「スネーク先生は、……何を私達に隠しているの?」
どこか問い詰めるような口調。
刃物のように人を傷つけるものでは無いが、鋭さがあった。
「隠し事があるのでは無いのか」といった曖昧な物では無く、「隠し事をしている」と断言しているからだ。
「レ、レナ? 何を言って……」
「ごめん圭一君、少し待っててね。……正直に言うと、私はずっと前から先生が隠し事をしているんじゃないかと思ってた。
盗み聞きしていた訳じゃないんだけど、……保健室で岡村君と話していた時」
スネークの表情が僅かに変わる。
「話の内容はあまり聞こえてなかったけど、スネーク先生の口調と、漏れて聞こえた不穏な言葉。
それと、職員室で知恵先生と何か話していた時も。上手く言葉で言い表せないけど……、何か大事な事を隠されているような気がしたの」
少し申し訳なさそうな表情になりながら、レナは続けた。
「スネーク先生は沙都子ちゃんを助けてくれたし、学校のみんなとも遊んでくれた。レナ達部活メンバーとも勝負した。
すごく楽しかったし、いい人だって思うよ。……だからこそ気になるの。何か、私達に言えないような、大きな隠し事があるんじゃないかって」
スネークとレナの視線が、はっきりと合う。
「今だって、何か別の事を考え込んでいるように見えた。……スネーク先生が私達の力になってくれたように、私達もスネーク先生の力になりたい。
全部とは言わないけど……、少しだけでもいいから、スネーク先生の『隠し事』を、知りたい。レナの気のせいだったら、それでいいから」
レナは全てを言い終わって、沈黙した。
他の部活メンバーや赤坂も、それを見守っている。
――――蛇の返事を、皆が待っていた。
◇
……いずれ、こうなるだろうとは思っていた。レナの鋭さに恐怖を覚えたことすらあったからだ。
だが、いざこの状況に直面してみると、それとは別の「恐怖」に似た感情に襲われた。
――――自分の正体を、子供達に明かす。それも自分の口から。
自分の本職は……、子供達に夢を与える教師などでは無い。一般人が就く職ではない。
それは――傭兵だ。
兵器を扱う。時には人を殺す。戦場で生きる。彼らとは別世界の人間なのだ。
雛見沢に来た目的は、大量破壊兵器である「メタルギア」の発見と破壊だ。最初に、彼らに会った時から騙していた事になる。
――それを空かす。
彼ら……、子供達は、今までと同じように自分を受け入れるだろうか?
体育の授業で遊んだ時も、エンジェルモートで白熱しあった部活の時も。常に正体や身分を偽っていたのだ。
あの時は純粋に楽しんでいたりもした。
しかし――俺も、「ブカツ」メンバーを疑った時もあった。
完全に信頼しきれていない偽った関係。
今は違うと言えども、……その事実を聞かされて、子供達は今まで通りに振る舞うだろうか?
「オセロットとリキッドは、何を目的として動いているんだ?」
「……まだ全貌は掴めていない。オセロットはメタルギアの開発に協力し、リキッドはそれを奪おうとしているようだ」
「となると、オセロットは鷹野達と組んでいるんだな」
「恐らくそうだ。診療所での研究は新型メタルギアに搭載する兵器と関係があるらしい」
――想像は当たっていた。
この土地の風土病である、「雛見沢症候群」を搭載した新型メタルギア。数少ない情報を集めた結果、導き出された結論だった。
お魎が風土病の研究所を知らないのも無理はないだろう。梨花の話によれば、村民にはずっと隠されてきたものだからだ。
脳裏に、詩音の事が頭に思い浮かぶ。
圭一達には彼女の事を話していない。……詩音は大丈夫だろうか。
オセロットに捕まったとすれば、診療所地下にいるだろう。沙都子と一緒に救出されてくれればいいが……。
「リキッド側の勢力は?」
「数は少ないが、部下がいる。奴らがどこを拠点として活動しているのかは不明だ。だいたいの見当は付いているが」
「……そうか」
いずれ、奴にも会うことになるだろう。
メタルギアを破壊しただけでは帰れなそうだ。オセロットもリキッドも始末し、「永久機関」とやらで元の時代に帰らなければならない。
気が遠くなるような話だが、……やるしかない。
「質問攻めにして済まない。互いの任務に戻ろう」
「ああ。……スネーク、気をつけろよ」
分かったと頷いて、かつての戦友、親友へと左腕を突き出した。
フォックスもスネークの意図を理解し、左腕を絡ませる。
それは軍隊式の挨拶だった。どこか懐かしさがこみ上げてくる。
「死ぬなよ」
「二度目は無い。少なくとも、次に会うまではな」
――そして、二人は闇に姿を消した。
19:36
いつの間にか眠ってしまったらしい。2時間も寝てしまったので、少しだけ気持ちが落ち着いた。
奴は私に「協力しろ」と言った。これから何をさせられるんだろう。
こうして人質である事が「協力」? ……駄目だ、分からない。
限られた情報を整理し、出来る事を考えよう。
東京→小此木が所属。強大な組織で、Aと協力関係。実態は不明。
組織A→オセロットが所属。強大な組織。連続怪死事件に関係? 蛇と何かしらの関係がある。
悟史くんをおかしくしたのもこいつらに違いない。
組織B→リキッドが所属。組織の全貌は分からない。Aと対立。(おそらく東京も)
悟史くんのような人間を利用しようとしている?
雛見沢は田舎なのに、これだけの「組織」がひそかに蠢いている。
所属している人物が10人なのか1000人なのかも分からない。
ただ一つ分かるのは、こいつらは人の生死を何とも思っていない事だ。目的の為なら手段も選ばない。
……悟史くんが失踪した時、園崎家を疑った事に後悔する。
敵はもっと強大で、私のような小娘が立ち向かう事が愚かしい程の相手なんだ。
19:42
壁の隙間を探した。床に抜け穴がないか探した。天井にも何かがないか探した。
見張りの兵士が持っている、鍵か武器を奪える隙が無いかじっと待った。
…………あるはずがない。
分かってる。この状況で足掻いても無駄だってことは。
私が死んだとしても自業自得だけれど、悟史くんには何の罪はない。
妹思いの、優柔不断で、はにかんだ笑顔が似合う、優しいお兄さんだったじゃないか……。
どこぞの組織に利用される理由はどこにも無い。
せめて彼だけは助けたい。
20:00
もう8時だ。何も起こらず、起こせないまま、こんな時間になってしまった。
さっき寝てなければ、何か行動出来たのかな?
……妙に静かで怖い。イライラする。手首が痒い。
20:23
遠くで叫び声のような物が聞こえた。急に騒がしくなった。
20:35
何か騒ぎが起きている、行動するなら今しかない。
悟史くん、私に勇気を分けて。
「…こんばんはなのですよ。ボクの沙都子に会いに来たのです。」
だがそこにいたのは屈強な軍人でも警察でもなく、一人の少女。
そう、人質を使っておびき出せと指示されていた――古手梨花がいた!
一瞬、呆気にとられたが梨花を捉えるべく、兵士が叫ぶ!
「古手梨花だ! 撃つな、拘束しろ!」
扉の内側から兵士達が飛び出し、梨花も走り出す!
一度は追い詰めた相手だ、盾に出来れば狙撃はされない!
そう確信した山狗が、……ふわりと宙に浮き、吹き飛ばされた。
山狗を吹き飛ばしたその男は、梨花を捕まえようとする男を、また一人手刀で沈めた……!!
その間に梨花はちゃっかりその男の後ろに回り込んだ。
兵士達は、どこからか現れた男に対して身構える。
雲から姿を現した満月が、男の顔を照らす。
……拳を握りしめて立ちふさがる男の表情は、……彼らが束になっても敵わない事を示していた。
その男と自分達ではあらゆる経験、場数が違いすぎる……!!
「梨花ちゃんには、……指一本触れさせないッ!」
赤坂、梨花の二人で構成される赤坂班は、外におびき出された兵士を各個撃破する為のものだった。
梨花はちょこまかと走り回り、敵を揺動する。
敵にとっては梨花が死なれると不都合なので、必然的に銃が使えなくなる。
素手かナイフで立ち向かおうとする敵を、徹甲弾と見紛う程の威力の拳が襲う。
……戦力の差があるはずなのに、圧倒的だった。
万が一、入り口付近から敵が沸いても、魅音が狙撃出来る。
あっけない程に、ばたばたと敵は倒れていった。
「……ここまで強いと、俺らの出番が無いな。」
「はぅ、きっと地下では戦えると思うよ。」
「すごく地味なお仕事なのです……」
圭一班に所属する圭一、レナ、羽入は、手持ちぶさただった。
彼らの主な役割は、内部に潜入してからのものなので、この状況では暇なのだ。
下手に闘いに加わると邪魔になってしまうので、そこらに倒れた兵士達を手錠や縄で拘束するぐらいしか仕事が無い。
武器を奪い、敵を無力化する。それだけでも十分な活躍と言えるだろう。
『こちら赤坂班。敵を殲滅した。』
『魅音班了解。それじゃあ第二段階へ移行だね!』
赤坂班、圭一班、魅音班が診療所の内部へと突入する!
まず向かうのは――最初に倒した山狗が眠っている、あの部屋だった。
富竹は、それでも沈黙を保っていた。
鷹野を気遣っての事だった。勿論、監査役として協力する訳にはいかない。
だが、今の鷹野は疲れ切って憔悴している。富竹は、ただ一人の『富竹ジロウ』として彼女の事を思いやっていた……。
静寂を破るように、内線音の呼び出しが響く。
鷹野は軽く咳払いをし、発声練習をしてから、受話器を取った。
「鷹野よ。………………何ですって? もう地下に来てると言うの!? ……たった7人相手に何をしているの?
オセロットの私兵部隊はどうしたのよッ!? 山狗は? ……人質を利用しなさい!! …………はぁ?
逃げられたって……、…………何よそれなんの為におびき寄せたの!? もういい、私が行くわ!!」
先ほどの落ち着いた様子とはうって変わって、受話器に怒鳴り散らす鷹野。
……そして怒りを抑えるように、…………彼女はぎゅうっと強く、……腕に爪をたてた。
その様子を見て、富竹は思い当たる事があり、はっと顔を上げた。
がちゃり、と乱暴な音を立てて鷹野は受話器を置く。
「……さようなら、ジロウさん。私は行かなければならないわ。…………またお話出来るといいわね……。」
そしてそのまま、振り返る事無く、小走りで部屋を後にした。
「沙都子ッ!! 沙都子おおおおおおおお!」
「…梨ぃ花あああああああああ!」
走ってきた梨花と、レナから解放された沙都子が、強く抱き合った。
――何年も暮らしてきた親友。梨花にとっては百年以上にも渡る、大親友だった。
梨花が沙都子の前から姿を消したのは、半日以上前の事だった。
お互いがお互いに、危機的な状況にあった中、無事に再会出来たことは大きな喜びをもたらした。
「無事で良かったのです……ごめんなさいです、黙っていなくなったりして……」
「今度はもっと早く話して下さいまし……私も捕まっていまいましたから、おあいこですわね」
二人の少女は顔を見合わせて笑う。気持ちの切り替えがとても早かった。
「あとは富竹さんと監督だね! 羽入、その二人はどこにいるんだっけ?」
「富竹はそこの突き当たりにある左側の部屋、入江はこっち側の通路を右に曲がった所の部屋です! 山狗が言っていました!」
実際、羽入は姿を消して目で見てきたのだが。
「まずは富竹さんからだね、すぐに行こう!」
「おい魅音! こいつはどうする?」
圭一がジョニーを指差す。
「圭ちゃんに任せる! 葛西と赤坂さんがあそこに残っている以上、戦力は多い方がいいしね」
「了解だぜ! ……おい、こっちに来い」
圭一はジョニーを近くの部屋へと連れ込んだ。
「な、何をする気ですの……?」
「……洗脳・搾取・虎の巻なのです。にぱー★」
「軍人ではなく――兵士として、人間としてあんたに従う」
ジョニーは立ち上がって言う。
『口先の魔術師』圭一はそれを見て笑顔を浮かべた。
――彼は内心、安堵していた。山狗の説得と、本場の兵士の説得は趣が異なるからだ。
山狗とは違い、兵士の方が力の使い方も武器の扱いも断然手慣れていた。
説得に失敗し、敵に回してしまったら恐ろしいことになる。
だが、これでこちらの戦力が増えた、と彼は安心していた。
「……まさか子供に諭されるとはな。まあいい、この任務には元から乗り気じゃなかったんだ。――名前は何て言うんだ?」
「俺の事は――Kと呼んでくれ」
コードネームか、とジョニーは納得した。
教えられた呼び方が本名でなくとも、ジョニーは圭一の事を完全に信用していた。
いくら沙都子に翻弄されていたとはいえ、彼は元エリート兵だった。
圭一が考えているように、かなりの戦力になる。さらに敵の事情にも精通している。
「任務を与えてくれ! K――」
ただ一つの難点と言えば――。
「うおぉぉぉおおっぉおおおおおおおお!? は、腹があああああああああああ!!」
――腹の調子が人よりも数百倍悪いことだった。
信じていた物にすら裏切られ、鷹野は怒鳴ることも、指示を出す事も止めてしまった。
その場に居た山狗は顔を見合わせる。
「……小此木はどこに居るの?」
「Rの捕獲の為に出向いていましたが、……そろそろ戻ってきていてもおかしくないはずです」
「当たり前でしょ、どうして古手梨花達が、先にこっちに来てるのよ!!」
頼りになるはずの小此木の姿すら見えず、鷹野の苛立ちがますます募る。
――圧倒的に戦力が足りない。頼れる「味方」が少ない。どうすればいいのか。
ヒートアップした頭をクールダウンさせるべく、鷹野は考える。
頼れるものは自分自身しか無い。
その自分が暴走してしまっては、何も意味が無い……。
普段のようにヒステリーを起こしすぎず、考えて、出た結論は――。
「……ここを捨てるわ」
鷹野にしては意外な、「切り捨てる」という結論だった。
「しかし、三佐――」
「……裏切りが出てしまった以上、この戦力で戦うのは厳しい。……けれど、まだ巻き返せるチャンスはあるはずよ!
『例の場所』に移動して、私兵部隊を借りるの! あっちの警備に手を取られてこっちが手薄になったんだから、向こうにも責任があるわ!
私はまだ諦めていないし、ここにいる貴方たちを捨てるつもりもない。降伏は絶対にしない!!」
鷹野は室内をぐるりと見渡す。
「一旦戦力を補充して、それから立て直すのよ、いいわね!? これが『逃亡』だなんて考え無い事!
『例の場所』はここから車で行けばそう時間が掛からないわ。……早く準備しなさい、移動するわよ!!」
室内にいた、数名の山狗はばたばたと準備を始める。
――悪あがきにしか見えない鷹野の行動。
それが、後に意外な結果を引き起こすことになるとは、誰も知らなかった。
135 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 22:26:11 ID:q7/ctyEt
◇入江診療所 一階
私達は沙都子、入江、富竹を救出し、山狗を制圧したので、地下から出て一階に来ていた。
作戦は大成功し、おまけに仲間が増える事になった。皆、勝利の余韻を味わっている。
私も色々と楽しみつつ沙都子と再開出来たので、言う事無しだ――と言いたかった。
――入江の言葉が気になっているのだ。
圭一の快進撃、というより洗脳撃で奥へ奥へと進み、富竹を救出し、入江を救出した時の事だった。
助けてくれた事への感謝もそこそこに、隙を見計らって入江は私に話しかけた。
「悟史くんを見かけていませんか?」
「悟史、ですか?」
どうしてこのタイミングで悟史が、山狗は彼に手を出さないんじゃないか、とその時の私は不思議がった。
入江は周りを見渡し、声を潜めて言う。
「実は……、何者かに連れ去られてしまったようなのです」
「えっ……!!」
大声を上げてしまいそうになって、ここには沙都子もいる事を思い出し、かろうじて叫びを飲み込んだ。
――悟史が連れ去られた!? どうして?
またも「イレギュラー」が起こってしまったのだ。
「……本当に申し訳無いと思っています。連れて行かれたのは、スネークさんと前原さんがお見舞いに来た日の事でした。
突然、オセロットと名乗る外国人が現れて……。彼は悟史くんの状態や、この診療所の事も詳しく知っているようでした」
オセロット。聞き覚えの無い名前だ。……けれど、心の奥底、記憶の片隅で「何か」が引っかかった。
過去の私が、記憶に残らない範囲で関わったのかもしれない。
「そのオセロットという人は、どうして悟史を?」
「『歩かせるようにする』『友人に会いに行けるようになる』と言っていましたが、詳しくは分かりません……。
ただ気になるのは、オセロットが『鷹野の知り合い』と名乗った事です」
外国人。スネークと同じ、動物の名前(コードネーム)。
記憶の片隅にあるカケラ。歪な世界。イレギュラー。サイコロの1。
そして、鷹野の知り合い――つまり、鷹野の仲間。
頭の中で、小さなピースがかちり、かちりとはまっていった。
「……分かりましたです。沙都子が傷つかない範囲で、しっかり探して助けたいと思います。オセロットという人には注意します。
必ず……、必ずボク達が助けて見せますです」
とりあえず入江を安心させようと、精一杯の強気の言葉を並べた。
入江は、それが気休めのものに過ぎないと分かったのか、お礼は言った物の弱々しい笑みを浮かべていた。
136 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 22:27:28 ID:q7/ctyEt
そして今に至る。
考えても、奴らが悟史を利用する理由は思い浮かばなかった。
ただ一つだけ、ある事が浮かんだ。
――スネークの「敵」は、「東京」と通じているのではないのか、という結論だ。
この袋小路の世界で、蛇のカケラがもたらした物は数知れない。
彼の世界とこの世界のカケラが様々な現象を引き起こしている。
オセロットという人間もその副産物である可能性がある。
彼があえて鷹野の「知り合い」を名乗ったのなら、オセロットは鷹野の、つまり東京の仲間と考えられる。
だけど、確信は一切持てない。そもそも私は彼の本来の任務を知らない。
「オセロット」なる人物も、スネークの知り合い、もしくは敵かもしれない。名前だけで判断しているけれど。
フォックスと名乗った謎の忍者(?)も、スネークの親友だった。ならばオセロットも……、と考えるのは甘いだろうか。
みんな動物の名前だし、あり得るかもね、とぼんやり思っていた。
「これから番犬に連絡を取ろうと思います」
私がうんうん考えている間に、話が進んでいたらしい。
富竹がそう宣言して、皆が頷き合った。
番犬部隊の説明はもうされたらしく、それなら安心だ、と言う表情を浮かべていた。
「番犬部隊はプロだと聞いています。鷹野さん達が捕まるのも時間の問題のはずです」
「……申し訳無いです」
まだ不安そうな表情だけれど、入江が言った。
そして鷹野を捕まえられなかった事に対して、葛西が謝罪する。
――そう、私達は鷹野を取り逃がしてしまった。
部活メンバーが人質救出に躍起になっている際に、診療所を捨てて逃げたらしい。
地下と一階を繋ぐ階段付近には葛西が居たが、それでも逃がしてしまった。
反撃してくるものだと思ったらしく、ショットガンを威嚇として撃ち込んだが、その隙に弾幕を張られ階段の方へ行ってしまった。
さらに撃ちつつ追ったが、山狗が二人程降伏しただけで、鷹野達は意に介せず外へと向かう。
また追おうとしたが、傷が痛みそれ以上は無理だった――と、葛西が言っていた。
鷹野の性格的に、無茶をしてでもこっちに突っ込んでくるだろう、と判断して出入り口付近の堅め方を甘くしていた。
彼女を甘く見たこっちのミスだ、葛西のせいではない。
……と言うより、本来なら入院、という傷を負いながら、ショットガン何発もぶっ放した葛西に私は驚いた。
赤坂が強いのは知っているが、葛西もここまで無茶をやれる程強いとは知らなかった。
とりあえず興宮に行って番犬に連絡を、と皆が出口に向かった時、一人の人物がその場に「舞い降りた」。
「待て」
銀色が暗闇の中に浮かび上がり、皆が一斉に警戒する。
彼の姿を認め、皆の警戒が解けた。葛西と入江、富竹、沙都子は謎の人物の登場に訝しんでいるようだった。
……私も、この人物だけは未だに全容が掴めていない。スネークの親友らしいが、どこまで信頼していいのか。
「番犬とは連絡が取れない。連絡網が遮断されている」
彼――グレイ・フォックスはそう言った。
137 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 22:28:43 ID:q7/ctyEt
「遮断だって……!? それに、貴方は一体? どうして番犬を?」
見知らぬ謎の人物がいきなり放った言葉に対して、富竹が驚く。
「……説明は後にさせて貰う、トミタケ二尉にイリエ二佐」
「なっ……!!」
今度は入江が絶句する番だった。私も驚いた。同時に、さっきの言葉が嘘ではない事が分かった。
このフォックスという男は、富竹と入江の肩書きを知っていて、更に東京とも通じている?
スネークと同じように、本来なら「この世界にいるはずの無い」男がどうしてそこまで関わりを持っているのだろう。
……また分からない事が増えた。
「通信網事態が遮断されている。雛見沢で試しても、興宮で試しても駄目だ。全く連絡が取れない。――これからどうする?」
ああ、またイレギュラーな事が起きたんだ。もはやイレギュラーが多すぎてイレギュラーで無くなってきている。
番犬を呼ぶことがチェックメイトだったのに、それがひっくり返された。
鷹野はまだ息を潜めている。一体どうすれば、……どうすればいいの?
「どうするかなんて、決まってるよ」
私の不安を余所に、魅音が明るい声を出した。
「……私達は、私達に出来る範囲の事しか出来ない。でも、番犬と連絡出来なくても、まだやれる事があるでしょ?」
魅音が部活メンバーの顔を見る。
彼女が何を言いたいのか、薄々分かってきた。
「スネークを助けに行こう!!」
全員、その言葉を待っていたかのように、頷いた。
「でも魅音。スネークってどこに向かったんだ?」
「あー……そこまでは分からないなあ」
圭一の質問に対し、魅音はぼりぼりと頭を掻いた。私にもスネークの居場所は分からない。
片っ端から探すにしても、雛見沢は狭く無い。彼が行きそうな所はどうやったら分かるんだろう。
「簡単だ」
フォックスが言う。
「居場所を知っている奴に案内させればいい」
そう言って、フォックスはある人物を見る。その人物とは――。
「……え? お、俺??」
成り行きでここまで付いてきている、さっき仲間にした兵士――ジョニーだった。
138 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 22:29:36 ID:q7/ctyEt
……結局。
俺たちは、スネークの居場所を知っているという、ジョニーの案内の元で行動する事になった。
ジョニーが案内する所は、ある兵器の開発現場らしい。
フォックス曰く、スネークの任務はその兵器と関係があるらしい。
この雛見沢で、そんな恐ろしい事が行われているなんて、ちっとも知らなかった。
フォックスも兵器絡みの事を色々と調べていたけれど、場所の特定までは無理だったようだ。
だから、実際に兵器がある場所に行った事がある人間――ジョニーに案内させよう、という事になった。
仲間にしておいて良かった、と心の底から思う。こんなキーパーソンだなんて、あの時は想像が付かなかった。
フォックスは、またどこかへと姿を消した。俺たちの見えない所で、スネークとみんなのサポートをしてくれているのかもしれないな。
葛西さんとは別れることになった。
葛西さんはまだついていく、と希望していたが、魅音の心配と説得に折れたのだ。怪我してるのに、無理させちまったからな。
それと、監督を園崎家で匿おう、って話が出た。
敵から奪った銃もあるし、診療所にいた山狗は俺たちが武器を奪って手錠をしておいた。
監督は敵に狙われる立場だけど、園崎家に入ってしまえば大丈夫だろう、という結論だった。
……でも、監督はそれを断った。さっき魅音が言ってたように、「自分が出来る範囲事をやりたい」そうだ。
俺たちはすぐに承諾した。沙都子が診療所へ一人で行くのを決めた時と同じことだった。
監督は、診療所にある薬品や包帯を持てるだけ持ってくれた。
万が一の時、応急手当がすぐに出来るように、だ。長期戦になるなら、大事な役割となる。
ちなみに俺達は徒歩でスネークを助けに行く。
診療所に残っている車が監督の車しか無いって事と、監督の車じゃ全員が乗れないから、歩きだ。
案内役がいるから、暗くても迷わない……はずだけどな。まあ、あの辺りには俺たちも行ったことがあるし、何とかなるさ。
「……皆さん、お願いがあります」
別れ際に、部活メンバーに葛西さんが声を掛けた。
「この件関係ないとは思いますが……、もし詩音さんを見かけたら、助けてあげて下さい」
「え? 詩音って体調不良で休みだったんじゃあ……」
「どうも、厄介事に巻き込まれているようです。私が止めても止めきれず……。万が一の時は、よろしくお願いします」
葛西さんが頭を下げた。よほどの「厄介事」らしい。
「分かった分かった、私がふん捕まえてとっちめておくから! だから安心してゆっくり休んでね!」
魅音の言葉に対し、ありがとうございます、と葛西さんは頭を下げ、車へと引き返していった。
――後は、スネークを助けに行くだけだ。
詩音の厄介事がどれ程の物か分からないが、詩音もいたら皆で助けよう。
何か抱え込んでいたみたいだからな。それで悪い奴らに騙されてスネークを閉じ込めたんだろう。
助けてから、仲間に相談すれば良かったんだ、って説教してやればいいさ。
俺は――これから起こる事を、それぐらいにしか、考えていなかった。
139 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 22:30:41 ID:q7/ctyEt
「ねえ羽入。どう思う?」
「詩音の事……ですか」
私と羽入は、部活メンバー+α一行の、後ろの方を歩いていた。
他の人に気づかれないよう、ひそひそと話す。
「綿流しの時、詩音がスネークを閉じ込めたみたいね。それに厄介事、と来たから……」
「あう、鉄平も死んでいますのですし……、結構危険な状態なのです」
「鉄平が死んだって……あんた、どうしてそういう大事な事を言わないのよ! キムチの刑決定ね。鉄平が死んだのはいつ!?」
「つ、伝えるタイミングが掴めなかったからです! 死んだと聞かされたのは、綿流しの日の翌日なのです!!」
……何という事だ。これはかなりまずい。
「じゃあ、詩音は発症しているの?」
「……綿流しの前日から、そういう気配はしました。でも今は分かりませんのです……」
「分からないって……、どうして?」
「居場所が掴めない、というか……。こんな事は初めてなのです。この袋小路の世界に関係してるかもしれないのです」
「とか何とかいって、ただあんたが怠けていただけじゃないの?」
「あうあうあぅ! 違うのです、僕も頑張ってますのです!!」
ちょっとからかってやると、面白いぐらいに羽入はムキになった。
勿論、羽入の努力を私はたくさん知っている。ただの冗談だった。
「これから向かう所に、詩音がいてくれればいいけど……嫌な予感がするわね」
「僕もそう思いますです……」
オセロットという謎の人物。
連れ去られた悟史。
なぜか東京の事情に詳しいフォックス。
おそらく、誰かに殺されたであろう鉄平。
「厄介ごと」に巻き込まれている詩音。
スネークの敵と、鷹野達の繋がり。
様々なイレギュラーの要素が、絡まり合い、複雑になって行く。
――鷹野を捕まえたとしても、終わらない。まだ終わっていない。
不確定要素は、喉に刺さった魚の小骨のように、じわじわと不安という名の痛みをかき立てていった。
144 名前: ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2010/03/21(日) 16:44:12 ID:6CIdpHB9
TIPS「Kの固有結界~ちょっとだけ蛇足編~」
意気揚々と目的を達成した勢いで、子供達は次の目的地へと駆け出す。
その目に溢れているのは、どれもが希望に満ちていた。
これから赴く場所は死地に違いないというのに。
まるで、この中の誰もが死にはしないと叫ぶが如く。
「いい奴らだよなぁ」
そう、先頭に立って走っていた男が呟く。
「……ああ、いい奴らだ」
その隣を走っていた男が、それに応えた。
彼等は共に、銃を握り締めている。
戦場を駆けることを旨とする兵士――彼らはともに、元いた組織を離脱し、子供達と運命を共にする。
普通に考えれば、なんと愚かなことをしたことだろう。
巨大な組織を裏切っただけならまだしも、さらに牙を剥くとは。
ただで済むわけがない。
そんなことは解りきっていた。
しかし、そんな現実は、この男達を止める理由にならなかった。
彼等の胸の奥には、一人の少年によって熱く燃え上がる[理想]があったからだ。
この理想は、寒々とした現実を吹き飛ばす。
まさに彼等には、命を賭けるに値するものだった。
「……俺は、全力であいつらを守る」
男の一人が、そう言った。
前に進む足は限りなく力強く、銃を抱える腕は熱く血を滾らせる。
ここにいる漢共は、自らの中の誓いに、己を奮い立たせていた。
「……よっと、ほらほら圭ちゃん。ご新規様一名いらっしゃ~い」
魅音が楽しげに昏倒した兵士を引きずってきた。兵士はモシン・ナガンの麻酔弾を首筋に受けて、その戦闘力を奪われていた。
「おっ! さんきゅー、魅音」
圭一がにかっと笑って応じる。そうして圭一はまたもや、作業と化した「説得」の準備を始めた。
形成は完全に逆転していた。
もはや敵は反撃できるほどの余裕は無く、また反撃を行おうとする者は消え失せていた。
この圭一達の前に連れて来られた者達は皆――、彼らと共に立ち向かう味方となるか。
そうでなければ、お話の終わりまで眠っていてもらうか。
その選択を強いられるのだ。
そして、ここにまた一人、審判を受ける者が来た。
「う~ん、圭ちゃん、この人はエンジェルモートの来店暦が無いねぇ」
魅音が兵士の財布をまさぐりながらいう。エンジェルモートは一度でも来た客にはサービスカードを渡している。リピーター率がすこぶるよいエンジェルモートでは、カードを捨てる人間は滅多に見ないことから“カードの所有=常連”の図式が成り立つのだった。
……ちなみに、この方法で「説得」した人間は二桁に上る。
「ホビーショップや町で見かけた方でもございませんわねぇ……。一体普段、この人は何をしてらっしゃいますのでしょう?」
沙都子が首を傾げる。狭い雛見沢や興宮で見かけたのならば、多少なりとも覚えていることがある。
だが、この男は全くの新顔であった。
「はう……もしかしてこの人、引きこもりさん、なの、かな? かな?」
レナが男の顔を眺めながら、やはり面識が無いことを確認する。
「あっ……! こいつ……」
そんなハテナマークが乱立する場所で、『知っているのか!』と言われんばかりのリアクションを取る男。
……ジョニーだった。
「お、ジョニーやっと戻ってきたのか。腹はもう大丈夫なのかよ」
「あ、ああ……まだ少しグルグルいってるけどな……」
やや、前かがみの姿勢でジョニーが男の顔を見ようと近づいてきた。
145 名前: ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2010/03/21(日) 16:47:15 ID:6CIdpHB9
「ああ、やっぱりこいつか」
腹をさすりながらジョニーが言う。
「知り合いか?」
圭一が尋ねる。それにジョニーは、まあな、と答えた。
「へえ、そんなら話は早いじゃん。この人の好きな趣味でも何でも教えてよ。説得やりやすいし」
魅音がそう尋ねると、ジョニーは幾分か言葉を詰まらせた。
「うん? どうしたジョニー? またトイレか?」
「い、いやそうじゃない。……ああ、そうだな、こいつは、……ゲームが好きなんだ」
ジョニーがそう答えると、圭一たちの顔が明るくなる。
「へえ、ゲームか! それなら楽に墜とせそうだな」
圭一がにやっと嗤う。
「……ゲーム? ……うーん。やっぱりこんな人、見たことありませんわ」
「まあ、おじさん達が学校行ってる間におもちゃ買ってる人かもしれないしねー」
「よーし、そんじゃ早速、始めるとすっか!」
圭一の合図で、子供達は着々と準備に取り掛かる。
その中で、ジョニーだけが悩んでいた。この子供達に、本当のことを話すべきか、と。
今から説得されようとする男の名はジョニーも知らない。ただ、コードネームだけは理解していた。
男のコードネームは『鳳765』という。その番号の多さからも察する方もいるだろう。
この男もまた、ジョニーと同じ“未来の雛見沢”からやって来た異邦人だということに。
『はああああっ!? ま、また腹がああああっっっ!』
雛見沢に着任して早々、ジョニーは強烈な自らの中の敵と攻防を繰り返していた。ジャポネの食物は水分が多いと聞くが、ここまで胃腸に効果があるのか!?
新任地に赴く前に何処かの駅で食った『新感覚! 謎ジャムカレー羽生蛇ラーメン!』なる食べ物を食べたのがいけなかったのかもしれない。
『あのどうあがいても絶望した的な味がまずかったのか……!?』
愚痴をこぼすが、それだけで自体が進展するはずなどない。幸いここは興宮の街中だ。トイレならすぐそこにあるはずだった。
トイレだ。トイレトイレ、トイレはどこだああああっ!?
屍人のように蒼白になりながら、ジョニーはトイレを探し求める。しかしいつ爆発するかわからない男を受け入れる店などそうそう見つからない。
このまま見つからなかったら、いろいろ垂れ流すかもしれない。赤い涙とか。
そんなとき。
『おい、あんた大丈夫か?』
声をかけた男がいた。その男こそ――、鳳765だった。
『す、すまない。助かった』
偶然通りかかったゲームセンターで、どうやらそこの店員と顔なじみだと思われるその男は、ジョニーにトイレを貸すように店員に口添えをしてくれた。
そのおかげで無事トイレを借用し、危機を乗り越えたジョニーが感謝の言葉を述べた。
『なに、気にするな』
男はそう言って、ゲームセンターの中に入っていく。そうして一台のビデオゲームの前で止まると、腰を下ろした。
そして財布から百円玉を取り出そうとして、突然出てきた腕が先に百円を入れた。
『おい、何をするんだ』
男が眉間に皺を寄せてジョニーを見る。
『さっきは世話になったからな。俺の気持ちだ』
隣の台に腰を下ろしたジョニーは、男がプレイしているゲームを見る。
『あー、これは、格闘ゲームか、なんか?』
『どこをどう見たらこれが格ゲーに見えるんだ? 第一、彼女達に殴り合いなんてして欲しくない』
『あ、あ~、そう。いや、これ初めてみるゲームだからさ。……どういうゲーム?』
ジョニーが尋ねる。男はそれに。
『彼女達が輝く舞台を見つめる……そんな素敵な時間を過ごせるゲームさ』
さしずめ、俺はプロデューサーといったところかな。
そう、男は真面目な顔で、そう言った。
『…………あ、そう……』
なんと答えていいかわからないジョニーを尻目に、男はゲームをスタートさせる。
『会いたかったよ。ハニー』
もはやこの瞬間から、男は素敵な時間へと移動して――、ジョニーの姿など見えなくなっていた。
つまり――、そういうことである。
彼が命を捧げるに値すると、“本気で”思っているゲームは、ここには存在していない。
つまり、彼にゲームの話をすればするほど、彼を苛ますことになる。
実際、かれは“この時代”に来て、3回自殺未遂を行っている。理由はどれも、『彼女にもう会えない』からだった。
だから、この説得が成功する確率は相当低い。それだけならまだしも、圭一達の目の前で銃自殺しかねない。
――ここは、そっと眠らせておくべきではないか――そう判断したジョニーが、圭一達の下に向かう。
だが。
146 名前: ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日:2010/03/21(日) 16:49:43 ID:6CIdpHB9
「――――――……そもそもおまえは、彼女の気持ちをまるでわかっちゃいない!」
圭一が荒げた声を出した。その口調と吐き出す息には相当の熱が込められている。
「おまえはアイドルの語源を知っているのか!? アイドルとはそもそも不特定多数の人々に崇められ尊敬される人物のことを指す!
つまりそれは信仰の一表現であり一対象であって古来からある現人神の具現や偶像信仰の一スタイルでありそれらを実践する人は誰にでも笑顔を振りまくのは当然だ!
元々が博愛主義なのであって老若男女誰彼構わず笑顔や投げキッスを振りまくのがアイドルであり存在意義だ!
特定の誰かの所有物になっただの、熱愛報道発覚だの騒がれたら、その時点でアイドルという語源的な意味では終了フラグ達成だが、実際のアイドルはその後もタレント活動とか文化人路線やらでしぶとく生き残っている!
中には普通の女の子に戻りたいとかわざわざコンサートで叫ぶのもありだし、それはその人の人生なのだからとやかく言う権利は無い!
しかしだ! そんなアイドルの本来の意味から外れ! 『○○は俺の嫁』宣言などかますのはいかがなものか!?
結論から言おうそれは『有り』だ! 特定の限定されたものを欲する独占欲は人間として当然だ! そして清純や決して汚れないものをどろどろした感情やねちょねちょした欲求で何かにまみれさせてしまうのも、愛すべき人間の根源的な劣情だ!
人ラヴ! そんな人間だからこそ愛せる愛してる! そこでお前に問う!」
ビシッ! とKがあの男に指を指す。
「彼女がお前に、そうされたいと願っていたら――――どうする?!」
Kのその言葉は、彼にとって悪魔の囁きにも聞こえるだろう。
彼にとっては、遠く、高い場所にあるはずの高嶺の花。それを窓越しに眺めているだけだった。それで満足だった。……今までは。
だが、今の彼は――、そう彼は、知ってしまった。
彼は椅子に座ってなどいない。彼はKの眼前で跪いていた。
そして――、“R”が嬉々として次々と描いていく少女達の絵――実物を見たわけではないのに、男から聞き出した情報だけで、ここまで実物に似せるとは。
Rの魔性を、ジョニーは垣間見た。
そして男は、歓喜のあまり――、涙した。
「8ビット? 16ビット? コンピューターが無い? 甘いわ! 人は元々妄想の産物だ! 生き物だ! 他の霊長との最大の違いは我々は空想を具現化する力があるのだ! そうら見ろ! 涙を拭いてとくと見ろ!
おまえの嫁が微笑んでいるその顔を! おまえの嫁が頬を赤く染めてねだっているあられもないその姿を!
つーか梨花ちゃん乙! あとでその絵30枚ほどくださいマジで! つーか新刊はいつですか!? 今度の夏コミには参加するんですか!? それなら売り子でも買い子でも何でもしますからサークルチケット一枚まわしてくださいお願いします!
そして非実在青少年爆発しろ! いやマジで消滅お願いしますホントに!」
日本に伝わる、世界を変えうるほどの力――。
ドウジンシ。
それをジョニーは、目の当たりにした。
そして、男は立ち上がる。
「俺が……、俺が間違っていた。俺にはいる。ここに、確かに! 俺の嫁が! 俺は、俺の嫁のために――」
生きる。
そう、力強く、彼は言った。
彼は、どうあがいても絶望なこの世界で。
希望を――、見た。
そして俺達は走る。
それぞれに抱いた希望を胸に。
俺達に希望を与えてくれた子供達に報いるために。
このどうしようもない世界から、生き延びて――、再び、彼女の元に還るために。
「ジョニー」
「……何だ?」
「この戦いが終わったら、二人で秋葉に行かないか?」
「アキバか……、いいところだとは聞いている。一度行ってみたかった」
男達は、駆けながら、笑みを返す。
この戦争が終わったら、俺――。
152 名前:本編 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日:2010/03/24(水) 23:25:28 ID:RwIqpO42
TIPS:圭一の困惑
梨花ちゃんを助けたから、スネークはスネークの任務を。
俺たちは、俺たちが出来る事をする事になった。
診療所へ殴り込みに行く、って訳だ。けれどあっちは大勢、こっちは仲間が増えても少数なので、色々と作戦がいる。
だから、今後の「作戦」について話していた。
魅音が部長として考えた案をまとめて喋っているのを聞いていると、肩を軽く叩かれた。
振り返ったら、そこにはスネークがいた。
「どうしたんだ?」
「変な事を聞くようで悪いが……今は西暦何年だ?」
「えーっと、今は確か1983年だけど、それがどうかしたのか?」
「…………いや、いいんだ。変な事を聞いてすまん」
それだけ言って、スネークは離れていった。
こんな時に西暦を聞くなんてどうしたんだ? とか色々と考えていると、今度はフォックスが話しかけてきた。
「――お前が、前原圭一だな?」
「ああ」
まともに正面切って話すのは初めてかもしれない。
それもその筈、さっき初めて出会ったばかりだからだ。
「…………かすかに面影はあるが、信じられないな。まるで別人のようだ」
「? 何か言ったか?」
「いや――ここの『マエバラ』には関係の無い話だ」
意味が分からない。頭の中が、クエスチョンマークで一杯になる。
「科学に興味はあるか? 技術職に就こうと思った事は?」
「……科学?? いや、俺は、将来のこと、あんまり――」
言葉を濁す。都会では色々とあって勉強ばかりやってたけど、雛見沢に来てから考えが変わった。
勉強が全てではないって分かったし、田舎での生活は楽しい。
将来何になろう、とか、この分野が好きだからこんな職業に就こう、とかはまだ考えていない。
少しずつ勉強して、高校に入ってからゆっくり考えてもいいか、と思っていた。
……でも、なんでそんな事を俺に、しかも今、この事態で聞くんだ?
「ならいい。――今の日常を、大切にする事だ。失った日々は取り戻せない。
そのうち、今この瞬間でさえ恋しく思う時が来るだろう。……過去に囚われ過ぎるな。俺のようになるだけだ……」
意味深な言葉を残して、フォックスはスネークの元へと去っていった。
……よく言っている事が分からない。大事な事だとは思うけど、なんで俺に言うんだろう。
知り合ったばかりの、俺に――。
「――――圭ちゃん! 話聞いてた?」
振り返ると、魅音が頬を膨らませていた。
「わ、悪い、ちょっと話し込んでた。もう一度説明してくれ」
「もー、これからだって言うのにさ。いい、まず、おじさん達は3つの班に分かれるからね。それで――」
魅音の作戦説明が始まる。
……フォックスに言われた言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。
けれど、それがどういう意味を持つ言葉なのかは、今の俺には分かる筈が無かった。