序章 退屈な毎日と、些細な変化
静かな病室。本来なら複数の人間が使い、多少なりとも喧騒に満ちているはずのこの部屋は、まるでそれがごく自然であると言わんばかりの静寂に満ちていた。
「静かですねえ」
ふと。窓際のベッドに眠る人物が、声を発する。見た目はまさにミイラ男。全身を酷く痛めつけられたのか、ギプスに包帯でぐるぐる巻きの状態。それでも、全く痛みを感じさせない声で暢気に呟いた。
「ですね・・・・・・ふぅ」
向かいのベッドで、ゆっくりと身体を起こすもう一人の男。こちらもかなりの重傷だが、身体を動かせる程度には回復しているようだ。
「まあ、隔離されてるといってしまえばそれまでですが。薄情なことに、誰も見舞いに来やしない。そうでしょう、remuさん?」
身体を起こした男が、ミイラ男に語りかけた。視線は窓を向けたまま。兵士が久々の休暇を楽しむように、穏やかな目をしていた。
「そもそも魅季さんが・・・・・・いや、不毛なだけか・・・・・・。まあ、確かに誰も来ないですね。誰かしら来るとは思ったんですが」
何しろ、暴力・非暴力を問わず騒ぐのが好きな連中である。二人の入院先などすぐに探し出して、ぎゃあぎゃあと騒がしに来るだろうと思っていたら、意外なことに誰ひとりとして来なかった。
「まあ、誰も来ないのもさびしいですね・・・・・・・ああ、人の身が恨めしい」
「全身に銃弾浴びて、挙句の果てにあんなのに押しつぶされた奴が言う台詞ですか。普通の人間なら、それこそ即死ですよ」
「まあ、そう簡単には死ねませんよ。しかし・・・・・・やっぱり、体力が戻りませんね。少し寝ることにします」
そのまま、ぐっすりと眠り込むremu。そして、一人取り残される魅季。眠たくもなく、さりとて立ち上がるほど回復もしていない。娯楽などなく、ただ外を眺めるしかないというこの状況は、まさに監獄。そんな日々をすごして、もう何日経っただろうか。
しかし、今日は違った。いきなりコンコンと部屋がノックされ、数人の男が入室してくる。
いや、数人というのはちょっと語弊があるかもしれない。なぜなら、それらは全て同じ体格、同じ顔をしていたからだ。
「こんにちは、魅季さん。remuさんは・・・・・・お休みですか」
彼は、分身能力を持つ男。そして、あの酒場の客の一人。
伍式と呼ばれる、男だった。
「伍式さん?」
やや驚いた様子の魅季。来たのは、どうやら伍式だけらしい。三体の伍式はそれぞれ見舞いの品を手にし、腰を折って挨拶した。
「お久しぶりです、魅季さん。本当はもうちょっと早くお見舞いに来たかったんですが、色々と忙しくて遅れてしまいました」
「いえいえ、ちょうど暇だったもので。あ、椅子どうぞ」
「どうも。他の方は忙しいので、来れるかどうか分からないそうです。ちょっと今、酒場の方で色々ありましてね」
「酒場で、ですか・・・・・・」
またか・・・・・・その時魅季の頭に浮かんだのは、それだけだった。いつの間にか世界有数の危険人物たち(例外含む)の溜まり場とも言えるカオスを化したあの酒場では、いまさら何が起こっても不思議ではない。
「うーん・・・・・・トンプソンさんとフォードさんがまた戦ってるとか?九十九が攻めてきたとか?」
「いえいえ、そうではないんですよ。話すと少し長くなりますが・・・・・・」
「俺は構いませんよ。どうせ暇でしたし、後でremuさんに話すいいネタになります」
「そうですか、では・・・・・・」
そういって、伍式は口を開く。
それは、人ならざるものたちの物語。
第一章に続く