043 あの日見たアニメの名前をあたしはまだ知らない。

「何、この主人公。一度に二人とつきあうとかあり得ないし。
はっきりしろ、っての!」
「そうね。」
「まったくだわ。」

あたしのセリフに相槌を打った一人目は新垣あやせ。学校の友達。
二人目が黒猫。こっちはオタク趣味の友達。
変な組合わせだけど、これがこの連休初日にあたしの部屋にいる
お泊り会のメンバーで、そしてその中で行われたゲーム鑑賞会の
全メンバーだった。

何でこんなメンツになったかと言うと、ひとえにあたしの勘違い
によるダブルブッキングだった。
でも、そんな事を知らずにウチに来てくれた二人のどちらかとか、
両方を追い返す、なんてことは、絶対にしたくないし、できれば
これを機に友達同士になってもらえたら、なんて下心もあって、
二人をなだめながら、お泊り会の実施とあい成ったワケ。

で、今、あたしの部屋のPCでは、どこぞのハーレムギャルゲの
修羅場寸前のシーンが、微妙な空気の中で絶賛放映中。

あんまり接点のなさそうなあやせと黒猫だけど、あたしを含めて
いまちょっと共通認識っぽい発言になって、ちょっと安心できる
雰囲気。

・・・だったと思ったんだケド?


「でしょ?あんた達もそう思うよね?・・・って、あ、あれ?・・・二人とも
どうしたの?」
「ねえ桐乃。さっきの感想もう一度言ってくれるかな?」
「え?か、感想?」
「そう。そのゲームの主人公に対する感想」
「え・・と、一度に二人とつきあうとかありえ・・・・・・」
「あら?どうしたのかしら?早く続きを聞かせて頂戴」
「・・・・・・ありえなくもない・・かな?うん、そういうのもアリだと思う」
「桐乃、さっきと言ってることが違うよ?」
「それに、なぜ視線をそらしているのかしら?」

あんたら、ひょっとして、この桐乃ちゃんを批判しようってワケ?

「い、い、いつも言ってるじゃん! こっちも、あっちも、どちらも
諦めないのがあたし! どっちか欠けると、それはもう、あたしじゃ
ないって!」

「桐乃・・・。さっきこのパソコンから聞こえて総ツッコミ受けてた
セリフにそっくりだよ?」
「と言うか、誰もあなたを批判してはいないわ。直接には、ね。」

あんたたち、あたしにそんなコト言うっての?
「・・・もういい! あたしは、あたしのポリシーでトモダチを決めて
付き合うから! いまの、こんな、チョーシのいい、二股かけるあたし
とでも付き合えないような人とは、サヨナラするしかないじゃん!」

ひどいコト言ってる自覚はあるケド、これがあたしの本心だから。

「桐乃・・・。そんな。わたしは・・・この、泥棒猫さえいなければ、
桐乃とふたりでずっと楽しく」
「あら泥棒呼ばわり有り難う。気に入ったわ。で、あなたはその泥棒猫
から一体何を盗む気なのかしら?」
「盗むんじゃありませんよ。還して貰うんです。」
「そこのビッチのこころは、誰か他人のものじゃないと思うのだけれど。
・・・あなたのその思い込みは、いずれ他人を巻き込んで何か大ごとを
起こしてしまうでしょう。いえ、もう起こったのだったかしら?」
「く・・・。ちゃんと、収まるべきところに収まりましたよ! ご忠告
有り難うございます! それよりあなたも、偉そうにおっしゃるくらい
ですから、まさか自分本位の妄想か何かで周囲をかき回したりしてない
でしょうね!?」
「な・・・。」

あやせも、黒いのも、やっぱり簡単に打ち解ける事ができず、お互いに
痛い部分を探り合って、どんどん深みにはまり込んでいくあたしたち。

「あやせも、あんたも、落ち着いて・・・仲良くしなさいよ! 大体、
なに、この超居心地の悪い空間! あたしもうだめ、ちょっとコンビニ
逝ってくるから、あんたら頭冷やしてて」

ドアを荒っぽく後ろ手に閉めたあたしだったけど、さすがにいまのは
ちょっとあり得ない。
それは解ってる。けど、いまのあたしにはどうにもできない。
横目であいつ-兄貴の部屋のドアを見る。
あいつも今晩、どこか泊りに行って留守って聞いてたけど、あいつなら、
こういう時に、どうするんだろ?

あいつのやり方は解らない。思い付かない。
でも、あいつなら、きっと何とかする。

あたしは今閉めたばかりの部屋のドアをもう一度開け、そのまま無言で
グッズ収容棚から適当なアニメのブルーレイを見繕い、プラスチックの
ケースからディスクを取出しプレーヤのトレイに置く。

「これでも見て、ちょっとした事で永遠に仲間が欠ける寂しさでも想像
してなさいよ。・・・それから、勝手に帰るのは無しだかんね?」

「ちょっと、桐乃!」
「あなた、何するの!」

あたしは、あやせと黒猫、二人をあるもので縛り付け、勝手に帰ったり
できないようにして、コンビニに出かけた。
二人の好きなデザートと夜食を仕入れるために。


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「・・・どうしましょうか」
「はぁ。こういう事をされたら仕方ないわね。あの娘は、ロングの髪の
手入れを、どれくらい手間なものと考えてるのかしらね?」
「ええ。桐乃もそこそこ長いですけど、染めてますし、手間で言うと、
わたしたちほどじゃないでしょうね。」
「そうね。でも、普通、こんなことは考えないわ。・・・仲の良くない
友達の後ろ髪同士を結んで、強制的に一緒に居させる-なんて事は。」
「あはは、桐乃、普通じゃないところ結構有りますから。」

「ふふふ、どう見えるのかしらね、あの子のベッドの上で、背中合せに
体重を預け合って動けない、私たちは。」
「・・・仲悪いようには見えないでしょうね。」

「ねぇ、私、さっきも言ったのだけれど、あなたの事は嫌いではないわ。」
「そんな。だってわたし、いきなりあなたの事、泥棒猫呼ばわりしたん
ですよ? やっぱり年上の余裕ってやつですか?」
「違うわ。歳だってそんなに違うわけではないし、それは、あなたの、
真正面から私に向き合おうとする姿勢でしょう? なかなかいないのよ、
そういう人は、ね。」
「そんな事を言われたら、わたしだって、一人で拒絶し続けるなんて、
馬鹿馬鹿しくてやってられないですよ。」


「そう言えば・・・さっき『これでも見とけ』とあの子が言っていたの、
『あの花』のようね?」
「え、なんですか、『あの花』って・・・その、黒、猫、さん。」
「そこのディスクケースの中身よ。『あの日見た花の名前を僕達はまだ
知らない。』というアニメね。私はあまり視聴しなかったのだけれど、
幼馴染みグループから永遠に欠ける事になった一人をめぐる、罪の意識、
友情や成長がテーマの良作だったと聞いているわ。」
「ふうん。あの、わたしアニメとか、全然詳しくなくて。その、えっち
じゃない、文学的なのもあるんですね?」
「・・・あなたの友人は、アニメをどんなものと説明しているのかしら。」


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あの二人、ちょっとは、落ち着いて話の出来る間柄になってくれたかな。
あいつとあやせのお気に入り限定メニューを探してたら、コンビニやら
百均のハシゴになって、結構遅くなっちゃった。
でも、ブルーレイ1枚入れといたから、ちょっとは時間、持つよね。


と、自分の部屋に帰ってきたあたしは、ドアの中の様子に愕然とした。
なんとなれば、あたしの大事な黒髪一号と黒髪二号が、あたしのベッド
の上でなんと抱き合って眠っていたからだ。

いや、一瞬でここまで仲良くなっちゃわれると、今度はあたしが疎外感
受けるんですケド-。

しかも、なんかすごい、絵になってるしー。
ま、二人とも、どこかお人形さんっぽいイメージのある美人な子だけど。


あたしが開けたドアの音や空気の流れで、二人が目をこするようにして
目覚め始める。
「う? 桐乃、帰ってきたの?」
「あれ、桐乃?」

そう口にしながら、二人は、すごく不自然な動きで、それぞれに上体を
起こしたので、あたしは突っ込む。
「どしたの、変な動きして? てか、ふたり、ひょっとして目覚めたの?
引くよあたし、引く時は!」

「あのねぇ、あなたがしたんでしょう? 奇麗なあやせと私の後ろ髪を
一緒にくくりつけて。」
「そうだよ、桐乃。寝返りを打ったりしたら、大変なことになるから、
こうしてずっとくっついてたんだよ、おねぇさまと。」

・・・・・・

「あやせ」? 「奇麗なあやせ」って言った、今?
いや、それよりもっと聞き捨てならないセリフがあった気がする。

「おねえさま」?

ひいっ。
ベッドの上では、長い黒髪同士を結ばれ、超仲良さそうな先輩と後輩が
肩を寄せ合っている、どこかで見たようなシーンが展開されていた。


「桐乃。あなた、またケースと中身を間違って入れていたでしょう?
『あの花』ではなくて『その花』が入っていたわよ。」

「わたしすごく感動しちゃった。桐乃、続編とかあるの?」


「その花」? 「その花」って何だったっけ?
あ、あの絵が超キレーに見えたんで買ってみた、えっちな百合ゲームが
原作の? ・・・た、たしか、

「その花びらにくちづけを」
「黒猫さんスーパーモード fin」

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最終更新:2011年10月03日 00:00