京介「はぁ、疲れた」 あやせ「…京介さん、この口紅は何ですか?」

あやせ「やっぱり京介さんは仕事を辞めてもらって家から一人で出さないべきですね」

あやせ「安心してください、私の収入で十分ですし京介さんが仕事を辞めても問題ありません」

あやせ「私が仕事してる時、京介さんは部屋の片付けとか簡単な家事でもしていて待っててください」

あやせ「私がご飯も用意しますしテレビも観みたり本を読むのも自由です、一応手錠は掛けていきますけど」

あやせ「そして毎日私を見送り出迎え、帰ってきたら二人でご飯を食べたり話をしたり……そして夜は……えへへ」

あやせ「ほら、他の女の子と会う危険も無いですし京介さんに文句一つない暮らしですよ、幸せだと思いませんか?」

あやせ「ああ、そっかー……なんで今までこうしなかったんだろ、これが一番いい方法だって分かってたはずですのにね」



あやせ「とにかく、それは明日からとして…………今夜は手錠を掛けておしおきしますね」

手錠?冗談じゃない、新婚のプレイって言ったって限度がある
混乱しながらも俺は部屋を出ようと後ずさる
しかし、

「―待って!!」

直後あやせの大声が雷鳴のように轟いた

逃げる気まんまんだった俺の足がビクッと強制的に止まってしまう

部屋中がびりびり震えている気さえする
あの大人しい外見から、よくぞこんな―

気がつくとあやせが俺の手首をガッチリと掴んでいた

まるで逃がすまじとでも言うように

「あ、あやせ…?」

「京介さん、どうして逃げるの?」

「え…あの…逃げようとしたワケじゃ…」

「ウソ」

断定
あやせは俺の言い訳を押し潰すように瞬時に否定を被せてきた

「それはウソ…」

「ウソウソウソウソ…ウソ吐かないでよ…」

「だって逃げたじゃない?」

「逃げたでしょ?逃げたよね?」

「…なんでわたしにウソを吐くの?」

…えぇ?な、なんだ突然、この妙な迫力は…?

「ごめんなさい、いきなり大声出したりして」

「…でも私、京介さんのこと――心配で」

反転、今度は優しい声で詫びるあやせ
耳の中を羽毛でくすぐるような口調で

「だから京介さん――」

「逃げないで、私の質問に答えてくれない?」

「何 か 隠 し て る よ ね?」

「違うんだ。あやせ、これは…だから、その…怒らない…で」

「京介さんこそ言い訳しないでくれる?わたし、真剣に聞いてるんだよ?」

「いま、逃げたよね?わたしから逃げようとしたよね?」

「言い訳じゃなくて――本当に誤解ならそう言って?」

「言 え る も の な ら」

「う、うう…」

呻いて俯いてしまう俺
いや、あの迫力であんなこと言われたら誰だってそうなるだろう
たとえ、桐乃だとしても

そんな俺の姿を虚ろな瞳で見つめていたあやせは、そこで噛みつくようにキバを剥いた

「ほら言えない!知ってるよね?京介さんは知ってたはずだよね?」

「わたしがウソ吐かれるの大嫌いだってこと」

「ウソ吐く人が大っ嫌いだってこと!」

「――なのにどうしてそういうことするの?ウソ吐くの?ねぇどうして?」

「わたしたち夫婦じゃなかっの?」

俺は何も言い返せず、俯いていた
俺の掌は熱くて、汗をかいていて、震えていた

「――黙ってないでなんとか言ったら?」

「…っ」

「…そう、なにも言えないってことはやましい事があるってこと?」

「それともわたしなんかとは話したくもないってこと?」

「ショックだな、夫婦だと思っていたのに。全部わたしの勘違いだったなんて」

「ち、違が…」

「違う?なにが?ねぇなにが違うの?…ほらまた黙り込む。いい加減にしてよ」

あやせはぐっと俺の顔に自分の顔を近づけた
手首を固くロックしたままで

あやせはがらりと一変痛ましい表情になる
そして綺麗な瞳をうるませて訴えてくる

「京介さんらしくないじゃない…いったいどうしちゃったの?」

「ねぇ、わたし、なにかおかしいこと言ってる?間違ったこと言ってる?」

「なんで逃げようとしたのか、なにをごまかそうとしたのか、教えてもらいたいって思うのが、そんなに悪いこと?」

俺は耐えられなくなり繋がれた手を引き離し距離を取った

「その辺にしてくれよ、夫婦だって隠し事の一つや二つあるもんだろ?」

俺の台詞にあやせは少し鼻白んだように見えた
が、
すぐに微笑みをたたえ

「ごめんなさい、痛かった?」

素直に詫びた

俺は薄ら寒い思いで赤く腫れた手の痕を見つめた

「そうですね――夫婦だって隠し事の一つや二つありますよね」

あやせは決して嘲るような調子ではなくあくまで真剣な表情と口調で言う

「でもわたしは京介さんといつも二人きりでいたいんです」

「いつまでも二人きりで…」

京介さんはわたしにとって大切な旦那さまなんですよ――

あやせの言葉からはなんの裏も、作意も、感じられなかった

心の底から俺が好きで本当に好きで

だから

二人だけでいたい
そう心から言っていた

「京介さんが何を隠していて、それをわたしに言いたくないというのは態度を見ていればわかります」

「でも、だからこそ、どうしても『あの人』との事、見過ごせなかったんですよ」

ふいに視線を部屋の隅の紙袋へ向ける

「――その紙袋」

「中に何が入っていると思います?」

あやせはその紙袋を射殺すような眼差しで睨みつけながら今までで一番恐ろしい声で聞いてきた

「最期まであの人は」

「『きょうちゃん助けて』『いたいよ、きょうちゃん』ってしつこかったの」

「だから――」

あまりの絶望に俺はじわ…と目に涙を滲ませた

手を握りしめたまま固まる

「―――」

あやせははっきりとそう言った
心なしか笑っているようにさえ見えた

俺は大口開けて目ぇ見開いて唖然とするしかなかったね

だってよ

いくらなんでもありえねえだろうが

自分の目と耳を盛大に疑いながら俺はこう思ったのさ

俺の嫁がこんなに恐ろしいわけがない――ってな

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最終更新:2010年12月23日 20:04