作品サンプル3

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hengue

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『縄文蛇神考』/戸神重明
                                                                                    お題妖怪:野槌(のづち)

  日本に伝わる妖怪の大半は大陸から渡来したものだと言われている。そんな話を聞くと、東国生まれのせいか縄文贔屓の私は、少し寂しい気がしてしまう。そこで縄文時代から伝わってきた〈土着系妖怪〉は何かいないものかと考えるうちに、野槌を思い出した。

  記紀神話の女神を祖とする野槌と、ツチノコを同種と見る向きは多い。ツチノコならば、それと思しき動物の姿が縄文時代の壺にも描かれている、と本で読んだことがある。

  詳しいデータが欲しいと思った私は、その壺が展示されている、と書かれていた長野県茅野市の尖石縄文考古館に問い合わせてみた。しかし何と、該当するものはありません、という内容の懇切丁寧なお返事をいただいた。

  これには驚いたが、落胆するのはまだ早い。私は同じ長野県の札沢遺跡から出土した吊り手土器に造形された動物こそ、ツチノコの幼体ではないか、と思うのだ。土器の把手(とって)に数頭の手足のない動物が乗っていて、三角形の大きな頭と太くて短い胴がツチノコの特徴を表しているように見える。

  縄文時代の土器や土偶は、現実にあるものを描くことが禁忌とされていたらしく、抽象的な作品がかなり多い。野槌=ツチノコも、原点は縄文人が蛇神として崇めていた想像上の動物だったのではないだろうか。


  ところで、私は子供の頃、「人類初のツチノコ捕獲者になりたい」と本気で思っていた。UMAの目撃談といえば、未開の地に多いものだが、ツチノコは関東地方の里山にも出没すると言われていたので、私にもチャンスがありそうだ、と考えたのだ。

  さすがにいまでは、いないだろう、と思っているのだが……。現代日本の里山にも棲む動物が捕獲はおろか、まともな写真も撮られていないのはおかしいと言わざるをえない。

  だが、世の中には未だに「ツチノコを見た」と主張している人もいる。これは以前、旅先で出会ったハイカーから聞いた話だ。

  彼が中部地方の山道を一人で歩いていた時のこと。不意に下草が揺れ、異様な動物が道に転げ出てきて、数メートル離れた場所に静止した。体長は約八十センチ。手足がなく、胴の太さは一升瓶ほどもあるが、もっと扁平な感じで、頭が三角形をしていたという。

  ツチノコかっ? 彼は持参していたデジカメを構え、夢中でシャッターを押した。そのとたん、目まいに襲われ……はっと我に返ると、デジカメを手にしたまま、山の麓にあるバス停のベンチに座り込んでいたという。

  すぐにツチノコのことを思い出したので、デジカメの電源を入れ、画像を再生してみて、愕然とした。液晶モニターに映し出されたのは、どういうわけか、体長一・五メートルほどのヤマカガシの姿であったという。

  この時彼は、ツチノコや野槌と呼ばれるものが捕獲されず、まともな写真も撮られていない理由が「わかった気がした」そうである。

  
『へんぐえ ~茜~』収録(2010年12月)
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