第4回口頭弁論期日(2009年12月14日):被告準備書面(2)


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第4回口頭弁論期日(2009年12月14日)
陳述書面:被告準備書面(2)
http://watashinim.exblog.jp/10560518/


平成21年(ワ)第19716号
原告  金 光翔
被告 (株)新潮社 外2名

準備書面(2)

東京地方裁判所民事第5部合議係 御中

平成21年12月8日
被告ら代理人
弁護士  岡田 宰
同    広津 佳子
同    杉本 博哉



第1 原告の異動について

1 被告ら準備書面(1)において主張したとおり、原告の異動について立証すべき点は、原告の言動を「世界」編集長が「持て余し異動させた」か否かという点であると考えるべきである。

 この点、原告は、自ら口頭で異動願いを出しており、「世界」編集長岡本もこの点を認識していた証拠として平成19年2月23日における原告と岡本編集長とのやりとりの一部の録音記録(甲16号証)提出し、岡本編集長が、原告が編集方針や職場環境等に我慢できずに自ら異動を申し出たことを極めて残念だと述べているものであり、岡本編集長が原告の異動の主たる要因が自ら異動を申し出た点にあると認識していることを示す証拠であるとしている。

 しかしながら、当初、原告が提出していなかった、録音記録の前半部分も参照する限り、あくまでも岩波書店の判断として、校正邦への異動命令が下されていることは明らかである。

 すなわち、甲33号証の原告と岡本編集長のやりとりの要旨は以下のとおりである。

 まず、岡本編集長が「社として、どういうところにどういう人を、何が足りないかというのを勘案した結果、あなたには、校正部に行ってほしいということなんです。これは今、そういうかたちで出されたんです」(発言要旨。以下、同様)と述べ、原告に対して、会社の判断として校正部ヘ
の異動が決まった旨を告げている(4頁)。

 人事異動に際しては、「普通であれば、職場会や課会で議論をするが、これまでの状況を見たときに、課会として議論をするのは適当ではないと感じている」と岡本編集長が述べ、原告も課会等での議論を省略することに同意している(5頁)。

 原告は、校正部への異動について当初、その場で了解したところ、同席していた小島編集部長や岡本編集長からは、「即答を求めているわけではないので、何日聞か考えた上で、回答してほしい」とよく考えてから回答するよう告げられ、原告も何日聞か考える時間をもらうことを希望してい
る(7頁ないし9頁)。

 その上で、原告は「校正というのは、自分の記憶では減員の対象部署となっているはずであり、その部署に配属されるということは、今後ずっと校正をすることになるのではないか」と質問し(10頁ないし13頁)、小島編集部長が、「校正で居つづけている人もいるが、全員が必ずずっと校正をやるということでもなく、●さん(金注:原文は実名)のように元々校正で採用されたが、現在は編集総務に来ているなど、校正から出ることも例が多い」と述べ、減員の点についても「一方的に減らしていくということではなく、内部の校正者は一定程度確保しておいた上で、コアな部分以外を減らしてきた」との回答している(12頁ないし15頁)。

 以上のやりとりが、岡本編集長の管理職としての立場、すなわち、会社としての異動命令を伝えた部分であり、原告が当初証拠として提出していた部分は、岡本編集長が、「個人的な話としで聞いてほしい」(15頁)と断った上で、話した部分に過ぎないのである。

 このように、あくまで校正邦への異動というのは、原告は予期していなかったことは明らかであり、原告に対する人事異動は岩波書店が主体的に判断して行ったものである。


2 そして、原告に対する異動が、原告の言動を持て余した結果であることは、岡本編集長との会話のやりとりからも明らかである。

 すなわち、岡本編集長が「もう少し我慢をすれば、君がやりたいこと、考えていることなどが、もっと早めにできたんじやないかなというふうに、個人的には思っています」(17頁)と原告に述べたところ、原告は、「いや、それは私のパーソナリティの問題というよりも、僕としては、●さん(金注:原文は実名)の問題に関して仲裁を、岡本さんにお願いしたんですけども、それはやられる必要がないというふうにお話された。岡本さんであったり、経営の方々は、私のパーソナリティっていうふうなかたちにされるかもしれませんけど、僕としては、やっぱりそこの問題ではないかなと理解しています」(19頁)と反論している。

 これに対して、岡本編集長が「これからの職場もね、やっぱり人間関係ってさ、どこの職場でもあるから。当然校正だから、例えば、●さんとか、ほかの人間がやってる本だって校正することがあるかもしれない。そういうなかで、ほかのいろんな職場の人だちと当然、交流、会話をしていかなくちやいけない」(19頁)と述べ、原告をたしなめている。

 これに対し、さらに原告は「●さん個人とかじゃなくて、それを管理される職制には、人間関係を最低限調整する責任があるんじゃないか、っていう話をしているんです。仮に、岡本さんが懸念されるようなトラブルが、僕はないと考えていますけれども、仮にあったとしたら、それは、職制であったり、管理の責任者の問題であって、ちゃんとその方に仲裁をしていただく必要が僕はあると思っているんで。それはどこの職場でも、そうじゃないかと思うんですけど」(20頁から21頁)と述べ、さらに反論している。

 以上のやりとりからしても、岡本編集長が原告を持て余して校正邦への異動を命じたことは明らかである。


3 なお、原告と岡本編集長との間で出てくる、「●さん」の件というのは、原告の首都圏労働組合のブログに書き込んだ事実によると、概要は以下のとおりである(乙1号証)。

 すなわち、「世界」編集部には、原告の在籍当時、編集長も含めて6名の編集部員がいたが、このうち、配偶者が中国人という40歳前後の女性(この女性が「●さん」。以下、原告による呼称に従い、A氏という)が、中国人差別発言を大っぴらにし、それを間いていた岡本編集長以下の編集部員が誰も注意をしないということに端を発していた。

 原告が、A氏に対して、その発言を注意して以降、A氏との関係が悪化し、業務にも支障を来しているため、岡本編集長に仲裁してもらおうと依頼したところ、岡本編集長からは、「そもそもA氏の夫は中国人なのだから、彼女が中国人に対して差別的認識や差別感情を持っているはずがない。だから、A氏の中国人に間する発言は、軽口の範囲として認識すべきであって、みんなそうしているし、金のように注意するのは非常識だ」「A氏が差別感情を持っているとしても、金が、本当に彼女の差別的認識を変えたいのであれば糾弾ではなくて、もっと別のやり方があるはずだ」と述べて、岡本編集長は仲裁を拒否したというものである。

 この記載からも、岡本編集長の判断の当否は別として、同編集長が原告の言動を持て余していたことは優にうかがえるところである。



第2 佐藤発言①について

1 被告ら準備書面(1)では、本件記事における被告佐藤発言を3つに分類し、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です」という部分を①としている(5頁)。

 この①の発言については、以下に述べるとおり原告の論文(甲3号証、以下、「論文」という)において、被告佐藤が言っていないこと、あるいは曲解された事実が多数記載されていることに基づくものであって、真実である。


2 言っていないこと

 原告は、「論文」1 4 3頁上段2,3行目、下段12行目において、《佐藤の提唱する「人民戦線」なるものが、いかなる性質のものであるかを検証しておこう》《佐藤の言う「人民戦線」とは、「国民戦線」である》との記述を行っている。   、

 しかしながら、被告佐藤は「人民戦線」とは言っておらず、「論文」でもそれに該当する箇所の引用はない。

 また、原告は、「論文」6.及び7.において、被告佐藤が言っているとする「人民戦線」についての持論を大々的に展開しているが、佐藤自身が「人民戦線」と言っていないので、そもそもの前提自身が成り立たない。


3 曲解していること

(1)「論文」1 2 7頁上段21行目~下段1行目

 《以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)武力行使、在日朝鮮人団体への弾圧の必要性を精力的に主張している。》との記述がある。

 しかしながら、被告佐藤が武力行使の必要性を精力的に主張している事実はない。

 たとえば、フジサンケイビジネスアイ「地球を斬る」2007年6月6日「新帝国主義の選択肢」(乙2号証)において、「帝国主義の選択肢に戦争で問題を解決することも含まれる。これは良いとか悪いとかいう問題でなく、国際政治の構造が転換したことによるものだ。」として、戦争を問題解決の選択肢の一つとしてあげているにとどまる。

 また、週刊金曜日「佐藤優の飛耳長目」2007年1月19日「六者協議と山崎氏訪朝をどう評価するか」31頁(乙3号証)においても、「北朝鮮情勢についてはもはや解決不能であるとあきらめてしまってはならない。現行の国際法では、戦争は違法化の傾向にあるものの、完全に禁止されているわけではない。北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい。金正日政権にもその覚悟はできているはずである、戦争になり、北朝鮮が寧辺のチェルノブイリ型原子力発電所を自爆するだけでも北朝鮮のみならずロシア、中国は確実に放射能で汚染され、さらに死の灰は韓国や日本にも降ってくる。この一点だけをとってみても問題を平和的に解決する算段を最後の最後まで考えることが日本の国益に貢献する。」「北朝鮮との対話をあらゆる経路を使って継続的に行うことが重要だ。」として、北朝鮮に対するカードとして最後には戦争もありうることを明らかにしつつも、対話による平和的解決が日本の国益にとって重要であることを明確にしているのである。


(2)「論文」128頁下段17行日~129頁下段2行目

 原告は「日米開戦の真実一大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く」(小学館、乙4号証)から被告佐藤の日本の近現代史に関する自己の歴史認識が開陳されていると称する部分を引用しているが、引用が恣意的である。被告佐藤は同著240頁で以下のようにも書いているが、この部分は引用されていない。

ここでの大きな問題は、『他の諸国から収奪されているあなたの国を将来解放したいのだが、今は私に基礎体力が欠けるので、当面、基礎体力をつけるために、期間限定であなたから収奪する。それがあなたのためになるのだ』という論理は、収奪される側からは、まず受け入れられないにもかかわらず、当時の日本人には見えなかったことである。他国を植民地にし、そこから収奪しているという認識があれば、やりすぎることはない。やりすぎで、相手をあまり疲弊させると収奪できなくなってしまうからだ。それに対して、われわれの目的は収奪ではなく、あなたの国を植民地支配から解放することだという基本認識で、期間限定の基礎体力強化のために、『協力していただく』という枠組みを作ると、相手に対して与える痛みを自覚できなくなってしまう。


(3)「論文」1 2 9頁下段14行目~20行目

 《さらに、現在の北朝鮮をミュンヘン会談時のナチス・ドイツに例えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家と日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義の選択肢に戦争で問題を解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題の解決」においても、戦争が視野に入っているということだ。》との記述がある。

 しかし、この引用は上述の「新帝国主義の選択肢」(乙2号証)の途中からのもので、「狭義の外交力、すなわち政治家、外交官の情報(インテリジェンス)感覚や交渉力を強化し、」という部分が抜けている。原告はこの部分を引用せずに、当然被告佐藤にとっては戦争が視野に入っていると結論づけているが、これは曲解である。また、ここで問題にされているのは北朝鮮が行ったミサイル発射及び核実験であって、それによってごり押しを行う北朝鮮をミュンヘン会談時のナチス・ドイツに例えているのに、原告はそれとは直接関係のない「拉致問題の解決」と無理矢理結びつけている。被告佐藤による記述は以下のとおりである。

「帝国主義の時代では、各国が自らの国益を露骨に打ち出し、折り合いをつける勢力均衡外交が基本になる。その場合、ごり押しをする国家についても、当該国を戦争でたたきつぶすことと妥協して均衡点を見いだすことを天秤にかけて、妥協の方が有利になるという見積もりになれば、結果としてごり押しをする国家が得をする。 1938 年のミュンヘン会談でイギリス、フランスから妥協を取り付けてチェコスロバキアからズデーテン地方を獲得したナチス・ドイツを同じような「成果」を現在、北朝鮮が獲得している。

 このような状況に「ケシカラン」と反撥しても時代は改善しない。狭義の外交力、すなわち政治家、外交官の情報(インテリジェンス)感覚や交渉力を強化し、新帝国主義時代においても日本国家と日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義の選択肢に戦争で問題を解決することも含まれる。これは良いとか悪いとかいう問題でなく、国際政治の構造が転換したことによるものだ」(乙2号証)。


(4)「論文」129頁下段20行目~130頁上段3行目

 原告は、上記の《当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題の解決」においても、戦争が視野に入っているということだ》との結論を補強するために、続けて、《『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている》と書くが、この『金 曜日』の記事で被告佐藤は、原告の引用箇所に続いて、もし戦争になれば日本を含む周辺国に大変な害が及ぶので、「問題を平和的に解決する算段を最後の最後まで考えることが日本の国益に貢献する」と書いているが、原告はこの部分を引用していない(乙3号証)。


(5)「論文」130頁上段10行目~12行目

 《・・・いかなる反証の根拠も示さずに(反証の必要性を封じた上で)、「北朝鮮の情報操作」と主張しているが》との記述がある。

 しかしながら、以下のとおり、反証の根拠は示している(下記下線部分)。

 すなわち、フジサンケイビジネスアイ「地球を斬る」2007年3月22日「北朝鮮の情報操作」(乙5号証)において「筆者は、アメリカが偽札を作成したという一連の報道は北朝鮮による巧みな情報操作と考えている。筆者は何もCIAを擁護しようと思っているわけではない。 CIAが過去も現在
も乱暴な工作を行っているのは事実であるが、特にCIAは官僚化しているので、議会に露見した場合、CIA組織自体が解体されてしまうような偽ドル工作に関与することは、(仮に一部の工作担当官がそれを望んだとしても)不可能である。
 アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトウング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカの情報源と情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ。もっともわれわれ日本人は幸運だ。小説という形態であるが手島龍一氏の『ウルトラダラー(新潮社)を読めば、北朝鮮がアメリカ造幣局の特殊用紙をどのように盗み、ドイツ製印刷機を中国経由でどのように手に入れたかなどの秘密がわかる。


(6)「論文」131頁上段10行日~16行日

 《産経新聞グループのサイト上での連載である(地球を斬る)では、「慰安婦」問題をめぐるアメリカの報道を「無茶苦茶」と非難し、「慰安婦」問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしてい
る。》との記述がある。

 しかしながら、被告佐藤は、「慰安婦問題を巡るアメリカの報道には無茶苦茶なものが多い」という事実を指摘しているのであって、《アメリカの報道を「無茶苦茶」と非難し》ている事実はない。

 さらに、「安倍発言は従来の政府見解と何ら銀筋を来していない」と言っているのであって、原告が言うような《正当》か否かということについては何ら述べていない。また、「安倍総理は、慰安婦問題について強制性を認めているのである」と言っており、《あたかも「慰安婦」決議自体が不正確
な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている》というのは曲解である。

 すなわち、フジサンケイビジネスアイ「地球を斬る」2007年8月8日「米下院の慰安婦決議(上)」(乙6号証)では、『慰安婦問題を巡るアメリカの報道には無茶苦茶なものが多い。『20万人のアジア女性をレイプ・センターに入れた』などという事実無根な話が独り歩きしている。
 3月1日の安倍総理の発言についても冷静に考えてみる必要がある。安倍発言の趣旨は慰安婦について、「狭義の強制性はなかった」という認識を示したのであり、これは従来の政府見解と何ら齟齬を来していない「狭義の強制性はなかった」という認識は「広義の強制性はあった」という前提でなされている。「強制性があったかなかったか」という設問に対して、「あった」という回答になる。安倍総理は、慰安婦問題について強制性を認めているのである。それだけのことだ。」


(7)「論文」149頁上段5行目~12行目

 《ところで、佐藤は、「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。

 日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べている。佐藤は、リベラル・左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまったからには、自国の防衛、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。》との記述がある。

 しかしながら、これも曲解である。

 被告佐藤は、フジサンケイビジネスアイ「地球を斬る」2007年7月4日「愛国心について」(乙7号証)において、「日本の現状に対して、怒りや嘆きは当然ある。しかし、愛国心とはそれの別の位相から出てくる感情である。かつてイギリスの作家ジョージ・オーウェルが「右であれ左であれわが祖国」と言ったが、筆者もそう思う。一部の有識者からおしかりを受けることを覚悟した上で書くが、仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べており、右派・左派を問わない、愛国心という感情についで述べた箇所であって、自らの政治信条について述べている訳ではない。


(8)「論文」1 5 0頁註(6)

 《なお、『獄中記』では、「北朝鮮人」(一四頁)、「僕は韓国語でなく、朝鮮語を勉強した」(三七八頁)という表現がある。佐藤は、「韓国語とは語彙や敬語の体系が違う「朝鮮語」」(「即興政治論」『東京新聞』二〇〇七年九月一八日)とインタビューで答えているので(恐らく、朝鮮語のカギカッコは記者だろう)、佐藤は本気で「韓国語」と「朝鮮語」を別物としたいのだろう。この規定は、以下のような「国益」上の判断から来ていると思われる。「僕(註・佐藤)は、朝鮮半島が統一されて大韓国ができるシナリオより、北が生き残るほうが日本には良いと思う。統一されて強大になった韓国が日本に友好的になることはあり得ないからね」(く緊急編集部対談VOL.1佐藤優x河合洋一郎〉雑誌『KING』(講談社)ホームページより)。植民地支配・冷戦体制固定化による民族分断への責任を無視する、帝国主義者らしい発言である。》との記述がある。

 しかしながら、原告自身が引用している通り、被告佐藤が朝鮮語と韓国語を分けているのは、語彙や敬語の体系が違うという言語学上の理由からである。《朝鮮半島が統一されて大韓国ができるシナリオより、北が生き残るほうが日本には良い》かどうかは、ここでは何の関係もなぐ、原告の単なるこじつけとしか言いようがない。


(9)「論文」・1 5 7 , 8頁註(55)

 《なお、佐藤は、日本がファシズムめ時代になり、「国家に依存しないでも自分たちのネットワークで成立できる部落解放同盟やJR総連の人たち」がただきつぶされると、左右のメディアも弾圧されて結局何もなくなると主張する(「国家の論理と国策操作(ママ)」『マスコミ市民』2007年9月号)。ところが、佐藤は同じ論文で、緒方重威元公安調査庁長官の逮捕について、「国民のコンセンサス、を得ながら朝鮮総連の力を弱める国策の中で、今回の事件をうまく使っている」と述べており(傍点引用者)、朝鮮総連の政治弾圧には肯定的である。この二重基準に、「国民戦線」の論理がよく表れている。「国民戦線」の下では、「人権」等の普遍的権利に基づかない「国民のコンセンサス」によってマイノリティが恣意的に(従属的)包摂/排除されることになる。》との記述がある。

 しかしながら、「この事件をうまく使っている」というのは、検察が自分たちにとっての「きれいな社会」を作るために緒方公安調査庁元長官の事件をうまく使っているという意味であり、これに対し被告佐藤はそのような考えこそが全体主義なのだと否定的な評価をしている。さらに、この記事において被告佐藤は朝鮮総連についてはその力を弱める国策があるという事実を述べているだけで、総連の政治弾圧にはここで肯定的評価も否定的評価もしていない。従って、《二重基準》という「論文」の指摘は当たらない。原告によれば、この曲解に基づいた「二重基準」に、被告佐藤が言ってもいない「国民戦線」の論理がよく表れているそうである。

 さらに言うならば、朝鮮総連は朝鮮民主主義人民共和国という特定の国家と結びついており、その意味において、部落解放同盟やJR総連と同列に扱うことはできず、《二重基準》という主張の前提がそもそも成り立たない。

 被告佐藤が、『マスコミ市民』2007年9月号「国家の論理と国策捜査」 (乙8号証9,10頁)に記述した内容は以下のとおりである。

「基本的に検察官は、『きれいな社会』を作りたいという情熟のみで、『国が滅びても正義が実現すればいい』という発想ですから、国益というより『公益観』なのだと思います。ただし、この『公益観』は市民が下から築きあげた本物の公益とは異なる司法官僚の出世の基準にすぎません。
 緒方公安調査庁元長官が捕まった事件は、『きれいな社会』を作ろうとする検察の本質を能く表していると思います。この事件は一種の国策捜査ですが、これは権力内の内部抗争です。警察は『俺たちの上でいつもえらい顔をしている検察の中はどうなっているのだ』と、先に手をつけたかったと思うのです。そうなると検察の権威は丸潰れですから、『うちの出身であってもお目こぼししない』と、緒方元長官を捕まえたのだと思います。 さらに検察は、朝鮮総連を被害者にすることによって、“朝鮮総連に対してもわれわれはフェアーに対応している”という概観を装いました。『被害者だから協力しろ』と言いつつ、被害者なのか加害者なのかわからないような取り調べをしていると思います。そして国民のコンセンサスを得ながら朝鮮総連の力を弱める国策の中で、今回の事件をうまく使っているのだと思います。
 歴史上、極端にきれい好きな政治家はアドルフ・ヒトラーでした。独裁国の街は非常にきれいです。つまり『きれいにしたい』ということは、自分の思うとおりに何でもしたいということですし、『きたない部分』とは、自分の思うとおりにならない部分です それを除去していく考えこそが、全体主義なのです。」   

以上
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