213名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage]投稿日:2007/05/13(日) 00:26:35 ID:iZRV7Qgz
学校から俺は一度、アジトにしていたテントへと戻り、裏の茂みの、まだ真新しい土を掘り返していた。
そこに埋めてられていたのは一つの缶箱。それを取り出す。
中に入っているのは俺の愛用の銃。ベレッタM9の改造版。麻酔弾を発射することができる特殊銃。装弾数15発のマガジンが銃本体に1つ。それに予備が2つ。合計45発分。サプレッサーもすでに装着済みで、調整も済んでいる。
それをすでに着込んでいた俺の死装束、スニーキングスーツのホルダーに差し込んだ。
この姿が、特殊潜入任務、特殊工作任務を行う俺の本来の姿。隠れ潜む蛇の本性、というわけだ。
これから俺は、「東京」の構成員、ともすればメタルギア開発に関わっているかもしれない人間と相対する。
危険が無い、とは言い切れなかった。だが行動しなければ、血路も開けない、閉鎖的な状況でもある。
危険を冒す者が勝利する。
ある部隊の格言が、俺の背中を押した。
さあ、ここからさらに、また一歩踏み出そう。
……として、通信機のコール音が聞こえた。
『こちらスネーク』
『スネーク、僕だ』
『オタコン?』
何の用だ?
『スネーク。その格好は……』
『ああ、これから入江診療所に向かうからな。万が一のことも考えて装備をだな……』
『……スネーク。まさか、いつものように銃を突きつけて情報を得ようなんて考えてないだろうね?』
『そのつもりだが?』
俺の答えに、通信機の向こうで口をあんぐり空けたオタコンの姿が思い浮かんだ。
『スネーク。君ってやつは……』
『何だ。まさかいけないとでも言うのか』
『君はそれでいいと思ってるのかい?』
『これが俺のやり方だ。お前も知ってるだろう』
『スネーク。いいかい、よく聞いてくれ。君は今、雛見沢に表向き教師として潜入している』
『そうだが?』
『どうして大佐やメイ・リンが君にそんな役回りを与えたのかわかるかい?』
『いや。どうしてなんだ?』
オタコンの落胆した溜息が聞こえる。
『いいかいスネーク。この任務は、君が今まで行ってきた短期間で解決するような任務ではないと判断されているんだ。そのために君が長期間滞在できるように、わざわざ社会的身分まで与えている』
『そうなのか?』
そうなんだよ。とオタコンが言う。
『それに今までだったら、敵も無法者だから、こちらも非合法なやり方もできたんだけど、今回君が乗り込む入江診療所は表向きとはいえ社会的にも至極全うな病院だ。勤務している人達も含めてね』
『そうとは限らんかもしれんぞ』
『……話の腰を折らないでくれ。とにかく、そんな所に行って銃を突きつけて無理やり情報を得たりしたら、君は脅迫罪に住居不法侵入罪。場合によっては強盗致傷未遂に窃盗未遂、障害未遂に殺人未遂までつけられてその国の警察に追われる羽目になる』
最悪国際指名手配だよ。と言われた。
『ならどうすればいい? このままメタルギアの開発を黙って見ていろと言うのか?』
『そういうわけじゃないよ。彼とよく話をして聞き出せばいいじゃないか』
『そうは言うがなオタコン。相手は敵かも知れないんだぞ。安々と自分達の重要機密を漏らすとは思えん』
『それなら、彼と親密になるとか』
『何だって?』
俺が、入江と?
それはどういうことだ。俺も彼と共通の何かを持てばいいということか?
俺は――、入江京介のことを思い出す。彼と最初に出会ったのは、そう、昨日のことだ。そして俺は彼から――、〈冥土〉――、ケーキの早食いで――、〈made〉――、
彼と組んで――、〈明度〉――、彼が倒れ――、〈May do〉――、そして復活し――、〈Me Ⅰ'd〉――、異様ともいえる論戦が――、
〈メイド〉――、〈メイド〉、〈メイド〉〈冥土〉〈made〉〈明度〉〈May do〉〈Me Ⅰ'd〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉
〈メイド〉〈メイド〉〈メイド〉〈冥土〉〈メイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイドメイ――――。

「う、うわあああああああああああああああああああっっっ!!!」

知らず、俺は絶叫していた。
214名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage]投稿日:2007/05/13(日) 01:43:39 ID:iZRV7Qgz
精も根も使い果たしたかのように、俺はその場に崩れた。
入江京介との接触――、いつもとは勝手が違う方法をとらざるをえない。
だが、相手の友好を得る――、その方法だけは、俺にはできない。
可能性の段階からして、俺には成すことはできない。
『……オタコン』
『何だい?』
『俺には無理だ』
俺には、彼と同調することは、絶対にできやしない。
『どうしたんだいスネーク、しっかりしてくれよ。君だけが頼りなんだ』
親友が俺を励ます。しかし、その言葉すら白々しく聞こえてしまう。
『入江の精神に同調することはできない。賛同もできない。すれば俺は俺ではなくなる』
『……彼は、サイコマンティス以上の洗脳能力の持ち主なのかい?』
『ああ。しかも末代まで祟るくらい濃密だ』
デザートフェスタのときは、彼は俺にとって味方だった。
そしてあの時、俺自身には彼の精神世界は振りかかってこなかった。
だから見落としていたのだ。敵ともなれば、どれほど恐ろしい兵器かということを。
『銃も使えない。かと言って彼のご機嫌取りもできない。それだけはごめんだ』
オタコンも、ううむ。と唸るだけで言葉を濁す。
『奴の精神世界は海より広く、奈落より深い。そこから攻め落とすというのは、草で編んだ船で大海に出るようなものだ』
どうしようもない。と俺は呟く。
『彼の思考と嗜好、そこから生み出される精神への攻撃か。幾多の拷問にも耐えてきたスネークすら陥落するほど強力なものだなんて――』

『そうだ!』

俺は起死回生の秘策を閃く。
『ど、どうしたんだいスネーク』
『オタコン! お前なら奴に勝てる!』
いたじゃないか。奴と同等に張り合える男が。
『え? ぼ、僕かい?』
『そうだオタコン! お前も奴と同じ部分がある! お前ならきっと奴を口説き落とせる!』
『同性を口説き落とす趣味は僕にはないよ。それに――、僕は彼のいうメイドのことを、実はそれほど詳しくない』
『詳しくなくったっていいじゃないか! お前なら奴の精神攻撃に耐えられる!』
自信を持って断言する。
『いや、僕がでしゃばったって、彼の話をきちんと理解して聞いてあげられないよ』
『理解して聞かなくてもいいじゃないか! 適当に相槌さえ打ってりゃぁ――』

『……何だって?』

オタコンの口調が、一変した。
『スネーク。今、君は大変なことを言った。適当に相槌を打て? それは僕達オタクに対する侮辱だ』
静かに、しかし激情を込めてオタコンが言う。
『何故僕達がオタクと呼ばれているか知ってるかい? 僕達は自分が好きだと思ったものを一途に追い求めている人種だからさ。専門家としてね。
僕のようにアニメが好きでそれらの知識ならまるごと集めたいと思っている人達もいるし、ロボットやミリタリー、鉄道や航空機、建築やその他もろもろの
それぞれの分野で自信を持って好きだと言う人達がごまんといるんだ』
『いや、オタコン……』
『黙って聞きなよ。そういう、それぞれに本気で好きだという人に向かって、彼らが好意を持って話してくれる内容をよく理解もせずに 適 当 に 相 槌 を 打 て ? 
はっ!! よくそんなことが言えるね!』
激動のアニメオタクの背後に炎が見える。
『いいかいスネーク。僕達オタクにとって、自分が好きだと思うことには、仲間が欲しいと思っているんだ。同じ知識を、同じ話題を共有できる仲間が。なのにその気も無いのにうわべだけ仲間の振りをして相槌を打つだって? そんなのは犬畜生にも劣る最低の行為だよ! 
いいか、真のオタクってのはなぁ……』
この後長々と続くであろうオタコンの説教に俺は額に手をあてて項垂れた。

……余計なことを、言うんじゃなかった。
 
228名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage]投稿日:2007/05/13(日) 22:25:57 ID:USSf/uCK
『……そういうわけだから、ちゃんと理解してくれよ。あと今後は二度とさっきのような発言はしないでくれ。くれぐれもね』
『…………ああ』
長い話だった。ようやく開放された安堵感と耐え切れない疲労感が押し寄せる。
途中で白昼夢もみたような気がする。……周りはすっかり真っ暗なんだがな。
オタコンの声と入れ替わるようにして、別な声が聞こえてきた。
『スネーク。私だ』
『大佐……』
『うむ。スネーク、入江診療所にはまだ向かっていないのか』
『それについてなんだが……。大佐、銃の使用許可をくれ』
懇願にも近い。
『それは許可できない』
『何故だ』
『大まかな説明はオタコンが説明した通りだ』
『それでは俺は任務を遂行できない。大佐、麻酔銃だけでいい。それだけでも』
『駄目だ。ああスネーク、ついでに言うとナイフやフォーク、ハリセンやピコピコハンマーも許可できない』
徹底してるな。
『どうしてそこまでするんだ!?』
『表向きの民間施設とはいえこちらが非合法に潜入し、万が一失敗すれば、君はその村では瞬く間に犯罪者の烙印を押されることだろう。今後の潜入任務も続行不可能になる』
『要は見つからなければいいんだろう? それならなおさら銃が必要だ。大佐、頼む』
『駄目だ。任務は今日一日で終わるようなものではない。君の本来の姿とやり方は、核心に迫るまで伏せておくんだ』
切り札としてな。と大佐は言った。
切り札か。しかし、切り札を伏せても――、次に切る、カードが無い。
『なら一体、どうすればいいんだ?』
『方法ならある程度絞り込めているはずだ。君が実行に移していないだけでな』
『俺を奴の美学にどっぷりとハメようというのか』
『それしか方法がないのなら、そうするしかあるまい』
『それ以外の方法が、あるとでも? 言っておくがオタコンに頼んではみたが、見事に断られたぞ』
『オタコンでも彼の相手をするのは難しいだろう。スネーク、もっと適任な人材を起用してみてはどうだ?』
人材?
『大佐、これは俺一人でこなさなきゃならないスニーキング・ミッションだ。ほかに人材など――』
『そうかな? スネーク、君は目撃しているはずだ』
彼に真っ向から立ち向かった人間を、一人。
『……』
俺は気付いた。
確かに、あの日。彼は奴に挑んだ。奴の強固な世界に一歩も下がらず、臆することなく。根源は同種のものでありながら、暗黒の意思に純白の思いをぶつけて拮抗させた。俺では成す術無く呑み込まれる場所で。あいつは確かに、真っ直ぐ立っていた――。
確かに、彼なら。しかし、
『大佐。――民間人を巻き込め、というのか』
『戦闘に参加させるわけではない。入江京介から地下施設に関わる情報を奪取するために、彼と一時協力してはどうかという提案だよ』
『だが――』
俺は、納得できない。どんな理由にせよ、彼を、いや、彼らを俺と同じ世界に呼び込むなど。
『事態は一刻を争うのだ。提案、と言ったが、上官の権限で君に命令しよう。スネーク――』
聞きたくはなかったが。
『〈ザ・クール〉前原圭一と協力し、入江京介に接触して情報を得るんだ』
俺は何か苦いものを噛み締めたような声で、了解した。と答えた。
 
233名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage]投稿日:2007/05/15(火) 00:09:53 ID:Oc0d3f9x
火にくべた生木が、ぱちり、と音を立てた。
テントの前に座して、俺やっと遅めの夕食にありついていた。
昼間獲った野鳥の何羽かは夕食分に回すつもりだったのだが、いつの間にか無くなっていた。
仕方なく、裏の田んぼの堀で捕まえたカエルとザリガニで腹を満たす。
カエルは不味かったが、ザリガニはまあまあだったな……などと落ち着いた腹を撫でながら、今度は堀にザリガニ捕獲用のカゴでも仕掛けるか、などと考える。
そういえば雛見沢には湖沼もあったな。……魚は何か釣れるだろうか。今度食料の捕獲も兼ねて行ってみるか、とも思った。
ついでに、彼ら――「部活」のメンバーに勝負の提案として出しても面白いかもな……とも、うすらぼんやり考えていた。
……今は、当面の問題を考えたくはなかったからだ。
この地にあるという地下施設。
その情報を聞き出すための、ある男とのコンタクト。だが、それは俺単独で成功する確率は低い。
ならばこそ、俺には協力者が必要になる。ただ、その協力者を――、俺はできることなら、巻き込みたくは、ない。
前原圭一。
大佐達から聞かされたコードネームは〈ザ・クール〉
ある者は彼を、「口先の魔術師」と呼ぶ。
口先の、魔術。確かに彼は、言の葉を自在に操る。俺もその手業を確かに、この目で見ている。
俺にはできない。俺には為し得ない戦い方をする男。
その男の力が必要に、なる。という、この状況。
打破するには、彼の力を使うことが、一番いいのだろう。
だが、彼には――、いや彼らには、この世界の暗部を。この世の闇を、見せたくない。
できることなら、知らぬまま、生きて欲しい。
俺には叶わなかった生き方を、そのまま貫いて欲しい。
そう、思った。
しかし一方で、現状を最短でクリアし、次に進むためには、彼の協力が必要だということも、理解していた。
――俺は一体、どうすれば。
任務を遂行するか。
彼の協力を拒むか。
国に忠を尽くすか。
人に忠を尽くすか。
命か。
情か。
――俺は、何に。

闇の中で一度だけ、ひぐらしが、鳴いた。

大佐は俺の動揺を見越して、命令を与えたのかもしれない。
とにかく明日、圭一に会って話をしよう。
それから――どうするか。
――どうするか。
不意に、小さな声。
焚き火に土を被せる。残煙を残しながら辺りは深淵となる。
小さな声は、息遣いのそれだ。
呼吸を乱しながら、それでも懸命に走る人間の吐息。
俺は茂みに身を隠す。
正面で対峙することは避ける。そういう動きが体に染み付いている。
やがて現れた者は、ひどく息を切らしていた。
立っているのもやっと、という風に見えた。服はかいた汗でしっとりと濡れ、袖口からは汗が伝う。肩口からうなじにかけて、湯気が立ち上っていた。
そして、
「ス、ネーク。……いないの、です、か?」
聞き覚えのある声だ。
「いや。ここだ」
俺は立ち上がって彼女の――古手梨花の前に姿を現す。
「スネーク。ここに、――、――が」
息を乱しながら喋る彼女の言葉は、途切れてよく聞き取れない。
「落ち着け。一体どうしたんだ?」
ただ事ではないのは、確かだった。こんな真夜中に、彼女が息を乱してまで懸命に走って、俺のところまで、きたのだ。
「――終わって、なかった。――――は、」
「息を落ち着かせるんだ。ゆっくりと、深呼吸して」
すぅ、はぁ。と、何度か深く呼吸をしたあと、彼女は俺の顔をじっ、と見つめて、
「終わって、いなかったのです。鉄平が、また、沙都子のところに。そして沙都子は――逃げ出して」
――どこに行ったか、わからないのです。と震える声で、そう言った。
 
240名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage]投稿日:2007/05/15(火) 23:57:04 ID:VQs9lI5p
唐突だが――、双六における最悪とは一体何だろう?
双六とは、あがり――ゴールを目指してサイコロを振る遊びなのだから、やはりその最悪は、「振り出しに戻る」ではないだろうか。
誰もが、一番先に、あがりに到達することを目指し――同時に、「振り出しに戻る」と書かれたマスに駒を置かないように、サイコロを振る遊びなのだと、彼女は認識している。
なら今回のケェスは、過去100数年には見られなかった、最も類を見ない最悪の形になった、のではないか。
一度通り過ぎた災厄は、同じ形では二度と巡っては来ない。もし、巡ってきたのなら――、それは、ツキが余りにも悪すぎた。そう、思うしかない。
サイコロが1の目を出して出遅れただけならまだしも、あがりまであと数マスのところで「振り出しに戻る」を踏んだ、という最悪。
それが、北條沙都子の前に、叔父の北條鉄平が現れるという形で、二度も起こってしまった。
本当に――、この世界は今までとは、何かが違う。
何処かが、おかしい。予定調和すら狂うくせに、破滅への秒読みだけは、酷く、正確なんだ、と。
魔女を謳う少女は、そんなことを考えていた。


沙都子がいなくなったと――、梨花は人づてに聞いた。
最初にその話を持って梨花の家に飛び込んできたのは、圭一だった。
……――梨花ちゃん! 沙都子は戻ってきたか――!?
顔を真っ赤にして汗を噴き垂らし、息をあげながら大声で、そう言った。
――沙都子ですか? まだ戻ってこないのです。
今思えば、なんて間の抜けた返答だ。と彼女は思う。
圭一の来訪が訝しがる時間のはずだったのに。
息を切らして走ってきた理由も、怪しいと思うべきだったのに。
沙都子には、もう不幸なんて起きやしないと、高をくくっていたのかも、しれない。
部活、と称する仲間同士のゲームが、部長の魅音の途中離脱という形で、放課後の時間を大分残してお開きになってしまった。
余った時間を、あとはどのように過ごすか――、それを考えながら、梨花は沙都子と、学校からの帰り道を歩いていた。
その時、ふいに。
――あ、沙都子。あ、梨花ちゃんも。
そう、声をかけてきた人がいた。
顔を見る。目を合わす。
魅音の双子の妹、園崎詩音だった。
――みい。珍しいのです。詩音が雛見沢に来るのは。
にぱ、と笑いながら、社交辞令にも似た挨拶代わりの一言だった。
――あら梨花ちゃん。私だって雛見沢は生まれ故郷なんです。帰ってきてもいいじゃないですか。
あはは。笑いながら、お互いに皮肉も何処かに混じった印象のある挨拶の応酬をかわす。
――えっと、梨花ちゃん。沙都子をお借りしてもいいですか?
詩音が突然、そんなことを言った。
どうして? とも、なぜ? とも、聞かなかった。
詩音は沙都子のことを気にかけてくれている。沙都子も詩音のことを悪く思ってはいない。
だから、二人はついこの間からだけど、姉妹になれたのだし。
――夕食の買出しに行くんですけど。沙都子にもついて来て欲しいんですよ。
ちょっと用事もありますし。と、どこか含んだ笑いを漏らし、沙都子はそんな詩音を見て、やや口元が引きつっていた。
……結局夕食は、梨花の家で作ることになり、詩音は買出しに、沙都子ついて行くことを承諾したのだった。
ただ、買出しの行き先が輿宮市内だったこと。詩音が言った、沙都子との用事もあったこともあり、二人が帰ってくるのは、大分遅くなると思った。
だから、待った。別に不安とも思わないで。
やがて、少々帰りが遅いなあ、と思ったころ。
……前原圭一が、血相変えて、梨花の家に飛び込んできたのだった。
――沙都子は戻って来たか――!? 今魅音から聞いたんだ。あいつが、鉄平が、雛見沢に来てて。沙都子を追い回しているって――
嘘。
――沙都子は今必死で逃げてるって。詩音が今、沙都子と鉄平を追いかけているって。魅音が、詩音から、聞いて――
そんなの。
――俺とレナも、二人を探してるんだけど、みつからねぇんだよ――!
瞬間。
梨花も、表に駆け出していた。
慌てて履いた靴がずれて前につんのめりながらも。
夜の闇の中を、懸命に切り裂きながら、駆け出した。
助けて、と。
もう一度、沙都子を、助けてと。
蛇に、願うために。
 
245 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage ] 投稿日: 2007/05/17(木) 00:00:25 ID:JD8krm5p
TIPS:詩音と沙都子と

とりあえず、好き嫌いをなくさなければ。
彼女にしてあげられることがあるとすれば、そんなところからだろう、と思っていた。
買い込んだ品物を入れたビニール袋を揺らしながら、二人は次の目的地に向かっていた。
夕食の買出しのついでに、用事がある、とは言ったけれど。
「……詩音さん。ここ、エンジェルモートじゃございません?」
「ええ。じつは今日は、このエンジェルモートで、新メニューの発表会があるんです。で、そのテイスティングのお役目を頂戴してるんですよ」
二人分ね。とチケットを見せながら、詩音は沙都子に笑いかける。
「……要は試食して、品評しようってことじゃございませんこと? 生憎ですけどわたくし、そんな批評家みたいなこと言えませんわ。
どうせなら、口達者な圭一さんをお連れになったほうがよろしかったんじゃなくて?」
むー、と困った表情を作りながら、沙都子がそんなことを言う。
それにノンノン、と立てた指を振りながら詩音は言う。
「圭ちゃんは口が滑らかに動くくせに、味とか批評しようと思うと、余計なこと言い過ぎて駄目なんです。
折角のうちのパティシエ自慢の味わい溢れる新メニューが販売開始時には580度くらい方向転換されたシロモノになりかねません」
無言で沙都子が頷く。
「さ、そんなわけでこっちからどうぞどうぞ」
と、詩音は沙都子をぐいぐい押して裏口から入って行った。
「……あれぇー、沙都子じゃん。二人して何やってんの?」
バイト中の魅音と鉢合わせる。客席からは優雅に見えるこの喫茶店も、裏の厨房は誰もが独楽鼠になったように動いていて忙しそうだった。
「へへー。これですよ、お姉ぇ」
と言って、手にしていたチケットをひらひら振って見せる。
「あー、今日の新メニューの試食チケットかぁ。って、あれ? 確か今日のメニューってカボ……モガモガ」
何か言いかけた魅音の口をむわしっ、と手でふさぐ詩音。
「……何やってますの? 二人でなんかとっても怪しいですわよ」
疑惑の眼差しで二人を見つめる沙都子に。
「いやいや、何でもないです。何でもないですよー。ねー、お姉ぇー」
傍目から見ても白々しい反応の詩音と、実は口どころか鼻も押さえられて、やや窒息寸前の魅音。
「さーさー、時間がもったいないし、行きましょ沙都子」
どしゃっ、と倒れた魅音をその場において、二人は厨房脇のテーブルに向かって行く。
「オ……オノルェー……シオーン……コノウラミハラサデ……ヲクベキクゥワー……」
そんな二人を見つめながら、酸欠で青い顔をしている魅音は、詩音に呪詛にも似た声を絞り出していた。
246 名前: 245続き [sage] 投稿日: 2007/05/17(木) 00:01:29 ID:JD8krm5p
「……さ、来ましたよー。これが当店の新メニュー。その名も〈プティングハロウィン〉!
そしてエメラルドスプラァー……じゃなかった〈エメラルドムース〉!」
バァ――――ンッッ!!! という効果音が似合いそうな登場をするデザート二品。
「……ふむふむ。ハロウィンというプリンは濃いクリーム色をしていて、その上にオレンジ色のソースがかかっているんですわね。
エメラルドのほうは、見た目も黄緑色で、見た目も鮮やかで、なかなかいいんじゃございません?」
批評はできないと言っていた沙都子だったが、実物を目にすると、なかなかそれらしい感想を口にする。
「プティングのほうは10月の一時期に限定販売するメニューなんですけど、今日は特別に味見させてもらえることになりました。
エメラルドムースも期間限定でこっちは初夏の季節に合わせて販売するって言ってましたね」
「あら、それはなかなか光栄ですわ」
と、試食の任をまかされた沙都子は、嬉しそうに微笑んだ。
「さ、それじゃせっかくのデザートですし、いただいちゃいましょう、沙都子」
「ええ。それではいっただきまー……あの、詩音さん?」
「ん? なに?」
「そんなに見つめられたら食べにくいですわ」
「ん? ああー……、そう? 気にしないで食べていいですよ」
「どうしてそんなに食べるとこ見たいんですの?」
「え? べつにー、ソンナコトナイデスヨ」
「なんかすっごく気になるんですけど……」
……実はこのデザート二品、詩音がエンジェルモートのパティシエに頼んで特別に作ってもらったメニューであった。
この二品に込めたテーマは「野菜嫌いの子供にも美味しく食べてもらえるデザート」であったのだ。
〈プティングハロウィン〉は確かに、10月の一部期間限定に出すメニューとして作られたメニューではあったが、ハロウィン、という題名の通り、ハロウィンにつきもののカボチャ――、それをよく練りこんでプティング状に仕上げたお菓子だった。
上にかかっているソースは、沙都子はオレンジか何かだろうとは思っていたようだが、正体はニンジン。
偏食の沙都子をモロにピンスポットで狙ったデザートだったのだ!
〈エメラルドムース〉もさもありなん。
緑色に見えるそれは、抹茶などではなくてほうれん草。
しかし黄緑色に見せることによって、ほうれん草の存在を隠し切っている。まさにパティシエの技が光る一品だったのだ。
そうとは知らずに、自分の嫌いなものがてんこ盛りに入っているとは微塵も疑わない沙都子の笑顔を見て。
詩音と、厨房からその様子を覗き込んでいたパティシエは、アイコンタクトをしながら、互いに親指を立てあっていた。
 
248 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/18(金) 01:00:49 ID:nJAEq2kx
笑ってさえ、くれればよかった。
……他に、理由なんてない。
興宮から雛見沢へ戻る、本数の少ない夕暮れ時のバスに乗って、詩音は沙都子と、帰路に向かっていた。がたがたと、揺れるバスの中で、沙都子はうとうととまどろんでいた。
そんな沙都子を自分の方に傾けながら、詩音は、さっきまでの愉快な一時を回想していた。
美味しそうに、デザートをほおばる沙都子を見て、自分がやったことは間違ってなかったと、思った。
やがて、全部食べ終えて一段落、落ち着いたところで、……ネタばらし。
自分が今まで食べていた甘いお菓子が、普段の食卓では仇のようににらめっこしているものだった。という驚愕にうろたえた少女に、彼女は可笑しさと、愛おしさを感じた。
妹っていうのは、こんな感じなんだろう、と。
自分も妹で、……いや、かつては姉でもあったけど――、今日感じたこの気持ちは、初めて味わったものだった。悪くない気分だったし。また、こんな気持ちになってみたいと、そう、素直に思った。
……彼が見たら、どう思うだろう。
久しぶりに帰ってきて。まるで本当の姉妹のように仲睦まじくしている私達を見たら。
びっくりすると思う。それとも、困った顔をするだろうか。いつもの、かつて聞いた、彼の口癖が出てきて。
《……むぅ》
もしかすると。そんな私達を見て、喜んでくれるだろうか。
嫉妬は――してほしくないな。
やがて、まどろんでいた沙都子が、小さく、本当に小さな吐息で、
「……に-にー……」
そう、零した。
……ねぇ、悟史くん。私、約束守ってるよ。ちゃんと言われたとおり、沙都子を守るよ。悟史くんがいつ帰ってきても、沙都子が笑顔を見せられるように。守るんだからね。だから。
――帰ってきてね。悟史くん。
うとうとと、子猫のように眠る沙都子の髪を梳かしながら、詩音は、かつて交わした約束を、思い出していた。

……雛見沢に着いたとき、もう、夕日は沈みかけていた。
買い込みすぎて真ん丸に膨らんだビニール袋を揺らしながら、二人は待っていてくれた少女の元に急ぐ。
「……詩音さん。今日のこと、なんですけれど……」
歩きながら、沙都子が声をかけてきた。
「ん? 何ですか?」
「その、デザートをいただいた、ことなんですけど……梨花には、黙っていてほしいんですの」
「ああ、大丈夫ですよ。言いません。二人で抜け駆けして美味しいもの食べたなんて言ったら、梨花ちゃまになんて言われるか」
「いえ、そうじゃなくて……あの、わたしが、その、カボ……チャを、食べた。と言うことを……」
言わないでほしい。ということらしい。
「どうしてですか? 沙都子の好き嫌いが直るなら梨花ちゃまだって喜ぶと思いますよ」
「それが困るんですの……詩音さんほどではないにしても、梨花もわたしの嫌いな野菜を使って料理してきますし……」
なるほど。嫌いなものが食べられた。なんて言うと、献立に登場回数が増える、ということだろう。
「……へぇー。それはそれは。そーですか」
沙都子は、詩音の表情が、しめしめいいこと聞いた。と言わんばかりの悪者に見えた。
「あ、れ? あの、詩音さん? 約束してくださいます、わよね?」
「いやー、梨花ちゃままで沙都子の好き嫌い改善に協力してくださるとは、恐悦至極――♪」
「だ、駄目ですわそんなの絶対! 絶対絶対! 駄目ですわ――!」
わたわたと、うろたえる沙都子と、ひらひらと、受け流す詩音。そんな二人は、本当に、仲睦まじい姉妹に見えた。
やがてそんなじゃれ合いにも似た言い合いが落ち着いて、二人の間から、言葉が、途切れる。てくてくと、歩く足音だけが聞こえる。
梨花の待つ家はもう少しだった。
そのときふと――、詩音は聞いてみようと思った。
今日は、楽しかった? と。
それで、笑ってさえくれれば――、それで、良かったのだ。
「ねぇ――、沙都子」
どしゃっ、と何かが落ちる音がした。
沙都子の顔を見るつもりで、振り向いただけなのに。
沙都子の顔は、――強張っていた。
そして、振り返って。――沙都子は、全力で、詩音の元から逃げ出した。
嘘。
何が起こったのか、信じられなかった。
「まっ――」
待ってと、言おうとした、詩音の横を。
悪魔が、通り過ぎた。
沙都子から、笑顔を奪った。
彼が姿を消した。
そして今度は――、沙都子を、奪うのか。
沙都子、と詩音が金切りにも似た音をあげ、彼女達が消えていった方向へ、駆け出して行く。
既に夕闇は、逢魔が時に差しかかろうとしていた。
 
257 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/18(金) 18:00:33 ID:vjX/IiGi
TIPS 見つけた

あれから数十分後、ワシは雛見沢に帰ってきた。
前に来た時のトラウマのせいか、体が強張る。

園崎組や、あの男に見つかったら面倒だ。
ワシはそう思い、林道にバイクを隠し沙都子を探すことにした。

「チィ…、あんのダラズを探さんと…」

タバコに火を点けながら前回の屈辱を思い出した。
…やはり考えれば考えるほど怒りが込み上げてくる。

こうなった原因は沙都子にある。
沙都子を見つけ次第殴りつけてやろう。

そう思いながらワシはこれからどうするか考えた。

行動次第では面倒なことになる。

人目につくような事は避けないといけない。
そうなると日中の行動は制限されてしまうな…

運良く沙都子を見つけたとしてもすぐに連れて行くことは無理だろう。
あの男が傍にいないとは限らない。

麻雀仲間に協力してもらうか…?
…いや、どこで園崎組やあの男に繋がっているかわからない。

「クソがぁ…!!」

思わず悪態をついてしまう。
 
259 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/18(金) 18:01:19 ID:vjX/IiGi
ここまで自分の思い通りにならなかった事はあるだろうか?
気に入らないッ…!

何なんだこれは!?
ワシが何をしたっちゅーねん!?
ほんまついとらんわ!!

脳内を怒りに染めている時、2人組が道の向こうからやって来るのが見えた。
見つかるとマズイと思い、ワシは慌てて茂みに隠れる。

どうやら子供らしい…
楽しげに会話をしている。

「だ、駄目ですわそんなの絶対!絶対絶対!駄目ですわーー!」

聞き覚えのある声だと思い、茂みから覗いてみた。

今日は……ついてる!
見つけた!!

口元が醜悪に歪むのが自分でもわかった。
それにしても先程まで小難しく考えてたのがバカみたいだ。

もう一人は園崎の小娘か…
関わるのが面倒だ、沙都子だけを狙うか…

そう考えるよりもワシの体は行動に移していた。

茂みから飛び出すと沙都子はワシに気付いたらしく、逃げていった。
勿論逃がすつもりなんて無い!

園崎の小娘が唖然としている横を通り過ぎる。
ぐはははは!!今はお前に構っている暇なんか無い!
この前の借りはいつか返してやるからなあぁぁ!(魅音と間違えている)

沙都子ぉぉッ!逃げるんじゃねぇ!!
はよ、通帳の場所を吐かんかい!!ククククク…ッ!!

どす黒い何かがワシを染めているような気分。
なんだか猟奇的な気分だ。

…あれ?
ワシは通帳の為に来たような…

まあいい…。
今は逃げる沙都子を捕まえる事だけ考えよう。
 
265 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 00:03:21 ID:JQYskDcS
……園崎魅音はその時、ようやく終わったアルバイトから、ゆっくりと自転車を漕いで帰宅する途中だった。
相変わらずの人気の名店で働くだけあって、その仕事には充実感を覚えるが、疲労感もとてつもなかった。
今日はもう何もする気が起きない……、帰ったら、ご飯を食べて速攻でお風呂に入って寝てしまおう。……というか、是非そうしたい。
宿題があったような気がするけど、いいやもうめんどくさいし。明日レナにでもカンニングさせてもらおう……と、そんなことを考えていた。
ああ、そういや今日疲れた理由は、バイトだけじゃなかったけ。詩音がいきなり登場したと思ったら、むわしって人の顔をすっぽり塞ぐんだもんなぁ……
……おじさん、あれで酸欠になっちゃって、もう少しでテム=レイになりようだったよ。と、詩音の横暴を思い出して頬を膨らました。
おのれ詩音、いつかこの借りは必ず返すぞー……と思いながら曲がった道を、のたのたと蛇行したとき。
自分が、目の前にいた。
「「う、わぁ!」」
声が重なり、お互いにぶつかり合った。地面に倒れた魅音は、飛び込んできたのは走ってきた自分で、自分はそんなに速度出してないからおじさんは悪くないよぅ、と思いながら、自転車と一緒に立ち上がると、
「お姉ぇ!」と、もうひとり自分が言った。
「うわ! ……あ、なーんだ詩音かぁ。……ちょっと詩音、さっきのことだけどさぁ……」
「お姉ぇ! 沙都子……沙都子、見なかった!? こっち来なかった!?」
魅音の顔に詩音の顔が迫る。その表情はどことなく、焦っているように、見えた。
「え? 沙都子……、う~ん。おじさん興宮からこっちに来たけど、沙都子には会わなかったよ」
それがどかした? そう、尋ねた魅音を、彼女は突き放し、踵を返して駆け出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなよ詩音。一体如何したの?」
詩音の手を掴んでこちらに向きなおさせる。
「お姉ぇ、沙都子が、沙都子が大変なの! 急がなくちゃいけないの!」
「ちょ、だからさぁ。どうして沙都子が大変なの……」
「あいつが! 北条鉄平が来てんの! この雛見沢に! 沙都子追ってんの! 私が、私が助けないと!」
乱暴にそれだけ言い放つと、魅音の手を強引に振りほどいて、詩音は駆け出して言った。
「……え……ちょ、それ マジ!?」
答えは無い。答えるのも無駄だと言わんばかりに、詩音は全力で魅音の視界から消えた。
うそ。
あいつが、この雛見沢に? だってあいつ、この前わたしや婆っちゃやお母さんの前で、もう沙都子に手を出さないって。もう、雛見沢に来ないって。
言ったよ。
言った。
言ったんだってば。
なのに。
「……なめてんだ、あいつ」
私の目の前で約束したことを反故にして。婆っちゃの前で額を畳に擦り付けたことも忘れて。
舐めてんだ。園崎を。婆っちゃを。お母さんを。――そして私を。鬼ヶ淵同盟を。この雛見沢を。
――許せない。
ぎりっ、と歯がきしんだ。
今度は、前の通りじゃ済まさない。園崎に楯突いた人間がどういう目に遭うか、思い知らせてやるんだ。
そして魅音は、自転車のペダルを力強く踏みしめる。
彼女の表情は、園崎家次期頭首のものだった。
 
267 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage 毎回誤字脱字スマソ。脳内変換よろしくです] 投稿日: 2007/05/19(土) 01:53:37 ID:JQYskDcS
「梨花ちゃん! そっちに沙都子は――!?」
「こっちには、来ていないのです」
私の後ろにいる蛇が、こっちにはいなかった。と、私の意見を後押しする。
「くそっ! 一体どこいっちまったんだよ! 沙都子は!」
苛立ちを隠せない圭一が吼える。けれど、そんなことをしたところで、沙都子が見つかるわけでもない。
圭一の行動は、怒りと不安を解消するための代替行為に過ぎない。それは私から見れば――、ただ滑稽なだけだった。
「そうだ、裏山――」
「いや、裏山は俺が調べてきた。沙都子はいなかったよ。いれば、何かしらトラップを仕掛けているはずだからな」
圭一の思い付きを、彼は否定する。
沙都子の捜索で、彼は裏山を調べに行ってくれた。以前に分け入った場所でもあったことで、短時間で、彼女の有無と、――トラップの有無を見分けてくれた。
「彼女がライフワークとしていたトラップを止めていたんだ。裏山には、沙都子はいない」
そう。沙都子は、トラップ作りをやめた。
もう自分を脅かすものはいないと、心の底から、彼女はこれからの日常に安堵していたはずなのに。
「ここにもいねぇ。あそこにもいねぇ……。ちきしょう! どこいっちまったんだよ、沙都子……」
圭一の言葉が荒れる。傍目から見ていると、とても見苦しい。
言葉少なに沈黙しているのは、私と、――蛇だけだった。
「圭一くん……あきらめちゃ、駄目だよ」
レナが圭一の態度を鎮める。
「沙都子ちゃんはきっと、どこかで私達が来るのを、助けに行くのを、待ってるんだと、思う。だから私達がそんなに簡単に、あきらめちゃ、駄目だよ」
真っ直ぐな視線で、レナは圭一に諭す。
「ああ。わかってる。わかってるんだけどよ……」
希望を捨てないレナと、最悪の結末が――、頭によぎっているであろう表情の、圭一。
蛇は――、沈黙したままだった。
私は。
「ねえ、スネーク」
「……何だ?」
彼に。
「ちょっと独り言をいってもいいかしら」
「……好きにすればいい」
ある可能性の話をしてみる。
「沙都子の叔父――北条鉄平が、この雛見沢に帰ってくる世界の話。実は、このお話は複数あって、細部が微妙に違う。それでも、結末は同じ」
彼は黙ったまま、聞いてくれているようだった。
「この地に彼が戻ってくるとき、彼は高い確率で――、死ぬわ。そして殺す役は、その時によって違う」
「……例えば?」
彼が促す。
「いまここにいる――、圭一やレナ。……私のときもあったわ。もっとも、私は逆に殺されたんだけど」
自嘲気味に笑う。
「……他には?」
「そうね。いま沙都子と鉄平を追っている――、園崎詩音、とか」
彼の表情が僅かに曇る。
「そして、ここからの結末は、どれも同じ。私達のうちの誰かが、あの男を殺したなら――、未来は、決定するわ」
「……どうなる?」
私は、まだ落ち着かない息を整えるように、深く呼吸をしたあと。
「破滅よ」
と、言った。
「……排除することは解決にならない、か」
「ええ。……むしろ、もっと酷くなる」
だから。
「最悪の結末を迎える前に、彼女達を見つけないと」
本心を漏らす。
本来は、こうなる前に食い止められたはずなんだ。
あの時、彼があいつをねじ伏せて這い蹲らせたときに。
圭一が、雛見沢の悪しき慣習を打破したときに。
この雛見沢が、再び一つとなったときに。
なのに、私達は一体、どこを間違えたんだろう?
わからないのです。と言った。
私にだって、わからない。
268 名前: 267続き [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 01:54:18 ID:JQYskDcS

おーい。と呼びかける声がした。
見ると、魅音が住民何人かとこっちに向かっていた。
「魅音! 沙都子は――!? 詩音はいたか!?」
圭一とレナが魅音に駆け寄る。私と彼もその後を追う。
「はぁ……はぁ……、け、圭ちゃん。い、いたよ」
「マジか!? どこに!?」
「はぁ……は……い、いや沙都子じゃなくて、沙都子を見た人、が、いたよ」
「何だよ紛らわしいぜ! で!? どこで、どこで沙都子を見たんだ!?」
「あ……ほら、皆に言ってあげてよ。間島のじっちゃん」
魅音の後ろにいた、間島と名指しされたおじいさんが前にでる。
「ほんにのう……おぉ~梨花ちゃまじゃ。いつみちょっても可愛ええのう。も少し儂が若けりゃのう嫁んこつとのう……」
「じいさん! 梨花ちゃんが可愛いのは誰もが認めるとこだが時間がねえんだ! 沙都子がどこに行ったのか教えてくれよ!」
圭一が脱線しそうなおじいさんの思考をこっち側に戻す。
「ほんまこつ前原屋敷の倅はきかんちゃの……お魎さんに楯突くだけあるっちゃね……北条んとこの小娘んちゃ、ほれ、こっちから向こうの山に上がっていくとこばみちょってん」
沙都子は、山道を登っていったのか。
平坦な道を走り続けていたら歩幅の大きな鉄平に追いつかれる。山道を選んだことで身の軽さを生かして逃げようとしているんだろう。
沙都子は、まだ冷静さを失ってはいない。
「あ、圭一くん、この方向って……」
「あ、ああ……こっちは、確か」
レナと圭一が山の向こうを見据える。
確か、こっちには。
「何があるんだ?」
スネーク尋ねた。
けれど、それには答えず、二人は駆け出す。
「くそっ! やべぇぞ! あっちは――」
行き止まりだ! と圭一が叫んだ。
私も、ようやく思い出す。
この先は、あの場所――、レナが〈かぁいいもの〉を拾ってくる、ゴミ捨て場がある。
そしてあの場所は、袋小路なんだ。
――入ってしまったら、逃げられない。
疲れた足に、もう一度、力を込めた。
どうか、間に合ってと。
全員が、絶望から逃れようと、全速力だった。
269 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 03:31:29 ID:Derb074B
TIPS:母は強し
「鉄平が!?村に?そりゃホントかい?」
喪服の裾を翻し、園崎茜が組員に詰め寄っていた
「い、いや。本当だと思います!信用できる筋から聞いたんで・・・間違いありません!」
おどおどと説明する組員に、捲くし立てるように はっきりしろ! と詰め寄る茜に
姐さんの剣幕が強すぎるんですよ・・・ と葛西が宥めている。
そうしてやっと開放された子分に、もう少し情報を集めるように告げた

「ねぇ葛西。何故だと思う?」
「・・・鉄平、ですか。何故と言われると・・・。」
「そうだよねぇ。あたしとあの人、それに鬼婆と魅音の前で、誓わせた。
あれがどういう意味か。なんて、この村の人間ならわかってるはずだよねぇ?」
どこまでも冷酷な目で、薄く笑う茜を見るにつけ、
少なくとも雛見沢に近づいただけで、両手両足の爪だけじゃ足らなかろうな
そんな事を葛西が考えていると、電話がなった

電話の相手は魅音で、その内容は 簡潔だった。

北条鉄平が雛見沢村に戻っている。沙都子を待ち伏せし追いかけていった。
それを詩音、圭ちゃん、レナ捜索し、そして梨花ちゃまが応援を呼んでいる

「・・・わかりました。はい。すぐに村に向かいます。皆さんは無理をなさらないで下さい」

電話の内容は茜に筒抜けだった。葛西が電話を切る前に、茜が受話器を奪い取る

「・・・魅音、すぐ行くから。いいかい? 先に 終 わ ら せ る んじゃないよ・・・?」
270 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 03:32:17 ID:Derb074B
きっと、今の茜を人が見れば、鬼と見紛うだろう。
気迫と呼ぶには余りにも猛々しい、怒りの赤に声が染まっていた
「・・・・・・わかった、じゃあ、きるね」
電話越しに聞こえた声は、さぞ恐ろしかったろう。
切られた電話を置くと、冷静に、だが迅速に用意を始める

「葛西、長物を持っておいで。あぁ、あぁ2つね。間違えるんじゃないよ」
「2つ・・・ですか?」
「あたしの分と、そうさね、あとの一つは鬼婆の分さ。一応ね。」
まさか、御年XX歳の園崎当主にそんなことは・・・と一瞬思ったが、
ひっとらえた鉄平を屋敷に引き立てたら、そういうことも・・・
あの方ならありえるな。と思い直し、子分に長物を積み込ませる
そして、葛西も、今自分に必要だろうと思う「モノ」を懐に、車に偲ばせ用意を終わらせる
少し歩調が荒々しくなり。そして組員達への指揮も、語調が荒くなる。

「へぇ?見違えるねぇ。昔みたいじゃないか。」
そう言われて初めて、自分が怒りを覚えている事に気づいた。
そうか、自分は今怒っているのか。しかし何故かがわからない。
無言で考えていると、茜が声をかけた
「あんたも園崎の"家族"だってことだよ」
そういい助手席に滑り込む。

「・・・姐さんは・・・奴を捕まえたらどうなさるおつもりで?」
聞かぬともわかる答えではあった。

「・・・母親ってのはね、子供の為なら、なんだってしてやりたいもんなのさ」
歪な形の左手の爪を撫で、先ほどまでとは対照的な、とても優しい笑顔で
”血は繋がっていなくても、情って絆で結ばれたからね”と薄く微笑んだ。
「・・・そうですね。」
もし刃傷沙汰なったならば、自分が刃を振ろう。
自分を家族と呼んでくれたこの人に、血刃を握らせるわけにはいかない
いつか繋ぐかもしれないこの人の手に、少女が血の臭いに怯えないように
それになにより、あの少女も今は”家族”なのだから。

女の子を守りたい なんてガラじゃあないな と自嘲しながら
葛西も薄く微笑み、車は世闇を駆け抜けていった
 
272 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 05:01:13 ID:uJc/IPqp
TIPR 強行と凶行

目の前には沙都子が必死に走っているのが見える。
何故逃げるのか?ますます気に入らない。

「待たんかい!ゴルァアアアァァァァッ!!!」

待てと言われて待つバカはいない。
だが、威嚇の意味は充分あったみたいだ。

あのクソガキ…
ますます逃げ足が速くなりやがった!!

こいつぁ殴るだけじゃ済まさんとね…

黒い思考が頭に浮かぶ。

「………はぁ、………はぁ…」

沙都子が逃げ出してからどのくらい走っているのだろうか、自分でもわからない。
だが、不思議と疲れは無い。

今なら雛見沢から輿宮まで走っても平気な気がする。
ワシってこんなに凄かったっけか…?

日が暮れて辺りは薄暗いっていうのに、沙都子の姿がはっきりと見える。

いつの間にか周りの景色は変わり、いつしかゴミ山の中を走っていた。

ええ加減にせぇよ!?
そろそろ鬼ごっこは終わりにせぇや!!

するとワシの思いが通じたのか、目の前を走っていた沙都子が転んだ。

…しめた!

走るのを止め、ゆっくりと沙都子に近づいていく。

「…あ……ご、ごめんなさ………あぅッ!!」

青ざめながら謝罪の言葉を言おうとする沙都子を殴りつけた。
殴った感触は軽く、沙都子の体は吹っ飛んだ。

あれだけ逃げてごめんなさいだと!?アホか!
もう通帳なんか二の次だ!
今、目の前にいるダラズを殴らないと気が済まない!
273 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 05:04:18 ID:uJc/IPqp
「沙都子ぉ、そんなにワシが怖いんか?あぁ!!?」

沙都子はますます怯えるが、その表情がまた癇に障る。
今や怒りは頂点に達し、どす黒い感情は暴力となって爆発した。

「あぅッ…!ごめ…なさい…ごめん…ひぃッ!!なさい…」

何か言っているが、ワシには何も聞こえない。

殴る。殴る。殴る…
殴る。殴る。殴る…


最初は数発殴りつけるだけだった。
殴っているうちに何も考えられなくなってきた。

ふと横を見ると、丁度良い長さの枝が落ちている。
あれを使うか…

「………………ッ!!?」

枝を拾ったワシを見て、再び沙都子は逃げ出そうとするが、
既にボロボロな状態の体が動くはずもなく、少しうごめいただけだった。

そんな沙都子を打ち据える。
274 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 05:05:55 ID:uJc/IPqp
「…ごめ……さい、……ん……………」

だんだん反応が無くなってきた。
チィ…、さすがに*したらおもろないん!

だが、この前の事を思うと…

「………ふん!!」

最後の一撃を振り下ろすと、沙都子の反応は無くなった。
今のはマズかったか…?

「…………………………。」

近づいてよく見ると…大丈夫だ。
気絶しただけらしい。

反応は無いが、ワシは言ってやった。

「今日はこれで済んで良かったなぁ?沙都子ぉ?」

ククク…
いい気分だ!!

これから毎日可愛がってやるからなぁぁ!?

ふと時間が気になり、腕時計をみる。

少し雛見沢に居すぎたな…。

あの男と園崎組にも復讐せんと…
同じ失敗は避けないとな。

あの男は最後だな、次は園崎の小娘だ!!

黒い感情は止まらない。

ひとまず今日は出直すか。
 
279 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 09:18:25 ID:A6s4TEu+
頬が晴れ上がり、口から血を流してぐったりと横たわった沙都子を担ぎ上げ、鉄平はいそいそと帰り支度を始める。
こいつが起きたらまた何回か殴りつけて、それから、通帳のありかを聞き出そう、と考えていた。
そのために――、来た道を戻って、とりあえずは通帳があるであろう北条の家に行こう、と思っていた。
興奮冷めやらぬ鉄平の思考では、これから起こるであろう自分のしでかした愚を予想できていなかった。
沙都子を取り押さえ、殴りつけたこのゴミ捨て場が――、袋小路、一方通行の場所であること。
沙都子を追い詰めて捕まえたのはよかったが、自分も、袋のネズミであるという想像はついていなかった。
鉄平自身は潜んでいるつもりだったが、多数の雛見沢の住人に、自分の姿が目撃されていたこと。
そして、今沙都子と――、自分を追っている者たちがいると、微塵も疑っていなかったこと。
辺りはすっかり暗闇で、自分と小娘一人が逃げ延びるなら、簡単のように思えた。
まずは林道に隠したバイクを取りにいくか――と、意気揚々と歩き出した。
その時。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ひたっ。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ひたっ。
ざっ。ざっ。ざっ。ひたっ。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ひたっ。
――足音が、余計にひとつ、聞こえた。
振り向く。だがそこには、誰もいない。真っ暗な闇の影に、誰かがいそうな錯覚を覚えた。
「なんね! 誰かおるんかぁ!」
奇声にも似た怒鳴り声をあげる。だが返ってくる返事など無い。
「くそがぁ……」
空耳だったか。……自分は疲れている。こんなダラズのために、こんなところまで走らされたのだ。そう、自分勝手に考えて、ますます肩に担いだ小娘に腹を立てた。
とりあえず帰ろう。帰って休もう。こいつが起きたら十発は殴りつけて蹴り飛ばそう。そう思って、ゴミ捨て場の出口に、振り向く。
――タイミングが、悪かった。
280 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 09:20:33 ID:A6s4TEu+
「うわあああああああああああああああああっ!!!!」
頬、頬に強烈な痛みが走る。耐え切れない痛みに思わず鉄平はのけぞり、そして――倒れた。
肩に担いでいた、沙都子が投げ出されてしまう。
鉄平が振り向いた瞬間――、追いついた詩音が、片手で持つには大きすぎる石で、――鉄平の、顔面を、殴りつけた。
「逃げてぇっ!! 沙都子ぉ!!」
叫びながら、詩音は沙都子に呼びかけた。鉄平と沙都子の間に、詩音は割り込んだ形で、沙都子を守ろうとする。
「沙都子!」
もう一度呼びかける。
「……あ……し、詩音、……さん……」
沙都子の意識が、戻った。
「逃げてぇ!!」
詩音がもう一度叫ぶ。
やがてよたよたと、立ち上がった沙都子は、ゴミ捨て場の出口から逃げ出していく。
「こ、こらぁ!! またんかいダラズぅ!!」
殴りつけられた顔の半分は真っ赤な血を流して腫れ上がりながらも、威勢を張って立ち上がる。
しかし、沙都子を追おうとした鉄平の前に、石を振り上げた鬼の形相の、詩音が立ち塞がる。
「こんガキャあ……なにさらしてくれんじゃあ!!」
沙都子を逃がした。――逃げられた。
――目の前にいるこのクソガキのせいで。
――どうしてくれようか。どうしてくれようか。
――園崎だろうがなんだろうが、知ったことか。
――こいつを半殺しにでもしなければ、もう、気が済まない。
「あんたが……あんたが来なければ! あんたさえいなきゃ! 沙都子は! 悟史くんはぁぁぁっ!」
石を振り上げながら、詩音は突っ込んだ。
今度は躊躇せず脳天に叩き落とそうとして。――大振りになった必殺の一撃は――かわされた。
横っ面を殴り飛ばされる。腕力が違う。詩音は簡単に吹っ飛ばされた。
ゴミの山に突っ込む。尖った部品で切りつけたのか、頭から血を流す。
鉄平は近づく。沙都子を逃がされたお返しに一発、横たわった腹に蹴りこんだ。
「う、げぇ!」
吐きそうな詩音の悲鳴。
「沙都子がなんやっちゅうねん。悟史がなんやゆうんやあ。ええっ!?」
さらに一発。長い髪を掴んで引き起こして顔面を一発殴りつける。
「あんダラズどもがなんやちゅうんやあ! ええっ! ゆうてみいやあ!」
殴る。殴る。蹴る。
どの世界でも。
この男を殺すときは一撃か、不意打ちだった。
まともに戦って、どうにかできる相手ではない。
それほどに鉄平は、喧嘩慣れしている。
詩音は沙都子を守るために――歩が悪い勝負にでてしまった。
それでも。
「……えして……してよ」
「ああっ!?」
「返し……て……悟史、くんを、……返して」
「し、知るかそんなもん!」
どすっ、と鈍い音を立て、詩音の腹につま先を蹴りこむ。
「悟史を返せだあ!? あんダラズは勝手にいなくなったんやろがあ! どこ行ったかなんて知るかあ!」
答えながらさらに蹴る。蹴る。踏みつけて蹴り飛ばす。
気絶したのか――、詩音はぐったりとして動かなくなった。
はぁ、はぁ、と、息をあげながら、鉄平は思案する。
――これからどうするか。
 
282 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 11:00:20 ID:MoYdNaq5
――これからどうするか、と鉄平は途方に暮れた。
自分にとっての高飛び賃――通帳のありかを沙都子に吐かせようとしたが、思わぬ邪魔がはいった。
おかげで、通帳は手に入らなくなってしまった。
もう一度沙都子を追いかけようとしたが、この小娘が追ってきたことを考えると、他にもこいつの仲間がこっちに向かっているかもしれない、と思った。
自分にできることは、ここから逃げ出すことだけだ、とも理解していた。
この娘は園崎家の者だ。
園崎家――園崎組は、鹿骨市一帯を取り仕切るヤクザの元締めだ。それに、鉄平は、今回の件で、二度も楯突いたことになる。
ただでは済まない。ということは誰でも分かる。
逃げなければ。
しかし。
この娘をこのまま置いていっても、いいのか。
まだこの娘は、息がある。だが、生かして帰せば、あること無いこと言うだろう。
鉄平自身がやっていない罪まで、でっち上げられるかも、しれない。
なら――ここで、口を塞ぐか。
ポケットをまさぐる、鉄平が脅しの道具として用いる――、ナイフが、握られていた。
その刃渡りは、突き刺せば、小娘の心臓ぐらい容易に届く。
自分はもうこの辺りにはいられない。
だがこの日本のどこに逃げても――、安住の地など、どこにも無い。
同じ追い回される身だ。それなら――、何をやっても。
ナイフを逆手に持って、詩音に近づいていく。振り上げた鈍色を、力を込めて、振り下ろそうとして。

――ひぅんひぅんと、風を切る音が聞こえた。
283 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/05/19(土) 11:08:27 ID:MoYdNaq5
背後から、それは聞こえた。
鉄平は振り向く。見ると――、誰かが、立っていた。
ひぅんひぅんという風切音は、横を向いた、その男の奥から――、聞こえてきた。
「私が出会いたかったのは――、お前ではない」
勿論、そこにいる娘でもない。と、男は続ける。
「な、なんねおまえはぁ!」
鉄平が吼える。咆哮は彼なりの動揺があった。こいつは一体、どこから現れた。と。
「腕っ節にものをいわせ、ただ殴る蹴るの暴行――か、単純な拷問だが、女子供には有効だ。だが――」
美学がない。と老人は彼を見て唇を歪ませる。
老人。そう、目の前にいる男は、白髪で皺も刻まれた――、老人だった。
少なくとも、この村の人間ではない。
外人だった。しかし、以前あったあの男のような屈強さは、見て取れなかった。
それよりも、――見られた。
その事実のほうが、恐ろしく思えた。
口を塞ぐなら、この爺ぃからだと。
ナイフを持ったまま、鉄平は老人に近づく。
老人は横を向いたまま動かない。ただ、ひぅんひぅんという音は絶えず聞こえていた。
そしてあと一歩踏み込めば、ナイフを構えて体ごと突っ込んで行けるという距離まで近づいたとき。
ひぅんひぅんと鳴っていた音が、止んだ。
詩音は既に、目を覚ましていた。
そして、目に映った黒い塊を見て――、知っている。と、思った。
魅音の持っている、モデルガン・コレクションの一つ。彼女の説明では、西部劇の主役が持つ、〈平和の使者〉という異名を持つ、銃。
――コルト・シングル・アクション・アーミー。
「へ? なん、なんね。おまえ……」
「どうした? さっきまでの威勢は」
形成は逆転する。
老人が向けた銃口は、鉄平の眉間にぴったりと当てられ、鉄平から全身の力を奪う。
「ほ、ほ、本物……?」
「試してやろうか」
不適な笑みを浮かべる老人と対照的に、青ざめた表情で鉄平はその場にしゃがみこむ。
「な、……なにが、目的、な……、あ! 通帳! 通帳やる! ダラズに持ってこさせるちゃ、通帳やるちゃ。……だ、だから」
老人の視線は全てを物語っていたのだ。
この銃が本物であることも。そしてこの指が、少し曲がるだけで――、目の前の男が、死ぬということも。
「……お前のような奴を――、私はよく知っている。さっきまでたらふく餌を食っていたかと思えば、自分がハムになると分かって泣き声をあげる、屠殺場の――豚だ」
闇を劈いた。乾いた破裂音。
鉄平は――、いや、鉄平だったものは、ぐらり、と傾いて、どう、と倒れた。
終わった。終わってしまった。
こんなにも簡単に、人の命が終わってしまった。
それでも、何処かで。……最初からこうすればよかったんだ。と、目の前の事実を受け入れていた、自分がいた。
老人が、倒れていた彼女に歩み寄る。
再び、ひぅんひぅんという音が鳴り始める。
「監視者からの――報告があった。あの男を手玉にとった、人間がいると。しかもそれは――、まだ年端もいかぬ子供、というではないか」
どこか嬉しそうに、老人はそう言った。
「それで逢ってみようと思った。……行き違いではあったがな。しかし女――、お前も、面白い男の名を、呼んだな?」
ひぅんひぅんという音がより大きくなる。
「逢いたいか?」
彼は尋ねた。
詩音は痛む体を引きずるように起こして、背中のゴミに体を預ける。
「逢わせてやろうか?」
老人はもう一度尋ねた。
だから、詩音は。
「あんた――、誰よ」
彼の名前を聞いた。
「私か。私の――、名は」
ひぅんひぅんひぅんと鳴っていた風切りが、目の前で、止んだ。
詩音はさっき人を殺めた、目の前の平和の使者を見つめることしか、できなかった。

「 リボルバー・オセロット 」

月はおぼろげに、男の頭上で輝いていた。
 

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最終更新:2008年02月21日 19:50