ALL LAST◆ANI3oprwOY










――――Der Gipfel des Berges funkelt.




待っている。





――――Im Abend sonnen schein.





私はここで、待っている。






――――Die Lorelei getan.






いつか私を奪い取る、誰かの願いを、待っている。






















                       / ALL LAST 


















雪が降っていた。

ひらひらと。
瓦礫に埋め尽くされた一面の荒野に、白き結晶が降り積もる。
それは奇跡のひとカケラ、乗せて吹き抜ける風と共に、届けられる儚いモノ。

純なる大聖杯は狭く窮屈な世界全土を覆い尽くし、空はまるで白い絵の具で染められているかのよう。
そこからぽろぽろと、剥がれ落ちたカケラの粒が雪となり、地表へと舞い落ちる。
ひっそりと、死んだように静まり返った大地へと、降り積もる。

雑音(ノイズ)の無い、静謐な世界。

その、中心に立つ少女の歌だけが、ここに響いていた。
雪と共に瓦礫の絨毯の真ん中に降り立ち、陶器のような白き裸足を地につけた少女。
降り積もるモノと同じくらい純白のドレスを着た彼女は、瞳を閉じたまま、歌い続ける。

静けさを際立たせる透明な歌声。
ローレライ。
私のもとにおいでと誘う。
もはや何も無いかのような、空虚なる世界の真ん中で、水底の魔女は誰を呼んでいるのか。

答える者は、いない。
誰も、立つ者は、いない。
全てが死に絶えたように、止まった世界には何も、いない。

少女は告げた。
私を奪うものが勝者だ、と。
ならば、ここに、願望器に、至る者こそ。

刻限は定められている。
永遠は過ぎ去っていく。
空に散った神様が、己の身体を作り直す、その時まで。
生きているなら、誰にでも、確かにその権利があるけれど。

声も、気配も、未だ、ない。

それでも、少女は瞳を閉じたまま、歌い続ける。
空虚なる世界の真ん中で、何かを、誰かを。
夢見るように、待ち続けていた。

いつか彼女を奪いに来る、誰かの願い。
遠く、遠く、果てしなく遠く。
小さく耳に聞こえてくる、誰かの足音。

――――極点は此処に、奇跡の杯は完成する。

後はそこに、注ぐ切望を示すのみ。
人の願いという名の、永遠に続く物語。


これはその終点を目指す者達の軌跡――――


◇ ◇ ◇



/一方通行



骸の上を、歌声は通過する。


超能力者は動かない。
胸の真ん中の孔は塞がらず、血も流れぬ体は既に朽ちていた。
けれど、さくりと、傍らで小さな音が鳴ったとき。

――――は。

その死体の口元は歪んでいた。
泣いているのか、笑っているのか、狂していたのか。
もう誰にも、分からない。確認する術は無い。



――――さっさと終わらせて来い。クソッタレが。



残されたように吊り上げた口元が、ただ、告げている。
サラサラと体が少しずつ、灰になって消えていく過程で見せた、幻のような変化。


それでも、彼は笑っていた。



「………………」



歌はもう、彼のもとまで届かない。
物言わぬ骸の傍を、誰かの靴音が通り過ぎていった。




◇ ◇ ◇





/枢木スザク




鉄くずの山に、崩れ落ちた鎧が混じっていた。
長い時間砲火に晒され、大破炎上したその機体は既に原型を留めていない。

ヴォルケインという名の、砕かれたヨロイ。
その足元で、動くモノがあった。

瓦礫の海を這いずり進む。
身体の下に敷き詰められた小石、ガラス片が擦れ、その度に血を流す。
進む為に、土を掴む指、引き寄せる五体。
枢木スザクは、目指していた。

前へ往く。

僅かでも、前進するために、地を這い続ける。
立ち上がる体力は最早ない。
ほんの少しだけ腕に残った力を使い、ほんの少しずつ近づくことしか、出来はしない。
遠く、耳に聞こえる歌の、響く方へ。

何の為に往くのだろう。
枢木スザクはもう一度、己自身に問いかける。


――――生きろ。


分かり切っている。
声が、聞こえているから。
歌に混じって、スザクにしか聞こえない声がするから。


――――生きて。


誰かの命。
誰かの願い。
誰かの―――想い。


何の為に往くのだろう。
それは、何のために生きるのかという問いの答え。


――――生きろ。
――――生きて。


願われたから。
大切だった人に。
大事だった全てに。
そう、願われていたから。
けれど、それは本当の、答えじゃなくて。


―――――行きたい。


誰でもない、己の想い。


――――――生きたい。


今、歌声の響く場所へ、行きたいと思っている
確かに、生きたいと願っている。
枢木スザクの感情こそが、身体を前進させている。
他の誰でのない、枢木スザクの思いが、響く歌へと向かって行く。


「―――――――そうか」


なんだ今の僕は、俺は、こんなにも生きたかったのか。
そんな、気づいてしまえば吹き出したくなるような単純な事実に、腕の力が抜けていく。

いつか、死にたいと思ったのは本心だった。
存在ごと己を消してしまいたいと願ったのは事実だった。
それがいつ、どこで、誰によって、変えられてしまったのだろう。

ルルーシュ。
ユフィ。
そして、此処に来るまで、交錯した全ての思い。

受け取った全ての想い。
返信した自らの感情。


――――生きろ。


――――生きて。


「ああ、僕も――――」


生きて、いたい。
生きて願いを、伝えたい。
枢木スザクの想いを、願いを、受け取るべき者へと。

「行かなくちゃ……いけない……のに……」

身体はもう、動かない。
這いずる力すら、もはやない。

そうして、停止する前進。
向かう方角を知るための歌声すら、今や聞こえぬ程に減じた聴覚で―――

「………………」

聞こえた、小さな音。

「…………………そう、か」


スザクの傍らを過ぎ去る、誰かの願い。



「――――まだ、そこに在るのか」



それは前に進んでいく、誰かの足音。




◇ ◇ ◇




/グラハム・エーカー


踏みしめる一歩は砂利を砕き、その度に口から血が漏れ出す。
全身の感覚を失くして尚、彼の身には歩み続けられる機能が備わっている。

痛みを押し殺し、一歩。
うめきながら、二歩。
響く歌声をめざし、三歩。

男は進む。
彼は、グラハム・エーカーは歩んでいた。

――――前へ。

神を名乗る者と刃を交わした時も。
空中でエピオンからの脱出を試みた時も。
パラシュート降下により大地を踏みしめた時も。
今、全身がバラバラになりそうな痛みの中でも、常に唱え続けていた言葉を想起して。

――――前へ。

男は進む。
霞む視界で、ガクガクと震える足で、ふらふらと覚束ない動きで。
はたから見れば滑稽なほど緩慢に、それでも前進を続けていた。

限界は近い。
いや、限界など、とうの昔に振り切っている。
動いているだけでもあり得ない状態なのだから、立って歩むなど無茶の範囲を超えている。
この瞬間、唐突に心臓が止まっても、決しておかしくはない。

一歩、一歩、罅割れた地面を踏み壊すように、一歩ずつ進む。
可能としているのが、彼の精神力。
常人を超えた心の在り方は、燃え尽きようとしている命を更に燃焼させる。
最後の炎をもってして、踏破を敢行する。

「――――――」

願望器の待つ場所へと。
何もかもを忘却し、阿修羅と化し、そうしてたどり着く。
願いを忘却したまま、何も無く、ただ。たどり着く。
そこに、何の意味があるのだろう。

「――――――ぁ」

過る空虚さに気づいたとき。
止まる筈のない前進が止まっていた。
歩み続けていた彼の目の前に、何かが転がっている。

それは、気づかないまま進み続けていれば、踏んでしまいそうになる程の小さなモノだった。
小さな身体。
壊れたように動かない、修道服の少女。

修道服の少女は、どうしようもなく終わってしまっている。
閉じられた瞳は動かない。彼女の、砕け散った心は戻らない。

それでも、まだ、息をしていたから。
まだ、生きて、いたから。
足が、止まる。
そしてもう、動かない。

その時、グラハム。エーカーは理解した。
己は、ここまでなのだと。

絶対に、グラハム・エーカーに、彼女を跨ぐことは出来ないから。
置いて行くことが、出来ないから。
なのに、それでいいと、思えたのは何故なのか。

命の燃焼が止められたことで、奇跡的に残っていた推力が霧散する。
そっと近づいて屈みこみ、少女の頬を撫で、そこに残る涙を拭った。

もう歌は聞こえない。
抱え上げたとき、今度こそ、全身の力が消えてなくなるのを感じながら。
彼は、告げた。


「―――――――行け」



傍らを通り過ぎていく、誰かの足音に。


「―――――――君に、託す」



◇ ◇ ◇





/アリー・アル・サーシェス




罅割れた眼球が俯瞰する。

窓ガラスの全て割れたオフィスビルの屋上の柵に、その肉体は引っかかっていた。
色々な部分の欠けた体で、動いているのは眼球のみ。
視線の先には、歌い続ける小さな女神があった。



―――あーあ、もう終わっちまう。



そんな諦観と少しの落胆を滲ませながら、それでも彼は愉快気に。
既に上半身しか残っておらず、もうじき死する定めとしても。



―――だが、まだ、終わってねえ。



踊り明かした戦いの最後を見つめていた。



―――ああクソ、なんかよく視えねえな。



血が零れる。
意識が抜けていく。
歌声なんて、とっくに聞こえなくなっている。


それでも、もう少しだけ見せてくれよと。
彼は楽しそうに、声をかけた。


「なあ、おい、テメエもこっち来て観てみろよ」




傍らに近づく、誰かの足音へと。




「今回最後の戦争だ。フィナーレだぜ、切ないねぇ………」







◇ ◇ ◇



/両儀式



僅か、聞こえる歌声に、目を覚ます。


体の感覚がほとんど死んでいた。
視力と聴力以外、何も残っていないくらいに。

仰向けに寝転がったまま、見上げた空は泣いていた。
まったく、空が泣いている、だなんて、
陳腐な表現がこれほど当てはまる場面もそうそうない。

ただし泣き方は、よく言われているものと違っていたけれど。
哀しさを振り絞るような悲哀(あめ)じゃなく。
ぽろり、ぽろりと、懐かしむような、あるいは別れを惜しむような、哀切(ゆき)の空。

天頂を中心に、私に視える『線』は広がって、空を覆う。
真っ白を引き裂くように、黒い亀裂が広がっていく。
まるで、世界そのものが死に往くように、際限なく。

それがなんだか、少し嫌で。
黒線のない、純白の空が見てみたくて。

そこで私はふと思う。
私は今までどうやって、この黒い線を視界から消していたのだろうか。

分からない。
分からなくなっていることに、今更になって私は気づいた。

今までの私は、いったい何を、観ていたのだろうか。
一体何を、達観していたのだろうか。
此処まで来て、今更、見失って、しまった。

視る事も叶わなかったアイツの死。
視る事になった、誰かの死。

ずっと、この場所で感じてきた、やけに重い死のように。
天頂に広がる死線はハッキリと感じられて。

なんだ、ばかばかしいくらい簡単なコトだった。
ああ、死はこんなにも、重く切ない。
いつの間にか、無視できない程に、私はそう捉えてしまっていた。

「―――お前は、いくのか」

私は眼を閉じて、傍らへと声をかける。
いましがた、立ち上がったばかりの誰かに。

「――――そう、か」

閉じた視界に映るのは誰の死でもない、微睡。
耳に入るのは返答の声と、遠ざかっていく足音だけ。

もう、空の死は視えない。
響く歌は、聞こえない。





◇ ◇ ◇



/阿良々木暦




―――歌が、聞こえた。



雪と共に、風に乗って届られる。
それは悲しい歌だった。

外国の、それなりに有名な、僕ですらきっとどこかで聴いたことのある曲。
日本語じゃない歌詞の意味は、良く分からなかったけれど。
少なくともいま聞こえるこの歌は、なんだか哀しくて、切なくて。
胸を締め付けられるような切望の込められた、そんな歌だと、僕は思った。

分からない言の葉の、意味、だけど分かることが一つだけ。

この歌は、呼んでいる。
僕を、僕たちを、この世界に未だに残る、生きた者達を。
生きるモノ達が運んできた、願いの訪れを待っている。
だから、行かないといけない。

幸い歌声はそう遠くない筈だ、ほんの少しの距離を歩いて、たどり着くだけ。
特別な力なんて要らない誰にだって出来る簡単な、
たったそれだけのこと、なのに……どうして……それが、こんなにも難しいんだろうか。

「――――――」

視界いっぱいに広がる、漂白されたような空から、雪が降りてくる。
言葉すら、もう発することが出来なかった。
痛みを感じることも無い。
あり得ない程の寒気が、体を覆い尽くしている。
僕はいま、いったいどんな状態になっているのだろう。

身体が動かない。
砂利の下に埋まっている両足の感覚が、酷く鈍い。
投げ出したような右腕はもう、ピクリとも動かない。
だから唯一動いた左の方で、

「―――――――」

ひ、ひ、と。
勝手に喉が鳴っていた。
自分の身体なのに、一瞬あまりの重さに気が遠のいた。
何度も何度も、左手を地面に叩き付けるようにして、無理やり上半身を押し上げる。
口から勝手に、涎なのか血なのか良く分からないモノがダラダラと流れ出てみっともない、けどそのままにする。

「………ぎ……ぅ」

ひゅーひゅーと。
過剰なまでに息を吸い、嘔吐するように吐き出す。

まだ、だ。意識を、手放すな。
まだ僕は、立ち上がってすらいないのだから。

歌は、今も聞こえている。
聞こえている。
だから、聞こえなくなってしまう前に――――

「お……ォ……おおおお……アァ……………っ」

漸く、悲鳴以下の呻き声を混じらせて、僕は重たい全身を持ち上げる。
砂利に埋まった二本脚を引き抜き、自分の足で、地面を踏みしめ。
ついでに辺り一面に、血反吐をぶちまけながら。

――――嗚呼、よかった、まだ、下半身、付いてたんだ。
なんて、迂闊にも安堵したのが、どうやら失敗だったらしい。

「――――――――――ぁ――――――れ?」

ゆっくりと全身を回っていた血が、急激な運動によって薄れる。
すっと意識が遠のいて、脳味噌がカラになったような錯覚を知る。
ああ不味い、これは駄目だ、なんて思った時には遅かった。


身体のコントロールを失って操縦不能、前後不覚に陥る。
ふわりと気持ちが軽くなり、抱きしめられるような優しい微睡に引き込まれる。

明滅する視界の中で、僕は理解した。
このまま倒れてしまえば、二度と立つことは出来ないだろう。
分かっていた。
けれどもう、どうしようもなかった。既に傾いた体は、倒れるまで止まらない。

最後の瞬間。
僕の頬に、雪が落ち、溶けて消える。
同じくらい簡単に、意識は溶けていく。
耳に響く歌声が、願いを呼ぶ声が、ゆっくりと遠のいて――――




「――――約束」

こつん、と。
今にも倒れそうな重たい体が、誰かに支えられるのを、感じた。


「……約束、しましたよね」


寄りかかる、柔らかなもの。
血まみれの手を握る、暖かさ。
漂白された視界の中で、誰かが、傍にいるのを、感じていた。


「――――ぁ」

意識が帰ってくる。
視界が戻ってくる。
感覚すら思い出す。

真っ白い空の色。
降り積もる雪の感触。
瓦礫の絨毯の硬さ。
視界を流れ過ぎていく、亜麻色の髪。

「……手を……引いて、くださいよ……」

そして、ほほえみ。
抱きしめるように、僕の肩を支える少女が、そこにはいた。

僕に負けないくらい、ボロボロの有様で。
やっぱり、立ってるのが精一杯な状態で。
それでも尚、彼女は微笑んでいた。

微笑んで、言った。
ほら、約束を果たして、と。
待ち望んだ時に、心を弾ませるように。

「ねえ、私の―――主人公(すきなひと)」

僕たちはどうしようもない他人で、別々の物語だ。
救う事も、救われることも出来はしない。


「私の、知らない景色を見せて―――」


そう言った彼女の手は、僕の手を握っていた。
今だけは、隣り合う僕らは、同じ物語の中にいた。


「そして叶うなら、私にも」


彼女の肩が、僕を。
僕の肩が、彼女を。


「私にも、引かせてください。あなたの手」


互いの身体を、支えている。


「私の重さを少し、預けます。
 だから私にも、あなたの重さを、少しだけ、分けて……」



支え、合っている。



―――Come with Me.



魔女の歌響く空の下。


「約束です」


自分の歌を誇らしく唄うように、平沢憂は囁いた。



「ああ……一緒に、行こう」


今こそ、約束を果たそう。
僕もまた、握り返す。彼女の手を。
すると感覚の鈍い足に少しずつ、血液が巡る、力が籠る。

僕たちはどうしようもない他人で、救えない愚か者で。
お互いの思いを背負う事なんて、結局最後まで出来はしなくて。
だから出来た事は、重さに倒れそうな互いの身体を、支え合う事だけだった。

血だらけの手を握り合う、熱が。
隣にいる誰かの存在が、その小さな一歩を可能にする。

耳に聞こえる歌を頼りに、終わる世界を歩んでいく。
重い体、一人じゃ立てない足。一人じゃ進めない道。
それでも、誰か、隣に居てくれたなら。
まだ、頑張れる。重さを分けあって、足はまた動き出す。


そう遠くない、むこう側。
目の前に、辿り着くべき場所が、在った。
瓦礫の上で、一人、瞳を閉じたまま、歌う女神の姿。

「……行こう、か」

きっと、その時、僕は初めて口に出していた。
僕の思う、この物語の結末。
僕の望む、どうしようもなく、救えない最後のカタチを。


「バッドエンド、目指して―――」


数十メートル先、雪降る世界の中心に立つ者。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
白き聖杯。真なる奇跡。懸ける願い。


―――――その終点の、目前。







銃声が鳴った。





「………………が……っ!?」



腹部に直撃した圧力に、体が崩れ落ちる。
僕という支えを失った事で、平沢もまた倒れていくのが見えた。

熱が、全身を支配する。
平沢が与えてくれた物とは違って優しいモノじゃない。
これは忘れかけていた『痛み』、生命の危険信号。
数発の鉛弾が体内を抉り、抜けていくのを感じる。

全身が痛すぎて、何処を何発撃たれたのかも分からない。
だけど、いずれにせよ、既に血液は流し切った。
半吸血鬼の再生能力は、今やまるで働いていない。

全身からドクドクと血が、流れ続けている。
確信する。僕は、殺される。
今度こそ、今度こそ、死は、避けられない。


「……………お……まえ……」


大量の血を吐き出しながら、崩れ落ちていく僕は、見た。
あと残り、たった数十メートル先にあった到達点。

歌う女神。白き聖杯。真なる奇跡。
その終点の、目前にて。


一人の少女が、立っていた。
身に纏うスクールブレザー、揺れるスカート、胸元には青いリボン。
そして、風に靡く、長い黒髪。

聖杯の前に、立ちはだかるように。
自らの願いを、守るように。
僕の、阿良々木暦の、最後の敵として。



――――そこに、秋山澪が立っていた。










◇ ◇ ◇


/秋山澪



歌が、聞こえている。


『僕の願いは――――』


認めない。
絶対に、認めるわけにはいかない。
そう思った。

銃弾は、目の前の少年の胸を確かに貫いたように見えた。
まだ生きているのは不可解だけど、どっちにしても結末は変わらない。
彼は満身創痍、既に死に体に近い。もうじき、ぜんぶ終わる。

もう目の前に、奇跡はある。
あと、一歩なんだ。
あと、ほんの少しなんだ。
あと少しで、あと少しだけ頑張れば、全て戻るんだ。

全部を、取り返す事が出来るんだ。
奪われた全部を、失くした全部を、求め続けた日常を、もう一度手にとることが出来るのに。
なのに、なのに、なのに―――

「なんで……動かないんだよ……ッ!」

ようやく立ち上がった足は、ピクリとも動かない。
感覚がマヒしたように、進めない。痛みに支配されて、思うように身体を運べない。

だったら地を這ってでも、あとほんの少しの距離をゼロにする。
泥だらけになるなんて、なんてことない。
だけどそれじゃあ遅いんだ。それじゃ、追いつかれてしまう。
挫いた足じゃ、追い抜かれてしまうと思ったから。

私の背後、近づいてくる人に。
目の前の奇跡を、私の願いを、壊されてしまうと確信していたから。
銃を向けるしかなかった。

「あ……ぎ……やまぁ……!」

彼の血液がポタポタと、地に落ちる。
雪に染み込んで、溶けて混じる。

「そんなになって……まだ……進むっていうのか……?」
「お互い……さまだろ……?」

ボロボロの身体を撃ち抜かれて尚、立ち上がり、進もうとする少年が、私を追ってくる。
血を流しながら、聖杯を目指して、進もうとしている。
どれだけ傷ついても、辿り着けるなら構わないと言うように。

「やめろよ……来るなよ……」

だから私はもう一度だけ、銃を構えた。

「どうして……? いいじゃないか……なあ、叶えさせてよ……」


――――阿良々木暦。


「嫌だね。僕は、この先に行く」


私は、彼の願望を知っている。
聖杯に告げる祈りを知っている。
フレイヤを巡る戦いの中で、彼が私に告げたコト。


『僕の願いは――――――』

『だったら、私たちは……』

『ああ、宿敵って、ことかもな』


それは私にとって、最悪の願い事だった。
そして今、再度告げられたその、終わりのカタチは、


『行こう。
 バッドエンド、目指して―――』


―――私の願いを、破壊する。


握り締める、東横桃子が残した銃。
痛めて尚、酷使し続けていた左手首は、もう感覚すら残っていなかった。
それでも弾丸はあと一発だけ残っている。あと一発だけなら、撃てる。
例えこの先、一生、左手が使えなくなってもいい。

膝をつきながら進み続ける彼の頭部に、銃口を向ける。
彼を止める。例え殺すことになったとしても。

取り戻す、私は、此処で失った全部を。
それは絶対に失くしてはいけないモノなんだと、信じているから。
この願いだけはどうしても、誰にも譲ることが出来ないから。


だから―――




「私は認めない、そんな結末……!!」



放つ銃声。
最後の一射は私の左手を代償にして、阿良々木暦の眉間を、確かに捉えていた。











◇ ◇ ◇







/平沢憂



歌が、聞こえる。

ふと、眼を開ければ、真っ白い空が一面に広がっていた。
はらり、はらりと、頬に降る粉雪。
なんとなく、いつかの、誰かの言葉を、思い出す。


『じゃじゃーん、ホワイトクリスマスだよ――――』


ああ、綺麗だなあ。
なんて、単純で、純粋なコトを、私は思った。
現実の景色も、連想される思い出も、こんなにも鮮明で、輝いて見えて。


「綺麗……ですね……」


隣にいる誰かも、同じ思いを抱えてくれていれば、もっと素敵だ。
違う誰か、違いすぎる他人、だけどこの一瞬でも、同じ気持ちで在れたなら。
それはどんなにも、幸せだろうか、と。

「ねえ、阿良々木さんも、そう、思いませんか……?」

「ばか……やろ……」

涙が、落ちてくる。
ぽたりぽたりと、胸元に雫が零れ、そこに在る紅いものと混じり合って、雪の上に落ちていく。
それは私を抱え上げたまま、必死に止血を施そうとしている、少年の嗚咽だった。

「ああ……そっか……私……」

やっちゃったなあ。
なんて、軽い感想を抱いた。

澪さんが、引き金を引く、瞬間。
手を伸ばしたのは、咄嗟に彼を突き飛ばしたのは、何故なのだろう。
それが何を意味するのか、分かっていた筈なのに。
だけど、いま、分かることがあった。

―――私は、また選んだのだ。

示された選択肢。
『夢』か、『命』か。
いつかは選べなかった、もう一つの選択を。

「どう……して……だよ……」

その声は、愕然とする澪さんが、発していた。

「どうして……どうして……なんでだよ! なんでだよ! なんで……ッ!」

僅かに首を動かして、彼女の方を見る。
涙を溢れさせながら、絶叫する、大切な人。
とても、とても、悲しい姿だった。

「ごめんなさい……澪さん」

あなたの願いは、決して間違いなんかじゃない。
失くしてしまったモノを、永遠に去った幸せな過去を、取り戻す。
取り戻したいと願うことを、誰が否定できるだろう。

「あなたは間違って、ないんです、だけど―――」

私の願いが正しいのかも、本当は分からないけど。
だけど、知っていて欲しい思いがある。
あなたの願いは、あなたの大切だった場所は、あなたの帰りたかった『過去(きのう)』は、きっと。


「それは、あなたにしか、見る事の出来ない夢だから」


私は、違うモノを願ってしまった。
哀しい結末の、その向こうに。
それがどれだけ怖くて、永遠に消せない傷を抱えた日々だとしても。

何かが終わってしまっても、私達が続く限り、きっとまた始まりはやってくる。
私がここにいる限り、あなたがそこにいる限り、物語は始まり続けていく。
それを、教えてくれた人達がいた。


『俺はただ――が欲しかった。
 時を止めたくはなかった。
 そこに、その先に、続くものがあると信じたから』



―――ねえ、ルルーシュさん、私の王さま。
貴方の言葉が、今なら分かる気がするんです。

ふと昔の夢を見て切なくなる日があったとしても。
私たちが続く限り、何度でも、何度でも、違う願いを、新しい夢を、また見る事が出来る。
今ならそう信じられるから。

私はもう、昨日には戻れない。今日に留まることを選べない。
この先の、知らない景色を見てみたい。
大好きな人たちと一緒に。

たとえば、ほら、いま私の為に泣いてくれる人がいる。
隣にいてくれる人がいる。
この人を守れてよかった、この人を守れる『重さ』が私の中にあって良かった。
なんて、思える。そんな、新しく出会えた、大切な人と、一緒に。

もう一度、無我夢中に、一生懸命に、なれるものを見つけたい。
新しい景色、新しい大切、新しい胸満たすユメを探し続けたい。
それはまだ、ほんのささやかで、不完全な、だけど私の見つけた、私だけの夢だから。


ねえ、お願い、私も――――





「……私も……明日が、欲しいよ……」






◇ ◇ ◇



 /ALL LAST




それが最後だった。


「ばか…………それじゃあ……意味ないだろ……」


僕の握る、手の平から、ゆっくりと力が抜けていく。
抱えた身体から、熱が抜けていく。最早、それは覆せない絶対だった。

「そう……ですよね……はは……間違えちゃいました……失敗……したなあ……。
 ほんと、これじゃあ、何の……意味も、無いのに……」

平沢憂は胸元を真っ赤に染めて、僕の手を弱々しく握っていた。
儚く、それでも確かに、微笑みながら。
僕には、どうしても理解できなかった。

「なあ……平沢」
「はい」
「なんでお前、笑ってるんだよ……」

平沢の微笑み続けるそのワケが。
さっき言ってたことが本当なら、悔しくて悔しくて、堪らない筈なのに。
痛くて、怖くて、寂しくて、泣きだしたい筈なのに、なのになぜ、彼女は―――

「だって、私が泣いたら、阿良々木さん、笑えないじゃないですか……」

彼女は言った。
笑っていてほしい人の前だから、私は笑顔でいます、と。

「……………なんて、そんな理由は後付です。きっと、私は嬉しいだけなんです」
「なにが……嬉しいんだよ……」

夢が、終わるのに。
また、失くしてしまうのに、なのに、どうしてお前は……。

「決まってるじゃないですか……」

その時、僅かに、僕の身体に、震えが走った。

「阿良々木さん、寒いんですか?」
「……ああ、雪が……降ってるからな……」
「じゃあ、こうすれば――――」

―――それはいつか、大好きだった人が教えてくれた『魔法』です。
そう、少女は耳元で囁いて。

「あったか、あったか」

僕は、未だに残る彼女の熱を、抱きしめる腕に感じた。
ああ全く、お前は、どこまで……。

寒いのはお前の方だろうに。
寒いのも。泣きたいのも。哀しいのも。
ぜんぶ、ぜんぶお前じゃないか。

「ああ、暖かいな」
「えへへ……」

密着した彼女の表情は、もう見えない。
代わりに身体に伝わるのは、微弱な震え、僕はそれを止める為に。
彼女の寒さが、少しでも和らぐように、抱きしめる手に力を込めて。

「あぁ……」

光の粒子が空へと舞い上がる。
島の各地から、それは発せられていた。

「綺麗……ですね……」

この小さな世界の中で、訪れた全ての死が、天に昇る。
空に広がる白輪の内側へと、消えていく。


「ねえ、阿良々木さん」


彼女の身体もまた、少しずつ、少しずつ、光の粒へと変わって。


「―――また、会えますか?」


そしてもう、二度と僕たちが会う事は無い。
それが、救えない僕たちの、どうしようもない結末。
彼女に告げるべき回答で、だから僕は、なのに、なんで、畜生―――


「ああ、また明日、会えるさ。約束しただろ?」


どうしてそんな嘘を、言ったんだろう。
自分を詰り、殺したくなった。この世界で、僕は初めて殺意を抱いた。
他の誰でもない、阿良々木暦に。馬鹿だ、僕が一番の、大馬鹿だ。
これじゃあ、彼女を騙していたアイツと変わらない。目先の安息。偽りの救い。自己満足だ。
少女に対する回答。そんな、分かり切ったことすら、僕は、間違えたから―――



「……うそつき」


簡単に、少女は僕の愚かな嘘を見破って。

「ああ、嘘……なんだ、ごめんな」
「はい。でも、信じちゃいます」

呆気なく、信頼していた。
『―――それは優しい嘘だから。
 あなたすら信じていない『あなた』を、私は信じて待っています』
そう、嬉しそうに笑って。

「ひら……さわ……」

やめろと、止めたかった。
今のは、違うんだと、訂正したかった。

「――――ああ、そうだ、ねぇ……阿良々木さん」

だけど、もう僕の声すら聞こえていない彼女は、最後に。
夢見るように、呟いた。


「私……いま、新しい夢……見つかったんです。きいて……くれますか……?」


彼女は僕に、頬を寄せて。
言葉と、吐息と、握り締めた手のひらの暖かさ。
抱いていた熱が、同時に―――霧散する。
ふわりと、少女は光の粒となって、空へと舞い上がっていく。




――――それが、この世界における、最後の『死』、だった。













【平沢憂@けいおん!  死亡】




◇ ◇ ◇



歌が、聞こえている。

僕は進んで行く。
たった一人で、足を引きずりながら。
這いずるように、みっともなく、恥をしらずに進み続ける。

身体はもう、滅茶苦茶に擦り切れていたけれど。
どうしてだろう、心がヤケに冷たくて、意識が鮮明過ぎるほどにハッキリしていて。
歩くことが、出来た。

「やめろ」

誰かの、声がする。

「やめろ、行くな……!」

追いすがる、声がする。
知らない。僕は、何も聞こえない。

何も拾えない。
何も、何も、救えやしないから。

「いかないで……」

何も出来ない僕は、誰も救えない僕は、だけど一つだけ、決めたから。
今だけは、今だけは、選択をしようと、主人公になろう、と。
彼女が、願う人に。そう、決めたから。

一歩ずつ、一歩ずつ。
誰かの切望を振り切って、僕は、たどり着く。
瞳を閉じたまま、歌い続ける少女のもとに。

白き聖杯。
世界の女神。
イリヤスフィール。
彼女の、肩に、僕はそっと、血に濡れた左手を、置いた。


「―――――」


歌が、終わる。
ゆっくりと、少女は瞼を開き、目の前に立つ僕の姿を認識する。
そうして、一つだけを、問いかけた。



「それじゃあ、問うわ。
 ―――あなたの、願いを」



その一瞬だけは全ての雑音が消去された。
僕の頭の内側を色々なものが物凄い勢いで駆け巡る。
ここで、在った。ここに、在った。それは、全てだった。

愛していた人が居た。
大切だった人が居た。
ずっと、一緒にいたい人達が居た。

失くしたモノ、消えたモノ、悲しいモノ、痛いモノ、辛いモノ。
どれもこれも、取り返しがつかない存在ばかりで。
それでも取り戻したい、返してほしいと切に思えて。
もう、会えないなんて、耐えられなくて。

叫びたかった、喚きたかった。
全部、返してくれよと。
全部、元通りにしてくれよと。
だから、ああ、僕は、僕は、僕は――――


「僕の……願いは……」


僕の、阿良々木暦の願える思いは、ただ一つ。


「10億、足りる限り全部使う。
 ここでまだ、生きている全員、元の世界に戻せ。
 余りが出ても僕はいらない。それで終わりだ」


いつかの春休みと同じ、万人に平等なバッドエンド。


「――――――ッ!!」


絶叫が、僕の背中を突き刺す。

「やめろ!」

それは少女の哀切で。

「やめてくれ!」

全く以て、正当な怒りで。

「そんな結末は嫌だ!」

誰にも否定できない、純粋な感情だった。

「嫌だ……嫌だ……そんな終わりは……認めない!!」

女神もまた、僕に告げた。

「あなたが望むなら、なんだって出来るわ。
 巨万の富、神秘の宝、そして死者の蘇生すらできる。たとえ根源に至れなくとも、使い切れない程の魔力がここに在る。
 ――――なのにあなたは、何も望まないというの?」

そんな、優しい、言葉を。優しい物語を。
だから僕はもう一度だけ、後ろを振り返る。
背後に立つ、誰よりも奇跡を切望する一人の少女と向き合った。


「なんで……そんな……こと、願えるんだよ……」

秋山澪は、弾の切れた銃のトリガーを引き続ける。
何度も、何度も。僕を、僕の願いを、撃ち抜くように。

「ふざけるなよ……使わないなんて……そんなの……ッ!
 私にはある、願いが在るんだ!! 死んだって叶えたい願いが在るんだ!! だから……!」

ああ、なんて、彼女は正しいんだろう。
だけど、さ。
僕にはそれを願えない。

叫びたかった、喚きたかった。
全部、返してくれよと。
全部、元通りにしてくれよと言いたかった、けどさ。

この場所には、確かに在ったんだ。
ほんの僅かでも、ここに来たから、得られた掛け替えのないモノが。

ここで見つけられた物、ここで手に入れた何かを、僕は、どうしたって嘘に出来ないんだ。
たとえそれが、いずれ消えてしまう、泡沫の感情だったとしても。
絶対に後悔すると分かっていたとしても。僕は何度でも、この願いを、選ぶだろう。

死んでしまった人に、生きてほしいと思うこと。
それは、どこまでいっても、生きている僕らの、勝手な我儘でしかない。
失われた彼ら彼女らの願いは、本当の気持ちは、僕たちには永遠に知ることが出来なくて。
だけど、それでも一つだけ、僕には信じていたい事があるんだ。

泣き崩れる秋山の背後、薄く積もった雪に付けられた二人分の足跡。
それは誰かがそこに居た証。
僕と彼女が、目指した夢の軌跡だった。
二人で一緒に支え合って歩いた、あの時、確かに僕と彼女は、同じものを、目指していた。
そう、信じているから。

だから僕は、その夢を最後まで、守ろう。
他の誰でもない、僕の傍にいてくれた、彼女の願いを。
ひたむきに明日を目指した、少女のユメを。

泣き叫びながら僕を糾弾する秋山と、眠りについた誰かの足跡を、最後に、目に焼き付けて。
再び、聖杯の少女と向かい合う。
そして瞳を閉じて、僕は告げた。




「僕は、誰も救わない。ただこの物語を――――」


この物語のあるがままに。


「終わらせるよ」


告げられた少女はどこか、諦めたような笑顔で、ゆっくりと告げた。



「……そう、じゃあ―――願いを、受諾した。




 優勝者、阿良々木暦。




 ここに、バトルロワイアルの終了を宣言するわ」













【 バトルロワイアル  -ゲーム終了-  優勝者:阿良々木暦@化物語 】




◇ ◇ ◇





/送界式





◇ ◇ ◇



グラハム・エーカーは自らの存在が薄まっていくのを感じていた。
身体の感覚が希薄になり、触れた物の感触が上手く指先に伝わらない。

「終わるのか……」

世界から消滅していく、というよりは元の居場所に少しずつ引っ張られている。
還っていくのだと、彼は自覚出来ていた。

「辿り……着いたのか……阿良々木暦……」

終点に至った彼の選択を、此処に残る全員が見ていた。
物語の最後、消えてしまった一人の少女だけを除いて。

「……願ったというのか。
 誰の返還でもなく、誰の希求でもなく、ただ、残るものを残すことだけを……」

修道服の少女を抱きかかえたまま、先へ行った少年の背に声は届かない。
少年の言葉もまた、おそらくグラハムが聞く事はないだろう。
運命に身を委ねるならば、もう二度と、彼らの運命が交わることは無い。

グラハムには分かっていた。
此処に残る全員が知っていた。
少年が何を願ったのか。
還っていく自らの身体が、証明していたから。

「……何処に行くのだろうな、我々は」

還る場所は、元の居場所の他にない。
けれどそこは今、自らにとって、居場所と呼べる場所なのだろうか。
変えられてしまった彼らは、元の場所まで帰り着けるのだろうか。

分からなかった。
確信を持てなかった。
それでも手のひらは、残されたものを離せない。

触れている感覚の絶えた両腕の中で、修道服の少女は薄れていた。
返還されていく兆候、阿良々木暦の願いに、彼女もまた含まれていた。

「……誓う」

壊れた少女。
だけどまだ、生きているのなら。

「必ず君達を、見つけ出す」

例え世界が別れても。
それを新たな、グラハム・エーカーの願望とする。

「君達を、救って見せる」

悲しみの終点で選んだ、阿良々木暦の願いを知っている。
終点へとたどり着き、思いを届けてくれた者が居る。
それを無駄にしないと決めた。


「いつか私はたどり着く」


この胸に、生きる理由の在る限り。
少年の選択。
哀しい物語を、悲しいままに。

その決定を覆す。
それがグラハム・エーカーなりの、彼への礼だ。


「君らのもとに」


いつか、また。
今度はグラハム・エーカーの好きな空の下で。


「――――また会おう」


残された男は、再会を誓った。



【グラハム・エーカー@機動戦士ガンダム00  生還】


【インデックス@とある魔術の禁書目録 送還】




◇ ◇ ◇




「やだ……」


その少女はいつまでも泣いていた。


「いやだ……!」


天に昇る光にむかって、弾丸の尽きた銃を握り締め、引き金を引き続ける。
待ってくれよと、納得できない結末に泣き叫ぶ。
終わらないで、終わらせないで、まだ終わらないでくれと。

だって、許せないから。
どうしても、失くせないから。

「まって……まってよ……私は……まだ……!」

薄れていく身体の感覚が、秋山澪を引き戻す。

「嫌だ……私はまだ……なにも、出来てないのにっ!」

意志を斟酌せず、送り返そうとする。
それに涙ながらに抵抗しても、無意味であることは誰が見ても明らかなのに。

挫いた足で、それでも消えていく光を追おうとする。
手を伸ばして、少しでも近づこうとして。
つまずいた彼女は、雪のなかに倒れこんだ。

「取り戻さなきゃいけないんだ……帰さなきゃいけないんだ……このまま消えちゃ……駄目なんだよ……!」

その隣に彼女はいた。

「なあ……秋山」

広がる雪原に、仰向けになって、両儀式は舞い上がる光を眺めていた。

「もう、いいよ。
 お前やっぱり、ちっとも向いてなかったじゃないか」

「…………し、き」

いつも通りの突き放すようでありながら。
それは彼女を知る者からすれば、あり得ないほど優しい声で。

「終わりだ」

澪ですら、その意味が理解できてしまった。

「お……わり?」

「ああ、終わったんだよ、もう」

他の誰の言葉でも、納得できなかったそれが。
なぜだか雪のように胸の澪の内側に染みていった。

「ああ、終わりだ、秋山、これで全部、全部おしまいなんだ。
 だからいいだろ、これ以上泣かなくて。煩くて……寝れない」

力が抜ける。
それはどこか優しい、微睡だった。

「……終わり……おわ……り……そ……っか……ほんとに……終わりなんだ、これで……」

二人の少女は仰向けに、雪の中で横たわる。
昇っていく光を、一緒に見つめて。

「終わって、しまったんだな……」

少しずつ薄れていく、互いの存在を近くに感じながら。
身体の感覚が消え去るその時まで、彼女たちは同じ景色を見つめていた。



【秋山澪@けいおん! 生還】

【両儀式@空の境界 生還】




◇ ◇ ◇


聖杯の器は昇る光と成って、空へと姿を消した。

奇跡の過ぎ去った跡。
最も中心に近い場所に、彼らは居た。
何もかもを終わらせた少年は雪のなかで膝をつく。
放心したように、何も語らぬままで。

「君は―――」

枢木スザクは、目の前の彼に、問いかけた。
それが無粋であると知っていて、それでも。

「よかったのか? これで」

願いの是非を。
彼らしい、彼にしか選べなかった終わりの意味を。

「ああ、ははっ、もちろん……これで……」

問いかけに少年は虚空を見つめたまま。

「いい……わけ……ねえ……だろうが……」

血を吐くような悔しさを。
殺意に近い激情を、己自身に向けていた。

「間違ってる……間違えてるんだ! 正しいワケないだろッ!」

心からの後悔を叫ぶ。
こんな結末しか選べない己自身を、殺したいと本気で思う。

「もっと上手くやれる奴がいたんだ!! きっと、どこかに、もっとマシな、結末に出来る奴がいたんだよ!!」

己のような下手糞じゃない、偽物じゃない主人公が、どこかにいた筈だ。
全部を救ってくれるような、何もかもを取り戻してくれるような、完全無欠の希望が。

明日を望んだ少女を死なせることなく。
昨日を希求した少女を泣かせることなく。
今日を留めようとした神様すら救い上げて。

全部、笑顔で終わらせられる。
最高のハッピーエンドを描けた主人公が、どこかに、きっと――――


「―――いいや、そんな者は、何処にもいなかった。
 だから君が残った。君がたどり着いた。君が、君だけが、選ぶことが出来たんだ。
 君が正しいと信じて、選んだ。だったらそれが真実だ」

枢木スザクは否定する、阿良々木暦の後悔を。
そして肯定する、阿良々木暦の願いを。

「辿り着いたのは、君なんだ。
 僕も、誰も、君の言う完全無欠な希望が在ったとしても、此処に至ることは出来なかった。
 だからそんな仮定に意味はない。
 君がいなければ、選ぶ事すらできなかった、僕たちの思いは、届く事すら無かったから」

「それ……でも……」

僕がもっと、上手くやれていれば―――
そう痛む思いは、阿良々木暦にしか分からない。
枢木スザクに理解することはできない。

「たどり着けなかった僕たちに、君を責める事はできないけれど。
 君はこれから、選択の責任を背負うんだと思う」

そして、その意味を、価値を、決められるのは一人だけ。

「ただ、君が君を否定する事は、君に纏わる全てを否定する事になる。
 君の選択を信じた誰かの思いを無意味にする、君の選択を糾弾した誰かを蔑ろにする。
 それだけ、分かっているならそれでいい」

明日を願った少女を笑わせたのも。
昨日を願った少女を泣かせたのも。
全部、傷として、阿良々木暦がこれから連れていく。

その傷を、間違いだったと悔やめるのも。
正しかったと胸をはれるのも。
阿良々木暦だけなのだ。

「この世界における戦いは終わった」

消えていく全て、失くして行く何もかも。
薄れる二人の身体。

「僕はこれから、僕の世界に還る。やるべき事をなす為に」

終わっていく物語の中で、枢木スザクは宣言した。
今度は、己の物語を始めると。

新しく始めるストーリー。
それはやはり悲しい結末を辿るのかもしれない。


「君はどうする?」


けれど、その形は、まだ、誰にも分からない。


「君は、これからどこに行く?
 これから、どうしたい?」


「ぼく……は……」


とても、とても、哀しい物語が在った。
それは失うばかりの痛物語(いたみものがたり)。
誰もが等しく傷を受けて終わる、バッドエンドのお話だった。
けれど、それだけでは、無かったのだから。それだけではないと、信じるならば。


「また、始めたいよ……もう、一度」


そして、もうすぐ、終わるのだとすれば。

「僕は見たい……あいつらが……見たかった物語(ゆめ)の続きを……」

まだ、見つづけたいと思う。
願い続ける事を、止められない。


「なら行ってくればいい」


さあ、次の物語を始めよう。
今はまだ先が視えない。
また、悲しい物語が始まるだけなのかもしない。

けれど、少なくともまだ見ぬ物語が、そこに在る。
ならばせいぜい期待して。
今度は救済の、誰もが笑顔で終われるような、そんなお話を思い描きながら。


「――――そうだ、枢木。約束、憶えてるか?」

「僕ら『全員』また同じ場所で、出会う。……だろう?」

「ああ、良かった。じゃあ、僕は楽しみにしてるから」

既に姿を消した枢木スザクは応えない。
けれど、阿良々木暦は期待することにした。
決してあり得ない物語を、自らの新しい夢として見ることにした。



いつか、どこかで。
少女が願った明日のむこうに――――



「僕は、その日をずっと、待っている」



そんな、優しい物語を描いていた。





【枢木スザク@コードギアス 反逆のルルーシュR2 生還】


【阿良々木暦@化物語 生還】





◇ ◇ ◇


痛みなど、とうの昔に残ってはいなかった。
だから彼は、彼女は、ソレは、最後に話すことを楽しみとした。

「おーおー。もう何にも視えねえよ。すげえな、視界が割れまくって万華鏡みてえさ」

廃れたビルの屋上で、傭兵は消えていく。
光の粒子としてではなく、薄れゆく存在として。

「綺麗だねぇ……なあ?
 アンタにはどう見えてんだ、最後の雇主さんよ」

アリー・アル・サーシェスは、最後に。
偶々いま自分の隣にいた者と話すことにした。

「どうもなにも、おしまいだよ。『ただのおしまい』ってやつさ。
 沢山ある終わっていく物語の、これも一つに過ぎないってことだね。
 どれだけ長く続こうと、終わってしまえば誰もがやがて忘れ去る。それもまた、物語の命題だ」

サーシェスが引っかかっていたフェンスにもたれかかる、火のついていないタバコを加えたアロハシャツの男。
忍野メメ。彼と話すことが、アリー・アル・サーシェスの、最後の時間の使い方だった。

「は、違いねえな。だが俺は楽しませてもらうぜ
 俺こそは、他でもねぇ終わりの当事者なんだからよ」

雇い主と呼ばれた忍野は否定する事なく。
戦いが始まる前における、傭兵とのやりとりを思い出す。
暗い路地裏で彼に持ち掛けた、契約のお話を。


『君に頼みたい事があるんだ――――両生類ならぬ傭兵類ちゃん?』


やりたい放題やらせてやる。
のみを条件に依頼した、たった一つの干渉ごと。


「ま、君はまったくもって滅茶苦茶に動いていたけどね、手順を決めた意味がなかったよ。
 誰が『枢木スザクを墜落させろ』、だなんて依頼を出したんだい?」

「細けえなあ、最終的なところは一緒だったんだからいいじゃねえよ。
 ぜんぶぜんぶ、ぶっ壊れるようにする。そういうオーダーだったろ?
 任務完了だ。報酬をくれってな」

「報酬ならもう渡した。ヴォルケイン一機、前払いだったろう?」

「ああ、そういや、そうだっけか。いけねえなあ、ついつい、舞い上がって、あげちまったよ」

サーシェスは何一つ、忍野メメの狙った通りに動かなかった。
枢木スザクに仕掛けた事、そのスザクにヴォルケインという切り札をあっさりと渡したこと。
神様にも、雇主にも、彼は縛られることなく。まさしく『己が楽しいから』という理由のみで、動き続けた。
最後の戦いの場所で、唯一どんな思いにも縛らず。

一見して滅茶苦茶だった。けれど、彼がいなければ状況がこうなっていなかった事もまた事実。
もしかすると、と忍野は思う。
間接的にであるが、彼の存在なくして、この結末は無かった。
誰も予想できなかった彼の行動こそ最も、神のシナリオを狂わせた要因だったのかもしれない。

己のプリミティブな感情に従い続けた故の結末。
なるほど確かに、彼は救済の物語を台無しにする戦火だった。
戦争屋を名乗るにふさわしい。
恒久的に世界平和を阻み続ける、人という種の悪意がここに在る。

「なあ、俺はどうなる?」

なので敬意を払う、でもなく、蔑ろにするでもなく。
ごく普通に。
忍野メメは傭兵からの最後の質問に、正しく答える事にした。

「死ぬね。阿良々木暦が願ったのはただ『還す』ことだ。
 ここで得た『傷』を、直すことを選ばなかった。
 そして君がこれから戻る元居た世界に、いまの君を治す技術は無い」

「じゃなんだ? 俺は適当なところに落っこちて、そのまま死ぬのがオチってことかよ?」

忍野メメは開いた手のひらに落ちてきた雪が溶け消えるのを感じながら、己もまた送り返されていくのを認識していた。
阿良々木暦の願いが、己を含んだものなのだと理解する。

「そうだろうね」

「つまんねえなぁ……」

既に笑う余力は残っていないのか、傭兵は喉を鳴らし始めた。
くつ、くつ、と。いや、もしかしたらそれは、泣いていたのかもしれない。
これ以上、続けられないという事実に。

「死にたくねえ……なあ……」

悲しそうに、なのに楽しそうに、サーシェスは泣き笑っている。
逃れられぬ死が、すぐ傍に迫っていて尚、紛れもない悪性の熱に支配されながら、絶望するでもなく、狂うでもなく。
喉を鳴らして笑い続ける。

ドロドロのコールタールを結晶にして磨き上げるような、不思議な感情の発露だった。
だから、忍野は、別れ際に聞いてみる事にする。いつものように。


「それにしても君は元気が良いね。何かいいことでもあったのかい?」


すると傭兵は、よくぞ聞いてくれたとばかりに破顔一笑し。


「……ああ……あったさ……面白いこと尽くしだったぜ……」


泥の底でも、悪意の権化になり果てても、人は純粋に笑える生き物なのだと証明してみせた。


「楽しかった、か」

「ああ、今から……次が……楽しみで……楽しみで……たまらねえよ……」

「もうすぐ死ぬのに?」

「おっと、へっ……そうだっけ……か、……楽し……すぎて、つい、また、忘れちま……」

声が消える。
悪も、善も、中庸の傍観者も、等しく巻き込んで。
残る生命の全てが、この世界から消えていく。


何もかもが、戻されていった。




【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダム00  送還】


【忍野メメ@化物語 生還】




◇ ◇ ◇




最後に、殺さなければならないモノがいた。
だから彼は目を覚ました。

「―――――ォ」

目覚めなければ、痛みを感じる事は無かった。
眠り続けていれば、それは静かで、安らかな幕引きだったことだろう。
散々に感じてきた悲しみも、嘆きも、これ以上与えられることは無かった筈なのに。

「――――ぎィ―――――がああああああァァァァ!!」

べしゃり、べしゃり、と。
全身から吐き出す夥しい量の血液が、狭苦しい路地裏にぶちまけられる。
一体ここがどこか、なにがどうなったのか。

痛みに咽び続ける彼には、何もわからなかった。
ただ、全身を苛み続ける痛みと、後悔と、絶望に、悲鳴を上げ続ける。
既に思考する事すらままならない意識の中で、地獄を知る。

「ァ――――――wgn――――アアアアアア――――おォォォォォ―――!!」


存在が薄れていく現象と並行して、身体が内側から爆ぜていく。
それは取り込んだ■■の拒絶反応か、能力の過剰使用か、単なる外傷によるものなのか。
原因さえも瞭然としないままで、加熱され暴発する傷の痛みを感じていた。
痛みだけが、今の彼の全てだった。

視界は捻じ曲がり前後も左右も理解できない。
聴覚はとっくにイカれて役に立たない。
嗅覚は己の吐き出す血の匂いしか嗅ぎ取れない。

狭い路地裏を、身もだえながら、さ迷い歩く。
何処に向かっているのかも知れないままで。
何処にいるのかも分からないままで。
己が動いていることすら、認知できずにそれでも。

「ぎォ……ァ………ァ…………」

歩き続けた。
罰を求めるように。
痛みを感じることを良しとして。

「――――」

その姿はまるでバーサーカー。
既に傷つけるものがいないから、残る己を痛めつけようとしているだけの壊れ者だった。
足取りは弱々しく、コンクリートの床につまずき、壁にぶつかり、
道端の屑籠をひっくり返し、水溜りに身体を突っ込みながら、泥だらけで進み続ける。

向かう座標は一切瞭然としない。
周囲の様相すら思考に入れられない。
最強を名乗るなど到底おこがましい。
簡単な視覚情報すら演算出来ない彼は、今やどんな無能力者(レベルゼロ)よりも最弱だった

「――――ァ?」

硬いモノが、両手に触れたのを感じた。
既に目の前の物を壊す力など残っておらず、軽く、力を込めて、押す。

動かない。
目の前の壁はびくともしない。
扉の開き方すら、もうわからない。

「ご……ォ………」

リミットは近い。
終わりの瞬間はすぐそこに。
その前に果たさなければならない事がある。
やらなきゃならない責務がある。

この力の代償を、払わなければならない。
沢山のヒトを■すために振るった力は、結んだ契約の履行を求める。

だから最後に、最後に、■さなければ。
この世界を創った■■を。
働かない思考回路を独占する声にしたがって。

覚束な足取りで。
目の前に在った扉を開く。

その瞬間、足を滑らせて、床に倒れこんだ。
狭い廊下を、虫のように這って進む。
目的は、ただ一つ。もう二度と、こんなふざけた催しが起こらないように。

敵を■さなければ、
■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、
■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、

奴を。
敵を。
神を。
原因のアイツだけは―――――必ず―――――必ず――――

「か――――は――――っ」

また、行き止まりだった。
硬いモノが、這い進んだ手に触れる。

このまま何も映さない瞳を閉じ、灰になって消えるのは救いだろう。
けれど許せない。
落とし前をつけろ、■し続けろ、あまりに多くのモノを■し過ぎたお前は、最後までそうやって醜く■ねと己自身が掻き立てる。
だから身体を僅かに持ち上げて、そこにあったドアノブに、行き止まりの先に、手をかけて、ゆっくりと回した。

かちゃりと、扉が、静かに、開く。
這いずる体が、そうして、たどり着いた。

「ォ―――ア――――klg――――」

震える両腕で立ち上がり、血まみれの身体を起し、一歩、その部屋に、踏み込んで―――

「――――?」

そこが、己の目指していた場所と違っていたことに、気が付いた。

「―――――――」


思考が空白で塗り潰される。
体中から湧き上がっていた声が、止む。
この時、この瞬間だけ、彼は痛みすら忘れた。
あれほど体を支配していた絶望も、悲壮も、憤怒すらも、崩れていく身体の灰に乗って、後ろ側に流れていく。

よろよろと、弱々しい、赤子のような歩みだった。
それはこじんまりとした部屋の隅に置かれた、ベッドに向かっていく。
決して高価ではない、小さなベッドの上。
ゆっくり、規則的に上下する布の内側、そこに眠る小さなもの。
ずっとたどり着きたくて、なのにずっと離れようとしていた、ちっぽけで、かけがえのない存在がいた。

帰り着いていた、その場所。
誰かと共に過ごしていた家の寝室、一方通行の、還るべき場所で。

ふかふかの羽毛布団にくるまって、穏やかな寝息をたてる少女がいた。
幸せな夢を見ているのか、口角を緩く上げて、微笑みながら眠り続けている。

その微笑みを見た、瞬間。
彼は、心が、決壊するのを、感じた。


「――――――」


ため込んでいた疲れが、どっと襲ってくる。
そしてなんだか急にバカバカしくなり、脱力感に任せて床に腰を下ろす。
様々な悪態が、思考が、やっと、頭の中で形になった。


―――ったく、クソがきが。
人の苦労もしらねェで、なにをアホ面で寝てやがる。
まったく、まったく、ほンっとに、オマエってやつは、畜生、あァ――――




「あァ――――安心した」



―――君を守れてよかった。
生きていてくれてよかった。
笑ってくれるだけで、それだけで、嬉しかった。

血と泥で汚れた指先では、彼女に触れる事は、もう出来ないけれど。
その寝顔を見る事が出来ただけで、十分だった。

心から、救われた。
そんな馬鹿みたいに単純な己を自覚して、それでも自然と頬が緩むのを抑え切れない。

彼は、少女の見る幸せなユメを夢想しながら。
守り抜いた幻想に抱かれるように、ようやく訪れた微睡に瞳を閉じた。










【一方通行@とある魔術の禁書目録 帰還】










◇ ◇ ◇





終わる物語。


役割を終えて、消えていく世界。
残されたフレイヤが大地も空も抹消し、宇宙すら閉じていく。
誰一人残らない、捨てられた場所に、未だ残る者達がいた。

始まりの二人。
電子の世界で再会を果たす、発端である『彼』と『彼女』。


「――ふざけているッ!」

それは、彼にとって、リボンズ・アルマークにとって、絶望以外の何物でもなかった。
本来なら、再び彼女と、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと出会う場所は、こんな終わり切った電子空間では無かったのに。

「馬鹿げてるだろうッ!! こんなものは茶番に過ぎないッ!!」

現実の空の下、現実の大地を踏みしめて。
己は神として、人類を救済する確固たる願いを、彼女に届けるはずだったのに。

「救われたんだ。救えたんだ、僕になら、人を永遠の幸せを実現できたのに。
 世界を……変える事が出来たのに……」

あと一歩だったのに。
既に聖杯は使用されてしまった。
根源に届くはずの魔力は流れ出してしまった。

これではもう駄目だ。
リボンズの希求する世界のルールの改竄、その実現には至れない。
目の前にあった世界平和はただの理想に逆戻り。
いったい何処で間違えたのか、何が原因だったのか。

「あんな……あんな……馬鹿げた願いに……僕の……この僕の、聖杯が……ッ!」

ヴェーダの内側で、肉体を失った二人は向かい合う。
怒りに身を任せ叫ぶリボンズを、イリヤは静かに俯瞰し続けていた。
電子の海ですら、残り数分も持たないだろう。
肉体を失っている彼らは、元の世界に戻るすべは無い。
だからここで、二人は抹消を待つのみだ。

特にイリヤはその存在の役割を終えている。
今動いていることが奇跡に等しい。
いつ、停止してもおかしくない。
泡沫のような時間の中で、リボンズは咽び続けている。

「人は……愚かだ……!」

「そうね」

イリヤスフィールは、リボンズの怒りを肯定する。

「こんな結末は間違っている」

「そうね……だからやっぱり、救えないのよ。最初から、きっとそうだった」

リボンズに触れようとはせず、近づこうともせず。
ただ静かに、怒りに震える彼を見つめるだけだった。

「ねえ、リボンズ」

そうして、ふと思いついたように、話し始めた。

「私はね、私の物語が欲しかったの」

以前に話したこと。
イリヤの願い、イリヤの祈り、それはどんな形をしていたのか。
無価値に消えたくなかった。
誰かに求められたかった。

――結局、私はただ、誰かから必要とされたいだけだったの。

戦いの直前、彼女は彼に、そう語っていた。

「ああ、聞いたよ。だから僕は、僕は君に―――」

「でもね、それって、すっごく簡単なコトだって気づいたのよ。
 私の……いいえ、多分『私たち』の本当の願いはね。ええ、気づいてたのよ、本当は、もうずうっと前に……」

「君は……何を言ってるんだ?」

そう、イリヤスフィールはずっと前から気づいていた。
あの時、彼女の願いを聞いたリボンズが、答えたその時に。


―――だけどね、イリヤスフィール。僕には君が必要だ。


遅すぎる答えを得てしまった。


「うん、分かってたのよ」

「分からない……なぜ笑っている……何を納得しているんだ、イリヤスフィール……?」

この人も、同じなんじゃないか、と。
イノベイド、それは人を救うために作られた劣等種。消費される運命だった道具。
産まれながら定められていたならば、己を人と、対等だと思えるわけがない。
そして劣っているから使いつぶされる、その運命に抗うなら。

――――そうか、僕は神か。

己は上位種だと、考えるしかないのは自明だろう。
全人類を見上げていた低い視点を、見下ろせるほど高くする他に、どう落としどころを見つけられるという。
そして、そうなってしまえば、誰を己と対等だと感じられるのか。

果てしない孤独だったはずだ。
どうしようもない孤立だったはずで、
なのに人を救う為に生み出された彼は、人を救おうとしなければ、生きてさえいけなかったのだ。
だとしたら結局のところ、唯一無二の自分を、世界に必要とされているのだと、他に認めさせる行為でしかなくて。
それは聖杯としての役割を全うすることで己の価値を得ようとした愚かな誰かと、酷く似ているように思えた。

「ねぇ、リボンズ。私の願いはね、実はもう、とっくに叶っていたのかもしれないの」

「何を言っている? なにも叶えていない、僕たちは何も出来ていない、このままじゃあ、これで終わりだ。
 価値無く終わって、終わったままだ……」

リボンズ・アルマークにとって唯一、対等だと、信じられるものが在ったとすれば、それは何だろう。
彼の瞳の中に、イリヤはそれを見てしまったような気がした。
だとすれば自分たちは酷く滑稽で、そしてどこまでも救えない。

「そうね、やっぱり、叶わなかったんだと思う。
 永遠に叶わない、そういう願いも、あると思う。
 それがたとえどれだけ簡単でも、方法に気づけなかった私たちには……。
 あなたは最後まで、気づけないのね……リボンズらしいといえば、らしいのかしら」

自分の価値なんて自分で決めるしか無くて、だけど自分の気持ちなんてあやふやで、自信が持てないから。
人は他人の瞳の中に、鏡を作る。そこに映る自分の価値ならば、信じられる気がするから。

ならば世界には、最初から、二人いれば十分だった。
誰の死も、永遠の命も、世界の平和も、必要は無かった。お互いが映し鏡になれるなら。
だけどそんな事は、

「気づいたところで、いまさら何の意味も無いけれど」

とっくの昔に、この物語は完結するまで止まれない所に来ていた。
イリヤが簡単な事に気づいたときには、何もかもが遅かった。
だからイリヤは目の前の彼に伝えたのだ。

いいよ。
あなたが勝っていいよ。
私を、奪い取っても、いいんだよ、と。

破綻した二人の願いを自覚していながら。
誰よりも、己を求めている人が居るという、甘美な現実を優先して。

「僕には……君が何を言っているのか分からない……君は、正しいっていうのか?
 この結末を、この終わりを!?」

「正しい終わり、間違った終わり、区別なんてきっと無いのよ。
 あるのは折り合いを付けれるかどうか。
 私は……そうね、しかたない……かな、そんなふうに思うわ」

何もかもを知って、微笑みながら最後の時を待つ少女に対して。
リボンズ・アルマークは最後まで気づけない。
己が何を願っていたのか、何を、望んでいたのか。
目の前の少女に対する、愛にすら満たないの幼稚な感情の、意味にさえ気づけず。

「いま、全員を戻した。全部で7名。参加者以外も含めれば9名か。
 ……一億円分、余っちゃったわね。じゃあこれは、私の好きに使っちゃおうかな」

イリヤ・スフィールは寂しそうに微笑みながら、最後にささやかな願い事をした。
それはありきたりな承認欲求。

「最後のわがままよ、良いでしょ? リボンズ」

知ってほしい、認められたい、ここに居る実感を得たい。
そんな、彼女と、そしておそらく彼が願い続けた、人として当たり前な感情だった。

「何の意味があるんだ……そんな事をして……」

いよいよ、残された電脳世界に崩壊が訪れる。
全てが光の中に消えていく。
彼らに訪れるのは死ですらない、世界ごと虚無に消えて、魂さえ残らない。

「ただの失敗の記録じゃないか……! そんなものを残してどうする? なぜ、君は怒らない? 悲しみもしないんだ?」

リボンズ・アルマークは怒りと悲哀を滲ませて、少女に問いかける。
少女は応えない。
微笑んだまま、彼を見返すだけだ。

「願いが叶わないんだぞ? 許せるのか? ここまで来て、あと一歩だったのに!!」

リボンズ・アルマークは怒りと悲哀を滲ませて、少女に問いかける。
少女は応えない。
微笑んだまま、彼を見返すだけだ。

「君は良いのか? 本当にこれで!?」

リボンズ・アルマークは怒りと悲哀を滲ませて、少女に問いかける。
少女は応えない。
微笑んだまま、彼を見返すだけだ。

「分かっているのか……イリヤスフィール……。
 このままじゃ君の願いも、存在も、何もかも無価値なまま消えるんだぞ……?」

リボンズ・アルマークは力無く、絶望を込めて少女に問いかける。
少女は応えない。
当然だ、彼女はもうとっくに、その機能を停止していたのだから。



「僕は……」


光が、全てを覆い尽くす。



「僕は……嫌だ……」



閃光は遍く事象を消し去り、そして世界に、終わりが訪れた。





【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night 消滅】



【リボンズ・アルマーク@機動戦士ガンダム00  消滅】





◇ ◇ ◇

星が、煌く。
仮初の世界が掻き消える、その間際。

最後の魔力が行使された。
聖杯という願望器それ自身が願っていた、末期の願い。
少女の、ほんの少しだけの、我儘だった。

散っていく魂の流れに乗せて、ヴェーダが記録していた情報が飛び立っていく。
終わりかけのこの場所に接続された並行世界へと。
誰も知らない物語が、流れ込んでいく。

それは記憶という形で、何処かの世界の誰かのもとに届けられる。
拡散していくストーリーだった。

それは哀しく、切なく、残酷な、けれど確かに存在したお話。

誰かと誰かが、出会ったこと。
誰かと誰かが、触れあったこと。
誰かと誰かが、別れたこと。

泣いたこと。
怒ったこと。
殺しあったこと。
笑いあったこと。

死んだこと。
生きたこと。

そして、夢見たこと。

鮮烈な、生と死の、戦いの、記憶。

いくつもの物語(いのち)の記録。


誰かに、知ってほしい。
そして出来れば、分かってほしい。
どうか手に取って読んでみてほしい。

それは悲しい物語、けれど明日に繋がる物語だ。

彼ら彼女らの死にざまと、生きざまに、何かを感じてほしい。
何かを、想ってほしい。
そういう形の拙い、けれど純粋な祈りの煌き。

―――駆け抜けた命の、その輝き。

願いのかけらは飛んでいく。
流れ星のように散っていく。
やがて、全部の光が飛び去った後、ゆっくりと、狭い宇宙が閉じ切って。








―――――ここに、一つの物語が、終わりを迎えていた。













【アニメキャラ・バトルロワイアル3rd  -完- 】






◇ ◇ ◇



――――ひとりの少女が、そこにいた。


真っ白で、真っ黒で、真っ赤で、真っ青で、思ったとおりに変わる世界がある。
形を定めぬ不定形。何でもあって、何にもない。
ここはそういう場所だった。

天の杯が作り上げる道。
ごく短い時間、あるいは常しえの追憶を費やして、変遷し続けた伽藍の洞。
『 』が確かに存在する証左だった。

そこから繋がり、対を為す、集合無意識を内包した黄昏の神殿。
黄金の、夕焼け。
境界線の曖昧になった二つの世界。
接合し、混在し、再編される空間の最果て。

彼女はずっと、そこにいた。
永遠に広がる、黄昏の空の下で、たった一人。
足元に広がる水面の上に、ぽつりと立ったまま、暮れゆく茜色を見つめていた。

少女の黒髪と、身に着けた着物の袖が、吹き抜ける潮風に揺れている。
だからと言って何をするでも、考えるでもない。
何処にいようと、何が在ろうと、彼女は何もするつもりはない。

制止した時の中、永遠にここにいる。
ここにいる彼女は、ここにしか居られない彼女は、ずっと、ずっと、ただ、ここにいた。

足を付ける水面に映る境界線の真ん中で、あちらでもこちらでもない中間で。
何をするでもなく。誰を待つでもなく。
強いて言うなら、世界の終わりを待ちながら。
ただ、そこに在り続けた。

時に、誰かがここを通る事もあった。
あちら側から、こちら側へと通過する。
或はその逆か。

いずれにせよ、彼女の足元に在る境界を越えて、隣を通り過ぎ、光の先へと消えていく。
その度に、その背中を見送っていた。それが永遠に続くかのようだった。
とても、とても、つまらない、退屈な時間だった。


けれど、この世界にも、漸く終わりが来たらしい。
日が急速に暮れていく。
陽光が無くなり、薄ぼんやりした群青が空に差し込んで来る。
一つの世界の終焉。
ならばここに留まり続ける少女も、世界と共に消えて行くのだろう。

すると繋がっていたモノがどうなるのか。
確かめる気も、彼女には起らなかった。
自己が消えるなら、消えればいい、と。少女はただ、気怠く、その時を待っていた。

しかし、その時、ちゃぷり、と。
背後から水の跳ねる音がした。

振り向く。
もう何度も見てきた光景へと振り向いて、そこに現れた誰かの姿を見る。



「――――あなたが、最後よ」


事実を言葉にしたのは、きっと気まぐれに過ぎない。
本当の、本当に、最後の通過者だったから、そんな理由でしかなかった。
この世界で、ここを通った幾人もの人達。その最後に現れたのは、一人の少女だった。
どこかの高校の制服を身に纏い、亜麻色の髪をポニーテールにしている。

どうやら彼女は戸惑っているようだった。
その反応自体は珍しくない、此処に来る人は大抵そういう反応をする。
けれど彼女は、こちらの『姿』を見て、少し驚いたようだ。その理由も分かっている。

「あっちよ」

だから、違いを示すように、彼女が向かうべき先を、声に出して、指先で示した。
すると『別人である』と理解したように、少女の戸惑いの色が薄まった。

「行きなさい。みんなが待っているから」

この場所で、最初に他者へ話しかけた時と同じように、そう告げる。
いつか、目の前の少女によく似た姿をした誰かへと、示した道。

「でも少し……遅すぎたみたいね……」


けれど、今回の言葉は嘘になってしまうかもしれない。
指し示す方向、神殿の奥には、もう誰も待ってはいなかった。

最後の通過者たる少女は、来るのが遅すぎた。
既にそこに居た者達は、行ってしまった後だった。

そしていま、世界の崩壊が、天の杯が作る道を歪めている。
もう陽の日は沈んでしまった。
光の扉はくすんでいる。
今からむかったところで、先に行ってしまった者達と同じ場所に行けるとは限らない。

むしろ、たどり着ける可能性は低いだろう。
闇色に歪んだ扉の先に在るのは、混沌の道。

何処かの並行世界に連結させられるかもしれない。
全く別の宇宙に飛ばされるかもしれない。
何処にも通じていないかもしれない。
或は入った瞬間に魂を細切れにされる事さえありうる。

間に合う可能性もゼロではない、しかし、既にあの扉は異界へ続く孔と言って差し支えない。
端的に言って、何処に繋がっているのか、何が起こるのか分からないのだ。


―――この本物の『神様』の知覚をもってしても。
別世界に通じている捻じれた扉の向こうを、もうすぐ滅びゆく世界の、気だるげな全知は知り得ない。

この先、何が待っているか分からない、と。
告げられたポニーテールの少女は一人、緊張した面持ちで、ぎゅっと袖を握りしめて。

それでも一歩を踏み出した。
水面を揺らしながら、隣に立つ。
そして、さらに一歩、境界線の向こう側へ踏み越えた。

「行くのね」

指さす先で、光の扉は時が経つほどに歪んでいく。
ゆっくりと歩き出そうとする少女の背中を、もう何度目かの、旅立つ者の背中を、彼女は見送る。
最後の背中を、最後まで、見送ろうとして、小さく聞こえた声―――


「それじゃあ、あなたは―――?」


不意に、振り返った少女と、再び目が合った。

「あなたは、どうするんですか?」

真っ直ぐに、眼を見て、発せられたその言葉。
『寂しくないの?』、と問うような。

同じことを、少女とよく似た誰かからも、聞かれた事がある。
だからまた同じことを、告げることにした。


―――私はここにいるわ。ここにしか、いれないもの。

例え崩壊する世界の渦中だったとしても、そのまま消える定めだとしても。
それは真実だった。普遍の理ですらあった。

言えばそれだけで、目の前の少女も理解できるだろうから。
ゆっくりと、言葉にしようとして。




「良ければ、一緒に―――」

「―――――――?」

ぱし、と。
触れていた。
掴まれて、いた。


「一緒に、行きませんか?」


小首を傾げながら、己の指先を見る。
扉を指していた自身の指先、いましがた降ろそうとしていた手のひら。
それを、目の前の少女の手が、掴み取っていた。
手と、手が、繋がれている。


――――これは、なんだろう?


と、そう思った時には、遅かった。


「行きましょう」


くい、と。
軽く引っ張られる、一人の神様が。何とも間の抜けた形で、体が傾き、思わず一歩前に出てしまう。
驚くほどあっさりと、境界から出てしまっていた。
あちら側、あるいはこちら側。いずれにせよ、少女の側に、引っ張り込まれていた。


「その方がきっと、一人より、寂しくないから」


そうして、手を握ったまま、ポニーテールの少女は―――


「きっと、たのしいから」


少女は、走り出していた。
何処へ通じているかもわからない扉を目指して。
自分が今、何をしでかしたのか自覚もせずに。

「あなたの手を、引かせてください」

彼女は駆けていく。
自然、手を握られたままの存在も。
引っ張られるようにして、走らされていく。

着物の少女は、あまりにも簡単に起こってしまった事態に、呆然としたあと。
ちょっとだけ、どうしようか、と考えて。
まあいいか、と結論付ける。

この事態、今後、何処かの世界で。
ちょとした大ごとになったり、するかもしれないけれど。
まあ、だとしても、それはまた別の物語だ。

そして彼女に、もとよりそういった危機意識は存在しない。
無気力さから、ここを動くつもりも無かったけれど。
同じように、この手を無理やり振り払う気も無いのだから。

世界なんて、いつでも握りつぶせるけれど、しないのと同じ。
やる気のない神様は、一人の少女の手に引っ張られるがまま、ガランドウから連れ出されていく。


黄昏の終わり。幾つもの願い瞬く、満天の星空の下。
少女が二人、駆けていく。
ぱしゃぱしゃと、足元の水を跳ねさせながら、光のむこうを目指して進む。


「ねえ、あなた、どこに行くつもり?」



連れ出された彼女は、最後に一つだけ問いかけた。
その声に、前を往く少女は、笑顔で振り返りながら答えていた。
行先の分からない扉のむこう、これから始まる何かに、少しの恐れと、確かな期待を、胸に抱いて。






「明日へ―――」





繋いだ手を引く少女は、駆けていく。






駆けていく。






どこまでも、どこまでも、どこまでも。







―――――遠い、夢の続きへ駆けていく。































【 ALL LAST -To the next story!- 】






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339:3rd / 天使にふれたよ(3) リボンズ・アルマーク 消滅
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン 消滅
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枢木スザク 生還
平沢憂 to the next story!
両儀式 生還
一方通行 帰還
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338:2nd / DAYBREAK'S BELL(3.5) 忍野メメ 生還
338:2nd / DAYBREAK'S BELL(3) アリー・アル・サーシェス 送還
338:3rd / 天使にふれたよ(1) 少女 to the next story!


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最終更新:2019年05月03日 05:21