「古手梨花が行方不明って、どういうことなのッ!!!!」
鷹野の怒声が響き渡る。
周りの「山狗」も、鷹野の命令に従ってはいるものの、露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
「まだ未確認ですんね。ただ学校を休んでいるだけかもしれな」
「そんな訳ないでしょッ!! 今直ぐにでも突入するのよ!」
小此木が舌打ちするのが聞こえてきた。「お姫様」の子守にうんざりしてきた所なのだろう。
「だいたい、変よ! 昨日の祭りの後、誰も梨花が自宅に戻っているのを見かけていないなんて、おかしいでしょ!?
周りに人がいないなら、山狗二人を突入させなさいッ!!!」
鷹野が喚く。
自傷癖があるのか、自分の腕に爪を立てていた。
機嫌がものすごく悪いため、山狗の隊員がコーヒーを差し出しても、見向きもしなかった。
……ようやく動きがあったとはいえ、退屈だ。
俺としては「R」――古手梨花――とやらの動きよりも、スネーク、リキッド、忍者が何処にいるのかの方が重要だ。
スネークとはもうすぐ会えそうだがな…………。スネークがあの小娘に殺される訳が無い。
それまでは、この女のご機嫌取りに努めるのも、悪くはない。
「鷹野三佐、落ち着いて下さい。まだ時間があります」
何を悠長なことを言っている、とばかりに睨まれた。
「オセロット、私たちは古手梨花に消えられたりしたら困るの! 分かっているでしょう!?
勝手に余所の街に逃げられたり、その辺りで野垂れ死にされたら、私にとっても貴方にとっても損でしょう!?」
「確かにそれはそうです。富竹とやらの話からすれば、古手梨花は我々の計画をどこかで嗅ぎつけたそうじゃないですか。
逃げ出す可能性はありますが、おびき出す方法はありますよ、三佐」
「おびき出す…………? どうやって……?」
こちらに食いついてきたのが分かった。
風土病の研究面では優秀だが、こういう頭脳戦になると、怒鳴るだけしか脳が無いらしい。
この先兵士の進軍を指揮することがあったとしたら、突入しかさせないだろう。
続きを話そうと思ったら、小此木に遮られた。
「三佐、R宅の突入準備が整いました。突入させますか?」
「…………始めなさい。慎重にね」
「了解。…………本部より鳳。突入開始。突入は慎重にされたし。付近の住民に発見されたら、ガス管の工事と偽れ。
Rを発見したら、検査を偽って診療所まで連れて来い」
『鳳7了解。……突入する』
しばらくの沈黙の後、焦った山狗の声が聞こえてきた。
「本部より鳳7、8。どうした? Rは発見できたか?」
『こちら鳳8。全ての部屋を捜索したが、Rは見あたらない。昨晩から、帰宅した様子が無いものと見られる』
「なっ………………!?」
絶句する鷹野を尻目に、小此木は指示を下した。
「……本部了解。付近の住民やRの友人に気づかれないように帰投せよ。侵入の痕跡は残すな」
『鳳7了解』『鳳8了解』
「いったい、梨花はどこに行ったというの…………!? オセロット、梨花をおびき出す方法を早く教えなさい!」
「先ほどお話になっていた『五年目の祟り』。これを利用するだけの話ですよ」
早く具体的な方法を教えろとばかりの視線を浴びせられる。
それらの視線を感じながら、ゆっくりと鷹野に近づいた。
「我々が保管している男の死体。聞けば、そいつはRと同居している友人の叔父らしいじゃないですか。
………………これを利用しない他はないでしょう? 確実に、これを使えば我々の所に向かってくるはずです。
友人が我々の手の内にあるとならば、…………Rも来ますよ」
鷹野は最初、呆気にとられていたが、そのうち笑い出した。
「くすくすくす……あはははははははは! そういうことね! 五年目の祟りにはあの男が死んだことにすればいい。
そうして沙都子ちゃんをおびき出して、古手梨花を捕まえるの! あははははははははははは……!」
鷹野は狂ったように笑い続ける。
――――自分の身の程を知らない、哀れな奴だ。
幕が下ろされるまで、せいぜい舞台でピエロを演じ続けるがいい………………。
TIPS:山猫の動向
雛見沢のどこかにある、地下のとある施設。
カツン、カツン――――と足音が響く。
そして、リボルバー・オセロットが姿を現した。
「…………………………」
山猫を語る老人は、何も言わずに「ソレ」を見上げた。
「ソレ」は爬虫類を思わせる、――巨大なメカだった。
全長およそ十二メートル、幅は六メートルもあるだろう。人間のように歩ける「脚」がついていて、「腕」にあたる部分には
おぞましい兵器がついている。基本武装はメタルギアREX――スネークがいる世界を知っている人間なら分かるはず――とほぼ同じだった。
それは、このメタルギアがオセロットの持ち込んだREXのデータをベースに設計されたものだからである。
REXと大きく違うのは、核兵器そのものが搭載されていないことだった。
その代わり、この兵器には特殊なミサイルがつけられる構造になっていた。形からして、二種類のミサイルがつけられるようだ。
だが、今は取り外されている。そのため、ミサイルの効力は今の所は分からない。
「脚」の付け根辺りに、このメカの名前の刻印がしてある。
「メタルギア0846」
それが、この兵器の、名前だった。
「…………完成はまだか?」
オセロットが近くの職員に聞く。
「はっ。三佐が協力してくれたおかげで思ったよりも開発の速度は速いです。……あと一、二週間もすれば試験運用が出来ると思われます。
今日ははメンテナンス中なので、起動することは出来ません」
「……そうか」
綿流しの日までに、スネークが動きを封じられなければいけなかった理由。それはこのメタルギアにあった。
今はミサイルが取り外されていて、メンテナンスのため、誘導ミサイルやレーザービーム、マシンガンなども使用出来ない。
この時期にメタルギアを発見されたら、なすすべもなく破壊されるのは明らかだった。
地下にそびえ立っている、メタルギア0846。
……それは、地下にありながら、この雛見沢全てを、見下ろしているかのように見えた――――。
所変わって、診療所。こちらも地下の部屋だ。
薄暗い部屋には、先ほどの老人――オセロット――と、この診療所の所長、入江京介がいた。
だが、所長という権限をもつはずの入江は、椅子に拘束されている。
入江はオセロットを睨み付けているが、オセロットは気にした様子もなく、右へ左へとゆっくり歩き回っていた。
「ロシア――――いや、ソ連では様々な職種の記念日がある」
この男は何を言っているんだろうか。
そう言いたげな入江の視線を無視し、オセロットは一方的に喋り続ける。
「六月の第三週の日曜日、つまり今日。今日は『医者の日』だ。本来なら国をあげて盛大に祝うものだが、……歓迎場所がこの様な所で済まないな」
入江は何も答えなかった。
代わりに、こんなことを切り出した。
「…………貴方たちの、目的は何ですか。貴方はいったい何者なんですか……?」
「私はそれに答える義務は無い」
オセロットは入江に何の情報を与えるつもりはなかった。
外の世界を眺めることしかできない囚人を、虐げて遊んでいるだけだ。
「……………………悟史君を、どうするつもりなのですか……?」
入江が悟史の名前を口にしたとたん、オセロットは少し嗤った。
「ふん。……寝たきりではつまらないから、歩けるようにしてやっただけだ。もうじき、友人に会いに行けるようになるだろう」
「あの状態で動かすなんてことをしたら……!!」
「どうなるかはお前が一番分かっているだろう。…………部下の反乱に気づきもせずに、ただ『所長』という名の椅子に座っているだけの、お前でもな」
ぐっ、と入江は言葉を詰まらせる。
――――――「所長」とは名ばかりだということは、私にも分かっていた。
研究の中心はほぼ鷹野さんにあって、……東京に色々と働きかけたのも鷹野さんだ。
その鷹野さんが、このオセロットという老人の仲間で、雛見沢症候群を、悟史君を、操ろうとしているなんて――――。
認めたくなかった。
信じたくもなかった。
「明日にでもお前の行方不明は知れ渡るだろう。鷹野が『五年目の祟りに名を残すのは名誉なことだ』と言っていたぞ。良かったな。
…………まだお前は生きていられる。その時が来るまでは、そこで指を咥えて見ているがいい」
そう言い残して、オセロットはその部屋を後にした。
残された入江は、今拘束されている自分に何か出来ることが無いかと、必死に画策していた。
ひぐらしだけが、全てを知っているかのように、静かに鳴いていた――――。
……あら?
ついこの間まで、諦めたり、怒ったり、泣いたり、騒いでいたりしたのに。
いつの間に、やる気になったのかしら?
ふふ…………。初めて6月を超えたはずなのに、8月の終わりにまたこの時間に戻ってきたときは、すごく絶望していたのにね。
そこから、100年とまでは行かないけれど、長い年月をかけて、蛇を招いた。
厄災しかもたらさなかった蛇も、だんだん成長してきて、いい駒になった。
初めの頃には3回に1回ぐらいしか来なかったのに、毎回雛見沢に来るようになった。
だからあの子は、蛇に期待しているの。
だけど、肝心の蛇さんは行方不明。
仲間の誰にも自分から打ち明けられていない。
こんな状態なのに、よく頑張れる気になれるわね。
くすくすくす、と笑い声が漏れる。
私としては、どちらでもいいわ。
**たいなら、**でもいい。歪んだ運命に身を任せてもいい。
それでも必死に足掻く姿が、どこかおかしいんだもの。
誰かが発症しているかもしれないのにね?
蛇さんも、「味方」と決まった訳ではないのにね?
蛇さんが来たせいで、「昭和58年8月」の滅ぼされ方が決まったかもしれないのにね?
まぁいいわ。「綿流し」のお祭りは、もう終わったんだもの。
まだ、第二部が残ってる。
……第二部が終わっても、余韻に浸っている暇はないけれどね?
ふふふふふ、とまた私は笑った。
――――さぁ、私を楽しませてちょうだいね。せいぜい頑張りなさい…………。
「おい。そっちにはいたか?」
「いや、誰もいない。…………たっく、何で三佐もこんな山の中を探させるかなぁ」
「研究の続投を賭けているから、だろ。…………さすがに、こんな山の中にはいないだろ」
「……このぐらいで引き上げるか。隊長に連絡するぞ」
「了解」
がさがさがさ、と茂みを掻き分けて山狗が去っていく。
………………完全に彼らの姿が見えなくなってから、私は茂みからひょこっと頭を突き出した。
私は、誰かに*された訳じゃないし、誘拐された訳でもない。
ただちょっと、みんなの前から姿を消して、山に隠れていただけだ。
……正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。
彼らが不真面目だったことと、自分の小さい身長に、これほど感謝したことは無い。
体中に葉っぱがくっついていたので、それを手で払う。
……それでも、私の全身は草みたいになっているけれど。
私は今、私服を着ていない。制服でもないし、はたまた巫女服でもない。
昨日の夜、スネークのテントから失敬した物だ。俗に言う、「迷彩服」とか言うヤツね。
おととい、岡村と富田を唆したときも、「変わった服だなぁ」ぐらいにしか思っていなかった。
スネークの本業が、こういう「敵に見つからないように進む」ことだとしたら、迷彩服を沢山持っていてもおかしくない。
私が着ている迷彩服は「リーフ」というらしい。草むらのようなデザインがされている。
他にも、山や森林で隠れるのに役立ちそうなのをいくつか持ってきた。
…………「ガーコ」とかレナがお持ち帰りしそうなヤツは何に使うんだろう。「光合成が出来る」らしい「モス」も怪しい。
「爆発や炎のダメージが軽減出来る」だの「ライコフに成りすます」だの、意味分からないものも多かった。
その他、山の中で使いそうにもない物は置いてきた。
いわば、私がしているのは「命を懸けたかくれんぼ」だ。かつて、彼ら山狗と「命を懸けた鬼ごっこ」をしたかのように。
私は、誰にも見つからずに、48時間過ごさなければいけない。
時間が無かったから、こうするより他ならなかったんだ。
6月を初めて打ち破った世界で部活メンバーが教えてくれた「48時間作戦」。今、これに賭けている。
私が48時間作戦を単独で――――いや、羽入と二人で実行している理由。
一つは、48時間行方不明になることで、死亡説が流れるんじゃないのか、って思っていること。
……まぁ、証拠が無い限り、それは無理だけど。
少なくとも、私が消えたことによって、彼らには動揺が生まれているだろう。
もう一つは、こうして時間を稼いでいる間に、部活メンバーが次の一手を撃ってくれるんじゃないか、って期待していること。
一番いいことは、大石と協力体制を取って、きちんとした「48時間作戦」を実行してくれることね。
……本当は、魅音の家の地下に避難するのが最善手なのだと思っている。
でも、それは無理な話だった。
もっとちゃんとした時間があれば、絶対にそうしている。
いくら8月が超えられなくなっても、「鷹野が終末作戦を起こす」可能性は消えないのだ。
そうなれば、最短で今週中に私は死ぬ。
少しでも早く、鷹野の野望を打ち破る。本番はそこから。
だから、私がしていることは最低限のこと。運命を打ち破るのに、必要なこと。
仲間に相談するのが手っ取り早いのは知っている。だけど、鉄平が二度も戻ってくるなんて考えてもいなかった。
鉄平さえ来なければ、あの日の夜にでも、まずは沙都子に相談して、それから徐々に皆にも…………って、ステップが取れたのに。
この世界はどこまで歪んでいるのやら……。
…………今は感傷に浸っている場合じゃない。
絶対に見つかってはいけない。念には念を入れて、村人にも、だ。
頑張るから。
だから、――――羽入?
あんたも、上手くやってよね…………?
6月20日 午前9時39分
「くそ…………。何とか今年でシッポを掴んでやりたいんだけどなぁ……!」
大石はため息をついた。
人通りが少ない林道。
その中にある、厳重にブルーシートで囲まれた一角。
中には鑑識の職員が、遺体をあらゆる角度から撮影して記録していた。
遺体は、ドラム缶に詰められ焼かれていた。
外見から、身元の特定が出来そうにない。かろうじて、遺体が成人男性であることが分かるだけだ。
ブルーシートの中に熊谷が駆け込んできた。
「熊ちゃん、入江の先生とは連絡つきましたか?」
「いえ、それが、診療所にはいないみたいっす……。問い合わせたところ、昨日の綿流しの役員会にも出席していないとか」
「………………在宅確認は取りましたか?」
「自宅も、もぬけの殻っす。現在、最後に目撃されたのがいつか、聞き込み中です」
「ふぅむ。…………まさか、先生まで祟りの犠牲者に?」
大石は首を傾げる。
…………どうも、今年の祟りはおかしい。
こんがり焼かれたこの遺体が誰なのかはまだ判明していないが、入江まで行方不明となるとおかしい。
奴らは、ダム建設賛成派を潰していくはずだ。
入江がダム建設に賛成していたという話は聞いたことがない。
……しかし、例年の犠牲者から考えると、「誰をを消すか」の理由がだんだん希薄になっていくのが分かる。
一年目はダム建設の監督を殺した。
二年目はダム建設に賛成していた北条夫妻が。
三年目はハト派だった古手夫妻が。
そして四年目は北条夫妻の弟夫婦の妻が。
五年目の犠牲者……この焼かれた死体が誰なのかは、今の所分からない。
入江が失踪した、とするならば。彼は、雛見沢の人間では無かった。
………………今年の祟りを下した理由は、「余所者だから」、という理由だけでも十分ありえるのだ。
だが、それだけでは通らない。
入江は確かに余所者だが、村人の信頼を寄せていた。
さらに、この村唯一の医者である。彼が消えるとなると、医者の補充が必要だ。
それまでは治療を受けられない。どうしてもという場合は、興宮まで足を運ばなければならなくなる。
だから、連中が入江を「余所者」という理由のみで消す、のはおかしい………………。
そこで大石は、一つの疑問にぶち当たった。
「余所者」という理由だけで消すならば。
……誰の目から見ても「余所者」と分かる人物を、一人知っている。
――――ソリッド・スネーク。
偽名と思われる名前。
教師にしては不自然な体格。
…………どうも引っかかる。彼がこの遺体だったとしても、彼が直接この事件に関わっていないとしても、だ。
どこから捜査の手を付けていいのやら。
……とりあえず、身元確認を急いで貰いたいところだ。
そんな大石の心情を知ってか知らずか、熊谷が呟いた。
「……今年も、起きたんっすね。正直、信じられないっす」
「まぁ、私だって信じられないです。雛見沢村連続怪死事件。……これで5年目ですよ。
オヤシロさまの祟りが5連続ってことになっちまいます。………………定年前にこの山だけは何とか片付けたいんです」
大石は次の3月には定年を迎える。
……OBとして捜査状況を聞くことはできるかもしれないが、自ら主体的に捜査をすることはもうできなくなる。
つまりそれは、大石にとって、友人の仇を取るチャンスが、今年で最後であることを意味した。
……………虎穴に飛び込む他、方法はないか。
大石は人知れず、拳をぐっと握り締めるのだった。
TIPS:検死報告・昼の出前メモ
・ドラム缶の中にあった遺体→成人男性。
・体の一部が炭化していた。(ガソリンで焼いたものと思われる)
・額の部分から銃弾を摘出。恐らく、死因はこれによるものと思われる。
↓
弾は45LC(ロングコルト)弾。コルトSAAか?
※興宮で発見された変死体と関連がある? 最近、銃器密売が無かったどうか調べさせる。
・即死だったようだ。
他に銃創は無し。
・額の右半分に、打撲跡あり。鈍器のようなもので殴られたと見える。
死因とは直接結びついていない模様。
・歯形は取れた。現在、身元確認中。
※裏面白紙部分に書かれたメモは以下のとおり。
中華丼1、上海風五目やきそば3、チャーハン大盛り1
かつての僕は、非協力的だった。
……今だって、最初から実体化していない時点で、「非協力的」かもしれない。
でも、かつての僕とはだいぶ違う。
昔は、いつも、梨花と反対のことを言っていた。
「どうせ駄目なのです」が口癖だった。
梨花が傷つかないように、と、変に期待もさせず、励ましすぎず、ずっと、…………傍観者の立場だった。
それが、…………正しいことだと、思い込んでいた。
梨花の精神的な「死」を恐れて、100年もそうして来たのだ。
理由なんてくだらない物。1000年余り彷徨ってようやく見つけた「話し相手」を、失いたくないから、だ。
でも、それは、大間違いだった。
僕が傍観者を止めたある時。
梨花と、僕の目の前にいる仲間達が結束し、昭和58年6月を打ち破った。
それは、奇跡と呼ぶにふさわしい出来事。
だけど。
梨花は理不尽な「運命」の性で、昭和58年8月以降の世界に行けないのだ。
…………また6月に帰ってきてしまったと知った時の、梨花の悲痛な叫びは、今でも忘れられない。
それからも、僕と梨花はずっと努力を繰り返してきて、何回も鷹野の、東京の野望を打ち破ってきた。
最初は感動的だった6月の突破も、……今では少し物足りない。その先を、ある程度知っているから。
それでも、決定的な「何か」が足りずに、6月に戻された。
梨花も僕も諦めずに、ずっと戦っている。
蛇を連れてきてからも、ずっと…………。
……そんな事を考えつつ、圭一達に事情をようやく話し終えた。
まだ明るいけれど、時計の針は3時48分を指している。もうすぐ夕方だ。
学校から帰ってきて、着替えて、みんなが集まって、僕があぅあぅ言いながら話したせいで少し遅くなってしまった。
「僕の話は以上なのです。……………………質問はありますですか?」
皆、しいんとしている。
……それはそうだ。話し終えた後、、「実はどっきりでした☆」とでも言い出しても自然なぐらい、ありえない話ばかりだったのだから。
「梨花の描いた漫画は本当のこと」だと話されても、何が何だかさっぱりなのだろう。
でも、僕は知っている。
圭一達は、どんな世界でも必ず信じてくれるということを――――!
「質問たって、園崎家頭首代行として色々と聞きたいことはあるよ。…連続怪死事件について、どうやら少なからぬ関係があるようだからね。でも、今はそれはなしにする」
「はうぅ、あれ漫画の話じゃ無かったんだね……。それじゃあ、今、梨花ちゃんはとても危険な状況にあるんだよね? よね?」
「おいおい、こりゃあ洒落にならない話だぞ…………。沙都子、羽入、二人は昨日その話を聞いたのか?」
「私は羽入さんから聞きましたの。私は梨花の一番の親友なのに、ですのよ!?」
沙都子、……ごめんなさい。
鉄平が二度も雛見沢に現れなければ、もっと早くに相談できたはずだから。
「その沙都子に信じてもらえなかったら、世界中で誰にも信じてもらえないということになってしまうのですよ。
あぅあぅ、だから梨花は『もしかすると』と臆病になってしまっただけなのですよ。それに、ごめんなさいと何回も言っていたのです」
「それぐらい、私にだって分かりますわ! だけど、デコピン一発ぐらいしませんと、梨花は反省しませんでしてよー!
私は梨花を恨んでなんかいませんわ!」
よかった、と安心する。
……沙都子は、ずっと強くなっているのだ。
「あぅ、みんなだって別に申し訳ないなんて思ってないはずなのです? ねぇ、圭一」
圭一に話題を振る。
今日の昼、「圭一は火付け役だからしっかりして下さい」と言ったのは、この時の為だった。
「へっへっへ! ちょいと事がデカかったんで面食らっちまったが、なぁみんな? どいつもこいつも内心は、面白くなってきやがったとか思ってんだろ?
沙都子、お前、だいぶ温存してるんだろ? シャレじゃ済まない秘蔵のトラップを、だいぶ隠し持ってるんだろ? へっへへへへへへへ!!
そいつを食らわせてやるまたとないチャンスじゃねぇか!」
「をっほっほっほっほ!! 部活メンバーに私がいたことに感謝なさいませですわね!
本気でやっていいとなれば、たとえ部活メンバーやスネーク先生が相手でも使用を躊躇ってきた、
奇跡の大トラップの数々が惜しげもなく飛び出しますのよ!!」
「あはは、そうだね! たとえ相手が本物の軍隊でも、沙都子ちゃんのトラップはみんな蹴散らしちゃうもんね!!」
「と、沙都子をヨイショしてるが、もちろんレナだって容赦ねぇからなぁ。レナは本当に戦うべき時では誰にも屈しない強さを持ってる。
そいつはかなりハンパない。……多分、俺でも勝てないと思うぜ?!」
「……そんなことないよ。圭一くんだって、ここ一番の時の爆発力と瞬発力はすごいよ。
私では打ち破れない運命を打ち破れる気がするもの」
「……圭一が赤く燃え上がる炎なら、レナは青く静かに燃え上がる炎という感じなのです」
そう。
みんなは、運命をも焼き尽くしてしまう炎なのだ。
「お、それいい例えだな! 真っ赤に燃える男、前原圭一!! 青く燃える女、竜宮レナ!
我が部にその人ありと天下に知らしめる絶好のチャンスだぜ!! そして、その最強のメンバーを最強のリーダーが従える。
へへ、だよな、魅音! 個にして最強、揃えば無敵!! それが俺たちの部なんだよなッ!!」
「……くっくっくっく。いやはや、……不謹慎だと思って黙ってたけど、おじさんさ、本当はこう思ってたのさ。
…………こいつぁ最高に面白くなってきた、ってねッ!! 今は感謝してるよ羽入。
これだけの獲物をよくぞ知らせてくれたッ!! くっくっく、この雛見沢で我が部に挨拶なしで上等を決めてくれようとはね!
きっちりケジメを取らせてもらうよ!!」
あぁ、良かった。
部活メンバーの結束力は、本当に強いものだって、はっきりと分かった。
彼らにとっては、新参者でしかない僕の話でも、信用するに値すると判断してくれるのだ。
「みんな、ありがとうなのです。きっと梨花も喜びますのです!」
「おいおい、信じてくれるとずっと言ってる、信じて当然だろ! 信じないヤツなら仲間なんかじゃねえ!
だから礼なんて水くさいぜ、羽入!」
また圭一に頭をわしわしと撫でられた。……くすぐったい。人の身の暖かさを感じる。
「しっかし梨花ちゃんさぁ、そんな山の中でかくれんぼなんかしなくたって、直接ウチに来てくれればよかったのに。
ウチは核戦争だってしのげるしね!」
「魅ぃちゃん、昨日は遅かったから仕方ないよ。……とりあえず、今は梨花ちゃんを安全な場所に連れてくることが最優先だね。
しばらくお邪魔することになると思うけど、大丈夫かな、かな?」
「全然問題なし! オールOKさ!! 水も食料もたくさんあるし、秘密の抜け道だっていっぱいあるよ」
「へー、すっげぇな魅音の家!! やっべぇ、ますますに面白くなってきたぜ!!敵は謎の組織で、秘密作戦に秘密基地、秘密の地下道、
うおおおぉおぉおおぉ!! これで燃えなきゃ男じゃねぇぜッ!!」
「男じゃなくても燃えますわね!! 私のトラップ脳も今ならギンギンに冴え渡りますことよー!」
「よーし! 諸君、燃え上がって来たねぇ! くっくっく! それでこそ我らが誇る部員達だ!! おじさん、鼻が高いよ!
それじゃあひとまず、作戦会議と――――」
プルルルルルル。
水を差すように、電話の音が聞こえてきた。
魅音の振り上げた拳が行き場を失う。
「ありゃりゃ。…………ごめん、ちょっと待っててね。おじさん、電話に出てくるからさ」
尻すぼみになってしまいつつ、魅音は部屋を後にした。
「……たっく、誰だよー、こんな良いときに電話してくる奴は」
「せっかく盛り上がってきた所なのにね……」
「仕方ないのですよ。僕達だけでも話し合いましょうなのです」
「そうですわね。こういう時は気持ちの切り替えが大切ですわ!」
…………その一本の電話が。
僕達の運命を左右することになろうとは、思ってもいなかった――――。
TIPS:園崎家の情報網
授業が終わってから、「一度帰ってから魅音の家に集まろう」という話になった。
俺とレナと魅音とで帰り道を歩き、魅音と別れる時に、魅音に突然こんなことを言われた。
「圭ちゃん、この前漫画貸すって言ったでしょー? だから30分ぐらい早くおじさんの家に来てね」
「へ? …………あ、あぁ、アレか。分かった、早めに行くよ」
「じゃあ魅ぃちゃん、後でねー!」
「うん、待ってるよー!」
……漫画を借りる、と約束した覚えはない。
だから、魅音は俺に何か話があるんじゃないのか、って思った。
それも、あまり人前では言えないような話を、だ。
………………どんな話でも、力になってやらないとな。
約束通り魅音の家に行くと、広い部屋に案内された。
まだレナも沙都子も羽入も来ていない。
魅音はきょろきょろと辺りを伺ってから、声を潜めて言った。
「………………あのね圭ちゃん。今から話すことは誰にも言わないで欲しいの。――――特に、沙都子には絶対に言っちゃ駄目」
神妙な顔で、真剣に言う魅音。
「あまり隠し事をするのは良くないと思うけど…………いったいどうしたんだ?」
沙都子に関わりつつ、沙都子に余り知られたくない事と言えば――――。
魅音は「驚かないでね。それと、騒がないこと」と釘を刺してから口を開く。
「雛見沢に、二度もアイツが来たでしょ。厄災をもたらして、一度は追い払ったのに、しつこくまた雛見沢に来た奴。
沙都子を何回も苦しめた奴が、いたでしょ?」
「あ…………あぁ。北条鉄平、だよな。沙都子の叔父の」
忘れる訳がなかった。
……沙都子の叔父がどんなに酷い奴か聞いて、そこからこの村のしがらみを聞いたとき。
俺の胸に、言いようのない怒りの炎が広がったのを覚えている。
沙都子を救えた――――と思ったのに、また来て、沙都子が行方不明になった時は、本当に焦った。
でも、それも終わった――――はずだった。
「まさか、叔父が見つかったのか!?」
「…………見つかったには見つかったんだけど、ねぇ。これが…………」
言いよどむ魅音。
少しの間があってから、ようやく口を開いた。
「今朝、林道の外れで見つかったんだ。………………銃で額を撃たれた上に、ドラム缶に詰められて、焼け死んでいたらしいよ」
「なッ……………………!? そ、それって………………!!」
そりゃあ、…………最低な奴だったから、「死んでしまえばいい」と思ったときもあったけど。
誰かが死んでも、解決にはならない訳で――――。
あの叔父にも、ああいう歪んだ性格になってしまった理由もあって。
……雛見沢を追い出されても、また帰ってこなければいけない理由があった筈だった。
結局は、「死んでもいい」人間なんていないんだ。
それなのに、…………沙都子の叔父は、死んでしまった。
…………いや、「*された」。
「死亡推定時刻とか、殺した犯人とか、詳しいことはまだ分からないみたいだけど。…………沙都子、ここ最近辛い思いをしすぎているでしょ。
沙都子に連絡が来るのも時間の問題だけど、…………圭ちゃんが側にいてあげて。私一人じゃフォロー辛いからさ」
魅音は苦笑いをする。
「水くさいな、魅音。俺達は仲間だろ? その仲間を率いる部長がそんな弱気でどうするんだよ」
沙都子の叔父の死が気がかりだけど。
それよりも、身近な仲間を、助けてやろうと思ったんだ。
「あはは、確かにおじさんらしくないかもね。……詩音も梨花ちゃんもスネークも休みだからさ、何だか不安になっちゃって。
…………ありがとう、圭ちゃん」
「へへへ。羽入の力にもなってやらねぇとな! 仲間を助ける為なら全力を尽くすぜッ!」
にしても、魅音の家はすげぇなぁ。うかつに雛見沢で変なことは出来ないぜ…………。
しばらくしてから、レナ、沙都子、羽入の順番に集まり、羽入の話が始まった。
頭がぼおっとする。
暑い。
熱い。
自室のベッドにごろんと横になって、天井を見上げる。
……「風邪」ということにして学校を休んだのは、あながち間違いではないかもしれない。
昨日は中々寝付けなかった。
祭りの後に本家へ行って、一部の親戚たちと簡単な酒盛りをしたせいかもしれない。…………酔っぱらうだけの余裕は無かったけれど。
正直言って、まだ心の整理がついていない。
というより、分からないことが多すぎる。
ソリッド・スネークの正体。
リボルバー・オセロットの正体。
オセロットと悟史くんとの関係。
オセロットは約束を守る人物なのか。
悟史くんは、………………どういう状態なのか。
一年前の、ちょうどこの日に悟史くんは『消えた』と思っていた。
それでも。
『沙都子を、守る』って約束したから、いつか帰ってくると信じて二人で待っていた。
帰ってこなかったとしても、約束は果たさなければいけないって。
悟史くんの願いを聞かないと、私には何にも残らないって。
沙都子だってずっと信じて待っているんだから、私も待たなきゃいけない。
最後の頼みさえ守れられないのなら、私は、きっと鬼になってしまうから………………。
それが。今日になって、急に変わった。
――――――悟史くんに、今日、会えるのかもしれない。
余りにも急すぎたから、楽しみとか喜びとか不安とか心配とかがいっぺんに押し寄せてきて、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回している。
でも、分からない。分からない。分からない。
オセロットと名乗る老人と、あの甲冑を着た兵士達。
……多分、甲冑の兵士はオセロットの部下だと思う。オセロットが呼んで、鉄平の死体を始末させたんだ。
ここまではいい。兵士達の正体とか文字通り『消えた』方法とかを考え出すと、キリがない。
問題は、悟史くんがどうしてあんな物騒なヤツラの所にいるのか、という事だ。
悟史くんが望んであんなヤツラの所にいく筈が無い。
じゃあどうして、ヤツラの所にいるの?
思いつく言葉は、――――誘拐、拉致、監禁、だ。本当は考えたくもない…………。
沙都子に買おうと思っていたらしいぬいぐるみは、売れて無くなっていた。
…………なら、ぬいぐるみを買って、帰ろうとした途中に拉致された……?
それが事実なら、オセロット達を拷問しても気が済まない。
でも、…………………………変だ。
悟史くんがヤツラに監禁されているのなら、どうして一年間も生かしておいた? 生かさなければいけない理由があった?
そもそも、ヤツラが悟史くんを拉致する理由は?
身代金目的という訳ではなさそうだし、悟史くんが何か重大な秘密を知ってしまってさらわれた訳でもなさそうだし、…………んん……。
あぁ落ち着け、クールになるんだ園崎詩音。
思い出せ。思い出すんだ。『綿流し』、という特別な日の事を。
もっと大切な、もっともらしい理由があるじゃないか。
――――――雛見沢連続怪死事件、通称『オヤシロさまの祟り』
ヤツラは、オヤシロさまの祟りになぞらえて、悟史くんを『鬼隠し』にした……?
そうだとしたら、悟史くんを選んだ理由は? 北条家の人間だから?
……ヤツラはこの村の事情にも詳しいんだろうか。でも、あの年――四年目の祟り――だけ、手を下す理由はあるの?
まさか、最初の事件から、『オヤシロさまの祟り』に関係しているとか…………?
あの兵士達は、一瞬で現れ、一瞬で消えた。まるで手品のように。そして、オセロットもだ。
「ヤツラが『オヤシロさまの祟り』に関係しているかもしれない」ということは、不可能な話じゃない。
武力を行使できて、かつ事件の隠蔽が可能な組織があるとしたら、『オヤシロさまの祟り』は起こせる。
だとしても、四年目の祟りは違う。
あの叔母は、…………悟史くんが*したんだ。
全ては、沙都子を助ける為に。沙都子の為にバイトを始めて、素振りをして、叔母を*した。
四年目の祟りは、……悟史くんが追い詰められて、やむにやまれずに起こした事件だと思っていた。『これは連続怪死事件と関係無い』って。
ヤツラが祟りを引き起こしているとしたら、本当は他の奴を*そうと考えていたけど、悟史くんが叔母を殺したから、……ヤツラにとっての都合が悪くなった。
それが目障りで、ヤツラは悟史くんを……………………!!!!
視界が赤く染まっていく。
悟史くんは、生きているんだよね……?
もしも、私が悟史くん「だった」ものと会わされる羽目になったら……その時は…………。
電話が鳴った。
それだけのこのだったけれど、私はびくりと体を震わせた。……落ち着こう。落ち着いて、電話に出なきゃ。
『おはようございます、詩音さん。…………ずいぶん遅いお目覚めですね』
葛西の声だった。ちょっと安心する。
「葛西、おはよーです。昨日飲み過ぎちゃいましたね、あははー。それより…………頼んでいたアレ、どうなりましたか?」
スネークを閉じ込めても、オセロットとの連絡方法が分からなかった。
だから、ちょっと葛西に色々と調べてもらった。園崎家の情報網は、こういう時に役に立つ。
葛西の話を要約すると、オセロットは『東京』という組織?と関係があるらしい。
そして、その『東京』と関連があり、さらに普段は造園業者を偽っているダミー会社を突き詰めたそうだ。
名前は、『小此木造園』らしい。分校に何回か来たことがあるような……。まぁいい。
彼らの電話番号を聞き、電話を切った。
一度、ゆっくりと深呼吸をする。
こちらが下手に出る必要は全く無い。相手と対等に渡り合えばいい。
「悟史くん、今助けてあげるからね」
そう呟いて、私は再び受話器を取った。
プルルルル、という音が数回鳴って、受話器が取られる音がした。
電話の受け手は若い男のようだった。…………こんな奴に用はない。
自分はオセロットに用があるということを伝え、連絡を取りたいから連絡先を教えてくれ、と伝えた。
男は少し焦った後、社長に代わるからそこで話し合ってくれ、と言った。
……組織とは膨大な物だ。電話の受け手ごときが組織の全貌を把握しているとは思えない。
だけど、お前達が悟史くんの失踪にかかわっているとしたら、私はお前達を 許 さ な い。
少し待たされた後、違う男の声がした。
『…………社長の小此木だ。お前も名乗れ。オセロットにどういった用件だ?』
向こうも、猫をかぶるのを止めたらしい。営業の対応とは程遠かった。
私も気遣うことなく、地で行くことにする。
「園崎詩音。北条悟史のことで話があります。……電話をかわって下さい」
『待て。お前がどうやってオセロットと知り合ったのかは知らんが、そう簡単に奴とは連絡がつかない』
『東京』の組織とオセロット、余り仲がよくないようだ。
組織と関係がある、というだけで、オセロット自身は『東京』の一員ではないということ……?
「そう言われても食い下がれません。人の命が関わることなので、できれば今日中に話がしたいんですけど」
悟史くんの命と、スネークの命。私にとって、後者は限りなくどうでもいいことだった。
蛇については、葛西に任せることにする。私は悟史君を助けるだけだ。
『……分かった。少し待っていろ』
また待たされた。……仕方ない。焦っても失敗するだけだし、頭の中の考えをまとめられる時間にもなる。
まず、オセロット。
『東京』の一員ならば無線でもなんでもすれば連絡がすぐにつくはずだ。
小此木という男が嘘をついているとは考えにくかった。ならば、オセロットは『東京』の一員ではないことが言える。
そしてあの兵士達。言い換えれば、オセロットの部下達。
顔すら見えないのだから、年齢も国籍も何もかも不明だ。
仮に、『東京』とは別にオセロットを中心とする組織があるとして、この組織をAとする。
Aは死体の隠蔽工作が出来る膨大な組織。
リーダーらしき人物は恐らくオセロット。
Aと東京は協力関係。……いま分かるのはそれぐらいか。
情報が多くてこんがらがってきた。ノートにでもまとめようかな……。
色々と思案を巡らせているうちに、小此木が準備を終えて戻ってきたらしい。
聞けば、興宮に『東京』関連の施設が他にもあるとのこと。その施設からならば、オセロットにホットラインを繋ぐことができる。
ホットラインが何なのかよく分からなかったが、直通の電話らしく、盗聴されないタイプのようだ。
……これは罠じゃないか、と疑う。私を呼び出して、人知れず消す為の罠なんかじゃないか、って。
だけど、施設名を聞いたとたんに吹き飛んだ。
幸か不幸か、その施設は私の家の近くで、一般開放されている施設だったからだ。
さすがに一般人の前でこの会話をする訳ではないけれど、周囲に人がいるとならば安全だ。
……『東京』は園崎家並みに雛見沢・興宮一帯に勢力を広げているらしい。戦う相手が違うのではないか、と冷や汗が出る。
けれど、悟史くんの為だ。文句は言えない。
連絡先をその場で聞いた後、電話を切った。
素早く荷物をまとめる。
武器になりそうなもので真っ先に思いついたのが私の相棒だった。葛西に頼んで、違法改造済みの「アレ」だ。
いつも持ち歩いていたが、改めてしげしげと眺めてみる。
硬く、冷たい感触が私を落ち着かせてくれる。それをポケットに突っ込んだ。
あまり時間が無い。
最低限の準備を終えると、私は家を飛び出した。
……目の前に葛西が立っていた。ちょっと驚く。
「あれ? 本家にいったと思っていたんですけれど……?」
「…………忘れ物をしてしまいましてね。一度こちらの方に帰らせて頂きました」
「そうでしたか。それでは私はこれで、」
「詩音さん」
強い口調で呼び止められる。
「……貴方が何に首を突っ込もうとしているのかは分かりません。ですが、本当に危険です。爪三枚どころではすまない世界かも知れません。
くれぐれもご無理なさらないように」
葛西の心配が、……胸にささる。
悟史くんを救えるのならば、自分の身はどうだって良かった。
悟史くんが帰ってきたのならば、沙都子はもう寂しくないだろうから。
でも、…………やっぱり怖い。
下手をすれば、私も悟史くんも『存在しなかった』ことになってしまうかもしれない。
北条悟史は一年前に失踪したっきり。園崎詩音は綿流しの後、行方不明。祟りの被害者で、見つからなかった…………って。
それだけはなんとしても避けなければ。どちらかが残らないと意味がない。
葛西に礼を言い、逃げるようにその場を離れた。
バイクで施設に向かう。
そこからの事は無我夢中だったから、余り覚えていない。
気がついたら、とある小部屋で、オセロットが受話器を取るのを待っている状態だった。
上手く丸め込められるか分からない。堂々とした態度を取れば大丈夫のはず……。
ガチャリ。受話器を取る音がする。…………来た。
「……園崎詩音です。約束通り、スネークの動きを綿流しの日の晩に封じました」
用件は手短に。
お互い、こんな事に時間は使っていられないはずだった。
『今は生きているんだな?』
喜んだとも、失望したともとれない声。
相手の心の中を覗くには難しいようだ。
「答えられません」
生きているとも、死んでいるとも捉えられる言葉。
さすがに死んではいないだろうけど。
『…………スネークはどこだ?』
生死はどうでもいいらしく、直球で場所を聞かれる。……スネークに会って、何をする気なんだろう。
ここで本家の地下祭具殿の場所を教える訳にはいかない。
スネークを見つけた、お前は用済みだ、で消されたくはない。
何より、お姉達に迷惑がかからない方法を選びたかった。
『どこにいる?』
もう一度聞いてきた。しつこい。
よっぽどの用事があるらしく、先ほどとは語調が弱まっていた。
だけど、その態度は引けを取らない。とりあえずこちらの出方を窺ってみるようだった。
「悟史くんに会わせるのが先です。今日悟史くんに会えるのならば今日にでも。明日悟史くんに会えるのならば明日にでも」
スネークがいる場所を教えますよ、と。
しばらく何かを思案していたようだったが、諦めたように『分かった』と答えた。
『指定する場所に来い。お前が会いたい人も連れて行く。住所を言うぞ――――』
やった。取引成功だ。
場所と時間を確認した後、すぐに電話を切った。
ふう、とため息を吐く。
……まだ油断できない。住所の場所を確認しよう。
いざという時、逃げるルートを確保するため、地図を持ってきたのだった。
指定の場所は、何もない町外れの林道。
ここなら人目につきにくい。……何が起こっても誰にも分からない。
でも、ここで引くわけにはいかない。
私が悟史くんを助ける。私にしか出来ない。
あの時、悟史くんが不良から庇ってくれたように。
こんな私に恋を教えてくれたお礼に。
沙都子も私も、悟史くんとの約束を守っているということを見せるために。
「貴方を、助けるから」
バイクを走らせる。
施設も、私の家も徐々に見えなくなり、――――――消えた。
「にしても、魅音、遅くねぇか?」
さっき電話がかかってきてから、もう数分が経過していた。
俺達だけでも、梨花ちゃんを助ける為の案はちらほら出ていたが、どれも決め手に欠けていた。
それに、園崎家に協力して欲しいことは勝手に決められない。
魅音の許可が必要だから、俺達は魅音待ちだった。
「ずいぶん長いねぇ。はぅ、誰からの電話だろ? だろ?」
「綿流しの後ですから、役員会か何かで忙しいんじゃありませんこと?」
「あぅあぅ、せっかくみんなに火が付いたのに、これじゃ消えてしまいますのですよ……」
三者三様、困惑した表情を見せる。
「まぁ御三家だから仕方な…………あっ、魅音! 電話終わったのか?」
部屋の入り口、廊下に面しているところに魅音はいつの間にか居た。
かなり真剣な表情だ。……どうしたんだ?
「……沙都子、ちょっと来て」
俺の問いには答えず、魅音が真剣な顔でそう言った。
「え? 私に用がありますの?」
沙都子は、いきなり名指しされたせいかきょとんとしている。
「うん。…………言いにくいんだけど、電話は沙都子当てで、……その…………叔父、の事でさ」
沙都子の表情が、一瞬凍り付いた。
その場の空気も固まる。
……魅音から話を聞いていたから、覚悟はしていた。
連絡が来るのには妥当な時間だ。この時間なら、俺達は学校から帰宅している。
沙都子の家に電話をかけても出なかったから、友達の家にいると思って園崎家に電話してきたのだろう。
『圭ちゃんが側にいてあげて。私一人じゃフォロー辛いからさ』
さっきの魅音の言葉が頭に浮かぶ。
……そっと沙都子に近づいて、頭をやさしく撫でた。
「大丈夫だ、沙都子。何があっても俺達がついている。辛くなったら抱え込まずに仲間相談してくれよな」
沙都子が八重歯を見せて笑みを浮かべた。
「ほっほっほ。……私はもう大丈夫ですのよ? いきなりだから驚いただけですわ」
そう言って、沙都子は立ち上がる。
少し、無理をしているような気がする。
だけど大丈夫だ。仲間がいれば、どんな困難だって乗り越えられる。
沙都子が廊下へ姿を消し、代わりに魅音が部屋に入った。
魅音は羽入とレナに事のあらましを伝えた。事情を詳しく知らない羽入も、真剣に聞いていた。
「それって、…………五年目の祟り、ってことなのかな」
レナは困惑した表情だ。
「……祟りなんか、ありませんのです。鉄平の死は祟りとは無関係なのです」
どこか厳しい表情で羽入が言った。
「詳しくはおじさんも分からないんだけどさ、…………変なんだ」
「変、って何がだよ?」
魅音はいつになく真剣な表情だった。
「電話は診療所からからだったんだけど、知らない人の声だった。診療所のスタッフか何かかな。……おかしいでしょ?」
レナが、あっ、という声をあげた。
「監督? 監督が電話に出なかったんだよね?」
「うん。監督は沙都子の事情をよく知ってる。昔から色々と気に掛けていたみたいだし。監督が沙都子と話したほうが安心できるよね。
私も、監督に代わって下さいって頼んだんだ。そしたら、『今は電話に出ることは出来ない』って返された。『席を外しています』って訳じゃないんだ」
「あぅあぅ、もしかしたら入江は……!」
「まさかな……。でも、診療所は『東京』の施設なんだろ? ありえない話じゃない」
俺達の考えは一致していた。
「監督は、どこかに監禁されている」。
突拍子な話かもしれないけど、綿流しの日はもう過ぎた。作戦とやらの決行はもうすぐのはずだ。
何かの不都合があって、監督をどこかに閉じ込めた。……ありえない話じゃ無い。
「おじさん頭がこんがらがって来たよ。梨花ちゃんも沙都子も大変な事になってるし、詩音が学校を休んだし、
スネークがいないし、監督もいない。どこから手をつけるのがベストかねぇ」
「でも、監督はまだ生きていると思うよ。『東京』のごたごたを狙った作戦なんだから、作戦の前に監督が死んじゃうと不都合になるでしょ?」
「レナの言う通りなのです。連中はしばらく入江を生かしていると思うのですよ。……でも、危険な状態には変わりありません」
「それなら尚更、富竹さんに番犬部隊を呼んでもらうしかねぇよなぁ。でも、富竹さんの居場所が分からないからどうしようもないな」
「興宮のホテル辺りにいるはずなんだけどね。うちの親戚が経営しているホテルに片っ端から電話かけたけど分からなかった」
羽入がさっきからずっと俯いていた。
……梨花ちゃんを助けられるかどうか、不安なのかもしれない。
何か呟いているみたいだったが、俺にはよく聞こえなかった
「羽入、どうした?」
「ぁぅ、別に何でもないのです。……あ、沙都子! 大丈夫なのですか?」
沙都子が電話を終えて戻ってきたらしい。
「沙都子! 平気か? 辛くないか? 診療所の人、何て言ってたんだ?」
「そんなに質問攻めにされても困りますわ。…………叔父さまが、亡くなったらしいんですの。『その事で話があるから、診療所に来て下さい』と言われましたわ」
「……一人じゃ不安だよね? レナ達もついて行こうか?」
「いえ、親族に関わることだからなるべく一人で来て欲しいとのことですの……」
「あっ……! 沙都子、それ危ないよ! 監督が昨日の役員会から姿を見せていないくて、電話にも出なかったから、もしかしたら監督が捕まってるのかもしれない」
「あぅあぅ、昨日から入江は居なかったのですか……?」
「うん。祭りでも見かけてないから何か変だな~とは思っていたんだけどね」
それを先に言えよ、魅音。
……梨花ちゃんの話を聞いたのは今日だけど、さっき教えてくれてもよかったはずだ。
「はぅ、レナはこれ、罠だと思うな。……確かに、身内が亡くなったら色々と大変だけど、監督がいないっていうのはおかしいと思う。
沙都子ちゃんを診療所に連れてきて、梨花ちゃんも呼び出そうって魂胆かもしれないよ」
「それに……富竹さんも居場所が分からないんだ。魅音の親戚のホテルに居ないってことは、よっぽど変な所にいるのか野宿でもしてるのかどっちかだろ。
番犬部隊が呼べないなら変に行動するべきじゃないと思うぜ」
「富竹も捕まっているかもしれませんです。鷹野と富竹は一見仲良しさんなので、昨日の祭りの後、鷹野が富竹をどこかに連れ込んで閉じ込めた可能性もあります」
「う~ん、これは困りましたわね……。…………でも、私は一人でも大丈夫ですのよ?」
「一人じゃ怖い、ってことにしていっそおじさん達全員で診療所へ行けばいいんじゃない? 監督のことぐらいなら聞き出せそうだよ」
「魅ぃちゃん、全員で行ったら意味がないよ。そしたら梨花ちゃんが危険になっちゃう」
「今の所、梨花の居場所を知っているのは僕だけです。連れてこようと思えばいつでも連れてきますです。……少し時間はかかりますが」
「じゃあ、二手に分けるか? 沙都子と診療所に行くチームと、梨花ちゃんを保護するチームにすれば解決だぜ」
「その必要はございませんわ」
沙都子が立ち上がって言った。
その瞳には、決意が満ちあふれていた。
「皆さんの心配はとてもありがたいことですけど…………私も強くなりましたのよ? 診療所ぐらい、一人で行けますわ」
「だけど沙都子、罠かもしれないんだぜ? 沙都子も梨花ちゃんも危な、」
沙都子が手をかざして俺の言葉をさえぎる。
「罠ではなくトラップとお呼びなさいませ。部活メンバーで一番のトラップ脳を持った私が、それきしのトラップを見破れなくてどうするんですの?」
もっともらしい言い分だ。
……だけど、危ない。せめて監督と富竹さんの所在の確認が必要だと思うぜ。
「危険なのは私も承知の上ですわ。私の勘だと、監督も富竹さんもすでに捕まっていますわね。……梨花の漫画の予言が真実なら、二人とも重要なキーパーソンですわ。
監督は診療所と入江機関の長で、富竹さんは番犬部隊を呼ぶことができる。この二人がいないと話になりませんわ」
「まさか、その二人を助けようって言うの!? いくらなんでも沙都子だけじゃ無理だよ! おじさん達だって出来るか分からないし」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ですわよ。魅音さんは仮にも私たちの部長なのですから、そんな消極的意見じゃ駄目ですわね!」
「でもなぁ……。うーん………………レナはどう思う?」
レナは普段おっとりしているように見えて、ずばりと物事の本質を見抜く。
だから俺はあえてレナに話を振ってみた。
「沙都子ちゃんは、……それでいいんだね? 本当に一人で診療所に行くつもりなの?」
「えぇ。逆に大勢でぞろぞろと行ったら不審がられてしまいますわ。私一人で十分ですのよ」
「皆が言うように、確かに危険だとレナは思うよ。だけど沙都子ちゃんの意志なら、……私はそれを尊重してあげたいな」
「あぅあぅあぅあぅ、でもでも絶対に梨花が心配しますのです! 梨花も後から追いかけていくかも知れませんですよ!」
「梨花だって私に心配をかけているんじゃありませんの。これでおあいこですわね」
そう言って沙都子は一人外に向かってへ歩いていった。
もう誰にも止められない。
それほど、沙都子の決意が痛いほどに伝わってきた。
前に自分が助けられたから、せめての恩返しなのかもしれない。
……なら俺も止めないさ。仲間を信じて待っているよ。
「沙都子! 気をつけろよ!」
沙都子はくるりと振り返って言った。
「圭一さんこそ、変な事をしないで下さいましー! 必ず三人で帰りますわー!」
沙都子の姿が見えなくなる。
魅音が手を叩き、場を盛り上げようと大声で言う。
「……くっくっく。おじさんも部員に諭されるようじゃ駄目だねぇ。よし、こっちもこっちで動かないと!」
「そうだね、沙都子ちゃん達が戻ってきてすぐに手を打てるようにしておかないとね!」
「だな! 沙都子が危なくなったら俺達もすぐ動くぜ! ……まずは梨花ちゃんの保護からだ。羽入、行けるか?」
「僕も一人で平気なのです。沙都子が診療所へ行ったことも含めて梨花に伝えます! なるべく急ぎますのですよ!」
「よし。羽入は梨花ちゃんの元へ行く、と。おじさん達は地下祭具殿にでも避難しようか。あそこには武器もたくさんあるよ」
「早めに入っていれば、そこで作戦も練れるかもね。抜け穴を利用すれば上手く敵をまけるかも知れないよ!」
「じゃあ、さっそく地下祭具殿とやらに行くぜ! 羽入は梨花ちゃんの所へダッシュだ!」
「「「「おーーーー!!!!」」」」