787 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage 容量の様子見ながら投下します] 投稿日: 2008/05/06(火) 21:12:29 ID:vjFZRB/5
今日は綿流しの祭りだ。
この雛見沢に転校してきてから毎日楽しいことばかりだけど、きっと今日はもっと盛り上がる気がする。
魅音に詩音、レナ、沙都子、梨花ちゃん、そしてスネーク。
さぁ今日は、いったいどんな部活をやるんだ――?
俺が古手神社の前に着いたときには、俺以外全員揃っていた。
「悪い悪い、待たせたな――んぐっ!?」
魅音に綿飴を口の中に押し込まれる。
「遅ーーーーーい! 圭ちゃん、もう勝負は始まっているんだよ!」
「敵前逃亡は士道不覚悟ですわよ!」
「そうは言うけどなぁ、俺ん家が多分一番遠いんだよ! おっ、梨花ちゃん、巫女服似合ってるな」
「ありがとうなのです。お魎のお手製なのですよ」
「……そういえば、その隣の子は誰だ?」
梨花ちゃんの隣には見慣れない子が一人いた。
巫女服を着ていて、頭には…………角? それともアクセサリーか?
「みー。ボクの遠い遠い親戚なのですよ」
なるほど、梨花ちゃんの親戚か。御三家だから遠い親戚がいてもおかしくない。
「あぅあぅ、ふ、古手羽入と言いますです。一緒にお祭りを回ることになりましたです。よ、よろしくお願いしますです」
羽入、と名乗った女の子はぺこりとお辞儀をした。
よろしくな、と俺は返事を返す。人は多い方が楽しい。誰であっても歓迎するさ!
「はぅ~! 羽入ちゃん、とってもかぁいいんだよぉ~! 今日の部活でレナが勝ったら、お持ち帰り~!」
「れ、レナぁ、やめてくださいなのですぅ……」
レナが羽入に頬ずりしていた。確かにレナが好きそうだなぁとは思ったけどよ。
待てよ、部活ってことは……

788 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/06(火) 21:12:51 ID:vjFZRB/5
「魅音、今日の部活は何人でやるんだ?」
「待ってましたーその質問! 今日はいつものメンバーの圭ちゃんにおじさん、レナ、沙都子、梨花ちゃん、スネーク、それに詩音と羽入ちゃんを加えた8人で行うっ!」
「羽入はそれでいいのか?」
スネークが羽入に問う。
「はい。僕も部活をしてみたかったのです。ちょうどいいのです」
今日はずいぶんと大勢で部活をやるみたいだ。……そうこなくっちゃな、口先の魔術師が大暴れしてやるぜ!」
「お姉、罰ゲームはどうするんです?」
「一位がビリに一個命令。これでどうだい?」
「上等だ! 新人のスネークに負けっぱなしだったけど、今回はそうはいかないぜ!
羽入、悪いけれど手加減はしないぜ」
「望むところなのですよ。あぅあぅ!」
「またダンボールを被る羽目にならないようにしろよ、圭一」
スネークが笑いながら俺をからかった。
「スネークこそ、今度はいい顔できないぜ! 今のところスネークから白星取ったのは梨花ちゃんだけだったよなぁ」
「みー。蛇さんを手なずけたからなのですよ。にぱー★」
……梨花ちゃん、星の色が違うぞ。
「おーっほっほっほ! 前回は参加できませんでしたけど、今回は私のトラップが冴え渡りますことよー!」
「レナだって負けないんだよ。だよ!」
「皆さん張り切ってますねぇ。私も頑張らなくっちゃ!」
祭りだけあって、皆気合いが入っているみたいだな。
――そうこないと燃えないよな。よし、やってやるぜ!
「さすが部員の諸君、気合い入ってるねぇ。おじさん感心しちゃったよ。それでは今年も綿流し祭恒例四凶爆闘、
いや八凶爆闘を行いたいと思うー! まずはたこ焼き早食い競争からだー!!!」
「「「「「「「「おー!」」」」」」」」

789 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/06(火) 21:14:19 ID:vjFZRB/5
こんなはずじゃなかったのに……どうしてこうなったんだ。
たこ焼きの早食いでは熱さに悶えて、カキ氷の早食いでは頭がキンキンして全然食べられなかった。
綿飴の早食いでは一位だったけれど…………今のところ俺がビリ。羽入も詩音もそこそこの健闘を見せていた。
「だいたいお前ら、たこ焼きの時に作り置きを貰うなんてずるいぞ。出来立てので勝負しろよー」
「甘いよ圭ちゃん。あれも戦術の内だからねぇ、くっくっく! さあ次は射的対決だー!
おっちゃん! 今日はレアな商品入ってる?」
「おぅ! これを見な! 他ではおめにかかれない代物だぜェ!?」
そういって射的のおっちゃんはでかいくまを指差した。……本当にでかいな、おい。
「へぇ、悪くないね。よーし、3発売って得られた景品の大きさで勝負しよう。
順番はじゃんけんで決めよう。じゃーんけーんッ!!!」
何回かのあいこの末に、決着がついた。魅音、沙都子、レナ、俺、スネーク、詩音、羽入、梨花ちゃんの順番だった。
「まずはおじさんからか。……ま、ハンデにしとくか。銃は新品でクセがない。悪くないね。それじゃいくよ!」
魅音はちゃっかりスタンバイを始めていた。
バァン、と乾いた音が3回響く。そして、お菓子の箱が3つともぽとりと落ちた。
すげぇ、全弾命中した!
周囲がざわめく。周りを見渡すと、いつの間にかギャラリーが大勢いた。部活はそんなに有名なのか?
「なるほど、あえて大物を狙わずに確実に落とせる品を狙ってきたのか」
スネークが横で考察していた。確かに、この戦術は魅音らしいと言えば魅音らしい。

790 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/06(火) 21:15:50 ID:vjFZRB/5

次は沙都子だ。
華奢な体にはちょっと大きめな鉄砲だが、重たがる様子はない。
「やはりここは………大物狙いで行かせてもらいますわぁッ!!」
それはくま狙いの予告だッ!!! 沙都子め!! 大胆に来やがったッ!!!
「くまさんを落とせば、その時点で沙都子ちゃんのトップは確定するね!」
「沙都子、ファイトなのです! あぅ!」
沙都子は魅音とは逆に冷静に的を狙い……引き金を絞る!
「……ちっ、…弾が軽いですわ…!」
始めの2発を見事くまの胴に当てるが微動するだけ。……もっと上の頭頂部を狙わないとだめか…!
 しかし沙都子の3発目はくまではなく、そのわきのキャラメルの箱を転ばせた。
「残念でございますけれど……私にくまは荷が勝ちすぎているみたいですわね……!」
沙都子め、ビリを回避するため、敢えて手堅い目標に切り替えやがったか。
大物から小物に狙いを変えたため、ギャラリーが苦笑する。……おまえ達はわかってないな。
「くまはレナさんに譲るでございますわ。健闘をお祈りしましてよ!」
「うんうん! ありがとね沙都子ちゃん☆……はぅ~、くまさんかぁいいよぅ!!」
レナは既に『かぁいい』モードに入っていた。かぁいいモードのレナなら、きっと画鋲の穴だって狙撃できるはずだ!
再び、バァンと言う音が響く。コルク製の弾を受けて、熊のぬいぐるみがぐらりと揺らいだ。
「おおぉ」とギャラリーがどよめく。思い知ったか、レナの本気を!
「レナさん、さすがですね。バランスを崩してきましたよ」
「……みぃ。レナでも無理かもしれないのですよ」
「梨花? なんでですの?」
「一人の力で倒すには、あの的は大きすぎるのですよ」
梨花ちゃんの言葉が終わると同時に、レナも最後の一発を撃ち終えた。
……熊は、倒れなかった。位置が少し変わっただけにすぎなかった。
「……はぅ………くまさん……お持ち帰り…………はぅ……。」
健闘賞だ、と射的屋のおっちゃんがレナにお菓子を手渡す。部活メンバーが「よく頑張ったね」とレナを讃えていた。
周りから拍手も起きる。けれど、レナは落ち込んでいた。
…………見てられねえな。ここは俺が――

795 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/07(水) 18:09:48 ID:wK7EOGaP
「圭一」
ぽんぽん、と肩を叩かれる。振り向くとスネークがいた。
「何だ、スネーク」
「皆にいいところを見せたいんだろう?」
何でもお見通し、って訳か。スネークは声を潜めて言った。
「右目を狙え」
「…………え?」
「レナの頑張りで、あのぬいぐるみはもう少しで落ちるところまで来ている。ちょうど右斜め方向に傾いているから、
右目を狙えば一発で落とせるはずだ」
スネーク、……そこまで分析してたのか。さすがだぜ!
「信じていいんだな? ……黙ってればスネークが優勝したのによ。いいんだよな?」
「かまわないさ。それに俺があのくまを渡すよりも圭一が渡してやったほうがいいだろう。
あんな可愛らしいものは俺に似合わないさ」
行け、と背中を叩かれる。
よし…………行くか。ここでくまを狙わなかったら、男じゃない!
「しっかり狙え。肘を台につけて、狙いを定めるんだ」
スネークが丁寧に狙撃のアドバイスをくれた。やけに詳しいな。
「ビリ回避の為には、手堅く小物を狙うのがよろしいですわね」
「みぃ。でも圭一は大物を狙うつもりのようです」
その通りだ、梨花ちゃん。
俺は引き金に指をかけて、ゆっくりと深呼吸をする。
一発だ。一発で落としてやるぜ…………!
ダァン、と音が響いて、コルク製の弾は確実にくまの右目を捕らえた。大きく揺れるくま!! そして……!!
796 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/07(水) 18:10:17 ID:wK7EOGaP
「やったああぁぁぁあああぁぁ!」
「ぅおおぉぉおおおぉおぉおおッ!!!!」
大歓声はぬいぐるみがごろりと棚を転げ落ちるのを待たずに巻き起こった。
それが地面に落ちる前にオヤジがキャッチし、俺に投げてよこす。
ぬいぐるみを受け取ってから、弾を詰め直して他の標的を狙った。
お菓子箱が2つ、ぽとりと落ちた。
「へ~圭ちゃん、やるねぇ! おじさん見直したよ!」
「あぅあぅ、圭一はすごいのですぅ~~!」
「圭一さんも頭を使えるようになりましたわねぇ!! 少しは見直しましたわ~!」
「俺だけで落としたわけじゃないぜ。みんなで当てて、少しずつずらして落としたんだ。……こいつぁ俺たち全員の戦果だぜッ!!! ……それに、」
スネークの方を見る。スネークは黙って首を振った。何も言うな、ということだろう。
……ありがとよ、スネーク。後で何か奢ってやるよ。
「そうそう! 全員の力の結晶だよね~!!」
「お姉は自分の分しか狙っていませんよね?」
「そうなのです、魅ぃは1発も当てていませんです」
「……う」
俺はトロフィーのように大きくぬいぐるみを抱え上げると、それをぼすんとレナに押し付けた。やるよ、とぶっきらぼうに言う。
「え……くれるの、レナに?」
「みんなの力の結晶だ。それにかぁいいものと言えばレナだろ」
「は…………はぅぅぅ~~圭一くんありがとう!」
レナはぬいぐるみをだきしめて、にっこり笑った。
みんなもそれを見て、楽しそうに笑った。

ここは何にもないところだけど。
……ここにしかないものもたくさんある。
俺はきっとこの雛見沢に来てたくさんのものを手に入れた。今この瞬間だって。
ずっと、一緒だよな。みんな―――― 
810 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/12(月) 21:17:00 ID:1iw9Vu9b

「詩音、いいんだな? 黙って抜けて来てしまったが」
「かまいませんよ。すぐ戻れるようにすれば。他の人に何か聞かれたら、私のせいにしちゃって下さい」
自分がメタルギアの発見と破壊を目的として雛見沢に来たことを忘れるぐらい、楽しいブカツの時間を過ごした。
……射撃は盛り上がったな。本職だから負けてはいられなかったが、圭一に勝ちを譲ることにした。
そして、射撃や他の部活が終わった後、さりげなく人混みに紛れて詩音と祭りを後にした。
…………そして、俺達は園崎家の地下祭具殿の目の前まで来ている。
森の奥に連れてこられた時は疑問に思ったが、目の前の頑丈な扉を見て、外部の人間が立ち寄らない場所、ということが否応なくして分かった。
ここは私有地だ。――仮に、この付近でメタルギアの開発が行われていたとしても、誰も気づきはしないだろう。
私有地だから、特別な事情がない限り警察も入れない。俺みたいな『一般人』が入ったとしたら住居不法侵入であえなく御用だ。
――がちゃん、と鍵が外れる音がした。
「さあ、入りましょう」
「ああ」
重い扉が音を立てて開く。
中は薄暗く、こちらからはよく見えない。足を踏み入れると、カビくさい臭いが鼻を付いた。
かちっ、と詩音が電気のスイッチを入れた。
中は木のトンネルのようになっている。……かなりの広さがありそうだ。おそらくここよりもっと下にも穴が掘られているに違いないだろう。
ぽっかりと開いた空洞は防空壕を思わせる。……防空壕、として戦時に作られたものであってもおかしくない。
そこから更に掘り進めれば………………。メタルギアぐらい、開発できるだろう。
それか、このトンネルがいくつかの小道に分かれていて、……その先に、風土病の関連の施設があっても不思議ではない。
だとしたら、何故、園崎家が……?
考察にふけっている俺を余所に、詩音が声をかける。
「人が来ちゃうとアレなので、鍵閉めますね」
頼む――――と言いかけて、俺は違和感を感じた。
祭りの時は、園崎家の人間は役員会か何かで誰もいない。
それに、祭りは全員が出席するほどの大賑わいだ、と。
そしてここは園崎家の私有地。
近づく人間は、いない――――。
そう言ったのは誰だ。
……他でもない、詩音だ。鉄平の二度の来訪から、様子がおかしい詩音だった。
まさに今、ドアが音を立てて、……閉められようと、していた。
兵士としてのカンと、本能から素早く振り返る。
そこには、…………内側から鍵をかけているはずの、……詩音の姿は、無かった。
新着レス 2008/05/12(月) 21:20
811 名前: テンプレ張っとく [sage] 投稿日: 2008/05/12(月) 21:20:53 ID:1iw9Vu9b
想定される出来事だった。雛見沢には遊びに来ている訳ではない。……だから、隙を見せてはいけない。
なのに、隙を見せてしまった。……不覚だ。油断しきっていた。
後悔している暇は無い。ドアに体当たりをする。
それが、…………二つ目の、誤算だ。咄嗟に体当たりをしてしまったが、……この扉は、開けるときには確か、……押した。
つまり、こちら側から引かなければいけない扉であることを、失念していた。
体当たりすることによって、結果的に、……皮肉にも、閉じ込められやすくなる形となってしまった、。
気づいた時には、すでに遅かった。
がちゃん、と、無情にも……外側から鍵をかけられた音がした。
…………やられた。
やはり、……彼らは、「ブカツ」メンバーは敵なのだ。詩音がブカツメンバーで無いにしても、…………用心すべきだった。
子供だから、と、油断していたんだ…………!
全身から冷や汗が出る。
「…………あは、ははははははははははははは…………何だ、こんなに簡単だったんじゃん」
外から詩音の笑い声が聞こえた。扉を叩き、詩音、と呼びかけるがこちらに答えようとはしなかった。
俺を無視する形で詩音はぶつぶつとつぶやき続ける。
「そうだよねぇ、悟史くん。…………*すなんてことまでしなくても、……くけけけけ、こんな簡単な方法があるんだからね。…………もうすぐ、会えるよ」
「おい、詩音! どういうことだ、開けろッ!!!」
……俺の叫びはまたもや無視される。詩音の笑い声は、いつしか不気味なものになっていた。
「くけけけけけけけけけけけけけけけけけ、出来た、全部出来たッ!!……………………さあオセロットとか言うジジイ、悟史くんに会わせろッ!! 約束だッ!
会わせる、って言ったでしょ!? さあ早く! あの時突然現れたみたいに、悟史くんを連れてきてよッ!!」
……オセロットだと?
その言葉の真意は確かめられなかった。……そして数秒がたち、いくらか落ち着きを取り戻した詩音は、冷静に言った。
「…………そこにいるのは、祭りの間だけですよ。まあでも余裕をたっぷり取って約一日ですかね。それまでその陰気くさい所に閉じこもっていて下さいよ」
「……おい、詩音」
「一日ぐらいそこにいたって、死にはしませんって。……もっとも、あんたこんなところで死ぬような人間じゃないことは十分に分かってます。必ず出しますよ。それは約束します」
「待て、詩音! 何故俺を閉じ込めた! オセロットに何を言われたんだッ!!」
一方的に喋るだけ喋ったから、、……もう、詩音は俺の言葉など聞いていない。
ただ、誰かの名前を呟いていた。
「もうすぐ会えるからね。――――くん」
その人物が誰なのか、何を表すのかは分からずに。
その場には、……油断しきっていた自分を戒め、ぎりぎりと歯を噛む俺と、鳴り続ける無線のコール音だけが取り残された。
16 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/10(土) 21:08:32 ID:5Ehe4pr9
梨花、そろそろ時間じゃありませんこと?」
「そうみたいなのです」
その後も俺たちは祭りを満喫した。本当に楽しかった。
射的のその後は、スネークは正確で早い射撃を見せてそこそこ大きいものを落として、詩音も見事な射撃の腕を見せた。
羽入は可愛らしいお菓子の箱を落としていた。梨花ちゃんの順番が来たとき、さすがに大物というか撃てるものが残っていなく、
あったとしても高くて届かない位置にあった。……でも、梨花ちゃんが射的屋のおじさんに涙目・涙声で訴えると、
「残念賞」ということでお菓子をたくさん貰った。
…………恐るべし、萌え落としの梨花ちゃん! 狸にしか見えない!
部活の結果は…………射的では勝っても、結局俺がビリだった。
今日はソフトな方で、顔に落書きだけですんだけど…………人に見られる! 地味に恥ずかしいぜ。
こんなお間抜けな顔で祭りを終えるのか……。でも、部活は今まで以上に最高に楽しかった。
来年も、この先も、ずっとこのメンバーで部活をするのだろう。
今からでも十分楽しみだ!
「あれ? そーいや詩音のおバカはどこ行った?」
魅音が辺りをきょろきょろと見渡す。……本当だ、詩音がいない。
「あぅあぅ、スネークもいないのですよ」
「……みぃ……………………スネーク…………?」
スネークもいつの間にか姿を消していた。二人そろってどうしたんだ?
「トイレでも行ってるんじゃねえのか?」
「だったら私たちに一言あっても、おかしくないはずですわよ」
「さては、詩音のアンポンタンめ、スネークを連れ回して遊んでるなぁ!? 帰ってきたら説教だー!」
ふと、そこで俺は梨花ちゃんが優れない表情をしているのに気づいた。
「梨花ちゃん、どうした? 奉納演舞の前で緊張してるのか?」
「……何でも、ないのですよ。それでは行ってきますですよ」
人混みをかき分けるようにして、梨花ちゃんは去っていった。
「梨花、がんばって下さいまし!」
「さあさあ、場所を取りに行かなきゃ。羽入ちゃん、突っ立ってないで行くよ」
「あぅ……待ってくださいなのです! みんな足が速いのですー!」
「お、……おいおい、俺を置いていくなー!」
梨花ちゃんが見せた暗い表情が気になりつつも、……俺達はその場所を離れた。
17 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/10(土) 21:11:31 ID:5Ehe4pr9
詩音とスネークが消えた。……嫌な予感がする。
せっかくここまで順調に来たっていうのに、…………詩音のヤツめ。
大方、祭具殿辺りに忍び込んでいるのだろう。かつて、詩音が圭一とそうしたように。
……厄介なことになりそうだ。鷹野と富竹と共に忍び込んでいるとしたら、それはそれでタチが悪い。
そこで富竹とスネークが隙を見つけて、色々と話し合ってくればいいのだけど。そこまで気が回るはずがない。
そもそも、富竹は私が言ったことを半分も信じていないだろうから。
100年間とちょっとの間(6~8月を繰り返しているから、年数はそんなにないはず)をループしていても、詩音の行動パターンは読めない。
悟史に関することになると異常にアツくなることぐらいしかないだろう。
スネークにあることないことを吹き込んでいなければいいけれど。
それとも、詩音とスネークは別行動で、…………スネークが他のことを優先して、この騒ぎに混ざって
そっとこの場を離れたのだとしたら……? 
そうなると、スネークは私たちよりも優先しなければならないことがある、ということになる。
『教師としての使命ならば、命を懸けて守ってやるさ』
いつか教室で言ってくれた言葉。
あれは嘘だったの?
『どうか……信じさせて』
いつか自分が言った言葉。
どうして…………信じさせては、くれないの。
貴方が心を許すのは何者なの?
貴方は何のために雛見沢にいるの?
どうか――教えて。信じさせて。ただ皆と6月……いや、8月を超えたいの。
それだけでいいから、力を、貸して――――――。
52 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/18(日) 21:29:56 ID:BDxEnS92
梨花ちゃんの演舞は神秘的だった。
……ちょっとしたミスもあったものの、つつがなく終了した。
そして、演舞が終わっても、…………スネークと詩音は戻ってこなかった。
みんな心配だよねーと口々に言い合いながら、川に綿を浮かべている。
ちょっと変わった儀式だな、と思いつつ、二人のことを考えた。……本当にどこに行ったんだ?
「本当、……スネーク先生と詩音さん、どうしたんですの?」
「でも、もうお祭りは終わりだし、会えるかな? かな?」
「二人揃って迷子とはねぇ。…………部活の続きをやりたいところなのにさぁ!」
「おい待てよ、魅音。もう決着は付いたじゃねえか!」
「くっくっく! 甘いよ圭ちゃん。毎年我が部は暴れ回ってるからねぇ! さっきまでのは
軽い準備運動みたいなものさ! 屋台が片付くぎりぎりまで楽しむのが――」
「……みぃ。それで去年は本部のテントに呼び出されてこってり絞られましたのです」
「あぅあぅ、魅音は悪い子なのですね」
「り、梨花ちゃん、そういうのは内緒内緒!」
「あらぁ、みんな元気ねぇ。……若いってのはいいわね、ジロウさん」
診療所の鷹野さんと、富竹さんが来た。
「ははは。……鷹野さんだって十分若いじゃないか」
「ひゅ~っ、相変わらずおアツいですねお二人さん!」
魅音が二人をからかう。
鷹野さんはくすくすと笑い、富竹さんは赤くなってしまった。
この二人の力関係が見えた気がするぜ……。
「え、…………と……、梨花ちゃん、スネークさんはどこにいるんだい?」
「……ボクも教えて欲しいぐらいなのですよ。というか今更話すのは遅すぎるのです。のろま野郎なのです」
「梨花ぁ、それは言い過ぎなのですよ」
「ははは…………。ごめんよ、梨花ちゃん」
何やら、富竹さんと梨花ちゃんとの間に何かがあったようだ。
富竹さんが梨花ちゃんに話しかけるが、梨花ちゃんはつっけんどんとした態度を取っている。
「富竹さん、スネークに用ですか? あいにく俺達も探しているところなんですよ」
「そうでございますわ。二人して迷子ですの」
「あらあら、祭りは夜が本番なのに。…………五年目の祟りの犠牲になってないといいわね」
鷹野さんがそう言ったとき、場の空気が凍り付いたのを感じた。
……「祟り」とはエンジェルモートで会ったとき、鷹野さんが楽しそうに話していたものだと思う。
悲惨な事件が続いていて、…………それは、梨花ちゃんの両親、沙都子の両親と叔母さんと兄にまで犠牲が及んでいる。
それに、……こんなに楽しかった祭りの後味が悪くなる。
オカルト的な趣味があったとしても、……ここでは慎むべき話題だろう。
富竹さんが空気を読んでくれたのか、鷹野さんを咎めた。
「ごめんなさいね。……くすくす。何しろ五年目だもの。祭りは、これからなのよ――――」
「…………鷹野」
鷹野さんが笑い、梨花ちゃんがそれを睨み付ける。
どうしてそうなるのかは、……今の俺には知り得ないことだった。
後に、嫌となるほど思い知らされることになる。
「それと、富竹。ちょっとだけ話がありますです。みんなの前では出来ない話なのでこっちに来て下さいなのです」
「えぇ!? …………あぁ、分かったよ。ちょっとだけ席を外すね、鷹野さん、圭一君達」
梨花ちゃんは富竹さんを伴ってどこかへ消えていった。
やっぱり、……梨花ちゃんは、何か悩み事があるようだ。
悩み事があったらまず仲間に相談。これが一番だ。
明日にでも、……聞いてみよう。俺達部活メンバーならきっと力になれるはずだ。

「はろろ~ん。…………あれ? ちょっと悪い雰囲気ですか?」

振り返るとそこには、………………詩音!?
53 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/18(日) 21:30:33 ID:BDxEnS92

「し、詩音! お前今までどこに行ってたんだよ!!」
「詩音さん、心配しましたのよー!? もう私でも迷子になる年ではありませんでしてよ!」
「も~~~う詩音のおバカ! 途中で抜けるなんて駄目でしょ!」
「あはははははは、ごめんなさ~い。ちょっとスネーク先生連れ回して遊んでました☆」
鷹野さんが、賑やかになったわねぇ、とくすくす笑った。
詩音、やっぱりスネークと一緒にいたのか。
だったらどうして、今ここにスネークがいないんだ?
「詩ぃちゃん、スネーク先生と一緒にいたの? じゃあ今、スネーク先生はどこかな? かな?」
「………………それがですね、途中ではぐれちゃったみたいなんです。お姉達も見かけていないんですか?」
「見てないけど…………? 本当、どこ行っちゃったんだろうねぇ。おじさん心配だよ」
「スネークなら、きっと大丈夫だろ。な、レナ?」
レナの方を見る。
……レナは、全く笑っていなかった。
「詩ぃちゃん、…………本当に、スネーク先生の居場所、知らないの?」
「ごめんなさい。本当に分からないんです。いつの間にかいなくなっていて、」

「嘘だッ!!!」

レナの怒声が響き渡る。
………………祭りが終わって閑散としていたから、この声はその辺りに響いたに違いない。
一瞬、周りの喧噪も、俺達の話し声も止んだ。
「………………レナさん?」
「レ、レナ、…………詩音は知らない、って行ってるけど?」
沙都子と魅音がレナに声をかける。けれど、……レナには何も聞こえていないみたいだ。
レナは普段怒らない。おっとりとしてふわふわしていて、それでいて部活では全力全開。そんなヤツだった。
だから、…………詩音に対していきなり怒鳴ったのが不思議でしょうがない。
「嘘だよね……。詩ぃちゃん、本当はスネーク先生の居場所を知っているんじゃないのかな? かな?」
「……私は知らない、って言ってるじゃないですか」
詩音なら、勘違いですよ~とでも言って、笑ってごまかすと思っていた。
だけど、今の詩音には、…………余裕がない。
笑おうとしていても、笑えていない。
詩音が嘘をついている、って言われても信じてしまいそうだ………………。
そこへ、話を終えた梨花ちゃんと富竹さんがやってきた。
「…………お話が終わりましたのです。……詩ぃ、レナ、どうしたのですか?」
「ははははは、……タイミング悪かったかなぁ。鷹野さん、僕たちはこれで失礼しようか」
鷹野さんと富竹さんが去っていった。
ふと、……レナが急に笑顔になった。
「詩ぃちゃん、…………レナの勘違いだったらごめんね。気にしないでね」
「あははははは、そうですよ、…………勘違いです。気にしないことにします」
詩音も笑った。一気に緊張の糸が切れる。
「まー、スネークなら大丈夫でしょ。羽入じゃあるまいし迷子にならないよねー」
「ひどいのです、僕だって迷子にはなりませんのですよ! こう見えても雛見沢のことはよく知っていますです!」
「みー。羽入が人混みに流されてにゃーにゃーしていたところをボクは見ていたのですよ」
「あぅあぅあぅあぅ……」
「をーっほっほっほ! その程度なら部活に慣れるのはまだまだ先でございますわねぇ!」
「悪いけどよ、ちょっとばかり手荒な歓迎だからな、こっちの学校に転校してきてから本格的な入部試験があると思うぜ!」
「お姉達は手加減しないと思いますよ。梨花ちゃまのお友達さん、がんばって下さい!」
「あぅあぅ……レ、レナぁ、みんなが僕をいじめるのですー!」
「かぁいい☆ 羽入ちゃん、お持ち帰りぃぃぃぃぃ~~! 羽入ちゃんをいじめる人はレナがおしおきだよ! だよ!」
スパパパーン! とレナの拳……いや、膝か? 肘か!? それすら分からないものが俺達を襲う。
ある者は伸びて、ある者は地に伏せて、そして笑い合うのだった………………。 
 結局。
 俺達は、祭りが終わっても尚はしゃいでいたので、本部の役員の人にこってりと絞られた。
 だけど、誰も反省していなかった…………と思う。去年も言われたらしいのに懲りないな、魅音も俺達も。
「そういえば、梨花ちゃんはどうしたのかな?」
 レナが皆に問う。
「あれれ~、さっき『用事があるのです。先に帰ってもいいのです』って言って走って行ってからそれっきりだねぇ」
「んー、大丈夫でしょうか? もう真っ暗だから危ないですし」
「詩音もスネークも梨花ちゃんも、どこ行くんだよー」
「本当に皆さんは人騒がせですわね……」
「あぅあぅ……」
 辺りを見渡しても、視界に入る範囲内にはいないようだった。
「ぁぅぁぅ…………沙都子、今日は梨花と沙都子の家にお泊まりするのです。梨花はさっき、
『先に帰っていて下さい』と行っていたのですから、そろそろ帰りましょうなのです」
 沙都子は驚いた表情を見せた。
「羽入さんがうちにいらっしゃいますの!? もっと早く仰ってくれれば片付けましたのに……」
「じゃあ沙都子ちゃんも安心だね、だね!」
「ふわぁ~~……おじさんなんだか眠くなって来ちゃったよ」
 魅音が大あくびをした。
「よし、じゃあそろそろお開きにするか! スネークもこの辺りなら迷わないだろ」
「気をつけて帰って下さいねー。近いとはいえ、不審者には注意ですよ」
「大丈夫でございますわ。そういう時にこそ私のトラップが冴え渡りましてよー!」
「あぅあぅ、明日正式に転校するので、みんなその時はよろしくお願いしますです!」
 沙都子と羽入とはそこで別れた。
 そして、魅音、詩音とも別れ、途中まではいつも通りレナと帰ることになった。
「なぁ…………レナ」
 さっきから思っていた疑問をぶつける。
「どうして詩音が嘘をついていると思ったんだ?」
 レナの表情が曇る。余りいい話題じゃなかったのかもしれない。
「レナはね、……大体だけど、人が嘘をついているかどうか、目を見れば分かるの。あの時の詩ぃちゃん…………
こっちを見ようともしなかったし、何か様子が変だったから…………」
「……そっか」
 確かに、レナは嘘に敏感だ。
 部活で嫌になるほど思い知らされている。
「はぅ、レナの勘違いならいいんだよ? でもね、詩ぃちゃん、……最近、何かずっと悩んでいるかな、って思って。
もし詩ぃちゃんに何か悩み事があるのなら、私たちが力にならなきゃ、ね?」
「そうだな! 仲間に相談するのが一番だよな、レナ!」
「うん!」
 レナはにっこり微笑んだ。
 ……大丈夫だ。今の俺達なら、何があっても解決できる。
 スネークといういい先生も来たんだ。
 たとえ、この先に待ち受ける運命が過酷な物であったとしても、――――そんなものは、金魚すくいの網より薄いって証明してやる!

176 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/03(火) 21:42:05 ID:YkfmN30e
TIPS:行動開始
 私は、スネークが寝泊まりしているテントにたどり着いた。
 ……そこにもスネークの姿は無い。不安に駆られるが、目的の物を貰おうとがさごそと辺りを探る。
「梨花……。お祭りが、終わりましたのですね」
 羽入が、私以外の人には「見えない」姿で現れた。
「そうね。私の命日は、あと何日かしら?」
「ぁぅぁぅ……今日の朝に立てた作戦はどうなっちゃったのですか?」
「冗談よ。…………スネークが行方不明なのが心配だけど、きっと大丈夫。黙って拝借しちゃえばいいし」
「……悪い泥棒猫さんなのです」
「向こうも学校の薬品を盗んでいたし。お互い様よ」
 いくつかの「ソレ」を手にする。
 ……サイズが合いそうにないのは仕方がない。この歪んだ運命を乗り越えたら、身長だって伸びるんだ。
「そういえば、……富竹と何を話したのですか?」
「多分、今日中に鷹野と山狗に捕まって喉を掻き毟って死ぬことになるわ、って予言したのよ」
「信じて、貰えたのですか?」
「……分からないわ。半信半疑、ってところね。富竹が死んだら番犬を呼ぶことが出来なくなる。そうなったら、長期決戦は無理。
勝率はぐっと低くなるけれど、そこはスネークに任せる。その前に、……私が死ねばいい」
「でも、…………これはいつも以上に危険な賭けなのですよ。富竹にしか、真相を打ち明けていないのです……!」
「部活メンバーにはあんたが説明してくれるんでしょ? 上手くやってよね。結構大事な役目なんだから。
沙都子に伝えるのは早めにね。それと謝っておいて」
 沙都子に何も 告げずに来てしまったことは、悪いと思っていた。
「分かりましたです、梨花も、上手くやって下さいなのです」
「えぇ、頑張るわ。……今日はここで寝ようかしら。お休み、羽入」
「お休みなさい、梨花」


目を閉じる。
今日の部活の光景が次々に目に浮かんでは消える。
本当の「祭り」はこれからだ。
――――どうか、成功しますように。
92 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/23(金) 20:04:50 ID:LeDIahhV
富竹は資料を束ねてフォルダに入れると、それを自分のナップザックに詰めていた。
「いやぁ、祭りは楽しかったねぇ。それに、梨花ちゃん達もすっごく楽しそうだったよ。いいねぇ、仲間がいるというのは」
「…………そうね。仲間は大切ね……」
 資料を詰め終わり、富竹は立ち上がった。
 …………富竹が梨花の話を昨日の時点でどこまで信じたのか、また今日梨花に言われたことを気にしているかどうかは誰にも分からない。
 ただ、……彼が鷹野に対して警戒心を余り持っていない様子から、鷹野をまだ信じていることが伺える。
 鷹野は富竹にゆっくりと近づいて、富竹の手にそっと自分の手を重ねた。
 どきっとして赤面しながら硬直する富竹に、鷹野は吐息がくすぐるくらいに顔を寄せて話しかけた。
 その仕草はとても色っぽかった……。
「…………………ねぇ、ジロウさん。とても真面目な話があるの。聞いてくださる?」
「な、何だい? ……鷹野さんまで、僕に大切な話があるのかい?」
「私、あなたのことが好きよ」
 愛の囁きとはどこか雰囲気が違う。
 鷹野がこういう残酷な笑みを浮かべる時、その考えを富竹は理解できないことを自覚していた。
「………いよいよ、オヤシロさまの祟りが、現実のものとなる日がやって来る。その日こそが、私の子どもの頃からの夢が叶う日。……くすくすくす」
「…………………………」
 富竹は嫌な予感を覚えた。
 梨花の話が本当だとしたら。鷹野が、することと言えば――――
「……ジロウさん。聞いて。…………私は、もうあなたと一緒にはいられないの」
「え…? ……そ、それはどういう意味だい…?」
 これからの鷹野の行動が、……読めてくる。
 でも、富竹は鷹野を信じている。
 だから、…………この期に及んでも疑いたくなくて、言葉の続きを促すことをしてしまう。
 そのわずかな時間が、彼の生存確率を低めていく…………!
「………お別れの夜が来たの。……陽の当る世界を教えてくれてありがとう。あなたの温かさは日溜りの温かさだったわ。
……騙しあったり、疑いあったりしない本当に温かい関係だった。……だからあなたと別れるのがとても惜しい」
 富竹から体を剥がすと、鷹野はゆるやかな仕草で二歩三歩と後ずさる。
 富竹との別れの時が訪れたことを、距離で示すかのように。
 信じたい。
 だから、今の鷹野の行動を信じたくない。
 でも、梨花からの話は真実味を帯びていた。
 つまり、鷹野は――――――。
「…………まさか、………君は…………」
「くすくす。そのまさかなの。……ジロウさん」
 富竹は席を立ち、鷹野と対峙するように身構えた。それにはほのかな敵対のニュアンスが込められていた。
「……………私より、……仕事が大事なの。……やっぱり」
「……信じられない。……君の事を…………信じていたのに……!」
 その一言は拒絶。鷹野は薄く自嘲気味に笑った。
「オヤシロさまは人と鬼を融和したそうだけど。……そのオヤシロさまでも、私とあなたを融和することはできなさそうね。…………くすくすくすくす」
 鷹野がゆっくりと会議室のドアを開くと…そこには6人もの作業服の男たちがいた。ぎょっとする富竹。
 祭りの後に言われた、梨花の言葉を思い出す。


『昨日のボクの話を信じていても信じてなくても聞いて下さい。……山狗と鷹野は、富竹にとっての敵です。気を緩めないで下さい。
うかつに気を許してしまうと、富竹は今日中に死にますです』
93 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/23(金) 20:05:26 ID:LeDIahhV
 今のこの状況と、…………ぴったり当てはまる。
 自分が置かれた状況と、……今後どうするべきかを頭をフル回転して考える。
 梨花の話を思い出せ。そして、相手の目的をつかみ、隙を見つけるんだ――!
「……こ、これは何の真似だ! 小此木君、君も寝返ったのか…………!」
「…………失礼しますんね、富竹二尉殿」
 焦る富竹を見て、鷹野がくすくすと笑う。
「『雛見沢症候群』は導火線に火がついた爆弾と同じ。それが爆発する前に東京はあなたに爆弾を解体してしまうことを命じた。
……でもね、東京にはこの爆弾が派手に爆発してほしがっている人や、爆弾自体をほしがっている人もいるの」
「君はその連中に買収されたというのか。……いや、その人達に誑かされただけなのか!?」
「誑かされる? ……何の話か分からないわ。元からそういう目的で送り込まれているの。申し訳ないわね。出会った時から、私とあなたは住む世界が違ったの」
「そして、…………僕に寝返れ、と言うのか。断ったら、……オヤシロさまの祟りになぞって僕を殺す。そういうことだろう?」
「あらぁ、嫌に冷静じゃないの。くすくすくす、その通りよ。…………お返事はどうなのかしら?」
「………………断る!」
 叫ぶと同時に、入り口に向かって突進する。
 鷹野にとって、この行動は予想外だったようだ。鷹野は山狗に怒声を浴びせ、…………命令を受けた山狗が富竹に一斉に飛びかかる!
 富竹から稲妻が閃くように繰り出される突きは、1人の男を瞬きすら許さずに打ち倒す。
 だが男たちもそれを黙ってみているわけではない。
 人数の差で圧倒しようと一斉に飛び掛る。
 組み付いてきた男たちに肘で反撃を加えるが、人数差は覆せないようだった。
 よく善戦したが、もがく富竹はやがて床に転がされ、うつ伏せに潰される。
「く、くそおおぉおお!!! 離せ、離さんかッ!!」
「こいつ、ジタバタすんなッ!!」
「ぐおおおぉおぉおお……ッ!!」
 関節を完全に固めたらしい。富竹はもはや足掻くことすらできなかった。
「さすがねジロウさん。6人掛りでも手こずらせるなんて素敵よ」
 完全に決着がついたのを見届けると、鷹野は優雅に笑いながらやってきてしゃがみ、足元の富竹を見下ろした。
「ジロウさんに聞きたいことがあるの。…………さっき、古手梨花と何を話していたの?」
「き、…………君には、関係のない話だッ……!」
「この期に及んでも、嘘をつく気? くすくすくす」
「それでも、…………君には、言えないよ。……ただ一つ言えるのは、あの子には神通力がある、ってことぐらいか……ッ!」
「じゃあさっき梨花とお話していたのは、『今日死ぬから気をつけろ』、ってことかしら……?」

『死ぬ時は、山狗と鷹野達に拘束されてから、…………廃棄されたはずのH173を投与され、…………喉を掻きむしりますのです』

「…………そうだ。今日中に喉を掻きむしって死ぬ、と言われたよ。H173か何かを与えられてね」
 鷹野は目を見開いた。
 殺される、だけならまだしも、死に方までぴったりと一致していたからだ。
「じゃあ、昨日は何を話していたのかしら? 梨花が私の名前を叫んでいたけど?」
「……………………」
 富竹は沈黙を守った。
 それは、……梨花にこれ以上危険が及ばないためにした行為だった。
 だが、逆に鷹野に「昨日も今日も、話した内容は鷹野に関係すること」であることを伝える結果になってしまっている。
94 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/23(金) 20:06:10 ID:LeDIahhV

 一方、鷹野は不安を感じていた。

 計画が漏れている…………?
 ……いや、そんなはずはない。無い、と思いたい。
 信用できる山狗と、……この話を持ちかけてきた東京の野村、そして…………あの訳の分からない連中達にしかこの計画は伝えていない。
 どれも機密保持には長けているはずだ。それを表立たせないことが彼らの役目だからだ。
 なのに、古手梨花は昨日の時点でそれを知っていた……? それとも、昨日より前からそれを知っていた……?
 …………私が奴らと組んでいるのは、ただ研究が続けられるから。
 作戦を実行するに当たって、お互いの利点が重なったため、向こうから協力を持ちかけてきた。それだけの話だ。
 その研究ももうすぐ終わりそうだから、神となる足台に五年目の祟りを起こして、その後に古手梨花を………………と考えていたのに。
 なのに、肝心の富竹や古手梨花に話が伝わっているのならば意味がない。
 ここまで知っているなんてありえない。梨花はどこで知ったんだ、この計画を……!
 いくら研究が続けられると言っても、……梨花と富竹に逃げられたら終わりだ。
 五年目の祟りすら起こせない、犠牲者は偶数人数で、一人が死んで一人が消えるのだから――――待てよ。
 …………いや、…………富竹が死ななくても、、大丈夫。
                、、、
 富竹を殺せなくても、死体は、余分にあるんだった。
         、、、
 行方不明者も、余計にいる。

「………………小此木、気が変わったわ。富竹を地下に監禁しなさい。」
 さすがの小此木でも、この言葉には驚いたようだ。
「……は? …………失礼ですが三佐、どういうおつもりですんね?」
「いくら古手梨花がオヤシロ様の生まれ変わりだろうと何だろうと、ここまで知っているはずはないもの。計画が漏れているとしか思えない!
 後で富竹に尋問するわ。もし監視に手が回らないようなら、所長と同じ部屋に監禁すること! 正し、手錠か何かで必ず拘束しなさい!
 それとRの監視体制は早めに強化すること! 遅くても明日の朝からずっとよ! いいわね! …………何をぼーっと突っ立ってんのよ。早くしなさい!」
 私が野次を飛ばすと、山狗達が慌てて動いた。
 一人が富竹にハンカチを押し当てて、眠らせる。二人がすぐに富竹の前後に周り、ぐったりとした富竹を担ぎ、部屋から連れ出した。
 小此木は尚も納得していないようだった。分からず屋め……!
「三佐、本当によろしいので? 祟りとやらはどうするんです?」
「何も、毎年毎年綿流しの日当日に人が死んだり消えたりしてる訳じゃないでしょ。後から考えるわ。……余りだって、あるもの」
 私が口にした『余り』という言葉で理解したようだった。
「へっへっへ、そういうことでしたか。…………おい、今すぐ東京に連絡して、『愛国者達』への連絡手段を教えるように伝えろ。
理由? んなもん、もうすぐ研究が終わりそうだからこちらからの連絡も必要だ、って言っておけ。それでも足りないなら適当にごまかしておけ。
『愛国者達』への連絡が無理なら、雛見沢に来ている奴らの分だけでいい。頼むぞ」
 小此木が山狗達にてきぱきと指示を下す。頼もしい部下だ、やって欲しいことを全部言ってくれた。

 目を閉じる。
 これから起こる出来事を、……おじいちゃんは、どう思うんだろうか。
 悪魔の研究に手を染め始めた時から、後ろめたさのようなものを感じていた。
 さらに、そこから…………研究の中止が決まり、ふらふらと一人彷徨って、野村と会ってから……………………
 私は何をしてきたの? ただ、「研究が続けられる」という条件に飛びついて、……今の今まで、こんなことをしてきた。
 でも、最終的には、あの論文を皆に読ませて、震え上がらせることが可能になる。
 研究も大詰めだ。もう少し、もう少しだから……………………三四を、許して下さい。そこで見守っていて下さい。

 ひぐらしだけが、静かにないていた。

148 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/30(金) 21:32:19 ID:qwNDhboD
 ノイズ混じりに聞こえてきた、無線の声の主は大佐だった。
『……スネーク』
「言わんとしていることは分かっているさ。……閉じ込められたのは俺の油断から招いたものだ」
『前にも言っただろう。――所詮彼らからすれば』
「『君は、余所者に過ぎない』……だろ? …………迂闊だった。まさか10代の娘に閉じ込められるとは思っていなかったさ」
 一瞬の隙だった。
 戦場では、死に繋がる、一瞬の隙を――突かれた。
『……。とにかく言えるのは、やはり「ブカツ」メンバーは敵である可能性が高い、ということだ』
「…………まだそう決まった訳では無いだろう」
 先ほど、自分で「ブカツ」メンバーは敵だ、と思ったにも関わらず、無意識に彼らを庇うことを言った。
 何故か、…………脳裏に、梨花の悲しそうな顔が浮かんだからだ。
「…………それより大佐、詩音が俺を閉じ込めた後、オセロットの名前を叫んでいたが、あいつもこの雛見沢に――?」
 射撃と拷問のスペシャリスト、リボルバー・オセロット。シャドーモセス島で十分に苦しめられた相手だ。
 もし彼が雛見沢に来ていたのなら、……厄介なことになる。
 こんな田舎で銃撃戦をやる羽目になるのは、なるべくなら避けたい。最低の場合でも、民間人に被害を及ぼすわけにはいかない。
『……済まない、スネーク。まだ調査中だ。今のところは、そのような話は聞いたことがない』
「なぁ、……大佐」
 なんだ、と大佐は言葉を返す。
 俺は、自分の勘を口にした。
「以前、鉄平が再び雛見沢を訪れたとき、俺はある仮説を立てた。『北条鉄平は殺害されたか、ただならぬ傷を負って、それを好ましく
思わない第三者が隠蔽工作をした』……と」
 その仮説が正しいという実証はない。
 仮説の上に仮説を重ねる形になる。
『つまり、……君はその第三者がオセロットだ、と言いたいのか』
「あぁ……。確証は無い。ただの勘に過ぎない。……が、よく聞き取れなかったが詩音はオセロットの他にもある人物の名前を叫んでいた」
 あの時は俺もパニックを起こしていた。
 詩音が言った言葉や一挙一動をすべて記憶している訳ではない。
「俺の記憶が正しければ、その『ある人物』に、『もうすぐ会える』と、言っていた。『約束だ』とも。
本当にただの勘だが、……北条鉄平との格闘で隠蔽工作を行ったのがオセロットだとして、オセロットと詩音が何らかの取引をした可能性がある」
 大佐は黙って聞いていた。
「その『オセロット』が俺の知るオセロットならば、俺を殺すか閉じ込めるかしろ、とでも言ったんだろう。その代わりに、『ある人物』に
会わせてやる、と。これだけで取引成立だ」
 数秒の沈黙の後、大佐が口を開いた。
『スネーク。……君の言い分はもっともだ。だが、情報が少なすぎる。オセロットがあの「リボルバー・オセロット」なのか、
本当に雛見沢にいるのか、隠蔽工作を行ったのか、…………すべてが不確定要素だ』
149 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/30(金) 21:32:49 ID:qwNDhboD
 分かっている。
 「絶対的」な要素は、この中に何一つ無いことは分かっている。
 ……正直、自分でも混乱してくる。
 雛見沢に来て間もない頃は、俺も「ブカツ」メンバーに信頼を寄せていた。
 いつの間にか、彼らが信頼できなくなった。
 いや、……あるいは最初から信頼していなくて、日が経つにつれ、それが鎌首をもたげていったのかもしれない。
 そして、今……はっきりと「詩音は敵」だということが判明した。
 戦場では人を信じてはいけない。
 分かりきってはいることだった。それでも、…………詩音を、「ブカツ」メンバーを、信じたかった。
 ……だから、ゼロに近い仮定を持ち出した。オセロットに何か誑かされたのではないか、と。
 そうやって誰かの性にすることで、彼らを信じられないか、試みた。
「情報が少ないのは仕方がないな。…………大佐、俺は今どうするべきだと思う?」
『詩音の言葉が本当なら、明日の夕方頃にはそこを出られることになるだろう。だが、これも不確定要素だ』
「かといって迂闊に歩き回る訳にもいかないだろう。ここはいくら俺でも迷いそうだ」
 ぽっかりと開いた洞穴がそれを物語っていた。
 ……あるはずのない、血の臭いがした気がする。ここに園崎家、雛見沢の暗部が詰められているとしたら。
 奴が好みそうな、拷問器具だってあるだろう。
『そこはかなり深くまで続いてそうだな。あまり地下深くに降りられると電波が届かなくなる。無線で指示も遅れなくなってしまう』
「ならここで大人しくしているべきか? 閉じ込められるのはあの独房以来だが」
 ある程度なら、食料や水が無くても生きていられる。
 サバイバル生活の基本だ。
『済まないが、……今のところはそうしろ、としか言いようがない。オセロットについては私の方でも調べてみることにする。
もし、明日に扉が開いても油断するな』
「あぁ。……今度こそは、不覚を取られないさ」
 太陽の光を見たとたん、現世に別れを告げるという事態は避けたい。
『何か情報が入り次第、すぐに連絡する。それまでは待機だ。幸運を祈る』
 こんな薄暗いところに閉じ込められて、幸運も何もある物じゃないが――――。
 そう皮肉を言う前に、無線はぶつりと音を立てて切れた。
150 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/30(金) 21:33:16 ID:qwNDhboD

TIPS:協力要請
 「葛西、そういうことです。………………明日は、頼みますよ?」
 電話越しで葛西は、ただ沈黙していた。
 ……無理もないか。大人しくしていろ、って言われたのに無理して祭りに行って、挙げ句夜中にこんな電話をしたのだから。
 私は、葛西にことのあらましを大雑把に伝えた。
 ――――鉄平が死んだことと、オセロットという謎の老人と取引をしたことは、伏せて。
 そして、ある頼みをした。
『詩音さん。それは一体…………。まぁ、スネークさんはただ者じゃなさそうなのは雰囲気で分かりましたが』
「なら、尚更ですよ。別に私はスネーク先生を*せ、とは言っていませんし。簡単なことでしょう?」
『……………………責任は取りませんよ。よろしいのですか?』
「かまいません。何らかの勘違いで、スネーク先生にも私にも『何も』なかったら、ケジメは自分でつけます。
それだけ、守らなければいけないものがあるんです」
 悟史くんを待っている、沙都子の為にも。
 悟史くんが生きていると分かったなら、私が行動しなければいけない。
 沙都子を守る、と約束したから。
 悟史くん、貴方も――――。
『分かりました。…………詩音さんがそう仰るのならば』
「サンキューです、葛西。物騒な話になってしまいましたがよろしくお願いしますね」
 がちゃん、と電話を切った。
 そのままふらふらとベッドに横たわり、天井を眺める。
 …………何だか体が熱い。まだ興奮しているのかもしれない。
 でも。
 何でか分からないけれど、……胸が痛い。
 自分がした行動が、正しいのかすらも判断できない。
 それでも、ヤツらが悟史くんに手を出すようなことをしていれば…………。悟史くんの身に、何かが起きていたのならば。
 誰であっても、許さない。悟史くんや沙都子が受けた辛い目よりも、もっともっと辛い目に遭わせてやる。
 それが蛇であっても、山猫であっても、魔女であっても――――。 
215 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/09(月) 22:06:57 ID:FNhaJKiG
「はい皆さん、朝のホームルームを始めますよ!! おしゃべりはおしまいです! 委員長、号令!」
「きりーーーーーーーーーーつ! 礼!」
「「「おはよーございまーーす!」」
「着席~!」
 いつも通りの朝が始まった。
 少しだけ違ったのは、始まるのがほんの少し遅れたことだ。
 時間に几帳面な知恵先生は、いつも決まった時間びったりに教室にやって来るのだが、今日は珍しくほんの少し遅れた。
 ホームルームが遅れる理由。その噂は先生が来る前から教室内で飛び交っていた。
 先生が、どうぞと廊下に声をかけると、おずおずと1人の少女が顔を覗かせた。
「今日は転校生の紹介をします。古手羽入さんです」
 知恵が一人の生徒を指し示した。
「では羽入さん、自己紹介をしてください。皆さんは静かに聞くように! はい、それでは羽入さん、どうぞ」
 先生が壇上を譲り、真ん中へ来るよう促す。
 シンと静まるとかえってプレッシャーを感じるらしく、しばらくの間、おどおどしていた。
 まぁ気持ちはわかる。こういうのって緊張するもんだよな。
「……ぇっと……あぅあぅ…………、……あの、古手羽入と言いますのです。……その、ぁぅぁぅ……梨花の親戚なのです……
ど、……どうか、よろしくお願いしますのです………………」
 教室に拍手が巻き起こる。空いている席に羽入が座った。
「これで羽入も、正式な分校の仲間になった訳だねぇ~。昨日参加した部活ではいい感じだったよ! 改めてよろしく、羽入!」
 魅音が気をつかって、羽入に気さくに声をかけた。
 転校生の緊張感は、転校してきたばかりの俺が一番よくわかっているはずだ。
 俺も少しは気を遣ってやらないとな!
「はぅぅ~羽入ちゃん、部活のメンバーになったらお持ち帰り出来るかな? かな?」
「おいおいレナ、初っぱなからそれはきついぜ~。手加減してやれよ」
 ガラガラと教室の扉を開ける音がした。 
 今朝から姿を見かけていなかった、沙都子だった。
 …………そして、同じく姿を見せていなかった、梨花ちゃんは……一緒にいなかった。
「北条さん、遅刻ですよ。古手さんはお休みですか?」
「その事でございますが……」
 沙都子が知恵先生と何か話していた。
216 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/09(月) 22:07:27 ID:FNhaJKiG
「梨花ちゃん、今日はお休みなのかな、かな?」
「昨日の演舞で疲れちゃったのかもな…………。まぁ、体が大事だろ。お見舞いに行こうぜ!」
「いや~、ひょっとしたら圭ちゃん……くっくっく。梨花ちゃんもそういう歳になったのかもねぇ!」
「はぅぅ~魅ぃちゃん、それって何の話かな? かな?」
 羽入は梨花ちゃんと沙都子と一緒に暮らしているらしい。隣の会話から聞こえてきた。
「男には言えない事情って物があるからねぇ~。梨花ちゃんも一人前の女になったってことさ!」
「はぅ……魅ぃちゃん…………」
 …………そうじゃないのは、何となく分かる。
 沙都子の真剣な表情と、それを見ている羽入の表情からだ。
 だから、今日の……魅音の冗談には笑う気にならなかった。
 沙都子が席に着いた。
「それと、詩音さんは体調不良でお休みですね。………………ところで皆さん、スネーク先生はどうしているか知っていますか?」
 知恵先生が皆に問う。
 俺達は顔を見合わせた後、首を振った。
「スネーク先生も休みなんですか?」
 レナが聞いた。
「今朝、教員室に姿を見せなかったんです。何も連絡が来ていないし、スネーク先生が何処に寝泊まりしているか分からないので……」
 知恵先生が困ったように言う。
 ……おいおい、みんなどうしたんだよ。
本当に大丈夫か…………?
「スネークと詩音まで休みかよ…………。変なウイルスでもはやっているんじゃないのか?」
「三人とも大丈夫かな、かな? 魅ぃちゃん、今日の部活は無しにして、みんなのお見舞いに行こうよ」
「そうだねぇ。特別に羽入の入部試験をやろうと思ってたんだけど……」
「羽入さんにも皆さんにも悪いですけれど、それは後回しにしてくださいまし」
 沙都子が魅音の言葉をきっぱりと遮る。
 羽入も沙都子の言葉に頷いて、言った。
「魅音。それとみんな。………………大切な話がありますです。僕たちの家じゃ狭いので、今日学校が終わったら、魅音の家にお邪魔してもいいですか?」
「へ、うち? …………うん、オッケーだよ。じゃあとりあえず、学校終わったら皆でおじさんの家に来てね」
 多分、梨花ちゃんに関することだろうな。……何となくそう思った。
 梨花ちゃん、詩音、スネークがいないことに不安を覚えながら、……一日が始まった。
217 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/09(月) 22:08:25 ID:FNhaJKiG
 昼休み。
 いつもよりずっと少ないメンバーでお弁当を食べた後、顔を洗いたくて水飲み場に来た。
「…………くそ、しっかりしろよ」
 祭りがあるまでは、みんな元気で、みんな楽しくて。
 祭りがあってからは、仲間の三人がいなくて、……どこか寂しくて。
 いつも通りの日常なんて、こんなに儚いものだって気づいた。
「考え過ぎか……」
 ぱしゃっと水を顔にかける。
 どうしたんだよ。しっかりしろ、俺――――
「………………圭一?」
 後ろから誰かに呼びかけられた。
 振り向くと、そこには羽入が立っていた。
「羽入か。どうした? 保健室にでも行きたいのか?」
「ぁぅ、保健室に行った方がいいのは圭一の方なのです。顔色が悪いのですよ……?」
 畜生。分かっちゃったか。
「はははは。昨日夜更かししちゃったからなー……」
「話の腰を折って悪いのですが、圭一は、仲間である僕達に、力を貸してくれますですか?」
「突然どうしたんだよ…………。力を貸すに決まってるだろ? たとえ火の中水の中、でもな!」
「…………僕達は、今、とても力が必要なのです」
 どこか遠くを見つめながら、羽入は言った。
「圭一は仲間思いだから、梨花、詩音、スネークのことをずっと心配しているのだと思います。僕達が悩んでいるのは、その三人が
学校に来なかったことにも関係があるはずなのです。………………圭一?」
 羽入は真っ直ぐと俺の目を見ながら続ける。
「だから、しっかりして下さいなのです。魅音がみんなのリーダーなら、圭一はみんなの火付け役なのです。火付け役がうじうじしていたら
みんなが動く気が起きないので、意味がないのです。みんなが動かなかったら、僕達は、いいえ、この雛見沢が危機に陥ってしまいますのです。
その為に、貴方という駒が必要なのです。…………圭一、」
 頼みますよ、と。そう羽入は言った。
 俺は顔をごしごしとこすった。
 話の半分ぐらいは意味が分からなかったが、羽入と――おそらく梨花ちゃん――が、助けを欲していることは伝わった。
「………………へへへ。そうだよな、すまねぇ、羽入。今日はどうも調子がおかしいみたいだ。相談事でもなんでも乗るぜ!
運命なんて物はな、金魚すくいの網より薄いからな! そんな物、俺達で打ち破ってみせるぜ!」
 ついでに羽入の頭もわしわしっと撫でた。
 羽入はあぅあぅ言って狼狽えた。 そして、ぽつりと呟いた。


「ありがとうなのですよ、…………圭一」


 
246 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/15(日) 17:13:52 ID:RVQ6yb5i
「古手梨花が行方不明って、どういうことなのッ!!!!」
 鷹野の怒声が響き渡る。
 周りの「山狗」も、鷹野の命令に従ってはいるものの、露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
「まだ未確認ですんね。ただ学校を休んでいるだけかもしれな」
「そんな訳ないでしょッ!! 今直ぐにでも突入するのよ!」
 小此木が舌打ちするのが聞こえてきた。「お姫様」の子守にうんざりしてきた所なのだろう。
「だいたい、変よ! 昨日の祭りの後、誰も梨花が自宅に戻っているのを見かけていないなんて、おかしいでしょ!?
周りに人がいないなら、山狗二人を突入させなさいッ!!!」
 鷹野が喚く。
 自傷癖があるのか、自分の腕に爪を立てていた。
 機嫌がものすごく悪いため、山狗の隊員がコーヒーを差し出しても、見向きもしなかった。
 ……ようやく動きがあったとはいえ、退屈だ。
 俺としては「R」――古手梨花――とやらの動きよりも、スネーク、リキッド、忍者が何処にいるのかの方が重要だ。
 スネークとはもうすぐ会えそうだがな…………。スネークがあの小娘に殺される訳が無い。
 それまでは、この女のご機嫌取りに努めるのも、悪くはない。
「鷹野三佐、落ち着いて下さい。まだ時間があります」
 何を悠長なことを言っている、とばかりに睨まれた。
「オセロット、私たちは古手梨花に消えられたりしたら困るの! 分かっているでしょう!?
勝手に余所の街に逃げられたり、その辺りで野垂れ死にされたら、私にとっても貴方にとっても損でしょう!?」
「確かにそれはそうです。富竹とやらの話からすれば、古手梨花は我々の計画をどこかで嗅ぎつけたそうじゃないですか。
逃げ出す可能性はありますが、おびき出す方法はありますよ、三佐」
「おびき出す…………? どうやって……?」
 こちらに食いついてきたのが分かった。
 風土病の研究面では優秀だが、こういう頭脳戦になると、怒鳴るだけしか脳が無いらしい。
 この先兵士の進軍を指揮することがあったとしたら、突入しかさせないだろう。
 続きを話そうと思ったら、小此木に遮られた。
「三佐、R宅の突入準備が整いました。突入させますか?」
「…………始めなさい。慎重にね」
「了解。…………本部より鳳。突入開始。突入は慎重にされたし。付近の住民に発見されたら、ガス管の工事と偽れ。
Rを発見したら、検査を偽って診療所まで連れて来い」
『鳳7了解。……突入する』
 しばらくの沈黙の後、焦った山狗の声が聞こえてきた。
「本部より鳳7、8。どうした? Rは発見できたか?」
『こちら鳳8。全ての部屋を捜索したが、Rは見あたらない。昨晩から、帰宅した様子が無いものと見られる』
「なっ………………!?」
 絶句する鷹野を尻目に、小此木は指示を下した。
「……本部了解。付近の住民やRの友人に気づかれないように帰投せよ。侵入の痕跡は残すな」
『鳳7了解』『鳳8了解』
「いったい、梨花はどこに行ったというの…………!? オセロット、梨花をおびき出す方法を早く教えなさい!」
「先ほどお話になっていた『五年目の祟り』。これを利用するだけの話ですよ」
 早く具体的な方法を教えろとばかりの視線を浴びせられる。
 それらの視線を感じながら、ゆっくりと鷹野に近づいた。
「我々が保管している男の死体。聞けば、そいつはRと同居している友人の叔父らしいじゃないですか。
………………これを利用しない他はないでしょう? 確実に、これを使えば我々の所に向かってくるはずです。
友人が我々の手の内にあるとならば、…………Rも来ますよ」
 鷹野は最初、呆気にとられていたが、そのうち笑い出した。
「くすくすくす……あはははははははは! そういうことね! 五年目の祟りにはあの男が死んだことにすればいい。
そうして沙都子ちゃんをおびき出して、古手梨花を捕まえるの! あははははははははははは……!」
 鷹野は狂ったように笑い続ける。
 ――――自分の身の程を知らない、哀れな奴だ。
 幕が下ろされるまで、せいぜい舞台でピエロを演じ続けるがいい………………。
280 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/21(土) 20:16:37 ID:RFEcsTMn
TIPS:山猫の動向
 雛見沢のどこかにある、地下のとある施設。
 カツン、カツン――――と足音が響く。
 そして、リボルバー・オセロットが姿を現した。
「…………………………」
 山猫を語る老人は、何も言わずに「ソレ」を見上げた。
 「ソレ」は爬虫類を思わせる、――巨大なメカだった。
 全長およそ十二メートル、幅は六メートルもあるだろう。人間のように歩ける「脚」がついていて、「腕」にあたる部分には
 おぞましい兵器がついている。基本武装はメタルギアREX――スネークがいる世界を知っている人間なら分かるはず――とほぼ同じだった。
 それは、このメタルギアがオセロットの持ち込んだREXのデータをベースに設計されたものだからである。
 REXと大きく違うのは、核兵器そのものが搭載されていないことだった。
 その代わり、この兵器には特殊なミサイルがつけられる構造になっていた。形からして、二種類のミサイルがつけられるようだ。
 だが、今は取り外されている。そのため、ミサイルの効力は今の所は分からない。
 「脚」の付け根辺りに、このメカの名前の刻印がしてある。
「メタルギア0846」
 それが、この兵器の、名前だった。
「…………完成はまだか?」
 オセロットが近くの職員に聞く。
「はっ。三佐が協力してくれたおかげで思ったよりも開発の速度は速いです。……あと一、二週間もすれば試験運用が出来ると思われます。
今日ははメンテナンス中なので、起動することは出来ません」
「……そうか」
 綿流しの日までに、スネークが動きを封じられなければいけなかった理由。それはこのメタルギアにあった。
 今はミサイルが取り外されていて、メンテナンスのため、誘導ミサイルやレーザービーム、マシンガンなども使用出来ない。
 この時期にメタルギアを発見されたら、なすすべもなく破壊されるのは明らかだった。
 地下にそびえ立っている、メタルギア0846。
 ……それは、地下にありながら、この雛見沢全てを、見下ろしているかのように見えた――――。
281 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/21(土) 20:17:05 ID:RFEcsTMn
 所変わって、診療所。こちらも地下の部屋だ。
 薄暗い部屋には、先ほどの老人――オセロット――と、この診療所の所長、入江京介がいた。
 だが、所長という権限をもつはずの入江は、椅子に拘束されている。
 入江はオセロットを睨み付けているが、オセロットは気にした様子もなく、右へ左へとゆっくり歩き回っていた。
「ロシア――――いや、ソ連では様々な職種の記念日がある」
 この男は何を言っているんだろうか。
 そう言いたげな入江の視線を無視し、オセロットは一方的に喋り続ける。
「六月の第三週の日曜日、つまり今日。今日は『医者の日』だ。本来なら国をあげて盛大に祝うものだが、……歓迎場所がこの様な所で済まないな」
 入江は何も答えなかった。
 代わりに、こんなことを切り出した。
「…………貴方たちの、目的は何ですか。貴方はいったい何者なんですか……?」
「私はそれに答える義務は無い」
 オセロットは入江に何の情報を与えるつもりはなかった。
 外の世界を眺めることしかできない囚人を、虐げて遊んでいるだけだ。
「……………………悟史君を、どうするつもりなのですか……?」
 入江が悟史の名前を口にしたとたん、オセロットは少し嗤った。
「ふん。……寝たきりではつまらないから、歩けるようにしてやっただけだ。もうじき、友人に会いに行けるようになるだろう」
「あの状態で動かすなんてことをしたら……!!」
「どうなるかはお前が一番分かっているだろう。…………部下の反乱に気づきもせずに、ただ『所長』という名の椅子に座っているだけの、お前でもな」
 ぐっ、と入江は言葉を詰まらせる。
 ――――――「所長」とは名ばかりだということは、私にも分かっていた。
 研究の中心はほぼ鷹野さんにあって、……東京に色々と働きかけたのも鷹野さんだ。
 その鷹野さんが、このオセロットという老人の仲間で、雛見沢症候群を、悟史君を、操ろうとしているなんて――――。
 認めたくなかった。 
 信じたくもなかった。
「明日にでもお前の行方不明は知れ渡るだろう。鷹野が『五年目の祟りに名を残すのは名誉なことだ』と言っていたぞ。良かったな。
…………まだお前は生きていられる。その時が来るまでは、そこで指を咥えて見ているがいい」
 そう言い残して、オセロットはその部屋を後にした。
 残された入江は、今拘束されている自分に何か出来ることが無いかと、必死に画策していた。
 ひぐらしだけが、全てを知っているかのように、静かに鳴いていた――――。 
304 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 22:04:57 ID:J9ptT8y8
 ……あら?
 ついこの間まで、諦めたり、怒ったり、泣いたり、騒いでいたりしたのに。
 いつの間に、やる気になったのかしら?
 ふふ…………。初めて6月を超えたはずなのに、8月の終わりにまたこの時間に戻ってきたときは、すごく絶望していたのにね。
 そこから、100年とまでは行かないけれど、長い年月をかけて、蛇を招いた。
 厄災しかもたらさなかった蛇も、だんだん成長してきて、いい駒になった。
 初めの頃には3回に1回ぐらいしか来なかったのに、毎回雛見沢に来るようになった。
 だからあの子は、蛇に期待しているの。
 だけど、肝心の蛇さんは行方不明。
 仲間の誰にも自分から打ち明けられていない。
 こんな状態なのに、よく頑張れる気になれるわね。
 くすくすくす、と笑い声が漏れる。
 私としては、どちらでもいいわ。
 **たいなら、**でもいい。歪んだ運命に身を任せてもいい。
 それでも必死に足掻く姿が、どこかおかしいんだもの。
 誰かが発症しているかもしれないのにね?
 蛇さんも、「味方」と決まった訳ではないのにね?
 蛇さんが来たせいで、「昭和58年8月」の滅ぼされ方が決まったかもしれないのにね?
 まぁいいわ。「綿流し」のお祭りは、もう終わったんだもの。
 まだ、第二部が残ってる。
 ……第二部が終わっても、余韻に浸っている暇はないけれどね?
 ふふふふふ、とまた私は笑った。
 ――――さぁ、私を楽しませてちょうだいね。せいぜい頑張りなさい…………。
305 名前: オリスク委員会 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 22:05:51 ID:J9ptT8y8
「おい。そっちにはいたか?」
「いや、誰もいない。…………たっく、何で三佐もこんな山の中を探させるかなぁ」
「研究の続投を賭けているから、だろ。…………さすがに、こんな山の中にはいないだろ」
「……このぐらいで引き上げるか。隊長に連絡するぞ」
「了解」
 がさがさがさ、と茂みを掻き分けて山狗が去っていく。
 ………………完全に彼らの姿が見えなくなってから、私は茂みからひょこっと頭を突き出した。
 私は、誰かに*された訳じゃないし、誘拐された訳でもない。
 ただちょっと、みんなの前から姿を消して、山に隠れていただけだ。
 ……正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。
 彼らが不真面目だったことと、自分の小さい身長に、これほど感謝したことは無い。
 体中に葉っぱがくっついていたので、それを手で払う。
 ……それでも、私の全身は草みたいになっているけれど。
 私は今、私服を着ていない。制服でもないし、はたまた巫女服でもない。
 昨日の夜、スネークのテントから失敬した物だ。俗に言う、「迷彩服」とか言うヤツね。
 おととい、岡村と富田を唆したときも、「変わった服だなぁ」ぐらいにしか思っていなかった。
 スネークの本業が、こういう「敵に見つからないように進む」ことだとしたら、迷彩服を沢山持っていてもおかしくない。
 私が着ている迷彩服は「リーフ」というらしい。草むらのようなデザインがされている。
 他にも、山や森林で隠れるのに役立ちそうなのをいくつか持ってきた。
 …………「ガーコ」とかレナがお持ち帰りしそうなヤツは何に使うんだろう。「光合成が出来る」らしい「モス」も怪しい。
「爆発や炎のダメージが軽減出来る」だの「ライコフに成りすます」だの、意味分からないものも多かった。
 その他、山の中で使いそうにもない物は置いてきた。
 いわば、私がしているのは「命を懸けたかくれんぼ」だ。かつて、彼ら山狗と「命を懸けた鬼ごっこ」をしたかのように。
 私は、誰にも見つからずに、48時間過ごさなければいけない。
 時間が無かったから、こうするより他ならなかったんだ。
 6月を初めて打ち破った世界で部活メンバーが教えてくれた「48時間作戦」。今、これに賭けている。
 私が48時間作戦を単独で――――いや、羽入と二人で実行している理由。
 一つは、48時間行方不明になることで、死亡説が流れるんじゃないのか、って思っていること。
 ……まぁ、証拠が無い限り、それは無理だけど。
 少なくとも、私が消えたことによって、彼らには動揺が生まれているだろう。
 もう一つは、こうして時間を稼いでいる間に、部活メンバーが次の一手を撃ってくれるんじゃないか、って期待していること。
 一番いいことは、大石と協力体制を取って、きちんとした「48時間作戦」を実行してくれることね。
306 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 22:06:12 ID:J9ptT8y8
 ……本当は、魅音の家の地下に避難するのが最善手なのだと思っている。
 でも、それは無理な話だった。
 もっとちゃんとした時間があれば、絶対にそうしている。
 いくら8月が超えられなくなっても、「鷹野が終末作戦を起こす」可能性は消えないのだ。
 そうなれば、最短で今週中に私は死ぬ。
 少しでも早く、鷹野の野望を打ち破る。本番はそこから。
 だから、私がしていることは最低限のこと。運命を打ち破るのに、必要なこと。
 仲間に相談するのが手っ取り早いのは知っている。だけど、鉄平が二度も戻ってくるなんて考えてもいなかった。
 鉄平さえ来なければ、あの日の夜にでも、まずは沙都子に相談して、それから徐々に皆にも…………って、ステップが取れたのに。
 この世界はどこまで歪んでいるのやら……。
 …………今は感傷に浸っている場合じゃない。
 絶対に見つかってはいけない。念には念を入れて、村人にも、だ。
 頑張るから。
 だから、――――羽入?
 あんたも、上手くやってよね…………? 
318 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/28(土) 22:26:18 ID:LAdGkTZ3
 6月20日 午前9時39分
「くそ…………。何とか今年でシッポを掴んでやりたいんだけどなぁ……!」
 大石はため息をついた。
 人通りが少ない林道。
 その中にある、厳重にブルーシートで囲まれた一角。
 中には鑑識の職員が、遺体をあらゆる角度から撮影して記録していた。
 遺体は、ドラム缶に詰められ焼かれていた。
 外見から、身元の特定が出来そうにない。かろうじて、遺体が成人男性であることが分かるだけだ。
 ブルーシートの中に熊谷が駆け込んできた。
「熊ちゃん、入江の先生とは連絡つきましたか?」
「いえ、それが、診療所にはいないみたいっす……。問い合わせたところ、昨日の綿流しの役員会にも出席していないとか」
「………………在宅確認は取りましたか?」
「自宅も、もぬけの殻っす。現在、最後に目撃されたのがいつか、聞き込み中です」
「ふぅむ。…………まさか、先生まで祟りの犠牲者に?」
 大石は首を傾げる。
 …………どうも、今年の祟りはおかしい。
 こんがり焼かれたこの遺体が誰なのかはまだ判明していないが、入江まで行方不明となるとおかしい。
 奴らは、ダム建設賛成派を潰していくはずだ。
 入江がダム建設に賛成していたという話は聞いたことがない。
 ……しかし、例年の犠牲者から考えると、「誰をを消すか」の理由がだんだん希薄になっていくのが分かる。

 一年目はダム建設の監督を殺した。
 二年目はダム建設に賛成していた北条夫妻が。
 三年目はハト派だった古手夫妻が。
 そして四年目は北条夫妻の弟夫婦の妻が。

 五年目の犠牲者……この焼かれた死体が誰なのかは、今の所分からない。
 入江が失踪した、とするならば。彼は、雛見沢の人間では無かった。
 ………………今年の祟りを下した理由は、「余所者だから」、という理由だけでも十分ありえるのだ。
 だが、それだけでは通らない。
 入江は確かに余所者だが、村人の信頼を寄せていた。
 さらに、この村唯一の医者である。彼が消えるとなると、医者の補充が必要だ。
 それまでは治療を受けられない。どうしてもという場合は、興宮まで足を運ばなければならなくなる。
 だから、連中が入江を「余所者」という理由のみで消す、のはおかしい………………。
 
319 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/28(土) 22:27:02 ID:LAdGkTZ3
 そこで大石は、一つの疑問にぶち当たった。
 「余所者」という理由だけで消すならば。
 ……誰の目から見ても「余所者」と分かる人物を、一人知っている。


 ――――ソリッド・スネーク。


 偽名と思われる名前。
 教師にしては不自然な体格。
 …………どうも引っかかる。彼がこの遺体だったとしても、彼が直接この事件に関わっていないとしても、だ。
 どこから捜査の手を付けていいのやら。
 ……とりあえず、身元確認を急いで貰いたいところだ。
 そんな大石の心情を知ってか知らずか、熊谷が呟いた。
「……今年も、起きたんっすね。正直、信じられないっす」
「まぁ、私だって信じられないです。雛見沢村連続怪死事件。……これで5年目ですよ。
オヤシロさまの祟りが5連続ってことになっちまいます。………………定年前にこの山だけは何とか片付けたいんです」
 大石は次の3月には定年を迎える。
 ……OBとして捜査状況を聞くことはできるかもしれないが、自ら主体的に捜査をすることはもうできなくなる。
 つまりそれは、大石にとって、友人の仇を取るチャンスが、今年で最後であることを意味した。
 ……………虎穴に飛び込む他、方法はないか。
 大石は人知れず、拳をぐっと握り締めるのだった。
320 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/06/28(土) 22:27:48 ID:LAdGkTZ3
TIPS:検死報告・昼の出前メモ
 ・ドラム缶の中にあった遺体→成人男性。


 ・体の一部が炭化していた。(ガソリンで焼いたものと思われる)


 ・額の部分から銃弾を摘出。恐らく、死因はこれによるものと思われる。
  ↓
 弾は45LC(ロングコルト)弾。コルトSAAか?
 ※興宮で発見された変死体と関連がある? 最近、銃器密売が無かったどうか調べさせる。


 ・即死だったようだ。
 他に銃創は無し。


 ・額の右半分に、打撲跡あり。鈍器のようなもので殴られたと見える。
 死因とは直接結びついていない模様。


 ・歯形は取れた。現在、身元確認中。


※裏面白紙部分に書かれたメモは以下のとおり。

 中華丼1、上海風五目やきそば3、チャーハン大盛り1 
336 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/07/03(木) 21:21:19 ID:Ww90l6Wm

 かつての僕は、非協力的だった。
 ……今だって、最初から実体化していない時点で、「非協力的」かもしれない。
 でも、かつての僕とはだいぶ違う。

 昔は、いつも、梨花と反対のことを言っていた。

「どうせ駄目なのです」が口癖だった。

 梨花が傷つかないように、と、変に期待もさせず、励ましすぎず、ずっと、…………傍観者の立場だった。


 それが、…………正しいことだと、思い込んでいた。
 梨花の精神的な「死」を恐れて、100年もそうして来たのだ。
 理由なんてくだらない物。1000年余り彷徨ってようやく見つけた「話し相手」を、失いたくないから、だ。
 でも、それは、大間違いだった。
 僕が傍観者を止めたある時。
 梨花と、僕の目の前にいる仲間達が結束し、昭和58年6月を打ち破った。
 それは、奇跡と呼ぶにふさわしい出来事。
 だけど。
 梨花は理不尽な「運命」の性で、昭和58年8月以降の世界に行けないのだ。
 …………また6月に帰ってきてしまったと知った時の、梨花の悲痛な叫びは、今でも忘れられない。
 それからも、僕と梨花はずっと努力を繰り返してきて、何回も鷹野の、東京の野望を打ち破ってきた。
 最初は感動的だった6月の突破も、……今では少し物足りない。その先を、ある程度知っているから。
 それでも、決定的な「何か」が足りずに、6月に戻された。
 梨花も僕も諦めずに、ずっと戦っている。
 蛇を連れてきてからも、ずっと…………。

 ……そんな事を考えつつ、圭一達に事情をようやく話し終えた。
 まだ明るいけれど、時計の針は3時48分を指している。もうすぐ夕方だ。
 学校から帰ってきて、着替えて、みんなが集まって、僕があぅあぅ言いながら話したせいで少し遅くなってしまった。
337 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/07/03(木) 21:22:09 ID:Ww90l6Wm
「僕の話は以上なのです。……………………質問はありますですか?」
 皆、しいんとしている。
 ……それはそうだ。話し終えた後、、「実はどっきりでした☆」とでも言い出しても自然なぐらい、ありえない話ばかりだったのだから。
 「梨花の描いた漫画は本当のこと」だと話されても、何が何だかさっぱりなのだろう。
 でも、僕は知っている。
 圭一達は、どんな世界でも必ず信じてくれるということを――――!
「質問たって、園崎家頭首代行として色々と聞きたいことはあるよ。…連続怪死事件について、どうやら少なからぬ関係があるようだからね。でも、今はそれはなしにする」
「はうぅ、あれ漫画の話じゃ無かったんだね……。それじゃあ、今、梨花ちゃんはとても危険な状況にあるんだよね? よね?」
「おいおい、こりゃあ洒落にならない話だぞ…………。沙都子、羽入、二人は昨日その話を聞いたのか?」
「私は羽入さんから聞きましたの。私は梨花の一番の親友なのに、ですのよ!?」
 沙都子、……ごめんなさい。
 鉄平が二度も雛見沢に現れなければ、もっと早くに相談できたはずだから。
「その沙都子に信じてもらえなかったら、世界中で誰にも信じてもらえないということになってしまうのですよ。
あぅあぅ、だから梨花は『もしかすると』と臆病になってしまっただけなのですよ。それに、ごめんなさいと何回も言っていたのです」
「それぐらい、私にだって分かりますわ! だけど、デコピン一発ぐらいしませんと、梨花は反省しませんでしてよー!
私は梨花を恨んでなんかいませんわ!」
 よかった、と安心する。
 ……沙都子は、ずっと強くなっているのだ。
「あぅ、みんなだって別に申し訳ないなんて思ってないはずなのです? ねぇ、圭一」
 圭一に話題を振る。
 今日の昼、「圭一は火付け役だからしっかりして下さい」と言ったのは、この時の為だった。
「へっへっへ! ちょいと事がデカかったんで面食らっちまったが、なぁみんな? どいつもこいつも内心は、面白くなってきやがったとか思ってんだろ?
 沙都子、お前、だいぶ温存してるんだろ? シャレじゃ済まない秘蔵のトラップを、だいぶ隠し持ってるんだろ? へっへへへへへへへ!!
そいつを食らわせてやるまたとないチャンスじゃねぇか!」
「をっほっほっほっほ!! 部活メンバーに私がいたことに感謝なさいませですわね! 
本気でやっていいとなれば、たとえ部活メンバーやスネーク先生が相手でも使用を躊躇ってきた、
奇跡の大トラップの数々が惜しげもなく飛び出しますのよ!!」
「あはは、そうだね! たとえ相手が本物の軍隊でも、沙都子ちゃんのトラップはみんな蹴散らしちゃうもんね!!」
「と、沙都子をヨイショしてるが、もちろんレナだって容赦ねぇからなぁ。レナは本当に戦うべき時では誰にも屈しない強さを持ってる。
そいつはかなりハンパない。……多分、俺でも勝てないと思うぜ?!」
「……そんなことないよ。圭一くんだって、ここ一番の時の爆発力と瞬発力はすごいよ。
私では打ち破れない運命を打ち破れる気がするもの」
338 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/07/03(木) 21:22:34 ID:Ww90l6Wm
「……圭一が赤く燃え上がる炎なら、レナは青く静かに燃え上がる炎という感じなのです」
 そう。
 みんなは、運命をも焼き尽くしてしまう炎なのだ。
「お、それいい例えだな! 真っ赤に燃える男、前原圭一!! 青く燃える女、竜宮レナ! 
我が部にその人ありと天下に知らしめる絶好のチャンスだぜ!! そして、その最強のメンバーを最強のリーダーが従える。
へへ、だよな、魅音! 個にして最強、揃えば無敵!! それが俺たちの部なんだよなッ!!」
「……くっくっくっく。いやはや、……不謹慎だと思って黙ってたけど、おじさんさ、本当はこう思ってたのさ。
…………こいつぁ最高に面白くなってきた、ってねッ!! 今は感謝してるよ羽入。
これだけの獲物をよくぞ知らせてくれたッ!! くっくっく、この雛見沢で我が部に挨拶なしで上等を決めてくれようとはね!
きっちりケジメを取らせてもらうよ!!」
 あぁ、良かった。
 部活メンバーの結束力は、本当に強いものだって、はっきりと分かった。
 彼らにとっては、新参者でしかない僕の話でも、信用するに値すると判断してくれるのだ。
「みんな、ありがとうなのです。きっと梨花も喜びますのです!」
「おいおい、信じてくれるとずっと言ってる、信じて当然だろ! 信じないヤツなら仲間なんかじゃねえ!
だから礼なんて水くさいぜ、羽入!」
 また圭一に頭をわしわしと撫でられた。……くすぐったい。人の身の暖かさを感じる。
「しっかし梨花ちゃんさぁ、そんな山の中でかくれんぼなんかしなくたって、直接ウチに来てくれればよかったのに。
ウチは核戦争だってしのげるしね!」
「魅ぃちゃん、昨日は遅かったから仕方ないよ。……とりあえず、今は梨花ちゃんを安全な場所に連れてくることが最優先だね。
しばらくお邪魔することになると思うけど、大丈夫かな、かな?」
「全然問題なし! オールOKさ!! 水も食料もたくさんあるし、秘密の抜け道だっていっぱいあるよ」
「へー、すっげぇな魅音の家!! やっべぇ、ますますに面白くなってきたぜ!!敵は謎の組織で、秘密作戦に秘密基地、秘密の地下道、
うおおおぉおぉおおぉ!! これで燃えなきゃ男じゃねぇぜッ!!」
「男じゃなくても燃えますわね!! 私のトラップ脳も今ならギンギンに冴え渡りますことよー!」
「よーし! 諸君、燃え上がって来たねぇ! くっくっく! それでこそ我らが誇る部員達だ!! おじさん、鼻が高いよ!
それじゃあひとまず、作戦会議と――――」

 プルルルルルル。
 水を差すように、電話の音が聞こえてきた。
 魅音の振り上げた拳が行き場を失う。
「ありゃりゃ。…………ごめん、ちょっと待っててね。おじさん、電話に出てくるからさ」
 尻すぼみになってしまいつつ、魅音は部屋を後にした。
「……たっく、誰だよー、こんな良いときに電話してくる奴は」
「せっかく盛り上がってきた所なのにね……」
「仕方ないのですよ。僕達だけでも話し合いましょうなのです」
「そうですわね。こういう時は気持ちの切り替えが大切ですわ!」

 …………その一本の電話が。
 僕達の運命を左右することになろうとは、思ってもいなかった――――。 
357 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/07/09(水) 23:13:47 ID:RMMKeH5J
TIPS:園崎家の情報網
 授業が終わってから、「一度帰ってから魅音の家に集まろう」という話になった。
 俺とレナと魅音とで帰り道を歩き、魅音と別れる時に、魅音に突然こんなことを言われた。
「圭ちゃん、この前漫画貸すって言ったでしょー? だから30分ぐらい早くおじさんの家に来てね」
「へ? …………あ、あぁ、アレか。分かった、早めに行くよ」
「じゃあ魅ぃちゃん、後でねー!」
「うん、待ってるよー!」
 ……漫画を借りる、と約束した覚えはない。
 だから、魅音は俺に何か話があるんじゃないのか、って思った。
 それも、あまり人前では言えないような話を、だ。
 ………………どんな話でも、力になってやらないとな。


 約束通り魅音の家に行くと、広い部屋に案内された。
 まだレナも沙都子も羽入も来ていない。
 魅音はきょろきょろと辺りを伺ってから、声を潜めて言った。
「………………あのね圭ちゃん。今から話すことは誰にも言わないで欲しいの。――――特に、沙都子には絶対に言っちゃ駄目」
 神妙な顔で、真剣に言う魅音。
「あまり隠し事をするのは良くないと思うけど…………いったいどうしたんだ?」
 沙都子に関わりつつ、沙都子に余り知られたくない事と言えば――――。
 魅音は「驚かないでね。それと、騒がないこと」と釘を刺してから口を開く。
「雛見沢に、二度もアイツが来たでしょ。厄災をもたらして、一度は追い払ったのに、しつこくまた雛見沢に来た奴。
沙都子を何回も苦しめた奴が、いたでしょ?」
「あ…………あぁ。北条鉄平、だよな。沙都子の叔父の」
 忘れる訳がなかった。
 ……沙都子の叔父がどんなに酷い奴か聞いて、そこからこの村のしがらみを聞いたとき。
 俺の胸に、言いようのない怒りの炎が広がったのを覚えている。
 沙都子を救えた――――と思ったのに、また来て、沙都子が行方不明になった時は、本当に焦った。
 でも、それも終わった――――はずだった。
358 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/07/09(水) 23:14:51 ID:RMMKeH5J
「まさか、叔父が見つかったのか!?」
「…………見つかったには見つかったんだけど、ねぇ。これが…………」
 言いよどむ魅音。
 少しの間があってから、ようやく口を開いた。


「今朝、林道の外れで見つかったんだ。………………銃で額を撃たれた上に、ドラム缶に詰められて、焼け死んでいたらしいよ」


「なッ……………………!? そ、それって………………!!」
 そりゃあ、…………最低な奴だったから、「死んでしまえばいい」と思ったときもあったけど。
 誰かが死んでも、解決にはならない訳で――――。
 あの叔父にも、ああいう歪んだ性格になってしまった理由もあって。
 ……雛見沢を追い出されても、また帰ってこなければいけない理由があった筈だった。
 結局は、「死んでもいい」人間なんていないんだ。
 それなのに、…………沙都子の叔父は、死んでしまった。
 …………いや、「*された」。
「死亡推定時刻とか、殺した犯人とか、詳しいことはまだ分からないみたいだけど。…………沙都子、ここ最近辛い思いをしすぎているでしょ。
沙都子に連絡が来るのも時間の問題だけど、…………圭ちゃんが側にいてあげて。私一人じゃフォロー辛いからさ」
 魅音は苦笑いをする。
「水くさいな、魅音。俺達は仲間だろ? その仲間を率いる部長がそんな弱気でどうするんだよ」
 沙都子の叔父の死が気がかりだけど。
 それよりも、身近な仲間を、助けてやろうと思ったんだ。
「あはは、確かにおじさんらしくないかもね。……詩音も梨花ちゃんもスネークも休みだからさ、何だか不安になっちゃって。
…………ありがとう、圭ちゃん」
「へへへ。羽入の力にもなってやらねぇとな! 仲間を助ける為なら全力を尽くすぜッ!」
 にしても、魅音の家はすげぇなぁ。うかつに雛見沢で変なことは出来ないぜ…………。
 しばらくしてから、レナ、沙都子、羽入の順番に集まり、羽入の話が始まった。 
383 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/07/25(金) 17:40:45 ID:ivSJHXCU
 頭がぼおっとする。
 暑い。
 熱い。
 自室のベッドにごろんと横になって、天井を見上げる。
 ……「風邪」ということにして学校を休んだのは、あながち間違いではないかもしれない。
 昨日は中々寝付けなかった。
 祭りの後に本家へ行って、一部の親戚たちと簡単な酒盛りをしたせいかもしれない。…………酔っぱらうだけの余裕は無かったけれど。
 正直言って、まだ心の整理がついていない。
 というより、分からないことが多すぎる。
 ソリッド・スネークの正体。
 リボルバー・オセロットの正体。
 オセロットと悟史くんとの関係。
 オセロットは約束を守る人物なのか。
 悟史くんは、………………どういう状態なのか。
 一年前の、ちょうどこの日に悟史くんは『消えた』と思っていた。
 それでも。
 『沙都子を、守る』って約束したから、いつか帰ってくると信じて二人で待っていた。
 帰ってこなかったとしても、約束は果たさなければいけないって。
 悟史くんの願いを聞かないと、私には何にも残らないって。
 沙都子だってずっと信じて待っているんだから、私も待たなきゃいけない。
 最後の頼みさえ守れられないのなら、私は、きっと鬼になってしまうから………………。
 それが。今日になって、急に変わった。

 ――――――悟史くんに、今日、会えるのかもしれない。

 余りにも急すぎたから、楽しみとか喜びとか不安とか心配とかがいっぺんに押し寄せてきて、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回している。
 でも、分からない。分からない。分からない。

 オセロットと名乗る老人と、あの甲冑を着た兵士達。
 ……多分、甲冑の兵士はオセロットの部下だと思う。オセロットが呼んで、鉄平の死体を始末させたんだ。
 ここまではいい。兵士達の正体とか文字通り『消えた』方法とかを考え出すと、キリがない。
 問題は、悟史くんがどうしてあんな物騒なヤツラの所にいるのか、という事だ。
 悟史くんが望んであんなヤツラの所にいく筈が無い。
 じゃあどうして、ヤツラの所にいるの?
 思いつく言葉は、――――誘拐、拉致、監禁、だ。本当は考えたくもない…………。
 沙都子に買おうと思っていたらしいぬいぐるみは、売れて無くなっていた。
 …………なら、ぬいぐるみを買って、帰ろうとした途中に拉致された……?
 それが事実なら、オセロット達を拷問しても気が済まない。
 でも、…………………………変だ。
 悟史くんがヤツラに監禁されているのなら、どうして一年間も生かしておいた? 生かさなければいけない理由があった?
 そもそも、ヤツラが悟史くんを拉致する理由は?
 身代金目的という訳ではなさそうだし、悟史くんが何か重大な秘密を知ってしまってさらわれた訳でもなさそうだし、…………んん……。
 あぁ落ち着け、クールになるんだ園崎詩音。
 思い出せ。思い出すんだ。『綿流し』、という特別な日の事を。
 もっと大切な、もっともらしい理由があるじゃないか。
384 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2008/07/25(金) 17:41:22 ID:ivSJHXCU
 
 ――――――雛見沢連続怪死事件、通称『オヤシロさまの祟り』

 ヤツラは、オヤシロさまの祟りになぞらえて、悟史くんを『鬼隠し』にした……?
 そうだとしたら、悟史くんを選んだ理由は? 北条家の人間だから?
 ……ヤツラはこの村の事情にも詳しいんだろうか。でも、あの年――四年目の祟り――だけ、手を下す理由はあるの?
 まさか、最初の事件から、『オヤシロさまの祟り』に関係しているとか…………?
 
 あの兵士達は、一瞬で現れ、一瞬で消えた。まるで手品のように。そして、オセロットもだ。
「ヤツラが『オヤシロさまの祟り』に関係しているかもしれない」ということは、不可能な話じゃない。
 武力を行使できて、かつ事件の隠蔽が可能な組織があるとしたら、『オヤシロさまの祟り』は起こせる。
 だとしても、四年目の祟りは違う。
 あの叔母は、…………悟史くんが*したんだ。
 全ては、沙都子を助ける為に。沙都子の為にバイトを始めて、素振りをして、叔母を*した。
 四年目の祟りは、……悟史くんが追い詰められて、やむにやまれずに起こした事件だと思っていた。『これは連続怪死事件と関係無い』って。
 ヤツラが祟りを引き起こしているとしたら、本当は他の奴を*そうと考えていたけど、悟史くんが叔母を殺したから、……ヤツラにとっての都合が悪くなった。
 それが目障りで、ヤツラは悟史くんを……………………!!!!
 視界が赤く染まっていく。
 悟史くんは、生きているんだよね……?
 もしも、私が悟史くん「だった」ものと会わされる羽目になったら……その時は…………。

 電話が鳴った。
 それだけのこのだったけれど、私はびくりと体を震わせた。……落ち着こう。落ち着いて、電話に出なきゃ。
『おはようございます、詩音さん。…………ずいぶん遅いお目覚めですね』
 葛西の声だった。ちょっと安心する。
「葛西、おはよーです。昨日飲み過ぎちゃいましたね、あははー。それより…………頼んでいたアレ、どうなりましたか?」 
 スネークを閉じ込めても、オセロットとの連絡方法が分からなかった。
 だから、ちょっと葛西に色々と調べてもらった。園崎家の情報網は、こういう時に役に立つ。
 葛西の話を要約すると、オセロットは『東京』という組織?と関係があるらしい。
 そして、その『東京』と関連があり、さらに普段は造園業者を偽っているダミー会社を突き詰めたそうだ。
 名前は、『小此木造園』らしい。分校に何回か来たことがあるような……。まぁいい。
 彼らの電話番号を聞き、電話を切った。

 一度、ゆっくりと深呼吸をする。
 こちらが下手に出る必要は全く無い。相手と対等に渡り合えばいい。
「悟史くん、今助けてあげるからね」
 そう呟いて、私は再び受話器を取った。 
399 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/08/05(火) 22:41:57 ID:JRscLQH1
 プルルルル、という音が数回鳴って、受話器が取られる音がした。
 電話の受け手は若い男のようだった。…………こんな奴に用はない。
 自分はオセロットに用があるということを伝え、連絡を取りたいから連絡先を教えてくれ、と伝えた。
 男は少し焦った後、社長に代わるからそこで話し合ってくれ、と言った。
 ……組織とは膨大な物だ。電話の受け手ごときが組織の全貌を把握しているとは思えない。
 だけど、お前達が悟史くんの失踪にかかわっているとしたら、私はお前達を 許 さ な い。
 少し待たされた後、違う男の声がした。
『…………社長の小此木だ。お前も名乗れ。オセロットにどういった用件だ?』
 向こうも、猫をかぶるのを止めたらしい。営業の対応とは程遠かった。
 私も気遣うことなく、地で行くことにする。
「園崎詩音。北条悟史のことで話があります。……電話をかわって下さい」
『待て。お前がどうやってオセロットと知り合ったのかは知らんが、そう簡単に奴とは連絡がつかない』
『東京』の組織とオセロット、余り仲がよくないようだ。
 組織と関係がある、というだけで、オセロット自身は『東京』の一員ではないということ……?
「そう言われても食い下がれません。人の命が関わることなので、できれば今日中に話がしたいんですけど」
 悟史くんの命と、スネークの命。私にとって、後者は限りなくどうでもいいことだった。
 蛇については、葛西に任せることにする。私は悟史君を助けるだけだ。
『……分かった。少し待っていろ』
 また待たされた。……仕方ない。焦っても失敗するだけだし、頭の中の考えをまとめられる時間にもなる。
 まず、オセロット。
『東京』の一員ならば無線でもなんでもすれば連絡がすぐにつくはずだ。
 小此木という男が嘘をついているとは考えにくかった。ならば、オセロットは『東京』の一員ではないことが言える。
 そしてあの兵士達。言い換えれば、オセロットの部下達。
 顔すら見えないのだから、年齢も国籍も何もかも不明だ。
 仮に、『東京』とは別にオセロットを中心とする組織があるとして、この組織をAとする。
 Aは死体の隠蔽工作が出来る膨大な組織。
 リーダーらしき人物は恐らくオセロット。
 Aと東京は協力関係。……いま分かるのはそれぐらいか。
 情報が多くてこんがらがってきた。ノートにでもまとめようかな……。
 色々と思案を巡らせているうちに、小此木が準備を終えて戻ってきたらしい。
 聞けば、興宮に『東京』関連の施設が他にもあるとのこと。その施設からならば、オセロットにホットラインを繋ぐことができる。
 ホットラインが何なのかよく分からなかったが、直通の電話らしく、盗聴されないタイプのようだ。
 ……これは罠じゃないか、と疑う。私を呼び出して、人知れず消す為の罠なんかじゃないか、って。
 だけど、施設名を聞いたとたんに吹き飛んだ。
 幸か不幸か、その施設は私の家の近くで、一般開放されている施設だったからだ。
 さすがに一般人の前でこの会話をする訳ではないけれど、周囲に人がいるとならば安全だ。
 ……『東京』は園崎家並みに雛見沢・興宮一帯に勢力を広げているらしい。戦う相手が違うのではないか、と冷や汗が出る。
 けれど、悟史くんの為だ。文句は言えない。
 連絡先をその場で聞いた後、電話を切った。
400 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/08/05(火) 22:42:26 ID:JRscLQH1
 素早く荷物をまとめる。
 武器になりそうなもので真っ先に思いついたのが私の相棒だった。葛西に頼んで、違法改造済みの「アレ」だ。
 いつも持ち歩いていたが、改めてしげしげと眺めてみる。
 硬く、冷たい感触が私を落ち着かせてくれる。それをポケットに突っ込んだ。
 あまり時間が無い。
 最低限の準備を終えると、私は家を飛び出した。
 ……目の前に葛西が立っていた。ちょっと驚く。
「あれ? 本家にいったと思っていたんですけれど……?」
「…………忘れ物をしてしまいましてね。一度こちらの方に帰らせて頂きました」
「そうでしたか。それでは私はこれで、」
「詩音さん」
 強い口調で呼び止められる。
「……貴方が何に首を突っ込もうとしているのかは分かりません。ですが、本当に危険です。爪三枚どころではすまない世界かも知れません。
くれぐれもご無理なさらないように」
 葛西の心配が、……胸にささる。
 悟史くんを救えるのならば、自分の身はどうだって良かった。
 悟史くんが帰ってきたのならば、沙都子はもう寂しくないだろうから。
 でも、…………やっぱり怖い。
 下手をすれば、私も悟史くんも『存在しなかった』ことになってしまうかもしれない。
 北条悟史は一年前に失踪したっきり。園崎詩音は綿流しの後、行方不明。祟りの被害者で、見つからなかった…………って。
 それだけはなんとしても避けなければ。どちらかが残らないと意味がない。
 葛西に礼を言い、逃げるようにその場を離れた。

 バイクで施設に向かう。
 そこからの事は無我夢中だったから、余り覚えていない。
 気がついたら、とある小部屋で、オセロットが受話器を取るのを待っている状態だった。
 上手く丸め込められるか分からない。堂々とした態度を取れば大丈夫のはず……。
 ガチャリ。受話器を取る音がする。…………来た。
「……園崎詩音です。約束通り、スネークの動きを綿流しの日の晩に封じました」
 用件は手短に。
 お互い、こんな事に時間は使っていられないはずだった。
『今は生きているんだな?』
 喜んだとも、失望したともとれない声。
 相手の心の中を覗くには難しいようだ。
「答えられません」
 生きているとも、死んでいるとも捉えられる言葉。
 さすがに死んではいないだろうけど。
『…………スネークはどこだ?』
 生死はどうでもいいらしく、直球で場所を聞かれる。……スネークに会って、何をする気なんだろう。
 ここで本家の地下祭具殿の場所を教える訳にはいかない。
 スネークを見つけた、お前は用済みだ、で消されたくはない。
 何より、お姉達に迷惑がかからない方法を選びたかった。
『どこにいる?』
 もう一度聞いてきた。しつこい。
 よっぽどの用事があるらしく、先ほどとは語調が弱まっていた。
 だけど、その態度は引けを取らない。とりあえずこちらの出方を窺ってみるようだった。
「悟史くんに会わせるのが先です。今日悟史くんに会えるのならば今日にでも。明日悟史くんに会えるのならば明日にでも」
 スネークがいる場所を教えますよ、と。
 しばらく何かを思案していたようだったが、諦めたように『分かった』と答えた。
『指定する場所に来い。お前が会いたい人も連れて行く。住所を言うぞ――――』
 やった。取引成功だ。
 場所と時間を確認した後、すぐに電話を切った。
401 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/08/05(火) 22:43:28 ID:JRscLQH1
 ふう、とため息を吐く。
 ……まだ油断できない。住所の場所を確認しよう。
 いざという時、逃げるルートを確保するため、地図を持ってきたのだった。
 指定の場所は、何もない町外れの林道。
 ここなら人目につきにくい。……何が起こっても誰にも分からない。
 でも、ここで引くわけにはいかない。
 私が悟史くんを助ける。私にしか出来ない。
 あの時、悟史くんが不良から庇ってくれたように。
 こんな私に恋を教えてくれたお礼に。
 沙都子も私も、悟史くんとの約束を守っているということを見せるために。
「貴方を、助けるから」
 バイクを走らせる。
 施設も、私の家も徐々に見えなくなり、――――――消えた。 
440 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/08/28(木) 21:46:34 ID:NK6ZRkOx
「にしても、魅音、遅くねぇか?」
 さっき電話がかかってきてから、もう数分が経過していた。
 俺達だけでも、梨花ちゃんを助ける為の案はちらほら出ていたが、どれも決め手に欠けていた。
 それに、園崎家に協力して欲しいことは勝手に決められない。
 魅音の許可が必要だから、俺達は魅音待ちだった。
「ずいぶん長いねぇ。はぅ、誰からの電話だろ? だろ?」
「綿流しの後ですから、役員会か何かで忙しいんじゃありませんこと?」
「あぅあぅ、せっかくみんなに火が付いたのに、これじゃ消えてしまいますのですよ……」
 三者三様、困惑した表情を見せる。
「まぁ御三家だから仕方な…………あっ、魅音! 電話終わったのか?」
 部屋の入り口、廊下に面しているところに魅音はいつの間にか居た。
 かなり真剣な表情だ。……どうしたんだ?
「……沙都子、ちょっと来て」
 俺の問いには答えず、魅音が真剣な顔でそう言った。
「え? 私に用がありますの?」
 沙都子は、いきなり名指しされたせいかきょとんとしている。
「うん。…………言いにくいんだけど、電話は沙都子当てで、……その…………叔父、の事でさ」
 沙都子の表情が、一瞬凍り付いた。
 その場の空気も固まる。
 ……魅音から話を聞いていたから、覚悟はしていた。
 連絡が来るのには妥当な時間だ。この時間なら、俺達は学校から帰宅している。
 沙都子の家に電話をかけても出なかったから、友達の家にいると思って園崎家に電話してきたのだろう。
『圭ちゃんが側にいてあげて。私一人じゃフォロー辛いからさ』
 さっきの魅音の言葉が頭に浮かぶ。
 ……そっと沙都子に近づいて、頭をやさしく撫でた。
「大丈夫だ、沙都子。何があっても俺達がついている。辛くなったら抱え込まずに仲間相談してくれよな」
 沙都子が八重歯を見せて笑みを浮かべた。
「ほっほっほ。……私はもう大丈夫ですのよ? いきなりだから驚いただけですわ」
 そう言って、沙都子は立ち上がる。
 少し、無理をしているような気がする。
 だけど大丈夫だ。仲間がいれば、どんな困難だって乗り越えられる。
 沙都子が廊下へ姿を消し、代わりに魅音が部屋に入った。
 魅音は羽入とレナに事のあらましを伝えた。事情を詳しく知らない羽入も、真剣に聞いていた。
441 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage 45秒規制だったんだ、知らなかった] 投稿日: 2008/08/28(木) 21:47:57 ID:NK6ZRkOx
「それって、…………五年目の祟り、ってことなのかな」
 レナは困惑した表情だ。
「……祟りなんか、ありませんのです。鉄平の死は祟りとは無関係なのです」
 どこか厳しい表情で羽入が言った。
「詳しくはおじさんも分からないんだけどさ、…………変なんだ」
「変、って何がだよ?」
 魅音はいつになく真剣な表情だった。
「電話は診療所からからだったんだけど、知らない人の声だった。診療所のスタッフか何かかな。……おかしいでしょ?」
 レナが、あっ、という声をあげた。
「監督? 監督が電話に出なかったんだよね?」
「うん。監督は沙都子の事情をよく知ってる。昔から色々と気に掛けていたみたいだし。監督が沙都子と話したほうが安心できるよね。
私も、監督に代わって下さいって頼んだんだ。そしたら、『今は電話に出ることは出来ない』って返された。『席を外しています』って訳じゃないんだ」
「あぅあぅ、もしかしたら入江は……!」
「まさかな……。でも、診療所は『東京』の施設なんだろ? ありえない話じゃない」
 俺達の考えは一致していた。
 「監督は、どこかに監禁されている」。
 突拍子な話かもしれないけど、綿流しの日はもう過ぎた。作戦とやらの決行はもうすぐのはずだ。
 何かの不都合があって、監督をどこかに閉じ込めた。……ありえない話じゃ無い。
「おじさん頭がこんがらがって来たよ。梨花ちゃんも沙都子も大変な事になってるし、詩音が学校を休んだし、
スネークがいないし、監督もいない。どこから手をつけるのがベストかねぇ」
「でも、監督はまだ生きていると思うよ。『東京』のごたごたを狙った作戦なんだから、作戦の前に監督が死んじゃうと不都合になるでしょ?」
「レナの言う通りなのです。連中はしばらく入江を生かしていると思うのですよ。……でも、危険な状態には変わりありません」
「それなら尚更、富竹さんに番犬部隊を呼んでもらうしかねぇよなぁ。でも、富竹さんの居場所が分からないからどうしようもないな」
「興宮のホテル辺りにいるはずなんだけどね。うちの親戚が経営しているホテルに片っ端から電話かけたけど分からなかった」
 羽入がさっきからずっと俯いていた。
 ……梨花ちゃんを助けられるかどうか、不安なのかもしれない。
 何か呟いているみたいだったが、俺にはよく聞こえなかった
「羽入、どうした?」
「ぁぅ、別に何でもないのです。……あ、沙都子! 大丈夫なのですか?」
 沙都子が電話を終えて戻ってきたらしい。
442 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/08/28(木) 21:49:57 ID:NK6ZRkOx
「沙都子! 平気か? 辛くないか? 診療所の人、何て言ってたんだ?」
「そんなに質問攻めにされても困りますわ。…………叔父さまが、亡くなったらしいんですの。『その事で話があるから、診療所に来て下さい』と言われましたわ」
「……一人じゃ不安だよね? レナ達もついて行こうか?」
「いえ、親族に関わることだからなるべく一人で来て欲しいとのことですの……」
「あっ……! 沙都子、それ危ないよ! 監督が昨日の役員会から姿を見せていないくて、電話にも出なかったから、もしかしたら監督が捕まってるのかもしれない」
「あぅあぅ、昨日から入江は居なかったのですか……?」
「うん。祭りでも見かけてないから何か変だな~とは思っていたんだけどね」
 それを先に言えよ、魅音。
 ……梨花ちゃんの話を聞いたのは今日だけど、さっき教えてくれてもよかったはずだ。
「はぅ、レナはこれ、罠だと思うな。……確かに、身内が亡くなったら色々と大変だけど、監督がいないっていうのはおかしいと思う。
沙都子ちゃんを診療所に連れてきて、梨花ちゃんも呼び出そうって魂胆かもしれないよ」
「それに……富竹さんも居場所が分からないんだ。魅音の親戚のホテルに居ないってことは、よっぽど変な所にいるのか野宿でもしてるのかどっちかだろ。
番犬部隊が呼べないなら変に行動するべきじゃないと思うぜ」
「富竹も捕まっているかもしれませんです。鷹野と富竹は一見仲良しさんなので、昨日の祭りの後、鷹野が富竹をどこかに連れ込んで閉じ込めた可能性もあります」
「う~ん、これは困りましたわね……。…………でも、私は一人でも大丈夫ですのよ?」
「一人じゃ怖い、ってことにしていっそおじさん達全員で診療所へ行けばいいんじゃない? 監督のことぐらいなら聞き出せそうだよ」
「魅ぃちゃん、全員で行ったら意味がないよ。そしたら梨花ちゃんが危険になっちゃう」
「今の所、梨花の居場所を知っているのは僕だけです。連れてこようと思えばいつでも連れてきますです。……少し時間はかかりますが」
「じゃあ、二手に分けるか? 沙都子と診療所に行くチームと、梨花ちゃんを保護するチームにすれば解決だぜ」
「その必要はございませんわ」
 沙都子が立ち上がって言った。
 その瞳には、決意が満ちあふれていた。
「皆さんの心配はとてもありがたいことですけど…………私も強くなりましたのよ? 診療所ぐらい、一人で行けますわ」
「だけど沙都子、罠かもしれないんだぜ? 沙都子も梨花ちゃんも危な、」
 沙都子が手をかざして俺の言葉をさえぎる。
「罠ではなくトラップとお呼びなさいませ。部活メンバーで一番のトラップ脳を持った私が、それきしのトラップを見破れなくてどうするんですの?」
 もっともらしい言い分だ。
 ……だけど、危ない。せめて監督と富竹さんの所在の確認が必要だと思うぜ。
443 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/08/28(木) 21:50:53 ID:NK6ZRkOx
「危険なのは私も承知の上ですわ。私の勘だと、監督も富竹さんもすでに捕まっていますわね。……梨花の漫画の予言が真実なら、二人とも重要なキーパーソンですわ。
監督は診療所と入江機関の長で、富竹さんは番犬部隊を呼ぶことができる。この二人がいないと話になりませんわ」
「まさか、その二人を助けようって言うの!? いくらなんでも沙都子だけじゃ無理だよ! おじさん達だって出来るか分からないし」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ですわよ。魅音さんは仮にも私たちの部長なのですから、そんな消極的意見じゃ駄目ですわね!」
「でもなぁ……。うーん………………レナはどう思う?」
 レナは普段おっとりしているように見えて、ずばりと物事の本質を見抜く。
 だから俺はあえてレナに話を振ってみた。
「沙都子ちゃんは、……それでいいんだね? 本当に一人で診療所に行くつもりなの?」
「えぇ。逆に大勢でぞろぞろと行ったら不審がられてしまいますわ。私一人で十分ですのよ」
「皆が言うように、確かに危険だとレナは思うよ。だけど沙都子ちゃんの意志なら、……私はそれを尊重してあげたいな」
「あぅあぅあぅあぅ、でもでも絶対に梨花が心配しますのです! 梨花も後から追いかけていくかも知れませんですよ!」
「梨花だって私に心配をかけているんじゃありませんの。これでおあいこですわね」
 そう言って沙都子は一人外に向かってへ歩いていった。
 もう誰にも止められない。
 それほど、沙都子の決意が痛いほどに伝わってきた。
 前に自分が助けられたから、せめての恩返しなのかもしれない。
 ……なら俺も止めないさ。仲間を信じて待っているよ。
「沙都子! 気をつけろよ!」
 沙都子はくるりと振り返って言った。
「圭一さんこそ、変な事をしないで下さいましー! 必ず三人で帰りますわー!」

 沙都子の姿が見えなくなる。
 魅音が手を叩き、場を盛り上げようと大声で言う。
「……くっくっく。おじさんも部員に諭されるようじゃ駄目だねぇ。よし、こっちもこっちで動かないと!」
「そうだね、沙都子ちゃん達が戻ってきてすぐに手を打てるようにしておかないとね!」
「だな! 沙都子が危なくなったら俺達もすぐ動くぜ! ……まずは梨花ちゃんの保護からだ。羽入、行けるか?」
「僕も一人で平気なのです。沙都子が診療所へ行ったことも含めて梨花に伝えます! なるべく急ぎますのですよ!」
「よし。羽入は梨花ちゃんの元へ行く、と。おじさん達は地下祭具殿にでも避難しようか。あそこには武器もたくさんあるよ」
「早めに入っていれば、そこで作戦も練れるかもね。抜け穴を利用すれば上手く敵をまけるかも知れないよ!」
「じゃあ、さっそく地下祭具殿とやらに行くぜ! 羽入は梨花ちゃんの所へダッシュだ!」
「「「「おーーーー!!!!」」」」

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最終更新:2008年10月18日 19:51