601 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/28(日) 02:13:51 ID:jrt3zNBr
「おじさん、正直言ってスネーク先生を甘く見てたよ…」
昼休み。お弁当タイムになって、いつものように机をくっつけて部活メンバー
で弁当のつつきあいを始めた時、魅音がしみじみつぶやいた。

「ありゃ大した勝負士だね。駆け引きの呼吸ってものをよーく分かってる。
 我が部活メンバーが総がかりでことごとく後手に回るなんてさ。
 いやー、まいったまいった!」
「わたくしもいい勉強をさせていただきましたわ。あのダンボール箱を使った陽動の
手腕もお見事でしたけど、何よりもゲーム終了のタイミングを左右する校長先生の
ベルを押さえるなんて、わたくしたちからは出ない発想でしてよ」

「みー、勝利の女神さまは戦いの流れを作る者に微笑むのです。にぱー」
「はぅ~、でも、とっても面白かったよお! ね、圭一くん!」
「ああ、それは認めるぜ! いつかの水鉄砲勝負と同じくらい血が熱くなったもんな!」
「みー、でも蛇さんも勝ったわけではないのですよ」
「優勝は岡村くん、だもんなあ… ありゃ誰も想像してなかった結末だ」
「ま、こーゆーどんでん返しがあるからゲームってのは面白いんだけどね…」

全員の首が回って、視線が岡村くんの席の方に向けられる。

602 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/28(日) 02:16:10 ID:jrt3zNBr
岡村くんの机の上にはお弁当の他に、小さな金属製のカゴが置かれていて、周りの
子供たちが興味深げにその中にいる生き物を覗き込んでいた。
「まあ岡村くんじゃ、俺たちの部活レベルの罰ゲームをスネークに要求できるような
度胸はさすがにないよなあ…」

「ふっふっふ、でもさ圭ちゃん… これで我が部活メンバーには課題が出来たわけだ!
スネーク先生を何としても攻略して、ものすごく恥ずかしい罰ゲームを食らってもらう!
こりゃ歯応えがある課題だ! おじさん燃えてきたよ! まずは罰ゲーム用の衣装、
Lサイズを用意しなきゃねえ! ブルマにセーラーにメイド服! おっと、エンゼルモート
の衣装にLサイズがあるのか、詩音に聞いておかなきゃ!」
「はぅ~! スネーク先生のメイド姿って… かわいいのかな? かな?」
「うーん、俺はあんまり見たくない気もするが… って、おい、どうした沙都子…?
 さっきからあっちばかり見て…」
「確か、岡村くんは、先生のお弁当を下さいって言ったはずですわよね? あれは
どう見ても何か生き物の入ったカゴに見えましてよ? しかも中にいるのは…」
「ヘ、ヘビだよね、魅ぃちゃん? それもちょっと形が普通じゃないかな? かな?」
「うん、おじさんもさっきからずーっと気になってたんだけど、あれってどう見ても、
ほら、ツチノコっているじゃない? あれにしか見えないんだよ… いやまさかね…」
「なんでツチノコがスネーク先生の鞄の中でお弁当になってんだよ?」
「みー、もしかすると本当にお弁当だったのかも知れませんです」

その時、教室のドアが開いて、知恵先生が顔を出した。いつものように彼女の愛してやまぬ
カレー弁当を食べていたのだろう。その手にはスプーンがまだ握られていた。
「北条さん… いま学校に電話があったんですけど、ちょっと気になる内容で…」
「なんでございますの? 知恵先生…」
「北条さんの叔父さんと名乗る方が、沙都子はなんで家にいないんだ? 学校には来ている
のか? 今日迎えにいくから待っていろって…」

急に静まり返った教室に、沙都子が取り落とした箸が床に転がる乾いた音が響いた…
612 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/31(水) 06:15:56 ID:B9xEHiDf
 昼休みから既に4時間が経過。
 古手神社の階段の下に数台の自転車が集結した。
「おい! どうだった、レナ? 沙都子はいたか? 村中駆けずり回ったんだが
 全然見つからねえ!」
「こっちも駄目だったよ、圭一くん! ダム工事現場にも谷河内の方にも、
 沙都子ちゃんは行ってない! 魅ぃちゃんはどう?」
「興宮に出た形跡はなかった! ばっちゃのところに出入りしてて顔なじみの
 土建屋さんが街への道をずっと工事してたんだけど、全然見てないって…
 梨花ちゃまの方は?」
「みー、神社にもぼくたちのお家にも沙都子はまだ戻ってないのです…」
 汗みずくのくたくたになって石段やら路傍のみかん箱に座り込む三人を、
 梨花ちゃんが「ご苦労さまなのです」となでなでしながら、冷えた麦茶の
 紙コップを配って労をねぎらう。
「はぅ… 喉からからだからおいしー… あれ、梨花ちゃん…
 そこの石段に置いてあるキムチの瓶はなにかな? かな?」
「みー、ぼけっとしてて沙都子を見失った間抜けへの罰なのです…」
 そこに息せき切ってまた一台のママチャリが飛び込んできた。
 ママチャリから飛び下りるなり駆け寄ってきた詩音は…
 パチン!
 音を立てて魅音の頬を打った。

613 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/31(水) 06:16:29 ID:B9xEHiDf
「どういう事です、お姉! 私は雛見沢に普段いないから、こういう時は
 お姉が沙都子の面倒を見てくれるはずじゃないですか!」
「ごめん、詩音… とにかく何も言わずにいきなり教室から飛び出してったんだ…
 私が声をかけるヒマなんかなかった…」
「お姉! そもそも沙都子も悟史くんも… こんな事になった責任の大部分は、
 私たち園崎の人間にあるんですよ?」
「やめろよ、詩音… 魅音はちゃんと分かってる」
「圭ちゃん…?」
「聞いたよ、魅音から全部… 魅音はその事をずいぶん前から気にしてたんだ…
 だから、この事で魅音と詩音がケンカする理由なんかないんだ…」
「そうだよ、詩ぃちゃん! 魅ぃちゃんはね、さっき圭一くんと一緒に、
 ご本家のおばあさまに直談判したんだよ? すごい剣幕で!」
「鬼婆に? 本当ですか、お姉!」
「うん… まあね… 怒鳴ってくれたのはほとんど圭ちゃんだったんだけどね。
 でもおかげで、園崎家の連絡網で青年団を動かす事が出来たよ。
 はは、後でケジメ、1・2枚やんなきゃなんないかもね…」
「お姉…」
「なに?」
「ごめん… それに… ありがとう… 圭ちゃんも…」
「いいって…」

614 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/31(水) 06:18:26 ID:B9xEHiDf
「あ、でも詩ぃちゃん… レナはケジメってどんなのかよく知らないけど、
 それがおばあさまからの罰なら… きっとないんじゃないかなって思うの」
「え?」
「後ろで見てて思ったの。おばあさま、魅ぃちゃんと圭ちゃんに強引に押し切られて、
 なんだかホッとしてるみたいだなって… でもその話は後にしよ?
 今は沙都子ちゃんが何処に行ったのか、見つけ出すのが先決だよ?」
「ああ、そうだ。沙都子が行きそうなところで、まだ探してないところはないか?」
「みぃ… 一カ所あるのです… でもそこは…」
「ちょ、ちょっと梨花ちゃま? まさかそこって…? あ・そ・こ!?
 無理! 絶っっっ対にあそこはおじさんたちじゃ無理!(;・3・)ノシ」
「そんな事言ってる場合ですか! 私がそこに乗り込んで沙都子を見つけて来ます!」
「詩ぃも魅ぃもあそこではくるくるのばたんきゅーしてしまうのです…」
「だったらその役目は俺に任せてもらおうか!」
「はぅ~っ!!!!!」
 レナは腰掛けていたものから飛び上がり、手足をばたばたさせ、圭一にすがりついて
ようやく転倒を免れた。
 振り返った一同は俺の姿を目にして、驚愕の声を上げた。
「「「スネーク先生!?」」」
「俺を案内してもらおうか? その「裏山」というところにな! 
 どうした? なぜみんな俺を変なものを見る目で見るんだ?」

「はぅ、レナがずっと座ってたダンボール箱…
 先生が入ってたのはどうしてかな…? かな…?」

615 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/31(水) 06:31:03 ID:B9xEHiDf
      楽園で神様が蛇をなじって言いました。
   「毒牙を持つお前は泥の中を這って生きるだろう」

     楽園の出口で神様が蛇を更になじりました。
    「毒牙を持つお前は人に踏まれて死ぬだろう」

    楽園を出たところで蛇が振り返って言いました。
  「でもあなたは私の毒牙を抜こうとはしないのですね?」


                  Frederica Bernkastel

619 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/31(水) 10:05:34 ID:X5HXy4L6
TIPS 知恵先生のお昼ご飯

昼休みの始まりを告げる鐘が鳴り、生徒達は昼食を取ろうと机をあわせあう。
「さて、私もお昼に… あら、スネーク先生は?」
職員室を見回すが、スネークの姿は見当たらない。
「お弁当、用意してなかったのでしょうか… お弁当、少しなら分けてあげられたのですけど…」
目の前には大量のカレー弁当セット。
常人なら到底一人で食べられる量では無いのだが…
「折角、カレーの良さをアピール出来る機会でしたのに… まぁ、スネーク先生は何か手立てがあるのでしょうね。」
少しばかり残念そうな表情だが、すぐに元に戻り弁当を見つめる。
「それじゃあ、頂きますか♪」

数刻の後、知恵先生が弁当を七割ほど食べ終えた頃、電話が忙しく鳴り始めた…

620 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/01/31(水) 10:22:09 ID:X5HXy4L6
TIPS スネーク先生のお昼ご飯

戦いが終わり、空腹を感じたスネークは昼食の用意をする。
「朝捕獲した蛇以外には食料を用意してなかったな。 罰ゲームは予想外とは言え、不覚だ…」
しかし、辺りは山。
食べる物など探せば幾らでも手に入るだろう。
「武器、食料は現地調達。 戦場の基本だな…」
早速近場の山に潜入するスネーク。
朝見つけた奇特な形をした蛇は見つからなかったが、自生している果物を発見した。
「ふむ、これだけあれば十分だな。 よし、帰るか」
果物を入手し、学校へと急ぐスネーク。
もうすぐ職員室と言う所で、誰かが何かを話している事に気付く。
「電話、か…?」
壁に耳を当て、会話を伺う。
「…はい、沙都子さんは学校に居ますが。 ………。 はい、わかりました。 本人に伝えておきます。」
知恵先生が電話をしていたのだが、雰囲気が怪しい。
「これは、何かあるな…」
長年の感がそう告げたのか、その場を離れるスネーク。

沙都子が教室を飛び出したのは、そのすぐ後だった…

623 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/01(木) 04:32:43 ID:17TGTDP9
 日没までまだ二時間近くあるはずだが、「裏山」を覆う林の中は既に薄暗い。
 昼間うるさく鳴いていたセミの声はとうにやんで、俺には聞き慣れない虫の声が
林の中に満ちていた。
 レナが拾った棒っきれで、一見何も無さげに見える笹藪の陰を探る。
 一瞬で太い竹がしなって跳ね上がり、そばのニレの木の幹をムチのように打った。
 竹のあちこちに先を尖らせた小枝が紐できっちり結わえてある。そこらの防刃
ベストならたやすく貫通するだろう。明確な殺意をこめたトラップだ。

「はぅ! 圭一くん! 間違いないよ。沙都子ちゃんこの山にいるよ!」
「ああ! そこって先月、俺が踏んづけて宙吊りにされたワイヤートラップの場所だ。
 それが別のトラップに仕掛け直されてる! それも、もっとえげつないトラップにな」
「ひええ、参った… レナがそのトラップの場所を覚えてなかったら、おじさん、絶対に
かかってたよ…」
「はぅ… でもね、魅ぃちゃん… レナが覚えてるのはここだけなんだよ?
 沙都子ちゃんがこの山にどれだけトラップを仕掛けたかなんて分からないよ…」
「お姉、これじゃ、青年団をうかつに呼ぶわけにも行きませんよ?」

 俺の首筋の毛が逆立つ。北条沙都子のトラップ技術は間違いなくフォックス・ハウンドの
訓練教官に匹敵するレベルにあるのは明らかだった…

624 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/01(木) 04:38:05 ID:17TGTDP9
「スネーク… 話があるのです…」
 古手梨花がそっと俺の袖を引いた。
「沙都子はここ何日か、診療所に行くのをさぼったのです…
 いつものお注射をしてないのです…」
「あの薬か… 雛見沢症候群の発症を抑えるという…
 つまり、沙都子は精神的に追い詰められた状態にあるという事だな?
 誰も信じる事が出来ず、周りの全てが敵に見える状態…
 だから親友の君のところにも戻らなかった」
「みぃ…」
 梨花は他の連中に見えないように、注射器の納まった革ケースを俺に手渡した。
「分かった。預かろう。最優先で沙都子にこれを打つ」
「ありがとうなのです… でも… やっぱりスネークは行ってはいけないのです…」
「そうはいうがな、梨花ちゃん。沙都子は親友だろう?」
「前の世界… 前の前の世界… 何度も繰り返された悲劇の世界…
 スネークは本当に覚えてないのですか?」
「どういう事だ?」
「スネークとぼくたちは何度か敵同士として出会ってるのですよ?
 不幸にも何かのボタンのかけちがいが起こっていたのです…
 そしてスネークはこの山で… 何度も死んでいるのです…」

 俺が… この山で死んだ…? 

625 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/01(木) 04:39:52 ID:17TGTDP9
「じゃあこれは、最強部隊“ブカツ”の“ザ・トラップ”VSソリッド・スネーク。
 幾度目かのリターンマッチというわけか… 面白いな」
 俺が歯を剥いて笑うのを見て、古手梨花は露骨に不安を顔に浮かべた。
「よりによってこの時期に沙都子の叔父が帰ってくるなんて…
 サイコロが最悪の1の目を出したのです… ぼくはもう…」
「梨花… 前の世界がどうだったかなんて俺は知らん。俺はカチコチの軍人だ。
 その手の話は俺にはよく分からんし、分かろうとも思わん…
 だが一つだけはっきりしてるのは、俺は今、お前たちの“先生”だ。
 そんな世界、過去にあったか?」
 古手梨花はふるふると首を横に振った。
 俺はレナや圭一が踏み出せずにいる獣道の前に出て行った。
「だったら信じてみるんだな。意志の力でサイコロの目は変えられるって事を!」
 俺は教え子たちの視線を背中に受けながら、北条沙都子のトラップ結界と
化した「裏山」に力強く第一歩を踏み出し…

「はぅ… 先生、そこ落とし穴あったんだね… ロープいるかな? かな?」

638 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/04(日) 00:44:59 ID:+duJvHw1
 土の上に這いつくばった俺の目の前にあるのは極細の釣り糸だ。
 歩いてここを通過する者が、足首をもろに引っかける事になる。
 釣り糸の先にあるのは…
 俺は光を反射しないよう艶消し黒に仕上げたナイフでそっと脇の低木の枝を持ちあげて
裏側を覗いた。釣り糸は細い樹の幹の根元で、たわめられた竹を押さえていた。糸が切れ
るや、竹がムチのように間抜けを打つというわけだ。
 こんな仕掛けは解除しておくに限る。俺はナイフで釣り糸を切ろうと考えたが、ある不吉な
考えが不意に浮かんで手を止めた。念の為に釣り糸を張ってある反対側もチェックする。
 背筋が寒くなった。釣り糸のもう一方は木の幹に結わえてあるように見せかけてあり、
実際には裏側を通って木の上に伸びていた。木の上には先を斜めに切った短い竹を何本も
荒縄でウニのように固めたものが仕掛けてあった。
 解除しようと釣り糸を切断した瞬間、それが落下してくる事になる。
 俺は解除をあきらめ、迂回しようとしたが、念の為に迂回ルートの地面にナイフを突き刺して
丹念にチェックした。思った通り落とし穴が見つかった。
 深さは俺が最初にかかったものほどではなかったが、内部に細く割った竹が無数に植えら
れていた。その先端に破傷風を誘う獣の糞を塗っておく知恵までは発揮されていない事に、
俺は胸を撫で下ろした。

639 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/04(日) 00:47:53 ID:+duJvHw1
 急斜面をなだれ落ちる丸太ん棒。獲物を宙に吊り上げるワイヤー。獲物を崖に叩き落とす
ハンマー。枯れ井戸を使った落とし穴。エトセトラ… エトセトラ…
 この一時間で俺が遭遇したトラップはどれも巧妙極まりないものばかりだった。
 圭一やレナたちに、絶対に追ってくるなと言い含めたのは正しい判断だった。
 今では俺がこの山で何度も死んだという話に説得力すら感じている。
 まったく、なんて技量だ…!
 沙都子のトラップの腕前はFOXHOUNDの訓練教官並みと評したのは訂正する。
 明らかにそれ以上だ。
 若い訓練生を手ひどいワナにかけ、評価表にマイナス点をつける事を至上の喜びとし、
全ての訓練生の呪詛対象となっていたサディストの教官の腕をあの小さな少女は凌駕している。
 俺は若い頃に訓練所で痛めつけられた訓練教官の酷薄な金壺眼を思い浮かべ、始めて彼
に感謝した。
 ありがとうよ、あんたにしごかれたおかげで、俺はいまだにこうして生きているってわけだ…

 不意に鈴を転がすような含み笑いが聞こえた。
 顔を上げると、そこは開けた草原で、そのちょうど真ん中あたりの大きな切り株の上に
少女が足を組んで腰掛けているのが見えた。
 俺のいる位置からは、少女は傾いた太陽を背負った逆光で、顔ははっきり見えなかったが、
何者かは明らかだ。沙都子だ。
 笑い声の響きから、彼女がどんな気分で俺を見ているのかが容易に想像がついた。
 巣にかかった獲物を見つめる毒蜘蛛のそれだ。
 なるほど、これが雛見沢症候群の発症者か…
 俺は背筋に冷たいもの感じながらその場に立ち上がり、沙都子に向き直り、声をかけた。

「待たせたな!!」

644 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 04:03:56 ID:IZ+AuexA
「をほほほ。まさか先生がこんなところまで辿り着くなんて思いもしませんでしたわ?」
「俺もさ。初めての家庭訪問がこんな場所になるなんて予想もしなかった」
 俺が沙都子に向かって足を踏み出そうとしたその時…
「ここは私のトラップフィールドでしてよ。私の最高傑作が設置されてますの」
 俺の足が止まる。
「どうなさいましたの? 私を捕まえたければ、あともう10歩くらいは歩く必要がございますわよ?」
 俺は唇を噛んで、俺の目の前に広がるさして広くもない草原を眺め回した。
 あの草むらはいかにも何か潜んでいそうだ…
 あの剥き出しの土も怪しい… なら切り株の上に逃れるか…? いや待て…
 全身からじわじわと嫌な汗が滴る。
 たった10歩…? なんて長い10歩だ。
 夕日を背負った影の中で、白い八重歯がちらりと見えた。
 沙都子が笑ったのだ。
「5歩ですわ。何事もなく5歩を無事に歩けたら、先生の勝利ということでいいですわよ」

 そうか… そういう事か…

 俺は歯を剥いて笑みを浮かべた。さぞかし沙都子には不敵な笑みに見えた事だろう。
「大したものだな、沙都子。恐れ入った。大抵の奴はパニクって思考を絡めとられる。
 お前に向かって5歩進まなければならないとな…」
「それはどういう意味でございますの?」
「こういう事さ!」
 ザッ 俺の足が動きだした。
 真後ろに向かって…

645 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 04:40:44 ID:IZ+AuexA
 1歩。

 2歩。

 3歩。

 4歩。

 そこで俺の足は止まった。
「これで5歩だぞ? この勝負、俺の勝ちというわけだ。さあ、降参しろ!」
「まだ4歩しか歩いていませんでしてよ?」
「何を言ってるんだ? 5歩だ」
「いいえ! 4歩でございますわよ!」
「確かに5歩歩いた! 往生際が悪いぞ、沙都子!」
「往生際が悪いのはどっちですの?! あと1歩、お歩きなさいませ!」
 夕日を背負った黒い影は切り株の上に立ち上がり、不意に押し黙った。
 俺の浮かべる笑みに嘲弄の色を見たのだろう。
 俺は足元から拳大の石を拾い上げ、ひょいと後に放った。
 5歩目に踏むはずだったトラップが作動する凄まじい音が聞こえた。
「…………ずるいですわよ…?」
「お褒めに預かって光栄だな」
「どうやら先生も相当なトラップ脳をお持ちのようですわね。
 手加減不要と分かって、これほど嬉しい事はございませんわ」
「沙都子… さっきから鳴いてるこの虫の名前、日本では何て言うんだ?」
「ひぐらしでございますわ」
「ひぐらし… なるほど、日暮れの虫か。このゲームの観客にはもってこいだと思わないか?」
「同感ですわ… さあ、行きますでございますわよ!」
「ショータイムだ!」
 俺と沙都子は同時に走り出した。
ともすれば黄昏(トワイライト)とも払暁(デイブレイク)ともつかぬ赤く眩い
光に照らされる、ひぐらしの声の響き渡る山の中を…

646 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 05:22:07 ID:IZ+AuexA
 あぅあぅあぅ… 困った事になったのです!
 ボクはてっきりスネークが沙都子を説得するか、無理矢理押さえ込んでお注射を
するんだろうと思っていたのです!
 それがどうしてこうなったんだか、二人して林と広場の中を追いかけっこのトラップ
合戦をおっぱじめやがったのです! あぅあぅあぅ!

 あう~っ! 危ないのです! そこは沙都子自慢の三連コンボが…!

「私のトラップ、お楽しみあそばせ~ですわ!!」
「ふん! やるなッ!」

 あうあうっ! またそこにもトラップがああ~!

「これはいかがでございまして!」
「ふーっ! 間一髪だ!」

 間一髪なんかじゃないのです! なんかお尻に刺さってるのです!
 あうあうあうっ! やったです! スネークが沙都子を捕まえたです!

「捕まえたぞっ! 悪い子は尻を叩いておしおきだっ!」
「うわああ~~~~ん! 聞いてませんわよ~~~!」

 あう~っ! どうしてどうして沙都子をお尻ぺんぺんだけで解放するのですか~?

「それ! 次はどう来る!?」
「もう勘弁なりませんわ! 調子に乗り過ぎでございましてよ~っ!!」
「ぬぅおおお~っ!!! 」
「お~っほっほ! 愉快痛快奇々怪々でございますことよ~~!」

 あうあうあう! スネークがまたやられたのです!
 言わんこっちゃないのです! ここは沙都子のトラップフィールドなのですよ!
 あぅ~っ! これじゃ梨花のところに報告にゆく事も出来ないのです!

 しかし…
 ふと、我はこの光景に既視感を覚えた。
 いつか何処かでこれに似た光景を我は目にした事がある。
 あれは、いつ…?
 そうだ、あの時だ…
 レナが発症し、雛見沢分校にガソリンを撒いて籠城した時…
 分校の屋根の上で、圭一とレナが繰り広げた大立ち回り…
 このスネークという男、もしかして…?

655 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/10(土) 04:35:52 ID:MLpNWb1u
 俺たちはわずかに開けたこの広場の真ん中に戻ってきていた。
「やりますでございますわね… 私のトラップをこれだけかいくぐって、
 笑って立っていた方は初めてでございますことよ…」
 肩で息をしながら沙都子が俺を見つめて不敵に笑う。
「でも、もうおしまいでございますわよ、スネーク先生! あなたは今まさに
 私の最高傑作のど真ん中に立っておりますのよ、おほほほほ!」
「そうか… ここから一歩でも動いたら… どか~んか? ばき~んか?」
「ぼす~ん! あるいは… ずばばば~ん! …かも知れませんことよ。
 それでもよろしければ… さあ、かかって来なさいませ!」
「やめた」
「へ?」
 俺はやれやれと腰を折って、その場にぺたんと座り込んだ。
 胸ポケットからタバコを一本取り出して火を点け、胸郭の奥深くまで紫煙を
吸い込んで吐き出す。とは言っても安タバコだ。
「な…! なんでやめるでございますの!? まだ決着はついておりませんわよ!」
「そうは言うがな、沙都子。俺はもう歳だ。お前みたいに底無しのスタミナがあるわけじゃない」
「タ…タバコなんて吸ってるから息切れするんでございますわよ!」
「そうかな? 子供には分からんだろうが、運動の後のタバコは体にいいんだぜ?」
「嘘をおつきあそばせ! 体力ゲージがじりじり短くなってるのがはっきり見えましてよ!
 すぐにおやめなさいませ!」
「沙都子… どうして俺を気遣う? 俺を殺そうとしていたんじゃないのか?」
 沙都子がハッと息を呑むのがありありと分かった。

656 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/10(土) 05:13:45 ID:MLpNWb1u
「さっきのお前の目にはありありと殺意がみなぎっていた。
 俺はさっきのお前と同じ目をした子供を知っている… たくさん知っている…
 大人を、世界を、誰も彼もを信じられなくなった子供の目だ… 世界を失った子供たちの目だ」

 ザンジバーランド… 戦争に魂を奪われた者たちの永遠の楽園…!
 俺の上官にして遺伝子の父。ビッグ・ボスと呼ばれた男が、世界中の紛争地からそこに
集めた、親を失った子供たちの目を俺は思い出していた。
 ビッグ・ボスはザンジバーランドを拠点に、戦争を誘発させ、犠牲となった子供たちを回収し、
救護、訓練して、新たな戦場にフィードバックさせる狂気じみたシステムを構築しようとしていた。
 ビッグ・ボス… 俺は今になって時々考えるんだ。
 あんたは本当は子供たちに、何かしてやりたかったんじゃないのか?
 世界を失った子供たちに世界を与えてやりたかったんじゃないのか?
 だがあんたが与えられる世界は「戦場」しかなかった。
 だが俺はちがう…! 親父! 俺はあんたとはちがうんだ…!

「沙都子、お前はまだ世界を失ったわけじゃない…
 知っているか? 梨花ちゃん、圭一、レナ、魅音、詩音… みんなお前を探したんだ。
 お前のために村中を走り回ったんだ… 何の見返りも求めずにだ…
 お前の兄さんの悟史… 彼もかつてお前のためにそうしたんだろう?」
「私はにーにーのために… 強くならなきゃいけませんの!
 一人で戦わなきゃいけませんの… もう甘えて泣く子供のままじゃいけませんの…!」
「それでこの「裏山」に一人でこもったか… 一人で戦うための戦場として…
 だから俺を見た時、あれだけ敵意のこもった目で睨んだんだ。
 お前をここから引きずり出しに来た敵として…」
 沙都子は答えない。
「どうする? その辺のトラップを起動させて俺を殺すか? お前にはまだ俺が敵に見えるか?
 やりたければやるがいい… 俺はそれを逃げずに受けてやる」

663 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/11(日) 06:53:21 ID:gbtjE6IE
 出会い頭の沙都子の目に宿っていた狂気じみた殺意はほとんど消えていた。
「こんなに楽しいのは… 久しぶりでしたわ…」
「ほう、どれくらい久しぶりだ?」
「考えてみれば今日の4時間目の体育ぶりですわね…」
「なんだ、せいぜい半日ぶりって事じゃないか」
「でもその半日の間に… 私は何百年も一人きりだったような気がしましてよ…」
「俺も楽しかった… お前は尊敬出来る敵だ。どっちが勝つにしてもすぐに終わらせるのはもったいないぜ」
 その時…
「沙都子ォォーーッ!」
 出し抜け上がった叫びに、俺は驚いて振り返った。
 俺が昇ってきた山道から、這うようにして圭一が姿を現した。
 その後に魅音とレナ、詩音と梨花が続く。みんな泥だらけの傷だらけだ。
 俺の通った後からとはいえ、あのトラップゾーンをここまで這い上がって来たというのか?
「沙都子ぉ~ へっへっへ、残念だったね~ おじさんたちを山から締め出すにゃ、
 ちょいとばかりトラップにひねりがなさすぎだよ… 痛つつ…」
「はぅ… 魅ぃちゃん、強がっても、そんなによろよろしてたら説得力ないよぉ?」
「みぃ~☆ 魅ぃと圭一がトラップ引き受け係になってくれたので、ぼくたちは大丈夫だったのですよ」
「沙都子! もう良いのです! 圭ちゃんとお姉が全部終わらせてくれたんです!
 もう雛見沢も園崎家も沙都子を敵にはしないんです。沙都子に冷たくする人はもういないんですよ」
 詩音の言葉に沙都子が怒鳴り返す。
「そんなのって、信じられませんですわ!」
 梨花がまっすぐ進み出てきて言った。
「鉄平が現れたという知らせが入って、あなたが教室を飛び出した時、
 ボクは世界がまたどんどん悪い運命に呑み込まれるんだって思ったのです。
 でも、そうはならなかった… 圭一と魅音がみんなを引っ張ってその運命を引っ繰り返してくれたのです。
 お魎に直談判して、沙都子を救うために村会の連絡網を使わせたのですよ。
 そしてスネークが、この山にこもった沙都子までの道を切り開いてくれたのです」
「梨花…」

664 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/11(日) 06:55:31 ID:gbtjE6IE
「もし鉄平が沙都子をどうにかしようとしても、ボクたちは…
 いいえ、雛見沢の全員が! 総力を上げて沙都子を守るのです!
 私たちはもうあなたの鼻先にまで救いの手を伸ばしているの。
 あなたがうなずくだけでも手が届くのです」
 沙都子はわななきながら後退ろうとする。
「私は…! 私は一人で…! にーにーと…!」
「なあ、沙都子…」
 俺は靴底にタバコの火を押しつけて消しながら言った。
「心強い仲間を手に入れるというのは、強さじゃないのか?」

 ひぐらしの声の響き渡る中、沙都子は言葉を失い立ち尽くし、友人たちを見つめ続けた。
 やがて、目の前に進み出た梨花の首を抱いてぼろぼろと涙をこぼすその目には、
 もう狂気のひとかけらすら残っていなかった…
 俺は梨花の足元に注射ケースを放って、「君が打ってやるんだ」とだけ言った。

 魅音が俺の前に進み出てきて言った。
「スネーク先生… えーっと、おじさん、なんて言っていいか分からない…
 へへ、言葉が見つからないんだよね… とにかくありがとう…
 あんたは私の大事な仲間を助けてくれたんだ…」
「約束したからな。俺が教師であるかぎり守って見せるって。さて、もう日暮れだ。
 早く山を降りるとしようじゃないか?」
 俺は立ち上がって彼らに向かって歩みだした。
 沙都子が振り返って「先生、そこ踏んじゃ駄目ですの!」と叫びを…

「はぅ~、先生… 何処まで飛んで行ったのかな? かな?」

950 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/04/02(月) 00:16:36 ID:jl090iR9

 裏山から降りて、古手神社への道を歩きだす頃には、日はすっかり落ちていた。
「あの… スネーク先生、その怪我、本当に大丈夫かな? かな?」
「おい、魅音。古手神社についたら監督に来てもらおうぜ」
「そうだねえ… あ、監督って、この村の診療所の院長で、そこそこ腕のいいお医者なんだよ」
「みぃ~ メとイとドさえ口にしなければという条件付きの話なのです…」
「いや、それには及ばん!」
 俺は慌てて魅音の申し出を固辞した。
「大丈夫だ…! ぱっと見は派手だが実のところ大した傷じゃない!」

 沙都子の最後のトラップによる負傷はお世辞にもかすり傷とは言えなかったが、
古い戦傷だらけの体を晒して、この村の医師の好奇心を誘う事態は避けたかった。
 テントに戻れば応急処置用のキットと多少の医薬品がある。

「じゃあ、わたくし、せめて消毒薬だけでも家から持って参りますわ!」
 俺の負傷に対する責任を感じているのだろう、沙都子が先に立って駆けだした。
 だが沙都子は少し先の街灯の明かりの下で立ち止まった。
 その足がすくんでいた。
 闇の中から明かりの中に入ってくる大柄な人影が見えた。
 派手な柄のアロハシャツを来たその男が沙都子を見下ろして野太い声で言った。
「沙都子ォ、探したんね? わしの家、ほったらかしで何処行っとったんじゃい?!」
「お…叔父さま…」
 なるほど、これが噂の沙都子の叔父、北条鉄平か…
「ほれぇ、わしらの家に帰るんね! おらぁ、なにぐずぐずしよんね! ん?」
 鉄平はそこでようやく、沙都子の後に数名の人影があるのに気付いた。
「なんやぁ? お前ら、なんか文句でもあんねッ?! わしら、仲良し親子やんね?
 ああ? そやろが、沙都子ォ?」

 俺は自分の背後に突如として巨大な氷柱が立ったような感覚を味わった。
 彼らだ。部活メンバーの少年少女たちの気配が急激に変わった。
 詩音が服のポケットの中に手を突っ込み、何かをつかんだ。
 圭一が全身を緊張させ、飛び掛かる覚悟を決めるのがわかった。
 真っ先に動いたのはレナだった。俺は慌てた。
 この少女は普段おっとりして見えるくせに、非常時の瞬発力は誰よりも早いようだ。
 まずい…!
「おい、レナ!」
 俺は慌てて腕を伸ばし、レナの肩を掴んで引き止めた。
「邪魔するなら… 先生だって殺すよ…!」
 振り向いたレナの目は、今まで俺が見た事のない種類の色を宿していた。

953 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/04/02(月) 01:02:12 ID:jl090iR9
「ふざけるなァーーーーーーーーーッッ!!!!」
 俺の怒号が夜の大気を震わせた。
 一瞬で俺の背後で張り詰めていた部活メンバーの気配が雲散した。
 目の前のレナもきょとんとびっくりして俺の顔を見つめている。
 というよりも、俺の顔におびえている。
「お前ら、俺を誰だと思っているんだ…?」
「スネークせ…」
 圭一が俺の名を呼ぼうとするのを片手で制し、俺は街灯の明かりに向かって進み出た。
「なんか文句あるんねェッ!?」
 鉄平は唇を歪め、俺の顔をじろじろと睨み付けた。
「なんね、こいつ? ガイジンけえ…? 日本語分かるんかぁ?」
 こいつがどういう種類の人間なのか、俺は立ちどころに理解した。
 なるほど、ジャパニーズ・ヤクザか… ただし、かなり低いランクの人間だ。
 度胸と腕っぷしでのし上がるのはどこの国の裏社会でも同じだ。
 だが、この男に出来るのはせいぜいヒモか美人局ってところだ。
 自分より弱い相手を選んで恫喝し優位に立つのがこいつのやり方だ。
「おうおうッ! どういうつもりやッ!」
 肩をそびやかし、怒鳴りつけて脅しをかけながら俺の目をじっと見つめる。
 この手の人種は暴力の気配に敏感だ。当然のように俺の中のそれにも気付いただろう。
 俺がどの程度のものなのかを値踏みする視線だ。
 俺はこの男のねばつく視線を受け、わざと自分の視線をそらした。
 男の表情筋のわずかな緩みを俺は視界の隅で捉え、試みが成功した事を知った。
 鉄平は、俺がひるんで視線をそらしたと誤解したのだ。
「ぶちのめしたらァッ!!!」
 鉄平は右の拳を俺の顎を目掛けて力いっぱいに放った。
 奇襲を意図していたようだが、俺の目にはテレホンパンチだ。
 その拳が俺の顎を砕く事は永遠にない。
 俺の持ちあげた左手が、あっさりと鉄平の拳をつかんで止めた。
「なにしよるんッ!」
 鉄平の顔色が変わった。
 拳を引き戻せない。
 それどころか俺の手でつかまれた宙の一点から1センチも拳を動かす事が出来ない。
 万力に挟まれたように感じたはずだ。
「ぬ… ぬぐ…」
「俺が何者か知りたいか? この子の教師だ…!」
「きょ、きょきょきょきょ… 教師…?!」
 俺は左手をわずかに左にひねった。ただそれだけで鉄平の体は大きく傾いだ。
「お前は北条沙都子の親だと言ったな? 保護者だと言ったな? じゃあ教えてやろう!
 俺の教育方針は、家庭と学校の連携を密にする事だ。
 お前が北条沙都子の保護者だと言うなら、これから俺に付き合ってもらう事になるぞ!」
 ついで右にひねってやると、鉄平の体は大きくそっちに傾いでたたらを踏んだ。
「今日! 明日! 明後日! 毎日! 毎日だ! お前は俺に毎日お目にかかる事になる!」
「離せッ…! 離さんかいッ…! ヒィィィィーーーーーッ!!」
 鉄平の顔はじっとりとした汗にまみれ、血の気が失せていった
 見誤ったのは俺の握力だけじゃない事を思い知ったのだ。
 暴力を生業とする者の、格そのものの違いを──!
「さあもう一度尋ねるぞ! お前はこの子の保護者か!?」
「ち…ちがうっ…! 俺は保護者とちゃうんね! 赤の他人やッ! は、離せ!」

 その時、凛と響く妙齢の女性の声が街灯の明かりの外から聞こえた。
「その男を離してやっちゃあくれませんか? 先生」

982 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/04/06(金) 01:28:18 ID:nQiiQCuR
 声のイメージを裏切らぬ凛然とした和服姿の女がそこに立っていた。
「誰だ?」
「これは、ご挨拶が遅れて失礼いたしました。娘がお世話になっております。
 園崎魅音と詩音の母親、園崎茜でございます」
「「お、お母さん…!」」
 背後で双子の姉妹が驚きの声を上げた。
 面差しが誰かに似ていると思ったが、なるほど…
「へえ…」
 園崎茜は俺をしげしげと眺め、感嘆の声を漏らした。
「ちょいとこりゃあ… 新任の先生がいらしたって噂は聞いたけど、
 なかなかの面構えじゃないか、ねぇ… 葛西?」
 園崎茜が振り返る闇の中から現れた、黒スーツにサングラスの男を目にするや、
俺の全身にぞくりと緊張が走った。
 ある種の軍人に近い気配をその男は放っていた。
 北条鉄平と同じく裏社会に属する人間。しかしその格は遥かに上だ。
 俺はそこに存在するはずのない硝煙の匂いを嗅いだような気がした。
 北条鉄平は葛西と呼ばれたその男を見るや、「ヒッ…」と呼吸を止めた。
「茜さん… 先生もお困りのようです。本題に入られてはいかがです?」
「え? あ、ああ… そうだったね、ええと、スネーク先生…
 私どもの用は先生が取り押さえているその御仁にありましてね…」
 園崎茜の目が北条鉄平に向けられた。
「北条鉄平さん、お久しぶりですねぇ。今日、おうかがいしたのは他でもない。
 今夜これから開かれる会合に、ちょいと顔をお貸し願えませんかね?」
「……ひぃ…ぐぅぅ……」
 鉄平の返事はヒキガエルを踏みつぶしたような声だけだった。
「なぁに、園崎組は関係ないから安心しとくれな。別にあんたを取って食おうってんじゃない。
 ただね、そこの沙都子ちゃんの事であんたと話し合いたいって人がちょっとばかりいてね…
 集会所で村長の公由喜一郎をはじめ、雛見沢の主立った役付きの人たちがお待ちさね。
 そこに、そこの古手家の梨花ちゃんと、園崎家当主代行の園崎魅音が加われば、
 事実上御三家の揃い踏み。
 更に、雛見沢分校の海江田校長と知恵先生、診療所の入江院長も立ち会われますからね。
 どうぞそこんとこを踏まえて、いろよいご返事を聞かせていただけませんかねぇ?
 そうそう、この会合の呼びかけ人は園崎家当主、園崎お魎だという事もどうぞお忘れなきよう」

983 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/04/06(金) 01:37:31 ID:nQiiQCuR
「うわ…! お母さん、えげつな…!」
「おい、レナ… よく分からんが、いったいどういう話になってんだよ?」
「はぅ… レナにもよく分からないけど、なんか凄い事になってるみたいだね…」
「えーとですね、圭ちゃんにレナさん。つまり、これをうかつに断る事は旧鬼ケ淵死守同盟そのものを
 敵に回す事になるぞって… そういう種類の脅しなんですね…」
「みー☆ 逃げ場なしなのです」

「ひぃぃぃ~~~ッ!!」
 北条鉄平の顔からは完全に血の気が失せていた。
 なるほど、これが雛見沢における園崎家の威光というやつか…
 園崎茜が困ったような目で俺を見ていた。
「えーと、先生… そろそろ離してやっちゃくれませんかね?
 さもないとその御仁も返事が出来そうにないんで…」
「あ? ああ…」
 俺は北条鉄平の拳をまだ握りしめたままだったのに気付き、把握をやっとゆるめた。
 鉄平はその場に膝をつくや、右手を抱え込んでうめき声を上げた。
 なんのことはない。鉄平が上げていた奇声は、俺に右手を握り潰される激痛からの悲鳴だったのだ。

「ところで、鉄平さん? 先程、鉄平さんがスネーク先生におっしゃられた、自分は沙都子ちゃんの
 保護者じゃないという言葉。この園崎茜がしかと耳にした事! どうぞお忘れなきよう!」

 言い放つ園崎茜の眼光は、名匠が鍛えた日本刀の冷たい輝きを俺に思い起こさせた…

670 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/12(月) 23:52:17 ID:AesxNs5R
TIPS テントにて

ピピピ…!無線が音をたてる。

『スネーク、手酷くやられたようだな?』

テントの前に座り込み俺は傷の手当てをしている。
『ああ…。大佐、彼女のトラップワークはグリンベレーの教官以上だぞ?』

焚き火がパチンと音をたてる。
『そうだろう、そうだろう。ところでスネーク。今回のミッションは僅かだが、異国の地にスニーキングする君の為にビールを用意した。心尽くしだ。』

『ビ、なんだって?』

『ビールだスネーク。では、幸運を。』

『!』

荷物を紐解くと段ボールに紛れて、中国の古典だろうか?
麒麟の絵が書いてあるビール瓶が数本。

焚き火であぶられて芳ばしい匂いを放つ豚肉、冷えた麦酒。

スニーキングミッションにしては上等過ぎる食卓だ。
そのとき、

『みー』

『一人で飲むにはもったいない良い夜なのです☆』

『ザ・メディウムか。』

671 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/13(火) 00:13:40 ID:bMYj3nZ9
意外な来訪者。

気配すら感じさせずにあらわれた、少女。

『驚いて、いるのですね?』

確かに、俺は気配すら感じなかった。包帯を巻きながら無愛想に返す。

『まぁな。』

『みー♪僕も麦泡茶いただきなのです☆』

見た目は十歳程度の少女だが、実際は百を越えているらしい、彼女。

手元のビールの蓋を開けて差し出してやる。

『みー♪良く冷えていて美味しいのです☆』

実に旨そうに紙コップを開ける。

傷の手当もそこそこに、俺は一番気になっていたことを切り出した。

『あいつはどうなった?』
『お注射も効いて今は寝ていますのです。グーグーなのですよ☆』

『そいつは良かった。』

安堵の溜め息をはきだし、頃合いになった肉の串に手をかける。

少女の雰囲気が変わった。
『スネーク。これから貴方に訪れるのは更なる困難。悲劇か、喜劇か。それを決めるのは貴方と、生徒たち。』

『大丈夫だ。俺が教師である限り、圭一達に悲劇は起きない!』

俺が守る。守ってみせる。
『頼みますよ。』

少女の、梨花の声が響いたかと思うと姿は消えていた。

『やれやれ。』

俺は煙草に火をつけた。
夜は更けていく。

675 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/15(木) 03:05:39 ID:Od3sSJK1
TIPS:酔い醒まし編

 目の前に圭一が立っていた。涙を溜めた目で俺をじっと見つめている。
「…圭一…? どうしたんだ…?」
「俺は…、俺は…、何て事をしてしまったんだよ… 何て事を…うぁあぁあぁぁぁ…」
 圭一は俺にすがりついて声を上げて泣きだした。
「ど、どうしたんだ、圭一…? おい、いったい…?」
 脇から梨花が進み出てきて圭一に話し掛けた。
「…圭一は、…覚えているのですか? スネークを殺した事を…」

 なにッ?

「そうだ!! 俺が…殺したんだ!! この手で… 悟史のバットで力一杯…
 血がいっぱい出て… そして… そして…」

 なんの話だ、これは? おい…?

 圭一の背後から、同じように目に涙を溜めた魅音とレナが現れた。
「思いだしたよ、おじさんも… ああ… どうして、どうして今まで忘れてたんだろう…?」
「レナも思い出したんだよ…! スネーク先生はね、レナに何度も何度もナタで打たれて、
 腕が折れて額も割れているのに… 両手を突き出して、こう言ったんだよ…
 『俺を、信じろ…』って… なのに、なのにレナは…!」

 おい…! この俺がそう簡単に誰かに殺されるなんて…

 気がつくと詩音と沙都子まで俺の手にしがみついて泣いていた。
「お姉、私も思いだしました… 私、なんてことを…!
 私は… スネークさんを地下室でひどい拷問にかけて…
 生爪を剥いで、五寸釘を打ち込んで… それに井戸の底に力一杯…!」
「わたくしは先生を、裏山のトラップゾーンに追い込んで… そして瀕死の重症を負った先生を…
 吊り橋に追い込んで、そこから突き落としましたの…」

 ちょっと待て! 俺はいくつの世界で誰に何回、誰に殺されたというんだ?

676 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/15(木) 03:07:43 ID:Od3sSJK1
「気付いた。こんなにも今頃になって、俺は気付いたよ。思い出したんだ!!」
「そうだよ! ここじゃない別のよく似た世界で! おじさんはなぜかスネーク先生に疑心暗鬼を持って…
 殺してしまったんだよ…!!」
「スネーク先生はわたくしたちに救いの言葉をかけていたはずでしてよ!
 なのに、どうしてわたくしはそれに耳を傾けられませんでしたの? うわあああああ~~ん!!」

 彼らの目からこぼれるのは、取り返しのつかない悲しい事をした悔悟の涙だ。

「すまなかった、本当にすまなかった… わかんなくてもいい… わかんなくてもいいから…
 聞いてくれ… カロリーメイト… うまかったぜ… 本当にうまかった…」
「レナはね… 先生のこと、二度と疑わない…!! 二度とだよ! 絶対にだよ!!
 だからスネーク先生、あの日のレナを許してほしいかな? かな?」
「先生が命を賭けてくれた事を私は知ってる… だから、いつか先生に何かの不幸が訪れたら、
 おじさんが絶対に命を賭けて助けるよ! 絶対! 約束するよ!」 (;3;)ノシ

 落ち着いているのは梨花だけだった。
 だが彼女の唇から出る言葉は誰のものよりも俺の理解を越えていた。
「…圭一を、許しましょう。レナを。魅音を。詩音を。沙都子を許しましょう。
 みんなは、自分で自分の罪に気付きましたのです。
 それはとても偉くて、普通ではあり得ないことなのです」

 梨花! 何を言ってるんだ? 俺はちっとも分からないっ!!

677 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/15(木) 03:08:14 ID:Od3sSJK1
「スネークはみんなの偉さが分からなくて、それを許してあげることはできませんのです。
 でも、ボクにはそれを許す事ができます。ボクには、みんなのすごさがわかるのです。
 私はこれが奇跡であることがわかる。だってこれはありえない事なのだもの。
 きっとこの地上に具現するどんな奇跡すらもかすむほどのもので、信じられないくらいに尊いもの。
 私はもう一度あなたたちと共に戦おう。何度でも戦おう。
 奇跡が起こせる事を信じて… この先の未来に至れるまで、何度でも…」

 いったい何が起きているんだ!!!

 向こうから警視庁公安部の赤坂と興宮署の大石が、知恵先生とカメラマンの富竹を伴って
 こっちに走ってくるのが見えた… 
 知恵先生を除けば面識がなく、名前も顔も知らない奴ばかりだが、俺はなぜか彼らが何者なのか分かった。
 全員、目に悔悟の涙を溜めて、俺にすがりついて許しを請うつもりなのが瞬時に分かって、
 俺は慌ててその場から逃げ出した。
 力一杯悲鳴を上げながら…

「うわああああああ~~~~ッ!!!」

   誰か… 真相を教えてくれ…

         それだけが… 俺の望みだ…

 目を覚ました俺は全身びっしょり汗まみれだった。
 どんな夢を見たのか、どうしても思い出せない。とにかくひどい悪夢だった…
 テントの隅に転がる、麒麟の描かれた数本のビール瓶に気がつく。
 テントの外に出て、タバコに火を付け、紫煙を深々と吸い込みながら、
 馴れないものは呑むもんじゃないな、としみじみ考えた。
 間もなく夜明けだ… 今日も教師の激務が始まる。

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最終更新:2007年04月06日 15:28