040 デレノート前編

その日もあたしは、いつものように退屈な授業をぼんやりと聞いていた。
自分で言うのも何だけど、あたしって要領がいいから、授業でやる範囲なんて
教科書を読むだけで自然と頭に入っちゃうんだよね。
だからかったるくて授業なんて聞いてられないってワケ。

そんなあたしが何の気なしに机の中に手を入れると、
そこには覚えの無い、薄く、でもしっかりとした硬い手触りのノートが入っていた。

(あれっ?こんなノート持ってたっけ?)

取り出してみると、表紙は真っ黒で、英語のタイトルらしきものが書かれている。

(「DERE NOTE」? デレ……ノートって読むのかな?)

誰かがあたしの机に入れたのだろうか?
周囲を見回してみたけど、周りのみんなは正面の教師へ視線を送っていて、
あたしの行動には気づいていないようだった。
ちょっと気味が悪い気もしたけれど、とりあえず表紙を一枚めくってみる。
するとその裏には、小さな文字でなにやら書いてあった。

(ええっと…… 「HOW TO USE」? 使い方ってことかな?)

そこには小さな文字で、以下のようなことが書き連ねられていた。

・このノートに名前を書かれた人間は、指定した人物に対しデレデレになる

・デレ対象を省略した場合は、ノートに書き込んだ当人がデレ対象となる

・書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない
 ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない

・このノートは人間界の地に着いた時点から人間界の物となる

・所有者はノートの元の持ち主であるデレ神の姿や声を認知する事ができる

・デレノートを持っている限り、自分が誰かにデレるまで元持ち主であるデレ神が憑いてまわる


あまりにも馬鹿馬鹿しくて、あたしはぷっと吹き出してしまった。

(へぇ~ なかなか凝ったイタズラじゃない)

誰が用意したのかわからないけど、こういうのはノリ良く応えないとねっ!
ってことで、あたしはシャーペンを握ると、真っ白なページの一番上の欄に構えた。

(うーん、誰の名前を書くべきなのかなぁ?)

っていうか、こんなイタズラ仕掛けるのって、ぶっちゃけあの子しか考えられないんだけどさ。

(「来栖加奈子」っと)

あたしはイタズラ犯である可能性が最も高い、加奈子の名前を書いてみた。
へへっ、これでネタばらしされた時に、「ふふーん、あんたの仕業だってお見通しだよっ」
ってやりかえせるよね。
あたしは名前を書き終えると、ふと加奈子の席の方を見てみた。

あれっ、気のせいか加奈子がぼんやりしてるように見えるかも?
眠いのかな?でもそれにしちゃ頬が妙に紅いし……


休憩時間――


さぁ、加奈子がネタばらしをしにくるのかな?
あたしはニヤニヤしながら様子を窺っていたんだけど、加奈子は相変わらず頬を染めたまま
こっちをチラチラと見るだけだった。
それはまるで恋する乙女の仕草だ……もしかしてそれでデレてる振りしてんの?
めんどくさくなったあたしは、加奈子の席へ向かい、こちらからネタばらしを要求してみた。

「加奈子ぉ、そんな演技したってとっくにバレてるんだってば。まったく……」
「えっ、あっ、桐乃……」

加奈子は目を合わそうとせず、耳まで真っ赤にして俯いている。

「もう~~、加奈子ってば!」ポンッ

あたしはちょっとイラついて、加奈子の肩を軽く押した。
すると加奈子は、あたしの手の上にスッと自分の手を重ね、潤んだ上目遣いの瞳で
あたしを見つめてきた。

「えっ? 加奈子……?」

なに?なんなのこの反応は??
これも演技なの?でも演技にしちゃ随分と真実味があるような。

「そ、そろそろ次の授業が始まるねっ! じゃ!」

あたしは慌てて加奈子から離れると、自席へと戻った。
まさか……まさかね……。

ま、そんなやり取りがあった後でも、あたしはこんなノートのことなんて
これっぽっちも信じて無かったんだけどさ、

その認識は放課後にあっさりと覆されてしまった。

あの後、ちょっと興味が湧いたあたしは、あやせの名前もノートに書いてみたの。
加奈子のイタズラだとしても、あやせまで加担してるってことは性格的に考えにくいし、
むしろあやせはそういう下らないことを嗜める側の人間だから。

そう思ってたんだけど――

ホームルームが終わった瞬間、あたしが見た光景は、
こちら目掛けて土煙を上げ猛突進してくるあやせと加奈子の二人の姿だった。

「桐乃っ!わたしと一緒に帰ろ!!」
「桐乃ぉぉぉ!加奈子と帰ろうぜっ!!」

二人はそれぞれあたしの腕をつかむと、思いっきり左右に引っ張り始めた。
ちょっ!待って!痛いってば!二人とも本気で引っ張ってるし!

「桐乃はわたしとかーえーるーのー」
「ちげーよ!!加奈子と一緒に帰るんだってばー!!」

なんか昔の話でこういうのがあった気がする……ううん、そんなこと言ってる場合じゃない!

「ちょ、ちょっと……もう、二人ともやめてってば!!」

そう一喝すると、二人はそれぞれ同時に手を離し、あたしはその弾みで尻餅をついてしまった。
そんなあたしの様子を見て、あやせは満面の笑みを浮かべて抱きついてくる。

「急に手を離されて転んじゃう桐乃、すっごく可愛いいいいい!」
「あっ、ずるいぞあやせ!加奈子にも抱かせろって!」

だからやめてってば……みんな見てるし。
教室中の注目を集めちゃってるよ……

っていうかマジだ――
このノートは本物だったんだ!!

下校中も二人はベタベタしっぱなしだった。
左にあやせ、右に加奈子と、それぞれに腕を絡められ、どちらも身体を密着させている状態で、
すれ違う人たちから変な目で見られちゃったよ……
あたしは家の前まで二人に送ってもらう形になり、ようやくそこで一人になることができた。
ホントは二人とも家に寄っていこうとしてたみたいだったんだけど、
このベタベタ状態に耐えられなくなったあたしが必死にお願いして帰ってもらったってワケ。

家に入ると人の気配はなく、まだ両親も兄貴も帰っていなかった。
あたしは自分の部屋に入ると、ドアの鍵を閉め、カバンからあのノートを取り出す。

「デレノート……すごいわ……」

ふふ……ふふ…… 思わず笑みがこぼれる。
その時、突如背後から人の声がした。

『――気に入っているようだな』

驚いたあたしが振り返ると、
そこには長身の黒ずくめで、頬まで口が裂けた異形の怪物が立っていた――

「きゃああああああああ!! だ、誰!? いつの間に入ったの!?」

驚いて椅子から滑り落ちたあたしを見下ろしながら、怪物はニヤリと笑った。

「そんなに驚くな。デレノートの持ち主、デレ神のリュークだ」
「デ……デレ神?」
「ああ、ノートにも書いてあったろ。人間をデレさせる神、それが俺だ」

デレ神……そんなのがホントに存在したなんて!
あたしは椅子にしがみつきながら身体を起こし、リュークとやらに問い掛けた。

「そのデレ神が……なぜあたしにこんなノートを授けたのよ?」
「ははは、退屈だったからな」
「退屈って……それだけで?」
「それにお前の周りにはツン気質の奴が多そうだし、デレノートの所有者として適任だと思ってな」

そう言うと、デレ神はククッと下卑た笑みを見せた。

そんなわけで、デレ神リュークはあたしに取り憑くことになってしまった。
そして、どうやらこいつの姿はあたしにしか見えないらしい。

その日の夜、家族が揃う食事のときもリュークは堂々と付いてきたので
あたしは一人で大慌てだったんだけど、こんな気味の悪い怪物がいるというのに、
お父さんもお母さんも兄貴も、誰一人反応しなかった。
仮にも“神”を名乗ってるわけだもんね。伊達じゃなかったみたい。

まぁそれでも、部屋でもリビングでも常に一緒に居るので、正直言ってウザくてしょうがなかった。
だけど、リュークの話す声もあたし以外の人には聞こえないようだし、
無視してれば静かにしてる奴なので、徐々に気にならなくなってきたけどさ。

だけど、さすがにお風呂のときは困っちゃったよ。

「アンタさぁ、もしかしてお風呂にまで付いてくる気?」
『……基本的にそういうシステムだからな』
「あり得ないでしょ!? 女子中学生のお風呂に侵入だなんて、即通報モノだって!」
『そもそも俺は人間の裸を見たところで、なにも感じないんだがな……』

と、リュークはしれっと言ってたけど、
色々と検証してみたところ、数メートル程度は普通に離れていられることが判ったので、
お風呂のときは浴室の外の洗面所に待たせることにした。

……こいつ、なにが「人間の裸を見たところで、なにも感じない」よ。
油断も隙もあったもんじゃないわ。

「ところでさぁ……リューク、ちょっと聞きたいんだけど」

あたしは浴槽につかりながら、ドアの向こうに居るリュークに問い掛けた。

『……なんだ?』

リュークは少し遅れて返事をする。ってか、こいつ外で何して待ってるんだろう?
まさかあたしの下着をくんかくんかしてんじゃないでしょうね。

「あのさ、このデレノートの効果って、いつまで続くの?」
『さぁな、俺は気にしたことが無いからな』
「あんたがノートの所有者だったってことは、あんたも誰かの名前を書いたりしてたんだよね?」
『ああ、書いていた。しかしお前が手にしたノートは、厳密には俺のノートじゃないんだがな。
 それは他のデレ神のノートを俺が盗んだものだ』

えっ、デレ神ってこいつ以外にもいるの?

『俺たちデレ神は基本的に一人一冊のノートを持っていて、そこに人間どもの名前を書き、
 デレてキャッキャウフフしてる様子を見ることを、生きる糧としているんだ』
「ずいぶんなご趣味ね……」
『だから、人間にデレノートを与えて遊ぶには、自分用とは別にノートを手に入れる必要があるんだ』

こいつの付き合いで分かってきたことは、おっかない風貌の割に案外おしゃべりだということだ。
なので聞いてないことまでペラペラとしゃべってしまう。

「あたし、クラスメイト二人の名前を書いたんだけど、今後もデレられることになっちゃうのかなぁ」
『そいつらキモい奴らなのか? ククク……だとしたらお前にとっては苦痛だな』
「ちょっとぉ!あやせと加奈子はキモいどころか、二人とも美少女でモデルまでやってるっつーの!」

そう反論したところで、あたしはハッと気づいた。

そういえば、今日は二人の豹変ぶりに思わずドン引きしてしまったけど、
よくよく考えたら、あの美少女二人にデレられ放題ってすっごいご褒美じゃん。

「……そっか、デレノートの使い道ってそういうことなのね」

このノートを使うことで他人の好意を意のままに操ることができる――

あたしって美人だし友達も多いから、その手の願望ってあんまりなかったんだよね。
こんな当たり前のことに今更気づいてしまった。
それに、デレられてる優位を上手く利用すれば、あの二人をあたしの趣味に引き込めるかも?
加奈子にメルちゃんコスプレをさせたり、あやせには……アルちゃんコスかな?
二人に対決シーンを再現してもらったり……うへへ、夢がひろがりんぐ……

あたしはニヤけ顔を隠すように口元まで湯船に沈めると、しばし妄想の世界に浸った。


『(ククク……人間って面白っ!)』

こうしてデレノートの使い手となったあたしは、この力を存分に活用することにした。

具体的に何をしたのかって言うと――

誰が見ても互いに好き合ってるのに、なかなかくっつかないイライラする子達っているじゃん?
あたしのクラスにもさぁ、そういうのが何組かいたんだけど、
そういう男女をお互いデレ合うように片っ端から名前を書いてやったってワケ。
そんでカップル一丁あがり。

最初は自分のクラスだけだったけど、そのうち隣のクラス、次第に三年生全体に範囲を広げて
どんどんカップルを作ってやったの。
おかげであたしたち三年生のフロアは、なんとなくピンクの雰囲気になっちゃった。
学校内でも、急に交際を始めた男女が増えたんじゃないかって、次第に噂になってきてるみたい。

これヤバイわ、やり始めたら楽しくて止まらなくなっちゃう……
あたしって、まるで恋のキューピッドだよね。

「「桐乃~~ 一緒に帰ろっ」」

あれから一週間が経ったけど、あやせと加奈子は相変わらずあたしにデレデレしっぱなしだ。
嫌なわけじゃないけど、いつまでこの状態が続くのかなと、ちょっと心配になる。
三人イチャつきながら下校するのにだんだん慣れてきてしまった自分が怖いわ……。

そんなことを考えながら歩いていると、いつもの曲がり角で、同じく下校中の兄貴に遭遇した。
いや、正確には兄貴と地味子だ――

「……!」
「よう、桐乃……って、なんか妙にベタベタしてるなお前ら」
「うっさいわね!あんたに関係ないでしょ」

あたしはキッと睨み付けると、二人を追い越し早足で家路を急いだ。

「ああん、桐乃ぉぉ、置いてくなよ~~」
「桐乃、待ってってば~~~」

加奈子とあやせが慌てて追いかけてくる。
ふんっ、いつもいつもベタベタしちゃって。キモいんだってば、馬鹿兄貴。

思えばあたしが物心ついたときから、兄貴の隣にはあの女がいたような気がする。
兄貴も、なんであんな地味でスタイルもイマイチな冴えない女と一緒に居るんだか。
メガネっ娘好きなのは知ってるけど、ちょっと趣味悪すぎるんじゃないの?
もしデレノートに、地味子が別の男にデレるように書いたら、あの二人の関係は壊れるかな?
ムカつくからやってやろうかしら。
それとも、兄貴の方を、地味子じゃない他の誰かにデレるようにしちゃうとかさ。

たとえば……あたしとか?

そんな考えをめぐらせた瞬間、顔がかっと熱くなるのを感じた。
うわああ!キモっ!あたしキモい!とんでもないことを想像してしまった。
ありえないってそんな状況。あの死んだ魚の目のような兄貴があたしにデレてくるなんて……

でもこのノートがあれば、そんな状況も作り出せちゃうのよね。
そう考えたとき、あたしは初めてこのノートの力に薄気味悪さを感じた。

夕食後――

あたしはさっさと自分の部屋に戻ると、パソコンの電源を入れた。
ブラウザを立ち上げ、ブックマークの中からあるサイトを開く。

「リューク、ちょっとこれ見てみてよ」
『うん?何だそのサイトは』

あたしが開いて見せたのは、うちの中学校のいわゆる“裏サイト”。
誰が作ったのかは分からないけど、おそらくほとんどの生徒が知ってるサイトで、
学校に関するあらゆる情報交換が行われている。

「ここの掲示板にいろんな書き込みがあるんだけど――あった、このスレッド」

男女交際について語られてるそのスレッドのタイトルをクリックすると、
そこには最近の校内カップル急増についての報告や意見が書かれていた。

507 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 18:38:07
3年B組の○田と△藤、あいつらが付き合うとは思わなかった
どう考えても釣り合ってねえしwww

508 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 19:09:17
うちのクラスも急に付き合い始める奴ら大杉。ベタベタしてキモイ

509 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 19:20:20
うちもだぜ 
異様

510 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 20:01:20
他所もかよw

511 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 20:19:44
それって3年ばかりでしょ?
高校受験なのになに考えてんのかね

512 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 20:29:53
リア充爆発しろ

513 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 21:11:12
てか最近付き合い始めたやつらってなんか怖くね?
催眠術にでもかかってるかのように、目がイッちゃってるもん

リュークはあたしの肩越しにパソコンのモニタを眺めてる。

『なんだかあまり反応が良くないじゃないか。キューピッド気取ってたのに残念だったな』
「別にぃ~。ここに書いてる奴らは当事者じゃないからでしょ。非モテがひがんでるのよ」

あたしはモニタを見つめたままで答えた。
リュークは頬まで裂けた口元をさらに吊り上げ、クククと嫌な笑いを浮かべている。

『で、この掲示板がどうかしたのか?』
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」

あたしは椅子をくるっと回し、腕組みをしてリュークと向き合った。

「実は、くっつける男女のストックがそろそろなくなってきたから、ここで情報集めようかなって思って。
 それにあたしが手を出してない、他の学年にも恋のキューピッド様が降臨しないと不公平だしね」
『へぇ~ そういうものなのか』

あたしはニヤリと笑い、またパソコンに向かい直すと、投稿フォームを開いてキーを叩き始めた。

名前: メルちゃん♪
E-mail: sage
内容:
最近カップルが増えたのは、あたしが恋の魔法でくっつけたからだよ~ん
他にもカップルにしたい男女がいたら名前を教えてよね(*´∀`*)
写真があればなお良しだよ♪

(・ω<)キラッ☆彡




「よーし、これで書き込みっと」
『……お前、ネット上ではこういうキャラなのか?』
「はぁ?なんか文句あるの?」
『いや……ないけど』

あたしは意気揚々と投稿ボタンをクリックした。
さすがに身元を明かすのはヤバいし、その点ネットの掲示板って便利な場所よね。

自分の書き込みが掲示板に反映されたことを確認すると、あたしはいつもより早めにベッドに入った。
明日の朝、少し早く起きてレスをチェックしよっと。

翌朝――

いつもより一時間早く起きたあたしは、パソコンの電源を入れて早速スレッドをチェックした。
ふふふ、みんなどんな反応してるかな……



520 :メルちゃん♪:2011/01/26(水) 21:41:01
最近カップルが増えたのは、あたしが恋の魔法でくっつけたからだよ~ん
他にもカップルにしたい男女がいたら名前を教えてよね(*´∀`*)
写真があればなお良しだよ♪

(・ω<)キラッ☆彡

521 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 21:46:53
D組の○山と◇岡も付き合い始めたってさ

522 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 22:00:21
カポーうぜえええええ

523 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 22:16:20
校内で所構わずいちゃらぶするのはマジやめて欲しい

524 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 23:31:52
>>520
キチガイ乙です

525 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 00:40:13
みんな卒業してからにすりゃいいのにね


 

思わずキーボードを両手で殴りつけ、あたしは叫んだ。

「ちょっとぉ!!なんでスルーされてる上にキチガイ認定レスだけなのよっ!?」
『俺に言われても知らねえって……』

あたしの大声で目を覚ましたのか、隣の部屋から壁越しに「うるせえぞ!」の罵声が聞こえてきた。
チッ、こっちは大事なところなのよ? ああ、ウザいウザい。

「こうなったら、やっぱりあたしの力を実証して見せるしかないわね」

幸い、カップル候補のストックが一組だけ残っていた。
あたしは再び投稿フォームを開き、静かにキーを叩き始める。



名前: メルちゃん♪
E-mail: sage
内容:
ちょwwwお前ら無視すんなしwwwwwwwww
しょうがないから、今から3年C組の○村くんと△川さんをカップル化してやんよ
これであたしの力を信じなさいよ!

(・ω<)キラッ☆彡




投稿を終えると、あたしはデレノートに○村くんと△川さんを互いにデレるよう書き込んだ。
これで準備完了。
さぁ、しっかり見てなさいよ、非モテの連中どもめ!

学校に着くと、3年C組の教室の前には人だかりができていた。
三年生が多いけど、二年生や一年生も混じっているようだ。
あたしは人だかりに近づくと、その中にあやせの姿を見つけた。

「おっはよ、あやせ。どうしたのこれ?」
「あっ、おはよう桐乃~♪」

あやせはあたしの手を両手で握り、頬を染め、上目遣いで見つめてきた。
いや、今はそういうのはいいから……
あたしは手を振りほどくと、人だかりを指差して、あやせに回答するよう促した。

「うーん、なんかね。C組の○村くんと△川さんが急にラブラブになっちゃったみたい」

ああ、なるほどね。
そりゃあたしがさっきデレノートに書いたから、当然の結果なんだけどさ。
周りを見回すと、皆は教室の中に視線が釘付けになっていて、その視線の先には、
見事に相思相デレ状態となった○村くんと△川さんの二人の姿があった。
昨日まではそんな素振りを見せてなかった二人のデレデレぶりに、辺りは騒然としている。

「――あの書き込みは本当だったのかよ」

人だかりの中の誰かがそう呟いた。

その声を受けて、また別の誰かが聞き返す。

「書き込みってなんだよ?」
「今朝、あの二人をカップルにするって予告があったんだよ。うちの学校の裏サイトに!」
「それどころか、最近カップルが異様に増えてるのは、そいつの仕業らしいぜ」

キ、キ、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!
これよ、これ!あたしが求めていた展開になってきた!
ようやくあたしという恋のキューピッドの存在に気付いたようね!

「カップルにするって……どうやって??」
「知らねーけど、恋の魔法がなんとかって書いてあった」
「……お前、マジで言ってんのかよ?」
「じゃあ、あれをどう説明するんだよ!急にあんな状態になっちまってるんだぜ!?」

喧喧囂囂の言い合いが続き、その周りの人達も戸惑いながらやり取りを見守っている。
しばらくすると、ざわめきを掻き消すように予鈴が鳴って、皆それぞれの教室に戻り始めた。

「いいから、お前らも裏サイト見てみろって!携帯からでも見れるだろ」

散り際に聞こえてきた声に、みんな携帯を取り出して一斉に操作を始めている。
あたしはニヤニヤを抑えるのに必死だった。

その日、校内は一日中、裏サイトの掲示板の話題で持ちきりだった。
教室に居ても、耳を澄ませばいつでも裏サイトについて話す誰かの声が聞こえてくる。
でも、まだみんな半信半疑のようで、あたしの書き込みを単純に信じる人もいれば、
トリックがあると疑っている人もいて、受け止め方はまさに人それぞれみたい。
中には、カップルになった二人による自作自演じゃないかって説を唱える人もいたらしい。
とはいえ、当人達を問い詰めてもデレ状態の二人では要領を得ないし、演技とは思えない
二人の豹変っぷりは、あの書き込みに信憑性を持たせるのに十分だったようだ。

唯一真実を知るあたしは、そんな周囲の喧騒に対して言い知れぬ優越感に浸っていた。
ネットの世界に舞い降りた、愛を結ぶ謎のキューピッド……嗚呼、カッコよすぎるわ。

「桐乃?……なんだか今日はずいぶんご機嫌だね」
「そ、そんなことないってば、あやせ」

いかんいかん、ついつい表情がニヤけてしまうわ。

ただね、想定外なことがひとつだけあってさ――
あ、ホラ、今またクラスの男子が噂話してるんだけど……

「掲示板のあいつ、スゲーよなぁ」
「俺はあんなの信じないけどな。えっと、なんて奴だったっけ?」
「ええっと……なんだったっけ……?」

だから“メルちゃん”だってば。名前欄に書いてたでしょ!
あたしは恋の呪文を使う、魔法少女メルルだよっ☆

「ああ、たしかキラッとかいう……」
「あっ!そうだそうだ、キラッだよ!」

ノオオオオオオ!
違うっ!そこじゃないってば!
確かにそれも書いたけど、それは単にメルルの歌の合の手で、キメ台詞的に書いただけなんだって。

そんなあたしの心の叫びが届くはずもなく、裏サイトの謎のキューピッドの呼び名は、
みんなの間であっという間に“キラッ”で定着してしまったようだ。

「キラッって、一体どんな奴なんだろうなぁ~」
「だからヤラセだって!キラッなんてあり得ないって」

……ああ、もういいわ。キラッでいいわよ。

学校が終わり、あたしは足早に帰宅すると、着替えるよりも早くパソコンの電源を入れた。
裏サイトにアクセスして例のスレッドを開くと、今朝までの寂れようとは打って変わり、
あたしの書き込みに対するレスが並んでいる。
どうやら皆、待ちきれずに学校から携帯使って書き込んだみたいね。
ふふっ、こうじゃなくっちゃ。



530 :メルちゃん♪:2011/01/27(木) 06:41:11
ちょwwwお前ら無視すんなしwwwwwwwww
しょうがないから、今から3年C組の○村くんと△川さんをカップル化してやんよ
これであたしの力を信じなさいよ!

(・ω<)キラッ☆彡

531 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 09:21:17
うおおおお!マジだ!!!!!
○村と△川が急にベタベタになってた!!!!

532 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 09:31:52
おいおい、俺も見てきたぞ
どういうことだってばよ・・・?

533 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 10:02:09
記念パピコ

534 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 10:50:18
>>530
なんでカップルになるって分かった?

535 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 11:01:32
え?これどういうこと?
意味が分からない…

536 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 11:03:47
>>530
リクエストしたら他の人もカップルになるのか?

537 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:15:23
キラッの人!
2年A組の川上哲也と末永康子をカップルにしてください!


 

538 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:45:03
キラッの人って誰なの?

539 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:47:37
はいはい
ヤラセ乙

540 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:55:30
ここに名前を書いたらカップルにしてくれるの?>キラッ

541 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:02:09
なにそれこわい

542 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:11:20
キラッ様!
3年E組の本山哲と石田可奈をカップルにするの希望します

543 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:21:22
記念真紀子

544 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:29:01
>>530
お前誰なんだよ?




『ククク……すっかり話題の中心になってるじゃないか』

リュークも興味深げにモニタに映し出された掲示板を眺めている。

「ホラ見て、結構カップル化のリクエストがきてるよ」

でも、さすがに写真まで載せている書き込みは無いので、
どうやらあたしが実際に調べて、当人の顔を見に行かなければいけないようだ。
この辺がデレノートの不便なところよね。
とりあえずあたしは掲示板に書かれていた何組かの学年・組・名前をメモに控えて、
手帳に挟んでおいた。
さっそく明日顔を見に行って、デレノートに名前を書いてあげよっと。

その日を境に、裏サイトにある恋愛スレッドは、キラッ専用スレッドと化した。

あたしは毎晩スレッドの書き込みをチェックし、カップル化の要望があればデレノートに書き、
カップルを作ってみんなの反応を楽しむことを日課にしていた。
顔が分からないときは仕方ないので教室まで行って確かめていたけれど、
最近では顔写真付きで依頼するルールが浸透したおかげで、あたしの手間は随分少なくなり、
ますますカップル作りは加速した。
“目指せ人類総カップル化”ってとこね。このノートがあれば少子化も怖くないわ。

『ククク……毎日カップル作りに精が出るじゃないか』
「あったりまえじゃん。あたしは恋のキューピッド“キラッ”なんだからね」
『たが気を付けろよ。カップルになった奴等はノートの力で能天気にデレてるからいいが、
  身近な人間のカップル化を快く思わない奴もいる』

リュークは不敵な笑みを浮かべている。

『カップルになった二人を妬む奴、想いを寄せてた相手を取られた奴、そんな奴等も居るってことだ。
  そういう奴等にお前の正体がバレたら大変なことになるだろうな…… ククク……』
「あたしはそんなヘマしないって。だからネットを利用してるんじゃん」

こいつってデレ神なんて恥ずかしい神様やってるくせに、結構性格が悪いんだよね。
でも、キラッの正体があたしだとバレると、色々と面倒なことになるのは確かだ。
用心のためにノートは部屋から持ち出さないようにしているし、普段は家族にも内緒にしている
あたしのコレクション置き場の一番奥に隠してあるので、バレる可能性は無いとは思うけど。

「ってか、万一バレたところで別に犯罪やってるワケじゃないしね。
  それに名前を書くだけでデレデレにさせられるノートだなんて、誰も信じないよ」
『だが、デレノートに触った人間には俺の姿が見えてしまう。
  そうなれば否応なく、人智を超えた力を宿すノートだと知ることになるがな』

あっ、そうか。それはそうかも。
確かに他の誰かにこのおぞましい姿のデレ神を見られたら、ちょっと言い訳できそうにない。
それは今まで以上に用心しないとね……。

だけど、そう思っていた矢先にトラブルは起きてしまった――

写真と名前さえあれば誰でもカップルになれる、という評判が評判を呼んで、
学校の裏サイトには、あたしの学校以外の、近所の中学校や高校からも書き込みが
集まるようになっていた。
あたしの知らないところで、キラッのウワサはどんどん広がっていたみたい。

ただ、困ったことがあって……
以前は写真なしで依頼がくることばかりだったので、実際に顔を確認しに行くついでに、
カップルにして大丈夫かどうかの妥当性ってやつを一応判断するようにしてたんだよね。
二人の雰囲気とか、釣り合うかどうかとか、まぁ、あたしの勘によるところが大きいんだけどさ。
あからさまなイタズラは却下するようにしないと当人達が可哀想じゃん?

でも、写真掲載がメインになってからは、その辺がちょっとテキトーになってしまってたの……。
そして、あたしがカップルにしたある一組について、こんなクレームの書き込みが寄せられてしまった。



341 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 18:12:21
おいおい、昨日カップルにされた○高の田端と大山はそれぞれ彼女・彼氏持ちだぞ?
明らかに誰かが嫌がらせで書いたんだから無効にしろよ!!
酷すぎるだろ!




えええ、マジで~~?
でも無効にしろっていわれても、そんな方法知らないっての。

「リューク、間違ってデレさせてしまった場合、もう一度書き直したら効果が上書きされるかな?」
『デレノートの効果は、一度発揮されたら変更は効かないし、取り消しもできない』

だよねぇ……
でも、そもそも全然知らない人達なんだから、恋人居るかどうかなんて分かりっこないし。
これって不可抗力じゃん。
そういうものだと思ってもらうしかないよね。



342 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(火) 18:30:00
>>341
ありゃ、ごめんね~
まぁ、本人達は幸せになってるからもういいじゃん?
なんなら余った者同士でくっつけてあげるからさ




と、あまり深く考えずに書き込んだこのレスによって――スレッドは大荒れになってしまった。

 
“呪いの掲示板”って知っているかしら――


その日、文化祭の打ち合わせのため、久しぶりにゲーム研究会の部室に顔を出した俺は、
ふいに黒猫からそんなことを尋ねられた。

「呪いって……、なんだそりゃ?」
「いまネット上で話題になってる掲示板のことよ。
  そこに顔と名前を晒されると、誰かと無理矢理カップルにさせられてしまうそうよ」

“呪いの○○”――実に使い古された、なんとも安っぽい表現だ。
くだらない怪談や都市伝説なんかに出てくる、こんなにもネタ臭さの漂うフレーズが他にあるだろうか。
だが、黒猫は少し頬を上気させ、目を輝かせている。
こいつがいわゆる“厨二設定”が好きなのは知ってるが、オカルト系も守備範囲だったっけ……?

「えっと、無理矢理カップルって……意味が分からないんだけど……」
「ウワサによると、不思議な力が働いて、ラブラブの色ボケ状態にさせられてしまうそうで、
  まるで抜け殻のようになってしまうの。うちの学校にも被害者が居るらしいわ」
「……不思議な力って、そんなことあり得るのかよ」

どこから突っ込んだらいいんだよ。
と、俺が怪訝な表情を見せると、黒猫は深くため息をついて、呆れたような視線を返した。

「凡庸な人間風情には理解できないでしょうけど、これは古から伝わる魅了(チャーム)の呪い。
  ――つまり闇世界の住人の仕業よ!」

なるほど、そっちに持っていくわけか……だから活き活きしてるんだな。
黒猫の言動に俺は今更驚きもしないが、近くで聞いていた瀬菜は顔をしかめつつ会話に入ってきた。

「五更さん、相変わらず痛々しい発言を振りまいているんですね」
「……ほっといて頂戴」

黒猫は瀬菜を一瞥すると、くるりと背中を向けてパソコンに向かった。
馴れた手付きでキーを叩き、なにやらウェブサイトを検索しているようだ。

「さぁ、御覧なさい。このサイトよ」

振り返って俺と瀬菜にモニタを見るよう促す黒猫は少し得意気だ。
俺達は黒猫の後ろからモニタを覗き込む。
そこにはどこかの学校に関する口コミ情報のサイト――いわゆる学校の裏サイトが映し出されていた。

「このサイトに、五更さんの言う“呪いの掲示板”とやらがあるんですか?」
「ええ、そうよ。近くの中学の裏サイトらしいけれど、今もここで呪いの儀式が執り行われているわ」

呪いってのは、五寸釘の藁人形とか魔方陣とか水晶玉とか、そういう演出が付くイメージなんだけど、
ネット上の掲示板でお手軽に呪いねぇ……これが時代ってやつだろうか……
黒猫にバレないよう、俺は小さくため息を吐いた。
だけどその時、サイトのタイトルに書かれていた中学校の名前に、俺は見覚えがあることに気付いた。

「この中学校って……桐乃の通う学校じゃねーかよ」
「あら、そう言えばそうね。気付かなかったわ」

桐乃の奴、こんな変なウワサ話に巻き込まれてやしないだろうな――?
まぁ、あいつのことだから、邪鬼眼乙の一言で片付けそうだけどさ。

「ええと、恋愛系の……あったわ。このスレッドだわ」

そう言うと、黒猫は掲示板の中の沢山のリンクテキストの中からあるスレッドをクリックする。
そこには罵詈雑言の嵐とも言うべき怒りのレスがあふれていた。

「なんだこりゃ……」
「これは呪いによって友人や恋人を奪われた者たちの叫びね。当初は好き合ってる同士のカップル化を
  後押しするスレだったようだけど、そのうちイタズラや成りすましが横行して、
  本人の意思とは関係なくデレさせられてしまう、恐ろしいスレになってしまったらしいわ」
「ええぇ……本当なんですかねぇ……」
「ほら、ここに書かれている名前と――そしてこのリンクは顔写真ね。これが呪いの依頼よ……フフフ」

俺と瀬菜は無言で顔を見合わせる。
うーむ……、黒猫が電波受信中なのは間違いないが、ここのスレッドの奴らも相当なモンだ。
一体どこまで本気でやってるんだろうか。

「そして、このふざけた名前の奴が呪い騒ぎを起こしている張本人よ」

黒猫がモニタ画面を指差すと、そこにはこの殺伐としたスレッドの流れにそぐわない
緩いテイストのコテハンによる書き込みがあった。



719 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/28(月) 17:50:11
あんたたち、スレを荒らすんじゃないわよ!
あたしは頼まれたからカップルにしてやっただけじゃん!
悔しかったらあんたたちも相手を見つけてここで依頼しなさいっての




「……なんだこいつは?」
「キラッと呼ばれてる、このスレの主。そして依頼を受けて魅了の呪いを掛けている者よ。
  正体は明かしてないけれど、私同様、闇の眷属が人間の姿で世を忍んでいるのでしょうね」

そう呟く黒猫の瞳が怪しく光った……ような気がした。
黒猫ほど素直にスレのやり取りを受け入れられない俺は、正直どう反応をしたらいいのか分からなかった。
現実的に考えると、こういうやり取りをネタで楽しんでるスレッド、ってことなのかもしれない。
ただ、それにしては罵詈雑言のレスに切羽詰ったシリアスさを受けるんだよなぁ……

「フッ、人間界に過度の干渉をしてはならないことは闇世界の住民の常識だというのに。
  この所業、見過ごせないわね……」

そんな黒猫の言葉にツッコミを入れるよりも早く、部室には部長の声が響いた。

「おーい、そこ何やってんだ。 文化祭の打ち合わせを始めるからこっち集まれ~」

俺達は慌ててパソコン席から離れ、部員の輪の中に加わった。
そして、その日の“呪いの掲示板”話は、なんとなくそこでお終いになったんだ。

その日、帰宅して玄関のドアを開けた俺は、ちょうど二階に上がろうとしてた桐乃に遭遇した。

「ただいま」
「……ん、おかえり」

桐乃は素っ気なく挨拶を済ますと、足早に階段を昇っていく。
こいつは最近、メシとか風呂とかの時間以外は、ずっと自分の部屋に閉じこもってやがる。
新しいエロゲにでもハマってんのだろうか?

俺はいつものようにキッチンに向かうと、冷蔵庫から麦茶のパックを取り出してコップに注いだ。
桐乃が部屋に籠ってばかりのため、せっかく兄妹仲の改善がみられていた俺達は、
かつて冷戦状態だったときのように、会話を交わす回数が激減している。
まぁ、おかげで以前のように無理矢理エロゲやらされたりすることもなくなったので、
受験生の身としてはありがたいんだけどさ。

俺は麦茶を飲み干すと、階段を昇り自室へ向かった。

自室のドアノブに手をかけたところで、ふと桐乃の部屋の方を見た。
部屋からは忙しくキーボードを打つカチャカチャという音が聞こえてくる。
少し迷った後、俺は桐乃の部屋のドアをノックした。

「おい、桐乃ぉ――」

そう呼び掛けると、キーを叩く音が止んだ。
ほどなくして近づいてくる足音が聞こえ、勢いよくドアが開く。
俺はあらかじめ軌道に手を構え、ドアを受け止めた。いつもこのパターンで頭打ってるからな。
獲物を仕留め損ねた桐乃は、チッと舌打ちをして不機嫌そうなツラを見せた。

「何か用? あたし忙しいんだけど」
「いや、用ってほどじゃないんだけど……」

あれ?そういえば、なんでノックしたんだろ?
迂闊にも俺は、これといって用事もないのに桐乃を呼び出してしまった。
とりあえず何か言わなければ……

「あー……えっと、最近お前っていつも部屋に篭ってるから、何やってんのかな~と思ってさ」

ああ、我ながらしょうもないことを言ってるぜ……
こんなこと聞いたって、桐乃の答えは決まりきってるじゃないか。

「別にあたしが何やってようが、アンタには関係ないでしょ?」

ほらね。そう返ってくると思ったよ。

俺は慌てて他の話題を探した。

「そ、そういえば、お前の学校の裏サイト?ってのが、いまウワサになってるらしいじゃねえか」
「へぇ~、あんたも知ってるんだ?」

苦し紛れに今日部室から聞いた“呪いの掲示板”の話を振ってみたところ、
予想外に桐乃は食い付いてきた。

「あのウワサってすごいでしょ~~?もうスレ見た?」
「ああ、俺にはスレの奴らがどこまでマジでやってんのか分かんねぇけど……」
「マジだって!実際にあたしの学校でカップルになった人達がいるんだから。
  ネット上に存在する恋のキューピッド、すっごい素敵だと思わない!?」

どうやら桐乃は、あの掲示板のやり取りを信じきっているらしい。
この手の超常現象系には醒めた奴だと思ってたので、この反応は意外だった。

あれ?でも“恋のキューピッド”だと?
そこは今日聞いた話とちょっとニュアンスが違うな。
黒猫曰く、あれは呪いらしいけど……
しかし、何となく今はそのことに触れない方がいいだろうという野生の勘が働いたので、
俺はあえて指摘しないことにした。

「ああ、そうだな。……でもお前、変なことに巻き込まれてないだろうな?」
「はぁ?なに言ってんのよ」
「いや、だって無理矢理誰かとカップルにされるんだろ?」

俺がそう言うと、桐乃はいきなり目を輝かせ、嬉しそうにコケにしてきた。

「えっ? アンタ、あたしが誰かと付き合っちゃうと思って心配してんの?うひゃーキモキモ」

取り繕って出てきた話題ではあるけど、兄として一応心配して言ってやってんのにこの反応だよ。
ってか、“呪いの掲示板”を信じるのお前の方が不安がるべきじゃねーのか。

「安心しなって、あたしこれでも身持ちが固いからさ」

桐乃は馬鹿にしたように笑いながらそう言うと、俺が反応するよりも先にドアを閉めた。
そりゃ俺だって、こいつが誰かとどうこうなるとは思っちゃいないけどさ。

まぁ、こんなやり取りでも、随分久しぶりに兄妹でまともに会話を交わした気がするよ。


しかし、“呪いの掲示板”の話はまだ続いた――


次の休日、俺は意外な人物からの呼び出しを受け、とある喫茶店に来ていた。

「マネージャーさん、お休みの日に突然呼び出したりしてすみません」
「いや、別に用事もなかったし、気にしなくてもいいぜ」

そう、俺をここに呼び出したのは、以前メルルのコスプレイベントで知り合った
英国人のブリジット・エバンスという美少女だ。
俺は加奈子のマネージャーとしてイベントに参加していたんだけど、メルルコスプレの常連である
ブリジットとも見知った間柄になっていた。
この前日、ブリジットから相談事があるとのメールが届いたので、こうして会ってるわけだ。
俺達に共通事項はそう多くないので、おそらく加奈子絡みなんじゃないかと予想しているんだが。

「で、相談ってなんなんだ?」
「はい、実はかなかなちゃんのことで……」

どうやら俺の予想は当たっていたらしい。


「最近、かなかなちゃんの様子がおかしいんです」
「あいつが色んな意味でおかしいのは以前からだと思うけど――」

と、言ったところでブリジットはキッとこちらを睨み付け、俺は思わず肩をすくめた。
こいつ、ホントに加奈子のこと慕ってるんだな……

「まじめな話なんです。最近いつもボーっとしてて、心ここにあらずって感じで……」
「ボーっとしてる?」
「はい、携帯を見つめてボンヤリしてたり、ため息をついたり、イベント中もずっと無気力な感じなんです」

普段の加奈子はどうしようもないクソガキだけど、仕事に関しては異様にプロ意識が高いから、
無気力に仕事をこなす姿はちょっと想像できない。

「ある時、誰かからかなかなちゃんに電話が掛かってきたんですけど、
  その時はびっくりするぐらい元気になってたんです。
  でも電話が終わった後は、また顔を赤らめてボーっとしてて……
  病院に行ったほうがいいって言っても聞いてくれなくて……わたし心配なんです」

ああ、なるほど。そこまで聞けば鈍感な俺でも分かるよ。
その症状は病院じゃ治せないだろ。

「それさぁ、あのガキが誰かに恋でもしたんじゃねえの?」

そう言うと、ブリジットは恥ずかしそうに俯いてしまった。

「……わ、わたし、そういうのはまだよく分からないんです」

まぁ、俺もそういう話は疎い方だけどさぁ
電話掛かってきて頬を赤らめボンヤリため息だなんて、いまどき漫画でも使われないほど
分かり易すぎる恋煩いの症状だろ。

「だとしても、いつも元気なかなかなちゃんらしくないっていうか……」
「うーん、そうは言っても、俺も加奈子のことを特別よく知ってるわけじゃないんだけどなぁ」

最近あいつを見かけたのは桐乃達と下校してるところだった。
そういえば、やたらと桐乃にベタベタくっついてて、それはそれで元気そうに見えたけど。

「第一、あのかなかなちゃんが恋をしたとしても、そんな乙女な反応をすると思いますか?」
「た、たしかにそれは意外ではあるな……」

そんな根拠で納得される加奈子も大概である。
ブリジットは顔を上げると、コホンとひとつ咳払いをした。

「あまり様子が変なので、わたしなりに色々調べてみたんですけど――」

そこでブリジットはぐっと身を乗り出してきた。
俺は思わず息を飲む。

「いまネットでウワサの“呪いの掲示板”に関係してるんじゃないかって思うんですっ!」

ブリジットと会った翌日――

俺はまたゲー研の部室に顔を出していた。
先日、文化祭の出し物を決めていたゲー研は、その準備で活気に溢れている……ということは全然なく、
俺が来た時点では二年の部員が3人でゲームをしながらダベっているだけだった。

そいつらと挨拶をかわし、俺は部室の隅の椅子に座った。部員達はまたゲームとお喋りを再開している。
部長達が居ないせいもあるけど、文化祭が迫ってるのにこんな調子で大丈夫なのかよこのクラブは……
まぁ、そういう緩さが、俺にとっては居心地のいいんだけどさ。

――と、そんなことを思っていたら黒猫がやってきた。

「待たせたかしら、先輩」
「いや、俺もいま来たばかりだ」

二年生達に軽く会釈をすると、黒猫はパソコン席に着き、電源ボタンを押した。
俺もパソコン席の隣に腰かける。

「……それで、話って何かしら?」

そう、俺は先日ブリジットから聞かされた話を黒猫に相談するために部室に呼んだのだ。

「――そう、あなたの妹さんの友人にまで“呪い”が……」
「ああ、まだ確定したわけじゃないが、ブリジットが言うにはそういうことらしい」

黒猫は、加奈子やブリジットと面識があるというわけではないが、コスプレイベントに行ったときに
観客として舞台の上にいた二人を見知っている。
そんな黒猫は、ため息をつき、俺の顔を見つめている。
いや、それは見つめたというよりも、なんだか観察するかのような視線だった。
しばらく沈黙していた黒猫だったが、カバンを膝の上に乗せ、その中からクリアファイルを取り出した。

「実はあの日以来、私は“呪いの掲示板”について、自分なりに調べていたのよ」

そういうと、パソコンのキーボードの上へと、無造作にクリアファイルに挟まれていた数枚の用紙を広げた。
そこには、黒猫による調査内容が丁寧に纏められていた。

・“呪いの掲示板”でカップルの話題が急増したのが1月中旬から

・キラッらしき書き込みが最初に確認されたのが1月26日

・その後の1か月ほどで486人、243組が被害を受けている

・平日は朝、晩に書き込みが集中しており、日中の書き込みは稀

・当初の名前は「メルちゃん♪」であり、アニメ「星くず☆うぃっちメルル」を連想させるものだった

・当初は裏サイトの中学校の三年生を中心にカップル化されていた

・当初は顔写真の掲載は不要で、名前だけを条件にしていた

・そもそも当初は依頼を受けてからの呪い発動ではなく、キラッによる自発的なものだった

・数回、カップル化に失敗している
  →当人同士が顔見知りでない場合、および相手が遠方の人間だった場合は呪いが効かない模様

列挙されているそれぞれの事項について、関連する過去ログが引用されている。

「なるほど……よくまとめたな、お前」
「たいした事なかったわ。荒らしが増えたせいでスレ進行は早いけど、それでもまだ20スレ程度だし」

そうは言っても、20スレってことは……1000×20で2万レスを精査したってことだよな……?
どうやらこいつ、かなり本気でキラッについて調べているようだ。
黒猫は片手でバサッと黒髪をかき上げ、ちょっと得意気にしている。
ただ、それらの事項に関する考察は書かれていない。その点は黒猫らしくないな、と俺は思った。

「そんなことよりも……それを読んだ上での、先輩の意見を聞きたいわ」

また黒猫は俺の顔をじっと見つめる。
いつもとはちょっと雰囲気の違う、まるで俺の表情の変化を逃すまいとしているような目だ。
だけど、俺はその違和感を、自分の気のせいだと思うことにして、気にせず黒猫の問いに答えた。

「そうだな……こうやって見ると、キラッって奴はなんとなく脇が甘いというか
  ……あまり考えずに行動してる感じを受けるな」
「ふぅん、それはどの辺りに?」

俺は黒猫の資料の一部を指差した。

「例えば、騒ぎの起こる最初の方では、三年生だけが被害を受けているけど、
  これって、普通に考えれば三年生に近い人物……または三年生の中にキラッがいる可能性があるよな」
「そうね、その後リクエストを受けるようになってから二年生や一年生、さらには他校の生徒も対象にしているわ」
「それにスレへの書き込みの時間帯も、いかにも学生って感じだし、あまりそういうの隠してないよな」

そう答えた俺の意見に、黒猫も同調しうなずく。

「そうね、もちろん偽装のためにあえてそうしている可能性もあるけど、
  こいつの書き込み内容を見る限り、そこまでの思慮深さを感じないわね」
「確かに、あまり知性を感じさせない書き込みばかりだよな……」
「それに、途中から写真を載せることを条件にしたのは、名前だけでは誰なのか判断できないからでしょうね。
  逆に言えば、名前だけでリクエストを受けてた同校の三年生は、写真なしでも判断できたということ」

そう、つまりキラッはこの中学校の三年生の中にいると考えるのが自然だ。
調子に乗って俺はさらに続けた――

「あと、やたらメルルネタを使ってるのが気になるよな。キラッってのもメルルの主題歌のネタだし」
「……そうね、1クールで終わった大きなお友達向けの凡アニメだというのに」
「いまどきメルルに執着する奴が、桐乃以外にも居るとは思わなかったよ」

あのアニメ、実は俺が思ってたよりも人気だったのかな?
呑気にそんなことを思っていた俺は、また黒猫からの観察するような視線に気付いた。
さっきから時折見せていた視線だ。

「なんだァ?さっきから妙に見つめてくるけど……」

怪訝そうにそう言い、俺はやや非難をこめた視線を返す。
すると、黒猫はフッと笑顔を見せた。

「……どうやら先輩は大丈夫なようね。安心したわ」
「大丈夫……って何がだよ?」
「いいのよ、気にしないで」

???
どういう意味だ?
なんだか訳が分からないが、とりあえずこの一連のやり取りで黒猫は何かを納得をしたようだ。
そして黒猫は、パソコンで件の中学校の裏サイトにアクセスし、現行のスレッドを開いた。

「この掲示板には、投稿者のIPアドレスの表示はなく、IDも表示されていないのだけど――」

IPアドレス……? ID……?
黒猫がさらりと言った言葉には、ネットに詳しくない俺にとって、少々ハードルの高い用語が含まれていた。
腕組みをして首をかしげている俺にやや呆れたように、黒猫が補足する。

「要するに、投稿者ごとに固有な識別番号、のようなものよ」
「ふむ…… 分かるような分からんような……。それがどうかしたのか?」
「つまり、どの書き込みを、誰が書たのか、書いた本人以外からは分からない仕組みなのよ」

そこまで聞いても、俺にはどうも黒猫の言わんとすることが分からない。
黒猫はマウスホイールを操作して、スレッドの最新の書き込み部分にスクロールした。


233 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 10:45:30
○○中の3年C組の如月竜司と相川真央のカップル化おながいします!
写真はここです[LINK]

234 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 12:18:10
>>233
はい、完了
お幸せに~☆

235 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 13:03:12
キラッUZEEEEEEEE
氏ねじゃなくて死ね

236 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 14:51:24
>>234
おお!マジであいつらカップルになってた!
すげえ!
キラッに感謝!!!

237 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 15:18:08
調子に乗るからやめろって!!!!

238 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 15:48:22
○○高、1年3組の相川歩と平松妙子をくっつけてください!
写真→[LINK]


 


「――相変わらずカップル依頼とやらが続いてるんだな」

俺はうんざりしたように吐き捨てた。
黒猫はそんな俺に見向きもせず、キーボードをカタカタと叩いている。
何を書いてるのかと思い、テキストが入力されているフォーム部分を注視する。

するとそこには意外な内容が――



名前: (・ω<)キラッ☆彡
E-mail: sage
内容:
>>238
ほい、完了したよ~


 


「うおおおおおおい!!お、お前っ!一体なにを!!?」

そのあり得ない書き込み内容に、俺は思わず大きな声を上げ、椅子から転げ落ちそうになった。
それと同時に、部室の全員の視線を一身に浴びていることに気付く。

「す、すまん、なんでもないっ」

俺は唖然としている二年生達に向かってそう言い場を取り繕うと、黒猫に顔を寄せて小声で囁いた。

「んで、なんなんだその書き込みはよ。 ま、まさかお前が――」
「……そんな訳ないでしょう」

黒猫は投稿ボタンをクリックしてスレへの書き込みを終えると、椅子を回して俺と向き合った。

 


「この一連の依頼のやり取りは、すべて私が“成り済まして”書いたもの。カップルの学校名も名前も写真も適当よ」
「ど、どういうことだ?じゃあ、ここのカップル化報告は……」
「もちろん嘘っぱちよ。私が書いたのだから」

どうも話についていけない。
これもスレ荒らしの一種だろうか?などと見当違いの発想をしていた俺だったが、
黒猫は構わず言葉を続けた。

「今日、私は休憩時間のたびに、このPCを使って依頼者とキラッに成りすました書き込みをしていたのよ。
  さっき言ったように、この掲示板はIPアドレスもIDも出ないから、そういうことをしてもバレないの」
「お前、そんなことを……一体何のために?」

俺のその問い掛けを待っていたかのように、黒猫はしたり顔で答えた。

「キラッに対して揺さぶりをかけるためよ。
  他の人には分からなくても、キラッ本人がこれを見れば『自分に代わって誰かが成り済まして依頼を遂行した』と思うでしょう?
  自分と同じ能力を持つ者が現れた、とでも受け取ってくれればしめたものよ」
「そういうことか……」
「キラッがどうやって魅了<チャーム>の呪いを身に付けたのか、それは闇の眷属たる私にも分からない。
  だけど、こうやって揺さぶることで、手掛かりを掴むことができるかもしれないわ」

なるほど。確かに、依頼者の結果報告レスを偽っていても、キラッにはそれが事実か否かを確認する手段はないだろう。
この“呪いの掲示板”は、ネット上のやり取りだけで成立していたので、そこは盲点と言えるかもしれない。
黒猫は“第二のキラッ”とでもいうべき存在を、いとも簡単に作り上げたのだ。

「いつも通りならキラッは今晩このスレッドに現れるはず。フッ、どんな反応をするか見モノね」

黒猫は不敵な笑みを浮かべていた。

その日、帰宅したあたしはいつものようにパソコンに向かっていた。
熱いコーヒーを片手にスレをチェックするこのひと時は、今のあたしにとって一番の癒しの時間だ。
人類総カップル化計画が着実に進んでいる達成感と充実感――
まだまだ目標には遠く及ばないけど、キラッの存在は着実に世間へ伝播されているだろう。
まずは千葉……次いで関東全域……そして日本全国へ……
そんなことを思いながら、あたしはコーヒーを口に含んだ。
だが次の瞬間、スクロールしていたスレ画面には、ありえないレス内容が映し出されていた。

ブ――ッ!!!!!!!

『おい、汚えな! モニタがコーヒーまみれになってるぞ』

褐色の液体を盛大に噴出したあたしは、傍らのリュークに画面を指差し、その箇所を見るよう促した。

「げほっ!げほっ……リューク、ちょっとこれ!これどうなってんのよ!?」




233 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 10:45:30
○○中の3年C組の如月竜司と相川真央のカップル化おながいします!
写真はここです[LINK]

234 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 12:18:10
>>233
はい、完了
お幸せに~☆

236 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 14:51:24
>>234
おお!マジであいつらカップルになってた!
すげえ!
キラッに感謝!!!

238 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 15:48:22
○○高、1年3組の相川歩と平松妙子をくっつけてください!
写真→[LINK]

240 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 16:20:50
>>238
ほい、完了したよ~

251 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 16:58:21
>>240
ありがとうございます!成功してました!!!


 


『これがどうかしたのか?』
「どうかじゃないわよ!この時間帯、あたしは書き込んでいないのよ!」

これは一体どういうことなのだろう?
キラッであるあたし本人に書いた覚えがないのだから、他の誰かが書き込んだのは間違いない。
だけど重要なのはそんなことじゃない。
まず第一に、この成りすましがそれぞれのカップル依頼を受けて、ちゃんと成立させているってこと。
あたし以外の誰にそんなことが出来る?

「それぞれにカップル化の成功報告もされてるわね…… 訳が分からない……」
『お前が書き込んだことを忘れてる……ってことじゃないよな?』
「ありえないって。大体このとき、あたしはまだ学校にいたのよ」

あたしは机にデレノートを開き、そこに書かれている名前の羅列をチェックした。
だけど、このレスで依頼されている男女の名前は、そこには見当たらない。
誰かが密かにあたしのデレノートに書き込んだわけではない…… となると……

「リューク、人間界にもたらされたデレノートは、もしかして他にも存在するの?」
『……あるかもしれないし、無いかもしれない、としか言えない。
  俺がお前にデレノートを渡したように、他のデレ神が同じことをしているかもしれないからな。
  まぁ、そんな物好きは俺ぐらいだと思っていたけど』

リュークの箸にも棒にも掛からぬトボけた答えに、思わずため息をついた。
大事なことなんだから、あんたも神様の端くれなら、それぐらいハッキリしなさいっての。

でも、本当にデレノートがあたし以外の誰かの手にもあるとしたら……なんて恐ろしいことだろう。

そしてもっと重要な第二の問題は、この書き込みをした者が、あたしの二つ名である「キラッ」に成りすましたということ。
つまり、この偽者はあたしの存在を認識した上で、わざわざ干渉してきたのだ。
それも、周りの人からは分からない、成りすましという方法で。
これは……あたしとのコンタクトを望んでいる?それとも敵対のアピール?

「どちらにせよ、放置しておくわけにはいかないわね……」

モニタに映る偽キラッの忌々しい顔文字を、あたしはもう一度睨み付けた。

……あっ、でもその前にそろそろ晩ご飯の時間ね。

「ごっそさん――」

食事を終えた俺は、自分の食器を重ねると、台所の流し台へと運び、さっさと食卓を後にした。
いつもならリビングでテレビでも観て、しばらく食休みをするのだけど、今日はやらなきゃいけない用事があるんだ。

自室に戻った俺は、机の下のパソコンの電源を入れ、しまっていたモニタとキーボードを設置する。
桐乃とゲームの交流が無くなってからというもの、俺のパソコンの出番はめっきり減っていた。
起動するの自体、何日ぶりだろう、というレベルだ。
まぁ、俺は普段ネットとかしないし、このパソコンだって沙織がくれるというから貰ったようなものだし。
そうだな……しいて言えば、受験勉強の息抜きにちょこっとネットサーフィンするぐらいか?

カリ○アンコムとか、カリ○アンコムとか、カリ○アンコムとか――

……

……久々だし、ちょっとだけ……

と、秘蔵のブックマークを開こうとした瞬間、隣の部屋からドアがバタンと閉まる音がして、俺は思わずビクついた。
どうやら桐乃も部屋に戻ったようだ。ふぅ、ビビらせやがるぜ……

そうだった。今日は用事……というか任務があるんだった。
本来の目的に立ち返った俺は、ブラウザを起動して例の中学校の裏サイトへとアクセスした。
そして現行の恋愛スレッドを開くと、最新の50件を表示する。
どうやらキラッの書き込みはまだ無いようだ。

なんで俺がこんなけったくそ悪いサイトをチェックしてるのかというと、
話は今日の下校時に遡る――


ゲー研での部活(といってもキラッについて話してただけだが)を終えた俺と黒猫は、二人で下校していた。
部室で感じだと、どうやら黒猫は、キラッの人物像にある程度の予想がついているらしい。
そして本気でキラッの行動を止めようと考えているようだ。
だけど、そんなことが果たして可能なのだろうか? 相手は得体の知れない奴だっていうのに。
もしキラッが本当に呪いを使う異能者だったとして、“自称闇属性”にすぎない黒猫に対抗できるとは思えない。

隣を歩く黒猫の方に視線をやると、黒猫もなにやら考え込んでいるようで、自然と俺たちの間には沈黙が横たわっていた。

しばらく経って、黒猫がふと立ち止まり口を開く。

「……先輩の部屋にはネットに繋がったパソコンがあるのよね?」
「ああ、あんまり使ってねーけど一応な」
「じゃあ今晩、そのパソコンを使ってやって欲しいことがあるのだけど――」

その言葉を聞き、パソコン音痴の俺はちょっと身構えた。

「おい、念のため言っとくが、パソコンに弱い俺に高度な作業を要求するなよ?」
「知ってるわよ、そんなことぐらい」

黒猫はふっと鼻で笑ってみせた。
そういう態度って初心者を思いっきり傷つけるんだぜ……チクショウ。

「キラッはいつも19時過ぎから例の掲示板に書き込みを始めるのだけど、今晩、それぐらいの時間になったら、
  先輩は10秒間隔ぐらいでスレッドのリロードを繰り返して、キラッが現れるまで待っていて欲しいの」
「ん?そんなことなら俺でも出来るけど……何の意味があるんだそれ?」
「まだ続きがあるわ。リロードしてキラッの書き込みが表示されていたら、直後を狙ってすぐスレに書き込みをするの。
  内容は何でもいいわ。思い付かなければ『記念真紀子』とでも書けばいい」
「キラッのすぐ後に書けばいいんだな」
「そして書き込みを実行したら、その結果を私にメールで知らせて頂戴」

それでキラッの何が判るのだろう?
俺は首を傾げたが、黒猫は「後で解る」とだけ言い、それ以上の説明はしてくれなかった。
そんなやり取りを交わして、俺は黒猫と別れた。

そして今、俺はF5ボタンを一定間隔で繰り返し押す任務を遂行中だ――

始めてからもうそろそろ20分近く経とうとしているが、まだキラッの書き込みは無い。
こういう単純作業って結構ツラい。
黒猫の話の通りなら、もうとっくにキラッがスレに現れてておかしくない時間なのだが……
まさか今日に限ってキラッはお休みだとか言うんじゃないだろうな?
成りすまし作戦を仕掛けたから、絶対何らかの反応を示すはず、と黒猫は言っていたけど……

そしてそれからさらに5分ほど経ち、これって漫画片手にやってもいいのかな?なんて俺が思い始めたその時、
ようやくキラッの書き込みが表示された。



324 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 19:31:08
>>234>>240
何者?
あんたもノート持ってんの?


 


どうやらキラッは、黒猫の成りすましレスにまんまと反応してきたようだ。
ノートって何のことだろう?という疑問も湧いたが、今は黒猫の任務を果たすのが先だ。
投稿時刻を見ると、数秒前に書き込まれたばかり。ええっと、あとは急いで書き込めばいいんだよな。
俺は書き込みフォームにカーソルを合わせると、黒猫から指示された通り、ひねりも無く「記念真紀子」とだけ入力した。

「これで書き込み、と」

マウスを操作して投稿ボタンをクリックする。
――だが、投稿は受け付けられず、画面にはエラーが表示されてしまった。



エラー!
120 sec たたないと書けません。(1回目、79 sec しかたってない)

名前:
E-mail: sage
内容:
記念真紀子


 


エラーって……おいおい、これじゃ書き込めないじゃないか。
またリロードマシーン化させられるのだけは勘弁してくれ、と念じながら再度書き込みをやり直したけれど、
やはり同じエラーが表示されてしまう。
「120sec」ってことは、2分待てということだろう。
でも黒猫からは、キラッのすぐ直後に書き込むように言われていたし……
迷った俺は、とりあえず黒猫にメール報告をすることにした。

《今、キラッのすぐ後に書き込んだけど、120secとかいうエラーが出るぞ。最初からやり直しか?》

すると、間髪いれずに黒猫から返信が届いた。
黒猫からのメールはいつも素っ気無く、簡素なものだけど、この時のメールは更に輪をかけたものだった。

《もういいわ。本当に残念》

スレに書き込めないぐらいでそんなに残念なのか?
そう思っていた俺は、黒猫の言葉の真意を、このときはまだ理解できずにいた。

翌日、俺はまた黒猫とゲー研の部室に居た。
ただいつもと違っていたのは、放課後ではなく、昼休みの誰もいない時間帯に呼び出しを受けたということだ。
もしかして、二人っきりで昼飯でも食べるつもりなのかな?なんて浮ついたことを思ってた俺だったが、
黒猫から突きつけられた衝撃発言で、冷水を浴びせられた気分になっちまった。

「――キラッの正体は、あなたの妹さんだったわ」

あまりにも唐突すぎて、その短い発言の意味を理解するのにも数秒を要した。
静かな部室に響いた黒猫の言葉を、俺は咀嚼してなんとか飲み込み、聞き返す。

「……は? ……それはどういう意味だ?」
「意味も何も、そのままよ。貴方のおかげで確信が持てたわ」
「それって、昨夜の書き込みのことを言っているのか?」

昨夜、俺は黒猫に頼まれて、例の掲示板に書き込みを行った。
実際には連投制限とやらで書き込めなかったわけだが、……どうやら黒猫の目的はその制限そのものだったようだ。

「キラッの直後に先輩が書き込んで、それが連投と判断された。この事実がすべて。 そもそも連投制限というのは、リモートホストのIPアドレスを元に判断されているのだけど――」
「待て、待て! 俺にもちゃんと分かるように説明してくれ」

こいつがマジで桐乃を疑ってるというなら、意味不明な専門用語に生返事をして受け流すことはできない。
俺の妹を犯人扱いするからには、しっかりその根拠を説明してもらわないとな。
それがもし見当違いなものなら、俺は黒猫だって容赦はしない。
第一、こいつにとっても桐乃は数少ない親友だろうに、一体何を考えてるんだ……

そんな俺の非難の視線を、黒猫はまるで気にする様子もなく話を続ける。

「先輩は、インターネットをする際にプロバイダへ接続する必要がある、ということをご存知かしら?」
「ああ、うちはOCNだったかな?とにかく桐乃がどこかと契約してたぜ」
「ネットに繋ぐと、そのプロバイダから固有の番号が払い出され、それを身元としてホームページを見たり、
  メールを送ったりしたりしているのだけど、その番号のことをIPアドレスと呼ぶの」

黒猫はネットに疎い俺にも分かるよう、丁寧すぎるぐらい丁寧に説明した。

「で、掲示板の連投制限っていう機能は、その固有の番号、つまりIPアドレスを元に、
  同じ人が短時間に続けて書き込みをしようとしてないかを判別しているのよ」
「……つまり、俺が昨夜書き込めなかったのは、誰かが俺と同じ……IPアドレスってので書き込みしたからなのか?」
「ええ、その通りよ」

そこまで聞いて、俺は微かに背筋が寒くなるのを感じていた。
昨日の黒猫の指示は、「キラッの書き込みの直後に書け」というものだった。

それはつまり――

「通常、ひとつの家の中で複数台のパソコンを使うには、ルーターという機器で繋ぐのだけど、
  その場合、どのパソコンからネットに接続しても、使われるグローバルIPアドレスは同一のもの……」

黒猫はあえてその先を口にしなかった。だが、俺には伝わった。
――俺の直前に書かれたキラッの発言は、俺と同じく高坂家の中が発信源だったってことだ。

うちにあるパソコンは、俺の部屋以外では桐乃の部屋にしかない。
ということは、……直ちには信じられないことだが、つまりキラッの正体は、桐乃以外に考えられないってことだ。

俺はもう一度、いまの黒猫の話と昨日の状況とを回想して、どこかに齟齬がないかと探し始める。
どんなに仲の悪い兄妹だとしても、自分の妹が犯人扱いされれば、その可能性をなんとかして否定したくなるものだ。
しかし、どれだけ考えをめぐらせても、黒猫の推理を覆せるような材料は見つけられなかった。

あの馬鹿、何やってんだよ……
悔しさと情けなさが混じった感情に襲われる――
さすがの俺も、もう黒猫の推理に乗らざるを得なかった。

「……お前、いつから気づいていたんだよ?」
「裏サイトがあの娘と同じ中学校で、最初の犠牲者が同じ学年、三流アニメのネタを散りばめつつ痛々しい発言の数々――」

そこでひとつ、黒猫は呆れたようにため息をついた。

「――正直、かなり早い段階……書き込みログを見直してたあたりから、目星はつけていたわ」
「そ、そう言われると、尋常じゃない程に条件が桐乃にマッチしまくってるな……」

っていうかこんな大それた事をするなら、少しは身元を隠そうとしろよあのアホ!
あいつは、勉強もスポーツもできる、いわゆる優等生のはずなのに、どうも普段はどこか抜けてるところがあるんだよなァ
エロゲDVDを落として俺にヲタバレしたり、コミケ帰りに浮かれてあやせに見つかったり……あいつはそういう奴だった。
頭が痛くなってきたぜ……

「それでも、私は自分の予想が外れていることを願っていたのだけど」

そう呟く黒猫は、少し寂しそうな表情を見せていた。

桐乃が“カップル化の呪い”などという異様な行為で世間を騒がせているのなら、
俺は兄として即刻辞めさせなければならない。
すぐにでも桐乃に電話して、真偽を確かめようとしていたが、そんな俺を黒猫は制した。

「先輩、まだ問題は解決してないわ」
「あん?桐乃が犯人なら、とっちめてやりゃいいじゃねえか」

俺は鼻息荒く答えたが、黒猫の反応は冷ややかだった。

「そんなことをしても、証拠はないのだからトボけられて終わりよ。かえって警戒されるだけ」
「証拠って……掲示板の書き込みのことじゃ駄目なのか?」
「それは状況証拠に過ぎないわ。もっと直接的かつ決定的な証拠じゃないと。
  そもそも、あの娘はただの人間なのに、なぜ魅了<チャーム>のアビリティを会得できたのか……」

確かに、今起きているのは、名前と顔写真だけで他人の恋愛感情をコントロールする、などという現実離れした話だ。
そんなことを、桐乃はどうやって実現させているのか?

「大方、闇世界の者が要らぬ能力<ちから>を与えたのでしょうけどね。この私を差し置いて……」

ついさっきまでIPアドレスだのりモートホストだの、小難しいことを理路整然と話してたくせに、
いきなりオカルトな電波妄想を持ち出されると、こいつの推理を信用してホントに大丈夫なのかと不安になる。
だが正直なところ、呪いの正体についてはまるで見当がつかない。
現実的に考えれば、催眠術か何かだろうか?

つまり黒猫の言う“直接的かつ決定的な証拠”というのは、“実際どうやって呪いをかけているのか”、
という部分を明らかにするという意味だろう。
犯人が分かっても、凶器が見つからなければ立証が難しいという、刑事ドラマでよくある展開のアレだ。

「……黒猫、俺に何かできることは無いのか?」

そう尋ねると、黒猫は目を閉じてしばらく考えてから答えた。

「そうね、しばらく先輩は何もせず、普通に過ごして頂戴。もしキラッについて私達が探ってることを
  感付かれでもしたら、おそらく口封じで呪いの餌食にされるでしょうから」
「おいおい、桐乃が俺達に呪いを掛けるってのか!?さすがにそこまでは……」

俺はあいつの兄貴であり、お前はあいつの親友だ。
いくらなんでも考えがドライすぎる、と反論した俺だったが、黒猫の目はマジだった。

「いいえ、十分あり得ることよ。だから本当に気をつけて頂戴。掲示板の書き込みを読む限り、
  あの馬鹿女は呪いを掛けられた人間が幸せになっていると、本気で思ってる節があるから」
「だから身内でも躊躇しないってことかよ……」

俺はブリジットから聞いた加奈子の症状を思い出していた。
四六時中誰かにデレていて、仕事にも無気力になり、恋する乙女モードに……
確かに、もしそんな状態にされたら、キラッ事件の追求どころじゃなくなるだろう。
「むしろ私に言わせれば、あのブラコン娘が今まで貴方を対象としてなかったことが意外だけれど」
「ケッ、あいつはそんなんじゃねーよ」

そこまで話したところで、昼休憩の終わりを告げる予鈴が聞こえてきた。

「私の話はそれだけよ。教室に戻りましょう」
「ああ。……とりあえずお前の言う通りに、しばらく大人しくしておくさ」

事態がだいぶ飲み込めたとはいえ、俺の頭の中はまだぐちゃぐちゃに混乱していた。
色々な考えを整理するには、いずれにしろ時間が必要だ。

俺は部室の照明を切ると、パソコンの操作をしている黒猫を急かした。

「おーい、早くしろよ。授業始まっちまうぜ」
「ちょっと待ちなさい。キャッシュ消してからシャットダウンしないと……」

やれやれ。
先に部室を出て待つことにした俺は、出入り口に向かう。

そのとき俺は、部室の扉の磨りガラスに、一瞬、人影が見えたような気がした。
だけど、ドアを開けても外には誰の姿も無かったので、特に気に留めはしなかったんだ。

あれから一週間が過ぎようとしている。

この間、この事件にはちょっとした変化が訪れていた。
俺が黒猫の指示を受け、キラッの正体――つまり桐乃であることを暴いたあの日を境に、
キラッはなぜか“呪いの掲示板”に現れなくなったのだ。
キラッが桐乃だったという事実は、俺にとって正直かなりショックなものだったけれど、
黒猫の言いつけ通り、俺は桐乃に対して特別な反応は示さないよう努めてきた。
だから、俺たちがキラッの正体を見抜いたということは、まだ桐乃に知られていないはずなんだけど……

そうなると、キラッが現れなくなったのは、黒猫のもうひとつの作戦が効いたってことか?
あの日、黒猫は“成りすまし&自作自演”という揺さぶりも掛けてたからな。

とは言っても、それに対するキラッの反応は――



324 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 19:31:08
>>234>>240
何者?
あんたもノート持ってんの?




この意味不明な1レスだけだったけど。
“ノート”ねぇ…… 普通に考えれば紙を束ねて綴じてある、あのノートだよなァ
それとも何かの隠語になっているのだろうか?
あーっ!チクショウ、実にもどかしい!
隣の部屋をノックして、あいつから直接聞き出せりゃあ、どんなに話が早いだろう。

学校の昼休憩、俺は黒猫と二人で部室に居た――

キラッの正体が身内だと判明してからは、他の部員がいる放課後は話しにくくなったため、
俺たちはほぼ毎日、誰もいない昼の部室でキラッ事件について話し合っている。
もっとも、ここ数日は何の進展もなく、俺たちの捜査は行き詰まり気味だ。

「まずいわね……」

黒猫は腕組みをして呟いた。

「まさかキラッが掲示板から姿を消してしまうなんて……これじゃ探りようがないわ」

正体を知った今でも、俺たちは犯人のことを指して“キラッ”と呼んでいる。
俺にとっての妹、黒猫にとっての親友――お互い、桐乃を犯人として扱うのは抵抗があるからだ。
傍から見ればただの現実逃避かもしれないが、それが俺たちの暗黙のルールになっていた。

「ニセモノの出現で、警戒されたんじゃねえか?」
「……これまでキラッがあまりにも無警戒だったので、ああいう方法を採ったのだけど、
  こうもあっさり動きを停められるとは……正直失敗だったわ」

黒猫は悔しそうに顔をしかめている。
“面倒だから、もうあいつをふん縛って白状させようぜ”と、よっぽど俺は提案しようかと思ったが、
黒猫に一蹴されるのは目に見えているのでぐっと堪えていた。

「……だけど、もしニセモノを警戒して身を潜めているということであれば、それが新たなヒントにもなるわ」
「ヒント?」
「キラッは自分以外の人間が、自分と同じ能力をもつ可能性を否定できないってこと。
  ……あえて拡大解釈をすれば、この能力は私達が思うよりずっと簡単に、人に備わるものなのかもしれない」

なるほどな。
だけど、それは俺にはある程度予想ができていた。

少なくとも今年の始め頃までは、桐乃は“ただの桐乃”だった。
様子がおかしくなったのは、それ以降のことだ。
あいつに何が起きたのかは解らねえが、きっとあいつ自身が望んで手に入れた能力なんかじゃなく、
意図せず誰かに能力を与えられ、唆されて、キラッなんかになっちまったんだと思う。
だからこそ、もうこんなことはやめさせたいのだが……

「このまま大人しくしててくれりゃあ、それでもいいのかもな」

俺の呟きに、今度は黒猫が反応する。

「駄目よ。手口を明らかにして抑止策を講じないと。あの気紛れな娘に生殺与奪を握られている状態なんて危険すぎるわ」
「そ、それもそうか……。でもどうやって?」

黒猫は考え込んでいる。

「――この状態が続くようなら、こちらからアクションを起こす必要があるわね」

……そのアクションって、どうせ俺にやらせるんだろ?
頼むからあまり無茶なことはさせないでくれよ。


◇ ◇ ◇


退屈――

それが今のあたしの中の大部分を占めている感情だ。

偽キラッが現れてからというもの、あたしは用心のため、カップル化作業も掲示板への書き込みも控えている。
あたしが最後に書いたのは、偽キラッに探りを入れるレスだったんだけど、向こうから反応は返ってこなかった。
そして偽キラッの方も、あの日を限りに現れていない。

二人のキラッが居なくなったため、結果としてスレッド上には手付かずのカップル化依頼が溜まり、
スレ住民達も戸惑っているみたい。
まぁ、なりすましの偽者が出現してたってことは、当事者間でしか分からないことなので、他の人達は気付いてないだろうけどね。

はぁ……、めんどくさいことになっちゃったなぁ……

「ねぇ、リューク。あたしどうしたらいいと思う?」
『あん?……なんのことだ?』
「だから、こないだの偽キラッのことよ」
『あー……』

リュークはあまり関心なさそうに、ノーパソへ向いたまま生返事を寄越した。
このデレ神、あたしが冗談半分にエロゲを薦めたらまんまとハマっちゃって、いまでは昼夜問わずプレイしている。

「ちょっとぉ!話をするときぐらいゲームはやめなさいよ」

パタン、と横からノーパソの画面を閉じてリュークから取り上げる。

『おいおい、りんこルートのクライマックスだったのによぉ』
「あんた、何のために人間界に来たのよ……」

リュークは渋々といった感じで、あたしの方へ向きなおした。

『ニセモノなんか気にせず堂々としてりゃいいじゃねえか』
「だけど気になるじゃん。何のためにわざわざキラッに成りすましたのか……気味悪いって」
『案外、仲間になってくれるかもしれないけどな。
  キラッが増えれば、お前の人類総カップル化計画も大きく前進するじゃないか』

うーん、二冊目のノートなんてホントに存在するのかなぁ……
こいつ、適当なこと言ってるんじゃないの?

『なぁ、それよりシスカリ対戦しようぜ~』

駄目だこのデレ神……早くなんとかしないと……

そんな話をしていると、机の上の携帯電話が着信を知らせた。
ケータイを手に取り、液晶モニタに目をやると、そこには“非通知着信”と表示されている。
不審に思いながらも、あたしは応答ボタンを押す。

「……もしもしぃ?」

どうせ掛け間違いだろう。
そう思ったあたしは、とても迷惑そうな声で応じた。
だけど直後に、あたしは非通知の電話なんかに出たことを後悔するハメになってしまった。

『――こんばんは、突然電話してすみませんね』

その電話の主は、丁寧な口調で話した。
ただ、その丁寧さに反して異様だったのは、その声が妙に甲高く機械的なもので、
明らかにボイスチェンジャーを通している音声だったことだ。
なにこれキモッ!イタ電!?

「な、なんなの? 切るからねっ!」

嫌な予感がしたあたしは、一方的に電話を切ろうとする。
しかし、スピーカーから聞こえてきた次の言葉によって、あたしの全身は金縛りのように強張り、
電話を切ることができなくなってしまった。


『あ、ちょっとちょっと!まだ切らないで、高坂桐乃さん……いや、キラッと呼ぶべきですか?ふふふ……』

携帯から聞こえてきた機械的声が、あたしの中で何度も響いている――

『高坂桐乃さん……いや、キラッと呼ぶべきですか?ふふふ……』

一体……なぜ?
どうしてあたしがキラッだと……
あまりの驚き、そして動揺で、まともに呼吸することさえできない。
あたしは全身から汗が噴き出していることを感じた。

『高坂さんー?大丈夫ですかぁ?』

電話の声の主は、こちらの驚きようを見透かしているかのように呼び掛けてきた。

「……あ、あんた誰?……何者?」

あたしはようやく声を絞り出した。

こいつはあたしの携帯に直接電話を掛けてきた。
どうやって番号を調べたのか?それとも元々あたしを知ってる人物……?

『あはは、わざわざ声まで変えて電話してるのに、そんなこと教える訳ないじゃないですか』

その嘲笑い混じりの声は、ボイスチェンジャーによってひときわ甲高く変換され、とても耳障りな音として届いた。

『それに、キラッに名前を名乗るほど、あたしは間抜けじゃないですよ』
「……アンタさぁ、さっきからキラッ呼ばわりしてるけど……何の証拠があってそんなこと言ってンのよ?」

動揺しつつも、なんとかまともに話せるようになったあたしは、敵意をむき出しにした口調で問い返した。
だけど、電話の相手はまったく動じない。
『あららら、その台詞って、追い詰められた犯人が口にする定番の台詞ですね』

まずい、あたし空回りしてる?落ち着かなきゃ……
冷静になって慎重に対応しなければ、後で取り返しのつかないことになってしまう。
だけど、次に電話から聞こえてきた声が、あたしの中にわずかに残ってた冷静さを完全に奪い去ってしまった。

『――証拠はあります。なんならあの掲示板に、証拠を添えて、キラッの正体を暴露してもいいですよ?』
「ちょ、ちょっと!?」

コイツ、なんて恐ろしいことを言い出すのよ!?
あそこにはキラッのアンチがウジャウジャいるし、中には脅迫めいたことを書き込んでる奴もいる。
もし正体がバレたりしたら、あたしはもう家から一歩も出られなくなる……

『まぁ、そんなことしたら、高坂さんは社会的に終わっちゃうでしょうねぇ~、ふふふ』

どうやってこのピンチを切り抜ける――?
あたしは咄嗟にリュークに視線を送り、目で救いを求めた。
だけどリュークは、あたしが電話中なのを幸いとばかりにエロゲを再開中。こちらには目もくれない。
うん、まぁ、どうせそんなこったろうと思ったわよ。……後でコロス!

電話の相手はなおも続けた――

『まぁ、わざわざボイスチェンジャーまで用意して、あなたに直接電話を掛けてるのだから、
  それだけでも確証なしにできることじゃないって分かるでしょ?』

確かにその通りだ。
それに、もしこいつが握ってる証拠が弱いものだったとしても、嫌疑が掛かった時点であたしの負けだ。
あのスレで一度でも犯人扱いされたらアウト。潔白の証明なんてできやしないし、
そんな状態では危険すぎて、キラッの活動を続けるのは難しくなるだろう。
ダメだ、あまりにも状況が悪すぎる……。

『とにかく、あなたは正体をバラされたらそれで終わり。それを握っているのはあたしだということ』

その言い方で、ようやくあたしはコイツの中に含むものがあると気づいた。

「アンタの目的は何?……正体をバラすつもりなら、電話なんかせず、さっさとスレに書くはずよね」
『あはは、それもそうですね。……でも話が早くて助かります』

こいつの要求が何であろうと、いまのあたしの立場では受け入れるしかない。
そう覚悟は決めていたが、電話の相手は予想以上にとんでもないことを要求してきた。

『他人をカップルにする方法、それをあたしにも教えてください』
「はぁっ!? 方法って、そんなこと言われても……」
『隠そうとしたり、嘘をついたりしても無駄です。高坂さんが今年に入ってからその能力を身に付けたことは知っています』

クッ、こいつ……。
これは……どうすればいいの?
馬鹿正直にデレノートについて話すべきではない、そんなことはあたしだって重々承知している。
となると、ここは適当なことを言って煙に巻き、こいつの正体を暴く時間を稼ぐべきだろう。
顔と名前さえ分かればどうにでも……

あたしはこの場を凌ぐため、そんな対応策を考えていた。

だけど、どうやら駆け引きでは相手の方が一枚上手だったようだ。

『言っときますけど、1週間以内にあたしが“カップル化の呪い”を使えるようにならないなら、
  それがいかなる理由だとしても、あたしはキラッの正体を暴露します』
「なっ……!?」 
『他人に教えられない性質のものだとか、こちらにその呪いを使う適性が無いとか、 そういうやむを得ない理由だったとしても、あたしは絶対に絶対にキラッの正体を暴露します』

こ、こいつは何てコトを言い出すのよ!
キラッの正体を暴露しても、こいつ自身に何のメリットも無いはず。
こいつの目的がキラッに成り代わることなのであれば、むしろそれはデメリットかもしれないのに。
……そう分析したところで、こいつが損得勘定だけで動く保証などどこにも無い。
「バラされたら終わり」という大前提は、依然としてあたし達の間に高くそびえているのだ。

結果として、あたしにはこの無茶苦茶な脅しに抗する手立ては見つけられなかった。

電話の声は、少し得意気にトドメの一言を見舞った。

『ほらほら、選択肢も拒否権もありませんよ』


――そして、あたしはデレノートを失うことになった。

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最終更新:2011年08月26日 23:27