疑問点の検証(経歴編)


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東大工学部建築学科教員 アニリール・セルカン博士の経歴・業績に関わる疑惑の検証


~注意!~
以下の記述はWeb上の公開情報を元に客観的に比較検証を行った結果であり、特定思想や人種・宗教等に由来する一方的な中傷ではありません。もちろんそれらの偏見を助長するものでもありません。


【2:疑問点と、それらの外部ソースに基づく検証】

【2-0 問題提起】

⇒学術論文などが業績リストから消されている。研究者の業績の基本であるはずの論文リストをどのような理由で消したのか?

【2-A 疑問点と、それらの外部ソースに基づくそれらの検証・経歴編】


【2-A-1 セルカン氏の主要な研究歴・職歴について】


  • 1997年9月  プリンストン大学数学部講師
⇒プリンストン大学数学科の1996年11月からのサイトアーカイブ
http://web.archive.org/web/*/http://www.math.princeton.edu/
では、1997年にセルカン氏が講師を勤めたとの記述は無い。
⇒一方、http://www.spacearchitect.org/members/member.htm
では、セルカン氏の紹介として以下の記述がある。
"1997 Intern at European Space Agency, 1999 Associative Architect at Kajima Corporation, 2000 Research Associate at Shimizu Corporation, 2001-2003 Muses-C Mission Design Group Member, 12 international awards in international competitions including Mediapark Cologne and Auerbach Airport Design in Germany. Research Interest in High-tech architecture, technology transfer between terrestrial and space architecture, hyperspace."
ここでは、1997年時点ではセルカン氏はEuropean Space Agency(欧州宇宙機関:ESA)にインターンとして勤務していたとされており、米国のプリンストン大学講師と兼務であったとは考え難い。

  • 2001年4月 NASAアドバンスプロジェクトチームリーダー

セルカン氏の著書「ポケットの中の宇宙」によれば、東大大学院に在学したままでNASAでチームリーダーとして宇宙エレベーターの研究に従事したことになっている。
しかし、NASA公式サイトで氏の名前をサーチしても該当がない。チームリーダーとして研究を行ったとすると非常に不思議である。
http://search.nasa.gov/search/search.jsp
(NASAは多くの文書をサイトで公開しており、"space elevator"に関連する文献もヒットするが、セルカン氏の氏名は全くヒットしない。)

また、「第113回J.I.フォーラム『切り拓く人たち』 2006.12.20 議事録」http://www.kosonippon.org/forum/cont.php?m_forum_cd=186&cont_type=2 によれば、氏は
「NASAも空軍ですし、私もNASAにいたとき大佐まで上がって、実はNASAの科学者も全部軍人です」
と発言している。

NASAを規定した米国の法律 "National Aeronautics and Space Act of 1958"
http://www.nasa.gov/offices/ogc/about/space_act1.html
では

The Congress further declares that such activities shall be the responsibility of, and shall be directed by, a civilian agency exercising control over >aeronautical and space activities sponsored by the United States, except that activities peculiar to or primarily associated with the development of
weapons systems, military operations, or the defense of the United States (including the research and development necessary to make effective provision >for the defense of the United States) shall be the responsibility of, and shall be directed by, the Department of Defense;
(連邦議会は、そのような活動は、アメリカ国家が支える航空宇宙活動を統括する文民機関(注:NASA)が責任を持って指揮することを宣言する。
ただし、兵器開発、軍事活動、および国家防衛(国家防衛のための研究開発を含む)に主に関連する活動については、国防総省が
責任を持って指揮するものとする。)

と明記しており、セルカン氏の発言のように空軍の一部ではない。チームリーダーまで務めながらこのような基本的事実を知らなかったとすれば非常に不思議である。
さらに、文民機関であるNASAに務めている間にどのように大佐まで上がったのかも疑問である。

  • 2003年4月 日本宇宙航空研究開発機構(JAXA)講師
⇒JAXAの外部公開資料によると、2003年の人員編成は以下↓のとおり。
http://www.isas.jaxa.jp/publications/annalreport/2003/2-2-i.pdf
『宇宙航空プロジェクト研究員アニリール・セルカン』と記されており、少なくとも常勤の講師ではない。
  • 2004年に トルコ人初宇宙飛行士候補 (現在、訓練中)
⇒2004年の宇宙飛行士候補生のリスト↓
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/04class.html
には、セルカン氏の名前は無い。
また、2001年にNASAの訓練プログラム終了とされているが、NASAにおいて選抜が行われたのは2000年と1998年であり、どちらも2年間の訓練期間と合わない。
また、2000年と1998年のリストにもセルカン氏の名前はない。
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/00class.html
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/98ascans.html
さらに以前の選抜は1996年であるが、NASAの宇宙飛行士になるには学士の資格に加えて、 3年の実務経験が必要とされている。セルカン氏の大学卒業は1995年とされているので、 1996年のテストによって候補生に選抜されたとは考え難い。
また、NASAの宇宙飛行士のリスト
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/astrobio.html (米国人)
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/astrobio_international.html  (非米国人)
および現在の宇宙飛行士候補者リスト
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/ascanbio.html
には、セルカン氏の名前は無い。

セルカン氏の著書「ポケットの中の宇宙」p.55に氏が宇宙服を着た写真が掲載されている。
同書での説明は、「2004年12月、宇宙飛行士候補に選ばれたとき、マスコミに発表された写真」
しかし、この写真には以下のようにいくつかの矛盾点があり、1992年に撮影された別人の写真を加工した捏造である疑いが強い。




【2-A-2 セルカン氏の表彰歴について】


  • 2005年 ケンブリッジ大学物理学部 特別科学賞 受賞
⇒セルカン氏による当受賞記録はWeb上に存在しない。
  • 2005年 America Medal of Honor(アメリカ名誉賞)受賞
⇒セルカン氏による当受賞記録はWeb上に存在しない。そもそも、アメリカで"Medal of Honor"は軍人に授与される最高位の勲章である。
( Wikipedia:名誉勲章 http://www.history.army.mil/moh.html )
  • (時期不明) U.S.Technology Award受賞(AMAZONの著者紹介による)
⇒セルカン氏による当受賞記録はWeb上に存在しない。


【2-A-3 セルカン氏の客員教授等の履歴について】


  • 2009年3月 モントリオール大学 客員教授

この履歴は実在する。


によれば、セルカン氏は2009年冬学期の客員教授(Professeurs invites)として学部生の演習を担当している。
(一時、ワークショップに参加して講演しただけとの説があったが、これは atelier の英訳 workshop を研究集会と誤解したことによる。上記ページの内容をよく読むとセルカン氏が客員教授であったという記載は全く適切である。)

このプログラムでは世界的に著名(renomee internationale)である人物が客員教授として招聘されることになっている。
なお、2007年度にはセルカン氏の研究室の松村教授が同様に客員教授として招聘されている。


【2-A-4 セルカン氏のスキー選手歴について】


セルカン氏の著書「ポケットの中の宇宙」より引用
「僕はその後、1987年、イタリアのセストリエルで開催されたU20(20歳以下)のヨーロッパジュニア大会で金メダルを獲得します。」
「僕はトルコ(国籍)を選びました。トルコのスキー選手として、国の代表として戦ったことが、国籍を選んだ理由の一つにあります。」
「U20ヨーロッパ大会に続いて、1988年のカルガリーオリンピックに出場します。このときは、残念ながら14位に終わりました。」

スキー選手としての経歴は、メディア等でも取り上げられている。

「元アルペンスキーヤーにしてトルコ人初のFIS金メダリスト」
「セルカンさんはスキーのオリンピック選手にも選ばれている。」

しかし、調査結果は以下の通りである。

  • 国際スキー連盟(Federation Internationale de Ski, FIS)の世界大会にSerkan Anilir氏が出場した記録はない。
( http://www.ski-db.com/ http://www.fis-ski.com/uk/competitorbiographies.html のデータベースに見つからない。)
20歳以下の大会での記録が上記データベースに登録されているかどうかは不明だが、以下も参照。

  • 1988年のカルガリー冬季オリンピックの公式レポートによると、トルコ選手団にSerkan Anilir氏の名前はない。
また、全ての競技記録にも該当がない。(レポートは http://www.aafla.org/5va/reports_frmst.htm より入手可能。)
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