591 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/12(火) 01:31:41 ID:dctHVirv
「……まあ、どんな動物もとってきて構いませんとは、言いましたが」
知恵が、いくらなんでも、良識というものがあるでしょう。と言いたげに、俺を見る。
3時限目が終わり、今日最後の授業である4時限目に間に合うように、生徒達を学校に戻したのだが。
……さすがに、捨て置くというわけにもいくまい。そんな暇も、なかったしな。
すっかり梨花に懐き、彼女の周りを回るように動いている――、巨大ヘビを。
「……で。本当にスネーク先生。どうするんですか、これ?」
「……食って構わんというなら、そうするが」
冗談でもそんなこと言うと、ものすごく悲しい顔をするんだよ、梨花が。
「……みー。ヘビは本当にかわいそかわいそなのです。このままじゃスネークに頭から齧られて共食いされるのです」
きっと彼女の頭の中では、今晩にでも俺がアナコンダを蒲焼にして食うことを予想しているのだろう。
「……さて、どうしたものかな」
俺と知恵が、ヘビの今後の身の振り方を模索していたのだが。
「うむ! スネーク先生。知恵先生。ここは私にまかされよ」
校長が、話は聞かせてもらったと言わんばかりに颯爽と登場する。俺を押しのけ、梨花の隣にいる巨大ヘビと視線を合わせる。
ヘビのつぶらな瞳と、校長の鷹のような三白眼が交差する。
……その状態で、数分が経過し。
「うむ! 決めましたぞ。先生方!」
開眼したかのように、校長が決断した。
「ど、どうするんです?」
知恵が、恐る恐る尋ねる。
「飼います」
「……は?」
知恵が、ぽかんとした。後ろにいる生徒の何人かも、口をあんぐりと開ける。
「あのー。校長先生? それ、マジですか」
「冗談でこういうことは申しません。飼うと言ったら飼うんです」
そんな無茶な。と子供達の何人かはそう言うが。
「無茶でも何でもありません。鶏小屋や小鳥小屋、ウサギ小屋などはあっても、ヘビ小屋を作ってはいけないという決まりは何処にもない!」
まあ確かに、それはそうなんだろうが。
「いやしかし……、子供達の父兄から苦情がくるかもしれませんし」
「大丈夫です。もうこのヘビは、人に危害を加えることは無い」
やけに自信たっぷりに、校長は答える。
「……校長。それについての根拠は?」
俺は尋ねる。
「このヘビの、瞳を見ました。……一点の曇りも無い。私はその純真さを信じます」
ああ――。つまり、その、なんだ。
校長……、ヘビがわりと、好き、なんだろうな。
とりあえず校長室のスペースの一部を、ヘビ小屋に改造し、ゆくゆくは、子供達に生態観察の一環として提供する。……ようだった。
「なにはともあれ……。一件、落着か」
「ヘビもこれでスネークに今晩のご飯にされなくてすんで良かったのですよ」
にぱー。と、彼女が笑顔で言った。
 
592 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/12(火) 01:42:46 ID:dctHVirv
「ちょ、ちょっとまったぁ! まぁだ問題残ってるぅー!」
魅音が、腕を前に突き出して、そんなことを言う。
「……何かあったか?」
「いやそりゃ大アリでしょ旦那! おじさん達と先生の戦いが、いつの間にか勝者梨花ちゃんで終わっちゃってるし!」
「気にするな。もう済んだことだ」
「いやそーゆーわけにもいかないっしょ! ねえ圭ちゃん?!」
「…………あ? ……なんか、……言った、か。魅音……」
机に突っ伏したまま、圭一が答える。
「圭一くん。ずいぶんグロッキーだね。なにかあったのかな? かな?」
「気にするなレナ」
察してやってくれ。
「魅音。僕も部活の一員ですよ。それとも……、参加資格がないから今回の勝利は認められませんか?」
残念そうな表情で、梨花が部長に問う。
「あー、うーん。確かに梨花ちゃんは部活メンバーだし。けど今回は身長制限かけてたし。……でも梨花ちゃんアナコンダ捕まえちゃったしなあ……」
うむむ。となにやら考え込む魅音。
「別に悩むほどのものでもあるまい」
俺が助け舟を出す。
「つまり、スネーク先生としてはどうお考えで?」
魅音がリポーターのような仕草で、俺の顔に腕を突き出す。
……どうであれ、俺がアナコンダを捕獲できなかったことには違いはない。
最後の局面。梨花があの状態から勝利をものにしたのは、危険を顧みずに、大きな賭けにでたからだ。
成功する確率はどれほどのものだったか――。決して高い確率ではないことは、確かだった。
失敗すれば――、大惨事でもおかしくない、状況だった。
幾ばくかの年月しかすぎていない彼女が、自らの命を餌にするという愚を、褒め称えられるわけがない。
だが、そうすることでしか、勝利することができなかった。少なくとも、彼女はそう考えた。
そして、無謀とも言うべき――、命綱の放棄。
しかし結果として、俺は敗北し――、彼女は勝利した。
その一点においてだけは、評価しても、いいのではないかと、思った。
だから。
「俺の負けだ……。梨花、君が優勝だ」
心の底から、そう思った。
梨花の顔を見る。
その顔は――、微笑んでいて。周りの皆にも、笑顔が、あって。そして。
「よっしゃ――っ!! 言質とった――っ!!」
魅音がはしゃぎ、レナが拍手する。圭一は……、突っ伏したままだったが、その顔には、悪意とも取れる笑顔が、あって。
……どうなってる。
「いえ――い!! 部活メンバーがスネークに勝った――っ!! さーて。そんじゃいくかねー。おまちかねの――ばっつげえぇっむぅ――――っ!!!」
「「「「待ってました――――――っ!!!」」」」
魅音の掛け声に、クラス全員が呼応する。
これは、まさか。
「そんじゃねえ。おじさんは是非ともスネークにネコミミスク水メイド(首輪つき)で村中闊歩してもらいたいんだよねー」
「えっと、レナはね。先生にカネーオサンデーズのおじさんの格好でお持ち帰りしたいかな。かな。」
「そんじゃ俺は、スネークに萌え学の真髄を叩き込んで、その成果をエンジェルモートで全開にして頑張ってもらおうか。勿論、店員と悩ましいポーズのショット写真をフィルム10個は収めてくれよな」
嵌められたあっ??!!
「まーまー心配しなさんなスネークの旦那。最終決定権は、ほら」
魅音が促す先には――。古手梨花が。
「梨花ちゃん。レナの意見、良かったら使ってね」
「梨花ちゃん! 俺のネタのほうが絶対面白いって! オススメだってば!」
「さあ梨花ちゃん! ファイナルアンサー?!」
梨花の、答えは。
 
593 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/12(火) 01:49:47 ID:dctHVirv
「今日一日、僕の言うこと聞いてくれればそれでいいですよ」
余りに、拍子抜けの言葉。
少なくとも、地獄に仏とは、このことか。
「……それで、いいのか」
「はい。それでいいですよ」
「……わかった。なら、そうしよう」
「それじゃスネーク。一つ、お願いします」
「これは?」
「その紙の隅に、名前を書いてください」
「……怖いな。何かの契約か?」
「そんな上等なものじゃないですよ。……書きましたか?」
「ああ。書いた」
「それなら――、それを、校長先生に渡してきてください」
「それで、いいのか?」
「はい。それでいいです」
それぐらいなら――、可愛い、用事だ。
「わかった。それじゃ行ってくる」
「はいです。……スネーク?」
「なんだ?」
「しっかり歯は食いしばってください」
彼女が言った言葉の意味が分からないまま――、俺は教室をでる。
……俺が今手に持った紙に書かれている、短い一行の文章。
そこに書かれていたのは。
「お前の髪の毛、全部毟ってやる by ソリッド・スネーク」
このあとスマッシュブラザーズでも食らったことがない、多段空中エアリアル(ゲージMAX仕様)を食らうことなど。
予想なんて、できやしないだろ。普通。
 
610 名前: TIPS係 ◆ayyOwmvt02 [sage] 投稿日: 2007/06/17(日) 04:01:58 ID:RoJlpN+3
TIPS:騒ぎの後


パチン

焚き火の爆ぜる音が木霊した
俺はタバコの紫煙を吹きながら今日の出来事を振り返る

今日の騒動で、ひとつ分かった事があった。
あの校長はただ者ではない…
受け身も取れなかった…

俺はそんな事を考えながらサバイバルビュアーで自己治療をしていた

打撲、骨折…etc

まったく…
あいつ等はギャグで平気でも、俺はリアル治療なんだ

R3ボタン
「畜生が!」

一通り治療が終わると明日の行動を考える

どうしたものか…

色々と考える内に俺の思考は眠気という闇に溶けていった…
616 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/17(日) 23:15:37 ID:n93Vzydp
いっただきまーす。と、教室に子供達の明るい声が響く。
四時限目が終了し、今の時間は昼食となる。これを過ぎれば教室の掃除。それが終われば後は下校で自由の身。
午後の授業がない解放感の中で、皆が思い思いの弁当箱に、鮮やかな色とりどりのおかずを詰め、それを広げていた。
「さってとー。おべんとおべんとー。んー。お腹へったぁー」
魅音が圭一、レナと机を合わせて、自分の弁当箱を広げる。続くように二人も、弁当箱を机の上にのせる。
「あー、俺も腹減ったぜ。今日はかなり運動したからな」
運動のせいだけではない疲労を訴える圭一が肩を揉みほぐす仕草をしながら、結び目を紐解いていく。そして蓋を開けるなり、ウインナーと箸で掬った白飯を口に押し込んだ。
「圭一くん。駄目だよ、ちゃんといただきますって言わなきゃ」
レナがフライングをした圭一を嗜める。
「あ……、悪りぃ。けどよ、ものすごく腹が減ってるんだって。まだちょっとだけだし、このぐらい見逃してくれよ」
「駄目。圭一くん上級生でしょ。小さい子達のお手本にならないと」
「しょうがないなぁ圭ちゃんは。それじゃ二人とも、はい両手を合わせて胸の前。いただきますと一礼します。……はい完了。そいじゃ食べよっか」
魅音が二人を仕切り、食事の前の礼儀を交わす。二人も、その動きに倣った。
「……あれ? 魅ぃちゃん。梨花ちゃんは?」
いつも肩を並べてその隣にいる梨花が、今はいなかった。
「ありゃ? ほんとだ。どこ行っちゃったんだろ?」
魅音も辺りをきょろきょろする。
「トイレとかじゃないのか?」
圭一がすぐ戻ってくるさ、と呑気に言った。
「うーん。すぐ戻ってくるとは思うけど……。ちょっと待とうか」
魅音がそう言う。レナも。
「うん。そうしよう」
と、相槌を打つ。
「そうだな。ちょっと待つか」
圭一も、二人の言葉に従う。
そうして少しだけ、教室の秒針が進んだころ。
ぽつりと、圭一が言った。
「……そういや今日、沙都子いないんだな。詩音も、今は診療所か」
いつもなら。
沙都子の席に、詩音が作って持ってきた弁当箱がのって。蓋を開けると、鮮やかな色彩が散りばめられたおかずがあって。
沙都子が気付いて。美味しそうなおかずの中に、沙都子が嫌いな野菜が必死に姿を隠そうと努力しているから。
詩音がおかずを箸でとり、沙都子の口まで持っていく。
沙都子は嫌いなものだから、食べられないと逃げ出して。
そんな風景が、日常だった。
――それが今日は、無いから。
淋しく、感じた。
 
617 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/17(日) 23:17:22 ID:n93Vzydp
保健室の薬品棚を探る。
テントに戻ったら、治療するための薬品を確保するためだった。
「……しかし。本当に容赦無しだな」
子供ながらの悪戯とはいえ、少し度が過ぎてやしないだろうか。
……そして校長。あんたも随分大人気ないな。
もう少し寛大な心で、接してほしいものだ。
割れたと思ったほど強烈な痛みが残る顎を摩りながら、薬品を幾つか取り出した。それをバックパックにしまっていたとき。
「くすくす……。泥棒」
「お互い様じゃないか」
出入り口の扉から、梨花が俺の蛮行を覗き見し。俺は午前中の悪行を指摘する。
お互いに、悪びれることも無く。
梨花が近づいてくる。そして俺の後ろを通り過ぎ、誰もいないベットに腰掛けると、
「盛大な音だったですよ」
俺が仕置きを受けていたときの感想を述べた。
「そうか。してやったりといったところか」
皮肉を込めて言う。言ったつもりだったが。
「本当は申し訳なく思っているわ。……彼らに対する目眩まし程度にするつもりだったんだけど」
彼らとは――恐らく、圭一達。「ブカツ」の面々に対するカバー・ストーリーとして、俺をスケープゴートにしたと言いたいのか。
「……目的は、別にあるのか」
「ええ。スネーク、貴方は今日の残り半日、私の頼みを聞いてほしい」
「どうして?」
当然の如く聞き返す。梨花の意図が……読めない。
「私が未来を勝ち取るため……。いえ、私を救ってほしいから」
真摯な目が、俺を見据える。
偽りや打算……そういった感情は一切無い。そう信じるに足る、眼差しが、そこにあった。
「そのために……、あんな無謀なことを?」
自らの命を投げ打ってまで、勝利を得ようと、したのか。
「いいえ……。あれは決意表明。運命と言うものが私をどれほど苛まそうと、その全てに楯突いてやるという、宣戦布告、ね」
命をかけるにふさわしい、これからの運命の変更と未来の獲得。
この少女が望むものは、ありふれているもののはずなのに。
私にはそれがないと――、嘆くかのように、少女は言った。
「私と一緒に、ある人に逢ってほしい。その人は私にとって、重要な意味を持つ人だから」
「……誰だ」
「富竹ジロウ。……貴方も以前、エンジェルモートで逢ったでしょう。彼よ」
……意外な人物の名前が出る。彼には俺も、接触しようと思っていた。
だが、彼女が何のために、彼に会うというのか。
俺が知っているとおりの彼なら……。その人物に逢う、という意味は。
「彼に何としても、今日逢わないといけない。だからその時は、私の傍にいてほしい」
これが願いと、少女は結ぶ。
その言葉に、俺は。
(――所詮彼らからすれば)
「……梨花」
「お願い……。スネーク」
(――君は、余所者に過ぎない)
「今日、彼とは確実に逢えるんだな?」
聞き返す。その接触は確定しているのかと。
少女は俯く。
「それは……、まだ決まっていないわ。午後の時間を使って、探さないと」
確約の無い、約束だと。
俺は――、天秤にかける。かけてはいけないものだと、知っていたのに。
「……なあ、梨花。まだ時間も何も、決まっていないのなら」
「……ええ」
「先に、入江診療所に行っても構わないか……。沙都子と詩音の様子が、気になる」
それは建て前。俺が彼女を背く、カバー・ストーリー。
「それは……、約束できない、ということなの……」
彼女の表情は、落胆のものだった。
「それは違う。ただ、時間は――、無駄にしたくない。こっちの用事はすぐに済む。そのあとで構わないなら」
幾らでも、付き合うさ、と白々しく、俺は言った。
 
618 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/17(日) 23:39:05 ID:n93Vzydp
「わかったわ。なら――、私がもし、彼を見つけたら、診療所に連絡を入れるから」
「……そうか」
「そのとき、先に沙都子の名前を言ったら、古手神社に来て。詩音を先に言ったら、彼とは逢えなかったことにするわ」
……用件の詳細は話さない。それはつまり、電話は盗聴されているということを、意味している。
「東京」の管理する施設である以上、その可能性も危惧してはいたが。
この少女は――、どこまで、知っているのか。
「……それと」
少女が、俺と目を合わさず言葉を続ける。
「貴方は……、私達を、信じてくれる。……そう、言ったわ」
そう言ったのは、いつだったか。だが確かに。
「ああ……。言った」
「私達……いえ、私も、貴方を信じたい。……けど」
彼女が視線を上げる。
「私は貴方のこと……何も知らない」
「……そう、だったか」
俺は嘯く。
「丁度良い機会だし……教えて」
「……」
それは、できない。
俺は本性を見せない。見せられない。
任務としてでもあり、自らの生き様としてもそうだ。
俺は自らを隠す。明るい場所には、出ない。
――出られない。
「スネーク。貴方を」
……どうか、信じさせて。
そう、言われた気がした。
「それは……、できない」
そう言われるのが分かっていたかのように、少女は、視線をはずす。
「貴方が心を許すのは、ここにはいない人達なの」
俺の、仲間達――。大佐や、オタコン達のことを、言っているのか。
冷静を保つ。動揺を悟られてはいけない。
「ここにいる私達を、その人達のように、信じてくれないの……?」
やはりその視線は、床に向いていた。
俺はこの部屋を出ようとする。彼女と――向き合えない。
扉に手をかける。
「スネーク。貴方に、家族は?」
唐突な、質問。
俺のことを知ろうとしているのか。取り留めのない、彼女の問い掛け。
「いない」
俺は嘘を吐く。
遺伝子レベルで一致している人間を兄弟とするなら――、俺には、家族がいる。
いや、いたことになる。
「両親も?」
「育ての親なら、幾人もいる」
「愛している人は? 誰かを好きになったことは?」
矢継ぎ早に問いかけられる、彼女の質問。
それを全て背中で受け止めて。
「……他人に特別な感情は持たない」
誰かに干渉すれば。
……自分を、守れなくなる。
俺が生きてきたのは、そういう世界だ。
言葉が、停まる。
もう問うべき言葉は、無いのだろう。
俺は部屋を出る。
その背中に。
「……哀しい、ひと」
誰かに言われた言葉を。
背中を見つめていた、少女が、俺に放り投げた。
 
689 名前: 本編欠航便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/07/03(火) 22:04:48 ID:7SoAKpGJ
まだ、陽は高く空にある昼下がりの頃。太陽に届きそうなほど高く、雲はまばらにあって。蝉の声がけたたましく山中に響く。
古手梨花と保健室で会話をした後、俺は下校してゆく子供達を見送らず、目的の場所へ足を向けていた。
メタルギアの情報を掴むために、入江診療所へ。
そこにいる彼――入江京介から、手がかりを掴むために。
問題は、山積みになっている。
入江京介との接触。
これはつまり、俺が敵の組織と正面きっての対峙になる。
何が出てくるか、わかったものではない。
財宝がでてくるならまだ、いい。鬼が出るのも、蛇が出るのも、構わない。
だが、それ以上に……、畏怖すべきものが出てきたら。
その時俺は、どうするか。
――どうするべきか。
入江京介は何を知っている?
どこまで知っている?
そして俺はそれを、どこまで、掴めるのか。
……やってみないことにはわからない。
だからこうして、……俺は、前に進んでいる。
――俺は、蛇なのだから。
必ず、食いついてみせる。
そして、それとはまた別に、気になることもあった。
彼女が……梨花が言っていた。ある人物と接触すると。
その男の名は、富竹ジロウ。
大佐達が調べた情報では、彼は『東京』側の人物だ。
元自衛官と言っていたが――俺の推測する限り、軍事力――戦闘力を持つ組織に組する人間が関わることと言えば、その任務は限定される。
恐らく、非合法での戦闘、また不測事態の武力鎮圧に関係している可能性が高い。
場合によっては、俺が戦闘しなければならない――対象にもなりうる。
その意味では、接触しておくべき人物ではあった。
だが、俺は彼女の願いより、……任務を、優先した。
決して、彼女の言葉を、山師の言葉のように聞いていたわけではない。
いや、真摯に彼女が、俺に話せば、話すほど。
――俺は彼女を、疑った。かすかに。ほんの、わずかに。
だから、より信じていた、大佐達の言葉に、従ったのかも、しれない。
彼女だけではない。圭一も。レナも。魅音も沙都子も。他の「ブカツ」のメンバーを、俺は疑っていた。
――猜疑や裏切り。そんなものは沢山味わったもののはずなのに。
俺の心の中には、彼女が別れ際に見せた視線だけが、心に残っていた。
そして、入江診療所まであと少しというところで。
「……スネーク。やっぱこっちだったのか。……こっちに行くなら、診療所しかないって、思ったぜ」
「……」
「……行くんだろ? 俺も……、行って、いいかな……?」
「…………好きにすればいい」
前原圭一が、目の前にいたことに。
俺はその時ようやく、気がついた。
 
724 名前: 本編臨時便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/07/16(月) 21:52:43 ID:dvmHSVVa
二人で歩く、田舎の舗装されていない砂利道。
彼から話すべきことは何も無く。少年からも、無かったから。
けたたましく、蝉がなく木々からの木漏れを時折受けながら、スネークと圭一は、目的の場所に向かっていた。
「なあ……、スネーク」
圭一が口を開く。堅苦しい雰囲気を払拭しようとしてのことなのだろうが、彼の視線もまた、伏されているままだった。
「何だ?」
返す。その言葉のあと、少しだけの、沈黙。
「俺……、一体、何やったんだろうな」
そう、圭一がぽつんと、零した。
「……何?」
「俺は……。沙都子の叔父が、雛見沢に帰ってきたって言ったとき、絶対に沙都子を助けようと思ったんだ」
彼の言葉はそこで一旦、途切れる。
「スネークが沙都子を裏山から助け出してくれただろ……でも、それだけじゃ、駄目なんだよな。叔父から沙都子を引き離すだけじゃ、何も変わらないんだよ」
沙都子の笑顔を戻すには、と、少年が言う。
「あいつがこれからも笑ってこの村にいられるには、あいつにのしかかる不幸を全部取り除かなきゃいけなかったんだ。でも、それは俺一人じゃできなかった」
でも、俺なりに頑張った、つもりだったんだぜ、と。
「……」
「魅音の婆さんに掛け合って、今思うと、年上の人に対してすげえ暴言だったと思う。それでも、過去の因縁なんて、沙都子には関係ねえって思ったし」
足元の石を一つ、蹴り飛ばす。
「だからさ、……昔のことは沙都子には関係ねえ。関係ねえから……もう、沙都子を許してやってくれって、言ったんだよ」
その結果――どうなった。
沙都子は園崎家に引き取られ、雛見沢の住人達も沙都子は敵でも、裏切り者でもないと認めてくれた。
あの日以降、沙都子は本当の意味で笑うことが、できた、……はずだ。
なのに――、少年は迷っている。自分が行ったことは、間違っていたのでは、ないかと。
「どうして」
「……え?」
「どうして……、そう、思うんだ」
「雛見沢のみんなは……わかってくれた。お魎の婆さんも、俺の言い分を認めてくれた。……けどさ」
そう言って、再び、圭一は息を詰まらせる。
「それでも、沙都子の不幸を、止められなかった」
懺悔のように、そう、言った。
725 名前: 本編臨時便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/07/16(月) 21:54:13 ID:dvmHSVVa
「北条鉄平が約束を一歩的に反故にしたんだ。誰も、予測などできなかった」
蛇は言う。
「そうだ。……そうなんだよ。俺はやった。やるだけのことはやった。全力を出した。……そう、思ったのに」
圭一が、歩みを止める。
「沙都子にかかる不幸を、全部止めてやるって……、誓ったのに……!」
圭一の顔が、空を見上げる。その顔は、涙だけ抜け落ちた、泣き顔だった。
「俺は何もやれちゃいなかった! 沙都子を助けようとしたのに、結局あいつがぼろぼろになるのを防げなかった!」
悔しさが滲む。声に後悔がこもる。
「俺一人で空回りして……! 自分で全力出したって勝手に納得して……! ちきしょう! 全然沙都子を守れてねえじゃねえかよ!」
これは、彼の独白だ。沙都子を助けるために、圭一が取った行動。
……その是非を、彼に問うているのではない。彼にその答えを求めているのではない。
「ちくしょう……。悟史に、あわせる顔ねえよ……、俺」
だけど。
「無駄じゃない」
すぐ頭の上から、そう言われて。圭一は、彼を見上げた。
「……圭一、お前がやったことは、決して無駄じゃない。少なくとも、沙都子がこの村の住民から迫害を受けることは、……二度と無い」
見上げた少年の顔は、無言のままで。
「確かに……沙都子にはまた、不幸なことがおきた。だが、これで最後だ。沙都子に過去の因縁で、これ以上不幸はおきない。お前が、それを断ち切ったからだ」
そう、彼は言った。
「信仰、風習、慣習……、脈々と続く流れを変えることは、誰にもできるものじゃない。ましてやそれが、根強く、力があるものならなおさらだ」
蛇が歩みを止めた。そして、少年に向き直る。
「人の根底に染み付いた『意識』を変えるには、それ以上に強い『意思』を持って臨まなければならない。絶対に成そうとする『意思』がな」
「お、俺は……」
「お前は沙都子を助けようという一心で、この村に巣食った悪しき『意識』を払拭したんだ。それを成し遂げたのは、他でもないお前だ」
「……」
「否定するな。お前がやったことを。無駄なことなんかじゃ断じてない! 沙都子を助けようとしたお前の心が、……奇跡に近いことを、成し遂げたんだ」
言葉は続かず、蝉の鳴き声も停まり――静寂となる道の上。
だが……、爽やかな、風が吹いた。
圭一が向かい風を受けて、思わず顔を伏せる。
そしてしきりに――顔を手で拭っていた。
「……へ、へへ。参った。急に目に、ゴミが入っちゃってよ」
嘯く。圭一は泣いていた。自分の行ったことを、認めてくれた人がいたから。称えてくれる人がいたから。
「先に行く。診療所は――もうすぐ、そこだからな」
スネークが笑う。そして、進むべき方向に、向き直った。
「ま、待てってスネーク! 俺も行くって!」
小道を一つ越えて、曲がればもう。
入江診療所は――すぐそこだった。

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最終更新:2008年02月28日 19:54