない。
幽香の大木が、真っすぐ瀬多へと走った。
瞬間、トラックが突っ込んできた。
幽香は吹き飛び、そのまま地面に叩きつけられ、死体のようにごろごろと転がる。
何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
「瀬多君! 大丈夫!?」
トラックから千枝が降りて来る。他にも三人。眼鏡をかけた男と、和服の女性、丸くて桃色の奇妙な生物。
千枝以外の人間は初対面だ。しかし、彼らが自分の味方だということはすぐにわかった。
千枝に手を借り、立ち上がる。
「……助かった。ありがとう、千枝」
涙を拭い、瀬多は言った。
そうだ。今は悲嘆している場合じゃない。この状態をどうにかしたかったら、戦うしかないんだ。戦って、戦って、そして、正気を取り戻させるしかない。
思わぬところで出会えた仲間。だが喜びを分かち合っている暇はない。
遠く飛ばされ倒れ伏していた幽香がむくりと起き上がる。
「ちょ、ちょっと! トラックで吹っ飛ばされて、なんであんなに元気なのよ!」
「……任せるでござる。さすがに全速力ならば堪える筈!!」
トラックのタイヤが急速に回転する。その瞬間、凄まじいスピードで幽香へと突進する。
幽香は笑っている。ただただ笑い、その拳を構えた。
その様子に、瀬多はぞっとする。
「ま、待て! トラックから……っ!!」
聞こえていない。ただ叫んだだけでは聞こえるはずがない。
瀬多は全速力で駆けて行き、落ちていた拡声器を掴んで叫んだ。
『トラックから降りろ!! 危険だ!!!』
瀬多の声が響き、すぐにトラックのドアからキョウが転がり落ちてきた。
瀬多はほっと胸を撫で下ろす。キョウが素直な人間でよかった。
だが、撫で下ろしたはずの胸は、すぐに凍りつくことになる。
トラックから千枝が降りて来る。他にも三人。眼鏡をかけた男と、和服の女性、丸くて桃色の奇妙な生物。
千枝以外の人間は初対面だ。しかし、彼らが自分の味方だということはすぐにわかった。
千枝に手を借り、立ち上がる。
「……助かった。ありがとう、千枝」
涙を拭い、瀬多は言った。
そうだ。今は悲嘆している場合じゃない。この状態をどうにかしたかったら、戦うしかないんだ。戦って、戦って、そして、正気を取り戻させるしかない。
思わぬところで出会えた仲間。だが喜びを分かち合っている暇はない。
遠く飛ばされ倒れ伏していた幽香がむくりと起き上がる。
「ちょ、ちょっと! トラックで吹っ飛ばされて、なんであんなに元気なのよ!」
「……任せるでござる。さすがに全速力ならば堪える筈!!」
トラックのタイヤが急速に回転する。その瞬間、凄まじいスピードで幽香へと突進する。
幽香は笑っている。ただただ笑い、その拳を構えた。
その様子に、瀬多はぞっとする。
「ま、待て! トラックから……っ!!」
聞こえていない。ただ叫んだだけでは聞こえるはずがない。
瀬多は全速力で駆けて行き、落ちていた拡声器を掴んで叫んだ。
『トラックから降りろ!! 危険だ!!!』
瀬多の声が響き、すぐにトラックのドアからキョウが転がり落ちてきた。
瀬多はほっと胸を撫で下ろす。キョウが素直な人間でよかった。
だが、撫で下ろしたはずの胸は、すぐに凍りつくことになる。
突進するトラック。
それに合わせるようにカウンターを放つ幽香。
轟音。
トラックが紙細工のように粉砕され、宙を飛ぶ。
上空十数メートルというところで、トラックはガソリンが引火して爆発した。
まるで手打ち花火。バラバラと残骸が降り落ちるにも関わらず、全員が愕然として空を見上げていた。
それに合わせるようにカウンターを放つ幽香。
轟音。
トラックが紙細工のように粉砕され、宙を飛ぶ。
上空十数メートルというところで、トラックはガソリンが引火して爆発した。
まるで手打ち花火。バラバラと残骸が降り落ちるにも関わらず、全員が愕然として空を見上げていた。
「すうううぅぅぅう!!」
瀬多達に降り注ぐ小さな残骸が、一所に集まる。炎を纏った残骸が集まってできた大きなゴミを、カービィは一気に飲み込んだ。
「ファイアーカービィ参上!!」
突然、真っ赤な身体になったカービィがポーズを決める。
そのシュールな様子を見て、ようやく全員が我に返った。
瀬多達に降り注ぐ小さな残骸が、一所に集まる。炎を纏った残骸が集まってできた大きなゴミを、カービィは一気に飲み込んだ。
「ファイアーカービィ参上!!」
突然、真っ赤な身体になったカービィがポーズを決める。
そのシュールな様子を見て、ようやく全員が我に返った。
「……この中で、あの化け物とまともに戦える自信のある奴はいるか?」
瀬多の言葉に誰もが口を閉ざしていた。
それで瀬多は理解した。レミリアクラスの参加者はこの中にいない。
「よし。なら──」
「待ってくれ。状況を教えてくれないか? 僕達は君の悪評を聞いて来たんだ」
「悪いが今は信用してくれとしか言えない。目の前の敵に対処したい。協力してくれ」
幽香はぐるぐると腕を回す。まるで、準備運動は済んだとでも言わんばかりだ。
「ねえ。これって……現実?」
「現実だ。あいつには銃だって効かない。……戦える人間はなんとか幽香の足を止めてくれ。スピードはあまり速くない。が、力と耐久力は次元が違う。まともに相手しようとは思うな」
「どうするつもり? あれ、花の妖怪でしょ」
「知ってるのか。なら、今の状況がどういうものかわかるだろ」
「少なくとも、血の池地獄に足を突っ込んでしまったってことは分かるわ。けど、あれは本当に風見幽香? まるで──」
「暴走だ。その通り。俺達と幽香は仲間だった。今はあのメダルのせいでおかしくなってる」
「メダル?」
幽香の手に握られたメダルを瀬多が指差す。
「あれを引き剥がすのは、今の俺達じゃ不可能だ。だから助っ人を呼ぶ。その間、幽香の相手をしていてくれ」
咲夜は一瞬だけ迷った。
その言い分を受けるということは、要は瀬多だけが安全圏に避難し、こちらで幽香を取り押さえろということだからだ。
「優しいな」
突然の瀬多の言葉に、咲夜は思わずはぁ?と呟いてしまった。
「俺を疑うということは、お前にとって、それだけ他の四人が大切だということだ」
「……はっ。とんだ甘ちゃんのセリフね。私はただ人を信用してないだけよ」
「誰かを信用しないことで、誰かを守れることもある。それは優しさだ」
ふいに先程の夢を思い浮かべる。
おじいさんとおばあさんは、どうして村人たちに着物の話をしなかったのだろうか。あの当時は、やましいことを考えていたからだと決めつけていた。それは今でも変わらない。
(……信用しない……優しさ)
おじいさんたちが村人を信用しなかったのは……、もしかしたら……
そこまで考えて、ぶんぶんと頭を振った。今考えるべきはそんなことじゃない。
「頼んだぞ。咲夜」
「は? ちょ、ちょっと、どうして私の名前を……」
「レミリアから聞いてる。なんとなく、そんな感じがしたんだ」
お嬢様がいる。
もっとよく聞こうと詰め寄るよりも先に、瀬多は後ろに下がって拡声器のスイッチをオンにした。
瀬多の言葉に誰もが口を閉ざしていた。
それで瀬多は理解した。レミリアクラスの参加者はこの中にいない。
「よし。なら──」
「待ってくれ。状況を教えてくれないか? 僕達は君の悪評を聞いて来たんだ」
「悪いが今は信用してくれとしか言えない。目の前の敵に対処したい。協力してくれ」
幽香はぐるぐると腕を回す。まるで、準備運動は済んだとでも言わんばかりだ。
「ねえ。これって……現実?」
「現実だ。あいつには銃だって効かない。……戦える人間はなんとか幽香の足を止めてくれ。スピードはあまり速くない。が、力と耐久力は次元が違う。まともに相手しようとは思うな」
「どうするつもり? あれ、花の妖怪でしょ」
「知ってるのか。なら、今の状況がどういうものかわかるだろ」
「少なくとも、血の池地獄に足を突っ込んでしまったってことは分かるわ。けど、あれは本当に風見幽香? まるで──」
「暴走だ。その通り。俺達と幽香は仲間だった。今はあのメダルのせいでおかしくなってる」
「メダル?」
幽香の手に握られたメダルを瀬多が指差す。
「あれを引き剥がすのは、今の俺達じゃ不可能だ。だから助っ人を呼ぶ。その間、幽香の相手をしていてくれ」
咲夜は一瞬だけ迷った。
その言い分を受けるということは、要は瀬多だけが安全圏に避難し、こちらで幽香を取り押さえろということだからだ。
「優しいな」
突然の瀬多の言葉に、咲夜は思わずはぁ?と呟いてしまった。
「俺を疑うということは、お前にとって、それだけ他の四人が大切だということだ」
「……はっ。とんだ甘ちゃんのセリフね。私はただ人を信用してないだけよ」
「誰かを信用しないことで、誰かを守れることもある。それは優しさだ」
ふいに先程の夢を思い浮かべる。
おじいさんとおばあさんは、どうして村人たちに着物の話をしなかったのだろうか。あの当時は、やましいことを考えていたからだと決めつけていた。それは今でも変わらない。
(……信用しない……優しさ)
おじいさんたちが村人を信用しなかったのは……、もしかしたら……
そこまで考えて、ぶんぶんと頭を振った。今考えるべきはそんなことじゃない。
「頼んだぞ。咲夜」
「は? ちょ、ちょっと、どうして私の名前を……」
「レミリアから聞いてる。なんとなく、そんな感じがしたんだ」
お嬢様がいる。
もっとよく聞こうと詰め寄るよりも先に、瀬多は後ろに下がって拡声器のスイッチをオンにした。
化け物。言い得て妙だとオタコンは思った。
オタコンはシングルアクションアーミーを連射し、キョウは釘打ち機。咲夜のピカチュウと千枝、そしてファイアーカービィ(本人命名)は遠距離攻撃で敵を翻弄する。
が、敵はまったくダメージなしだ。それどころか何もないかのようにまっすぐこちらに向かって来る。
サイボーグ忍者に襲われた時だってこれほどの恐怖はなかった。一度彼女に捕まれば、一瞬でその命が尽きる。
「はああ!!」
気合の声と共にカービィが幽香に詰め寄り、炎を纏った剣を振るう。
その力は千枝のタルカジャによって上げられている。だがまともに斬り合うのではない。あくまでも相手を吹き飛ばす攻撃。こちらは時間さえ稼げればいいのだ。
そういう意味では、まったくガードも避けもしない幽香はやりやすい相手ともいえた。
オタコンはシングルアクションアーミーを連射し、キョウは釘打ち機。咲夜のピカチュウと千枝、そしてファイアーカービィ(本人命名)は遠距離攻撃で敵を翻弄する。
が、敵はまったくダメージなしだ。それどころか何もないかのようにまっすぐこちらに向かって来る。
サイボーグ忍者に襲われた時だってこれほどの恐怖はなかった。一度彼女に捕まれば、一瞬でその命が尽きる。
「はああ!!」
気合の声と共にカービィが幽香に詰め寄り、炎を纏った剣を振るう。
その力は千枝のタルカジャによって上げられている。だがまともに斬り合うのではない。あくまでも相手を吹き飛ばす攻撃。こちらは時間さえ稼げればいいのだ。
そういう意味では、まったくガードも避けもしない幽香はやりやすい相手ともいえた。
銃弾の嵐の中、幽香は再び大木を引き抜いた。
「あ、あれはまずい!!」
何の躊躇もなく、それを横なぎに振り払う。カービィが体当たりするようにしてそれを受け止めようとする。
だが、止まらない。カービィの力では、止めることができない。
そのまま全員を巻き込んで大木は大きな円を描いた。
幽香がきょとんとする。
全員を一気に叩きつぶす攻撃だったのに、全員が無事だったからだ。
「はぁ、はぁ。……まったく、同情するわ。私が時を止めることができるってことも、完全に忘れてしまっているようね」
ぎりぎりのところで時を止め、足払いで木と地面の間にできた小さな隙間に全員を非難させたのだ。
なんとか全滅は免れた。だが、その大木は未だ幽香の手にある。もう一度同じ攻撃をされたら、避けられる自信はない。
(まずいわね。これで均衡も崩れた。幽香が直接襲ってきたら、一溜まりも……)
その時だった。一本の槍が、幽香の足元に刺さった。
それは、咲夜のよく知る、紅く光る槍だった。
「……お嬢様」
『いいぞ! 位置はぴったりだ!! ありったけの弾幕で敵を押しつぶしてくれ!!』
「あ、あれはまずい!!」
何の躊躇もなく、それを横なぎに振り払う。カービィが体当たりするようにしてそれを受け止めようとする。
だが、止まらない。カービィの力では、止めることができない。
そのまま全員を巻き込んで大木は大きな円を描いた。
幽香がきょとんとする。
全員を一気に叩きつぶす攻撃だったのに、全員が無事だったからだ。
「はぁ、はぁ。……まったく、同情するわ。私が時を止めることができるってことも、完全に忘れてしまっているようね」
ぎりぎりのところで時を止め、足払いで木と地面の間にできた小さな隙間に全員を非難させたのだ。
なんとか全滅は免れた。だが、その大木は未だ幽香の手にある。もう一度同じ攻撃をされたら、避けられる自信はない。
(まずいわね。これで均衡も崩れた。幽香が直接襲ってきたら、一溜まりも……)
その時だった。一本の槍が、幽香の足元に刺さった。
それは、咲夜のよく知る、紅く光る槍だった。
「……お嬢様」
『いいぞ! 位置はぴったりだ!! ありったけの弾幕で敵を押しつぶしてくれ!!』
◇◇◇
瀬多の声が聞こえ、屋敷の壁向こうからレミリアはため息をついた。
「おいアドレーヌ。お前は外に出ておけ。瀬多がこれほどに言う相手だ。生半可な奴じゃないだろう」
アドレーヌは戸惑いがちに頷くと、屋敷の外へ出て行った。
「さて。姿も見えない敵を相手に、一つ本気を出そうじゃないか」
両手に魔力を溜め、槍を形成する。
何の躊躇もない。
何の遠慮もない。
レミリアは、瀬多に言われた通り、あらん限りの弾幕を、壁の向こうの敵に放った。
「おいアドレーヌ。お前は外に出ておけ。瀬多がこれほどに言う相手だ。生半可な奴じゃないだろう」
アドレーヌは戸惑いがちに頷くと、屋敷の外へ出て行った。
「さて。姿も見えない敵を相手に、一つ本気を出そうじゃないか」
両手に魔力を溜め、槍を形成する。
何の躊躇もない。
何の遠慮もない。
レミリアは、瀬多に言われた通り、あらん限りの弾幕を、壁の向こうの敵に放った。
◇◇◇
それはまるで流星群のようだった。
無数の槍が幽香めがけて放たれる。
地面が抉れ、隆起し、それでも留まることを知らない。
さしもの幽香も、これには防御するしかない。大木を前に掲げ、槍の猛襲を最小限に抑えている。
「よし! 押してるぞ!」
「……あなた、随分お嬢様に気に入られてるようね。なかなか気難しい方なのに」
普通に考えて、姿も見えない相手に全力で攻撃しろなどと言われ、簡単に頷く者はまずいない。この殺し合いの中、魔力の枯渇は誰にとっても死活問題だからだ。
よほどの信頼関係がない限りできない芸当。
「俺はあいつの部下だからな。レミリア曰く、主が部下の言う事を信じないわけにはいかない、だそうだ」
「なるほどね」
主従ごっこが好きなお嬢様らしい言い分だ。咲夜は一人そう思った。
「倒せる、の? あいつ、あれで倒せるかな」
「決めつけるのは早い。だが、今の俺達にできることはない。……念の為、草むらに隠れておこう」
銃弾さえものともしない幽香だ。生半可な攻撃などでは意識を逸らすこともままならない。それに、レミリアは日光の下に出て来ることはできないのだ。
幽香がレミリアに集中し、その場から動かないこの状況でないと、レミリアはまともに戦えない。
下手な攻撃でこちらにターゲットを絞られるのは、愚策以外の何物でもないのだ。
無数の槍が幽香めがけて放たれる。
地面が抉れ、隆起し、それでも留まることを知らない。
さしもの幽香も、これには防御するしかない。大木を前に掲げ、槍の猛襲を最小限に抑えている。
「よし! 押してるぞ!」
「……あなた、随分お嬢様に気に入られてるようね。なかなか気難しい方なのに」
普通に考えて、姿も見えない相手に全力で攻撃しろなどと言われ、簡単に頷く者はまずいない。この殺し合いの中、魔力の枯渇は誰にとっても死活問題だからだ。
よほどの信頼関係がない限りできない芸当。
「俺はあいつの部下だからな。レミリア曰く、主が部下の言う事を信じないわけにはいかない、だそうだ」
「なるほどね」
主従ごっこが好きなお嬢様らしい言い分だ。咲夜は一人そう思った。
「倒せる、の? あいつ、あれで倒せるかな」
「決めつけるのは早い。だが、今の俺達にできることはない。……念の為、草むらに隠れておこう」
銃弾さえものともしない幽香だ。生半可な攻撃などでは意識を逸らすこともままならない。それに、レミリアは日光の下に出て来ることはできないのだ。
幽香がレミリアに集中し、その場から動かないこの状況でないと、レミリアはまともに戦えない。
下手な攻撃でこちらにターゲットを絞られるのは、愚策以外の何物でもないのだ。