300 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/20(日) 22:56:05 ID:2SH3Ljv8
――走っていた。
圭一が、レナが、魅音が、梨花が。それこそ全力で。
最悪のシナリオを回避するために。
沙都子がいると思われる場所――、雛見沢の山中に設けられた、ゴミ置き場に。
すでに、入り口となる長い坂道を越えていた。
もう少しで――着く。
辿り着く。
そこで待っているのは、絶望か、――それとも、希望か。
だが、その場所に至る前に。
俺達は脚を、止めた。
よたよたと、よろめきながらも坂道を降りて来る。
――北条沙都子が、いたからだ。
「沙都子!」
圭一が叫ぶ。
「……ひっ……。……あ、け、圭一、さん……」
急に名前を呼ばれたことで、鉄平が追ってきたと勘違いしたのか、沙都子は一瞬、びくりとした様子だった。
が、坂道を登ってきた俺達を見たことで、安堵した表情に変わり――くしゃ、と顔を歪め、その瞳からは、涙が溢れ出した。。
「沙都子。……大丈夫、なのですか」
梨花が駆け寄る。沙都子はふらついて、その足から力が、抜けた。
梨花が沙都子の体を抱きとめる。
「……う……ひぐっ……うぅ……り、梨花ぁ……」
梨花の胸に頭をうずめ、沙都子は震えながら、涙を流す。
「……大丈夫ですよ。 もう……大丈夫です。みんな来ました。もう、沙都子に、辛い目は遭わせません」
「梨花ぁ……うぐ……梨花……」
腫れ上がった頬を涙が伝う。
「沙都子……ホントによかったぜ……」
さっきまで強張った表情の圭一が、憑物がとれたように、笑顔を見せた。
「う……ま、まだですの……まだ、上に、詩音、さんが」
梨花に抱きしめられた沙都子が、言った。
「ちょ……沙都子、詩音がどうしたの!?」
魅音が聞き返す。
「……ひぐっ……わたし、を、逃がす、ために……い、いま……いま鉄平と……」
対峙しているのか。
俺は坂道を駆け上がる。
抑えていた馬力を開放する。
「梨花! みんな! 沙都子を頼む! 俺は――」
「ま、待てよスネーク! 俺達も行くぜ!」
圭一が叫んだが、俺はその時、もう何馬身と離れていた。
「……お願いします。スネーク。どうか」
どうか最悪の選択だけは――避けられるようにと。
俺が消えていった虚空を、梨花はしっかりと見つめていた。

301 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/20(日) 23:24:01 ID:2SH3Ljv8
駆け抜ける。
山中の闇の中を、静寂を切り裂きながら。
俺の前には、暗く染めあがった道が一筋。そして、ただ一つ浮かんだ月だけが――道標となっていた。
駆け上がる。
纏わりつく湿った空気を噛んで。
そして視界が開けたとき――。
袋小路となった場所から、一人、こっちを向いて、近づいていた。
「詩音――」
俺は呼びかける。
詩音は――、一人でここにいた。
他には、誰もいなかった。
誰も。
だが、彼女の顔は腫れ上がっていた。髪も乱れている。
何かがあったということは、一目でわかる。
なのに――、もう一人の姿が、なかった。
俺が来たとき、ここには。
詩音一人しか、いなかった。
「――詩音」
俺は呼びかける。
「北条、鉄平は」
どこに行った、と。
「もう、いないわ」
ここには、もういない。
そう――、彼女は言った。
「それは――?」
「……いない。ううん……逃げ、そう、……逃げられた、わ」
俺と視線を合わせず――詩音はそう、言った。
「詩音、怪我をしているのか」
「……大丈夫、このぐらいなら。それより――沙都子は?」
「もう少し降りたところに、皆といる。もう、大丈夫だ。」
「……そう」
じゃあ、私も、行かなくちゃ。
そう言って、山道を降りようと、俺の横を通り過ぎた詩音の、体が、よろめいた。
俺は、彼女の腕を掴み、倒れそうな彼女を支える。――しかし。

「触んないで」

彼女は、俺の手を、振りほどいた。
「腕……怪我してる、から……」
そう、言っただけ。
一人で、帰れる、からと。
彼女は俺を残して、山道を降りていく。
俺には、そうは思えなかった。
触るな、と言った彼女の目を――、見てしまったからだ。
敵意。
あの一瞬。
彼女は俺を、敵として見つめた。
視線が――、それを物語った。
「……何故なんだ。詩音」
彼女が消えた虚空に、俺はそう小さく、呟いた。

304 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/20(日) 23:48:47 ID:2SH3Ljv8
TIPS:取引という名の

「まだ――、時間が要る」
山猫を名乗った老人は、私に、そう言った。
「最終的な調整が済んでいない。今が一番大事なときなのだ」
私から離した拳銃を、三度、ひぅんひぅんと回転させながら、そう言った。
「この大事なときに、蛇にうろちょろして欲しくない。卵のままでは奴に食われる。雛でもいけない。奴の動きを――、封じねば」
右から、左へ、まるで舞台の登場人物のように、大げさな歩き方で。
「お前が――、それをやるのだ」
「……私が?」
「そうだお前がだ。あと数日、蛇が我々の前に現れるのを、お前が防げ」
「……どうやって?」
「それはお前が考えろ」
私に――そんなことが。
「逢いたいのだろう?」
私が悩むたび、この男は、そう問いただす。
逢いたい。
彼に――、逢いたい。
生きているなら。元気でいるなら。
だから私は、
「ええ。……逢いたいわ」
そう、答えた。
「取引、成立――、と、いうわけだ」
老人が指を鳴らす。
いままで何処にいたのか――数人の男達が姿を現す。
いや、男なのかどうかなのかも怪しい。ただ、体格が男らしい、ということから、そう思っただけで。
全身を甲殻類のような奇妙に光る甲冑に身を包んだ、怪しい人形達。
それが私が感じた、正直な感想だった。
男達が、死体に群がる。屍は――まるで手品のように、一瞬で、消えた。
「もし、お前が――」
老人は語る。
「私との契約に応じねば」
三度、風切りの音が止む。
「お前は――、この男と同じ運命を辿るところだった」
楽しそうに、山猫は唇を歪めた。
そして、男も。
一瞬で姿を消した。
「――よいか娘。お前達がいう〈綿流し〉の祭り――、その日まで、蛇を捕らえ、動きを封じろ。別に殺してしまっても構わんぞ。殺せるならな――」
山猫の言葉が、夜風に舞った。
けれど私は――。
「もうすぐ逢える。――逢えるからね、悟史くん」
そんなことだけを、考えていた。

315 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/21(月) 22:19:18 ID:b+JIiLww
どこかに――、水はないか、と思った。
沙都子の頬は鉄平のせいで大分腫れていたから、冷やすために、ハンカチを水に濡らしたい――、そう、思った。
でも俺は普段から、母さんにハンカチとちり紙は持ちなさいと言われているのに、持って行かないから。
今、俺のポケットにはハンカチなんてなかったんだけど。
レナが、梨花にしがみついた沙都子に近づく。
「沙都子ちゃん……大丈夫? どこか痛くない?」
大丈夫、と泣きじゃくりながらも気丈に答えた沙都子に、レナは、うん。と頷いて、小さく微笑んだ。
坂道の上で、ざりっ、と土が鳴った。
見上げる。俺も、レナも、魅音も。
そこには、沙都子以上にぼろぼろの顔になった、詩音がいた。
「し、詩音! ちょっとあんた、大丈夫なの!?」
魅音が詩音に近づく。
「お姉ぇ……」
痛々しく腫れた顔に、何とか笑顔を作りながら、
「ごめんお姉ぇ……ボコボコにしてやったんだけど、逃げられた」
そう、言った。
「ばっか……詩音、無茶しすぎだよ……」
詩音の無事が嬉しかったのか、魅音も涙が滲む。
詩音はふらふらとしながらも、沙都子の近くまでやって来て、
「ごめん沙都子……私じゃ、あいつに……とどめ、させなかったよ」
そう言った。
「……そん、なこと、言わないで、くださいませ……あいつのせいで、詩音さんに……手を汚して欲しくなんか、ありませんわ」
沙都子は開くほうの目で、しっかりと詩音を見つめ、そう、答える。
「でも……でもね沙都子。もうあいつは来ない。……私がこれでもかって、とっちめて、やったから」
もう大丈夫だから。と、詩音は言う。
「それにねー。うちのお母さん達も追ってるから、もう雛見沢どころか鹿骨市にもいられないんだけどね」
頬を掻きながら、魅音がそんなことを言う。
「……あー、お姉ぇ、喋っちゃったんだー」
あちゃー。と、救われないと言わんばかりの詩音のリアクション。
「だってぇー、昨日の今日で約束破っちゃうようなやつに、遠慮なんかすることないじゃん。自業自得だよ」
いい気味いい気味。と魅音は笑う。
再び、足音。
見上げると、スネークが降りてきた。
「スネーク。遅かったじゃないか」
「ああ……一応、周辺にいないか探ってきた。……本当に、逃げられたようだな」
「うへー。んじゃゴミ捨て場の崖から逃げてったってこと!? 敵ながらやるなあ鉄平」
魅音が驚く。俺もその意見には賛成だ。ゴミ捨て場が袋小路なのは、正面の出入り口となる道以外は、絶壁と言うべき崖になっている。
俺達が道から来て、詩音が逃げたと言うなら、崖つたいに逃げるしかない。
「こりゃ明日の朝には、崖下で変わり果てた姿で見つかったりして……」
魅音が悪い冗談を言う。
レナも、魅ぃちゃん、言いすぎだよ。と嗜めた。
詩音も――、姉の性質の悪い冗談に呆れていることだろう。と思った。
……詩音の表情は――、無かった。
全くの無表情。
笑えない、とでも、言いそうだった。
「詩音……?」
傍にいた梨花ちゃんが、詩音に声をかけた。
「……え? あ、お、お姉ぇ。さすがにそれは言いすぎですよー」
あははー、と、どこかしっくりこない笑い方をする詩音。
「さてと、それじゃ、帰ろっか」
部長の魅音の号令で、俺達は全員で、坂道を下る。
沙都子は俺がおぶって。
詩音は魅音とレナにつかまって。
全員で、この悪夢のような夜から、逃れるように。
316 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/21(月) 23:27:39 ID:b+JIiLww
山道を降りて、麓まで来たとき。
俺達の前に、黒塗りの高級車が一台、止まった。
外国製の高級車。
ただ、格好いいと思うよりは――、怖い、と思う部類の、できればお近づきになりたくない車種だった。
そのドアが開く――中から出てきたのは。
「あ、お母さん」
「葛西」
「監督もかよ」
園崎魅音詩音姉妹の母、園崎茜と、葛西、と詩音に呼ばれた武闘派ヤクザと呼ぶにふさわしいグラサンヒゲ。そして俺達雛見沢ファイターズの監督こと、入江京介が、黒塗りのヤッサンカーでご出勤だった。
「おやまあ……梨花ちゃまに先生、前原さんまで。うちの娘二人のために、ご足労かけましたなぁ」
魅音と詩音のお母さん――茜さんが、雅とも凄みがあるとも取れる話し方で言う。
「それで――、魅音、鉄平はどうしたんだい?」
魅音が、あの、その、えっとお……としどろもどろになる。
詩音が、前に出た。
「ごめんお母さん。私が勝手に突っ走って、あいつともみ合いになったんだけど……、逃げられた」
ぱんっ、と乾いた音が響く。
茜さんが、詩音の頬を、引っ叩いた。
「もう少し力込めて叩きたいとこだけどねぇ……なかなか腫れ上がってるようだから、このぐらいで勘弁しておくさ」
まったく年頃の娘が、無茶するよ。と言って、茜さんは振り向いて車に戻っていく。
その表情は、心なしか笑っているように見えた。
「沙都子ちゃん、詩音さん。茜さんの許可はもらっています。今日はこのまま、うちの診療所に来て、治療を受けてもらいます」
監督が二人の手をとる。
「本当に……。無事で、よかった」
「あの、監督? 無事を喜んでもらえるのはありがたいのですけど……。頬ずりするの止めてもらえません?」
沙都子が、マジで引いていた。
「魅音さん」
葛西が、魅音の方に向く。
「それで、北条鉄平は」
「詩音の話だと、ゴミ捨て場の崖から逃げたらしいよ。足滑らせたら一巻の終わりだってのに、無茶するよねえ。そんなことするくらいなら最初っから雛見沢に来なきゃいいのに」
「……そうですか。一応、うちの若い者何人か使って、山から下りる道を張り込ませます」
「その辺りの話はお父さんと葛西に任せるよ……」
「はい」
葛西と呼ばれた男は、魅音と、鉄平に関する話を幾らかしたあと、車の運転席に戻っていく。
沙都子と魅音も、葛西と監督に促され、入江診療所に向かうために車に乗り込む。
そして車が発進しようとエンジンをかけたとき。
車の進路を邪魔するように、――一台新たに、車が停まった。
317 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/22(火) 00:10:33 ID:34B9WbCb
「いやいや。ちょっとすいません」
県警、と書かれたパトカーから、恰幅のいい男が降りてくる。
「おや、だれかと思えば大石警部じゃないですか」
ウィンドウガラスを下げて、茜さんが大石、と呼んだ男と視線を交わす。
「おやおや。どちらのご令嬢かと思えば、園崎社長ではありませんか。相変わらずお人が悪い。私は警部補ですよ。警部補」
そうだったかねぇ。と茜さんは嘯く。
「おや……? そちらに見えますのは、入江診療所の所長、入江京介さんではないですか。これはまた珍しい組み合わせですな」
大石の視線に監督は、どうも。とだけ挨拶を交わす。
「それに運転手をなさっているのは……葛西辰由さん。間違い、ないですよね?」
「……ええ」
葛西もまた、大石と目を合わせずに返事をする。
「いやいや。そんなに邪険にしないでくださいよ。まいったなあ」
んっふっふっふ、と嫌みたらしい笑いをする、大石という刑事。
「それで、一体何の用があるんだい? こっちも生憎、それほど暇でもないのさ」
茜さんが、早く帰れ、と言わんばかりの口調で、大石に凄む。
「いえ……ちょっとした、タレこみがあったもので」
「へえ。それはまたご苦労なことだねえ」
「ええ。園崎組が武装蜂起するって、タレこみだったんですが」
葛西。と、茜さんが言った。ドアノブに手をかけようとした葛西を、茜さんが止めた。
「警察というのも大変だねえ。そんなデマも相手にして仕事しなきゃならないんだから」
茜さんが、刑事を皮肉する。
「いえいえ。まあ武装蜂起かどうかは別として……。こんな時間に、園崎組の事務所から複数台の車が発進したって情報が入ったら、それは気になるでしょう」
なにより――、綿流しが近いですし。と大石は言った。
「御蔭さんで、うちも大所帯なものでねぇ……。生憎、夜中に車が何台出ようと、いちいち気にしちゃいないのさ」
「そうですか。いや、それじゃもう一つ。園崎社長、どうして今夜はこちらに?」
「うちの子たちが、怪我をしたのさ。それで今から病院に連れていくんだよ」
「そうでしたか。それは、お引き止めして申し訳ありません。それではどうか、お大事に。よいお年を」
大石が車から離れる。茜さんが窓を閉めて、そして、車が――、発進した。
後には、俺達が残り――、大石が、残る。
「さて、ところで――、貴方達は?」
大石が俺達に振り返った。
318 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/22(火) 00:11:53 ID:34B9WbCb
恰幅のいい刑事は、愛想よく俺達に近づいてきた。
だけど、にこやかに話かけてくるこの男に――、心許せないのは何故なんだろう。
「相変わらず陰険な職質しかできないようだね。大石警部」
「おや? これは園崎魅音さん。さっきのお母さん達と一緒に行かなくてよかったんですか? それに私は警部補ですよ。んっふっふっふ」
大石は魅音を知っているようだった。
「生憎、私は健康そのものなんでね。それに私達、もう帰んなくちゃならないし。行こ、みんな」
「ああ――、ちょっと」
大石が、帰ろうとする俺達の、足を止める。
「そこの――、あなたとあなた」
大石が手のひらを向ける。俺と――、スネークに。
「お、俺のこと?」
「ええ。私、この村の人達のこと、全部覚えたいと思っているんですよ。でも貴方達とは初対面ですし――。よろしければ、お名前を、教えていただけませんか?」
名前か。隠すようなものでもないし、正直に、自分の名前を言う。
「俺は――、圭一。前原圭一です。」
大石は、まえばら、ま、え、ば、ら、と反復し、ああ、と手のひらを打つ。
「そうですか。貴方が、前原さん。あの前原屋敷の。いやあ――貴方、結構有名人ですよ」
こんな得体の知れない人にも、自分の名前が知られていることに、薄気味悪さを覚える。
「私、大石蔵人と言います。フレンドリーに蔵ちゃん、と呼んでもらってもいいですよ」
笑いながら、そんなことを言う。勿論呼ぶ気は無い。
「――で、そちらの貴方は?」
今度は、大石は彼に名前を聞く。
「……スネークだ」
そう、聞いた大石は眉をひそめながら、スネーク、と反復する。
「いや、そうですか、スネークさんですね。……外人、の方ですよね? いや一応聞いておこうかな、と思いまして。ちなみに、ご職業は?」
「この子達の――、教師だ」
「そうですか。それはそれは、ところで――、スネークさん。いやこの名前、うーん」
偽名っぽいなぁ、と、大石は聞こえるように呟いた。
「それでは――他に二、三――」
大石さん。と、車内に残っていた刑事が、彼を呼ぶ。
「はいはい。熊ちゃん、どうしたの? ああ署から? はいはい。今行きますよ」
車内の無線機に口を押し当て、はい大石です。と言った。
「――はい――はい。……えっ……――分かりました。すぐ――」
「いや皆さん。ちょっと他用ができましたので、今日のところは、この辺で結構ですよ。ええ」
「……そう。じゃ、私達帰りますんで。大石のおじさまも、いい加減お休みしないと体に祟りますよ」
魅音が、一見優しそうな言葉をかける。しかし口調はそうなっちまえ、と言わんばかりのものだった。
「いえいえ。お心遣い感謝です。それでは皆様、よいお年を。んっふっふっふっふ」
パトカーに乗り込み、大石は去っていく。
何故か――、どっと疲れが押し寄せてきた。

335 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/22(火) 21:11:27 ID:eNqHD/Lw
ねえ――、熊ちゃん。どう思います?」
「どう……って言われましても」
雛見沢の林道から興宮署に戻る車の中で、大石さんは自分に質問する。
「こんな夜中に、園崎家の重鎮があんな山の中に何をしにいったか、ってことですよ」
「大石さん。だからタレこみがあったから――、自分ら行ったんでしょう」
「ああ――、園崎組の事務所から複数車が出て行った。ってやつね。いやぁ――、あれ、嘘なんですよ」
「嘘だったんすか?」
あんな状況で、さらりとそんな嘘を言い出せるこの人は、どこかすごいと思う。
「いや確かにね、園崎さんとこから車が出て行ったのは、本当なんです。じゃなきゃ園崎社長があんなとこにいるわけないでしょう。
けど、せいぜい社長さん以下2、3台ってとこでして。大げさに10台20台出て行ったわけじゃないんですよ。
まあでも――、そのぐらいにして言わないと、ほら、うちの署長さん、頭固いでしょ。だから、ね」
んっふっふっふ、といつもの含み笑いをする。
「まあでも――。社長さんの言葉を額面どおりに受け取るのはどうかと思いますけどね。
自分の子供が怪我をした――、ってくらいで、付き人携えて、しかもかかりつけのお医者さん呼ぶって、普通考えません。
どう考えてもこんな真夜中まで遊び呆けている子供のほうがおかしいんだし」
「それは――、そうかもしれないっすけど」
「それにね熊ちゃん。――見たんですけどね、子供達の顔。あれは明らかに暴行――、殴る蹴るといった感じの怪我なんです」
それは自分は見ていないけど、大石さんが見て、そう感じたのなら、間違いないのだろう。
「だったら、殴ったほうの加害者がいなくっちゃ、おかしいですよ。最初は――、あの子達かな、とも思ったんですけど」
あの子達、多分、園崎魅音と一緒にいた子供達だろう。
「どうも様子が違うじゃないですか。だから、他にいるな、ってね」
思ったんですよ。と大石さんは、ホルダーに置いていた缶コーヒーをぐびぐび飲む。
「……誰なんすかね?」
「うーん。……怪我をしていたのは、二人いたんです。一人は園崎詩音。もう一人は――、北条、沙都子、だったかな」
名前、合ってるかなあ、と大石さんはぼやく。
「北条……すか」
「そうですね。北条鉄平――、最近、仕事で一緒だった相棒が行方不明で、金回りが悪くなった。って噂、もちきりだったでしょ」
「そっすね……。そんで、生まれ故郷の、雛見沢に戻るって、顔見知りには言ってたらしいっすけど」
「でもね熊ちゃん――。鉄平、興宮に戻って来てたんですよ」
「まじすか」
「園崎に因縁つけられたって……、馴染みの酒場で管巻いていたとこ、見られてるんです」
まあ、恨みを買うタイプですからねえ。と愉快そうに言う。
「じゃあ、何すか? 園崎に恨みがあるから、鉄平が園崎の子供を殴った、つーことすかね」
「いえいえ。幾ら鉄平でも、園崎に楯突いてただで済むなんて思っちゃいないでしょ。それに――、自分とこの親戚の子まで、痛めつけてる。
これじゃ、園崎への怨恨だけで問題は片付かないでしょ」
わかんないっすね。と自分は言った。
「ええ――、本当に、わからないことだらけです。でも、何かあったな、ってことだけは、わかるでしょ」
調べてみる価値ありませんか? と大石さんは笑いながら、言った。
「あと――、気になるなあ、あの人」
「誰すか?」
ほら、いたでしょ。あの外人さん。と、大石さんは続ける。
「ああ――、スネークさんでしたっけ。面白い名前ですよねえ。自分、一回で覚えちゃいましたよ」
「あれが本名ならね。面白い名前の人だなあ、で済むんですけれどねえ」
飲み終わったコーヒーの缶を、ホルダーに戻す。
からん、と音が響いた。
336 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/22(火) 21:12:31 ID:eNqHD/Lw
「似合わないんですよ」
「どのあたりがっすか? あのバンダナっすか」
熊ちゃん面白いこと言いますねえ、と大石さんはくっふっふと笑う。
「この雛見沢に教師としてやって来た外人さん――、にしては……雰囲気がねえ」
らしくないんですよ。と。
「はあ……そうっすかねえ」
自分は遠目に眺めていただけだから、大石さんのいう、雰囲気というものまでは、わからなかった。
「それに教師って、こんな時期にくるものなんでしょうかねえ」
来るんだったら普通4月とかじゃないんですかね。と続ける。
自分も――、そう言われれば、そうだな。と思った。
「ましてや――、ねえ? もうすぐ、綿流しがあるっていうのに」
綿流し。
呪われていると言われる、祭り。
「来た時期が――、時期じゃないですか。疑われてもねえ、仕方が無いって言うか」
「そんなに気になるなら、いっそ署にまでしょっ引いてくればよかったすね」
「んっふっふ。駄目ですよ。ただでさえ違法捜査が問題視されてますからね。そんなことしちゃ」
お縄になるのはこっちですよ、と大石さんは笑った。
「まあ――、彼についてはこの先、幾らでも会えそうですし。先にこっちの方を片付けちゃいましょう」
「興宮の郊外で――、殺人って、ホントなんすかね」
さっきの無線の内容が、そういうものだった。
「ええ――。興宮南部の郊外で殺人事件が発生。現場には身元不明の男性死体が二人分。目撃者もあります」
「二人――、っすか? それってなんか――」
「綿流しとは……、まあ、関係ないんでしょうねえ。あれは一人が死んで――、一人が消えるんですから」
今回は二人とも死んでます。と大石さんは言う。
「それにねえ――、その目撃者ってのが、どうにも不運な方でしてね」
ここにくるたび、どうしていつも、彼はこうなんですかねえ、と大石さんはぼやいた。
「……誰なんすか? なんか大石さん、知ってるみたいですけど」
「まあ、ええ、よく、知ってますよ。前回来られた時も、大分大変でしたけどねえ」
本当に、大変ですよねえ。赤坂君は――。
そう他人事のように、呟いたのだ。

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最終更新:2008年02月27日 21:10