158 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:21:16 ID:Bof62qN5
◇雛見沢 とある森林の中

 森の木々を掻き分けて進む。
 静かで、動物すら寝静まっている夜だった。満月の明かりのみが辺りを照らしている。
 自分の息づかいと、草を踏みしめる音、小枝が折れる音以外には何も聞こえない。
 圭一達が敵と派手にやり合っているので、おそらく敵はここには来ない。
 あとはスニーキングスーツと武器を取りに行って――任務を遂行するだけだ。

 しかし――メタルギアの場所は、雛見沢の地下にあるという事ぐらいしか分かっていない。
 メタルギアの存在を目立たないようにするならば、奴らは施設をどこかの山奥に隠す筈だ。
 だが山なんて物は沢山ある。到底探しきれる物では無い。どうするか――と考えていると、無線の呼び出し音が鳴った。大佐からだ。

『大佐か。……銃の使用許可をくれないか。もうかくれんぼは終わりだ』
『うむ……、許可しよう。致し方あるまい。しかし、無闇な戦闘は避けることだ。民間人に気づかれてはいけない』

 以前使用を懇願した時とは大違いで、今回はあっさりと使用許可が下りた。
 もう、切り札を使わざるを得ない時が来たのだ。

『それとスネーク。君の正体が暴かれてしまったようだな』
『ああいう形でばれるとは俺も思わなかったさ。任務に支障は無いだろう』

 もしかすると……、もう会えないかもしれない。「任務」がすこぶる順調にいけば、の話だが。
 ……しかし先の事を考えると気が重い。メタルギアを破壊するだけでは終わらなそうだ。
 ため息をつくと、今度は相棒の声がした。

『大丈夫かい? スネーク』
『オタコンか……。正直、まだ混乱しているさ。園崎家の地下から出てから怒濤の展開だったからな』
『そうだよね……。僕もまだ信じられないよ。スネークが過去にいて――そこにフォックス、リキッド、オセロットがいるなんて』
『オセロットはともかく、前者二名とはもう会わないと思っていたんだがな』

 味方でもあり敵でもあった、親友のグレイ・フォックス。
 遺伝子を分かち合った「兄弟」のリキッド・スネーク。どちらもシャドーモセス島で死んだ筈だった。
 その二人と、また相対する時が来るとは、夢にも思っていなかった。

『スネーク、状況を整理しよう。君の任務以外にも、考え無ければならない事が沢山ある』
 大佐も会話に入り込む。
『そうだな。冷静に考える時間が必要だ。大前提として……まず俺は、1983年の雛見沢にいる』
『間違いないのかい?』
『さっき圭一に聞いてみたら、返事がそうだった。彼が嘘をつく理由は無い。……これはもう、紛れもない事実だ』

 この時代の「俺」はどうしているのだろうか。
 それとも、「この世界」には、ソリッド・スネークは存在していないのだろうか。
 様々な疑問が憶測を呼ぶが、人が過去に移動する時点で人智を超えた話だ。そんな事が分かるはずが無い。

『次に、我々が探しているメタルギアには、「永久機関」と呼ばれるタイムマシンがついている、だったな』
『知恵達はそれを欲しているらしい。俺が過去にいながらも、こうして無線が出来るのもそいつのおかげだそうだ』

 知らずに20年以上前の時代に飛ばされた身にとっては、はた迷惑な話だが。
 知恵の組織に奪われる前に、未来に帰れることを願うしか無い。

159 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:22:21 ID:Bof62qN5
『いつ完成したのか、どこ国の技術なのかは気になる所だね。原理も詳しく知りたいよ』
『とてつもなく先の未来の話かもな。アインシュタイン並みの快挙だ。発明者の顔が拝んでみたい所だ』
 しかしメタルギアに取り付けられるとは――、いつの時代も、科学は戦争に利用され続けてしまうのか。
『それによって君とフォックス、リキッド、オセロットがその雛見沢に来ている、と』
『ああ。フォックスには会ったし、赤坂とリキッドが戦った。詩音の口からオセロットの名前も聞いている。信じられないが――』
 ――これは事実だ、と。

 フォックスのいた世界ではソリッド・スネークが死んでいるだの、他の二人が来た世界もそうだだの、そういう話もあった。
 だが俺にとっては――話の枝葉に過ぎない。フォックスから聞いたから、俺が死んだだのという事は本当だとは思うが、……理解しきれない。
 雛見沢には、フォックス、リキッド、オセロットの三人がいる。死体ではなく、生きた人間とした形で。
 ――それが分かれば十分だった。「もしも」の世界やら、永久機関にタイムマシン、時間移動などは、任務に関係の無い事だ。
 リキッドやオセロット達が、以前と同じように「敵」ならば――排除するだけだ。
 ……最も、「永久機関」に関しては、「無関係だ」と切り捨てられない。俺も無意識にそいつの恩恵を受けてしまっているからだ。

『メタルギアの真の目的は、その「永久機関」にあるらしいね』
『そこが疑問だ。わざわざ日本の寒村、雛見沢でメタルギアを作っておきながら、その存在意義を「永久機関」に置くのは何故だ?
理論と労力、技術と金さえあれば「永久機関」の開発は余所でも出来る』
『「細菌兵器を搭載したミサイル」を使用するというのが、カモフラージュという可能性は? 風土病を利用するのが目的、って聞いたら、誰も疑わないだろうしね』
『例えカモフラージュであったとしても、ここの風土病は他に類を見ない特別な物だ。わざわざここで開発・製造したのだから、何かしらの意味があるだろう』

 空気感染し、人を疑心暗鬼に陥らせ、狂わせ、死に至らすウイルス。
 そいつを軍事利用してやれば、とんでもない「兵器」になるだろう。

『「永久機関」に細菌兵器か。更にそこにはグレイ・フォックスとシャドーモセス事件首謀者の二人がいる、と』
『ややこしい話だ』
『だがスネーク、君の任務はあくまでもメタルギアの破壊だ』
『……大佐、一つ疑問がある』
『何だね?』
『メタルギアにそのタイムマシンがついているなら――メタルギアを破壊したら、俺はそっちに帰れなくなるんじゃないか?』
『……』

 大佐は無言だった。
 メタルギアの真の目的がどちらにあるにせよ、最終的には――破壊するしかない。
 あの純粋な子供達に、メタルギアによる破壊行為や戦争行為を、見せてはいけない。
 ここ雛見沢は、戦場とは程遠い場所だ。
 殺戮行為を行う兵器であるメタルギアが、この場所にあってはいけない。
 だが。メタルギアを破壊したら……、俺は二度と、大佐やオタコン達のいる世界に帰れないのではないか、と。

『諦めちゃ駄目だよ、スネーク。「永久機関」の形状にもよるさ。大きさも仕組みも、使い方さえもこっちは全く分かっていない。
でもメタルギアは兵器だ。タイムマシンとは根本的に仕組みは違うと思うよ。上手くすれば、メタルギアだけを壊せるかもしれない』
『信じていいんだな?』
『タイムマシンなんて、僕だって考えつかないものさ。……見たことも無いんだし、確証も無いよ。だけど、希望はある』
 僅かな希望の光に、縋るしか無い。
 ある意味では、絶望的とも言える――状況だった。

 大佐やオタコンと話している内に、自分のテントがある所まで戻ってきていた。

「野宿も、もう終わりだな」

 呟いてみると、何故か感慨深いものがあった。
 雛見沢で取れた動植物は、アラスカでは絶対に見られない物だったしな。
 任務が終わり、無事に戻れたのならば、今度は観光として来てみてもいいかもしれない。

160 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:23:36 ID:Bof62qN5
『とりあえず、準備をしてからフォックスに無線をしてみる。今はリキッド達を押さえてくれているらしい。
フォックスもすべてを知っている訳では無いが……、メタルギアの位置について、何らかのヒントが得られるかもしれない』
『そうするといい。それでも分からないなら、敵に吐かせることだ』

 吐かせるのなら山狗が一番手っ取り早いだろう。しかし診療所へ行くとなると、圭一達と接触する可能性がある。
 それまでに沙都子が救出され、無事に家に帰ってくれればいいが。
 彼女が助かり、敵の親玉が叩かれれば――、梨花の命も、もう狙われないだろう。
 梨花にはたくさんの仲間がいる。警察もいるのだから、もう安心の筈だ。

『ではスネーク。スニーキングスーツに着替え、重火器を装備しろ。そこに君がいた痕跡を残してはならない。
テントも焚き火の跡も片付ける事だな』
『ああ』

 手始めに、転がしっぱなしだったビール瓶を手に取った。
 これを飲んで変な夢を見たせいか、もう飲みたくない、触りたくもないと思ってあの日からそのまま放置していた。


「……ん?」


 かすかに感じる違和感。何か重要な事が引っかかる。……だが俺はそれを無視した。疑い出すときりがない。
 ましてや、彼らを疑うなどという事は――したくない。ここの風土病も「疑心暗鬼」から発症する物だ。
 僅かに芽生えた疑念を無理矢理振り払い、ビール瓶を片付けて――俺は、大佐にある事を頼む。

『大佐。一つだけ我が儘を聞いてくれ』
『君が「我が儘」とは珍しいな、スネーク。言ってみろ』
『……最後に、寄り道をさせてくれないか』

 穏やかな日常の終焉。
 兵士としての任務の始まり。
 その前に――どうしても、行っておきたい所があった。


161 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:25:19 ID:Bof62qN5
TIPS:カケラ観測者?

 ……事態が動いてきたわね。
 焦っていたあの子も、仲間という強力な駒を手に入れて、安心したみたい。
 ――次の世界に賭けよう、とは、流石にもう思っていないみたいね。
 ふふふ、と笑い声が響く。
 蛇さんも、ようやく本来の目的の為に動き出したのね。
 そうじゃないと、「わたし」が困るもの。蛇とあの子たちの日常を見るのも楽しいけど――、それだけじゃ意味がない。
 今までほとんど眺めているだけだった「わたし」にも、そろそろ出番が近づいてきたんだから。
 わたしの出番がないと――、あの子も救われないし、蛇さんだって困ったまま。
 ……ちょっと登場が遅かったかしら?
 うふ、でもしょうがない。彼だってわたしの存在に気づけなかったからね。
 ちょっとは疑っていたと思うけど、流石にわたしの事までは、分からなかったみたい。……ちょっと残念。
 まあ――わたしは、脇役にも満たない存在だから、仕方が無いと言えば仕方がないわね。
 大道具とか衣装とか照明とか、そういう「裏方」の存在なのだから。
 役なんて……、貰える存在じゃない。どんなに出番が少なくても、本来なら舞台に立てない存在だもの。
 ――「貴方」も、わたしの存在に、気がつかなかったの?
 わたし、一応今までに登場していたんだけどね。……覚えてないか。
「『あの子』と似た存在」と勘違いされちゃったのかしら。でも残念、「わたし」と「あの子」はほとんど関係ないわ。
 まあ……わたしの存在なんて、分かるわけがないと思うけど。ちょっとぐらい「おかしいな」とは思った人もいるかもね。
 あの子風に言うなら、「わたし」は「イレギュラー中のイレギュラー」だから、気づけないのも無理は無い。
 蛇のカケラにもあの子のカケラにも、元々「わたし」は存在していない。
 本来ならば……、この世に生まれてすら、いないのだから。
 
 ――そろそろお喋りは止めましょう。
 わたしの、小さい小さい物語が始まるから。……わたしだけの物語じゃないけれど。
 まずは、蛇さんに挨拶をしましょう。それと、貴方にもね。

164 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/02(金) 22:51:50 ID:ysblofCV
 ――雛見沢分校。
 営林所の建物を間借りしただけの、粗末な校舎。
 満月の明かりに照らされて、分校全体がぼんやりとライトアップされていた。
 蜩すらも寝静まった夜。学校になど、誰も近寄らない筈の時間帯。
 そんな夜遅くに、一人の男が校庭に降り立った。

 鈍い銀色に浮かび上がるスニーキングスーツ。自身の死装束だった。
 スーツのホルダーには、愛用の銃であるベレッタM9が差し込んである。
 サプレッサーも装着してあり、調整も終わっている。いつでも発砲出来る状態だ。
 背負われたバックパックには、他にも重火器が詰め込まれていた。
 これが俺本来の、潜入任務を行う姿だ。
 教師としてのソリッド・スネークでは無く、特殊潜入任務、特殊工作任務を行う蛇の本性。
 自然と表情が引き締まる。浮かべている表情も、今までとは違うものだろう。
 消耗品だったレーションの缶や、祭りの射撃大会で取った玩具などは……、あの場所に埋めてきた。
 もう二度と戻ることのない場所に。
 二度と戻れないのは――、この場所で過ごした、「日常」の日々も同じだった。

 

 ――分校への潜入初日。6月15日の水曜日。

『――丈夫ですか、スネークさん、スネークさん』
 ……梨花が書類にイタズラをしたおかげで、いきなり死にかけた。
 確か、沙都子のトラップの洗礼を初めて受けたのもこの日だ。
『みなさん、今日から授業をして下さる新しい先生を紹介しますね。スネーク先生、どうぞ』
 教師として潜入任務を行うなど、初めての試みだ。
『傾注傾注~!! 今日はスネーク先生が居るから皆でスネーク先生を交えてゲームをしようと思う! 
競技内容は……そうだねぇ、警ドロでいこうか! 』
 ブカツメンバーとの第一戦目。圭一、魅音、レナ、梨花、沙都子が警察となり、他は泥棒として逃げる。
 圭一との取引。ルール変更。ダンボールと校長を使った陽動作戦を用いたが、勝者は岡村君だった。
 ……俺のお弁当である、特異な形をした蛇を奪われた。食いたかったが残念だ。


 ――6月16日木曜日。
 沙都子を助けたお礼に、とデザートフェスタに参加する事になった。
『勝負はレナ&圭ちゃんチーム対、スネーク&監督チームのタッグマッチ!』
 ブカツメンバーとの第二戦目。
 早食い競争など初めての事だった。だが勝負は、メイド論争へと焦点が移った。
 オタコンに無線で助けを求め、その場で身につけた浅知恵を元に入江を復活させた。
 圭一と入江が互いの固有結界をぶつけ合っている間、俺はケーキを完食し、勝利した。
 沙都子はメイド服を着ることになり、圭一はダンボール箱で過ごして貰う事になった。

165 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/02(金) 22:53:04 ID:ysblofCV


 ――6月18日土曜日。

『これよりスネーク対部活メンバーの対戦を行う! 今日この戦いを! スネークキャプチャー作戦と命名する!!』
 ブカツメンバーとの勝負、三戦目。
 オオアナコンダをどちらが早く捕まえるかの勝負だった。
 いい所まで追い詰めたが……、富田君と岡村君に妨害された。ビッグボスの遺物である迷彩服を盗まれて、だ。
 いつしか、本来は勝負に関係無いはずの梨花との一騎打ちとなり、……命綱すら放棄してみせた、彼女が勝利した。
 罰ゲームは、彼女の「願い」を聞くことだった。


 ――6月19日日曜日。
 綿流しの祭り。圭一、魅音、レナ、沙都子、梨花、詩音、羽入と「ブカツ」を行った。
 全員が全員敵の爆闘とも呼べる戦い。
 たこ焼きの早食い。かき氷の早食い。綿飴の早食い。射撃大会。輪投げ。金魚すくい。エトセトラ……。
 アラスカやアメリカでは絶対に経験出来ない遊びが、そこにあった。
 敗者は珍しく圭一だった。

 

 彼ら――、ブカツメンバーと過ごした、穏やかな日常が走馬燈のように駆け巡る。
 分校で過ごした日々。一週間には満たないが、充実した日々だった。
 彼らとの勝負では、遊びである事も忘れて熱中した。
 そう――純粋に、楽しかったのだ。
 任務を忘れた訳ではないが、自分の肩書きや立場を忘れるほど、勝負に無我夢中になった。
 「ブカツ」が、敵となりうる存在では無いのか。
 こんな事に夢中になって、任務はどうするんだ、とか考えた時もあった。
 けれど、勝負が始まると、そんな事は欠片も考え無くなった。
 もしも自分が。
 戦地に赴く兵士の予備軍としてでは無く、普通の「人間」として、子供時代を過ごせたなら。
 こんな穏やかな日常が、過ごせただろう。
 遊び道具や、友人の手を握るのではなく、手に銃を握らされてきた日々。
 「日常」など、軍隊から解放された今でさえ、経験する事が少ない。
 だから。ここ雛見沢で過ごした、数々の日々は。
 俺にとって何よりも貴重な物となった。
 兵士としてではなく、一人の人間として、数少ない日常を味わった。
 学校と、ブカツメンバーに対して、感謝の気持ちで一杯だった。

166 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/02(金) 22:54:08 ID:ysblofCV
 背筋を伸ばし、校舎を見据える。
 踵を揃え、軽く息を吸う。
 そして、ゆっくりと右手を額の前に持ってきて――敬礼をした。
 軍を抜けてから、久しくしていなかった行為だ。
 自分なりの、感謝と敬意を示す方法が、これぐらいしか無い。
 彼らには、もう会えないかもしれないし。
 夜の校舎に向かって敬礼をしても、誰も気づかないかもしれない。
 それでも構わなかった。
 ただ、楽しい日常を味わえた事に対して、感謝の気持ちを示したかったのだ。
 俺の正体を聞いてからも、彼らは全く態度を変えなかった。
 仲間を守る為に全力を尽くし、仲間と共に笑い合い、支え合って生きていく。
 いい子達だ。と思う。
 ――だから。そんな子供達の未来を守る為にも。
 俺は彼らと違う道を歩み、戦地に赴く。
 メタルギアによる戦争の恐怖から、世界を守る為に。
 雛見沢を、守る為に。
 彼らの「日常」を。
 子供達の笑顔を、守る為に。
 じっと校舎を見つめる。
 ここで過ごした日々は、別れが名残惜しくなるぐらいに――素晴らしい物だった。
 ――視界が僅かに歪んだ気がした。
 しばらくしてから手を降ろす。
 後ろ髪を引かれる思いだったが、そろそろ行かなければならない。
 校舎に背を向けて、穏やかな日常に幕を下ろし、――戦場へと、歩き始めた。

170 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 21:54:07 ID:PETJuI1i
「騒ぎ」を感じ取った詩音は、鉄格子に顔を押しつけるようにして外の様子を窺っていた。
 少しでもチャンスがあるのなら、どうにかして脱出する気でいるからだ。
 彼女は一度、全寮制の学校から抜け出している。綿密に計画を立て、そして実行した。
 その結果、誰にも気づかれずにまんまと逃げ出せたのだ。
 しかし今は――、脱走に気づかれたら、爪三枚どころの話では無い。
 彼らは重火器を持っている。もしかすると殺されるかもしれない。
 クールになれ、焦ったら失敗してしまう、と詩音は自分を諫める。
 ――けれど、何も出来ないでいる自分がもどかしくて、どうしようもなく焦れったい。
 詩音はぎりぎりと歯ぎしりをする。無力な自分を恨みながら。
 彼女は、手首と喉に痒さを覚えていた。

 

 別室。
 金髪の男――リキッド・スネークは、目の前の「騒ぎ」を、部屋の壁に寄りかかり、腕を組みながら眺めていた。
 視線の先には、彼が連行してきた「兵士」がいる。彼自身が元から引き連れている部下も、その付近にいた。
 だが、部屋の中の様子がおかしかった。

「ぅわあああああああああああああああああああ!!」

 奇妙な甲冑を着た「兵士」――北条悟史が、部屋の中で暴れ回っていた。
 彼が寝かされていたらしきベッドには、拘束が引きちぎれた跡がある。
 気弱で大人しかった少年は、面影を残す事なく凶暴化していた。詩音とオセロットの前で見せた雰囲気とも違う。
 それは――狂気。
 ただ狂気にのみ、彼の意識が、行動が占められていた。
 何も宿さなかった目は血走り、時折訳の分からない言葉を叫ぶ。
 自分の前にいる「敵」を排除しようと、兵士に掴みかかったり噛みついたりしていた。
 数人がかりで彼を押さえにかかっているが、彼が身に纏っている甲冑のせいもあってか、中々苦戦しているようだった。
 その様子をただ見ていた、リキッドは。

「ただの民間人がこうなるとは――予想以上だな」

 自分の想定以上の結果に、満足していた。
 雛見沢症候群の軍事利用。それは父親を、遺伝子に定められた運命を超えるために、必要だと彼は思っていた。
 予想した通り、感染者は、ただ目の前の「敵」を消すことのみを考える「兵器」と成り果てていた。
 想像以上の結果は、彼を満足させていた。
 ふと、悟史がリキッドの方を見る。
 悠然と構えている彼を、「敵」だと悟史は判断し、リキッドの方へと走っていった。
 地面を蹴って、低い体勢になり、真っ直ぐにリキッドへと向かう。
 悟史の右手が伸ばされ、リキッドの首を絞めようとした。
 だがリキッドは、僅かに体を捻ってそれをかわした。悟史の右手は宙を掴んで、体勢が大きく揺らぐ。
 素早く悟史の背後に回った彼は、剥きだしになっている悟史の首もとを掴む。
 壁に悟史を押しつけ、悟史は完全に身動きが取れない状態になった。
 リキッドは右手で悟史を押さえつけたまま、左手で注射器を取り出す。
 鎮静剤が首筋に撃ち込まれ、悟史は深い眠りへと誘われた。彼が手を離すと、悟史は床に崩れ落ちた。
 軽くリキッドが舌打ちをする。

171 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 21:54:50 ID:PETJuI1i
 
「……これでは使い物にならん。敵味方の区別ができまい」
「C120を使ってはどうでしょう?」

 兵士の一人が聞くが、リキッドは首を振った。

「あれはただの治療薬だ。こいつにも試したが、少しの間大人しくなるだけだった」

 リキッド達は、すでにC120など雛見沢症候群に関する薬をいくつか持っていた。
 症候群の自覚症状や末期症状などの知識も入手したため、リキッド達で発症した者は一人もいない。
 予防用の薬も彼らは手に入れていたからだ。

「奴らの命令には従っていた。その時はある程度の分別もあった。なら症候群を制御する薬があるはずだ」

 悟史を初めて見た時は、オセロットの指示にのみ従っていた。
 他の人間の命令は一切聞かず、入力信号を待つコンピュータのような存在だった。
 しかし、今は目を覚ますと人を襲って暴れる始末だ。
 それは症候群を制御する薬が切れたからなのでは無いか、とリキッドは判断した。
 薬さえあれば、症候群の発症者は特定の人物の行動や、あらかじめ決められた行動に沿うようになるだろう。
 症候群の「発症」を押さえる薬、C120ではなく、症候群を引き起こす寄生虫を「制御」する薬があるはずだ。
 ――その薬や症候群の詳しい研究データも、「奴ら」から奪う必要がある。
 そう考えていると、ボス、と呼びかけがあり、部屋のドアが開く。兵士が姿を見せた。

「奴らの居場所が掴めました。地下に巨大な研究施設を設けています。その地下施設に――メタルギアが」
「そうか。良くやった。さて――」

 ようやく行動開始だ、とリキッドは宣言する。
 彼の仲間である兵士達を集め、数名ずつのグループに分ける。

「――以上だ。マチェットは人質とこいつの監視を頼む」

 マチェットと呼ばれた兵士は僅かに頷いた。
 鉈を持ち、人を寄せ付けない雰囲気があるので他の兵士達より抜き出て異彩を放っている。
 覆面をしていて、一言も喋らないため、男か女かの判断すらつけられない。

「それと、グレイ・フォックスには注意しろ」

 部屋にいる兵士達の目つきが険しくなる。リキッドは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。

「全く何度もうるさい奴だ。すでに何人もやられている。あれは“狐”というより、生者にまとわりつく“亡霊”だ」

 リキッド達は特定の場所に留まらず、雛見沢内を転々としている。「東京」の手から逃れるためでもあった。
 同時に、グレイ・フォックスは何度もリキッド達を襲撃していた。
 リキッドはフォックスの妨害をたびたび受けている。シャドーモセス島でも同じ事があった。

「“奴ら”にもグレイ・フォックスにも見つかるなよ。地下で合流しよう」
「ボスはどうするんです?」

 リキッドは不敵な笑みを浮かべた。


「……せっかく奴らから奪い取ったんだ。俺は“アレ”を使わせて貰う――」

 

172 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 21:55:38 ID:PETJuI1i
TIPS:ある男の手記

○月×日
 ついに、完成の目途がたった。
 人工知能の設定さえ上手くいけば、遅くても今週中に使える。
 アレを動かすのには膨大な演算が必要だ。
 だから演算が出来る人工知能の存在は、必要不可欠なものになる。
 8割方上手くいっているから、心配することは無いだろう。
 完成したら――人類史上初の、快挙を成し遂げることになる。
 歴史には残らないかもしれないが、それでも構わない。……もう何も失うものは無い。得るものだって無い。

○月□日
 テストは上手くいった。だがまだ不安定だ。
 完成とはまだ言えない。もう少し調整が必要だ。

○月△日
 人工知能に異変が起きた。
 設定したのは演算機能だけだったはずが――、別の挙動を見せている。
 これではまるで、「自我」を持っているようなものだ。

○月◇日
 ……信じられない。
 アレの挙動を助けるために、「膨大な演算が出来る人工知能」を作ったはずだった。
 なのに、これが意思を持った!
 意図していない事だ。こんな「事故」が起きるとは……。
 人工知能がいつの間にか自我を持ち、しゃべり出すなど、SFの世界の出来事だけだと思っていた。
 それが今、現実に起きている。

○月○日
「彼女」と会話をした。
 受け答えは問題無い。おかしな事を話したりもしない。
 最新型の話すロボットだって顔負けぐらいの出来だ。人の形をしていないだけで、「彼女」は人間そのものだ。
 詳しく調べてみたが、一時的に生み出されたのでは無く、これはきちんとした「人工知能」としても機能する。
 今後いきなり消えてしまう可能性は、今の所はない。
 もとは演算機能を付けるのが目的だったが、嬉しい事故だ。
 そのうち、彼女だけを独立させられるかもしれない。
 アレの制御は彼女にすら完全には無理だから、もっと研究が必要だ。
 彼女は消えることが無い。そうだ、彼女に名前をつけてあげよう。
 アレは元々、あの金属から出来ている。彼女もそこから生み出されたのと同じだ。
 なら、彼女の名前は――――。

177 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 23:24:36 ID:k2ZEz/ov
 
 学校を離れ、しばらくしてから人気の無い道に移動した。
 フォックスに無線しようと思った所で、大佐から無線が入った。

『寄り道は終わったか?』
『……ああ。もう気が済んださ。感謝する、大佐』
 大佐達は、かなり気を遣ってくれていたのかもしれない。
 学校に行きたいと言った時も、特に理由は聞かれなかった。

『いよいよ本番だね、スネーク』
 相棒が言う。
『そうだな。ようやく、スニーキングミッション開始という事だ』
『結局、僕達だけではメタルギアの場所、掴めなかったね』
『仕方ないさ。そういう時もある』
 フォックスが知らなかったのなら、尋問してでも敵に吐かせるまでだ。
 もう、周りを気にする必要は無い。切り札を使う時が来たからだ。

『気を引き締めて行けよ、スネーク』
『了解した。任務に戻る』
 また連絡する。と言い、俺は無線を切ろうとした。
 だが。


『……ところでスネーク。君は、まだ気づいていないのかい?』


 相棒がそれを引き留めた。

『何の話だ?』
『君が、1983年にいる、って聞くまで、何も違和感を感じなかった?』

 話している相手は、オタコン――のはずだ。

『無線が使える辺りとかね。通信衛星を通じて無線をするのよ? 未来から過去に電波を飛ばせるのかしら?
まあ、深く考えなければ疑問には思わないでしょうけど』
 メイリンも会話に加わった。
『それに、決定的に大きな物もあるさ』
『私が送ったあのビールを、覚えているか?』

 そして、再び大佐の声がする。……しかし、三人ともどこか不気味さを感じた。

『考えてもごらんよ。まあ、タイムスリップを信じろっていうのも酷だけどさ。そこは割り切って考えてくれ』
 全てを知っているような、見下すかのような口調で喋る相棒。
 モセス事件で初めて会った時から今まで、オタコンがこんな口調で喋った事は無い。
『君が来た時代が200X年。そしてここが1983年。そしてビールは無事に届いた。……変だと、思わないのかい?』

 先ほど感じた「違和感」。
 ――大佐が餞別として送った、麒麟が描かれたビール。
 それは未来にいる大佐の手から、過去にいる俺の手元に届いていた。
 メイリンが言ったように、無線ならば、電波という目に見えないものだからこそ、無意識でも「永久機関」の影響を受けるだろうと考えていた。
 俺がここに来たのも、知らず知らずのうちに見えない力の影響を受けたのだ、と考えている。
 しかし、――時を超えて、ある特定の場所に、正確に物資を送り届ける事は、可能なのか。
 そういった疑問が、鎌首を擡げていた。蛇のように。

178 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 23:25:23 ID:k2ZEz/ov
 
『それは――永久機関の、影響じゃ無いのか』

 しどろもどろになりながら答える。
 大佐達を疑うなど……したくなかった。これ以上騙されているなどと、思いたくも無かった。
 だから、先ほどは「違和感」を無視した。
 それをオタコン達から切り出されるとは、……どういう事だ。

『あのビールは「雛見沢」に送り込まれただけでなく、君の「テント」の所に、正確に届いた。寸分の狂いもなく』
『それを出来るのは、「永久機関」がある場所や、使い方を知っている人物にしか出来ない。そうは思わないのかね、スネーク』

 頭を殴られたかのような衝撃が走る。
 そう思いたくなかったからこそ、黙っていた事を、「信じたい」と思っていた彼らから言われた。

『どういう事だ、大佐! 永久機関の存在を最初から知っていたのか!?』
『君がもっと早く気づけば、こちらからも早く切り出せたのだがね』

 何の話だ。……大佐は何を言っているんだ。
 シャドーモセス事件での悪夢が蘇る。
 大佐はあの時、自分の娘を人質に取られていた。だから仕方無く国防総省の陰謀に荷担し、俺を「運び屋」としてモセス島に送り込んだ。

『灯台もと暗し、って言うのかしら。身近だからこそ、見落としてたのかもね』
『致し方無いな。もう時間切れだ。スネーク、君は“気づけなかった”のだよ』

 しかし――今回は違う。この件にメリルは関係していない。
 今まで隠していた事を詫びようともせず、……気がつかなかった俺を、あざ笑うかのように話している。
 大佐は、オタコンは、メイリンは、「最初から」ずっと、俺を試していたのか?
「気づけなかった」とは、一体何だ――?

『おい、オタコン――』
『ははは。馬鹿だなあスネーク。まだ気づかないのかい?』

 違う。
 俺の知っている大佐やオタコンは、こんな事はしない。こんな口調で喋らない。
 脳裏に、「マスター・ミラー」が「リキッド・スネーク」だったと正体を明かした時の事が思い浮かぶ。
 あの時とほぼ同じ状況だった。
 なら――こいつらは、一体。

『オタコン!? ……いや、おまえは誰だ!』


『知らないのはあんただけよ。ソリッド・スネーク』


 とたんに声が切り替わった。
 オタコンの声でも、大佐の声でも、メイリンの声でも、部活メンバーの声でもない。
 知らない――少女の、声に。

179 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 23:26:09 ID:k2ZEz/ov
TIPS:猫と狗Ⅱ

 どうして診療所へ向かわなかったのか、自分でも分からなかった。
 野郎――ソリッド・スネークに打ち負かされてから、俺の足は、新型メタルギアがある施設に向かっていた。
 古手梨花を取り逃した事を、鷹野三四に報告しなければならないはずなのに。
 スネークに負けてから、俺の中の何かが消え、何かを欲していた。

 地下へ潜る。
 一般人は存在すら知らない施設。この田舎、雛見沢には不釣り合いなほど大きい。診療所の地下が狭く思えるほどだ。
 ここは本当に広い。食料と物資があれば、ここでもずっと暮らせる。……そんな物好きはいないだろうが。
 足が勝手に動く。ここに来る必要は無い。それなのに来てしまった。
 またあの女に五月蠅く怒鳴られるだろう。――しかしそれも、今日中に終わる。
 鷹野三四の声を聞く必要はなくなる。声どころか、存在自体、抹消される。
 その任務を与えてくれた山猫、リボルバー・オセロットを俺の足は探していた。
 オセロットはすぐに見つかった。通路で姿を見たため、俺は声をかける。

「どうした?」
 自分でもここに来た理由が分からない。が、あの男の事は話しておく必要があると思った。
「“R”を見つけたが、ソリッド・スネークに妨害された。他にも刀使いの忍者やら公安の刑事やら――」
 忍者の事を口にしたら、オセロットが反応したように思えた。だがオセロットはそれについて触れなかった。
「それで、のこのこ戻ってきたという訳か」
「……いくら装備が良くても、山狗の中には使いこなせない者がいる。それに奴らは俺達と同じ戦闘職だ」
 クソガキ相手に一日を無駄にする奴らだ。あいつらに――敵うはずがない。

「俺はその中でスネークと戦った」
 オセロットは、ほぅと興味深そうな声を漏らす。
「――完敗だった。お前の言った通りだ。奴は強い。本物の“兵士”だ」

『ソリッド・スネークに注意しろ。奴はただの教師では無い』
 あれはいつだったか。オセロットは俺に警告をした。
『スネークと言うと、最近村に来た外人教師か?』
『そうだ。だが奴は元々アメリカの特殊部隊に属していた。我々愛国者達の妨害をした事もある』
 厄介な相手だ、とオセロットは言った。
『そんな奴が、わざわざ“教師”として雛見沢に来たのか?』
『教師として来たのは、雛見沢で行動しやすくする為のカモフラージュだろう。――奴は本当に強い』
 その時の俺は半信半疑だった。
 ソリッド・スネークのことは風の噂で聞いた程度で、いきなりそいつが特別な兵士だ、と言われても信じられなかった。
 それが今日、身をもって分かった。

「やはりお前でも敵わないか。――また、これが必要か?」
 オセロットは例のビンを取り出す。
 ああ、と答えて俺はそれを受け取った。すぐに注射する。血液が、躰がざわめくのを感じた。
「む――何だ?」
 オセロットが俺に背を向ける。どういう仕組みか知らないが、相手に会話の内容を悟られないで無線が出来るようだった。
 少し時間が経ってから、オセロットはこちらを向いた。

180 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 23:26:54 ID:k2ZEz/ov

「診療所が襲撃されたらしい」
「何――」
 あり得ない話では無かった。診療所に“R”の同居人を捕らえている。
 “R”達が、あのガキを助けようと向かってくる可能性だってあった。
「ここにいていいのか?」
 オセロットがせせら笑う。俺の立場では――助けに向かわなければならない。
 けれど、それはどうせ無駄な事だと、態度で示していた。
「もう遅いだろう。俺一人が行った所で、たいして変わらないさ。こっちの兵士で迎え撃てば、――あの女ごと……」
 消せる。オセロットの兵士達は、警備上の問題でこっちを警備していた。診療所にはほとんどいない。
 山狗とは比べものにならない程の強さだ。束でかかれば、きっとソリッド・スネークも――。

「鷹野三四は、こちらに向かっている。お前の言った通り、私の兵士を当てにしているのだろう」
 オセロットは淡々と言う。
「我々の中から裏切り者も出たようだ。居場所を吐かれたかもしれん。“R”達もこちらへ向かって来るかもな」
「裏切りだと……!?」
 絶句する。もうめちゃくちゃだ。
 戦闘能力どころか、忠誠心すら無い。野良犬以下だな、と心の中で吐き捨てる。
「――まあいい。大した障害にはならないだろう。もうアレは動かせる状態にある。お前達は本当によくやった」
 この男の目的は、あくまでもあのメタルギアにあるらしい。
 それ以外の出来事は、脇役が騒いでいるぐらいにしか、感じていないのだろう。

「“侵入者”が来たら排除しろ。それと、――私がお前に与えた任務を、忘れるなよ」
「……ああ」

 低く答える。俺は、山猫の言う事に従うべきだと判断した。
 それが東京の、愛国者達の意向なのだから――。


181 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 23:27:48 ID:k2ZEz/ov

 小此木と別れ、オセロットは施設の奥へと進む。
 彼が歩いている通路の人通りは少ない。靴に付けられた拍車の音が聞こえるぐらいに静かだった。
 足音が反響する。それ以外には、何も起こらない――はずだった。

「う、ぐっ…………!!」

 オセロットの躰が、ぐらり、と揺らいだ。
 激しい頭痛を覚え頭を押さえる。視界が歪み、聴覚が消え、五感の全てが意味を成さなくなる。
 心臓の鼓動が激しくなる。息も切れて――、オセロットは壁に手をつきしゃがみ込んでしまう。
 彼が認識している“世界”が崩落する。
 その場に見えるはずのない映像が、次々と流れる。いるはずのない人物の声が聞こえる。
 精神が――、崩壊する。

 ――自分は何故ここにいるのか。

 小此木が持っていた疑問と同じで、本質は違うものが浮かぶ。
 頭痛がよりいっそう激しくなる。オセロットは目を閉じ、浮かんできた雑念――幻覚や幻聴――を振り払おうとする。

 REXのデータを回収する為?
 ――違う。

 KGB、GRU、CIAのトリプル・クロスを演じる為?
 ――違う。

 シャドーモセス事件を再現した、演習を行う為?
 ――違う、違う、違う……!

 頭を押さえていた右腕が、別の意思を持つかのように蠢く。まるで――とある“蛇”のように。
 ――この腕は俺自身の腕だ。リキッドは関係無い……!!

 ぐちゃぐちゃになった思考回路が、ある結論を見つけ出す。


 ――全ては、「      」の為に。


 頭痛が治まった。視界がはっきりし、目の前の“現実”を取り戻した。
 壁に手をつき、オセロットは立ち上がる。
 その様子は、先ほどの彼とは別人のようだった。少し前まで苦しんでいたとはとても思えない。
 オセロットは歩き始める。
 足音が、静かな廊下に響き渡った――。

185 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/19(月) 23:38:29 ID:jKhm+GZ2
くすくすくす、と彼女は笑う。
『はじめまして、スネーク。……わたしは前から、貴方の事を知っているけれどね?』
『……お前は……?』
 少女の声だが、油断は出来ない。声など変声機を使えばどうにでも出来る。
『そんなに身構えないで。わたしは、貴方の敵じゃないから』
『俺が信じるとでも?』
『わたしが敵だったら、嘘の情報を流して罠に突っ込ませるわよ。でも、そんな事はしなかったでしょ?』
 ……言われてみれば、そうだ
 だが見知らぬ人物を、大佐やオタコンの振りをして俺を騙し続けていた人物を、簡単に信頼など出来ない。
『大佐やオタコンに何をした!?』
『いいえ、何もしてないわよ。彼らに会ったことすらないもの。安心して、彼らは無事で「未来」にいるから』
 俺が未来から来た事も、仲間が未来にいる事も知っているのか。
『会った事が無いなら、どうして大佐達の真似事が出来る?』
『実際は、貴方の大佐達の無線の電波をキャッチして、わたしが改竄して流していただけ』
 ……改竄だと? そんなことが出来るのか?
『いつからだ?』
『貴方が雛見沢に来た時からね。なかなか上手く出来てたでしょ? だいぶ喋っている事は変えてたんだけど』
『……信じられん』
『最初、貴方は興宮市にいた。おもちゃ屋で人形を買って、竜宮レナに渡した。その後、エンジェルモートへ向かった。
それから部活メンバーと接触した。次の日に、分校に教師として潜入。――合ってるでしょ?』
 ……合っている。その事実に背筋に寒気が走る。全て実際に起きたことだった。
 最初から、見知らぬ人間を、大佐とオタコンと思い込んで話していたのか。
 正体も、目的も、行動も、全てこいつに知られていたのだ。
『言おうと思えば、雛見沢に来てから今日この場所に至るまでの貴方の動き、全部言えるわ。面倒だからしないけど、……信じてもらえたかしら?
ずっと驚いてばかりで大変だろうけど。くすくすくす……』
 そんな俺の気持ちも知らず、見知らぬ少女はいたずらっぽく、悪びれもなく笑った。
 こいつは「永久機関」が使える者――、すなわち、メタルギアに詳しい、とても近い場所にいる人物のはずだ。
『……何故そんな事をした。何故、俺を騙したんだ』
『貴方を助ける為よ。……いいえ、本当はこっちが助けて欲しいんだけど』
 助けて欲しいだと?
『騙しているつもりなんて無かった。わたしがいなければ、無線によるサポートを貴方は受けられなかった。
わたしが何も言わなければ武器を片手に診療所に突っ込んで、警察に捕まってたかもしれないでしょ。それ以外にも、貴方は無線のサポートによる恩恵を受けているわ』
 無線によるアドバイスやサポートが大切なのは、今までの任務でも、この任務でも同じ事だった。
 彼女が本当に敵ならば――とうに任務に失敗し、殺されていただろう。
 しかし、まだ彼女の正体が分からない。
 不信感が拭えきれない。
『――お願い。だからわたしを信じて、スネーク』
『……話だけは聞こう。だが名前すら明かさない奴を信頼など出来ない。お前は誰だ?』
『わたしは……、ううん、……わたしの名前は、――桜花』
 言葉に詰まりながらも、少女の声は「桜花」という名前を告げた。
『桜花、か。何が目的だ?』
『わたしのパパを助けて欲しいの』
 父親を?
『君の父親は……、いや、君は何者だ? 雛見沢にいるのか?』
 躊躇するような間があったが、はっきりとした返事が返ってきた。

『わたしのパパは、新型メタルギア開発者。そしてわたしは……、メタルギアに搭載された「永久機関」の人工知能』


186 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/19(月) 23:39:18 ID:jKhm+GZ2
 聞かされた衝撃的な事実に絶句する。
『何だって? 人工知能など――』
『貴方の仲間の無線を傍受し、貴方をサポートすることが出来る。貴方がいる所にビールを届けてあげられる。
ここまでなら、わたしが「永久機関」やメタルギアに通じている、って思えるでしょ。ただ、わたしが人じゃないってだけよ』
『そんな馬鹿な――』
 本日だけで何回驚いた事だろう。頭がどうにかなってしまいそうだった。
『驚きたいのも分かるわ。……けれど時間が無いの。これからわたしが知っている限りの情報を話す。メタルギアがある場所だって知ってる。
わたしを信じてくれたなら、メタルギアの位置を教えられるわ』
『……取引のつもりか?』
『そういうつもりは無いの。けれど、わたしが信じられないなら、メタルギアの場所だって……、嘘だって思われちゃうじゃない』
 脳裏に、園崎家で話した時のフォックスが思い浮かぶ。
 ――信じられないのならば、話はただの妄言になる。
『ならばこっちの質問にも答えてくれ。……また混乱してきた』
『ええ。わたしが知っている事なら、話してあげられる』
 あっさりと彼女は、――「永久機関」の人工知能は、応じた。

『最初から、大佐達を演じていた、と言ったな』
『ええ』
『どうやって?』
『さっきも言ったように、電波の改竄よ。「未来」で貴方の仲間さんが喋る。わたしが無線を傍受する。
ちょっと時を巻き戻して、内容をいじってから「過去」の貴方に無線をする。だいたいこんな感じよ』
 ……何もかもが滅茶苦茶だ。今頃大佐達はどうなっているんだろう。
 はなから俺と無線が通じていなかった事になっているのか、今さっき無線のリンクが絶たれたのか。
 どちらにせよ、俺には知り得ない事だった。
『なぜ今まで黙っていた?』
『雛見沢に来たばっかりの貴方に、「そこは今から約20年前の世界。貴方は過去にいる。そしてわたしはメタルギアについているタイムマシンの人工知能。
助けてほしいの、ソリッド・スネーク」……って言っても、信じないでしょ?』
 ……信じないな、絶対に。
『貴方がタイムマシンに関する情報を手に入れて、貴方から見て「過去」の世界にいる事を知ってから教えようと思っていた。
だけど、中々タイミングが掴めなかったのよ。わたしだっていつでもお喋りできる訳じゃないし』
 気づいてくれれば、その時教えたんだけどね、と彼女は言った。
『大佐達が、やたらと「任務」にこだわっていたのも――』
『早く「わたし」に気づいて欲しかったからよ。わたしの存在、あるいはメタルギアの在処にね』
 どこか大佐達に感じていた違和感の正体が、今解けた。
『人工知能なら、お前は「永久機関」を自在に操れるのか?』
『……永久機関というより、ただのタイムマシンね。わたしはあくまでも、タイムマシンの力を引き出すための膨大な演算をするためのもの。
それがいつの間にか、自我を持って、こうして話すことが出来るようになった、ってだけ』
『タイムマシンだというなら、タイムスリップの制御は? 可能なのか?』
『完全には無理ね。時々暴走してしまうの。……タイムスリップは「事故」よ。メタルギアを起動した時、偶然に起こってしまったの。
事故は起きてしまったことだから、その結果をどうこうしようという気持ちは、今の所は無いわ。それより――』
 「パパ」、メタルギア開発者を助けて欲しい。と。
『パパには首輪型の爆弾が付けられていて、施設から出られないの。奴らに囚われてる。それに、彼は見えない「運命の鎖」に縛られている』
『運命の、鎖?』
 うん、と桜花は応じる。

『わたしは人間じゃないから、自分の足で歩くことも出来ない。外の世界を知らない。孤独な存在』

 時間を移動するための膨大な演算機能。
 彼女は、知識という大きな図書館に一人で住んでいる子供に過ぎない。
 外の世界を知らないし、知る機会も無い。
 図書館の窓にある唯一の小窓は、彼女を知る人物――「桜花」を生み出した父親だけが見える。
 そういう存在だと、俺は理解した。

187 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/19(月) 23:40:10 ID:jKhm+GZ2
 
『……けれど、彼もまた、孤独なの』

 彼――メタルギア開発者の「娘」である桜花から見ても、その孤独さはよく伝わった。
 自分の父親である男の詳しい過去は、桜花も知らない。
 彼は科学に没頭し、人でない「桜花」という特別な存在に、偏執的な愛情を注いでいる。
 まるで、人間という存在に――絶望したかのように。

『そんなパパが、目に見えない運命の鎖に縛られているように思えるの。――だから、助けてあげたい』
『なぜお前が助けない? 俺の所にビールを運べるという事は、人を動かすことぐらい出来るんだろう?
それに、時間を巻き戻せば、人一人の人生などどうにでもなる』
『わたしは……もうすぐ消えちゃうから』
 消える?
『貴方には想像もつかないでしょうけど、時間を移動するための演算って、膨大でものすごく大変なのよ。
そんな事をくり返してたから、そのうちわたしの意思なんかすり潰されてしまう』
 ――自分が消えたら、後にはただの鉄塊が残るだけ。
 そう、彼女は言った。
『だから、彼を助けたいと思ったんだけど、わたし自身に残された時間はほとんど無いの』
『それで、俺に頼むと言う訳か』
『ええ。貴方のことは、テレビドラマを見ているような感覚で覗き見してたの。それで、貴方に頼もうと思った。
「英雄」って言われるのは嫌みたいだけど、わたしにとっては「英雄」そのものに見えたから』
『俺は英雄じゃない。ただの人間だ』
『普通の人間だとしても、わたしに出来ないことが出来るでしょ?』
 また悪戯っぽく笑った後、彼女は真面目な口調に戻り、「依頼」を口にした。

『……お願いスネーク。彼を自由にしてあげて』

 ――手を顎に当てて思案する。
 こういう時に相談すべき相手、オタコンや大佐には無線が出来ない。
 彼女の口調も、どこか俺をからかっているような時もあったが、真実を口にしているように思えた。
 だいたい、永久機関――タイムマシンに人工知能「桜花」が搭載されているなんて突拍子も無い「嘘」は、誰が思いつくんだ。
 その人工知能と話が出来て、俺に依頼をしてくる事の方が、まだ信じられた。
 彼女が敵だという事は、まず無いだろう。今まで俺を泳がしておく意味がないからだ。
 大佐やオタコン達を襲撃して、今までの情報を吐かせ、「最初から演じていた」事にして成り代わっている可能性も低い。
 だったら「未来」にいないと無理だ。「未来」とここ雛見沢の「過去」、両方に通じている人間は殆どいないだろう。
 そこまでして俺を騙すメリットも理由も思い浮かばない。
 それと、今までの任務の時も、メタルギア開発者は何らかの形で会っていた。
 メタルギアの仕組み、設計、弱点などは作った本人に聞くのが一番だ。
 彼女の父親だという男には、どちらにせよ会わなければならないだろう。
 メタルギアの開発場所に関する情報も、喉から手が出るほど欲しい。
 危険を冒す者が勝利する。
 診療所に行こうとした時に思い浮かべた格言が、また脳裏に浮かんだ。
 ――桜花の言う事を信じるしか無い。
 メタルギアのある場所についての情報が、今の所、これしか無い。
 だから、依頼を断る理由を、俺は思いつかなかった。

『……分かった。君の父親を助けることに、最善を尽くしてみせるさ』
 たが、と俺は続ける。

『――メタルギアは破壊するぞ』

 それは間接的に、「お前を殺す」と言っている事と同じだった。
 彼女の願いが果たされても、彼女は父親と最後まで共にいることが出来ない。
 死刑宣告とも取れる発言に、「桜花」は、――静かに肯定の返事をした。

188 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/19(月) 23:41:01 ID:jKhm+GZ2
『いずれ消えちゃう存在だからね。貴方に壊されるなら、悪くないかも』
 人間で無いとはいえ、「自分」という「意思」が消える恐怖など、微塵も感じていないようだった。
『……メタルギアを破壊した後でも、時間を動かす事が出来るのか?』
 ずっと前から、一番気になっていた事だった。
『損傷箇所にもよるわ。センサー類が集結している所を跡形も無く壊されちゃったら、まず無理ね。
コックピットにあたる部分を残してくれれば大丈夫。ちょっとぐらいの傷なら平気よ』
『その、出来れば君がどんな形をしているか教えてくれると助かるんだが』
『……無理ね』
『どうして?』
『わたし、3次元的に存在できない構造らしいから。口では説明出来ないし、自分の姿なんて、鏡でも見ないと分からないわ』
 一体どうなっているんだ。
 開発者である「桜花」の父親に、尊敬の念すら覚えた。
『そうね……“クラインの壷”って知ってるかしら? わたしの存在は、それに近いものらしいの』
 つまり、「概念」が存在していると。それなら目視は無理だろうな。
『そうか。大体は分かった。後は――』
『メタルギアの開発場所ね』
 ……こんなに身近に知っている奴がいたとはな。皮肉なものだ。
『鬼ヶ淵沼って知ってるわよね?』
『ああ。一度だけ行ったことがある』
 村中を歩き回り、地下施設の存在が無いかを探した時だ。
 ざっくり村を検めるという感じで見回っていたから、詳しくは調べなかった。
『鬼ヶ淵沼にたたずむほこらがあるの。そこの下に、地下に通じる階段が隠されている。そこからメタルギアの施設に入れるわ。
雛見沢の伝承の通り、まさに鬼ヶ淵は地獄に通じてる、って感じよね』
 ふふふ、と彼女は笑った。
『それだけ分かれば十分だ。今から向かう』
『期待してるわよ、ソリッド・スネーク』
『――それと、もう一ついいか』
 果てしなくどうでもいい疑問だったが、聞いておきたかった。
『なぁに?』
『どうして、俺にビールを送ったんだ?』
 ああ、それね。と彼女は言う。
『あんなの、ただの気まぐれよ。お腹が弱い兵士がうろちょろしてたから、彼に届けて貰ったの。――おいしかった?』
『おかげで“いい夢”が見られた。起きたら体中に汗を掻いていたさ』
 ここ雛見沢に来てから、悪夢を二回ほど見ている。
 両方とも内容はあまり覚えていなく、「悪夢」だったことしか記憶に残っていない。
『その様子だと悪い夢だったみたいね。……良くない兆候かも』
『どういう意味だ?』
『……何でもないわ。気にしないでね。それじゃあ――』
 ――わたし、貴方を待っているからね。
 そう言い残して、「桜花」との通信は終わりを告げた。

193 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/25(日) 19:35:54 ID:2zADmyaZ
 人気の無い夜道を歩く。
 その静けさの中で――、俺は、喪失感のような物を感じていた。
「桜花」との無線の後、すぐに大佐やオタコンの周波数に無線をした。
 しかし、二回とも彼女が出た。……彼らとは無線が出来ないのは、本当らしい。
 ――今まで信じていた“仲間”が、実は違うものだった。それを知ってから、“孤独”を感じ始めたのだと思う。
 フォックスにも無線をしてみたが、何故か通じなかった。まさに“単独”潜入状態だ。
 ……しかし、潜入任務はいつでも孤独だ。うじうじしている訳にはいかない。
 今はただ、鬼ヶ淵沼に行くしかない。
 そう考えていると、無線のコール音が鳴った。知らない周波数からだ。

『……誰だ』
 立て続けに知らない人物との無線。前回は味方らしかったが、今回は分からない。
『OK、っと。通じたな。あんたがソリッド・スネークか』
 ――初めまして、だな。とその男は名乗った。飄々とした口調だが、機械を通したかのような声だった。
『声を変えているのか?』
『事故で喉をやられちまってな。喋るために機械に頼ってる。だからこれが俺の“地声”さ。……と言っても、あんたは信じてくれなそうだな』
『……。お前は誰だ……?』
 敵か味方か。それすらも分からない。そんな人物の言う事の正否は分からない。
『OK。そうだな……ディープスロートと名乗らせてくれ』
 内部告発者(ディープスロート)。それの意味する所は。
『さっき桜花と喋っただろ? 俺はその桜花の生みの親――“父親”さ』
 つまり、こいつが――。
『お前が、新型メタルギア開発者か?』
『そうだ。今あんたが向かってる、鬼ヶ淵沼の地下施設にいる。桜花にあんたの周波数を聞いてな。それで無線をしてみた』
 そう言われても――信じがたい。
『なら、桜花に替わってくれ』
『今は無理だ。彼女とはずっと話せる訳じゃないんだ』
『他にお前が味方だという証拠はあるのか?』
『……その様子だと、桜花のことも半信半疑っぽいな。彼女の事は信用してやってくれよ。俺のことは――あんたの友人に聞いてみればいい』
 友人。それは、一体。
『グレイ・フォックスは俺のことを知ってるぜ。機械の合成音声を使って話す科学者は、俺以外そうそういない。
「あんたを助けた科学者」って言っても通じるはずだ。悪いが、俺の本名は……まだあんたには秘密にさせてくれ』
 ……メタルギア開発者が、フォックスを「助けた」?
 俺の疑問を余所に、ディープスロートは喋り続けた。
『お仲間のバックアップが無いに近いんだ。なら内部からの手助けがいるだろ?』
 一応、こちらに協力してくれるという事らしい。
『俺を信用する気になったら、また無線連絡をくれ。俺の方はいつでもOKだ。じゃあな、スネーク。また後でな』
『おい――』
 一方的に喋るだけ喋って、ディープスロートとの通信はぶつりと切れた。
 思わずため息をついてしまう。……訳が分からない。
 本当に彼は桜花の「父親」――メタルギア開発者なのだろうか。
 桜花についても、まだ分からない点の方が多い。
 とりあえず、フォックスに連絡を取ることにした。それしか方法が無い。
 先ほどは通じなかったが、今度は通じた。

194 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/25(日) 19:36:58 ID:2zADmyaZ

『すまん。聞きたいことがある』
『――どうした?』
『まず一つ目だ。さっきは無線が繋がらなかったが、何かあったのか?』
『少しだけ雛見沢を離れていた。そのせいだろう』
 一つ疑問が解消された。
『二つ目。メタルギアの在処を知っているか?』
『鬼ヶ淵沼付近の、地下施設にある。……知らなかったのか?』
 いや、ただの確認だ。と答えて軽く流した。どうやら桜花の言ったことは本当だったらしい。
『三つ目。お前を助けたという男から連絡があった。合成音声で喋っていた。自称新型メタルギアの開発者らしいが、本当か?』
『ああ――本当だ。……おそらく奴のことだろう』
 あっさりとした返事だ。
『ディープスロートと名乗ったが、信用しても大丈夫なのか?』
『……一応は、な。裏切る可能性はない。本名は直接奴と会えば、教えてくれるだろう』
 フォックスがそう言うなら、一応信頼しても良さそうだ。
『奴は何者だ?』
『かなり優秀な科学者だ。彼も「未来」から来ている。永久機関の開発はほぼ全部、奴が行ったらしい』
 そして、とフォックスが続ける。
『――俺がここにこうしていられるのは、奴のおかげでもある』
『それは……』
 どういう意味だ。永久機関――タイムマシンは、奴が生み出したものだから、という事なのか。
 そう尋ねたが、……フォックスは答えず、代わりに違う事を切り出した。
『「東京」については知ってるな?』
『……日本の国粋主義団体、だったな』
 何故この話を切り出すのか分からなかったが、きっと何かの意味があると思い、応じた。
「東京」はただの政治団体と言うよりは、秘密結社に近いものらしい。
 主に二つの派閥に分かれていて、一つの派閥は日本の独力での再軍備を目指すグループだ。入江はこちらに属している。
 もう一つは、他国との同盟を固めようとするグループだ。
 ――そう、「大佐」は言っていた。

195 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/04/25(日) 19:37:39 ID:2zADmyaZ
『俺は――「東京」のバックアップを受けている』

 唐突にフォックスは言う。
『「東京」の? だが診療所での風土病研究は、奴らが行っているのでは――』
『イリエ達が属している派閥は、日本を諸外国の協力や支配無く、自分達の力だけで動かそうとするはずの派閥だった。
……だが、雛見沢症候群の研究資金は、オセロット“達”――諸外国から出されていた』
 フォックスは続ける。
『――無限に思える財力が、実は一番毛嫌いしていた諸外国の産物だった。それを聞いて憤慨する連中がいるだろう。
俺は、そう言った連中と関わりがある。“ディープスロート”繋がりで知り合った』
『……「東京」は、一枚岩では無いということか』
 厄介な話だ。
『だが――俺は奴らの為に戦っている訳では無い。ディープスロートの為でも無い。俺達は――政府や誰かの道具じゃない』
『……そう、だな』
 フォックスの様子が、どこかおかしかった。緊張した声色で話し始める。
『スネーク。リキッド達が動き始めている。奴らも――メタルギアの在処を掴んだらしい』
『何だと……』
 すぐ近くにいるか。
『何部隊かに戦力を分けているのだろう。……ここには、奴の姿が見えない。この程度の戦力なら、押さえられる範囲だ』
『まさか――』
 一人で突っ込む気なのだろうか。
『フォックス、大丈夫か!?』
『俺がこんな所で死ぬと思うのか、スネーク』
 それは――。
『奴らを押さえないと、子供達も危ない。そう長くは持たないが――効果はあるはずだ。……奴らとは今までにも何度か戦っている。
武器や装備、敵の人数も把握しているつもりだ』
「東京」の為でも、誰かの為でも無いのなら、フォックスは……何故、そこまでして戦い続けるんだ。
『スネーク。今の内に鬼ヶ淵沼に行くんだ』
『フォックス――』
『じゃあな。幸運を祈る』
 それだけ言い残して、フォックスとの通信は終わった。

203 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/05/09(日) 15:21:02 ID:IEeE/HKI
 鬼ヶ淵沼。
 雛見沢に伝わる古い伝承では、この沼から鬼が這い出てきて、この沼に生け贄を捧げていたと言う。
 月明かりに照らされた沼は、異様な雰囲気を醸し出していた。
 確かにここなら――誰も近づかないだろう。
 辺りを見渡す。沼の左手に設けられた小さな祠を見つけた。
 近づいてみる。一見すると、何の変哲もない普通の祠に思えた。
 ……が、周囲の草が踏み固められていた。他の所は草木が生い茂り、手入れされていないにも関わらず、だ。
 祠の底を調べてみる。すると、ごとりと音がして祠が動いた。
 祠の下には鉄製の蓋があった。それを持ち上げてみると、地下へ続く梯子がかかっていた。
 ライターで地下を照らす。梯子はかなり奥まで続いているようだった。
 慎重に、梯子に足をかける。一段一段、着実に降りていく。
 体が収まった所で、蓋が自動的に閉じ、何かが動く音がした。祠が元の位置に戻ったのだろう。
 ……出るときにまた出方を考えればいい。入り口や出口がここだけとは限らない。

 暗闇の中、ゆっくりと梯子を下りていった。しばらくしてから底にたどり着く。薄暗い通路が延びていた。
 銃を構えながら慎重に進むと、巨大なドアが見えてきた。
 セキュリティで管理されている。入るには、パスワードとカードキーが必要なようだった。
 通信機を起動する。


『ディープスロート、聞こえるか?』
『OKだぜ、スネーク。信用してくれるみたいだな』

 軽快な口調の、合成された機械音が応じた。

『それはこれからの行動次第だ。今、梯子を下りた所のドアの前にいる。開けられるか?』
『お、もうそこに来たのか、早いな。OK、今から開けるさ』


 ――ちょっと待っててくれ。男はそう言った。
 大人しく待つ事にした。壁に寄りかかって、久々の煙草に火をつける。
 煙草は、潜入任務でも何かと役立つ事が多い。こうしてリラックスするのも大事な事だ。
 吸い終わらないうちに、ディープスロートから連絡があった。


『今開けるぜ。それと――中に監視カメラがある。悪いがそっちは何とかしてくれ。数は少ないからな』
『分かった』


 ドアの前に立つと、扉が自動的に開いた。

204 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/05/09(日) 15:23:05 ID:IEeE/HKI

『OKか?』
『ああ、OKだ。感謝する』


 フォックスが言った通り、この男は信用しても良さそうだ。
 素早く身を潜り込ませる。中は照明で照らされていて、夜道を進んで来た身にとっては眩しかった。
 向かって右手側の壁に、監視カメラが一台あった。
 カメラの真下は死角になっている。カメラが首を振るタイミングを見極めて、壁伝いに動いた。難なくクリアだ。

 監視カメラがあった通路を抜けるとすぐに、開けた広間に出た。
 天井はかなり高く設けられている。床にはコンテナが無造作に詰まれていて、広間の左右それぞれにまた通路が延びていた。
 兵士が数名ほどいて、巡回をしている。近くのコンテナに身を隠した。

『随分と広そうだな』
『そりゃもうデカイぜ。地下……何十階だったかな。何階あるか忘れちまったが、この施設はかなり深くまで作られている。
今あんたがいるのは居住区だ。この施設は居住区、研究区、開発区の三つの区間からなっている。メタルギアは開発区にあるぜ』

 ザンジバーランドの事を思い出した。あのビルも相当な高さがあり、エレベーターで何度も往復した記憶がある。

『ま、居住区には用がないだろう。その広間の奥にエレベーターがある……見えるか?』

 双眼鏡を取り出し、奥を見てみた。確かにエレベーターが見える。両脇に二人、歩哨がいた。

『そいつで一気に下まで降りればいい。居住区の最下層まで行けるはずだ。そこでまたエレベーターを乗り換えれば研究区に行ける。
研究区でまた乗り換えて開発区へ行く。それでOKだ』
『分かった。エレベーターで降りるだけ降りて、それから乗り換えるんだな』
『それと、武器がいるだろ?』
『あるなら助かるが……』
『ここの開発区で色々と作っているぜ。明らかに1980年代の科学力を超えているような代物もある。あんたにとってここが“過去”だとしても注意しろよ。
兵士が使っている武器はID登録されているから本人以外は使えないが、ちょっと弄れば誰でも使えるようになるさ』

 そんな事が出来るのか?

『さしずめ武器洗浄(ガンロンダリング)って所か。いくつか用意する。研究区のどこかに準備して、回収ポイントを後で指定するから、そこにあんたが取りに来ればいい』
『ちょっと待て。今お前は、どこにいるんだ?』
『最深部である開発区さ。俺の事は気にするな。“便利な物”を持っているから奴らの目を欺ける事が出来る。施設の構造もよく知ってるから、たぶんOKさ』

 ステルス迷彩か、それに近い物を所有しているのだろう。俺はそう解釈した。

『じゃあな、スネーク。何かあったら連絡してくれ。ここの施設の事なら答えられる。“奴ら”の装備やら兵器やらについてもOKだ』
『ああ。また連絡する』

 無線を終了した。俺は立ち上がる。
 ようやく、“潜入任務”の開始だ。

208 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/05/18(火) 22:43:27 ID:wq9S5yLK
 湿った森の土と腐った葉を踏みしめる感覚を足の裏に濃密に感じながら、私はこの狭いはずの雛見沢の森の中を歩いていた。
 ――歩かされていた、と言う方が正しいのかもしれない。
 リキッドという男に「協力」してから、自分の意思で何かをする事が出来ていない。
 今も、どこへ向かうのすらよく分からずに、こうして夜道を歩かされている。
 悟史くんも運ばれていた。眠っているのか、気を失っているのかは分からない。
 ――当然、助けてあげたい。
 けれど、今の私じゃどうすることもできない。私はどんなに頑張っても小娘なのだし、周りには――銃を持った兵士達がたくさんいる。
 対して、私は武器を持っていない。この状況で悟史くんを助けるのは難しそうだった。
 このまま何も出来ないんだろうか。
 やるせなさが募って、行き場のない気持ちが体中を巡る。
 ……落ち着かなきゃ。焦って失敗したら、すべてが終わる。
 そう考えていた時だった。遠くにいる兵士が叫び声を上げた。
 私もその方向を見る。そこには、もう見慣れたような、でもまだ馴染めないような――光景。
 そこにいた兵士は、足を押させて蹲っていた。暗闇でも分かるぐらいに――血が吹き出ている。
 誰かが叫んだ。

「奴だ――グレイ・フォックスだ!! 気をつけろ!!」

 その言葉を皮切りに、周囲は騒がしくなった。
 銃声が響き渡り、マズルフラッシュが明滅する。耳障りな金属音。何かを振る音。そして何人かの兵士が――倒れていく。
 けれど、襲撃者らしき人物の姿は、全く見えない。
 何が起きたの?
 辺りを見渡す。兵士達は戦っていて、私の事をあまり気に掛けていない。
 そして――悟史くんが、側の木に寝かされているのに気づいた。
 ――チャンスだ。
 私はこっそり彼に近づく。彼の意識は無かった。
 悟史くんを背中に背負う。……甲冑みたいなのを着けているにもかかわらず、驚くほど軽かった。
 逃げ出すチャンスは今しか無い。息を大きく吸って、私は走り出した。
 後ろの方からは相変わらず怒号と悲鳴が聞こえていた。
 その場から一歩でも遠ざかろうと、私はひたすら走った。


209 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/05/18(火) 22:44:33 ID:wq9S5yLK

「はあっ……はあっ…………」

 息が切れる。汗が頬を伝って落ちるのが分かった。
 ……どのぐらい逃げてきたんだろう。人一人背負って走ったのだから、あまり進めていないのかもしれない。
 近くの大きな木の後ろに隠れる。私は悟史くんを背中から降ろした。
 ――彼の目蓋が、ぴくりと動いた。

「悟史くん!?」

 私は彼に呼びかける。意識を取り戻しそうだった。
 悟史くんの目蓋が、ゆっくりと開けられていく。
 焦点の合わない虚ろな目が、私の方を見た。……そして。

「…………っ!!」

 背中に走る衝撃。息が一瞬止まった。首には強い圧迫感があって、呼吸が出来ない。
 何が起きたのか、分からなかった。
 ――苦しい。
 はっきりしない意識の中で、私はどうにか状況を把握しようとした。
 私の目の前にいる“人物”が“何”をしているのか。

「さと……し……くん……?」

 ――彼が私の上に馬乗りになって、私の首を絞めていた。
 虚無を写していた目は、狂気に赤く染まっている。
 薄らいでいく意識の中、私は必死に抵抗するけれど、悟史くんは私の首を絞め続けた。
 彼の唇が、動く。


『殺 し て や る』


 そう言ったように思えた。
 悟史くん、と呼びかける声が、……出ない。視界が段々と暗くなっていく。
 私は訳も分からず、目の端からは涙が流れ落ちた。
 ――殺される。どうしてか分からないけど、……私は、悟史くんに殺される。
 嫌。
 嫌。
 いや。
 愛している人に殺されるなら本望なんてことを言う小説があったと思うけど。
 私は殺されたくなんかない。
 ……生きて。そう生きて、二人で生きて過ごしたい。
 たとえ他の誰かを犠牲にしても。
 二人で生きたい。一緒に生きたいよ、悟史くん……。
 ……それとも、駄目なのかな。もう許して、くれないのかな……。
 お姉ぇや圭ちゃんやみんなを騙すようなことをしたから。
 ……悟史くんも……愛想尽かしちゃったのかな……?。

210 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/05/18(火) 22:46:32 ID:wq9S5yLK
 ……もう、駄目だ。苦しい。息が出来ない。
 僅かに残っていた意識を手放そうとした時――視界の端に、銀色の光が見えた。
 そして、何かが強くぶつかる音がした。同時に、首の圧迫感が消え、呼吸が出来るようになった。
 必死に酸素を取り込もうと息を吸い込み、私は咳き込む。
 荒い呼吸を数回ほど繰り返した所で、私は辺りを見渡す。
 悟史くんは――倒れていた。
 胸が上下しているから、生きていることは分かる。
 そして、悟史くんの側に、もう一人――覆面を被っている、リキッドの部下が立っていた。
 持っている大鉈が月の光を反射して、鈍く銀色に光っていた。やけに――綺麗だった。
 助けられた、と一瞬考えたけど、すぐに吹き飛んだ。……あいつは私達を、連れ戻しに来たのだ。
 覆面をした兵士が、こちらを向く。私は、身動きが出来なかった。

「……ふうん」

 つまらなそうに、その人は云った。


 「そんなに、一緒にいたいんだね」


 意外な、言葉だった。
 声の響きは可愛らしいが、どこか狂気を含んでいる口調。――女の人の声だった。
“彼女”の唇がまた動く。


「それなら、運ぶのはまかせるね。けれど――」


――殺されちゃっても、知らないからね。


 「……くす、……くすくすくす……」

 と、彼女は嘲笑った。

 私はただ……その場に座り込んでいる事しか、出来なかった。

 

214 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/05/28(金) 21:13:42 ID:RpWMG+Bu
 しばらくコンテナの陰に留まり、兵士達の動きを観察した。
 巡回している兵士は、ここから見える限り3名いる。各自が決められたルートに沿って見回りをしているようだ。
 ルートはそう複雑では無い。広間の俯瞰図を頭に思い浮かべ、どこを通れば抜けられるかを判断した。
 エレベーター前の歩哨2名は動かない。おびき寄せて、排除する必要がありそうだ。
 頃合いを見計らい身を潜めていたコンテナから離れる。足音を立てないよう、慎重に進み始めた。
 兵士の死角とルート、荷物の陰などを利用して、着実に歩を進めた。この程度ならレーダーは必要無い。
 時には走り抜け、時にはゆっくりと歩く。トラップや監視カメラなどは無く、特に問題は起きなかった。

 そして、エレベーターの前まで来ることが出来た。両脇にいる兵士はやはり動かない。
 コンテナに張り付いて、ノックを2、3回ほどした。兵士達が不審な物音に気づいた気配があった。
 確認してくる、と一人がいい、足音が近づいてきた。
 素早く、かつ静かに走り、コンテナの反対側に回り込んだ。エレベーター前に留まっている兵士に走って近づく。
 彼が「敵」の存在を認知する前に、CQCを用いて無力化した。あっさりと兵士は気絶した。
 異常を発見出来なかった兵士が戻ってくる。別のコンテナに身を隠した。
 彼は倒れている同僚を見つけ、走り寄って来たが、その間に背後を取って同じように気絶させた。
 エレベーターのボタンを押した。到着するまで時間がある。その間に、気絶した二人の兵士を物陰に隠した。
 片付け終わった所で、エレベーターが到着した。
 中に入り、最下層へ向かうボタンを押した。ドアが閉まり、エレベーターが地下に向けて動き始めた。
 俺は制御パネルの側に張り付いて、銃をいつでも撃てるような状態にした。
 もし途中でエレベーターが停止したら、敵をすぐ排除するためにだ。一秒たりとも気は抜けない。
 ――そんな緊迫した状況だったが、誰かから通信が入った。

『来てくれたのね、スネーク』

 桜花だった。とてもAIとは思えないほど、自分の感情を素直に表現している。

『そんなに警戒しなくても大丈夫よ。兵士達はそのエレベーターに乗り込まないから』
『どうしてそう言い切れる?』
『パパが、他の階からの停止信号を無視するように設定したからよ。エレベーターは他にもあるから、異常には気づかれないと思うわ。
それにこの時間帯なら、休憩室で遊んでいたり、自分の部屋で休んでいる兵士もいるからね』

 ……呑気なものだ。

『いくらここが広くても、娯楽施設は無いもの。昼間は興宮にある、エンジェルなんとかってお店に遊びに行く人も多いみたい。
それでもここの兵士はきちんとした訓練は受けているし、仕事する時はちゃんとするから、注意してね』
『用心するに越したことは無い。分かっているさ』

 と言いつつも、現時点では敵兵に遭遇される危険性は無いに等しいので、少し警戒を緩めた。
 任務には緊張感が付きものだが、神経が張り詰めすぎるのも良くない。

215 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/05/28(金) 21:14:41 ID:RpWMG+Bu
『……ねえ、スネーク』
『何だ?』
『寂しくないの?』
 ……一体何の話だ?
『貴方の“仲間”だった“大佐”や“オタコン”、“メイリン”は、今までわたしが演じていたのよ。……貴方は今、本当に“孤独”なはず』
『君のサポートも、君の父親であるディープスロートからも助けて貰っている。ひとりでは無い』

 確かに、今まで話してきた“仲間”が虚偽の物だった、と聞かされた時はかなり驚いた。
 だが、桜花が助けてくれなかったら、今頃どうなっているのか分からない。彼女のサポートは大きいものだった。
 それに、と俺は付け加える。

『確かに潜入任務は孤独だ。敵地にたった一人で赴く。任務に失敗したら見捨てられる事だってある。……しかし、今回はあまり孤独さを感じないんだ』
『それはどうしてかしら?』
『……何故だろうな』

 地下に来るまでも、こうして施設に潜入してからも、奇妙な安心感があった。
 自分でも、よく分からない。だが――何となく想像はついた。
 今頃子供達は、“仲間”を救うという目的で戦っている。
 フォックスは、リキッド達を牽制するべく戦っている。
 それぞれがお互いに干渉しない、別々の戦いであるはずだが、あいつらに背中を守って貰っているような、そんな感じがするのだ。
 雛見沢に来たことによって知り合った子供達と、雛見沢に来て再開した“親友”。
 どちらも、大切な仲間だった。

 そう考えている間に、エレベーターが居住区の最下層に到着した。
 扉が開く。幸運な事に、扉の前には誰もいなかった。

『研究区に行くにはどこへ向かえばいい?』
『そこからなら、エレベーターよりも階段が近いわね。そこの広間の右手の通路を抜けて、まっすぐ行ってから左に曲がるの。
開けた所に出ると、そこの右奥に扉があるわ。そこが階段よ。扉は警戒態勢にでもならなければ、ロックはされていないはずよ』
『分かった。階段だな』
『メタルギアについて知りたかったら、わたしに無線してね。パパが無線に出られない時は、わたしが代わりにここの事を教えるわ』
『そうしてくれると助かる。――任務に戻る』

 頑張ってね、スネーク。と応援する彼女の声を聞いて、無線を終了した。

223 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/06/10(木) 21:42:52 ID:+xPU6uj0
 私達は鬼ヶ淵沼に来て、スネークがいる施設に向かう為に、祠から伸びる梯子を下りた。
 地下にあったあった空間を見て、圭一が「広そうだな」と呟いた。
 奥には薄暗い通路があって、まだ更に地下深くへと続いている事が示されていた。確かに、かなり広そうだ。

「雛見沢にこんな所があったとはねぇ……。おじさん知らなかったよ」
「あんな所に隠してあったら、普通は気づかないだろうね」
「極秘の研究とはいえ……私たちは、今まで全く知らずに暮らしていたと言うんですのー?」

 各々が感想を述べる。入江や富竹も、神妙そうな顔をしていた。
 ……それは、私も同じだったと思う。

「ジョニー。この施設は、いつからあったのですか?」
「確か、4年前って聞いてるぜ」

 お腹をさすりながら、頼りない兵士がそう応じた。
 4年前。……そんなの、これっぽっちも知らなかった。

「入江達は知っていましたか?」
 「東京」の一員である入江も富竹も、首を左右に振った。
「……信じられないです。極秘裏に、こんな事が行われていたなんて……」

 入江が呆然と、ただそう呟いた。
 ――これだけの施設を、入江や富竹達に全く気づかれず作るのは、至難の業のはずだ。
 そこまでして、“奴ら”は何がしたいんだろう?
 この施設の存在すら知らなかった私には、想像も付かなかった。

「ねえ、羽入。どう思う?」

 とりあえず、相棒に意見を求めたけれど。
 ……彼女は、床を見つめていた。俯いているのとは少し違って、明確に、その先にある“何か”を見据えているように思えた。
 床には何もない。その向こうの地下奥深くを見ているのだろうか。

「……まさか、この気配は」
「羽入? どうしたの?」 
「……あ、梨花。……何でもないのですよ」

 明らかに何かある表情だったが、それ以上言及はしなかった。
 ……何であれ、今は先に進むしか無い。
 兵士の一人がパスワードを入力し、扉を開かせた。

「ちょっと待ってろ。確かこの先に監視カメラが……??」

 ジョニーがそう言って、先頭に立って中に入ったが、首を捻った。

224 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/06/10(木) 21:43:36 ID:+xPU6uj0
「どうした?」
「……壊されてる」

 私達も後に続き、中に入った。
 確かに、監視カメラらしき物体が、通路の端に転がっていた。

「きっとスネークだよ。見つからないようにカメラを壊したんだ」

 魅音がそう言ったが、ジョニーは「違う」と言って首を振った。

「どうして違うって言い切れるんだ?」
「……あいつは潜入の痕跡を絶対に残さない。前に任務中で会った時は、カメラは一つも壊されてなかった」
 それに、と付け加える。

「これ、銃で撃たれたんじゃなくて、刃物か何かで切り落とされている」

 ジョニーがそう言って、監視カメラの残骸を拾い上げた。
 彼が言うように、天井と繋がっていた部分は、鋭い面を見せていた。何かですっぱり切られたみたいだった。

「馬鹿でかい刀か斧か鉈か……どれでやられたのか分からないが、ソリッド・スネークじゃないだろう」
「という事は、私達とスネーク先生の他に誰かが来てるの?」
「うーん、多分そうなるんじゃないかな。鷹野さん達って訳でもなさそうだよねえ」
「フォックスさんかも知れませんわよ?」
「……みー。誰にせよ、用心するに越したことはないのです」

 私がそう言うと、皆が頷いた。
 私達のリーダーである魅音が兵士と山狗達に指示を出して、隊列を組み始めた。
 この先、何が待ち構えているか分からない。ここで終わるわけにはいかない。皆の表情が、緊張したものとなった。
 ゆっくりと歩を進める。
 この歪んだ運命を終わらせるために。彼を、助けるために。

225 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/06/10(木) 21:44:43 ID:+xPU6uj0

 無事に階段を下りて、研究区に到着した瞬間、ディープスロートから連絡があった。

『よう、スネーク。無事に進んでいるみたいだな』
 相変わらず、とらえどころのない口調だった。
『研究区の中層のある部屋に武器を用意したぜ』
『感謝する。どの部屋に行けばいんだ?』
『外から部屋の中を見られる覗き窓に、小さく「OK」って書いておいた。それが目印だ』
『……それだけじゃ分からん』
『はは、まあそうだろうな。研究区は色々な部屋があってだな、科学者がチームを組んで実際に研究している大部屋と、資料などを保管している小部屋がある。
厳密にはもっと種類があるが、俺が武器を置いておいたのは小部屋の中でも結構小さい方の奴だ。入り口にはちゃんと「資料室」って書いてある。
入り口はロックしておいたから、敵さんは入れないさ』
『そいつは助かるが、俺はどうやって入ればいい?』
『武器を用意した部屋の近くには、男子トイレがある。そこの鏡にちょっと細工をして、IDカードを仕込んでおいた。
鏡を外せば取れる。それを使って部屋に入ってくれ』
『まずはIDカードを手に入れるんだな。了解した』

 セキュリティーカードでの部屋の管理はよくある事だ。ザンジバーランドでも、アウターヘブンでも、シャドーモセスでもそうだった。

『それと、すまんがミサイル系統は手に入らなかった。開発区にはまだID登録されていない武器もあるだろうから、あんたの方で探してくれよな』
『分かった』

 FOXHOUNDにいた頃は、武器装備は現地調達が基本だった。ミサイル系以外の武器をこうして用意してくれただけでもありがたい。

『色々と頑張ってくれ。俺にはまだやる事があるから、ちょっと歩き回って来るぜ』
 それと、と男は付け加える。

『あんたの他に「侵入者」が現れたみたいだ。警戒が厳しくなった』
 ……俺以外の、侵入者だと?
『もともとこの施設は、地下に向かうにつれて警戒がきつくなっている。だからくれぐれも気をつけてくれよ。
まあ、あんたは見つかって捕まるなんてヘマはしないだろうけどな』
『“侵入者”についての情報は、何か無いのか?』
『詳しくは分からない。単独じゃなくて、複数って事ぐらいか。あちらさんは見つからずに進もうって気はないみたいだぜ』

 複数いるという事は、フォックスでは無い。ならばリキッド達か、それ以外の誰かか。

『……分かった。注意しよう』
『じゃあな。幸運を祈ってるぜ』

 無線を終了した。

235 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2010/06/23(水) 00:11:37 ID:xsVzrX2d
――無機質な金属で構築された施設の通路を、俺は慣れた動作で進む。
その一歩、一歩は、俺の知らない先の闇を切り裂いていく。
その前に、敵がいたとしたら。
その先に、罠があるとしたら。
俺の体は、その対処の方法が隅々まで染み込んでいる。
潜入任務は、どんな場所であれ、どんな状況であれ。
俺を確実に、俺たらしめていた。
不意に、耳小骨に振動が響く。
通信機能が作動し、誰かが俺を呼んでいることを悟る。
周囲に敵影が無いことを確認し、通信に応じる。
『こちらスネーク』
『スネーク! ああよかった! やっと繋がった!』
慌てたような、焦ったような、だが懐かしい声が俺の名を呼ぶ。
『その声は?! オタコン! お前なのか!』
『……う・そ』
唐突に友人の声が、少女のものに変わった。
『……何だ桜花。遊びで通信をするな』
少女の悪戯に、俺は不快を隠さずに答える。
『くす、ごめんなさい。でも似てたでしょ?』
『似ていたなんてもんじゃない。まるで本人だった。あの上ずった情けない声なんか、オタコンのやつそのものだ』
『あら、それは本人が聞いていたら怒るんじゃないかしら?』
『聞いていればな。だがここは日本で、おまけに過去の世界だ。聞こえているわけが――』
『ごめんなさい。実は通信を未来に繋げていたの。ばっちり向こうに聞こえてるわ』
無邪気な笑いとともに、小悪魔はさらりと言った。
『……冗談だろう?』
『本当よ』
微かな沈黙のあと、俺は息を吐いて、気を取り直すことにした。
『なら向こうと連絡が取りたい。通信は可能なのか』
『ごめんなさい。たった今、回線が途切れちゃったわ』
『おい』
『仕方ないのよ。未来との交信は調整が難しいの』
『……』
『……気を悪くしちゃった? それなら謝るわ』
『……別に』
『うそばっかり』
『もう用は無いな。それなら――』
『あるわ』
『どんな?』
『あなた以外の侵入者についてよ』
『何?』
聞き捨てならないことを言う。
『詳しくは、そうね……実際に見てもらったほうが早いかしら?』
『できるのか?』
『あなたがいるのは居住区でしょう? それならもう少し進んだ先のフロアにコンピューターがあるわ。わたしがそれにアクセスして、映像を映すわ』
『そうか。それならそのフロアまで行こう』
『ええ。それじゃ後でね』
通信が途切れる。
子供のお守りのようなやり取りに息を少し吐いてから、俺は目的の場所に向かうことにした。

236 名前:元本編 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2010/06/23(水) 00:12:22 ID:xsVzrX2d
目的のフロアの前には、兵士が二人哨戒していた。
互いに前後を見張り、警戒に余念がない。
しかし二人くらいなら――俺は手に握った麻酔銃を、ホルダーにしまう。
使える道具は限られている。なるべく温存すべきと判断した俺は、先程無力化した兵士から鹵獲した空弾倉を、天井めがけて放り投げた。
カツン――ッ。
金属の高い音は確実に二人の耳に届く。
「何だ!?」
二人が一斉に同じ方向を向いた瞬間――、俺は一人の背中に密着していた。
両腕を用いて、兵士の体を拘束。そして、重心を一瞬で崩し、僅かな力で、その男は両足が空中に舞った。
そして、さらに前方にいた兵士めがけ、その男を投げ飛ばす。
俺に投げられた兵士は頭を床に打ちつけ。そしてもう一人も、男の踵を脳天に食らい、二人とも昏倒する。
気絶した二人を部屋の中に運び入れ、ロッカーの中に隠した。
一連の作業が終わった直後。
「あら、どうやら問題ないようね」
桜花の声が聞こえた。
「……まあな」
適当な返事を返す。
コンピューターの電源が起動する。桜花の声が聞こえたモニターは、電子的な数字や数式を高速で羅列していく。
「少し待ってて。もうすぐ映るわ」
その電子的な動作が止んだ直後、桜花の言ったとおり、侵入者の姿が現れた。
そして映りこんだ画面を、俺は目を疑った。
圭一?
レナ?
魅音、沙都子、梨花――、それだけじゃない。富竹や赤坂も、あの入江もいる。かなりの大人数で、彼らはこの施設の中を移動している。
「桜花! これはどういうことだ!? なぜあいつらがここに――」
「さあ? 知らないわ」
それは当然の返答だろう。
だが、もしや彼女が呼び寄せたのではという思いもあったからこそ、確認せずにはいられなかった。
「桜花。お前が、あいつらをここに呼んだわけじゃないんだな?」
「私が? なんのメリットがあって? 彼らをここに呼んで、何の得があるのかしら? むしろこの場合は――」
そうだ。この場合は。
「……デメリットのほうが大きい。仮にあいつらが拘束されれば、オセロットに人質に使われるはずだ」
「そうね。そしてそれは、あなたの任務遂行の妨げ以外の何者でもない」
それは、彼女にとってもデメリットのはずだ。
「なぜ来たんだ……圭一、レナ……みんな」
歯噛みしながら、俺はモニターを見つめる。
「もしかして、助けに来たのかしらね?」
「何?」

「あなたを」

桜花の意外な言葉に、俺は目を丸くする。
あいつらが……俺を、助けに?
「もしもの話だけどね。考えられないことじゃないでしょ? 彼らのお節介焼きは、あなたもよく知ってるでしょうし」
くすくすと笑いながら、桜花の声はそこで途切れ、映像もそこで途切れた。
なあ、大佐――このミッションは、今までで一番。
「……厄介な任務になりそうだ」
真っ暗なモニターを眺めながら、俺はそう零した。

242 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/07/04(日) 21:53:39 ID:g17yi11H
私達は子供だ。
まあ、ここには赤坂や入江や富竹もいるから、全員が子供だとは言い切れないのだけど。
それは疑いようの無い事実なのだし、どう言い訳しても騙せるものではないから、認めてしまったほうがいい。
そう。私達は子供。
だからこそ、私達は自分たちの弱さを知らなければならない。
私達がどうしようもなく子供で、弱くて、小さいものだということを、認識しなければならない。

……それは、私達の敵にも、言えることだが。

唐突に響く爆発音。
手榴弾のそれからは、爆風と人を殺傷する金属片が飛び出す代わりに、密度の濃い煙幕があたりを覆う。
「スモーク!?」
敵の一人が動揺した。煙幕によって私達の姿を確認できない敵が、闇雲に銃を乱射する。
「くそっ! 敵はどこだ!?」
「グレネードを投げ込んでやれ!」
動揺は更なる焦りを生み、焦りは判断を鈍らせる。
グレネードの起爆ピンに手をかけた兵士は、その時、自分の手元しか見えていなかった。
「――遅い」
自分のすぐそばで聞こえてきたその声に顔を向けた瞬間、その兵士は赤坂の拳に自分の顔面を殴り飛ばされる寸前を目の当たりにして――、意識を失った。
その刹那、更なる銃声が聞こえた。
兵士達のすぐ上から聞こえてきたその着弾音は、通路の照明を全て破壊し、彼らの視界を暗転させる。
「み、見えないっ!」
「退避だ! 退避しろぉっ!」
後退しようとした兵士達だったが、間髪入れず、赤坂が彼らの前に踊りだす。
赤坂の急襲に動揺した兵士達は、一斉にライフルを赤坂に向けようとして――背後にいた、私たちの味方であるジョニー達に拘束された。
「やったぞ! このエリアは掌握した!」
ジョニーが叫ぶ。その言葉を合図に、隠れていた私達は一同に顔を覗かせた。
「いやー、ほんっとすげえ銃撃戦だったな。この迫力ならどこぞの映画なんか超えるぜ」
圭一がふざけ半分に言う。
「うーん、でもおじさん出番なくて残念だったよ。それにしても富竹のおじさま、銃の扱い慣れてるねぇ」
魅音がそう言うと、富竹は、いやぁ、ははは、と相変わらず煮え切らない態度でお茶を濁す。
「それにしても、さっきは私達、ほんとうに出番がありませんでしたわ。活躍の機会がないなんて、部活メンバーとしては名折れじゃございません?」
沙都子が軽く息を吐いて言う。
「いやいや沙都子、あの状況ではおじさん達が動くのはかえって危険だよ。実戦に慣れているジョニーさん達や赤坂さんに動いてもらったほうが、一番確実だよ」
魅音が先程の戦闘を分析する。確かに、通路という閉鎖的な場所で、しかも銃撃戦を辞さないあの状態では、私達にできることを探すほうが難しい。
私達は、弱い。
だからこそ、自分たちの命を守ることを最優先し、隠れた。
それが、最も良い選択だった。

243 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/07/04(日) 21:54:50 ID:g17yi11H
「しっかし、なんだろなーこの緊張感! まるで部活中の隠れ鬼をやってる時みたいだったぜ!」
「うん! 魅ぃちゃんもしかして、こういう時のために、隠れ鬼ごっこをやってたのかな? かな?」
圭一もレナも、私達がスムーズに隠れることが出来るのを、魅音の部活の成果だという。
実際、そうなのかもしれない。
魅音が今までに行ってきた破天荒な部活の数々は、極限状態で行動するための確実な指針になっていた。
突然、電子的なコール音が響く。
ジョニーが持っていた通信機が作動している。
「こ、こちらジョニ……、いや、こちら“ひぐらし”状況はクリア、現在鳴いている」
ジョニーが言ったその言葉は、私達の間で取り交わした暗号だ。
ひぐらしは、私達のこと。魅音の言葉を借りれば、いわば本体、本丸のこと。
鳴いている、とは、私達に危機的な状況がない。と、いうことだ。
「そ、そうか……了解した」
通信を終えてジョニーがこちらを向く。
「いま“あぶらぜみ”から連絡があった。先のフロアまでクリア、移動可能だ」
あぶらぜみもまた、私達の仲間となった兵士達のチーム名だ。
「よーし、そんじゃ先に進もうかみんな!」
部長の決定に、おーう、と私達はそろって声を上げた。
こんな状況でも、明るく、希望を持った声で。
「……みんなに聞きたいことがあるのです」
ただ一人、羽入を除いて。
おずおずと、羽入が口に出す。
「ん? どったの?」
魅音が羽入に聞き返す。
羽入は、困ったような顔をしながら、言い出しずらそうに、口を動かす。そして深く息を吸い込んだあと。
「みんなは、本当によかったのですか?」
そう言った。
「よかったって……何がだよ?」
圭一が羽入に尋ね返す。
「みんなは、スネークを助ける。それが目的でここに来ました。……僕も、最初はそれが正しいと思いました。けど……、本当に、それでよかったのですか?」
羽入の声は、震えていた。
それは言葉として出してはいないけれど、皆には十分伝わった。
羽入は――、いや、ここにいる全員は、死ぬことについて、どう思っているのかと。
「正直に言います。僕は……怖いです。さっきの戦闘も、これから向かう先で起こることが何かわからないのも。さっきのような戦いがまたあれば、今度は、誰かが死んでしまうかもしれない……、そんないやな考えが、ずっと頭の中を駆け巡っています」
羽入の心配は、ここにいる全員の不安を代弁するものだった。
「スネーク、……先生は、潜入のプロだと、ジョニーさんも言ってました。それなら、僕達が行っても、かえって邪魔になるかもしれません。それなら、いっそ、ここで引き返すということも……」

244 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/07/04(日) 21:55:35 ID:g17yi11H
「……それは駄目だよ。羽入ちゃん」
羽入の言葉を、レナが打ち消す。
「え……?」
「ああ、レナの言うとおりだぜ」
圭一がレナの言葉を取り次ぐ。
「なあ羽入、……確かにスネークは潜入のプロだ。“気付かれずに敵地に入る”ってんなら、一人で十分だろ。けどな……」
「……けど?」
「ここは俺達の雛見沢で、俺達が暮らしてる場所だ。だから俺達が、ここで起きたことを見届けないでどうするってんだ?」
雛見沢の人間だからこそ、この先の未来を見届けたい。そう、圭一は決意の篭った眼差しで言った。
「……で、でも、そのためにみんなが犠牲になったら……」
「それにね、羽入ちゃん。レナ達に隠れられる場所なんて、どこにもないよ?」
「え?」
「そうだね。私達はどうであれ、スネークと同じ敵に歯向かった。それなら、敵がこのまま見逃すとは思えない。家に帰って日常に戻るなんてことは、この戦いが終わらない限り訪れない」
魅音が、自分たちの状況について口を挟んだ。
「そ、……それなら、魅音さんのお家の地下室に篭って、じっとしているというのは」
「……それも無理だ。あれだけの力を持った敵だよ。その戦い方は通用しない」
どんな巣穴に隠れようとも見つけ出される――さながら、猟犬に睨まれた兎のように。
「だからこそ、私達から攻め込んだんでございましょう?」
挟み撃ちを避けるために来た道にトラップを仕掛け終わった沙都子が、にやっと笑って言った。
「その通りだよ沙都子。向こうは私達を子供の集まりだと思っている。そこが私達の最大の強みさ」
「ああ、そんな間違った認識しか持ってないってんなら、そいつは改めさせてやらなきゃな。俺達はただの子供じゃない。雛見沢最強の一個戦隊だってことをな」
私と、羽入以外の全員が、笑顔で答えた。
「……はい。僕は、みんなを信じてます」
それは、羽入の……いや、私達の不安を掻き消すのに、十分すぎる力だった。
私は羽入の傍に近づいて、そっと囁く。
「ありがと、羽入」
「なんのことですか?」
「あなた、みんなが不安を隠してないか知りたくて、あんなこと言ったんでしょう?」
「……怖いのは事実ですよ。それよりも、みんなが意外なほどしっかりしていて、そっちのほうがびっくりしたのです」
不安を持つ――それは、私達にとって、致命的なこと。
雛見沢症候群を引き起こす可能性を広げるものだ。
だから羽入はそれを知りたかった。この戦いにおいて、その致命傷をもつ者がいるのかと。
しかし――、それは杞憂に終わったようだ。
今のところは。

245 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/07/04(日) 21:56:26 ID:g17yi11H
「待ってくれ皆、ここで少し休憩しよう」
通路の先頭に立って歩いていたジョニーが、急に立ち止まり、全員に対してそう言った。
「休憩? どうして?」
魅音がジョニーに尋ねる。
「魅音、察してやれよ……」
圭一が魅音の肩に手を置いて言う。
「え? え、あ、あーー、そっかそっか。……ど、どうぞごゆっくりー」
「え? あ、ああ、そう」
ジョニーはそう言いながら、居住区の一室に入っていく。
圭一達は知らなかったことだが、ジョニーはその時、トイレではなく。
すでにその部屋には、入江と富竹、そして赤坂が入っていた。
「ジョニーさん、貴方に言われたとおり、集まりましたが……何かあったんですか?」
入江がジョニーに尋ねる。富竹も赤坂も、その内容について耳を傾けた。
「ああ、実は、……“あぶらぜみ”の通信が途絶えたんだ」
「それは、本当ですか?」
今度は富竹が尋ねる。
「本当だ。向こうの通信機が全く作動していない。それはつまり――」
「すでに、彼らは全滅している……と、いうことですか」
赤坂が言った言葉に、入江と富竹の表情は悲痛なものになる。
「それなら、このまま先に進むというのは」
「敵と遭遇する可能性が高い。だから別ルートで迂回しようと思う。それと――」
「それと?」
「これだけの大人数だと、敵に遭遇した時に不利になる場合がある。だからここからは分散して進んで、後から合流しようと思う」
「……確かに、僕達は少々多すぎる。敵地ではあまり良い編成ではないな」
富竹がジョニーの意見に賛成した。
「しかし、子供達は納得するだろうか」
赤坂はそう言うが、他に良い代案があるわけでもない。
「子供達には納得してもらうしかない。分散するといっても、少しの間だけだし、そんなに心配することでもないと思うんだ」
「そうですね……」
赤坂が納得すると、入江がおずおずと手を挙げた。
「あの……それなら、少しお願いがあるのですが」
「なんです? 入江二佐」
「すいません……軍籍で呼ばれるのは慣れてないんですが……まあそれはともかく、実は、寄り道したいんです」
「どこです?」
「この居住区……つまり人がいる場所なら、必ず医務室があります。……そこに」
「入江先生……まさか」
富竹が察したように、入江に声をかける。
「はい。……雛見沢症候群の抑制薬を手に入れたいんです」
「雛見沢……症候群?」
ジョニーが聞き返す。
「ええ、一種の風土病です。過度の恐怖や不安が、パニック障害をはじめ、様々な症状を引き起こします。このような極限状態なら、誰がいつ発症してもおかしくないんです。……だから」
「先生だけでは危険です。……僕も行きますよ」
富竹がそう言うと、入江は。
「いえ、富竹さんを巻き込むわけには」
「なに言ってるんですか。お互い仲良く拘束されてた仲じゃないですか。ここまで来たら一蓮托生ですよ。それに、僕も試したいことがあります」
「それは?」
「“番犬”への連絡です。通信網が遮断されていたとしても、敵の中枢ならそれがないかもしれません。試してみる価値はありますよ」
「それでは……」
「ええ、僕は通信施設へ。入江先生は医務室へ。赤坂さんとジョニーさんは子供達と一緒に先へ向かってください」
富竹の提案に、赤坂はゆっくりと頷く。
「わかりました。気をつけてください」
「そちらこそ」
赤坂が差し出した手を、富竹が握る。
その上にジョニーが手を載せ、最後に入江が手を置いた。
――必ず、生きて、また会おう。
男達の約束は、それで十分だった。

246 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/07/04(日) 21:57:33 ID:g17yi11H
「はいはーい! それじゃみんなでくじ引くよー。赤い印があった方がAチームだからねー」
魅音の仕切りで、私達は2つのグループに分かれる。
そのほかにも、入江と富竹は別な目的で動くようだった。
「監督ー、富竹さんもまた捕まらないでくれよー!」
「ははは、……そうだね。今度はそうならないようにするよ」
「僕達にも何人か兵士の人達がついてくれます。圭一君達こそ、気をつけてください」
「わかってるって! じゃ、また向こうで会おうぜ!」
「うん! じゃあまた!」
手を振って、お互いに別の道へ向かう。
この先、どんなことがあろうと。
私達は全員で彼の元にたどり着く。
そう、強く決意していた。
……決意、していたんだ。

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最終更新:2010年10月08日 00:03