034 加奈子「遊んでやんよ。」

桐乃の兄貴と彼氏、そしてマネージャーが同一人物、つまり俺であることが加奈子にバレた、という知らせは既にあやせから聞いていた。
あやせによるとバレてしまったのは俺についての情報だけらしく、桐乃がオタクであるということはいまだバレていないらしい。
桐乃のことを誤魔化すために俺がスケープゴートにされたのではないかという不信感はあるが、まあそれはよしとしよう。
一つ納得できない点がある。


『つーかその桐乃の兄貴が何でマネージャーやってたのかってことはどう説明したんだ?』

『簡単です。お兄さんがオタクだということにしました』

『ちょっと待て。それは一体どういうことだ?』

『つまり、オタクであるお兄さんはコスプレ大会にすごく興味がある。そこで、妹の友達である私に協力してもらい、コスプレ大会の裏方として参加しようとした、と』

『何だその最低野郎!? いくら興味あるからって妹の友達にそんなこと頼むか普通!?』

『はい、その最低野郎がお兄さんだということにしました』

『ひど!!』


まあそういうことだ。
しかし納得できないとは言っても、バレた相手は所詮加奈子。
あんなちんちくりんなどに用は無い。
例えあいつが桐乃と家で遊ぶことはあっても、別に関わることは無いだろう。
俺とアイツは相性が悪い。
下手に誤解を解こうとするより、無関係でいる方がよっぽどいい。


そう思っていたのに、突然アイツは家にやってきた。


「よっ、糞マネ。加奈子様が遊びに来てやったぜ?」

「……はあ?」


大きな荷物を持って、桐乃のいない時間に。


「桐乃はいないぞ」

「知ってるって。確か今日は昼までだったかな」

「は? じゃあ何でこんな早くに来たんだよ」

「何だよ。私が遊んでやろーってのに、嬉しくねーのかよ?」


加奈子は勝手知ったると言った感じで、ずかずかと家に上がり込んでくる。
遊ぶと言ったって。
俺はお前と遊ぶ気などないし、そもそも一体何をして遊ぶというのだ。
話の話題は間違いなく合わないし、趣味もそうだろう。
こいつがシスカリの特訓やエロゲをしたいというのなら別だが……。
しかしこう書くと、まるで俺が重度のエロゲオタクみたいだ。
いやいや、それは違う……と思った時点で、一つの共通点が思い浮かんだ。

「お前さー、やっぱメルルとかそういうの好きなんだな。あのライブに忍び込むくらいなんだし」

「好きというか……うん、まあ、大好きだ」


そう言えば俺はメルルオタクという設定だったな。


「メルル見ながらご飯三杯はいけるね」

「それはちょっと理解出来ねえなあ……部屋上がっていーか? 桐乃の部屋の横だったよな」


ちょっとやりすぎたか。
まあいいや。
っておい、お前俺の部屋に入って何するつもりだ。
まさかお前も桐乃に俺のお宝の位置を聞いていて、なんてことはないだろうな。


「しょっぺー部屋」

「しょっぱくて悪かったな。男子高校生なんてこんなもんだろ」

「高校生ならもっとインテリアとか気を遣えよ。小学生の部屋みてー」

「質実剛健をモットーとしてるからな」


もちろん嘘である。
単純にそういうの興味が無いだけだ。
赤城の部屋に行った時、ヴィレッジなんちゃらで買ったとか言う蝋燭(あいつはキャンドルと言ってたが、んなもん蝋燭だ蝋燭)を見せられたが、全く欲しいとは思わなかった。
机もベッドも、別に無理して格好良く見せる必要もないだろう。
え? だから地味でモテないだって?
うっせ!


「お茶くらい出せよ」

「勝手に来ておいて随分な言い草だな」

「ケチケチすんなよ。だからモテないんだよ」

「うるせ」


しょうがないから麦茶を出してやる。
何故こいつと言い桐乃の友達は傲岸不遜なやつばっかりなんだ。
まともなのは沙織くらいなものだ。
あいつといると性格がねじ曲がるのか、そういう性格の人間が集まってしまうのか、それとも女子中学生ってのはみんなああなのかね。
まあいい。
適当に相手して桐乃が帰ってくるのを待つしかないか。


「麦茶かよ。しけてんな」

「麦茶なめんな」

「お茶受けも無いし」

「薄荷飴でも舐めてろ」

「なんでハッカなんだよ……」

「ところでさ、お前」

「あん?」

「その荷物何?」

「おぉー! そうだそうだ、忘れてた」

ぶっちゃけずっと気になってたが、どうせ桐乃関連の、俺にはひどくどうでもいいものだろうと思って敢えて口には出さなかったのだが。
こっちを見て笑う加奈子を見ていると、何やら嫌な予感がする。


「感謝しろよ、京介」

「何をだよ」

「えーと、桐乃の部屋使っても良いかな」

「鍵かかってるんじゃないか?」

「マジかよ。じゃあ、ちょっとこの部屋から出てってくんない?」

「何で部屋の主である俺が出なきゃならん」

「オマエに拒否権は無いっ!!」

「あるわボケ!」


とは言いつつも、加奈子に従って部屋の外に出る俺。
世知辛い世の中だ。
しばらくして、いいぞと声がかかる。
何か恥ずかしげな、少しくぐもったような声。
……部屋の中で何をしていたのか、大体見当はついてるんだよな。
おもに衣擦れの音で。
とりあえず、扉を開ける。
そこには、メルルがいた。
……けして、二次元への扉を開けたとか、そういう意味ではない。


「お前、何してんだ?」

「じゃーん。へへ、これ貰ったんだよ。どう、似合う?」

「そりゃ、まあ、似合ってるよ」


俺もコスプレコンテストでかつて見たことがある、メルルのコスプレ衣装を着た加奈子が、そこにはいった。
メルルは、本編アニメでは決して出さないであろう生意気そうな顔をしている。
へへん、どうだって感じの。


「何だよ、微妙な反応だな」

「いや、それよりお前、何で今それ着てんの?」

「あー? お前のために決まってんじゃん」

「お、俺の?」

「メルルオタクなお前のために、わざわざ着てやってんじゃん。感謝しろよな」

「か、感謝って……」

「どうなんだよ?」


重度のオタク役を演じる俺としては、喝采をもって喜びを表現した方がいいのだろうか。
良識ある一般人として憚られるものがあるが、しかしやむを得ないだろう。
俺はロリコンではないし、オタクでもない。
そのことをちゃんと付しておきたい。

「むちゃくちゃ可愛いじゃねえか!!!!!!」

「うひゃぁっ、ちょっ、おま何抱きついて」

「あーもう、可愛いなこん畜生!! 触らせろ舐めさせろ体中を吸わせろおおおおおお!!!!!」

「おかしいおかしいお前テンションおかしいって!!」

「あーもう何抵抗しやがる! パンツの匂いが嗅ぎづらいだろうが!!」

「ぎにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


数分後。
よれたメルルの衣装を着て仁王立ちをする少女と、その前で正座して俯いている青年。
哀れな図である。
そんな光景が、ここ高坂家において実現していた。
いやまあコスプレを除けば、我が家では割とよくある光景ではあるが。


「落ち着いたか変態」

「はい落ち着きました」

「で、何か言うことは」

「演技でもノリすぎると本気になってしまうことが分かりました」

「まず謝れよ! まだちょっと涙出てんだからよ!」

「済まぬ」


加奈子はぷいっとそっぽを向く。
ただの生意気な奴だと思ってたが、こうしてみると結構可愛い。
あと胸元のリボンがずれて、ちょっとピンクなのが見えてるぞ。
言うべきか言わざるべきか。
つうかこういうのって、中にもう一枚着るもんじゃないのか。
こすれたりしないのかな。


「まあ、反省したんならいいけどよ」


いいのか。
もし俺がお前の親御さんなら、まず通報してそれからどうするか考えるけどな。
しかし許してくれるというなら、それ以上のことは無い。


「ありがたき幸せ」

「ふん。……あとさ、他にしてほしいことは?」

「え? 他に?」


何だこいつ。
ついに奉仕精神に目覚めたか、気持ち悪い。
加奈子は一しきり思案した後、何かを思いついたような顔をしてこちらを向く。


「じゃ、記念撮影な」

「記念撮影って……」

「ほら、携帯貸せよ。カメラカメラっと。ほらっ、一緒にさ」

「一緒に、ねえ」

「もっと近づけよ、もっと」

ぎゅぅっとくっついて、写真を撮る。
香水の匂いはするが、女性らしい匂いというよりは、子供っぽい匂いがした。
いや別にそっちのが好みとかそういうのじゃなくて。
カシャ、カシャといくつか写真を撮る。
撮ったものを見ると、何だかプリクラでアニメキャラのフレームを使ったようでもあり、現実味がない。
何というか、合いすぎだ。
こいつ本当は二次元からやってきたんじゃないか?
そしてこの現世で、人間の瘴気に染まりこんな性格になってしまったのだと、黒猫めいたことを考える。


「アドレス帳開いて適当なやつに送っちゃおっかなー」

「ばっ、お前それは止めろ!」

「にひひ。ばーか、やんないよ」

「ったく……このことは秘密な?」

「秘密……ひひっ。うん、秘密にしておいてやんよ」


ケラケラと笑うその姿は何というか、悔しいことに可愛らしく。
天使のように、じゃないな。
じゃあ何だろうな。
魔法少女のように可愛くってことでいいのか?
俺がそんなバカげたことを考えているとガチャリとドアを開ける音が―――


「ただいまー」

「うおっ!? か、帰って来たぞ桐乃!」

「マジで!? もっと遅くだと思ってたのに!」

「いいから早く着替えろ、俺出てるから」

「あっ、ちょっと待て」


加奈子は、俺の腕を掴んで背伸びをする。
そうすると俺の顎の下くらいに加奈子の頭が来るのだが、加奈子は頻りに頭を下げろ下げろと催促をする。
俺には加奈子が何をしたいのか分からないが、とりあえず従うことにした。
頭を下げた俺と、背伸びをする加奈子の顔が一つに重なり。
カシャ、と音がした。





「お前あいつと何話してたんだ?」

「ハァ? 女子中学生の会話聞いてどうしようってんの? キモ」

「俺はお前らがあんまりうるさいからだなあ」

「どうせ聞き耳たててたんじゃないの? ハアハアしながらさ」

「するか! どんな変態だよ俺は!」

「変態じゃん」


随分バッサリときますね。
畜生、お前の変態の汚名まで俺が肩代わりしてやってるというのに……。
ちなみに今は桐乃の部屋でエロゲプレイ中である。
うん、いつもの日常だな。

「お前がそんなにひどいと、俺は二次元の妹に浮気しちゃうぞ」

「何言ってんの馬鹿じゃないの」かこかこ

「あ? お前携帯変えたのか? それ俺のと同じ機種じゃん」

「目腐ってんの? あんたのケータイに決まってんでしょ」

「んな!? お前何勝手に見てやがる!!」

「あんたのポッケから落ちてたの保護してやってんじゃん。ん?」

「返せ! 俺にもプライバシーってもんが……!」

「……なにこれ」


携帯の画面には、仲良く写るメルルと俺。
うん、改めて見てもよく撮れてるな。
可愛いし。
じゃなくて。


「何であんたがメルルちゃんとツーショット決めてんのよおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

「も、もちつけ!! 違う、これは孔明の罠だ!!」

「しかもこんなにたくさん……あ?」

「あっ、それはキスの……」

「貴様あああああああああ!!!! 何メルルちゃんのかわゆい唇にキスしよるかあああああああああああああ!!!!!!!! 磔刑に処してくれるわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


その後は大変だった。
首を絞められたり、画面に頭を押し付けて二次元に入り込もうとしたり、兄貴とすれば間接キスになるよねなどと訳のわからない供述をしたり、チラ乳首見てフヒヒwwwメルルちゃんの乳首はピンクでござるなあコポォwwwwwwwwなんて言い始めたり。
未練は特にないが画像を没収された。
つまり桐乃の携帯、パソコンにはいまだに画像があるという訳だ。
まあ、何とか命を保つことはできた。
ん? メールか。


『ごめん。あの画像、全部あやせに見られちった』


さよなら現世。
こんにちは二次元。

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最終更新:2011年05月26日 04:56