521名前:通りすがりの人◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/02/27(水) 20:17:15 ID:pZZVhTMW
圭一と別れ、俺はいったんテントのところまで戻る――と見せかけ、違う方向へと進んでいった。
園崎家。
入江が言うには、地下組織の場所を知る可能性があるはずだ。
明日の祭りが始まると重要人物には接触しないほうがいいだろう。
人々の目は祭りに注がれている分、地下組織が暗躍する可能性がある。祭りでは部活メンバーも浮かれるだろうから、
俺が気を引き締めておかねば。
その分、今日入手できる情報が今日入手しておかなければならない。
園崎お魎との接触は早いうちがいいだろう。
そんなことを考えていると、無線のコール音が鳴った。
すばやく木の茂みに身を隠し、誰も見ていないことを確認してから応答した。
「こちらスネーク」
『スネーク、私だ』
無線の声の主は大佐だった。
『入江からの情報の入手は失敗したようだな』
「あぁ。今日富竹とも接触する予定だったが、彼とは会えなかった」
『だがわかったこともあるだろう? そのこと何だが――』
入手した情報は少しだけ。
雛見沢の風土病があることが確定したこと。沙都子はそれに感染していること。
いずれも梨花からすでに聞いている。
そして、お魎が知りうる可能性がある地下組織の情報。
「あぁ、今からちょうど園崎お魎に会いにいくところだ」
『待て、スネーク」
「どうした? 大佐」
『……少し、焦りすぎではないか?』
もっともな警告だ。
だが、第六感的なものが、早めの方がいい、と告げている。そんな感をいちいち当てにしていてはいけないと思うが、ここ雛見沢では頼りにしたほうがいい、と考えるようになってきた。
――今まで起きた出来事の既視感と、梨花の予言からも言えるだろう。
いや、この考えはおかしいのではないだろうか。――どうも調子が狂う。
「……銃が使えない分、時間は必要だ。だが祭りに便乗して何かが起きる可能性もあるだろう。今日が駄目だったら日を改めて行く」
『……決め付けるにはまだ早いだろう。焦りすぎて失敗のないようにな』
「了解した」
無線を切ろうとしたとき、大佐はまたも言葉を続けた。

522名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/02/27(水) 20:28:19 ID:pZZVhTMW
『……尾行されているぞ。スネーク』
「……わかっている。素人で殺意も無いから放って置く」


園崎家に進路を変えたあたりから、誰かがつけてくるのを感じていた。
かなり遠くにいるようだ。……気配も足音も消せていないから、素人だろう。
相手がいる距離からでも狙撃可能だが、それもしない。放って置いても問題ない、と判断した。
いったい何者が――?
「怪しまれない内に切るぞ」
『了解、任務に戻れ』

木の茂みからそっと出る。――幸いというべきか、人はほとんどいないようだ。
尾行者は見当たらない。おそらく俺を見失ってどこかへ行ったのだろう。

俺自身、焦りすぎているという自覚はあった。
ここ雛見沢に来てから、――兵士としての冷静さを、俺は欠いているような気がする。
任務で雛見沢に来ているのだ。生物兵器とメタルギアの発見、そして破壊。普段なら銃で脅して情報を頂くつもりだったが、使用許可が貰えていない。
銃刀法違反、という法律がある以上、仕方がないことか。日本の治安が良いのはこれのおかげだろう。
「……落ち着け」
精神を乱すな。
すぅ、と深呼吸をする。
園崎家が、見えてきた。やはり敷地が広い。……周りにある鉄条網は何のためにあるのだろうか?
きらり、と『何か』が光を反射する。銃口かと警戒したが、監視カメラのレンズのようだ。
入江診療所といい、園崎家といい、警備が十分すぎる。そこまでして守りたい――あるいは隠したい――『何か』が、あるのだろうか。
入江の言葉は間違いなさそうだ。園崎家は何かに関係している。
俺は立派な門の前で立ち止まった。
インターフォンを押そうと、手を伸ばす。
ざっ。足音がした。
――真後ろに人の気配を感じて振り向く。
ついに来たか、俺に何の用だ―――?
 
549名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/03/03(月) 22:15:03 ID:jlyBRL25
「どうしたんです? 何の御用でしょうか?」


そこには、またもや詩音が立っていた。
という事は――――詩音が、俺を、尾行していた? 何の為だ?
「……何故ここにいる? 診療所に残るんじゃなかったのか」
「それはこっちの台詞ですよ。……今日は帰ることにしたんです。変態眼鏡には沙都子を任せておけません」
くすくす、と詩音が笑う。
初めて、――いや久しぶりに――詩音が俺と目を合わせている。
詩音はいつも通り、笑っている。そこに悪意や敵意など、微塵も感じさせない。
しかし、――タイミング的に、俺を尾行していたのは詩音だろう。何故だ――?
疑問を感じているうちに、詩音がまた口を開く。
「……で、何の御用事ですか? 私、これから祭りの準備の手伝いをしたいんです」
「あぁ、……ちょっと、お魎さんに用があってな」
本来の目的を忘れるところだった。詩音は少しだけ首を傾げる。
「鬼婆に用が? でも、綿流しの祭りの前は気が立ってますからね。機嫌悪いと大変ですよー」
仕方ないか。ただでさえ恐れられる園崎家の党首なんだからな。
でも、……詩音に対する疑念が晴れない。
こちらから話をぶつけることにする。それで詩音の出方を見よう。

「じゃあ、今度でもいいから話をしたい。詩音から取り次いでもらえないか?」
「…………わかりました。けれどそこまで鬼婆と話をしたいなんて物好きですね。ちなみに、どんなお話をされるんですか?」
あっさりと承諾された。ひょっとしたら、――尾行者が詩音である、というのは、俺の思い込みかもしれない。
本来俺をつけるはずの人物は、俺が無線に応答している間に見失って、帰ったのかもしれない。
可能性はいくつもあるんだ。真実はわからない――。
「あぁ、……ちょっと、昔の話を聞きたいんだ。日本の歴史に興味があってな」
真っ赤な嘘だが、入江に話したことと同じ内容だ。偽りは、無いと言い切ったら無いことになる。
「鬼婆に何を言っても無駄ですよ。昔の話とかしてくれた覚えがありません。それに、あまり話したがらないんですよねー。
……そこでスネーク先生。提案があるんです」
なんだ、と返事を返す。詩音は言葉を紡いだ。
550名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage]投稿日:2008/03/03(月) 22:15:59 ID:jlyBRL25
「明日、綿流しのお祭りじゃないですか。きっとみんな祭りを楽しんで、梨花ちゃまの演舞に夢中だと思うんですよ。
実は私も、昔の雛見沢に興味があるんです。連続怪死事件とか、村人が知りえない何か、とか――」
要するに、――雛見沢の暗部が気になる、ということか。
この言葉の真意も確かめ用がない。俺は、まだ詩音を……信用しきれていないのだから。
「それで、……何がしたい」
「園崎家の地下が怪しいと思うんです。親族会議とか、何か大きな事件でも起きないかぎり、あそこは使われないんです。
……それに、残虐なことに使われる道具があるんです。あ、これ私が話したってのは内緒ですよ」
詩音はあくまで軽い口調で言う。
つまり。詩音が言いたいのは――
「明日の祭りを利用して、忍び込むということか――?」
「ま、簡単に悪く言っちゃえばそういうことですね。どうです? 鍵は知り合いに頼めば何とかできるんで」
悪くない提案だ。
――――だが、妙だ。
詩音と沙都子が怪我をした時にはっきりと向けた敵意。
俺の手を払いのけて、一瞬睨んできたときの視線。
今日の診療所での会話。

詩音が、昨日に俺に敵意を向けるだけの『何か』があったことは確実なのだ。
ひょっとしたら詩音は俺を尾行した犯人かもしれない。それなのに仲良く地下に潜入しよう、だと?
――虫が良すぎる。そこには園崎家全員が待ち構えていて、俺が五年目のタタリに名を刻む、ということになるかもしれない。
しかし、これを利用しないと園崎お魎に接触する機会は失われることになる。
梨花の話が本当ならば、祭りの後では、間に合わない――。
「……安全なんだな?」
「信用できないんですか? 大丈夫ですよ。うちはほとんど役員か何かで出払っているんで。そもそも祭りなのに残っている人の方が
少ないですよ。カタイですって。ひょっとして怖いんですか?」
詩音が早口に言う。
俺の反応など最初から気にしていないかのような口ぶりだ。……やはり、どこかおかしい。
551名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/03/03(月) 22:19:07 ID:jlyBRL25
――いや、大丈夫だろう。行くべきだ。
考えが変わってきた。
運がよければ、詩音にあった『何か』の正体をつかめる。
『祭りで役員が出払っている』のは本当だろう。そこに嘘をつく理由は無い。
余所者で雛見沢に来たばかりの俺がタタリとやらの犠牲にはならないはずだ。
未来のことをいくら心配してもキリがない。それは杞憂というもの、とメイリンが言っていたような気がする。
臆することはない。――相手はただの子供だ、何を構えている。雛見沢では、どうも、調子が狂う――
「わかった……。それで俺とお前が殺される、ということは無いな?」
念のためだった。
それと、――詩音が何を考えているか探るためでもあった。
詩音は一瞬顔を顰めた。……そういえば、昨日の午後も魅音の言葉に対して同じ反応をしていたな。
だが、すぐに取り繕うような笑顔に戻る。
「あ……あはは、何言ってるんですか。冗談止めてくださいよ」
手と首をぶんぶんと振る。
何かを隠しているのがバレバレだ。だが触れないことにしよう。
「そうだな。……すまない。じゃあ明日の祭りで会おう」
詩音、何が会ったんだ――?
俺に、関わることを知ったのか――?
それでは明日、と手を振る詩音の表情からは何も掴めなかった。ただ――夕日に映える彼女の姿は、寂しそうだ、と思った。
ひぐらしのなき声だけが、煩いほどに響き渡る――――。
 
637名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/03/16(日) 20:47:05 ID:L1KoRns5
TIPS:山猫の一手

誰もいなくなった診療所。
白衣の男――入江京介――は、ほっとしたかの用に溜息をついた。
今日診察した分の患者のカルテをまとめる。ある二人の名前が入江の目に留まった。
『北条沙都子』
『園崎詩音』
二人が家に帰ることになってしまったのは残念だった。
……まぁ、さっきのような変態的な話で盛り上がった後では、さすがに居づらくなるというものだ。
北条沙都子のカルテを眺める。……雛見沢症候群の発祥具合は、最近落ち着いていた。
そして、先ほど話をした男を思い浮かべ、ほんの少しだけ不安になる。
「……何故、彼が」
雛見沢症候群の存在を知っていたのか。
問いを投げかけても、誰も答えない。
ソリッド・スネーク。数日前、この村に教師としてやって来た男だ。
単刀直入に『沙都子は、病気じゃないのか?』と聞かれた。
入江は彼のことをよく知らないし、彼も入江のことをよく知らないはずだ。
雛見沢に来て間もない人が、一般に知られていない極秘の研究を、何故知っていた。
しかも、沙都子が過去にL5を発祥したこと、現在も注射をしなければいけない状態であることまで知っているような態度だった。
隠し通そうと入江は努力したが、……あの態度ではばれてしまっただろう。
医師には患者を守る義務がある。人命を救う義務もある。
ただ、北条沙都子、という雛見沢に住む人間の命を、救いたい。
なんとしてでも、雛見沢症候群を撲滅する為に、隠し通さなければならない。
今まで、この病気の存在を関係者以外の人に問われたことは無かった。
だからこそ、不安になった。
乱れた動機を押し隠すようにして、首を左右に振る。
……大丈夫だ。彼もきっとわきまえてくれるだろう。
根拠の無いことを糧にして、無理やり自分を奮い立たせる。
そして、今日は家に帰って休もうと荷物をまとめようと動いた時だった。

――――カツン。
 
638名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/03/16(日) 20:48:34 ID:L1KoRns5
廊下の方から足音がした。
それだけのことだったが、おや、と入江は違和感を覚える。
入江のパートナーである鷹野は、もうここにはいない。ましてや山狗は特別な用が無い限りここを通ることは無い。
では、いったい誰が居るというのか。
「……会議室の方から?」
音がする。
正体を確かめるべく、入江は所長室を後にした。
ドアをそっと開け、左右を見る。……廊下には誰も居ない。
クーラーの音と蝉の鳴き声がわずかに響く、静かな空間があるだけだった。
それでも、何か得たいの知れない不安に襲われ、念のために会議室の方へ向かう。
会議室のドアを開ける。……が、またもや中には誰も居なかった。ただ広い空間が広がっているだけである。
気のせいだったか。疲れているのだろう。
先ほど、スネークに雛見沢症候群のことを聞かれた動揺がまだ残っているのかもしれない。
とにかく家に帰ろう――と思ったその時、

「この診療所の所長、入江京介だな? 地下の方へ行かせて貰おうか」

真後ろから、男の声がした。入江はすぐに振り向く。
そこには、こちらに銃を突きつけて立っている白髪の老人が立っていた。
呼吸が一瞬、止まる。山狗の軍事訓練を何度か目撃している入江は、その銃が本物であることが否応なくしてわかった。
「貴方は、……誰ですか」
それでも怯むことなく言葉を搾り出す。
男は口角を吊り上げて言った。

「リボルバー・オセロット」

と。
639名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/03/16(日) 20:53:19 ID:L1KoRns5
入江は考える。
オセロットと名乗った男の正体を。
入江は疑問に思う。
何故この男が地下の存在を知っているのかを。
監視カメラがあるはずなのに、この異常事態に何故誰も駆けつけないのかを――――。
「……ではオセロットさん。何の用ですか? 誰かの知り合いですか? 私は貴方を地下に案内することは出来ません」
この診療所の正体をもう知られているのなら、下手に隠す必要はない。
たとえ此処で殺されたとしても。きっと、この男は捕まるのだ。
地下には、守らなければいけない物がある。
自身の、命を懸けてでも――。守りたい。今まで救えなかった人達の為に。
「あえてタカノの知り合いとでも言っておこう。もうじきこの村の全てが終わるのだ」
鷹野さんの、知り合い。
それが何を意味するのかが、入江にはわからなかった。
最近、鷹野が何やらよからぬ連中を付き合っている、という噂があった。しかし入江は『噂』程度にしかとらえていなかった。
それが、こんな事で判明するとは。
そしてオセロットは、地下に行くだけの目的を話す。

「北条悟史を引き渡してもらおう」
「――――ッ!?」

ひゅっ、と入江は自分が息を飲む音が聞こえた。
守りたい物、いや、守りたい人そのものの名前。
何故。何故彼なのか。彼の存在と、地下にいる理由を知りつつ、『引き渡す』ことを要求するのか。
目の前の男、オセロットに対する懸念は消える。
問い詰めたい事は多々あれども、――悟史を守る、ことが先決だ。
「それは、……出来ません」
声が弱弱しく震えているのが分かる。自分が情けなくなるが、それでも。
「貴方がどんな目的で悟史君に会おうとしても、私は――それを拒否します。拒否するだけの理由がある。何があっても、それは出来ません」
悟史君を、守る。医者としても、入江京介個人としても。
その意志が伝わったのかはいざ知れず。
オセロットは乾いた笑い声を上げた。
何がおかしいんです、と問う入江にオセロットは答える。
640名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/03/16(日) 20:54:02 ID:L1KoRns5
「立派な医者の鑑だ。お手本となるぐらいにな。所詮、そんなに意気込んだ所で患者全ての命を救える訳でもあるまい」
入江は言葉に詰まった。
もうこの手で、数人の脳を解剖しているからだ――。
鷹野に唆されたとはいえ、自分の意志がなければ出来ない行為だった。
それでも。いや、それだからこそ。たった一人の少年の命を守るのだ。
入江はぐっと拳を握り締め、オセロットを睨みつける。
「偽善だと思うなら笑えばいい。地下には行かせない! この命を懸けてでも……!」
力の限り叫ぶ。
本当は怖い。もう少し、自分に戦える力があるのならば。もう少しだけ勇気があるのならば――。
オセロットは何かを思案するような顔になった。
「そんなに死に急ぐなら、殺してやってもいい。――が、それだけでは余りにも華が無い」
人の生死に、華があるというのか――?
入江は、目の前の男に改めて恐怖を感じる。
そうだ、オセロットが何かを思いついたような声を発した。
「死体はもう一つ、いや二つ用意してある。ワタナガシの祭りの後に消え、五年目のタタリの犠牲者とやらに名を刻むのはどうだ――?
行方不明者としてな」
何を、と問う間もなかった。
入江の腹にオセロットの拳が伸びる。
がはっ、と弱弱しい呟きが入江の口から発せられ、地に倒れる。
オセロットがその傍らにしゃがみ込み、入江が首からぶら下げているケースに入ったカードキーに手が伸びる。
静止する声すら出なかった。
オセロットは立ち上がり、そのまま普段はダンボールで封鎖されている通路へ向かい始めた。
地下へ、続く通路。奥で悟史が眠っている通路。
入江はありったっけの力を振り絞る。
ぱしっ、とオセロットの足首を掴んだ。
「……ま、…………て」
行かせるわけには行かなかった。
だが、二人の力の差は歴然としていた。
オセロットは銃――シングル・アクション・アーミーを振り上げる。
後頭部にどすっ、と強い衝撃を感じて、入江はそのまま動かなくなった。

「安心しろ、悪いようにはしない」
入江を見下ろしてオセロットが呟く。
いつの間にか彼の配下である光る甲冑に身を包んだ男達が数人、倒れた入江の周りに集まっていた。
「詩音とかいう娘に会わせてやるだけだ。――我々の計画に協力させて、本当の『祭り』を楽しむ前に会えるかはわからないがな。
悟史、とわかるだけに留めておいてやる」
ひぐらしのなき声が響く中。
山猫は、哂った。
 
677名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/02(水) 14:20:06 ID:hQXdmSrV
TIPS:愛しの彼の為ならば

あなたは今何処で何をしていますか?
この空の続く場所にいますか?
いつもの用に笑顔でいてくれますか?
今はただそれを願い続ける――――

私はうっすらと目を開けた。何も見えない。
ふわふわと頼りなく、自分の体が漂っているのがわかる。
――ここは何処?
呟いてみても、唇がかすかに動いたことが分かるだけで、自分の耳には届かなかった。
でも、どこか安心できる空間だ。水の中を漂っているような感じがする。
不意に、目の前の視界がぱぁっと開けた。
水色に彩られた世界。
あぁ、やっぱり水の中なんだな――――と、私は思った。
此処には何も無い。
さっきまで考えていた恐ろしいことも、何も無い。
すると、突然、
『――詩音?』
今にも消えそうな声が聞こえた。
忘れもしない。いや、忘れるはずが無い声。私の前に金髪の、頼りない少年が現れた。
――悟史くん!
私は叫んだ。……つもりだった。私の言葉は音として響かなかった。口から空気の泡がこぽこぽと零れる。
でも、悟史くんには伝わったようだ。
『よかった、詩音。――が、――――になる前に会えて』
悟史君の途中の言葉が聞き取れなかった。
でも、彼に会えた。それが嬉しい。
やはり彼は生きていた。それだけで喜びが溢れてくる。
…………なのに、胸のどこかがちくり、と痛んだ。
あのオセロットという老人との会話を思い出そうとすると、何だか、胸が痛い。頭も痛い。痛い痛い痛い痛い――
678名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/02(水) 14:21:10 ID:hQXdmSrV
『詩音、落ち着いて。話したいことがあるんだ』
悟史くんは、むぅ、と困ったように微笑みながら言った。
――うん。話して。私、ちゃんと聞くから。
何でも聞くよ。悟史くんに言われたことなら何でもする。何だって、するから……。
『――――を、*さないで。人を*そうなんて、思わないで。そうしたら、詩音が詩音じゃなくなって、――――――』
さっきよりもノイズが酷くなっている。でも、悟史くんが伝えたいことはわかった。
……スネーク先生の事だろう。また、胸が痛くなった。心の靄が晴れない。
――何で。その方が手っ取り早いでしょ? だって、あいつさえどうにかすれば、悟史くんに会えるんだもん。
貴方の為に、スネーク先生を*す、って決めたんだよ? 何でそれが駄目なのかな?
動きを封じようにも、私の力じゃどうにもならない。お得意のスタンガンで気絶させようにも、その前に気づかれる。
だから、沙都子のトラップがある裏山にでも呼び出して、貴方のバットで*そう、って思ってたんだよ。
『詩音、思い出して。――に、人殺しはいけない事だ、仲間に相談しろ、って言われたよね?』
――そんなの、知らない。
知らない知らない知らない知らない知らない。
相談してどうにかなる問題じゃないから。悟史くんが人質だから。アイツを*す前に、悟史くんが消えたら嫌だから。
それに、誰に話せばいいって言うの?
お姉は頼りにならない。園崎家の力は借りたくないし、村のしがらみに囚われているから。
沙都子には話すわけにはいかない。余計な心配はかけられない。
梨花ちゃまは子供だし、レナさんは……下手に隠し事をすると怖い。圭ちゃんなんて、転校してきたばかりだし……。
『じゃあ、僕からのお願い。僕に会いたいなら、誰かを*す、って手段は取らないで。でないと、――――――」
どうしてそこまでして、私を止めるんだろう。
でも、悟史くんの願いなら、聞き届けなければいけない。
――わかった。そこまで言うなら*すのは止めます。それなら満足でしょ…………?
途中で言葉が詰まる。
何故なら、悟史くんの体の周りに黒い靄がまとわりついたからだ。
『もう、行かなきゃ』
むぅ、とまた困ったように笑う。
『じゃあね、詩音。また会う時は、僕は――――かもしれないけれど、それでも』
ふっつりと言葉が途切れた。
手を悟史くんがいた方に伸ばしたけれど、もう『何も』残っていなかった。
待ってよ、悟史くん。行かないでよ。悟史くん悟史くん悟史くん悟史くん悟史くん悟史くん悟史くん悟史くん悟史くん……
679名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/02(水) 14:25:02 ID:hQXdmSrV
「――待ってったら! っ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
ベッドから飛び起きる。
きょとんとした沙都子と圭一――いつ来たんだろうか――の表情を見て、さっきのは夢だ、と気づいた。
「おいおい、詩音。顔色真っ青だぞ。大丈夫か?」
「し、詩音さん? 何があったんですの?」
心配そうに二人が声をかけてきた。
大丈夫ですよ、ちょっとした夢です――と、二人を落ち着かせる。……一番落ち着かなきゃいけないのは、自分自身だけれど。
それに、『ちょっとした夢』ではなかった。
夢とは言えども、悟史くんに会えたのだから――――。
ごちゃごちゃな頭の中をまとめながら、少しだけ差しさわりの無い雑談をした。
圭一とスネークがこの診療所に見舞いに来たこと。そのときには、もう私は寝ていたらしい。
今まで、今日の授業の話をしていたこと。
そして、私が突然飛び起きた。……らしい。
「本当に大丈夫か? 休まなきゃ、明日の祭りが楽しめないぞ」
「…………大丈夫ですよ、多分。ちょっとトイレに行ってきますね」
とにかく席をはずしたかった私は、廊下に出た。
そして、少し深呼吸をする。
――――悟史くんに言われた通り、スネークは殺さない。きっと、もっといい方法があるに違いないから。
あれは、ただの夢じゃないと思う。
そんなわずかな確信を元に、足は自然と所長室の方へ向かっていった。明かりがドアの隙間から漏れていて、話声が聞こえる。
……廊下で立ち聞きするのはまずい。隣の部屋へ行こう。
隣にあった診察室のドアをそっと開ける。診察はもう終了しているから、誰も居なかった。
素早く身を潜り込ませ、壁に耳を当てた。
 
700名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/13(日) 16:54:37 ID:9kWBc0mV
先程、圭一から聞いた話ではスネークは『煙草を吸いに行った』らしい。
にしては、なかなか戻って来ない。あてずっぽで来たけれど、まさか狙い通り『監督と話している』何て、思いもしなかった。
誰にも言ってはいないけれど、……スネークが雛見沢に来たのは、教師としてだけではなく、…………もっと別の、大きな目的がある気がする。
だから、……この診療所に来たのは、『監督と話がある』んじゃないかな、って思った。
ただ、それだけ。
『なぜ……。………………だと、思ったのですか』
監督の声が途切れ途切れに聞こえる。
……ビンゴ。監督とスネークは、今『何か』を話している。
ここの位置と壁の厚さからして監督の声はよく聞こえないが、……早速本題に入っているみたい。
だけど、肝心の話の内容がまったく掴めない。
スネークの弱みさえ掴めば、綿流しの日に動きを封じるぐらいは簡単なのに――――。
『…………この……歴史に興味があってな』
スネークの声がした。……歴史に興味がある? それで雛見沢に来たって言うの?
『…………ですか』
いずれにせよ、まだ何かがある。
歴史に興味があって雛見沢に来ました、教師をやらせて下さい、って訳ではないはずだ。
ただの『教師』なら、オセロットとかいう男がわざわざ『動きを封じろ』と言わないはずだ。
『ああ。……それも…………『昭和史』を…………』
幸か不幸か。
『昭和史』というキーワードは私の耳にしっかりと届いた。情報、ゲット。
歴史に興味がある。それも『昭和史』に。
――さぁ、早く何を求めているのか言ってくださいよ。
『そ……、それと、…………んに、なんの、……が』
監督は若干、焦っているようだ。……何故だろう。私が盗み聞きする前に何かあったのか。
『俺は…………んだ。この国、そして…………に……する。……風……のことを』
さっき『昭和史』というキーワードがしっかり聞こえたのに、今度は単語すら拾えなかった。
頭の中でスネークの言葉を反復してみる。会話の流れからして、
――『俺は知りたいんだ。この国、そしてこの地域に関する…………のことを』辺りが無難か。
『何』を知りたいのかは聞こえなかった。――仕方ない。諦めよう。
701名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/13(日) 16:55:40 ID:9kWBc0mV
『以前、……子の様子から……、……理解した。……は、この地域にある…………』
『止めて、ください』
監督が声を荒げる。おや、と私は目を丸くした。監督は滅多に怒らない。心の広い、優しい人物だ。
その監督が怒るなんて珍しい。いったいスネークは何をするつもりなのか――――。
『教えてくれないか』
はっきりとスネークが言う。監督の声は、ぼそぼそしていてさっきよりも聞き取りづらい。
『…………に、大戦中…………いう、……陸軍の施設。…………」
大戦中、陸軍、施設。
――やっぱり戦争関係か。でも、陸軍の施設が雛見沢にあったなんて、聞いたことが無い。
かなり昔のことだし、物心がつくちょっと前に私は雛見沢を離れているから、知らないことだった。
鬼婆なら知っているかも知れないけれどね。『あっち』方面は、特に。
『……、…………、知りません』
『そこでは…………が研究…………。もしかしたら……………………思ったんだが』
――――で、その施設で『何か』が研究されていたかも知れない、って訳か。
ようやく、話の内容が掴めて来た。
『歴史が――特に昭和史が――好き』なスネークは、この地域に大戦中にあったと思われる陸軍の施設で
研究されていた『こと』『モノ』が知りたい。それで監督に話を聞きに来た。
…………こんなところだろう。ここまでわかれば大したものだ。
あとはどう誘い出すか。
下手に墓穴を掘ると、……私も危ない。怪しまれて距離を置かれたら、それまでだ。
スネークの動きを封じることも出来ず、悟史くんにも会えなくて、…………秘密を知るもの、として
オセロットに殺される。最悪だなぁ。
『……この土地の……、詳しい人………………』
監督はスネークの質問にまったく応じなかったらしい。この土地について詳しい人を紹介するようだ。
『…………の権力者……。……崎家は…………繋がりが…………ています。
だ、……、園崎……頭首、…………さんなら、あるいは……』
園崎家の、頭首。つまり鬼婆。
自分は何も知らない。だから、お魎さんに聞いてください、って訳か。
――――あはははははははははははは。
702名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/13(日) 16:56:23 ID:9kWBc0mV
思わず、声を上げて笑いそうになった。
体が辛くなったので壁から耳を離す。もう、十分すぎるほどの情報を手に入れた。
鬼婆を知る人なら分かると思うが、鬼婆は、自分が認めた人しか話そうとしない。
雛見沢に来てすぐに園崎家に挨拶に行く、ぐらいのことをしないと、よっぽどの人物じゃないと会わないだろう。
――おそらく、それも分かっていて監督は言っている。
好都合。大チャンス。
私が『案内しますよ』とか言って、綿流しの日に園崎家に連れ込む。
でも鬼婆を含め、園崎家の人間は役員会議でいない。だから、『一緒に地下祭具殿を探検しましょう』とでも
言えばいい。
そして、一瞬の隙を突いて――――地下に閉じ込める。
祭りが終わったら、葛西辺りに頼んで出させればいい。それからのことはまだ考えない。
仮に、『詩音に閉じ込められた』と言ったとしても、誰もスネークの言葉を信じようともしないだろう。
『酔ってたんじゃないのー?』と、お姉辺りにからかわれるのがオチだ。
我ながら、いい閃きだと思う。スネークもこの話を呑むだろう。
そうすれば、愛しの彼に会える。
チャンスは一回のみ。私の全身全霊をかける。
そっか、*しちゃいけないのは、こっちの方が簡単だからか。
人が来ないか確認しますね、とでも言ってドアに近づいて鍵を閉める。それだけ。
念のために入り口で葛西に見張らせればいい。そうすれば、誰も近づけないし誰も外に出られない。
あはははは、たったコレだけで彼に会える。待っていてね悟史くん――――。
何故だか痒くなってきた手首を押さえて、私は一人微笑んだ。
 
722名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/23(水) 21:02:17 ID:eVjtt2Ml
TIPS:魔女の焦りと怒りと後悔と

「……羽入。富竹は、見つかった?」
『いいえ。僕も、見つけられませんでしたです…………あぅ」
まだ昼下がり。
梨花と羽入は、富竹を捜すべく、雛見沢を駆け回っていた。
もうかれこれ1、2時間は歩き回っていることになる。
梨花の額にはうっすらと汗がにじみ出ており、彼女と感覚を共有している羽入も、やつれて見えた。
診療所、学校、果ては興宮。
あらゆる所を探し回ったが、……彼は見つからない。どこにいるというのだろうか。
『梨花……。今日は、もう』
「諦めろ、って言うの?」
梨花が羽入をきっ、と睨みつける。
「私はこのぐらいでへこたれたりはしない。ようやく、掴みかけたチャンスなんだもの。
運命に抗ってみせるって決めた。圭一と、富竹と、赤坂と、そしてスネークが協力してくれれば、百人力よ」
にしても、本当にどこに行ったのよ。
口では決意表明をしたが、本当は富竹が見つからないことに対する苛立ちでいっぱいだ。
羽入が『シュークリームが食べたいのです……』とぼやきながら梨花の後ろをくっついて行く。
後で刑罰用キムチだな、と考えながら梨花はふと足を止めた。
『梨花?』
羽入が首を傾げる。
「…………思い出したわ。一番最初に運命に抗った世界でのこと」
それが何か、という羽入を制す。
もうどのぐらい前のことかも思い出せない。あの時は、スネークという存在すら影も形も知らなかったのだから。
そして、…………8月を突破できないなんて、思ってもいなかった。
「確か、あの世界では、彼を古手神社に呼び出したわ」
富竹を説得している途中で、入江も来た。
そして大石も赤坂も来て、富竹が素性を明かし、そこからすべてが上手くいった。不思議なぐらいに。
もうループの力が残っていないと思ったのに、今もまた、不思議なぐらいに夏を何度も繰り返すことになっている。
『でも、今もいると限らないですよ。それに今とその時とでは……』
「あんたは何でも否定するんだから。灯台下暗し、って言うじゃない。とにかく古手神社に戻るわよ。いなかったらまた考える」
梨花が全力で走り出した。
羽入もぶつくさと文句を言いながら、梨花の後を追いかけていった。
 
723名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/23(水) 21:02:53 ID:eVjtt2Ml
前にも述べたが、双六における最悪は『振り出しに戻る』ことだ。
相手といい勝負だったのに、自分だけ最悪の目がでて、振り出しに戻される。これほど屈辱的で敗北感が強いものは無い。
――ならば、双六盤全体で考えてみてはどうだろうか。
運勝負なのは否めないが、一度負けたらどの辺りに災厄があるのか、どうしたら避けられるのかが分かってくる。
二人の魔女が勝負している世界を、この双六に例えると。――――おかしいことが起こっている。
最初に6月を突破した世界と、今の世界。
関係はまったく無いのかもしれない。歪んだカケラが閉じ込められて、哀れな迷い子となっているのだから。
徹底的に、歪んでいる。北条鉄平の二度の来訪は考えられないことだ。ソリッド・スネークの存在も――。
――――なのに、どこかで繋がっている。『歪んでいる』と思っているのは、気のせいかもしれない。
繋がっている、と思えるからこそ、『富竹が古手神社にいる』などと根拠の無いことを頼りにしているのだ。
自分の視点からだけでは気づけないこともある。
第三者だけがまぎれ込んだ世界だとしたら、――第三者は、第三者と共に消える。
一対一の勝負に、横から『誰か』が加わった。『誰か』と私は協力しあっているとは言い切れない。
ダブルの勝負と思いきや、シングル戦であって、たまたまそのゲーム盤が同じものであるだけかもしれない。
お互い、自分の相手に勝ったらそっとゲーム盤を離れる。それだけのことだ。
そして、残された自分達の駒で勝負する。――――蛇もまた、『第三者』であるから、いつか消える存在かもしれない。
百年の魔女を自称する少女は、自重めいた笑みを漏らす。
他人にばかり助けを求めてはいられない。
――――結局は、私と『彼女』の勝負なのだから…………

梨花は、古手神社の階段を駆け上がる。
『りぃかぁぁぁぁぁ~早いのですぅ~、待ってくださいなのです~!!』
羽入も後ろから必死に追いかけてくる。梨花は「うるさい」の一言で一蹴した。
神社の屋根がだんだんと梨花の視界に入ってくる。流れる汗を必死に手で拭い、一段飛ばしで昇っていった。
……が、焦りすぎていたせいか、サンダルが石段にひっかかって転んでしまう。
――――と、倒れこもうとした梨花を誰かが受け止めた。

「梨花ちゃんじゃないか。そんなに慌ててどうしたんだい? どこか怪我はない?」
鍛えられた体。眼鏡の底から、穏やかな微笑を見せている。カメラを持っていた。

「……と、富竹!」

梨花がずっと探していた人物が、そこにいた。
「は、話が、あるのですっ…………。ちょっと、こっちに来てくださいなのです」
息も絶え絶えに、早く用件を伝えてしまおうと、梨花は富竹のタンクトップの裾をくいくいと引っ張った。
 
734名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/27(日) 16:26:57 ID:hKC//SmL
「スネークさんに会って欲しい?」
用件を伝えると、富竹はきょとんとした表情を浮かべた。……無理もないだろう。
梨花は頷く。
「そうなのです。……二人に、大事な大事な話があるのですよ」
富竹は思案するような顔になった。
「えっと…………それは僕とスネークさんが一緒にいなきゃ駄目ってことかい?」
梨花はまた頷いた。
富竹は少しだけ俯く。眼鏡が光をきらりと反射して、表情が見えなくなった。
ソリッド・スネーク。雛見沢に来たばかりの教師。――――と、聞いていた。
エンジェルモートで握手を交わしたとき、スネークも富竹がただ者ではないと気づいたように、富竹もまた気づいていた。
おそらく、向こうも銃を扱っているのだろう。…………それも長い間。数年間やっていた程度では出来ないものだ。
『また』会おう、と、彼はそう言った。
梨花が故意に会わせる、ということは何を意味しているのだろうか。
富竹は沈黙を破った。
「…………話の内容にもよるよ。スネークさんは、また会ってみたいと思っていたんだ。梨花ちゃんが大事な話っていうのは、
よっぽどのことだからね。今、ちょっとだけ話してくれないかい?」
梨花は、ゆっくり息を吸い込んだ。そして吐き出す。
一番大事な場面が来たのだ。説得しだいで、命運が決まる。上手くいくか…………。
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
鷹野の野望のこと。梨花自身が殺されるということ。雛見沢症候群関連のこと。
スネークのことは素性が詳しくわからないし、富竹もよく知らないと思うので、『強い味方』と説明しておいた。
その『強い味方』と共に、診療所を――主に鷹野の動きを――監視して欲しいこと。できれば、入江とも協力して欲しい、と。
「だから…………そのためには、富竹とスネークがお話するべきなのです。……………………信じて、くれますですか」
今まで黙って聞いていた富竹が、口を開いた。
「梨花ちゃん…………? 何を、言ってるんだい……? 鷹野さんがそんなことをする訳……ないじゃないか。どうして君は鷹野さんを……」
富竹の『この』反応はいつものことだ。鷹野さんは悪い人じゃない。だいたい症候群撲滅の為に研究を続けているんだ。……と、言いたいのだろう。
だから、梨花は冷静に答えることができた。
いつかも言った、……いや、いつも富竹を説得する時に言うものを。
「……富竹。正直に答えてください。そして、真剣に考えてください。……正常な鷹野なら、ボクを殺すようなことは絶対にないと思いますですが……
……今の鷹野は絶対にボクを殺さないという保障はありますですか?」
「そ、……それはどういう意味だい?」
富竹は考えるそぶりを見せたが、思い当たる節がなかったのか首を横に振った。
 
735名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/27(日) 16:28:04 ID:hKC//SmL
「鷹野は雛見沢症候群の研究に生涯をかけている。それは事実?」
「……う、うん。……ここだけの話、雛見沢症候群の研究は彼女が中心なんだよ。入江所長は、」
「『表向きのトップで、研究の中心は鷹野さん』なんでしょう?」
どうしてそれを、と富竹が驚いていた。
100年間ループし、勝ち取った世界から今の歪んだ世界になるまで。何度も富竹を説得し何度も『6月』を越えてきたのだ。
鷹野が研究の中心にいることは、だいぶ前から知っていた。
とりあえず、梨花は『6月』を越えたいと考えている。……だから、スネークがここ雛見沢に来た理由と、8月の末には6月に戻ってくることは
何も考えない。鷹野を止めて、スネークと富竹が協力するためには、まずこちら側についてもらうように説得しなければならない。
「どこで知ったのかは後で。……そんな鷹野にとって、研究の方針が変わり、3年で研究を終了と宣言された現在の状況はどんな気持ちなの?」
富竹はわずかに狼狽した。
梨花の言っていることがあまりにも的確で、本来梨花が知らないはずのことまで詳しく知っているからだ。
「…………いや、……た、…………確かに、鷹野さんが新理事会に説明しに行って、かなり悪い評価をされたという話は聞いているよ。
相当、研究を馬鹿にされたらしい。……それでも彼女は気丈を装って、いっそう研究に打ち込んでいるけれど、……かなり傷ついたと思う」
――どこかが、違う。
梨花は『違い』を感じ取った。
気丈を装っている、のはどの世界でも共通だが、『研究に打ち込んでいる』ことは余り聞いたことがない。
単に記憶していないだけなのか。それとも、スネークがここに来るようになった要因と絡んでいるのか。……どちらにせよ、だ。
「研究に打ち込んでいる、たって、それは表向きのことだけで、どうせ打ち切られるならと、自暴自棄にならないなんて、絶対に言えるの?」
「い、……いや、…………鷹野さんに限ってありえないよ。……ありえない」
ありえない、と連呼しながらも、それを完全に否定できない。
恐ろしい想像を否定しようと、何度もそれを口にする。どの世界の富竹と入江に共通するものだ。
…………実際、敵は鷹野だけじゃないことがちらほらと見えてきている。……鷹野『達』がどうやって私を殺そうと企むのかは、私たちに
とって想像する以上のことはできないのだ。
鷹野をふん縛って自白させることを考えた世界もあったが、…………途中で記憶が途切れている。返り討ちで終わりだったらしい。情けない。
――とにかく、だ。今は富竹に鷹野を疑わせ、私の味方につけてスネークと協力させることが大事なのだ。
梨花は、富竹の言葉を聞きながら必死に思考を巡らせる。
「……確かに、少々恐ろしい想像ではあるけれど……それでも彼女にだって理性というものがある。……彼女も、その辛い気持ちを時間で癒せるさ」
「傷心の人は、たぶらかされやすいということはありませんですか?」
どういう意味だい、と富竹が問う。
梨花はもどかしさを感じながら、何回も繰り返してきたやりとりを口にする。
「富竹。ボクが死んだら大変なことになりますね? 緊急マニュアルが執行され、村が丸ごと抹殺される」
「え、ええぇッ?! …………ぁ、ぁははははははは、そ、そうなのかい?! ぼ、僕は知らなかったなぁ……」
……何回聞いても下手な誤魔化し方だ。年少組だって騙されそうにない。
 
736名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/27(日) 16:28:44 ID:hKC//SmL
「時間がもったいないので、誤魔化しっこはなしにしましょうです。……それは最後の手段ですから、それを実行すれば、大変なことになりますですね?」
富竹は仕方がないと考えたのか、緊急マニュアルの存在を認めた。
「……あぁ、大変なことになるよ。村をひとつ消し去るなんて簡単なことじゃない」
「単刀直入に言います。その緊急マニュアルで得をする人間がいるはずなのです」
「まさか! いるはずかないよ……!」
それどころか、政府内の問題に発展しかねない、と、富竹はあくまで否定を続けた。
「……となれば。その騒ぎで得をする人がいるのではありませんか? 緊急マニュアルが執行されるようなことになれば、執行はやむなく行うが、その後、
そうしなければならない状況に陥らせた人間たちへの責任追及が始まる。……入江機関を統括している上の連中ね。その黒幕たちが責任を追及され、
『東京』で失脚するということは?」
「…………………………むむむ」
富竹は腕組みをし、落ち着きが無くなってきている。……今回は早く終わりそうだ。富竹は意志が弱いから、揺さぶりをかけることも
考えていたのだが。まだ梨花は部活メンバーに漫画の所以を話していないから、揺さぶりに自信がなかった。ラッキーだ。
「…………確かに最近、東京である大物が死去してね。それに伴い、後釜を巡って派閥闘争が激しくなって、入江機関のクライアントである
アルファベットの理事会も粛清と呼ばれるほどの人事の大刷新があってね……。それで入江機関は槍玉に挙げられて、研究の即時中止が決められた、
みたいな話はあるんだよ……」
「……そんな中、もし私が死んで、緊急マニュアルが執行されたとしたら……? 入江機関と、その黒幕の理事会、そしてそれを擁する派閥は、
必ず責任を追及される。……本来なら、雛見沢症候群などという危険な爆弾の存在は『東京』以外は誰も知らないから安全だけど、……『東京』の
中に敵ができた場合に限り、その敵にとって雛見沢は、あまりに簡単に爆発できる爆弾となる」
「……………………なるほど、そんな恐ろしい絵を描いている連中がいたとしても……ありえるかもしれない」
あと一押しだ。梨花は息を吸い込んだ。
「富竹はとてもいい人なのです…………そんな富竹にこう言えば、受け入れてもらえないことはわかっている。……でも、入江機関の監査役である
富竹二尉にボクは訴えねばなりません」
「それで……………………鷹野さんという訳かい……?」
「傷心の鷹野に、彼女を利用したい何者かが接触し、諭すと言うようなことはありませんですか。……傷付いた人は自分を理解してくれる人に
心を許してしまいやすい。『東京』での混乱を目論む何者かが、いや、……もっと大きな目的を持った何者かが接触して取り入り、何かを
焚きつけたかもしれないのです」
鷹野さんに限って……と繰り返した富竹は、ふと言葉を紡ぐのを止めた。
富竹だって大人だ。
傷ついた人の心について思いを馳せるだけの人生経験はある。
……だからこそ、今、鷹野がとても傷ついていて……それを利用してもおかしくない何者かがありえることがわかる……。
「…………梨花ちゃんの言い分は分かったよ」
梨花は顔を上げた。じゃあ、と意気込んだ梨花を制して富竹は言った。


「でも、この問題とスネークさんは関係ない。僕と所長で考えることにするよ。……鷹野さんを本当の意味で信じる為に」
737名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/27(日) 16:29:47 ID:hKC//SmL
駄目だ駄目だ駄目だ。それでは意味が無い。今までそうしてきて6月を越えられても、その先にはたどり着けなかったのだから…………。
「スネークは口が堅くて、信用できる人なのです。…………詳しくは言えませんが、きっと富竹と通じる『何か』があるはずなのです。……だから、
スネークと話だけでもしてくださいなのです」
富竹は首を横に振った。
「うかつに東京や入江機関、雛見沢症候群のことを話してはいけないよ。……機密保持の為にも、それは出来ない。彼が只者じゃないのは僕だって
よくわかっている。…………だからこそ、この問題に関係することは駄目なんだ」
――他の世界では、あっさり『機密保持』を破って、入江機関の内部事情のことを私に話した癖に何を言うのよ。
梨花は焦ってはいけない、と思いつつも苛立ちを覚えてきた。少なくとも富竹は今日中に説得しなければならない。
「きっと、事は東京や入江機関だけでなく、……その先にある、もっと大きな何かに繋がっています。それは、ボクの命だけでなく、
もっと大勢の人の悲しみや苦しみ、そして………………たくさんの死を伴うものなのです」
「いや…………鷹野さんが本当にそういう計画を立てているかすら確かじゃないんだ。そんなあやふやな状態なのに、第三者を巻き込めないよ」
もどかしい。説得しきれない自分が。スネークを『第三者』としか捉えていない富竹が。……手から水が零れ落ちるように、過ぎ行く時間が。
「ボクの口からは余り言えませんが、……スネークは、ある目的があって雛見沢に来ているはずなのです。詳しくはわかりません。でも、
教師として雛見沢に来てくれた日に………………もしもの時は、命を懸けて、ボク達を守る、と……確かに言いました。少なくとも悪い人では
ないのです。せめて、会ってお話して下さいなのです」
富竹はまだ考え込む素振りを見せた。
「…………せめて鷹野さんの近辺に不審な動きがないか確認できてからにして欲しいよ。梨花ちゃんがスネークさんを信用しているように、
僕も……鷹野さんを、信用しているんだ。たぶん、綿流しの後ぐらいには調査も、」
……埒が明かない。梨花は大きく息を吸い込んだ。
「ボクの話を聞いていなかったのですか!? お祭りの後では遅すぎるのですっ! こうしている間にも鷹野は」


「あらぁ、梨花ちゃん。私がどうかしたの?」


――――全身の血が、凍った。
振り返らなくてもわかる。後ろにいるのは、最大の敵。古手梨花が殺される最大の要因。
「………………鷹、野」
くすくすと悪魔が笑い、富竹に近づいていく。梨花は、いつの間にか拳を握り締めていた。
間接が白くなる程手を強くにぎり、わずかに震えていた。
何で。何で今、鷹野がここに来る。診療所にいる筈では………? ………………そうか、……今日は土曜日だ。午後の診察はない。
だとしたら、ここで富竹と鷹野が待ち合わせをしていた可能性はゼロではない。
――――どうして、このタイミングで来たの。鷹野を疑わせ、スネークに会うように説得しようとしていたこのタイミングで……!
ツイていないどころか、最悪だ。賽の目はまた1を示したのだ……。大石や赤坂、入江辺りが来たのならば、……こちらに協力してくれる可能性がある。
よりによって、鷹野が来たなんて…………。
 
738名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/27(日) 16:31:14 ID:hKC//SmL
梨花は、目の前が真っ暗になったかのような錯覚を受けた。握られていた拳が、力なく開いていく。
もう――――終わりだ。全て終わりだ。運命に立ち向かうだけの駒すら用意できていない。……誰からも、協力を得られなかった。
圭一達からも、入江からも、富竹からも。――赤坂にいたっては、雛見沢にいるかどうかもわからない。
赤坂がいないのなら、大石の説得も難しい。駒は――――ひとつも揃わなかった。
「ねぇ、ジロウさん。いったい何の話をしていたの? 梨花ちゃんもジロウさんも、おっかない顔よ」
「………………いや、…………。ぁははは…………。ねぇ、……梨花ちゃん」
どうせ終わる世界ならば。
どうせ滅んでしまう世界ならば。どうなっても、いい。
「…………もういい。この世界はもうおしまい。せいぜい最後の『祭り』を楽しみなさいよ! どうせみんな死ぬのよ! 
……決断しなかったことを後悔すればいい。自分の犯した罪の重さを、身をもって知ればいい! そのせいで雛見沢は滅びるっ!
死ね、死ね、死んでしまえぇぇええぇぇぇぇっ! みんな死ねえぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇ!!!! うわぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあっ!」
「り、梨花ちゃん…………?」
「…………………………」
心配するような富竹と、かすかに表情が変わった鷹野を無視し、梨花は自宅へ疾走していった。

残された富竹と鷹野は梨花を追いかけなかった。
「り、梨花ちゃんが取り乱すのは珍しいね…………。きっと、お祭りの練習で疲れているんだよ。ね、鷹野さん」
富竹の言葉をよそに、鷹野は俯いていた。……そして、深く考え込んでいた。
自分がしているものは。――――悪魔の、研究。
『自分の犯した罪の重さを、身をもって知ればいい! そのせいで雛見沢は滅びるっ!』
梨花の言葉が繰り返し頭の中で再生される。あの言葉が富竹に向けられたものなのか、鷹野に向けられたものなのかは、判断できなかった。
梨花が、……何故ああいう行動をしたのかよりも、富竹と何を話していたのかよりも、……気になる、言葉。
「ねぇ………………ジロウさん」
「何だい、鷹野さん」
長年連れ添ってきたパートナーに、再び問う。……確信がないのか、それとも保障が欲しいのか。
「前も聞いたけれど、……ジロウさんは、何があっても、私の味方でいてくれるわよね……?」
もちろんだよ、と、富竹は頷いた。
それを聞いて、鷹野はかすかな安堵と、……罪悪感を覚えた。
ただし、と富竹は言葉を付け加える。
「君がもし、…………間違ったことをしているのならば、僕は、……それを止めてみせる。君を裏切りはしないけれど、正しくないことを
しているのならば、君を、きっと、止めると思う」
その言葉に、また胸が締め付けられる……。
「……………………ありがとう、ジロウさん」
 
739名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/27(日) 16:32:02 ID:hKC//SmL
かちゃり、と梨花は受話器を置いた。
落ち着きを取り戻したので、診療所に電話をしたのだ。――スネークがすぐ出たのは好都合だった。
できれば、……今は誰とも話したくないからだ。
一緒に暮らしている沙都子が今いないせいか、梨花と沙都子の家はひどく静まり返っていた。
『梨花…………』
いつの間にか姿を消し、いつの間にか戻ってきた羽入が、心配そうに梨花の顔を覗き込む。
『諦めちゃ、ダメなのですよ。諦めたら終わりだって、言ったのは梨花じゃないですか』
「……わかっているわ。でも今は放っておいて…………。一人になりたいの」
あぅあぅ、と困ったように羽入は言い、どこかへ去っていった。
……最悪だ。
何回も賽を振って、1がこれほど連続して出てきたことは他にもないだろう。
せめて、明日の祭りだけでも精一杯やろう。
――――明後日には富竹と鷹野の死体が発見されるのだから。そして、どんなに遅くても、……一週間以内に私は殺される。
だから、…………最後の楽しみを、どうか、奪わないで。
誰も発症することなく、誰も欠けることなく、迎えられた祭りを………………。


梨花はこの一週間でどれだけ傷ついたのか。
羽入にはわからないぐらい傷つき、悲しみ、裏切られ、怒りを覚えたのだろう……。
絶望しきっている梨花を救える駒は揃わなかった。
ただ単に、運命なのか。しかし、『運命』すら覆せる力を人は持っていることをあの少年が教えてくれた。
どんなにこの世界が歪んでも。少年達と蛇は果敢に運命に立ち向かった。
ならば、――――今度は、僕自身が。

梨花の見ていないところで、羽入は、ある決意を固めていた。

755名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/30(水) 21:08:35 ID:TsUyL+8c
IPS:襲撃犯の正体

「にしても、本当に災難でしたねぇ。――――赤坂君」
「えぇ。…………久々に雛見沢へ来た、って言うのに、殺人事件に巻き込まれるとは思ってもいませんでした」
私は、大石さんに連れられ雛見沢を廻っていた。
…………堅苦しいイメージを払拭しようとして、『僕』を使っていたが、やはり割りにあわないので、
もう一人称は完全に『私』に戻ってしまった。
彼女は――子供だが、大人びた面も持ち合わせている。『私』だろうと『僕』だろうと、一人の『赤坂衛』として、
再開を受け止めてくれるだろう。
雛見沢はあの時と変わらず、のどかな田舎だった。
――こんな『のどかな田舎』の近くで殺人事件が起きた、のが信じがたい。
ずっと続いているオヤシロさまの祟りなど、色々と謎が多い。
だから、彼女の平穏な生活を手助けしようと、――――雛見沢に、来た。
「大石さん。その殺人事件の犯人の目星はつきましたか?」
とりあえず疑問を口にする。
「いやぁ~それがですねぇ、さっぱりなんですよぉ。残されていた薬莢から銃は特定できたんですがねぇ。
赤坂君の所見通り、AK-48でした。…………片手で撃つなんて、只者じゃないどころか、軍人かもしれませんねぇ」
私の予想通り、銃はAKだったのか。
にしても、何故そんな銃をあの男は持っていたのだろうか?
大石さんの言う通り、――――軍人かもしれない。戦い慣れしていることからも、推測できる。
何があってあの二人を殺害したのか。
何があって物騒なモノを持っていたのか。
何があって――忍者が、現れたのか。
「おんやぁ~? あれはスネークさんと前原さんじゃないですかぁ」
私の思考は大石さんの言葉で中断された。大石さんが見ている方向を、私も見る。
そこには中学生か高校生ぐらいの少年と、がっしりとした体格の外人の男がいた。
二人は楽しそうに喋りながら歩いていた。
――――待てよ、あの男、どこかで。
756名前:通りすがりの人@本編執筆中◆/PADlWx/sE[sage]投稿日:2008/04/30(水) 21:09:24 ID:TsUyL+8c
「あの外人風の男がスネークという人なんですか?」
「えぇ。……私も、この前知り合ったばかりでねぇ。あの隣にいる子、前原さんって言うんですが、あの子達の教師なんですよぉ。
……それにしては、どーも怪しいと思うんだけどなぁ」
怪しい。その一言が、記憶のどこかに引っかかる。
思い出せ。スネークとかいう男、どこかで――――。
「赤坂さぁん? どうかしましたぁ?」
「いえ、――ただ、似ているな、と思って」
「似ている? ハリウッドの俳優とかにですかぁ?」
「いえ、…………これは私の推測に過ぎないんですが、その事件の犯人に」
大石さんの表情が変わった。
「スネークさんが、二人を殺した犯人だ、ということですかぁ?」
「いや、あの時は夜中でしたし。私も顔ははっきりと見ていません。ただ、雰囲気というか、なんと言うか――――」
上手く説明できない。
顔を見たのか、と言われたら、はっきりとは見ていない、としか答えられない。
体格とか雰囲気が似ている。そうとしか、答えようが無かった。
「でも、あの人が犯人って決めないでくださいよ。ただ似ているだけかもしれませんし」
「いやぁ、なかなか似ている人はいないでしょうけどねぇ。……今度、事情聴取してみましょうか」
ちょうどその時、二人とすれ違った。私はスネークという人の風貌をしっかりと見た。
身長はだいたい180cmぐらい。――アメリカ風の顔ではない。ヨーロッパ辺りの風貌だ。
車の中からでもわかる、只者ではない雰囲気を醸し出している。……しかし、その表情は穏やかだ。
そもそもあんな残酷な殺人狂が、教師という職業についているとは信じがたい。
しかし、私を襲った犯人と『似ている』のは事実だ。こんな田舎にくる外人は滅多にいない。
あの気おされるような雰囲気を出す人物も中々いないだろう。
……彼と、接触するときには、注意しておこう。
そう、思った。
769 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/04(日) 20:48:20 ID:KBFmdNtU
長い回想が終わり、ふぅ、と煙草の煙を吐く。
――昨日は本当に色々とあった。ブカツをしたし、入江と接触した。賞味期限切れのレーションを食った。……その性でこんな夢を見た。
朝日が昇り始めていて、日付が変わっていることがわかる。
あれほど煩かったひぐらしや蝉も、さすがに今は静かだ。
ぱちん、と焚き火が爆ぜる音がする。
「――今日が、」
勝負所だ、と誰に聞かれたわけでもないのに呟く。
詩音の協力を得て、園崎家の地下に潜り込む。
人から聞く情報よりも、目で見たほうが、主観の入っていない確かな情報が手に入れられるであろう。
できれば祭りとやらを楽しみたかったがそうは行かない。こちらはこちらで『祭り』があるだろうから……。
園崎家の地下にメタルギアでも合ったら収穫が大きい。……そうはいかない、のは十分にわかっている。
入江京介は口を割りそうに無い。だから頼れるのは園崎家だけなのだ。
まずは、園崎家の地下に何があるか、どのようなことが行われているか、を確かめる。
その上で、入江診療所の地下にあると思われる地下組織の正体を掴む。
それと『東京』とやらの関連性、メタルギア開発に関わると考えられる人物を探す。
全てがわかったら、一気に――――叩く。
今後の行動を頭でまとめていると、聞きなれた無線のコール音が鳴った。
『おはようスネーク。……久々の休暇はそんなに楽しかったか?』
『休暇と言うほど休んでいない気もするがな』
……夢で大佐と交わしたやりとりと似たようなものになっている気がする。
いきなり大佐に「らりるれろ!」と叫ばれて発狂されたらたまったもんじゃない。
『今日はワタナガシの祭りだな。……いつ頃詩音と園崎家の地下に潜入するんだ?』
『午前は手伝いがあるから無理だ。梨花には悪いが、…………奉納演舞の直前に抜けさせてもらう。
準備やら場所取りやらで揉めている間にすぐ行ければいい』
おそらく祭りの時もブカツがあるのだろう。だから、ブカツの後に席を外させてもらう。
帰ってきたときに何かを聞かれたら、詩音に連れまわされてはぐれたことにすればいい。
『地下は敵の本拠地である可能性がある。園崎家の地下も、入江診療所の地下も。後者に潜入できる予定は無いが、
くれぐれも用心しろ』
了解した、と言って無線を切ろうとしたが、大佐が「情報が入った」と言ったので続きを促す。
『東京、という組織の話は以前にしたな』
『あぁ。梨花からも聞いている』
膨大な組織でつかみ所が無い、というのが第一印象だ。
『東京の下についている山狗という組織についても聞き及んでいるだろう。非常に厄介な勢力であることが判明した』
『軍事訓練に長けているのか?』
『その反対だ。工作や妨害を得意とする組織であることが分かった。電気や電話回線を切断されたらひとたまりも無い。
妨害電波を発信されたら無線も使えなくなるぞ。それにその手のものがあちこちに潜伏している』
『…………確かに厄介だな。いずれ戦うことになるかもしれないから用心する。山狗の特徴は何かあるか?』
『普段は造園業者になりすましているらしい。移動の際に白いワゴン車を用いることもあるそうだ』
『造園業者に、白いワゴンだな。……了解した。任務に戻る』
山狗、か。注意しておこう。梨花からさらっと聞いた程度では分からないことも判明したからな。
俺はゆっくりと立ち上がった。
朝日が雛見沢を照らしている。アラスカでの銀世界よりもずっと美しい風景だ。
そして、――おそらく、今日で全てが決まる。
銃を握らない生活に慣れすぎたかもしれないから、気を引き締め、地下へと潜入しよう。 
770 名前: 通りすがりの人@本編執筆中 ◆/PADlWx/sE [sage] 投稿日: 2008/05/04(日) 20:48:55 ID:KBFmdNtU
一方、古手家では梨花と羽入がなにやら相談をしていた。
「以上がこれからの予定、というか作戦よ。……だから、これから上手くやって生き延びるには、あんたの力が必須なの。
もちろん、『古手羽入』として参加するのならば、引き受けてくれるわよね?」
羽入は黙って頷いた。
近くではまだ沙都子がすーすーと寝息を立てている。
「僕も、全力を出しますです。梨花の幸せな未来を……いや、みんなの幸せな未来を掴み取るにはみんなの力がいるのです。
…………それを分かっていながら、今まで僕は何もしてきませんでした。だから、僕も必死にがんばります。
梨花も、諦めないで下さい」
「当たり前よ。どんなに格好悪くても、私は足掻いてみせる。楽園を追放された蛇とでも協力する。
……だから、ね。一緒に6月を越えましょう」
「はい」
梨花は窓の外から景色を見る。いつも通りの雛見沢だ。
――この景色が『何回見れるか』じゃなくて、この景色を『これからも見るんだ』って考えるのが大切ね。
魔女を語る少女は自嘲気味に笑った。

祭りが、――――始まる。

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最終更新:2008年10月18日 19:43