第3回(2009年11月11日):原告準備書面(1)


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第3回口頭弁論期日(2009年11月11日)
陳述書面:原告準備書面(1)
http://watashinim.exblog.jp/10451800/


平成21年(ワ)第19716号 損害賠償等請求事件

原告 金光翔
被告 株式会社新潮社 代表者代表取締役 佐藤隆信
    早川清
    佐藤優

準備書面(1)
平成21年11月5日
東京地方裁判所民事第5部 御中
原告 金光翔


第1 本件記事の「公共性」・「公益性」

1 本件記事(甲1号証)は,もっぱら,被告佐藤優(以下,「被告佐藤」という)が,原告の社会的評価を低下させることにより,原告の論文「<佐藤優現象>批判」(甲3号証。以下,「論文」という)の信頼性を低下させることを企図して,昵懇の 『週刊新潮』記者,被告株式会社新潮社(以下,「被告会社」という),被告早川清(以下,「被告早川」という)と結託して成立せしめたことは明らかであり,なんら公共性・公益性を有しない(なお,被告佐藤による,自身への批判を回避するための言動・行動については,「第3 補足」で詳しく論じる)。以下,具体的に述べる。

 原告は,論文を,「1976年生まれ。会社員。韓国国籍の在日朝鮮人三世。」とのプロフィールの記述の下,自らの所属会社を明らかにせずに,被告も認めるとおり一私人として,発表したのであり,被告が本件記事で,原告が岩波書店社員であるという事実を摘示するまで,原告が運営するブログでも,岩波書店社員であることを原告は明らかにしていなかった。本件記事が摘示する,原告が岩波書店社員であるという事実,原告の異動経緯,原告への岩波書店社内の反応,「岩波関係者」の原告への評価等は,原告の論文内容とは何ら関係がなく,公共性を持たない。

 本件記事は,原告の社会的評価を低下させることにより,原告の発表した論文の信頼性をも失わせるものであり,被告佐藤は,本件記事の成立にあたって,積極的に関与していると見なしうる。被告も「準備書面(1)」の「4」の「(3)」で「岩波書店の社員から「社外秘のはずの組合報まで引用され問題になっている」と耳にした被告佐藤」と記述しているところからも,被告佐藤が,単に本件記事中での自身の発言だけではなく,本件記事の成立に関与していることは明らかである。また,2009年3月14日に原告が『週刊新潮』編集部に電話したところ,その際応対に出た『週刊新潮』編集部佐貫(法務担当)は,本件記事を執筆した『週刊新潮』記者は,被告佐藤と昵懇の関係にあり,被告佐藤と「毎日のようにやりとりしている」と思うと発言している。

 また,原告以外にも,これまで,被告佐藤の怒りを買ったと思われる書き手について,『週刊新潮』が中傷記事を書くというケースが,短期間の間に2つも存在する。

 大鹿靖明(雑誌『AERA』編集部員)が執筆した記事「佐藤優という『罠』」(『AERA』 2007年4月23日号掲載)について,被告佐藤氏は代理人弁護士を通じて抗議し(『週刊金曜日』2007年5月11日号に被告佐藤による「大鹿靖明『AERA』記者への公開質問状」が掲載されている),公開質問状の掲載とほぼ同時期の発売である『週刊新潮』2007年5月17日号では, 「朝日『アエラ』スター記者が『佐藤優』に全面降伏」とのタイトルの記事(甲13号証)が掲載されている。この記事は,大鹿が被告佐藤に謝罪したこと,匿名の第三者による「記者としてこれからやっていけるのか」などの大鹿批判,被告佐藤による大鹿批判などを取り上げており,大鹿の社会的評価を低下させるものである。

 また,原田武夫(原田武夫国際戦略情報研究所代表,元外務省職員)は,自身のブログで被告佐藤を批判する記事を書き(2007年5月13日付),2007年12月12日には,「佐藤優という男の「インテリジェンス論」研究(その1)」なる被告佐藤への批判記事をブログで掲載し,この批判をシリーズ化することを予告していた(甲14号証)。そして,被告佐藤への批判の内容を含む原田の著書(原田武夫『北朝鮮vs.アメリカ』ちくま新書,2008年1月10日発行)が刊行される直前である,12月29日発売の『週刊新潮』2008年1月3日・10日号で,「「天皇のお言葉」の秘密を暴露してしまった「元外務官僚」」なるタイトルの,大々的な中傷記事(甲15号証)を書かれている(この「元外務官僚」とは原田であることが,同記事では実名で示されている)。

 このように,2007年5月~2008年1月という短期間に,原告の事例も合わせて,被告佐藤の怒りを買ったと思われる書き手について,『週刊新潮』が中傷記事を書くというケースが3つも存在しており,本件記事への被告佐藤の関与,本件記事執筆記者との親しい関係からも,本件記事の成立自体に被告佐藤が積極的に関与していることは十分に推認し得る。

 また,被告会社は,被告佐藤の単著の本を,本件記事掲載時に至るまで,『国家の罠』(2005年3月25日刊行),『自壊する帝国』(2006年5月31日刊行),『国家の罠』(文庫版,2007年11月1日刊行)と3冊刊行しており,本件記事掲載直後の2007年12月18日にも,『インテリジェンス人間論』なる被告佐藤単著の単行本を刊行しており,被告会社と被告佐藤の関係は深く,被告会社が被告佐藤の著述家としての社会的評判を低下せしめない措置をとる合理的理由も存在する。

 以上から,本件記事は,原告の社会的評価を低下させることにより,論文の信頼性の低下を企図して,被告佐藤が,昵懇の『週刊新潮』記者,被告会社,被告早川と結託して成立せしめたことは明らかであり,何らの公共性はない。


2 前項で述べたように,本件記事は何ら公共性を持っておらず,本件記事が摘示する事実も,論文内容とは無関係なものである。本件記事は,論文が原告の私怨に基づいて書かれており,客観性を持っていないと読者をして思わしめるものであり,原告に対する人身攻撃であって,なんら公益性を有しない。


第2 本件記事の伝える意味

1 訴状・請求原因・第2・2・(1)について

 本件記事は,「岩波関係者」の証言を用いて,原告が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議」をした事実を摘示した。この摘示は,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,原告が特定の政治団体の熱心な構成員もしくは同調者であり,だからこそ被告佐藤の起用に反対し,論文において被告佐藤を批判しているかのように,また,原告が,特定の政治団体の意を受けて,公正性を欠いた編集を行なったり事実と異なる著述を行なったりする人物であるかのように,また,原告が,雑誌『世界』のような,特定の政治団体の機関誌ではない雑誌に,自己が所属もしくは同調する政治団体の見解を持ち込むという,社会常識を欠いた人物であるかのように,読む者をして思わしめるものであり,原告の社会的評価を著しく低下させるものである。

 この箇所は,原告が,「当初は通名でしたが,何時の間にか韓国名を名乗るようになった。」なる一文のすぐ後に,「そして」という接続詞を用いて置かれている。原告は,入社試験の時点から「金」という本名で受験しており,岩波書店における登録名は一貫して「金」という本名であり,そのことは入社当初から社内で出勤簿等で公開されており,社内では周知の事実であった。宣伝部での業務の関係上,業務上の名前として通名(日本名)を名乗っていたに過ぎず,『世界』編集部への異動に伴い,業務上の名称も「金」に統一したのであって,「何時の間にか韓国名を名乗」ったのではない。ここでの記述は,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,原告が自分の国籍を隠して岩波書店に入社した不気味な人間であるという印象を読者に与えるものであり,上述の,原告が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議」をした事実の摘示による社会的評価の低下を一事情として補足するものである。

 また,そもそも原告は,「“反総連の記事はけしからん!”」などといった趣旨の発言は行なっていない。原告は,被告佐藤が,日本政府が「朝鮮総連の経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたこと」を擁護する際に,「国益」重視の下,マイノリティの「人権」に対して配慮する姿勢が一片も見られないことを,『世界』編集部で問題であると提起したが,「反総連」であるから「けしからん」などとは言っていない。したがって,ここでの記述は,真実ではない。

 また,被告は,ここで「などと」という表現が用いられていることを理由に,「「一般読者の普通の注意と読み方」からすれば,この部分を原告の「世界」編集部に対する抗議内容の全てとしてはとらえるものではなく,あくまでも原告の抗議内容の一例示としてとらえるものであることは明らかである」と主張している。

 だが,そもそも「など」なる文言は,『大辞林 第二版』(三省堂)にも,「引用文を受けて,大体このようなことを,の意を表す。現代語では「などと」の形で用いることが多い。」とあるように,引用文の後に使われる場合は一般的に「大体このようなことを」の意で用いられるのであって,一般読者が,被告の主張するように「あくまでも原告の抗議内容の一例示としてとらえるもの」と捉えないことは明らかである。

 また,朝鮮総連が,2002年9月17日の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府による拉致の認容以降,日本社会およびメディアによって,日本において北朝鮮政府の見解を代弁する組織として極めて大きな注目を集めてきたこと,また,2005年10月,2006年11月の強制捜査,2007年6月に発覚した朝鮮総連本部ビルの建物及び敷地の売却に関する問題などがマスメディアで大々的に報じられたことなどから,本件記事掲載時に至る数年間,社会的に極めて大きな注目を浴びており,その報道内容から,強いマイナスのイメージが一般に定着していたことは周知の事実である。したがって,「“反総連の記事はけしからん!”,“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をしたり」との記述において,一般読者が,「“反総連の記事はけしからん!」なる文言に注意を喚起され,この文言に関して,被告が主張するように,「あくまでも原告の抗議内容の一例示」などと捉えないであろうことは,一般読者の普通の注意と読み方からすれば明らかである。

 また,被告が『世界』編集部において,被告佐藤の発言について異議を唱えたのは,朝鮮総連をめぐる問題に関するものだけではなく,イスラエルのレバノン侵略の肯定,首相の靖国参拝の肯定,『新しい歴史教科書』とその教科書検定通過の擁護等,多数にわたったのであり,そのことは,被告も「原告が主張するように,原告はこれまで被告佐藤の多くの論点に関する発言を問題とし,「世界」編集部に抗議をしてきた」と認めている通りである。にもかかわらず,被告がここで「“反総連の記事はけしからん!”」などと,わざわざ原告の発言を曲解して朝鮮総連をめぐる問題に関する被告佐藤の発言に異議を唱えた事実を摘示しているのは,上述の,本件記事掲載当時における朝鮮総連への社会的注目を念頭において,ことさらに朝鮮総連関連の発言を摘示したと言わざるをえず,被告が朝鮮総連関連の発言を摘示していること自体が,「などと」なる文言が,「あくまでも原告の抗議内容の一例示」を示すものであるとの意味を実質的に有していないことを裏付けていると言わざるを得ない。


2 訴状・請求原因・第2・2・(2)について

(1)本件記事は,「岩波関係者」の証言を用いて,原告が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をしたり,匿名で始めたブログで佐藤氏やジャーナリストの斎藤貴男氏など,社と関係の深い作家の批判を繰り返すようになった」がゆえに,『世界』編集長が原告を「持て余し,校正部に異動させた」と記述することにより,原告が,『世界』の確定した編集方針に対して編集部に居座ったまま反旗を翻し,その姿勢を持て余した『世界』編集長によって異動させられたとの事実を摘示した。この摘示は,あたかも原告が,非理性的で,自分勝手で,非常識な人間であるかのように読む者をして思わしめるものであり,原告の社会的評価は著しく低下した。被告も「準備書面(1)」で,「「世界」編集長も(原告を)「持て余し,校正部に異動させたのです」とある部分が,原告の社会的評価を低下させるものであることは認める」としている。

 被告は,「原告が異動させられたのは,自ら「異動願」を出したからではなく,それまでの原告の言動(なぜ佐藤を連載に使うのかとして「世界」編集部に抗議をしたことなど)を編集長ももて余したからである」などとして,記述には真実もしくは真実と信ずべき相当な理由があると主張している。

(2)まず,そもそも,被告がそのように主張するならば,被告は,「原告の言動(なぜ佐藤を連載に使うのかとして「世界」編集部に抗議をしたことなど)を編集長ももて余したから」,編集長が原告の異動願を受け入れたという因果関係を示す必要がある。ここでの被告の主張は,編集長が原告の異動願を受け入れたという事実の摘示のみであって,本件記事にある,原告を「もて余し」たがゆえに「異動」させた,ということが立証されておらず,主張として失当である。

(3)また,本件記事は,以下に述べる事実経過からしても,真実ではない。原告が口頭で異動願いを出した経緯を述べると,もともと,『世界』編集長岡本厚が,2006年12月6日に,『世界』編集部部会で,『世界』編集部員山本賢に異動の内示が出されたことを述べ,その日の夜に,原告は,山本の身代わりとして,自分が『世界』から出たい,と岡本に伝えたのである。

 山本に対しては,2007年1月8日付での『世界』編集部から他部署への異動の内示が出されたのだが,株式会社岩波書店においては,労使慣行上,異動対象個人および岩波書店労働組合の承認が,異動においては必要とされていた。12月6日の山本への異動の内示については,同日の,岩波書店労働組合『世界』編集部職場会において,『世界』編集部を対象とする度重なる異動について不満の声が多く出ており,12月6日夜時点では,山本および岩波書店労働組合は,株式会社岩波書店に対して異動の承認をしておらず,したがって,山本の人事異動は成立していなかった。そこで原告は,山本の代わりに,原告が『世界』編集部から出るということで,編集長から会社に交渉してもらうことはできないか,と申し出たのである。

 被告も「原告はこれまで被告佐藤の多くの論点に関する発言を問題とし,「世界」編集部に抗議をしてきた」と認めているように,被告は,2006年9月頃から,数度にわたって『世界』編集部内で,被告佐藤と昵懇の『世界』編集部員,また別の編集部員,編集長に対して,『世界』が被告佐藤を使うことの問題性を指摘し,使うべきではない旨の意見を表明してきた。したがって,被告が主張するように,原告の言動が編集長をして異動させるに足るほどの問題性を有していたものであったならば,既に遅くとも11月初旬の時点で,原告が被告佐藤の起用について強く異議を唱えていることは『世界』編集部内で周知の事実であり,上述のように既に編集部内で数度にわたって異議を唱えていたのであるから,異動対象は編集部員山本ではなく,原告でなければならなかったはずである。ところが,そうではなかったのであり,このことは,本件記事が真実でないことを意味する。

 なお,原告が「口頭で異動願を出した」経緯についてより正確に述べておくと,原告は,12月6日夜,岡本から編集業務(原稿整理)を命じられた際に,現在の編集方針の下では,自分としては,今後,法定労働時間以上の残業を希望しない,したがって,この業務も行なえないと伝え,前述のように,山本の代わりに自分が異動してもよい,と岡本に伝えたのである。岡本が原告の申し出を,後日,「金が異動したいと言った」と解釈して『世界』編集部員に伝え,原告も,申し出が実質的にはその通りであると認めたから,本訴訟では,上記の岡本への原告の申し出を指して,「口頭で異動願を出した」としているのである。

 株式会社岩波書店は,「岩波書店職員就業規則」の「第16条」で,「週実労働時間を33時間とする。平日の営業時間を午前9時から午後4時15分までとする。営業時間との関係で生じる週労働時間の不足分は,各自の仕事の状況に応じ,各職場ならびに各人の自主的判断に基づいて, 原則としてその週の労働日内に処理する。なお業務の性質によって出勤時刻を早めまたは退出時刻を遅くすることがある。」と定め,また,「第19条」で,「業務の都合によって,出張,時間外または休日勤務をすることがある。」とし,「第20条」で,「時間外ならびに休日勤務をした場合には,後日その該当時日を休務とすることができる。」と定めている。ところが,岩波書店は,労使間でいわゆる「三六協定」を結んでいないため,社員(職員)への残業代は一切支給されない。週実労働時間が33時間という規定は,編集部,特に『世界』編集部においては完全に有名無実化しており,原告は,校了日前の1週間は,会社で徹夜して明け方にタクシーで帰宅することも珍しくなかった。このように実際には各人の恒常的な残業が必須となっている業務の実態と,原告が,山本の代わりに自分が異動してもよいと伝えたことから,原告による岡本への申し出は,実質的に「口頭で異動願を出した」ものだと原告は認識しているのである。

(4)また,本件記事が述べるように「「世界」編集長も(原告を)「持て余し,校正部に異動させた」のではなく,「世界」編集長が,異動の主たる要因について,「口頭で異動願を出した」点にあると認識していたことは,2007年2月23日における原告とのやりとりでの『世界』編集長岡本厚の発言からも明らかである(甲16号証。なお,読みやすくするために,テープ起こしされたものから,相づち,言いよどみは省き,文意を損なわない形で修正した。なお,()内の文言は,原告による補足である)。

 岡本は2007年2月23日のやりとり(小島潔編集部長および岡本が,原告に対して,2007年4月1日付での校正部への異動を内示した会合)で,原告の異動に関して,

「私の管理職としての立場で,『世界』という雑誌の編集の責任者をしてる立場からちょっと言うと,個人的な話として聞いてほしい。これ,極めて残念だっていうふうに,僕は思ってるのね。やっぱり,金君がやりたいことは多分『世界』っていう雑誌のなかでですね,いろんなかたちでできたんじゃないかと僕は思ってるんですけどね。それをこういうかたちになったということ。これはこれまでの流れのなかで,こういうふうになったっていうことに。僕もずっと,あなたを横から見てて,その,何て言うのかな,もうちょっと我慢できなかったかなっていう感じはしています。誰かに言われたと思いますが,多分『世界』っていうのは,岩波のなかでも,もっとも自由なところだし,いろんな意味で,めちゃくちゃなことはあるけれども,自分のやりたいことも,かなりできる。できないこともあるけれども,かなりできるところだと,僕は思っています。で,その場で,やっぱりもう少し何て言うんだろう,もう少し我慢できれば,君がやりたいこと,考えてることなどが,もっと早めにできたんじゃないかなというふうに,個人的には思ってます。」

「去年やった日韓(関係)のシンポジウムでも,○○(金石範)先生と,あ,○○(池明観さん)も,ああ在日の人『世界』にいるんですかって○○(言って),ある意味非常に驚かれたし,期待もされた部分もあって,で,そういうところを考えると,ほんとにね,ええ,極めて残念だっていう気はするし。」

と発言している。

 こうした岡本の発言は,原告が編集方針や職場環境等に「我慢」できずに自ら異動を申し出たことを「極めて残念」だと述べているものであり,岡本が,原告の異動の主たる要因は,原告が自ら異動を申し出た点にあると認識していることを示している。この発言は,岡本が常々原告に,自分も若い頃は企画が通らない時期が長く続いた,だから君も我慢が必要だ,と言っていたこととも符合する。この発言は,岡本が,異動の主たる要因が,原告が「我慢」が出来ずに出した異動願にあると認識していることを示しているのであって,本件記事が言うところの「「世界」編集長も(原告を)「持て余し,校正部に異動させた」という記述が事実に反していることを示している。

(5)被告は,「ブログに関する本件記事の記述は,「世界」編集長が原告を持て余した理由の例示の一つとして掲載されているにすぎない。」,「ブログの内容が持て余した理由の一であろうとなかろうと,そのこと自体は原告の社会的評価にかかわるものではない。この部分の真実性・相当性の立証の対象は,原告の言動を「世界」編集長が「持て余し異動させた」のかどうかの点であると考えるべきである。」などと主張している。

 だが,被告は,「「世界」編集長も(原告を)「持て余し,校正部に異動させたのです」とある部分が,原告の社会的評価を低下させるものであることは認める」とした上で,「「世界」編集長が原告を持て余した理由の例示の一つ」として,「ブログに関する本件記事の記述」がなされていることを認めているのであるから,被告が,原告が「匿名で始めたブログで佐藤氏やジャーナリズムの斎藤貴男氏など,社と関係の深い作家の批判を繰り返すようになった」事実と,編集長が原告を「持て余し,校正部に異動させた」事実との間の因果関係を立証しなければならないことは明らかである。よって,被告の主張は失当である。

3 訴状・請求原因・第2・2・(3)について

 本件記事は,「岩波関係者」の発言を用いて,原告が論文で上司の実名を挙げて批判したとの事実を摘示したものである。言うまでもないが,上司―部下という関係性は,単なる一個人間の関係性よりも密接であり,時には感情的対立も起こりうる。本件記事は,本来,論文内容とは無関係であるはずの,原告が岩波書店社員である事実を摘示した上で,原告が被告佐藤批判を社内で繰り返した結果異動させられた人物であって,その不満の結果,「他のメディアで自社が発行する雑誌の批判までぶちまける」ような行動に及んだ問題社員である,と強調したものであって,この文脈の中で,原告が論文で上司の実名を挙げて批判したとの事実を摘示した場合,その摘示が,一般読者に対して,原告があたかも同一部署内の人間関係に基因する私怨をもって論文を執筆したかのごとき印象を与え,原告の著作の持つ客観性・公正性を疑わしめる効果を持ち,原告の社会的評価を低下させることは明らかである。

 被告は,「馬場公彦氏が原告の直属の上司ではなかったことは事実である。然しながら,本件記事も馬場氏のことを,「原告の直属の上司」とは記述しておらず,単に「原告の上司」と記述しているにすぎない。一般に組織上本人より上の職位についている者のことを広く「上司」と総称することもあるから,この部分はなんら事実に反するものではない。」,「原告は事実と相違する記述を即名誉毀損と短絡し,曲解している。」などと主張しているが,上述のような本件記事の構成,また,当該箇所が原告を編集長が「持て余し,校正部に異動させた」なる記述のすぐ後に配されていること,また,当該箇所が原告の論文発表が「社内で大問題」になっている理由の一つとして例示されていることから,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,読者がこの記述を同一編集部内の「上司」と判断し,原告が論文内で,岩波書店社内における何らかの不満による私怨に基づいて,自らの上司を批判した,と解釈することは明らかであって,被告の主張は失当である。


4 訴状・請求原因・第2・2・(4)について

 本件記事は,「岩波関係者」の証言を用いて,原告が論文で「社外秘のはずの組合報まで引用」したとの事実を摘示した。これにより,原告は,自己の勤務する会社の「社外秘」を社外に漏らすという,社会通念上,社会人として不適格であるとの印象を読者に与えられ,原告の社会的評価は著しく低下した。

 被告は,「本件記事のこの部分は,「組合報」一般が「社外秘」であるとしたものではない。原告も訴状5頁下から9行目岩波書店労働組合より抗議されたことを自認しているとおり,(説退屈を提出するまでは原告も所属していた)岩波書店労働組合が「社員として知り得た情報を無断で社外に公表する文書に引用する」ことを問題としている事実を,要約して「社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから,目も当てられません」と記述したものにすぎない。」などと主張しているが,被告会社および被告早川は,「社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから,目も当てられません」と明確に書いているのであるから,被告は「組合報」それ自体が「社外秘」であることを証明すべきであり,被告の主張は失当である。

 また,被告は,当該箇所は岩波書店労働組合が問題としている事実を要約したものであるとするが,当該箇所は,あたかも一人の「岩波関係者」が,記者に対して語っているかのような発言の中に配されており,この「岩波関係者」は,原告の岩波書店入社後の経緯,原告の異動経緯,原告の論文発表後の社内の様子などを,あたかも内部事情に詳しい一社員であるかのように発言しているから,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,当該箇所における「社外秘のはずの組合報」なる文言は,株式会社岩波書店の社員として当然「社外秘」であると認識しているはずの「組合報」を引用した,との印象を読者に与えることは明らかである。また,この発言においては,「目も当てられません」などと,原告が非常識な人間であるとの価値評価と感嘆を示す文言が用いられており,一般読者が当該箇所を,被告の主張するような単なる事実の摘示であると解釈しないことは明らかである。


5 訴状・請求原因・第2・2・(5)について

(1)被告は,被告佐藤の発言を,

①私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。
②言論を超えた私個人への攻撃であり,絶対に許せません。
③そして,『IMPACTION』のみならず,岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては,訴訟に出ることを辞しません。

の大きく三つに分類している。

 被告佐藤発言①および②は,論文には被告佐藤が言ってもいないことをさも被告佐藤の主張のように書いた,滅茶苦茶と評されるべき重大性を持つ箇所が存在する事実,論文にはそれ以外にも滅茶苦茶と評されるべき重大性を持つ箇所が存在する事実,論文が言論を超えた被告佐藤への攻撃である事実を摘示したものである。被告佐藤のこの行為により,原告は,原告が他人の主張を捏造し,社会通念上の言論のルールを逸脱した攻撃を行なう人間であるとの印象を読者に与えられ,原告の社会的評価は著しく低下した。
(2)被告は,発言①は真実であると主張しているが,論文のどの箇所が,被告佐藤が言ってもいないことをさも被告佐藤の主張のように書いた箇所であるかを具体的に指摘していない。被告は,その箇所を具体的に指摘すべきである。
 また,被告は,被告佐藤は「「言ってもいないことをさも私の主張のように書く」ことを「滅茶苦茶な内容」と言っているのであって,それ以外に滅茶苦茶な内容の部分があるとはなんら発言していない。」と主張しているが,発言①における副助詞「など」は,ここでは,「多くの事柄の中から,主なものを取りあげて「たとえば」の気持ちをこめて例示する。多くの場合,他に同種類のものがあることを言外に含めて言う。」(『大辞林 第二版』)の意で用いられていることは明らかであるから,被告佐藤はここで,論文には被告佐藤が言ってもいないことをさも被告佐藤の主張のように書いた箇所以外にも,滅茶苦茶と評されるべき重大性を持つ箇所が存在する事実を摘示していると見るべきである。したがって,被告は,論文において,被告佐藤が言ってもいないことをさも被告佐藤の主張のように書いた箇所以外の滅茶苦茶と評されるべき重大性を持つ箇所はどこであるか,具体的に指摘すべきである。

(3)また,被告は,発言②について,発言「①の事実を前提とする論評であり,前提事実①の真実性ないし相当性が認められる限り,「公正な論評」として免責される。「言論を超えた」,「攻撃」などと強い表現の部分もあるが,この佐藤発言は,原告論文による佐藤批判に対する応酬であること考えれば違法性を欠くというべきである(言論の応酬の抗弁)。」などと主張している。

 だが,そもそも発言①は,前述の通り,真実性ないし相当性を持つことは何ら示されていないため,発言②が「公正な論評」として免責される余地はない。

 また,個人への正当な言論による批判に対して,ただちに「言論の応酬の抗弁」が適用されることはあり得ないのであって,この場合「言論の応酬の抗弁」が適用されるのは,論文において,「言論を超えた私個人への攻撃」などという発言②に相当する箇所が存在する場合である。論文は穏当なものであり,そのような箇所は存在しない。被告も発言②の「言論を超えた」,「攻撃」という箇所が強い表現であることを認めているのであるから,「言論の応酬の抗弁」の適用を主張するのであれば,原告論文のどの箇所が「言論を超えた私個人への攻撃」であるのかを,具体的に指摘すべきである。

 また,被告佐藤発言③は,原告が「社外秘」の文書を漏らした事実を摘示した。被告佐藤のこの行為により,原告は,自己の勤務する会社の「社外秘」文書を社外に漏らすという,社会通念上,社会人として不適格であるとの印象を読者に与えられ,原告の社会的評価は著しく低下した。

 被告は,発言③に関して,「この部分は前述したとおり,岩波書店労働組合が,原告の論文を,「社員として知り得た情報を無断で社外に公表する文書に引用(した)」ことを問題にしている事実を,岩波書店の社員から「社外秘のはずの組合報まで引用され問題になっている」と耳にした被告佐藤が,その事実を前提とした所感を述べているものである。」,「この部分は被告佐藤の岩波書店に対する記載を述べたもので,原告に対する認識を述べたものではないから,なんら原告の社会的評価を低下させるものではない。」などと主張している。

 だが,論文が「社外秘のはずの組合報まで引用」したと岩波書店労働組合が主張していたとしても,被告佐藤がその岩波書店労働組合の主張を前提として,本件記事において発言③を行なっている以上,原告が岩波書店労働組合壁新聞(本件記事が「組合報」とするもの)から引用したことが,「社外秘のはずの組合報まで引用」した行為に該当することを,被告佐藤が証明すべきであり,被告の主張は失当である。


6 訴状・請求原因第4・1について

(1)被告は,原告による,本件記事の「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をした」との記述に関する,「一般読者の普通の注意と読み方からすれば,「原告が朝鮮総連の熱心な構成員もしくは同調者であり,だからこそ被告佐藤の起用に反対し,また論文において被告佐藤を批判しているかのように,原告の「世界」編集部における編集活動および論文執筆が,公正な立場から使われたものではないと読む者をして思わしめるものである」との主張について,「一般読者は本件記事の該当部分を読んだだけでは,原告を朝鮮総連の熱心な構成員もしくは同調者であるとまでは思わない。原告の主張は独自の思い込みに基づくものという他はなく失当である。」などと主張している。

 だが,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,本件記事の該当箇所が,原告が特定の政治団体の熱心な構成員もしくは同調者であり,だからこそ被告佐藤の起用に反対し,論文において被告佐藤を批判しているかのように,また,原告が,特定の政治団体の意を受けて,公正性を欠いた編集を行なったり事実と異なる著述を行なったりする人物であるかのように,また,原告が,雑誌『世界』のような,特定の政治団体の機関誌ではない雑誌に,自己が所属もしくは同調する政治団体の見解を持ち込むという,社会常識を欠いた人物であるかのように,読む者をして思わしめるものであることは明らかであり,本件記事は,原告がそのような人物であり,そのように行動するものであると読む者をして思わしめ,原告の社会的評価を著しく低下させた。原告は,公正中立を原則とするジャーナリズムにおいて出版活動に携わり,また,不偏不党の立場から文筆活動を行なっているものであるから,このような社会的評価の低下により被った被害は甚大なものである。

 また,被告は,「原告は,本件記事中の「世界」編集部への抗議やブログでの佐藤や斎藤貴男氏への批判の記述をとらえ,「あたかも,原告が非理性的で,自分勝手で,非常識な人間であると読む者をして思わしめる」とか,本件記事中の原告の上司も批判されているとの記述をとらえ「あたかも,原告が私怨を込めて論文を書くような人間であると読む者をして思わしめる」とか,佐藤発言の分類③をして,「あたかも原告が他人の主張を提造し,社会通念上の言論のルールを逸脱した攻撃を行う人間であり,かつ「社外秘」を社外に漏らすという,社会通念上,社会人としてふさわしくない人間であるかのように読む者をして思わしめる」などと主張する。」,「いずれの点も原告の独自の思い込みに基づくものという他はなく,失当である。」などと主張している。

 だが,前述のように,そもそも被告は「「世界」編集長も(原告を)「持て余し,校正部に異動させたのです」とある部分が,原告の社会的評価を低下させるものであることは認める」としているのであるから,原告が,「本件記事中の「世界」編集部への抗議やブログでの佐藤や斎藤貴男氏への批判の記述をとらえ,「あたかも,原告が非理性的で,自分勝手で,非常識な人間であると読む者をして思わしめる」としたことを,「原告の独自の思い込みに基づくものという他はなく,失当である」と評しているのは,矛盾している。当該箇所は,原告が,『世界』の確定した編集方針に対して編集部に居座ったまま反旗を翻し,その姿勢を持て余した『世界』編集長によって異動させられたとの事実を摘示し,あたかも原告が,非理性的で,自分勝手で,非常識な人間であるかのように読む者をして思わしめるものであり,原告の社会的評価はこれにより著しく低下した。

 また,被告会社および被告早川が,原告が論文で上司の実名を挙げて批判したとの事実を摘示したことにより,一般読者に対して,原告があたかも私怨をもって論文を執筆したかのごとき印象を与え,原告の著作の持つ客観性・公正性を疑わしめる効果を持ち,これにより,原告の社会的評価は著しく低下した。

 また,被告会社および被告早川による「岩波関係者」の証言を用いた,原告の論文には「社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから,目も当てられません」との記述,および被告佐藤発言③は,原告が「社外秘」の文書を漏らした事実を摘示したものであり,これにより,原告は,自己の勤務する会社の「社外秘」文書を社外に漏らすという,社会通念上,社会人として不適格であるとの印象を読者に与えられ,原告の社会的評価は著しく低下した。

(2)なお,被告会社および被告早川は,本件記事で,「岩波関係者」の発言として,「金さんは,実は現役の岩波書店の社員」,「中途で入社し,宣伝部を経て『世界』編集部に配属されました。当初は通名でしたが,何時の間にか韓国名を名乗るようになった」などと,原告が本件記事掲載時には公開していなかった個人情報を摘示しているが,これは,原告のプライバシーを侵害しているものである。原告は,本件記事のプライバシーの侵害行為について,本件記事が公共性・公益性を有しないという原告の主張を補足する一事情として,主張する。


第3 補足

(1) 「第1 本件記事の「公共性」・「公益性」」で,「本件記事は,原告の社会的評価を低下させることにより,論文の信頼性の低下を企図して,被告佐藤が,昵懇の『週刊新潮』記者,被告新潮社,被告早川清と結託して成立せしめたことは明らか」だと述べたが,ここでは,被告佐藤が,自身への批判を回避するために,自身の主張への批判を萎縮させる効果を持つ発言を繰り返していることを示しておく。

 まず,「第1 本件記事の「公共性」・「公益性」」で挙げたように,被告佐藤の怒りを買ったと思われる書き手について『週刊新潮』が中傷記事を書くというケースが,短期間の間に原告のケースも含めて3つも存在することが挙げられる。これが,被告佐藤を批判する人物は,『週刊新潮』に中傷記事を書かれるという認識を読者に与える,「見せしめ」の効果を持つ,被告佐藤への批判を萎縮させるための行為であることは明らかであり,憲法第21条が保障する「言論の自由」への挑戦であると言える。

(2)また,被告佐藤自身も,被告佐藤を批判する人物が『週刊新潮』に中傷記事を書かれるという認識が一般読者に広がっていることを自覚し,そのことを利用して,自身への批判を萎縮させる行動を行なっていると思われる。

 被告佐藤は,株式会社産経デジタルが運営するニュースサイト「イザ!」において「佐藤優の地球を斬る」を連載しているが,その連載の,2009年10月19日12時1分付で投稿された記事(表題「国益を損なう「思いつき外交」」(甲17号証)において,以下のように述べている。

「もちろん外務官僚もこのこと(原告注・岡田克也外相がアフガニスタン「電撃訪問」の結果,「恥をかいた」ということ)に気づいている。「今回の(岡田)大臣のアフガニスタン電撃訪問は,外務省出身の民主党衆議院議員の入れ知恵によるもので,われわれとしても当惑しています」という情報を流している。近く,週刊誌でスキャンダル仕立ての記事になるかもしれない。与野党問わず外務官僚出身の議員には,外交官としてのたいした経験もないのに官僚的体質を引きずっている者がいる。そういう人間の専門知識を欠いた助言を採用すると国益を毀損し,岡田外相自身の政治力も低下する。」

 また,被告佐藤は,株式会社ライブドアの運営するニュースサイトでの連載「佐藤優の眼光紙背」の,上記記事の投稿と同時期(2009年10月21日11時0分)に投稿した,「岡田外相の危険な思いつき外交」なる表題の記事(甲18号証)でも,以下のように述べている。

「外務省関係者が筆者に流してきた情報によると,今回の電撃訪問は,外務官僚出身の民主党国会議員が岡田外相に進言して行われたという。アフガニスタンは専門知識を必要とされる地域だ。外務官僚であったという過去があるから,適切な外交政策を提言できるという保障はどこにもない。こういうことを繰り返すと,日本人は頭が悪いと国際社会から軽く見られるようになる。」

 被告佐藤はここでも,「外務官僚出身の民主党国会議員」を攻撃している。そして,この「外務官僚出身の民主党国会議員」は,多くの読者からすれば,緒方林太郎衆議院議員(民主党・福岡9区・当選1回)を指すと理解されると思われる。緒方は,外務官僚出身の民主党国会議員である。

 被告佐藤は,自身への批判的記述のあった,緒方のブログの記事(「Raspoutin Japonais」2007年3月4日20時投稿。甲19号証に対して,被告佐藤による上記2つの記事の投稿の直前である10月7日付の内容証明を送付し,抗議している。その結果,緒方の上記記事は削除され,緒方により,そこには,かわりに,以下の文章(甲20号証)が記されている。

「2年半前くらいにこのアドレスで書いた記事を削除しました。関係者の代理人という弁護士の方から「名誉毀損だ」という平成二十一年十月七日付内容証明が議員会館に送られてきました。

 この場に書かれていたエントリーは衆議院選挙候補者になる前に書いたもので,書いた事実を放念していました。このブログで誰かと戦っているわけではなく,たしかに内容証明が送付されてきた時点においては国会議員の名の下で存在するブログになっていたわけであり,特定の私人の評価に過度に踏み込むものは適切ではないと判断しました。

 上記を踏まえ,削除しておきます。なお,内容証明の中で「謝罪を求める」と書いてありましたので,上記の認識の下,お詫び・訂正をいたします。」

 また,被告佐藤の熱心なファンであり,被告佐藤の執筆・講演活動などを,ほぼ網羅的に情報発信しているブログ「マイページ」を運営しているハンドルネーム「えっつぃ」は,同ブログに2009年10月17日22時21分付で投稿した記事「民主党: おがた林太郎氏」(甲21号証)において,以下のように証言している。

「さて,10月16日の佐藤さんの講演によると,やはり,(原告注・緒方を)許さないようですね。(笑)

2週間後の週刊誌?で,書いてしまうようです。 そういえば,以前言われていましたが,佐藤さんには,「水に流す」っていう習慣が無いそうです。

おがた氏も,えらい人を敵に回してしました。 口は本当に災いのもとですね。

(中略)

10月11日の講演で佐藤さんは,おがた林太郎氏に対しても言及。

おがた氏は,外務省勤務の際に感じた佐藤さんの事を2007年に不適切な批判をしていました。

それについて,佐藤さんは,内容証明書付きで送付し,謝罪が無い場合については,週刊誌などで言及すると言われていました。 民主党が選ばれたのでは無く,自民党が大負けしたことをわからなければならない。決して優秀な人が議員になっている訳ではない事を,このおがた氏を例に出して言及。」
 緒方自身が「書いた事実を放念してい」たとする,緒方の記事を佐藤が取り上げるに至ったのは,原告が,自身のブログ「私にも話させて」で,2009年9月21日付で投稿した記事「外務省時代の佐藤優に関する民主党当選議員の証言」(甲22号証)で,被告佐藤と同時期に外務省に勤務していた緒方が,被告佐藤について,「あれを私物化と言わなければ,私物化という言葉が死語になってしまうくらい(原告注・ロシア外交を)私物化してい」たなど,批判的に記述していることを紹介したことが発端であると思われる。原告の同記事がきっかけで,緒方が被告佐藤を批判していたことが,インターネット上で広く話題になっていったからである。

 以上より,被告佐藤が,自身を批判していた緒方に対して,強い憤りの感情を抱いているであろうこと,または,強い憤りの感情を抱いていることは,被告佐藤の「イザ!」への10月19日付記事の投稿時点で,多くの人間に認識されていたと解するべきであり,同記事において,「外務省出身の民主党衆議院議員」について,被告佐藤が「近く,週刊誌でスキャンダル仕立ての記事になるかもしれない。」などと述べていることが,被告佐藤を批判する人物が『週刊新潮』に中傷記事を書かれるという認識が一般読者に広がっていることを自覚し,そのことを利用した上での,自身への批判を萎縮させる効果を狙った発言であることが,十分に推認し得る。

(3)また,被告佐藤は,以下のように,テロリズムを背景とした,自身の主張への批判を萎縮させる効果を持つ発言を頻繁に行なっている。

 被告佐藤は,各誌・単行本で,ガザ侵攻等のイスラエルの軍事行動を擁護する発言を繰り返しており,国際法違反すら容認している(『国家の謀略』小学館,2007年12月4日刊行,275~276頁。甲23号証)。被告佐藤が,イスラエルの軍事行動を一貫して擁護している人物であることは,数多くの著作によって,広く知られている。

 その一方で被告佐藤は,

「アラブの原理主義やパレスチナの極端な人たちの中から,「佐藤は日本におけるイスラエルの代弁者だ」ということで,「始末してしまったほうがいい」と言ってくる人たちが出てくるかもしれない。それはそれでかまわない。それを覚悟で贔屓しているわけです。しかしそれと同じように,アラブを贔屓筋にしている人たちは,イスラエルにやられても文句は言えないですよという話です。たとえばアルカイダ,ハマス,ヒズボラのテロリストを支援するような運動をやった場合,これはイスラエルにとって国家存亡の問題ですから,その人は消されても文句は言えない。それくらいの覚悟が求められる贔屓筋の話だと思います。」(『インテリジェンス 武器なき戦争』(手嶋龍一との共著,幻冬舎,2006年11月30日刊行。甲24号証),168頁)

「日本の論壇では,中東問題について,親パレスチナ,親イランの言説が大手を振るって歩いている。筆者は,数少ない,イスラエルの立場を理解しようとつとめる論客に数え入れられているようだ。講演会の質疑応答でも,(あまり数は多くないが)思考が硬直し,自らが日本人であることを忘れ,ハマスやヒズボラの代理人であるかの如き人を相手にすることがある。」(「なぜ私はイスラエルが好きなのか 上」『みるとす』2009年4月号,20頁。甲25号証)

などと語っており,イスラエルの軍事行動を批判する人物を,「ハマスやヒズボラの代理人であるかの如き人」とした上で,そのような人物はイスラエルに「消されても文句は言えない」と主張している。

 また,被告佐藤は,自身がモサド元長官をはじめとして,イスラエルの多数の要人と懇意であることを多くの媒体で表明しており,イスラエルで「インテリジェンス」を勉強した,そのことは自分の本や論文を読めば誰にでもわかるとの旨の発言を行っている(佐藤優「『AERA』,『諸君!』,左右両翼からの佐藤優批判について」『月刊日本』2007年6月号,39・40頁。甲26号証)。

 以上のように,被告佐藤は,自身のイスラエルとの関係の深さをことさらに顕示した上で,イスラエル批判者はイスラエルに殺害されても文句は言えないなどと,「言論の自由」を原理的に否定する主張を行っており,こうした被告佐藤の振る舞いおよび発言が,被告佐藤のイスラエル擁護の諸発言を批判することを萎縮させる効果を持つことは明らかである。

 実際に,被告佐藤は,自身を批判した漫画家の小林よしのりを攻撃する文章の中で,以下のように述べている。なお,この文章は,「言論封殺魔」(被告佐藤のこと)との争いに脅える「大林わるのり」(小林よしのりのこと)の架空の相談に,被告佐藤が忠告するという形式で書かれている。

「まず,「言論封殺魔」の履歴をきちんと調べることです。CIA(米中央情報局),KGB(旧ソ連国家保安委員会),モサド(イスラエル諜報特務庁)などと「言論封殺魔」が関係をもったことがあり,インテリジェンス業務の経験があるならば要注意です。」(「佐藤優のインテリジェンス職業相談 第三回」『SPA!』2008年12月9日号,24・25頁。甲27号証)

 こうした発言が,被告佐藤が,モサド等と関係が深いという自身のイメージを利用した,小林に対する威嚇であることは明らかである。

 また,被告佐藤は,オリックスの宮内義彦会長の発言に対しても,「北海道の右翼が情けないですよね。街宣車で会社の回りをグルグル回るというようなことをして,怖いと思わせなければ,こういう発言はやめないですよね。「発言は自由である。しかし,それには責任がともなう。これが民主主義だ」って」などと,言論に対して暴力をちらつかせて威圧させて黙らせることを積極的に肯定している(山口二郎編著『政治を語る言葉』七つ森書館,2008年7月1日刊行,242頁。甲28号証)。これが,「言論の自由」の原理的な否定であることは明らかである。

 こうした被告佐藤の「言論の自由」への挑戦と言える特異な言動は,多くの人間が注目し,警戒するところとなっており,11月5日時点で99名が署名している「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」(甲29号証。原告が管理するブログ「資料庫」で公開されている)も,「佐藤氏は,言論への暴力による威圧を容認し」ていると述べた上で,本件訴訟にも触れ,被告佐藤と本件記事と論文について,「佐藤氏は,その記事のなかで,同論文を「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容」だなどと中傷しています。これは,市民の正当な言論活動を萎縮させかねない個人攻撃です」と指摘している。被告佐藤のこのような特異な言動は,自身の主張への批判を萎縮させるためのものであることは明らかであり,このことは,本件記事が,自身への批判者に対する「見せしめ」のための,被告佐藤への批判を萎縮させるためのものであることを裏付けている。

(4)また,被告佐藤は,小林による雑誌『SAPIO』および雑誌『わしズム』における自身への批判に対しても,直接反論することなく,小林の批判を掲載した『SAPIO』(株式会社小学館発行)編集長に対して,「既に刊行した書籍の重版を中止し,他の版元から文庫本を出す」,「刊行中の書籍は一切引き揚げ,この会社で行っている雑誌連載や出版計画などもすべて白紙撤回す」る,「今回の内幕について,どこかの雑誌に手記を寄稿するか,新書本を書き下ろす」などと通告するなどの圧力をかけて,自身への批判の掲載をやめさせようとしている(「佐藤優のインテリジェンス職業相談 第一回・第二回」『SPA!』2008年9月23日号,27~29頁。甲30号証)。被告佐藤のこうした行為から,小林は被告佐藤を「言論封殺魔」と名づけて批判しているが,被告佐藤は,こうした小林の批判に対し,小林が指摘するように,その行為の「言論封殺」性を否定することのないまま,開き直りと言える態度をとっている。

 被告佐藤がこのように,わざわざ公開の形で『SAPIO』編集長に対して圧力をかけたのは,被告佐藤への批判を掲載すると,紛糾事態が生じるということを各誌の編集者に知らしめ,被告佐藤を批判する記事を掲載することを各誌の編集者に萎縮させるためであると思われる。これも,本件記事が,自身への批判者に対する「見せしめ」のための,被告佐藤への批判を萎縮させるためのものであることを裏付けている。

(5)なお,『実話ナックルズRARE』2008年11月号の記事「マスコミを手玉に取る「佐藤優」の「剛腕」ぶり」(甲31号証)は,大鹿や原告への被告佐藤の行動を,「エグい批判封じ」と報じており,「佐藤を知るジャーナリスト」の証言を用いて,本件記事は「佐藤が新潮に書かせたものだったんじゃないかといわれている」と述べている。また,『中央ジャーナル』第203号(2008年11月25日発行。甲32号証)の記事「佐藤優が岩波書店社員を恫喝」においても,被告佐藤が,「出版社への佐藤批判封じ」をエスカレートさせ」ていると報じられている。

 以上述べたように,被告佐藤は,批判に対しては言論による反論で応じるという,「言論の自由」の下での基本的な原則を一貫して踏み躙っており,被告佐藤のこのような言動・行動から,本件記事は,原告の社会的評価を低下させることにより,論文の信頼性の低下を企図して,被告佐藤が,昵懇の『週刊新潮』記者,被告新潮社,被告早川清と結託して成立せしめたことは明らかであると考える。

以上
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