ある日の夜、スネークは寝床にしているテントで夕食を作っていた。
石を積み上げた台に鍋を置き、中に水を張り沸騰させ、野菜や肉を煮て、味噌で味を着ける。
鍋からイイ匂いが漂い、スネークはよしと声を出して立ち上がる。
テントに入り、お椀と箸を探していると外からスネークを呼ぶ声が聞こえた。
「あ!いたいた。スネーク~!」
部活メンバー達が、ビニールの袋や布で巻いた箱のような物を片手に現れた。
「お前達、どうしたんだ。夜に出歩いても大丈夫なのか?」
「家の人には言って来ました。先生と夕飯食べようと思って、色々持って来たんだよ、だよ☆」
そう言ってレナが布で巻かれた箱をゆらゆらと降る。中身は重箱だろう。
「私は婆っちゃのおはぎを持って来たよ。婆っちゃが、先生に宜しくってさ。食後に食べよっ!」
魅音は紫色の風呂敷を持っている。
「私と梨花は飲み物を持って来ましたわ!」
「スネークの為に泡麦茶も持って来たのですよ。僕と一緒に飲もうなのです。にぱ~☆」
沙都子は両手に麦茶やジュースを、梨花は缶ビールとワインボトルを持っていた。
「梨花ちゃんはお酒飲んだらダメ!!」
レナは梨花を叱り、ビールとワインを取り上げた。梨花は「み~」と悲しそうな顔をしている。
圭一が大きめのビニールシートを敷き始め、テントの前はみるみる内に宴会場と化した。
「圭ちゃんは~?何を持って来たの~?」
魅音は圭一が持って来たビニール袋に手を突っ込んだ。
「ば、ばか!勝手に見るな~!!」
魅音がビニール袋から取り出した物は、……豚骨ショウガ味のカップラーメンだった。
「圭ちゃん……何じゃいコレハ?」
「し、仕方なかったんだよ!?内の親父は仕事で東京に行っちゃうし、母さんは付添いでいないしで、家には食べ物が何もなかったんだよぉ!!」
圭一は四つん這いになり項垂れる。
「かわいそ、かわいそなのです☆」
項垂れる圭一の頭を梨花が撫でて慰めた。
「うおおぉぉ!!」
圭一は悲しみのあまりか、号泣しながら梨花ちゃんに抱き着いた。顔はしっかりと胸元に埋めている。
「み、みーー!!?へ、変態さんなのですー!!」
圭一はすぐに魅音とレナに取り押さえられた。レナは鉈を首筋へ、魅音は圭一の手の甲に釘を押し付けている。
「まったく、圭一さんは困り者ですわね。警察に突き出されてもおかしくないですわよ」
「す、すびませんでした。ゆ、許しで下さい」
「まあまあ、圭一も悪気はなかったようだし、許してやったらどうだ?今日は楽しくやろう。ほら、味噌汁もあるぞ」
スネークは先程出来上がったばかりの鍋を指差した。レナと魅音は、圭一を許したのか武器を下ろす。
「そうだね。圭ちゃんも悪気無かったみたいだし、せっかく夕食だもん。許してやろっか」
そう言ってレナと魅音はビニールシートの上に座り、持参した物を広げ始めた。
沙都子と梨花も座り、紙コップなどにジュースを注いで、夕食の準備を整える。
圭一はえぐえぐ泣きながら、スネークの隣りに座り、殺されるかと思った。と、呟いた。
「あ。スネーク先生、これ装いますね」
「ん、ああ」
レナはスネークが作った味噌汁をお椀に装い、皆に渡して行く。全員に行き渡った処で、魅音が紙コップを片手に立ち上がった。
「え~では。……何に乾杯しようか?あ、そうそう。スネーク先生の就任と、部活メンバーの新しい仲間として迎えた事を祝いまして、私、園崎魅音が乾杯の音頭を取らせて頂きたいと思います。思えば、苦節うん年、私が部活を立ち上げた当時は~」
長いスピーチを始めようというお約束的な冒頭部分の台詞を吐いた処で、まわりからブーブーとブーイングの嵐。
勿論、魅音はそれを狙ってボケたのだろう。
「早く始めろ~なのです☆」
「味噌汁が冷めてしまいますわー☆」
皆も判ってて、わざとらしい野次を飛ばす。
「では改めて、スネーク先生に乾杯ー!!」
『乾杯ー!!』
皆、それぞれ持っていた紙コップのジュースを飲み干す。
「みんな……俺の為にありがとうな……」
スネークは目頭を指で押さえ、俯いてしまった。
「なんだよスネーク。嬉し涙か?」
「ち、違う!目にゴミが入っただけだ!」
そう言ってスネークは缶ビールをぐいっと飲み干した。
「はう~このお味噌汁、野菜やお肉がたっぷり入ってて、とっても美味しいんだよ~☆」
「人参、ジャガ芋、玉葱、栄養面もバッチリでございますわ」
皆、美味しそうに味噌汁を啜る。
「これは今朝、猪を捕まえてな。そいつの肉を使った猪汁なんだ」
「へ~流石はスネーク!サバイバルしてんな~」
圭一はもう味噌汁を食べ終わっていた。
「レナが持って来てくれた弁当はとても上手い。重箱4段に種類も豊富、かなりのボリュームだ」
スネークはレナの弁当に箸を伸ばして、タコさんウィンナーを口に運んだ。
「おほ!レナのはいつもすごいな。唐揚げ、ミニハンバーグ、青椒肉絲、海老チリ、なんでもあるぜ!」
圭一が海老フライを頬張ると、揚げ立てのぱりっとした音がした。
「レナは料理上手だけど作る量が多過ぎて、それが難点だね。作る量を減らすように私が注意しなきゃ重箱10段にはなってたよ」
「はう……そんなに作らないよ~。でも出来たら、あと4段は欲しかったかな、かな」
そう言ってレナは地面と手の平の距離を重箱に見立てた。
「そんなに食べたら、お腹が一杯で動けなくなってしまいますわ!」
「そして、お腹が真ん丸になって動けなくなった沙都子を、レナがお持ち帰りする作戦なのです☆」
「は、はははう~~☆タヌキっ腹の沙都子ちゃんかあいいんだよ!お持ち帰りィ~☆」
「そんなの嫌ですのー!それにタヌキっ腹とはなんですの!?レディに対して失礼でございますことよ!」
ぷいっと横を向いて、膨れっ面をする沙都子を見て、そこにいた全員が笑い転げた。

時間は過ぎ、重箱のおかずも無くなって、魅音が持って来たおはぎをみんなで摘む事にした。甘い物にはと、スネークは皆にお茶を煎れる。
魅音がさてさてと切り出した。
「夏の夜も更けて参りましたし、皆様、お約束の怪談話などに興じてみては如何でしょうか……?」
魅音は懐中電灯の光を顔に照らし、くけけと不気味な笑い顔をする。
ひえっと声を上げ、沙都子が梨花にしがみつく。
「それではどなた様か、先陣を切って下さる方はおりませんか?」
魅音が皆の顔を見回すが誰もが無言であった。
「あれぇ?誰もなにも無いのぉ?おじさん困っちゃうなぁ。梨花ちゃん、何か無い?家の神社で何か起こらないの?」
「みぃ……特に何も起こらないのです。呪われた品物を預かる事はありますですが」
「あ!そういえば梨花ちゃん、私が預けたアレはどうなったのかな?かな……?」
レナが心配そうな面持ちで梨花に聞く。
「何々!?呪われた物?聞かせてよ☆」
魅音が眼を輝かせて身を乗り出す。
「うん。もう半年くらい前の事なんだけど、私がゴミ置場で宝探しをしていたら、カツン……カツン……って何かが近付いてくる音がするの。何だろうと思って、音のする方へ行ってみると……女性の形をしたマネキンが一人でに立って動いていたの……」
魅音は生唾をごくりと飲み込む。圭一も梨花も、レナの話に真剣に聴き入っている。
沙都子は梨花の肩にしがみつき、目を瞑り全身固まっていた。
「裸で、顔の左半分は内側にへこみ、右足の膝関節は前後左右にぐねぐねと動いて、十分に体重を支えていなかった。それでも歩いていたの。
右手には尖った鉄の棒を持っていて、杖のように使ってた」
なにか嫌な気配でも感じたのか、圭一は体をぶるっと震わせた。
「マネキンは私に気付いてこう言ったの……綺麗な服を着せてえぇぇ!!!」
「ぎにゃーーー!!」
レナの台詞に驚いた沙都子は、山に木霊する程叫んだ。
しがみ憑かれれていた梨花は、沙都子の叫びに耳がツンとなったのか、目の焦点が定まらず、二人して後ろにひっくり返った。
「あはははは☆」
レナはその光景を見て満足そうに笑った。
「いや~中々怖い体験だね。それでその後どうなったの?」
魅音は続きが気になるらしい。
「マネキンが鉄の棒で襲い掛かって来たから、持ってた鉈で殴り倒して、首や腕をバラバラにして、梨花ちゃんに預けに行ったの」
「あの時は参ったのです。バラバラになったマネキンがビクビクして、まだ生きがよかったのですよ?」
「ひえ~ひえ~」
沙都子は二人羽織のように梨花の背後から抱き着いている。
「さ、沙都子?食べた物が出てしまうのです……うぷ」
梨花はとても苦しそうだ。
「マネキン、あの後どうなったのかな?かな?」
「三日三晩、動いていたのですがピタっと止まりましたのです。人形には魂が宿ると言われているので、皆も気をつけて下さいなのです」
「以上でレナの話は終わりなんだよ、だよ☆」
「それじゃ、次行ってみよう!誰か無い?人から聞いた話でもいいよ?」
「よし!次は俺の番だ!」
圭一が後ろに手を付く座りから、前のめりに座り直した。
「お!圭ちゃんか、期待してるよ~?」
「これは、俺がまだ雛見沢に越してくる前の話なんだけど……」
当時の事を思い出すように瞼を閉じ、圭一はぽつぽつと語り出した。

いつもの塾の帰り道、圭一はバス停でバスを待っている。
……八月の暑い夜。時刻は九時を過ぎようとしていた。
ベンチに座り、数学の参考書を読んでいると、バスは程なくしてやって来て圭一の前で停まった。バスが到着する時間にはまだ早い。
おかしいな……と思ったが早く帰りたい気持ちもあり、圭一はそのバスに乗り込んだ。

お話的に、ここから何かが起きると感じ取った沙都子は、梨花の胴体にとぐろ巻きのように回している腕を一段と強く絞めた。
梨花はぐえっと、蛙の鳴き声のような台詞を上げる。

バスの中には運転手以外に、背中の中程まで黒髪を伸ばし、茶色いロングコートを着た女が座っているだけだった。
頭を垂れて、髪が顔を隠していて正確には判らなかったが、まだ20代か30歳位だろう。
女の三つか四つ後ろの席に圭一は座る。
バスが着くまで時間潰しをしようと参考書を読んでいると、勉強の疲れか圭一はウトウトしだした。
急にバスが止まり、その反動で気を取り戻した圭一は、乗り過ごしたのではと思い、窓の外に顔を向けた。
だが、外の景色は見えない。何故なら、窓を遮るように女の顔があったからだ。
そう、さっき圭一の前の席に座っていた女が、隣りに座っていたのだ……。
生きた人間とは思えない青白い顔。鼻は高く、眉はきりっとしていて美人……ではあるが、女には眼がなかった。
眼球をくり抜かれたような黒い空洞から、血が滴り落ちる。血の涙を流しているようだ。女は圭一の腕を掴み、引き寄せた。

「そして女は言ったんだ」
「なにかな…なにかな…!」
レナは怖いのか膝を抱え、眉を八の字にし、上目使いで聞いている。
「お前の眼をよこせぇぇぇぇええ!!!」
「ぎにゃあーーーーーっ!!」
先程の沙都子の反応が面白かったのか、圭一も沙都子を驚かしてみた。
予想以上に驚き、悲鳴を上げた沙都子は、抱きしめていた梨花の胴体をぎゅっと締め上げた。途端に梨花の体から、枝を折るような小気味よい音が響いた。
梨花はその場に倒れ、虚ろな目でうわ言のように…はにゅー、はにゅーと言っている。
「ああ!梨花、大丈夫ですの!?しっかりなさいましっ」
沙都子は梨花を抱き起こし、揺さ振る。梨花は一人で上体を起こし、額の汗を拭った。
「はあはあ。ま、まだ綿流し前に死んでたまるもんですか……」梨花は甦った。
「さ、さあ圭ちゃん、続きを聞かせて!?」
「お、おう……」
梨花に悪い事をした。圭一はそう思いながら話の続きを語り出した。

必死に女の腕を振り払い、運転手に駆け寄って助けを求めた。
だが、運転手も女と同じ空洞の目をこちらに向け、圭一を見る。
「なんだい。ここで降りるのかい?それじゃ……目玉2つ置いていってくれや」
運転手は運賃箱を指差してケタケタと笑い声を上げた。
無我夢中で非常用のレバーを引き、ドアをこじ開けて圭一は全力で走った。
脚が縺れる。恐怖によるものか、そんなに走っていないのに息が上がる。女が追って来ていないか、時々振り返りながらも圭一はがむしゃらに走った。
ふと、見覚えのある公園が視界に入る。圭一は必死に走っていたせいで気が付かなかったが、自宅のある近所まで走って来ていたのだ。
家のある方へ走りながら、ズボンのポケットをまさぐり、鍵を取り出す。自宅に着き、急いで鍵を開けて中に飛び込んだ。騒々しい物音を聞き付け、圭一の母親が居間から現れた。
「どうしたの、そんな血相変えて…」
「バ、バスで……変で……よ、よく判んないんだけど!!」
「ちょっと落ち着いて。汗びっしょりよ。話は後で聞くから、早く上がりなさい」
圭一は靴を脱いで這うように家に上がる。
母親は玄関の鍵を閉めて、振り返った。
「け、圭一!あなたの背中……」
「えっ……?」
玄関の下駄箱の鏡に背中を映す。
白いシャツに無数の赤い手形が着いていた……。

「そのあと警察にも届けたけど、シャツに付いてた手形は人間の血だったらしい。それ以上の事は何も判らなかった……」
圭一はお茶を一口啜り、喉を潤す。お茶は既にぬるくなっていた。
「なんだか口裂け女みたいだね…みたいだね…」
「口裂け女とは、どんな女だ?」
スネークは興味を持ったようで、レナに質問した。
「口裂け女は、整形手術の失敗で口が横に裂けてしまい、ショックで狂人になった女の人なんですよ」
「整形手術で失敗したからって、口は裂けないと思うぞ?テロリストに捕まって虐待されたなら判るが……」
「はう…てろりすと……此処は日本なんだよ…だよ」
レナは胸の前で手を組み、困った表情を見せる。
「さて、次はおじさんが話そうかね!」
「お!次は魅音か、期待してるぜ」
魅音は腕組みをして、口を尖らせた。
「う~んと、あれはまだ私が小学四年の夏休みの時、うちには地下祭具殿ってのがあって、そこの掃除をやらされちゃって……」

その日、魅音は罰として地下祭具殿の掃除をやらされた。園崎家頭首である園崎お魎が大切にしている掛け軸を汚してしまったのである。
祭具殿の鍵束を指でくるくる回しながら、箒を片手に外へ出ると、縁側からお魎に呼び止められた。
「忘れとった。立入禁止の貼紙がある部屋はやらんでいいんね。何があっても開けんでない」
「……?わかったー」
掃除する部屋が減るなら、それはそれで嬉しい。そんな事を思いながら、魅音は歩き出す。
本家から少し歩き、森の奥へ入る。するとすぐに地下祭具殿の扉が見えてきた。
魅音は鍵束から入口の鍵を探り当てると鍵穴へ挿して回し、錠を外す。
扉を開けると、中からひんやりとした空気が外へ拡散した。
魅音は中へ入ることを躊躇った。此処は何人もの人が拷問された地下祭具殿。
拷問死した者は、牢屋内の井戸へと落とされる。
そんな不気味な場所の掃除は気が滅入る処ではない。
ましてや、自分は園崎家次期頭首……死んだ者達が自分を怨んだりしないかと、魅音は不安になった。
魅音は勇気を振り絞り、一段、また一段と階段を下りて行く。階段が終わり、長い廊下を進むとまた扉が現れた。
魅音は扉を開き、手探りで壁のスイッチを押すと天井の電気が灯り、部屋を照らした。
そこはタイル張りの床と御座敷が一緒になっている拷問見物部屋であった。
その部屋を抜けると、広い部屋に拷問具一式と壁際に牢屋がいくつかある。
まずは拷問見物部屋から掃除を始めた。座敷の埃をタイル床へと落とし、水を流す。束子でタイルを擦り、カビや黒ずみの汚れを落とした。
拷問具は手入れが難しく、触らないように言われていたので、放っておく。
次に牢屋部屋へ移り、バケツに水を入れ、雑巾をしぼり、牢屋の格子を拭き始めた。
牢屋の中から拭いていると、閉じ込められるような不安に駆られ、魅音は外から拭いた。
りん、りんりん、りりんりんり……。
最後の牢屋を拭いていると、ふとオルゴールの音色が聞こえてきた。
ねんねん。ころりよ。その音色が奏でるは、子守唄のようだ。
「だ、誰かいるの?」
魅音の声に返答する者はいない。
音のする方へ魅音は歩き出す。牢屋部屋の一番奥にある扉から聞こえてくるようだ。
魅音は扉の鍵を開け、ノブを回した。ふと床に落ちている紙に目が止まった。紙には立入禁止と書かれている。
何があっても開けんでない。魅音の頭の中でお魎の言葉が響いた。
魅音はすぐに開きかけた扉を閉じようとする。が、扉はびくともしない。
オルゴールの音色が一段と高くなる。閉まって。お願いだから閉まって!魅音は心の中で叫びながら扉を押し続ける。
ついっ…。ぺたぺた…。妙な音が聞こえ、魅音は顔を上げた。
扉の端を指が掴んでいた。爪が剥がれたような白い手が、扉の端を掴み、引っ掻く。
その両手の間から、人の頭がゆっくり、段々と現れる。二つの目が、魅音を覗き込んだ。

魅音は扉から手を離し、一目散に出口へ走った。間違いなく、アレは後ろから追い掛けて来ている。
魅音は振り向かずに走った。いや、怖くて振り向けない。階段を駆け上がり、外へと逃れる。
魅音はすぐに鉄扉を閉め、錠を閉めた。その瞬間、どん。と内側から鉄扉を叩くような音と衝撃が響いた。何度も何度も何度も扉を叩く。
「わ、私、なにもしてないよ……来ないでよ!」
魅音は本家へと走った。家の中へ飛び込み、玄関をぴしゃりと閉めた。
全力で走って息が切れるのを深呼吸し、整える。
祭具殿の鍵は閉めた。もう追ってこない。もう大丈夫。大丈夫……。魅音はずっと言葉を反復し、気持ちを落ち着かせた。
「どうしたんね」
「っ!?」
驚いて振り返るとお魎が立っていた。
「なんね、よう汗かいて」
「な、なんでもないよ……そ、掃除終わったよ」
「そうかい……風呂湧いとる。ご苦労さんやったのぉ」
お魎はそれだけ言うと寝室のほうへ戻って行った。魅音は力が抜け、その場にへたり込んだ。

その夜、お魎の処へ魅音がやって来た。
「……婆っちゃ、一緒に寝てもいいかなぁ」
「なんね、怖いんか?しゃもないのぉ」
魅音はお魎の隣に布団を敷き、中へ潜った。しかし、お魎の眠る時間に合わせて布団に入ったが、こんな早くには眠れない。
いつもなら、魅音はまだ遊んでいる時間である。
一時間程経った頃、魅音は体が凍り付くように強張らせる。
ぺた…ぺた…。
誰かが廊下を歩いている。だが、今この家には魅音とお魎しかいない。判っている。魅音はこの足音が人間ではないと判っている。
「……ちゃ……婆っちゃ……婆っちゃ!」
「わあっとる。魅音、言い付けさ守らんかっとね」
「えっ…?」
「祭具殿の奥に入ったっちゅうとるん」
魅音は一瞬息が止まった。全てバレている。そして、あの足音と祭具殿がすぐに結び付くということは、お魎はアレの正体を知っているのであろう。
お魎は布団から出ると数枚のお札を魅音へ手渡した。
「部屋の四方に貼りんしゃい」
言われる間々に魅音は部屋の四隅に貼付ける。お魎は襖越しに語りかけた。
「弥生さんね?……また明日にでも顔出すからのぉ、今日ん処は部屋さ戻りんしゃい」
お魎はそう言うと布団に戻って横になってしまった。
「えっ!?ちょっと婆っちゃ!これからどうすんの!?てか、知り合い!?」
「どうもせん。アレはもう部屋には入ってこれんでな」
「で、でも~まだ襖の外でウロウロしてるよ。気味悪いよ~」
「朝ぁなったら、古手んとこに電話して来てもらったぁよかね」
「り、梨花ちゃんの……?」
お魎はそれだけ言うと口を閉ざした。魅音も仕方なく布団に入ったが、眠れるはずなかった……。

「んで次の日、朝一番に梨花ちゃんのお父さんに来て貰って、なんとか鎮めてくれたみたい。アレが何だったのか、今だに判らない間々だけどね。婆っちゃも話してくれなかったし」
魅音はこれにて一件落着、と膝をぽんと叩いた。
「なぁにが落着だよ。元はといえば魅音が扉を開けなければ、そんな一大事にはならなかったんじゃないか?」
「し、仕方ないじゃん!貼紙に気付かなかったんだから~」
魅音は口を尖らせた。
ふと、圭一は沙都子と梨花が静かなのに気が付き、二人の方へと振り向いた。
「うわぁ!?沙都子!ストップ、ストップ!」
沙都子は梨花の首に抱き着いていた。梨花は呼吸が出来ずに顔を青くしている。
レナがひざ枕をして、梨花を仰向けに寝かせた。
「梨花ちゃん、大丈夫かな!大丈夫かな!?」
「……くっ、これも新しい惨劇の形なのかしら……」
梨花はぶつぶつ言いながら空気を吸い込み、一命を取り留めた。
「さて、次に話してくれる人はいない?沙都子も怖がってないで、何か無いの?」
魅音は沙都子に視線を送る。
「す、好きで怖がっている訳じゃありませんですわ!あ、でもこんな噂を聞いた事がありますわよ。ジャンケンで勝ったら、階段を上れる遊びがありますでしょ?古手神社の階段で、あの遊びをすると自分の足音が一つ多く聞こえるらしいですわ」
「へー、なんだろね。神社の幽霊か、妖怪の仕業?やっぱり神社には何かいるんじゃないのかな~?」

魅音はそう言って、梨花へ振り返った。
梨花はレナにひざ枕されながら、何も無い空間を睨んでいた。その表情は怒っているようでもあり、呆れているようにも見えた。
「ありゃ、梨花ちゃんの家を悪く言うつもりじゃなかったんだ。ごめん…」
「みぃ?誤解なのですよ。魅ぃのことで気分を害したのではないのです」
梨花はにぱ~☆といつもの笑顔を見せ、魅音を安心させた。
「よし!待たせたな!」
スネークが分厚い胸板をドンと叩いた。
「な、なにかな、なにかな!?」
「何ってレナ、俺もなにか喋らないといけないだろう?」
「お!スネークが怪談聞かせてくれるのか!?楽しみだぜ」
「ふむ……これは軍人をしていた友人が体験した話なんだが……」
スネークは遠い目をして語り出した。

……肌を焼き焦がしてしまいそうな熱線が、太陽から降り注いでいる。
地面の土は乾き、植物を植えても育たないであろう事は明白であった。
舗装されていない道路を、八人乗りの装甲車二台が町の中を走り抜ける。
コンクリ造りの白い建物が幾つも立ち並んでいる。同じような風景で、まるで迷路に迷い込んだようだ。……この町が戦場になる。
長年、某国に敵対するテロ組織と、そのリーダーが潜伏している場所が判明した。その拠点がこの町であった。
テロ組織の殲滅とそのリーダーの身柄を確保する為、デイビッドの所属する部隊も駆り出された。
銃声や爆発音が聞こえる。すでに別部隊は敵と交戦しているのだろう。
突然、前方で爆発音が響き、デイビッドの乗っている装甲車は、前を先に走っていた別チームの装甲車に激突した。
大尉の叫び声とともにデイビッドは装甲車から飛び出した。外はすでに銃弾が飛び交っている。
RPG!!!!と誰かが叫んだ瞬間、爆発が起こり、デイビッドの乗っていた装甲車が黒煙を上げる。
デイビッドはすぐに建物の陰から銃を構え、敵の頭を的確に撃ち抜く。一人、また一人と敵が倒れていく。撃ち漏らしは一切無い。
「デイビッド!」
大尉がデイビッドへ駆け寄る。
「ここから、奴等の本拠地が近い。俺達で先行するぞ!」
「了解!」
敵部隊と何度か銃撃戦を繰り広げ、敵リーダーが潜んでいるという四階立ての建物にたどり着いた。
此処までの道のりで、既にデイビッドのチームは大尉を入れて四人しか残っていなかった。
「大尉、ガントラックが建物の入口前に陣取っています」
「テラスにも武装した奴が何人か潜んでいる。建物に近付けば、たちまち蜂の巣にされる……」
「大尉、俺に任せて下さい。敵を引き付けますので、トラックが爆発したら突入して下さい」
「おい!デイビッド!」
デイビッドはホフク前進しながら、白壁の裏へと消えていった。
ガントラックの左、数メートル先の壁の下に崩れて出来た穴がある。二十秒くらい経った時、その穴からダンボールが現れた。
「ま、まさか……アイツ」
ダンボールは敵兵士の背後を通り、トラックへ近付いた。
デイビッドはダンボールを捨て、車体の下へと転がる。C4を設置し、トラックの後側から建物の中へ入った。
すぐに銃声と侵入者だ!という怒声が聞こえてくる。
すると、タイミングを計ったようにC4が起爆され、トラックが跳ねた。黒煙が上がり、テラスにいる敵兵から地上を隠した。
「はは!やるじゃないかデイビッド!」
大尉達は建物へ突入し、デイビッドと合流し、最上階を目指す。
敵兵と交戦し、上へ進むにつれて銃声は聞こえなくなって行く。四階の奥の部屋への扉までたどり着いた。
「いいか?」
デイビッドはMP5のマガジンを交換し、頷いた。大尉は扉を蹴破り、部屋の中へ足を踏み入れる。
そこには一人の男が椅子に腰掛けていた。
坊主頭に長いヒゲを生やした痩せ型の男で、歳は四十くらいだろうか。
「ようこそ、勇敢な戦士達よ」
男はヒゲを摘み、くるくると指に巻き付ける。
「一緒に来てもらおうか。国の偉い人が、あんたの首を欲しがっているんでね」

「残念だが、投降する気はない。裁判にかけられ、死刑になるのがオチだからね」
男は立ち上がった。
「私も戦士だ。死に場所はガス室や絞首台ではない。戦場なのだよ」
爆音が轟き、建物全体が揺れる。
「ッ!!まさか!」
「建物に仕掛けたC4が爆発したのさ」
建物がボロボロと崩れ始める。
「デイビッド!脱出するぞ」
引き返そうと部屋を出たその時、床が崩れ、デイビッドと大尉は階下へ落ちていった。瓦礫がデイビッド達を埋めていく。瓦礫が頭部に直撃し、デイビッドは意識を失った。
……どのくらいの時間が経ったであろうか。上空を幾つも通り過ぎるヘリの音で、デイビッドは意識を取り戻した。
運よくデイビッドの周りは瓦礫が重なり、上手い具合に空間を作っていた。
「…た、助かったのか」
ライトを点ける。頭を持ち上げると激痛が走った。頭から多量の血が流れていた。
「デイビッドか?」
瓦礫の向こうから大尉が声を掛けた。
「大尉!ご無事でしたか!」
「お前こそ。しかし、瓦礫に阻まれて身動きが取れん」
「本隊と連絡を取ってみます」
デイビッドは無線機を取り出し、周波数を切り替えた。しかし、無線機はうんともすんともしない。
「だめか……下の階に落ちた時に壊れたのかもしれません……このまま死ぬのか」
「デイビッド、諦めるな。必ず救援は来る」
「しかし大尉、連絡が取れない以上、絶望的です」
「軍はテロのリーダーの死体を見つける為に、ここを掘り返す。必ず助かる。だから……諦めるんじゃない」
大尉はデイビッドを励まし、デイビッドが気落ちしないように語り掛け、元気付けた。
戦場での馬鹿話や、危機一髪で助かった話、そして話は大尉のプライベートにまで及んだ。いつの間にか、デイビッドは大尉の話に心を引き込まれていた。
「妻が作るパスタが最高でなぁ、休暇で久しぶりに帰宅すると、まずは妻にパスタを注文するんだ。そうだ、今度お前も食べに来い!」
「それは楽しみだ。ぜひ御馳走になりに行きますよ」
「ああ!来い来い!上等なワインもある」
その時、車のエンジン音が近付いて来た。車独特のドアが閉まる音がいくつも聞こえ、大勢の人の気配がする。
「ッ!!捜索隊!?大尉、捜索隊が!」
「俺の言った通りだろう?必ず助かるってな」
デイビッドは力の限り叫んだ。外にいる者達はデイビッドに気付き、瓦礫を退かし始めた。
「大尉、俺達助かりますよ!」
「……デイビッド、ちょっとの間、預かって欲しい物がある」
「大尉?」
瓦礫の隙間から大尉の指が現れる。デイビッドはその手から小さな、指輪入りの小さなケースを受け取った。
「……それを、妻に届けて欲しい」
「大尉?なぜです。大尉が届ければいいじゃないですか!」
「残念だが、俺はもう……」
瓦礫が取り除かれ、デイビッドの頭上から男が声を掛けた。
「ご無事ですか!」
「ああ!なんとか」
デイビッドは男が差し出した手を掴み、引き上げられた。担架に乗せられ、運ばれて行く。
「ま、まだだ!大尉が瓦礫の下に」
「了解しました。すぐに助け出します」
デイビッドは指輪のケースを胸のポケットに深くしまい込んだ。

……数日後、デイビッドは大尉の埋葬式に参列していた。大勢の軍人が見守る中、棺桶が穴の中へ納められる。
大尉は、瓦礫に頭を押し潰され、即死だったそうだ。死後、六時間は経過していたらしく、デイビッドとともに落下した時には、既に死んでいたことになる。
では、デイビッドに語り掛けたのは一体なんだったのであろうか?

埋葬式が終わり、人も疎らになった。
棺桶が埋められた土の前に、一人の女性が座っている。デイビッドはその女性に近付き、声を掛けた。
「大尉の……奥様でありますか?」
女性はゆっくり振り向き、頷いた。
「自分は大尉と一緒に作戦に参加したもので、デイビッドと申します」
「デイ……ビッド、あなたが……。夫から話は聞いております。活きのいい新人が入ったと喜んでいましたわ」


蛇のように潜り込むのが得意で、ダンボールで大胆な芸が出来るとか。と女性は笑いながら話した。
デイビッドはこっ恥ずかしくなり、横を向いて頬をかいた。
「ああ、そうだ。実は……大尉から預かり物がありまして」
デイビッドはポケットから指輪のケースを取り出し、女性へ手渡した。女性は指輪を見つめ、ぽろぽろと涙を流した。
「これは……あの人が結婚記念日に買ってくれると約束していた物です。どうしてあなたが……?」
デイビッドは瓦礫の下での事を一部始終話した。
「不思議な話です。大尉は、本当はあなたに直接渡したかったはずです。死して尚、妻を思う気持ち、その力が大尉を動かしたのでしょうか……」
「違いますわ」
デイビッドは俯いていた顔を上げ、彼女の言葉に反応した。
「あなたを勇気付ける為の強い意思が、あの人を動かしたと、私はそう思いますわ」
「……それが本当なら、どこまでも部下思いのいい上司ですね」
「ほんとねっ」
女性とデイビッドは吹き出した。女性は指輪を空に翳すと、ダイヤが太陽の光を浴びて、美しく輝くのだった。

「これで俺の話は終わりだ」
スネークが顔を上げると、魅音とレナが目に涙を浮かべていた。
「いい話だねぇ~おじさん感動したよ」
「レナね。お婿さんが欲しくなっちゃったよ。なっちゃったよ!」
ぐすぐすと泣く二人。だが、梨花はクールに言い放った。
「いい話なのですが、ぜんぜん怖くないのですよ」
さく。聞こえるはずのない効果音が響き、見えない矢が、スネークの背中……否、精神に突き刺さった。
「し、しまったぁぁぁ……」
スネークは四つん這いになり、項垂れた。
「ま、まあまあまあ、いいじゃないか。怖いのばっかより、こういう話で最後はこうスキっとした気持ちになってさ!」
圭一がスネークをフォローした。

「さて、そろそろお開きにしよっか」
魅音がそう切り出すと、皆は持参した物の残骸を片付け始めた。
「そだ!梨花ちゃんと沙都子は家まで送るよ。ついでに古手神社の階段でジャンケンしてみようぜ」
「お!面白そうだね。なんか起こったりして」
圭一の提案を聞き、魅音の目が輝いた。
「ひっ!嫌ですの~!」
そのやり取りを見ていた沙都子は、木にしがみついた。
「み~☆沙都子、観念するのです」
木にしがみつく沙都子を、梨花が引きはがそうと服の裾を掴む。
「そういえば、梨花ちゃんだけ話してないんだよな。実は俺も、神社に纏わる怖い話が聞けないか期待してたんだ」
「みぃ……そう都合よくいかないのですよ」
圭一の問いに梨花は困ったような表情を見せた。
「ふむ……梨花には見えていると思ったんだが…」
「みい?」
「スネーク、何の話だ?」
「いつも、梨花の周りを着いて歩いている巫女服の女がいるんだ。お前達にはやはり見えていないのだな」
「………」
魅音、レナ、圭一は変な表情をして、一様に梨花へと振り返った。梨花は目を見開いて、驚いた表情をしている。
「……見えて…いるのですか…?」
梨花のその一言が皮切りとなった。
「ひにゃあぁぁぁ!!!」
沙都子が悲鳴を上げながら、一目散に逃げ出した。続いて、魅音、レナ、圭一も走り出した。
「み、みぃ!?みんな、待って欲しいのです!」
「うわ!梨花ちゃんが追って来た~!」
「に、逃げろー!!」
「みー!みんな酷いのですー!」
梨花は急いで皆を追い掛けた。スネークは皆が見えなくなるまで、見送った。
「はっはっ!騒がしい奴等だな」
スネークは梨花が置いていった缶ビールを手にとった。
「ん?お前は梨花に着いていなくていいのか?……」
スネークはそう言うと、右から左へ目で追い掛け、圭一達が見えなくなった森の道に視線を固定させた。
スネークはふっと笑い、缶ビールのプルタブを開けた。
翌日、教室にはいつもの部活メンバーの姿があった。だが、沙都子だけ目の下に隈を作っていた。
「沙都子ちゃん、大丈夫?」
「し、心配いりませんわ、レナさん。昨日はちょっと寝付けなかっただけですの」
「沙都子は、僕に着いている幽霊さんにびびって寝付けなかったのですよ。にぱ~☆」
「梨ぃ花ぁ~!」
沙都子は梨花の頬を摘み、伸ばしたり縮めたりを繰り返す。
「梨花ちゃん、今は幽霊は側にいないのか?」
圭一は不安気な面持ちで梨花に聞いた。
「そんなの、最初からいないのです。スネークが皆をからかっただけなのですよ」
「でも昨日、梨花ちゃんも『見えているのですか』って……」
「スネークに便乗したのです☆」
「うわ~やられたなぁ~」
圭一は頭を抱えながら机におでこを擦り付ける。
教室の戸が開き、智恵留美子が入っ来た。智恵の表情はなにやら堅い。
「起立!礼!着席」
魅音が号令を掛け終わると、智恵が重い口を開いた。
「昨日、神聖なるカレー菜園から野菜が盗まれました」
教室の空気が一段と重苦しくなる。
「ひえ~智恵先生の菜園を荒らすなんて、どこの命知らずかね?」
魅音はひそひそとレナと圭一に話しかけた。
「犯人は既に捕まえ、先生が制裁を加えました。私による、私の為の、カレーだけに使う野菜を、犯人は猪汁に使ったのです。これは断じて許されることではありません」
「イ、イノシシ……ジル?」
「委員長、なにか知っているのですか?」
魅音は首を横にぶるぶると振って、否定した。智恵は話を続けます、と教室全体に視線を戻す。
「犯人は捕まえました。しかし、共犯者がいるようです」
その言葉に部活メンバー全員の体が硬直した。
「犯人が食べた猪汁の鍋の横に、犯人を含め、六人分のお椀がありました。共犯者は五人だと推測できます」
智恵はビニール袋から何か探り出した。
「そして、鍋の近くにはこんな物が落ちていました。たぶん、共犯者の物だと思われます」
智恵の手には豚骨ショウガ味のカップラーメンが握られていた。圭一は真っ青な顔で、生唾を飲み込んだ。
「あなた達を疑いたくありませんが、共犯者は生徒の中にいると思います。正直に名乗り出てくれれば、先生は許しましょう」
智恵の話が終わると、授業が始まった。そして、次の二時間目の体育の授業になっても、スネークは現れなかった。

休み時間、圭一は魅音に話しかけた。
「なあ、やっぱりあの猪汁って……」
「うん、スネーク先生が菜園から盗んだ野菜を使ったんだと思う……」
「じゃあスネークが今日、学校にいないってことは……」
「智恵先生がなにかしたんだと思う……」
長い沈黙が流れた。そしてそれを破るようにレナが切り出した。
「わ、私達は名乗り出たほうがいいのかな、かな?」
「いずれバレると思う。その前に正直に話せば、私達は許してもらえるよ」
だが、白状する勇気が出ない間々、時が過ぎた。

学校の鐘が、四時間目の授業が終了したことを告げる。友達同士で机を付け合う昼食の時間になってもスネークは現れなかった。
智恵は今日は珍しく、教室で昼食を取っている。勿論、カレーである。一人の女生徒が智恵に言った。
「先生~またカレーですか~?」
「ふふ、今日は一味違いますよ。蛇の肉を使った特製のカレーですから」
部下メンバー全員の顔色が変わった。
蛇?蛇ってヘビ?なんの蛇?どんな蛇?なんで?ナンデ?ドウシテ?ソレハ、ホントウニ、ヘビノニク?
部活メンバーの頭の中を同じ疑問が駆け巡る。智恵はスプーンを軽く構えた。
「英語で言うと……スネークですね☆」

……それが、圭一達を震え上がらせた、この夏一番の怪談であった……。

【ひぐらしのなく頃に・怪】
「齢咄し編」(完)

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最終更新:2008年02月20日 22:44