498 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/04(月) 10:05:24 ID:OCMRgmlI
「あー、いいなあ」
それが僕の口から出た、第一声だった。
「みぃ? 富田も部活に混ざりたかったですか?」
「うん……。罰ゲーム食らうとなると、躊躇しちゃうけどね」
「負ける覚悟がないチキンは出場資格ナシなのです。大人しく観戦してやがれなのですよ。にぱー☆」
「は、はは……。きびしいんだね」
先生と、前原さん達。
園崎さんの話だと、もう3回目の対決なんだとか。
それも、過去2度とも、先生の勝利、もしくは、部活メンバーが勝てなかった、ということ。
だから、今回は雪辱戦。部活メンバーが汚名を返上し、鮮やかな勝利を勝ち得るためのもの。
内容は、巨大蛇の捕獲。
それを、どうやって、どうすれば取り押さえられるのか。
遠くから眺めることしかできない僕だけと、それはとても――、胸が躍る。
それに。
いままでの部活だったら、何度か。
前原さんが、僕や傑を焚きつけて、抱き込んで、そそのかして。
僕達は部活とは関係ないと思っていたけど。
巻き込まれて――、楽しい思いをさせてもらったんだ。
だから――、今回も。
前原さんがきっと、とんでもない秘策を考えて。
ここに皆で固まって、退屈そうにしている僕達を、きっと、喜ばせてくれるに違いない。
確証は無い。けど、確信している。
彼ら部活のメンバーはいつも。
興奮と驚喜をもたらしてくれる。ものすごい存在なんだから。
「岡村は毎回酷い目にあって、かわいそかわいそなのです。なでなでしてあげます」
「あ、り、梨花ちゃん……。え、えへへ……」
傑のヤツ。うらやましいなあ、チキショウ。
確かに最近不幸続きだったからなぐさめの声でもかけようと思っていたけど、面白くないから止めた。
「……富田も岡村も、このまま一ヶ所にじっとしているのは退屈ではありませんか?」
梨花ちゃんが唐突に――、そう、言った。
「あ、うん。まあね」
退屈な――、わけが無かった。
先生と前原さん達は血沸き肉踊る部活の真っ最中。
対する僕達は、観戦か、学校に帰って体育の授業という、自習。
どっちが楽しいかって言ったら――、そりゃ、やっぱり。
「スネークは僕達を見下しているのです」
梨花ちゃんが、真面目な口調で、そう言った。
「僕達を、身長が足りない。ただそれだけの理由で、このゲームから追い出したのです。圭一達も一緒。ここにいるのは見物人と――、最初から、決め付けている」
悔しいと、思わない?
そう、言われれば。
「私達にご飯を目の前にして待てと言ったのよ。犬じゃあるまいし。それを――、納得できる?」
そう言われれば。納得など――。
梨花ちゃんが、まるで絵本の魔女のような口調で、そう、囁きかける。
「ここにいるみんなで――。彼らの獲物を、横取りしたいと、思わない?」
それは、とんでもない提案。
先生は多分、僕達に危険が及ぶのを防ぐために、僕達にここにいろって言ったんだと、思う。
それを、不服だと。
「どうする?」
魔女は囁きかける。
そう言われて……、僕達は。
「無理だ。できない……。そう言われるのは、もうたくさん。やればできる。たとえそれがどんな人でも、できるってことを――、彼に教えてあげましょう」
お腹の底から、なにかよくわからない力が溢れてくる。
僕はそう、感じたんだ。
 
508 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/06(水) 01:39:56 ID:1wmCCDbT
先手を打つべきだ。1対3。数の上でも、こちらが有利。人海戦力はこの場合非常に貴重なものだから、余すことなく使い切る。
「なぁ――。 魅音」
「ん? どったの圭ちゃん?」
向こうの捜索がスカって戻ってきた圭ちゃんが、私に声をかける。
「お前さ……、ホントにスネークに勝つ気なのかよ」
「なに言ってんの圭ちゃん。勝てない勝負だったらやるわけないじゃん」
私が勝てない勝負を嫌うってことを、ぜんぜん理解してない。そんなんだから鈍感っていわれんだよ。
「いい? 今回は警ドロのような直接、おじさん達とスネークが戦うものじゃない。相手はアナコンダ。そりゃこの辺りじゃ見ないくらい大きいヘビだけれどさ。たかがヘビだよ。騙したり欺いたり、ダンボール被ったりはしない。とっ捕まえればいいだけだもの」
楽勝だよと笑っていうけど、彼の顔はますます曇る。
「だけどよ。3メートルのヘビって……、でかすぎだろ」
「なぁに圭ちゃん。もしかして、ビビった?」
私の表情が、彼の心情を揺さぶる。……馬鹿にされた、と思ってくれれば。
「そ、そんなわけねぇだろ! ヘビの一匹や二匹。どうってことないぜ!」
ほらね。圭ちゃんムキになった。でもこれはこれで。圭ちゃんは負けん気が出るほど勝負強くなる。
「見てろよ魅音! 俺が必ずとっ捕まえて、お前の首にネックレスみたく巻きつけてやるぜ!」
「頼りにしてるよ。楽しみだなあ」
くっくっくと笑って、彼の闘争心を煽る。圭ちゃんは一人でずんずんと、藪を掻き分けながら捜索することにしたようだ。
「……でも魅ぃちゃん。ほんとにスネーク先生に勝てるかな? かな?」
向こうの藪の下に目的のやつがいないことを確認して戻ってきたレナが、私にそう聞いてくる。
「くっくっく……。レナも案外心配性だなあ。大丈夫。勝算はあるよ」
509 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/06(水) 01:40:55 ID:1wmCCDbT
「え、それって?」
「いいかいレナ。おじさん達はスネークよりも数が多い。これを上手く利用すれば、スネークよりも短時間で広範囲を探ることができる。これはいい?」
「うん。だから今、こうやってみんなで探してるんだもんね」
「そう。それに巨大だってヘビにはちがいない。だから、ヘビが好んで隠れる場所を探す。これだけで探す場所は狭まる。それに」
「うん。ヘビは大きいから普通の場所には隠れられないんだよね」
「そうだよレナ。相手は3メートルクラスの巨大ヘビ。当然、巣穴も大きければ這いずってできる跡もでかい。
そんなヘビが隠れられるところだけ、徹底的に探せばいい。スネークより早く探すことができれば、捕まえたも同然、ってわけさ」
そう、要は釣りと同じようなもの。魚がいそうなところを見つけて、餌をつけた針を投げ込むのと変わりない。
ただ――、不安があるとすれば。
「……ひゃー。蜘蛛の巣だらけだぜ藪ん中は。魅音、こっちにはいなかったぜ。いたような形跡もないな」
「そっか……。じゃあ次行こう」
「なあ魅音。学校に戻って網とか持ってこようぜ。虫取り網で捕まえられるようなもんでもねえだろ」
「うーん。時間もあるし、そうしたいのはやまやまなんだけどね……」
「なんだよ。しないほうがいいってのか?」
「うん。今は道具を揃えるより、ヘビがいそうなポイントを探しておきたいんだよ。スネークより多くね」
「別に大丈夫なんじゃねえか? 結構広いぜ、ここ」
「いや、多分スネークは、見つけたらすぐにでも捕まえると思う。道具も使わないで素手で捕まえるくらいやりそうだし」
本当にそう思う。そうなってしまうとこちらとしては圧倒的に不利だ。こっちも素手で捕まえるというわけにもいかない。道具か仕掛けか、その用意はいるから、旗取り合戦となれば数手遅れる。
「確かにな……。そのぐらい、やるだろうな」
「この勝負ほど、沙都子が味方にいればと思ったことはないよ」
沙都子が、ここにいれば。ポイントを思わしきところにトラップを仕掛けてくれるだろう。ヘビを取り押さえる仕掛けも用意してくれるに違いない。ついでに、相手の妨害工作も行ってくれると完璧だ。
「逆にスネークのほうが、トラップを仕掛けているかもしれないね」
沙都子の本気のトラップ群を攻略した実績がある。トラップや仕掛けといった技術は私より数枚上手だ。
まあ、沙都子ほど素早く仕掛けることはできないだろうから、重要なポイントに2、3箇所ぐらいだろうと私は読む。
「だから今は、ポイントを探って潰していったほうがいい。道具をそろえるのはそれからでも遅くないよ」
「そっか……。そんじゃ早いとこ回るか」
「そうだね。頑張ってみんなで捕まえよう! ねえ圭一くん、アナコンダってかぁいいかな? かな?」
「いや、かぁいいとは……、どうだろ」
「案外、……レナのツボに、はまるかもしれないね」
――その時。藪の向こうで、何かががさりと動いた。
全員で見やる。探している、ヘビだろうか。
私達はお互いに顔を見合わせ、3人で3方向から、音を立てずに忍び寄る。
道具が間に合わなかったけど、これはもう仕方が無い。
圭ちゃんが虫取り網の柄を竹刀のように構える。頭を叩いて気絶させようというつもりらしい。
私も、構える。
レナは、素手で捕まえるつもりらしい。……というか、もはやかぁいいモードだ。れなぱんなら、間違いなく、昏倒させられるだろう。
いいかい二人とも、行くよぅ。それ、1、2ぃの……
「「「さんっ!!」」」
全員で息を揃えて。一斉に――、飛び掛った。
 
525 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/07(木) 00:02:53 ID:oUaMwbVi
「……この辺りには、いないか」
低く、藪の中を這うように動きながっら、俺はそう愚痴た。
彼女達「ブカツ」のメンバーとの、これで3度目になる戦い。
過去二度とも、彼女達の言う「罰ゲーム」を喰らうことは防げた。
そして今回――あえて、俺の土俵で戦うと言ってきた彼女達。
負ければ屈辱に満ちた罰を与えると言ってきたが――。悪いな、俺は全く、負ける気がしない。
サバイバルにおいて、獲物を捕獲することは必須の行為だ。生きるために、明日へと命を繋ぐ食料を獲得し続けてきた。
何万と、何年とこなしてきた。十年そこらの人生の彼女達とは経験が違う。
もはやその差は、そのまま自信の差となって表れる。
絶対に、俺が捕まえる。この決意には、確信が満ちている。
進む。進む。まるで自身が、名の通り大蛇と化したかのように。
蛇の道は蛇という諺があるんだったな、メイ・リン。それなら今この場においては、俺こそがヤツに――、最も近い。
藪を潜り抜け、叢を這いずりながらも、俺は確実に近づいている。
魅音達は3人一組で探していることだろう。だが、それでは遅い。人が蛇を探すということは、彼らの領域に踏み込むことだから。
ゆえに、彼らは逃げる。自らの命に危険が及んでいると知って。
――俺は逃がさない。
奴らの喉元に喰らいつく距離まで、確実に――、忍び寄る。
そして必ず、食い殺すさ。牙を深々と突き立ててな。
ソリトンレーダーもアクティブソナーも無い。頼るのは自らの経験と、五感のみ。
だが直感する。ヤツと俺の距離――、それは肉薄していると。
そして何度目かの藪を潜り抜けたとき。
尻尾が――、見えたのだ。
成程、少年が驚くのも無理はない。なかなかの大きさだ。実に食いでがある。
俺の顔に微笑が浮かぶ。
これ以上近づけば気付かれるぎりぎりのところまで忍び寄り、俺はバックパックからさっき捕まえたカエルの中でも、最も大きいものを、ヤツと俺の中間に、投げ込んだ。
――さあ、食え。
そこがおまえの最後の晩餐席だ。そこまで這い寄って餌に喰らいついたところを、俺が一気に駆け寄って仕留める。
逃がしはしない。
さあ、来い。
ヤツが気付く。自分の近くに、御馳走があることに。
俺は四肢に力を込める。すぐにでも、飛びかかれるように。
哀れなカエルは、動けずにいる。
哀れな蛇は、舌舐めずりしながら、しかし確実に近寄って来た。
もう少し――もう少し、あと、一歩。
蛇が鎌首をもたげる。獲物に飛び掛らんと眼光鋭く。そして――。
――爆ぜた。
526 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/07(木) 00:03:50 ID:xIlJokco
その音に、蛇は恐怖した。
獲物に飛びつこうとした欲求は既に消えうせ、これが自らの命を脅かすものだと、悟る。
慌てて目の前の御馳走を見捨てて反転し、蛇は藪の中へ隠れるように、消えて行った。
――やられた。
気が、つかなかった。
目の前の御馳走に目を奪われていたのはヤツだけじゃなかった。
俺も見落としていた。
あの音――、火薬が爆発する音。残り香から察する。爆竹のような花火がこの近くで燃やされたのだ。
「……妨害された?」
こんなことをするのは――、対戦相手の、あの3人か。
しかし――何時だ? いつの間にここまで近づいていた?
幾ら這いずって進んでいたとしても――人が歩き回る音に気がつかない俺ではない。
ましてやここは山中に近い場所だ。土を踏みしめる音。枯れ枝を踏み折る音。石を踏む音、葉を踏む音。
俺に近づく者がいれば、たちどころに分かる。
ならば、何故。
獲物を逃したことで、潜む意味が無くなった俺は、立ち上がって辺りを見渡す。
その時、……納得したのだ。
目の端に飛び込んできたものを見て。
爆竹を放ったのは、富田君だ。
それは手に持っている残りの爆竹からも分かる。
そして何故――、足音がしなかったのかも、よく分かる。
今の俺は私服姿だ。かなり這いずり回って泥だらけだったがな。
そしてスニーキングスーツは、麻酔銃と一緒に地中に埋めてある。今はまだ、使う機会がないからな。
だが、それ以外の。オタコンやメイ・リンが「日本に行くなら私服ぐらい何着も持って行った方がいい」なんていうもんだからな。
しかし、俺はそんなカジュアル・ファッションなんて興味が無いし、持ってもいなかった。
だから、こんなもんでいいかと親父の遺品から何着か、持ってきてたんだよ。
それで、そのうちの幾つかを、テントの中で虫干ししていたんだが。
「お前ら……」
「せ、先生……」
「ど、どうも……」
理由をきかせてくれ。
なあ。
スピリット迷彩服を着ている富田君。
スネーク迷彩服を着ている岡村君。
一歩、近づく。
よほど怖い顔をしていると見られたのだろう。
彼らは――、脱兎の如く、逃げ出したんだからな。
「待あああああぁぁぁぁぁあてええぇぇぇぇぇぇぇえお前らああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
俺の初速度は多分、自己ベストだったかもしれない。
 
547 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/08(金) 01:34:19 ID:jzyyGEE8
俺は今になって、考えるんだ。
飛び掛るってことは――、相手が逃げようってしている状況のほうが、多いと思う。
逃げられるから、こっちが距離を詰めるわけだ。
相手のほうから来るってんなら、迎え討つ、って言うほうがしっくりくるだろ。
だから、まあ。失敗だろう、これは。
だって相手も――、向かって来たんだもんな。
「「「さんっ!!」」」
俺と、魅音、レナのトリプル・クロス。藪の向こうで動いた相手目がけての、フィニッシュ・ブローとなる攻撃は、見事に。……スカった、ことになる。
そこにいたのは、間違いなくアナコンダ。俺達が狙っていた、間違いなく目的の、巨大ヘビ。
そりゃ普通に見たら想像していたものよりデッケエから、正直ビビるほどの大物だ。
でも、そのときの俺は、虫取り網を振りかぶって突っ込んでいる最中だったし。魅音やレナもいたから、おっかながるってよりは、見つけたって感じだった。
……だけどよ。そいつが想像以上に素早くて、しかもこっちに向かってきたら、こっちのタイミングが、よっぽど良くなきゃ当たんねえって。
まあ、一番運が悪かったのは、あいつの進行方向から真正面に突っ込んで、しかも鉢合わせになった。……魅音だろうな。
藪の向こうに行こうと勢いついたのはよかったが、ジャンプしようとした一歩手前に、ヘビが頭を出して。
当然、目標地点が変わるから、魅音はブレーキをかけた。いや、スピードだけ減らせればよかったんだけど。
戦闘意欲まで、減っちまったわけだ。無理な体勢で攻撃なんてできないから、躊躇した。
そこに、ヘビが勢いよく突っ込んできて――、魅音の足に絡む。
右足に巻きついて、腰、胸、と這い上がる。俺はその様子を見て、なんてハレンチなんだこのセクハラ野郎! ……あ、違ったセクハラアナコンダめ! うらやましいぞちょっと俺と代われ! 代わるのが嫌なら俺も混ぜろ!
とか、思ったり思わなかったり。
まあでも、当事者としちゃ悲惨だな。そのときの魅音の表情なんて、ほんとに石化してたぞ。腕なんてわさわさ鳥肌立ってたしな。
そんで、ヘビが魅音の頭を横切って背中から降りていくとき。――ちろり、と体格に似合わない小さな舌で、魅音の鼻を舐めた。そこでもう――、魅音、失神ですよ。
さらに運が悪かったのは、自我を完璧に失った魅音の頭がぐらりと傾いた先に。
これまたヘビしか見えていないレナの、渾身のれなぱんが――、射出されるタイミングだったことだ。
いやーもう、ものすげえ音。
なんか近くで花火の音が聞こえたような感じの。魅音、一回転、しちまったんじゃねえかなあ。
んで、も一つ続けて運が悪かった。余りの気持ち悪さで失神した魅音の体はガチガチに硬直してて。
あいつが一回転したと同時に――。しっかり握っていた虫取り網の柄が、回転と同じスピードで唸りを上げて――、レナの、顔面に、クリーンヒットしたことだ。
あっという間に、部活メンバー組の主力2人が戦闘不能だよ。
ラーメン丼被ったエセ中国人が通りかかったら、「死亡確認!」とか言われそうだな。
……いや、死んでねえけど。

……ま、ここまで愚痴った俺が、何を言いたかったのかって言えば。
3メートルの巨大アナコンダ相手に、一人で対峙せにゃならんというこの地獄の黙示録を、どうにかしてくれってことさ。
……いや、マジで。だれか助けてくれよ。それだけが私の望みでs(ry
『死亡、確認!』
心の中に――、そんな声が木霊した。
 
 
550 名前: TIPS係 ◆ayyOwmvt02 [sage] 投稿日: 2007/06/08(金) 06:27:16 ID:n6CeXOmB
TIPS: 小綺麗な日記

*月*日
可愛いなぁ…、この色、太さ、光沢…
やっぱり大きい方が可愛い…

*月*日
ギュッとされた時痛いけど、これも愛嬌。
可愛いよアナコンダ可愛いよ。ハァハァ…

*月*日
餌を食べる時は丸呑み。
いい食べっぷりだ。

*月*日
詩音さんが来た。別室に隠した。
隠した部屋を開けられそうになったから誤魔化した。

*月*日
ヤバい…、思ったより飼育に困る。
このままだと見つかってしまう…。

*月*日
脱走しやがった!あの野郎!!
あんなに可愛いがってやったのに!
見つけ次第撃ち殺す!!

(ここで日記は終わっている)
 
 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/09(土) 14:14:31 ID:GeL5ypPs
「おまえのせいだぞ傑!」
「え?! お、俺かよ?!」
「おまえがあの時、先生からヘビ逃げられたかな? 確認しようぜって立ち上がるからぁ!」
「そ、そんなこと言ったら大樹だって同じだろぉ?! 大体、先生は大樹見て気付いたんじゃないか!」
「なするなよぉ!」
「お前のほうこそぉ! って、わぁ――っ! 来たぁ――っ!」
ぎゃあぎゃあと喚きながら。ばたばたと、大きすぎる上着の裾を翻しながら、少年達は、全力で疾走する。
追いかけてくるものは、鬼。いや――ああいうのは、鬼神って言うんだよ。
鬼すら喰い殺す、羅刹の表情で彼らの先生が追ってくる。
カレーの悪口を言ったあとの知恵先生より、怖いかも、と富田大樹は思った。
カレーの悪口を言ったあとの知恵先生の、何倍も怖い、と岡村傑は感じた。
それほどに――、蛇の表情は鬼気迫るものがある。
ここにいる本来の目的も忘れて、彼は二人を追いかける。空き巣泥棒に、――きついお灸を据えるために。
「みー。見つけましたのです」
彼ら二人が先生のヘビ捕獲を妨害するほんの十数分前。彼らと彼らを唆した古手梨花は、学校からさほど遠くない山中に張られた、誰のものとも知れないテントに来ていた。
そのテントを、勝手知ったるように梨花が入っていく。ごそごそとなにやら物色し、出てくると、その手には幾つかの上着が掴まれていた。
「これは富田に。これは岡村に」
そう言いながら、梨花は彼らには大きすぎる上着を手渡す。
「え、古手さん? これは……?」
大樹が意味が分からなくて尋ねると。
「魔法の服なのですよ。にぱー☆」
笑って、彼女はそう答えたのである。
この服を着て歩くと忍者みたいに歩ける。そう大樹は梨花から聞いた。確かに、足音が聞こえなくなった。本当に、自分が忍者になったみたいだ、と彼は思った。
「え? じゃ、じゃあ梨花ちゃん。この服は……」
傑が梨花に問う。
「かくれんぼすると見つからないです。その他のことはよくわからないから使いながらおぼえるですよ」
「う、うん。わかった」
そして、魅音の罰ゲーム用の小道具が入っているロッカーから拝借した爆竹を、富田に預け、
「スネークの邪魔をしながら、あの――、あたりまで頑張って来てください」
そう、指令を受けたのだった。
そして、あのあたりにスネークがいる。と言った梨花の指差すほうに、半信半疑で言ってみると。
スネークではなくて、アナコンダがいた。
正直、叫びたくなった大樹と傑であったが、お互いに口を塞いで堪える。
――本当に、でっかい。
――な、だから言ったとおりだろ。
お互いの目配せで、そう、コンタクトをかわす。
そしてどこからか、げこっ、とカエルが投げ込まれた。
――先生だ。どこかに、いるんだ。
子供ながらの直感だったが、的を得ていた。
爆竹を取り出す、百円ライターで火をつける。導火線がしゅうう、と燃えて縮んでいく。
それを、ヘビがいるほうへ――、放り投げた。
連続する爆破音。
やがてヘビは怯えて逃げ去ったのだが。それを確認しようと不用意に頭を上げて――、目が、合ったのだった。
――逃げる――逃げる。二人は逃げる。
それでもかなり距離があったのに――、もうすぐそこまで、先生は追っている。
「あっ!?」
傑が足をもつらして転ぶ。途端、彼の姿は周りと同化して見えなくなった。
「す、傑?!」
大樹が叫ぶ、だが――、引き返す余裕は無い。そして先生も、転んた岡村には目もくれず、彼のほうを優先して追いかけてきた。
「わっ! わっ! わあ――っ!」
僕ですか先生! 僕のほうからお仕置きなんですかぁ――?!
破裂しそうな心臓で必死に足を動かす。
そして正面の藪を潜り抜けたとき。
正面に前原圭一、さらに向こうにアナコンダ。
後方から――、鬼神。
勝負はいよいよ、混戦の様子を極めていた。
 
569 名前: TIPS係 ◆ayyOwmvt02 [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 10:01:01 ID:50VbgwKr
TIPS: 野生の目

草木を縫いながら進む者がいた。
長い体をくねらせ、ガサガサと音を立てて進む。

目指す場所は無い。
ただ、本能のままに進むだけだ。

長い体の彼は、草木の迷彩を纏い、固い鱗を持っていた。
人は彼のような者を"アナコンダ"と呼んだ。

自然界で彼は、かなり強い部類に入る。
獲物に巻きつき、骨を砕き、丸呑みにする…

巻きつきが決まれば、勝負は終わったも同然だろう。
ただ、彼に限っての弱みと言えば人に飼い慣らされていたというところか…。

そう、彼はつい最近まで人の元にいた。
どんな人間がアナコンダを飼っていたのか…

彼の記憶によれば、黒服のグラサン野郎だったかもしれない。
いつも満面の笑みでジロジロと見てくる奴、
挙げ句の果てにハァハァ言ってる…

きっと彼はいい気分ではなかっただろう…。

グラサン野郎に飼われてから、彼の待遇はかなり良いものだった。
自由さえ我慢すれば餌に困らない…

だが、野生の本能がそうさせるのか、彼は脱走を試みた。
案の定、簡単に事が運び、脱走できたのである。

そう、彼は自由を勝ち取った。
いつも檻の中から見ていた外に出られたのだ。

気を良くしたであろう彼は、本能のままに人気の無い方へと進んでいくのである。
570 名前: TIPS係 ◆ayyOwmvt02 [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 10:02:03 ID:50VbgwKr
――数日後

彼は雛見沢の学校の近くに迷い込んでいた。

この頃には、本来の野生というものを
取り戻しつつあるとは自分でも思っていなかったであろう。

学校からは子供達の騒いでいる声が聞こえる。
彼は危険だという事を察知したのかもしれない。
571 名前: TIPS係 ◆ayyOwmvt02 [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 10:03:10 ID:50VbgwKr
彼はゆっくりと遠ざかろうとした…
その時である!

近くの茂みで、人の気配がしたのだ!
半野生化したとはいえ、元は飼われていた彼。

興味本位で茂みを覗き込んだのである。
人だ!!

だが、その人間はこちらに気が付いていない。
興味を持った彼は、その人間を観察した。

その人間は奇妙な体勢で力んでいるようだ。
謎の物体が出てくる出てくる…

見たことも無い光景に、彼は目を奪われた。
不思議な事に見ていて飽きないのだ。

――どれくらい時間が経ったのだろう。

その人間は何やら「腹が!」とか「まだ止まらん!」などと叫んでいるが、
彼には人間の言葉が分からなかったのであろう、興味を失ったようだ。

その数十分後、彼は子供達やある一人の男に翻弄されると思わなかったであろう。

そして彼はこうも思ったはずである。

あの奇妙な人間にまた逢える日が来るだろうか…


彼の記憶に刻み込まれた光景は、死ぬまで消える事はなかったようだ。
 
573 名前: 名も無き冒険者 [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 11:33:08 ID:32Tp3fcN
TIPS: 鳳7の愚痴ノート

○月×日
昨日の定時巡回中、巨大蛇を目撃する。
日本にそんな蛇がいるわけないし、気のせいだと思いなおす。
その日の夜、夢に巨大蛇が出てきて襲われる。
悪夢のせいで寝坊し、小此木二尉に説教を受けた。
あの胡散臭い雛見沢弁が気にくわねえ。

○月×日
定時巡回中、巨大蛇を再び目撃。
巡回中であるため、短時間の独断調査を兼ねることにする。
山内を少し捜索するも完全に見失ったため、巡回に戻ろうとするが下山途中にアクシデントに遭い気絶。
どうやらドラム(中身は空)が頭に直撃したためのようだ。
なぜ山の中にドラムがあり、頭上に落ちてきたのかが意味不明。
本部に報告するもまともに取り合ってくれず、鷹野三佐からも注意された。
あの見下した視線が気にくわねえ。

○月×日
前回・前々回の反省を生かしカメラを携帯する。
むろん本部にも許可をもらったので足取りも軽やかである。
巡回途中で富竹二尉と遭遇。
どうしてもフィルムが欲しいと懇願するため、一本しかないフィルムを渋々提供。
フィルムを提供し富竹二尉と別れてから五分後、巨大蛇がゆうゆうと目の前を通り過ぎる。
抱きかかえるように掴もうとするも、尻尾ビンタを食らわされてKO負け。
気絶はしなかったものも、またしても取り逃がしてしまう。
あまりの屈辱にやり場のない怒りが収まらない。
これも全部あの富竹二尉のせいだ。
あのへらへら顔が気にくわねえ。

○月×日
今回の定時巡回の装備は完璧といっていいだろう。
営林作業用の道具を携帯しているため、巨大蛇対策の武器としては文句はない。
さらにカメラも携帯し、フィルムもちゃんと予備を用意してある。
意気揚々と巡回をスタートし歩き続ける。
そうして何事もなく巡回を終えてしまった。
そう。終えてしまったのだ。
俺は来た道を振り返って立ち尽くしていた。
あの巨大蛇を定時巡回のたびに目撃していたのに……
完璧を自負していた装備で臨んでいたというのに……
こんなにも切ない気持ちになったのはいったい何年ぶりだろうか。
佇む俺の耳に聞こえたのはひぐらしの鳴き声だけだった。
この日、俺の心に刻まれたのはひぐらしの鳴き声だけだったのだ。
こんな気分にさせたあの蛇の存在が気にくわねえ。
 
577 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 17:28:27 ID:LwIs4DmP
唐突なる、乱入。
音も無く背後に出現した気配に前原圭一が気付いたのは、その誰かが自らの上着を掴んで、下に力を込めて引っ張ったからだった。
「えぐっ!? でぁ、でぁれだぁ?!」
襟元が力任せに引っ張られて、首が締まる。当然の結果として呼吸ができない。
「ま、ま、前原さん! た、助けてぇっ!」
「て、てぇうみゅいたくぅん?! な、んどぅぇ、きょんなてぅきょぬぃ?!」
後ろからの声が、自分のクラスメイトだと、パニックと酸欠で真っ白になりかけている頭で彼は理解する。
これが学校の昼休み中のプロレスごっこならば、組み付かれてからのバックドロップでもブレーンバスターでもジャーマンスープレックスでも甘んじて受け入れよう。
だが今は部活の真っ最中。しかも標的の3メートルの巨大ヘビを目の前にしての一人ぼっちのタイマン勝負という、不条理な運命の最中なのだ。
邪魔をするな。というよりは、どんな理由でここにいるのか知らないけれど、助けに来てくれたのね。と思いたかった。
……しかしながら。この状態では、さらなる危機に直面しているに過ぎません。
離れてください。いや、とにかく上着を引っ張るのをやめて。墜ちる、堕ちるからぁ!
そう思ってなんとか彼を引き剥がそうとするも、後ろに回した手が届く範囲に彼はいなかったのだ。大樹は圭一の完璧な死角に、意図せずして入り込んでいた。
「てぇ、てぇうみゅたくぅ……、て、てぇ、は、はなしふぇえ……」
ぜいぜいとした口調で、そう伝えようとする。もう顔は赤を通り越して青黒くなりつつあった。
「わ、わぁ! 来た!」
自分を軸にして、大樹が反転する。
刻々と磨り減る体内の酸素と比例する力。圭一はその動きに逆らえず、また逆らえる力も無く、勝負相手の真逆を向いた。
そこにいたのは……、鬼ヶ淵沼の底にいるという、鬼だと思った。
背後に「怒」と書かれた真っ赤な炎が良く似合う、地獄の門番が、まさに憤怒の形相で、立っていた。
……あれ? 今日って俺の命日だったけ?
大分、霞がかかった思考で、圭一はそんなことを考えていた。
578 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 17:29:45 ID:LwIs4DmP
鬼が一歩、前に出る。
後ろの彼が、一歩下がる。圭一は引きずられて一歩下がり、首がまた、きつく絞まった。動脈すら締まっているかもれない。と、思った。
「……どうして。……どぉうしてなんだぁっ!!!」
鬼神が吼える。
彼はどうしてその服を着ているんだ。と聞いたのだったが。
大樹はなんでヘビの捕獲を邪魔したのか。と、聞かれているのだと思い、圭一はそもそも、質問の意味が理解できないし、できる状態ではなかった。
「……あ、あの、えっと。……これは、その」
大樹がしどろもどろになりながら、丸く収まるような言葉を探る。その全身は震え、冷たい汗が流れて止まらない。
震えているのは、自分だけではなかったのだが。
膝が嗤う。同じく、自分の前にいる人の膝も。圭一の膝も、嗤っていた。――いや、それは脱力。立とうとする力が込められないから、起きたこと。
つまり、圭一は酸欠により窒息したの――ではなかった。
この段階では、まだ彼の意識はあった。ならばなぜ、立つのを止めたのか? 力が無くなったのか?
無くなったのではなく、奪われたのだ。大樹の着ている上着――、スピリット迷彩服。それに宿っている神秘のせいで。
神秘の一つは、気配の遮断。これは大樹自身も理解している。足音がしなくなる、というもの。
さらにもう一つの神秘は、相手から生気――スタミナを奪う、というものだった。
密着した状態から相手の首を絞めることで、この神秘は作動する。意図したわけではないが、結果的に似たような状況となり、圭一の生気を根こそぎ奪ってしまった。
前原圭一。――再起不能(リタイア)
崩れて落ちた前原砦に盾の用は成さない。大樹はさっきまで弾んでいた心臓が落ち着きを取り戻していたことに気付き、なんとかもう一度逃げ出そうと、翻したのだが。
――そこに巨大ヘビがいたことを、すっかり忘れていた。
鎌首を持ち上げていたアナコンダに真正面から特攻し、玉砕する。
ヘビはその顎で大樹の肉に噛り付こうとしたが、羽織っていた上着に食いつき、もがく。
「うわっ?!」
のたうちまわったヘビの動きに翻弄され、大樹は投げ出された。
残ったのは、鬼神と、蛇。
この勝負の勝者が、決する。
奪還し、勝利する。
鬼神がゆっくりと、獲物を捕らえようと、歩みだす。
だが敵もさるもの。食らいついたものが己が視界を遮ろうとも、身の危険を感じて逃げ出そうとする。
それでも、もう、後はない。
大木が壁となり、それ以上蛇は進むことができない。逃げることもできない。
――いよいよ、終幕。
「……終わりだ」
ゆっくりと伸ばした手が、掴もうとして。
「ええ。――本当に、この場所じゃなければね」
彼の手は空を切った。
揺れて、……釣り下がる。
――スネア(宙吊り)トラップ。
これが彼女の――北条沙都子の仕掛けたトラップの一つだということに、彼が気付いたのは。
彼の真下で――、古手梨花が、獲物の頭を撫でているのを眺めていた頃だった。
 
581 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 23:12:19 ID:rJHs7UkN
彼女の、――仕業か。
俺は理解する。富田君にしても、岡村君にしても、俺の塒(ねぐら)を探し当て、人のものを奪い取るような真似はしないだろう。
とんだ泥棒猫だな、彼女は。
ぶらんぶらんと大木のかなり上で宙吊りになるという、この状況で、俺はそんなことを考えていた。
彼女――古手梨花は、俺が釣り下がっている真下で、俺の獲物で、今回の「ブカツ」の勝ち越し点となるアナコンダを、まるで飼い犬のように撫でている。
それができるのは――、彼女が羽織っている、上着のせいだろうな。
彼女が羽織っている黒とオレンジの上着――ホーネット・ストライプ迷彩服の、能力だ。蜂、毒蜘蛛、蠍、そして蛇。あらゆる人に危害を加える生物を、抑止する。
彼女にはミステリアスな部分はかなり多いとは思っていたが、まさか偶々自分が持ってきた装備品の特性まで把握しているとは。
いや侮れん。……だが。
俺は時計を見る。
既に3時限目も終わりに近いが、完全に終わっているわけではない。
一番最初にさわった者が勝つ、とは言っていなかった。それにある意味これは、反則に近いだろう。……第三者の勝利なんて、な。
俺は腹筋に力を込め、柔軟体操をするように手を足の先に伸ばす。両腕で足を拘束するロープを握る。
大佐に言われたことを馬鹿正直に守っていたからな。ナイフすら、携帯していない。
ならどうするか。……簡単な話だ。
腕で、ロープを、――引き千切る。
「う、うおおおおおおおおおおっ!!」
声を上げながら、ロープに力を込める。ブチ、ブチと、僅かずつではあるが、ロープは切れていく。
「くすくす……。頑張るわね。スネーク。でもここ、沙都子が仕掛けたトラップ、わりと多いとこなのよ。裏山ほどじゃないけどね」
真下にいる梨花が見上げながら、勝利宣言をする。そこでロープを切っても、時間まで逃げ切れると、言いたいのだろう。
「何を言っている。まだ勝負は終わっちゃいないさ。今のうちに遠くに逃げておいたほうが懸命だぞ」
「あら、そう」
じゃあ、そうするわ。と言い残して、梨花は従者を引き連れて駆けて行く。
それを見逃しはしない。ロープを千切り、飛び降りる。残りのロープをとって拘束を解き、追い駆ける。
彼女の行く方向に、間違いなく沙都子が作ったトラップは点在する。
しかし、それはさっきのように、不用意に踏みさえしなければ作動しない。彼女が作ったにしては初歩のトラップだ。
注意深く見れば、まずかかりはしないが――、問題は、時間制限だろう。
時間が来る前に、追いついて、奪還しなければならない。だからよく地面を見るなんて、そんな余裕は無い。かといって、また罠を踏めば、間違いなくタイム・オーバーだ。
最速でこの地域を突破し、かつ、一度も引っ掛からない。
何処に何のトラップが仕掛けられているのか分からないのに、それは可能か?
現実的には、まず実現不可能な確率だろう。ルーレットの玉が、赤と黒、どちらに入るのか。二分の一の確率も、機会が多いならそれは天文学的な数字になる。
ましてやここに、どれだけの罠があるのか。全くわからない。二分の一では効かないことは、確かだ。
そんなとき、できることといえば、何だ?
自問する。そして出した答えは、実に簡単なもの。
――賭けるのさ。
彼女が通り過ぎた道。彼女が通った道筋はこうだと――、仮定する。
そこを、突っ切る。突っ走る。
それしかないのら――、そうするまでさ。
「いくぞ!」
誰にかける号令でもなかったが、その言葉を合図に、俺は疾走した。
582 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 23:13:15 ID:rJHs7UkN
もうすぐ――、鐘が鳴る。
それは、このゲームの終わり。この勝負の決着を意味していた。
この場所で幾つか点在する、見晴らしがよい天然の広場の一つ。
その場所で彼女は、彼の到着を待つ。
来るか――、来ないか。
来なければ、私が勝つ。
来れば――。
時計を持っていないから、今は何時か分からない。
でも、終焉はもう、近い。
そして、来るか、来ないか、花の花弁を摘み取りながら占おうとして、手ごろな花を摘み取ったとき。
彼が、現れた。
「……来たのね」
「……ああ、待たせたな」
彼は賭けに勝った。
そうして今、彼女の前にいる。
ここにはもう、沙都子の仕掛けたトラップは無い。
ならば、この勝負は彼の勝ちだろう。
彼女がいかに蛇を手元に置こうとしても。
力づくでは敵わないことは、もうわかっている。
「……梨花」
彼が近づく。
「ええ。そうね」
「ああ……、さあ」
返すわ、と。
私は――、上着を放り投げた。
「?! 梨花! 何を?!」
彼は風に待った上着を取ろうとして、手を伸ばす。
それが、決定打。
私の周りには沙都子のトラップは無いけれど。
彼が上着をとって足を着いた場所にはもう一つ。あなたがさっきかかった、宙吊りの罠があったんだから。
彼は宙に浮き上がる。これで、彼の勝ちは無くなった。
あとは――、目の前で目の色変えたこの爬虫類を、手懐ければ、私の勝ちね。
583 名前: 本編進行便 ◆k7GDmgD5wQ [sage] 投稿日: 2007/06/10(日) 23:14:19 ID:rJHs7UkN
「梨花!」
遠くから、彼が叫ぶ。
彼女がこの戦いに、どんな気持ちで望んだのか、それは彼女以外誰も分からない。
だが、懸命な判断とは言えない。
魔女は魔物を隷属させる魔法を自ら解いた。
それは自殺するということと、どれほど違いがあるというのか。
「逃げるんだ! そいつは君じゃ抑えられない!」
彼の意見は正しい。力づくでどうにかできるような相手じゃないことぐらい、彼女も理解している。
しかし、彼女は逃げない。
後ろを振り向いたら、たちどころに巻きつかれて絞め殺される。――そう、理解していた。
それは正しい。すでに蛇は、人に追い立てられた過度のストレスで、殺気立っていたから。
無用心に動いたら、攻撃される。
かといって、黙って突っ立っていても、同じこと。
蛇はすでに鎌首を持ち上げ、今にも襲いかかろうとしている。
縮まったバネは伸びる以外に、行う術を知らない。
まさにそうであるかのように、蛇は、牙をみせる。
ここには、彼女と、魔物。
そして傍観者がいるだけ。
なんと残酷な、なんと凄惨な見世物か。
このあとにおこるであろう惨劇を――、わざわざ見せつけるのか。
そして。
牙が恐るべき疾さで華奢な柔肌に喰らいつこうとした、とき。
『 下がれ。 下郎 』
――人ならざる、声が響いた。
その声は凛として透きとおり、厳かな威圧を以て語られる。
『異国より迷い来た哀れな来訪者よ。この娘に――、仇を成すのか』
魔物は、清浄なる声に、その力を緩めた。
『自らのために他の命を奪い、生きながらえるは此岸の掟。我はそれを咎めぬ。だが知るがよい。遠い地よりいでし者。此の地で我が眷属に仇成す事。それ即ち其方の眷属に千年に及ぶ災厄を招くことだと』
彼女の――梨花の後ろから、発せられる何者かの、声。
人、なのか。いや、人がこんなこと、できるものなのか。
古手梨花、君は一体。
「何者、なんだ……?」
彼はそう、呟いていた。
やがて、魔物は魔力を失い、その場に小さく丸まった。
その頭に、小さな手のひらが乗せられる。
やがて、学校から聞き覚えのある鐘の音が響く。
その音に紛れるように。
「ありがとう。……羽入」
そう、梨花は呟いた。

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最終更新:2008年02月27日 21:57