イオバリア

イオバリア Iobaria


 イオバリアの土地はカストロヴィン海の北のブレヴォイの東に位置し、カマスロン大陸の一部と考えられている。人間の入植者は過去この国を帝国へと統一したが、現在この土地は地域の人口を激減させた一連の疫病のため荒野となっている[1]。

コロラン Koloran

 伝説の時代の初期にイオバリアに住んでいたものは誰もいないが、Icerime Peaksの山にDirrinirと刻んだものがいる[2]。最初に記録されたコロランの王国のサイクロプスは、イオバリアの遺跡を残し、Iblydosという古代の文書に記録されている。これ自体はカマスロンの最古の人間の文明の一つである。コロランのサイクロプスはガルーンド西部に繁栄した古代王国ゴル・ガンのさらに古い領域からの難民であり、その終焉を引き起こすであろう残忍さと血の腐敗から解放された新しい人生を探して王国を去った[3]。コロランについてはほとんど知られていないが、-5293 ARのEarthfallのスターストーン落下で終わったと考えられている[4]。

ウールフェン人によるイオバリアの居住 Ulfen settle Iobaria

 700AR年代の間、アヴィスタンのウールフェンの探検家は、世界の冠の南の端から東に沿って移動した。カマスロンにたどり着くまで“霧と帷”湖から東へと移動していた。そこで彼らは新しい敵対的な環境を鎮圧しようとしていた。Okormirrは湖の東に建てられた最初のウールフェンの居住地を752ARである。OkormirrはOrlovの都市を作り出した。ここは、764 ARにその地の前任者を退けたものである。905ARに、Orlovの有力者であるIobarはイオバリアのウールフェンを一つの領域に統一することに成功した。[6]
 イオバリア帝国はIcewall、Ice Steppes、Myrfrus Riverの北の“霧と帷”湖、メンデヴ(アイスライム連峰とHills of Nomenを通る)の西、カストロヴィン海の北部に渡っていた。[6][7]イオバリアはアヴィスタン大陸へも拡張し、イシアやメンデヴに植民地を作った。[5]

疫病 The Plagues

 1106AR、最初に記録された大伝染病はTearplagueであった。疫病の大半は森から発生したようである。[8]イオバリア人はOrosknirのようなサイクロプスの遺跡を批判しており[2]、2767ARに外国人を非難した。彼らが発生源まで突き止めた一つの疫病は1634ARのChardeathであり、1869 ARに死霊術師Otyb the Undyingを追い詰めた。今日日でさえ多くの病気によって人口が低下している。[4]
 最大の疫病は人口の4分の3が亡くなったChoking Deathで、Native Plaguestrifeとして記録される大虐殺に繋がり、この悲劇の結果として都市全域が放棄された。[5]このように弱体化したイオバリアの王国はその支配権に反抗した奴隷状態の支配権を失い、ひとたび中央からの指示が切り離されれば崩壊の一途をたどるだけであった。[1]Choking Deathが収まった後、イオバリアは完全に姿を消したということは決してないが、数世紀にも渡り人口の増加率を維持していた。[5]

ニュー・イオバリア New Iobaria

 3212AR,三人のウォーロードはニュー・イオバリアとしてイオバリアの多くを再統一した。統一が完了する前にこれらはお互い殺しあう内紛を始めた。 King Irral Iは3304ARにドラコニアンの助けを借りて、Restoration War に勝利した(3309ARまで平和は宣言されなかったが)。[9]返済において、Irralがドラゴンに現在使用されていない全てのサイクロプスの遺跡の支配権を譲渡した。人間が占領している都市は人間のままであり、人間は Fralros(訳注:コロランの時代に建てられたサイクロプスの遺跡)のように、戦略的に重要な場所を維持した。Antollはニュー・イオバリアの首都であり、3312 AR–3679 ARまで続いた。[10]
 その後多くの紛争が起こったが、3870ARに一つの部族が勝者となった――ライバルをブレヴォイへと押しやった。このニュー・イオバリアは、衰退が本格化した4519ARのDrakeplagueまで安定して生存していた。[9]
 4606AR、神エイローデンが落ち、ワールドウーンズがSarkorisのケーリド人の領域で開かれた。次の20年で、多くのメンデヴ人が東から逃げ出し、次にサーコーリス人Sarkoriansが続いた。ニュー・イオバリアはサーコーリス人を吸収することができず、王国は再び、Mavradiaから崩壊し始めた。[4]

地理

Orlov

イオバリアの首都の元の沿岸部は古代の威厳の微かな痕跡を残してる。scheming prince(訳注:イオバリアの現在の末裔Tzakiv Koryaのこと)は帝国を再構築することを夢見ているが、実際には都市の古代の要塞を完全に支配するのに十分なほどの軍隊すら持っていない。[1]

Hask-Ultharan, the "Cairn of Many Torments" [11]

これはサイクロプスのスクリプトが刻まれた、切り出された巨大な石塚である。 Record of Truan Iolavaiによれば、学者と彼のパーティは地元のガイドにアドバイスに反して石塚を調査をし、デーモン・ロード:コシチェイが率いる奇形のジャイアントの軍勢によって追い出された。[1]

住民

大部分の人間が小さな居住地の古い都市の外側で生活するため、今日日のイオバリアは人口が疎らである。住民に10人中8人程度は半バーバリズムの状態の終わりなき森に住み、先祖の廃墟となった都市を避ける。2千年も前にイオバリアを空にした多くの病気は完全に消えておらず、人口が少数のままにしている。[1] 人間以外の他の種族は小さな集団の遊牧民として生活している。[6]

宗教

今日のイオバリア人は minor nature spiritsのグループを集団しており、ほとんどの宗教的な者はドルイドである。[1]

参考文献

[1] Erik Mona et al. (2008). Campaign Setting, p. 153-154. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-112-1
[2] Steven Schend. (2010). Iobaria Gazetteer. The Varnhold Vanishing, p. 62. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-234-0
[3] Wolfgang Baur, Adam Daigle, Jeff Erwin, and F. Wesley Schneider. (2012). Lost Kingdoms, p. 26. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-415-3
[4] Steven Schend, F. Wesley Schneider. (May 27, 2010). Kingmaker: Iobarian Timeline, Paizo Blog.
[5] James Jacobs et al. (2011). The Inner Sea World Guide, p. 205. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-269-2
[6] Steven Schend. (2010). Iobaria Gazetteer. The Varnhold Vanishing, p. 55. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-234-0
[7] Steven Schend. (2010). Iobaria Gazetteer. The Varnhold Vanishing, p. 58. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-234-0
[8] Erik Mona et al. (2008). Campaign Setting, p. 164. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-112-1
[9] Steven Schend. (2010). Iobaria Gazetteer. The Varnhold Vanishing, p. 56. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-234-0
[10] Steven Schend. (2010). Iobaria Gazetteer. The Varnhold Vanishing, p. 57. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-234-0
[11] Steven Schend. (2010). Iobaria Gazetteer. The Varnhold Vanishing, p. 59. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-234-0
最終更新:2017年10月01日 05:43