126 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/01(日) 02:08:10.05 ID:pELuBb+l
[1/3]
それは、あまりにも暗く、大きい闇だと思った。
施設の重厚な壁を突き破り現れたソレは、この広いはずの天井から降り注ぐ照明を遮っていた。
竜。
そう思った。
ファンタジー小説や漫画の世界にしかいないはずの怪物。
それが火を吐くかのように大口を開け、圭一達を覗き見るように下を向く。
圭一はその無機質な目を見る。
生きているわけがない。もちろん生き物であるわけがない。
一目見ればそれは明らかなのに、頭が――、心が、それを認めない。
何故なら、あれは動いているから。そして、はっきりと意思を持っているから。
自分達を殺す――それほどに明確な目的をもって、ここに現れたのだと、わかってしまうから。
「な、なんですの、あれ……?」
沙都子が怯えた声を上げる。
無理もない。あれを見た瞬間、圭一も叫びたくなった。
ファンタジーのように剣と鎧を渡されても、いや、銃を渡されたとしても、勝てる気すら起こらない、化物に。
だが二人は、ソレを竜だとは思わなかった。
一人は、あれを兵器だと、認識している。
そう、彼は――ソリッド・スネークはあの化物を、自分が斃すべき対象だと知っている。
そして、もう一人、――羽入は、あれを“人”だと思った。
さらに正確に言うなら、あれは「人の悪意」そのものであると。
神すら貶め、殺す力の根源は――人の、悪意であると。
小さな神は、その大きな力に、ただ目を見開いて、見つめるしかできなかった。
「来たか」
山猫が呟く。その口は嗤っている。
まるで――この化物が来ることが当然であるかのように。予定調和であると知っていたように。
壁の一部がまた剥がれ、床に落ちて地響きと共に大量の砂埃を巻き上げた。
異様な光景に、そこにいる大部分の人間が、自分の見ているものが現実かと疑った。
その、一瞬の隙を。
「伏せろ!」
力強い言葉が響いた。
その言葉の意味を理解できた者は、即座にそれに従う。
圭一が、沙都子が、魅音が、レナが、梨花が、羽入が、入江が、富竹が、一斉にその身を伏せた。
竜の登場に動揺した兵士達は、その銃口を圭一達から逸らしていた。
その一瞬の隙で、まず2人が空中に浮いた。
スネークが1人を投げ飛ばした。
赤坂の拳が一人の顔面にめり込んだ。
正気を取り戻した兵士が再び銃を構えたが、その照準が合わないうちに富竹が放った銃弾により、銃そのものが弾かれた。
127 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/01(日) 02:09:29.28 ID:pELuBb+l
[2/3]
ジョニーが包囲網に開いた突破口にめがけ、銃を撃ちながら突っ込む。
「みんな! こっちだ! 逃げるぞ!」
その言葉に、沙都子が、圭一が、レナが、次々と続いて駆け出す。
誰よりも多く敵を相手にしていたスネークが、必然的に彼らの最後尾を守る形をなった。
魅音がスネークのほうに振り向き、大声で叫んだ。
「スネーク! こっち!」
「わかった!」
近くにいた全ての敵を無力化したスネークが、魅音へ駆け寄ろうとした。
だが、そう、うまくはいかない。
スネークが広間からあと少しで通路に入ろうとしたその直前、唐突に轟音が目の前で爆発したように、振動と重なって弾けた。
恐るべき風圧がスネークの全身を通り抜け、大量の砂埃が舞った。
魅音の姿が見えていた通路は、無残に潰されて瓦礫の山へと変わっていた。
「兄弟!! 貴様は逃がさんぞ!」
竜が叫ぶ。
いや、その声は、化物ではない。
そう、彼にとっては、化物以上の脅威となる男の、懐かしくも、忌むべき声。
自らの運命に、永遠に断てぬ呪いの言葉。
だから、彼は抑えられない。憎悪にも似たその感情を封じ込める手立てがない。
「やはり貴様か!」
オセロットが叫ぶ。それはこれから始まる舞台への賛辞のようでもあり。
「そうだ! 俺だよ! スネェェェェェク!!!」
これから起こるその戦いに、やはりその声は歓喜のようでもあり。
「リィィキッドォォォォォォォッッッ!!!!!」
その声は、自らの運命に抗おうと、あらんかぎりの叫びだった。
130 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 00:27:34.11 ID:WSxDSmK3
[1/3]
その叫びを、子供達はどう聞いたのだろう。
彼がここまで感情を、怒りを露わにする瞬間など、彼と出会ってからの数日間に、一度もなかった。
これが、あの叫びこそが初めてだったのだ。彼が持つ運命に対する、怒りの姿が見えた気がしたのは。
憎しみ、怒り……人なら持ちうる当たり前の感情……だが、ここまで、一人の人間に対して怒りを持つことができるのかと、そう思わせるに足る、叫びだった。
「ス、スネーク!」
圭一が潰れた通路の向こうにいる彼に対し叫ぶ。だがその声は重なる崩落の音に掻き消えた。
「け、圭ちゃん! スネークは大丈夫だよ! それよりもおじさん達のほうが!」
潰れた通路に一番近くにいた魅音だったが、怪我もなく無事だ。その健脚で一気に圭一達のほうに駆け寄ると、そのまま退却を全員に指示する。
「けど!」
納得のいかない圭一の表情に、魅音が何かを言いかけようとしたその時、砂埃が舞う通路の向こう側から、誰かの人影が這い寄るように出てくる。
誰もが、彼の姿を期待した。
だがその姿は、あまりにも異質だった。
異質すぎた。
特殊な防護服は、全身を覆い、外見から男女の区別をさせにくくなっている。
そして、その人物が一歩、また一歩と踏みしめるたびに、埃臭い通路には似合わない、びしゃ、びしゃという湿っぽい音が響く。
その姿を見たのは、このときは圭一と魅音だけだった。沙都子も、梨花も、そしてレナも、ジョニーの先導で通路を曲がっていたから。
だがわかる。その理由が、湿り気を帯びた音の正体が。
その人物が両手に持っている二振りの大きな鉈――それが酷く真っ赤に染まっている。そこから滴る液体が、一歩、一歩と歩くたび、振られて、床に滴っているのだ。
やがてその人物がぴたりと止まった距離で、圭一はようやく、彼女だと知る。
返り血にべっとりと染まった胸元に、二つの膨らみがあったことを、こんな土壇場で分かってしまったから。
「……え? ……あ、あれ……だ、……誰、で、すか?」
絞るように出た声。
しかし返事はない。その代わり彼女は、ゆっくりと大きく右手の鉈を振り上げて――。
「圭ちゃん! どいて!」
魅音がその手に持っていたスナイパーライフル――モシン・ナガン――を構えて、彼女に向けて発砲した。
ほんの数メートル、弾丸の初速を理解している魅音は、この距離なら確実にあたると――確信していた。
だが。嫌な音――金属音――が聞こえ、弾丸が対象に着弾しなかったことを悟る。
彼女は左手に持っていた鉈で、当然のようにライフルの弾丸を弾いたのだ。
そして彼女は、そのまま右手の鉈を振り下ろす――沙都子の兄の、悟史のバットを振り上げることすらできずに立ち尽くしていた、圭一に向けて。
「圭ちゃん!」
魅音が叫ぶ。だが、その鉈は声よりも早く。命がまた一つ終ろうとして。
また――耳障りな音が聞こえた。
圭一の前に、大きな影があった。
大振りの鉈を受け止めたのは、長く鋭い日本刀。
最近出会った――スネークの仲間、と彼らは思っている――グレイ・フォックスが、彼女の鉈を受け止めている。
131 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 00:28:51.94 ID:WSxDSmK3
[2/3]
「……え、あ、に、忍者! ……さん?!」
圭一がその姿を認識してびっくりした声を上げたと同時に。
「逃げろ」
彼はそう、そっけなく言った。
魅音が、まだ少し呆けたような圭一の手を掴み、強引に駆け出す。
彼女は、その圭一達の姿を追いかけるように一歩、動いたが。
「どこを見ている」
グレイ・フォックスが重心の崩れた鉈の一撃をあっさりと跳ね返す。
「鉈か……それも懐かしい」
狐が再び、刀を構える。
鋭い狐の牙のように、一瞬で敵の喉笛を掻き切るかのように。
彼女は、その獣の構えに対し、両手に持った鉈をぶら下げるように持った姿勢のまま。
「………………じゃま、だよ」
そう小さく言った。
途端、高く跳ぶ。
そのまま通路の天井を蹴り上げ、彼めがけて斬りつける。いや、その鉈を勢いのまま、叩き付けてくる。
その動きを、フォックスは紙一重で避けた。
受けることはしない。
受けてしまえば――それは自らの牙が折られてしまうものであると、理解したから。
彼女は狐に必殺の一撃を避けられたことなど意に介さず、相手目がけて横薙ぎにしたかと思えば、再び跳躍する。
まるで小鳥が空で旋回をするかのように地面まで近づくと、跳ねてから天井をまた蹴りつけた。
その動きで、両者の間合いは広がった――と、同時に、彼女は獣に対し背を向けると、一目散に向こうに向かって駆け出す。
私の相手は、お前じゃないと言いたげに。
その足を、獣は追いかけようとして――、止めた。
「確かに……お前の相手は俺じゃないな」
そう言うと、狐は彼女が駆けていった反対側を向く。
その向こうには瓦礫の山が――さらにその向こうには、彼が、そして自分の敵がいた。
足が一歩その方向に向いたと同時に、かれの姿は再び掻き消えた。
134 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/08(日) 23:20:51.34 ID:HI1ryF8p
[1/3]
竜のような怪物――メタルギアが、再び奇怪な咆哮を上げた。
「スネーク!」
奴の――リキッドの叫び声が竜の咆哮と重なる。
「貴様はいつも俺の邪魔ばかりするな!」
「なんだと!?」
奴は――リキッドは、俺が死んだ未来からやって来たと、グレイ・フォックスは言っていたが――その世界では、奴が勝ったということになる。
「だがな! 俺は再び貴様を殺す! 神とやらが俺に与えた、またとない娯楽としてな!」
俺は睨むように見上げる。
「生憎だなリキッド! 俺は貴様に殺されるつもりはない!」
だが奴の余裕は崩れない。
「スネーク! その手に持ったアサルトライフルで何ができる! 貴様には、この兵器を破壊することはできん!」
メタルギアがその足を大きく持ち上げる――踏み潰す気だと瞬時に俺は理解し、奴の足が振り下ろされる刹那、跳躍して回避する。
リキッドが搭乗するメタルギアから距離を置くと同時に――、ライフルの引き金を絞り、銃撃を見舞う。
メタルギアは戦車を遙かに凌ぐ装甲を有している。リキッドが言った通り、このライフルの弾丸では傷をつけることすら難しいだろう……だが、どんな兵器であっても。
「弱点は必ずある……例えば、装甲の繋ぎ目や関節部分は脆いはずだ!」
奴の脚部――人間でいえば膝に相当する部分に銃撃を集中する。
だが。
「無駄だ!」
リキッドは俺の銃撃を遮るようにメタルギアに装備されている機銃を放った。その攻撃を、俺は再び跳躍して回避し、崩れた壁を障害物にして防御する。
「貴様の攻撃は古臭いんだよスネーク! そんな黴の生えた攻撃がこのメタルギアに効くものか!」
「メタルギア……やはりそれはメタルギアか!?」
「そうだ!」
リキッドの代わりに――オセロットが俺の疑問に答えた。
「我々“愛国者”が作り上げたのだ! そのメタルギアはな!」
この禍々しい竜が――。
「たしかに素晴らしい力だオセロット! この力は俺が有効に利用してやる!」
「盗っ人風情が大口を叩くものだ。リキッド! そのメタルギアは我々のものだ! 貴様が奪った“RAY(レイ)”! 返してもらうぞ!」
「できるか老いぼれ!」
再び、リキッドが巨大な足を大きく持ち上げた。そして、間髪入れず――オセロットがいた渡り廊下に向けて蹴りを見舞った。
オセロットがいた場所は、轟音と共に壁が弾け跳んだ。
山猫は断末魔を上げることなく――リキッドに潰された。
135 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/08(日) 23:22:42.45 ID:HI1ryF8p
[2/3]
俺はその瞬間を見ていたが――またも落ちてきた壁を避けるためにオセロットがいた場所から視線を外す。
再びローリングで前方に回避すると、別の通路からこの広間に向けて大勢の兵士達――オセロットの部下――が、駆けつけてきた。
「くっ……!」
逃げ道はこれで、再び全て塞がれた。
覚悟を決め、兵士達を迎え撃とうと身構える。
しかし――意外な光景が映った。
俺に近づいてくる兵士達の数が、一人、また一人と倒れていく。
きっと彼らは、想像もしていなかったに違いない。
「フォックス!?」
俺だけを狙い定めていた彼らの視線に――映ることのない狐の牙が襲い掛かった。
「どうした? 見ていられないぞスネーク」
奴らしい皮肉の籠ったセリフだ。
フォックスが切り開いた突破口めがけ、俺は駆け出す。奴を――リキッドを倒すための手段を手に入れなければ。
「どこに行くスネーク! 貴様は逃がさんと言ったはずだ!」
リキッドが操るメタルギアRAYの竜の咢(あぎと)が再び開く。
あの――高圧水流を俺達に向けて発射する気だ。
リキッドは、間髪入れず俺とフォックスに向けてレーザー水流を放つ。
そのスピードは恐ろしいまでに早い。人間の反射神経など簡単に凌駕する。
当たれば、俺の体などバラバラにされるに違いない。
そう、当たれば、だ。
当たらなかった。
何故か。
それは、簡単な話だ。
土台が動けば――照準もずれる。と、いうことだ。
つまり。
リキッドの操るメタルギアを動かした者がいる。
誰が、そんなことをしたか。
奴しか――いない。
「できるさ。……さあ、返してもらうぞ、リキッド!」
リキッドが操るメタルギア――RAY。それと全く同じ怪物が、リキッドのRAYが蹴りを見舞った、あの――オセロットがいた場所から、顔を覗かせている。
そして、その傍らに、山猫がいた。
壁の亀裂をまた一段と大きく裂きながら、二匹の竜が吼えあった。
「RAYが一体だけだと誰が言った? これは――量産機だよ」
山猫が、また一層、低く嗤った。
137 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/09(月) 00:49:33.52 ID:F+cR37aU
[1/3]
TIPS:「興宮警察署24時」
「確保確保確保ーーーーっ! おら確保だ確保ーー!」
若い刑事の声が、辺り一帯に響く。
普段は興宮署の大石とタッグを組んでいる熊谷は、これほどの大事件に、まさか自分が関わることになるとは夢にも思っていなかった。
しかし、いまはただただ、うじゃうじゃといる容疑者の確保に向けて前線の指揮を執っていた。
容疑者の一団にかけられた容疑は「銃刀法違反」である。
しかも現行犯。
拳銃ひとつ、いや刀剣であっても手が後ろに回るこの日本で、自衛隊の装備を遙かに凌駕する銃器を持っているなど、熊谷は想像すらしていなかった。
大石が雛見沢の山中で確保した容疑者の一部は「小此木造園」というやはり興宮内に居を構える会社だったが――、
大石が署長に直談判し、興宮署の捜査課及び暴力団対策課、機動隊の全職員を招集して結成した「雛見沢暴動事件特別対策本部」を投入し、一斉捜査に踏み切った。
その結果が――これだ。
小此木造園に立てこもった容疑者の一人が、サブマシンガンと思われる機銃を掃射している。
地面に残った黒い焦げ跡は、敵さんが手榴弾を放り投げた痕だ。
「野郎、また放り投げやがったぞ!」
機動隊の一人が、相手の投げた手榴弾を盾で爆発する前に跳ね返す。
相手の手元に戻っていった手榴弾が爆発すると、小此木造園のプレハブ小屋はまた壁が大きく剥げた。
「いやぁ、あんたらもほんと強情ですねぇ」
んっふっふ、とにやけたような笑いとともに――護送車の中で、大石は既に確保された小此木造園の社員――容疑者の一人に話しかける。
「銃刀法違反だけでも相当な罪ですよこれ。それに加えて発砲しちゃって、物を壊したら器物損壊、人に怪我させちゃ傷害罪に殺人未遂、ほんとに人が死んじゃったら殺人罪。
ここまでドンパチやっちゃあ内乱罪も適用されますよこれ。いやほんと、そこまでして――あんたら何がしたいんです?」
穏やかに聞こえるその口は、怒りを隠していることを含ませる。
「多勢に無勢――あんたらがどんなにすごい武器を持ってても、数じゃこっちのほうが上なんです。あんたらに勝ち目は無い――潔く投降しちゃったほうが楽ですよ」
抵抗している仲間に投降を促すように大石は言うが、相手は押し黙ったままである。
「いやほんとに強情なお人達だ。自首したほうが罪軽くなるって言ってるんですけどねぇこっちは。まあもうじき――」
大石さん、と呼ぶ声が入口から聞こえる。
大石が振り向くと、熊谷がやって来ていた。
「ああ熊ちゃん。どうです首尾は」
「会社内は屋上から地下まで全部機動隊が押さえました。これでこいつらはもう終わりっすよ」
「そうですか……。熊ちゃんご苦労様です。それじゃ署に戻ってこの人達にきっつい取り調べをやっちゃいましょうか」
大石が、んっふっふ、と笑う。そして護送車から大石が出ると。
「大石警部補! 無線で連絡が入っております!」
私服警官の一人が、大石あての連絡が入っていることを伝えた。
「連絡? 私に? 署長さんかなぁ」
そう、ぼやきながら車両に内蔵されている無線を取る。
『はい。こちら大石』
『大石さんだな?』
『……誰です、あんた?』
初めて聞く声に、大石が警戒した口調になる。
『味方だ……と言っても、あんたは信じないだろうな』
『ええまあ、今日だけでもどんでん返しが結構ありましてね。証拠が無ければ信じれない心境ですよ、わたしゃ』
『そんならその証拠だけ言うことにする。今すぐ会社の中にある資料を調べるんだ』
『……資料? あんた、それが何だっていうんですか?』
『急げよ大石さん。監督のような犠牲は金輪際ごめんだろ』
それだけ言うと、無線は一方的に切れた。
138 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/09(月) 00:51:09.75 ID:F+cR37aU
[2/3]
「監督……」
声は言った。監督――それは、彼にとっては、祟り事件の最初の犠牲者である、現場監督のことだ。
彼のような、犠牲が、また出るのだと、相手は言った。
その言葉に、大石の背筋が急に冷えたような錯覚に陥る。
「大石さん! そんじゃ、今から撤収――」
「熊ちゃん! まだだ! まだ調べることがありますよ!」
大石が踵を返すと、小此木造園の中に急いで入っていく。
「ど、どうしたんすか大石さん?!」
熊谷も、大石を追いかけるようにして会社に入っていった。
そして十数分後――、再び護送車の中に入ってきた大石が、容疑者の一人の胸ぐらをいきなり掴む。
「おい! こりゃどういうこった! 説明しろお前ら!」
大石の豹変したような言動に、護送車の中は騒然とする。
「“雛見沢滅菌作戦”だと……。どういうことだ! お前らは一体何をするつもりなんだ!」
大石が手に持ってきた資料。それはこの先の雛見沢の未来を決定する重要な機密事項が記されていた。
単純に言えば、テロ行為に他ならない。
いくらひなびた農村――といえども、その住まう人を皆殺しにするなどという、狂気じみた内容が、その資料に書かれていた。
「何だ! 一体何なんだこりゃ! お前ら一体、何をしでかすつもりなんだ?!」
大石が一層、声を荒げる。
ぽつりと。
「……なんだよ」
「ああ?」
容疑者の一人が、言った。
「終わりなんだよ……お前らも、俺も、全部」
全部終わるんだよ――。
そう、光の無い目で、大石を見据えて、言った。
「くそ!」
毒づくように大石は掴んでいた胸倉を放す。
あの得体の知れない“味方”が言った犠牲がこのことを指すなら、雛見沢は今、とんでもない危機的な状況になっているはずだ。
今から自分達が駆けつけたとしても、果たして間に合うか――いや、間に合わなければならない。
現場監督のような――彼のような犠牲はもう、たくさんだと、大石は決意していた。
「熊ちゃん! 今から動けるもんは全員雛見沢に向かいます! 急ぎますから、覆面パトカーもサイレン全部上げるように指示だしてください!」
「了解っす!」
「それと、私は今から電話をかけます!」
「で、電話っすか? どこに?!」
「保険ですよ、保険!」
雛見沢、某所――。
黒電話のけたたましい呼び鈴が鳴る。
その音に気付いた彼女は、慌てるそぶりもなく、受話器を取り上げた。
「はい。もしもし」
「もしもし?! そちらは、園崎――」
「おや、どなたかと思えば、珍しいことで、大石警部」
愉快そうに、園崎茜は電話口の向こうに皮肉を言った。
141 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/05/15(日) 23:35:13.27 ID:xHsgzeJS
[1/4]
フォックスの助けにより窮地を脱した圭一と魅音は、一旦はぐれてしまった仲間たちに追いつこうと必死だった。
圭一は、後ろ髪を引かれる思いなのか、走りつつもためらうように何度も振り返っていた。
「圭ちゃん、急いで! 走って!」
「けど、スネーク達が――」
「あの二人なら大丈夫だから! 私たちがいると、かえって戦えないよ!」
「そうかもしれないけど……」
圭一は己の無力さに歯軋りをする。
広間の壁を突き崩した“竜”。
スネークが発した、今まで聞いたことの無い怒りの叫び。
銃弾すらはじく人物が振るう鉈を、あっさりと受け止めたフォックス。
この数分間で起きた出来事や、それに対処した人物を思うと、自分はあまりにも――無力だった。
「圭一くん! 魅ぃちゃん! こっち!」
通路の先で、レナが手を振る。
無事逃げられたらしく、そこの通路には先ほどまで広間にいたメンバーがそろっていた。
「二人とも、大丈夫なのですか!?」
梨花が息せき切ってそう言った。
「怪我はしてないよ、心配しないで。……だけどあっちで、スネークとフォックスがまだ戦っている」
「魅音さん、これからどうするんでございますの?」
後方の道にトラップを仕掛けつつ、沙都子がそう聞く。
そう話している間にも、遠くでは轟音、銃声がし、先ほどの“竜”が暴れているせいか、地響きが圭一たちのいる所まで伝わってきていた。
「……ここは危険すぎる。いったん離れてから体制を整えた方がいいと思うよ」
富竹が真剣な表情でそう助言し、魅音は頷く。
彼女は全員を見渡し、モシン・ナガンをしっかりと持ち直して、口を開いた。
「スネークを助けたい気持ちは分かるけど、富竹さんの言うとおり、いったん引くことにするよ。
……正直、私だって何が起きたのかよく分からないけど、……今は逃げよう」
先導するから着いてきて、と魅音が言い、一同は小走りで移動を始めた。
142 自分:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 23:35:54.36 ID:xHsgzeJS [2/4]
「魅音、逃げるったって、どこまで走るんだ?」
圭一が息を途切れさせながら、魅音に問いかけた。
「とりあえず安全なところ……は、無いけど、落ち着けるところまで――」
魅音の返事が、途切れた。そして急に立ち止まる。
どうした、と圭一は聞いたが、魅音の視線の先を見て、状況を理解した。
「……嘘だろ、こんな所で!」
皆が皆、とにかくその場から逃げようと必死だった。
――だから。逃げ込んだ通路の先で、敵と鉢合わせしてしまう可能性など、少しも考えていなかった。
敵との距離は遠かったが、敵と自分達との間に、遮蔽物は、無い。
それはすなわち、丸腰の人間が背中を見せて逃げることは、死につながることを示していた。
魅音が指示を出す前に、何人かの兵士と山狗が、魅音たちを庇うように前に出た。
逃げろ、と兵士の一人が言う。
「でも、それじゃあみんなが――」
圭一の言葉は、銃声によってかき消された。
接近してきた敵に、兵士達が発砲したのだ。
しかし、その人物は、持っていた鉈で銃弾を「弾いた」。
あちこちから銃弾を浴びせられているのにも関わらず。
不快な金属音を鳴らしながら、踊るように、銃弾を避けていた。
「嘘だろ……!」
ジョニーが呆然として呟く。
全ての銃弾が撃ちつくされた後。
その人物は、こちらに向けて走り出した。
それとほぼ同時に、後方にいた敵の兵士達も、進軍を始めた。
「力押しじゃ適わない! 今は引こう!」
魅音が叫び、再び走り出す。
143 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/05/15(日) 23:36:30.10 ID:xHsgzeJS
[3/4]
彼らが走り出したすぐ後。
鉈を持っているその人物は――、あるものを見て、凍りついたように立ち止まった。
覆面の下から僅かに見えているその目が、見開かれる。
彼女は、悪夢を見た。
ありえないはずの光景を。
「…………そ……だ……」
嘘だ。
全て嘘。
ありえないありえない。
現実な、わけがない。
いまここにいる自分が本当で。
あそこにいるのは――偽者で。
あれは悪夢。あってはならないもの。
――じゃあ、ぜんぶ消さないと。
「うううぅぅぅ嘘そそそぉぉぉぉおだああああぁぁぁっっっ!!!」
絶叫しながら、彼女――マチェットは、鉈を振り回した。
最初に犠牲になったのは、彼女のすぐ側にいた兵士だった。
ぱん、と風船が破裂するような音が響く。
血飛沫が天井まで迸り――、首と胴体が別れ別れになったその兵士は、ぐらり、と前に倒れた。
叫び声とその音に驚き、圭一たちが振り返る。
幸運にも、人が死ぬそのものの光景を目にしなかったが――、血の雫がしたたる鉈を振り回しながら、凄い勢いで接近してくる人影があった。
彼女は、見方の兵士ですら、鉈で切り倒しながら、まっすぐにこちらに向かってきていた。
壁が、天井が、赤く染まる。
覆面から血走った目を覗かせて、マチェットは、矢のごとく疾走した。
その恐ろしい光景に――一瞬、彼らの足が竦んだ。
「K! みんな! 早く走れっ!」
ジョニーが怒鳴り、彼らは我を取り戻した。
子供達はまた走り出す。こうしている間にも、魔物は接近しつつあった。
背後からは大勢の足音、悲鳴、銃声、金属音が響いていた。
それらが何を意味するのかは――考えたくも無かったし、考える余裕も無かった。
魅音は何かを決意したような表情になり、息を大きく吸い込み、叫んだ。
「人数が多すぎる、いったん別れよう! 絶対に一人にはならないで、数人で固まって行動して!」
あそこで別れよう、と言った彼女の指差す先には、通路が三方向に分かれている分岐点があった。
「何かあったら私に連絡して、無線で指示だすから! それじゃあ――死なないで!」
十字路のようなところに到着し、彼らは三方向に分かれた。
――前門の虎、後門の狼。
この言葉がふさわしい状況は、他には無いだろうと、圭一たちは感じていた。
147 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/05/21(土) 23:23:23.68 ID:TAs7Mcml
[1/3]
――走る、走る、走る。
心臓が破裂しそうになり、息も苦しくて、足も痛いけど――、とにかく走る。
二度目の脱走のチャンスを、逃すわけにはいかなかった。
後ろの方にいたから、あの時何が起きたのか、よく分からなかった。
でも……あの悲惨な光景は、目に焼きついている。
血の臭い。叫び声。辺りに広がる赤。
突然、暴れだした彼女によって、すべてが混乱の中に叩き落された。
兵士達も、私にかまってる場合では無くなった。
だから、私は悟史くんを連れて逃げ出した。
とにかく奴らから離れようと、必死で。
どこをどう走ってきたのか分からない。
いくつもの通路を曲がり、走りぬけ、広間を突っ切る。
足が限界を迎えたところで、私は、通路の壁に手をついて立ち止まった。
呼吸が荒い。肩で息をしているのが自分でも分かる。
肺と足が悲鳴を上げていた。息がしにくくて、胸が痛い。
全身に心臓の鼓動が響き渡る。……おまけに、頭がくらくらしてきた。
「…………逃げ、られた、の……?」
辺りを見渡すが、奴らの姿は見えなかった。
私を追う暇も余裕も無かったらしい。
――とりあえず、逃げ出せた。
悟史くんを壁に寄りかからせて、私はずるずると座り込む。
疲れを通り越して、……なんだか眠くなってきた。
……でも、奴らから逃げられても、「助かった」とは言いがたい状況だった。
この“施設”にいる兵士達だって敵だ。
ここから出て、悟史くんを診療所に連れていくまでは、安心出来ない。
……いや、それだけじゃ終わらない。
雛見沢で、何かが起きている。
北条鉄平を殺し、悟史くんを連れてきたオセロット。
オセロット達を撃退し、何か目的をもって部隊を率いているリキッド。
……それに、私がオセロットに唆されて閉じ込めてしまったスネーク。
この、鬼ヶ淵沼の地下にある施設。
私の知らない間に、雛見沢に――何か巨大な陰謀が、渦巻いているようだった。
その陰謀が終わらないと、私も悟史くんも沙都子も、みんなも、元の生活には戻れない。
でも……、私一人の力では、どうにもならない。
ようやく呼吸が落ち着いてきたので、とりあえず安全な場所に行こうと、立ち上がる。
「誰だ!?」
通路の奥側から、突如怒鳴り声が響く。
……見つかってしまった。逃げないと!
私は悟史くんを担いで、また走り出した。
148 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/05/21(土) 23:24:16.00 ID:TAs7Mcml
[2/3]
さっき逃げてきた時と同じように、闇雲に走り回った。
目の前に、長い一本の通路が伸びている。
人は、いない。
でも、私の背後からは、複数の足音が聞こえてきた。
大人と子供の体格差や体力の差のせいか、だんだん足音が近づいてくる。
私は必死に足を動かして、彼らから離れようとした。
通路を走っていると、途中で右に逸れる道があった。
何回も通路を曲がった方が、追っ手は振り切りやすい。
そう思って、私は迷うことなく右に曲がった。
そこは、袋小路だった。
荷物置き場だったのか、無造作にダンボールやコンテナが積まれている。
「嘘……っ」
引き返そうとしたが、……もう遅いことを悟った。
兵士達の足音と気配が、すぐそこまで迫っていた。
……ここから飛び出して走っても、追いつかれてしまう距離に。
もう一度さっきの通路に戻って、別の道に逃げこもうとしても、――捕まってしまう。
捕まったら、もう未来は無い。
あまりにも、あっけない結末に、引きつった笑いが浮かぶ。
……嘘でしょ。
逃げられないなんて。
ちょっと進む道を間違えただけなのに。
兵士達が前進してくる気配がして。
私は、後ろがただの行き止まりだと分かっていても、じりじりと後退した。
そして、体が壁にぶつかって。
もう終わりだ、と思って、その場に座り込んでしまった。
嫌な汗が、どっと吹き出てくる。
一度は落ち着いたはずなのに、体が震えて、全身に力が入らなくなった。
「観念しろ! 出てこい!」
兵士の怒声が響き渡る。
――もう、逃げられない。
足が鉛のように思い。息も、浅い呼吸を繰り返すことしか出来なかった。
このままじゃ――死ぬ。
嫌。
せっかく逃げ出せたのに、こんな所で死ぬなんて。
押さえつけていた、喉の異様な痒みが復活する。
痒い。苦しい。
……もう、終わりなのかな。
どこで、間違えちゃったんだろう。
――悟史くん、沙都子、みんな…………ごめんね。
苦しさと後悔、絶望につつまれながら、私は目を閉じた。
その時。
近くで、何かが破裂する音がした。
「な、何だ!」
「スモーク!? どこから――」
私はゆっくり目蓋をあげ、辺りを見渡す。
なぜか白い煙が、ここまで漂ってきていた。
その中から、人の足音がして。飛び出してきたその人影は、突如私の腕を掴んだ。
「逃げるぞ」
彼はそう言って振り返り、何かを後方に投げた。
ぱん、と何かが炸裂する。
兵士達の動揺する声が聞こえて、やがてばたりと、何か重いものが倒れる音がした。
「よし、行くか。煙はあまり吸うなよ」
機械的な発声をするその人は、そう言って私を引っ張り走り出す。
私の腕を引っ張っている人の顔を見ようとしたけれど、煙にまぎれて、よく分からなかった。
――こうして、私と悟史くんは、危機を脱した。
謎の人物の助けによって。
152 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/05/23(月) 00:08:22.41 ID:PzVpahmm
[1/2]
「上出来だ」
山猫は嗤う。
リキッドが操るメタルギアは、壁に叩き付けたはずの足に、もう一体のRAYが放ったレーザー水流を受け、その足の装甲を歪ませている。
オセロットは鋼鉄と高圧水流がぶつかりあった壁の近くにいながら、まるで特等席で舞台を見る観客のように、悠然としている。
その、もう一体のRAYの頭部が山猫を通りすぎて前進しようとした瞬間、オセロットはコックピット席に顔を向けた。
「どうだ? これが我々“愛国者”の力だ。――気に入ったか?」
その問いに答えるべく、もう一匹の竜から、以前聞いた声が響いた。
「ああ! 悪くない!」
その名前に、スネークは少し驚いたような顔になった。
「その声……? まさか、あの山中で会った?」
オセロットが傍らに立つ、メタルギアを操縦している者を、彼は知っていた。
「お前に受けた借りを返したいと言ってな……私は機会を与えてやったのだ。……なあそうだろう、小此木?」
「そうだ! あの時は世話になったな!」
あのメタルギアRAYには、彼――山狗部隊の隊長であり、山中でスネークに敗れた――小此木が乗っているのだ。
小此木はRAYの胴体を無理やりに亀裂にねじ込ませると、広間に残骸と瓦礫をまき散らしながら、侵入してきた。
その突進の勢いのまま、リキッドのメタルギアにぶつかると、リキッドのメタルギアは体勢を崩し、転倒する。――さらに小此木は、もう一方のRAYに馬乗りする形で、圧し掛かった。
オセロットは、崩れかけた通路から二体のRAYがもつれ合う姿を見て、また唇を歪ませた。
だが。
「さて……、小此木! こいつらはお前に任せる!」
オセロットが、この舞台からの退席を口にした。
「わかった!」
小此木が答えた。その後で、彼は自身の耳についていたインカムを起動させると、オセロットに話かける。
「……山猫、お前はこれからどうする気だ?」
小此木の問いに、山猫は、ふん、と鼻であしらった後、言った。
「少々予定を変更する。……裏切者は外にいた兵士だけではない」
山狗もまた、その言葉に驚く。
「なんだと?」
「我々の体内に一匹……いや、二匹か。一突きで心臓を刺せる位置に、毒虫が這い回っているのだ」
「……」
小此木は無言のままだが、その心中は穏やかではないだろう。
「裏切者の目星はまだついていない。だが、先ほど、ステルス迷彩を全て破壊された。この場所を知らなければできない芸当だ。何も知らずに飛び回っていたお前たちのボス――ではないだろうがな」
小此木の上司――いや、今では哀れな道化同然の――鷹野三四のことを、彼は言っているのだと、小此木は気付く。
「私はその者達を始末する。場合によってはさらなる手駒も使ってな」
やはりその声は嗤う。
「小此木……地上のほうはどうなっている?」
オセロットは小此木達山狗が中心となって行うはずだった“滅菌作戦”について、小此木に問いただす。
「……地上のほうは警察の介入があって、態勢が崩れた。作戦の続行は難しい」
「そうか、いくら小さな集落とはいえ、人数がいなければ包囲もできないか。……ならばそちらについても手駒を出そう」
「なんだと?」
小此木が驚いたような声を上げた。
オセロットは少し、スネークの姿を眺め、また、愉快そうに笑った。
「懐かしい顔に遭わせてやろう」
そういうと、彼は踵を返して、通路の闇へと去って行った。
165 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/07/12(火) 23:43:26.27 ID:3pOR/CZ1
[1/5]
「ここまデ来レば大丈夫だロ」
奇妙な発声をするその男は、そう言って私の腕を放した。
あの袋小路から逃げ出した後、私たちはどこかの小部屋に逃げ込んだ。
私たちを助けてくれた“彼”は、部屋の入り口の端末を弄っていた。
何の苦も無く扉をロックして、私達に向き直る。
「OK、っと。……ふう、これで安心だ。しっかし疲れたぜ、慣れないことはするもんじゃないな……」
唇を動かさずそう言った彼は、それほど走っていないのにも関わらず、私よりもぐったりして見えた。
扉に寄りかかって、腕で額の汗を拭っている。
かと思うと、周囲に溶け込んで目立たなかった服の色がみるみる変化し――、素材までも変わったように見えて、最終的には黒いスーツになった。
私が目を白黒させていると、彼は手をひらひらと振った。
「気にするな。これは“魔法の服”なのさ。俺の声の秘密もこいつにある」
そう言った彼の顔を、まじまじと見る。
改めてみても、やはり私の知らない人だった。
体がかなり細く、肌の色は、やけに白い。ついさっきまで走ってたから、少し顔が赤くなっていたけれど。
髪の毛はぼさぼさで、まるで手入れすることを知らないかのように、伸び放題になっている。
全体の雰囲気から察すると、年齢は30代ぐらいみたいだった。
そして、その顔は――疲れきっているように見える。
慣れない運動をしたから、だけでは無いように思えた。
何か、もっと大きなものに絶望し、人生を諦めているのかのようにも思えた。
……初対面相手の人にこんな事を思うなんて、考えすぎかもしれない。
でも何故か、私は彼と初めて会った気がしなかった。
私の視線に気づいたのか、彼と目が合う。
「……とりあえず礼を言っておきます。助けてくれて、……ありがとう」
私は、目を逸らしつつ無愛想に言った。
助けて貰ったとはいえ、油断してはいけない。正体も分からない奴だし、念のため警戒しておこう。
「そうカリカリするなって。信用してくれよ」
男は、悪びれもなくそう言った。
「そう言われましても、私はあなたの事なんか知りませんし。……どうして私たちを助けたんですか?」
私が言うと、彼は顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。
166 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/07/12(火) 23:46:26.40 ID:3pOR/CZ1
[2/5]
「……何て言ったらいいのか難しいな。あえて言うなら『罪滅ぼし』、か」
「何ですか、それ――」
「…………ぅ………………」
私が問い返すと、すぐ側からうめき声が聞こえた。
はっとして振り返る。部屋のソファーに寝かせていた、悟史くんの目蓋がぴくりと動いた。
「悟史くん――」
近寄ろうとした私を、彼が待てと言って引き止めた。
代わりに、彼が悟史くんに近づいていく。
「ちょっと、何をする気ですか?」
敵意むき出しの私を気にも留めず、彼は悟史くんのすぐ側に行った。
「今のこいつは、目が覚めたって暴れるだけなんだろ」
「何でそれを――」
言葉が途切れる。彼の服が、また変化していったからだ。
黒いスーツだったはずの服が、瞬く間に白衣に変化した。
研究者とか医者とかが着ているようなやつだ。
「ま、俺はこういう奴だから任せておけ」
言いつつ、彼は注射器を出した。背筋に悪寒が走る。
こいつが敵だとしたら、すごく危険だ。悟史くんにわけの分からない薬品を注入するだなんて。
でも……、敵だったなら、さっきの所でわざわざ私たちを助ける必要は無い。
一体、彼は何者なの? 信用していいの?
誰が本当に信じられるのか。
誰が敵で、誰が味方なのか。
……一度は悟史くんまでも疑ってしまった私にとって、それを判断するのはとても難しかった……。
葛藤している私をよそ目に、彼は悟史くんの側にしゃがむ。
すると、悟史くんが目を覚ました。
寝起きでぼんやりしていたように見えたのは一瞬で――、悟史くんの目が、あの時のように悪意と敵意に染まった。
悟史くんの手が、彼に掴みかかろうとして動く。
それよりも早く、彼は注射器を持っていない方の手で、悟史くんの口を塞いだ。
正確に言えば、手に持っていた白いハンカチで口を塞いでいた。
掴みかかろうとしていた手が宙を切り、悟史くんの目がまどろむ。
がくり、と悟史くんが体を倒し、彼はその体を受け止めた。
「麻酔ハンカチで眠ってもらっただけさ。心配するな」
私が何か言う前に、彼がそう告げた。そして、悟史くんの首に注射をした。
……私は結局、彼を止めなかった。いや、止めれなかったのかもしれない。
彼は、目が覚めたら暴れてしまう悟史くんを大人しく出来る。
私は悟史くんを止めることが出来ない。
だから、今は従うしかない。
さっきまで自分の周りは敵だらけだったし、疑心暗鬼の炎はまだ燃えていたけれど。
彼のことは、信用してもいいんじゃないのか――と、自分の中の何かが告げていた。
167 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/07/12(火) 23:49:39.08 ID:3pOR/CZ1
[3/5]
「しばらくはこれでOKだ。目が覚めても、暴れださないはずだぜ。手を引いてやれば歩くことも出来る。背負う必要は、しばらく無いさ」
彼が立ち上がり、振り返ってそう言った。
「今度はこっちもか――」
よく分からないことを呟きつつ、私の方に近づいてくる。
「……何です? 私の顔に何かついてますか?」
じろじろ見てくる彼に対して言うが、彼は気にした様子が無かった。
「手首と喉の引っかき傷、過剰とも言える警戒心――L3かL4って所か? どっちにせよ危なそうだな……」
よく分からないことを言いつつ、私の手を掴む。
反対側の手には、また注射器が握られていた。
「ちょっと、何を――」
「栄養剤ダ」
抗議の声も聞かずに、私の腕に針を刺した。
暴れるわけにもいかず、私の体にも得体の知れない薬品が注入されてしまった。
打ち終わった後、それをしまって、彼はスーツのポケットから別の注射器を取り出した。
「一応、これを持っておけ」
「……薬の説明ぐらい、して下さいよ」
うんざりしたように私が言うと、男は少し肩をすくめた。
「とりあえず、それは鎮静剤だと思っていい。さっき打った薬の効果は2、3時間で切れる。薬が切れる前にそれを使ってやれ」
大人しくなった悟史くんの方を見て、彼はそう言った。
私は渡された注射器を、しげしげと眺める。
彼は、私たちのことを助けてくれた。
だから、信用してもいいと思うけれど――どこまで、私のことを、悟史くんの状態を知っているんだろう。
「そうだ。これもやるよ」
私の心境を知ってか知らずか、彼はまた別の物を取り出す。
「収納バッグ。腰につける奴だからかさばらないだろ。おまけにスタングレネードとスモークグレネード3個入り。大大大サービスだ」
と言いいながら、無造作にそれを突き出してきた。
怪しみながら、バッグの口を開くと……、確かに、3個ずつ、各種グレネードが入っていた。
普通のグレネードは無いけれど、何も持ってないよりかは、はるかにマシになった。
ベルトを腰にまわし、バッグを身につける。
普通の私服の上に、小さめとはいえ軍用のごついバッグをつけたものだから、なんだか不思議な格好になってしまった。
でも、身を守るためなら見た目を気にしてはいられない。
「っと、こいつを忘れてた」
またごそごそとなにやら怪しげにポケットをまさぐると、何かを握りしめて私に押し付けてきた。
無線機、のようだった。
「それで俺と連絡が取レる。何かあったら連絡しろ。可能ナ範囲は出張するゼ」
「……どうして、ここまでするんですか」
私たちを助けたって、何の得も無い。
なのにこの人はさっきから、やりすぎと言えるほど私たちのことを助けようとしてくれている。
「さっきも言ったろ。『罪滅ぼし』、それか単なる自己満足か、過去の清算か……」
俺はそんなに褒められた人間じゃないんでね――と、彼は力なく笑った。
168 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/07/12(火) 23:52:12.52 ID:3pOR/CZ1
[4/5]
……やはり、意味が分からない。
ため息をつき、視線を下げると……ある物が視界の隅に入った。
――鈍く光る、銀色の首輪。
さっきは気づかなかったが、彼の首にそれが付いていた。
ファッションのために付けているとは考えられないようなものだった。
「ああ、これか?」
彼は首輪をこつんと指ではじく。
「奴らに飼われているのさ」
「“奴ら”?」
「この施設を作った連中だ」
一体何者なんですか、と聞くと、彼はまた考え込む素振りを見せた。
「一言で説明するのは難しいな。ろくな連中じゃないことは確かダ」
「……そうですか」
もう、何がなんだか分からない。別世界に連れてこられたみたいだった。
ため息をついた私を励ますかのように、彼が明るく声をかけてきた。
「無理に戦う必要は無い。敵に遭ったら逃げ出して隠れて、また見つかったら逃げる。事が終わるまでその繰り返しでOKさ。
……さっきだって、不意打ちじゃなきゃ俺もダメだった。頭脳派には辛いぜ」
彼はそう言って頭をぼりぼりと掻いたが、突然表情が変わった。
右耳を押さえて、私から視線を逸らす。何かを聞いているようにも見えた。
「……どうやらヤバイらしいな。いつまで誤魔化せるか……。……仕方ない、また動くか」
どうしたんですか、と聞く。
「あっちもこっちも戦争状態、って事だ。……俺の立場も危うい。悪いが別行動させてもらう」
「……。貴方は……、何者、なんですか」
さっきから言っていることがよく分からなかったので、私はそう聞かずにはいられなかった。
「ただの科学者――さ。……じゃ、俺は行く。そいつをしっかり守ってあげな。困ったら無線で連絡しろ」
悟史くんの方を見る。安らかな顔で眠っていた。
これから不安なところもあるけれど、……悟史くんが助かりさえすれば、それでいい。
そして彼はぽつりと、最後に呟いた。
「……じゃあな。頑張れよ――――詩音」
「えっ!?」
名前を呼ばれたことに驚き、私は反射的に振り向く。
でも、私と悟史くんを助けてくれた謎の人物は、すでにどこかへ消え去っていた。
部屋の扉の方を見ると、いつの間にかロックが解除されていた。出ようと思えばいつでも出られるらしい。
「……何だったんだろう。一体……」
取り残された私は、ぽつんと、そう呟くことしか出来なかった。
179 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/08/13(土) 23:39:59.80 ID:s/zUc3M0
[1/3]
TIPS:第三の「侵入者」
鬼ヶ淵沼の地下施設。
この施設は村人の誰にも知られること無く、長い間ひっそりと息を潜めていたが、今や戦場と化していた。
そんな戦場の中を走り回る人物が、一人。
「……な、何よ…………、いったい何が起きてるって言うの!?」
彼女――鷹野三四は、状況を理解していなかった。
自分は助けを求めにここまで来たはずが、なぜか施設の兵士が銃を向けてきたのだ。
一瞬凍りづいてしまったが、人が集まってくる足音がしたため、とにかく助かろうと、訳も分かないまま鷹野は逃げ出した。
別の兵士に会っても、山狗に会っても、同じ反応。
その上、施設のどこかでは争う音がした。
何が起きているのか、彼女にはまったく分からなかったが――、一つだけ、出来ることがあった。
「…………そうだ、…………連絡すれば、……きっと助けてくれる……!!」
――自分が狙われているのは、何かの間違いだ。
鷹野は、この期に及んでも、そう思っていた。
誤解を解くために、鷹野はオセロットと連絡を取ろうと、施設内を逃げ回っていた。
必死に走り回り、彼女はようやく「通信室」と書かれた部屋にたどり着いた。
中に入ると、通信室を警護していたはずの兵士が倒れていた。
以前、富竹達が彼らを無力化したのだが、もちろん鷹野はそのことを知らない。
それに、「なぜ倒れているのか」と考え込む余裕は、鷹野には無かった。
真っ先に通信機に駆け寄り、オセロットに通信を繋げようとする。
――しかし、繋がらなかった。
オセロットは、この時小此木と通信を繋げていたからだ。
「何で、こんな大事な時に繋がらないのよ……!! ……そうだ、なら東京の野村さんに連絡すれば……!」
とにかく助けて欲しい、自分は誤解されている、と、ただそれだけを思い、彼女は野村に通信を繋げた。
先ほどとは異なり、しっかりと繋がったことに鷹野は安堵した。
180 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/08/13(土) 23:42:41.21 ID:s/zUc3M0
[2/3]
『あら、鷹野三佐ですか?』
この状況に似つかわしくない、優雅な口調で野村が答える。
「の、野村さん! 地下施設に到着しましたが……、何が、起きているのですか!?」
『……うふふ。「到着した」だなんて、「診療所を逃げ出してきた」の間違いでしょう?』
「な……なぜそれを……」
鷹野は愕然とした。「指揮官が逃げ出した」という恥ずべき事態を、野村に知られていたからだ。
「……診療所から撤退したのは、兵力を整えるためです。なのに私は銃を向られました! ここの兵士に!
何かの間違いでしょう!? 作戦はどうなっているのですか!! 兵士たちへの伝達は!? オセロットはどうしているのですか!?」
焦りを誤魔化そうともせず、鷹野は無線機にどなり散らす。
命を脅かされたのだ。プライドや体面を保っている余裕など、彼女には無かった。
『作戦は、ほぼ予定通りに進んでいますわ。先ほど、「滅菌作戦」が開始されましたから。今頃地上は……大変なことになってるでしょうね』
――滅菌作戦が、開始された。
衝撃的な一言に、鷹野はショックを隠せなかった。
「は、話が違います! 私に何の連絡も無いなんて! 最終的な権限は、私にあると――」
『確かに、そういう筋書きでしたわね。……鷹野三佐』
野村は、甘い声で囁く。それがかえって不気味に響いた。
『……でもそんな権限は、ただのお飾りに過ぎないって、お気づきになりませんでしたの……?』
「何の話ですかっ!?」
『何が起きても、自分が判断を下せる。なぜなら自分が研究の主導権を握ってきたから。
――祖父の研究を完成させ、自分が神になる。大方、そう思われていたのでしょうね』
野村は喋り続ける。
『そのために三佐は大変な努力をして下さいました。……しかし兵器が完成した以上、貴方はもう、――用済みですわ』
――用済み。
鷹野は目を見開いて息を飲み込み、驚愕の表情を浮かべた。
野村の話が、理解できなかった。
「一体、何の話をしてらっしゃるのですか……?」
『言葉の通りです。あなたの役割は終了しました。あとは、舞台から退場していただくだけですわね』
「た、た、退場って……、まだ、私は…………!!」
『――詳しくはオセロットにでも聞いてください。お疲れ様でした、鷹野三佐…………』
余韻を残しつつ、無線は、切れた。
184 自分:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2011/08/25(木) 17:16:08.91 ID:DotL/FF3
[1/4]
鷹野はしばらく呆然と無線機を握り締めていたが、我に返り、オセロットの周波数に切り替える。
今度は、きちんと繋がった。
「オセロット! 一体、何が起きているの!? 野村さんが言ったことは――」
『本当ですよ、鷹野三佐』
山猫は、低い声で淡々と答えた。
鷹野から連絡が来ることも、彼女が何を言うのかも、全て見越していたかのように。
「……じゃ、じゃあ、私が用済みだってことも……」
オセロットの返事は、低い笑い声だった。
それは暗に、鷹野の疑問を肯定していることを示していた。
「ふざけないで! 一体誰がこんな事を……! 裏切ったの!? それとも買収されたの!?」
『何を言っている? お前の味方など、元から存在していないさ』
「……な、」
鷹野は言葉に詰まった。
オセロットが急に態度を変えたことに驚き、彼の放った言葉に衝撃を受けたからだ。
『――この施設には、お前の敵しかいない』
声しか聞こえないはずなのに、圧倒的な存在感で、オセロットが告げる。
『私の部下も、お前の部下だったはずの連中も、侵入者も、皆お前を狙っている。
用が済んだ雛は、巣から追い落とされる運命にあるからな』
「……な、何よ、……何なのよ、それ…………!! 最初からずっと…………私たちを騙してたって言うのっ!!?」
『知らなかったのはお前一人だけだ。お前は初めから、我々が用意した舞台の上で踊っていただけにすぎない』
鷹野は、左手で右腕を強く抓った。
信じられなかった。
認めたくなかった。
やり場の無い思いを、腕を抓ることで発散しようとする。
……しかし、右腕に走る痛みは、ただこの状況が、「現実」であることを伝えただけだった……。
『小此木も、我々の傘下に入った。つまり山狗部隊ですらお前の味方ではないということだ。
この状況で、いつまで我々から逃げられるかな? 全てが終わるまで、せいぜい足掻くといい……』
低く、乾いた笑い声を残して、無線はぶつりと切れた。
無線機を持っていた鷹野の右手が、だらりと下がる。
彼女は、放心したように立ち尽くしていた。
「……嘘……、……でしょ…………?」
鷹野は辺りを見渡す。
気絶していた兵士が目を覚まし、頭を振って、今まさに起き上がろうとしていた。
――この施設には、お前の敵しかいない。
オセロットの言葉が、彼女の頭の中で繰り返し響く。
……つまり、この兵士も敵。
この通信室にも、敵しかいない。
みんな、自分を殺しに来る。
起き上がった兵士が、鷹野の方に顔を向ける。彼と鷹野の目が合った。
そして鷹野は。
「……い……や……。……嫌あああぁぁあああああぁあぁああぁあッ!!!」
踵を返し、通信室から飛び出す。
彼女の顔には恐怖の色がありありと浮かんでいた。
前につんのめり、転びそうになりながら、走り出す。
――こうして、鷹野三四の、逃亡劇が始まった。
189 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/08/26(金) 09:15:29.56 ID:p86REPe+
[2/4]
「待て! 老いぼれぇっ!!」
リキッドの怒声が、オセロットが消えた闇に向けられた。
しかし、山猫はその言葉を気にするそぶりもなく、奥へと靴音を響かせるばかりである。
「余裕ぶっているのもいまのうちだぞ! 山猫――」
リキッドがRAYの巨躯を再び立ち上がらせようとしたが。
「おいおい。俺を無視するなよなぁ!」
リキッドのRAYに跨っていたもう一体のRAY――山狗部隊の隊長、小此木が操縦している――が、起き上がろうとしたリキッドに機銃を浴びせる。
至近距離の銃撃の威力で、リキッドのRAYは再び背を地面に付けた。
「ぬがぁぁっ!」
怒声を張り上げ、リキッドは吼える。
だが、自分にとって劣勢となるこの状況を、奴は跳ね返せない。
リキッドも小此木も、搭乗しているメタルギアは同型機なのだ。
量産機とオセロットは言っていた。ならば、その性能は全くの同一である。
姿形はもちろん、装備も、機体の性能も。
ならば、奴が劣勢となっているのは、敵に組み伏され、自らが地に倒れているという理由の一点に尽きるはず。
――違う。
俺は理解する。そんな理由が、そんな理由だけが、奴を劣勢に立たせるわけがない。
奴は、あのリキッドは――、少々の劣勢など、簡単に覆す男だ。
その奴が、劣勢になっているということは――。
「おのれぇ! いい気になるな!」
リキッドのRAYから奇怪な音が聞こえ、鋼鉄が軋む。開口部が開くと、RAYに搭載されているミサイルが顔を覗かせた。
「リキッド! こんなところでミサイルだと!?」
俺は奴の考えをすぐさま理解する。奴は機体の損傷など無視して、敵を斃すことだけを考えている。
「スネーク! こっちだ!」
フォックスが、通路の向こうを指し示す。確かに、この場に留まるのは危険だ。
俺はフォックスと共に、このフロアから脱出する。
「何度も言わせるな兄弟! 貴様は――」
逃がさん! と、叫んだリキッドが、ミサイルを発射させる。
ボタンを押した奴は、次の瞬間、目を大きく見開いたに違いない。
なぜなら――リキッドのRAYは、ミサイルを一発も発射しなかったからだ。
「な、なんだと?!」
リキッドの声。それは奴にしては珍しく、僅かに、だが確かに――、動揺していた。
その声に気分を良くしたのか。小此木の低い笑い声が響いた。
「いやぁ、あぶねぇあぶねぇ。山猫が言ったとおりだな……。貴様は勝利するためなら、簡単に戦闘のセオリーなど無視するってなぁ!」
再び、小此木が機銃を見舞う。リキッドのRAYは右肩のミサイルを狙われ――誘爆したミサイルによってその大きな羽とも腕ともつかぬ自らの一部を、弾き落とした。
「うがぁぁぁっ!!」
爆破の衝撃で、リキッドが叫ぶ。
「お前が乗ってるのはなんだよ?! 俺達の兵器だろうが! そんなもんはなぁ!」
小此木がレーザー水流を放った。それはリキッドのRAYの右足の装甲を深々と抉った。
あれでは、リキッドのRAYは重心を支えられない。
「ミサイルの起動は電気信号だ! パターンさえ知ってりゃジャミングできる!」
小此木の勝ち誇った声が響く。
「それだけじゃねぇ! お前が奪ったのは野外で起動実験してたやつだ! つまり実験機なんだよ!」
「実験機だと?」
リキッドが口にした当然の疑問、それに小此木は絶対の余裕を持って応える。
「動けば完成だとお前は思っていたんだろう?! はっ! 流石はアメリカ人だな! だが俺達は違う! ここをどこだと思ってやがる!」
190 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/08/26(金) 09:16:39.06 ID:p86REPe+
[3/4]
「……日本」
俺は呟く。
この場から逃げることを躊躇し、この戦いを、観ていた。
何故なら、逃げた先で、この戦いの勝者と戦うことになると、理解していたから。
「俺達日本人はなぁ! 既存の兵器を改造する! 今よりももっと! もっと! もっともっともっと!! 強力にするためになぁ!」
――改造(カスタム)。それはどんな武器でも、兵器でも、必ず行われる改変。
現在よりも一つでも、僅かでも、高みへ達するために。
だが、だがそれを。
だがそれを、手に入れたばかりの兵器で行うとは。
「日本の戦力をお前らアメリカ人はどう見ている?! 大したことねぇと思ってるんだろう! 舐めるな! 俺達日本が所有する兵器はなぁ! お前らが持っているものより、数段上だ!」
同じF-15戦闘機で、お前ら以上のスコアを叩きだせる――。そう、小此木は心酔したような声で吼えた。
「お前が奪ったやつなんぞ比べものにならねぇ! 出力! 装甲! 装弾数! どれをとっても限界まで引き上げてる! お前の奪ったもんなんぞ――カスだ!」
狂ったように響く、機銃の掃射音。リキッドのRAYはもはや活動することもできず、機銃によって装甲を歪ませ、破壊されていく。
単純な、だが圧倒的な性能差――、それで、決着は着いた。
そう、メタルギア同士の決着は。
「なるほど、そうか」
不気味なほど、落ち着いたリキッドの声。
「ああっ?!」
高揚感に浸っていた小此木の背に、次の声は氷柱のように突き刺さっただろう。
「そのメタルギアが素晴らしい性能だということは理解した」
では――次は、それを、もらう。
ぞくり、とするほどの冷徹な声に、小此木の声が止まる。
瞬間、リキッドのRAYが、爆発した。
「なっ――?! セ、セムテックス?!」
リキッドは、メタルギアにあらかじめセムテックス爆薬を仕込んでいたのだろう、それを自爆させたのだ。
巻き起こった土埃が、小此木の視界を遮る。
「ど、どうなって――、やつめ、何を――?!」
必死にモニターを見つめる小此木のそばで、耳障りな炸裂音が響く。それは間髪入れず、二度、三度、四度、五度――。
「な、なんだ! 何をして――?!」
そしてモニターが、景色を映しこんだとき。小此木は、ありえない光景を見た。
リキッドが、小此木の操縦するRAYのコクピットに張り付き、アサルトライフルで、ハッチを撃ちつづけていた。
――ひっ。
「ひぃっ!」
小此木はその現実に、完全に動揺した。
そしてハッチを強引にこじ開けたリキッドは、銃口を強引にねじ込むと。
――――全弾、撃ち尽くした。
完全に解放されたコクピット席から、ぐらり、と人の姿が落ちていく。
新しいシートの感触を確かめるように座り直したリキッドが、RAYを機動させる。
「さて、これで――ようやく貴様を始末できるなぁ!」
兄弟!!!
「リキッッッドオオオ!!!」
俺は再び、奴の両目を睨みつけた。
201 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/10/16(日) 23:25:22.28 ID:bMBtZ+id
[1/4]
響く咆哮。
唸る銃声。
そのどれもが憎悪と嫌悪を増長させる。
奴の――リキッドの操るRAYのコクピットは、奴自身が破壊し、完全に閉じることができない。
ならば――そこは、弱点に他あるまい。
俺は間髪入れず、M4の銃口を向け、狙いを定める。すぐさま吐き出される銃弾は、奴に向けて真っ直ぐに撃ち出された。
だが、RAYのコクピットは位置が高く、足元から見上げるように撃つ軌道では、厚い装甲に阻まれてしまう。
「無駄なあがきは止めろ! 兄弟!」
蟻を踏み潰すように、RAYの足が振り下ろされる。俺はそれを、跳び避けた。
「くっ!」
分かっていたことだが――対人用の火器で、あの化物に致命傷を負わせることは困難だ。
ならば、どうする?
どうすればいい?
焦りを抑え、だが迅速に結論を導くよう、思考をまとめていく。
「何をやっても無駄だぞ兄弟! お前は! ここで死ぬ! 俺に殺されるんだ! それ以外の運命など! 無い!!」
再び振り下ろされる足の一撃と、伴って響く振動。それはまた天井の瓦礫を振り落し、床に激突して四散する。
――この、瓦礫が厄介だ。時間と共に、俺が移動できる場所を奪っていく。袋に入れられた鼠のように、悲惨な末路を迎えるかの如く、この場所は、俺に不利な場所へと変わりつつあった。
まずは、この場所から脱出しなければ。そして次に、奴の――あの、RAYを破壊する手段を手に入れなければ。
「潔く、死ねえ!」
RAYが、また幾度目かもしれない、機銃の掃射を行う。
それを、瓦礫を背に、カバーポジションをとって防御する。
その防御の瞬間も、俺は思考を切らさない。
どうすればいい。
どうすれば――。
その時。
俺の耳小骨に振動が響いた。
202 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/10/16(日) 23:25:58.83 ID:bMBtZ+id
[2/4]
『スネークだ』
『スネーク?! 俺だ!』
『お前か』
通信の向こうから、協力者――ディープ・スロートの声が聞こえた。
『スネーク! あのRAYは強力な兵器だ! 今のあんたの装備じゃ勝ち目はないぞ!』
『そんなことはわかっている。奴に通用する武器が必要だ。何か知らないか?』
『武器なら……ある! とびきりのやつがな!』
『本当か?!』
『ああ。エレベーターの配電盤に武器を隠したと言っただろう? あの中に有効なやつが入っている』
『エレベーターか……っ!』
俺は壁の向こうにいる、奴と――、その奥の通路を見る。
エレベーターは、あの方向だが……、その道はさっきの爆発で塞がってしまっていた。
『駄目だ。エレベーターまで行く道は塞がれている。ここからは行けそうにない』
せっかくの地獄に降りてきた救いの糸のようなプランだったが、望みは限りなく薄いものだ。
『と、いうことは、あんたは今、フロアの反対側にいるんだな?』
『あ、ああ。そうだが』
『何とかなるかもしれない』
『何っ?!』
切れかけた糸を、手繰り寄せたような錯覚を、俺は覚えた。
『いいか? あんたの近くにある通路から、ダクトを通じて一階下に降りるんだ。そこからなら、エレベーターまで道はすぐ通じている!』
『本当か!?』
『ああ。だが問題はリキッドのRAYだ。あんなデカブツに暴れられたせいで、下の階は大分通路が歪んでしまっているんだ。ぐずぐずしてたらすぐ潰れてしまう。時間との勝負になる』
『だが、今はそれ以外に方法がない』
『わかった。だが問題はもう一つ。その武器なんだが――』
咄嗟に、俺は通信を遮断し、緊急に回避行動をとった。
RAYのミサイルが俺の後方で、次々と着弾して爆発した。
ミサイルによって、瓦礫が無くなり、見晴しがよくなった向こうで、リキッドが不敵に嗤っているのが見えた。
「スネーク! そろそろ終わりにしてやる!」
RAYのレーザー水流が起動を始める。
あれを食らうわけにはいかない。
なんとか奴の攻撃をかわして、通路まで行かなければならない。
だが、どうやっても、一手、遅い。
竜の咢が、再び動く。
俺が全力で駆け出したのと同時に、奴はトリガーを引いた。
「スネーク!」
その声にリキッドは向いた。
グレイ・フォックスが、今はもう、スクラップと化したもう一つのRAYから、機銃を引き剥がすと同時に――リキッド目がけて乱射したのだ。
「フォックス!」
「スネーク! いまだ! 行け!」
あとは、もう振り向くことなく。
俺は全速力で、通路に向かって疾走した。
203 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/10/16(日) 23:39:39.26 ID:bMBtZ+id
[3/4]
TIPS「奴は生きていた」
体中が……痛い。
骨がバラバラになったように、痛む。
筋肉が千切れたように。
神経が細切れになったように……痛む。
しかし、俺は生きている。
『我が“愛国者”が開発した、全方面を完全に防弾するバトルスーツだ。歩兵が持つ小火器などで、致命傷を負うことなどあるまい。まあ、お前には必要ないと思うが、念のため、保険、というやつだ。』
そう、あの男は言った。
まるで……これが必要になることがわかっていたように。
「山猫、め……」
悪態を吐きながら、這うように、俺はあの地獄から逃げた。
結果から見れば、またも、俺は敗残兵、惨めな負け犬だろう。
だが、……まだだ。
まだ、俺は、目的を果たしていない。
壁に手を着き、俺は引きずるようにして歩く。
俺が、あの組織に。
“愛国者”に認められるには、成果が必要だ。
例え、それがどんなに小さなことでも。
成し遂げることにこそ。
意味がある。
使い慣れた拳銃を手にする。整備も行っている。動作不良など起こすはずがない。
かつて担いだ神輿を――降ろす。
鷹野三四を、始末するのだ。
「それぐらいはできるだろう? なあ、小此木?」
通信機の向こうで嘲け嗤った老人の顔が映った気がした壁を、俺は叩いた。
213 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/11/25(金) 01:25:33.68 ID:cjiafSD7
[1/3]
TIPS:「国(クニ)VS故郷(くに)」
「……よし。行くぞ」
一人がそう言うと、後ろに続く男達も、黙って頷いた。
全員が背広に身を包んだ、しかし滲み出る独特の雰囲気が男達を浮き立たせている。
小此木が率いる山狗部隊の構成員達は、仮初の宿としていた小此木造園が警察に介入されたものの、その大部分は彼等のように各部隊ごとに任務にあたり、既に雛見沢に潜入している。
――滅菌作戦。
人を菌と呼び、そのとおりに駆除するという、シナリオ。
正気の沙汰ではない。それはこの作戦に参加し、実行する側の彼等でさえ――そう思わざるを得ない内容だった。
しかし、彼らは知っていた。
この地域に蔓延る病気を。――雛見沢症候群を。
この作戦を指揮するにあたり、彼等の上司達はあえて兵士達に、雛見沢症候群の末期症状である、L5症状を発症させた人間をむざむざを見せつけたのだ。
この所業の発案はオセロットだった。そして彼の狙いどおり、L5症状を持った患者は、この地の風土病に対するおよそ考えられる限りの嫌悪感を兵士達に植え付けた。
この病気が、もし、万が一にも――蔓延したら?
自分の愛する人が、家族が、隣人が、ある時を境に、みんな狂ってしまったら?
ありえそうにない。だが確実に目の前にある事実に、彼らは、一つの望みを抱いた。
――この国を守りたい、と。
そう、彼等は、この狂気とも呼べる作戦に、この国の、自分達の愛する者達の未来を賭けた。
自分達に与えられた大義の成就が、そして自分達が守るべき人達を救う手段が、この病気を根絶することが、この村の抹消ならば。
自分達は――地獄に堕ちよう。そう――決意した。
それを、正義と履き違えて。
ここにいる彼等もまた、誰かの悪意に踊らされている哀れな殉教者に過ぎない。
彼等がここで散ったとしても、彼等を唆した巨悪は決して傷つかない。
だが、彼等はそれに気づかない。自分たちが騙され、罪を背負おうをしているのに。
彼等は愚直なまでに――。未来の救済という、希望に酔っていた。
彼等がこれから占拠しようとしているのは、村役場だった。
村内への放送を担う役場を抑えることが、作戦中の彼等の役目だった。
だが、警察が動いているこの状況では、彼等の任務は重要な意味を持たないと思われたが……、上からの指令は遜色なく“続行”だった。
疑念はあった。踏み止まることもできた。
それでも、彼等は実行する。止まることなど――考えられなかった。
そして一人が、村役場の入口である扉を開けた。
至って普通に。道に迷った仕事中のサラリーマンのように。
「あのう、すみません」
困ったような、ちょっと迷惑になるかなと思わせるような表情で、奥に向かって声をかけた。
刹那。
最初に扉を開けた一人の姿が、不意に消えた。
残りの者は、何が起きたのか理解できず、思考が一瞬、停まった。
その次に思考が動いたのは、目に鈍い鈍痛が走った直後だった。
目が滲みる痛みに、彼らの動悸が激しくなる。あの突っ立ていた瞬間に、刺激物を顔面にかけられたのだ。
「ぐあああっ?!」
思わず屈みこむ。すると間髪入れず、誰かに覆いかぶされ、男たちは身動きを封じられ、体をまさぐられる。
「あっ! 銃だ! こいつら銃なんぞ持っとったぞ!」
年配の男らしき声が、頭上から響く。
「こいつらじゃ! お魎さんがゆうとったのは、こいつらじゃあああ!」
尋常ならざる雰囲気に、男達の体がこわばる。
まさか、もうすでにこの村はあの病気に――――?!
そんな最悪の想像が、頭を巡る。
そう、彼等は間違っていた。
この村を、風土病だけが危険だと。住んでいるのは年配者と子供が多数を占める寂れた農村だと――そう、間違って覚えていた。
「おまえらぁっ! こんな真似してただですむと思ったらちゃらんなぁっ!」
老人達の声は段々と怒りを伴っていく。
彼らは怒っていた。
それは、かつて自分達の郷土を脅かした、外敵に対しての怒りと同じように。
214 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2011/11/25(金) 01:26:35.34 ID:cjiafSD7
[2/3]
『ああ。そげんしたらええっちゃね。……うむ。ああ、そうしたらええ』
遡ること数時間前。園崎家で魅音や圭一達が夕食をとっていた同時刻――園崎お魎は、園崎家頭首として、自らの役割を果たしていた。
それは、町内会をはじめ、村内の有力者に対し、ただ一言、“気をつけろ”と連絡を入れた。
たったそれだけ。
ただそれだけのこと。
だが、それだけのことで――この村の、かつての暗部であり、この小さな村を最強の砦に変え、外様に対する最凶の矛となる“鬼ヶ淵死守同盟”が完全に復活した。
連日の不可解な出来事が、余所者の出入りが、この村に住む者達にかつて抱いた気持ちを呼び起こさせた。
それを完全に覚醒させるお魎の鶴の一声が、再び、この村を戦闘態勢にさせたのだ。
かつて、国を相手に、故郷を守った者達が、再び一枚岩となる。――この結束を砕くには、それ相応の覚悟を以て望むべし。
頭首の間で、座して微動だにしないお魎。
その傍らでやはり微動せずに座る茜。
痛みなど気にすることなく、葛西も居る。
その対面で――、一人、罰が悪そうに胡坐をかいた大石が、しきりに額の汗をぬぐう。
「いやあ、昔を思い出しますなあ」
大石がふざけて言ったが、それには三人とも返さない。
「……それで、そのう……、いいんですよね、お魎さん」
「ああ。……すきにすりゃええ」
大石が立ち上がると、お魎もゆっくりと立ち上がり、大石の後をついていく。
大石の出した提案は、お魎をはじめ、村民の避難と保護を、警察が担うというものだった。
お魎が警察に従えば、村民も抵抗することなく、避難に従うだろうとふんでのことだった。
もちろん気難しい園崎の頭首のこと。あっさり頷くことはないだろうと思っていたが――、予想に反し、お魎は即決し、大石の保護を受け入れたのだった。
「大石さん!」
飛び込んできた熊谷は、大石に村中で山狗部隊の構成員と思われる人間が、次々と村民の協力で確保されていることを伝えた。
「いやあ、これはこれは……。余計な心配でしたかねえ?」
振り向いて、茜ににやりと笑った大石に対し、茜は黙ったまま、涼やかな笑みを返す。
「……んっふっふ。それじゃ、いきましょうか、お魎さん」
エスコートするように手を差し伸べた大石に一瞥くれると、お魎は敷居を跨ぐ。そして、茜に振り向いて、言った。
「ああ、言い忘れとったわ。……茜、そろそろ頃合いじゃわ。……箍(たが)の外れた連中が出てきよる」
その言葉に、大石も熊谷も、きょとんとした顔をしたが。
「それはご心配なく。お母様こそ、ゆっくり養生あそばれ」
涼やかに眉ひとつ動かすことなく。茜は答えた。
そして大石もお魎も去った園崎家の大広間で、茜と葛西はゆっくりと立ち上がる。
「箍、ですか……」
葛西が、訝しそうな、ややうんざりしたような顔で呟く。
「なんだい葛西。前もあったじゃないか。こういう大事には、必ずしち面倒な連中がからんでくるもんさ」
楽しそうな表情のままに、茜は鴨居をまさぐると、愛用の一振りが顔を覗かせた。
「まあ……そうなんですがね。大奥様の言われたことが……」
「なんだい、あんな戯言、いちいち気にするんじゃないよ」
葛西は、まあそうなんですが、と返すと、畳を一枚持ち上げる。そこには、彼が愛用するショットガンと、弾薬一式が収められていた。
「まあ、鬼婆の言ってることも中ってるさね。箍の外れたやつには、同じように――」
咄嗟に二人は漆喰壁に身を寄せる。次いで聞こえてきたのは、耳障りな機関砲の掃射音だった。
「……驚きましたね。装甲車並みの鉄板入れてるはずの屋敷の壁を、2枚ぶち抜いたようです」
「ほうら、言ってるそばから来たじゃないか。箍の外れた――ヤツがさ」
「ええ……しかし……、箍の外れたヤツは、――――――箍の外れた者が相手しろってのは、どうも」
同類と思われたくありません。と、葛西は言った。
「おやまあ、意外だよ葛西、あんたは任侠、あたしは……鬼の娘さ。お互い、十分に箍が外れているだろうに」
その言葉に、葛西も嗤い、そして、――跳ねた。
寄り添っていた壁が蜂の巣になる。お魎が大事にしていた掛け軸も壺も、木っ端微塵になった。
だが、その光景を見て――、二人は、やはり嗤ったのだ。
葛西の散弾が飛び散り、茜がそのまま外に出る。
お互いの長所を生かしたまま、箍の外れた鬼二匹が、魔物に向かって牙をむく。
ここにもう一つの――地獄が幕を開ける。