日曜日の昼前。
俺は海江田校長から借りていた釣竿で魚釣りを楽しんでいた。

昼飯を確保するためであり、決して任務を忘れている訳ではない。

この村へ来たのは、ひそかに建設中のメタルギアを発見し、速やかに破壊することだ。

オタコンに裏から手を回してもらい、俺は雛見沢分校の教師として上手く潜り込み情報を集めているが、誰が何処でメタルギアを造っているのか今だにわからない。

この小さな村でメタルギアを建設できる巨大な施設があるのだろうか……。

ふと顔を上げるとぽつぽつと雨が降り始めていた。
空を見ると東の方向からどす黒い雲が進んで来ているのが見えた。

これは一雨くるな……。

俺は釣竿の糸を巻き取り、急いでテントに戻ることにした。
バケツを覗くと釣った魚が狭苦しくバタバタしている。
いち、に、……八匹か。まあ昼飯には調度いいだろう。

魚をどう料理しようか考えながら、俺はテントのある山中に歩み始めた。


ようやくテントに着いた頃には、降り始めていた雨は先刻から土砂降りとなり、空を黒く濁し、山の中をまるで夜明け前のように灰色に染めていた。

バケツと釣竿をテントの脇に置き、濡れた服を着替えようとテントの中に入ろうとした時、りんと鈴が鳴る音を聞いた。

辺りを見回してみると木々の間に人がいるのを見つけた。

後ろ姿で顔は見えないが女性だ。髪が背中の中程まで長く、真っ白な着物を身に纏っている。

びしょ濡れなのに帰る様子もなく、じっとそこに立っている。

……何か嫌な予感がして、銃のセーフティを解除した。
そして、警戒しながらその女性に近付いて声を掛けた。

「あの…大丈夫ですか…どこか体の調子でも…」

声を掛けたが一向に返事がない。
あの、ともう一度声を掛けて正面に回り込んで顔を見ようとした瞬間、横一線、閃光が走る。

体が先に反応し、俺はブリッジするように体を反らし、その反動で後方転回し距離を取る。

素早く銃を抜き、女の方へ向けた。

女は片手に刃渡り6~70cm程の日本刀を握っていた。
日本刀を所持していたのも驚いたが、俺は女の顔を見て更に驚いた。

女の眼は紅く、額には小指の先くらいの角が二本生えていた。

女が刀を持ち上げると柄から垂れている鈴が気味悪く鳴る。

「何者だ!」
異形なものに何者もなにもない。どうみても……鬼だ。

いやまてよ……これがメタルギアに搭載しようとしているこの土地特有の風土病ウィルスを改良し、人間に投与して開発した生物兵器だとしたら……メタルギア建設はやはりこの村で!?

鬼女は刀を構え、足に力を込める。

「動くな!動けば撃っ」

最後まで言い終わる前に鬼女は3メートルはある距離を一歩で詰める。
なんという身体能力。
俺は後ろにステップして距離を稼ぐが、刀が思ったより長い!
咄嗟に銃を盾にするが、刃が銃口の半分まで入り、刀にくっついた間々銃を奪われた。

鬼女は銃を投げ捨て、こちらに向き直る。

背中から二丁目の銃を取り出し迷わずトリガーを引いた。
二発の弾は鬼女の両肩を撃ち抜いた。
が、鬼女は平然としている。

効いてないのか……?
続けて膝の間接を撃ち抜くが血液ひとつ流さない。
鬼女は刀を横に構え、走り寄る。

俺は後ろに下がろうとし、木に邪魔された。
「ぬお!」
鈴の音が迫る。もう駄目かと追い詰められた瞬間、雨で濡れた泥で滑り、俺は尻餅を着いた。
刀は俺の頭上をかすめ、後ろの木を一太刀で切り抜いた。

……嘘だ。切れ味のいい刀のおかげだろう。
轟音とともに木が倒れる。
……一時………撤退しよう。

俺は腰のボトルのピンを抜く。途端に煙が噴き出し、辺りを白一色に染める。
鬼女の居たところへ手榴弾も投げ落とし、全速力で反対方向へ走る。
後方で破裂音がしたが、悲鳴や倒れるような音は無い。こんなもんでは奴は倒せないだろう。

鬼女は刀を振り回し、白煙を吹き飛ばしながら走り出て来た。


随分、山の中を走っていた。すでに雨が止んでいたが曇り空のままだった。

後ろを見ると鬼女がケタケタ笑いながら追いかけてきていた。
…鬼だけに鬼気せまるものが……。

と、そんなことを考えていたせいか、足を滑らせ、砂利坂を転げ落ちた。
俯せに倒れ、意識が朦朧する。足音が近づいて来て、頭上で止まった。もう……駄目か。

「は、はう…?スネーク先生、大丈夫ですか?」
顔を上げるとそこには竜宮レナが心配そうな顔をして立っていた。

「レ…レナ、そうかここは」
ゴミ置場だった。彼女がいつも宝探しと称してゴミを漁っているところだ。
レナが差し出してくれた手を掴み、震える足に力を込めて立ち上がる。ふとレナの顔を見ると、強張った表情で俺の背後を見つめていた。
鈴の音が響き、振り返ると鬼女が刀をだらりと垂らしながら、ゆっくり近付いて来ている。息ひとつ切らしていない。

「レナ、逃げるんだ」
俺は腰からナイフを抜き構える。鬼女は刀を頭上に構え、一瞬で間合いを詰め、刀を振り下ろした。
それを横に紙一重で避け、鬼女の脇腹を刺した。本来なら切り裂き、出血死を狙うが、奴は血を流さないだろう。
そのまま腹まで切り裂こうとしたが、刃が動かない。抜こうが押し込もうがナイフはぴくりともしない。
あれこれしていると鬼女が口から紫色の煙を吹き出した。
なんだ?体が痺れて動かない……俺はその場に手をついて跪づいた。

鬼女は肩をぐるりと回しながら、俺の首に狙い定め、刀を振り落とそうとする。スニーキングスーツが毒を中和してくれているが、間に合わない……。

風を切る音がして、刀が振り落とされた……。が、金属と金属がぶつかる音が響き、俺の首は斬り落とされていなかった。大きな鉈が刀を受け止めていた。
「せ、先生を殺そうなんて、レナが許さないんだよ!」
レナ……そうか、レナは宝探しの時は鉈を持って来ることがある。邪魔なゴミを破壊するためだ。

鬼女は俺の首を取ることを邪魔されたのが面白くないのか、眉間に深い皺が作り、歯を剥き出しにして唸っている。
レナの鉈を弾くと、レナに切り掛かる。上段斬り、回転斬り、上中下段の三段突き、足払いと猛烈な攻撃を浴びせる。

だが、その全ての攻撃をレナは平然と受け止めた。
と、レナの目がみるみるうちに変わっていく……まさか、これは……。
「はう~ちっちゃな鈴がちりんちりんって、かあいいんだよ~♪先生をイジメた罰にその鈴、レナがおっ持ち帰りぃ~~~~!!」

……前に圭一に聞いたことがある。かあいいモードになったレナには軍艦隊をも全滅させる力があると。
もしレナが宇宙から地球を見て、かあいいと思ったら世界征服に乗り出すだろうとも言っていた。

二人は凄まじい攻防戦を繰り広げる。瞬きでもするならば、たちまち斬られるだろう。
気が付くと俺の体は動けるようになっていた。スーツの毒の中和が済んだのだ。俺は二人の烈しい戦いに魅入ってしまった。しかし……これは……命のやり取りをしているようにはまるで見えなかった。

刀と鉈がぶつかる音がリズムを刻み、反射する光の線が膜を創り、二人は踊るように戦っている。
地面には規則正しく足跡が模様を描いていた。
とても美しい戦いだ。この二人の戦いに自分が加われないのがとても残念であった。

永遠に続くかと思われた戦いだったが、一瞬で決着が着いた。
悲鳴が上がり、腕が体から離れ、宙を舞っていたのである。

まさかレナが、と心配をしたが、レナは鉈を振り下ろした形で膝を着いていた。鉈は地面に深く潜っており、振り落とした力が凄まじいことを物語っていた。

鬼女は髪を振り乱しながら右腕の斬られた部分を押さえ、奇声を上げていた。
「は、はうっ!?レナ、悪いことしちゃったよ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
酔いが冷めたように目の色が戻り、レナは何度も頭を下げていた。
「いや、レナは俺を助けるために戦ってくれたんだ。何も悪くない」
俺はレナの帽子を拾って渡し、鬼女に向き直る。

が、鬼女の姿はそこにはなかった。

レナは目を暝った間々、既にいない鬼に謝っている。俺は辺りを見回してみた。山の中へ走って行く鬼女の後ろ姿を発見した。
……逃げ足の速いやつだ。
「レナ、奴はもう逃げた」
「ごめんなさい!ごめっ……あ、あれ?」
レナはキョロキョロしている。

奴が残していった右腕を見ると、どういうわけかミイラ化したように枯れていた。これはオタコンに調べてもらおう。あの鬼が風土病ウィルスで作られた怪物なら、なにか分かるかもしれない。

「はう~」
俺は物欲しげに見つめている視線に気が付いた。
「レナ……まさか…」
「ミイラ化した腕も、なんだかかあいいんだよ~、レナ、お持ち帰りしたい~ぃ」
「だ、だめだ。お持ち帰りするなら、ひとつだけだ」
「え~~!ん~……じゃあ…ミイラ」
こ、こいつ、空気読め。
「俺は襲われたんだ。ミイラは警察に届けなければならない」
勿論、嘘だ。
「嘘だっ!!!」
ぬ…!見破られたぞ…。
「とにかく、レナは鈴だ!いいな?」
「はう……嘘だ~、絶対ぜ~ったい嘘だ~ぁ」
ぶうぶうふて腐れるレナを宥めながらゴミ置場を出た。
「ところでレナ、風呂を貸してくれないか?」
俺は全身泥だらけであった。


レナの家で風呂を貸してもらい、汗と泥と血を洗い流して風呂から上がると、今日は本当に厄日だと痛感した。

大石蔵人が、んっふっふ~と笑みを浮かべて座っていたのである。
「あのミイラ、警察に届けるなら早いほうがいいと思って、先生がお風呂してる間に大石さんに来てもらったんだよ?だよ!」

レナの奴、ミイラが自分の物にならないなら、俺にも渡さない為に嫌がらせに通報しやがったな……。
「スネーク先生~、お気の毒でしたね~。んっふー。あ、この日本刀も証拠なんで、もらっていきますね~」
ああ……最強の剣が……俺の近接用武器にしようと目論んでいたものが……。よく見ると刀からはちゃっかり鈴が無くなっていた。

俺の服はびしょ濡れで、レナの父親のジャージを貸してもらい、大石にお話だけでも、と興宮署まで引っ張られた。
解放された時には夕日が沈みかけており、大石に車で送ってもらい、テントに帰り着いた時には19時前になっていた。

疲れ果てて帰ってきた俺は、絶望という名の剣でトドメを刺された。昼間の戦いで倒れた巨木が、テントをぶっ潰していたのである。
テントの横に置いてあったバケツは横に倒れていて、中の魚は四方に散乱し、死に絶えていた。


翌日。
全身、打撲や打ち身で体が悲鳴を上げるが出勤した。学校でレナに会うと手提げの鞄に鈴がぶら下がっていた……。
「あ、スネーク先生。これ乾いたの持ってきました」
そういうと鈴を鳴らしながら、鞄の中から洗濯された昨日の俺の服が出てきた。
「悪いな。洗濯までしてもらって、これは昨日借りたジャージだ。とても助かった」

そのやり取りを見ていた魅音が、なになに!?どういう関係?そういう関係!?あれれれ~♪と茶化したところへレナが顔を真っ赤にして右ストレートをお見舞いした。
ぐふっ、と倒れた魅音の頭をなでなでしながら
「痛いのとんでけ~なのです」と梨花がにぱ~☆と笑った。

午前中の授業が終わり、昼食の時間になると、生徒達が仲の良い同士で机をくっつけ合い、各自持参した弁当を広げ出した。

「スネーク~!一緒に弁当しようぜ~」
圭一が手をひらひらさせながら声を掛けてくれた。

椅子を皆の机の横に着けさせてもらい、今日の昼食を机の上に置いた。
どしっと椅子に腰下ろすと、部活メンバーが俺の昼食を凝視している視線に気が付いた。
「……スネーク、それなんだ?」
俺の前に置かれた3つの丸い包みを圭一が指差した。
「これは……今日の俺の昼食、レーションだ」
「……うまいのか?……それ」
……そこで重い沈黙が訪れ、部活メンバーの周りだけ時が止まったようであった。
「スネーク、ボクのお弁当を少し分けてあげるのですよ」
沈黙を破り、梨花が自分の弁当を開けて俺の方へと近付けてくれた。

するとレナ、沙都子、魅音、圭一も弁当を広げ、俺の方へ向けてくれた。
「うちの母さんが作る唐揚げを食べてみてくれよ!」
「私の野菜炒めは最高ですのよ!」
「レナが作った玉子焼きは一味違うんだよ、だよ!」
「園崎家秘伝の肉じゃがで頬っぺた落とさないでよ~?」
俺は目頭が熱くなり、指で瞼を押さえた。
「……みんな、すまない……ありがたく頂くぞ」
「あれ?スネーク、泣いてるのか」
「ち、違う。昨日からツイてないことが立て続けに起きて、少し疲れているだけだ」

そのせいで今日の昼食も用意できなかったのだと説明すると、圭一がなにがあったんだと聞いてきたので、俺は昨日の襲撃事件のことを頭から話した。
事件後、テントを巨木の下から助け出すのにどれだけ労力を使ったことか。空腹と疲労に耐えながら、巨木をノコギリで小さくしてから押し転がして動かし、やっとテントを救い出したのである。

「うへぇ、そりゃキツイな~。そういう場合は休み貰っても文句言われないぜ?レナもよく無事だったな~」
「はう~鈴が欲しくて無我夢中で戦ったんだよ。これがその戦利品」
そう言ってレナは鞄を持ち上げて、鈴をちりんと鳴らした。
皆、うわっという顔をして一歩引いていた。

「しっかし、鬼なんてホントにいるんだなぁ~さすが鬼ヶ淵村って呼ばれていたことだけはあるな」
「う~~ん……もしかしたら、その鬼は昔の鬼の生き残りかもしれないよぉ~?」

魅音の話によると雛見沢村は昔、鬼ヶ淵村と呼ばれており、鬼ヶ淵沼から鬼が現れ、人を襲って食べていたそうだ。
そこへ村の守り神オヤシロ様が降臨し、鬼を鎮め、人間の姿を与えて人と共存させたのだという。

だが、人間の姿を嫌い、オヤシロ様に反発した鬼もいたそうだ。そんな鬼が生き残り、今でも山の中で隠れ住んでいて、たまに人肉欲しさに人を攫うらしい。

「子供の頃、夜更かししてると婆っちゃがよく脅かすんだよね~。早く寝ないと鬼がさらいに来るぞ~ってね!」
そう言って魅音は両手をわきわきと動かしながら鬼が来るというイメージを伝えた。

「良いことを聞いたのです。今度から沙都子が言う事を聞かない時は、そうやって脅かしてやるのですよ☆」
「梨ぃ花あぁ!そんなおとぎ話を信じる程、私、子供ではありませんですわ!!」
そう言って逃げ出した梨花を、子供扱いしないで下さいまし~と沙都子が追いかけ回した。

しかし、現に鬼は実在し、俺は命を狙われた。いや、まだ鬼の生き残りだと断定はできない。風土病ウィルスによる生物兵器の可能性もありうるのだから。

突然、教室の戸が勢いよく開き、海江田校長が現れた。
「スネーク先生!お電話が入っておるので至急、職員室へおいで下さい」
では、とそれだけ伝えると海江田校長は戸を閉めてすたすたと帰って行った。

俺に電話……?まるで心当たりがない。まさか、オタコンが電話してきたわけではあるまい。
オタコンはナノマシン通信を介して、いつでも俺に呼び掛けられるし、俺の聞こえている音はすべてオタコンにも聞こえ、自動的に記録されている。

皆に弁当の礼をもう一度言い、俺は急いで職員室へと向かった。
職員室に入ると、智恵留美子が相変わらずカレーをすすっていた。智恵にこの電話をお使い下さいと言われ、お待たせしましたスネークですがと受話器を取ると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「ああ、スネーク先生ですか?どうもどうも~興宮署の大石です」
「刑事さんでしたか、昨日はお疲れ様です。昨日の事でまだなにか聞きたいことが?」
「いいえね~、昨日の襲撃犯の斬り落とした腕で妙なことがわかりまして、お知らせしようと思いましてね」

俺の心臓が一段と強く鼓動したのを感じた。
まさか、あの腕から風土病ウィルスが検出されたのか?それとも鬼という生物を証明する何かが?
「……一体、なにがわかったんですか?」
「検視の結果、あれは腕ではなく、ただの枯れ木であることがわかりました」
大石が何を言っているのか理解できず、俺は思考が止まった。
その時、雷鳴が轟き、そのおかげで我にかえることができた。外はいつのまにか雨が降り出していた。
「スネーク先生、あれ、ほんと~に腕だったんですか?見間違いじゃなく?」
「間違いありません。奴の腕の真ん中から下が無くなって悶えているのを見ています」
少し空白があり、大石が大きくため息をついた。
「弱りましたな~、報告書にこんなこと書けませんよ。んっふっふ…」
お互い無言になってしまい、なにか思い出したらお電話下さいと、大石のほうから切り出し電話を切った。

受話器を置き、俺は一旦頭の中を整理した。
たしかに俺は、奴の腕が斬り落とされるのを見た。斬り落としたレナに聞くまでもない。
ではなぜ、腕が枯れ木になったのか。誰かが本物とすり替えた?警察内部ですり替えることは難しいだろう。
昨日、大石がレナの家に来る前に侵入し、すり替えることは出来なくもないが、短時間であの腕と同じ枯れ木を見付けてくることが不可能だ。

やはり、この事件は人ではない鬼の仕業なのだろうか。斬り落とした腕がミイラ化した時点で、この事件は普通ではないのだから……。
そこまで考えた処で、何やら騒がしさを感じた。
智恵留美子もそのただならぬ騒ぎに気付き、立ち上がった。職員室の戸が勢いよく開き、沙都子が飛び込んで来た。
「スネーク先生!気味の悪い女の人が教室に入ってきて、刀を振り回していますわ!」

なっ!?奴が現れたのか!なぜ俺の居場所がわかったんだ。それとも偶然か。
「なんだかレナさんを執拗に狙っていますわ!」
レナ……を。狙いはレナへの復讐か?いや、それにしても居場所がわかったのはなぜだ。
「智恵先生!生徒達を安全な場所へ避難させてくれ!」
俺は急いで教室へと走った。途中、逃げ出して来た生徒達へ職員室に行くように促し、教室にたどり着いた。
教室の一番後ろの窓際、角になる処にレナと圭一が鬼に追い詰められていた。
圭一は金属バットを両手で構え、レナを隠すように鬼と向き合う形だ。
かあいいモードではないレナでは、奴に太刀打ちできないのだろう。
かと言って、圭一とレナでは戦力的にあまり変わらない。

斬られた鬼の右腕は、革製の筒のようなものに通し、太い紐が靴紐のように交互にしっかりと腕を固定していた。
そして、筒の先からは刀のような刃が伸びている。

魅音と梨花はモップを武器に、鬼の背後から構え、じりじりと忍び寄る。今にも殴り掛かりそうな間合いだ。
「スネークっ!!」
圭一が俺に気付き、声を上げた。鬼は俺のほうへ首をぐりっと捻り、睨みつける。
「とりゃあぁぁ!」
その一瞬の隙をと、魅音と梨花がモップを振りかざし、鬼へ殴り掛かった。
が、それと同時に鬼は体を回転させ刀を振るうと、また圭一に向き直る形に戻った。

殴るはずだったモップは、先が短くなっており、魅音の前髪がはらりと床に落ちた。梨花は身長差のおかげで無傷だ。
あと一歩進んでいたら死んでたぞ……魅音。放心状態で床にへたり込んだ魅音を梨花が引きずっていく。

「圭一、無事だな?」
「な、なんとかな。この前原圭一さまがそう安々とやられてたまるかってんだ」
圭一がそう言い終わった直後、鬼が圭一に襲い掛かる。頭上からの一撃をバットで受けた。

今だ!
「レナ!逃げろ!」
俺の声にレナはすぐに反応し、教室の入り口へ走った。俺は机を抱え、鬼へと突撃する。
鬼に机ごと体当たりするが、勢いあまり、俺と鬼は窓を突き破って二階から地面へと落下した。
「うおおぉ!?」
「スネークっ!」
運よく机が下になり、衝撃を和らげたが、脇腹に激痛が走る。
鬼は、俺と机の下敷きになったにも関わらず、俺ごと机を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。タフな奴だ。


俺もすぐに立ち上がり、机を盾にして奴の攻撃に備えた。
「先生!大丈夫!?」
校舎の陰から梨花と立ち直った魅音が駆け付けた。
そうだ……魅音なら!
「魅音!今すぐ体育倉庫に行け!跳び箱の下の板を剥がせば武器がある」
「ふえ!?ぶ、武器ってなに!?」
「……おまえなら使い方がわかるはずだ……行け!」
わかった!と魅音が走り出す。
奴を相手に、俺では時間稼ぎしかできないだろう。
そこでオタコンから通信が入った。

『スネーク!!民間人に銃を使わせる気なのかい!?それに銃器を所持してることがバレたら任務に支障が……』
『わかっている!しかし、奴を倒さなければ、こっちの命が危うい!死んでしまったら任務に支障どころか、失敗に終わる』

奴の攻撃を机で防ぎながら後ろへ下がる。板の部分が外れ、机の骨組みがあらわになる。
『それに、魅音は銃器の心得があると資料に載っていた。今は魅音を頼るしかない』
攻撃を受け流しながら、奴を校庭までおびき出した。
ここなら見通しがよく、魅音のサポートが受けられるだろう。
「先生~!準備おっけ~!」
「魅音!待ってい……ぬあ!?」
魅音の声がしたほうへ顔を向け、俺は度肝を抜かれた。魅音が持ち出してきたのは、自動小銃でもスナイパーライフルでもなく……。
「み、魅音!それは……スティンガーミサイルだぞ!?」
「え~~?RPGみたいなもんでしょ?それじゃ発射♪」
「待っ!」
空気が噴き出す音とともに、ミサイルが放たれた。俺は地面に伏せ、頭上をミサイルが通り過ぎるのをこの目で見た。
ミサイルは鬼に向かって一直線に向かっていき、目の前まで近付いた瞬間、奴は横に回転し、紙一重で避けた。

そのまま直進したミサイルは、営林署の重機に直撃、爆発炎上した。
営林署の一階と二階部分の窓ガラスは吹き飛び、重機は燃え上がる。
「ありゃ、もしかして……おじさん、やっちゃった?失敗♪失敗♪それじゃ第二発目~」
「ちょっと待てーー!!」
圭一、レナ、沙都子が魅音に跳び蹴りを食らわした。魅音は地面を滑るように頭から草むらに突っ込んでいった。
「魅音を信じた俺が……バカだった……」
俺は俯せのまま頭を抱えた。

その時、俺の横を影が駆け抜ける。鬼の奴は、レナの姿を見つけ標的を元に戻したのだ。
「しまった!圭一ィ!レナを守れ!」
不意を突かれた圭一は鬼に投げ飛ばされ、地面に叩き付けられる。奴の手がレナの首を捕らえ、締め上げる。
「レナさんを離せ!このバケモノ!」
沙都子と梨花がレナを助けようと懸命に木刀で殴るが、奴は気にも止めず、レナに何か語りかけているようだ。
するとレナはポケットから鈴を取り出し、奴に差し出した。

鬼女の顔が緩んだように見えた直後、破裂音が響き、奴の左目から血が勢いよく飛び散る。

「おじさんを忘れて貰っちゃあ困るなぁ!これで汚名挽回だね♪」
声のしたほうを見ると魅音がスナイパーライフルを構えていた。というか汚名は返上するものだぞ、魅音。
鬼女は潰された左目を押さえながら、奇声を上げた。鬼の手から開放されたレナは、その場にうずくまる。

目を弾丸で貫かれても、奴はまだ生きていた。奴を止める術はないのか?
鬼女は地面に落ちている拳より大きい石を拾い、魅音へ投げ付けた。
「ちょあっ!あっぶないな~、力まかせに投げても当たらな……」
と、最後まで言い終わる前に魅音は気絶した。
一度、正面からきた石を避けたが、背後の木に跳ね返り、後頭部に直撃したのだ。

次に奴は、梨花の足を掴み、振り回した勢いで沙都子にぶつけた。
沙都子は吹き飛ばされ、足を捻ったのか立てないでいる。
梨花は、そのまま振り回された勢いで投げ飛ばされる。
み~~という叫びとともに梨花が宙を舞い、林の中へと消えていった。
すると林の奥から、
「誰か、降ろしてほしいのです!」
と声がする。どうやら木に引っ掛かったおかげで助かったようだ。

邪魔者を排除したと言わんばかりにレナへと向き直る。
鬼の背後から怒声を上げて、圭一がバットで殴り掛かる。先程、投げ飛ばされた傷から回復したのだ。

俺も参戦しようと立ち上がろうと膝を着いた時、コール音が響き、オタコンから通信が入った。
『なんだオタコン!こんな時に』
『スネーク、もしかしたら奴は火に弱いかもしれないんだ』
『なぜだ、根拠はあるのか』
『奴の腕が枯れ木に変わっただろう?あれは元々、木で出来ていて、体全体も木なんじゃないかと。それが僕が導き出した答えさ』
『……なんだか胡散臭い話だな。お前、オカルトの趣味もあるのか?』
『いや、ヒントを得たのは、この前見たアニメに木のバケモノが出』
そこで俺は一方的にナノマシン通信を切断した。
しかし、この作戦に望みを託すしかない。
鬼の回し蹴りが圭一の脇腹に入り、地面に倒れる。俺は全力で駆け寄り、鬼に体当たりした。
「圭一!ガソリンはないか」
蹴りを喰らった脇腹を押さえ、圭一がゆっくりと上半身を起こした。
「た、体育倉庫に……ストーブ用の灯油があるけど……」
「それでいい!俺が奴を食い止める間にガラスの瓶に詰めてきてくれ」
そういうと圭一は立ち上がり、体育倉庫へと歩み始めた。
圭一が戻るまで、俺が奴を食い止めるしかない。立ち上がる鬼へと俺は走り出した。
刀の横斬りを避け、つづけて繰り出された後ろ回し蹴りを受け止め、俺は奴の軸足を蹴り上げる。
倒れた処で、奴の刀を踏み付け、顎へ二度、三度と拳を食らわすがまるで効いていない。

奴は足を持ち上げると、両足で俺の胴体を挟み、勢いよく後ろへ倒す。地面に背中を叩き付けられ、一瞬呼吸が止まった。
刀の先が俺の喉元に突き付けられる。

俺は両手両足で奴の腕を掴み、引き離そうとするが奴の怪力の前に成す術なく、刀先が喉元に近付いてきた。

と、鬼女の体が強張るように小さく跳ねたかと思うと、刀を突き付けていた腕の力が抜けた。
死角になって見えなかったが、奴の右首の付け根に、柄の短い小型シャベルが突き立てられていた。
「先生!大丈夫!?」
「レナ……ああ。また助けられたな」
レナがシャベルを奴に突き立て、俺を助けたのである。
「スネーク!待たせたぜ!」
圭一がコーラの空き瓶に詰めた灯油を片手に、体育倉庫から小走りで向かって来る。
俺はしがみつく格好を解き、奴の胸板へ蹴りを入れて後ろへ倒した。
その隙に立ち上がり、レナと一緒に圭一へと走った。
「圭一!奴へ思いきり投げるんだ」
圭一は投球フォームを構え、灯油を入れた瓶を投げる。鬼の頭へ直撃し、割れた瓶は中身をぶちまけた。
俺はポケットからジッポライターを取り出した。
「これで終いだ」
俺はフリントホイールに親指を掛けた。
だが、力を込めても回転しない。
よく見るとライターは所々へこんでおり、ホイールの軸が歪んでいた。
……二階から落ちた時に壊れてしまったようだ。
顔を上げると、視界に何者かの膝が飛び込んで来た。
鬼の膝蹴りを諸に顔に受け、崩れるように後ろへ倒れた。見るもの全てが歪み、二重に見え、吐き気を伴う。痛みを堪えて、俺は叫んだ。
「沙都子ー!爆発系のトラップはあるか!!」
「あの女の足元に火薬が仕掛けてありますわ!先生の右手辺りの石が起爆スイッチですわ~!」
俺は吐き気を堪えながら、拳に収まるくらいの、地面に埋まっている石を持ち上げた。石には突起が掘ってあり、鍵のような形状をしている。
「それを90度回転させて元に戻して下さいまし~!」
言われるままに俺は石をはめ込んだ。
しかし、爆竹のような小さな爆発しか起きず、鬼へは引火しなかった。
「な、なんでですの!?私のトラップは完璧に……」
「この雨で火薬が湿気ってしまったのだろう……」
「そ、そんな……」
万事休すか……!ライターも壊れ、沙都子のトラップも不発。あと一歩!あと一歩で倒せるはずなのに!!

鬼は、レナの目前まで迫っていた。
圭一はレナへと走るが間に合わない!
鬼は右手の刀を頭上へ掲げ、ぴたっと止めた。
「やめろおぉぉぉ!!!」
圭一が叫んだその時、ものすごい轟音が耳を劈き、空からいびつな光りの刃が降り落とされ、辺りを白一色に染めた。

奴の振り上げた刀に雷が直撃したのである。鬼は燃え上がっていた。
悲鳴が響き、全身が燃える苦痛のせいか左手と刀になってしまった自分の右手で、頭や全身を掻き毟るようにもがいていた。

鬼の体はどんどん灰になり、ついには跡形もなくなってしまった。
「レナ!!」
圭一がレナを抱き起こしていた。
雷が落ちた時、一番近くにいたレナにも感電してしまったようだ。


数分後、智恵が電話したのか、入江診療所の入江京介が車で現れ、気絶しているレナと魅音、付き添いに智恵を乗せて搬送した。
そして智恵が通報したのか、大石と数人の警官も現れた。
大石達が来る前にライフルとスティンガーは隠したが……俺は営林署の前に置いてあるものに目をやった。
そう、すでに真っ黒くなって残骸となっている営林署の重機である。ミサイルの破片も可能な限り回収したが……あれは隠しきれない……。

大石が俺の前へと歩み寄った。
「スネーク先生~、またまた大変なことになりましたね~んっふっふ~」
「大石刑事こそ、昨日と引き続きお疲れ様です」
「しっかしありゃなんですかね?真っ黒ですが……」
そう言って、残骸となった重機に目を向けた。
「雷が落ちましてね」
「雷じゃ、あそこまでなりませんぜ?まるでミサイルでも撃ち込まれたようですなぁ」
こ、コイツどっかで見てたのか?
「重機のガソリンに引火したんじゃないですかね?」
そこで大石刑事と睨み合う形で重い沈黙が流れた。
「……そう~ですか~。それでは、またあとでお話聞かせて下さい」
そう言って大石達は警官達に指示を出し、営林署の中へと入っていった。
雨は止み、雲の間から太陽の光が校庭へと降り注ぎ、終戦を讃えるようであった。

梨花が、圭一と沙都子、俺を集めて【犯人は逃走、営林署の重機が爆発したのはわからない】という口裏合わせを提案した。
「もしスネークが銃器を所持していたのが警察にバレたら、スネークは学校にいられなくなってしまうのです」
そう言って梨花は小指を出した。
「部活メンバーだけのヒミツヒミツなのですよ、にぱ~☆」

途中、事件を聞き付けたのか詩音が学校に来た。圭一は詩音に駆け寄り、なにか話をしているようだ。ふと詩音の視線が俺に向いた。
たぶん、圭一は魅音にも口裏合わせをしてもらう為に、詩音に促したのだろう。
詩音は圭一に頷いて、すぐに学校を出た。

入江診療所に行って、魅音が目を覚ましたら、いの一番に口裏合わせをするように話すのだろう。
「みんな、すまない。ありがとうな」
「まだ終わってないぜスネーク」
「レナにも話を合わせないといけないのですよ」
そうだった。レナも気絶して診療所に運ばれたのだ。
「明日、レナのお見舞いも兼ねて行ってみようぜ」
そして俺達は警察の事情聴取を受けた。


次の日。
警察の調査と不審者が乱入したとして学校は休みになった。数日は集団下校になるそうだ。
梨花、圭一、沙都子、俺、そして昨日の内に精密検査だけ受けて退院して来た魅音の五人が揃い、みんなでレナの見舞いに出発した。
「魅音、もう大丈夫なのか?」
俺は魅音の後頭部が気になって聞いてみた。
「いやあ~タンコブが痛くて痛くて、仰向けで寝れないのがツライよ」
後遺症で頭悪くなったらどうしようかね~と言う魅音に
「魅音はそれ以上頭悪くならないから大丈夫だぜ」と圭一がからかった。
「圭ちゃ~ん、おじさんに喧嘩売るなんていい度胸じゃないの~」
うわヤベっと圭一が逃げる。待て~と魅音が追い掛けた。
ふむ……元気そうだし、大丈夫だな。

程なくして入江診療所に到着した。が、外に見慣れた車が止まっていた。
嫌な予感がして、俺達は急いでレナの病室へと進んだ。予感は的中した。
病室に入ると、レナは目を覚ましていて、体を起こしており、ベットの横には大石蔵人が座っていた。
……先を越された。
「おや?みなさん、お揃いで。よっこらしょ。お友達も来たし、お邪魔でしょうから退散しますかね」
大石は立ち上がり、病室を出ようとして、すれ違い様に俺の横で止まった。
「竜宮さんね、昨日のこと何も覚えてないそうですよ。よかったですね~スネーク先生」
そう言って、大石は病室のドアを閉めて出ていった。
「よかっですね。か、明らかにスネーク先生のこと疑ってるね。ありゃ」
魅音が口を尖らせた。
「レナ!もう大丈夫なのか!?」
圭一が心配そうにレナに歩み寄る。
「大丈夫だよ圭一くん!監督がね、明日にはもう退院していいって」
「でも……今、大石が何も覚えてないっ……て」
「レナね、嘘ついちゃった……はうっ♪」
そこにいた全員が目を丸くした。
「でも!レナには誰も伝えてないよな!?」
「みんなが口裏合わせしてるくらい、察しはつくよ~。あれだけ派手に重機壊しちゃったし……でもみんなが、どういう風に合わせてるかは分からないから、雷のショックで記憶喪失になったと装ったんだよ!だよ♪」
「さっすがレナ!嘘を見抜くのも上手いけど、嘘をつくのも上手いなあ~!」
「はう!魅ぃちゃん、それ褒めてないよ~」
病室は笑い声で満たされた。

20分くらい昨日の事件や、その後のことなどを話していると、検査の時間が来たらしく、入江京介がレナを呼びに来た。
この検査で異常が見つからなければ明日退院だそうだ。
「それじゃ、あたしらも退散しよっか」
魅音のその言葉で皆、レナに別れを言って退室した。
「あっ!先生」
レナに呼び止められ、俺は振り返る。
「これ、先生が持っていて下さい」
レナの摘み上げたのは鬼が持っていた鈴だった。
「なぜ俺に?」
「夢を見たんです。男の人が綺麗な女の人に鈴を渡す夢を。たぶん、その女の人はあの鬼だったんじゃないかと思うんです」
俺は鈴を受け取った。
「あの鬼、私に言ったんです。スズヲカエセ。って、とても大事な物だったんですね。あの鬼が、私のいる場所をわかったのも、鈴が引き寄せたんじゃないのかな……」

俺は、鬼がレナに話し掛けた時のことを思い出した。
レナが鈴を差し出した時、鬼の顔が緩んだ。今、思えばその時の目は、鬼の紅い目ではなく、日本人の、人の目だった気がする。
「鬼の灰と鈴を一緒に埋葬してほしいんです。先生にお願いできますか……?」
「……わかった。引き受ける。必ず埋葬しよう」
俺は診療所の前でみんなと別れ、学校に向かった。

学校に着くと、警察が教室や黒焦げの重機を調べていた。
重機の側に立つ人の中に、見覚えのある男を見つけ、仰天した。
「オ、オタコン!?なにやってる!?」
「やあスネーク!いや何、警察に調べられたらミサイルの破片が見つかってしまうから、うちのスタッフを寄越したんだ」
「よく潜り込めたな……」
「一応、科捜研として来てるんだよ」
「それより…お前が抜けて大丈夫なのか?通信部には誰がいるんだ?」
『私よ、スネーク』
ナノマシン通信から聞こえて来た声は……。
『メイリン……久しぶりだな。なぜ君が?』
『今、夏休暇なの。オタコンがスネークのピンチだ~って言うから、特別にフルコース一週間分の報酬で代わってあげたの』
「そういうことだスネーク」
「だからって、お前が来ることはないんじゃないか?」
「僕もね、見てみたかったんだ。雛見沢村。空気もよくて、いいトコじゃないか」
そう言うオタコンのポケットを見ると、紙がぷらぷらとはみ出しており、エンジェ……夏のデザー…と書いてある。
「そのチケットはなんだ?」
「こ!!これは、興宮にあるレストランで夏のデザートフェスタが開催されるから、ちょっと覗いてみようかと……」

……潜入前に資料に書いてあったような気がする。そのレストランの店員は若い女の子ばかりで特殊な制服を着ると。
『メイリン、このネタ使えるぞ』
「ちょ!スネーク!?」
『オタコンには車でも買ってもらいなさい』
『わお!ホント?スネーク!』
彼女の満面の笑顔が目に浮かぶようだ。
「それじゃオタコン、俺は仕事が残ってるから、あとは二人で話をするんだな」
『さ、オタコン。お話しましょうか☆』

項垂れるオタコンと別れ、校庭に入る。
白い灰が軽く山を作っていた。鬼の灰である。
昨日、すぐに雨が止んだおかげで流れないで済んだ。指で灰を擦ってみる。
骨も残らず数秒で燃え尽きている。やはり奴は木でできていたのだろうか?
俺はシャベルで灰をすくい、バケツへ移していく。灰を全て回収し、俺は埋葬する場所を探して山へと入った。

良い所はないかと一時間程、山の中をぐるぐる歩いていると、一匹の野ウサギが目の前に現れた。
兎はじっと俺を見つめる。
その紅い目は、あの鬼の目を彷彿させる。
兎はふいっと背中を見せ、山の中へと跳びはねて行った。
俺は兎を追っていた。なぜか、俺を呼んでいる。そんな感じがしたからだ。

兎を追い、30分程歩くと、大きな巨木を発見した。
巨木の大きさに見とれていると、兎はどこかへ消えてしまい、見当たらなくなっていた。俺は巨木へと近付く。

近付くと更に大きく感じるな……。
俺はここに灰を埋葬しようと決めた。
なぜかここは不思議な感じがするからだ。恐怖のようなものを感じるが、すぐに暖かい優しさに包まれるようにも感じる。

俺は木の根の近くに穴を掘り、灰と鈴を埋葬した。
一息付き、俺はリュックから水筒を取り出し、一口飲む。
…………ふと、何を思ったか水筒の水を埋葬した所へ掛けてやった。
俺なりの弔いだろうか……。なぜかこっ恥ずかしくなり頭を掻きむしった。

水筒をリュックへしまい、下山することにした。
と、鈴の音が聞こえた気がして、振り返り、埋葬した所を見てみると、何かの小さな芽が生えていた。
俺はなんだか嬉しくなり、笑顔になっていた。
俺は背中越しに手を振り。山を下りた。


【ひぐらしのなく頃に・怪】
「錵崩し編」(完)

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最終更新:2008年02月20日 22:30