☆このページでは、霧雨の野望における川尻秀長について詳細に解説しています。
史実での川尻秀長について詳しく知りたい方はwikipediaなどの川尻秀長を調べてください
川尻秀長(かわじりひでなが)(天文23年(1554年)- )
☆出生・家族構成
☆官位・役職
☆参加合戦
革新能力 |
統率34 |
武勇60 |
知略30 |
政治13 |
義理51 |
足軽D |
騎馬C |
弓D |
鉄砲D |
計略D |
兵器D |
水軍D |
築城D |
内政D |
|
戦法:先駆け(決戦13現在)
秀隆の子。父の死で客分に身を落とすも秀吉に従い主要な合戦の殆どに参陣。
一城の主に返り咲くが、翌年の関が原にて西軍に属して討死。居城も陥落した。
親父ともども栄光の長く続かない家系だが、動乱の中を生き延びた連中と比べたら
その程度の器だったと言う他無いか。能力は親父より下。見る所は特になし。
美濃苗木城は秀吉の美濃制圧に従って苗木遠山氏から奪ったものだが、関が原の際に取り返されている。
その遠山一族が守る岩村城を信玄の三州侵攻の際に救援しようとして失敗したのがこの人の親父さん。
妙に因縁が回る程度の能力
最終更新:2010年11月29日 08:00