605 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/11/30(日) 15:48:58 ID:Ubn0a6SK
 
 どれぐらい時間が経ったのだろうか。
 数分かもしれないし、数十分、あるいは数秒しか経っていないのかもしれない。
 ……ここ雛見沢に来てからは驚きの連続だ。
 空気感染する寄生虫、寒村の寂れた村にあるメタルギア、子供なのに機転を利かせ戦略性もある部活メンバー。
 ある程度の事ならば、受け入れられると思っていた。
 ……いや、思い込んでいただけだ。
 親友が生きていたという事実を、「俺が死んだ未来から」やって来たという事実は到底受け入れられない。
 梨花から、俺がトラップで死んだだの知恵に殺されただの、そういう話はいくつか聞いていた。
 だけど、――ほんの少しだけ、疑う気持ちがあったのだ。
 所詮、子供の戯れ言では無いのか、と。
 凶暴な蛇を大人しくさせ、どこか達観し大人びた思考を持つ彼女は、人智を超えた何かがあるのだろう。おそらくは。
 だが少しだけ俺は彼女を疑っていたのだ。日常が平和であれば平和である程。
 ……それには理由がある。俺は――――。

「驚くのも無理は無い。……俺自身、ここにこうして居ることが不思議なくらいだ」

 フォックスが自分の手を見つめて呟いた。同時にこちらの思考を中断する。
 彼も、俺にかける言葉を失っているのだろう。……無理もない。
 どこからどう説明すべきか迷っているのだ。

「俺の存在を受け入れるのならば、今から話す話は真実になる。俺の存在が認められないのならば、話はただの妄言になる」

 ――信じるも信じないもお前次第だ、スネーク。
 暗にそう言われている気がした。
 ……言われる前から分かっているさ。答えは決まっている。

「目の前にフォックス――いや、フランクがいる。過程がどうであったにせよ、これは真実だ」

 はっきりと、そう答えた。
 ――目の前の親友の存在を否定する事なんて俺には出来ない。
 それに、雛見沢症候群は「疑心」から発症する事が多いらしい。
 親友ですら信じられないのならば、俺は誰を信じろというのだ。
 だから――せめて今は、彼の話に耳を傾ける事にした。

「ありがとう」

 奴には似合わない台詞だった。

「長くなりそうだが聞いてくれ。俺の物語を」



◇                 ◇                  ◇


606 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/11/30(日) 15:49:42 ID:Ubn0a6SK
 


 とある世界の19××年、シャドーモセス島。
 「この」シャドーモセス島では、ソリッド・スネークは死亡していた。
 本来、彼はここで死ぬ存在では無い。だが「その世界で」「ソリッド・スネークは死亡した」のは事実だった。

 話の流れは、本筋を大きく逸脱して変化する。
 スネークはオセロットによって始末された。フォックスの加勢が間に合わずに。
 だから、その世界のオセロットは右腕が切り落とされていない。
 スネークという邪魔者が消えた事によって、リキッドは作戦が成功すると思い込んでいた。
 しかし、彼もオセロットによって消される事になる。
 正確に言えば「愛国者達」に、だ。オセロットは愛国者の意向に沿って行動した。
 スネークもリキッドも消え、愛国者に対して邪魔をする者が消えた。
 「愛国者達」にとっては絶好の世界だったと言える。

 ここでタイム・パラドックスが生じた。
 死ぬはずの無いスネークが死んだ為、死ぬはずだったグレイ・フォックスが生き延びた。
 フォックスに言わせれば「自分が死ぬ代わりにスネークが死んだ」事になるだろう。
 そして、彼は「愛国者達」の存在や実態を知り、愛国者と戦う事を決めたのだった。
 薬漬け、強化骨格によって無理矢理蘇生された体なのにも関わらず。


 時は変わり、2010年前後。
 グレイ・フォックスとオセロット達愛国者との戦いは続いていた。
 その頃、雛見沢であるメタルギアが開発されていたのだ。
 「永久機関」という特殊な物が搭載されている新型メタルギア。永久機関はその名の通り絶大な力を持っている概念だった。
 愛国者はこれを必要としていた。
 それを破壊すべく、フォックスは開発地である雛見沢へ。
 それを阻止すべく、オセロットも雛見沢へ。
 そして、もう一人雛見沢にやって来た人物がいた。
 リキッド・スネークである。


 彼は「この」世界、すなわち「ソリッド・スネークが死に、グレイ・フォックスが生き延びた世界」では死亡している。
 つまり、彼は別の世界、いわゆる「IF」の世界から来ていたのだった。
 その世界のシャドーモセス島でもソリッド・スネークは死亡している。
 リキッドにとって後の邪魔者は愛国者だけだった。
 彼もまた愛国者と戦い続け、2010年を迎える。
 そして、どういう訳か彼は「彼が死亡している世界」に迷い込む事になった。
 彼が他の世界へと行けたのは「永久機関」による影響なのか、人智を超えた力を持つ何者かの気まぐれなのかは分からない。
 その世界――「フォックスが生き延びた世界」にたどり着いた彼もまた、新型メタルギアの噂を耳にする。
 それを奪取すべく、リキッド・スネークは雛見沢へと向かったのだ。


607 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/11/30(日) 15:51:10 ID:Ubn0a6SK
 

 目的も意志も異なる三人が対峙する。
 新型メタルギアの前で、彼らは激しい戦いを繰り広げた。
 オセロットが跳弾を駆使してフォックスを襲い、フォックスは刀で弾を弾く。
 リキッドもナイフや体術を使い、三人はほぼ互角といって良いほどだった。

 しかし、その場にいる全員にとって誤算が生じた。
 「永久機関」――つまり、タイムマシンが暴走したのだった。

 暴走した理由は誰にも分からない。
 永久機関自身が暴走させたのかも知れないし、流れ弾が永久機関に当たって誤作動を起こしたのかもしれない。
 三人はそれを知ることが出来なかった。
 辺り一面強い光に包まれ、それぞれが目を開けた時には――そこにメタルギアは無く、寂れた寒村の風景が広がっているだけだったのだから。


 フォックスは、当初そこが日本である事だけは理解できた。
 それ以上の事を調べるのには時間がかかった。彼の外見、装備から直接人と接触する訳にはいかなかったからだ。
 時間を重ねるにつれ、そこが何時の何処であるかが判明する。

 そこは、1983年の雛見沢である事が。

 そして、あの時対峙した二人――リキッド・スネークも、リボルバー・オセロットも雛見沢にいる事が。

 リキッドは独自に戦力を集め、密かに行動していた。
 オセロットはとある組織と接触し、彼が知っていた技術を応用して、永久機関を搭載したメタルギアをまたもや作り上げた。
 フォックスも情報を集め、時にはリキッドやオセロットと交戦しながら潜伏していた。

 6月の半ばになってから、三人はそれぞれ知る事になる。
 それぞれの世界で死んでいたはずの、ソリッド・スネークが雛見沢に来た事を。


◇                 ◇                  ◇

「……という訳だ」

 フォックスの話が終わった。
 またもや驚きの連続だった。すぐには理解出来ない。
 ……しかし、これを信じないとつじつまが合わないのだろう。フォックスの話しぶりからして、嘘はついていないようだしな。
 まとめるとこうなる。
 俺はいくつかの世界で死んでいて、ある世界ではその影響でフォックスが生存。フォックスと愛国者は戦いを続ける。
 他の世界では俺もフォックスも死亡。リキッドは力を増大させ、彼も愛国者と戦っていた。
 2010年で新型メタルギアが完成間近で、フォックスとオセロットが同じ世界からやって来て、リキッドは別の世界から来た。
 そこで永久機関が暴走し、1983年の雛見沢へ――?


608 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/11/30(日) 15:53:01 ID:Ubn0a6SK
「……待て。今は1983年の6月なのか?」
「そうだ」

 あっさりと返事が返ってきた。
 ……つまり、ここは過去の世界?
 今まで全く疑問に思ったことは無かった分、驚きが増す。
 83年と言えば俺はまだ11才じゃないか。銃は扱っていた物の実戦の経験も無いただの子供だった。
 あの頃なら圭一達と仲良く出来たかもな、と関係のない事を考えてみる。

「今まで不思議に思わなかったのか?」

 今度はフォックスが問う。

「今が昭和58年の6月、だという事は知っていた。だが昭和が西暦の何年に当たるのかまでは分からなかった」

 梨花が繰り返し「昭和58年」だと言ってたからだ。
 日本の元号が西暦何年か。知らなかったし知る必要も無いと思っていたからここまで疑問に思わなかったのだろう。

「なら、お前も永久機関の影響でここにいるはずだ」
「俺は永久機関とやらに接触した覚えは無いが?」
「あれが及ぼす影響や力の範囲は底知れない。知らず知らずのうち過去に送り込まれたのだろう」

 それ程までの力なら、どうりで知恵が欲する訳だ。悪利用されなければ良いが。
 ……それより、話を聞いたせいか疑問が増えてしまった。

「リキッドも、オセロットも、……ここにいるんだな?」
「そうだ」

 ……何という事だ。
 殺したと思っていた自分の兄弟、愛国者という巨大な組織に属するオセロット。
 二人とも、この雛見沢にいるのだ。いずれ、――戦う日が来るだろう。
 ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。


609 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/11/30(日) 15:54:24 ID:Ubn0a6SK
 
 突飛な話だった。だが、整合性があった。
 信じられない話ばかりだったが――――信じよう。
 でないとフォックスが生きている理由が説明つかない。……俺の世界では死んでいたのだから。
 彼もまた、俺が生きていて雛見沢に来たと知った時には驚いたのだろう。
 だがそれを受け入れて、こうして俺を救ってくれたのだ。
 信じなければならない。
 前にも言ったように、親友の存在を否定することは俺には出来ない。

 フォックスはどれほど苦労したのだろう。
 愛国者に長い間立ち向かっていたのだ。それもたった一人で。
 シャドーモセスの時では意識を保つのすら難しい様子だったのに。
 それを押し込めて、刀を杖に立ち上がって、今まで生きてきた。
 何が彼を突き動かしたのか。
 宿命を背負ったからか、愛国者への憎しみか、或いは――。 

「人が来るな」

 ぼそり、とフォックスが呟く。遠くから複数の足音と話し声がしたからだ。おそらく子供達だ。
 彼は刀を納め、俺に背を向けた。

「待て、まだ聞きたい事が――――」
「俺がいると話がややこしくなる。時が来ればいずれは会うことになるだろうな」


 また会いにくるぞ、スネーク。
 そう言い残して、引き留める間もなくフォックスの姿は見えなくなった。
 無意識に伸ばしていた手を下ろす。
 「また会いにくる」。
 それは不思議な響きを持っていた。

 ……そして。
 息せき切って走ってきた圭一、魅音、レナに、今度は俺が質問攻めにあう番となった。

630 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/12/24(水) 20:43:04 ID:2As8eZmX
 フォックスからとてつもない話を聞かされ、次には子供達がやってきた。
 何故かは分からないが、……彼らは皆武器を持っていた。魅音は包丁、レナは鉈を、圭一はバットを。
 俺の姿を見るなり安堵の声を漏らしたが、倒れ伏している葛西を見て彼らの顔色が変わった。
 パニックを起こされると思いきや、魅音が部長らしく皆を指揮した。
 こちらは何も言っていなかったが何かを察したらしい。葛西は園崎家つながりの医者に診て貰うことになった。
 ようやく状況が落ち着いた時には、ひぐらしが鳴く時刻になっていた。

 圭一達の話を整理するとこうだ。
 梨花は後数日で殺されてしまう運命で、今一人で隠れている。その話を羽入から聞いたらしい。
 その時、診療所から電話があった。……沙都子の叔父、鉄平が亡くなったそうだ。
 確認と、富竹・入江救出のため沙都子は病院へ行った。
 同時に、羽入はこの事を伝えるべく梨花を探しに行った。
 残された魅音・レナ・圭一は地下にこもり作戦を立てようとしたが、葛西に使えないと言われたので引き下がった。
 詩音のマンションに電話したが詩音は電話に出ず。
 考えられる作戦を列挙していたが、レナが突然「嫌な予感がする」と言った。
 外に出てみると遠くの方で銃声が聞こえた。
 方角からして葛西のいる所だと判断し、急いで各の武器を持って駆けつけてきた。――だそうだ。


「……大変だったな」


 それぐらいしか感想が出てこなかった。
 それもそうだ。一日中閉じ込められていたと思いきや、外に出たとたんに情報の洪水を浴びせられたのだから。
 梨花が行動に出たこと事態は何ら驚かない。むしろ、一人でどれだけ隠れられるのかが不安だ。
 発見されてしまえば大変な事になるのだろう。
 沙都子もずっと戻ってこないそうだ。入江、富竹が昨晩から見あたらなくなっている。
 彼らによると、三人とも地下のどこかに閉じ込められていると判断していた。
 無難だろう。
 診療所の外にあった多すぎる室外機を思い出す。
 梨花は「地下で雛見沢症候群の研究をしている」と言っていたな。
 一般人は立ち入れない。その部屋のどこかに沙都子、入江、富竹がいると考えてもよさそうだ。


「俺達は全部話した。今度はスネークの番だぜ。今まで何やってたんだ? どうしてあそこに居たんだよ?」

「皆、心配していたんだよ、だよ。……スネーク先生、何かあるなら私達に話して? スネークが思っているほど、私達は無力じゃないよ」

「そりゃあ子供だし、頼りにならないかもしれないけど、さ……。
梨花ちゃんも沙都子も危ない状況だから、こんな所でうじうじやってられない」



631 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/12/24(水) 20:43:47 ID:2As8eZmX
 
 三人が三人、俺に目を向ける。言葉、表情からして彼らは真剣だ。
 昨晩から行方をくらまし、知恵でさえ連絡先を知らない俺が、園崎家の敷地内からひょっこり出てきた事は説明せざるを得ないだろう。
 詩音と葛西の事にも触れなければなるまい。
 閉じ込められた説明はそれでいいとして、……あの兵士達はどう説明すればいい?
 突如、甲冑をまとった者が現れて俺と葛西を襲った、と言った所で誰が信じる?
 ましてや甲冑男達がいた形跡は影も形もなく消え去っているのだ。
 少なくとも、襲われた心当たりは……話せない。
 オセロット、リキッドがここに居ることが確定した以上、詩音の口ぶりからして前者の差し金である事は明白だ。
 ……あれは子供達とは無関係だ。詩音には後でゆっくり話を聞こう。
 正体不明の奴らに襲われたという事にして、辛くも追い払った事にするか。


「まずは昨日の晩の話からだな。少々長くなるが――――」


 多少の嘘と隠し事を交えて、とつとつと語り出す。
 詩音との約束。祭りの夜、こっそり抜けて敷地内へ来た事。
 一瞬の油断から閉じ込められた事。
 次の日、葛西がドアを開けに来たこと。
 突然、謎の集団が俺と葛西を襲いに来た事。
 辛くも追い払った後、皆が来た事。

 彼らは黙って聞いていた。
 時折相づちが入る事もあったが、基本的に静かだった。
 話し終えた後、彼らの表情を見渡した。
 やはり信じられないのだろう。驚きよりも疑問が顔に表れていた。
 ……当たり前だ。
 さっさとここを立ち去り、梨花、沙都子、そして詩音の救出を急ぐべきかと考え始めたが――


「……ますます面白くなってきたじゃねえか」


 圭一がおもむろにそう言った。
 その言葉に偽りはなく、表情にはやる気の笑みが浮かんでいる。
 やる気といったよりも、部活を始める時のそれと似ている。心底楽しそうな表情だ。
 レナと魅音も、圭一の言葉に驚きのようなものを表していたが、どこか同調する雰囲気だった。


「羽入から聞いた話じゃあ、敵は診療所を中心とした謎の地下組織だけだった。少なくともな。
……だがスネークと葛西さんを襲った集団は『東京』でもないし、診療所の連中とは違うだろ。そういう事は敵がまだいるって事だよな?
上等だぜッ! さっきまでは何だか物足りなかったからなぁ! そう思うだろ、魅音、レナ?」


 若干彼らの雰囲気に取り残されつつあるが、魅音が答えた。




632 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/12/24(水) 20:45:02 ID:2As8eZmX
「それでこそ我が部員だよ、圭ちゃん! どういう奴らか知らないけど詩音をたぶらかして葛西を傷つけた罪は重いよ。
雛見沢を敵に回したね。そして雛見沢で最も恐ろしい我が部を……! くっくっく! 沙都子と梨花ちゃん、羽入がこの場にいないのが残念だねぇ!」

「レナ達を本気にさせたね。相手がその気なら、こっちも全力で行こう! まずは三人と早く合流して立て直さなきゃ!
監督と富竹さんも助け出して、そしてもう一つの敵に立ち向かおう!」


 ……信じられない。
 俺の言った事に何一つ疑問を挟むことなく、受け入れられる彼らが。
 常に一致団結している事が。
 いや、……これが圭一達だ。約五日間ほど共に過ごしてきたのだから、十分に彼らの熱さは知っている。
 信じられないと思いつつ、どこか予想出来ていた反応に安堵すら覚えた。
 だが。


「……これは遊びでは無い。分かっているのか?」


 釘を刺す必要があるだろう。
 本当は、彼らを巻き込みたくない。
 しかし、最もヒートアップしている今それを言っても、彼らが聞き入れないのは目に見えていた。
 敵は恐ろしい。部活のように遊び気分では通用しない。
 それを分かっているのか。


「分かっているさ。俺達はいつだって真剣だ」


 圭一の答えは単純明快。
 それでいて、戦意をそがれた様子もなく、ただ目の前の状況を受け入れて打開しようとしている。
 炎のような奴だ、とも思った。


「おじさん達はやろうと思えば何だって出来るよ? ……さて、また課題が一つ増えたね。増えた所で大した影響は無いけどさ。
羽入はそろそろ戻ってきてもいい時間。沙都子は……連絡が無いけれど、捕まったのかもしれないね」

「もしかしたらトラップを発動して、診療所でドタバタ快進撃を発動してるかもしれないよ?」

「だったらいいけどなぁ。現実はそう上手くいかないだろ。とりあえず梨花ちゃんと沙都子の救出、それと詩音を探し出して色々と事情を聞かなきゃいけねえな。
葛西さんが落ち着いたら話を聞いてみるか。それでまずは診療所の奴らをぶちのめす。その後、もう一つの敵を探し出すか」

「探し出さなくても、おびきだせばいいんだよ。エサをばらまいてさぁ!」

「どうやってかな、かな?」

「羽入が前にちらっと言っていた作戦、『48時間作戦』さ。診療所の奴らを一網打尽にしちゃえば、梨花ちゃんはとりあえず安全。
どこかに隠して置いて、48時間後に梨花ちゃんが死んだーってデマを流す。そうしたら慌てて敵さんもしっぽを表す、と」

「でも魅ぃちゃん。スネーク先生と葛西さんが襲われた事と、梨花ちゃんの命を狙っている人達がいる事と、つながりがあるとは限らないよ?」

「なら、理由が分からないから、スネークにおとりになって貰うしか――」




634 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/12/24(水) 20:46:56 ID:2As8eZmX
 
 どんどんと話が進んでいく。……若干変な方向に。
 しかし、それより気がかりな事がある。
  ・ ・ ・ ・
 こちら側と彼らの問題は違うはずだ。
 まずはこちら側の問題を片付けなければならない。……彼らに危害が及ばない為に。


「水を差すようで悪いが、魅音、トイレを貸してくれないか?」





 勿論、用を足す為だけにトイレに来たのではない。
 俺は無線機のスイッチを入れた。


「大佐。……どういうことだ? フォックスの言ったことは真実なのか?」


 一日ぶりに聞いた大佐の声は、うなり声だった。


『…………死んだ人間が生きていて、君は過去にいる、だと? 到底信じられんな』

「俺が聞きたいのはそういう言葉では無い。……大佐、“また”何か隠しているな?」


 シャドーモセスでの苦い思い出が蘇ってくる。
 あの時の最悪のパターンを想定すれば、あそこで俺もメリルも爆撃されて死んでいた可能性があるのだ。
 詳しく話すことが出来なかった大佐の立場を知らないという訳では無いが。


『私も全てを知っている訳では無い。一つ言えるのは、こちらは200X年だ。1983年では無い事は確かだ』

「だろうな。俺も今はガキじゃない。実戦デビューしたのはだいぶ前の話だ。
……オタコン、聞こえるか? 現代の技術でタイムマシンを作ることは可能なのか?」

『出来るとしたら、とうに世界的な大ニュースになってるよ。そもそも、タイムマシンなんて物が作られたら時代が滅茶苦茶になってしまう。
親殺しのパラドックス、を聞いたことがあるかい? そういうい現象が起きたらどうなるかは学者達の間でもはっきりしていないんだ』

「可能か不可能か。そう聞かれたらどっちだ?」

『そりゃあ……不可能かな。時空を歪めるには、アインシュタインの相対性理論を打ち破らなくちゃならない。
現代の技術や知識では出来ないよ』

「ならば未来では?」

『未来、が何年後とかの範囲までかによるけど……僕には想像つかないな』


635 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/12/24(水) 20:47:56 ID:2As8eZmX
 
 どこかはっきりしない相棒の口ぶりに苛立ちを感じた。
 大佐といい、オタコンといい、どこか変な所があるような気がする。


「平行世界やパラレルワールドから人が移動することは? 同じ世界に違う世界の同一人物が存在する可能性は?」

『落ち着け、スネーク。古手梨花の話も、グレイ・フォックスを自称する人物の話も、私にはにわかには信じられない。
……しかし両者とも妄想と切って捨てるにはリアリティがあるな』

「なら、今度こそ『弓』にこのことを話して、協力を持ちかけてみるか?」

『止めておけ。古手梨花はともかく、グレイ・フォックスについては彼女が知る必要のない事だ。
協力関係にあるというだけで、そこまで彼女と深い繋がりを持つ必要は無いだろう。
先日の情報提供の時も、おそらく彼女が知る全ての情報はこちらに伝えられていない。だからこちらも全てを伝える必要は無い』

「なら、俺はどうすればいいんだ? 梨花の話もフォックスの話も鵜呑みにするな、知恵とは関わるな。
子供達も彼らからすれば『余所者』だから深く関わるな。ならこの任務で教師という社会的地位を必要としたのは何の意味がある?
またあの甲冑集団に襲われたらどうする? 武器は使えない上に、奴らの正体も目的もはっきりとは判明していない。
ここにいるらしいリキッドやオセロット達の情報はどうやって集める?」


 矢継ぎ早に大佐への疑問を口にする。
 最も、それは「現時点での」大佐への疑問というより、今までため込んできた物があふれ出した、という形だったが。
 モセス事件の二の舞としたくないのは、こちらも大佐も同じだろう。
 それが分かっているはずなのに、大佐の言及がはっきりしないのが苛立ちの原因だった。


『………………現時点では、目の前の目的のみを遂行しろ、としか言えない。君がここ園崎家に来たのは、園崎お魎との対談が目的だった。
ならばお魎と会って、大戦中の細菌研究施設のありかについて情報を手に入れろ。それが判明してから今後の事を考えるといい。
古手梨花や北条沙都子達の救出もその後だ』

「…………子供達を見捨てろと?」

『そこまでは言っていない。古手梨花の言う“敵”は動き出したようだから、君の任務に支障が出る可能性もある。
救出を後回しにしろ、と言っただけだ。まだ殺されはしないだろう』


 もう、何を言っても、これ以上話したとしても無駄だ。
 そう判断した俺は、大佐に適当な返事を返して無線を切った。





 園崎家の廊下をゆっくりと歩く。
 彼らがいる部屋に戻るか。お魎と話をさせてくれと魅音に頼み込むか。
 彼らに黙ってここを出て、今直ぐ梨花(と羽入)を探しに行くべきか。
 俺は、一体何を――――。
 



636 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2008/12/24(水) 20:48:47 ID:2As8eZmX
「……あんたがスネーク先生かいね」


 声がした方を振り向く。
 そこには、かなり高齢の女性がいた。
 尊厳と気品が彼女の全身からにじみ出ている。それでいて気取ったところは全く無かった。
 ――まさか、この人物は。


「孫がいつも世話になってるんね。先生の話はたくさん聞いとるわ」


 からからと陽気に笑う。この言葉で確定した。
 俺の目の前にいる老婦人は、園崎家頭首の園崎お魎だ。


「あぁ……これはどうも。挨拶が遅れて申し訳無い」

「ここ雛見沢に来て挨拶の一つも寄越さないっちゅうのは感心せんわ。所詮は先生も余所者かい」


 ……反論できない。
 彼女が余所者を極度に嫌っている事は知っている。機嫌を損ねてしまったのか。
 返答に困っていると、お魎はまた笑みを零した。


「……色々と子供達の為にしてくれたそうやね。そこは感心するっちゅうこっちゃ。立ち話もなんね、少し茶ぁでも飲みながら話でもせんかね?」


 少々、驚いた。
 話に聞いていたより、ずっと穏やかな人物のように感じた。
 お魎が威厳を見せつけるのは、「園崎家頭首」である時だけなのかもしれない。
 今は必要が無いから、それを隠している。
 孫が世話になったという、新しい教師に会いたがっている――今は、普通の祖母だった。
 それには及ばないと言おうと思ったが、ふと考え直す。
 穏やかに見えるが、彼女は怒り出したら手のつけようが無い――と聞いている。
 さらに、この機会を逃すと、大佐に何を言われるのかが分からない。
 そう考えている内に、お魎は部屋の襖を開けて中へ入っていった。
 俺も入れ、ということらしい。

 皮肉にも。
 子供達を助けたい、と心のどこかで考えているにも関わらず、大佐の言うことに従う結果となってしまった。
 本来の目的であった、お魎との対談。
 それが今、行われようとしていた。
653 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/18(日) 13:51:38 ID:I94+l+jQ
 時刻は少し遡る。
 まだセミが五月蠅くないていた時間帯。
 興宮の外れに、園崎詩音はいた。



 地図で見たとおり、ここには何も無かった。
 舗装されてはいるものの、周りは木々ばかりで、本当に「何も無い」場所だ。
 バイクを止め、適当な木に背中を預けて辺りを見渡す。
 オセロット、または悟史くんらしき人影はまだ見えない。
 ふぅ、とちょっとだけため息をついた。
 油断できない。
 一瞬の気のゆるみが、命取りになる。

 ……オセロットが、良い意味で「私と悟史くんを会わせてくれる」とは考えがたい。
 最悪のパターンは、悟史くん「だった」ものと会うことだ。
 人間を一人、――スネークを閉じ込める、というリスクとは合わない。
 スネークだって素性が分からない、謎の人物だ。
 体格は良かったし、私がスネークの閉じ込めに失敗する可能性だって考えられる。
 ダメ元で、……私にスネークの動きを封じる事を頼んだのだろうか。
 あの時、私がたまたま悟史くんの名前を口にしているのを聞いて、利用するつもりだったのだろうか。
 オセロットだって手練れだ。銃を構える仕草からそう考えられる。
 なら、自分がスネークを*すか監禁するかどうにかすればいいのに。
 彼に、姿を見られてはいけない理由でもあったのだろうか。
 ……やっぱり、分からない、分からない……。
 先ほど推理したように、オセロットを中心とする組織Aが祟りと関係を持つならば。
 悟史くんを生かしておく理由は? ……あるいは、死体を保存している理由は?
 最近雛見沢に来たばかりの、スネークとは何の関係が?
 そもそも、あの日、あの場所に現れて、鉄平を殺害した理由は?


「待たせたようだな」


 すぐ近くから声がした。
 その方向を見ると、甲冑のようなものを着た人物と、オセロットが立っていた。
 まるで、さっきからずっとその場所にいたかのように。


654 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/18(日) 13:52:19 ID:I94+l+jQ
 気づかなかった、いや、気づけなかったのだろうか。
 こんな近くに、既にオセロット達が「いた」ことに。
 横にいる甲冑男は護衛のつもりなんだろうか。……あぁ、それよりも気になる事があるじゃないか。
 悟史くんの姿が見あたらないのだ。
 約束を反故にされたか、それとも――最初から会わせる気が、無かったのか。
 チリチリチリ……という音が聞こえてきた。
 実際に音が鳴っている訳では無い。私が、苛々しているから、そういう風に聞こえるだけだ。

「……悟史くんはどこ?」
「そこにいるでは無いか」

 目の前にいる、と。……意味が分からない。
 私の目の前にいるのは、アンタと、アンタの仲間だけじゃないか。
 ふざけないで。…………私は、一年前から、悟史くんの事をずっと待ってきたんだから!
 沙都子の世話をして、二人で支え合って、いつかきっと帰ってくるって、ずっとずっとずっと!
 連続怪死事件とか鬼隠しとかオヤシロさまの祟りとか、そういう言葉で私は誤魔化されなかった。
 沙都子を置いてどこか遠くへ逃げるような人じゃないって、私は知っていたんだ。
 少しだけ諦めていた気持ちもどこかにあったけれど、信じなければ奇跡は起きないって。
 それがようやく、叶おうをしていたのに。
 例え、最初から全てが嘘だったとしても。
 ……こんな所で煙に巻かれてたまるか!

「とぼけないで。…………悟史くんはどこッ?!」

 怒りを隠さずに、そのまま吼える。
 対するオセロットは、――動ずることなく、少しあざ笑ったかのように見えた。
 今直ぐに飛びかかりたい衝動を抑えて、ポケットに手を入れる。
 スタンガンを探り、手触りで目盛りを最大にした。
 いざとなったら、脅してでも拷問してでも吐かせてやる。
 最初から悟史くんが「いない」なら、こいつを園崎家の地下の井戸に突き落としてやる!

 オセロットはそんな私を知ってか知らずか、……隣の甲冑男にゆっくりと歩み寄った。
 何をするのか、と身構える前に、その男の仮面に手を掛ける。
 そして、……ゆっくり、…………ゆっくりと、スローモーションのように男の仮面を外した。
 私は目を見開いた。 だって。そんなはずは無い、って。
 その髪の毛は、その目は、その顔は、私がよく見知っているものだったから。
 だけどその表情は、一度も見たことがないものだ、って。
 どうしてこんな事になっているの!? だって、だって、だって……!

 何で悟史くんが、そこに立っているのッ!?




655 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/18(日) 13:52:59 ID:I94+l+jQ
「…………悟史、くん?」

 小さく呼びかけてみる。……目の前の光景が信じられないけど。
 どうして甲冑なんか着ているのか知らないけれど、……ひょっとしたら悟史くんなんじゃないかなぁ、って思ったから。
 だけど、返事は無い。
 悟史くんの顔なのに、悟史くんでは無い。
 私の知っている悟史くんは、…………こんな、光を宿さない瞳をしない。
 無表情だった事なんて、……無い。辛いときは辛い顔をしたし、何も隠せない、不器用な人だった。
 こんな、……私の事をまるで知らないかのような、……何も宿さない目なんてしない!
 私がよく知っている悟史くんでも、沙都子の兄でも無い。
 なら、「この人」は誰なの!?

「お前の友人だった、まぎれもない北条悟史だろう? 約束は守ったぞ」

 ……こいつ、何を白々しく言うのか。
 こんなのは悟史くんじゃない。
 困ったように「むぅ」って笑って、私の頭を撫でてくれた悟史くんではない。
 違う、何かがおかしい。……「何か」、じゃなくて全てがおかしい。
 お前達が、悟史くんをおかしくしたんだ。
 悟史くんにこんな物着せて、何も感じられないようにして、…………私と会っても、何も反応しないようにしたんだ!
 あぁそうだ違いない違いない違いない、オセロットがこんな事をしたんだ!

「…………ふざけないで」

 ポケットからスタンガンを取り出す。
 スイッチを入れると、バチバチという音が聞こえてきた。


「悟史くんを、返せぇぇぇえええええぇぇぇええぇ!」


 地面を蹴ってオセロットに飛びかかる。
 そのまま、首筋にスタンガンを押し当てる――はずだった。
 不敵な笑みを浮かべたままだったオセロットが、何かを命じるような仕草をする。
 そうしたら、今まで動かなかった悟史くんが……私の腕を掴んで捻り上げた。
 悟史くんとは思えない力に、スタンガンを取り落としてしまう。
 そして、ぐるりと回されて――体ごと地面に叩きつけられた。
 うつぶせに、無様に転がる私を、二人が見下ろす。私は動けないし、……動かなかった。
 ……どうして。
 何で――こんな事に、なってしまったんだろう。
 悟史くんが、…………何で、……何で。


656 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/18(日) 13:53:41 ID:I94+l+jQ
 オセロットは私が落としたスタンガンの方に歩み寄った。
 落とした衝撃でスイッチが切れたらしい。目盛りを弄くって、電源を入れる。
 ふむ、と何か感嘆のような声を漏らした。

「スタンガンか。改造で威力も上げてあるようだな。……悪くは無いが、所詮は護身用だ」

 こつこつ、と足音を立てながら私の方に歩み寄る。
 逃げなきゃ、悟史くんを連れて逃げなきゃ、とは思うけれど、……体が動かなかった。
 どう足掻いても、……勝てない。
 どうすれば、悟史くんを救えるんだろう。
 早くどうにかしなきゃ、オセロットをどうにかするよりも、悟史くんを助けなきゃ……!!

「今度はこちらが聞く番だ。……スネークはどこだ?」

 私は答えない。
 ……精一杯の抵抗で、オセロットを睨み付けるのがやっとだった。
 オセロットは私の側にかがみ込んで、そして私の髪の毛を掴み引っ張り上げる。
 首筋に、スタンガンが押し当てられて――――バチン、と音がした。

「……ッッ!! っ、くっ、ああああ……!!」

 威力が強いのならば、私は直ぐに気絶していただろう。
 ……けれど、「わざと」目盛りが最大になっていなかった。
 最小でも最大でもない、だけど相手が気絶しない程度に、苦しめる事が出来る大きさ。
 だから、脳まで痺れるような痛みを感じても、……首筋が焼けるような感触がしても、意識ははっきりとあった。
 オセロットは掴んでいた私の髪の毛を離した。どさっ、と地面に頭がぶつかる。

「……答えなくとも、想像はついている。園崎家の娘の事だ……おそらく、地下の拷問室あたりだろう」

 ……こいつは、そんな事まで知っているのか…………!
 ぎりぎりと歯ぎしりをする。
 情報網も広く、雛見沢の暗部まで知っていて、……悟史くんをおかしくして、銃も使いこなせる手練れ。
 どうすれば相手に気絶されない、死なない程度の痛みを与えるのか知っている人物――オセロット。
 目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
 ……私は、…………悟史くんどころか、…………自分の身すら守れないじゃないか……。

「今、私の部下が探している。予想が当たれば、スネークは見つかるだろう。そうなれば――」

 お前は用済みだ、と。
 最大出力になったスタンガンが青白く爆ぜた。


657 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/18(日) 13:54:20 ID:I94+l+jQ
「安心しろ、すぐには殺さない」

 ――私は、何も出来ないのかな。

「……少なくとも、スネークが見つかるまではな」

 ――あれだけ威勢の良いこと言ったのに、……悟史くんを、救えなかったのかな……?

「最後に会えて満足だろう?」

 ――ここで終わりなんて、嫌だ。私はどうなってもいいから、せめて彼を助けたい。

 でも……一体どうすれば。
 武器を奪われた今、オセロットに飛びかかっても私に勝ち目は無いのだ。
 私は、所詮小娘に過ぎない。
 ……喧嘩をよくしていても、力の差、経験の差は明らかだった。
 これで、終わりだ。
 どこで……選択肢を間違えてしまったのだろう。
 もしも私が間違え無かったならば――悟史くんはこうならなかったのかもしれない。
 オセロットの取引に応じなければ、……悟史くんはおかしくならなかったのかもしれない。
 でもそれは、私が取引に応じなかった場合の話。
 ……実際、私は悪魔の誘いに乗ってしまったのだから。
 人を一人、暗く血の臭いがする空間に閉じ込めて。
 ……自分は、彼に会えるのならば何でもする、と。罪を犯している事から目をそらして。
 これは、……罰なのかもしれない。
 間違った事をした、私に対する罰。悟史くんを助ける事が出来なかった罰。
 そうならば――受けなきゃいけない。私にも非があるのだから。

 スタンガンが、……ゆっくりと近づいてくる。
 絶望に包まれながら、悟史くんに心の中で謝罪をして、近づいてくるそれを見つめて――――



 ひゅっと空気を切り裂く音がして、何かが飛んできた。



 私は顔を上げる。
 オセロットの手に握られていた筈のスタンガンは、遠くに転がっていた。
 代わりに、地面にナイフが刺さっていた。太陽の光を反射して、それはきらりと光る。
 ……何が起きたの?
 只でさえ混乱していた頭は、現状についていけなかった。


658 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/18(日) 13:55:13 ID:I94+l+jQ
 オセロットは立ち上がり、リボルバーを引き抜く。
 その行動に迷いはなく、全てが洗練された動きだった。
 見事な早撃ちを二発、三発と繰り出す。銃弾は森の中へ消えていく――かのように思えた。
 軽い金属音が、撃たれた数だけ響く。
 まるで、ナイフか何かで銃弾を弾いたような音だった。
 ざざざざ、と木々を駆け抜ける足音。
 オセロットはそれに向かってまた発砲する。
 銃弾を躱したのか、或いは弾いたのか――とにかく、足音の主の何者かは撃たれる事は無かった。
 真っ直ぐ、早く、地面を蹴って体勢を低くしつつ姿を現す。
 そして、その体勢のままナイフを二つ投げた。
 ナイフは真っ直ぐ、軌跡を描きながらオセロットに向かって飛んでいった。
 一つはオセロットの服をかすめ、一つはリボルバーの銃身によって叩き落とされた。
 オセロットは後ろに飛んで間合いを開ける。
 ナイフを投げた人物はそれを見て――にやり、と笑っていた。

 私は目を見開いた。
 目の前で起こった、超人としか思えない出来事に対してでは無い。
 森から姿を現した人物の顔は…………誰かにそっくりだった。
 ……いや、「誰か」なんて曖昧な物では無い。
 ここに来るはずは無い人物。
 私が閉じ込めたはずの――ソリッド・スネークにとてもよく似ていた。
 特に、顔立ちや体格が。……だけど、違っていたのは髪の色と服装と――雰囲気。
 殺気とも、狂気とも捉えられる気を全身から出している。
 それでいて――笑っているのだ。
 その点では、スネークと似ていない。あの自称教師は、こんな狂った笑みを浮かべなかった。
 ……私は、異常な男を目にして、身動き一つ出来なかった。
 もしも余計な事をしたら――殺される、と分かっていたから。


「ようやく貴様らの尻尾を掴んだぞ。……オセロット」

「…………ちっ。死に損ないが」

 金髪の男――リキッド・スネークは、尚も笑っていた。

666 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/29(木) 20:36:53 ID:ZPFfsa1U
「今更何をしに来た――――リキッド。小僧と娘の感動の再会を邪魔しに来たのか?」
 オセロットが男に問う。
 リキッドと呼ばれた男は、軽く鼻で笑った。
「……小娘はともかく、俺は小僧の方に用がある。――最も、兵士なら誰でもいいが」
 言いつつ、地面に刺さっていたナイフを引き抜く。
 詩音は、それらのやりとりを呆然と眺めていた。
「私の兵士を殺しておいて、何を言う。その小僧は兵士とは程遠いぞ。
 それは寝たきりだったのものを無理矢理動かしている体だ。大した価値はあるまい」
 ぴくり、と詩音が反応した。
「――雛見沢症候群に感染した人間。理性を失い、ただ目の前の相手を消し去るという思考……まさに兵器、だ」
 リキッドはどこか恍惚としながら答える。
 さながら、何かに取り憑かれているかのようだった。
「全ての兵士が兵器と同然になったとしたら? 戦場は完全にコントロールできるだろう。それこそ兵士にとっては『理想郷』だ」
 オセロットは彼が言うことに察しがついたらしい。
 警戒しつつ、目を細めてリキッドをじっと見ていた。

「親父の遺志――アウターヘブン」

 ぐっ、と拳を胸の前で握りしめる。

「アウターヘブンは、兵士にとっての理想郷だ。それを生み出すには、それを構成する人間もまた、兵士であり兵器でなければならない。
雛見沢症候群に感染した人間は、兵器となりうる価値を存分に秘めている」

 大勢に向かって演説をするかのように、ゆっくりと話す。

「だから、アウターヘブンを完成させる為には――その小僧のような人間が必要だ」

 悟史と詩音がいる方向を振り返る。
 詩音は身を固くしたが、悟史は全く反応が無かった。
 無表情。瞳には何も宿していない。
 ――だが、狂気を秘めている。
 ふとしたきっかけで、それは目覚めてしまう。故意に目覚めさせる事もできる。
 それが、ただ人間を屠る事だけに目覚めたら。
 まさしく――兵器なのだ、と。
 そして、そういった人間が無尽蔵に生み出せるのなら。
 ビッグボスが夢見た「アウターヘブン」が実現可能になるかもしれない。


667 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/29(木) 20:37:40 ID:ZPFfsa1U
 アウターヘブン――別名「武装要塞国家」。兵士の理想郷。
 国家に依存しない、巨大傭兵派遣会社。
 1990年代に、ビッグボスの手で設立された武装要塞だ。
 世界屈指の傭兵が集められ、世界中の戦場に兵士や兵器を派遣し、戦場のコントロールを目的としていた。
 だが、一人の男――ソリッド・スネーク――によって、それは打ち破られた。
 兵士の天国(アーミーズ・ヘブン)は国の外側(アウター)に存在するという、ビッグボスなりの価値観。
 リキッドがそれに共感したかどうかは定かでは無い。
 彼はただある呪縛に囚われていたのだ。
 ……それは、自分の出生を知ってからずっとだった。
 父親がビッグボスであり、「英雄」と称される男が自分の兄弟であるということを。
 自分の姿も。
 自分の能力も。
 自分の性格すらも。――父親から受け継いだ物でしか無かったのだ。
 そして、自分が劣性遺伝であり、ソリッド・スネークを生み出す為だけに誕生した存在であると言うことを知り、
――彼は、自分が陰の存在である事を思い知った。
 優秀な兵士のコピーに過ぎない存在。しかも劣性遺伝という、日陰者の存在。
 同じ「父親」のコピーでしかない兄弟は、「英雄」と崇められたのに対し。
 自分は名声も得られず、ただ日陰者として生きていた。
 嫉妬だけでは済まされない感情に晒され続けた。
 兄弟も、自分自身も。ビッグボスという「父親」に囚われている。
 だから解放を望んだ。武装蜂起を起こし、シャドーモセス島を占拠した。
 実際、『この雛見沢』にいる彼の世界では、彼の兄弟すらをも打ち破れたのだった。
 ――しかし、彼が望んだ物は得られなかった。
 世間から見れば、テロリストが蜂起に成功しただけの事だった。……だから、足りなかった。
 自分の兄弟を倒しても、体のどこかが乾いていた。
 まだ、ある目的が達成されていないのだから。

 それは、「父親」を超える、という事。
 自分の姿形、能力、性格を「遺伝子」という名の元に縛り付けたビッグボス。
 鏡を見るたびに思い出される。忘れることは、決して無かった。
 ならば、あえて「父親」の幻想を達成する事が出来たとしたら。――俺は兄弟も、父親も超えたことになるのだ、と。
 兄弟も父すらも出来なかった事を達成し、「遺伝子」という名の運命に立ち向かおうと決めた。
 そう考えて、リキッドはアウターヘブン建設に執着したのだ。
 人材、兵器、資金。当初はリキッド個人のみで集めていた。


668 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/29(木) 20:38:42 ID:ZPFfsa1U
 やがて、――彼はあるメタルギアの噂を耳にする。
 無限の動力を持つ、『永久機関』を持つメタルギア。開発地は、日本の寒村――雛見沢。
 そして、彼は知る事になる。「雛見沢症候群」の存在を。
 発症者が疑心暗鬼に駆り立てられ、凶行に走る事を。
 友人を、家族を疑い――時には殺害する。周りの人間が全て敵に見えるという、疑心暗記。
 ――もし彼らが、兵士となったのならば。
 戦場は敵だらけだ。時には背後から味方に撃たれる事を覚悟しなくてはならない。
 雛見沢症候群に感染した人間が、戦場に行ったとしたならば。
 兵器のごとく、彼らは戦うだろう。自らの命を省みず、ただ目の前の「敵」を消し去る行為を繰り返す「兵器」に。
 ……実際、彼の想像はおおむね当たっていたのだが。
 だから、リキッドは目を付けたのだ。
 自分が父親の遺伝子という運命から解放される為、アウターヘブンを作り上げる為に。
 雛見沢症候群の感染者、という存在を欲した。
 今――リキッドがここにいる理由は、主にその二つだった。

「まだそんな幻想を抱いていたのか――。兵士の理想郷など、お前には生み出せまい。
全ては我々――『愛国者』の管理下にあるのだからな。あらゆる事物の発生、制御、消去まで我々には可能なのだよ」
 オセロットから見れば、リキッドの行為は馬鹿げたものだったのだろう。
 それだけ、愛国者達は強大な組織だった。
「……なら俺は、全てを『愛国者』から解放する。どの国も、世界も自由になるべきだ。
そして親父の遺志を継ぐ。アウターヘブンが完成した時――俺は兄弟も、親父自身をも超えたことになるのだ!」
「お前がアウターヘブンを完成させるのと、お前が死ぬのと、どちらが先だ? この時代には碌な技術もない。
未来に帰るとしても、『永久機関』を制御出来るのか? そうなる前に、早められたお前の寿命が体を蝕んでいくだろう」
「――甘いな、オセロット! 老いぼれが何を言う? 遺伝子に宿命づけられた俺の人生など知ったことか。
現に、俺は兄弟を打ち破った!」
 ナイフを構える。それはぎらりと光った。

「まずはお前達からだ。愛国者達を打ち破り、俺達はアウターヘブンを築き上げる!」

 オセロットが右手を挙げる。甲冑を着た兵士達が数名、姿を現した。

「アレの完成は間近だ。完成すれば――楽しいショーが始まる。ショーの前座に、お前が死ぬか」

 対峙する、二人の兵士。
 殺気が膨らみ――どちらからともなく、攻撃を仕掛けた。




669 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/29(木) 20:41:21 ID:ZPFfsa1U
 銃声。金属音。風を切る音。人が倒れる音。血飛沫が上がる音。
 様々な物を耳にしながら、――詩音は、やはり呆然としていた。
 やがて、はっと我に返ったように顔を上げる。
 ずっと立ち尽くしていた悟史を引っ張るようにして、近くの木の陰に身を隠した。

 彼女は理解出来なかった。目の前の出来事、オセロットの目的、そして――リキッドの目的すらも。
 当然の事だった。もはや、オセロットをどうにかすれば悟史が助かるというレベルでは無くなってきている。
 目の前では、銃弾が飛び交っているのだ。
 当たり所が悪ければ、人が、死ぬ。
 とにかく。悟史くんを連れて、逃げなきゃ――混乱した頭でそう考える。
 だけどどこへ。どうやって。バイクに乗せたとして、どこへ連れて行けばいい?
 自宅へ閉じこもる? 園崎家本家にすがりつく? 警察に駆け込む? 診療所に連れて行く?
 ――この出来事を、誰が信じてくれる?

「…………どうすれば、いいのよ」

 誰も答えてくれない。あれほど会いたがっていた、悟史すらも。
 だけど、一つだけ分かっていた。
 このままここに留まれば、確実に――自分は死ぬであろう、という事を。

 こちらに加勢したように見える、リキッドに助けを求めるのか。
 ――そもそも、彼の素性が知れない。スネークとも関係があるだろうという人物に、助けを求めるのか。
 彼は悟史に用がある、と言った。
 ……これ以上、悟史くんを傷つける訳にはいかない。私が、悟史くんを守らないと。
 そうは思うものの、歯の根が合わずに、震える。
 恐怖。それをはっきりと感じていた。
 死にたくない。殺されたくはない。彼も殺されて欲しくは無い。
 ――やっぱり、どこか遠くへ逃げ……

「そこの小娘」

 びくり、と体を震わせる。
 見ると、隠れている木の直ぐ側に金髪の男――リキッドが立っていた。

「その小僧を、助けたいか?」
「…………え?」



670 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/01/29(木) 20:42:23 ID:ZPFfsa1U
 思わぬ申し出に目を丸くする。
 一体多数で不利と思われていた戦局が、逆転しつつあった。
 リキッドの仲間らしき人物が、いつの間にか現れ、大鉈を振るって戦っている。
 ただただ無感情に。淡々と。狂気に取り憑かれたかのように。
 どこか遠くの出来事のようにそれを眺める。
 男は振り返って言った。

「もしもそいつを助けたいのならば――協力しろ。俺はそいつを殺す為に来たのでは無い」

 真意が定かでは無い言葉。
 未だに状況すら理解出来ていないけど、――悟史くんを助けたいのか、と聞かれた事だけは分かった。
 だけど、すぐそこには血の臭いが立ちこめている。
 断ったのならば――お前もそこに並ぶ事になるぞ、と暗に脅されている。
 それはまるで、悪魔が契約を持ちかけているのかのよう。
 ……そう。あの時とよく似ていた。
 鉄平が死んだ時。オセロットに「会いたいか?」と聞かれた時。
 ――また、どちらかを選ばれなきゃいけない。
 重要な選択。自分に、悟史くんに関わる選択。
 ここで首を横に振ったのならば――――おそらく、誰も助からない。
 さっき、間違えちゃいけない、って考えたばかりなのに。
 ……でも、これが罰なのならば。私は、甘んじてそれを受け入れなければならない。
 それに――どうしても、彼を助けたくて。
 …………私には罪があるけど、彼には罪が無いから。
 だから、これはきっと罰。
 悪魔の誘いに、二度も応じてしまった、私への罰。
 ならばそれを受けよう。
 ――私が苦しむ事で、彼が助かるのなら。


「…………彼を、悟史くんを、助けて。……何だってするから」

 
 悪魔の囁きに肯定の返事を返して、――私は、普通の生活には戻れないかもしれない。と。
 そう、思った。
 



692 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/03/06(金) 22:48:15 ID:FuUVry3M
「大石さん。…………例の一件、何か分かりましたか?」
「なっはっは、こりゃ痛い所を疲れました。……それがまださっぱりでしてね。お手上げ、と言った所です」

 興宮にある店の一角で、私と大石さんは昼食を取っていた。
 本来なら、署内で済ませるべき物なのだが、「東京本庁から来た特命刑事との特別研修」と滅茶苦茶な理由をつけてここへ来たのだ。
 ……本当に、大石さんは変わられていない。
 そして、昼食のひとときに合わない話をしていた。例の殺人事件の事だ。
 幸い、周りには余り人がいないので、ちょっと声を潜めれば何を話していても分からないだろう。

「犯人がぶっ放した銃はAK。……しかし、ホトケには弾痕がありませんでした。
そうすると、AKは、あの二人の持ち物だ、って事になります。あんな山道に銃が落ちている訳ないですからねぇ。
もしも最初から犯人が銃を持っているのならそっちを使うでしょう」
「……なら、犯人はナイフだけで二人を殺害した、って事ですか? そんなのは――」

 あり得ない、と言おうとしたが止まる。実際、私は目の当たりにしていたからだ。
 奴の超人的な強さを。ナイフで銃弾を弾き、片手で軽々と突撃銃を扱った姿を。
 あいつなら、可能なのかもしれない。
 ……一体、彼は何者なんだろう。
 「彼」なのかすらも怪しいが、犯人の正体が気がかりだった。

 捜査は難航を極めているらしい。夜の山道、しかも目撃者は私一人だけなのだから。
 近隣住民の聞き込みも行ったそうだが、何も手がかりは得られずにいた。
 おまけに、被害者の身元の特定にも至っていない。手詰まりもいい所だ。

「赤坂さんの話、そしてホトケの状態から察するに、そうなっちゃいますよねぇ。
銃弾を弾いたあげく、片手でカラシニコフを撃っちゃうような人物なら、……可能でしょう」

 信じたくは、ないですけどねぇ。とどこか茶化した様子で大石さんは答えた。
 ……私を助けに来た、忍者の存在は彼に話していない。
 話が余計にややこしくなるし、それこそ正気を疑われてしまう。
 あの化け物の話をしただけでも、半信半疑といった様子なのだから。
 ――いや、大石さんは私を信じてくれていると思う。
 ただ、そんな化け物が存在する、という事を信じたくないだけなのだ。

「……本当に申し訳無いです。あの時、逃がさなければ……」
「いえいえ、むしろそんな化け物相手に生きて戻れた事が奇跡ですよ。無事で何よりです」

 からん、とお冷やに入っている氷が音を立てた。
 クーラーが効いている店内は静かだ。


693 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/03/06(金) 22:48:58 ID:FuUVry3M
 ふいに、大石さんが話題を変えた。


「それはそうと、祭りの日には会えたんですか? ――古手梨花に」

「いえ、それが、…………まだです」


 ここに来た、本来の目的。――私と妻を救ってくれた、少女の救出。
 今まで彼女の予言は真実だったから、それが続けば今年――彼女は殺されてしまう。
 それを止めるべく、私はここにやってきたのだ。……しかし、未だに彼女には会えていない。
 もう綿流しの祭りは終わっている。本来なら、――ここで終わりなのだ。
 だけど、まだ彼女は生きている。
 行動を起こすのが遅いのかもしれないが、…………私は、まだ彼女を救えるチャンスが残されている。
 今度こそ、彼女を救わなければ。
 そう思っているのに、未だに会えていないのは惜しかった。

「古手梨花の予言の話、……そして、アルファベットプロジェクトと入江機関の不正支出の話。…………どうもキナ臭いです。
雛見沢連続怪死事件に関わってそうな気もします。まずは古手梨花さんに詳しく話を聞きたい所ですが」
「……今朝、学校に電話を掛けてみました。でも――休みだったんです」
「おやおや、風邪でもひかれましたかなぁ? 季節の変わり目ですからねぇ」
「…………私もそう思ったんです。それで家に電話をかけました。でも――――留守でした」

 もっと早くから、接触を試みるべきだった――と今更のように思う。
 祭りの前に、彼女に会っておくべきだったのだ。
 学校にもいなくて、ひょっとしたら家にもいないかもしれない彼女。
 必死に、生き残る為に抵抗を始めているのかもしれない。
 早く、助け出さなければならない。

「風邪で寝込んでいる、という可能性は?」
「勿論あります。ですから、今日の夕方にでも伺ってみようと思っています。どちらにせよ、私は雛見沢に向かうつもりです」
「ちょうど良かった。私も調べなくちゃいけないことがあるんでね、一緒に行きましょう」
「それは……?」

 大石さんの話し方に引っかかりを覚えたので、尋ねてみる。
 すると、彼はもっと声を潜め、私に顔をぐっと近づけて言った。


「……今年もね、起こってしまったんです。――――オヤシロさまの祟りが」




694 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/03/06(金) 22:49:32 ID:FuUVry3M
 
「な、……それはどういう…………」

 私は愕然とした。
 五年目の祟り。それはすなわち、彼女――古手梨花が殺される、という事では無かったのか。
 だが彼女は生きている。なら誰が。

「これもまた秘匿捜査かかりそうなので、ご内密にお願いします。……興宮の郊外で、焼死体が発見されました」
「……死体の身元は?」
「もうすぐ特定されます。――しかし妙なんですよね、これが」

 大石さんは首を捻った。

「遺体はドラム缶に詰められていましてね、それで随分強く焼かれたみたいです。闘士型姿勢、って知ってますか?
急に焼かれると、皮膚が断裂してこんな感じに手足が屈折するんです。体の一部が炭化してたので、ガソリンか何かでしょうね」

 それで、と私は問う。

「ホトケは殺されてから焼かれました。ここまでは問題ありません。身元をはっきりさせない為のものかもしれませんし。
しかし、ドラム缶の中に、ホトケのものらしき財布が入っていましてね。身分証明書が入っていたんですよ、その中に」
「……ドラム缶の中? それはどういう――」
「遺体は死後二日以上経過しています。そして財布にはすすが少し付いているだけで、焼けてはいませんでした。
つまり、焼いてしばらくした後に入れられた、或いは中に落としたって訳ですね。……妙な話じゃありませんか?」

 ――確かに、妙な話だった。
 身元の判別を分かりづらくするため、死体を焼いたり、顔面を潰したりするのはよくある話だ。
 しかし、その死体の側に身元の証明出来る物があった。犯人が見落とした――とは考えづらい。
 被害者のバッグだかポケットだか分からないが、財布は被害者の物だとすると、ドラム缶の中に入っている理由が分からないのだ。
 何せ、財布は焼けてもいないし変形もしていないのだから、わざわざ「後から入れた」としか思えない。

 犯人の財布であるかもしれない、とも思った。
 だが、同じような理由でそれは却下される。財布という貴重品を落として気づかない人間はいないだろう。
 被害者と犯人が争った場所、もしくはドラム缶を設置する為の場所で、自分の持ち物をドラム缶の中に落とす。
 ――実際、そうだとしたらかなり間抜けな犯人だ。
 だが、ドラム缶は小さくない。上から覗き込んで中に落とすとしたら、財布は胸ポケットに入れていなければならない。
 そんな場所にある物が落ちて、気づかない犯人がいるのだろうか。
 ……とにかく、被害者の身元が分かれば、財布が誰の持ち物かも分かるだろう。
 そう思って、大石さんに財布の持ち主を問う。

「身分証明書に書かれていた名前は何ですか?」
「赤坂さんは知らないと思うけど、ここら辺ではちょっとした有名人の方です。――――――北条鉄平、ですよ。
名字で分かると思いますが、二年目と四年目の祟りに合われた方の関係者です。五年目の祟りには――」

 妥当と言えば、妥当ですね。と大石さんが言った。
 まだ、死体が北条鉄平なのかは確定していない。だが――ありうる話だった。
 ダム建設に賛成だった北条一家。その内の一人がまた選ばれただけの話だ。
 ――けれど、それは彼女の予言に含まれていなかったはずだ。
 その死が、何故起きたのか。彼女ですら予知できない出来事だったのか。



695 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/03/06(金) 22:50:06 ID:FuUVry3M
「もう一つ、妙な点があります。ホトケは銃殺されてたんですけどね、顔に打撲痕がありました。相当強く殴られたみたいです。
…………これも、変な気がしませんかぁ? 銃を持っている犯人が、『殺す為に』ホトケを襲ったのなら、最初に殴る必要は無いでしょう」
「……確かに。でも最初は気絶させるつもりで、急に殺さなければいけなくなった理由が出来たとしたら、或いは……」

 言っていて、妙だなと感じた。
 第一、そんな理由が思い浮かばない。被害者を気絶させて、どうするつもりだったのか。
 第二に、被害者を気絶させる為に襲ったのなら、銃を持っていたこと自体がおかしい。
 そもそも、相手を気絶させるのなら、殴るという原始的な行為ではなくても可能だ。
 薬物をかがせた方が手っ取り早い。
 銃で脅して、それから殴る為か――。だとしたら複数犯でなければ難しい。
 だとしても。犯人が複数いるのなら、よってたかって襲いかかれば銃なんて必要ないんじゃないか。
 ……ということは、初めは殺す気がなくて、争いが発展していく過程で銃を使ったのか。
 それとも、第三者が喧嘩の仲裁という形で、被害者を撃ったのか。
 ――分からない。やはり、妙だった。
 やれやれ、と大石さんが首を振る。

「今年のオヤシロさまは何を考えているのかさっぱりです。殴ってから頭をぶち抜いて、お急ぎで焼いて財布と一緒に死体を放置する理由が、ですね。
予言通りだと古手梨花がこの後に死ぬわけですから、余計に訳分かりません。おまけに、入江の先生まで行方不明なんですから」
「……入江先生が行方不明なんですか!?」

 私は驚いた。
 確か、彼は入江機関のトップで、確か、二佐――のはずだ。
 その彼が、行方不明になった。

「赤坂さんもご存じの通り、雛見沢に診療所は一つしかないです。そこの先生がどこかに行かれちゃ、村中の人が困りますよね。
……犯人は何を考えているのやら。目的がさっぱり分かりませんねぇ」

 私は一度、息を大きく吸ってからはき出した。
 ――先ほどから、頭の中に「彼女」の存在がちらついているのだ。
 すでに、事態は動き始めている。
 まだ――間に合う。だから、私が助けにいく。
 オヤシロさまの祟りも、今年で最後にする。これ以上犠牲者は出させない。

「……さてと。私と一緒に夕方に雛見沢へ行く、って事でいいですよね?」

 大石さんが話題を変えた。
 そろそろ、彼は署内に戻らなければならないのだろう。時計を気にしている。

「えぇ。お手数でしょうが、送ってくださると助かります。古手神社付近で降ろして下さい。帰りは何とかします」
「お安い御用です。こっちでの仕事はちゃっちゃと片付けちゃいますね。古手さんの件に関して、はっきりさせちゃいましょうか」

 そう言って、私と彼は店を後にした。


696 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/03/06(金) 22:50:45 ID:FuUVry3M
 ぶらぶらと適当に道を歩く。
 とある公園のベンチに、私は腰を下ろした。
 五年目の祟り。北条鉄平らしき人物が死亡。入江京介が行方不明。
 その数日前に、興宮郊外で殺人事件発生。
 ――はたして、繋がりはあるのだろうか。
 あったとしても、なかったとしても、今年の祟りは『何か』が違う。
 頭の中の何かが、ひっきりなしに警鐘を鳴らしている。
 またこの前の様な目に合うかもしれないぞ、と。何かが囁く。
 今度は拳銃もない。もしも――『奴』にまた会ったら、今度こそ命がないだろう。
 接近戦なら多少は有利だろうが、あいつは化け物のような人間だ。きっと格闘も強いに違いない。
 ――今度は生きて帰れないかもしれない。本当に、命が無い。
 五月蠅いぞ、ともう一人の自分を黙らせる。
 危険を犯すことなど何ともない。そう言い聞かせねば、やってられなかった。
 ここでぐうたらしても始まらない。こうしている間にも、彼女は救いを必要としている。
 だけど。助けに応じるのは、もう少し知識と強さが必要だ。
 私は雛見沢に詳しい訳では無い。ここへ来る前に、あらかた資料に目を通したが、全てを知ったとは言い切れないだろう。
 前者を満たそうと、図書館へ向かう事を考えた。
 雛見沢の地理、そして彼女が予言した怪死事件、入江機関などについて調べ直してみるか。
 
 そこでふと、この前すれ違ったスネークという人物を思い出した。
 彼は似ていた。私を襲った襲撃犯と。
 すれ違った時は、私は車に乗っていて、彼はこちらを見ていなかった。
 だから、彼が襲撃犯であるとは断定できない。顔をはっきりと見たわけではないからだ。
 が――怪しかった。大石さんの言うように、教師としては不自然とした体格も。
 この時期に赴任してきた事実も。外国の人間であることも。
 ――やはり、警戒しておくに越したことは無い。
 あの顔を強く思い浮かべながら、私は一歩、前に踏みしめた。

703 :本編@通りすがり代理:2009/03/28(土) 00:59:42 ID:dlWBLxOS
 したらばに投下されてたから転送するお。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー-----------------------

 羽入はひたすら走っていた。
 山道を駆け上がり、木々を掻き分け、ただひたすら梨花を探して進む。
 その姿は「通常の人間には」見えないようになっていて、今まで誰も彼女の姿に気づかなかった。
 羽入は、梨花からどこに隠れるのかを聞いている。
 しかし、「ある程度」聞いているだけであって、正確な居場所までは知らなかった。
 声を出して呼ぼうにも、返事が出来る状況ではないかもしれない。
 姿を現すわけにはいかず、ただひたすら探すしかなかった。

 そこでふと、彼女は疑問に思った。
 前までは姿を現すのに膨大な力を要したのに、今は現れたり消えたりすることが可能になっている。
 ――そもそも、自分達の力は、初めて6月を打ち破った時に尽きてしまうはずだったのに。
 こうして輪廻を続けていられるのは何故か、と。
 時を巻き戻す力が尽きているのならば、今頃梨花は死んでいたのかもしれない。
 しかし、毎回6月の初めごろには戻って来られている。
 梨花の死に方が変わり、蛇という異質なカケラが入り込んでも、それは変わらなかった。
 どうしてこういう事が起こるのだろう。 
 6月に死ぬ運命を回避出来たからか、それとも別の「何か」が力を貸してくれているのか――。


(……分からない)


 羽入自身でさえ、この力の出所がよく分からなかった。
 あの6月には梨花を救うために姿を現した。
 それが精一杯で、現れたり消えたりすることは中々出来なかった。
 なのに今は違う。
 時を巻き戻す力も衰えていないばかりか、姿を現す消すも自由だ。
 いったい、何故。
 この無限とも呼べる力はどこから来ているのか。

 とにかく今は梨花を探すことに集中しよう――と考えたとき、茂みの向こう側に何者かの姿が見えた。
 こちらの姿が見えていないことは分かるが、羽入はふと足を止めた。
 その人物は――サイボーグのような格好をし、刀を持っていて、まるで忍者のような出で立ちをしていたからだ。
 鷹野達の仲間だろうか。
 今まで見たことがない人物だったが、この歪んだ世界ならありうることだ。
 自分は見えていないから大丈夫――――そう考え、また走り出そうとする。



704 :本編@通りすがり代理:2009/03/28(土) 01:00:15 ID:dlWBLxOS
その一瞬の間、忍者は姿を消した。

 羽入が走りだそうとしたその瞬間に――忍者は羽入の目の前に姿を現す。
 そして、何の前触れもなく刀を羽入に突きつけた。


「動くな」


 忍者は、羽入を見据えてそう言った。
 ――そう、本来なら見えないはずの彼女をはっきりと見ているのだ。
 症候群の発症者でさえ、気配を何となく察知することしか出来ないのに。


「……どうして」


 羽入は震える声で言う。
 忍者らしき男の正体よりも、自分に刀が突きつけられていることよりも、何よりも驚くべき事。


「僕が、見えるのですか」

「――俺は……亡霊だ。本来ならこの世にいない。だからお前のような存在も見ることが出来る」


 亡霊。それはどういう意味なのか。
 一度死を経験したのか、死んでも死にきれないのか、生への執念だけでこの世に留まっているのか――。
 どれにせよ、彼が異様な存在であることを理解する。


「お前は、スネークという男を知っているか」


 羽入は僅かにたじろいだ。だが何も答えなかった。
 相変わらず、刀は羽入に向けて突きつけられている。
 もしこの状態で切られたらどうなるか――想像もつかなかったし、想像もしたくなかった。
 ただ、大人しくしているしかない。
 忍者は沈黙を肯定と捉えたようだった。



705 :本編@通りすがり代理:2009/03/28(土) 01:00:51 ID:dlWBLxOS
「スネークは、今どこにいる?」

「……知らないのです」


 今度は正直に答えた。
 嘘をついても意味がない、この男には通用しない――羽入はそう考えたからだ。
 そうか、と男は言う。羽入は害がないと判断したのか、刀の切っ先を僅かに下げた。
 代わりに、羽入が男に問いかける。


「……貴方は、一体……、誰なのですか?」

「違う。まず自分から名乗るものだ」

「……僕は……、羽入、と呼ばれています」


 半ば脅迫されながら、羽入は自分の名前を答えた。
 そして、忍者のような男も答える。


「俺は――かつて、グレイ・フォックスと呼ばれていた。今は――ただの亡霊、だ」


 忍者は羽入に背を向ける。
 待って下さい、と声をかける羽入を無視し、通信機のようなものを起動しようとしていた。


「……グレイ・フォックス、と言いましたね。……貴方は一体何者なのですか? 鷹野達の味方なのですか?」


 僕達の敵ですか、と尋ねる。
 返事は期待していなかったが、忍者――グレイ・フォックスは答えた。


「敵や味方――そういうくだらない関係を超越した世界から帰ってきた」


 羽入は知らないが、通信機はある人物へと繋がる。


「……いずれ、その時が来れば分かる」


 そして、彼は「ある人物」と何十年ぶりかの再会を果たすのだった。


729 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/05/19(火) 20:58:05 ID:twPDDXqT

 和室に蛇とお魎が居た。お魎の事をよく知るものがいたら、珍しい光景だ、と思うことだろう。
 彼女は、極端に余所者を嫌っていたからだ。
 園崎お魎は頭首として、威厳ある態度を取り、雛見沢をつねに導いてきた。
 しかし、時代は古めかしい風習を必要としなくなった。
 彼女はそれを察知した。園崎家の土地を売り、「新しい風」を招こうとしたのはその為だった。
 前原圭一。彼という「新しい風」の存在によって、ここ数日で劇的な変化があった。
 北条家に対する冷遇という、ダム戦争時からずっと続いていた因習を打ち破ったのだ。
 彼の熱弁で、ずっと辛かった沙都子が、因習からも、北条鉄平からも解放されたのだ。
 レナは、圭一達に詰め寄られたお魎が「どこかほっとして見えた」と語った。
 事実、そうであったのかは、彼女の胸中を知るものでないと分からない。
 だが。余所者――しかも外国人であるスネークを、部屋に招いて話している姿を見ると。
 彼女が、変わったという事だけははっきりと理解できる。それだけでも十分だった。



 対面する、スネークとお魎。
 どちらも多弁という訳ではないので、和室には沈黙が降りている。だが息苦しくはない。
 蛇は招かれた側なので、お魎がこちらに対して話があるのだろうと判断し、お魎が話し出すのを待っている。
 ――そして、こちら側の「本題」を切り出すつもりでいるのだ。
 お魎がようやく口を開いた。

「先生には本当に感謝しとるんよ」

 いきなり言われ蛇は少し驚き、何の話だ、と言った。
 あの噂に聞くお魎が、自ら感謝の言葉を口にするとは思わなかったからだ。
 それも、余所者でしかないスネークに対して。蛇は戸惑いを隠せなかった。

「私ゃな。ずっとこの村の換気をしようと思ってたんね」
「……村の換気?」

 お魎は頷いた。

「……雛見沢に漂う悪い空気。私らみたいな悪い空気は追い出されるべきなんよ。この村には、勢いがある若者のような新しい風が必要さね」

 「悪い空気」はオヤシロさまの祟りや村八分の事を示しているのだろう、と蛇は推測した。
 そして、勢いがある若者のような新しい風とは――。
 北条鉄平が帰還した件に、圭一が園崎家に怒鳴り込んだという、あの時の事を話しているのか、とも考えた。


730 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/05/19(火) 20:58:47 ID:twPDDXqT
「大した若い衆が来たんね。あんなのが居てくれたら、わしゃあ安心できるわ。先生の教育の賜物と言った所さね」
「……いや、あれは」

 子供たちが勝手にやったことであって、自分は関知していない。
 そう伝えたが、お魎の気持ちは変わらなかったようだ。
 魅音も詩音もスネークが来てからより騒がしくなったらしい。その様子を想像して蛇は苦笑した。
 大方、どう罠に陥れるか考えているのだろう。
 ふと、お魎がぽつりと呟いた。

「……先生。孫たちのこと、頼むんね」

 ああ、と快諾の返事を返す。
 噂に聞いていた「園崎天皇」とはうって変わった様子に、蛇は戸惑っていた。
 ――彼女は、老いを感じているのだろうか。
 全ての人間に等しく訪れるそれは逃れられない。だからこそ、「新しい風」に全てを託そうとしているのか。

「昔は私も元気やったん、何だか若い衆に押されてしおらしくなってしまったんわ」

 お魎も自覚しているのか、からからと笑った。

「……その。聞きたい事があるんだが」

 「昔」というワードに、蛇は本来の目的を思い出す。
 なんね、と返されたが、蛇は何となく罪悪感のようなものを感じた。
 今から出す話題は、シビアな物だ。少なくとも、戦争を体験した者にとっては。
 思い出すのも嫌な者もいるし、或いは家族を失った悲しみに暮れ、口を閉ざす者もいる。
 蛇自身も、兵士という立場に身を置いているのでよく分かる。――家族を失うこと以外については。
 ――仕方が無い。これは任務だ。と彼は自分自身に言い聞かせた。
 まず、自分が歴史に興味がある事を切り出す。入江の時にも、詩音の時もついた嘘だ。
 そして、昭和史、とりわけ第二次世界大戦中の歴史を研究している、と蛇は言った。
 お魎の眉が、僅かに動く。

「……風の噂で聞いた話だが、…………俺は、この国、この地域に存在する、風土病について知っている」

 表情は変わらない。

「……その風土病に関する、大戦中に存在したという、旧帝国陸軍の施設。その場所を知りたい」

 尚も、表情は変わらない。
 怒っているのか、悲しんでいるのか、はたまた呆れているのか。その表情からは、判別がつかなかった。
 突然ですまない、と付け加えた謝罪をする。聞き苦しい言い訳だ、と蛇自身も感じていた。
 今まで得られた手がかりは少ないから、どうしてもお魎から聞き出さなければならなかった。――大佐達の言う通りに。

 そこでふと、思考を中断する。目の前のお魎が、

 肩を震わせて、笑っていたからだ。



731 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/05/19(火) 20:59:32 ID:twPDDXqT
 からからと陽気に笑うお魎を見て、スネークは呆気にとられた。
 何か可笑しい事でも言ったのか。そんな事も知らないのか、とあざ笑ったのか。
 答えは。

「……そんなもの、聞いた事もなか」

 そのどちらでも無かった。ただ聞いた事がない、と。
 そんなはずは無い、と言おうとしたが遮られた。

「風土病? 大戦中にあった研究施設? 何を言っちょるんね。こん雛見沢に風土病があると?
ずっとこの地に住んでるんが一度もそんな話は聞いたことがなぎゃあ」

 風土病については、以外にも全く知らないらしい。
 それどころか、そんな事を言ったのは誰だ、風土病など穢らわしいと言い出した。
 お魎の反応は「全く知らない」という反応だった。これは蛇にとって予想外だ。
 市民には分からないようにカモフラージュされていたのかもしれない、と考えて質問を変えた。 

「……なら、軍のそれらしき施設の場所は分からないか?」
「なぁんど同じ事を言わせるんね。戦争中は皆生きるのに必死で、軍の事など気にしとらんわ。
誰に聞いたか知らんが、冗談でも言われたんね。そんなのある訳がない」

 そうして、また少しだけ笑った。
 大方、「お前は騙された」とでも言いたいのだろう。風土病の施設など、雛見沢に無いと。
 その後も、いくつか質問をぶつけてみた。
 曰く、園崎家は戦時中、さほど栄えていなかった、と。
 曰く、戦後に栄えた家だから、それ以前の事は余り詳しくない、と。
 たとえ軍の施設があったとしても、今は跡形も無いだろうし、誰にも分からないだろう、と。
 仮に風土病があったとしても、そんなものは誰も知らない、と。


732 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/05/19(火) 21:00:49 ID:twPDDXqT
 

 蛇は入江の顔を思い出す。
 おそらく、こうなることは分かっていたのだろう。
 彼は、ただ沙都子を守りたかったのだろうか。未知なる男の好奇心から。
 その結果、もっともそうな「嘘」で騙した。あるいは、お魎なら知っているかもしれない、と思ったのか。
 ――どちらにせよ、一杯食わされた、という訳か。
 蛇は自嘲気味に笑った。
 まさか、あの善良で嘘がつけないような医者に騙されるとは思っていなかった。
 これ以上は無駄だと判断し、適当に礼を言い、お魎と別れた。


 メタルギアに関する情報は、何も得られなかった。
 そして、別件で梨花、沙都子、羽入が危険な状況下にある。
 謎の兵士たちの襲撃にあい、フォックスに助けられた。


 事態は動き始めている。
 蛇は、次にどんな行動を取るべきなのか。




748 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/06/10(水) 22:19:25 ID:T5ppuaTx
TIPS:襲撃犯の正体 (修正)

「にしても、本当に災難でしたねぇ。――――赤坂君」

「えぇ。…………久々に雛見沢へ来た、って言うのに、殺人事件に巻き込まれるとは思ってもいませんでした」

 私は、大石さんに連れられ雛見沢を廻っていた。
 …………堅苦しいイメージを払拭しようとして、『僕』を使っていたが、やはり割りにあわないので、
 もう一人称は完全に『私』に戻ってしまった。
 彼女は子供だが、大人びた面も持ち合わせている。『私』だろうと『僕』だろうと、一人の『赤坂衛』として、
 再開を受け止めてくれるだろう。
 雛見沢はあの時と変わらず、のどかな田舎だった。
 ――こんな『のどかな田舎』の近くで殺人事件が起きた、のが信じがたい。
 ずっと続いているオヤシロさまの祟りなど、色々と謎が多い。
 だから、彼女の平穏な生活を手助けしようと、――――雛見沢に、来た。

「大石さん。その殺人事件の犯人の目星はつきましたか?」

 とりあえず疑問を口にする。
「いやぁ~それがですねぇ、さっぱりなんですよ。残されていた薬莢から銃は特定できたんですがね。
赤坂君の所見通り、AK-48でした。…………片手で撃つなんて、只者じゃないどころか、軍人かもしれませんねぇ」

 私の予想通り、銃はAKだったのか。
 にしても、何故そんな銃があんな所にあったのだろうか?
 大石さんの言う通り、――――軍人かもしれない。戦い慣れしていることからも、推測できる。
 何があってあの二人を殺害したのか。
 何があって物騒なモノを持っていたのか。
 何があって――忍者が、現れたのか。

「おやぁ? あれはスネークさんと前原さんじゃないですか」

 私の思考は大石さんの言葉で中断された。大石さんが見ている方向を、私も見る。
 そこには中学生か高校生ぐらいの少年と、がっしりとした体格の外人の男がいた。
 おそらく、外人の男が「スネーク」で、少年が「前原」というのだろう。
 二人は楽しそうに喋りながら歩いていた。
 ――――待てよ、あの男、どこかで。


749 :通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE :2009/06/10(水) 22:20:44 ID:T5ppuaTx
「あの外人風の男がスネークという人なんですか?」
「えぇ。私も、この前知り合ったばかりです。あの隣にいる前原さんって子達の教師――らしいですよ。
……それにしては、どーも怪しいと思うんだけどなぁ」

 怪しい。その一言が、記憶のどこかに引っかかる。
 思い出せ。スネークとかいう男、どこかで――――。

 引き絞られた矢のように、低く走ってきた姿。
 狂気に彩られた表情で、銃を拾い上げた姿。
 何のためらいもなく、引き金を引いた姿。
 ――そう、彼は、「奴」と似ていた。

「赤坂さん? どうかしましたぁ?」
「いえ、――何でもないです。この村に外国の人がいるなんて珍しいな、と思いまして」

 適当に誤魔化しておいた。
 大石さんに話しても良かったが、まだ確信が持てていない。
 犯人の顔をはっきりと見ていないからだ。あの暗闇の中では仕方がなかった。
 ただでさえ違法捜査が問題とされているこのご時世だ。定年間近の大石さんに迷惑はかけられない。
 体格とか雰囲気が似ている。そうとしか、答えようが無かった。

「6月という中途半端な時期に赴任して来て、それが綿流しのちょうど前。しかも『スネーク』なんて面白い名前ですからね。
珍しいというか、何かこう、引っかかりますよねぇ」

 刑事のカンって奴ですかね。と笑う大石さん。
 ……その経歴も変だ。この時期に、教師として雛見沢に来る必要があるのか。
 ちょうどその時、二人とすれ違った。私はスネークという人の風貌をしっかりと見た。
 身長はだいたい180cmぐらい。――アメリカ人だろうか。ハーフのような気もした。
 車の中からでもわかる、只者ではない雰囲気を醸し出している。……しかし、その表情は穏やかだ。
 そもそもあんな残酷な殺人狂が、教師という職業についているとは信じがたい。
 しかし、殺人を犯す人間は、全員が根っからの狂人という訳ではない。日常生活では仮面を被っている場合もある。
 教師としては不自然な体格。油断ならない目つき。
 それに加えて私を襲った犯人と『似ている』のは事実だ。更にこんな田舎にくる外人は滅多にいない。
 ……彼と、接触するときには、警戒しよう。
 スネークという人物の顔を目に焼き付けながら、そう、思った。


762 :通りすがりの人 ◆/PADlWx/sE :2009/06/21(日) 17:45:38 ID:o1VsiyGg
TIPS:とある地下での会話

「入江所長、……大丈夫ですか?」
「いえ、お気遣い無く。…………私がもっとしっかりしてれば、このような事態にはならなかったはずです。申し訳無い……」

 監視の目をはばかるように、二人は声を潜めて会話をする。

「僕は綿流しの日にこちらに連れ込まれたのですが、所長はいつからですか?」
「私は……、前の日の土曜日からです。……富竹さん、『オセロット』と名乗る外人に心あたりはありますか?」
「……初耳です。一体、何が起きているんでしょう」
「彼は、鷹野さんの知り合いを名乗りました。目的は明かしませんでしたが、……北条悟史君を、攫ったようです」
「悟史君を? 一体、何の為に?」

 富竹は混乱していた。
 梨花の予言が的中していた事、信じていた鷹野が裏切った事、入江も捕まっていた事――。

「それは私にも分かりません。……考えたくない話ですが、雛見沢症候群の発症者を何かに利用しようとしているかもしれません。
まさか……、鷹野さん達がそんな事をするなんて、…………信じたくないですが」
「……僕も同感です」

 お互い、鷹野を信じたい気持ちは一緒だった。入江は表情を曇らせて俯く。

「……私が、甘かった。症候群の研究も、入江機関の運営も、……彼女に任せっぱなしだった。
鷹野さんにとっては負担だったかもしれない。この事態だって、……本当は彼女が望んでいない事かもしれない」

 入江にあるのは、後悔の念だった。

「私は……、『所長』という名の椅子に座っているだけだった。無力だった。何も、気づく事が出来なかったッ……!!」

 自責の念に苛まれて感情が高ぶったのか、入江の肩が震える。
 動けない身であるが、富竹は彼を慰めようとした。

「……そんなに自分を責めないで下さい。僕も……同じです。僕が鷹野さんの一番近くにいた。なのに彼女の悩みを何も知らなかった。
入江所長、……まだ間に合います。僕らはまだ生きています。悟史君を、鷹野さんを、……救うことが出来ます」


763 :通りすがりの人 ◆/PADlWx/sE :2009/06/21(日) 17:49:33 ID:o1VsiyGg

 彼らは、自分の過ちに気づいた。
 罪を認めるという事は、とても難しいこと。
 それを乗り越えられれば、強い意志が宿る。強い意志は、運命すら打ち破る。

「信じて貰えないかもしれませんが、僕は梨花ちゃんに『予言』を受けていました。――鷹野さんは僕らを裏切る。
『東京』の中には、好ましくない連中がいて、彼女と手を組む。そして、――――僕を殺す、と」
「そんな……。梨花ちゃんが、そんな事を」

 入江はかなり驚いていた。
 女王感染者とはいえ、梨花が『東京』の事情まで知っていたからだ。

「……僕が捕まった時、会話から窺う限り、…………鷹野さんは、僕を殺すつもりでいたのかもしれません。
僕が梨花ちゃんから聞いた事をそのまま言ったら、彼女はかなり動揺していました。……事実だったのでしょう」
「……」
「梨花ちゃんの予言では、…………梨花ちゃんも殺されることになっています」
「まさか……! 女王感染者である彼女が死んだら、村人はどうなるか、」
「鷹野さんは、知っているはずです。それを知っている上で、あえて行う、と。…………一刻も早く、助けてあげなければなりません」

 富竹の目には、強い光が宿っていた。

「僕達はこうして監禁されていますが、こうして情報交換ぐらいなら出来ます。口を塞がないのは疑問ですが……。
どうにか隙を窺って脱出しましょう。番犬部隊さえ呼べれば、何とかなるはずです」
「……そうですね」

 入江も、先ほど後悔の念に打ちひしがれていた時とは違った表情を見せた。

「……まだ、私にも出来ることがあるのならば、協力します。私はもう飾りではない。悟史君を助ける、と約束したのに、助けられていない。
必ず、……鷹野さんを止めましょう!」

 二人は頷き合った。
 少しずつ、運命の歯車が動き出した。


769 :通りすがりの人 ◆/PADlWx/sE :2009/07/04(土) 20:45:18 ID:piF//whC
TIPS:「ニアミス」

「お腹、空いたわ……」

 おそらく誰もいないであろう山中で、私はそう愚痴をこぼした。
 先ほど見かけたやる気の無い山狗は、あれから姿を見せていない。
 たぶん彼らは一端引き上げてから、体勢を整え本格的な捜索をするはずだ。……それにしては戻りが遅い。
 大方、鷹野が怒鳴り散らしているのだろう。内輪もめはこっちにとって都合がいい。
 すでに辺りは暗くなっていて、ひぐらしが鳴く時間帯になっていた。
 私はというと、ついさっき木のうろを発見したので、今はその中に潜り込んでいる。
 ちょうど子供ぐらいの大きさなので、外からもあまり見えないだろう。スネークの服も役に立っているしね、くすくす。
 見つかりにくいのはいいとして……、この空腹はどうしようもない。
 ポケットに詰め込んできたなけなしのお菓子は底を尽きてしまった。
 圭一達がもっと早く助けてくれる、と思っていたけれど、何かあったのかしら。姿を消せる連絡係も来ないしね。
 こうして潜んでいることしか出来ない無力さが、……歯がゆい。

「……疲れた」

 ここに来てから進展がない。
 敵に動揺を与えている、と考えればいいけれど。私にとっては退屈そのもの。……おまけに暑い。
 ……あれはいつだったか。
 まだ、昭和58年6月という運命の袋小路に閉じ込められていた頃。
 一度だけ、死から逃れようとこうして隠れたことがあったっけ。あんな思いはもうしたくない、って思ったけどね。
 まさか、6月を突破出来るようになってからも、こうなるとは思わなかったな。
 私は関係無い事を考え始めていた。……なんだか眠くなってきたからだ。
 このスペースは湿気が高い。狭いし、周りは自然ばかり。
 眠い、というよりも、意識が朦朧としている、って言った方が正しいかもしれない。
 …………ペットボトルに入っている水も、……あと少しだ。
 他の場所に、食料と水が隠してあるが、いつ山狗が戻ってくるか分からないので、移動するのは危険だろう。
 この準備の薄さは、迂闊だった、としか言いようがない。
 でも今は、周りに人影も気配も無い。
 ――少しぐらい、いいかな。と思った。今の私には、頼もしい仲間達がいるんだし。きっとすぐに来てくれるって。
 木に背中を垂直にくっつけて、足を伸ばして座る。そして目を閉じた。
 この体勢なら、深い眠りに入ったとしても、体が左右・前のどちらかに傾くので、なんとか起きられる。
 ここならきっと山狗に見つからない。
 ……今から思えば、なんて緊張感が無い行為だったんだろう、って思うけど。
 その時の私は、誰もいない所で丸一日隠れていて、おまけに空腹で疲れきっていたのだ。
 体力を補う為に。少しだけ、という意味で、眠りに入ってしまった。

 ――スネークは、どこへ行ってしまったんだろう。

 一つの懸念事項を抱えながら。


770 :通りすがりの人 ◆/PADlWx/sE :2009/07/04(土) 20:47:35 ID:piF//whC
 

『あう~! 梨ぃ~花ぁ~~!! どこなのですか~!』

 奇妙な忍者と別れた後、羽入はなりふりかまわず梨花を探していた。
 スネークの失踪、詩音の欠席、鉄平の死、そして沙都子が敵陣に一人で挑む。
 ――梨花が身を隠している間も、確実に、事態は動いていた。良くない方向へ。
 当初の予定では、直ぐに部活メンバーで梨花を助ける予定だった。
 しかし、色々と事情が異なってしまい、梨花との合流が遅れている。
 それでも。
 この状況で梨花を探せるのは、姿を消せる自分しかいない――と羽入は考えていた。
『お願いです~! 梨花ぁ! 今は山狗がいませんですので、返事をして下さい~!』
 羽入はうろうろと歩き回る。
『あぅあぅあぅあぅ……。約束した場所よりもだいぶ移動してますです……』
 きょろきょろと辺りを見渡しながら、独り言のように呟く。
『山狗が探しに来たかもしれないのですね。でも僕が先に見つけないとどんどん遠くなるのです……ぁぅ……』


 困った表情を見せながら、羽入は駆け抜けていった。――梨花が隠れている木の側を。
 そして、休んでいる梨花も羽入に気づく事が出来なかった。

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最終更新:2009年08月25日 11:39