最終章



「私を撃つつもりですか?」

「ああ、そのつもりだ」

 膝をついたまま、フォードを見上げるトンプソン。傷つきながらも、その目は闘志を失ってはいない。

「マスターに義理立てしているんですか?あなたを殺そうとしたのに」

「そんなことは関係ない。あんたと戦ってみたいだけさ・・・・・・そんな傷、アンタにとってはかすり傷にもならないだろうしな」

「なんだ・・・・・・分かってたんですか」

 ゆっくりと・・・・・・しかし、胸の傷の痛みを感じさせない速度で立ち上がるトンプソン。立ち上がっていくうちに血は乾き、傷はふさがっていく。完全に立ち上がったとき、既にそこに傷跡はなかった。

「予想通りか。まあ、そうじゃなきゃ面白くない」

「・・・・・・本気でお相手いたしましょう。あなたは、一度負ける必要がある」

 一瞬の間。そして、同時に飛ぶ二人。フォードは背後に。そして、トンプソンは前方に。

飛び退りながら銃を撃ち、トンプソンの動きをけん制するフォード。バックステップ、そしてサイドステップ。紙一重でその拳をかわし、反撃の銃弾を撃ち込んで行く。

「畜生・・・・・・なんで効いてない!?」

 大きく後退し、リロードするフォード。撃ち込んだ銃弾は、合計12発。その全てが身体に命中しているにもかかわらず、当った先から銃弾は抜け落ち、傷は回復していく。

「正真正銘、人間じゃねえな・・・・・・だが、当るなら!」

 亜空間発動。発生した虚無に両手を差し入れ、そして引き出す。

「殺傷度レベル5・・・・・・精々味わえ!」

 取り出したのは、巨大な大砲だった。大の男が両手で何とか抱えられるかどうかといったサイズだ。

「何かと思えば・・・・・・そんな大砲ですか。そんなもの、私には効きませんよ」

「どうかな?そういう台詞は・・・・・・食らってから言え!」

 叫び、引き金を引くフォード。反動はなく、一瞬の閃光と共にただ弾丸がトンプソンに向かう。

「!?」

 突然悪寒を感じ、回避するトンプソン。しかし、僅かに出遅れた。発射された弾丸はトンプソンの左腕をえぐり、千切り取る。背後に飛んだ弾丸は、そのまま建物で炸裂した。

「な・・・・・・」

 振り返って、絶句するトンプソン。着弾した弾丸は幾つかのビルを突き破り、数百メートルで爆発していた。そして・・・・・・そこには、何もなかった。

 ただの、真っ黒な空間が存在していた。数百メートルにわたる円形の巨大な穴が。それは周りのものを徐々に飲み込み、段々と収束していく。

「擬似的にブラックホールを発生させる重力砲だ。発動時間は短いが・・・・・・どうだ?」

 重力砲を構え、説明するフォード。しかし、トンプソンは既に別のことに意識をとらわれていた。

抉られた腕が、再生しない。まるでミキサーにかけられたかのように破壊されている左腕は、ブラックホールに吸い込まれて消えてしまった。

「再生する先から、吸い取られているのか・・・・・・」

「そういうことだ。重力砲が命中したら、小型のブラックホールと同じ能力を持つ。あんたは自分の肩を徐々に失っていくって訳だ」

「成る程・・・・・・ですが、次はありません」

「十分だ。こいつはあくまでけん制用。それじゃあ・・・・・・イクぜ」

 駆けるフォード。迎え撃つトンプソン。再び発生する虚無。取り出したのは、二本のナイフだった。

「チッ!」

 大きく後退するトンプソン。瞬間、先ほどまで彼がいた位置をナイフが通り過ぎていく。

「スピードが上がった・・・・・・・」

「正解だ。だが、遅い」

 再び、左から斬撃。回避した瞬間、右からも斬撃。徐々に痛めつけられるトンプソンに対し、フォードは余裕の口調で挑発する。

「それでも闇の帝王か?これが『ヘル』を名を継ぐ奴とは・・・・・・見損なったよ」

 更に加速するスピード。それに対し、動かずに目の前を見つめるトンプソン。背後に回ったフォードが、とどめの一撃とばかりに大きくナイフを振りかぶる。

「行動が単純です。それでは、私は倒せない」

 振り返るトンプソン。その拳は、がら空きになっているフォードの腹。

 直撃する正拳。自らのスピードとトンプソンの拳を上乗せされ、フォードは一気に吹き飛んでいく。

「速さだけでは、私は倒せない」

 そして、ブラックホールが消えた。一瞬にして再生する左腕。腰からガントレットを取り出し、装着するトンプソン。

「来い。『死の舞踊』を見せてみろ」

「調子に乗りやがって・・・・・・死ねッ!」

 再び、フォードは加速する。過去、魔道具として作り出された瞬攻のマインゴーシュ。扱う者に圧倒的なスピードを付与し、そのスピードは生物の追いつける速さではない・・・・・・その、はずなのに。

 左から斬撃。かわされた。身を翻し、今度は右から。――当らない。

 何故だ?奴にこちらの行動が読めるはずがない。攻撃箇所も、攻撃の間合いも全てランダム。攻撃を確認した跡に対処することは不可能。ならば、攻撃を確認する前に動くしかない。

 予測されている?馬鹿な・・・・・・そんなはずはない。だが・・・・・・

「そろそろ、反撃させてもらおうか」

 フォードの背筋に悪寒が走る。しかし、いったん動いた身体はもう止まらない。背後からその背中にナイフを突き刺そうとして・・・・・・弾かれた。

 左手のガントレットで、突き出したナイフを弾き飛ばす。同時に、右手が顎へ。強力なアッパーを食らい、フォードの頭が揺れる。

「うがああああ!」

 大きく後退るフォード。ナイフは既に効果を失い、彼の身体は通常の時間軸に帰還している。

 正真正銘の化け物だ。これが、『ヘル』の実力。ただの傭兵では・・・・・・どうやっても、抗えない力なのか。

 フォードの顔からは、既に最初の余裕が失われていた。距離をとり、にらみ合う二人。

 銃を抜く。瞬時に発砲。しかし、顔の前に掲げられたガントレットが弾丸を弾く。

「どうする・・・・・・考えろ・・・・・・」

 動きは予測されている。俺の行動は全てお見通し。こちらが速くても、相手の行動が読めなければ反撃を食らうだけだ。

 ・・・・・・なら、逆だ。相手が遅ければいい。こちらの行動がどんなに読まれようとも、反撃させないほど遅くすればいい。

「さあ、どうするフォード?」

「次の手を使うまでさ」

 言うと同時に発生する虚無。取り出したのは、腕時計のような機械装置。腕に装着してスイッチを押し・・・・・・トンプソンに密着するその直前で、離す。

 ――世界が、止まった。

 否。まるで動いていないかのような遅さで、拳を振りかぶるトンプソン。その懐に入り込み、銃弾を連射するフォード。

 瞬時に12発。後ろに下がり、リロードして更に12発。放り出した薬莢が地面に落ちる前に、更に12発。

 そして、時間が正常に戻る。機関銃をも越える連射速度で銃弾を吐き出し、銃身は熱したかのような熱さを持っている。撃てたとしても、後6発ずつ。

 今すぐ撃つか?それとも、退くか?

 一瞬の迷いが、隙を生んだ。動きの止まったフォードに殴りかかるトンプソン。多数の切り傷と銃弾の傷を受け、彼の再生能力もかなり削り取られていた。

 しかし、その拳に衰えは見られない。一発目を腹に、二発目を顎に。三発目を顔面に。一部の内臓が破裂し、口から血を吐くフォード。歯が折れ、血が飛び、地面に膝を付く。

 だが、トンプソンも予断を許さない。許容範囲を超えた銃弾は、その回復能力に致命的なトラブルを生んでいた。一刻も早く戦いを終わらせる為、最後の一撃を拳に託し、フォードの顔面に放つ。

「これで終わりだ・・・・・・散れ!」

「手前がなっ!」

 銃口を上げ、トンプソンを睨むフォード。迫り来る敵に最後の一撃を放つべく、満身創痍の身体を起こす。

 唸る銃弾。初弾、回避。次弾、命中。致命傷を避け、スピードを維持して突っ込むトンプソン。猛獣の突進を止めるが如く、銃弾を放つフォード。一瞬の間に両者は間合いを詰め、トンプソンが一閃。左手のリボルバーの銃身が火を噴いて溶け、右手はフォードの顔面に。同時にフォード右手の銃、最後の一発が入った銃がトンプソンの頭を照準に捕らえる。

 お互い、死力を尽くした最後の一撃。この一撃で、全てが決まる。

「・・・・・・まだだぁ!」

 そう、その妨害がなければ。どちらかが死に・・・・・・あるいは、両方が死んでいた。

「この程度で私を倒したと思わないで下さいよ、トンプ・・・・・・って、あれ?」

 そう、マスターだ。てっきり死んだか気絶したと思っていた、その人であった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 気まずい沈黙。拳と銃口を向けあったまま固まる二人と、腰に手を当て、指を刺しながら固まるマスター。

「「はあぁぁ・・・・・・」」

 大きくため息を吐く二人。不思議そうにそんな二人を見るマスター。

「動けるか、トンプソン?」

「ええ、まあ」

 二人はガントレットをはずし、銃を仕舞う。そして、トンプソンは地面に落ちていたアカシャノートを手に取った。

「なんて書きましょう?」

「アレだ・・・・・・目に見える人間は全てシイタケに見えるようにしといてくれ。まあ、死にはしないだろう・・・・・・」

「え?ちょっと待っ」

 『今後、マスターが見る人間は全てシイタケに見える』

 書いてしまった。それも、血文字で。

「あああ・・・・・・」

 次の瞬間、こちらを見ながらわなわなと震えるマスター。ゆっくりと後じさり、1-メートルほど離れたところで身を翻して逃げてしまった。

「うわああああああああ!!しいたけがあああああああ!」

 相当嫌なんだろうな・・・・・・シイタケ。

「さて、邪魔者もいなくなったことだし・・・・・・」

「ですね・・・・・・帰りましょう」

「同感。もうあの続きは出来ん・・・・・・」

 やれやれといいながら、肩を並べて歩く二人。酒場では既にドンちゃん騒ぎが始まっているが、今日ばかりは参加できそうにもなかった。

「決着はまた今度だ。じゃあな」

「ええ。お元気で」

 時刻は明け方。日の出がゆっくりと二人を照らし、壊れた市街と酒場を明るく染めていく。

 Weekend in my room。恐らく、世界で最も危険な酒場。



 エピローグ





「シイタケが・・・・・・周りにシイタケが」

 とある国の、とある町。とある公園内に、その男はいた。

 年齢不詳、国籍不詳。数日前に現れてから公園の奥の林に潜み、決して人と顔をあわせようとしない。そんな奇妙な男がいるといううわさが、その町で広がっていた。

「しかしなー、妖刀先生。わざわざ関わらなくてもそんな奴放っておけばいいじゃないか」

「そうはいかんぞ、ツクモガタリ。そんな怪しい奴に子供達が襲われたらどうするのじゃ・・・・・・それに、犯罪者なら斬っても文句は言われないしの」

「発言が怖いよ、先生」

「ふっふっふ、腕が鳴るわ」

 公園に向かって歩みを進める少年と少女のようなモノ。数分後、彼らは公園の奥でとんでもないものを見ることになるのだが・・・・・・

 それはまた、別のお話。


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最終更新:2007年03月23日 16:01